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び・び・びのびいすけ

栗山川ふれあいの里公園   (2017年2月7日)(千葉県香取市) 

2月7日  公休日

この日は、香取市に出かけました。

橘ふれあい公園をあとにして向かった先は...............栗山川ふれあいの里公園


栗山川ふれあいの里公園は、栗山川と一体しており,
河辺の親水広場には,放流し餌づけされた錦ゴイが泳いでいます。
入口には旧・栗源町民5543人全員で夢や希望を込めてメッセージを書いてつくったモニュメントが立っています。




こちらが公園入り口。

      20170207栗山川ふれあいの里公園01


立派な、公園の名の入った碑。

      20170207栗山川ふれあいの里公園02



この木道先が栗山川。

      20170207栗山川ふれあいの里公園03


栗山川にて。

      20170207栗山川ふれあいの里公園04

水辺が苦手な びいすけ は、ここより先には行きません。


栗山川には本当に鯉が泳いでいます。

      20170207栗山川ふれあいの里公園05

この画像だとみづらいかなぁ。



川があれば当然、橋もある。
でも、この橋を渡ると公園から出ちゃうから
再び、公園に戻ります。

      20170207栗山川ふれあいの里公園06



橋の上から眺めた公園。

      20170207栗山川ふれあいの里公園07



思ったほどは広くない公園。
川沿いのエリアとこの芝生広場ぐらいなのか?

      20170207栗山川ふれあいの里公園08

園内案内図が見付からないから、全体がイマイチ把握出来ていません。



芝生広場にあるモニュメント。

      20170207栗山川ふれあいの里公園09

これがメッセージが書かれたモノみたいです。



管理が行き届いた綺麗な芝生広場。

      20170207栗山川ふれあいの里公園10



びいすけ は闊歩しながら匂い嗅ぎ。

      20170207栗山川ふれあいの里公園11




妙な胸騒ぎって言うか、嫌な予感。

      20170207栗山川ふれあいの里公園12


しばらくすると...............

      20170207栗山川ふれあいの里公園13



予感的中。

      20170207栗山川ふれあいの里公園14


芝生に転がって、『うげっ! うげっ!』と奇声を発します。

      20170207栗山川ふれあいの里公園15



この時期は枯れ芝生だから、思い切り服や体に芝生の屑が付くんだよなぁ。

      20170207栗山川ふれあいの里公園16



プルプルプル〜って体を震わせても
屑は全部落ちないんだよ。

      20170207栗山川ふれあいの里公園17



今晩、シャンプーする?(笑)

      20170207栗山川ふれあいの里公園18


しかし、気になったのは...............

芝生広場にポツリポツリと小さな土の山。

      20170207栗山川ふれあいの里公園19


これって、モグラの穴?
って言うか、モグラが掘り起こした土?


実は、色んな公園の芝生広場で見かけるんだけど
気になって仕方がありません...............。






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2017/03/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

橘ふれあい公園  (2017年2月7日)(千葉県香取市) 

2月7日 公休日

この日は、香取市に出かけました。

佐原地区(旧・佐原市)をあとにして、向かった先は...............橘ふれあい公園



橘ふれあい公園は、県道山田栗源線より小高い丘にあります。
四季を彩る草花や昆虫、魚、野鳥など自然がたくさんあります。
公園内の出会いの広場には、広々とした芝生広場、さざなみきらめく橘堰や、
キャンプ場、釣り、水辺遊歩道などがあります。
憩いの森には、林間のアスレチック10種類や遊歩道などがあり、
水と緑の自然を生かした総面積約4haの公園で親しまれています。



随分と前からネットでこの公園の存在は知っていました。
いつか、近くへ行ったら立ち寄ろうと思っていて、本日やっと実現です。


駐車場も完備。
それでは、橘ふれあい公園の散策と参りましょう。

      20170207橘ふれあい公園01


橘ふれあい公園の案内図。
って言うか、この公園の一つの目玉は橘堰沿いの周遊散策路。

こちらを歩くのも一つの目的です。

      20170207橘ふれあい公02


公園案内図はこちらですが、もうほとんど把握出来ない状態。

      20170207橘ふれあい公03



まずは、芝生広場へ向かいます。

      20170207橘ふれあい公04



この芝生広場、実はキャンプ場のようです。

      20170207橘ふれあい公05

奥に見える四阿みたいな所が実は炊事場。



ロングリードの びいすけ は匂い嗅ぎに夢中。

      20170207橘ふれあい公06



芝生広場の脇には、橘堰。

      20170207橘ふれあい公07


      20170207橘ふれあい公08


今でこそ橘堰と呼ばれていますが、昔は溜池と呼ばれていたんでしょうか?

      20170207橘ふれあい公09

それにしても溜池改修記念碑とは笑えます。



文字がかすれて読めない標柱。

      20170207橘ふれあい公10

一応、橘堰は文化遺産か何かなんだろうか?



車止めがあるから、ここが周遊散策路のスタートになるのかな?

      20170207橘ふれあい公11


ロングリードの びいすけ のペースで進みましょう。

      20170207橘ふれあい公12


カエルか何かを見つけたのか?
普段は水辺に近寄らないくせに、なぜか水辺で匂いを嗅いでいます。

      20170207橘ふれあい公13

でも、やっぱりちょっと腰が引けている(笑)。


元気良くリードを引っ張り前へ進む びいすけ 。

      20170207橘ふれあい公14

今日は絶好調?


陽射しはあるけど、風はちょっと冷たい。

      20170207橘ふれあい公15



橘堰をバックに、パチリ☆。

      20170207橘ふれあい公16



いつしか堰も細くなり、川となり...............
裏を返せば、この川の水が橘堰となる。

      20170207橘ふれあい公17



川沿いの散策路を歩いていると左方の山が気になります。

      20170207橘ふれあい公18



頂部に柵があり、展望台のようにも見える。

      20170207橘ふれあい公19



橋を渡って、気になる場所に向かってみましょう。

      20170207橘ふれあい公20



ここから上がっていくみたいです。

      20170207橘ふれあい公21


元気良く駆け上がって行く びいすけ 。

      20170207橘ふれあい公22


      20170207橘ふれあい公23

ロングリードにしておいて良かったぁ。



こちらが頂部。
ベンチもあって休憩できます。

      20170207橘ふれあい公24


      20170207橘ふれあい公25



尾根沿いに散策路は続き、視界の先には四阿が見えます。

      20170207橘ふれあい公26



四阿で小休止。

頑張って上がってきた びいすけ にご褒美。
ワンコ用の豆乳ビスケット。

      20170207橘ふれあい公27


      20170207橘ふれあい公28


      20170207橘ふれあい公29

パクリンちょ。



引き続き、尾根沿いに歩いて橘堰方向へと向かいます。

      20170207橘ふれあい公30


      20170207橘ふれあい公31



その先に在った四阿。
ここからなら、橘堰が見えます。

      20170207橘ふれあい公32



尾根沿いに歩き、その後一気に下れば、
そこには案内板。

      20170207橘ふれあい公33



どうやら、橘ふれあい公園の敷地内にある『憩いの森』の一部を
散策していたようです。

      20170207橘ふれあい公36




駐車場のある橘堰までは、あと少し。

      20170207橘ふれあい公34



ようやく橘堰も見えてきた。

      20170207橘ふれあい公35


  
約1時間半の散策。
それなりに楽しめました。


    
2017/03/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

第12回 さわら雛めぐり   (2017年2月7日)(千葉県香取市) 

2月7日  公休日

毎年、この時期に町おこしの一環で各地で開催されるひなまつり。
この日は、香取市の『 さわら雛めぐり 』に出かけました。

『さわら雛めぐり』は、今年で12回目を迎え
香取市でも小江戸と呼ばれる旧・佐原市の古い町並みの商家の店先に
ひな人形が飾られています。
毎年、この時期の風物詩で、今年は2月4日から3月26日まで開催されています。

今年で12回目となる『 さわら雛めぐり 』は、佐原おかみさん会が主催となり
古い町並みの商家に伝わるひな人形を店先に飾る行事で
佐原の町興しの一環を担っているようです。

この『さわら雛めぐり』も、毎年楽しみにしているイベントの一つです。


例年のようにJR佐原駅から旧商家の並ぶ小野川沿いまで散策してみましょう・

      20170207さわらの雛めぐり01



佐原駅構内の観光案内所で、『さわら雛めぐり』のパンフレットを貰います。

      20170207さわらの雛めぐり02


      20170207さわらの雛めぐり03



昔は、それなりに活気があったと思われる佐原駅前ですが
今や、かなりの商店がシャッターを下ろしていて、活気がない。
平日だからなのか?

そして、開いている商店の全てがひな人形を飾っているわけでも無い。


とりあえずは、駅前の商店街のひな人形。

      20170207さわらの雛めぐり04


      20170207さわらの雛めぐり05


    

      20170207さわらの雛めぐり06


      20170207さわらの雛めぐり07


      20170207さわらの雛めぐり08


2月4日に始まったばかりの『さわら雛めぐり』
まだ4日目だからか?
数年前は、ひな人形を飾っている商店がもっとあったような気がします。
気のせいかなぁ?


駅前から小野川沿いの古い町並み(佐原の一番のウリ)へと向かいます。


閑散とした、佐原の町。

      20170207さわらの雛めぐり09


商店は開いて無いし...............

      20170207さわらの雛めぐり10


人通りもほとんど無い。

      20170207さわらの雛めぐり11



それでも、ひな人形を飾っている商店の前で
びいすけ と一緒にパチリ☆。

      20170207さわらの雛めぐり12


      20170207さわらの雛めぐり13



小野川沿いに到着。

東日本大震災で佐原の古い町並み、古い家屋もかなりのダメージを受けました。
あれから間も無く6年。

ここにも、古い商家が在ったのですが、取り壊されていました。

      20170207さわらの雛めぐり14


そうは言っても、佐原と言えば、小野川沿いの景観。
しばし、小野川沿いを散策いたしましょう。

      20170207さわらの雛めぐり15


通称、ジャージャー橋。

      20170207さわらの雛めぐり16

画像には写ってないけれど、この時 びいすけ の左側には
中国人の団体がピーチク、パーチクとまぁうるさいこと(笑)。



ささっさ〜と写真を撮って退散です。

      20170207さわらの雛めぐり17

本当は、伊能忠敬旧家に飾られていたひな人形を見たかったんだけど...............



団体さんを避けて先を急ぎましょう。

      20170207さわらの雛めぐり18


      20170207さわらの雛めぐり19


去年も見かけた、小野川の船着き場に飾られたひな人形。

      20170207さわらの雛めぐり31


      20170207さわらの雛めぐり32


      20170207さわらの雛めぐり33



この橋を渡って対岸の道を歩くつもりでいたら...............

      20170207さわらの雛めぐり34



対岸の小野川沿いの道は通行止め。

      20170207さわらの雛めぐり35



仕方ないから、今来た道を戻ります。

      20170207さわらの雛めぐり36


      20170207さわらの雛めぐり37



小野川沿いから県道沿いの商家をひな人形を探しながら歩きますが

      20170207さわらの雛めぐり20


      20170207さわらの雛めぐり28


      20170207さわらの雛めぐり29


      20170207さわらの雛めぐり30



商家や商店に飾られているひな人形が本当に少ない。
開いている商店も少ないし...............

どうやら、足並みが揃っていないみたいです。

そんな時は、『佐原まちぐるみ博物館』を覗いてみましょう。

びいすけ は入れないから、外で待機してもらいます。



佐原まちぐるみ博物館で展示されているひな人形。

      20170207さわらの雛めぐり21


      20170207さわらの雛めぐり22


      20170207さわらの雛めぐり23


      20170207さわらの雛めぐり24


      20170207さわらの雛めぐり25



ミニチュア版ですが、佐原の商家の復元模型。

      20170207さわらの雛めぐり26


      20170207さわらの雛めぐり27






佐原には、古くからの造り酒屋が二軒あります。

その内の一軒、『馬場本店酒造』。

      20170207さわらの雛めぐり38


こちらは、酒蔵手前に江戸時代、明治、大正、昭和と
各年代のひな人形が飾られています。

      20170207さわらの雛めぐり39


      20170207さわらの雛めぐり40


      20170207さわらの雛めぐり41



もう一軒は、『東薫酒造』。

こちらは、まだひな人形は飾られていません。
2月12日頃に展示するらしい。


せっかくだから、お土産に酒饅頭をゲット。

      20170207さわらの雛めぐり42


観光案内所や佐原まちぐるみ博物館は『さわら雛めぐり』に力を入れているようですが

足並みが揃っていないと言うか、足並みが揃えられないなら
何も2月4日から始めなくても2月中旬とか2月末から始めれば良いのに...............

毎年楽しみにしていたのに、今年の『さわら雛めぐり』には
ちょっぴり、いや、かなりガッカリです。





2017/03/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................湖東小学校   (2016年2月21日)(千葉県香取市) 

2月21日 公休

個人的な連休2日目

この日は、茨城県の行方市へ出かけました。
行方市へ行く途中である香取市でちょっと道草。

横利根閘門ふれあい公園をあとにして
向かった先は...............香取市立湖東小学校


湖東小学校は

明治8年      八筋川村に私立学校三島学舎が創立する。
明治10年     龍泉寺を仮校舎として、千葉県第十四大区七小区北総香取郡八筋川学校と称し開校する。
明治15年     千葉県香取郡湖東小学校と改称する。
昭和22年     新島村立湖東小学校と改称する。
昭和30年     新島村が佐原市に編入。佐原市立湖東小学校と改称する。
平成18年     佐原市が小見川町、山田町、栗源町と合併して香取市誕生。
           香取市立湖東小学校と改称する。
平成27年     新島小学校と統合して廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが湖東小学校。
ナビの案内で八筋川沿いに走り、
ちょうど校舎裏手の駐車場に到着。

      20160221湖東小学校01


ちょうど裏手に当たるため、いきなり体育館がどぉ
〜んと視界に入ってきます。

      20160221湖東小学校02


こちらが、校舎の裏手になるんだろうか?
でも正面玄関らしい。

      20160221湖東小学校03



こちらが正門。

      20160221湖東小学校04


本来は、こちらから入りたかったんだけど
ナビが案内したのは裏口(?)。
こればっかりは仕方がない(笑)。


廃校になって間もなく1年。
正門の門柱には、校名の表札もしっかりと残されています。

      20160221湖東小学校05


それなりの広さの校庭。

      20160221湖東小学校06



そして校舎。

      20160221湖東小学校07



別アングルからの校舎。

      20160221湖東小学校08

直方体の画一的な校舎ではなく、どことなくお洒落なデザイン。



校舎の前の石碑群。

      20160221湖東小学校09


創立百周年の記念碑。

      20160221湖東小学校10


校舎新築の記念碑。

      20160221湖東小学校11



そして、見〜つけた!

      20160221湖東小学校12


廃校記念碑。

      20160221湖東小学校13

何故か、この廃校に関する記念碑を見つけるとテンションが高くなります。

裏面にはしっかりと沿革も刻まれています。
廃校に至るまでの沿革を知るのも廃校巡りの楽しみでもあります。

      20160221湖東小学校14



さらに、見〜つけた!


二ノ宮像です。

      20160221湖東小学校16



これまた、テンションが上がります。

      20160221湖東小学校17

各学校によって、二ノ宮像も表情が違うから
見比べていくのも、それなりに楽しいモノです。
こちらの二ノ宮さんは優しい表情をしていますね。





校庭に残る遊具類。

      20160221湖東小学校18


      20160221湖東小学校19


      20160221湖東小学校20


      20160221湖東小学校21



久しぶりに「砂場」を見たような気がします。

      20160221湖東小学校22



校庭にて。

      20160221湖東小学校23

朝礼台と びいすけ 。


廃校となり間もなく1年。

      20160221湖東小学校24


廃校になって時間の流れが止まったかのような気がするけれど
校舎の壁に掲げられた時計は、今日も正しい時刻を示していました...............。


2016/03/06 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

横利根閘門ふれあい公園 《 日本の歴史公園百選 》 (2016年2月21日)(千葉県香取市) 

2月21日  公休日

個人的な連休2日目

前日は雨が降るって事で遠出を断念。
その反動でしょうか?
朝6時に自宅を出て、茨城県の行方市へ出かける事にしました。

最終目的地は行方市の旧・麻生町ですが
その前に寄り道をしちゃいましょう。

と、言うことで立ち寄った先は...............横利根閘門ふれあい公園


当初は予定には無かったのですが、たまたますぐ前を通りがかったら
何気に良さそうな公園に見えたので、急遽駐車場に車を停めて
公園を散策する事にしました。
まぁ、自宅を出てから1時間は経っているから
びいすけ のオシッコにはタイミング的にちょうど良い。

      20160221横利根閘門ふれあい公園01



車から見えたこの景色。

      20160221横利根閘門ふれあい公園05



駐車場から改めて眺めてみると、芝生と四阿、そして水門。
この景色を見て、何となく惹かれました。

      20160221横利根閘門ふれあい公園02



では公園内を散策と参りましょう。
まずは、配置図で公園全体を把握いたしましょう。

      20160221横利根閘門ふれあい公園03


      20160221横利根閘門ふれあい公園04


公園の名称の一部でもある『横利根閘門』(よことねこうもん)とは...............

明治の初め、現在の横利根川筋から北利根川・常陸利根川を流れていたが、
1900年(明治33年)から始まった利根川改修工事により現在の利根川筋へ流れが移された。
利根川増水時に横利根川を通じて霞ヶ浦沿岸に氾濫をもたらしていたことから
利根川と霞ヶ浦を分断するため、また増水時にも舟運に支障を来たさないように、
第2期改修工事の一部として建設されたのが横利根閘門です。
1914年(大正3年)に着工し、7年後の1921年(大正10年)に完成しました。

そして、2000年(平成12年)に日本における煉瓦造閘門の近代化遺産として
国の重要文化財に指定されました。
驚くべきは、今なお現役で動く閘門として年間に約千隻の船の通行があると言うことです。




大正時代に作られた閘門の真横には古めかしい歯車。

      20160221横利根閘門ふれあい公園06


閘門の上は当然通行できませんが( 現在も開閉するため )、
すぐ真横までの近付けます。

閘門脇から眺める水門。

      20160221横利根閘門ふれあい公園07



公園内は中洲のような感じで、ぐるっと散策路があります。
せっかくだから、散策路を歩きましょう。

      20160221横利根閘門ふれあい公園08


      20160221横利根閘門ふれあい公園09


      20160221横利根閘門ふれあい公園10


      20160221横利根閘門ふれあい公園11



びいすけ の背後に見えるのが閘門。

      20160221横利根閘門ふれあい公園12


確かに、煉瓦作りは時代を感じさせます。

      20160221横利根閘門ふれあい公園13



再び、閘門の方に戻りましょう。

      20160221横利根閘門ふれあい公園15


対岸も公園の敷地のようです。

      20160221横利根閘門ふれあい公園16


対岸へ移動しましょう。

と言っても閘門は渡れないから、一度水門を渡って対岸へと向かいます。
水門へは四阿のある芝広場を抜けて行きます。

      20160221横利根閘門ふれあい公園17



この芝生広場の雰囲気はやっぱりいいなぁ。

      20160221横利根閘門ふれあい公園18

この風景を目にしたら、やっぱり素通りは出来ないなぁ。



芝生広場から見た対岸。

      20160221横利根閘門ふれあい公園19



水門の上から眺める横利根閘門ふれあい公園と閘門。

      20160221横利根閘門ふれあい公園20


こちらが、横利根閘門ふれあい公園の対岸側。

      20160221横利根閘門ふれあい公園21



対岸側は少し高台になっているから、閘門を眺めるにはこちら側の方が良いみたい。

      20160221横利根閘門ふれあい公園22



利根川治水の立派な石碑もあるし、すぐ近くには管理事務所もある。

      20160221横利根閘門ふれあい公園23

要するに、こちら側がこの公園の中心なんだろうなぁ。




フェンスの向こうの閘門。
渡し板があるっていう事は、閉じている時には渡れるのかなぁ?

      20160221横利根閘門ふれあい公園24



鷺系の水鳥も餌になる魚を求めてやって来るようです。

      20160221横利根閘門ふれあい公園25



煉瓦と鉄骨のオブジェは、改修工事の時に撤去した閘門の一部。

      20160221横利根閘門ふれあい公園26


      20160221横利根閘門ふれあい公園27


偶然、通りかかって立ち寄った公園だけど
この『横利根閘門ふれあい公園』は、『日本の歴史公園百選』に選ばれていたりする。
地元の『佐倉城趾公園』も『日本の歴史公園百選』に選ばれている。
やっぱり歴史的遺産が絡む公園には、素敵な公園が多いようです。

『日本の歴史公園百選』、とりあえず関東地区だけでも追っ掛けちゃおうかな〜?



2016/03/05 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

府馬城址    (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

個人的な連休初日。
この日は香取市へ出掛けました。

山之下城址から直線距離で数百m。
完全な徒歩圏内の距離にある城址。
府馬城址を訪れました。

府馬城は、下総の名族である千葉氏の流れをくむ国分氏の一族である府馬氏の居城であります。
南北朝時代中期の貞治・応安の頃に、本矢作城主である国分胤通の子孫である越前五郎時常が
この地を領して府馬氏を称し、府馬城を築いたと言われています。
戦国後期の頃に、府馬城主の府馬時持は安房里見氏と結んで、里見氏の重臣正木氏と共に
東総一帯に進撃し、小見川城・森山城・鏑木城・米野井城などを攻め落としたとされています。
千葉一族でありながら、千葉一族を裏切った時持ですが、間もなく反撃にあい
府馬城への帰城の途中、米野井城付近の激戦で討死したと言われています。


こちらが、府馬城址の縄張り図。

      20160210府馬城址01

余胡くんのお城のページ からお借りしました )


台地中央部を南北に細長く伸びた郭群が広がり、
大まかに3つの郭群で構成されています。
北側から一の郭群、二の郭群、三の郭群と言ったところでしょうか。

府馬の大クスのある山之下城址から歩いてくると
こんな感じで府馬城址が現れます。


郭群で言えば、三の郭群にあたります。

      20160210府馬城址02

細長い台地の付け根。
縄張り図をじっくり見ていなかったから
ここが要害だと勘違いして登ってしまいました。

      20160210府馬城址03

谷を挟んで、山之下城址が見えます。
三の郭群は視界が開け、物見台の役割を果していたかもしれません。

      20160210府馬城址04
    


こちらが要害。
それなりに広い郭だったようです。
台地の一番高い場所になるから、てっきりこの要害が主郭なのかと思ったら
どうやら違うようです。
主郭は台地先端部に近い削平地のようです。
      
      20160210府馬城址05



要害への登城路と腰曲輪。
右側の削平地が要害となります。

      20160210府馬城址06

民家の脇からのアプローチになります。



府馬城址の歩いて台地の下部は民家が数件並び
城址への登城路はいずれも民家の脇から台地に入っていく形になります。


こちらがメインの登城路。


      20160210府馬城址07


余胡さんの縄張り図で言うところの7の切り通し。

実は、府馬城址で一番の見所とも言えます。
郭群で言えば二の郭群にあたります。

      20160210府馬城址14


まさに大堀切と言った方が適切ですね。

      20160210府馬城址08


ちょうど、陽も傾き出し、西陽が切り通しに差し込み
昼でも薄暗い場所を照らしています。

      20160210府馬城址09



この切り通しから主郭部へと進軍していきましょう。

      20160210府馬城址10


台地先端部に近い郭。
こちらがどうやら主郭だったみたいです。

      20160210府馬城址11

余胡さんの縄張り図によれば、5の郭になります。



こちらも、それなりに見応えのある切り通し。
ちょうど6の郭の下になります。
こちらも見事な堀切ですね。

      20160210府馬城址12


      20160210府馬城址13


     
主郭のある台地下部にある集会所。

      20160210府馬城址15

この集会所の背後の台地が府馬城址の主郭部。


遺構は余り残っていないけれど、堀切は見応えありました。
余り知れ渡っていない古城を巡るのも、やっぱり面白いモノですね。





2016/02/26 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

山之下城址     (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市に出掛けました。
と言いながらも東庄町まで足を伸ばし、公園なんぞを散策して
再び香取市へと戻ることにいたしました。

向かった先は...............山之下城址


山之下城は、下総の名族である千葉氏の流れをくむ国分氏の一族である
府馬氏の居城である府馬城の出城であったとされています。

府馬氏については、このあと訪問する府馬城址の記事にて触れることにして...............



現在は香取市となっている旧・山田町の府馬の大クスのある宇賀神社一帯が
山之下城址とされているようです。

宇賀神社の北側一帯は、現在公園化されていて
とても城址のようには見えません。


こちらが、山之下城址の縄張り図。

      20160210山之下城址01

( 余胡くんのお城のページ からお借りしました )



現在は、『大クス展望公園』として整備されています。

      20160210山之下城址02

実は、そうとも知らずに昨年、この大クス展望公園を訪ねていました。
( その時の記事は こちら


あの時は、一面シロツメクサに覆われていて
こんなに広い削平地だとは気付きませんでした。

      20160210山之下城址03

確かに、郭跡に見えますね。


公園化されているし、大クス展望公園なんてネーミングだから
当然、展望台があったりする。

      20160210山之下城址04


      20160210山之下城址05


何とかと煙は高い所に行きたがる?
なぜか、展望台を登り始めた びいすけ 。

      20160210山之下城址06

見づらいですが、真ん中辺りに びいすけ が居ます。




展望台にて。

      20160210山之下城址07


位置関係がイマイチ把握出来ないけれど
田園風景が広がっています。

      20160210山之下城址08



展望台から眺める山之下城址の郭跡。

      20160210山之下城址09



こちらが、府馬の大クス。

      20160210山之下城址10

樹齢1300年〜1500年と言われるタブノキの巨木。
以前はイヌグスと呼ばれていたそうですが、
調査の結果、タブノキと判明したそうです。
大正15年に『府馬の大クス』として国の天然記念物に指定されました。


こちらが宇賀神社。

      20160210山之下城址11



宇賀神社下の城塁。

      20160210山之下城址12

この辺りは民家の敷地の一部となっています。



こちらが、星勝神社。

     20160210山之下城址13



星勝神社のある辺りは、かつての腰曲輪だったのだろうか?

      20160210山之下城址14

星と名が付くから、ひょっとしたら...............
かつては、妙見神社?

な〜んて期待したけど、千葉氏の家紋はどこにも無い。



主郭の城塁になるのだろうか?

      20160210山之下城址15
 
星勝神社の上部は、先ほどの郭跡になります。


公園整備の影響なのか?
はたまた、早い時期から民家が建ったりして
かなり改変されてしまったような気がします。

土塁山空堀と言った遺構は殆ど無いけれど
府馬城の出城だったことを考えてみれば、
元々そんなに遺構は無かったのかもしれないなぁ...............。



2016/02/25 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

さわら雛めぐり  (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

この日は香取市に出掛けました。

香取市に来た最たる目的は『 さわらの雛めぐり 』。
香取市でも小江戸と呼ばれる旧・佐原市の古い町並みの商家の店先に
ひな人形が飾られています。
毎年、この時期の風物詩で、今年は1月29日から3月21日まで開催されています。

今年で11回目となる『 さわらの雛めぐり 』は、佐原おかみさん会が主催となり
古い町並みの商家に伝わるひな人形を店先に飾る行事で
佐原の町興しの一環を担っているようです。


佐原駅前から古い町並みの名所である小野川沿いまで
ぶらりとひな人形を眺めながら散策してみましょう。

以前、交番横に在った丸ポストは駅前の整備に伴い移動されていました。

       20160210佐原の雛めぐり01

それっぽい雰囲気を醸し出す駅舎と丸ポスト。
なぜか、似合うなぁ。


駅舎にはポスター。
町も雛めぐりに力を入れているようです。

      20160210佐原の雛めぐり02


チラシを貰って、いざ参りましょう!

      20160210佐原の雛めぐり03


地方都市の性なのか?
午前10時過ぎだと言うのに、
駅前の商店街もシャッターの閉まっている店が多い。

それでも何軒かの店先には、ひな人形が飾られています。

      20160210佐原の雛めぐり04


      20160210佐原の雛めぐり05


駅前の商店街から、観光のメッカである小野川沿いを歩くのですが
中心街とも言える商店街はシャッターが...............

      20160210佐原の雛めぐり06


      20160210佐原の雛めぐり07


      20160210佐原の雛めぐり08


      20160210佐原の雛めぐり09


あれ?
佐原の町って、こんなに寂れてしまったの?


やっとお店が開いてて、ひな人形を飾っているお店の人に話を聞いたら
佐原の商店の多くは水曜日が休みらしい。
確かに、今日は水曜日。
思わず、納得。

しかし、ひな人形が見ることが出来ない...............。


それでも、やはり観光地。
飲食関係を含めて、何軒かはお店を開けています。

      20160210佐原の雛めぐり10


      20160210佐原の雛めぐり11


      20160210佐原の雛めぐり12


      20160210佐原の雛めぐり13


小野川沿いに到着。
しかし、ここまでで目にしたひな人形は6ヶ所。
余りにも少ない。

      20160210佐原の雛めぐり14
   
仕方ないので、小野川沿いに散策いたしましょう。


ひな人形発見。

      20160210佐原の雛めぐり15



こちらは、小野川に架かる樋橋。
別名『ジャージャー橋』とも呼ばれ、
日本の音風景100選に選定されているそうです。

      20160210佐原の雛めぐり16


      20160210佐原の雛めぐり17


      20160210佐原の雛めぐり18



樋橋の斜め前の古い家が伊能忠敬旧宅。

      20160210佐原の雛めぐり19


      20160210佐原の雛めぐり20



小野川沿いにしばらく歩きます。

      20160210佐原の雛めぐり21


県道にぶつかったら右折。
狭い県道を走る対向車に気をつけながら
県道沿いの店先を覗いて行きます。


こちらが、佐原三菱館。

三菱銀行佐原支店旧本館です。

      20160210佐原の雛めぐり22

佐原三菱館は、明治の洋風煉瓦造建築の様式を受け継いだもので、
外観はルネサンス建築様式、屋根は木骨銅板葺き、正面右にドームを配しています。
内部は吹き抜けで、2階の周囲に回廊があるそうです。
佐原の町並みの中では、その特徴的外観からシンボル的な存在の建物であったようです。


佐原三菱館は現在、佐原町並み交流館として利用され
『さわらの雛めぐり』のメイン会場でもあります。
さすがに中に犬は入れないので、 びいすけ は外で待機。
リードを自転車止めのポールに括りつけて待機して貰います。

      20160210佐原の雛めぐり23


交流館内部に飾られているひな人形。

      20160210佐原の雛めぐり24


      20160210佐原の雛めぐり25


      20160210佐原の雛めぐり26


      20160210佐原の雛めぐり27


      20160210佐原の雛めぐり28


      20160210佐原の雛めぐり29


      20160210佐原の雛めぐり30

どれも皆、立派なひな人形です。



びいすけ には各商店に飾られたひな人形で我慢してもらいましょう。

      20160210佐原の雛めぐり31


      20160210佐原の雛めぐり32


      20160210佐原の雛めぐり33


      20160210佐原の雛めぐり34


      20160210佐原の雛めぐり35


      20160210佐原の雛めぐり36


      20160210佐原の雛めぐり37



佐原と言ったら、やっぱり古い町並み。
東日本大震災でかなり被害を被りましたが
それでも小野川沿いの古い町並みは現在です。

      20160210佐原の雛めぐり38


再び、小野川沿いを歩いてみましょう。

      20160210佐原の雛めぐり39


      20160210佐原の雛めぐり40



小野川の船着場(?)に何やら飾られています。

      20160210佐原の雛めぐり41


ズームでアップ。

ここにもひな人形が飾られています。

      20160210佐原の雛めぐり42


小野川沿いの旅館、木の下。

      20160210佐原の雛めぐり43

ここも風情がありますね。



気が着いたら、時刻は12時をとっくに過ぎています。
お腹が空いたけど、犬連れで入れるお店がない。
っていう言うか、あてにしていた小野川沿いのパスタ屋も定休日。
テラス席ワンコOKの店なんだけどなぁ。残念。

どうせ、犬連れ不可の店に入るのなら、少し離れているけど
東庄町に前から気になっている店があるから
そちらに向かうことにいたしましょう...............。







2016/02/21 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐原公園   (2016年2月6日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日

この日は香取市に出掛けました。
香取市と言っても、旧・佐原市が本来の目的地。

佐原の町並みを歩くのが目的ですが
何せ、『小江戸 佐原』と言われる位ですから
風情あり、歴史のある町並みでウンチしたり、
やたらとオシッコをされても困るので、佐原の町並みを歩く前に
公園を散歩して、 びいすけ をスッキリさせましょう。

と、言うことで向かった先は...............佐原公園


佐原駅前の有料駐車場に車を停め、佐原公園まで歩いて行きます。

駅から5分ほどで佐原公園に到着。

      20160210佐原公園01


佐原と言えば、伊能忠敬で有名な町。
日本の測量の元祖と言われる伊能忠敬。
彼が50歳まで住んでいたのが佐原と言うことらしい。

      20160210佐原公園02

元々は九十九里の生まれらしい。
彼の生家跡は公園となっています( そちらの記事は こちら


ここ、佐原には伊能忠敬の立派な銅像が建っています。

      20160210佐原公園03


      20160210佐原公園04


それでは、公園を散策いたしましょう。

ここで、いっぱいオシッコするんだよ!

      20160210佐原公園05


地方の公園や神社などに多い、戦争関連の碑。

      20160210佐原公園06

正直、戦争に関連する記念碑や

実は、ここが佐原とだと思っていたら
どうやら、ここから300m離れた場所が佐原公園のようです。

      20160210佐原公園07

そう言えば、300m位先の高台に展望台があったなぁ。
そこが佐原公園になるんでしょう。


高台には、隣接する諏訪神社を通って行きましょう。

      20160210佐原公園08


一見、上がるのが嫌になりそうな急石段。

      20160210佐原公園09



びいすけ は元気良く上がって行きます。

      20160210佐原公園10

一歩、私はと言えば、息が切れて辛い。
びいすけ にかなり引っ張っともらってます(笑)。



諏訪神社の拝殿。

      20160210佐原公園11

びいすけ はオヤツがいっぱい貰えますように!と
秘かに祈っているのでしょうか?



諏訪神社を抜けると、いよいよ佐原公園に到着です。

      20160210佐原公園12


展望台。

      20160210佐原公園13



当然、上ります。

      20160210佐原公園14

〇〇と煙は高いところに行きたがる...............


びいすけ! お前のことだよ(笑)。

      20160210佐原公園15



展望台からの眺望はイマイチ。
周りの木々が視界を遮ってしまいます。

     20160210佐原公園16


まぁ、公園の展望台ってこんなモノでしょう。
過度の期待は禁物ですね。

     20160210佐原公園17


こちらは、五喜田正巳の歌碑。

     20160210佐原公園18

実は、香取市は文学の町として、40の歌碑・句碑が在ると言う。
いつかその文学碑巡りでもしてみようかな?




     20160210佐原公園19

看板には佐原公園って書いてあったけど、
五喜田正巳の歌碑をネットで調べていたら
諏訪公園に在るって記されている。
ってことは、ここは諏訪公園?

何か、はっきりしないねぇ。

佐原公園は一体どこなの?(笑)







2016/02/20 Sat. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《 香取・羽鳥 》    (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市に出掛けました。

偶然に発見した廃校をあとにして、向かった先は...............妙見神社 《香取・鳥羽》


香取市と言っても旧・佐原市域、成田市にほど近い鳥羽地区にも
妙見神社はありました。
もっとも、この妙見神社もYahoo地図を眺めていて見つけたモノ。
千葉氏と関連ある妙見神社か否かは分かりませんが
まぁ、実際に現地に行けばそれも分かるかも知れない。
運良く千葉氏の家紋なんかが有ったら言う事は無い。

千葉県に移り住んで十数年。
そして、名も無い城巡りを趣味となること五年弱。
やっぱり千葉県に住んでいたら、千葉一族の足跡を追いかけたくもなります。
まぁ、元々は小田原北条氏の隠れファンだから
関連のある千葉一族に興味が湧いてしまいます。



この先に妙見神社はあるようです。
個人の民家の敷地内に入って行くような感じです。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽01



      20160210妙見神社 香取・鳥羽02



木の陰に鳥居が見えて来ました。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽03



こちらが、妙見神社の鳥居。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽04


      20160210妙見神社 香取・鳥羽05



鳥居に掲げられた神額には 『 妙見神社 』の文字が確認出来ます。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽06



こちらが、拝殿。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽07


拝殿の扁額にも『 妙見神社 』の文字が読み取れます。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽08


拝殿には、これと言って神紋は無い。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽09


拝殿裏は崖。
斜面には竹が生い茂り、どうやらこの位置は台地上部となっているようです。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽10


      20160210妙見神社 香取・鳥羽11



妙見神社の周りには土類も残っていたりする。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽12

この位置が鬼門である北東であれば
南西方向に城が在ったのか?

妙見神社の南西方向は民家になっている。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽13

早くから耕地化されてしまった地区なんだろうか?
勝手に師と仰ぐ余胡さんのHPを見ても、
この辺りには城跡はなさそうです。



どうやら、この妙見神社も千葉氏とは関連の無いモノなんだろうか...............?
千葉氏の家紋とは、なかなか遭遇出来ないモノですね。





2016/02/20 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............番外編   偶然見つけた中学校跡  (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日

個人的な連休初日。
この日は香取市に出掛けました。

当初の目的地は香取市の佐原。
旧・佐原市になりますが、その旧・佐原市域に妙見神社があるので
そちらに向かって車を走らせていました。
成田市の高地区から香取市の鳥羽地区へと向かう途中で
偶然に廃校跡を見つけちゃいました。

基本的に廃校巡りは小学校と決めていますが
偶然に見つけた廃校跡は、この限りでは無い。

運良く遭遇した廃校は..............旧・佐原市立 旧・佐原第五中学校跡


車で画面右方向にから左方向へと通り過ぎた。
通り過ぎさま、何やら校舎みたいな建物が視界に入った。

50mほど行き過ぎて、慌ててUターン。
この風景が目に入って来ました。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡01



紛れもない、廃校の雰囲気満載。
シンボルツリーらしきものもあるし...............。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡02

慌てて、スマホで現在地を確認。
Yahoo地図では、『関東農政局両総農業水利事業所佐原支所』となっている。

矢鱈と長ったらしい名称。


しかし、どう見たって、これは廃校でしょう?

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡03


近くの民家で人が外に出でいれば聞けば良い。
何軒か回って、初老の男性から話を聞くことが出来ました。


かなり前に、新しくできた場所に移転してしまった
香取市立佐原第五中学校の校地だったらしい。
当時はまだ合併前です、佐原市立第五中学校と呼ばれていたそうです。


佐原第五中学校は...............

昭和36年 佐原市立東大戸中学校と瑞穂中学校が合併して
新たに佐原市立第五中学校として開校する。
平成10年 新校舎建築により移転。
平成18年 佐原市、小見川町、山田町、栗源町が合併して香取市誕生。
香取市立佐原第五中学校と改称する

そして、現在に至っています。


即ち、この地に平成10年まで中学生の学び舎があったと言うことです。




小学校と違って中学校の廃校は二ノ宮像とか百葉箱とか遊具類。
いわゆる廃校遺構と言うモノが元来少ないから面白味に欠ける。


こちらの廃校も校舎ぐらいしか、遺構としては残されていない。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡04


      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡05



グランドにはたくさんのソーラーパネルが並んでいます。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡06



当然、パネルの並ぶフェンスの先は立ち入り禁止。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡07


      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡08


茨城県には、太陽光発電が盛んでソーラーパネルが並んでいるところが多い。
考えてみたら、利根川の向かうは茨城県。
この辺りは千葉県の県境になる。

39年間で、それなりの数の少年・少女達を世に送り出した学び舎は
太陽光を集め、新たなエネルギーを送り出す場所となっていたようです。







2016/02/19 Fri. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大クス展望公園 《 府馬の大楠》 (2015年5月23日)(千葉県香取郡東庄町) 

5月23日 公休日

この日は、東庄町に出かけました。
須賀山城址をあとにして、佐倉市の自宅へと帰路につきますが
そう言えばこの近くに『府馬の大楠』がある事を思い出した。
せっかくだからと、立ち寄った先は...............大クス展望公園




こちらが、大クス展望公園の入口。

      20150523大クス展望公園01

駐車場完備と言うことですが、意外に狭く、4〜5台が限界っぽい。


説明看板の前で、はいポーズ!

      20150523大クス展望公02

公園の配置図が無かったから、説明看板にそんなに気を留めていませんでした。
この時、しっかりと説明看板を読んでなかったから
帰ってからちょっぴり後悔することに..............



さほど大きくはない公園ですが、ド~ンと広場が広がっています。
元々は芝生広場だったと思うけれど
今はクローバー(しろつめ草)に一面覆われています。

      20150523大クス展望公03



そして、この公園のランドマークとも言える  展望台 。

      20150523大クス展望公04

これが有るから、『大クス展望公園』と言うわけですね。


早速展望台に上ってみましょう。

      20150523大クス展望公07



展望台からの眺望

      20150523大クス展望公05

この眺望は  千葉の眺望100景  にも選ばれているらしい。  



展望台から見下ろした公園の広場

      20150523大クス展望公06




そして、こちらがクローバーに覆われた広場。

      20150523大クス展望公08



思いのほか、クローバーは成長していて、 びいすけ が埋もれてしまいます。

      20150523大クス展望公09


      20150523大クス展望公10

あまりにも深いクローバーの海(?)を飛び回っていた びいすけ 。
疲れて小休止のようです。



公園に隣接する宇賀神社。

      20150523大クス展望公15

実は『府馬の大クス』は、この宇賀神社の境内にあります。




こちらが、府馬の大クス。

      20150523大クス展望公11

大正15年に国の天然記念物指定されました。
告示にはクスノキとなっているが、後にタブノキと判明しました。
タブノキは別名をイヌグスとも言い、
地元でも大クスと呼び親しんでいたことから間違えたものと思われるます。

樹高16m、幹周15m、根元周28mの堂々たる姿は、
タブノキとしては国内有数の巨木で、樹齢も1300年から1500年と言われています。

      20150523大クス展望公12



びいすけ と比べれば、その大きさがわかります。

      20150523大クス展望公13


      20150523大クス展望公14


この宇賀神社の境内には、府馬の大クス以外にも幾つかの太いタブノキがあり、
林を形成しています。とにかくこれらの巨木たちの生きてきた時の流れを感じます。
まさに、郷土の移り変わりを見守り続けた生き証人と言えるでしょう。


自宅に帰ってきてから色々と調べてみると、
この『大クス展望公園』一帯は中世の府馬城跡でもあるらしい。
そうと知っていたら、見る目が変わっていたのになぁ...............。
ちょっぴり、残念な思いです。

いつか、また訪れることにしよう。





2015/06/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

須賀山城址 (2015年5月23日)(千葉県香取郡東庄町、千葉県香取市) 

5月23日 公休日

この日は、東庄町に出かけていました。


『天保水滸伝』の町、笹川をあとにして向かった先は...............須賀山城址


須賀山城は

文治六年(1190年)に千葉常胤の六男、東胤頼により築城されました。
東胤頼は上代前掛城(桜井城)(旭市)より移りました。
その後、建保六年(1218年)に須賀山城との台地続きに森山城を築城して
須賀山城から森山城に移り一族が居城しました。
三代当主、東胤行は承久三年(1221年)に美濃山田庄の地頭として移り、
その後は海上氏が居城としました。戦国期に入り、
千葉胤冨が海上氏に養子として入城いましたが、
弘治三年(1557年)に千葉宗家を継ぎ本佐倉城に移りました。
しかし、胤冨はこの城を境目の城として重視し森山城の外郭として
森山城に取り込む形で須賀山城も改修したようです。
天正年間に入ると東氏、その家臣の原氏が在城し、
宗家千葉氏とともに北条氏の家臣となります。
天正十八年(1590年)、城主の東直胤は小田原城に籠城しましたが、
北条氏滅亡後、森山城とともに廃城になりました。



こちらが、須賀山城の縄張り図

      須賀山城縄張り図

          ( 余胡くんのお城のページ よりお借りしました )




県道266号線を笹川町から南下していると、こんな看板が見えます。

以前、森山城址へ行く際にも、この案内板は目にしたのですが
その時は、時間も無くて素通りしてしまいました。

      20150523須賀山城址01

今回は、こちらの須賀山城址が目的です。

この看板のある場所辺りから眺める須賀山城址。

      20150523須賀山城址02

この須賀山城址のある台地周辺は
知的障害者施設「北総育成園」が隣接していて
そちらの即売所の駐車場をお借りして、登城いたします。


登城路にいきなりの土塁。

      20150523須賀山城址03



いやぁ、これは期待できそうな予感(笑)

      20150523須賀山城址04



登城路を登っていくと、幟が立っています。

『九曜紋』
千葉氏関連の城郭であることの証しですね。

      20150523須賀山城址05

何と、5月23日のこの日は、『須賀山城址祭』のようです。



そう言えば、車を停めた「北総育成園」の駐車場の近くで
賑やかな歓声が聞こえていました。



登城路の先は、右手に腰曲輪。
椎茸の原木が置かれていて、「北総育成園」のキノコ園になっているようです。

      20150523須賀山城址06


さらに、登城路を進みます。

どうやら、この道は須賀山城址の搦手口のようです。

      20150523須賀山城址07



左側の腰曲輪。

      20150523須賀山城址08

やはり、この郭にも椎茸の原木が並んでいます。

この腰曲輪の上には大六天郭があります。



いよいよ、須賀山城址の要の部分へと入ります。

      20150523須賀山城址09




こちらが、大六天郭の虎口。

      20150523須賀山城址10


そして、大六天の祠。

      20150523須賀山城址11


      20150523須賀山城址12



この大六天郭も椎茸の原木が積まれていて
キノコ園と化しているようです。

      20150523須賀山城址13



この先は馬出し郭から主郭へと続きます。

      20150523須賀山城址14



こちらが、馬出し郭。
完全な畑と化しています。

      20150523須賀山城址16



馬出し郭から主郭へと繋ぐ土橋。

      20150523須賀山城址15


      
以前は、この土橋から先は雑草に覆われ、
人を寄せ付けるのを拒んでいるような感じだったらしい。

      20150523須賀山城址17



空堀も下草を綺麗に刈られ、かなり整備されています。

      20150523須賀山城址18


主郭虎口近くに建つ城址説明板(案内板)。

      20150523須賀山城址19

やはり、この説明板先は藪状態であったらしいが
現在は、かなり整備されています。


そして、説明板の隣の城址碑(木板製)も整備に併せて建てられたようです。

      20150523須賀山城址20





ネットで調べたら、こんな記事がありました。


なるほど、須賀山城址保存会の方々と「北総育成園」の方々の尽力によって
荒れ果てていた須賀山城址は見事に蘇ったようです。


確かに主郭虎口から振り向いて、土橋を眺めてみると
綺麗な形で土橋が残されています。

      20150523須賀山城址21



主郭虎口から眺める主郭内部。

      20150523須賀山城址22



主郭虎口の土塁。

      20150523須賀山城址23


主郭中央には一回り大きな幟がありました。

      20150523須賀山城址24


『九曜紋』の下には 『 東氏見参 』

      20150523須賀山城址25

いいねぇ、戦国時代っぽくていいねぇ(笑)。




こちらは、主郭下の腰曲輪。

      20150523須賀山城址26


腰曲輪の先端から台地下を覗いてみると...............

      20150523須賀山城址27

先ほどから賑やかな歓声は、あちらから響いていたんですね。
『北総育成園』の人たちが地元の住民を招いて須賀山城址祭をしているようです。



主郭に戻って、ぐるっと一回りしてみます。

      20150523須賀山城址29
      


主郭の外周を1mほどの高さの土塁が巡っています。

      20150523須賀山城址28

   

土橋から主郭の空堀に降りてみます。

      20150523須賀山城址30

空堀が綺麗に整備されていると、本当に大事にされていると感じます。


往時に比べれば、空堀も土砂が堆積して浅くなっているとは思うけれど
それなりの巾があって、立派な空堀です。

      20150523須賀山城址31


      20150523須賀山城址32



残念なのは、その空堀の先、西郭には導線がないと言うか
完全な藪状態で西郭には進軍できません。


しかたがないので、西郭には車で移動。


ぐるっと台地を回り込んで、西郭にあたる天ノ宮神社。

      20150523須賀山城址33

こちらにも、城址碑(標柱)がありますが、こちらは旧・小見川町(現・香取市)が建てたものです。
実は、須賀山城址は西郭が香取市、主郭や馬出し郭、大六天郭は東庄町になります。


旧・小見川町が建てた説明板。

      20150523須賀山城址34


こちらは、天ノ宮神社の本殿。

      20150523須賀山城址35


神紋は、『九曜紋』。

      20150523須賀山城址36


まさしく、千葉氏関連の城郭に建てられた神社です。

      20150523須賀山城址37



境内に僅かに残る土塁。

      20150523須賀山城址38


旧・小見川町域の須賀山城址は、正直言って遺構がほとんど無く
面白みに欠けてしまいます。

やっぱり、須賀山城址は東庄町側を攻略することをお勧めします。





2015/06/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................高萩小学校                               (2014年10月11日)(千葉県香取市) 

10月11日 公休日

この日は香取市方面へ出掛けていました。

利北分校をあとにして、向かった先は..................

       香取市立高萩小学校



高萩小学校は

明治16年     岩部小学校高萩分校として創設・。
明治23年     岩部暢発小学校と併合。
大正5年      現在地に岩部暢発小学校高萩分教場を設置。
昭和27年     栗源町立高萩小学校として独立。
平成18年     栗源町、佐原市、香取町、山田町が合併し香取市が発足。
           香取市立高萩小学校と改称。
平成21年     栗源小学校・沢小学校と合併、し廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、高萩小学校の通用門。

車が主に出入りした門で新しい。

      20141014高萩小学校01


平成21年に廃校となった高萩小学校は、
高萩福祉センターとして活用されているようです。

      0141014高萩小学校02



通用門側から中に入ると、すぐにあるのが体育館。

      0141014高萩小学校03



体育館の前には、福祉関係の車が多く停まっています。

      0141014高萩小学校04



こちらが、正門。


児童たちは、こちらから中に入っていたのでしょう。
小学校そのものが、高台にあるため県道側から細い路地を上り
通学していたようです。

      0141014高萩小学校06




廃校から5年経っていますが、古い門柱には当時の表札が残っていました。

      0141014高萩小学校05



校門をくぐれば、目の前は校舎。

      0141014高萩小学校07



そして、その隣は体育館。

      0141014高萩小学校08



校庭を散策(探索)してみます。

福祉施設として再利用しているからなのか?
遊具類は撤去されてしまったようです。

わずかに形跡を残す、池の跡。

      0141014高萩小学校09

金魚か何かを飼育していたんでしょうか?



池跡の脇にポツンと残された百葉箱。

      0141014高萩小学校10



そして、この地にも有りました。
廃校の碑。そして開校記念の碑。

石碑のオンパレードか?

      0141014高萩小学校11



こちらが、開校10周年の記念碑。

      0141014高萩小学校12


えっ! たった10年でこんな立派な石碑を建てるの?
って思ってしまいますが、明治の創設時からずっと分校として扱われ、
戦後、やっと分校から独立校へと変わる事が出来たのは、
さぞや、地域の人々には嬉しかったことなんだろうなぁ。



でも、その想いも57年後には、
廃校と言う悲しい現実が待っていました。


こちらが、廃校の記念碑。

      0141014高萩小学校13




裏面には、沿革も刻まれています。

      0141014高萩小学校16




こちらが、独立30周年の記念碑。

開校ではなくて、独立って言うところに
この高萩地区の住人の信念と言うモノを感じます。

      0141014高萩小学校14



そして、こちらが 分教場跡の碑。

      0141014高萩小学校15

単独小学校として独立した喜びだけでなく、
こうやって、無くなった分教場をも偲ぶ気持ち。

この地区の人々にとって本当に学校は大切なモノなんだろう。





こうやって見ると、
本当に学校関連の記念碑のオンパレードです。

      20141014高萩小学校17a




そして、記念碑群の傍らには、
『力いっぱい』と刻まれた校訓の碑がありました。

      0141014高萩小学校18




遊具も残っていない、殺風景な校庭。

      0141014高萩小学校20



ただ、校庭の端には桜の並木道。
春には綺麗な花を咲かせるんだろうなぁ。

      0141014高萩小学校24



校舎全景。

      0141014高萩小学校19


      0141014高萩小学校21





こちらが、裏面にはなるけれど正面玄関。

      0141014高萩小学校25



校舎の前には、なぜか? 丸ポスト。
おそらく、教材用でしょう。
成田や香取と言ったこの辺りには、
小学校敷地内に教材用の丸ポストが置かれているのが多いようです。

      0141014高萩小学校23




  
      0141014高萩小学校22



福祉センターとなって、うまく活用されているかどうかは判りませんが
廃校となったあとでも表札を外さず、その名を少しだけ後世に残してくれている高萩小学校。
ちょっとだけ、気に入りました..............。


  
2014/11/01 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................小見川北小学校利北分校                                (2014年10月11日)(千葉県香取市) 

10月11日 公休日

この日は個人的な連休の初日。
香取市方面へ出かけることにいたしました。


十余三の丘をあとにして向かった先は................

     香取市立小見川北小学校利北分校



利北分校は

明治20年     利根川により分断され豊浦尋常小学校への通学が困難となり
           地区民有志により仮教場を設置。
明治40年     地区民の費用負担によって豊浦村立豊浦尋常小学校分教場として開校。
昭和27年     小見川町立小見川北小学校利北分校と改称
平成17年     小見川町が近隣の佐原市等と合併し香取市が発足。
           香取市立小見川北小学校利北分校と改称。
平成26年     本校の小見川北小学校と合併し廃校となる。

と、このような沿革となっています。


実は、昨年の9月に新島小学校大東分校に訪れた時に
当時はまだ廃校ではなかった利北分校に訪れたことがありました。
小さな分校だなって思っていましたが
それから半年後に廃校になるとは、その時には思っていませんでした。

利根川堤防沿いの道に利北分校の入口の案内看板があります。

ご丁寧に 利北分校 跡 と 
『跡』の字が小さく書かれていました。

      20141011利北分校01




こちらが、利北分校の正門。

      20141011利北分校02


古い石造りの門柱には 香取市立小見川北小学校利北分校 の表札。

      20141011利北分校21



正門脇には、廃校記念の碑。

      20141011利北分校03



ちょうど、記念碑の前に車が停っていて
正直言って邪魔でした。

      20141011利北分校22


      20141011利北分校04




校門の門扉は半分空いていて、中に入ることが出来たので
じっくり見学させてもらいました。


こちらが、校舎。

      20141011利北分校05


職員室を含め4部屋の小さな校舎です。

      20141011利北分校06



分校の校舎のシンボルであったであろう時計台。
こじんまりとしていますが,、お洒落な校舎です。

      20141011利北分校08

今年の春に廃校になったばかりだから、時計の時刻は正確でした。




狭い校庭に残る遊具

      20141011利北分校09


      20141011利北分校10


      20141011利北分校20




これも遊具の一種
ボールを投げて遊んでいたのでしょう。

      20141011利北分校07


この壁画は、8年前に日本テレビの『いただきマッスル』という番組で
全校生徒11名とお笑い芸人レイザーラモンHGと一緒に描いた壁画。

      20141011利北分校12

過去にテレビで紹介された分校だったんですね。




ここにも検眼用の記号がありました。
倉庫(?)に検眼用の記号ってこの辺りの流行りなんだろうか......?

      20141011利北分校11



校庭の隅の花壇にはこんな石碑もありました。

平成7年の高射新築記念植樹の 楠 の碑。

      20141011利北分校15


同じく、 辛夷(こぶし) の碑。

      20141011利北分校16


そして、その記念植樹の木々。

      20141011利北分校17



小さいながらも、コンパクトにまとまった校舎。

『いただきマッスル』の番組で児童と一緒にペンキ塗りをした校舎。
とても綺麗です。

      20141011利北分校13



廃校になったことで、この校舎が利用されなくなってしまうのは
本当にもったいない気がします。

      20141011利北分校14


狭いながらも、芝生の生えた校庭。

      20141011利北分校18


そして、校庭の真ん中にはもう一つのランドマークである木
この木の成長と共に子供達も成長していったのでしょう。

      20141011利北分校19



廃校前から地域の避難場所でしたが
廃校後も変わらず避難場所となっています。

      20141011利北分校23


      20141011利北分校24



この地を去る前に、もう一度校舎の前で
びいすけ 姿を撮影してみます。

      20141011利北分校25


      20141011利北分校26


      20141011利北分校27


利根川沿いの開拓田園地にあった小さな分校。
小さな集落にあった分校。

廃校間もないと言うこともあってか
非常に綺麗な廃校でした。

おそらく、地域の人たちに大事に大事にされてきた分校っだたのであろう。
そう言う意味でも廃校はやっぱり残念なことでした....................。










2014/10/31 Fri. 16:30 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して.........千葉・佐原(香取市)編                (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日


世間では3連休の中日だったこの日。
個人的には10日、11日と連休で
この日の最たる目的は、この佐原の町に来ることでした。


千葉県に98基あると言われている丸ポスト。

下総の小江戸と言われる佐原の町には7基の丸ポストがあると言われています。
小見川の方にも2基あり、香取市には合計9基の丸ポストがあるそうです。


そんなわけで、佐原を含めた香取市の丸ポストを探して
小江戸情緒溢れた佐原の町を歩いてみました。


流石に三連休。
あてにしていた駐車場も満車で、車を停めるのに苦労しましたが
無事、車も停められ、じっくりと散策いたします。



まずは、1基目
佐原小学校近くの民家の前にあります。

この民家が味があります
千鳥格子が丸ポストによく似合います。


      20130210佐原丸ポスト01


      20130210佐原丸ポスト02


      20130210佐原丸ポスト03




続いて、2基目は
県道55号線を佐原の町からちょっと香取方面へ歩いた
岡澤商店前の丸ポスト。

なにげに、この道
休日だからだろうか? 車の往来が激しかったりします。


      20130210佐原丸ポスト04


      20130210佐原丸ポスト05


      20130210佐原丸ポスト06




続いて、小野川沿いの丸ポストを探します。

佐原といえば、この小野川無くして語れません。
小野川沿いに昔ながらの古い町並みが並んでいる。
これが佐原の代表的な風景でもあります。



      20130210佐原丸ポスト11


      20130210佐原丸ポスト12


ここでサプライズが.......


実は、前日の10日の夜。
ちょびママさん
『明日か、明後日 佐原に 雛めぐり の下見に行ってきます』とメールをしていました。

そのメールを見た ちょびママさん 御一行と小野川沿いで、ばったりご対面。


前方からビーグル連れが歩いてきたので
ここはご挨拶をと思っていたら.........

『びいすけく~ん!!』と呼ばれ、びっくりしていたら
ちょびママさんでした(笑)


のちほど合流することにして、丸ポストを探します

(ちょびママ御一行との行動は、また明日にでもアップいたします)



小野川沿いには2基の丸ポストがあります。

      
      20130210佐原丸ポスト08


      20130210佐原丸ポスト10


      20130210佐原丸ポスト09





対岸にも、もう1基

絵になる風景ですねぇ。



      20130210佐原丸ポスト07


      20130210佐原丸ポスト13


      20130210佐原丸ポスト14




再び、メイン通り(?)の県道に戻ります。
早良で有名な耳かき屋(?)の前にも丸ポストがあります。

なかなか車の流れも、人の流れも絶えません。


      20130210佐原丸ポスト15


      20130210佐原丸ポスト17


      20130210佐原丸ポスト16


       20130210佐原丸ポスト18





佐原の町では残すはあと2基

その1基は駅前にあります。


駅前はすごい人だかり
(それには理由があるのですが.......)


      20130210佐原丸ポスト19


      20130210佐原丸ポスト20


      20130210佐原丸ポスト21





佐原の町の最後の1基
造り酒屋 馬場商店 の前


白壁に赤い丸ポストは絵になりますねぇ。


      20130210佐原丸ポスト22


      20130210佐原丸ポスト24


      20130210佐原丸ポスト23



佐原の町の丸ポストはこれにて制覇。

香取市内にはあと2基。



残りの2基を目指して、佐原の街をあとにします。
まずは小見川方面へ.......


実は、偶然にも通りかかった道で
丸ポストを見つけてしまいました。

これは事前の情報にも載っていなかったし
丸ポストマップ にも載っていなかった。



      20130210佐原丸ポスト25


      20130210佐原丸ポスト26


      \20130210佐原丸ポスト27


何か得したような気分です





こちらは当初の目標物

潰れてしまった旧サンクス小見川店前の丸ポスト


      20130210佐原丸ポスト28


      20130210佐原丸ポスト29


      20130210佐原丸ポスト30




香取市の最後の1基

香取市貝塚のいしげストア前
ちょうど、来迎寺の前になります。



      20130210佐原丸ポスト31


      20130210佐原丸ポスト32


      20130210佐原丸ポスト33





これで、香取市の丸ポスト制覇。
コンプリートっていうやつです(笑)

思いがけず、1基増えちゃいましたが
千葉県内98基  99基

佐倉市   15基制覇
成田市    9基制覇
富里市    1基制覇
東金市    4基制覇
八街市    1基制覇

そして今日、香取市10期制覇

合計40基制覇したことになります。
残すは59基

頑張ることにいたしましょう!!









2013/02/25 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit