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び・び・びのびいすけ

ダムカードを集めよう! 《 小河内ダム 》 (2017年5月31日)(東京都西多摩郡奥多摩町) 

5月31日  公休日

この日は、奥多摩方面へと出かけました。

この日、奥多摩に出かけた目的は多々有りましたが、
その中の一つ、ダムカード集め。
東京都で唯一ダムカードを発行しているのが、小河内ダム。

そうです、ダムカードを貰いに、小河内ダム にやって来ました。


小河内ダムは、東京都の水瓶である奥多摩湖にあるダムです。
即ち、小河内ダムによって堰き止められて出来たダム湖が奥多摩湖になります。

こちらが、奥多摩湖。

      20170531 小河内ダム」01



そして、こちらが 小河内ダム 。

      20170531 小河内ダム」03



ダム近くの奥多摩湖畔には、小河内ダムの説明版。

      20170531 小河内ダム」02


 
目的のダムカードは、小河内ダム管理所とダム展望塔の2ヶ所で配布されています。


こちらが、小河内ダム管理事務所。     

      20170531 小河内ダム」04

事務所にてダムカードをいただきました。


ダムカードと小河内ダム。

      20170531 小河内ダム」05


ダムカードも手に入れたから、小河内ダムを見学いたしましょう。

      20170531 小河内ダム」06



小河内ダムの天端。

      20170531 小河内ダム」07


長さは353m 

      20170531 小河内ダム」08



堤体は高さ149m

      20170531 小河内ダム」09




かなり大きなダムです。

      20170531 小河内ダム」10


      20170531 小河内ダム」14



わんこは入場出来ないので びいすけ は表で留守番。
ダム展望塔に入ります。

小河内ダムと奥多摩湖の模型。

      20170531 小河内ダム」11


展望塔からは小河内ダムの堤体を見下ろすように眺められます。

      20170531 小河内ダム」12



展望塔からの奥多摩湖の眺め。

      20170531 小河内ダム」13

天端から眺める奥多摩湖とは、またちょっと違った雰囲気。



こちらが、小河内ダムのダムカード。

      20170531 小河内ダム」15


      20170531小河内ダム16
  


東京都のダムカードはこの小河内ダムのダムカードのみ。
これで千葉県、東京都のダムカードは制覇。

関東圏のダムカード、とりあえず頑張って集めてみよう。


    
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2017/06/22 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

多摩川八景   《 奥多摩湖 》   (2017年5月31日)(東京都西多摩郡奥多摩町) 

5月31日 公休日

この日は、奥多摩方面に出かけました。

檜原村から檜原街道を北上。
一路、奥多摩湖を目指します。


檜原街道をさらに進むと、別名『奥多摩周遊道路』と呼ばれる
かつての奥多摩有料道路になります。

若かりし頃、バイク乗りは休日になると、
奥多摩有料道路に繰り出したモノでした。
もう、あれから何年に、いや何十年になるんだろうか?

車で旧・奥多摩有料道路を走るのも30年振り?

料金所は撤去されましたが、コーナーの続くアスファルトの道は
あの頃のままです。


久しぶりに来た、月夜見第1駐車場。

      20170531 奥多摩湖01

かつては、休日ともなればバイクの走り屋が集結していた場所。


ここは、それなりに展望が長けている。

      20170531 奥多摩湖02



眼下に見える奥多摩湖。

      20170531 奥多摩湖03


      20170531 奥多摩湖04


      20170531 奥多摩湖05


実は、この奥多摩湖が奥多摩に向かった目的地。



奥多摩周遊道路を駆け下り、奥多摩湖に到着。

      20170531 奥多摩湖06



奥多摩湖は正式名称を小河内貯水池と言い、
奥多摩町と山梨県の丹波山村、小菅村に跨る東京都水道局管理の人造湖です。
1957年(昭和32年)多摩川を小河内ダムによって堰き止めて造られました。
竣工当時、水道専用貯水池としては世界最大規模の貯水池でした。
すなわち、東京都民に水瓶であり、多摩川の原点であります。

多摩川八景の一つにも選ばれています。

      20170531 奥多摩湖07

ちなみに、多摩川八景とは多摩川への関心を高め、
河川環境整備の方向性を探ることを目的として、
市民の投票をもとに1984年(昭和59年)に選定されました。
その内訳は、

①多摩川の河口 (神奈川県川崎市)
②多摩川台公園 (東京都大田区)
③二子玉川兵庫島 (東京都世田谷区)
④多摩川大橋付近の河原 (東京都昭島市)
⑤玉川上水 (東京都福生市)
⑥秋川渓谷 (東京都あきる野市、檜原村)
⑦御岳渓谷 (東京都青梅市)
⑧奥多摩湖 (東京都奥多摩町)

となっています。


奥多摩湖はダム湖です。
その源になるダムが、こちらの小河内ダム。

      20170531 奥多摩湖08


      20170531 奥多摩湖09


      20170531 奥多摩湖10



湖畔の園地にある碑。

      20170531 奥多摩湖11

ダムの碑でもなく、奥多摩湖の碑でもなく
『湖底の故郷』の歌碑です。
 
小河内ダムの建設により、全村が水没することになった旧・小河内村。
強制的に移転させられ、故郷を失った村民の悲しみの詩が刻まれています。



四阿もあるので、ちょっぴり休憩いたしましょう。

びいすけ もオヤツの時間にいたしましょう。

      20170531 奥多摩湖12


      20170531 奥多摩湖13


      20170531 奥多摩湖14



園地に展示されていた旧浮橋のドラム缶。

      20170531 奥多摩湖22

奥多摩湖にある2ヶ所の浮橋。
以前は、このようにドラム缶を使って浮橋を架けていたそうです。
現在は、ドラム缶の代わりにプラスチックのものに代わっています。

浮橋は麦山地区と留裏地区の2ヶ所。
麦山の浮橋は駐車場が無さそうなので、今回はパス。


こちらが留浦の浮橋

      20170531 奥多摩湖15


注意書きが張り出されています。
実際にこの浮橋を渡ることもできるようです。

      20170531 奥多摩湖16



まずは、先陣を切って もっちゃん が浮橋を渡ります。

      20170531 奥多摩湖17


最初は足を突っ張って嫌がっていた びいすけ ですが
もっちゃん に置いていかれると思って
意を決したようです。

      20170531 奥多摩湖18


とは言え、この浮橋意外に揺れる。
恐る恐る浮橋を進みます、

      20170531 奥多摩湖19


      20170531 奥多摩湖20


もっちゃん はまもなく対岸へ着いちゃいます。

      20170531 奥多摩湖21


まぁ、対岸に着いても何もないから
また浮橋を渡り直す羽目になりますが................

今度は麦山地区の浮橋にも挑戦してみたいなぁ

奥多摩湖、魅力いっぱいの場所ですね。






2017/06/21 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

払沢の滝周辺.........豆腐屋さんとドッグラン  (2017年5月31日)(東京都西多摩郡檜原村) 

5月31日  公休日

この日は、奥多摩方面に出かけました。

四季の里でお昼を食べたあと、周辺を散策していました。



まずは、当初の目的である豆腐屋さんを覗きます。

      20170531払 沢の滝周辺02


どうやら、近隣では有名な豆腐屋さんみたいです。

      
20170531払 沢の滝周辺01

何気に数人の来客がいました。



店名は 『 ちとせ屋 』

      20170531払 沢の滝周辺03



豆腐以外にも、豆乳やうの花を使ったドーナツを販売しています。

      20170531払 沢の滝周辺04



とうふミルクと言うソフトクリームもあり。

      20170531払 沢の滝周辺05

まだ、お昼を回ったばかりだから、今豆腐を買っても
まっすぐ実家に帰るわけじや無いから
木綿豆腐を2丁、取り置きしてもらって、夕刻に引き取ることににしました。


そして、『うの花ドーナツ』と『とうふミルク』をお買い上げ。

もっちゃん から、ソフトクリーム(とうふミルク)を貰う びいすけ 。

      20170531払 沢の滝周辺06



ソフトクリームには、目のない びいすけ 。
当然、美味そうにいただきます。

      20170531払 沢の滝周辺07




四季の里の前に、こんな看板。

      20170531払 沢の滝周辺08

ドッグランがあるようです。
ちょっと覗いてみましょう。


坂道を下って行くと、ドッグランが見えます。

      20170531払 沢の滝周辺09



ドッグランの入り口に貼り出された案内。

      20170531払 沢の滝周辺10

¥200円とは安い!!



普段から無人のドッグランの様で、料金はこちらのポストに入れるシステムになっています。

      20170531払 沢の滝周辺11



ドッグランと言っても、走らない びいすけ 。
毎度恒例の匂い嗅ぎ。

      20170531払 沢の滝周辺12



どうやら、個人で作られたドッグランの様で
遊具も手作りのようです。

      20170531払 沢の滝周辺13



ドッグランのオーナーはビーグルの飼い主さん?
フェンスに飾られた ビークルの看板。

      20170531払 沢の滝周辺14


庇のある休憩所に置かれた写真を拝見したら
やっぱりビーグルの飼い主さんでした。



一通り匂い嗅ぎをしたら、今度はドッグラン内の徘徊、

      20170531払 沢の滝周辺15


      20170531払 沢の滝周辺16


平日だし、あまり知れ渡っていないドッグランだから
今日は訪れる人も無さそうです。

      20170531払 沢の滝周辺17


15分程度のドッグランでの徘徊ですが
コレはこれで、 びいすけ にとっては息抜き?


それでは駐車場に戻りましょう。

      20170531払 沢の滝周辺18



この日、奥多摩方面に向かっているんだけど
まだ奥多摩には至っていない。

さあ、奥多摩へ移動しましょう。




2017/06/20 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

四季の里   (2017年5月31日)(東京都西多摩郡檜原村) 

5月31日  公休日

この日は、奥多摩方面へ出かけました。


檜原村にある 払沢の滝 を見た後に、ちょうどお昼の時間となりました。

本日のお昼は、こちら。

      20170531四季の里01


払沢の滝 の無料駐車場の前にある 四季の里

      20170531四季の里04


      20170531四季の里05



この 四季の里 でお昼を食べるのも、今日の目的一つ。

      20170531四季の里02


店内はわんこNGですが、テラス席はOK。

      20170531四季の里03


      
そして、開店時間は11時半。
開店直後に来店するのも、実は計算の内。

空いてる内にテラス席を確保いたしましょう。

      20170531四季の里06


      20170531四季の里07



メニューは、こちら。

      20170531四季の里08


そして、御目当の 『 本日の昼食 』

      20170531四季の里09

1日10食限定。



父さんは、『舞茸と季節の野菜の天ぷら定食』(税込価格¥1150)
もっちゃん は『本日のひるげ』(税込価格¥1150)をオーダーしました。

ゴメンねぇ、わんこメニューは無いから
びいすけ は水でも飲んでもらいましょう(笑)。

      20170531四季の里10



程なくして、運ばれて来ました。

こちらが、『本日のひるげ』。

      20170531四季の里11



こちらが、『舞茸と季節の野菜の天ぷら定食』。

      20170531四季の里12


各々のおかずをシェアして、美味しくいただきました。


びいすけ にもお裾分け。

『本日のひるげ』の中から
ふきのチキンロール のふき抜き。
要は、チキンロールのほとんどは びいすけ の口へ。

      20170531四季の里13


間違っても、父さんの指をかじらないでね。

      20170531四季の里14

びいすけ の名誉のために一応...............

左手親指の包帯は びいすけ にかじられたモノではなく、
仕事で怪我をしたものですから、誤解のないように。


チキンロールを完食してご満悦な びいすけ 。

      20170531四季の里15


さぁ、お腹もいっぱいになりました。
ご馳走さまでした...............。



2017/06/19 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

払沢の滝  (2017年5月31日)(東京都西多摩郡檜原村) 

5月31日  公休日

個人的な連休初日。

5月25日の夜から八王子の実家に里帰り中。
仕事の日は、八王子の実家から職場に通い、
びいすけ 共々、実家ライフを満喫しております(笑)。


私 と もっちゃん の休みが合ったこの日、
奥多摩方面へ出かけました。

奥多摩町に隣接する檜原村。
檜原村には、『日本の滝百選』に選ばれている 払沢の滝 があります。
たまたまって言うか、払沢の滝近くの豆腐屋さんの豆腐が欲しくて
檜原村に立ち寄りました。

豆腐屋さんもさることながら、先ずは観光。
払沢の滝から参りましょう。


払沢の滝へは、無料駐車場から徒歩15分(?)
案内板が導いてくれるので迷わずに辿り着く事が出来ます。

      20170531 払沢の滝01



この橋を渡ったら左折。

      20170531 払沢の滝02


ウッドチップの敷かれた散策路を歩きます。

      20170531 払沢の滝03


実は払沢の滝に来るのは、コレで2回目。

      20170531 払沢の滝04

一度来たことのある場所だと距離感が分かるから
ペースもコントロールしやすい。
びいすけ と もっちゃん のペースでゆっくり歩きます。

ウッドチップの感触を味わいながら歩いて行くと
やがて前方に払沢の滝が見えて来ます。

      20170531 払沢の滝05


      20170531 払沢の滝06



払沢の滝は、東京都で唯一『日本の滝百選』に選ばれている滝です。
秋川の源流の沢の奥地にある落差62m・全4段からなる滝です。
しかしながら、4段のうち、遊歩道で見られるのは落差約23.3mの最下段です。
近隣の飲料水にもなっている清水が、木漏れ陽の中でキラキラと輝きながら
滝壺へと注ぎ込まれる様は、やはり『日本の滝百選』に選ばれるだけあります。



払沢の滝に近づいてみましょう。


沢に架かる小さな橋の上から。

      20170531 払沢の滝07


この辺りからだと、そんなに大きな滝には見えない。

      20170531 払沢の滝08



沢の岩の上に移動してみましょう。

      20170531 払沢の滝09



カメラが寄りすぎて、滝の全体が把握しづらいし、
落差もあまり感じられない。

      20170531 払沢の滝10


      20170531 払沢の滝11


かえって、沢から少し離れて見た方が
スケールは大きくみえるようです。

しかし、実際はこんな感じ。
最下段の直瀑。
      20170531 払沢の滝12



もっちゃん と びいすけ が滝の大きさを知る良い基準。

      20170531 払沢の滝13

残念ながら、水量は思ったほどは無く
滝の飛沫を浴び、全身にミストを感じるまでには至らなかった。

でも、この びいすけ の表情を見ると、来て良かったと思っちゃう。

      20170531 払沢の滝15

しっかりと滝の雰囲気は味わいました。


滝から、駐車場への帰り道。
軽快なテンポで闊歩する びいすけ 。

      20170531 払沢の滝14


この日は、出発するのが遅くなり
八王子の実家を9時過ぎに出て、時刻も11時半近く。

少し早いけど(実は計算していたりして...............)  
お昼の時間といたしましょう。



   

2017/06/18 Sun. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茅倉の滝   (2016年4月30日)(東京都西多摩郡檜原村) 

4月30日   公休日

この日は、檜原村に廃校&滝巡りに出かけました。


藤倉小学校をあとにして、実家のある八王子へと向かうべく
藤原・倉掛地区より都道205号を一気に駆け下りるように走っていると、
進行方向左手に、こんな看板が目に留まった。

      20160430茅倉の滝01


檜原村では、お馴染みの滝の案内板(説明板)。
慌てて、路肩の安全なスペースに車を停めて確認します。


『 あれ? 茅倉の滝? 』

      20160430茅倉の滝02


      20160430茅倉の滝03

事前に調べた檜原村の滝情報から漏れていた?
気付かなかったなぁ。


どうやら、この都道の茅倉橋の上から眺めるだけの滝らしい。

      20160430茅倉の滝04

落差は18m。

確かに橋の上から眺めることが出来ます。

      20160430茅倉の滝05



橋から下に降りる道を探しますが、そんなモノはありません。

      20160430茅倉の滝06



沢の両側は崖になっていて、降りるのは無理。
北秋川から沢を上るのもムリっぽい。

      20160430茅倉の滝07


やっぱり橋の上から眺めるしかない。

      20160430茅倉の滝08


まぁ元々、この滝の存在そのものを意識して無かったから
茅倉の滝を眺めることが出来ただけでも良しとしなくちゃ。

帰り掛けの駄賃とは、このことなんだろう。
ちょっぴり得した気分。

檜原村には、払沢の滝を含め、有名・無名のたきが30以上あるらしい。
今日回れなかった滝も幾つかあるから、
次回は、滝巡りでじっくり時間を掛けてみよう。








2016/05/30 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............................藤倉小学校 (2016年4月30日)(東京都西多摩郡檜原村) 

4月30日  公休日

この日は、檜原村に廃校&滝巡りに出かけました。


北秋川小学校をあとにして、向かった先は...............檜原村立藤倉小学校



藤倉小学校は、

明治7年檜原小学校の支校として『包蒙学校』と称して創立する。
明治23年檜原小学校より独立。
昭和33年檜原村立北檜原小学校第二分校となる。
昭和40年北檜原小学校から独立して、檜原村立藤倉小学校と改称する。
昭和61年藤倉小学校、北秋川小学校は檜原小学校に統合され、
藤倉小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。


檜原村の最北部。
藤原地区と倉掛地区にまたがる山奥に藤倉小学校は在りました。

この奥が藤倉小学校。

      20160430藤倉小学校01



こちらが正門。

      20160430藤倉小学校02


      20160430藤倉小学校03



門柱には、表札が残っていました。

      20160430藤倉小学校04



敷地内に入って、正面には平屋建ての校舎(?)

      20160430藤倉小学校05


猫の額のような狭い校庭。

      20160430藤倉小学校06



その校庭で転げ回る びいすけ 。

      20160430藤倉小学校07


必死に匂い付け?

      20160430藤倉小学校08


気になる匂いでもするのでしょうか?

      20160430藤倉小学校09



校庭の隅には、檜原村の廃校ではお馴染みとなった小学校跡の碑。

      20160430藤倉小学校10

『 藤倉小学校跡 』と刻まれています。


遊具類は残されていなくて、唯一残されているのは
崖のコンクリートの壁面に描かれている的(?)

      20160430藤倉小学校11

こちらにボールをぶつけて、遊んでいたのでしょう。


校庭の隅には、お約束(?)の防災倉庫。

      20160430藤倉小学校12



一段高くなった高台にも建物があるようです。

      20160430藤倉小学校13



どうやら、この石段を上がって行くようです。

      20160430藤倉小学校14


上部の建物も校舎のようです。

      20160430藤倉小学校16

ガラス越しに中を覗くと黒板や卓が有り、教室になっていました。


下の建物とは、こちらの階段で繋がっているようです。

      20160430藤倉小学校15


確か、何処かのブログで、この藤倉小学校を借りている団体が在ったようですが
現在は借りていないのでしょうか?
     

管理されている感じがしない、荒れ果てつつある校舎。

      20160430藤倉小学校17


この校舎もいずれ解体されてしまう運命にあるのだろうか?

再利用すると言っても、かなり山奥だから、難しいんだろうなぁ。
山奥に在った小さな学校って言う雰囲気が好きなんだけどなぁ...............。





2016/05/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............................北秋川小学校 (2016年4月30日)(東京都西多摩郡檜原村) 

4月30日  公休日

この日は、檜原村に廃校&滝巡りに出かけました。


北檜原小学校をあとにして、向かった先は...............檜原村立北秋川小学校



北秋川小学校は、

明治7年檜原小学校の支校として『丁々学校』と称して創立する。
明治23年檜原小学校より独立。
昭和33年檜原村立北檜原小学校第一分校となる。
昭和40年北檜原小学校から独立して、檜原村立北秋川小学校と改称する。
昭和59年北秋川小学校と北檜原小学校は檜原小学校に統合され、
北秋川小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。


既に正門はありませんが、見るからに正門跡のような出入り口。

      20160430北秋川小学校01


錆びて赤茶けた看板。

      20160430北秋川小学校02

校庭内を自動車や二輪車で走り回らないで下さい と言うような内容。
かつては悪さをする若僧が多かったのか?


校舎も既に解体されて、校地は更地状態。

      20160430北秋川小学校03


      20160430北秋川小学校04


      20160430北秋川小学校05




元々はお寺の敷地の一部を学校にしたのでしょうか?
校地の隅にはお寺の本堂。

      20160430北秋川小学校06


      20160430北秋川小学校07



なぜか、本堂の前にはトラス。

      20160430北秋川小学校08

イベントか何かの会場に使われているのでしょうか?



本堂に掲げられた扁額には、『東光禅寺』と記されています。

      20160430北秋川小学校09



本堂脇の石碑。

『 北檜原小学校 北檜原中学校 跡 』の碑

      20160430北秋川小学校10

ここまでに、数馬分校、南秋川小学校、南檜原小学校、共励小学校、北檜原小学校と巡ってきたけれど
数馬分校以外は、この小学校跡の碑が建っていた。
檜原村の学校に対する思い入れ、いかに地元の人たちにとって
学校が大切なモノだったのかが計り知れます。



校庭の残る遊具類。

      20160430北秋川小学校11


      20160430北秋川小学校12


      20160430北秋川小学校13



校庭の隅には、お約束(?)の防災倉庫。

      20160430北秋川小学校14



校庭の一画は、ゲートボール場。

      20160430北秋川小学校15

これもお約束とも言える、良くあるパターンです。



しかし、こんなに広い空き地(?)をゲートボール場だけでは勿体ない気がします。

      20160430北秋川小学校16

かと言っても、他に再利用の用途も無さそうだし...............。



昔は小学校へと続く石段でしたが、
校庭を整備した時に上部を塞いでしまったので
用途が無くなってしまった石段。
かつての通学路の名残りです。

      20160430北秋川小学校17

さらに昔は、お寺(東光禅寺)にお参りする参道だったらしい。



学校跡地に、東光禅寺の本堂が建っていると言うことは
元々はお寺の所有地を借りて学校を建てていたのだろうか?
いずれにしても、この地に再び学校が建つことは
おそらく、二度と無いことだろう...............。





2016/05/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............................北檜原小学校 (2016年4月30日)(東京都西多摩郡檜原村) 

4月30日  公休日

この日は、檜原村に廃校&滝巡りに出かけました。


共励小学校をあとにして、向かった先は...............檜原村立北檜原小学校



北檜原小学校は、

明治20年      檜原小学校の小沢分室が設置される。
明治33年      檜原小学校より独立。小沢尋常小学校と称す。
昭和22年      学制改革により、檜原村立北檜原小学校と改称する。
昭和59年      北檜原小学校と南檜原小学校が檜原小学校に統合される。
            北檜原小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。


こちらが、北檜原小学校の正門。

      20160430北檜原小学校01



門柱には、往時の表札が掲げられています。

      20160430北檜原小学校02


      20160430北檜原小学校03
      



この門柱は、昭和13年に建てられたモノのようです。

      20160430北檜原小学校22



2本ある門柱の内、左側の門柱には別な表札。

      20160430北檜原小学校04

実は、北檜原小学校は廃校後、渋谷区の施設として再活用されています。




正門から敷地内に入れば、木造校舎が視界に入ってきます。

      20160430北檜原小学校05


      20160430北檜原小学校06


渋谷区檜原自然の家 として生まれ変わった北檜原小学校。
当然、内部は改修され、外観も補修をされ(?)、今日に至っているようです。

こちらが、正面玄関。

      20160430北檜原小学校07

折しも、ゴールデンウィークで利用者が居ますので
邪魔にならないように、迷惑にならないように敷地内を見学させてもらいます。

      20160430北檜原小学校08


校舎の外周をぐるっと一回り。

      20160430北檜原小学校09


      20160430北檜原小学校10


      20160430北檜原小学校11

一部、増築した部分もあるようです。



校舎前の水飲み場。

     20160430北檜原小学校21

こちらも、作りからして小学校時代のモノ。




校庭の隅には石碑が2基。

      20160430北檜原小学校12



檜原村の廃校ではお馴染みとなった、学校跡の碑。

北檜原小学校跡 と刻まれています。

      20160430北檜原小学校13



こちらは、校舎建築の際の寄付連名の碑。

      20160430北檜原小学校14




校庭に残る遊具類。
子どもが利用する施設だから、
おそらく往時のモノを補修しながら使っているのでしょう。

      20160430北檜原小学校15


      20160430北檜原小学校16


      20160430北檜原小学校17



     20160430北檜原小学校20



先ほどの2基の石碑の脇にはシンボルツリー。

      20160430北檜原小学校18



こちらの倉庫も北檜原小学校時代のモノかもしれません。

      20160430北檜原小学校19



渋谷区が区内の住民に檜原村の自然を満喫してもらうために
住民福祉の一環で再利用されている北檜原小学校跡。
校舎もただ壊して新たな建物に建て替えるのではなく
外観を可能な限りその姿を残し、利用している運用形態に好感が持てます。

可能な限り、このままの姿を残していってくれると
個人的には嬉しい限りです。





2016/05/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............................共励小学校 (2016年4月30日)(東京都西多摩郡檜原村) 

4月30日  公休日

この日は、檜原村に廃校&滝巡りに出かけました。


南秋川小学校をあとにして、向かった先は...............檜原村立共励小学校



共励小学校は、

明治7年      檜原小学校の支校として『共励学校』と称して創立する。
明治23年      檜原小学校より独立。
昭和22年     学制改革により、檜原村立共励小学校と改称する。
昭和57年      旧・檜原小学校と統合して廃校となる。
           (檜原小学校は校地移転して新設される。)

と、このような沿革となっています。


現在、共励小学校の跡地は檜原村郷土資料館となっています。

      20160430共励小学校01


校舎は解体され、郷土資料館の建物が建てられていますが
往時の校舎もこんな感じで建っていたそうです。

      20160430共励小学校02



校門へと続く上り坂。

      20160430共励小学校03

正門へと続く道は上り坂。
学校には、そんなイメージがあります。

正門には門柱はない。
代わりに桜の木が出迎えてくれます。

      20160430共励小学校05



そして、桜の木の根元にはこんなモノが...............

      20160430共励小学校13

何かの像のようですが、詳細不明。
子ども達の卒業製作のひとつでしょうか?




狭い校庭。

      20160430共励小学校04

校舎のように見える郷土資料館。
やっぱり往時の校舎もこんな感じで建っていたそうです。

     

校庭の遊具。

      20160430共励小学校14
     
と言ってもブランコのみ。

ブランコの奥に石碑が並んでいます。



こちらが、石碑群。

      20160430共励小学校06


      20160430共励小学校07



『 共励小学校跡 』の碑。

      20160430共励小学校08

まさしく、廃校の碑と言って良い。
校舎がなくても、二ノ宮像がなくても
この手の碑がぽつんと建っていれば更地でも構わない。
私にとって、この手の石碑は価値があると感じでいます。
これらの類いの碑を見るだけで、訪れた価値があると思っています。



こちらは、国民学校時代に校舎を増改築した際の
寄付された方々の名が記された石碑。

      20160430共励小学校09


      20160430共励小学校10

今まで、多くの廃校を巡り、可能な限りその廃校の沿革を調べ、
このブログに記録として記載してきました。
ただし、国民学校時代については触れないようにしています。

実は、個人的には戦争反対の立場でありますし、
日本が間違った戦争を起こしてしまったと言う考え方は否定できません。

戦時中に小学校が国民学校に改称されました。
ただ、その事実は受け止めたくないので
今までも、そして今後も各小学校の沿革では
そのことに触れません。記載いたしません。



こちらは、共励小学校の校舎建築の寄付された方々の名が刻まれた碑。

      20160430共励小学校11



『共励小学校校舎建築寄付連名』と記されています。

      20160430共励小学校12





敷地の多くは郷土資料館に供されていますが
校庭は、ゲートボール場に利用されているようです。

こちらは、その倉庫のようです。

      20160430共励小学校15


木造平屋建ての建物。
ひょっとしたら、共励小学校の時の倉庫?だったのかもしれません。
はたまた、校舎の一部だったのだろうか?

      20160430共励小学校16


二ノ宮像はありませんでしたが、共励小学校跡の碑はしっかりと残り
郷土資料館として生まれ変わった共励小学校。
この先ずっと、このままの形で残されていくのでしょう...............。












2016/05/26 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit