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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御城印を求めて.....................多古城     (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町) 

5月28日

この日は、多古町に出かけました。

多古町を訪れた最たる理由は、御城印。
当初は5月の連休辺りに頒布される予定でしたが
新型コロナウイルスの拡大防止の緊急非常事態宣言が発令されて
頒布予定が大きくズレ込み、緊急非常事態宣言解除解除されて
やっと頒布される事になりました。

頒布先の 道の駅『多古あじさい館』 にて手に入れました。

     20200528多古城址01

御城印を手に入れたのなら、攻城しなければ御城印を手に入れた意味がない。
あくまでも登城記念、訪城記念ですからね。

と言うことで、向かった先は...............多古城址。


志摩城に訪れるのは、これで2回目。
( 前回の訪城記は こちら )


多古小学校背後の台地。
台地へ至る導線は前回から6年経ち
かなり改変され、大きなスーパーや住宅も建つようになった。

しかしながら、城址である台地は荒れた耕地のままでした。

     20200528多古城址02


     20200528多古城址03



近くにスーパーや幼稚園、住宅が建ち
多古城に一部が整備されたようです。

何やら、前方に看板があります。

     20200528多古城址04



以前は無かった説明板。

     20200528多古城址05

『多古城と千葉氏』について触れています。


この説明板は、多古城の空堀跡の前に建っています。

     20200528多古城址06




以前は、この空堀に気が付かなかったんだよなぁ。

     20200528多古城址07



きっと、この空堀も説明板設置時に整備されたんでしょうね、

     20200528多古城址08


     20200528多古城址09

耕地化されて、遺構が無いと思っていた多古城址。
空堀が確認出来て良かった。


こちらが御城院。

     20200528多古城址10


千葉県下でも、まだ館山城や稲村城など未入手な御城印が増えてきて
改めて城址巡りが楽しくなりそうです。


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2020/07/04 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

八幡大神    (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町)  

5月28日

この日は、多古町に出かけました。
志摩城址の一角に鎮座する八幡大神を訪れました。

八幡大神は、多古町島に鎮座する神社です。

旧・島村の鎮守とされ、古城(志摩城)跡の西端に鎮座する古社です。
旧・島村な全戸が日蓮宗不受不施派で、
お祖師様以外の神仏に頼らない時 代が長かったためか、社の記録が失われたらしく、由緒を記した文書等は残されていないとのことです。
近年補修された長い石段を上り 切ると、朱色に塗られた鳥居の奥に 老木に囲まれた本殿が閑静な佇まいを見せています

それにしても、多古町にはネットで調べても
由緒や御祭神が不明な神社が多い気がするのは気のせい?



社号標。

     20200528八幡大神01



神社社頭。

     20200528八幡大神02



鳥居の先には石段。


     20200528八幡大神03



手水舎。

     20200528八幡大神04



二の鳥居。

     20200528八幡大神05



鳥居に掲げられた神額。

     20200528八幡大神06



社殿。

     20200528八幡大神07

社殿そのものが覆殿となっている。



別アングルからの社殿。

     20200528八幡大神08


     20200528八幡大神09



びいすけ も参拝。

     20200528八幡大神10



志摩城址の西端に鎮座する八幡大神。
志摩城そのものが千葉氏関連の城郭だから
本来は志摩城の北東の鬼門の位置に妙見宮があるかと思いきや
西端に八幡大神が鎮座している。
八幡神社と言うことであれば、
応神天皇や誉田別命(ほんだわけのみこと)、
または八幡太郎義家が祀られていると思われから
千葉氏関連の城郭には、不似合いと感じてしまうのは気のせい?


2020/07/04 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて.....................志摩城     (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町) 

5月28日  

この日は、多古町に出かけました。

多古町を訪れた最たる理由は、御城印。
当初は5月の連休辺りに頒布される予定でしたが
新型コロナウイルスの拡大防止の緊急非常事態宣言が発令されて
頒布予定が大きくズレ込み、緊急非常事態宣言解除解除されて
やっと頒布される事になりました。

頒布先の 道の駅『多古あじさい館』 にて手に入れました。

     20200528志摩城址01



御城印を手に入れたのなら、攻城しなければ御城印を手に入れた意味がない。
あくまでも登城記念、訪城記念ですからね。

と言うことで、向かった先は...............志摩城址。


志摩城に訪れるのは、これで2回目。
( 前回の訪城記は こちら )



志摩城は築城時期、主な城主は不明とされています

現在の多古町はその昔、千田荘と称し、平安時代末期には千葉氏の領地でありました。
千葉氏の一族、円城寺氏らの所領と思われ、その一族の城館だったものと思われます。

室町時代には、鎌倉公方足利成氏と関東管領上杉氏との争いで、千葉一族が分裂します。
関東管領上杉氏側に付いた千葉宗家の千葉胤直。
鎌倉公方足利成氏側に付いた一門の原胤房、馬加康胤に本拠の亥鼻城を急襲され、
千田荘に逃れ父・胤直は志摩城に逃れ、子・胤宣は多古城に逃れました。
しかし原胤房、馬加康胤に攻められ多古城も志摩城も落城してしまいます。
千葉宗家の千葉胤直・胤宣父子は自刃し、この千田荘で千葉宗家は滅びてしまいます

志摩城のその後、そして廃城の時期等、詳細は不明とされています。


城址は現在、農業公園として整備されていましたが
最近は、その農業公園も荒廃してきた雰囲気が漂います。

農業公園に駐車場の一角に建つ説明板。

     20200528志摩城址02



以前は下草も刈られ、城塁のようにみえましたが
現在は下草も伸び、単なる土手にようにしか見えない。

     20200528志摩城址03


     20200528志摩城址04


     20200528志摩城址05



台地にある城址は耕地化され、遺構らしきものは少ない。
と言うか、ほとんど無い。

     20200528志摩城址06



城址には、八幡神社(八幡大神)が鎮座し、
そこには城址の標柱が建つ。

     20200528志摩城址07


     20200528志摩城址08


     20200528志摩城址09



そして、僅かながら土塁とおぼしき土壇がある。

     20200528志摩城址10


     20200528志摩城址12



千葉宗家終焉の地というけれど、畑と化した志摩城址。

     20200528志摩城址11


下総の歴史の舞台でもあったわけだから、
きちんとした形で残って欲しかった..................。




こちらが、志摩城の御城印。

     20200528志摩城址13

千葉宗家の家紋、月星紋が泣かせます。




2020/07/03 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

春日神社     (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町) 

5月28日

この日は、多古町に出かけました。


並木城のある南並木地区でナビを見ると、並木城の一角に鳥居マーク(⛩)がある。
ナビには、春日神社と表示されている。

せっかくだから、覗いて行きましょう。

と、言うことで向かった先は.........南並木春日神社。


南並木春日神社は多古町南並木に鎮座する神社です。

社伝によると、元和3年(1617年)、南並木村の佐藤勘兵衛に夢のお告げがあって、
南中村大桐の祠からこの地に遷し、寛文元年(1661年)に社殿を造ったと言うことです。
そして遷座の時に、御神体を乗せた「馬の轡」が飯田惣右衛門家に伝えられていて、
御利益によって子供の風邪が治ったことから次々と又貸しされて、
一時は行方不明であったが、偶然飯田家当主によって、茨城県水戸市で発見され、
以後、今でも大切に保管されているそうです。

ネットで調べて分かったのはここまで。
肝心の御祭神については、分かりませんでした。



この狭い石段の先が春日神社。

     20200528春日神社01



まだまだ元気な びいすけ 。

     20200528春日神社02

先陣を切って先に進みます。



神社社頭。

     20200528春日神社03



鳥居。

     20200528春日神社04



手水舎。

     20200528春日神社05



こちらが拝殿。

     20200528春日神社06



別アングルからの拝殿。

     20200528春日神社07


     20200528春日神社08




本殿は覆殿。

     20200528春日神社09



隙間から覗き込んだ本殿。

     20200528春日神社10


別アングルからの拝殿と本殿。

     20200528春日神社11



びいすけ も参拝。

     20200528春日神社12



境内社。

     20200528春日神社13


     20200528春日神社14



こちらは、裏参道口の鳥居。

     20200528春日神社15


     20200528春日神社16


春日神社は、南並木地区の氏神と推されるけれど
並木城の一角に鎮座する形になる。

     20200528春日神社17
  
周りには、城っぽい雰囲気の土壇もあり
並木城の主郭からは北東の位置になる。
並木城を千葉氏関連の城郭とするならば、
この場所に妙見宮(妙見神社)が在ってもおかしくない。

いずれにしても、詳細が不明なのか少し残念です。




2020/07/03 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて.....................並木城     (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町) 

5月28日 

この日は、多古町に出かけました。

星宮大神をあとにして、向かった先は...............並木城址。


並木城址は南並木城址とも呼ばれ、
多古町南並木地区の台地の南端に占地する戦国・中世城郭であり、
1330年代から戦国期末まで城郭として利用されていました。
南側に主郭を配し、土塁と空堀に囲まれています。
主郭の北側には折れを伴った(横矢を配した)土塁と
二重空堀が良好な遺構として残されています。

城主等、詳細は不明ですが北総を動乱に巻き込んだ南北朝の争いの時代の
千葉宗家である千葉胤直・胤宣親子の拠点であった多古城の出城だったとされています。


こちらが、並木城の縄張り図。

     並木城縄張り図

    ( 余湖さんのHPからお借りしました。 )



並木城の御城院は、道の駅 『多古あじさい館』で入手出来ます。

     20200528並木城址01


     20200528並木城址02

当初は、5月6日から販売予定でしたが、
新型コロナウイルス拡散防止の緊急非常事態宣言が発令されていた関係で
緊急非常事態宣言の解除まで、販売が延期されていました。

実は、2月に猪鼻城(千葉城)の御城印を求めて猪鼻城に行った時
並木城保存会の方と話す機会があって、
その時に並木城の御城印の発行の話を聞いていました。
本当に楽しみにしていました。

並木城の御城印、ゲットです!!



御城印を手にしたら、いざ! 並木城へ!!


南並木地区の台地にある並木城。
南並木集落から台地へと上がって行きます。

     20200528並木城址03


城址への案内板も設置されています。

     20200528並木城址04

保存会の方々のご尽力ですね。


二郭は、畑として耕地されている。

     20200528並木城址05



二郭南端に何かが見えます。

     20200528並木城址13



そこには城址の標柱が建っている。

     20200528並木城址06


     20200528並木城址07



標柱の背後には空堀と土塁。

     20200528並木城址08



その空堀と土塁には横矢が掛かっている。

     20200528並木城址09


     20200528並木城址10


     20200528並木城址12



さらには、その奥にも空堀と土塁。

     20200528並木城址11

これが二重空堀なんですね。



二重空堀の先は土橋。
主郭虎口から振り返って見た土橋。

     20200528並木城址25



空堀側からの土橋。

     20200528並木城址26




主郭。

     20200528並木城址15

主郭も耕地化されている。


主郭南端。
眼下には腰郭。

     20200528並木城址16


     20200528並木城址17



腰郭に降りてみましょう。

     20200528並木城址18



おそらく、以前は藪状態だったとおもわれる空堀。

     20200528並木城址19


その空堀も整備されて歩き易くなっている。

     20200528並木城址20


腰郭へと下る空堀は、この先立ち入り禁止。

     20200528並木城址21

いつか、この先も整備されて進軍出来るようになるんだろうか?



改めて堀底道で記念写真。

     20200528並木城址22



腰郭側から二重空堀方向へと空堀内を進みます。

     20200528並木城址23


     20200528並木城址24



この辺りの空堀はかなり整備されている。

     20200528並木城址27


     20200528並木城址28


やっぱり、並木城の見所は、二重空堀を含めた、土塁と空堀に尽きるようですね。



並木城遠景。

     20200528並木城址29



こちらが、並木城の御城印。

     20200528並木城址30

この並木城の他に、志摩城、多古城と合計3種の御城印が発行されました。
多古町もなかなかやるなぁ!と思いながら、今回いずれも入手しましたが
それらは、また次の機会にでも..,............




2020/07/02 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

星宮神社     (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町) 

5月28日

この日は、多古町に出かけました。

常盤小学校をあとにして、道の駅 『多古あじさい館』に向かう途中、
ナビに鳥居のマーク。
気になる神社が道沿いに鎮座していた。
ナビには『星宮大神』とある。
かつての妙見神社が星宮神社と改号した例もある、
ひょっとして、妙見神社?
やっぱり気になるから、ちょっぴり覗いていきましょう。


星宮大神は、多古町川島に鎮座する神社です。


旧川島町の鎮守でもある「星宮大神」。
元和2年(1616年)勧請で、もとは七島妙見と呼ばれていたとされています。
社には羽子板に巻子を付けた珍しい奉納物が天井に隙間なく貼り付けられており、
往時の繁栄を物語っています。
これはこの村に生まれ、江戸に住んだ鈴木勘左衛門、及び、東暁と号した絵師による功績と言われています。

と、ここまではあるサイトからの情報です。
一方、千葉県の神社庁のHPを見てみると
由緒どころか御祭神も不明。
おそらく明治以前の神仏習合時には、
妙見菩薩を御本尊とする妙見堂だった筈。
とすれば、天御中主が御祭神となるのでしょうか...............?


神社社頭。

     20200528星宮神社01



鳥居に掲げられた神額。

     20200528星宮神社02



手水舎。

     20200528星宮神社03



こちらも手水鉢?

     20200528星宮神社04

石灯籠の基台のように見えなくもない。




参道。

     20200528星宮神社05



拝殿。

     20200528星宮神社06



拝殿正面。

     20200528星宮神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200528星宮神社08



別アングルからの拝殿。

     20200528星宮神社09


     20200528星宮神社10



そして、こちらが本殿。

     20200528星宮神社11



拝殿前の天水桶。

     20200528星宮神社12



拝殿前の狛犬。

     20200528星宮神社13


     20200528星宮神社14



びいすけ も参拝。

     20200528星宮神社15

    

境内社・天満宮。

     20200528星宮神社16



中には、菅原道真公?

     20200528星宮神社17



境内には、土壇もある。

     20200528星宮神社18

いにしえの古墳跡なのか?


土壇頂部には、古峯神社。

     20200528星宮神社19



適度な日陰で苔生した境内。

     20200528星宮神社20



苔生した参道が味わい深い神社。

      20200528星宮神社21
    20200528星宮神社22
  20200528星宮神社23

千葉宗家終焉の地である多古町ある星宮神社、かつての妙見宮。
残念ながら、千葉氏の家紋である月星紋や九曜紋は見かけられなかったけど
苔生した境内は、それなりのモノを感じました。



2020/07/01 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.....................常盤小学校     (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町) 

5月28日

この日は、多古町に出かけました。

松崎神社をあとにして、向かった先は.........多古町立常盤小学校


常盤小学校は、明治6年に創設された松崎小学校がその前身のようです。

松崎小学校の開校から145年。
令和2年3月に多古第一小学校に統合され廃校になりました。

常盤小学校の詳しい沿革は確認出来ていません。
詳しい沿革がひょっとしたら、創立百周年の記念碑の裏面に
刻まれていたかもしれないけれど
じっくりとみてなかったから、気が付かなかったかもしれません。



常盤小学校正門。

     20200528常盤小学校01



門柱には、多古町立常盤中学校の表札が残っています。

     20200528常盤小学校02

どうやら、この地は常盤中学校の跡地でもあったようですね。
戦後の学制令でこの地に中学校が併設されたんでしょうね。


正門脇に並ぶ石碑群。

     20200528常盤小学校03



その中には、常盤中学校の跡碑が在りました。

     20200528常盤小学校06


その脇には、常盤小学校の閉校記念碑。

     20200528常盤小学校04



裏面には、沿革が刻まれています。

     20200528常盤小学校05

じっくり読まなかったんだけど、
こちらの沿革は、創立百周年以降のモノですね。



こちらは、創立百周年の記念碑。

     20200528常盤小学校07

裏面を確認しなかったんだけど、
こちらの裏面に、開校からの沿革か刻まれていたのかな?


閉校記念碑の隣には二宮像。

     20200528常盤小学校10


     20200528常盤小学校11




こちらは定礎の碑。

     20200528常盤小学校08

定礎って建物の基礎にあるのが多いけど
この碑は、校庭のフェンス沿いに建てられている。
(この中に、図面とか入っているのかなぁ?)



正門の先。

     20200528常盤小学校09

おそらく中学校跡になるのでしょう。



肝心の常盤小学校は正門の脇。
校舎の手前にはプールがある。

     20200528常盤小学校12



常盤小学校の校舎。

     20200528常盤小学校13



別アングルからの校舎。

     20200528常盤小学校15


     20200528常盤小学校16


     20200528常盤小学校17


     20200528常盤小学校18


     20200528常盤小学校19


     20200528常盤小学校21




校舎の壁面に掲げられた時計。

     20200528常盤小学校20

廃校からまだ2ケ月。
時間はバッチリ合っている。



こちらは、体育館。

     20200528常盤小学校22



校庭。

     20200528常盤小学校23


     20200528常盤小学校24


     20200528常盤小学校33
 


校庭の遊具。

     20200528常盤小学校25


     20200528常盤小学校26


     20200528常盤小学校27


     20200528常盤小学校28


     20200528常盤小学校29


     20200528常盤小学校30



校庭の端に設けられた国旗掲揚ポール。

     20200528常盤小学校31



校庭に置かれた朝礼台。

     20200528常盤小学校32



そして、敷地の片隅には防災倉庫。

     20200528常盤小学校34

廃校の定番とも言えますね。



3月末で廃校となった常盤小学校。

新型コロナウイルスへの対応の影響を受け、
急きょ3月2日から春休みまでの臨時休校を決定したことから、
2月28日が常磐小全校児童にとって最後の授業となってしまったそうです。

3月14日に閉校式が行われたようですが、
児童不在の閉校式だったらしく、
子供たちの事を思うと、本当に残念ですね。


2020/06/30 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

松崎神社     (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町) 

5月28日

この日は、多古町に出かけました。

六所大神をあとにして、向かった先は...............松崎神社。


松崎神社は、多古町東松崎に鎮座する神社です。

宝亀3年(772年)の創建とされ、五穀および歌舞音曲の神々として、
古くから人々の信仰を集めています。
延暦16年(797年)に征夷大将軍・坂上田村麻呂が蝦夷征伐の途中に参拝、戦勝を祈願したとされ、
このとき、鏡1面及び征矢を献じ、木鼓1箇を奉納したと伝えられています。
その後の戦乱により、鏡と征矢は失われましたが、木鼓は現在も社宝として保存されているそうです。

弘仁年間(810年〜824年)に諸国行脚の僧空海が参拝し、携えてきた公孫樹の杖を
上下逆さまに地中に挿し「後世まで繁盛せよ」と念じて立ち去ったという伝説があり、
社殿前には周囲約6メートルの古木「空海の逆さ公孫樹」があります。

平忠常の乱(1028年〜1030年)で兵火にかかり、
建久2年(1191年)に再興され、旧号を「坂東稲荷本宮」と称しました。
北条氏や里見氏などの武将の尊敬が篤く、徳川家康も朱印地30石を寄進したそうです。
明治2年(1869年)に社号を「松崎神社」に改号しました。

御祭神は、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
     邇邇芸命(ににぎのみこと)
     大宮比売命(おおみやひめのみこと)



神社社頭。

     20200528松崎神社01



二の鳥居。

     20200528松崎神社02



参道。

     20200528松崎神社03



参道の狛犬。
 
     20200528松崎神社04


     20200528松崎神社05



拝殿。

     20200528松崎神社06



拝殿正面。

     20200528松崎神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200528松崎神社08


     20200528松崎神社09



別アングルからの拝殿。

     20200528松崎神社10



そして、こちらが本殿。

     20200528松崎神社11



別アングルからの拝殿と本殿。

     20200528松崎神社12



びいすけ も参拝します。

     20200528松崎神社13



境内社・白髭神社。

     20200528松崎神社14



境内社・子安神社。

     20200528松崎神社15



境内社・古峰神社。

     20200528松崎神社16



小さな祠も点在します。

     20200528松崎神社17


     20200528松崎神社18


     20200528松崎神社19



境内の板碑。

     20200528松崎神社20



境内には北条塚古墳の説明板も建つ。

     20200528松崎神社21



実は、本殿の背後は北条塚古墳。

     20200528松崎神社22



この土壇が古墳です。

     20200528松崎神社23



古墳頂部から見下ろす、松崎神社の本殿。

     20200528松崎神社24



こちらが、空海の『逆さ公孫樹』の説明板。

     20200528松崎神社25



そして、こちらがその『逆さ公孫樹』。

     20200528松崎神社26     
     20200528松崎神社27



こちらは、社務所。

     20200528松崎神社28

立派は社務所ですが、閉まっています。
どうやら、普段は無人の神社のようです。



境内の御神木。

      20200528松崎神社29
     20200528松崎神社30


       20200528松崎神社31
     20200528松崎神社32


昔は、成田山に肩を並べるほどの信仰を集めたと言われる松崎神社ですが
今は、ひっそりと北総の台地に鎮座している。
稲荷神社の扁額が未だに掲げられているけれど
神使いの狐は見当たらず、『?』と思ってしまう。
祭礼の時に訪れたら、また違った一面が覗けるのかもしれない..................。





2020/06/29 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

六所大神   (2020年5月28日)(千葉県香取郡多古町) 

5月28日

個人的な連休初日。

新型コロナウイルス拡散防止の緊急非常事態宣言が解除されてから初めての個人的な休日。
久しぶりの遠出と言う訳ではないけれど、この日は多古町に出かけました。

多古町のとある神社に向かって車を走らせていると
県道沿いに建つ社号標が目に止まった。

『六所大神 延喜式内』と社号標には記されている。

     20200528六所大神01

そう言えば、多古町に六所大神と言う神社の名を聞いたことがあるような気がした。
多古町の神社リストかなるかで見たような気もする。


六所大神は、多古町北中に鎮座する神社です。

第54代・仁明天皇の承和年中(834年~848年)に物部小事の子孫で、
陸奥鎮守将軍に任ぜられていた物部匝瑳連熊猪が、
中村の郷の郷社として創建したとされています。
社号の由来は、六大神を祀ることからくるとされています。

御祭神は、伊弉諾尊(イザナギノミコト)
     伊弉冉尊(イザナミノミコト)
     天照皇大神(アマテラスオオカミ)
     素戔嗚尊(スサノオノミコト)
     月読尊(ツクヨミノミコト)
     蛭子尊(ヒルコノミコト)



神社社頭。

     20200528六所大神02



鳥居に掲げられた神額。

     20200528六所大神03



社殿へと続く参道。

     20200528六所大神04



参道の両脇には杉の古木が立ち並ぶ。

     20200528六所大神05
     20200528六所大神06
     20200528六所大神07



二の鳥居。

     20200528六所大神08



二の鳥居に掲げられた神額。

     20200528六所大神09



手水舎。

     20200528六所大神10



拝殿。

     20200528六所大神11



拝殿正面。

     20200528六所大神12



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200528六所大神14



向拝。

     20200528六所大神13



別アングルからの拝殿。

     20200528六所大神15


     20200528六所大神16



そして、こちらが本殿。

     20200528六所大神17



拝殿前の狛犬。

     20200528六所大神18


     20200528六所大神19



拝殿前の天水桶。

     20200528六所大神20



びいすけ も参拝します。

     20200528六所大神21



境内社・宇賀神社。

     20200528六所大神22



境内社・雄健神社。

     20200528六所大神23



境内の板碑。

     20200528六所大神24

     20200528六所大神35

『南無妙法蓮華経』と刻まれた板碑。
神仏習合の名残りですね。



こちらは、大東亜戦争の碑。

     20200528六所大神25



昭和天皇の御成婚を記念して建てられた表忠碑。

     20200528六所大神26




杉の古木に囲まれた境内。

     20200528六所大神27
     20200528六所大神28


     20200528六所大神29
     20200528六所大神30


     20200528六所大神31
     20200528六所大神32
     20200528六所大神33



境内の由緒書き。

     20200528六所大神34



こちらが、社務所のようです。

     20200528六所大神36

正面に掲げられた扁額には、『飯高』と書かれている。
隣接する匝瑳市の飯高に関連しているのでしょうか?

いずれにしても、普段は無人の神社のようです。


社号標には、『延喜式内』と記されているけれど
ネットで調べてみると、その真偽は定かでは無さそうです。
いわゆる、式内社のことを意味していると思うんだけど
式内社は、平安時代に編纂された延喜式神名帳に記載されている神社の事。
式内社を巡っては、いろんな神社で論争を交わしているみたいだから
真偽が不明って言うのは、まあ良くある話でしょうね。





2020/06/28 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根川河口堰 (2019年5月11日)(千葉県香取郡東庄町) 

5月11日

この日は、香取市の廃校巡りをしていました。
廃校巡りを終え、帰途に着こうとしましたが、
香取市の隣の東庄町で天皇御在位30周年記念のダムカードが手に入る。

せっかくお隣の香取市まで来ているんだから
このまま帰ったんじゃ、もったいない。

という事で、立ち寄った先は…………利根川河口堰。


実は、利根川河口堰は以前訪れた事があります。
その時もしっかりダムカードを貰って帰りました。
(その時の記事は こちら


千葉県と茨城県の県境でもある利根川。

千葉県の東庄町と茨城県の神栖市を繋ぐ利根川大橋。
この利根川大橋が利根川河口堰でもあります。

      20190511利根川河口堰01


利根川河口堰は、昭和46年)1月に竣工した利根川を仕切る堰(河口堰)です。




千葉県側の河口堰下流側より。

      20190511利根川河口堰02



河口堰上流側。

      20190511利根川河口堰03


      20190511利根川河口堰04



280mmの望遠でズームアップ。

      20190511利根川河口堰05



こちらが、利根川河口堰管理事務所。

      20190511利根川河口堰06

ダムカードは、こちらで貰えます。


ダムカードの場合、平日配布が殆どと言えるんですが
こちらの管理事務所では、土日祝日でも警備の方が対応してくれるようです。

無事、ダムカードも頂く事が出来ました。

      20190511利根川河口堰07



管理事務所の前には、利根川河口堰の記念碑。

      20190511利根川河口堰08



こちらが、利根川河口堰の『天皇陛下在位三十周年記念』のダムカード。

      20190511利根川河口堰09


      20190511利根川河口堰10


千葉県下では、こちらの利根川河口堰以外に
北千葉導水路、長柄ダム、東金ダムでも記念のダムカードが貰えるらしい。

頑張って集めちゃおうかな?(笑)。






2019/07/12 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................旧・府馬小学校 跡(2019年5月11日)(千葉県香取市) 

5月11日

この日は、香取市にやって来ました。

廃校巡りで訪れた 府馬小学校で閉校記念碑の裏面に沿革が刻まれていました。
よく見ると、府馬小学校は昭和63年に移転をしているようだ。
と、言う事は旧・校地はどうなっている?

気になり出すと、抑えきれない悲しい性分(笑)。
探して行ってみるしかないでしょう?


今年の春に廃校となった府馬小学校は、

明治8年      府馬村の修徳院を仮校舎として第36番中学区の府馬小学校を開校する。
明治20年      尋常小学校を設置し、府馬尋常小学校と改称する。
明治28年      高等小学校を併置し、府馬尋常高等小学校と称する。
昭和22年      学制改革により府馬町立府馬小学校と改称する。
昭和29年      府馬町、八都村、山倉村が合併し山田町が発足。
            山田町立府馬小学校と改称する。
昭和63年      山田町府馬3492-4番地(現在地)に移転。
平成18年      山田町、佐原市、小見川町、栗源町が合併して香取市が発足。
            香取市立府馬小学校と改称する。
平成31年      旧・山田町域の小学校を統合して山田小学校が開校。
            府馬小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。
確かに、昭和63年に校地を移転している。
ならば、修徳院なるお寺の近くになる校地を探してみましょう。


修得院の隣には、府馬保育園があり、
そちらが、旧・府馬小学校の校地になります。
まあ、簡単に言えば、『旧・府馬小学校跡地に府馬保育園が出来た』と言うことになります。


こちらが、府馬保育園。

      20190511旧・府馬小学校跡01


その正門になります。

      20190511旧・府馬小学校跡02

この日は、土曜日。
保育園も休みのようで、門扉は固く閉められています。


フェンス越しに眺める保育園。

      20190511旧・府馬小学校跡03

たまたま通りかかった御老人に府馬小学校の事を訊いてみたら
間違いなく、府馬保育園のある場所が旧・府馬小学校の敷地だと言う事です。

但し、旧・府馬小学校の敷地の全てが保育園になった訳ではなく、
その大部分が保育園になりましたが、一部は公園となっているようです。



こちらが、その公園。

      20190511旧・府馬小学校跡04


じゃ〜ん!!

      20190511旧・府馬小学校跡05


公園には、『府馬小学校跡』と記された碑が建っていました。

      20190511旧・府馬小学校跡06


      20190511旧・府馬小学校跡07

間違いなく、この地が昭和63年まで府馬小学校でした。



公園と保育園は、金網のフェンスでは遮られ、中には入れません。

      20190511旧・府馬小学校跡08



公園から眺める保育園。

      20190511旧・府馬小学校跡09


こんな感じで校舎は建っていたんでしょうか?

      20190511旧・府馬小学校跡10


公園そのものは、そんなに広くはない。

      20190511旧・府馬小学校跡11


公園にさっそうと聳えるイチョウの木。

      20190511旧・府馬小学校跡12

きっと、旧・府馬小学校のシンボルツリーだったんだろう..................。






2019/07/11 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............東大社  (2018年4月8日)(千葉県香取郡東庄町) 

4月8日

この日は、香取市周辺の神社の御朱印巡りに出かけました。

東庄町まで足を伸ばし、向かった先は...............東大社


東大社は、東庄町宮本に鎮座する神社です。

第12代景行天皇が皇子日本武尊の東国征討の跡を巡幸した際に、
春臣命に命じて一社を造営し、玉依姫尊を祀って東海の鎮護としたことが始まりとされています。

次回は2030年の予定。なお、当社・雷神社・豊玉姫神社の三社は

東総御神幸三社の1社であり、香取市の豊玉姫神社、旭市の雷大神と共に
20年に1度、銚子市の外川の浜に神輿渡御が執り行われています。
次回は2030年の予定との事です。

御祭神は、玉依毘賣命(たまよりひめのみこと=玉依姫尊)
そして、鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)を相祀しています。

また、雷神社の御祭神である別雷神は玉依姫の子であり、
豊玉姫神社の御祭神である豊玉姫命は玉依姫の姉で、
鵜葺草葺不合尊の母という関係にあります。



こちらが、東大社の社号標。

      20180408東大社01



こちらが、東大社の鳥居。

      20180408東大社02

鳥居の背後には、神社幟。
この日は神社幟立しています。



鳥居に掲げられた神額。

      20180408東大社03



神社幟。

      20180408東大社04

この神社幟は、祭礼の時などに立てられるもの。
次の土曜日(4月14日)が東大社の祭礼のようです。



参道を進み、参拝いたしましょう。

      20180408東大社05



手水舎。

      20180408東大社06



由緒書き。

      20180408東大社07



こちらの説明板は、20年に一度の『式年大神幸祭』について触れています。

      20180408東大社08

この場所から、銚子の外川の浜まで神輿が繰り出されます。



何やら人が集まっています。

      20180408東大社09



次の土曜日の祭礼に向けて、
氏子さんたちが神輿の点検と整備をしています。

      20180408東大社10


      20180408東大社11


      20180408東大社12



社殿(拝殿)前にて。

      20180408東大社



こちらが、拝殿。

      20180408東大社13



拝殿正面。

      20180408東大社14



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180408東大社15



こちらが、本殿。

      20180408東大社16



拝殿前の狛犬。

      20180408東大社17


      20180408東大社18



社殿脇にも人が集まっています。

      20180408東大社19



どうやら、社殿脇で弓道大会が行われているようです。

      20180408東大社20



静寂な中、弓を射る音が響きます。

      20180408東大社21

邪魔にならないように、
音を立てないように静かに見学します。


拝殿前の天水桶。

      20180408東大社22



神楽殿。

       20180408東大社23


    
こちらは、参集殿?

      20180408東大社24



旧・社務所になるのでしょうか?
不明な建物。

      20180408東大社25



境内社。

      20180408東大社26



本殿裏手には、裏参道の手水舎。

      20180408東大社27



本殿裏手の弓の的。

      20180408東大社28



的の近くにも境内社があるのですが
弓を射っているため近寄れない。

      20180408東大社29


境内に鎮座している野見宿禰の像。

      20180408東大社30

野見宿禰は相撲の始祖と言われているそうです。



そして、その脇には力石。

      20180408東大社31



裏参道の神橋。

      20180408東大社32

裏参道は、鬱蒼と茂った杉木立の道。



境内には、芭蕉の句碑も建てられています。

      20180408東大社33



御神木。

        20180408東大社34
      20180408東大社35



神輿の前にはたくさんの氏子さんが居るけど
肝心の宮司さんが居ない。
氏子さんに訊いてみると、さっきまで居たのだが
どうやら自宅へ戻ってしまったらしい。

氏子さんに宮司さん宅を教えてもらい、
すぐ近くの宮司さん宅を訪れて御朱印をお願いします。



宮司さん宅に貼られていた祭礼のポスター。

      20180408東大社36



こちらが、東大社の御朱印。

      20180408東大社37



祭礼の準備で忙しいなか、ありがとうございました。



2018/05/23 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............神崎神社 (2018年1月9日)(千葉県香取郡神崎町) 

1月9日

初詣に成田市の埴生神社へ出かけたこの日。

せっかく成田まで来たのだから、近隣の神社を巡って御朱印をいただこう。
せんな事から、成田市近郊の御朱印巡りとなりました。

魂生神社(魂生大明神)をあとにして、向かった先は...............神崎神社



神崎神社は、天武天皇の白鳳二年、常陸国と下総国の境の
大浦沼二つ塚より現在の地に遷座したそうです。
旧号を子松神社と称し、平安時代の史書「三代実録」にも記載されており、
以後、六所鎮守・神崎大明神・神崎大社等と称されていましたが、
明治元年以降、神崎神社と改められたそうです。
元亀・天正のころまで神領七百町歩を有し、
徳川時代は代々御朱印二十石を寄せられたそうです。
明治6年に郷社に列せられ、大正10年、県社に昇格しました。
産業守護、交通安全、航空・航海安全の神として広く信仰されています。

七千坪あまりの境内は、神崎森と呼ばれ、山の姿が『ひょうたん』に似ているところから、
『ひさごが丘』『ひょうたん山』『双生山』『双子山』などとも呼ばれています。
常緑の原生林で、学術上も貴重なめずらしい森林植物相をもち、
シイ・ツバキ・クス・カシ・ケヤキ・エノキ・スギなどの大木が、
うっそうと桂冠をなしています。
昭和10年に、神崎神社一帯の森が千葉県の天然記念物に指定されました。

神崎町の北端、利根川をのぞむ小高い神崎森の上にある神崎神社の境内の通称「なんじゃもんじゃの木」は、
水戸光圀公が「この木は何というもんじゃろうか」と自問自答したとされる伝承で有名な樟の木で、
神崎町のシンボルとして神社を訪れる人に親しまれているそうです。


神崎神社の駐車場に車を停めて、いざ参拝!と思ったら
駐車場には、こんな貼り札。

      20180109神崎神社01

『犬を連れての入山禁止』


ならば、社号標の前まで。


こちらが、神崎神社の社号標。

      20180109神崎神社02


鳥居を挟んで反対側にも石柱。
古い社号標かと思ったら、こちらは 神崎の森 の碑でした。

      20180109神崎神社03

しっかりと 千葉県指定 天然記念物 と刻まれています。



こちらが、鳥居。

      20180109神崎神社04

びいすけ は、ここまで。
申し訳ないけれど、駐車場の車の中で留守番をしてもらいます。



改めて、神崎神社の鳥居。

      20180109神崎神社05


鳥居前の狛犬。

      20180109神崎神社06


今さらながらに気づきましたが
左右の狛犬って、口を開いているか?
口を閉じているか?の違いだけだと思ったら
足元も違うんですね。

      20180109神崎神社07


では、参道の石段を上りながら、参拝いたしましょう。


参道に建つ神崎神社の説明板。

      20180109神崎神社08


参道の境内社。

      20180109神崎神社09


さらに続く石段。

      20180109神崎神社10



石段の中腹、こちらにも犬禁止の看板。

      20180109神崎神社11

以前は近隣の方々の犬の散歩コースだったんでしょうか?



石段途中の狛犬。

      20180109神崎神社12



石段を上りきった所に鎮座する狛犬。

      20180109神崎神社13



そして、社殿前の狛犬。



神崎神社には4対の狛犬が鎮座しているようです。

      20180109神崎神社22




石段わ上りきれば、境内。

      20180109神崎神社14



こちらが、拝殿。

      20180109神崎神社15



拝殿前には朱印の拡大版?

      20180109神崎神社16



何と賽銭箱の上にプラケース。
中には書き置きの御朱印が入ってます。

      20180109神崎神社17

初穂料は賽銭箱に入れるシステムになっています。




拝殿前の桶(?)

      20180109神崎神社18

何て言うのか知らないんだよなぁ。


拝殿の鬼瓦。

      20180109神崎神社19


別アングルからの拝殿。

      20180109神崎神社31



こちらが本殿。

      20180109神崎神社20



手水舎。

      20180109神崎神社21



こちらは社務所のようですが、閉まってます。

      20180109神崎神社23



神崎神社の境内には国指定の天然記念物の『なんじゃもんじゃ』の木があります。
こちらは、その碑。

      20180109神崎神社24




そして、 なんじゃもんじゃ の木。

         20180109神崎神社25
         20180109神崎神社26
       20180109神崎神社27




別アングルから。

        20180109神崎神社28
      20180109神崎神社29



1本の木に見えますか
実際には3本の木が、いつの間にか合体してしまったようです。

      20180109神崎神社30


なんじゃもんじゃの木 の説明板。

      20180109神崎神社33

こちらには、神崎神社の大クス として説明されています。
  


    
境内社の地主稲荷。

      20180109神崎神社32


      

境内の摂末社。

      20180109神崎神社34



こちらのお堂は安産子育聖観音。

      20180109神崎神社35



境内には、神崎神社の古い説明板も建っています。

      20180109神崎神社36


本殿近くの藪に、なぜかオリエンテーリングのポスト。

      20180109神崎神社37

この神崎神社の森もオリエンテーリングのコースになっていたんですね。
平成のこの時代、今じゃオリエンテーリングなんてすっかり廃れて忘れ去られている。
でもオリエンテーリング、好きだったなぁ。


こちらが、神崎神社の御朱印。

      20180109神崎神社38

書き置きの御朱印。
せっかく由緒ある神社なのに、書き置きの御朱印って寂しい気もします。

日付は後で書き足して、御朱印帳に貼り付けました。
墨書きの御朱印が欲しかったなぁ。


2018/02/27 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 《 多古 》 (2017年12月9日)(千葉県香取郡多古町) 

12月9日

この日は、銚子市に出かけました。


自宅から銚子までは約60km。
車で移動すれば、2時間超のドライブになります。

銚子方面に出かける際に、よく立ち寄る道の駅。
今回も、そちらに立ち寄りました。
立ち寄った先は...............道の駅 多古

      20171209道の駅 多古01


      20171209道の駅 多古02


平成29年12月現在、千葉県内には28ヶ所の道の駅がありますが
こちらの『道の駅 多古』は、平成13年に千葉県では10番目の道の駅として登録されています。


この日は、土曜日ですが朝早い(開店前)ため
訪れる人はまだ少ない。

      20171209道の駅 多古03


駐車場には、道の駅 多古 の案内図。

      20171209道の駅 多古04


道の駅 多古 の施設全景。

      20171209道の駅 多古05


テントでちょっとしたイベントでもするのでしょうか?

      20171209道の駅 多古06


      20171209道の駅 多古07


こちらが物産館である、『あじさい館』。

      20171209道の駅 多古08


オープンの9時になりました。
中に入ってみましょう。
店内には、地元産の野菜が並びます。

      20171209道の駅 多古09


      20171209道の駅 多古10


特産品も棚に並んでいます。

      20171209道の駅 多古11

道の駅の切符は、『あじさい館』のレジで購入出来ます。



こちらがレストラン。

      20171209道の駅 多古12


テラス席もあるようですが...............

      20171209道の駅 多古13


残念ながら、ぺはNG。

      20171209道の駅 多古14



レストランの2階が情報コーナー。

      20171209道の駅 多古15



道の駅のスタンプは、情報コーナーの一角に在りました。

      20171209道の駅 多古16


情報コーナーには、ちょっとした休憩エリアもあります。

      20171209道の駅 多古17
 

あじさい館の裏手には喫煙所。

      20171209道の駅 多古18

こちらにもテラス席があるから、
犬連れは、こちらで休憩かな...............?


道の駅の脇を流れる栗山川。

      20171209道の駅 多古19



毎年、6月の紫陽花の時期になると、栗山川の岸辺には紫陽花の花が咲き誇り、
栗山川には観光船も運行されます。

      20171209道の駅 多古20


たまたま、この日出会ったワンちゃん。

      20171209道の駅 多古21

ビーグルとダルメシアン。
千葉県の流山だったかな?
そちらから遊びにきたそうです。



こちらが、道の駅の切符。

      20171209道の駅 多古22


      20171209道の駅 多古23



こちらが道の駅のスタンプ。

      20171209道の駅 多古24


      20171209道の駅 多古25


今まで、何気に何度かトイレ休憩に利用した道の駅。
じっくり道の駅を探索したことがなかった。
情報コーナーの休憩エリア。
犬連れでは入れないけれど、ちょっとした穴場かもしれない...............。





2018/01/28 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 《 発酵の里 こうざき 》 (2017年11月11日)(千葉県神崎町) 

11月11日

茨城県の稲敷市に出かけたこの日。
稲敷市からは、利根川を渡って千葉県に入ります。

利根川沿いに車を走らせていると、こんな看板が視界に入ってきました。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき01


道の駅 発酵の里こうざき。

トイレ休憩も兼ねて立ち寄りましょう。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき02



広い駐車場にある案内板。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき03



駐車場の入口には、発酵食品代表格の味噌樽?

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき04



ほとんどの施設には 毘沙門天は入れないけれど
道の駅を探索いたしましょう。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき05



仮設テントが張られたイベント会場。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき06



地元の特産品の農業フェスタのようです。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき07



こちらは、物産展。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき08



びいすけ は外で待機してもらい、
急いで店内を物色します。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき09


銚子漁港が近いと言えば近いから、鮮魚コーナーもある。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき10


でも主役は、地元産の野菜類。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき11



キャベツと大根が安い!

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき12

迷わす、お買い上げ〜!



こちらは、レストラン。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき13

小腹が空いたから入りたかったけれど、テラス席が無いからだんねん。



その隣は発酵館。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき14


入口には、やはり発酵食品の代表格の味噌樽が置かれています。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき15



発酵館の入口脇には道の駅のスタンプコーナー。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき16



店内には発酵食品のオンパレード。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき17


      20171111道の駅 発酵の里 こうざき18


      20171111道の駅 発酵の里 こうざき19

《発酵の里こうざき》の名はダテじゃ無い。

道の駅の切符もこちらで販売中。
当然、手に入れました。



発酵館の隣の建物。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき20



なぜか、道の駅にコンビニがある。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき21

まるで、高速道路PA。


コンビニでもちょっくらお買い物。
空いているテーブル席を確保して、小腹を満たしましょう。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき22


パンを食べていると、視線を感じます。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき23



仕方ないなぁ...............
ちょっとだけだよ。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき24



飛び付く びいすけ 。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき25



なぜか、セスナ機まで置いてある。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき26



道の駅 発酵の里こうざき のオリジナルゆるキャラ。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき27

なんじゃもん と言うらしい。



こちらが、発酵館で手に入れた 道の駅の切符。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき28


      20171111道の駅 発酵の里 こうざき29



そして、道の駅 発酵の里こうざき のスタンプ。

      20171111道の駅 発酵の里 こうざき30


考えてみたら、千葉県の道の駅は私にとってまだまだ未開拓。
確か最近の話ですが、君津の方にも新しい道の駅がオープンしたらしい。

千葉県内の道の駅もいっぱい巡ることにしましょう。




2017/12/28 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............多古第二小学校 (2016年7月20日)(千葉県香取郡多古町) 

7月20日 公休日

この人は、栄町、東庄町、匝瑳市と北総地区をぐるっと廻っていました。

匝瑳小学校をあとにして、向かった先は...............多古町立多古第二小学校



多古第二小学校は

明治9年    多古小学校分校として開校。
明治18年   多古小学校より分離。 
         飯笹小学校を統合して中等科小学喜多小学校と改称する。
明治22年   旭尋常小学校と改称する。
明治37年   一鍬田分校を設置する。
明治42年   多古第二尋常小学校と改称する。
昭和22年   学制改革により多古町立多古第二小学校と改称する。
昭和61年   一鍬田分校を統合する。
平成28年   多古第一小学校に統合され廃校となる

と、このような沿革となっています。






こちらが、多古第二小学校の正門(?)

      20160720多古第二小学校01

おそらく、古い石造りの門柱だから
こちら側がかつての正門だったのでしょう。
校舎側から見ると、校庭の奥に位置するから
現在は、どちらかと言うと通用口になるのかな?
駐車場もあるし................。
正面の門扉はしっかり施錠されているけれど
左側の門扉は駐車場の入口だから、開いてるし...............。



駐車場にしっかりと車を停めて、見学いたしましょう。


校庭越しに校舎を眺めます。

      20160720多古第二小学校02


      20160720多古第二小学校03



鉄筋コンクリート二階建の校舎ですが、そんなに大きくはない。

      20160720多古第二小学校04


      20160720多古第二小学校05




      20160720多古第二小学校06



正面玄関。

      20160720多古第二小学校07




玄関庇には、大きな文字で『多古町立多古第二小学校』。

      20160720多古第二小学校06



玄関前の一画。

ここは待望のエリア。
廃校記念碑と二ノ宮像かお出迎え。

      20160720多古第二小学校08



廃校記念碑。

デザイン的に匝瑳小学校のモノと似ています。

      20160720多古第二小学校09



裏面には沿革。
これまた、歴史が分かって親切この上ない。

      20160720多古第二小学校10



こちらは、校歌の碑

      20160720多古第二小学校11



そして、こちらが二ノ宮像。

      20160720多古第二小学校12



この二ノ宮像。
何か雰囲気が違う。

      20160720多古第二小学校13

今まで数多くの二ノ宮像を見てきたけど
こんなに『ずんぐりもっくり』な二ノ宮像は初めて。



卒業記念のオブジェ?

      20160720多古第二小学校14



昭和38年とか39年って書かれているからそれなりに年季が入ってます。

      20160720多古第二小学校15



そして、教材用の丸ポスト。

      20160720多古第二小学校16

北総地区の小学校には、なぜかこの丸ポストが置かれているのが多い。



こちらは、体育館。

      20160720多古第二小学校17




広い校庭。

      20160720多古第二小学校18



そして、校庭には遊具類。

      20160720多古第二小学校19


      20160720多古第二小学校20


      20160720多古第二小学校21


      20160720多古第二小学校22


      20160720多古第二小学校23




びいすけ も古タイヤの上でハイ、ポーズ。

      20160720多古第二小学校24


      20160720多古第二小学校25


      20160720多古第二小学校26



朝礼だ。

      20160720多古第二小学校27



そして、お約束(?)の防災倉庫。

      20160720多古第二小学校28



車止めがあるから、こちらが実際に子供たちが利用した門でしょう。

      20160720多古第二小学校29

コンクリート造りだから、昭和の頃に建てられてモノでしょう。



校庭は、適度に芝生が伸び、適度に刈られている。

      20160720多古第二小学校30

おそらく、グランドゴルフか何かのグランドとして利用されているのでしょう。



時刻も16時を回ったけれど、日も随分と長くなってきた。

      20160720多古第二小学校31


西陽がキツイ季節になってきた。
でもこの芝生が びいすけ は気に入ったようです。

もうちょっと、芝生を堪能させてから帰ることにしよう...............。





2016/08/21 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............東城小学校夏目分校 (2016年7月20日)(千葉県香取郡東庄町) 

7月20日  公休日

この日は、東庄町へと出掛けました。

利根川河口堰をあとにして、
向かった先は...............東庄町立東城小学校夏目分校


夏目分校は

明治9年夏目禅浄院に開校された夏目小学校が始まりとされています。

明治37年東城高等小学校を城山福聚寺に設立されます。
この東城高等小学校が後々の東城小学校となります。
時期は不明ですが、夏目小学校は東城高等小学校の分校となります。

昭和22年     学制改革により、東城村立東城小学校夏目分校となる
昭和30年     町村合併により、東庄町立東城小学校夏目分校と改称する
昭和49年     本校に統合され、夏目分校は60年の歴史を閉じ廃校となる。

と、このような沿革のようです。


実は、この夏目分校。
詳しい資料もなく、東城小学校のHPの沿革に
僅かながらにその存在が示されていますが
詳細は不明です。

どこに在ったかも分かりませんでしたが、
夏目集落で地元のご年配の方に伺ったら
詳しい場所を教えてもらうことが出来ました。

東庄町にある『東庄県民の森』近くにある東庄町児童館が
かつての夏目分校だと言う事です。


県民の森の駐車場側にある入り口。
こちらは児童館の駐車場となっているため
夏目分校時には通用口だったかもしれません。

      20160720夏目分校01



こちらの門柱には、『東庄町児童館』とプレートが組みこまれているから
児童館の駐車場を整備する際に設けられたモノかもしれません。

      20160720夏目分校02



こちらが夏目分校の全景。

      20160720夏目分校03

残念ながら、正面の建物は往時のモノではありません。
東庄町役場の方に訊いたら、夏目分校の廃校後、しばらく施設は
東庄幼稚園の分園(夏目地区の保育所?)として使われていたようです。


      20160720夏目分校04



児童館になって、建物は建て替えられたそうです。

      20160720夏目分校08
      



こちらが正門だったようです。

      20160720夏目分校05


石造りの古い門柱が残っています。

      20160720夏目分校06



じっくり眺めると...............

大正4年と刻まれています。

      20160720夏目分校07



二ノ宮像や廃校記念碑が残っていないか?
じっくり探索したかったんですが、
学校は、もう夏休みに入ったんだろうか?
やたらと児童館には子供たちが多い。

犬連れとしては、気を使います。

まぁ、廃校跡が幼稚園や児童館になっているってパターンもあるから
気を使うパターンも多い。


敷地内の橋の跡?

      20160720夏目分校09

用水が何かが在ったようですが、今は埋められているみたいです。


コンクリートには、『学校橋』(右から左へ読んでくださいね)。

      20160720夏目分校10

学校跡を如実に残す遺構です。


残念ながら、『廃校記念碑』や『学校跡の碑』の類い、
二ノ宮像や校舎建立の記念碑等は全く無い。


かつての校庭跡も綺麗な芝生の広場。

      20160720夏目分校11



この藤棚は昔からあったのだろうか?

      20160720夏目分校12




校庭跡(芝生広場)にある遊具類はどう見ても
今から49年前のモノには見えそうもない。

      20160720夏目分校13



児童館になった時に設置されたモノなんでしょうね。

      20160720夏目分校14


統合先の東城小学校は、ここから1kmほどの所にあるから
この地区の子供たちも通学には苦労しないかとは思うけれど
かつての夏目村、現在の夏目集落に学校が在ったことは忘れずにいよう...............



2016/08/19 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう  《 利根川河口堰 》 (2016年7月20日) (千葉県香取郡東庄町) 

7月20日  公休日

最近、ハマりだしたダムカード集め。
千葉県の利根川流域にダムカードを配布している場所があると知り
長門川公園から向かった先は...............利根川河口堰


利根川河口堰は、千葉県香取郡東庄町および茨城県神栖市にまたがり、
利根川を仕切る堰(河口堰)です。
昭和40年12月に着工し、昭和46年1月に竣工しました。
総事業費は125億円。常陸川水門と黒部川水門に隣接しています。

総延長835メートルで、2門の調節門、7門の制水門などを擁し、
利根川下流における首都圏の利水上の重要施設として位置づけられています。


河口堰近くにある管理事務所。
ダムカードはこちらで配布されています。

      20160720利根川河口堰01


ちょうどお昼休みでしたが、職員の方が丁寧に応対してくれました。

ダムカードと一緒にもらったファイル。

      20160720利根川河口堰02



こちらが、ダムカード。

      20160720利根川河口堰03




利根川の千葉県側(東庄町)から眺める利根川河口堰。

      20160720利根川河口堰04


      20160720利根川河口堰05



堤防からだと距離があるから、ダムカードと並べても
イマイチ解りづらい。

      20160720利根川河口堰06



望遠レンズでズームアップしてもイマイチ。

      20160720利根川河口堰07



せっかくだから、利根川河口堰の近くへ行ってみましょう。


河口堰手前。
水門で遮っているから、遡上する魚のための水路が設けられています。

      20160720利根川河口堰08


      20160720利根川河口堰09



水門手前で魚用の水路は迂回するように設けられています。

      20160720利根川河口堰10


      20160720利根川河口堰11



この辺りが限界点。
これより先は立ち入り禁止。

      20160720利根川河口堰12


利根川河口堰そのものが利根川大橋として千葉県の東庄町と茨城県の神栖市を結んでいますが
歩いて渡るのはちょっぴり勇気がいりそう。

とりあえず、堤防に戻ります。


堤防には駐車場もあり、記念碑も建っています。

      20160720利根川河口堰13

とは言いながらも、利根川河口堰の記念碑ではなく
天保水滸伝の石碑です。


『利根の川風袂に入れて月に棹さす高瀬舟』と刻まれています。

      20160720利根川河口堰14


こちらの石碑は説明文が刻まれています。
碑文によれば、『利根の川風袂に入れて月に棹さす高瀬舟』と言う石碑の文字は、
田中角栄の書による句碑だそうです。

      20160720利根川河口堰15

実は、この石碑のある駐車場(公園?)は、
1年前に『天保水滸伝』の所縁の地と言う事で訪れていました。


駐車場に隣接する黒部川水門。

      20160720利根川河口堰16

こちらも利根川増水時の黒部川への逆流を防ぐ目的と
黒部川に塩水(海水)が遡上するのを防ぐ役割をしているそうです。

人間の英知とでも言えるのでしょうか。
遥か昔から、利根川の氾濫に悩まされてきたこの地区。
今は、この利根川河口堰によって守られているのでしょう。



改めて、利根川河口堰のダムカード。

      20160720利根川河口堰17


      20160720利根川河口堰18


よ〜く見ると、Ver.2となっています。
もっと早くダムカードの存在を知っていれば
Ver.1のダムカードも手に入ったかもしれないなぁ...............。





2016/08/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

偶然見つけた小学校跡  (2016年2月10日)(千葉県香取郡東庄町) 

2月10日 公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市の『さわらの雛めぐり』に行き、その足で東庄町の公園を散策いたしました。
東庄町ふれあい公園の駐車場に車を停めて、公園を散策しようとしたら
いきなり、こんな石碑が目に入ってきた。

      20160210旧・神代小学校跡01


旧・神代小学校跡の碑です。

      20160210旧・神代小学校跡02

どうやら、東庄町ふれあい公園の一部は旧・神代小学校の校地だったようです。


碑に刻まれている文面をじっくり読むと...............

明治8年、旧・神代村の北部地区は窪野谷に小学校を創設し窪谷小学校と称する。
また、南部地区は大久保村東徳寺の客殿を仮校舎として創立し、後に上代校と称する。
この2校が後の神代小学校となり、この地に明治31年より昭和54年まで
神代小学校として学び舎が在ったようです。


神代小学校はまだまだ現役の小学校で(廃校ではありません)
神代小学校のHPによれば

明治8年     第1大学区第33番中学校区小学第12校として
          大久保村東徳寺の客殿を仮校舎として開校、後に上代校と称する。
          これと前後して北部地区は窪野谷に小学校を創設し,
          後の校名を窪谷(アコク)小学校と称する。
明治10年    上代校は公立上代校と称する。
明治20年    上代尋常小学校と改称。
明治31年    上代、窪谷の両小学校を統合し,神代村東和田に新校舎を建築移転。
          神代尋常小学校と改称する。
明治31年    神代尋常高等小学校と改称
昭和22年    神代村立神代小学校と改称
昭和30年    笹川町、神代村、橘村、東城村が合併して東庄町が誕生。
          東庄町立神代小学校と改称する。
昭和54年    旧・神代中学校跡地に新校舎を建築して移転する

と、このような沿革のようです。


      20160210旧・神代小学校跡03



ふれあい公園の集会所。

      20160210旧・神代小学校跡04

こんな感じで校舎は建っていたのだろうか?



集会所の前の花壇の花は、神代小学校の児童が植えたそうです。

      20160210旧・神代小学校跡05


こちらが、校庭跡。

      20160210旧・神代小学校跡06

ふれあい公園の多目的広場となり、
この一画はグランドゴルフのコース(コート?)になっているようです。




校庭跡に在る平和の塔の標柱。

      20160210旧・神代小学校跡07

神代小学校に関連するものなのでしょうか?



多目的広場(校庭跡)に立つ桜の木。

      20160210旧・神代小学校跡08

神代小学校時代からの桜の木なのか?
はたまて公園整備時に植えられたものなのか?
微妙な大きさです。



多目的広場の隅にベンチと一緒に並べられた椅子。

      20160210旧・神代小学校跡09

見た感じは、学校の教室にある椅子のようにも見えるんだけどなぁ。
でも学校移転から37年。
37年間雨ざらしって事はないかな?



こちらの一画には錆びて朽ちた椅子。

      20160210旧・神代小学校跡10

やっぱり、神代小学校時代の椅子なのかなぁ?




広い校庭跡。

      20160210旧・神代小学校跡11



ロングリードを着けているから、走れば良いのに走らない びいすけ 。

      20160210旧・神代小学校跡12


この広いグランド(多目的広場=校庭跡)を走れば
気持ち良いと思うんだけどなぁ...............


偶然見つけた小学校跡地。
何か得した気分です。



2016/02/24 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

東庄町ふれあい公園     (2016年2月10日)(千葉県香取郡東庄町) 

2月10日  公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市に出掛けました。
香取市からちょっと足を伸ばして東庄町へ。

向かった先は...............東庄町ふれあい公園

      20160210東庄ふれあい公園01


公園案内図を探したけれども見つからない。
その代わりに凄いモノを見つけちゃったけれど
それは、明日にでもアップいたしましょう。


駐車場の隣は広い多目的広場。

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その広場の一部は、グランドゴルフのコート(?)となっており
大会も開かれているらしい。



案内板発見!
ピクニック広場、アスレチック広場、ローラーサーキットが、あるらしい。

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とりあえず、ピクニック広場に行ってみましょう。

階段を下った先に、芝生広場が見えます。

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どうやら、ピクニック広場のようです。


匂いを嗅いで、マーキング。

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意外にワンちゃんの散歩コースになっているんでしょうか?


芝生の上を気持ち良く闊歩する びいすけ 。

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やっぱり、犬も芝生は気持ち良いみたいです。

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芝生広場でウンチをして、軽くなった(?) びいすけ 。
ピクニック広場から里山風景の広がる敷地内を移動します。

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こちらは、ローラーサーキットのようです。

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要するにローラースケート場のようですね。
但し、利用する人は居ないのか?
雑草が所々に生えていたりします。



高台から覗くローラーサーキット。

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こちらが、アスレチック広場。

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子供が喜びそうなアスレチックの遊具が設置されています。


滑り台があれば、喜んで(?)上がって行く びいすけ ですが
残念ながら滑り台は在りません。

こんな丸太の上に上がって、はいポーズ ☆パチリ。

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こちらの丸太の平均台も軽やかにこなします。

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アスレチック広場からは急斜面。

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がんばれ! びいすけ 。

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斜面を登りきれは、ふれあい公園の脇の出入り口。
駐車場まではまだまだ距離はありますよ。

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なんだかんだで、小一時間。
ふれあい公園を散策いたしました。






2016/02/23 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit