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び・び・びのびいすけ

ダムカードを集めよう...............霞ヶ浦(西浦) (2017年10月4日)(茨城県行方市) 

10月4日 公休日

昨年からハマっているダムカード集め。

この日は、茨城県の鹿行地区へと出かけました。
この地区に出かけた目的の一つがダムカード集め。
時間に、今年になって茨城県の霞ヶ浦と北浦でダムカードが発行されました。

正確には、ダムではないから何故ダムカードなの?
素朴な疑問が湧きますが...............

印旛沼でも 北沼 と 西沼 の2種類のダムカードが発行されているから
それと同じだと思えば、納得できる。(納得するしかない)(笑)。


そもそも霞ヶ浦は、
茨城県南東部から千葉県北東部に広がる湖です。
湖沼水質保全特別措置法で指定された湖沼です。
西浦・北浦・外浪逆浦・北利根川・鰐川・常陸川の各水域の総体で、
河川法ではこの範囲を「常陸利根川」と呼び、利根川の支川としています。


北浦と霞ヶ浦は、全く別物だと思っていたら、総称が霞ヶ浦で
今まで霞ヶ浦と思っていたのは西浦のことだったんですね。


霞ヶ浦大橋近く、道の駅 たまつくり の裏手の西浦の湖畔に来ました。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦01


霞ヶ浦も広いんだよなぁ。
霞ヶ浦の一部分である西浦も広い。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦02


西浦の先には筑波山。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦03



湖岸の桟橋。
土浦港から観光帆掛船が来るようです。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦04



小さな灯台。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦05



湖岸の道には桜並木。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦06

春は桜の名所でしょうか?



ふと、視界に入った説明板。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦07

昭和13年の6月に、この地方を含め霞ヶ浦界隈にかなり広範囲の洪水があったらしい。
もともと霞ヶ浦界隈は水害に多い地区だったりようです。
その後、霞ヶ浦の流域となる常陸川を改修したようです。



常陸川の改修工事の80周年を記念して建てられた碑。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦08



霞ヶ浦の湖岸から、霞ヶ浦ふれあいランド裏手にはちょっとした公園があります。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦09


      20171004 ダムカード霞ヶ浦10



芝生広場もあって、ちょっとした犬の散歩にも良い。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦11



芝生の匂いを嗅ぎ回る びいすけ もまんざらでは無さそうです。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦12


      20171004 ダムカード霞ヶ浦13



さて、肝心のダムカードですが、
霞ヶ浦ふれあいランドの施設の一部である水の科学館の受付でもらえます。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦14



ダムカードも無事ゲット!

      20171004 ダムカード霞ヶ浦15



こちらが、霞ヶ浦(西浦)のダムカード。

      20171004 ダムカード霞ヶ浦16


      20171004 ダムカード霞ヶ浦17



実は、霞ヶ浦のダムカード(北浦、西浦)を並べると...............

      20171004 ダムカード霞ヶ浦18

印旛沼のダムカードと同じように、霞ヶ浦全体のイラストとなります。
この辺りも、印旛沼のダムカードの二番煎じ?




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2017/11/05 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 たまつくり (2017年10月4日)(茨城県行方市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


霞ヶ浦(西浦)のダムカードを貰いに潮来市から
行方市への移動です。
行方市の玉造地区、霞ヶ浦大橋の辺りは色々な施設が建ち並んでいます。
(と言っても3つですが...............)

一つは、霞ヶ浦ふれあいランド
さらには、水の科学館
そして、残るは...............道の駅 たまつくり

      20171004道の駅たまつくり01


      20171004道の駅たまつくり02


霞ヶ浦大橋のすぐ脇にある『道の駅 たまつくり』。

      20171004道の駅たまつくり09



道の駅の切符の存在を知ってから、
出かけた際には、道の駅に立ち寄ろうと思ってます。


この道の駅にも、かなり昔に立ち寄った記憶がありますが
その時はトイレを借りただけ。

      20171004道の駅たまつくり03


今回は、道の駅の一つのウリである即売所。
こちらの道の駅では、『 行方市観光物産館 こいこい 』に寄りましょう。

      20171004道の駅たまつくり04



テラス席が本来は在るのですが、現在工事中。

      20171004道の駅たまつくり05


      20171004道の駅たまつくり06

10月末には、工事も終わってテラス席も利用可能になるそうです。


びいすけ には申し訳ないけれど、中には入れないから
入口近くにリードを括り付け、外で待機してもらいます。


先ずは、目的の一つ。
道の駅 たまつくり のスタンプ。

      20171004道の駅たまつくり07



そして、即売所の物色。
きゅうり と さつまいも が安い。

      20171004道の駅たまつくり08

すぐさま、レジに並びます。
ついでに、道の駅の切符も購入(実はコレが最大の目的だったりして...............)



こちらが、道の駅の切符。

      20171004道の駅たまつくり10


      20171004道の駅たまつくり11



そして、『 道の駅 たまつくり 』のスタンプ。

      20171004道の駅たまつくり12


スタンプラリーをしている訳じゃないけど
道の駅巡り、ハマっちゃいそうです。



2017/11/05 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

水郷あやめ園 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


潮来市のトライアスロンパーク(茨城県トライアスロン発祥の地)近くの堤防を歩いていたら
何やら公園が視界に入ってきた。
せっかくだから、この公園も散策してみましょう!ってことで
入口に向かって歩いていると、こんな看板が在りました。

      20171004あやめ園01

『 水郷潮来 あやめ園』? ってここなの?


水郷の町潮来は、あやめが有名であやめ園が有るってことは知っていた。
でも愛知県生まれの私は、『あやめ』でもなく『菖蒲』でもなく『杜若(かきつばた)』派。
何と言っても愛知県の県花だし、その杜若で有名な八橋育ち。
潮来のあやめ も 佐倉の菖蒲 も正直軽く見てました。

でも、この『あやめ園』、いかにも観光地って言う雰囲気満載。
こう言った雰囲気は好きだなぁ。

      20171004あやめ02



潮来市内を流れる前川に架かる、いかにも観光用の橋。

      20171004あやめ03



『水雲橋』と言うようです。

      20171004あやめ04



せっかくだから、水雲橋の上から前川の流れと
あやめ園を眺めてみましょう。

      20171004あやめ05


      20171004あやめ06


      20171004あやめ07


      20171004あやめ08


      20171004あやめ09



あやめの時期には季節外れ。
来年のシーズンに向けて、園内は整備工事中のようです。

      20171004あやめ10


      20171004あやめ15




テレビの何かの旅番組で見た事があるけど
潮来は観光用の船が名物。

こちらが船乗り場。

      20171004あやめ11



う〜む、船乗り場は、いかにも観光地っぽい。

      20171004あやめ12



御存知、潮来の伊太郎。

      20171004あやめ13

薄情そうな渡り鳥なんだよね(笑)。



橋幸夫の代表作、『潮来笠』の歌碑。

      20171004あやめ14


      
あやめの花は無いけれど、園内を散策いたしましょう。

      20171004あやめ16



前川沿いに、あやめ園は常陸利根川で方へと続いています。

      20171004あやめ19



湿性植物園ではよく見かける木道。

      20171004あやめ17


実際には、コンクリート製なんですけどね(笑)。

      20171004あやめ18


      
やがて前川は常陸利根川合流するんですが
その直前に水門があります。

      20171004あやめ20



その名も、ズバリ! 『前川水門』

      20171004あやめ21


      20171004あやめ22



水門の脇のちょっとしたスペースには『あやめの碑』

      20171004あやめ23


      20171004あやめ24



あやめの時期じゃないから、大した事が無いように見えるけど
一面にあやめの花が咲いていたら、見事なんだろうなぁ。

      20171004あやめ25


      20171004あやめ26


      20171004あやめ27


      20171004あやめ28


      
今まで、潮来の『あやめ』なんて気にも留めなかったけれど
いかにも、この『あやめ』が観光資源であり、
思い切り観光地である潮来がちょっぴり気に入りました。
機会が有ればあやめの時期にでも見に来よう。
でも犬連れじゃ、難しいかなぁ...............?




2017/11/04 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城県トライアスロン発祥の地 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。

潮来市にある国土交通省 関東地方整備局 霞ヶ浦河川事務所で
北浦のダムカードを入手し、次なる目的地へ移動しようとしていたら
霞ヶ浦河川事務所のすぐ前の川の堤防に石碑を発見!

      20171004トライアスロンパーク01

トライアスロンパークと刻まれています。




『何だろう?』と堤防に上がってみました。

      20171004トライアスロンパーク02



その隣に建つ記念碑。

      20171004トライアスロンパーク03

茨城県トライアスロン発祥の地 と刻まれています。


碑文を読むと...............

茨城県トライアスロン発祥の地

      茨城トライアスロン協会 会長 香取衛 書

  みはるかす緑の台地,豊かなる水の流れをうけて
  今,新しきスポーツの風起こる
  一九八五年八月,この地,常陸利根川に
  若人あい集い,泳ぎ,走り,躍動す
  あゝ素晴らしきかな,自然の恵み
  あゝ素晴らしきかな,自然の生命
  あゝ素晴らしきかな,自然とスポーツの調和
  自然の力を用いて,自然の恩を忘るるは不可なり
  この志魂,永く伝承すべく
  こゝに記念の碑を建立するものなり
    一九九四年五月
      茨城トライアスロン協会
    
協力
      建設省関東地方建設局霞ヶ浦工事事務所
      水資源開発公団霞ヶ浦開発事業建設部


と刻まれています。



色々と調べてみると、昭和58年に 日本初のトライアスロン大会が
島根県皆生温泉で開催されました。
そして、昭和62年に茨城県で初めて「潮来トライアスロン全国大会」が、
この地 霞ヶ浦から流れ出る 常陸利根川で行われました。
それて以来毎年 この発祥碑のある場所をメイン会場にして
スイム1.5km・バイク40km・ラン10kmのコースで全国大会が開催されているそうです。

      20171004トライアスロンパーク04


      20171004トライアスロンパーク05



パーク(公園)と言ってもさほど広くはない。

      20171004トライアスロンパーク06


単なる河川敷の堤防にしか見えない。

      20171004トライアスロンパーク07


メイン会場と言うには狭すぎない?

まだまだトライアスロンの黎明期だった頃には
これぐらいの広さでも大丈夫だったのだろう。



トライアスロン関連の施設?

      20171004トライアスロンパーク08


どう見ても河川を航行する船の桟橋にしか見えない。

      20171004トライアスロンパーク09


背後に見えるのはJR鹿島線の鉄橋。

      20171004トライアスロンパーク10


何も無い河川敷に旬を過ぎた彼岸花。

      20171004トライアスロンパーク11


偶然見つけた、『茨城県トライアスロン発祥の地』。
知らない町でこう言った知らない文化、歴史に触れるのって
意外に楽しい。
ちょっとした発見に、
ちょっとした幸福感を感じるのは気のせい...............?




2017/11/03 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう...............北浦 (2017年10月4日)(茨城県鹿嶋市、潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


当初は、潮来市にある国土交通省 関東地方整備局 霞ヶ浦河川事務所 に向かい
北浦 のダムカードを貰うつもりでした。


午前9時に霞ヶ浦河川事務所に着いたのですが...............

      20171004ダムカード北浦01



フェンスには、こんな張り紙がありました。

      20171004ダムカード北浦02

確かに、事務所の前にあるのは北浦に見えるけど北浦じゃない。
あくまでも北浦を訪問した証が必要だし、それがダムカードのルール。


急遽、北浦に向かいました。
と、言っても北浦を挟んで潮来市の対岸である鹿嶋市に向かい
ついでに、マンホールカードを貰いに行ったり、
鹿島神宮に寄ったりしましたが、一応北浦の湖岸にも立ち寄りました。


そもそも北浦を語る前に、霞ヶ浦に触れないと意味が分からなくなっちゃいます。

霞ヶ浦は、茨城県南東部から千葉県北東部に広がる湖で、
湖沼水質保全特別措置法で指定された湖沼です。
西浦・北浦・外浪逆浦・北利根川・鰐川・常陸川の各水域の総体で、
河川法ではこの範囲を「常陸利根川」と呼び、利根川の支川としています。

すなわち、北浦も霞ヶ浦の一部分であり、北浦と霞ヶ浦は、全く別物だと思っていたら、
この水域の総称が霞ヶ浦で今まで霞ヶ浦と思っていたのは西浦のことだったんですね。



これぞ北浦!って言う場所が無いから
国道365線沿いに車を走らせ、ふと視界に入った石碑。

『 輝け 美田 豊穣』と記されています。

      20171004ダムカード北浦03

北浦沿岸の灌漑工事、水田事業の整備を記念したモノのようです。
碑よりも隣の大黒天が一際目立っています。


碑の背後に見える北浦。

      20171004ダムカード北浦04


      20171004ダムカード北浦05


      20171004ダムカード北浦06



さらに、湖畔へと向かいます。

      20171004ダムカード北浦07


この辺りには『北浦』と明記されたモノはありませんねぇ。

      20171004ダムカード北浦08


視界に入るのは、どんよりとした空と北浦の水辺。

      20171004ダムカード北浦09


      20171004ダムカード北浦10




仕方ないので、潮来市に移動しましょう。


潮来市の北浦湖畔。
国道51号線の神宮橋付近。

      20171004ダムカード北浦11


『北浦』って、しっかり看板に書かれています。

      20171004ダムカード北浦12

これなら問題ないでしょう。


一応、神宮橋をバックに、パチリ☆

      20171004ダムカード北浦13


      20171004ダムカード北浦14


バイパスである新神宮橋も押さえておきましょう。

      20171004ダムカード北浦15



と、言うわけで12時半過ぎ、お昼の休憩時間で遠慮がちに
国土交通省 関東地方整備局 霞ヶ浦河川事務所を訪ねます。

無事、北浦のダムカードを手に入れました。

      20171004ダムカード北浦16

いゃあ、時間が掛かったぁ(笑)。


こちらが、苦労して手に入れた北浦のダムカード。

      20171004ダムカード北浦17


      20171004ダムカード北浦18


ひょっとしたら(ひょっとしなくても)
私にとって茨城県の初ダムカードになる。

地道にコツコツと集めて行きましょう。



2017/11/03 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 いたこ (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区(鹿島・行方)へ出かけました。


鹿島神宮から、北浦 へ立ち寄り証拠の写真を撮って
北浦 のダムカードを貰いに行くわけですが
時刻もお昼近くになりました。
犬連れで食事が出来るお店も知らないし
トイレにも行きたいし...............


そんな訳で立ち寄ったのは...............道の駅 いたこ


茨城県内には13ヶ所の道の駅が在ります。(2014年10月4日現在)
この道の駅に来るのは、多分10年振り?
確か、10年ぐらい前に一度来た記憶があります。
まぁ、久しぶりに立ち寄るのも良いでしょう。

      20171004道の駅いたこ01


おそらく10年前と変わらないであろう建物。

      20171004道の駅いたこ02


とにかく、平日だから空いています。

      20171004道の駅いたこ03

でも、駐車場には、それなりに車が停まっているんだけどねぇ。


一応、案内板で全体像を確認しましょう。

      20171004道の駅いたこ19




何やら特設売店を発見!

      20171004道の駅いたこ04


近寄ってみると...............

なぜか、銚子電鉄のぬれ煎餅。

      20171004道の駅いたこ05

ここって銚子じゃないし...............
おまけにワケありって書いてある。


要は『割れ』や『欠け』の商品を大袋に入れて格安で販売しているようです。


当然、お買い上げ〜!

      20171004道の駅いたこ06

頑張れ! 銚子電鉄!!



こちらは、生鮮品の直売所。

びいすけ は中に入れないから
適当な手すりにリードを括り付け、待機して貰います。

      20171004道の駅いたこ07



先月訪れた『道の駅 みわ 』では野菜が安かったので思わず購入。
味をしめて、チェックいたしました。


形に不揃いなキュウリが10本以上入って180円。

      20171004道の駅いたこ08

すぐさまレジに並んじゃいました(笑)



こちらは、情報館。

      20171004道の駅いたこ09

潮来市の観光その他の情報を得る事ができます。


道の駅のスタンプもこちらに準備されてます。

      20171004道の駅いたこ23

今回は、スタンプ帳代わりの無地のノートを持参したから
迷わずスタンプを押しました。



レストランは時間帯によっては持ち込み自由。

      20171004道の駅いたこ10

でも、ペットは中には入れません。


仕方ないので、テラス席と言うか
レストラン隣のオープンスペースへ。

      20171004道の駅いたこ11



ここなら、わんこ同伴でも文句は言われません。

      20171004道の駅いたこ12


びいすけ のおやつタイム。

      20171004道の駅いたこ13


      20171004道の駅いたこ14


      20171004道の駅いたこ15



期待していたフードコートらしきものが屋外に無く
仕方ないから売店で買ったおにぎりタイム。

      20171004道の駅いたこ16



人の食べてるものを欲しがる びいすけ 。

仕方がないから、具のない部分をあげましょう。

      20171004道の駅いたこ17



この満足そうな顔(笑)。

      20171004道の駅いたこ18


こちらの道の駅では、道の駅の切符が売っていたので、
そちらも当然購入。    

      20171004道の駅いたこ20


      20171004道の駅いたこ21

180円と高い気もするが、一応硬券切符。
まあ、記念になるでしょう。

と言いながらも、この硬券切符を集める気満々(笑)。



そして、こちらが道の駅のスタンプ。

      20171004道の駅いたこ22


いゃあ、道の駅巡りもハマっちゃいそう...............(笑)。


2017/11/02 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鹿嶋市宮中地区商店会連合会の七福神 (2017年10月4日)(茨城県鹿嶋市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区へと出かけました。
鹿嶋市二ある 鹿島神宮近くを散策している時に
鹿島神宮の参道から1本南にある通りの商店街を歩いていました。

      20171004 鹿島商店街七福神01


鹿嶋市宮中地区商店会。
商店街といっても、昨今の地方の商店街のようにシャッター通り商店街。
400mぐらいの通りですが商店の数も少なくなってしまった商店街。

      20171004 鹿島商店街七福神02



インターロックの施された歩道を歩いていると
こんな像を見つけました。

      20171004 鹿島商店街七福神03

『これって、恵比寿じゃん!』

通りの先にも幾つかの像が確認できる。
ひょっとして、七福神が揃ってる?
ならは、全部探しちゃいましょう。

偶然ですが、ふと見つけた七福神。

先ずは、先ほどの恵比寿。

      20171004 鹿島商店街七福神04

恵比寿は、
日本の神様で、漁業、商売繁盛の神として、信仰されています。
日本古来の神様でご神名は小彦名命(疱瘡神社)。
海の守護と商売繁盛、医療医薬、庶民救済の神として、崇敬されています。



さらに歩いていけば、毘沙門天。

      20171004 鹿島商店街七福神05


      20171004 鹿島商店街七福神06

毘沙門天は
インド出身の神様です。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。



そして、次に現れたのは大黒天。

      20171004 鹿島商店街七福神07


      20171004 鹿島商店街七福神0808

大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています。




そして次に登場するのは弁財天。

      20171004 鹿島商店街七福神09


      20171004 鹿島商店街七福神10

弁財天とは
唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。





次なる七福神は、寿老人。

      20171004 鹿島商店街七福神11


      20171004 鹿島商店街七福神12

寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。




次々に登場する七福神。
福禄寿の登場です。

      20171004 鹿島商店街七福神13


      20171004 鹿島商店街七福神14

福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。



いよいよオーラス。
布袋尊です。

      20171004 鹿島商店街七福神15


      20171004 鹿島商店街七福神16

布袋尊は
笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。


たった400mの商店街の両歩道に交互に並ぶ七福神。
おそらく、商店街の繁栄を祈願して建てられたモノでしょう。
効果はあったのか?否かは不明ですが
シャッターの閉まった商店や廃業した商店が気になりました。


話は変わって...............
冒頭の恵比寿像の近くにあったマンホール。

      20171004 鹿島商店街七福神17

鹿嶋市の名が入っていますが、本日入手したマンホールカードとはデザインが違う。
おそらく、こちらのマンホールが以前からのデザインでしょう。
なんと言っても、このデザインのマンホールが商店街の通りに数個あったから、
間違いない。
鹿嶋市のマンホールカードは、
こちらのデザインでも良かったんじゃない?








2017/11/01 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 鹿島神宮の景勝地 》 (2017年10月4日)(茨城県鹿嶋市) 

10月4日 公休日

この日は茨城県の鹿行地区に出かけました。

潮来市から鹿嶋市へ移動し、鹿嶋市のマンホールカードを入手した後に
向かった先は...............茨城百景 《 鹿島神宮の景勝地 》


個人的に追いかけている茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地を『茨城百景』として選定しました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もありますが...............)

そんな訳で、『茨城百景 鹿島神宮の景勝地』の碑は
以前、訪れたことのある塚原卜全の生誕の地に在ります。

鹿島神宮の近くであり、鹿島神宮駅からも近い位置にある公園。
そちらが、鹿島神宮の景勝地だったようです。

      20171004茨城百景鹿島神宮01



茨城百景の地よりも、塚原卜全の生誕の地として知れ渡っているようです。

      20171004茨城百景鹿島神宮02



『塚原卜全公園』だと思っていたら、違っていた。
正式には、『鹿詰公園』と言うらしい。

      20171004茨城百景鹿島神宮03



こちらが、茨城百景の碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮04



公園の隅にひっそりと建っています。

      20171004茨城百景鹿島神宮05



そして、茨城百景の碑の隣には、塚原卜全についての説明板。

      20171004茨城百景鹿島神宮12



なぜか、この小さな公園には碑が多い。


こちらが、公園の竣工記念の碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮06



そして、この公園のメインとも言える『塚原卜全の像』。

      20171004茨城百景鹿島神宮07


      20171004茨城百景鹿島神宮08



像の隣に建っている碑によれば
塚原卜全の像は、生誕五百年を記念して建立されたモノらしい。

      20171004茨城百景鹿島神宮09



そして、一際大きな碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮10

かなり古い碑とは思うけど、碑文が良く読めない。
結局、何の碑かはわからない。



そして、なぜかこの公園にも野口雨晴の詩碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮11

やはり、地元・茨城県が生んだ著名な童謡作家だからなんだろうか?



      
肝心の茨城百景の景勝地ですが.................
昭和25年にはこの辺りには何もない原っぱか何かだったのだろう。

でも、現在はと言えば
すっかり様変わりしてしまったことでしょう。
宅地開発され、鹿島神宮の方角には数件の住宅が建っています。

      20171004茨城百景鹿島神宮13


      20171004茨城百景鹿島神宮14




まあ、ここから鹿島神宮は近いから
のんびり歩いてみましょう。



参道で見かけた七福神の布袋尊。

      20171004茨城百景鹿島神宮15


      20171004茨城百景鹿島神宮16


すぐ近くには、サッカーボールの碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮17

これは地元のサッカークラブ、鹿島アントラーズからの寄贈品。
Jリーグ創設時からの名門であり、強豪クラブである鹿島アントラーズの
長きに渡る栄誉が讃えられています。

そう言えば、鹿島アントラーズのマスコットキャラクターの『しかお』は
鹿島神宮の鹿をモチーフにしたらしい。




平日だから、鹿島神宮に訪れる人も少なく
参道はひっそりとしています。

      20171004茨城百景鹿島神宮18




参道の先は鹿島神宮。

      20171004茨城百景鹿島神宮19


      20171004茨城百景鹿島神宮20

鹿島神宮には神聖な鹿も居て、境内のペットの立ち入りはNG。

参拝したかったけれど、 びいすけ を置いてまで参拝する気にはなれず
鳥居の前で、二拍二礼をして離れることにいたしました。





2017/10/31 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう 《鹿嶋市マンホールカード》 (2017年10月4日)(茨城県鹿嶋市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。

当初は、茨城百景 水郷潮来 の地である稲荷山公園をあとにして
北浦 のダムカードの配布先である

国土交通省 関東地方整備局 霞ヶ浦河川事務所 に向かいました。



ところが、霞ヶ浦河川事務所のフェンスに

『北浦 を訪れてから、この事務所に来て下さい』

と、言ったような趣旨の張り紙があり、
急遽 北浦 へと向かうことにしました。


北浦 に行くって言う事は、潮来市と鹿嶋市の市境になる。
ならば、橋を渡って鹿嶋市に行っちゃえ!
と、鹿嶋市のマンホールカードをもらう為に
場所を間違えながらも、鹿島アントラーズのクラブハウスにやって来ました。

(実は、売店の開店まで1時間近く、近くのもこあを散歩していました。)


そもそもマンホールカードとは、
下水道を市民の皆様に慣れ親しんでもらうために、
『下水道プラットホーム(GKP)』が企画・監修するご当地コレクションアイテムです。
平成28年4月の第1弾から多くの自治体・団体がマンホールカードを発行し、
今年の8月に第5弾が発行されました。
現在194自治体で227種のマンホールカードが発行され、
ひそかなブームになっているようです。





さあ、10時になりました。
クラブハウス内の売店も開店です。

      20171004 鹿嶋市マンホールカード01



クラブハウス前では、 マスコットキャラクターの『しかお』がお出迎え(笑)。

      20171004 鹿嶋市マンホールカード02



びいすけ はクラブハウスには入れないから
駐車場の看板の支柱にリードを括り付け
暫し、この場所でお留守番。

      20171004 鹿嶋市マンホールカード05





無事、マンホールカード手に入れました!

      20171004 鹿嶋市マンホールカード06




『しかお』の前ではい、ポーズ。

      20171004 鹿嶋市マンホールカード08



『しかお』の前にあるマンホールが、カードのデザイン。

      20171004 鹿嶋市マンホールカード09



      20171004 鹿嶋市マンホールカード07




せっかくだから、クラブハウスをちょっぴり覗いていきましょう。
     

残念ながら、アントラーズの選手は誰も居ません。

      20171004 鹿嶋市マンホールカード03

と、言ってもあんまりJリーグの選手には詳しくないし。
唯一、顔と名前が一致するのは 小笠原 ぐらいかな?


綺麗に芝を管理しています。

      20171004 鹿嶋市マンホールカード04

     
手に入れたマンホールカードがこちら。
第5弾として8月1日から配布されたようです。

      
20171004 鹿嶋市マンホールカード10


      20171004 鹿嶋市マンホールカード11


手にしてみると、なかなか良い。
う〜む、マンホールカード、侮れない。

ハマってしまいそう...............(笑)。



2017/10/30 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

高松緑地公園 (2017年10月4日)(茨城県鹿嶋市) 

10月4日 公休日


この日は、茨城県の潮来市を軸に鹿行地区に出かけました。

当初は、茨城百景 水郷潮来 の地である稲荷山公園をあとにして
北浦 のダムカードの配布先である国土交通省 関東地方整備局 霞ヶ浦河川事務所 に向かいました。



ところが、霞ヶ浦河川事務所のフェンスに

『北浦 を訪れてから、この事務所に来て下さい』

と、言ったような趣旨の張り紙があり、
急遽 北浦 へと向かうことにしました。


北浦 に行くって言う事は、潮来市と鹿嶋市の市境になる。
ならば、橋を渡って鹿嶋市に行っちゃえ!



と言うのも鹿嶋市は、マンホールカードなるものを発行していて
鹿島アントラーズのクラブハウスの売店で配布しているらしい。
と言う訳で、鹿島アントラーズのクラブハウスを目指す訳ですが、
ここで大きな間違いをしてしまいます。
てっきり、クラブハウスって、鹿島スタジアムの中に在ると思って、
鹿島スタジアムに向かってました。
クラブハウスの場所はべつな場所って言う事を教えてもらい
クラブハウスには9時ちょっと過ぎに到着したものの
売店の開店は10時。

え〜! あと1時間近くある...............

仕方ないので、周辺を散策していたら、
近くにこんな公園を見つけました。

      20171004高松緑地公園01

偶然、見つけた公園...............高松緑地公園


緑地公園って、過去の経験から言うと、
犬連れNGって言うパターンが多い。
恐る恐る中に入って行くと、こんな看板。

      0171004高松緑地公園09

よっしゃああ!
わんこOK。

これで1時間近く、時間を潰せます。


先ずは、園内図を確認。

      0171004高松緑地公園02

体育館やグランド、プールにテニスコートが有り
緑地公園って言うよりは、スポーツ公園(運動公園)って言う感じ。



それでは、公園内を散策いたしましょう。

      0171004高松緑地公園03



こちらが体育館。

      0171004高松緑地公園04

ちょっぴり古そうですが、一応 市民体育館 となってます。


鹿嶋市は、2020年の東京オリンピックのサッカーの会場の一つになっているようで
鹿嶋市も力を入れているようです。

      0171004高松緑地公園05



体育館前の噴水広場?


おっかなびっくりで、覗きこむ びいすけ 。

      0171004高松緑地公園06


無理しないで、普通に『はい、ポーズ!』

      0171004高松緑地公園07



1周900mのジョギングコース(ウォーキングコース)があるから
そちらを散歩いたしましょう。

      0171004高松緑地公園08


      0171004高松緑地公園10


軽快に闊歩する びいすけ 。

      0171004高松緑地公園11


そこそこ芝生が綺麗。
しっかり管理されているグランド。

      0171004高松緑地公園12



何やら看板が...............。

      0171004高松緑地公園13



よく見ると、有料のグランドだから
犬の立ち入りは当然禁止。

      0171004高松緑地公園14



残念。
ウォーキングコースを引き続き歩きましょう。

      0171004高松緑地公園15



ちょっとした芝生広場を発見。
ここには、例の看板は無い。

      0171004高松緑地公園16


って言うかとは、立ち入りOK?

って言うか、 びいすけ 弾けまくってます(笑)

      0171004高松緑地公園17


ドッグランじゃ走らないんだけど
芝生の公園だと走ったりするんだよなぁ。

      0171004高松緑地公園18



そんなことを思っていたら、いきなりのローリング。
背中を地面に押し付けて、恍惚の表情。

      0171004高松緑地公園19



一体、何が気持ち良いんだろうねぇ?

      0171004高松緑地公園20



ちょっぴりテンションが昂っているみたいだから
ここは落ち着かせましょう。

『 座って! 』
『 待て!! 』

      0171004高松緑地公園21



この芝生広場は意外に穴場かも?

      0171004高松緑地公園22



時間調整の為に立ち寄った公園ですが
ウォーキングコースの散歩も意外に楽しい。

      0171004高松緑地公園23


      0171004高松緑地公園24



偶然とは言え、おそらく来る事などあり得なかった公園。
でも、この高松緑地公園はちょっとした散歩には御誂え向き。
でも、その割には散歩しているワンちゃんには出会わなかったなぁ。



さて、時刻もまもなく10時。
鹿島アントラーズのクラブハウスに戻りましょう。







2017/10/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 水郷潮来 》 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


茨城百景 水郷牛堀 をあとにして、向かった先は...............茨城百景 水郷潮来


昭和25年に選定された茨城百景。
茨城県内の100の景勝地を選定して、『茨城百景』としました。

水郷の町として名高い潮来も茨城百景に選定されています。
以前、訪れた 稲荷山公園 が茨城百景の選定地であり、
公園内に百景の碑が建っています。

今回、改めて稲荷山公園に訪れてみました。

      20171004茨城百景潮来01



こちらが、茨城百景の碑。

      20171004茨城百景潮来02


      20171004茨城百景潮来03



稲荷山公園は水郷の郷を見下ろすように高台にあり、
その名が示すように稲荷神社もあります。

ちょっとした四阿もあって休憩も出来ます。

      20171004茨城百景潮来04



四阿の脇から眺望は開けています。

      20171004茨城百景潮来05

ただし、この日は曇り空。
この方向に富士山が見えるようですが...............
やっぱり今日も無理。


敷地の一角に建つ展望台。

      20171004茨城百景潮来06


当然、展望台へも上がります。
富士山は、この先にあるのですが
やはり、厚い雲で見えない。

      20171004茨城百景潮来07

一応、この場所も『関東の富士見百景』の地なんだけどなぁ。



眼下に広がる水郷の町、潮来。

      20171004茨城百景潮来08


      20171004茨城百景潮来09


      20171004茨城百景潮来10




展望台の前に建つ石碑。

      20171004茨城百景潮来11

中山晋平 と 野口雨晴 の詞碑。


こちらは、中山晋平と野口雨晴の詞碑の建立記念の碑。

      20171004茨城百景潮来12

中山晋平は多くの童謡・流行歌・新民謡などを残した作曲家です。

一方、野口雨情は多くの名作を残し、北原白秋、西條八十とともに、
童謡界の三大詩人と謳われた詩人であり、童謡・民謡作詞家でもありました。
名作である童謡『赤い靴』は、野口雨晴の作詞とされています。







稲荷山公園の名の語源となった稲荷神社。

      20171004茨城百景潮来13


      20171004茨城百景潮来14


      20171004茨城百景潮来15



本殿奥の高い2本の杉が御神木。

      20171004茨城百景潮来16



潮来ってまともに観光したことは無かったし
正直、この時点では大したことの無い町だと思ってました。

後に、チョットしたショックと言うか、
驚かされる現実を目の当たりにするんだけど
(ちょっぴり大袈裟かな?)(笑)
それは、また何れかの機会にでも...............。





2017/10/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 水郷牛堀 》 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

10月最初の公休日。
早いもので、今年もあと3ヶ月を切りました。

休みの前に、色々と出かける計画は立てているものの
朝起きたら雨とか、昼から雨が降るなんて言う天気予報だと
心が折れて、出かけるのを躊躇して腰が重くなっていた昨今。
半月(?)振りに霞ヶ浦界隈に出かけることにしました。


曇り空の中、朝6時に自宅を出発。
向かった先は茨城県の潮来市。
そして、訪れたのは...............茨城百景 水郷牛堀


個人的に茨城県の景勝地である茨城百景を追いかけています。
百景の地を訪れ、その景観を眺めるのも当然ですが
茨城百景の碑を探し当てるのも、追いかけてみると楽しみの一つになっています。

ただ、昭和25年に選定された茨城百景。
その後67年が経ち、往時とは景観も変わり
選定記念に建てられた茨城百景の碑も現存しない所も在るようです。

さて、茨城百景 水郷牛堀 ですが...............

江戸時代に日本全国を歩き回った葛飾北斎は富嶽三十六景を描き残しました。
その中の1枚である『常州牛堀』は、権現山からの風景であり、
北斎が『常州牛堀』を描いた場所と言われています。
現在、権現山は権現山公園として市民に開放され、
天気の良い日には、筑波山と富士山を同時に見ることができるそうです。
公園には展望台があり、そこから北斎が目にしたは富嶽三十六景富岳の景色を
偲ぶことが出来るそうです。


こちらが公園入口、

     20171004茨城百景牛堀01


そして、案内板。

      20171004茨城百景牛堀02

実は、この権現山公園に来るのは2回目。
潮来市の公園巡りをしている時に訪れました。
それ以前は、桜の名所だと言うことぐらいしか知らなかった。


桜の名所だけあって、駐車場脇には綺麗目な芝生に桜の木々。

      20171004茨城百景牛堀03



展望台近くに茨城百景入選記念碑。

      20171004茨城百景牛堀04

百景に碑じゃなくて、入選記念碑って言うのが他の百景の地と変わっています。


入選記念碑の前で一枚、パチリ☆。

      20171004茨城百景牛堀05



入選記念碑の隣には、『きずな之像』。名誉市民 森内捷夫氏の像。

      20171004茨城百景牛堀06


旧・牛堀町の町長を務め、潮来市の名誉市民である森内捷夫氏の碑。

      20171004茨城百景牛堀07

『きずな之像』に並ぶように建っています。




これらの碑の正面には、展望台。

      20171004茨城百景牛堀08



筑波山や富士山も見えると言うことですが
生憎の曇り空。

      20171004茨城百景牛堀09



霞ヶ浦を見渡せるこの景色が、『 富嶽三十六景 常州・牛堀 』なんですね。

      20171004茨城百景牛堀10


      20171004茨城百景牛堀11

実は、この地は『 関東の富士見百景 』の一つであるが
例の碑が見当たらない。


公園内を移動しましょう。

      20171004茨城百景牛堀12



潮来の市街地方面も曇り空。

      20171004茨城百景牛堀13



びいすけ は、やっぱり芝生広場かな?

      20171004茨城百景牛堀14



芝生の感触を確かめるかのようにゆっくりと徘徊。

      20171004茨城百景牛堀17



そして、芝生の匂いを必死に嗅いで...............

      20171004茨城百景牛堀19




いきなりのごろ〜ん。

      20171004茨城百景牛堀18


      20171004茨城百景牛堀15


      20171004茨城百景牛堀16


地面に背中を擦り付けてスリスリ。
気持ち良いのかなぁ?      


    
見た感じ、綺麗な芝生広場。

      20171004茨城百景牛堀20

春には満開の桜の花が待っている。
その頃に、もう一度来てみるかな...............。






2017/10/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 御前山 》 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。


常陸大宮市に那珂川を挟んで隣接する城里町に
茨城百景があると知り訪れてみました。


常陸大宮市から那珂川大橋を渡り、城里町に入った辺りから
眼前に見えるのが、 茨城百景 御前山


茨城百景の碑は、那珂川大橋の近くに在るとのことですが
その辺りに駐車場は無いので、御前山の近くにある、
道の駅『かつら』の駐車場をお借りしちゃいましょう。

      20170914l茨城百景 御前山01


ついでに、ちょっぴり小腹も空いたから
休憩でもしちゃいましょう。

って思っていたら、屋外の売店はちょうど閉店作業中。
16時に店終いのようです。
残念!

      20170914l茨城百景 御前山02


      20170914l茨城百景 御前山03



気を取り直して、茨城百景の碑を探しに行きます。
茨城百景の碑は、御前山バス停近くの斜面に建っているらしい。


バス停、発見!

      20170914l茨城百景 御前山04


近くの斜面に目を移し、茨城百景の碑を探します。

時期が悪いのが?
それとも常陸大宮市の在る場所が悪いのか?
伸びている雑草や木々の茂みに隠れて
肝心の碑が良く見えません。

      20170914l茨城百景 御前山05

画像では見づらいですが、この茂みの中に碑があるのは間違い無い。
うっすらと丸っぽい碑が見えるんだよなぁ...............
よっぽど、日頃の行いが良くないのか?(笑)



碑の建っている斜面の背後が御前山。

      20170914l茨城百景 御前山06

この日は、すでに16時過ぎ。
さすがに、これから山に向かうのは気がひける。


近くの那珂川近辺を散策いたしましょう。

      20170914l茨城百景 御前山07



那珂川大橋越しに眺める御前山。

      20170914l茨城百景 御前山08



那珂川大橋からの那珂川。

      20170914l茨城百景 御前山09



橋の欄干の隙間から覗き込む びいすけ 。

      20170914l茨城百景 御前山10



本当は水が怖いくせに(笑)

      20170914l茨城百景 御前山11



那珂川の河原に降りてみました。

鮎釣りに興じる人もそれなりに居る。

      20170914l茨城百景 御前山12


      20170914l茨城百景 御前山13



御前山のハイキングコースの途中に滝もあるらしいから
本当は御前山のハイキングコースを歩いてみたかったんだけど
今回は断念。

次回にでも、しっかりと茨城百景の碑を確認して
滝の流れでも眺めることにしよう。






2017/10/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............... 長田小学校 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。

常陸大宮市の廃校巡り、その第15弾は...............旧・山方町立 長田小学校


長田小学校の詳しい沿革は不明ですが
こちらの前に訪れた塩田小学校閉校記念碑の中に
そのヒントはありました。

長田小学校は、

明治22年に設立された塩田村立尋常小学校のぶんが始まりのようです。

明治25年     独立して塩田第二尋常小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により、塩田村立塩田第二小学校と改称する。
昭和30年     塩田村の一部(長沢・ら長田・照田の一部)が山方町に編入され
           山方町立長田小学校と改称する。
平成15年     野上小学校、小貫小学校と合併して新たに山方南小学校が開校。
           長田小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。


長田小学校の敷地は現在、NPO法人『おさだの杜』として
障害者の自立支援及び就労支援のための施設となっているようです。

さすがに犬連れで敷地内に入るのはマズイと思い
県道沿いの正門前から敷地内を覗きます。

こちらが正門。

      20170914長田小学校01


      20170914長田小学校02

正門の門扉の奥に何やら石碑が見えます。
どうやら、廃校(閉校)記念の碑のように見えます。




門には、往時の表札が掲げられています。

      20170914長田小学校03

この表札は卒業製作と言うか、卒業記念の品。
さすがに簡単に撤去は出来ないでしょう。




先ほどの碑を近くで見たくて、
受付で見学をさせて貰いたいとお願いしたら
心良く許可をいただきました。

さすがに、犬連れはマズイかと思っていたら
『犬連れで廃校を巡っているなら構いませんよ!』
と暖かいお言葉。もう、感謝です。


遠慮がちに石碑の近くへと向かいます。

      20170914長田小学校04



正面から見れば、長田小学校跡の碑。

      20170914長田小学校10


      20170914長田小学校11



裏面に沿革が刻まれているのを期待しましたが
残念!

校訓と校歌が刻まれていました。

      20170914長田小学校12



そして、その隣に建っている小さな石碑。

      20170914長田小学校13

長田小学校の百周年記念の碑です。



裏面には、『50年タイムカプセル』と刻まれています。

      20170914長田小学校14

この下にタイムカプセルが埋まっているんですね。
50年後のお楽しみも、あと7年。




あまり、敷地内をウロチョロも出来ないので
先ずは、校舎を激写(?)

別アングルにしたり、 びいすけ を入れたりして
ささっさぁ〜とシャッターを押しまくり(笑)。

      20170914長田小学校05


      20170914長田小学校06


      20170914長田小学校08


      20170914長田小学校09


      20170914長田小学校15


せっかくだから、校舎壁面の校章も激写(笑)。

      20170914長田小学校16



広い校庭だけど、ぱっと見て
『これは!』って言うモノモノ無さそうです。

      20170914長田小学校17


      20170914長田小学校18


      20170914長田小学校19



校庭の隅に建っていた、緯度・経度の標柱。

      20170914長田小学校20

意外に、常陸大宮市の小学校って、
この手の緯度・経度を示す標柱や碑が多い気がします。
気のせいかなぁ?



正門近くの校庭には、聳えるシンボルツリー。

      20170914長田小学校21



枝の陰になって、ちょっと見づらいけれど
正門の表札の上には、『 旧・長田小学校 』の案内板。

      20170914長田小学校22

きちんと、旧・長田小学校と明記している辺りに
旧・山方町のこだわりを感じたりします。




二ノ宮像を密かに期待したけれど、何処にもありませんでした。
意外に、茨城県内で二ノ宮像を見かける機会は少ないのかも?
常陸大宮市でも15校の廃校を巡って、1校にしか二ノ宮像は無かった。
茨城県内では、流行らなかったのかなぁ?

まぁ、民間に貸し出しされている廃校となると
なかなか敷地内にも立ち入れないから
こんな感じで、見学させてもらったことに感謝しなくては...............




2017/10/21 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............... 塩田小学校 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。

常陸大宮市の廃校巡り、その第14弾は...............常陸大宮市立塩田小学校


塩田小学校は、

明治7年      北塩子村の民家の私塾を北塩子小学校として開校する。
明治17年     東野小学校北塩子分校と改称する。
明治22年     西塩子村・北塩子村・照田村・長田村・長沢村が合併し塩田村が発足。
           塩田村立尋常小学校と改称し、長田に分校を置く。
明治25年     塩田第一尋常小学校と改称する。
           長田分教場は第二尋常小学校と改称する。
明治26年     塩田尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により塩田村立塩田第一小学校と改称する。
昭和30年     塩田村の西塩子・北塩子・照田の一部が大宮町に編入する。
           大宮町立塩田小学校と改称する。
平成16年     大宮町、山方町、美和村、緒川村、御前村が合併して常陸大宮市となる。
           常陸大宮市立塩田小学校と改称する。
平成22年     玉川小学校と統合して大宮北小学校が創立。
           塩田小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。


こちらが、塩田小学校の正門。

      20170914塩田小学校01



門柱の表札は新しい。

      20170914塩田小学校02

『常陸大宮市文書館』と記されています。

廃校後、校舎の内装及び外装工事を行い
現在は、常陸大宮市文書館として活用されています。

      20170914塩田小学校03



外装工事の際に、校舎の壁面も塗装をしたそうです。

      20170914塩田小学校04



元々の校舎は、このような配色ではなかったそうです。

      20170914塩田小学校05



遊具も無い校庭ですが、記念碑はしっかりと在りました。

      20170914塩田小学校06



閉校記念碑。

      20170914塩田小学校07



裏面には沿革も詳しく記されています。

      20170914塩田小学校08


      20170914塩田小学校09

こちらの沿革を見ると、近くに在った長田小学校は
この塩田小学校の分校が始まりだったようですね。



校歌の碑。

      20170914塩田小学校10



校訓の碑。

      20170914塩田小学校11



塩田小学校の緯度・経度が記された碑。

      20170914塩田小学校13



それらが並んで建っています。

      20170914塩田小学校12



こちらが体育館。

      20170914塩田小学校14

体育館は他に流用されていないようです。


校庭で匂い嗅ぎに励む びいすけ 。

      20170914塩田小学校15


先ほどの4基の碑以外に、校庭には無い。

      20170914塩田小学校16



遊具かと思ったら、通用門?みたいです。

      20170914塩田小学校17


閉校時の卒業生の製作品?

      20170914塩田小学校18



『ありがとう』と思う感謝の気持ちを忘れずにいて欲しいなぁ。

      20170914塩田小学校19



たまたま、こちらの職員の方々とお話しをする事が出来ました。
常陸大宮市の廃校では、ちょっとした怪我騒ぎが以前に有って、
管理の問題とかがあるため、遊具類は基本的に撤去することになったそうです。
     

個人的には残念。
遊具類も貴重な学校遺構なんだよなぁ...............




2017/10/20 Fri. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............茨城・常陸大宮市編① (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

最近、ご無沙汰気味な丸ポスト探し。

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。
出かけたと言っても、廃校巡りが主体のお出かけ。
特に、丸ポストを意識していませんでしたが
小瀬第一小学校をあとにして、次なる廃校へと移動すると
ものの1〜2分で目の前に赤い丸ポストが現れました。

完全なる偶然な遭遇。
思わず車を路肩に停めて、
びいすけ を連れて車から降り、
カメラを構えます。


常陸大宮市の丸ポスト。
上小瀬地区、瀬賀商店前の丸ポスト。

      20170914丸ポスト01


      20170914丸ポスト02


      20170914丸ポスト03


      20170914丸ポスト04


      20170914丸ポスト05


      20170914丸ポスト06



常陸大宮市には、現在4基の丸ポストが現存しているようです。
そして、茨城県内には76基の丸ポストが現存しているようです。(2017年9月14日 現在)

茨城県の丸ポストは、これまでに

桜川市(真壁)    2基
石岡市        4基
稲敷市        2基
土浦市        6基
龍ヶ崎市       8基
かすみがうら市   1基
行方市        2基
取手市        6基
鹿嶋市        2基
大洗町        9基
茨城町        1基
つくば市       4基


そして、本日 常陸大宮市1基を追加して
合計48基の丸ポストに出会いました。
残り28基になるのかな?


頑張れは、茨城県内の丸ポストの完全制覇も夢じゃない。

いつかは制覇したいなぁ。




2017/10/20 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............... 小瀬第一小学校 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。

常陸大宮市の廃校巡り、その第14弾は...............旧・緒川村立 小瀬第一小学校

小瀬第一小学校は、詳しい沿革は不明ですが
現地に建てられていた碑にはたった2行の沿革。

明治41年小瀬尋常小学校として開校。
平成元年小瀬小学校に統合され廃校。

と、このような沿革です。

まあ、正確には平成元年に小瀬第二小学校と統合して
新たに小瀬小学校が設立され、廃校となったようです。


こちらが、小瀬第一小学校の入口。

      20170914小瀬第一小学校01

緩やかな上り坂。
学校の正門跡って言う感じがヒシヒシと分かります。



敷地は、緒川第一体育館として避難所に指定されています。

      20170914小瀬第一小学校02


こちらが、緒川第一体育館。

      20170914小瀬第一小学校03



小瀬第一小学校の体育館でした。

      20170914小瀬第一小学校04



小瀬第一小学校の校舎は、とっくに解体され
一時期は体育館以外には何も無く、校舎跡も更地でした。

東日本大震災の影響でしょうか?
急遽、市営住宅が建てられました。

      20170914小瀬第一小学校05


一瞬、建売り住宅と勘違いするような、立派な市営住宅。

      20170914小瀬第一小学校06



敷地内には、商工会の支所も建っています。

      20170914小瀬第一小学校07


      20170914小瀬第一小学校08




商工会側の敷地出入り口。

      20170914小瀬第一小学校13

ひょっとしたら、こちらに正門が在ったのか?
でも、そんな風には見えない。


すぐ近くには、石碑群。

      20170914小瀬第一小学校09



旧・緒川村の規格品?
『 小瀬第一小学校跡 』の碑。

      20170914小瀬第一小学校10



スペースの制限だとは思うけれど
たった2行では、小瀬第一小学校の歴史は語れない。

      20170914小瀬第一小学校11



おそらく、正門に使われていた門柱。

      20170914小瀬第一小学校12

表札の文字はカスれていて読めない。



      
これも何かの碑だとは思うけれど判別不能。

      20170914小瀬第一小学校14


敷地内に残る、シンボルツリー。

      20170914小瀬第一小学校15



校地が住宅に変貌していたのには、正直驚きました。
まぁ市営住宅だから、ある意味、敷地の有効活用と言えるかも?
常陸大宮市って、廃校が多いけれど、
跡地を上手く活用していると言えるかもしれない。




2017/10/19 Thu. 12:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

史跡 御留渕 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。

旧・緒川村地区の上小瀬にある江畔寺の駐車場には
もう一つの碑が建っていました。

何て読むんだろう?

      20170914御留渕01

最初は読めませんでした。
スマホを使ってネットで調べても、ほとんど情報は無い。
江畔寺のHPを覗いて、何とか判読。
どうやら、『御留渕』と読むらしい。

      20170914御留渕02




御留渕は、
元禄五年(1692年)、水戸光圀公が江畔寺に二泊三日で宿泊参詣に来山し、門前の清流で斎戒沐浴をした。以来その場は御留渕と呼ばれ一般の立入が禁止されたそうです。


碑の建っている場所の背後の河原が
御留渕と言われているらしい。

      20170914御留渕08

フェンスがあって、駐車場から河原へは行けません。
未だに立ち入り禁止?(笑)



江畔寺の境内がちょっぴり高台だから
そこから眺めてみましょう。

      20170914御留渕03


300年前と今では、全く景観も違うでしょう。
取り立てるほどの景観ではなさそう。

      20170914御留渕04



もう一度、駐車場から眺めてみます。

      20170914御留渕05


どうみても、単なる川。

      20170914御留渕06



わざわざフェンスを乗り越える気力も無い(笑)

      20170914御留渕07


昔の景観地が、現在も景観地であるとは限らない。
そんな例は世の中にたくさんあります。

まあ、この御留渕もその一つになるのでしょう。


かつて、この地が景観地であり、水戸光圀公によって
立ち入り禁止にまでなった史跡であったことは
忘れずに憶えておこう...............。



   




2017/10/19 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

緒川十景 《 江畔寺と小瀬城跡 》 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。

常陸大宮市の旧・美和村地区の氷之沢小学校へと向かう途中
国道293号線の上小瀬辺りで、石柱らしき碑を見かけた。
車で走っている最中だったので、氷之沢小学校から戻って来たら確認することにしました。

石柱(石碑)のあった場所に向かうと、この看板を見かけました。

      20170914江畔寺と小瀬城跡01

『 出たなぁ! 緒川十景!! 』(笑)。


国道から見かけた石柱(石碑)に近づいてみると...............

      20170914江畔寺と小瀬城跡02



やはり、緒川十景の石碑でした。

      20170914江畔寺と小瀬城跡03

実は、この石碑の建つ場所は、江畔寺の駐車場でした。
どうやら、この石碑は江畔寺が建てたモノのようです。


駐車場には、江畔寺の説明板もありました。

      20170914江畔寺と小瀬城跡04



駐車場付近からの江畔寺。
背後の山が小瀬城址のようです。

      20170914江畔寺と小瀬城跡05



建武三年(1336年)北朝方の佐竹一族が、瓜連南朝方の楠木勢を撃破一掃して、
佐竹九代貞義の三男である義春が、常陸介の官職と緒川流域一帯・大田武石屋敷、
白方、小亀、岡田郷の領地を与えられ、領地の中心小瀬に居城を築き、小瀬氏を称しました。
康永三年(1344年)小瀬義春は剃髪入道して、城域の大手門に小庵を営み、
小瀬一族の菩提寺の基礎としました。
義春の死後、西側山上に勝軍地蔵菩薩を祭祀し、義春の化身仏と尊崇されました。

観応元年(1350)小瀬義春の三男・悟真妙頓(幼名・孝繁)が、
夢想疎石に学び、夢想疎石を招請開山として孝繁が開山二世になり、
南内山 孝槃寺と称し、長兄義益の援助で江畔寺を開いたそうです。


正面に見えるのが江畔寺。
背後の山が小瀬城跡。

      20170914江畔寺と小瀬城跡06



江畔寺は花の寺としても有名なようです。

      20170914江畔寺と小瀬城跡07



山門下の寺号標。

      20170914江畔寺と小瀬城跡08



由緒ある雰囲気を出す四脚の山門。

      20170914江畔寺と小瀬城跡09



扁額は山号。

      20170914江畔寺と小瀬城跡10

『南内山』が山号なんですね。


山門の手前にある弁天堂。

      20170914江畔寺と小瀬城跡11



こちらは建立されたから、まだ日が浅いようですね。

      20170914江畔寺と小瀬城跡12



正面に見えるのが客殿。

      20170914江畔寺と小瀬城跡13


その背後の山、ちょうど鉄塔の在る辺りが小瀬城址。

      20170914江畔寺と小瀬城跡14



鐘楼。

      20170914江畔寺と小瀬城跡15



境内に掲げられていた説明板。

      20170914江畔寺と小瀬城跡16



この大イチョウについて記されています。

      20170914江畔寺と小瀬城跡17

常陸大宮市の指定文化財(天然記念物)です。



客殿。

      20170914江畔寺と小瀬城跡18




ちょうど佛殿が工事中で、工事用の車両が数台停まっています。
仮囲いがあったりして境内は狭くなっています。
そして、写真を撮るポジションも制限されてしまいます。



大方丈

      20170914江畔寺と小瀬城跡19


      20170914江畔寺と小瀬城跡20



大方丈の扁額。

      20170914江畔寺と小瀬城跡21



花の寺の一覧。

      20170914江畔寺と小瀬城跡22

近隣の寺でしょうか?
季節の花を追いかけて、8つの寺巡りも楽しいかも...............


ざっと巡った江畔寺。
小瀬城址(小瀬城跡)は、長倉城址の例があるから
この時期はパスしましょう。
下草が枯れる晩秋から初冬にでも登城(訪城)したいなぁ。



この日知り得た『緒川十景』。
この日は、ここまで。

『義民堂』、『橋本次郎左衛門政國の碑』、『江畔寺と小瀬城跡』
とりあえず3ヶ所を巡る事が出来ました。

いつか機会があったら、残りの7つも確認してみよう。


2017/10/18 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............... 氷之沢小学校 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました

常陸大宮市に訪れた最たる目的は、ズバリ!廃校巡り。
昭和から平成と時代は流れ、平成16年に常陸大宮市は誕生しましたが
現在、常陸大宮市内に30近くの廃校となった小学校が在るようです。

その中の1校、旧・美和村に在った 旧・美和村立 氷之沢小学校 に訪れました。

氷之沢小学校は、

昭和13年      現在地に檜沢小学校氷之沢分校を設立。
昭和22年      学制改革により、檜沢村立檜沢の小学校氷之沢分校と改称する。
昭和31年      檜沢村と 嶐郷村が合併し美和村(檜沢嶐郷村から即日改称)が発足。
            美和村立檜沢小学校氷之沢分校と改称する。
昭和32年      独立して美和村立氷之沢小学校となる。
昭和54年      檜沢小学校、上桧沢小学校と合併して新たに檜沢小学校が創立。
            氷之沢小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。


実はこの氷之沢小学校、Wikipediaにも記載されていない廃校(小学校)。
たまたま見かけたblogでその存在を知り、
氷之沢と言う大字を頼りにGoogleマップで調べ
何とか辿り着く事が出来ました。



こちらが、氷之沢小学校。
氷之沢と書いて『ひのさわ』と読むらしい。

      20170914氷之沢小学校02


一応、木造校舎ですが...............
何と無く雰囲気がいつもと違う。

      20170914氷之沢小学校03



よく見たら、窓ガラスが全てトタンで閉鎖されている。

      20170914氷之沢小学校04

これって、どういう事でしょう?


玄関も閉ざされ、この木造校舎は他に流用されていないようです。

      20170914氷之沢小学校05


      20170914氷之沢小学校06



げんざ、氷之沢小学校の敷地には、
地域の公民館的な存在になるのでしょうか?
表郷未来館と言う施設も建てられています。

      20170914氷之沢小学校14


      20170914氷之沢小学校15




閉鎖された(?)木造校舎には、トイレのような建物と
教員の宿舎のような建物が連なっていますが
そちらも閉鎖されています。

      20170914氷之沢小学校07


      20170914氷之沢小学校08




校庭には遊具も無く、一部がゲートボール場となっています。

      20170914氷之沢小学校01


      20170914氷之沢小学校12


      20170914氷之沢小学校13




校庭の隅に在った、氷之沢小学校跡の碑。

      20170914氷之沢小学校09


      20170914氷之沢小学校10


      20170914氷之沢小学校11

簡素な沿革が刻まれています。




      
この木はシンボルツリーだったのでしょうか?

      20170914氷之沢小学校16


Wikipediaにも載っていない氷之沢小学校。
昭和54年に統合された本校である檜沢小学校も
平成22年に嶐郷小学校と統合して廃校となったため
記録や記憶の中からいずれ消え去ってしまう。

少なくても、この地に学び舎が在ったことは憶えておこう...............







2017/10/17 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit