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び・び・びのびいすけ

廃校を訪ねて..........豊栄小学校  (2017年5月9日)(千葉県長生郡長南町) 

5月9日 公休日


この日は、長南町の廃校巡りに出かけました。

今年の春に長南町では町内に在る小学校を統合して、
小中学一貫教育校を設立し
4つの小学校が全て廃校(閉校)となりました。

その長南町の廃校巡りの第4弾。
長南町立豊栄小学校です。




豊栄小学校は、この地区に在った小学校が統廃合して現在に至りました。


      明治6年     千手堂村に千手堂小学校が創立される。
      明治6年     岩川村に岩川小学校が創立される。
      明治7年     千田村に千田小学校が創立される。
      明治8年     棚毛村に棚毛小学校が創立される。

明治11年      千田小学校が千手堂小学校に統合される。
明治11年      棚毛小学校が岩川小学校に統合される。

明治16年      千手堂小学校が米満小学校と改称する。
明治20年      米満小学校が東盈進小学校と改称する。
明治20年      岩川小学校が西盈進小学校と改称する。


明治22年    町村制施行により米満村、千田村、千手堂村、棚毛村、又富村、岩川村、
          今泉村、関原村、須田村、本台村が合併して豊栄村が発足する。

明治23年    東盈進小学校と西盈進小学校が統合して盈進小学校となる。
明治42年    豊栄小学校と改称する。

昭和22年    学制改革により豊栄村立豊栄小学校と改称する。
昭和30年    庁南町、東村、西村、豊栄村が合併して長南町が誕生。
          長南町立豊栄小学校と改称する。
平成29年    長南町内の4校が統合して
          長南町立の統合小学校が開校
          (名称は同じ長南町立長南小学校)。
          豊栄小学校は廃校となる。



こちらが、豊栄小学校の正門。

      20170509豊栄小学校01



正門に掲げられている表札。

      20170509豊栄小学校02


      20170509豊栄小学校03


久しぶりに訪れる豊栄小学校。

実は、豊栄小学校は昭和39年にこの地に移転して来ました。
昨年、移転前の旧・豊栄小学校跡地を訪れた時にちょっぴり立ち寄ったりしました。
( その時の記事は こちら




門扉はしっかり閉じられ、施錠もされているから中には入れません。
フェンス越しに豊栄小学校を眺めながらぐるっと一周を試みます。

目の前には閉校記念碑。

      20170509豊栄小学校05

残念ながら、裏面。
正面は確認出来ません。


フェンス沿いに校庭側に移動します。
フェンス越しに眺める校舎。

      20170509豊栄小学校06



校庭にそびえ立つ(?)大きな木。
シンボルツリーでしょうか?

      20170509豊栄小学校07




ちょっとした高台に移動しての校舎の眺め。

      20170509豊栄小学校08


      20170509豊栄小学校09



フェンス越しに閉校記念碑が確認出来ます。

      20170509豊栄小学校12

270mmの望遠では、これが限界。




校庭に残る遊具類。

      20170509豊栄小学校10


      20170509豊栄小学校11


     

      20170509豊栄小学校13

フェンス越しだと、今いちリアル感がない。



フェンス沿いの道は、やがて上り坂となり
斜面越しに、豊栄小学校を眺める形になります。

校舎。

      20170509豊栄小学校14



体育館。

      20170509豊栄小学校15



さらに、別アングルからの校舎。

      20170509豊栄小学校16



校庭側も覗いてみましょう。

      20170509豊栄小学校17


      20170509豊栄小学校18


やっぱり、フェンスの向こう側にある廃校を
フェンスのこちら側から眺めるだけでは、リアリティ感に欠ける気がする。

      20170509豊栄小学校19



とは言え、敷地内には入れないから仕方ない。

二ノ宮像も確認出来ず、路肩に停めた車に戻る途中で見つけた百葉箱。

      20170509豊栄小学校20

やっぱりフェンスの向こう側にあると臨場感がない。


この豊栄小学校も民間に貸し出しを予定しているようで
もし仮に企業等に貸し出されたら、
きっと校庭の土を踏む機会も永遠になくなっちゃうんだろうなぁ。
地域のコミュニティの場として、解放してくれないかなぁ...............



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2017/05/22 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........長南小学校  (2017年5月9日)(千葉県長生郡長南町) 

5月9日 公休日 

 この日は、長南町の廃校巡りに出かけました。 
今年の春に長南町では町内に在る小学校を統合して、 
小中学一貫教育校を設立し
4つの小学校が全て廃校(閉校)となりました。 

その長南町の廃校巡りの第3弾。 
長南町立長南小学校です。 


 長南町小学校は、明治6年に長南宿に開校した長南小学校がルーツとされています。

     

明治6年     長南宿に長南小学校創立。
      明治6年      蔵持村に蔵持小学校が開校する。
              (後に長南小学校に統合される)
      明治6年     坂本村に坂本小学校が開校する。
      時期は不明であるが、この頃に中善寺小学校が開校する。
     (後に坂本小学校に統合される) 
明治11年     蔵持小学校が長南小学校に統合される。 
明治2年     町村制施行により長南宿、蔵持村、坂本村が合併して武丘村が発足する。 
明治23年    武丘村が町制施行のうえ改称して庁南町となる。 
明治43年    長南小学校が庁南小学校と改称する。 
昭和22年     学制改革により庁南町立庁南小学校と改称する。 
昭和30年    庁南町、東村、西村、豊栄村が合併して長南町が誕生。
                         長南町立長南小学校と改称する。 
昭和46年    坂本小学校を統合する。 
平成29年    長南町内の4校が統合して
          
                         長南町立統合小学校が開校
          
                        (名称は同じ長南町立長南小学校)。
                  
                          長南小学校は廃校となる。

 こちらが、長南小学校の正門。

 

     20170509長南小学校01







石造りの門柱には、門柱よりも大きな木製の表札が掲げられています。

      20170509長南小学校02







門を入ってすぐにある、閉校(廃校)記念の碑。

 

     20170509長南小学校03







西小学校や東小学校と同じタイプ。
どうやら統一規格のようですね。

       20170509長南小学校04 




 閉校記念碑の近くには二ノ宮像。 

       20170509長南小学校05







南町の廃校3校目にして、やっと二ノ宮像と遭遇。
 やっぱり小学校には、コレがなくっちゃ! 

       20170509長南小学校06 


 そして、その近くには折れた石柱。
 高等尋常小学校と読めます。

 

         20170509長南小学校07 


沿革には触れていませんが、
明治後半から戦前の国民学校になるまで 
多くの小学校は尋常小学校や高等尋常小学校(後の中学校)と称していました。 
長南小学校もソニった時代もあったのでしょう。
 実は長南町の旧・小学校はHPもなく、沿革も不明でしたが 
ここ長南小学校で偶然お会いした長南町教育委員会のH氏に 
後日、おおまかな資料をgいただいて、
おおまかな沿革を知ることができました。 
長南町教育委員会のH氏には感謝です。 



 花壇には手作りのモニュメント。
おそらく子供たちの手作りのモノでしょう。
       
                 20170509長南小学校08



花壇の近くには教材用の丸ポスト

 

      20170509長南小学校08 



 こちらが校舎。 

      20170509長南小学校10




手前のパトカーのような車は、教育委員会の方の車?

 

     20170509長南小学校11








校舎正面から。

 

     20170509長南小学校16


     20170509長南小学校12


 



玄関に掲げられた表札。 

       20170509長南小学校13 



 校舎塔屋に飾られた時計。
まだまだ正確な時を刻んでいます。 
       
                20170509長南小学校14







校舎壁面に掲げられた長南小学校の校章。

 

     20170509長南小学校15



校庭の遊具類。

      

               20170509長南小学校17


     20170509長南小学校18


     

             20170509長南小学校19








こちらは体育館。 
       
               20170509長南小学校20







体育館には、閉校式で使われた横断幕が飾られています。 
       
              20170509長南小学校21






断幕もいつか色あせてしまうだろうけど
百年を優に超える長南小学校の歴史は、色あせることはないでしょう...............。




2017/05/21 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........東小学校  (2017年5月9日)(千葉県長生郡長南町) 

5月9日 公休日

この日は、長南町の廃校巡りに出かけました。

今年の春に長南町では町内に在る小学校を統合して、
小中学一貫教育校を設立し
4つの小学校が全て廃校(閉校)となりました。

その長南町の廃校巡りの第2弾。
長南町立東小学校です。


東小学校は明治6年に創立された芝原小学校がそのルーツのようです。


     明治6年     芝原村に芝原小学校が創立される。
     明治6年     小生田村に小生田小学校が開校する。
     明治11年    芝原小学校は東小学校と改称する
     明治18年    給電村に給電小学校が開校する。
               (後に西小学校と改称する)

明治22年      町村制施行により下小野田村、上小野田村、小生田村、地引村、中原村、
           給田村、芝原村、豊原村、森村、長楽寺村が合併して東村が発足。

     明治26年     小生田小学校が南小学校と改称する。

明治41年      東小学校が済美小学校と改称する

     明治43年      西小学校と南小学校が統合して精華小学校となる。

昭和2年      済美小学校と精華小学校が統合して東小学校となる。
昭和22年     学制改革により、東村立東小学校と改称する。
昭和30年     庁南町、東村、西村、豊栄村が合併して長南町が誕生。
           長南町立東小学校と改称する。
昭和43年     芝原分校を統合する。
平成29年     長南町内の4校が統合して統合小学校が開校
          (名称は同じ長南町立長南小学校)。
           東小学校は廃校となる。




こちらが、東小学校の正門。

      20170509東小学校01


石造りの古い門柱には木製の表札。

      0170509東小学校02


正門前には、閉校記念碑。

      0170509東小学校03


西小学校もそうでしたが、沿革は記されておらず
校歌が刻まれています。

      0170509東小学校04

長南町の統一規格の閉校(廃校)記念碑のようですね。


正門には児童たちが作った歓迎の言葉が飾られています。

      0170509東小学校05

平成15年度卒業生たちの作品のようです。



正門から中に入ると、正面に校舎。

      0170509東小学校06

右側にも校舎。
左側には体育館。
建物はコの字型に配置されているようです。


向かって右側の校舎。

      0170509東小学校07



正面の校舎。

      0170509東小学校08



正面校舎の玄関。

      0170509東小学校09


      0170509東小学校10



校舎の庇に掲げられた校章。

      0170509東小学校11



こちらは、体育館。

      0170509東小学校12



体育館の隣はプール。

      0170509東小学校13



校庭に残る遊具類。

      0170509東小学校14


      0170509東小学校15


      0170509東小学校16


      0170509東小学校17


      0170509東小学校18



遊具の大きな古タイヤに乗った びいすけ 。

      0170509東小学校19



これも遊具の一種。
ボールを投げて遊んでいたんでしょう。
ボール板(?)と言えばいいんでしょうか?

      0170509東小学校28

なぜか、びいすけ は、その前でローリング。



シロツメクサの匂いを体にスリスリ。

      0170509東小学校29

これも びいすけ にとっては遊びの一種?



これまた、遊具の一種になる築山。

      0170509東小学校20



朝礼台

      0170509東小学校21



朝礼台越しにの校舎。

      0170509東小学校22



体育館前にあった『希望』の像。

      0170509東小学校23

 残念ながら二ノ宮像は見つけられませんでした。



百葉箱

      0170509東小学校24

この百葉箱って言うのも、学校独特のモノ。
なかなか一般では目にしない代物。
これを見つけると、改めて学校だったんだなぁと感じます。



平成27年度の卒業生の記念植樹。
『河津桜』

      0170509東小学校25

この年の卒業生は19名だったようです。



こちらが平成28年度の卒業生の記念植樹。
『ハナミズキ』

      0170509東小学校26

平成28年度末をもって閉校(廃校)だから、最後の卒業生。
14名だったようです。




敷地外の職員用(?)の駐車場の脇に建つ忠魂碑。

      0170509東小学校27

古くからある小学校には忠魂碑が残っている。
東小学校も歴史のある小学校の証。


そんな東小学校も少子化の流れの中で
統合という名のもとに廃校。

地元の人間じゃないし、卒業生でもないけれど
やっぱり寂しいものです......................。








2017/05/20 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

熊野の清水  《 熊野神社 龍動寺 》 (2017年5月9日)(千葉県長生郡長南町) 

5月9日 公休日

この日は長南町に出かけました。


機会があれば立ち寄りたいと思った熊野の清水公園。
公園に行って、冠の元である『熊野の清水』に立ち寄らないのはおかしいでしょ?

と言うことで、熊野の清水に立ち寄ってみました。

ちなみに  熊野の清水 と書いて ゆやのしみず と読むそうです。



熊野の清水は、弘法の霊泉」という別名があります。
その昔、弘法大師が全国行脚をしていた時、布教のためにこの地に立ち寄りました。
そこでは周辺の農民たちが水不足で苦しんでいましたが、
彼らの姿を見た弘法大師が、法力によって水を湧き立たせたと言われています。
この伝説に基づいて、このような別名が誕生しました。
この遺徳を称え、竜動寺には弘法大師の坐像が祀られているそうです。

この辺りは室町時代に鶴岡八幡宮の社領となり、
鶴岡八幡宮直営の湯治場として栄そうです。
このため、当時の地区の名前は「湯谷」と呼ばれていました。
そのことから「ゆやのしみず」と呼ばれているそうです。



実は、当初は熊野の清水ちついては由緒も知らず
立ち寄る気もなかったのですが...............

熊野の清水公園駐車場から熊野神社の鳥居と
こんな看板が目にとまりました。

      20170509熊野の清水01


どうやら、熊野の清水は熊野神社の境内にあるようです。


鳥居手前には小さな池。
恐る恐る中を覗く びいすけ 。

      20170509熊野の清水02



さすがに日本の名水百選に選ばれるだけはある。
透き通っていて、池の中に鯉が泳いでいるのがはっきりと分かります。

      20170509熊野の清水03



こちらが熊野神社の鳥居。

      20170509熊野の清水04



鳥居の先には、熊野の清水の由来が書かれた説明板。

      20170509熊野の清水05




こちらが、熊野の清水。

      20170509熊野の清水06

この一画だけ、厳かな雰囲気が漂います。



立派な碑も建てられています。

      20170509熊野の清水07



確かに透き通っていて、清らかな感じがします。

      20170509熊野の清水08



こちらが取水場。

      20170509熊野の清水09

柄杓も用意されていますが、さすがに生水は遠慮しました。

ちょうど、大きなポリタンクで水を持ち帰る人がいて
話を聞いたら、煮沸して飲用にしているらしい。


名水百選についても説明板が設けられていました。

      20170509熊野の清水10




石碑脇の石段を上った先が熊野神社の拝殿。

      20170509熊野の清水11



拝殿に掲げられた神額。

      20170509熊野の清水12



熊野神社の奥には、龍動寺。
ほとんど同じ敷地内。
弘法大師の像があると言うお寺ですね。

こちらが本堂。

      20170509熊野の清水13



院号は『大聖院』
山号は『佛龍山』と呼ぶようです。

      20170509熊野の清水14


寺号は龍動寺。

      20170509熊野の清水15


この奥に弘法大師の像があるんでしょうか?

      20170509熊野の清水16




浄財で建立された南無観音像。

      20170509熊野の清水17



南無観音像と本堂。

      20170509熊野の清水18



本堂脇には裏山に上る階段があります。
せっかくだから上ってみましょう

      20170509熊野の清水19



上がった先には四阿。

      20170509熊野の清水20



ここで再び小休止。
おやつの時間にいたしましょう。

      20170509熊野の清水21


      20170509熊野の清水22



龍動寺から駐車場に戻ります。

駐車場へ戻る途中、こんな案内板が目に入ります。

      20170509熊野の清水23

旧・大多喜街道に道祖神
惹かれるところではありますが、このあとの予定もある。
これらは次の機会に訪れることにいたしましょう。





2017/05/19 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

熊野の清水公園  (2017年5月9日)(千葉県長生郡長南町) 

5月9日  公休日

この日は長南町に出かけました。

以前、誰かのblogで小さいながらも雰囲気の良さそうな公園の存在を知りました。
その公園は長南町にあり、いつか近くに行くことがあったら
是非、立ち寄りたいと思っていました。

そんな訳で、長南町の廃校巡りのついでに
立ち寄った先は...............熊野の清水公園


熊野の清水公園は 名水百選として知られる『熊野の清水』の剣道を挟んだ向かいに位置する公園です。
公園そのものは広くはないですが、駐車場も完備され、車ではアクセスに長けた公園です。


駐車場は20台くらいとめられそう。もちろん無料。
駐車場側の公園入口脇には案内図もあって親切この上ない。

      20170509熊野の清水公園02


      20170509熊野の清水公園03

とは言っても、そんなに広くはないから案内図がなくても
公園の全体は一望のもとに把握出来そう。



県道沿いの公園の入口。

      20170509熊野の清水公園01

こちらから公園内に入ります。
散策開始といたしましょう


この公園のウリは熊野の清水が流れ込んで出来た池。
季節になれば蓮の花が咲き誇るそうです。

蓮の花の時期にはちょっぴり早い池からは
ウシガエルの鳴き声が響いてきます。

聞きなれない鳴き声に驚く びいすけ 。

      20170509熊野の清水公園04



そして、その後は興味に変わり
鳴き声のする方に恐る恐る近寄って行きます。

      20170509熊野の清水公園05



この辺りには、蓮の葉が池の水面覆っています。

      20170509熊野の清水公園06



そして、多くはないけれど蓮の花も咲いています。

      20170509熊野の清水公園07


      20170509熊野の清水公園08



この公園には池が二つあり、ぐるっと回ることができます。

      20170509熊野の清水公園09


      20170509熊野の清水公園10



そして四阿もあります。

      20170509熊野の清水公園11


      20170509熊野の清水公園12



四阿は藤の花が見頃でした。

      20170509熊野の清水公園13

残念だったの、ちょうどお昼時で。近くの道路工事の関係者が
昼食後の昼寝をしていていたので
邪魔にならないように早々に四阿から撤収。



以前、誰かのblogをみて一番気になっていたのがこちら。

      20170509熊野の清水公園14


熊野の湧水が流れ込む水車。

      20170509熊野の清水公園15

でも正直、期待の方がデカかった(笑)



この階段を下りた先には、小さいながらも芝生広場もあります。

      20170509熊野の清水公園16



芝生広場に着くなり...............

びいすけはゴロ~んとローリング。

      20170509熊野の清水公園17

しばらく背中をスリスリしていたかと思えば..............


いきなりスイッチが入ったようで、爆走モードに突入。

      20170509熊野の清水公園18



久しぶりに見る びいすけ の激走。

      20170509熊野の清水公園19


今年8歳になるけど、まだまだ健脚。
力強く走っています。

      20170509熊野の清水公園20



しばらく見とれてしまいました(笑)

      20170509熊野の清水公園21


      20170509熊野の清水公園22


      20170509熊野の清水公園23


      20170509熊野の清水公園24


      20170509熊野の清水公園25


      20170509熊野の清水公園26


      20170509熊野の清水公園27


      20170509熊野の清水公園28



でも、やっぱり今年8歳になる おじさんビーグル。
弧を描くように5周ほど激走すると疲れてしまったようです(笑)。

      20170509熊野の清水公園29



芝生に腹ばいになって小休止。

      20170509熊野の清水公園30



水分もしっかり補給いたしましょう。

      20170509熊野の清水公園31



4月はあんまり外出しなかったし、久しぶりのちょっと遠出。
心なしか満足げな顔をしているように見える びいすけ 。

      20170509熊野の清水公園32



芝生広場からの水車。

      20170509熊野の清水公園33


こどもの日に、飾られていたであろう鯉のぼり。
なぜか1匹だけ回収忘れ?

      20170509熊野の清水公園34


ひょっとしたら連休で道路が混むかもしれないけれど
こどもの日の直前に来るのが正解かも?
きっと多くの鯉のぼりが5月の青空の下で風に揺られて泳いでいるんだろうなぁ.............




2017/05/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........西小学校  (2017年5月9日)(千葉県長生郡長南町) 

5月9日  公休日

今年の春に房総半島の中央部にある長南町では
町内に在る小学校を統合して、小中学一貫教育校を設立し
4つの小学校が全て廃校(閉校)となりました。

その4つの廃校巡りと相成ります。



最初に訪れたのは...............長南町立西小学校


西小学校は明治29年に開校しましたが
それ以前にこの地区に在った小学校が統廃合を繰り返し、
現在に至ったようです。

     明治6年     佐坪村に佐坪小学校が開校する。
     明治7年      水沼村に水沼小学校が開校する。
     明治7年     市野々村に市野々小学校が開校する。
     明治8年     小沢村に小沢小学校が開校する。
               (後に佐坪小学校に統合される)

明治22年      町村制施行により水沼村、山内村、岩撫村、竹林村、佐坪村、市野々村、
            小沢村、報恩寺村、茗荷沢村が合併して西村が発足。

     明治22年    市野々小学校は佐坪小学校に統合され、市野々分校となる
               水沼小学校も同じく佐坪小学校に統合され、水沼分校となる。
     明治25年    市野々分校は独立して市野々小学校となる。
               水沼分校も独立して水沼小学校となる。

明治29年      西村に西小学校が開校する
明治42年      西小学校に佐坪小学校、水沼小学校、市野々小学校が統合される。
            水沼小学校は水沼分校と改称。市野々小学校は市野々分校と改称する。
大正13年      水沼分校が統合される
昭和14年      市野々分校が統合される
昭和22年      学制改革により、東村立東小学校と改称する。
昭和30年      庁南町、東村、西村、豊栄村が合併して長南町が誕生。
            長南町立東小学校と改称する
平成29年      長南町内の4校が統合して統合小学校が開校
           (名称は同じ長南町立長南小学校)。
            西小学校は廃校となる。



こちらが西小学校の校門。

      20170509西小学校01

門扉はしっかり閉ざされています。


西小学校の文字が辛うじて読める表札。

      20170509西小学校02

よく見たら、すぐ近くにも別な門がある。


こちらが、正門のようです。

      20170509西小学校03

こちらも門扉は閉ざされています。


比較的新しく見える表札。

      20170509西小学校07


閉まっている門扉を勝手に開けて中に入るのは気が引けるから
門扉越しに校舎を眺めてみます。

      20170509西小学校04


      20170509西小学校05



フェンス沿いにぐるっと回ってみましょう。


すぐ近くには、バス停もあります。

      20170509西小学校06



県道沿いには、さらに別な校門。

      20170509西小学校08



石造りの門柱だから、こちらが昔の正門だったのかもしれません。

      20170509西小学校09



表札の文字の書体もちょっと違う。

      20170509西小学校10



こちらが体育館。

      20170509西小学校27





フェンスの切れ目というか築柵の切れ目から
かろうじて中に入れそうです。

一応、『失礼しま〜す。お邪魔させていただきま〜す!』と
大きな声を掛けてみるけど、無人の校舎からは返事無し。


失礼させていただいた敷地内。


こちらがお目当の一つ、廃校(閉校)記念碑。

      20170509西小学校11



裏面には沿革の記載は無し。

      20170509西小学校12

非常にシンプルな廃校記念碑だけど、それはそれで味がある。



こちらが校舎。

      20170509西小学校13


      20170509西小学校14





校舎壁面に掲げられた時計。

      20170509西小学校15

昭和36年度卒業生の還暦記念って..............
ややこしい記念です(笑)



玄関前には赤い丸ポスト。

      20170509西小学校16

でも、教材用で現役のポストではない。




こちらが、校庭。

      20170509西小学校17



校庭から眺める校舎。

      20170509西小学校18



朝礼台の上から。

      20170509西小学校19


      20170509西小学校20


      20170509西小学校21


      20170509西小学校22




校庭の遊具類。

      20170509西小学校23


      20170509西小学校24


      20170509西小学校25



そして百葉箱。

      20170509西小学校26


  
惜しまれながら、廃校となった西小学校。

現在、長南町では廃校になった4校の跡地を有効活用するために
町のHPにも掲載しているけれど、
跡地を貸し出しする民間企業を募集しているようです。

どのような形で跡地が再活用されるのか?
興味は尽きない所ですが、いずれにしても
校舎を上手く再利用して、解体なんてことにならないことを   
ほんのちょっぴり願っています。





2017/05/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

野見金公園   (2017年5月9日)(千葉県長生郡長南町) 

5月9日  公休日

この日は、市原市と長南町に出かけました。


市東第二小学校あとにして、向かった先は...............野見金公園



野見金公園は、野見金山の丘陵を2004年に長南町によって整備されました。
桜やあじさいを山肌に植栽し、花の咲く公園になりました。
毎年6月に長南町主催で開催される「花めぐり」のスポットの1つとなっているそうです。
内房(養老川水系)と外房(一宮川水系)の分水嶺に立地しているため、
九十九里浜、茂原市街、京葉工業地帯の煙突、東京スカイツリーの眺望が見られ、
「スカイツリーの見える丘」の看板が公園内に設置されています。

ユートピア笠森と言う宿泊施設に隣接する公園ですが
ユートピア笠森は2004年に閉鎖され、立派な日帰り入浴施設のゆうゆう館も
2006年に閉鎖されてしまったそうです。
立派な建物だけがしっかり残っています。

平日だし、ユートピア笠森ももう営業していないから
こちらに訪れる人は誰も居ません。

誰に気兼ねする訳でもないから
気ままに散策と参りましょう。

      20170509野見金公園01



駐車場のすぐ脇にある舗装された散策路。

      20170509野見金公園02

画像が不鮮明だから読めないけれど
『スカイツリーの見える丘』って看板がさりげなくある、


50mほど舗装路を歩けば、『スカイツリーの見える丘』

      20170509野見金公園03



スカイツリーの方角には案内板。

      20170509野見金公園04



この位置にスカイツリーが見えるとあるが...............

      20170509野見金公園05



生憎の曇り空。

      20170509野見金公園06

残念ながら、スカイツリーは見えません。
でもスカイツリーが見えたとしても、そんなに感度は無いかもしれない。

やっぱり、富士山でしょう!



近年、この『スカイツリーの見える丘』にレストハウスが出来ました。

      20170509野見金公園07

残念ながら、金・土・日曜日のみの営業のため、本日は休み。


この丘は、180°視界が開けています。

      20170509野見金公園08


位置関係が今イチ分からないなけれど
晴れていれば、雄大な景色と感じるかも?

      20170509野見金公園09



山肌に桜、紫陽花が植栽されているから
ぐるっと回ってみましょう。

      20170509野見金公園10



一応、『順路』と示されていますが、訪れる人が余りにも少ないのでしょう。
雑草が伸び、草を踏みつけて歩いた跡もないから
順路がわからなくなります。

      20170509野見金公園11



いきなり、崖?
それとも竪堀(笑)?

      20170509野見金公園12



そして、いつの間にか、木立の中に入り込んでしまいました。

      20170509野見金公園13



一度、駐車場まで戻り、別な斜面に向かいます。

      20170509野見金公園14



こちらの斜面には、桜の木が多い。
4月の初めには、綺麗に咲いていたんだろう。

順路もはっきりと判る。
ってことは、それなりに人が訪れているんでしょうか?

      20170509野見金公園15



散策路(順路)には二ヶ所ほどベンチが設置されています。

      20170509野見金公園16



ちょっびり小休止。

      20170509野見金公園17



『おやつ、食べる〜っ?』

      20170509野見金公園18

って、要らない訳がない。



『待て!』からの〜...............

      20170509野見金公園19



『良し!』。

      20170509野見金公園20



オヤツを食べたんだから、頑張って歩くんだよ。

      20170509野見金公園21


      20170509野見金公園22



ここが分水嶺になるのか?
大きな切り通し。

      20170509野見金公園23



この先は、野見金公園の外になるみたいです。

      20170509野見金公園24



さらに先に進めば、イノシシ捕獲用の檻。

      20170509野見金公園25


やっぱり、房総半島には野生のイノシシが多いみたいです。

まぁ、そんなことは無いとは思うけれど...............
イノシシに遭遇したら大変だから、駐車場に戻りましょう。

30分程度の散策でしたが、これ以上の期待もないので
この地を撤収。

さぁ、次なる目的地へ向かいましょう。


2017/05/16 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神③  《 遍照寺 恵比寿 》  (2017年1月21日)(千葉県長生郡一宮町) 

1月21日  公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。



そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第3弾。
遍照寺の恵比寿です。


遍照寺は、仁寿2年(852年)に慈覚大師が開基したと伝えられ、
本尊は阿弥陀如来です。
もとは神明山福聚院東照寺と称していましたが、
徳川家康が東照大権現として祀られたので寺号を光明山遍照寺に改めました。
地元では「ホウエンさま」とよばれ親しまれています。

恵比寿とは
日本の神様で、漁業、商売繁盛の神として、信仰されています。
日本古来の神様でご神名は小彦名命(疱瘡神社)。
海の守護と商売繁盛、医療医薬、庶民救済の神として、崇敬されています。



この遍照寺に辿り着くまでに苦労しました。
とにかく、住所をナビに入力してナビの案内に従うと...............

狭い道を走らされ、周りが田んぼだらけの線路脇の行き止まりを案内します。

住所を間違えて入力したと思い、再入力しても
案内するのは、やっぱり線路脇の田んぼの中の行き止まり。

線路の向こうに遍照寺が在るのは間違いないから
踏み切りを探し、やっと辿り着けました。


こちらが寺号標。

      20170121遍照寺 恵比寿01


寺号標の先には、『心の駅 外房七福神』の幟。

      20170121遍照寺 恵比寿02

この七福神の幟は、今回の七福神巡りでは初めて目にしました。


参道(車道)には、梅の花がポツリポツリと咲き始めています。

      20170121遍照寺 恵比寿03


      20170121遍照寺 恵比寿04


      20170121遍照寺 恵比寿05



さらに先に進むと、新たな幟。

こちらは『七福神』。

      20170121遍照寺 恵比寿06


さらにもう一本。
こちらは『えびす神』

      20170121遍照寺 恵比寿07



客殿背後の台地に七福神は祀られているようです。

      20170121遍照寺 恵比寿08


こちらが、お目当の『心の駅 外房七福神』の恵比寿です。

      20170121遍照寺 恵比寿09


      20170121遍照寺 恵比寿10



この恵比寿の置かれているから台地が
城郭の郭跡っぽい。

      20170121遍照寺 恵比寿11


贔屓目じゃないけれど、城塁っぽく見えてしまう。

     20170121遍照寺 恵比寿12


      20170121遍照寺 恵比寿13

やっぱり、城址巡りに行っていない反動なのかな?(笑)



こちらが、遍照寺の本堂。

      20170121遍照寺 恵比寿14



本堂に掲げられた扁額。

      20170121遍照寺 恵比寿15

山号である『光明山』の文字が確認出来ます。


本堂を別アングルにて。

      20170121遍照寺 恵比寿16



本堂再建記念碑には、遍照寺の由緒が記されています。

      20170121遍照寺 恵比寿17



こちらが、遍照寺の客殿。

      20170121遍照寺 恵比寿18

この背後の台地に七福神の恵比寿は祀られています。



境内に建つ碑。

      20170121遍照寺 恵比寿19

『白鳥省吾 旧居跡』 とあります。

白鳥省吾って誰?


調べて見ると...............

日本の詩人らしい。彼の著作する詩は、民衆の内面を描いた物であり、
『民衆派詩人』と称されていたようです。
詩人であり文人でもあり、晩年は千葉県で過ごしたらしい。
この地には、千昌夫のヒット曲『星影のワルツ』は
白鳥省吾の二女である白鳥園枝が作詞したらしい。

太平洋戦争が激化した昭和19年に、この遍照寺に疎開し
昭和30年まで、居を構えていたと言うことらしい。

なるほど、そう言うことなのね。



こちらは句碑。

      20170121遍照寺 恵比寿20

残念ながら、誰の句なのか分かりません。




本堂の正面に苔むした古い石段が在り、
それを降りて行くと、もう一つの門があります。

      20170121遍照寺 恵比寿21


線路脇に建つ門。

      20170121遍照寺 恵比寿22


危ないから、線路内立ち入り禁止の看板もある。

      20170121遍照寺 恵比寿23


昔の参道って言うか、本来はこちらが正規の参道だったんだろうが
車社会になって、車でお詣りに来るようになり、
この参道は利用されなくなっちゃったんでしょうね。

線路と山門、そして行き止まりの道.この関係から、
ナビがあの場所を案内した理由が少し分かったけど
もう少し賢いナビになってくれないかあ...............?



2017/02/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神②  《 東漸寺 布袋尊 》  (2017年1月21日)(千葉県長生郡一宮町) 

1月21日 公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。



そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第2弾。
東漸寺の布袋尊です。


東漸寺は曹洞宗の古刹です。本尊は不動明王(秘仏)です。
開山は慶長17年(1612年)7月、光室恵珍によってなされました。
慶安2年(1649年)には将軍家光により寺領18石の寄進を受け御朱印寺となりました。
寺で所有する駕籠は旧一宮藩主加納久徴が、
徳川家(14代将軍家茂)に降臨された孝明天皇の妹にあたる皇女和宮より
拝領の駕籠であるとして、一宮町の文化財に指定されています。

布袋尊は、笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物と言うことです。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。


こちらが東漸寺の参道入口。
寺号標の前にて。

      20170121東漸寺 布袋尊01



山門前。

      20170121東漸寺 布袋尊02



山門から眺める東漸寺の全景。

      20170121東漸寺 布袋尊03

本堂背後には台地が広がります。


こちらが本堂。

      20170121東漸寺 布袋尊04


      20170121東漸寺 布袋尊05



扁額は扉の奥。
扁額を写真に収めるため、ちょっとだけ扉を開けてもらいました。

      20170121東漸寺 布袋尊06



別アングルからの本堂。

      20170121東漸寺 布袋尊07


本堂裏には墓地があり、さらにその奥は台地が広がり
何となく城址っぽく見えてしまう。

      20170121東漸寺 布袋尊08

最近、城址巡りをしていない反動だろうか...............?(笑)




本堂の庇(?)に飾られた龍の彫物。

      20170121東漸寺 布袋尊11


こちらは本堂の鬼瓦。

      20170121東漸寺 布袋尊12




さてさて、お目当の七福神はと言えば...............


本堂前に、どぉ〜んと鎮座していました。


心の駅 外房七福神の布袋尊です。

      20170121東漸寺 布袋尊09


      20170121東漸寺 布袋尊10



こちらは閻魔堂。

      20170121東漸寺 布袋尊13

閻魔堂は東漸寺で最も古い建造物らしい。



門前の枝垂れ桜。

      20170121東漸寺 布袋尊14

春にはきっと綺麗な花を咲かすことでしょう。



とりあえず、これで『心の駅 外房七福神』の布袋尊を
制覇です。






2017/02/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神①  《 観明寺 寿老人 》  (2017年1月21日)(千葉県長生郡一宮町) 

1月21日 公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。



そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第1弾。
観明寺の寿老人です。

観明寺は天台宗派に属する古刹です。
天平6年(734年)僧行基の開基、慈覚大師の中興と伝えられています。
江戸時代には朱印十二石がありました。
本尊は十一面観音で、寺伝の文書によると海上より出現した伝えられています。

そして、七福神の寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。


観明寺は『心の駅 外房七福神』ね一つでもありますが
『九十九里七福神』の一つでもあります。
実は、以前に九十九里七福神巡りをした時に、この観明寺にも訪れているので
こちらに来るのは、これで2回目になります。


背後に見えるのが観明寺。

実はこの場所も観明寺に所縁のある場所。

      20170121観明寺 寿老人01



路地の傍に建つ小さな碑。

      20170121観明寺 寿老人02

観明寺四脚門跡の碑です。


路地に残る四角い穴跡が四脚門の跡だろうか?

      20170121観明寺 寿老人03



こちらが、現在の観明寺の山門(四脚門)。

      20170121観明寺 寿老人04


      20170121観明寺 寿老人05


扁額の代わりに看板。

      20170121観明寺 寿老人06



こちらが、本殿。

      20170121観明寺 寿老人07


      20170121観明寺 寿老人08


      20170121観明寺 寿老人10



本殿に掲げられた扁額。

      20170121観明寺 寿老人09


      
本殿脇にお目当の七福神が鎮座しています。

      20170121観明寺 寿老人11



心の駅 外房七福神の寿老人です。

      20170121観明寺 寿老人12


      20170121観明寺 寿老人13



ちなみに、こちらが『九十九里七福神』の福禄寿。

      20170121観明寺 寿老人14

違う七福神の神を祀っているところが面白い。



こちらが鐘楼。

      20170121観明寺 寿老人15



鐘楼の奥には、台地へと上がっていく道。

      20170121観明寺 寿老人16

竹に覆われた台地の奥は、何となく城址っぽく見える。
ひょっとしたら?...............と興味が湧くけれど、今日は七福神巡りがメイン。
今度、城址か否か? じっくり調べましょう。



境内に建つ碑。

句碑かと思ったら違っていた。
住職さんの有難い言葉なのだろうか?

『鳥は飛ばねばならぬ 人は生きねばならぬ』

      20170121観明寺 寿老人17


こちらには『念ずれば 花ひらく』

      20170121観明寺 寿老人18

確かに言い言葉です。



こちらは経堂。

      20170121観明寺 寿老人19

釈迦石像を安置し、一切経が奉安されていたそうです。


こちらは、金毘羅堂。

      20170121観明寺 寿老人20

金毘羅堂は金毘羅大将を祀っていて、元々は安養寺にあったそうです。
明治二年に現在の地に移し、明治十二年にお堂を建立したそうです。


以前訪れたことがあるから、新鮮味には欠けるけど
心の駅 外房七福神のスタートだから致し方ない。

とりあえず、『心の駅 外房七福神』の寿老人、これにて制覇です。




2017/02/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.....................旧豊栄小学校跡  (2016年9月7日)(千葉県長生郡長南町) 

9月7日  公休日

この日は、千葉県内で配布されているダムカードの
未収集分の2枚のダムカード集めに出かけました。

長柄町にある『長柄ダム』のダムカードを手に入れたあとに
ちょっぴり寄り道。
長柄町のお隣の長南町に足を伸ばしてみました。
向かった先は...............長南町立 旧・豊栄小学校跡


豊栄小学校は、廃校ではなく平成28年9月時点で
現存する子供たちが通う学び舎です。


豊栄小学校のHPが無いようなので、詳しい沿革は調べきれませんが...............

明治6年 千手堂小学校として開校。
昭和22年 豊栄村立豊栄小に改称。
昭和30年 豊栄村が庁南町、西村、東村と合併し、長南町が誕生。
長南町立豊栄小学校と改称。

と言った沿革のようで、創立143年の歴史のある小学校です。



この辺りが、旧・豊栄小学校の跡地。

いきなり、例のモノが視界に入って来ました。

      20160907旧豊栄小学校跡01



四角い台座の上に建つ像は、
背中にマキを背負い、本を読んでいます。

      20160907旧豊栄小学校跡02


そうです。
昔の小学校では、良く目にした二ノ宮像です。

      20160907旧豊栄小学校跡03



この二ノ宮像、少年と言うよりは おばちゃん に見えちゃうんだけど...............

      20160907旧豊栄小学校跡04

気のせい?(笑)


二ノ宮像の在る、ちょっとした高台から
旧・豊栄小学校跡を眺めてみます。

      20160907旧豊栄小学校跡05

学校跡地は、更地となり宅地開発され
何軒かの住宅が建てられています。



雑草に覆われた一画に、雑草に隠れるように
ひっそりと建っている学校跡の碑。

『豊栄小学校跡』と刻まれています。

      20160907旧豊栄小学校跡06



裏には、明治42年にこの地に学校が建てられ
昭和39年に移転したとされています。

      20160907旧豊栄小学校跡07

すなわち、昭和39年まで、この地に小学校が在りました。



しかし、この記念の碑も忘れられているのか?
完全に雑草に埋もれかけています。

      20160907旧豊栄小学校跡08


      20160907旧豊栄小学校跡09



宅地開発されているとは言え、簡単には売れないようで
まだまだ中途半端な状態。

      20160907旧豊栄小学校跡10



あと何年か経てば、新しい住宅が立ち並ぶのでしょうか?

      20160907旧豊栄小学校跡11


      20160907旧豊栄小学校跡12



二ノ宮像のあったっけ高台の脇には、別な石段。

      20160907旧豊栄小学校跡13

まるで、『上がっておいで!』と誘っているようです(笑)。




素直に誘いに乗って、石段を上がれば
そこには忠魂碑。

      20160907旧豊栄小学校跡14

昔からある地方の古い小学校には、敷地の一画に
この忠魂碑が建っていることが多い。

まさしく、豊栄小学校がこの地に在ったことの証しなるでしょう。


台座に名前が刻まれているけれど
腐食が激しくて読めない胸像。
おそらく、地元の名士か教育関係者でしょう。

      20160907旧豊栄小学校跡15


とにかく、この一画には石碑類が多い。

      20160907旧豊栄小学校跡16



昭和39年に移転した豊栄小学校。
移転先は、ここから300mほどの距離。

こちらが、現在の長南町立豊栄小学校。

      20160907旧豊栄小学校跡17



驚きました。

      20160907旧豊栄小学校跡18

来年(平成29年)の3月で閉校しちゃうんですね。


どうやら、長南町は現在4校ある小学校が統合され
平成29年春に、長南中学校の隣接地に統合小学校を建設して
小中一貫教育を実施することになるらしい。


この豊栄小学校も、半年後には廃校となってしまうことになります。


その頃に、また訪れてみようかな...............?






2016/10/01 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう  《 長柄ダム 》 (2016年9月7日) (千葉県市原市) 

9月7日  公休日

個人的な連休2日目。


この日は、あと2枚でコンプリートとなる千葉県内のダムカード集めに出かけました。

残り2枚の内、1枚は...............長柄ダム




長柄ダムは、千葉県長生郡長柄町に建設されたダムです。
独立行政法人水資源機構が管理する、高さ52.0メートルのアースダムであり、
アースダムとしては高さが日本で第4位、関東地方では最も高く、
同型式としては日本屈指の規模を有するダムと言うことです。
昭和55年にダム建設工事に着工し、昭和60年に完成しました。

利根川の水を房総半島へ導水する房総導水路の調整池として、
東金市にある東金ダムと共に建設され、
栗山川(両総用水)から取水され、東金ダムから送られてくる利根川の水を、
周辺の長生郡市のみならず、松戸市などの江戸川東岸や千葉市などの東京湾岸に上水道と工業用水を供給し、
さらに南房総導水路を系由し南房総に送水することを目的としています。

ちなみに、長柄ダムで出来たダム湖は市津湖と言います。
ダム湖になった辺りは、かつての市津村(現在の市原市)だった事から、
『市津湖』と呼ばれるようになったそうです。

長柄ダムのダムカードは、隣接する『都市農村交流センター』で貰えます。


こちらが、都市農村交流センター。
ダムカード、ゲットです。

      20160906長柄ダム01


      20160906長柄ダム02


長柄ダムに着いた途端、雲行きが怪しくなって来ました。

      20160906長柄ダム03



今にも降り出しそうな感じ。

      20160906長柄ダム04


      20160906長柄ダム05


都市農村交流センターやダム湖の駐車場は
ダム堤体から少し離れているので、周遊路を使ってダムを見に行きましょう。

      20160906長柄ダム06



車止めが設置され、歩いていくしかない長柄ダム。
注意書きが、色々と貼られています。

      20160906長柄ダム07


何と、周遊路の犬連れ散歩は禁止です!

      20160906長柄ダム08


仕方ないので、フェンス越しにダム湖を眺め...............

      20160906長柄ダム09



カメラの越しに堤体を眺めます。

      20160906長柄ダム10



こちらは、ダム湖の真ん中に架かる長柄大橋。

      20160906長柄ダム11

この橋は、県道(一般の公道)だから犬と散歩しても大丈夫。


せっかくだから、長柄大橋を歩いて渡ってみましょう。

      20160906長柄ダム12



暗くて見づらいですが、『長柄大橋』のプレート。

      20160906長柄ダム17



こちらは、『市津湖』のプレート。

      20160906長柄ダム18




長柄大橋の真ん中で湖面を見下ろす びいすけ 。

      20160906長柄ダム19

危ないよ!
落っこちちゃうよ!







長柄大橋から眺める市津湖。

      20160906長柄ダム13


真っ黒な雲は、今にも雨が降りそうな予感を感じさせてくれます。

      20160906長柄ダム14



長柄大橋を渡った先にある周遊路もゲートが閉まって立ち入り禁止。

      20160906長柄ダム15



さらに、ご丁寧にも...............
こちらにも、犬の散歩禁止の看板。

      20160906長柄ダム16


確かに、上水の一部にこの市津湖の水が使われているようだから
衛生面を考えての措置だとは思うけれど、
犬連れをココまで嫌わなくても良いんじゃない?(笑)。


しばらくしたら、突然の雨。
降りそうだとは思っていたけど、まさか橋を渡って対岸に居る時に
ダァ〜っと雨が降って来なくてもいいのに...............

ダムカードを先に貰いに行っておいて、良かったぁ(笑)




こちらが、本日手に入れた『長柄ダム』のダムカード。

      20160906長柄ダム20


      20160906長柄ダム21





千葉県内のダムカードは全部で9種類。
残すは、あと1ヶ所。
コンプリートにリーチです。





2016/09/30 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

浜の七福神⑦  《 観明寺の福禄寿 》  & 心の駅・外房七福神  《 観明寺の寿老人 》                         (2015年1月1日)(千葉県長生郡一宮町) 

1月1日 公休日

この日は、九十九里沿岸に点在する『浜の七福神』巡りをしました。


『浜の七福神』は

横芝光町    四社神社(布袋尊)
山武市     五所神社(大黒天)
九十九里町  八坂神社(恵比寿)
大網白里市  要行寺 (寿老人)
白子町     真光寺 (毘沙門天)
長生村     清泰寺 (弁財天)
一宮町     観明寺 (福禄寿)

から構成され、横芝光町の布袋尊から一宮町の福禄寿まで
ざっと距離にして37km。
流石に歩いては巡れないので、車での移動になります。

長生村の清泰寺の弁財天を巡り終え、浜の七福神も残すは一つ。
向かった先は、最後の七福神  一宮町 観明寺(福禄寿)



福禄寿は長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神として信仰されています。



こちらが観明寺の山門

      20150101浜の七福神 観明寺01


      20150101浜の七福神 観明寺02



一宮町の説明版によれば、この三門は四脚門という建築方式で
江戸時代初期の建築らしいとのことですが
改築したのか?
とても江戸時代のものには見えない。

      20150101浜の七福神 観明寺03



観明寺は
天平6年(734)の開基と伝えられ玉前神社の別当寺であったそうです。
現在の本堂は昭和43年の落成で、堂内には旧本堂の欄間が収められており、
それには房州の井上円徹作といわれる地獄極楽図が彫刻されているそうです。
写実的に描写されたその彫刻は、訪れた人の洗心の糧として貴重なものとなっています。



こちらが、その本堂

      20150101浜の七福神 観明寺04


      20150101浜の七福神 観明寺



例の黄色い看板は何故か境内にありました。

      20150101浜の七福神 観明寺06



看板の奥に浜の七福神 福禄寿。

      20150101浜の七福神 観明寺07


      20150101浜の七福神 観明寺11


      20150101浜の七福神 観明寺09



福禄寿の脇には七福神がもう一体。

      20150101浜の七福神 観明寺08


実は、この観明寺には浜の七福神の福禄寿の他に
心の駅 「外房七福神」 の寿老人があります。 

      20150101浜の七福神 観明寺10


      20150101浜の七福神 観明寺12


      20150101浜の七福神 観明寺13

いやぁ~、この 心の駅 「外房七福神」 の存在は知らなかったなぁ............




七福神の背後にある梵鐘。

      20150101浜の七福神 観明寺14



近くに玉前神社があり、地元の初詣のメッカで有るようです。
そしてその初詣客が流れてくるので、それなりに参拝客が多い。

人の流れの切れ目を見て、写真を撮るのもちょっぴり大変。

      20150101浜の七福神 観明寺15


      20150101浜の七福神 観明寺16


      20150101浜の七福神 観明寺17


とりあえず、これで浜の七福神も巡り終えることも出来ました。

しかし、心残りは 心の駅 「外房七福神」 
自宅に帰って調べてみると、一宮町近隣に点在しているようです。

心の駅 「外房七福神」巡りもいつかチャレンジしてみよう。



2015/01/27 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

浜の七福神⑥  《 清泰寺の弁財天 》                          (2015年1月1日)(千葉県長生郡長生村) 

1月1日 公休日

この日は、九十九里沿岸に点在する『浜の七福神』巡りをしました。


『浜の七福神』は

横芝光町    四社神社(布袋尊)
山武市     五所神社(大黒天)
九十九里町  八坂神社(恵比寿)
大網白里市  要行寺 (寿老人)
白子町     真光寺 (毘沙門天)
長生村     清泰寺 (弁財天)
一宮町     観明寺 (福禄寿)

から構成され、横芝光町の布袋尊から一宮町の福禄寿まで
ざっと距離にして37km。
流石に歩いては巡れないので、車での移動になります。

白子町の真光寺(毘沙門天)をあとにして
向かった先は.........長生村 清泰寺(弁財天)



弁財天は七福神中、唯一の女神であり、
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています



県道沿いに建つ黄色い看板。

      20150101浜の七福神 清泰寺11



こちらが 清泰寺の山門

      20150101浜の七福神 清泰寺01


山門に掲げられている扁額。
山号は安立山。

      20150101浜の七福神 清泰寺03




そして、寺号標

      20150101浜の七福神 清泰寺02


田園風景の中、赤い屋根が目をひく清泰寺の本堂は、
天宝14年(1843)に再建されたもので、弘治3年(1557)の創立と言われています。
境内墓地には文化年中の漢学者「松連斉」とその弟子「東遊」の碑があることから、
当時寺子屋として村民の教育に携わっていたことがうかがえます



こちらが本堂

      20150101浜の七福神 清泰寺08


      20150101浜の七福神 清泰寺07




本堂前に鎮座している浜の七福神 弁財天

      20150101浜の七福神 清泰寺04


以前は野ざらしだったようですが
現在は立派な建物の中に入ってます

      20150101浜の七福神 清泰寺05


      20150101浜の七福神 清泰寺06



墓地前にある古い山門

      20150101浜の七福神 清泰寺09


      20150101浜の七福神 清泰寺10




これで、浜の七福神も福神を巡ったことになります
残すはあと一つ。

最後の七福神に会いに行きましょう.................



2015/01/26 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit