03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 05

び・び・びのびいすけ

御朱印巡り...............側高神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出掛けました。

香取市と言えば、香取神宮が有名ですが
意外にも『香取神宮』以外にも神社は多く、
御朱印を拝領できる神社も幾つかあるようです。
そんな訳で、朝から香取市の佐原地区の神社を巡っていました。

玉田神社を後にして、向かった先は..................側高神社


側高神社は「通称・側高様」と呼ばれ、地域の人々に親しまれています。
神武18年の創建と言われ、御祭神は、側高大神を祀っています。
834坪の境内には、本殿(銅板葺流れ造)、幣殿(亜鉛板葺流造)、
拝殿(銅板葺流造)、社務所所瓦葺入母屋造)が建ち並んでいます。
古来から祭神は神秘として口にすることを許されず、
俗に『言わず語らずの守』とのみ伝えられると言われています。
香取神社の第一の摂社として崇敬され、境内には老杉が生い茂り、
裏山からは筑波山、利根川、鹿島の森を一望に見られる景色は風光明媚です。



こちらが、社号標。

      20180219側高神社02



社号標よりも、こちらの看板の方が目を引きます。

      20180219側高神社01

これって、どう言う意味なんでしょう?



社号標の脇の道。
これが参道のようです。 

      20180219側高神社03


参道入口には、かなりカスれた文字の説明板。

      20180219側高神社04

どうやら、側高神社の本殿は千葉県の指定文化財らしい。


説明板の近くには、文化財であることの標柱。

      20180219側高神社05



参道には、社殿改修の記念碑。

      20180219側高神社06



鳥居が見えて来ました。

      20180219側高神社07



鳥居の手前には手水舎。

      20180219側高神社08



鳥居をくぐって境内に入ります。

      20180219側高神社10


      20180219側高神社09


    
境内の狛犬。

      20180219側高神社11



こちらが、拝殿。

      20180219側高神社12


      20180219側高神社13


拝殿に掲げられた扁額。

      20180219側高神社14



拝殿正面の飾りの彫り物。

      20180219側高神社15


      20180219側高神社16



別アングルからの拝殿。

      20180219側高神社17


      20180219側高神社34



こちらが、本殿。

      20180219側高神社18


      20180219側高神社19



こちらは、神楽殿。

      20180219側高神社20



側高神社の鎮座する台地は深い森と言うか、
北総の古い神社の鎮座する森は、巨木が多い。
信仰が深いから、神聖な場所として手が加えられていなくて
自然が多く残っているのだろうか?
天然記念物に指定されて保護される森も多いけれど、
側高神社の森は特に指定はされていないようです。

でも、この境内には巨木が多い。



『夫婦杉』。

          20180219側高神社21
          20180219側高神社22
      20180219側高神社23



御神木の『千年杉』。

      20180219側高神社24
      20180219側高神社25



こちらの巨木は、ナギの木。

      20180219側高神社26
      20180219側高神社27




立派な巨木と比較すると、可愛らしい祠。

      20180219側高神社28


こちらは、境内社。

      20180219側高神社29



鳥居が建っているけど、祀られているのは毘沙門天?

      20180219側高神社30



境内には、4つの甕(かめ)があります。

      20180219側高神社31



説明板によれば、4つの甕は四季(春夏秋冬)を現し、
各甕内の雨水量が、その年の降水量を占うとされているようです。

      20180219側高神社32



また、別な説明板には、側高神社の奇祭『髭なで祭り』についても触れています。

      20180219側高神社33

約800年前に始まったと伝えられる五穀豊穣・子孫繁栄を祈願する伝統行事で、
祭りの当番の引き継ぎ行事として行われているそうです。
西側に座した当番が、東側に座する新当番に酒を勧める際、
立派な髭をなでることから「髭なで祭り」と呼ばれています。
髭をなでられたら、新当番は大椀で何杯でも応じなければならない作法で、
紋付きはかま姿で大げさなカイゼル髭をなでる姿がなんともユーモラスな奇祭だと言うことです。




こちらが、社務所。

      20180219側高神社35

御朱印は、こちらで頂けるかと思ったら
鳥居手前の宮司さん宅で頂きました。
そうそう、佐原の八坂神社の御朱印もこちらで頂く事が出来ます。



こちらが、側高神社の御朱印。

      20180219側高神社36


シンプルながら、丁寧であり達筆な墨書き。
ありがたく頂きました。





スポンサーサイト
2018/04/09 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............玉田神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

香取神宮をあとにして、向かった先は.........玉田神社


玉田神社の詳細については不明ですが..................

ネットで調べてみると、
建久年間に千葉介常胤の第五子である国分五郎大膳胤通が
本矢作城の際に良位の鎮として幽境須久井に創建したと言うことです。


利根水郷ライン(国道356号線)を佐原から銚子方面へと南下して行くと
民家の陰に隠れて見づらいですが、左側に鳥居が確認出来ます。

とは言え、香取神宮からこちらに向かう際にナビは全く違う道を案内し、
玉田神社の鎮座する台地(ちょっとした山)の反対側に案内し
裏参道(?)になる林道を5分近く歩く羽目になりました。


正しいアプローチはこちらから。

こちらが、一の鳥居。

      20180219玉田神社02



鳥居の前には、社号標。

      20180219玉田神社01


      
玉田神社は、この一の鳥居からちょっと離れた場所に鎮座しています。
踏切を渡り、大丈夫か?と思うような細い道を走り
やがて二の鳥居が現れ、さらにしばらく進むと玉田神社に辿り着けます。


目の前に現れるのは、社殿の屋根の葺き替え記念の碑。

      20180219玉田神社03


こちらは、
      20180219玉田神社04



おそらく、この鳥居が三の鳥居になるのでしょう。

      20180219玉田神社05



こちらが、社務所。

      20180219玉田神社06


社務所脇に石段があり、社殿へと続きます。

      20180219玉田神社08



石段脇の社号標。

社号標の前に狛犬?
いや、狛犬と言うよりは狐に見える。

      20180219玉田神社07


      
石段を上れば、そこには拝殿が待っています。

      20180219玉田神社09



赤い社殿。

      20180219玉田神社10



拝殿前の狛犬。
やっぱり、犬と言うよりは狐っぽく見える。

      20180219玉田神社14


      20180219玉田神社15




拝殿に掲げられた扁額。

      20180219玉田神社11


      20180219玉田神社12


扁額は3枚掲げられていて、
その1枚には『正一位 稲荷宮』の文字。

      20180219玉田神社13

そう言うことか!

社殿が赤いのも、狛犬が狐に見えたのも
そう言うことだったのね。



      
拝殿前の例のモノ。

      20180219玉田神社16

そうです。
天水桶。


こちらが、本殿。

      20180219玉田神社18


      20180219玉田神社19

確かに赤い本殿は稲荷神社ですね。




力石。

      20180219玉田神社17

この力石は、香取市の指定文化財らしい。


      
社殿脇の碑。

      20180219玉田神社20

碑文は読めないけれど、こちらにも狐がいっぱい。



境内社。

      20180219玉田神社21



とにかく、玉田神社には鳥居が多い。

      20180219玉田神社22


      20180219玉田神社23


この赤い鳥居が並ぶのは、やっぱり稲荷神社ですね。

      20180219玉田神社25





本殿裏手。

      20180219玉田神社24

実は、林道を上って来て、一番最初にこちらから玉田神社に入りました。
      




この記事の冒頭でも少しふれましたが、
ナビは、こちらの裏参道の鳥居を案内しました。

      20180219玉田神社26

流石に、この鳥居の間を通って、
狭い林道を車で上って行く勇気は無く
車を鳥居の前に置いて..................


こんな感じで林道を歩き、玉田神社を目指しました。

      20180219玉田神社27



こちらが、玉田神社の御朱印。

      20180219玉田神社28

たまたま宮司さんが不在で、応対に出ていただいた初老の男性が
墨書きしてくれました。
多分、宮司さんの親族の方なんでしょうね。
『字が下手ですみません。』なんて恐縮されていましたが、
いやいや、なかなか達筆ですよ。

ありがとうごさいました。



近くに『香取神宮』って言う超メジャーな神社が在るから、
訪れる人もほとんど居ないと思われる玉田神社。
逆に俗化していないから、真のパワースポット感が満載で
ちょっぴり気に入っちゃいました


2018/04/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............香取神宮 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

香取市と言ったら、香取神宮でしょ?

何と言っても、下総国の一宮ですからねぇ。
神社の格に付いては以前触れましたが、
中世の社格制度には一宮制度がありました。

一宮は国で一番有力な神社です。
国司が任国に赴任したときに神拝といって任国内の神社を巡拝しなければなりませんでした。
その中でもっとも有力な神社を一宮と呼ぶようになり、一番初めに参拝しました。
国によっては二宮、三宮も存在しました。
ちなみに、下総国ではなぜか二宮が2つ存在します。
(旭市 『玉崎神社』、船橋市 『二宮神社』

明確な規定はなく、神社の盛衰によるため時代によって異なっているようです。
そのためでしょうか? 安房国では、『洲崎神社』と『安房神社』が一宮と言われ、
かつては、『洲宮神社』も安房国の一宮と言われていたようです。

下総国の一宮である香取神宮は、
鹿島神宮、鳥栖神社と合わせて『東国三社』とも呼ばれています。

古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く、
特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、
中世以降は下総国の一宮、
明治以後の社格制では官幣大社に列し、
昭和17年に勅祭社に治定され、今日に至っています。

由緒によれば..............
香取神宮は、御祭神は経津主大神。
初代神武天皇の御代に創建されたと云われています。
経津主大神は、はるか昔 天照大神の命により、
武甕槌大神鹿島神宮の神と共に出雲へ派遣され
見事交渉を成功させることができました。
二神は、大国主神から自らが最も大切としていた広鉾を授かり、
日本の国を 平定して天照大神の元へ復命されたのです。


こちらが、香取神宮の一の鳥居。

      20180219香取神宮01



大きな鳥居です。

      20180219香取神宮02



鳥居脇の社号標も立派。

      20180219香取神宮03



こちらは、香取神宮の門前(神社でも門前と言うのだろうか?)

      20180219香取神宮04

無料の駐車場があり、数件のお土産屋さんが並びます。



お土産屋を横目に、ニの鳥居へと向かいます。


二の鳥居と社号標。

      20180219香取神宮05


      20180219香取神宮06


      20180219香取神宮07


実は、香取神宮の境内は犬連れ禁止。
さすが一宮、格が高い。

      20180219香取神宮50



従って、びいすけ は車の中でもお留守番。

それでは仕切り直して...............

二の鳥居と社号標。

      20180219香取神宮08


      20180219香取神宮09



鳥居脇の『定』

      20180219香取神宮10

どうせなら、この『定』にも犬連れ禁止って謳えばいいのに...............



表参道を社殿目指して歩きます。

      20180219香取神宮11



三の鳥居(で良いのかな?)。

      20180219香取神宮12


鳥居に掲げられた神額。

      20180219香取神宮14



鳥居前の狛犬。

      20180219香取神宮13


      
鳥居の先には総門。

      20180219香取神宮15



総門前の狛犬。

      20180219香取神宮16



総門の飾りと菊の御神紋。

      20180219香取神宮17



総門の先には手水舎。

      20180219香取神宮18

手水舎の前で旧参道と合流。
この先は楼門。



参道には、由緒書きが建てられています。

      20180219香取神宮19



こちらが、楼門。

      20180219香取神宮20

楼門のある神社って、まだまだそんなに出会っていない。
日光の二荒山神社以来か?
まあ、楼門じゃなく随身門って言う神社もあるからねぇ。


楼門の扁額。

      20180219香取神宮21



神を守るとされる随身(随神)。
向かって左側だから矢大臣。

      20180219香取神宮22


向かって右側。
右側なのに左大臣。

      20180219香取神宮23



楼門には、香取神宮の神紋。

      20180219香取神宮24



そして、門の先には拝殿。

      20180219香取神宮25



こちらが、拝殿。

      20180219香取神宮26


さすが、下総国の一宮。
豪華と言うか、華がある。

黒の漆塗りを基調とした社殿です。
私から見たら、立派すぎる社殿。

      20180219香取神宮27


拝殿正面。

      20180219香取神宮28



こちらが、本殿。

      20180219香取神宮29



別アングルから。

      20180219香取神宮30


      20180219香取神宮31


      20180219香取神宮32



拝殿前の例のモノ。

      20180219香取神宮39

そうです。
天水桶。
先日まで名称が分からなくて.....................
名称を知ったから、ついつい自慢したくなる(笑)。



こちらは、祈祷殿(神楽殿)。
実は、香取神宮の旧拝殿です。

      20180219香取神宮33


祈祷殿正面。

      20180219香取神宮34





こちらは、神饌所。

      20180219香取神宮36

神事の際に供える供物を納めておく所です。



こちらが、授与所。

      20180219香取神宮38

御朱印は、こちらでいただくことが出来ます。


境内の隅にはこんなモノも。
以前の授与所なんでしょうか?

      20180219香取神宮35


授与所の前にそびえる御神木。      

      20180219香取神宮40
      20180219香取神宮41


      20180219香取神宮42





社殿周りには、こんなモノもあります。


三本杉。

      20180219香取神宮43

(画像では、分かりづらいのですが.........)

中央に真っ直ぐ、そして両脇に斜めに伸びている二本は、
実は根元でつながった一株の杉だと言うことらしい。
残念ながら三本の内真ん中の杉は枯れてしまっています。


『大和心』と記された石。

      20180219香取神宮44


そして、境内社。


櫻大刀自神社。

      20180219香取神宮45



鹿島神宮。

      20180219香取神宮46


諏訪神社。

      20180219香取神宮47



馬場殿神社。

      20180219香取神宮48


市神社、天降神社。

      20180219香取神宮49






社殿のある境内から、奥宮へと向かいます。

その途中にこんな案内板。
素通りは出来ません。 

      20180219香取神宮51



導かれるように辿り着いたのは、要石。

      20180219香取神宮52



こちらが、要石。

      20180219香取神宮53

地震を鎮めるとされる霊石です。
地震を起こすと考えられた大ナマズを刺すために、
地中深くまで埋められている大きな石の一部が
地上に現れていると伝えられています。


要石の前には、末社の押手神社。

      20180219香取神宮54




要石へは、別なルートでも行くことが出来ます。

      20180219香取神宮55



『要石道』と刻まれた遊歩道を歩いて行きます。

      20180219香取神宮56

この辺りの森(香取神宮の森)は杉の老齢林。
千葉県の指定天然記念物となっています。



この道の先に、『要石』と『奥宮』があるようです。

      20180219香取神宮57



目の前に現れた手水鉢。

      20180219香取神宮58

表面には鹿の角の神紋(?)


さらに、その先には祠。

      20180219香取神宮59

これが『奥宮』かと思ったら違っていました。
どうやら、護国神社のようです。



こちらが、奥宮。

      20180219香取神宮60



手水鉢は、ほとんど使われていない。

      20180219香取神宮61



社殿は高い板塀に囲まれて、中がよく見えない。

      20180219香取神宮62

昭和48年の伊勢神宮遷宮の際の古材を使用して建てられたと言う社殿。
見たかったなぁ。



ちなみに、『奥宮』と刻まれたこの社号標は
平成24年に建立されたモノらしい。

      20180219香取神宮63



奥宮の左側手前には、『天真正伝神道流始祖 飯篠長威斎墓』。

      20180219香取神宮67


      20180219香取神宮64


『飯篠長威斎』は旧飯笹村(現在の多古町)の出身で、
室町時代に形成された権威ある剣術の流儀の始祖とされているそうです。


おそらく、これが墓石でしょう。

      20180219香取神宮65


大きな立派な碑は、碑文が良く読めない。

      20180219香取神宮66


     


ひと通り見て回ったので、結構時間を食っちゃいました。
急いで駐車場へと向かいます。
びいすけ が車の中で待っているからね。


駐車場の手前のお土産屋。
こんな看板を見ちゃうと、ついつい買ってしまいます。

      20180219香取神宮68


『厄除け団子、買ったどぉ〜!』

      20180219香取神宮69



今回、香取神宮の御朱印帳もいただきました。

      20180219香取神宮70

デザインは至ってシンプル。
オリジナルと言いながらも、どこにも香取神宮の表記は無い。
でもビニールカバー付きで、1000円の初穂料は安いと思う。


こちらが、香取神宮の御朱印。

      20180219香取神宮71


朱印がメイン。余分な墨書きは無い。
至ってシンプル。
下総国の一宮だけに、墨書きで社号を書き入れて欲しかった。
それが、私の謙虚な気持ちです。


2018/04/08 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............八坂神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

香取市と言っても、旧・佐原市域に出かけました。
最たる目的は、ひな人形の飾られた佐原の町並みを散策すること。
『さわら雛巡り』で佐原の町並みを散策しながら、
町並みの外れにある八坂神社にやって来ました。


八坂神社の大鳥居前にて。

      20180219八坂神社01



ちょっと大きな石灯籠。

      20180219八坂神社02



境内には記念碑が多い。

      20180219八坂神社03


      20180219八坂神社04



百年祭記念碑。

      20180219八坂神社05



八坂神社の由緒書き。

      20180219八坂神社06



社殿へと続く参道。

      20180219八坂神社07



またまた、何かの石碑。

かなり年季が入っていて、碑文が読みづらい。

      20180219八坂神社08


      20180219八坂神社09


手水舎。

      20180219八坂神社10


手水舎と言ったら...............

やっぱり、龍の吐出口でしょう?

      20180219八坂神社27



こちらが、拝殿。

      20180219八坂神社11


拝殿に掲げられた扁額。

      20180219八坂神社12



別アングルからの拝殿。

      20180219八坂神社13



こちらが、本殿。

      20180219八坂神社14



拝殿前の狛犬。

      20180219八坂神社15



拝殿前の例のモノ。

そうです、天水桶。

      20180219八坂神社16



こちらは、社務所。

      20180219八坂神社17

同じ市内の側高神社の兼務社だから
宮司さんは常時居らっしゃるわけではありません。
従って、この日も社務所は閉まっています。



境内社の水天宮。

      20180219八坂神社18



御神木。

      20180219八坂神社19



隣には山車会館があります。
って言うか、境内(敷地内)に山車会館がある。
山車会館の前に境内社が並びます。

どうやら、こちらは西参道になるのかな?

20180219八坂神社20

      
      20180219八坂神社21


      20180219八坂神社22


      20180219八坂神社23


      20180219八坂神社24



こちらの参道の手水舎。

      20180219八坂神社25



こちらの参道口の鳥居。

      20180219八坂神社26


      

こちらが、八坂神社の御朱印。

      20180219八坂神社28

かなり離れた場所にある側高神社にていただく事が出来ます。





近く(?)には諏訪神社もあるし、
なんと言っても香取神宮も近いから対したことない神社だと思っていたけれど
敷地はさほど広くはないけれど、境内社も多い。
来てみないとその姿はわからない。
でも、この八坂神社も佐原の鎮守なんでしょうね。



2018/04/07 Sat. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............諏訪神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

とは言え、平成18年に佐原市、香取郡小見川町、山田町、栗源町が合併して、
「香取市」が誕生した訳だから、香取市は広い。
今回は、旧・佐原市域を巡ってみました。


大戸城址をあとにして、向かった先は...............諏訪神社



個人的には佐原は香取市と言うより、まだ佐原市って言う感覚が強い。
佐原の町の西側(?)に伊能忠敬の銅像がある公園があります。
その公園(佐原公園)の脇に鎮座しているのが諏訪神社です。
諏訪神社は、佐原の鎮守と言われ、佐原公園の森の一部であるかのように
森の中の鎮守と言う雰囲気もあります。

その歴史は、平安時代の天慶の乱で伊予国の藤原純友を討った功績により
下総大須賀荘(現:成田市伊能)領主に任ぜられた大神惟季は、
領内の守護として信濃国諏訪大社を勧請しました。
その後、天正年間に領内の農民を率い佐原新宿を開発するに際して
守神として勧請したものとされています。
現在の社殿は嘉永6年に造営されたものだそうです。


個人的には佐原は香取市と言うより、まだ佐原市って言う感覚が強い。
佐原の町の西側(?)に伊能忠敬の銅像がある公園があります。
その公園の脇に鎮座しているのが諏訪神社です。


こちらが社号標。

      20180219諏訪神社01



一の鳥居。

      20180219諏訪神社02



こちらが二の鳥居。

      20180219諏訪神社03



二の鳥居の脇の社号標。

      20180219諏訪神社04



二の鳥居の先の参道。

      20180219諏訪神社05



社殿までは長い石段。

      20180219諏訪神社06



頑張って上って行きましょう!

      20180219諏訪神社07


      20180219諏訪神社08



石段の途中にある手水舎。

      20180219諏訪神社09



こちらは、井戸?

      20180219諏訪神社10



社務所兼宮司宅のようです。

      20180219諏訪神社11

御朱印は、こちらで拝領いたしました。


結構長い石段の途中に、多くの境内社が祀られています。

      20180219諏訪神社12


      20180219諏訪神社13


      20180219諏訪神社14


      20180219諏訪神社15



石段を上りきった先は、狛犬がお出迎え。

      20180219諏訪神社16



こちらが、拝殿。

      20180219諏訪神社17



別アングルから。

      20180219諏訪神社18


      20180219諏訪神社21




拝殿正面の彫り物。

      20180219諏訪神社19


      20180219諏訪神社22



拝殿内部。

      20180219諏訪神社20


      

こちらが、本殿。
     
      20180219諏訪神社25


      20180219諏訪神社23


      20180219諏訪神社24



拝殿前の例のモノ。     

      20180219諏訪神社26

そうです。
天水桶。


つい先日まで、何て呼ぶか?
知らなかったんだよなぁ。



こちらは、授与所。

      20180219諏訪神社27

普段は閉まっているようですね。



諏訪神社の由緒書き。

      20180219諏訪神社28



社殿の周りにも境内社が多い。

      20180219諏訪神社29


      20180219諏訪神社30


      20180219諏訪神社31


      20180219諏訪神社32


      20180219諏訪神社33


      20180219諏訪神社34


      20180219諏訪神社35




こちらが、諏訪神社の御朱印。

      20180219諏訪神社36



社殿は小高い台地に在るから
まさに佐原の町を見下ろすと言うか、
見守っているかのように見える佐原の鎮守さま。

それが諏訪神社なんですね。




2018/04/06 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大戸城址 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

大戸神社をあとにして、向かった先は...............大戸城址。


大戸神社に大戸城址。
いずれも旧・大戸村域にあります。
大戸神社から距離にして400ほど離れた、
旧・佐原市立第五中学校跡地の
道を挟んだ向かいの台地の上奥に大戸城址は在りました。



大戸城は、国分氏の祖である国分胤通の四男・大戸四郎大夫親胤が城主であったと言われています。
大戸親胤は大戸六ヶ郷の領主となっていたようです。

千葉家中興の祖ともいえる下総国主・千葉宗家で千葉氏五代当主の千葉介常胤。
その千葉介常胤の五男であるのが国分胤通。
国分胤通は、頼朝に随って平家との戦いにも従軍しました。

その国分胤通の四男である大戸四郎大夫親胤が
利根川沿いの香取郡大戸庄内の「大戸郷(香取市大戸)」を領していました。


また、別説ですが.................
天正年間には、やはり千葉一族である大須賀氏の城だったという説もあるようです。



こちらが、大戸城の縄張り図。

      大戸城址縄張り図

( 余胡さんのHPよりお借りしました。)



こちらが、大戸城址への入り口。

      20180219大戸城址01

この奥の森が大戸城址になります。


森の中に入ってすぐにある土塁。

      20180219大戸城址02


      20180219大戸城址03



しばらく歩くと、現れる土壇。

      20180219大戸城址04



この土壇には、小さな祠が建てられています。

      20180219大戸城址05



かつては、ほこらの脇に大きな五輪塔がありましたが
東日本大震災の影響か?
倒壊して草に埋もれています。

      20180219大戸城址06



この祠の建つ土壇は、かつての櫓台だったのかもしれない。

      20180219大戸城址07



尾根沿いに展開している大戸城址。

      20180219大戸城址08


      20180219大戸城址09



周りに木々のある台地が、いつしか竹林の台地へと変貌していきます。

      20180219大戸城址10


      20180219大戸城址11



明らかに人の手が加えられた跡が見える横堀。

      20180219大戸城址12


逆アングルから。

      20180219大戸城址20

さらに先へと進みます。

      20180219大戸城址13


      20180219大戸城址14


竹藪の竹を交わしながら、台地先端部を目指します。

      20180219大戸城址15



台地先端部からの眺め。

      20180219大戸城址16

視界の先は坂東太郎(利根川)。



台地先端部から、戻り始めると視界の先に何かある。

      20180219大戸城址17


どうやら四阿のようです。

      20180219大戸城址18


建設が整備途中で頓挫した公園かと思っていたら
どうやら違うみたい。
四阿へは、すぐ下の民家から上って来れる道がある。
どうやら、城址のある台地(山林)の所有者(地権者、管理者)が
麓に住まれているのでしょう。

      20180219大戸城址19

使われている感が強い四阿です。




      
竹藪の竹を交わしながら戻りましょう。

      20180219大戸城址21


      20180219大戸城址22


竹藪を抜け、登城路に戻ります。
これと言った見所は余り無く、
ちょっぴり面白味に欠ける大戸城址。

まあ、 びいすけ との森の中の散歩と思えば良い。
超マイナーな城址って、こんなモノなんだろうなぁ。






2018/04/06 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............大戸神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

香取市と言っても、今回は旧・佐原市域を中心に巡ってみました。


この日、一番最初に向かったのは...............大戸神社


大戸神社は、景行天皇40年日本武尊東征時に勧請されたのが始まりと伝えられ、
天手力雄命を祀り、江戸時代までは香取神宮の第一末社であったが、
明治6年(1873)独立した神社として県社に列せられました。
五穀豊穣・家内守護・交通安全守護・商業繁栄の祖神として広く信仰されているそうです。


こちらが社号標。

      20180219大戸神社01

旧県社と記されている。
と言うことは、それなりに格式の高い神社のようです。


あまり、個人的には神社に格と言うものを付けたくはないのですが
格式を好むのが日本人。
格式に拘るのが日本人。

従って、古来から神社にも格式が在ったようです。
その代表格が『延喜式』。
延喜式とは、平安時代にどのような社格が定められていたかと史料で
「延喜式」があります。
朝廷から幣帛(神への捧げ物)が奉献される神社を「官社」と言いますが、
延喜式にはその官社のリストが掲載されています。
延喜式に掲載されている神社の数は、2861社。
これらの神社は「式内社」とも呼ばれ、格式の高い神社とされてきました。
ちなみに、延喜式に掲載されていない神社は「式外社」と呼ばれていました。

延喜式とは別な神社の区分けとして、明治時代には近代社格制度が整えられました。
神社は官社と民社(または諸社という)に分けられ、神祇官の管轄である官社は
更に官幣、国幣、別格官幣社(官幣の小社と同待遇)に分類されました。

地方官の管轄である民社は府・藩・県社と
郷社、村社、無格社に分類されました。


さらには、別な格付けで一宮制度と言うものがあります。
一宮とは、平安後期から中世にかけて行われた社格で、
その国(令制国/律令国)で一番の神社のことです。
一宮制度が始まった経緯や目的などは記録史料が存在しない為、
謎が多い制度でもあるようです。


こちらの大戸神社は、旧・県社と言うことなので
一応、それなりの格式を持った神社と言うことになるようです。


大戸神社の大鳥居。

      20180219大戸神社02



大鳥居の前には由緒書き。

      20180219大戸神社03



それなりの時代を感じる石灯籠。

      20180219大戸神社04



こちらは、手水舎。

      20180219大戸神社05



香取市教育委員会設置の説明板によれば
大戸神社の和鏡は、千葉県の指定文化財らしい。

      20180219大戸神社06



拝殿に続く参道。

      20180219大戸神社07


こちらが、拝殿。

      20180219大戸神社08


      20180219大戸神社09

   

拝殿内部。

      20180219大戸神社10



拝殿正面の飾り。

      20180219大戸神社11



別アングルからの拝殿。

      20180219大戸神社12


      20180219大戸神社32



こちらが、本殿。

      20180219大戸神社13


      20180219大戸神社14



拝殿前の狛犬。

      20180219大戸神社15



拝殿前のコレ↓

      20180219大戸神社16

ずぅ〜っと名前がわからなかったやつ。
『天水桶』って言うらしい。



またまた、香取市教育委員会設置の説明板。

      20180219大戸神社17

大戸神社には、2つの千葉県指定の文化財の面があるとの事です。



昭和36年に建立された大戸神社改築記念碑。

      20180219大戸神社18



こちらは、神輿奉安殿。

      20180219大戸神社19



中には神輿が置かれています。

      20180219大戸神社20



こちらは、氏子会館。

      20180219大戸神社21

この氏子会館を見ただけでも、地元の氏子さんたちの
大戸神社に対する気持ちの強さが分かります。
一説によれば、氏子は3000戸以上だと言うことらしい。



こちらは、宝物殿。

      20180219大戸神社22



境内社。

      20180219大戸神社23


      20180219大戸神社24


      20180219大戸神社25


      20180219大戸神社26



本殿脇からも境内への出入り口があり、さしずめ裏参道?
小さいながらも手水舎もありました。

      20180219大戸神社31



夫婦杉。

      20180219大戸神社27
          20180219大戸神社28

二本の大杉の根元がつながっています。




スダジイの古木。

      20180219大戸神社29
      20180219大戸神社30



これらの、巨木・古木が大戸神社の歴史を物語っているんだろうなぁ。      



こちらが、御朱印。

      20180219大戸神社34

実は、朝一で参拝した時、宮司さんは外出していて不在。
不在時の連絡先が拝殿に貼られていたので、連絡を取り
16時過ぎに再び訪れることになりました。

宮司さんの話だと、近年の御朱印ブームの影響で
最近は御朱印を拝領される方の訪問が増えたそうです。
関西から数名のグループでやって来る『御朱印おばちゃん』が多いそうです。
御朱印ガールって聞いたことはあるけれど、
御朱印おばちゃんって、思わず笑っちゃいました。






2018/04/05 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

栗山川ふれあいの里公園   (2017年2月7日)(千葉県香取市) 

2月7日  公休日

この日は、香取市に出かけました。

橘ふれあい公園をあとにして向かった先は...............栗山川ふれあいの里公園


栗山川ふれあいの里公園は、栗山川と一体しており,
河辺の親水広場には,放流し餌づけされた錦ゴイが泳いでいます。
入口には旧・栗源町民5543人全員で夢や希望を込めてメッセージを書いてつくったモニュメントが立っています。




こちらが公園入り口。

      20170207栗山川ふれあいの里公園01


立派な、公園の名の入った碑。

      20170207栗山川ふれあいの里公園02



この木道先が栗山川。

      20170207栗山川ふれあいの里公園03


栗山川にて。

      20170207栗山川ふれあいの里公園04

水辺が苦手な びいすけ は、ここより先には行きません。


栗山川には本当に鯉が泳いでいます。

      20170207栗山川ふれあいの里公園05

この画像だとみづらいかなぁ。



川があれば当然、橋もある。
でも、この橋を渡ると公園から出ちゃうから
再び、公園に戻ります。

      20170207栗山川ふれあいの里公園06



橋の上から眺めた公園。

      20170207栗山川ふれあいの里公園07



思ったほどは広くない公園。
川沿いのエリアとこの芝生広場ぐらいなのか?

      20170207栗山川ふれあいの里公園08

園内案内図が見付からないから、全体がイマイチ把握出来ていません。



芝生広場にあるモニュメント。

      20170207栗山川ふれあいの里公園09

これがメッセージが書かれたモノみたいです。



管理が行き届いた綺麗な芝生広場。

      20170207栗山川ふれあいの里公園10



びいすけ は闊歩しながら匂い嗅ぎ。

      20170207栗山川ふれあいの里公園11




妙な胸騒ぎって言うか、嫌な予感。

      20170207栗山川ふれあいの里公園12


しばらくすると...............

      20170207栗山川ふれあいの里公園13



予感的中。

      20170207栗山川ふれあいの里公園14


芝生に転がって、『うげっ! うげっ!』と奇声を発します。

      20170207栗山川ふれあいの里公園15



この時期は枯れ芝生だから、思い切り服や体に芝生の屑が付くんだよなぁ。

      20170207栗山川ふれあいの里公園16



プルプルプル〜って体を震わせても
屑は全部落ちないんだよ。

      20170207栗山川ふれあいの里公園17



今晩、シャンプーする?(笑)

      20170207栗山川ふれあいの里公園18


しかし、気になったのは...............

芝生広場にポツリポツリと小さな土の山。

      20170207栗山川ふれあいの里公園19


これって、モグラの穴?
って言うか、モグラが掘り起こした土?


実は、色んな公園の芝生広場で見かけるんだけど
気になって仕方がありません...............。






2017/03/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

橘ふれあい公園  (2017年2月7日)(千葉県香取市) 

2月7日 公休日

この日は、香取市に出かけました。

佐原地区(旧・佐原市)をあとにして、向かった先は...............橘ふれあい公園



橘ふれあい公園は、県道山田栗源線より小高い丘にあります。
四季を彩る草花や昆虫、魚、野鳥など自然がたくさんあります。
公園内の出会いの広場には、広々とした芝生広場、さざなみきらめく橘堰や、
キャンプ場、釣り、水辺遊歩道などがあります。
憩いの森には、林間のアスレチック10種類や遊歩道などがあり、
水と緑の自然を生かした総面積約4haの公園で親しまれています。



随分と前からネットでこの公園の存在は知っていました。
いつか、近くへ行ったら立ち寄ろうと思っていて、本日やっと実現です。


駐車場も完備。
それでは、橘ふれあい公園の散策と参りましょう。

      20170207橘ふれあい公園01


橘ふれあい公園の案内図。
って言うか、この公園の一つの目玉は橘堰沿いの周遊散策路。

こちらを歩くのも一つの目的です。

      20170207橘ふれあい公02


公園案内図はこちらですが、もうほとんど把握出来ない状態。

      20170207橘ふれあい公03



まずは、芝生広場へ向かいます。

      20170207橘ふれあい公04



この芝生広場、実はキャンプ場のようです。

      20170207橘ふれあい公05

奥に見える四阿みたいな所が実は炊事場。



ロングリードの びいすけ は匂い嗅ぎに夢中。

      20170207橘ふれあい公06



芝生広場の脇には、橘堰。

      20170207橘ふれあい公07


      20170207橘ふれあい公08


今でこそ橘堰と呼ばれていますが、昔は溜池と呼ばれていたんでしょうか?

      20170207橘ふれあい公09

それにしても溜池改修記念碑とは笑えます。



文字がかすれて読めない標柱。

      20170207橘ふれあい公10

一応、橘堰は文化遺産か何かなんだろうか?



車止めがあるから、ここが周遊散策路のスタートになるのかな?

      20170207橘ふれあい公11


ロングリードの びいすけ のペースで進みましょう。

      20170207橘ふれあい公12


カエルか何かを見つけたのか?
普段は水辺に近寄らないくせに、なぜか水辺で匂いを嗅いでいます。

      20170207橘ふれあい公13

でも、やっぱりちょっと腰が引けている(笑)。


元気良くリードを引っ張り前へ進む びいすけ 。

      20170207橘ふれあい公14

今日は絶好調?


陽射しはあるけど、風はちょっと冷たい。

      20170207橘ふれあい公15



橘堰をバックに、パチリ☆。

      20170207橘ふれあい公16



いつしか堰も細くなり、川となり...............
裏を返せば、この川の水が橘堰となる。

      20170207橘ふれあい公17



川沿いの散策路を歩いていると左方の山が気になります。

      20170207橘ふれあい公18



頂部に柵があり、展望台のようにも見える。

      20170207橘ふれあい公19



橋を渡って、気になる場所に向かってみましょう。

      20170207橘ふれあい公20



ここから上がっていくみたいです。

      20170207橘ふれあい公21


元気良く駆け上がって行く びいすけ 。

      20170207橘ふれあい公22


      20170207橘ふれあい公23

ロングリードにしておいて良かったぁ。



こちらが頂部。
ベンチもあって休憩できます。

      20170207橘ふれあい公24


      20170207橘ふれあい公25



尾根沿いに散策路は続き、視界の先には四阿が見えます。

      20170207橘ふれあい公26



四阿で小休止。

頑張って上がってきた びいすけ にご褒美。
ワンコ用の豆乳ビスケット。

      20170207橘ふれあい公27


      20170207橘ふれあい公28


      20170207橘ふれあい公29

パクリンちょ。



引き続き、尾根沿いに歩いて橘堰方向へと向かいます。

      20170207橘ふれあい公30


      20170207橘ふれあい公31



その先に在った四阿。
ここからなら、橘堰が見えます。

      20170207橘ふれあい公32



尾根沿いに歩き、その後一気に下れば、
そこには案内板。

      20170207橘ふれあい公33



どうやら、橘ふれあい公園の敷地内にある『憩いの森』の一部を
散策していたようです。

      20170207橘ふれあい公36




駐車場のある橘堰までは、あと少し。

      20170207橘ふれあい公34



ようやく橘堰も見えてきた。

      20170207橘ふれあい公35


  
約1時間半の散策。
それなりに楽しめました。


    
2017/03/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

第12回 さわら雛めぐり   (2017年2月7日)(千葉県香取市) 

2月7日  公休日

毎年、この時期に町おこしの一環で各地で開催されるひなまつり。
この日は、香取市の『 さわら雛めぐり 』に出かけました。

『さわら雛めぐり』は、今年で12回目を迎え
香取市でも小江戸と呼ばれる旧・佐原市の古い町並みの商家の店先に
ひな人形が飾られています。
毎年、この時期の風物詩で、今年は2月4日から3月26日まで開催されています。

今年で12回目となる『 さわら雛めぐり 』は、佐原おかみさん会が主催となり
古い町並みの商家に伝わるひな人形を店先に飾る行事で
佐原の町興しの一環を担っているようです。

この『さわら雛めぐり』も、毎年楽しみにしているイベントの一つです。


例年のようにJR佐原駅から旧商家の並ぶ小野川沿いまで散策してみましょう・

      20170207さわらの雛めぐり01



佐原駅構内の観光案内所で、『さわら雛めぐり』のパンフレットを貰います。

      20170207さわらの雛めぐり02


      20170207さわらの雛めぐり03



昔は、それなりに活気があったと思われる佐原駅前ですが
今や、かなりの商店がシャッターを下ろしていて、活気がない。
平日だからなのか?

そして、開いている商店の全てがひな人形を飾っているわけでも無い。


とりあえずは、駅前の商店街のひな人形。

      20170207さわらの雛めぐり04


      20170207さわらの雛めぐり05


    

      20170207さわらの雛めぐり06


      20170207さわらの雛めぐり07


      20170207さわらの雛めぐり08


2月4日に始まったばかりの『さわら雛めぐり』
まだ4日目だからか?
数年前は、ひな人形を飾っている商店がもっとあったような気がします。
気のせいかなぁ?


駅前から小野川沿いの古い町並み(佐原の一番のウリ)へと向かいます。


閑散とした、佐原の町。

      20170207さわらの雛めぐり09


商店は開いて無いし...............

      20170207さわらの雛めぐり10


人通りもほとんど無い。

      20170207さわらの雛めぐり11



それでも、ひな人形を飾っている商店の前で
びいすけ と一緒にパチリ☆。

      20170207さわらの雛めぐり12


      20170207さわらの雛めぐり13



小野川沿いに到着。

東日本大震災で佐原の古い町並み、古い家屋もかなりのダメージを受けました。
あれから間も無く6年。

ここにも、古い商家が在ったのですが、取り壊されていました。

      20170207さわらの雛めぐり14


そうは言っても、佐原と言えば、小野川沿いの景観。
しばし、小野川沿いを散策いたしましょう。

      20170207さわらの雛めぐり15


通称、ジャージャー橋。

      20170207さわらの雛めぐり16

画像には写ってないけれど、この時 びいすけ の左側には
中国人の団体がピーチク、パーチクとまぁうるさいこと(笑)。



ささっさ〜と写真を撮って退散です。

      20170207さわらの雛めぐり17

本当は、伊能忠敬旧家に飾られていたひな人形を見たかったんだけど...............



団体さんを避けて先を急ぎましょう。

      20170207さわらの雛めぐり18


      20170207さわらの雛めぐり19


去年も見かけた、小野川の船着き場に飾られたひな人形。

      20170207さわらの雛めぐり31


      20170207さわらの雛めぐり32


      20170207さわらの雛めぐり33



この橋を渡って対岸の道を歩くつもりでいたら...............

      20170207さわらの雛めぐり34



対岸の小野川沿いの道は通行止め。

      20170207さわらの雛めぐり35



仕方ないから、今来た道を戻ります。

      20170207さわらの雛めぐり36


      20170207さわらの雛めぐり37



小野川沿いから県道沿いの商家をひな人形を探しながら歩きますが

      20170207さわらの雛めぐり20


      20170207さわらの雛めぐり28


      20170207さわらの雛めぐり29


      20170207さわらの雛めぐり30



商家や商店に飾られているひな人形が本当に少ない。
開いている商店も少ないし...............

どうやら、足並みが揃っていないみたいです。

そんな時は、『佐原まちぐるみ博物館』を覗いてみましょう。

びいすけ は入れないから、外で待機してもらいます。



佐原まちぐるみ博物館で展示されているひな人形。

      20170207さわらの雛めぐり21


      20170207さわらの雛めぐり22


      20170207さわらの雛めぐり23


      20170207さわらの雛めぐり24


      20170207さわらの雛めぐり25



ミニチュア版ですが、佐原の商家の復元模型。

      20170207さわらの雛めぐり26


      20170207さわらの雛めぐり27






佐原には、古くからの造り酒屋が二軒あります。

その内の一軒、『馬場本店酒造』。

      20170207さわらの雛めぐり38


こちらは、酒蔵手前に江戸時代、明治、大正、昭和と
各年代のひな人形が飾られています。

      20170207さわらの雛めぐり39


      20170207さわらの雛めぐり40


      20170207さわらの雛めぐり41



もう一軒は、『東薫酒造』。

こちらは、まだひな人形は飾られていません。
2月12日頃に展示するらしい。


せっかくだから、お土産に酒饅頭をゲット。

      20170207さわらの雛めぐり42


観光案内所や佐原まちぐるみ博物館は『さわら雛めぐり』に力を入れているようですが

足並みが揃っていないと言うか、足並みが揃えられないなら
何も2月4日から始めなくても2月中旬とか2月末から始めれば良いのに...............

毎年楽しみにしていたのに、今年の『さわら雛めぐり』には
ちょっぴり、いや、かなりガッカリです。





2017/03/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................湖東小学校   (2016年2月21日)(千葉県香取市) 

2月21日 公休

個人的な連休2日目

この日は、茨城県の行方市へ出かけました。
行方市へ行く途中である香取市でちょっと道草。

横利根閘門ふれあい公園をあとにして
向かった先は...............香取市立湖東小学校


湖東小学校は

明治8年      八筋川村に私立学校三島学舎が創立する。
明治10年     龍泉寺を仮校舎として、千葉県第十四大区七小区北総香取郡八筋川学校と称し開校する。
明治15年     千葉県香取郡湖東小学校と改称する。
昭和22年     新島村立湖東小学校と改称する。
昭和30年     新島村が佐原市に編入。佐原市立湖東小学校と改称する。
平成18年     佐原市が小見川町、山田町、栗源町と合併して香取市誕生。
           香取市立湖東小学校と改称する。
平成27年     新島小学校と統合して廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが湖東小学校。
ナビの案内で八筋川沿いに走り、
ちょうど校舎裏手の駐車場に到着。

      20160221湖東小学校01


ちょうど裏手に当たるため、いきなり体育館がどぉ
〜んと視界に入ってきます。

      20160221湖東小学校02


こちらが、校舎の裏手になるんだろうか?
でも正面玄関らしい。

      20160221湖東小学校03



こちらが正門。

      20160221湖東小学校04


本来は、こちらから入りたかったんだけど
ナビが案内したのは裏口(?)。
こればっかりは仕方がない(笑)。


廃校になって間もなく1年。
正門の門柱には、校名の表札もしっかりと残されています。

      20160221湖東小学校05


それなりの広さの校庭。

      20160221湖東小学校06



そして校舎。

      20160221湖東小学校07



別アングルからの校舎。

      20160221湖東小学校08

直方体の画一的な校舎ではなく、どことなくお洒落なデザイン。



校舎の前の石碑群。

      20160221湖東小学校09


創立百周年の記念碑。

      20160221湖東小学校10


校舎新築の記念碑。

      20160221湖東小学校11



そして、見〜つけた!

      20160221湖東小学校12


廃校記念碑。

      20160221湖東小学校13

何故か、この廃校に関する記念碑を見つけるとテンションが高くなります。

裏面にはしっかりと沿革も刻まれています。
廃校に至るまでの沿革を知るのも廃校巡りの楽しみでもあります。

      20160221湖東小学校14



さらに、見〜つけた!


二ノ宮像です。

      20160221湖東小学校16



これまた、テンションが上がります。

      20160221湖東小学校17

各学校によって、二ノ宮像も表情が違うから
見比べていくのも、それなりに楽しいモノです。
こちらの二ノ宮さんは優しい表情をしていますね。





校庭に残る遊具類。

      20160221湖東小学校18


      20160221湖東小学校19


      20160221湖東小学校20


      20160221湖東小学校21



久しぶりに「砂場」を見たような気がします。

      20160221湖東小学校22



校庭にて。

      20160221湖東小学校23

朝礼台と びいすけ 。


廃校となり間もなく1年。

      20160221湖東小学校24


廃校になって時間の流れが止まったかのような気がするけれど
校舎の壁に掲げられた時計は、今日も正しい時刻を示していました...............。


2016/03/06 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

横利根閘門ふれあい公園 《 日本の歴史公園百選 》 (2016年2月21日)(千葉県香取市) 

2月21日  公休日

個人的な連休2日目

前日は雨が降るって事で遠出を断念。
その反動でしょうか?
朝6時に自宅を出て、茨城県の行方市へ出かける事にしました。

最終目的地は行方市の旧・麻生町ですが
その前に寄り道をしちゃいましょう。

と、言うことで立ち寄った先は...............横利根閘門ふれあい公園


当初は予定には無かったのですが、たまたますぐ前を通りがかったら
何気に良さそうな公園に見えたので、急遽駐車場に車を停めて
公園を散策する事にしました。
まぁ、自宅を出てから1時間は経っているから
びいすけ のオシッコにはタイミング的にちょうど良い。

      20160221横利根閘門ふれあい公園01



車から見えたこの景色。

      20160221横利根閘門ふれあい公園05



駐車場から改めて眺めてみると、芝生と四阿、そして水門。
この景色を見て、何となく惹かれました。

      20160221横利根閘門ふれあい公園02



では公園内を散策と参りましょう。
まずは、配置図で公園全体を把握いたしましょう。

      20160221横利根閘門ふれあい公園03


      20160221横利根閘門ふれあい公園04


公園の名称の一部でもある『横利根閘門』(よことねこうもん)とは...............

明治の初め、現在の横利根川筋から北利根川・常陸利根川を流れていたが、
1900年(明治33年)から始まった利根川改修工事により現在の利根川筋へ流れが移された。
利根川増水時に横利根川を通じて霞ヶ浦沿岸に氾濫をもたらしていたことから
利根川と霞ヶ浦を分断するため、また増水時にも舟運に支障を来たさないように、
第2期改修工事の一部として建設されたのが横利根閘門です。
1914年(大正3年)に着工し、7年後の1921年(大正10年)に完成しました。

そして、2000年(平成12年)に日本における煉瓦造閘門の近代化遺産として
国の重要文化財に指定されました。
驚くべきは、今なお現役で動く閘門として年間に約千隻の船の通行があると言うことです。




大正時代に作られた閘門の真横には古めかしい歯車。

      20160221横利根閘門ふれあい公園06


閘門の上は当然通行できませんが( 現在も開閉するため )、
すぐ真横までの近付けます。

閘門脇から眺める水門。

      20160221横利根閘門ふれあい公園07



公園内は中洲のような感じで、ぐるっと散策路があります。
せっかくだから、散策路を歩きましょう。

      20160221横利根閘門ふれあい公園08


      20160221横利根閘門ふれあい公園09


      20160221横利根閘門ふれあい公園10


      20160221横利根閘門ふれあい公園11



びいすけ の背後に見えるのが閘門。

      20160221横利根閘門ふれあい公園12


確かに、煉瓦作りは時代を感じさせます。

      20160221横利根閘門ふれあい公園13



再び、閘門の方に戻りましょう。

      20160221横利根閘門ふれあい公園15


対岸も公園の敷地のようです。

      20160221横利根閘門ふれあい公園16


対岸へ移動しましょう。

と言っても閘門は渡れないから、一度水門を渡って対岸へと向かいます。
水門へは四阿のある芝広場を抜けて行きます。

      20160221横利根閘門ふれあい公園17



この芝生広場の雰囲気はやっぱりいいなぁ。

      20160221横利根閘門ふれあい公園18

この風景を目にしたら、やっぱり素通りは出来ないなぁ。



芝生広場から見た対岸。

      20160221横利根閘門ふれあい公園19



水門の上から眺める横利根閘門ふれあい公園と閘門。

      20160221横利根閘門ふれあい公園20


こちらが、横利根閘門ふれあい公園の対岸側。

      20160221横利根閘門ふれあい公園21



対岸側は少し高台になっているから、閘門を眺めるにはこちら側の方が良いみたい。

      20160221横利根閘門ふれあい公園22



利根川治水の立派な石碑もあるし、すぐ近くには管理事務所もある。

      20160221横利根閘門ふれあい公園23

要するに、こちら側がこの公園の中心なんだろうなぁ。




フェンスの向こうの閘門。
渡し板があるっていう事は、閉じている時には渡れるのかなぁ?

      20160221横利根閘門ふれあい公園24



鷺系の水鳥も餌になる魚を求めてやって来るようです。

      20160221横利根閘門ふれあい公園25



煉瓦と鉄骨のオブジェは、改修工事の時に撤去した閘門の一部。

      20160221横利根閘門ふれあい公園26


      20160221横利根閘門ふれあい公園27


偶然、通りかかって立ち寄った公園だけど
この『横利根閘門ふれあい公園』は、『日本の歴史公園百選』に選ばれていたりする。
地元の『佐倉城趾公園』も『日本の歴史公園百選』に選ばれている。
やっぱり歴史的遺産が絡む公園には、素敵な公園が多いようです。

『日本の歴史公園百選』、とりあえず関東地区だけでも追っ掛けちゃおうかな〜?



2016/03/05 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

府馬城址    (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

個人的な連休初日。
この日は香取市へ出掛けました。

山之下城址から直線距離で数百m。
完全な徒歩圏内の距離にある城址。
府馬城址を訪れました。

府馬城は、下総の名族である千葉氏の流れをくむ国分氏の一族である府馬氏の居城であります。
南北朝時代中期の貞治・応安の頃に、本矢作城主である国分胤通の子孫である越前五郎時常が
この地を領して府馬氏を称し、府馬城を築いたと言われています。
戦国後期の頃に、府馬城主の府馬時持は安房里見氏と結んで、里見氏の重臣正木氏と共に
東総一帯に進撃し、小見川城・森山城・鏑木城・米野井城などを攻め落としたとされています。
千葉一族でありながら、千葉一族を裏切った時持ですが、間もなく反撃にあい
府馬城への帰城の途中、米野井城付近の激戦で討死したと言われています。


こちらが、府馬城址の縄張り図。

      20160210府馬城址01

余胡くんのお城のページ からお借りしました )


台地中央部を南北に細長く伸びた郭群が広がり、
大まかに3つの郭群で構成されています。
北側から一の郭群、二の郭群、三の郭群と言ったところでしょうか。

府馬の大クスのある山之下城址から歩いてくると
こんな感じで府馬城址が現れます。


郭群で言えば、三の郭群にあたります。

      20160210府馬城址02

細長い台地の付け根。
縄張り図をじっくり見ていなかったから
ここが要害だと勘違いして登ってしまいました。

      20160210府馬城址03

谷を挟んで、山之下城址が見えます。
三の郭群は視界が開け、物見台の役割を果していたかもしれません。

      20160210府馬城址04
    


こちらが要害。
それなりに広い郭だったようです。
台地の一番高い場所になるから、てっきりこの要害が主郭なのかと思ったら
どうやら違うようです。
主郭は台地先端部に近い削平地のようです。
      
      20160210府馬城址05



要害への登城路と腰曲輪。
右側の削平地が要害となります。

      20160210府馬城址06

民家の脇からのアプローチになります。



府馬城址の歩いて台地の下部は民家が数件並び
城址への登城路はいずれも民家の脇から台地に入っていく形になります。


こちらがメインの登城路。


      20160210府馬城址07


余胡さんの縄張り図で言うところの7の切り通し。

実は、府馬城址で一番の見所とも言えます。
郭群で言えば二の郭群にあたります。

      20160210府馬城址14


まさに大堀切と言った方が適切ですね。

      20160210府馬城址08


ちょうど、陽も傾き出し、西陽が切り通しに差し込み
昼でも薄暗い場所を照らしています。

      20160210府馬城址09



この切り通しから主郭部へと進軍していきましょう。

      20160210府馬城址10


台地先端部に近い郭。
こちらがどうやら主郭だったみたいです。

      20160210府馬城址11

余胡さんの縄張り図によれば、5の郭になります。



こちらも、それなりに見応えのある切り通し。
ちょうど6の郭の下になります。
こちらも見事な堀切ですね。

      20160210府馬城址12


      20160210府馬城址13


     
主郭のある台地下部にある集会所。

      20160210府馬城址15

この集会所の背後の台地が府馬城址の主郭部。


遺構は余り残っていないけれど、堀切は見応えありました。
余り知れ渡っていない古城を巡るのも、やっぱり面白いモノですね。





2016/02/26 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

山之下城址     (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市に出掛けました。
と言いながらも東庄町まで足を伸ばし、公園なんぞを散策して
再び香取市へと戻ることにいたしました。

向かった先は...............山之下城址


山之下城は、下総の名族である千葉氏の流れをくむ国分氏の一族である
府馬氏の居城である府馬城の出城であったとされています。

府馬氏については、このあと訪問する府馬城址の記事にて触れることにして...............



現在は香取市となっている旧・山田町の府馬の大クスのある宇賀神社一帯が
山之下城址とされているようです。

宇賀神社の北側一帯は、現在公園化されていて
とても城址のようには見えません。


こちらが、山之下城址の縄張り図。

      20160210山之下城址01

( 余胡くんのお城のページ からお借りしました )



現在は、『大クス展望公園』として整備されています。

      20160210山之下城址02

実は、そうとも知らずに昨年、この大クス展望公園を訪ねていました。
( その時の記事は こちら


あの時は、一面シロツメクサに覆われていて
こんなに広い削平地だとは気付きませんでした。

      20160210山之下城址03

確かに、郭跡に見えますね。


公園化されているし、大クス展望公園なんてネーミングだから
当然、展望台があったりする。

      20160210山之下城址04


      20160210山之下城址05


何とかと煙は高い所に行きたがる?
なぜか、展望台を登り始めた びいすけ 。

      20160210山之下城址06

見づらいですが、真ん中辺りに びいすけ が居ます。




展望台にて。

      20160210山之下城址07


位置関係がイマイチ把握出来ないけれど
田園風景が広がっています。

      20160210山之下城址08



展望台から眺める山之下城址の郭跡。

      20160210山之下城址09



こちらが、府馬の大クス。

      20160210山之下城址10

樹齢1300年〜1500年と言われるタブノキの巨木。
以前はイヌグスと呼ばれていたそうですが、
調査の結果、タブノキと判明したそうです。
大正15年に『府馬の大クス』として国の天然記念物に指定されました。


こちらが宇賀神社。

      20160210山之下城址11



宇賀神社下の城塁。

      20160210山之下城址12

この辺りは民家の敷地の一部となっています。



こちらが、星勝神社。

     20160210山之下城址13



星勝神社のある辺りは、かつての腰曲輪だったのだろうか?

      20160210山之下城址14

星と名が付くから、ひょっとしたら...............
かつては、妙見神社?

な〜んて期待したけど、千葉氏の家紋はどこにも無い。



主郭の城塁になるのだろうか?

      20160210山之下城址15
 
星勝神社の上部は、先ほどの郭跡になります。


公園整備の影響なのか?
はたまた、早い時期から民家が建ったりして
かなり改変されてしまったような気がします。

土塁山空堀と言った遺構は殆ど無いけれど
府馬城の出城だったことを考えてみれば、
元々そんなに遺構は無かったのかもしれないなぁ...............。



2016/02/25 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

さわら雛めぐり  (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

この日は香取市に出掛けました。

香取市に来た最たる目的は『 さわらの雛めぐり 』。
香取市でも小江戸と呼ばれる旧・佐原市の古い町並みの商家の店先に
ひな人形が飾られています。
毎年、この時期の風物詩で、今年は1月29日から3月21日まで開催されています。

今年で11回目となる『 さわらの雛めぐり 』は、佐原おかみさん会が主催となり
古い町並みの商家に伝わるひな人形を店先に飾る行事で
佐原の町興しの一環を担っているようです。


佐原駅前から古い町並みの名所である小野川沿いまで
ぶらりとひな人形を眺めながら散策してみましょう。

以前、交番横に在った丸ポストは駅前の整備に伴い移動されていました。

       20160210佐原の雛めぐり01

それっぽい雰囲気を醸し出す駅舎と丸ポスト。
なぜか、似合うなぁ。


駅舎にはポスター。
町も雛めぐりに力を入れているようです。

      20160210佐原の雛めぐり02


チラシを貰って、いざ参りましょう!

      20160210佐原の雛めぐり03


地方都市の性なのか?
午前10時過ぎだと言うのに、
駅前の商店街もシャッターの閉まっている店が多い。

それでも何軒かの店先には、ひな人形が飾られています。

      20160210佐原の雛めぐり04


      20160210佐原の雛めぐり05


駅前の商店街から、観光のメッカである小野川沿いを歩くのですが
中心街とも言える商店街はシャッターが...............

      20160210佐原の雛めぐり06


      20160210佐原の雛めぐり07


      20160210佐原の雛めぐり08


      20160210佐原の雛めぐり09


あれ?
佐原の町って、こんなに寂れてしまったの?


やっとお店が開いてて、ひな人形を飾っているお店の人に話を聞いたら
佐原の商店の多くは水曜日が休みらしい。
確かに、今日は水曜日。
思わず、納得。

しかし、ひな人形が見ることが出来ない...............。


それでも、やはり観光地。
飲食関係を含めて、何軒かはお店を開けています。

      20160210佐原の雛めぐり10


      20160210佐原の雛めぐり11


      20160210佐原の雛めぐり12


      20160210佐原の雛めぐり13


小野川沿いに到着。
しかし、ここまでで目にしたひな人形は6ヶ所。
余りにも少ない。

      20160210佐原の雛めぐり14
   
仕方ないので、小野川沿いに散策いたしましょう。


ひな人形発見。

      20160210佐原の雛めぐり15



こちらは、小野川に架かる樋橋。
別名『ジャージャー橋』とも呼ばれ、
日本の音風景100選に選定されているそうです。

      20160210佐原の雛めぐり16


      20160210佐原の雛めぐり17


      20160210佐原の雛めぐり18



樋橋の斜め前の古い家が伊能忠敬旧宅。

      20160210佐原の雛めぐり19


      20160210佐原の雛めぐり20



小野川沿いにしばらく歩きます。

      20160210佐原の雛めぐり21


県道にぶつかったら右折。
狭い県道を走る対向車に気をつけながら
県道沿いの店先を覗いて行きます。


こちらが、佐原三菱館。

三菱銀行佐原支店旧本館です。

      20160210佐原の雛めぐり22

佐原三菱館は、明治の洋風煉瓦造建築の様式を受け継いだもので、
外観はルネサンス建築様式、屋根は木骨銅板葺き、正面右にドームを配しています。
内部は吹き抜けで、2階の周囲に回廊があるそうです。
佐原の町並みの中では、その特徴的外観からシンボル的な存在の建物であったようです。


佐原三菱館は現在、佐原町並み交流館として利用され
『さわらの雛めぐり』のメイン会場でもあります。
さすがに中に犬は入れないので、 びいすけ は外で待機。
リードを自転車止めのポールに括りつけて待機して貰います。

      20160210佐原の雛めぐり23


交流館内部に飾られているひな人形。

      20160210佐原の雛めぐり24


      20160210佐原の雛めぐり25


      20160210佐原の雛めぐり26


      20160210佐原の雛めぐり27


      20160210佐原の雛めぐり28


      20160210佐原の雛めぐり29


      20160210佐原の雛めぐり30

どれも皆、立派なひな人形です。



びいすけ には各商店に飾られたひな人形で我慢してもらいましょう。

      20160210佐原の雛めぐり31


      20160210佐原の雛めぐり32


      20160210佐原の雛めぐり33


      20160210佐原の雛めぐり34


      20160210佐原の雛めぐり35


      20160210佐原の雛めぐり36


      20160210佐原の雛めぐり37



佐原と言ったら、やっぱり古い町並み。
東日本大震災でかなり被害を被りましたが
それでも小野川沿いの古い町並みは現在です。

      20160210佐原の雛めぐり38


再び、小野川沿いを歩いてみましょう。

      20160210佐原の雛めぐり39


      20160210佐原の雛めぐり40



小野川の船着場(?)に何やら飾られています。

      20160210佐原の雛めぐり41


ズームでアップ。

ここにもひな人形が飾られています。

      20160210佐原の雛めぐり42


小野川沿いの旅館、木の下。

      20160210佐原の雛めぐり43

ここも風情がありますね。



気が着いたら、時刻は12時をとっくに過ぎています。
お腹が空いたけど、犬連れで入れるお店がない。
っていう言うか、あてにしていた小野川沿いのパスタ屋も定休日。
テラス席ワンコOKの店なんだけどなぁ。残念。

どうせ、犬連れ不可の店に入るのなら、少し離れているけど
東庄町に前から気になっている店があるから
そちらに向かうことにいたしましょう...............。







2016/02/21 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐原公園   (2016年2月6日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日

この日は香取市に出掛けました。
香取市と言っても、旧・佐原市が本来の目的地。

佐原の町並みを歩くのが目的ですが
何せ、『小江戸 佐原』と言われる位ですから
風情あり、歴史のある町並みでウンチしたり、
やたらとオシッコをされても困るので、佐原の町並みを歩く前に
公園を散歩して、 びいすけ をスッキリさせましょう。

と、言うことで向かった先は...............佐原公園


佐原駅前の有料駐車場に車を停め、佐原公園まで歩いて行きます。

駅から5分ほどで佐原公園に到着。

      20160210佐原公園01


佐原と言えば、伊能忠敬で有名な町。
日本の測量の元祖と言われる伊能忠敬。
彼が50歳まで住んでいたのが佐原と言うことらしい。

      20160210佐原公園02

元々は九十九里の生まれらしい。
彼の生家跡は公園となっています( そちらの記事は こちら


ここ、佐原には伊能忠敬の立派な銅像が建っています。

      20160210佐原公園03


      20160210佐原公園04


それでは、公園を散策いたしましょう。

ここで、いっぱいオシッコするんだよ!

      20160210佐原公園05


地方の公園や神社などに多い、戦争関連の碑。

      20160210佐原公園06

正直、戦争に関連する記念碑や

実は、ここが佐原とだと思っていたら
どうやら、ここから300m離れた場所が佐原公園のようです。

      20160210佐原公園07

そう言えば、300m位先の高台に展望台があったなぁ。
そこが佐原公園になるんでしょう。


高台には、隣接する諏訪神社を通って行きましょう。

      20160210佐原公園08


一見、上がるのが嫌になりそうな急石段。

      20160210佐原公園09



びいすけ は元気良く上がって行きます。

      20160210佐原公園10

一歩、私はと言えば、息が切れて辛い。
びいすけ にかなり引っ張っともらってます(笑)。



諏訪神社の拝殿。

      20160210佐原公園11

びいすけ はオヤツがいっぱい貰えますように!と
秘かに祈っているのでしょうか?



諏訪神社を抜けると、いよいよ佐原公園に到着です。

      20160210佐原公園12


展望台。

      20160210佐原公園13



当然、上ります。

      20160210佐原公園14

〇〇と煙は高いところに行きたがる...............


びいすけ! お前のことだよ(笑)。

      20160210佐原公園15



展望台からの眺望はイマイチ。
周りの木々が視界を遮ってしまいます。

     20160210佐原公園16


まぁ、公園の展望台ってこんなモノでしょう。
過度の期待は禁物ですね。

     20160210佐原公園17


こちらは、五喜田正巳の歌碑。

     20160210佐原公園18

実は、香取市は文学の町として、40の歌碑・句碑が在ると言う。
いつかその文学碑巡りでもしてみようかな?




     20160210佐原公園19

看板には佐原公園って書いてあったけど、
五喜田正巳の歌碑をネットで調べていたら
諏訪公園に在るって記されている。
ってことは、ここは諏訪公園?

何か、はっきりしないねぇ。

佐原公園は一体どこなの?(笑)







2016/02/20 Sat. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《 香取・羽鳥 》    (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市に出掛けました。

偶然に発見した廃校をあとにして、向かった先は...............妙見神社 《香取・鳥羽》


香取市と言っても旧・佐原市域、成田市にほど近い鳥羽地区にも
妙見神社はありました。
もっとも、この妙見神社もYahoo地図を眺めていて見つけたモノ。
千葉氏と関連ある妙見神社か否かは分かりませんが
まぁ、実際に現地に行けばそれも分かるかも知れない。
運良く千葉氏の家紋なんかが有ったら言う事は無い。

千葉県に移り住んで十数年。
そして、名も無い城巡りを趣味となること五年弱。
やっぱり千葉県に住んでいたら、千葉一族の足跡を追いかけたくもなります。
まぁ、元々は小田原北条氏の隠れファンだから
関連のある千葉一族に興味が湧いてしまいます。



この先に妙見神社はあるようです。
個人の民家の敷地内に入って行くような感じです。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽01



      20160210妙見神社 香取・鳥羽02



木の陰に鳥居が見えて来ました。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽03



こちらが、妙見神社の鳥居。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽04


      20160210妙見神社 香取・鳥羽05



鳥居に掲げられた神額には 『 妙見神社 』の文字が確認出来ます。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽06



こちらが、拝殿。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽07


拝殿の扁額にも『 妙見神社 』の文字が読み取れます。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽08


拝殿には、これと言って神紋は無い。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽09


拝殿裏は崖。
斜面には竹が生い茂り、どうやらこの位置は台地上部となっているようです。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽10


      20160210妙見神社 香取・鳥羽11



妙見神社の周りには土類も残っていたりする。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽12

この位置が鬼門である北東であれば
南西方向に城が在ったのか?

妙見神社の南西方向は民家になっている。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽13

早くから耕地化されてしまった地区なんだろうか?
勝手に師と仰ぐ余胡さんのHPを見ても、
この辺りには城跡はなさそうです。



どうやら、この妙見神社も千葉氏とは関連の無いモノなんだろうか...............?
千葉氏の家紋とは、なかなか遭遇出来ないモノですね。





2016/02/20 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............番外編   偶然見つけた中学校跡  (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日

個人的な連休初日。
この日は香取市に出掛けました。

当初の目的地は香取市の佐原。
旧・佐原市になりますが、その旧・佐原市域に妙見神社があるので
そちらに向かって車を走らせていました。
成田市の高地区から香取市の鳥羽地区へと向かう途中で
偶然に廃校跡を見つけちゃいました。

基本的に廃校巡りは小学校と決めていますが
偶然に見つけた廃校跡は、この限りでは無い。

運良く遭遇した廃校は..............旧・佐原市立 旧・佐原第五中学校跡


車で画面右方向にから左方向へと通り過ぎた。
通り過ぎさま、何やら校舎みたいな建物が視界に入った。

50mほど行き過ぎて、慌ててUターン。
この風景が目に入って来ました。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡01



紛れもない、廃校の雰囲気満載。
シンボルツリーらしきものもあるし...............。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡02

慌てて、スマホで現在地を確認。
Yahoo地図では、『関東農政局両総農業水利事業所佐原支所』となっている。

矢鱈と長ったらしい名称。


しかし、どう見たって、これは廃校でしょう?

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡03


近くの民家で人が外に出でいれば聞けば良い。
何軒か回って、初老の男性から話を聞くことが出来ました。


かなり前に、新しくできた場所に移転してしまった
香取市立佐原第五中学校の校地だったらしい。
当時はまだ合併前です、佐原市立第五中学校と呼ばれていたそうです。


佐原第五中学校は...............

昭和36年 佐原市立東大戸中学校と瑞穂中学校が合併して
新たに佐原市立第五中学校として開校する。
平成10年 新校舎建築により移転。
平成18年 佐原市、小見川町、山田町、栗源町が合併して香取市誕生。
香取市立佐原第五中学校と改称する

そして、現在に至っています。


即ち、この地に平成10年まで中学生の学び舎があったと言うことです。




小学校と違って中学校の廃校は二ノ宮像とか百葉箱とか遊具類。
いわゆる廃校遺構と言うモノが元来少ないから面白味に欠ける。


こちらの廃校も校舎ぐらいしか、遺構としては残されていない。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡04


      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡05



グランドにはたくさんのソーラーパネルが並んでいます。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡06



当然、パネルの並ぶフェンスの先は立ち入り禁止。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡07


      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡08


茨城県には、太陽光発電が盛んでソーラーパネルが並んでいるところが多い。
考えてみたら、利根川の向かうは茨城県。
この辺りは千葉県の県境になる。

39年間で、それなりの数の少年・少女達を世に送り出した学び舎は
太陽光を集め、新たなエネルギーを送り出す場所となっていたようです。







2016/02/19 Fri. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大クス展望公園 《 府馬の大楠》 (2015年5月23日)(千葉県香取郡東庄町) 

5月23日 公休日

この日は、東庄町に出かけました。
須賀山城址をあとにして、佐倉市の自宅へと帰路につきますが
そう言えばこの近くに『府馬の大楠』がある事を思い出した。
せっかくだからと、立ち寄った先は...............大クス展望公園




こちらが、大クス展望公園の入口。

      20150523大クス展望公園01

駐車場完備と言うことですが、意外に狭く、4〜5台が限界っぽい。


説明看板の前で、はいポーズ!

      20150523大クス展望公02

公園の配置図が無かったから、説明看板にそんなに気を留めていませんでした。
この時、しっかりと説明看板を読んでなかったから
帰ってからちょっぴり後悔することに..............



さほど大きくはない公園ですが、ド~ンと広場が広がっています。
元々は芝生広場だったと思うけれど
今はクローバー(しろつめ草)に一面覆われています。

      20150523大クス展望公03



そして、この公園のランドマークとも言える  展望台 。

      20150523大クス展望公04

これが有るから、『大クス展望公園』と言うわけですね。


早速展望台に上ってみましょう。

      20150523大クス展望公07



展望台からの眺望

      20150523大クス展望公05

この眺望は  千葉の眺望100景  にも選ばれているらしい。  



展望台から見下ろした公園の広場

      20150523大クス展望公06




そして、こちらがクローバーに覆われた広場。

      20150523大クス展望公08



思いのほか、クローバーは成長していて、 びいすけ が埋もれてしまいます。

      20150523大クス展望公09


      20150523大クス展望公10

あまりにも深いクローバーの海(?)を飛び回っていた びいすけ 。
疲れて小休止のようです。



公園に隣接する宇賀神社。

      20150523大クス展望公15

実は『府馬の大クス』は、この宇賀神社の境内にあります。




こちらが、府馬の大クス。

      20150523大クス展望公11

大正15年に国の天然記念物指定されました。
告示にはクスノキとなっているが、後にタブノキと判明しました。
タブノキは別名をイヌグスとも言い、
地元でも大クスと呼び親しんでいたことから間違えたものと思われるます。

樹高16m、幹周15m、根元周28mの堂々たる姿は、
タブノキとしては国内有数の巨木で、樹齢も1300年から1500年と言われています。

      20150523大クス展望公12



びいすけ と比べれば、その大きさがわかります。

      20150523大クス展望公13


      20150523大クス展望公14


この宇賀神社の境内には、府馬の大クス以外にも幾つかの太いタブノキがあり、
林を形成しています。とにかくこれらの巨木たちの生きてきた時の流れを感じます。
まさに、郷土の移り変わりを見守り続けた生き証人と言えるでしょう。


自宅に帰ってきてから色々と調べてみると、
この『大クス展望公園』一帯は中世の府馬城跡でもあるらしい。
そうと知っていたら、見る目が変わっていたのになぁ...............。
ちょっぴり、残念な思いです。

いつか、また訪れることにしよう。





2015/06/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

須賀山城址 (2015年5月23日)(千葉県香取郡東庄町、千葉県香取市) 

5月23日 公休日

この日は、東庄町に出かけていました。


『天保水滸伝』の町、笹川をあとにして向かった先は...............須賀山城址


須賀山城は

文治六年(1190年)に千葉常胤の六男、東胤頼により築城されました。
東胤頼は上代前掛城(桜井城)(旭市)より移りました。
その後、建保六年(1218年)に須賀山城との台地続きに森山城を築城して
須賀山城から森山城に移り一族が居城しました。
三代当主、東胤行は承久三年(1221年)に美濃山田庄の地頭として移り、
その後は海上氏が居城としました。戦国期に入り、
千葉胤冨が海上氏に養子として入城いましたが、
弘治三年(1557年)に千葉宗家を継ぎ本佐倉城に移りました。
しかし、胤冨はこの城を境目の城として重視し森山城の外郭として
森山城に取り込む形で須賀山城も改修したようです。
天正年間に入ると東氏、その家臣の原氏が在城し、
宗家千葉氏とともに北条氏の家臣となります。
天正十八年(1590年)、城主の東直胤は小田原城に籠城しましたが、
北条氏滅亡後、森山城とともに廃城になりました。



こちらが、須賀山城の縄張り図

      須賀山城縄張り図

          ( 余胡くんのお城のページ よりお借りしました )




県道266号線を笹川町から南下していると、こんな看板が見えます。

以前、森山城址へ行く際にも、この案内板は目にしたのですが
その時は、時間も無くて素通りしてしまいました。

      20150523須賀山城址01

今回は、こちらの須賀山城址が目的です。

この看板のある場所辺りから眺める須賀山城址。

      20150523須賀山城址02

この須賀山城址のある台地周辺は
知的障害者施設「北総育成園」が隣接していて
そちらの即売所の駐車場をお借りして、登城いたします。


登城路にいきなりの土塁。

      20150523須賀山城址03



いやぁ、これは期待できそうな予感(笑)

      20150523須賀山城址04



登城路を登っていくと、幟が立っています。

『九曜紋』
千葉氏関連の城郭であることの証しですね。

      20150523須賀山城址05

何と、5月23日のこの日は、『須賀山城址祭』のようです。



そう言えば、車を停めた「北総育成園」の駐車場の近くで
賑やかな歓声が聞こえていました。



登城路の先は、右手に腰曲輪。
椎茸の原木が置かれていて、「北総育成園」のキノコ園になっているようです。

      20150523須賀山城址06


さらに、登城路を進みます。

どうやら、この道は須賀山城址の搦手口のようです。

      20150523須賀山城址07



左側の腰曲輪。

      20150523須賀山城址08

やはり、この郭にも椎茸の原木が並んでいます。

この腰曲輪の上には大六天郭があります。



いよいよ、須賀山城址の要の部分へと入ります。

      20150523須賀山城址09




こちらが、大六天郭の虎口。

      20150523須賀山城址10


そして、大六天の祠。

      20150523須賀山城址11


      20150523須賀山城址12



この大六天郭も椎茸の原木が積まれていて
キノコ園と化しているようです。

      20150523須賀山城址13



この先は馬出し郭から主郭へと続きます。

      20150523須賀山城址14



こちらが、馬出し郭。
完全な畑と化しています。

      20150523須賀山城址16



馬出し郭から主郭へと繋ぐ土橋。

      20150523須賀山城址15


      
以前は、この土橋から先は雑草に覆われ、
人を寄せ付けるのを拒んでいるような感じだったらしい。

      20150523須賀山城址17



空堀も下草を綺麗に刈られ、かなり整備されています。

      20150523須賀山城址18


主郭虎口近くに建つ城址説明板(案内板)。

      20150523須賀山城址19

やはり、この説明板先は藪状態であったらしいが
現在は、かなり整備されています。


そして、説明板の隣の城址碑(木板製)も整備に併せて建てられたようです。

      20150523須賀山城址20





ネットで調べたら、こんな記事がありました。


なるほど、須賀山城址保存会の方々と「北総育成園」の方々の尽力によって
荒れ果てていた須賀山城址は見事に蘇ったようです。


確かに主郭虎口から振り向いて、土橋を眺めてみると
綺麗な形で土橋が残されています。

      20150523須賀山城址21



主郭虎口から眺める主郭内部。

      20150523須賀山城址22



主郭虎口の土塁。

      20150523須賀山城址23


主郭中央には一回り大きな幟がありました。

      20150523須賀山城址24


『九曜紋』の下には 『 東氏見参 』

      20150523須賀山城址25

いいねぇ、戦国時代っぽくていいねぇ(笑)。




こちらは、主郭下の腰曲輪。

      20150523須賀山城址26


腰曲輪の先端から台地下を覗いてみると...............

      20150523須賀山城址27

先ほどから賑やかな歓声は、あちらから響いていたんですね。
『北総育成園』の人たちが地元の住民を招いて須賀山城址祭をしているようです。



主郭に戻って、ぐるっと一回りしてみます。

      20150523須賀山城址29
      


主郭の外周を1mほどの高さの土塁が巡っています。

      20150523須賀山城址28

   

土橋から主郭の空堀に降りてみます。

      20150523須賀山城址30

空堀が綺麗に整備されていると、本当に大事にされていると感じます。


往時に比べれば、空堀も土砂が堆積して浅くなっているとは思うけれど
それなりの巾があって、立派な空堀です。

      20150523須賀山城址31


      20150523須賀山城址32



残念なのは、その空堀の先、西郭には導線がないと言うか
完全な藪状態で西郭には進軍できません。


しかたがないので、西郭には車で移動。


ぐるっと台地を回り込んで、西郭にあたる天ノ宮神社。

      20150523須賀山城址33

こちらにも、城址碑(標柱)がありますが、こちらは旧・小見川町(現・香取市)が建てたものです。
実は、須賀山城址は西郭が香取市、主郭や馬出し郭、大六天郭は東庄町になります。


旧・小見川町が建てた説明板。

      20150523須賀山城址34


こちらは、天ノ宮神社の本殿。

      20150523須賀山城址35


神紋は、『九曜紋』。

      20150523須賀山城址36


まさしく、千葉氏関連の城郭に建てられた神社です。

      20150523須賀山城址37



境内に僅かに残る土塁。

      20150523須賀山城址38


旧・小見川町域の須賀山城址は、正直言って遺構がほとんど無く
面白みに欠けてしまいます。

やっぱり、須賀山城址は東庄町側を攻略することをお勧めします。





2015/06/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit