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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り..................千ヶ瀬神社 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。


旧・青梅街道の青梅宿の多くの映画の看板に懐かしさを満たされ、
ちょっぴりご満悦状態の中で、次に向かったのは.........千ヶ瀬神社。


千ヶ瀬神社は、青梅市千ヶ瀬町に鎮座する神社です。


千ヶ瀬神社の創建時期は不詳ですが社家の家伝によれば、
今から一千年ほど前、先祖の出雲太郎によって創建されたそうです。
出雲太郎は出雲国杵築大社(現在の出雲大社)の社人の次男であったが、
故あって東国に下り、当地に住み着いて杵築大社の神を勧請し、
出雲神社と称したのが始まりだということです。
古くは大社権現、そして江戸時代には稲荷社と称していました。
千ヶ瀬村の鎮守で、明治7年(1874年)村内の神明大神宮(神明社)を合祀し、
明治16年(1883年)に千ヶ瀬神社と改称したそうです。

御祭神は、豊宇気姫命、大国主命、伊邪那美命 。



こちらが、千ヶ瀬神社の社号標。

      20180626千ヶ瀬神社01


鳥居。

      20180626千ヶ瀬神社02


社殿へと真っ直ぐに伸びる参道。

      20180626千ヶ瀬神社03

社殿はかなり奥。



社殿が見えて来ました。

      20180626千ヶ瀬神社04



手水舎。

      20180626千ヶ瀬神社05



こちらが、拝殿。

      20180626千ヶ瀬神社06



拝殿正面。

      20180626千ヶ瀬神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180626千ヶ瀬神社07



さらに奥には、別な扁額。

      20180626千ヶ瀬神社08


      
別アングルからの拝殿。

      20180626千ヶ瀬神社10


      20180626千ヶ瀬神社11



こちらが、本殿。

      20180626千ヶ瀬神社12


別アングルから。

      20180626千ヶ瀬神社13



境内社。

      20180626千ヶ瀬神社14



同じく、境内社の神明社。

      20180626千ヶ瀬神社15


      20180626千ヶ瀬神社16



小ぶりな神輿庫?
それとも宝物殿でしょうか?

      20180626千ヶ瀬神社17



こちらは、神楽殿。

      20180626千ヶ瀬神社18


こちらも神輿庫でしょうか?

      20180626千ヶ瀬神社19

秋例祭で使われる神輿が奉納されているのでしょう。



境内には大きな板碑が二基。

      20180626千ヶ瀬神社20



いずれも記念碑。

      20180626千ヶ瀬神社21


      20180626千ヶ瀬神社22



こちらは、本殿裏手の御神木・朝日の御蔭(杜のシイノキ)。

      20180626千ヶ瀬神社23



こちらが、社務所。

      20180626千ヶ瀬神社24



無人の社務所には、貼り紙。

      20180626千ヶ瀬神社25

どうやら、御朱印は近くに住まれる宮司さん宅にて
拝受することになります。


こちらが、千ヶ瀬神社の御朱印。

      20180626千ヶ瀬神社26


宮司さんが墨書きしていただけるかと思ったら
書き手は奥さんでした。
女性らしい柔らかい書体ですね。




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2018/08/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

青梅宿 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日 青梅宿

この日は、青梅市に出かけました。

東京(新宿区)から山梨県甲府市に至る道路である青梅街道。

元々は、慶長8年(1603年)に江戸城築城のために、
青梅の成木村で採れる石灰を運搬する道路として、
大久保長安の指揮の下に整備された道路です。
当時の名称は成木街道と呼ばれていました。

やがて、内藤新宿で甲州街道から分かれ、
青梅・大菩薩峠を経由し、甲府の東にある酒折村(現:甲府市酒折)で
甲州街道と再び合流する道となりました。
この頃から青梅街道と呼ばれるようになりました。

その宿場町は、9ヶ所あり
中野宿(東京都中野区)
田無宿(東京都西東京市)
小川宿(東京都小平市)
箱根ヶ崎宿(東京都西多摩郡瑞穂町)
青梅宿(東京都青梅市)
氷川宿(東京都西多摩郡奥多摩町)
丹波宿(山梨県北都留郡丹波山村)
塩山宿(山梨県甲州市)
小原宿(山梨県山梨市)

となっていました。

時代は流れ、青梅街道にもバイパス(新青梅街道)が出来たりして
その姿はかなり変貌しましたが、JR東青梅〜青梅間の旧・青梅街道は
宿場町の面影を残す街並みとなっています。



JR東青梅からちょっぴり青梅側。
勝沼神社の参道口辺りから、青梅駅方面の
旧・青梅街道を歩いてみましょう。

      20180626青梅宿01


商店街の街路灯には、こんなペナントがぶら下がってます。

      0180626青梅宿02


旧道とは言え、それでもかなり様変わりしています。
でも、所々に昭和の面影を残す建物もチラホラ。

      0180626青梅宿03


      0180626青梅宿04



建物だけじゃなく、ポスターも昭和チック。

      0180626青梅宿05



青梅駅に近付くにつれて、商店にも目が向いてしまいます。


こちらは、赤塚不二夫キャラクターグッズの店。

      0180626青梅宿06


びいすけ を連れて中には入れないので
バカボンのパパの像の前でパチリ☆。

      0180626青梅宿07



何と言っても目を引くのが、旧・青梅街道沿いに建つ古い商店の建物に飾られた
懐かしのシネマの看板。

      0180626青梅宿08


      0180626青梅宿09


      0180626青梅宿10


      0180626青梅宿11



      0180626青梅宿13


      0180626青梅宿14


      0180626青梅宿15


      0180626青梅宿16


      0180626青梅宿17


      0180626青梅宿18


今さら、こんな昔の映画? などとは言えません。
その昔、10代の頃(高校生)まだメジャーじゃなかった『ぴあ』を片手に
池袋の文芸座や飯田橋の『佳作座』といった名画館に通った時期がありました。

昭和の時代に生まれ、昭和の時代に育ち、
昭和の時代に青春を過ごしたオジさんです。


懐かしい気分にどっぷりと浸かることの出来た
青梅街道の青梅宿でした.........。






2018/08/20 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................住吉神社 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。


勝沼神社をあとにして、向かった先は.........住吉神社。


住吉神社は、青梅市住江町に鎮座する神社です。

南北朝時代の応安2年(1369年)に、延命寺の開山季竜が同寺創建にあたり、
寺背の稲荷山に、故郷摂津国住吉大社の神を勧請したことに始まるそうです。
永正10年(1513年)三田領五十七ヶ村の領主であった勝沼城主・三田弾正氏宗・政定父子、
および氏子の寄進によって社殿の改修が行われました。
以来、青梅村の鎮守社として崇敬を集め、例祭である青梅大祭は、
関東でも屈指の規模のお祭りとして知られているそうです。


御祭神は、上筒之男命・中筒之男命・底筒之男命の住吉三神と神功皇后。




JR青梅駅近く、青梅観光の中心に近い場所に鎮座しています。
駐車場が無いようで、近くのコインパーキングを利用します。

旧・青梅街道沿いに建つ社号標。

      20180626住吉神社01


そして、一の鳥居。

      20180626住吉神社02

ここから、参道が始まります。


一の鳥居脇の掲示板。

      20180626住吉神社03

例の『定』が記されていますが、ほとんど消えかかっている。


とりあえず、境内の犬禁止等の看板は無いから
びいすけ も大丈夫そう。

      20180626住吉神社04

一応、気を使っています(笑)。


こちらが、二の鳥居。

      20180626住吉神社05



二の鳥居脇の狛犬。

      20180626住吉神社06


      20180626住吉神社07


さらには、こんなモノもニの鳥居脇には鎮座しています。

恵比寿猫と大黒天猫。


こちらが恵比寿猫。

      20180626住吉神社08


そして、こちらが、大黒天猫。

      20180626住吉神社09

同じように見えるのは気のせい?



境内へと続く石段途中の板碑。


こちらは、猿田彦神社の碑。

      20180626住吉神社20


そして、こちらは藤塚の碑。

      20180626住吉神社21



石段を上がれば、社殿がお出迎え。

      20180626住吉神社22



石段を上がり切った場所に鎮座する狛犬。

      20180626住吉神社23


      20180626住吉神社24



手水舎。

      20180626住吉神社25



こちらが、拝殿。

      20180626住吉神社26


拝殿正面。

      20180626住吉神社27


      20180626住吉神社28


      20180626住吉神社29



拝殿正面の扁額。

      20180626住吉神社30


拝殿正面の彫刻。

      20180626住吉神社31


      20180626住吉神社32



こちらが、本殿。

      20180626住吉神社33


別アングルから。

      20180626住吉神社34



拝殿前の天水桶。

      20180626住吉神社35



境内社。

      20180626住吉神社36


      20180626住吉神社37


      20180626住吉神社38



本殿脇の説明板。

筆塚について触れています。

      20180626住吉神社39


そして、その筆塚。

      20180626住吉神社40


拝殿脇には、住吉神社の説明板。

      20180626住吉神社43



こちらは、授与所のようですが閉まっています。

      20180626住吉神社41

初詣時期等の繁忙期に使うのでしょう。


こちらが、社務所。

      20180626住吉神社42

御朱印は、こちらで拝受出来ます。




こちらが、住吉神社の御朱印。      

      20180626住吉神社44


社務所で御朱印を待つ間、外に繋がれて吠えまくっていた びいすけ 。
その びいすけ にも温かい対応をしていだだき、ありがとうございました。




2018/08/19 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................勝沼神社 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。

石動神社をあとにして、向かった先は.........勝沼神社。



勝沼神社は、青梅市勝沼に鎮座する神社です。


勝沼神社は、正安三年(1301年)、勝沼乗願寺創建に際し、
寺の守護神として、勝沼城主・三田下総守長綱が鎮座創立したと言われています。
安永三年(1774年)、現在地に遷座したそうです。
当時は神明皇大神宮と称していましたが、明治元年に勝沼神社と改称し、
明治6年、村社に列格したとされています。

御祭神は、天照大神、豊受大神。


旧・青梅街道沿いに建つ勝沼神社の表参道の碑。

      20180626勝沼神社31



いやぁ、かなり立派な碑です。

      20180626勝沼神社32



住宅街を抜ける緩やかな参道を上がって行くと
目の前に現れる社号標。

      20180626勝沼神社01


その先には鳥居。

      20180626勝沼神社02


鳥居脇の狛犬。

      20180626勝沼神社03


      20180626勝沼神社04



こちらは、勝沼神社の碑。

      20180626勝沼神社05



石段を上がれば、その先には社殿。

      20180626勝沼神社06


石段を上った先にある狛犬。

      20180626勝沼神社07


      20180626勝沼神社08



その脇には手水舎。

      20180626勝沼神社09



こちらが、拝殿。

      20180626勝沼神社10


配電正面の扁額。

      20180626勝沼神社11



別アングルからの拝殿。

      20180626勝沼神社12


      20180626勝沼神社13



こちらは、本殿。

      20180626勝沼神社14



社殿脇には、裏参道?
(位置的に西参道になるのかな?)
そちらにも社号標。

      20180626勝沼神社15


その脇には立派な石鳥居。

      20180626勝沼神社16


勝沼地区の名所が刻まれた碑も建っています。

      20180626勝沼神社17



鳥居先の狛犬。

      20180626勝沼神社19


      20180626勝沼神社20



境内社。
朱色の鳥居が立ち並ぶ稲荷神社。

      20180626勝沼神社21


      20180626勝沼神社22



こちらは、境内社の靖国社。

      20180626勝沼神社23



同じく境内社の琴平神社。

      20180626勝沼神社24



この一画には、境内社が建ち並びます。

      20180626勝沼神社25


      20180626勝沼神社26


      20180626勝沼神社27



ずらりと並ぶ境内社の奥には御神木?

      20180626勝沼神社28
      20180626勝沼神社29


こちらが、授与所。

      20180626勝沼神社30

御朱印は、こちらで拝受する事が出来ます。



こちらが勝沼神社の御朱印。

      20180626勝沼神社33


社号も日付けも入らない、単純な朱印のみ。
コレはこれで、味のある御朱印です。

2018/08/18 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................石動神社 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。

虎柏神社をあとにして、向かった先は...............石動神社。



石動神社は、青梅市勝沼に鎮座する神社です。

『石動』と書いて『いするぎ』と読みます。(実は私も最初は読めませんでした。)
日本語は難しいです(笑)。

石川県鹿島郡鹿島町石動山の伊須留岐此古神社の分霊を勧請し、
大同年間(806〜809)の創建と伝えられているそうです。
明治維新後には村社に列格していたと言われています。

御祭神は、大己貴命、少彦名命。


この石動神社。
探すのに苦労しました。
住宅街の奥の台地の上に鎮座しているため駐車場にも苦労しました。
神社近くは行き止まりのため、狭くてUターンも出来ず、
50mほどバックで戻る羽目に.........
結局、隣接している永山公園の駐車場に停めさせていただきました。



この狭い道が参道。

      20180626石動神社01



参道を50mほど進めば社号標が現れます。

      20180626石動神社02


石段脇の2本の大きな杉の木に注連縄。

      20180626石動神社03

鳥居代わりなのでしょうか?


石段な途中にある鳥居。

      20180626石動神社04



さらに上がっていけば、社殿が見えてきます。

      20180626石動神社05



手水舎。

      20180626石動神社06


拝殿前には由緒書き。

      20180626石動神社07



こちらが、拝殿。

      20180626石動神社08


拝殿正面。

      20180626石動神社13


別アングルからの拝殿。

      20180626石動神社20


      20180626石動神社21



こちらが、本殿。

      20180626石動神社14




拝殿前の狛犬。

      20180626石動神社09


      20180626石動神社10



拝殿前に置かれた切り株。

      20180626石動神社11

注連縄が巻かれていると言うことは
かつての御神木だったのでしょうか?



拝殿前の天水桶。

      20180626石動神社12


     
こちらは、境内社の八雲神社。

      20180626石動神社15


      20180626石動神社16


      20180626石動神社17



同じく、境内社。

      20180626石動神社18


      20180626石動神社19


社務所のような建造物は無く、普段は無人の神社のようです。
こちらも千ヶ瀬神社が兼務されているようです。

      
行きは迷い、帰りは怖い。
何せ、石段が急ですから.........

      20180626石動神社22



こちらが、石動神社の御朱印。

      20180626石動神社23


本務社の千ヶ瀬神社にて拝受しました。





2018/08/17 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................虎柏神社 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。


ぶらりと立ち寄った北小曽木神明神社をあとにして、
向かった先は...............虎柏神社。



虎柏神社は、青梅市根ヶ布に鎮座する神社です。

創建時期は不詳ですが、崇神天皇の御代に神戸を寄進されたと伝えられ、
いわゆる延喜式内社に比定される古社であると言われています。

天慶3年(940年)に六孫王・源経基が諏訪大社より諏訪上下神を勧請し、
永正年間(1504年 -〜1521年)に勝沼城主・三田氏宗により再興されたと伝えられ、
享保12年(1727年)の「武蔵国多摩郡小曽木郷惣社縁起」には、
天正16年(1588年)浅野長政が除疫神(牛頭天王)を勧請したと伝えられています。
天正18年(1590年)には正殿に諏訪上下神、東の相殿に虎柏神、西の相殿に除疫神を定め、
小曽木郷の総社を号したと記されており、江戸時代は諏訪明神、諏訪宮と称し、
今でもお諏訪様と通称されているそうです。


虎柏神社の社号標。

      20180626虎柏神社01



参道口。
神橋の奥に鳥居が見えます。

      20180626虎柏神社02



長い参道を社殿目指して進みます。

      20180626虎柏神社03

周りは深い森。


虎柏神社境域は東京都の史跡に指定されているようです。

      20180626虎柏神社04



社殿が見えてきました。

      20180626虎柏神社05


      20180626虎柏神社06



手水舎。

      20180626虎柏神社07



こちらが拝殿。

      20180626虎柏神社09



拝殿正面。

      20180626虎柏神社10



拝殿正面の扁額。

      20180626虎柏神社11

なぜか社号てはなく、『延喜式内』。

ここで、延喜式内について触れておきましょう。

延長5年(927年)にまとめられた『延喜式』の巻九・十には、
当時「官社」に指定されていた全国の神社一覧を延喜式神名帳と言います。
その延喜式神名帳に記載された神社、および現代におけるその論社を
「延喜式の内に記載された神社」の意味で延喜式内社、または単に式内社、
もしくは式社と言います。

式内社は2861社が記載されていて、
当時朝廷から重視された神社であることを示しています。
そう言った意味でも「式内社」は、格式高い神社であることを示す社格として
非常に重視されてきたそうです。

こちらの虎柏神社は式内社なんですね。



別アングルからの拝殿。

      20180626虎柏神社12


      20180626虎柏神社13



そして、こちらが本殿。

      20180626虎柏神社14


      20180626虎柏神社15



覆囲された本殿ですが、こちらも東京都の文化財に指定されているようです。

      20180626虎柏神社08



こちらが、文化財に指定された記念碑。

      20180626虎柏神社18

碑文に延喜式内社とわざわざ記してたいるあたりは
式内社である事のこだわりを感じとれます。



拝殿前の狛犬。

      20180626虎柏神社16


      20180626虎柏神社17


      

本殿脇の境内社。

      20180626虎柏神社19



拝殿脇の板碑。

      20180626虎柏神社20



板碑の脇から森の中に入って行くと
そこには、御神木 平松の跡。

      20180626虎柏神社22


      20180626虎柏神社21




拝殿に対座する位置に鳥居。     

      20180626虎柏神社23


森の奥に境内社の高峯神社があるようです。

      20180626虎柏神社24


森の奥と言うよりは、台地頂部。
けっこう上りがつらい。

      20180626虎柏神社25

すでに汗びっちょり状態。



こちらが、高峯神社。

      20180626虎柏神社26

思ったよりは小さい。
社と言うより祠と言う感じ。



こちらは、社務所。

      20180626虎柏神社27

実は、この虎柏神社は普段は無人の神社。
千ヶ瀬神社の兼務社だと言うことです。



こちらが、虎柏神社の御朱印。

      20180626虎柏神社28

本務社の千ヶ瀬神社にて拝受しました。




2018/08/17 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

北小曽木神明神社    (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。


第九小学校をあとにして、次なる目的地へと成木街道を南下していると
ナビに神社マークが現れた。
通りすがりに視線を向けると、高台に神社が在るようです。

ちょっと気になる.........


300mほど先でUターン。
その神社に立ち寄ることにいたしました。


立ち寄った先は.........北小曽木神明神社。


北小曽木神明神社は、青梅市成木に鎮座する神社です。


創建年代等は不詳ながら、
社伝によると明和四年(1767)年九月、
時の名主野崎嘉右衛門、木崎善八が再建したとあります。
その後、文政八年(1825)年に改築されたそうです。
明治維新後は、村社に列格し、明治四十一年、蜆沢に鎮座されていたのを、
現在地に遷したそうです。

御祭神は、 天照大神、豊受大神。



参道口。

      20180626青梅神明社01

社号標は無いけれど、コンクリート製の旗杭がお出迎え。



石段を上がれば鳥居。

      20180626青梅神明社02



鳥居の脇には手水舎跡?

      20180626青梅神明社03

手水鉢が無い。


さらに石段を上がれば、手水舎。

      20180626青梅神明社04



そして、その先には社殿。

      20180626青梅神明社05


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180626青梅神明社06


拝殿に置かれた由緒書き。

      20180626青梅神明社07



別アングルからの拝殿。

      20180626青梅神明社08


      20180626青梅神明社09



こちらは、本殿。

      20180626青梅神明社10



社務所は閉ざされていて、普段は無人のようです。

      20180626青梅神明社11



境内社の稲荷神社。

      20180626青梅神明社12


      20180626青梅神明社13


稲荷神社の狛犬。

      20180626青梅神明社14


おそらく、再び訪れる事はないだろうと思うけれど
こうやってお参り出来たのも何かの縁。

こういう縁を大事にしていきたいなぁ。


2018/08/16 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............青梅市立第九小学校(2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。

第十小学校をあとにして、向かった先は.........青梅市立第九小学校。



第九小学校は、明治6年に所久保神社(現:上成木神社)の拝殿を仮校
舎として創設された「上成木学舎」がその始まりとされています。

明治9年      上成木学校と改称。
           入平の常福院に分校を設置する。
明治19年     常福院の分校が火災になり、焼失。
明治21年     現在地に新校舎を建、築し、所久保の慈眼院に分教室を設置する。
明治25年     分教室を廃止する。
昭和22年     学制改革により成木村立上成木小学校と改称する。
昭和30年     成木村が青梅 市に編入合併し、青梅市立第九小学校と改称する。
平成8年      第八小学校、第九小学校と統合し、廃校となる。
           (統合先は第八小学校跡地に成木小学校が開校。)

と、このような沿革となっているようです。



成木街道沿いに建つ第九小学校。

      20180626第九小学校01


地域の避難所になっているものの、
門扉は施錠され、中へは入れません。

      20180626第九小学校02


成木街道をフェンス沿いに移動してみます。

      20180626第九小学校03



こちらが、正門。

      20180626第九小学校04



第九小学校の表札は、まだ残っていました。

      20180626第九小学校05


正門の門扉も固く閉められ、
見学することも出来ません。

廃校後、一時期は『上成木ふれあいセンター』として
活用されていたようですが、現在はそれも閉鎖されています。


正門の門扉越しから、廃校記念碑らしきモノは見えましたが
いかんせん、確認が出来ない。


結局、フェンス前にて校舎を画像に収めることが精一杯。

      20180626第九小学校06


まあ、廃校巡りをしていれば、こんな事もあるでしょう。


2018/08/16 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............青梅市立第十小学校 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。

二俣尾分校跡地をあとにして、向かった先は.........青梅市立第十小学校。


第十小学校は、明治6年に北小曽木村の正澤寺に
「正澤学舎」が創設されたのが始まりとされています。

明治8年      北小曽木学校と改称する。
明治19年     現在地に新校舎を建て、北小曽木村立北小曽木小学校と改称する。
明治22年     北小曽木村が上成木村下分、上成木村上分、下成木村上分、下成木村下分と合併し、
           成木村が成立する。
           成木村立北小曽木小学校と改称する。
昭和30年     成木村、吉野村、三田村、小曽木村が青梅市へ編入され
           青梅市立第十小学校と改称する。
平成8年      第八小学校、第九小学校と統合し、廃校となる。
           (統合先は第八小学校跡地に成木小学校が開校。)

と、このような沿革となっているようです。



青梅市から旧・名栗村(現:飯能市)へと続く街道沿いに建つ第十小学校。

      20180626第十小学校01

場所柄、採石場が多いからなのか?
ダンプな通行量が多い街道。


小学校入口は、街道から1本入った旧道沿い。

      20180626第十小学校02



地域の避難所にもなっています。

      20180626第十小学校03



廃校後は、北小曽木ふれあいセンターとして活用されていたようですが
その北小曽木ふれあいセンターも現在は、閉鎖されてしまいました。

      20180626第十小学校04



正門は閉ざされています。

      20180626第十小学校05


が、駐車場側の入口は開いている。
奥に見えるのは体育館のようです。

      20180626第十小学校06


誰も居そうも無いけれど、一応『失礼しま〜す!』と声をかけます。

      20180626第十小学校07

当然、反応は無いんですけどね。


さくさくっと見学させてもらいましょう。

鉄筋コンクリートの校舎。

      20180626第十小学校08


      20180626第十小学校09


校舎前には、改築記念の碑。

      20180626第十小学校10


不明の碑。

      20180626第十小学校11


こちらは、生徒達が創ったオブジェでしょうか?

      20180626第十小学校12

校舎周辺には、二宮像も廃校記念碑の類いは在りませんでした。


旧道を挟んだ先には、校庭。

      20180626第十小学校13


朝礼台がポツンとフェンスの中に残されていました。

      20180626第十小学校14


ちょうど、校庭跡が工事中。
作業の方に話を聞いたら、校庭跡は元々借地で
地権者が校庭跡を再利用(?)するのに整地作業をしているらしい。


こんな感じで、学校跡地はその姿を消して行くんだろうなぁ...............。




2018/08/15 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............第六小学校二俣尾分校 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。

第六小学校跡をあとにして、向かった先は.........青梅市立第六小学校二俣尾分校。


二俣尾分校は、明治7年に二俣尾村に開設された桃林学舎が
その始まりのようです。

明治11年      近隣各校(5校)を統合し、沢井村下分に江北学校を新設し、
            桃林学舎は第1分校となる。
明治16年      二俣尾学校(後の二俣尾尋常小学校)として分離独立する。
明治42年      二俣尾尋常小学校は、耕習尋常小学校、御岳尋常小学校と共に
            江北尋常小学校に統合し、三田尋常小学校と改称して二俣尾分教場と称す。
昭和22年      学制改革により、三田村立三田小学校二俣尾分校と改称する。
昭和30年      三田村が青梅市と合併し、青梅市立第六小学校二俣尾分校と改称する
昭和51年      本校である第六小学校が二俣尾(第五中学校跡地)に移転し、
            二俣尾分校は廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。



こちらが、二俣尾分校の正門跡。

      20180626二俣尾分校01

現在、分校跡地は二俣尾保育園として活用されています。



かつての門柱には、二俣尾分校の表札が残されていました。

      20180626二俣尾分校02



平日の午前中。
保育園は通常に稼動しています。
当然、敷地内には入れません。

ましてや、こんな看板が掲げられていると
近寄ることも気が引けます。

      20180626二俣尾分校03


別に悪い事をする訳じゃないけれど
廃校後に児童施設等に活用されていると、
なかなか敷地内には入れません。


フェンス越しに、ぐるっと様子を窺うことしか出来ません。

      20180626二俣尾分校04


まあ、様子を窺うと言っても二宮像とか
廃校記念碑の類が残っていないか? ぐらいですけれど。

      20180626二俣尾分校05



周りが畑だから、あまり近寄ることも出来ない。

      20180626二俣尾分校06


まあ、門柱に表札が残っていたから
それだけでも良しといたしましょう。
(でも、ちょっぴり不完全燃焼状態なのは仕方ない。)






2018/08/15 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・青梅市立第六小学校跡 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。


青梅市二俣尾に青梅市立第六小学校がありますが
以前は別な場所にありました。
JR青梅線で一駅下った(奥多摩側)沢井駅近くの
旧・第六小学校跡を訪れました。


青梅市立第六小学校は、現役の小学校で、廃校ではありません。
明治初期に開設された三田学舎がその始まりのようです。

明治6年      沢井村上分に遵則学舎が設立される
           沢井村下分に三田学舎が設立される。
明治7年      二俣尾村に桃林学舎が開校する。
明治10年     御岳山に御岳学校が設立される。
明治11年     御岳村に耕習学校が開設される。
           各校(5校)を統合し沢井村下分に江北学校を新設し、
           桃林学舎と耕習学校をそれぞれ第1分校・第2分校とする。
明治16年     二俣尾学校(後の二俣尾尋常小学校)が分立する。
           御岳学校(御岳山)が分離独立する。
           第2分校が分離独立する(後の耕習尋常小学校)。
明治42年     二俣尾尋常小学校、耕習尋常小学校、御岳尋常小学校を
           江北尋常小学校に統合し、三田尋常小学校と改称する。
           統合された学校は、二俣尾分教場、耕習分教場、御岳分教場と改称する。
昭和9年      耕習分教場を本校に統合する。
昭和22年     学制改革により、三田村立三田小学校と改称する。
昭和30年     三田村が青梅市と合併し、青梅市立第六小学校と改称する
昭和51年     二俣尾(第五中学校跡地)に新校舎が完成し移転する。
           同時に二俣尾分校が閉校となる。

とこのような沿革を歩んできました。


即ち、明治11年から昭和51年までの長きに渡り
沢井の地に小学校が在ったことになります。



正門付近。

      20180626第六小学校跡01



かつての正門が在ったと思われる場所には、別な表札。

      20180626第六小学校跡04

第六小学校跡は、青梅市沢井市民センター、沢井図書館、沢井出張所と言った
青梅市の沢井地区の施設となっているようです。



駐車場は、かつての校庭。

      20180626第六小学校跡02



校舎のように見える建物は、
第六小学校の移転後に建て替えられたものだという事です。

      20180626第六小学校跡03



沢井出張所の職員さんの話では
校舎も体育館も建て替えたらしい。

      20180626第六小学校跡05



でも、校舎っぽい造りなんだよなぁ。

      20180626第六小学校跡06



敷地の片隅で見つけました。

      20180626第六小学校跡07



青梅市立第六小学校跡の碑。

      20180626第六小学校跡08



二宮像は無かったけれど、代わりにみつけた胸像。

      20180626第六小学校跡09

地元の教育に尽力された方だとは思うけれど
詳細は不明。



こちらは、裏門(?)

      20180626第六小学校跡10



往時のモノと思われる門柱は健在。

      20180626第六小学校跡11

でも、表札は既に無い。



裏門側から敷地内に入ります。
まさに、学校跡地だと言うのが見て取れます。

      20180626第六小学校跡12



なぜか、旧・小学校跡地に『水道建設記念碑』。

      20180626第六小学校跡13



こちらは、緯度・経度の示された碑。

      20180626第六小学校跡14

山梨県の小学校には多いんだけど、
青梅って山梨に近いから、影響を受けたのでしょうか?



忠魂碑。

      20180626第六小学校跡15

これは、古くからの小学校の敷地でよく見かけます。
裏を返せば、旧・第六小学校の歴史を感じさせます。



校庭跡の遊具。

      20180626第六小学校跡16

学校移転から既に43年。
往時のモノなんでしょうか?



廃校などでは定番の消防倉庫。

      20180626第六小学校跡17


昭和の時代の青梅の小学校は、第六小学校とか第九小学校と言った
味気ない学校名。
でも、その昔この地に第六小学校と言う名前の小学校が在った事を
忘れないでいておこう。


2018/08/14 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................青渭神社 (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市に出かけました。


最初に向かったのは...............青渭神社


青渭神社は青梅市沢井に鎮座する神社です。

延喜式神名帳に「武蔵國多磨郡 青渭神社」として記載されていますが、
式内・青渭神社の論社は稲城市東長沼、調布市深大寺、
そして、こちら(青梅市沢井)の三社があります。

青梅市の惣岳山山頂に奥宮があり、麓に里宮が鎮座します。
本宮のある惣岳山の山頂近くには、真名井という霊泉があり
青渭の井とも呼ばれ、社名の由来になったと言われているそうです。

創建年代は不詳ですが、社伝では、
崇神天皇7年、国中に疫病がはやったことから
天皇は各地の神々に祈念をしました。
当社にも神地を寄進して祭祀を行い、
天慶年間(938年 〜947年)に源経基が社殿を造営をしたと伝わっているそうです。

御祭神は、大国主命。


青梅街道沿いの斜面に建つ一の鳥居。

      20180626青渭神社01

車を停める場所も無いし、注意しないと通り過ぎてしまいます。


一の鳥居前に建つ社号標。

      20180626青渭神社02



一の鳥居。

      20180626青渭神社03



一の鳥居脇の由緒書き。

      20180626青渭神社04


ここから、里宮まで上り坂の参道。

青梅街道に車を路駐するわけにも行かないし
どうやら、里宮までは迂回をしますが車で移動出来そうです。


ちょっぴり迂回して、里宮に到着。


里宮に建つ社号標。

      20180626青渭神社05


里宮の鳥居。
ニの鳥居になるようです。

      20180626青渭神社06


里宮の境内。

      20180626青渭神社07


手水舎。

      20180626青渭神社08



石段の先が社殿。

      20180626青渭神社10



こちらが、拝殿。

      20180626青渭神社11



拝殿正面。

      20180626青渭神社12



正面に掲げられた扁額。

      20180626青渭神社13


拝殿内部にも別な扁額。

      20180626青渭神社14



別アングルからの拝殿。

      20180626青渭神社21


      20180626青渭神社22



拝殿前の狛犬。
こちらの狛犬は親子の狛犬のようです。

      20180626青渭神社16


上段に親。
下段に子。

      20180626青渭神社17


      20180626青渭神社18


      20180626青渭神社19



こちらが、本殿

      20180626青渭神社20
     


神楽殿。
      
      20180626青渭神社23


社務所を兼ねた宮司さん宅。

      20180626青渭神社24

御朱印は、こちらで拝受出来ます。



里宮で拝受した御朱印。

      20180626青渭神社25



里宮から山道を1時間登れば奥宮。
6月と言うのに梅雨明けのような天気。
(この数日後、関東地区は梅雨明けが発表されました。)
流石に奥宮は断念しました。

いつか、再チャレンジですね。


2018/08/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して..................東京・青梅編① (2018年6月26日)(東京都青梅市) 

6月26日

この日は、青梅市の神社の御朱印巡りに出かけました。

とは言え、行く先々で何基かの丸ポストに遭遇。
せっかくなので、丸ポストを写真に収めて来ました。


最初の丸ポストは、青梅市沢井三丁目。
国道411号線(青梅街道)の勝仙閣の隣の丸ポスト。

      20180626丸ポスト青梅01


      20180626丸ポスト青梅02


      20180626丸ポスト青梅03


      20180626丸ポスト青梅04


      20180626丸ポスト青梅05

この日、当初は丸ポストの予定は無かったんですが
青渭神社の一の鳥居の近くにあったから、やっぱり気になりますね。




2基目の丸ポスト。
青梅市沢井一丁目。
これまた青梅街道沿いの横手商店前の丸ポスト。

      20180626丸ポスト青梅10


      20180626丸ポスト青梅06


      20180626丸ポスト青梅07


      20180626丸ポスト青梅08


      20180626丸ポスト青梅09

青梅街道を車で走っている時に、視界に飛び込んで来ました。
      


3基目の丸ポスト。
青梅市根ヶ布。
旧中嶋商店前の丸ポスト。

      20180626丸ポスト青梅11


      20180626丸ポスト青梅12

  
      20180626丸ポスト青梅13


      20180626丸ポスト青梅14

近くにある虎柏神社を探している時に、偶然見つけました。





4基目は、青梅市の中心街。
青梅駅からも近い青梅市住江町 。
青梅住江町郵便局の前の丸ポスト。

      20180626丸ポスト青梅15


      20180626丸ポスト青梅16


      20180626丸ポスト青梅17


      20180626丸ポスト青梅18


      20180626丸ポスト青梅19

旧・青梅街道を歩いている時に偶然に遭遇しました。


今回は、事前調査もせずに偶然4基の丸ポストに遭遇しました。
自宅に帰ってきてから、調べてみると...............

青梅市には、16基の丸ポストが現存しているようです。
(平成30年6月26日現在)
と言うことは、あと12基の丸ポストが在ると言うことです。

実は、以前に青梅街道を走っていて
何基かの丸ポストを見かけた事があります。
車の往来が多く、停める場所もすぐ見つからないため
素通りする事がほとんどでしたが、またいずれの機会にでも
残りの12基の丸ポストを探してみたいと思います。



東京都に現存する丸ポスト。
平成30年6月26日時点で、230基。

これまでに東京都の丸ポストは

日野市         5基
調布市        1基
八王子市part.1    6基
八王子市part.2      1基 
町田市         6基
奥多摩町        7基     
瑞穂町①        1基    
瑞穂町②         2基

   を制覇してきました。

そして本日、青梅市4基を制覇し、合計33基。


東京都って言っても伊豆七島も含まれるから
完全制覇は難しい。
でも、いずれ無くなってしまう丸ポスト。
一つでも多くの丸ポストに出会いたいものです。



2018/08/13 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

綾広の滝 (2015年4月17日)(東京都青梅市) 

4月17日 公休日

この日は、青梅市にある御岳山に出掛けました。
御岳山のハイキングコース沿いに滝が見学できると知り、
訪れたのは..............................綾広の滝



綾広の滝は、落差10m、滝壺の深さ1.2mの奥深い味わいのある滝。
古来より御嶽神社の禊(みそぎ)の神事が行われることから
「修行みそぎの滝」とも言われています。



ハイキングコースを天狗岩からロックガーデンへと向かい
ロックガーデンの先、休憩所のある四阿からしばらく進むと
やがて前方に滝が見えて来ます。

これが、綾広の滝。

      20150417綾広の滝01


落差は、およそ10m。

      20150417綾広の滝02


滝行に用いられている滝だから、厳かな雰囲気は満載。

      20150417綾広の滝03


まさに、パワースポットです。

      20150417綾広の滝04



ねぇ、 びいすけ 。
パワーをいっぱい感じて、貰って帰るんだよ!

      20150417綾広の滝05



ちょうど、20代と思われる若者たちが7〜8人ほど居たから
あまり長居をしても申し訳ないと、慌てて写真を撮りまくったけれど、
本当は10分くらい、ぼぉっと滝の流れを眺めていたかった...............。

      20150417綾広の滝06


      20150417綾広の滝07


綾広の滝から、ハイキングコースは山を上るようになります。

      20150417綾広の滝09



眼下に綾広の滝を眺めながら、声には出さず
『よいこら、どっこいしょ!』

力強く、一歩、また一歩と歩きます。

      20150417綾広の滝08



ハイキングコースの途中に、こんな感じで滝が有ると、
滝も見学できるし、ハイキングも出来る。
一粒で二度おいしい、まるでグリコのキャラメルみたいです(表現が古いなぁ)(笑)。







2015/05/05 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

七代の滝 (2015年4月17日)(東京都青梅市) 

4月17日 公休日

この日は青梅市にある御岳山に遊びに行きました。

御岳山の山頂のハイキングコース沿いに2つの滝があります。
せっかく、御岳山をハイキングしたのだから、滝に寄らなきゃ勿体ない。

と、言うことで立ち寄ったのは...............七代の滝



七代の滝は、その名の通り大小7段の滝から成る美しい滝です。
滝上には「天狗岩」があり、落差約50mの滝から流れる水が透き通る音を残し、
岩と岩の間を抜けていく静かで涼しげな場所です。
水量の多いときには、マイナスイオンをたっぷり浴びることができます。
冬場は滝全体が氷の柱にかわり、透明感のある神秘的な姿を見せるそうです。



長尾平から七代の滝を経由して、天狗岩へと向かうハイキングコースもあるようですが、
天狗岩で、こんな案内板を見かけたら、素通りは出来ません。

      20150417七代の滝01


しかし、この200mって言うのがクセモノです。
直線距離ではなく、おそらく斜面の距離。



こんな長い急な鉄製の階段を下って行きます。

      20150417七代の滝02



びいすけ がリードを引っ張るので、『待て! 待て!』と声を出しながら
急階段を下って行きます。


7段で落差50mと言われていますが、
急な岩場なのでその姿はなかなか確認出来ません。

この辺りまで下ってくれば、七代の滝はもうすぐ近く。

      20150417七代の滝03


この丸木橋を渡って、岩場の裏に廻り込んで行きます。

      20150417七代の滝10



目の前にいきなり現れた、七代の滝。

      20150417七代の滝04


視界に入る範囲では、落差は5mと言ったところでしょうか?

      20150417七代の滝05



滝壺に近づけば、ミストを肌で感じることができるので
ヒンヤリとして気持ち良い。

      20150417七代の滝06


滝の流れる音を聞きながら、暫し、水の流れを眺めています。

      20150417七代の滝07

岩場に座りこんで、ぼぉっと眺めていると、
贅沢な時間を過ごしている気分になります。


びいすけ も全身でマイナスイオンを感じているのかなぁ?

      20150417七代の滝08


      20150417七代の滝09



天狗岩で、もっちゃんが待っているから
急いで戻りましょう。

と言いながらも、急な鉄階段の上り。

      20150417七代の滝11


これが意外に応える。
息もキレギレ。

元気なのは、びいすけ だけ(笑)。

      20150417七代の滝12


さらには、難所とも言える木の根っこの階段。

      20150417七代の滝13


これが意外に足元を掬われそうで危ない。


たった(?)200mの距離(高低差?)だけど
結構ハードな天狗岩←→七代の滝。

七代の滝、苦労した分の価値は..............................

観に行った人しかわからないだろうなぁ。





2015/05/04 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............青梅市立第六小学校御岳分校跡 (2015年4月17日)(東京都青梅市) 

4月17日 公休日

この日は青梅市の御岳山へ出かけました

御嶽山にある御岳山ビジターセンターが、かつての廃校跡と知り
立ち寄ってみました。

ここには、かつて  青梅市立第六小学校御岳分校  がありました。

御岳分校は

明治10年      御岳山の須崎家の空き家を改修して御岳学校を創設。
その後、 御岳尋常小 学校と改称(時期不明)
明治23年      近隣5村が合併して三田村が発足
昭和16年      三田尋常高等小学校御岳分校となる。
昭和22年      三田村立三田小学校御岳分校と改称。
昭和30年      三田村が青梅市と合併、青梅市立第六小学校御岳分校と改称。
昭和61年      本校と統合し廃校となる。

とこのような沿革となっています。


かつての登校路。
この階段を上れば、御岳分校跡地。

      20150417御岳分校跡10



現在は、御岳山ビジターセンターが建てられています。

      20150417御岳分校跡01



いかにも体育館って雰囲気がする建物ですが、こちらも新たに建てられたモノのようです。

      20150417御岳分校跡02



校庭跡地に残る百葉箱。
分校を彷彿させるモノは、これくらいだろうか?

      20150417御岳分校跡03



校庭跡地に立つ びいすけ 。

      20150417御岳分校跡04


      20150417御岳分校跡05



校庭の隅に、探していたモノを発見。


青梅市立第六小学校創立百周年の記念樹の碑。

      20150417御岳分校跡06



そして、こちらか『御嶽学校跡地』の碑。

      20150417御岳分校跡07



桜の花の時期は既に終わってしまったけれど
校庭跡には数本の桜の木が残されている。

      20150417御岳分校跡08

どんな風に桜の花が満開になるんだろうか?



先ほどの体育館のような建物は、御岳山ふれあいセンターと言うらしい。

      20150417御岳分校跡09


御嶽神社と共に栄え、古くから神社を見守り、神社と共に生活をしてきた御岳山の住人。
現在、多くは宿坊を営みこの地に生活の根を張っている。
その人たちの子供たちの学び舎であった御岳分校。

時代の流れと言ってしまえば、それで終わってしまうが
このような山間部に学校があったことが、ある意味新鮮な感動でした..............................。







2015/05/03 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit