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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

月読神社    (2019年2月26日)(茨城県つくば市) 

2月26日 

この日は、つくば市に出かけました。


洞峰公園をあとにして、向かった先は..........................月読神社。



月読神社は、つくば市樋の沢に鎮座する神社です。



天慶8年(945年)の創建と伝えられ、
平将門の護持仏であった勢至菩薩が本尊で、
別名「三夜様」と呼ばれています。
当時は神仏習合でしたが、明治時代に入ると分離され、
勢至菩薩は月読命として祀られました。
農業・開運の神として広く人々の信仰を集めています。

現在の社殿は、寛永5年(1628年)に建立されたものになるそうです。
また、境内の本殿裏手には、樹齢約700年とされる
樹高約30m、樹の太さ約8mの椎の木があり、御神木とされています。


御祭神は、月読命。


神社社頭。

      20190226月読神社01



参道の石灯篭?

      20190226月読神社02



どことなく違和感を感じますが、
先人のブログを拝見すると8年前の東日本大震災で石灯篭が倒れたようです。
ひょっとしたら、倒れて破損した部分が短くなった石灯篭かもしれません。

      20190226月読神社03



手水舎。

      20190226月読神社04

春が近づいたとは言え、午後4時近く。
既に陽も傾き、西陽になっている。


こちらが、拝殿。

      20190226月読神社05

ちょっと雰囲気ぐ違う。
パッと見、お寺のお堂の様に見えなくもない。

寛永5年(1628年)に建立されたモノだから、
神仏習合の名残りを感じると言うか、
そもそも、平将門の護持仏である勢至菩薩を祀っていたのだから
寺院の雰囲気が残っているのも当たり前かもしれません。



拝殿正面。

      20190226月読神社06



拝殿正面の扁額。

      20190226月読神社07



こちらも扁額。

      20190226月読神社08



さらに、もう一枚の扁額。

      20190226月読神社09



別アングルからの拝殿。

      20190226月読神社10


      20190226月読神社11



そして、こちらが本殿。

      20190226月読神社12



本殿背面。
こちらは、摂社だろうか?

      20190226月読神社13



それにしても本殿の真裏と言うのも珍しい。

      20190226月読神社14


圧巻なのは、屋根の神紋。

      20190226月読神社15

こちらの神社は、三日月が神紋のようですが
千葉氏の『月星紋』と似ているから、
ちょっぴりテンションが上がっちゃいます。

やっぱり、千葉(県)に住んでいると、
『千葉氏』を意識しちゃうんだよなぁ。

      20190226月読神社16




鬼瓦にも三日月紋。

      20190226月読神社19



こちらには、三日月はない。

      20190226月読神社17



境内に狛犬の姿は無かったけど、屋根の上には跳び狛犬。

      20190226月読神社18

良く見ると、倒れている?
      



こちらは、神楽殿。

      20190226月読神社21


こちらの鬼瓦にも三日月紋。

      20190226月読神社20


神楽殿の幕。

      20190226月読神社25



境内には、柱がいっぱいの建物。

      20190226月読神社22

居住スペースがあまり無い。
一体、これは何?



境内社。

      20190226月読神社23


      20190226月読神社24



本殿裏手の御神木。

      20190226月読神社26
  20190226月読神社27



肝心の御朱印ですが、本殿裏手の社務所を兼ねた宮司宅にて
拝受出来るようですが、この日は書き手が居なくて拝受出来ませんでした。

どうやら、毎週火曜日・金曜日以外の日に拝受出来るようです。
火曜日と金曜日を避けて、次回リベンジいたしましょう。



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2019/04/24 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

洞峰公園    (2019年2月26日)(茨城県つくば市) 

2月26日

この日は、つくば市に出かけました。


つくば市には、多くの公園があります。
その中から洞峰公園に立ち寄ってみました。




つくば市は、学園都市として、昭和40年代後半から開発されてきました。
いわゆる新しい街ですね。
多摩ニュータウンや千葉ニュータウンなど、新しく造成された街は
鉄筋の建物と区画された街並み。そして公園も整備されています。
当然、つくば市の学園都市も同じような形で造成されてきました。
つくば市の学園都市には、多くの公園が整備されていて洞峰公園もその一つです。

洞峰公園は、昭和47年に筑波研究学園都市の建設に伴い造成が始まり、
江戸時代初期に天然の池を人工の灌漑用の水源に造り直した洞峰池周辺に建設され、
昭和55年に開園した公園です。
元々、洞峰池は二つあり(上池、下池)、下池は埋め立てられ、
上池を縮小造成して洞峰沼として、公園内のベンチマークとしています。

プール、体育館、テニスコート、野球場、多目的フィールドの芝生の広場などがあり、
また、緑に囲まれた公園でもあり、学園都市つくばの市民の憩いの場となっているそうです。



以前から、この公園の脇を通って桜川市方面に行ったりしていたから
この公園の存在は知っていたし、ナビに表示されるたびに気になっていました。


こちらが、公園入口。

      20190226洞峰公園01



プロムナード。

      20190226洞峰公園02



初めての公園だから、案内板は必需品。
しっかりと公園の位置関係を把握いたしましょう。

      20190226洞峰公園03



公園案内図。

      20190226洞峰公園04



案内図でも分かるけれど、やはり洞峰公園のランドマークは洞峰沼。
洞峰沼をグルッと一周する散歩に入りましょう。


こちらは、多目的広場。

      20190226洞峰公園05


広い芝生広場になっていて、サッカーのゴールも置かれているから
サッカー場として利用されているようです。

      20190226洞峰公園06

びいすけ は走り回ることより、匂い嗅ぎに夢中。



洞峰沼を一周すると約1km。

      20190226洞峰公園07



正確には、1050mの周回コースが設定されているから
頑張って歩きましょう。

      20190226洞峰公園08



ワンちゃんの散歩で訪れる人も多いようで、
あちこちで気になる匂いがあるのか?
匂い嗅ぎに夢中な びいすけ 。

      20190226洞峰公園09


      20190226洞峰公園10


      20190226洞峰公園11


      20190226洞峰公園12


     20190226洞峰公園13



確かに、犬連れで散歩に来ている人が多い。

      20190226洞峰公園14


      20190226洞峰公園15



洞峰沼の周りを回るのも意外に面白い。

      20190226洞峰公園16



ただ、漠然と公園内を歩くよりは、洞峰沼を一周(1050m)歩くという目的が
有るのと無いのとでは、全然違う。

      20190226洞峰公園17



洞峰沼もポイントが変われば、洞峰沼表情も変わってくる。

      20190226洞峰公園18


      20190226洞峰公園19


      20190226洞峰公園20



ポイントが変わっても、 びいすけ の匂い嗅ぎは変わらない。
芝生の中の残り香を一心に嗅ぎ分けて進んでいる。

     20190226洞峰公園21


      20190226洞峰公園22


      20190226洞峰公園23


      20190226洞峰公園24


      20190226洞峰公園25


      20190226洞峰公園27




前方に異様な光景。


洞峰沼の水鳥たちに餌をあげているのか?
水鳥が芝生に上がって餌を啄んでいます。

      20190226洞峰公園26


      
水鳥に吠えるかな? と思ったけれど
吠える素振りもない びいすけ 。

      20190226洞峰公園28



一瞬、水鳥の大群に躊躇したようですが
その後は、我関せず!とばかりに知らん顔。

      20190226洞峰公園29

芝生に残る臭い香を追いかけています。


しかし、来園者が餌付けたとは言え、
ちょっとこの水鳥の大群は驚きました。


そして、犬が近寄れば、羽ばたいて逃げ逃げていくと思ったら
平然と餌を啄ばむ水鳥にも驚きです。

      20190226洞峰公園30



とりあえずは、水鳥たちを追い回さなかった びいすけ 。

      20190226洞峰公園31


      20190226洞峰公園32


今日は、『 お利口さん! 』褒めてあげよう。





2019/04/23 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............田水山小学校   (2019年2月26日)((茨城県つくば市) 

2月26日 

この日は、つくば市に出かけました。


つくば市には、平成30年の春に廃校になった小学校が7校あります。
いずれもつくば市の北部、旧・筑波町域にあたります。

今回、その7つの小学校を順次訪れています。

つくば市北部の廃校巡り、そのオーラス第7弾は....................つくば市立田水山小学校。


田水山小学校は、

明治10年      西田中村に小学校を創立。田中小学校と称する
明治18年      水守小学校と合併する。
明治19年      西田中小学校と改称する。
明治22年      町村制の施行に伴い、西田中村、水守村、山木村が合併して田水山村が発足。
            田水山尋常小学校と改称する。
明治43年      田水山尋常高等小学校と改称する。
大正6年       田水山村立農業補習学校設立。
大正15年      田水山農業公民学校と改称。
昭和16年      田水山尋常高等小学校を改め田水山国民学校となる
昭和22年      学制改革により、田水山村立田水山小学校となる
昭和30年      田水山村は筑波町に編入される。
            筑波町立田水山小学校と改称する
昭和48年      筑波町大字水守620番地へ移転する。
昭和63年      筑波町がつくば市に編入される。
            つくば市立田水山小学校と改称する。
平成30年      秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校し、廃校となる。


と、このような沿革となっています。



こちらが、田水山小学校の正門。

      20190226田水山小学校 01


門柱には表札がまだ嵌め込まれています。

      20190226田水山小学校02



立派な玄関。

      20190226田水山小学校03


とても小学校の玄関には見えない、斬新なデザイン。
美術館とか、音楽ホールの玄関に見える。

      20190226田水山小学校05




校舎もこのアングルだと、洒落たマンションのように見えなくもない。

      20190226田水山小学校04


      

こちらも、地域の避難場所に指定されていたようです。

      20190226田水山小学校06



誰も居ない校庭のから、校舎を眺めます。
       
      20190226田水山小学校07


別アングルから。

      20190226田水山小学校08


やっぱり、お洒落な校舎。

      20190226田水山小学校09


      20190226田水山小学校10



校庭奥に見える高台。

      20190226田水山小学校11



実は、田水山小学校のある場所はかつての城址。

      20190226田水山小学校12


水守城と言う鎌倉時代以前の城で、
実は、以前こちらに訪れた事が有ります。
( その時の記事は こちら )。

その時から、この田水山小学校の事は知っていて
お洒落な校舎の小学校だと思っていましたが、
まさか廃校になるとは思ってもいませんでした。



水守城と常陸大掾氏について記された碑。

      20190226田水山小学校13


この高台は、かつての古墳跡。
水守城の見張り台として活用されていたそうです。

      20190226田水山小学校14



なぜか、その高台の麓に無造作に置かれたローラー。

      20190226田水山小学校15

雑草に埋もれかかっています。



城址と言うだけあって、校庭の一部にもそれらしい雰囲気はある。

      20190226田水山小学校16


      20190226田水山小学校17



校庭の遊具類。

      20190226田水山小学校18


      20190226田水山小学校19


      20190226田水山小学校20



こちらは、体育館。

      20190226田水山小学校21

現在は、地域の体育館として解放されているようです。



体育館の玄関脇には、廃校のお約束(?)。
防災倉庫が置かれています。

      20190226田水山小学校22


かつての城が廃城になり、その跡地を学校として利用する。
これは、今までよくあるパターン。
そして、近年はその学校も少子化諸々の事情で廃校となる。

今後、益々このパターンが増えていくんだろうなぁ...........................。


2019/04/23 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・田水山小学校跡   (2019年2月26日)((茨城県つくば市) 

2月26日

この日は、つくば市に出かけました。

主たる目的は、平成30年に廃校となった7つの小学校をグルッと巡る廃校巡り。

作岡小学校をあとにして、次なる目的地を目指していると
視界にこんな建物が入って来た。

      20190226旧・田水山小学校04


えっ! これって、学校じゃない?
しかも、木造校舎じゃない?


慌てて、敷地内に車を乗り入れて、探索開始です。


Yahoo!マップで確認すると『下田中児童館』と言う事です。

      20190226旧・田水山小学校03



中を覗きこむと...............

      20190226旧・田水山小学校07

うむ、間違いない!


近くに誰か居ないか?
3軒ほど先に道路に初老の男性が居たので尋ねてみたら
確かに小学校の跡地でした。

それも当初の目的地である田水山小学校の跡地でした。


田水山小学校は、

明治10年      西田中村に小学校を創立。田中小学校と称する
明治18年      水守小学校と合併する。
明治19年      西田中小学校と改称する。
明治22年      町村制の施行に伴い、西田中村、水守村、山木村が合併して田水山村が発足。
          田水山尋常小学校と改称する。
明治43年      田水山尋常高等小学校と改称する。
大正6年       田水山村立農業補習学校設立。
大正15年      田水山農業公民学校と改称。
昭和16年      田水山尋常高等小学校を改め田水山国民学校となる
昭和22年      学制改革により、田水山村立田水山小学校となる
昭和30年      田水山村は筑波町に編入される。
          筑波町立田水山小学校と改称する
昭和48年      筑波町大字水守620番地へ移転する。


その後、

昭和63年      筑波町がつくば市に編入される。
            つくば市立田水山小学校と改称する。
平成30年      秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校し、廃校となる。


と、このような沿革となっていますが
昭和48年まで、この地に筑波町立田水山小学校が在ったことになります。



改めて...............

こちらが、旧・筑波町立 旧田水山小学校。

      20190226旧・田水山小学校01


      20190226旧・田水山小学校02


      
小ぶりな校舎ですが、つくば市内に木造校舎が残っていたとは驚きです。

      20190226旧・田水山小学校05



淡いピンクにパステルカラーも嫌味が無く、お洒落。

      20190226旧・田水山小学校06




校庭の遊具類。      

      20190226旧・田水山小学校08


      20190226旧・田水山小学校09

児童館として活用しているから、後から設置されたモノかも知れない。




先程のオジさんに色々と訊いたら、
往時は、びいすけ の立っている道路も無く、
この辺りも校庭だったらしい。

      20190226旧・田水山小学校10


言われてみると、ビニールハウスの建つ場所も校跡っぽく見える。

      20190226旧・田水山小学校11


      20190226旧・田水山小学校12



このアングルが廃校らしさを一番感じます。

      20190226旧・田水山小学校13



お約束とも言える消防倉庫。

      20190226旧・田水山小学校14


偶然見つけた、旧・田水山小学校。
やっぱり木造校舎の学校跡地は良い。
この醍醐味は堪らない。

偶然とは言え、素敵な出会いに乾杯ですね。




2019/04/22 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............作岡小学校   (2019年2月26日)((茨城県つくば市) 

2月26日 

この日は、つくば市出かけました。

つくば市には、平成30年の春に廃校になった小学校が7校あります。
いずれもつくば市の北部、旧・筑波町域にあたります。

今回、その7つの小学校を順次訪れています。

つくば市北部の廃校巡り、その第6弾は....................つくば市立作岡小学校。


作岡小学校は、

明治9年      作谷村に作岡小学校設立される。
明治22年     作谷村、安食村、寺具村、明石村、高野原新田が合併して発足
大正3年      作岡尋常小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により、作岡村立作岡小学校と改称する。
昭和31年     作岡村の一部が筑波町に編入する。
           筑波町立作岡小学校と改称する。
昭和63年     筑波町がつくば市に編入する。
           つくば市立作岡小学校と改称する。
平成30年     秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校し、廃校となる。

と、このような沿革となっています。



この地区の避難場所であった作岡小学校。

      20190226作岡小学校07




こちらが、作岡小学校の校庭側の門。
かつては、こちらが正門だったのでは?

      20190226作岡小学校 01


門柱に掲げられた表札。

      20190226作岡小学校02



こちらが、現在の正門になるのか?

      20190226作岡小学校03

門扉は閉ざされていて、こちらからでは出入り出来ない。



金属プレートの表札。

      20190226作岡小学校04



校舎正面玄関。

      20190226作岡小学校08


      20190226作岡小学校09




校舎の窓ガラスには、『ありがとう』と感謝の言葉。

      20190226作岡小学校05


     

校庭側からの校舎。
    
      20190226作岡小学校10



別アングルから。

      20190226作岡小学校11


      20190226作岡小学校12


      20190226作岡小学校13


      20190226作岡小学校14



校庭側の玄関。

      20190226作岡小学校15




玄関の庇には、作岡小学校の校章。

      20190226作岡小学校17



ポツンと置かれた朝礼台。

      20190226作岡小学校27



校舎前には校歌の碑。

      20190226作岡小学校23



方位計。

      20190226作岡小学校25



なぜか、銅像まで建っている。

      20190226作岡小学校26




こちらは、体育館。

      20190226作岡小学校18


      20190226作岡小学校34



こちらか、校庭。

      20190226作岡小学校28



校庭のフェンス沿いには、各年の卒業製作品が建ち並ぶ。

      20190226作岡小学校19


      20190226作岡小学校20


      20190226作岡小学校21


      20190226作岡小学校22


      20190226作岡小学校24




校庭に残された遊具類。

      20190226作岡小学校29


      20190226作岡小学校30


      20190226作岡小学校31


      20190226作岡小学校32


      20190226作岡小学校33



校庭の一画。
フェンスで囲まれたエリアは忠魂碑。

      20190226作岡小学校35

やはり、この作岡小学校も歴史のある小学校の証し。


校庭を闊歩する びいすけ。

      20190226作岡小学校36


そして、匂い嗅ぎに夢中になる びいすけ 。

      20190226作岡小学校37



もう1年近く、子供たちはこの校庭で遊んでいないから
この場所に残る匂いは野鳥?
はたまた野生生物?

      20190226作岡小学校38


      20190226作岡小学校39


      20190226作岡小学校40


      20190226作岡小学校41


黄土色の枯れ芝生。
ほどよく荒れ果てているのも好都合。
びいすけ も芝生の感触を堪能したようです。


2019/04/22 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............菅間小学校   (2019年2月22日)((茨城県つくば市) 

2月26日  

この日は、つくば市に出かけました。

つくば市には、平成30年の春に廃校になった小学校が7校あります。
いずれもつくば市の北部、旧・筑波町域にあたります。

今回、その7つの小学校を順次訪れています。

つくば市北部の廃校巡り、その第5弾は....................つくば市立菅間小学校。



菅間小学校は、

明治6年      民家を借用して、菅間小学校が創立される。
明治11年     現在地に校舎を建築する。
明治19年     中菅間尋常小学校と改称する。
明治26年     高等小学校を併置する。
昭和22年     学制改革により、菅間村立菅間小学校となる。
昭和32年     菅間村が筑波町に編入され、筑波町立菅間小学校と改称する。
昭和63年     筑波町がつくば市に編入され、つくば市立菅間小学校となる。
平成30年     秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校し、廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、菅間小学校の正門。

      20190226菅間小学校 01




校庭側から敷地内に入ります。

鉄筋コンクリート製の校舎は二棟。

      20190226菅間小学校02


      20190226菅間小学校03



校舎をバックに びいすけ 。

      20190226菅間小学校04


      20190226菅間小学校05



別アングルからの校舎。

      20190226菅間小学校06


      20190226菅間小学校07



そして、校庭。

      20190226菅間小学校25



門ではないけれど、こちらからも校庭に入れます。

      20190226菅間小学校08



こちらが、体育館。

      20190226菅間小学校09



体育館の玄関の庇には、菅間小学校の校章。

      20190226菅間小学校10


      20190226菅間小学校11



校舎前には校歌の碑。

      20190226菅間小学校12


少年のブロンズ像。

      20190226菅間小学校13

『信じあい なかよく 学び 遊べ 』
泣かせる言葉ですねぇ。



校庭の片隅に置かれたオブジェ。

      20190226菅間小学校14

おそらく、子供たちの作品。


こちらも、卒業記念製作の一品か?

      20190226菅間小学校16




朝礼台。

      20190226菅間小学校15


      
百葉箱。

      20190226菅間小学校17



校庭の遊具類。

      20190226菅間小学校18


      20190226菅間小学校19


      20190226菅間小学校20


      20190226菅間小学校21


      20190226菅間小学校22



校庭の一画。
フェンスで囲まれた忠魂碑。

      20190226菅間小学校23

古くから、この地が地域のランドマークだった証し。
歴史ある小学校の敷地には、この忠魂碑が多い。


そして、こちらもお約束。

      20190226菅間小学校24

廃校ではよく見かける防災倉庫。



毎年、この時期に桜川市(真壁町)に行く際に
菅間小学校の前を通っていました。
道沿いに建つ小学校の存在は知っていたから、
いつの間にか廃校になってしまったことに
ちょっぴり驚きました..............................。


  



2019/04/21 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............................筑波小学校 (2019年2月26日)(茨城県つくば市) 

2月26日

この日は、つくば市に出かけました。


平成30年の春に廃校になったつくば市北部、旧・筑波町域の7つの小学校。
その7つの小学校を順次巡っています。

その第4弾は..............................つくば市立筑波小学校。


筑波小学校は、

明治8年      上大島小学校が善照寺に設立される。
           沼田、国松、筑波、臼井連合の筑波学校が西山来迎寺に設置される。
明治13年     性山寺に国松小学校が設立される。
明治14年     国松、沼田が併合して沼田小学校が設立される。
明治19年     沼田尋常小学校と改称される。
明治34年     組合立北条高等小学校より分離し、筑波高等小学校が開校する。
明治41年     沼田の両尋常高等小学校を合併して沼田尋常高等小学校となる。
明治43年     筑波尋常高等小学校と改称する。
大正12年     上大島尋常小学校と筑波尋常高等小学校が統合して現在地に移転する。
昭和22年     学制改革により、筑波町立筑波小学校と改称する。
昭和63年     筑波町がつくば市に編入されつくば市となる。
           つくば市立筑波小学校と改称する。
平成30年     秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校し、廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。



こちらが、筑波小学校の正門。

      20190226筑波小学校01



石造りの門柱。

      20190226筑波小学校02


門柱には、校章も刻まれています。

      20190226筑波小学校03



掲示板。

      20190226筑波小学校04



校庭より眺める校舎。

      20190226筑波小学校05



別アングルから。

     20190226筑波小学校06


     20190226筑波小学校07


     20190226筑波小学校08



校舎の背後に聳えるのは、筑波山。

     20190226筑波小学校09

まさに、筑波山の麓にある学校でした。



校舎の前の記念碑。

      20190226筑波小学校10

創立百周年記念の碑です。


碑の背面には沿革が刻まれています。

      20190226筑波小学校11



こちらは、希望の碑。

      20190226筑波小学校12



その隣には、子供たちが作った卒業記念の製作品?

      20190226筑波小学校13



校庭。

      20190226筑波小学校14



校庭の片隅には、百葉箱。

      20190226筑波小学校15



校庭の遊具類。
      
      20190226筑波小学校17


      20190226筑波小学校18


      20190226筑波小学校19


      20190226筑波小学校20


      20190226筑波小学校21


      20190226筑波小学校22


      20190226筑波小学校23


      20190226筑波小学校24



こちらが、体育館。

      20190226筑波小学校25


      20190226筑波小学校26


残念ながら、二宮像は見つかりませんでした。





2019/04/21 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............田井小学校   (2019年2月22日)((茨城県つくば市) 

2月26日 

この日は、つくば市に出かけました。


つくば市北条から筑波山神社へと続く『つくば道』を走り
眼前に雄大な筑波山が見える神郡集落で『つくば道』を右折。
目的地に近付きました。

つくば市には、平成30年3月に廃校となった小学校が7校もありました。
平成30年4月に秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校したことにより
7つの小学校と2つの中学校が廃校になりました。

今回、その廃校となった7つの小学校を訪れてみました。
その第3弾は.....................つくば市立田井小学校。



田井小学校の沿革は残念ながら不詳。
一応、HPもまだ残ってはいるんですが
沿革は記載されていない。
最近、HPに沿革を載せない小学校も増えてきたような気がします。
いわゆる、地域の一つの歴史なんだから、
学校の沿革も大切に記録として留めて欲しいと思うのですが...............。


ただ確かなことは...................

平成30年       秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校。
             つくば市立田井小学校は廃校となる
ということです。



地域の避難場所に指定されていた田井小学校。

      20190226田井小学校01



こちらか、正門。

      20190226田井小学校02



石造りの門柱には、木の表札。

      20190226田井小学校03



門扉は閉ざされているけれど、門柱の脇にから敷地内に入れたりする。

      20190226田井小学校04


校舎正面。

      20190226田井小学校28



窓ガラスに注目すると............

      20190226田井小学校05


      20190226田井小学校06

そこには、感謝の言葉が飾らせていました。




中庭の二宮像。

      20190226田井小学校07


      20190226田井小学校08



校舎の玄関脇には赤い丸ポスト。

      20190226田井小学校09

教材用に置かれていたのでしょう。



やはり、中庭に飾られているオブジェ。

      20190226田井小学校10




校庭。

      20190226田井小学校16


      20190226田井小学校17




校庭側からの校舎。

      20190226田井小学校11



別アングルから。

      20190226田井小学校12


      20190226田井小学校13


校舎前の像。

      20190226田井小学校15



百葉箱。

      20190226田井小学校18




校庭の遊具類。

      20190226田井小学校14


      20190226田井小学校19


      20190226田井小学校20


      20190226田井小学校21



朝礼台。

      20190226田井小学校22



小便小僧の噴水池。

      20190226田井小学校23


      20190226田井小学校24



校庭奥の『わくわく広場』。

      20190226田井小学校25



体育館。

     20190226田井小学校29


     20190226田井小学校30




体育館の横に置かれた防災倉庫。

      20190226田井小学校26

廃校にはお約束の一品。

      

沿革も詳しく分からない田井小学校。
廃校になるまで、色々な変遷を経て来たことだろう。

『つくば道』が近くを走り、筑波山神社の参道として拓けた集落である神郡集落に
その学び舎を残した田井小学校。
お疲れさまでした。



2019/04/20 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日本の道百選  《 つくば道 》    (2019年2月26日)(茨城県つくば市 

2月26日 つくば道

この日は、つくば市にやってきました。

以前から気になっていた『日本の道百選』。

道の日の制定を記念して、1986年度および1987年度に、
建設省と「道の日」実行委員会により制定された、
日本の特色ある優れた道路104本です。
(百選と言いながら104ヶ所とは如何なモノか?)(笑)。
その道路には、建設省から交付された顕彰プレートが飾られています。
以前、その顕彰プレートを探すテレビ番組があり、
機会があればその顕彰プレートを探すのも面白いなぁと思うようになりました。

何と!つくば市には、その『日本の道百選』が二ヶ所も有ります。
即ち、2本の道路が『日本の道百選』に選ばれています。

その一つが『学園東大通り』。
こちらは一昨年の12月に顕彰プレートを探す事が出来ました。
(その時の記事は こちら


もう1本の道は、つくば市の北条という町から
筑波山神社までつながる『つくば道』と言われる道になります。
『つくば道』は3代将軍徳川家光が筑波山神社を作るための資材運搬用の道で、
その後、参道として使われた道になります。


関東平野の北東にそびえる筑波山は、古くから信仰の山として
徳川家をはじめ多くの参拝者でにぎわいました。
その参詣道だった「つくば道」は、道の正面に筑波山をのぞみ、
風情ある民家の佇まいや旧跡を訪ねる散歩を楽しむことが出来るそうです。



こちらが、『つくば道』のスタート地点になるつくば市北条。

      20190226日本の道百選 つくば道01



この石碑がつくば道の道標。

      20190226日本の道百選 つくば道02


      20190226日本の道百選 つくば道03



ネットで調べてみると、『つくば道』の顕彰プレートは2ヶ所に設けられていて
一つは、筑波山神社近くの参道にあるらしい。
そして、もう一つは北条の町にあるらしい。

と言うことで北条の町をかなり歩きました。

なかなか見つからない顕彰プレート。











ついに見つけました。

      20190226日本の道百選 つくば道04



何と、北条小学校の近く.........って言うか入口案内の看板の直近。

      20190226日本の道百選 つくば道05



こちらが、顕彰プレート。

      20190226日本の道百選 つくば道06


無事、顕彰プレートも見つけられたので
『つくは道』を実際に走ってみましょう。

      20190226日本の道百選 つくば道07


      20190226日本の道百選 つくば道08



実は、3年ほど前に『つくは道』を走った事があります。
この辺りはまだまだ平気ですが.......................

      20190226日本の道百選 つくば道09



神社に近付くにつれ、道は狭くなるし、
曲がりくねった先で車の腹を打ちそうになるし
車で走るには、とてもお勧めできません。



まあ、筑波山が前方に見えるこの辺りまでが無難でしょう。

      20190226日本の道百選 つくば道10

この後の予定が無ければ、筑波山中腹の筑波山神社へ向かうのもアリですが
この日は筑波山神社への予定ではない。

もうちょっと先で、右折しちゃいました(笑)。




2019/04/20 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

北条八坂神社   (2019年2月26日)(茨城県つくば市) 

2月26日 

この日は、つくば市に出かけました。


つくば市の北部、旧・筑波町の北条地区をぶらぶら歩いていると
気になる場所が目に止まりました。


鳥居。

      20190226北条八坂神社01


手水舎。

      20190226北条八坂神社02



石段からの社殿。

      20190226北条八坂神社03


そうです。
北条の中心とも言える場所に鎮座する 北条八坂神社 です。


北条八坂神社は、つくば市北条に鎮座する神社です。

北条地区の氏神として親しまれ、
境内に納経塔としてつくられた五輪塔が在ります
この五輪塔は、茨城県の文化財に指定されています。

天喜年間(1053年~1057年)に源義家の斎祀と言われています。
本殿は、天保18年(1733)年の再建。
鳥居も同年に建立されたそうです。




社殿正面。

      20190226北条八坂神社04


社殿に掲げられた扁額。

      20190226北条八坂神社05



別アングルからの社殿。

      20190226北条八坂神07


      20190226北条八坂神社08




社頭に建つ説明板。

      20190226北条八坂神社09

茨城県の文化財に指定されている五輪塔について触れています。



こちらが、その五輪塔。

      20190226北条八坂神社10



社殿と五輪塔。

      20190226北条八坂神社13



社殿左側には、石門と石段。

      20190226北条八坂神社11
      20190226北条八坂神社12


      
そして、傍らには庚申塔。

      20190226北条八坂神社14


      20190226北条八坂神社15

このあたりは、神仏習合の名残りのようですね。




この八坂神社は北条のメイン通りに面していて
嫌でも視界に入ってくる。
7月の祇園祭りでは、各町内から山車が出て巡行し
神輿と三角神輿と呼ばれる獅子が町内を回るそうです。

なかなか、北条の町も奥が深い。



2019/04/19 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

北条さんぽ   (2019年2月26日)(茨城県つくば市) 

2月26日

この日は、つくば市に出かけました。


廃校巡りで訪れたつくば市の北条地区。
この北条地区は、旧・筑波町(昭和63年つくば市に編入)エリアで
唯一商店街のある地域です。

明治5年に北条郵便受付所(後の筑波郵便局)
明治7年に北条小学校、明治10年に土浦警察署北条分署(後のつくば北警察署)が設けられ、
北条町役場(後に筑波町役場)と土浦区裁判所北条出張所が置かれ、
大正7年には筑波鉄道開通に伴い、常陸北条駅が開業するなど、
政治や経済の中心地として発達した地域になります。

筑波山は江戸城からみると北東の方角にあり、鬼門にあたります。
かつて徳川家康は「鬼門の護り」として筑波山をあがめ、
中禅寺(現在の筑波山神社)を祈願所に定めました。
北条の町は筑波山神社へと続く『つくは道』の起点でもあり、
参詣道として江戸方面からたくさんの人々が行き来するようになり
北条は門前町の機能を有しながら、多くの商人や職人が居住するようになり、
次第に街並みが形成されていったそうです。
土蔵造りの店蔵が軒を連ね、見事な街並みが生まれ
今でも数多く残る店蔵や土蔵は、歴史を語る上で貴重な存在になっているそうです。


近年、つくば市も北条地区の観光にも力を入れて、
特産品の北条米や北条米を使った『北条米スクリーム』の
PRにも力を入れているようです。


当然、こんなマップも用意されています。

      20190226北条さんぽ01

拡大版は こちら



      20190226北条さんぽ02



こちらが、筑波山神社への参拝道である『つくは道』の始点。

      20190226北条さんぽ03



その証しである、つくば道道標。

      20190226北条さんぽ04


      20190226北条さんぽ05

この道標の近く(?)に『日本の道百選』の顕彰プレートがあるらしいから
そちらを探しましょう。



とりあえず、商店街のある街並みを歩きましょう。

      20190226北条さんぽ06



確かに歴史ある(ありそうな?)商家や蔵が点在する。

      20190226北条さんぽ07



平日だから、ほとんど人もいない。

      20190226北条さんぽ08



時折、走り去る車に気をつけながらも、ほぼ貸し切り状態の散歩道。

      20190226北条さんぽ09


      20190226北条さんぽ10


      20190226北条さんぽ11


      20190226北条さんぽ13



『つくば道』の説明板。

      20190226北条さんぽ12



この先をまっすぐに進めば筑波山。
筑波山神社へと続きます。

      20190226北条さんぽ14


探していた『つくば道』の顕彰プレートの有る辺り。

      20190226北条さんぽ15


桜の名所の北条大池。多気城や日向寺跡など
見所も多いと思われる北条。

また改めて、じっくりと時間をかけて散策したいものです。



2019/04/19 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............北条小学校   (2019年2月22日)((茨城県つくば市) 

2月26日 

この日は、つくば市に出かけました。

平成30年3月に廃校となった小学校が、つくば市には7校もありました。
平成30年4月に秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校したことにより
7つの小学校と2つの中学校が廃校になりました。

今回、その廃校となった7つの小学校を訪れてみました。
その第2弾.....................つくば市立北条小学校。



北条小学校を語る前に、現在のつくば市北条と言う地区について語りましょう。
北条と言う地名から、てっきり小田原北条家が絡んでいるのかと思いました。

古代から鎌倉時代には、多気氏が城山に多気城を構え勢力を持っていたが、
八田知家らの策略にはまり、多気氏が滅びると、八田知家の時家は、
多気村東北部に、小田の支城を築き、北条城主北条七郎と称しました。
これから多気村は北条村と呼ばれるようになり、北条は小田氏の勢力下となりました。

この多気城は、戦国時代に大規模な改修が施されたようですが
多気城とは別の城である北条城跡もあるようです。
小田氏が衰退した後には佐竹氏の勢力が台頭、佐竹派の真壁氏が北条に入りました。

江戸時代なると、北条は3つの町となり、
北条内町・北条中町・北条新町の3町が明治初期に合併して北条村となりました。

このように、この北条の地は幾多の変遷をしてきました。
そして、その北条村に学校が創設されることになります。


明治7年      無量院に学校を開校し、北条尋常小学校と称する。
明治19年     校舎を新築し北条尋常小学校と改称する。
明治20年     北条村が町制施行して北条町となる。
明治25年     北条町外3町村により,組合立高等小学校が開校される。
明治45年     高等小学校を併置して北条町立尋常高等小学校となる。
昭和22年     学制改革により北条町立北条小学校となる。
昭和30年     筑波町、北条町、田井村、小田村、田水山村が合併し、新たな筑波町となる。
           筑波町立北条小学校と改称する。
昭和63年     筑波町がつくば市に編入される。
           つくば市立北条小学校と改称する。
平成25年     山口小学校を統合する。
平成30年     秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校し、廃校となる。




こちらが、北条小学校の正門。

      20190226北条小学校01



石造りの門柱と表札。

      20190226北条小学校02


裏面には、昭和3年。

      20190226北条小学校28

この門柱は、昭和3年に建てられたモノのようです。



その当時は、まだ『北条町』だったようです。

      20190226北条小学校27



閉ざされた門扉にはFC北条とある。

      20190226北条小学校26

廃校後は少年サッカーチームの練習場になっているのか?




正門の先には、二宮像。

      20190226北条小学校03


      20190226北条小学校04



どぉ〜んと、校舎。

      20190226北条小学校05



別アングルからの校舎。

      20190226北条小学校06


      20190226北条小学校07


      20190226北条小学校08


      20190226北条小学校09



校舎の正面玄関。

      20190226北条小学校10



玄関の庇には、北条小学校の校章。

      20190226北条小学校11



校舎前には、校舎竣工記念の碑。

      20190226北条小学校12



台部の板が無くなった朝礼台。

      20190226北条小学校13



教材用に置かれたんでしょう。
庇型の丸ポスト。

      20190226北条小学校14

現役のポストなら超レアなモノになる。



校庭。

      20190226北条小学校15

サッカーゴールが確認出来ます。



やはり、サッカーの練習場として使われているようですね。

      20190226北条小学校16



校庭の遊具類。

      20190226北条小学校17


      20190226北条小学校18


      20190226北条小学校19


      20190226北条小学校21


      20190226北条小学校22



校庭の国旗掲揚ポール。

      20190226北条小学校23


     
体育用具倉庫。

      20190226北条小学校25




      
前庭には、岩石園。

      20190226北条小学校29


      20190226北条小学校30




実は、この北条小学校が建つ台地は、
かつての北条城跡。

小田城の支城である北条城がこの地に在ったそうです。


言われれば、正門右脇の土手は、城の切岸のように見える。

      20190226北条小学校31



正門左脇にある横堀状の地形。

      20190226北条小学校32


      20190226北条小学校33



急ぎ足で回ったから(他に探すモノもあって)あまり時間を取れなかったから
いつかまた、城跡と言う観点からじっくりと探索してみたいモノです。






2019/04/18 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪   小田城祉    (2019年2月26日)(茨城県つくば市) 

2月26日

この日は、茨城県のつくば市に出かけました。

小田小学校をあとにして、向かった先は....................小田城址。


小田城は、小田氏の祖・八田知家が文治元年(1185年)に常陸国守護に任命され
当地に移って居館を構えたことによると言われています。

南北朝時代には、当主・小田治久が南朝方に属し、小田城は常陸南部における南朝方の拠点となり、
北畠親房や春日顕国なども入城しているとされています。

戦国時代の弘治・永禄年間(1555年〜1570年)には、佐竹氏・多賀谷氏・真壁氏や
越後の上杉謙信、小田原の後北条氏らと抗争を繰り返していましたが、
後北条氏と手を結んだ当主・小田氏治は、永禄7年(1564年)に山王堂の戦いで、
上杉謙信に敗れるなど苦戦を強いられ、激しい小田城争奪戦が繰り広げられました。

手這坂の戦いに敗れ、小田城は佐竹氏のものとなり、
元亀元年(1570年)に太田資正が城主になり、
元亀3年(1572年)に資正の子の梶原政景が城主になりました。
のち、佐竹氏の一族・小場義宗が城主になったが、
慶長7年(1602年)に佐竹氏の秋田移封に伴って廃城になりました。



こちらが、小田城の縄張り図。

      20190226小田城址縄張り図

余湖さんのHP よりお借りしました )



実は、小田城に来るのは、これで2回目。
前回は、整備工事中の真っ只中。

( その時の 訪問記 は こちら
いずれ、整備工事が終わったら再訪しようとは思っていましたが
意外に遅くなってしまいました。


確か、以前は城内の主郭に建てられていた城址碑。

      20190226小田城址01

整備工事の際に移動したのでしょう。
現在は、大手口にあたる東曲輪に建てられています。


大手口には、こんな案内板も新たに設けられたようです。

      20190226小田城址02



東曲輪からの土橋。
東橋と言うらしい。

      20190226小田城址03

完全なる土橋かと思ったら、土橋は途中まで。
土橋に木橋が足されて東橋となっているようです。



東堀。

      20190226小田城址04


      20190226小田城址05



東橋を渡れば、東虎口。
城内からの虎口です。

      20190226小田城址06



東虎口から眺める城内。

      20190226小田城址07


      20190226小田城址08


東堀の土塁の上に上がってみます。

      20190226小田城址09



東堀と東橋が見えますね。

      20190226小田城址10






主郭(本丸)跡。

      20190226小田城址13


土塁もあるけれど、主郭は芝生広場。

      20190226小田城址11



なぜか、いきなり駆け出す びいすけ 。
芝生広場でテンションが上がったか?

      20190226小田城址12





      
涼台と呼ばれる南東部。
ちょっとした櫓台となっていて、数基の石碑が建ち並ぶ。

      20190226小田城址14


      20190226小田城址15



涼台からは南西部の堀もしっかりと確認できる。

      20190226小田城址16



西池跡

      20190226小田城址17

池跡には白い石が敷き詰められている。



南西虎口の先は、南西馬出曲輪。

      20190226小田城址20


      20190226小田城址18


そして、南堀。

      20190226小田城址19

南堀は大きく右に曲がり、西堀となる。




西堀前の説明板。     

      20190226小田城址21

西堀と西堀の土塁が整備されたようです。



この説明板は以前からのモノ。

      20190226小田城址22


南西馬出曲輪の奥。
この辺りは、整備されなかったようですが
耕地化されているけれど、空堀も残る。

      20190226小田城址23


      20190226小田城址25



北堀と土塁。

      20190226小田城址24


      
北堀に架かる土橋。

      20190226小田城址26

その先は北虎口。


前回は工事中で砂ほこりが舞うような中での見学でしたが
綺麗に整備された小田城址。
見事に生まれ変わりました。
そして、見応えがありました。





2019/04/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............小田小学校   (2019年2月22日)((茨城県つくば市) 

2月26日  

この日は、つくば市に出かけました。

最近は、廃校巡りよりも御朱印拝受の神社巡りが多くなってしまい
ついつい廃校の情報収集も疎かになっていました。
役所で言うところの平成30年度も後わずか。

実は、その平成30年度を迎える事なく
平成30年3月(すなわち平成29年度末)に廃校となった小学校が
つくば市には7校もありました。
平成30年4月に秀峰筑波義務教育学校(小中一貫教育校)が開校したことにより
7つの小学校と2つの中学校が廃校になりました。

こんかい、その廃校となった7つの小学校を訪れてみました。
その第1弾.....................つくば市立小田小学校。


小田小学校の詳しい沿革は不明ですが
明治7年(1874)年に創立し、
平成30年春に、つくば市北部の2中学校と7小学校が統廃合し、
つくば市北条に小中一貫の秀峰筑波義務教育学校が開校するのに伴って
143年の歴史を終えて廃校となりました。


こちらが、小田小学校の正門。

      20190226小田小学校01


      20190226小田小学校02



石造りの門柱には、まだ木の表札が掲げられています。

      20190226小田小学校03



この門柱は明治39年に建てられたモノのようです。

      20190226小田小学校04



正門側から校庭越しに眺める校舎。

      20190226小田小学校05



別アングルから。

      20190226小田小学校06


      20190226小田小学校07


      20190226小田小学校08


      20190226小田小学校09


校庭。

      20190226小田小学校23




校庭の隅にひっそりと建つ、二宮像。

      20190226小田小学校10


      20190226小田小学校11



こちらは、百葉箱。

      20190226小田小学校12


校庭の遊具類。

      20190226小田小学校13


一年前までは、子供たちが遊んでいた遊具


      20190226小田小学校14


      20190226小田小学校15


      20190226小田小学校16


      20190226小田小学校17



校舎の前には、校訓の碑。

      20190226小田小学校18



おそらく、子供たちが作ったのであろう、石膏のオブジェ。

      20190226小田小学校19


      20190226小田小学校20



国旗掲揚ポール。

      20190226小田小学校21



朝礼台。

      20190226小田小学校22



明治期に創設された歴史ある小学校。
敷地の中には、忠魂碑。

      20190226小田小学校25

これも古き学校であり、歴史のある小学校の証。
143年と言う月日は、やはり重みのあるモノだと改めて思います。






2019/04/17 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

若森城祉   (2019年2月26日)(茨城県つくば市) 

2月26日


この日は、つくば市に出かけました。


一ノ矢八坂神社をあとにして、向かった先は................若森城址。


若森城は、下妻城主である多賀谷氏が築いた城と言われています。
元亀年間(1570~1573年)に多賀谷政経が築城し、
その家臣白井対馬守を城主としたとされています。

小田城が廃城となると、若森城も廃城となったようです。
江戸時代になり、徳川家の旗本である堀田氏の領地となり、
この地に若森陣屋を置きましたが、幕末の文久3年1863年に取り壊されました。

明治維新になって陣屋が廃された後、ここには県庁が置かれることになりました。
筑波、真壁、西茨城、東茨城、行方、稲敷、鹿島の7郡が統一され、
約28万石の若森県となり、その県庁が置かれたのがこの若森城址(若森陣屋跡)でした。
若森県庁が建てられた際には、郭内が改変されたと言われています。
しかし、設立からわずか2年9ヶ月で、若森県は新治県と茨城県に統合され消滅してしまいました。



こちらが、若森城の縄張り図。

      若森城縄張り図

                 ( 余湖さんのHP よりお借りしました )


城址入口(県道沿い)に建つ説明板。

      20190226若森城01

つくば市は、若森城よりも若森県庁跡を重要視として
史跡として文化財指定をしているようです。


実は、若森城址は個人の敷地のため、立入禁止。
現地にも立入禁止の看板も立っているし、
この先を進めば、民家の敷地となってしまう。

      20190226若森城02

とは言え、城郭遺構は見たい!!
欲望との闘いです。



本当はいけないのだろうが、敢えてさらに10mほど進んで
土塁をチェック。

      20190226若森城03


      20190226若森城04


  
民家がみえてきtsから、ここが限界点。

      20190226若森城05


速やかに戻ります。


と言いながら、郭内を覗き込みます。

      20190226若森城07


しっかりと確認出来た土塁。

      20190226若森城06


この際だから、びいすけ も1枚、パチリ☆。

      20190226若森城08



説明板の場所まで戻り、裏から回ってみましょう。


下草が残る中、うっすらと土塁が確認できる。

      20190226若森城09


      20190226若森城


      20190226若森城13



こちら郭内。

      20190226若森城11


全体を把握できていないから
縄張り図のどの位置にいるかも不明。

      20190226若森城12

じっくり回れないと、城郭探検の楽しさも半減しちゃいます。



天然の川? それとも堀?沿いに歩いて見ると
若森城はかなり広い敷地のようです。

      20190226若森城


堀?沿いに裏手に回った見ると、産廃の集積場のような施設があるのか?
犬連れで散歩に来るような場所には思えないから撤収。

ちょっぴり、不完全燃焼状態な若森城の攻略でした.........................。



2019/04/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............一ノ矢八坂神社    (2019年2月26日)(茨城県つくば市) 

2月26日 

この日は、茨城県のつくば市に出かけました。

向かった先は....................一ノ矢八坂神社。


一ノ矢八坂神社は、つくば市玉取に鎮座する神社です。

清和天皇の時代の貞観元年(859年)に創建されたとされ、
天慶年間(938年 〜 947年)には、藤原秀郷が参拝に訪れ、
平将門討伐のための戦勝祈願として、矢を納めたと伝えられています。

戦国時代になると、この地域の領主・小田氏の崇敬を受け、弓矢の奉納を受けています。
そのため小田城の落城に伴い、天正年間(1573年 〜 1593年)には、兵火に遭い、
社殿を焼失してしまいました。

江戸時代になると、文禄年間(1593年 -〜1596年)に社殿が再建され、
玉取藩主の堀通周が延宝4年(1676年)に本殿の造営が行われました。


御祭神は、素戔嗚尊。



学園東大通りに面して建つ一の鳥居。

      20190226 一ノ矢八坂神社01


一の鳥居に掲げられた神額。

      20190226 一ノ矢八坂神社02



一の鳥居から始まる参道。
右手は駐車場。
その駐車場に建てられた由緒書き。

      20190226 一ノ矢八坂神社03



こちらは社号標。

      20190226 一ノ矢八坂神社04


神社社頭。

      20190226 一ノ矢八坂神社


鳥居は二の鳥居。

      20190226 一ノ矢八坂神社07



二の鳥居の先にも由緒書き。

      20190226 一ノ矢八坂神社06


     
手水舎。

      20190226 一ノ矢八坂神社09



定番の龍の吐出口。

      20190226 一ノ矢八坂神社10



こちらが、拝殿。

      20190226 一ノ矢八坂神社08
      


拝殿前の狛犬。

      20190226 一ノ矢八坂神社11


      20190226 一ノ矢八坂神社12



拝殿正面。

      20190226 一ノ矢八坂神社13


      20190226 一ノ矢八坂神14



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190226 一ノ矢八坂神社15



別アングルからの拝殿。

      20190226 一ノ矢八坂神社16


      20190226 一ノ矢八坂神社17



そして、こちらが本殿。

      20190226 一ノ矢八坂神社18



何気に本殿も立派なモノ。

      20190226 一ノ矢八坂神社19



拝殿正面には、提灯。

      20190226 一ノ矢八坂神社20



拝殿に掲げられた奉納扁額。

      20190226 一ノ矢八坂神社21


      20190226 一ノ矢八坂神社22




境内社。

      20190226 一ノ矢八坂神社23



駐車場の一角、こちらも境内社。

      20190226 一ノ矢八坂神社24


      20190226 一ノ矢八坂神社25



本殿右側(西側?)の参道口の鳥居。

      20190226 一ノ矢八坂神社26



旧道沿いに建つ社号標。

      20190226 一ノ矢八坂神社27



境内の碑。

      20190226 一ノ矢八坂神社28


      20190226 一ノ矢八坂神社29



境内。

      20190226 一ノ矢八坂神社31
      20190226 一ノ矢八坂神社32
      20190226 一ノ矢八坂神社33



こちらが、社務所。

      20190226 一ノ矢八坂神社30



一ノ矢八坂神社では、御朱印は電子版の配布となります。

      20190226 一ノ矢八坂神社34

この貼り紙に記載されているQRコードでアクセスします。



こちらが、電子版の御朱印。

      20190226 一ノ矢八坂神社35


こう言った御朱印の授与の方法もあるんだなぁ、と感心。

いずれ、こう言った形の御朱印授与が主流になっていくんだろうか?




2019/04/16 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............................南飯田小学校小塩分校  (2019年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日 

この日は、桜川市に出かけました。

磯部館跡をあとにして、向かった先は...............旧・岩瀬町立南飯田小学校小塩分校


桜川市は、平成17年に岩瀬町、真壁町、大和村が合併して誕生した自治体ですが
旧・岩瀬町には、かつて6つの分校が在ったそうです。
小塩分校もその一つとなっています。


小塩分校は
明治6年に亀岡村に創設された亀岡小学校の分校として
発足したのがその祖となっていたようです。

明治19年     近隣の3校(富谷、亀岡、門毛)が統合され、南飯田小学校となる。
          各校、各分校はそのまま分教場として活用される。
明治21年     新校舎が建てられ、各分教場は廃止される。
明治22年     市町村自治制により村名改正し、南飯田小学校は北那珂尋常小学校と改称する。
明治23年     小塩分教場を設置。
明治26年     北那珂尋常高等小学校小塩分教場と改称する。
昭和22年     学制改革により、北那珂村立北那珂小学校小塩分教場と改称する。
昭和30年     町村合併により、岩瀬町立南飯田小学校小塩分校と改称する。
昭和60年     本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。



この坂を上がれば、小塩分校。

      20160216小塩分校01

いかにもって言う雰囲気。



正門の門柱が見えてきました。

      20160216小塩分校03


      20160216小塩分校02


      
こちらが、小塩分校の正門。

      20160216小塩分校04


残念ながら、門柱には表札がない。

      20160216小塩分校05



もっとも35年前(?)に廃校になっているんだから
取り外されていても当たり前。

      20160216小塩分校06



正門の先には消防倉庫。

      20160216小塩分校07


      20160216小塩分校10

廃学校跡には良くあるパターンです。



正門脇には、小塩分校跡地の碑。

      20160216小塩分校08

これを見たかった!


小塩分校跡地は、現在『小塩農村公園』となっています。

      20160216小塩分校09



芝生の広がる農村公園。
この辺りは、かつての校庭だったんでしょう。

      20160216小塩分校11      


      20160216小塩分校15


      20160216小塩分校13



農村公園に在る遊具は往時のものだろうか?

      20160216小塩分校12


      20160216小塩分校14



敷地のいっかには小さな建物。

      20160216小塩分校16

地域の集会所。

きっと、往時の校舎もこんな感じで建っていたんだろう.............。




2019/04/10 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り............................磯部稲村神社   (2019年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日   磯部稲村神社

この日は、桜川市に出かけました。

鴨大神御子神主玉神社をあとにして、向かった先は...................桜川磯部稲村神社。


桜川磯部稲村神社は、桜川市磯部に鎮座する神社です。


景行天皇四十年(111年)の創建とされ、
『茨城県神社誌』によると日本武尊が東征の折、
常陸に入り桜川に臨み、皇大神宮を遥拝して斎祀して
磯部大明神と称したのが始まりとされているようです。


この地は、古来より桜の名所として知られていたことから、
江戸時代には歴代将軍により隅田川堤、玉川上水など、
江戸の花見の名所を作る際に植樹されました。
水戸市内を流れる桜川は、かの水戸光圀公が当地の桜を気に入り、
桜の苗木を数百本移植したことを機に桜川と命名したものと伝えられているそうです。

周辺一帯は国の「名勝」に指定されており、
また、神社及び公園(桜川磯部公園)にある桜が、
国の天然記念物に指定されています。


御祭神は、天照皇大神
       木華咲耶姫命
       天手力雄命
       栲幡千千姫命
       瀬織津姫命
       日本武尊
       天太玉命
       玉依姫命
       玉柱屋姫命
       天鈿女命
       倭姫命
       天兒屋根命
       豊受大神      の13柱。




神社社頭。

      20190216磯部稲村神社01



社号標。

      20190216磯部稲村神社02



由緒書き。

      20190216磯部稲村神社03



鳥居。

      20190216磯部稲村神社04


鳥居脇にも由緒書き。

      20190216磯部稲村神社05




こちらが拝殿。

      20190216磯部稲村神社06


拝殿正面。

      20190216磯部稲村神社08


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190216磯部稲村神社09


拝殿奥にも別な扁額。

      20190216磯部稲村神社28




別アングルからの拝殿。

      20190216磯部稲村神社10


      20190216磯部稲村神社11



そして、こちらが本殿。

      20190216磯部稲村神社12



拝殿正面に置かれた奉納酒。

      20190216磯部稲村神社13



拝殿前の狛犬。

      20190216磯部稲村神社14


      20190216磯部稲村神社15


社殿左脇にある要石。

      20190216磯部稲村神社16


      20190216磯部稲村神社17

鹿島神宮にも要石があり、こちらと対になっているとのことで、
石の中央がへこんでます。



境内社。

      20190216磯部稲村神社18



本殿背後には、多くの境内社が鎮座する。

      20190216磯部稲村神社19


      20190216磯部稲村神社20


      20190216磯部稲村神社21


      20190216磯部稲村神社22


      20190216磯部稲村神社23




板碑。

      20190216磯部稲村神社24



受験シーズンもたけなわ。
合格祈願と合格パワーストーン。

      20190216磯部稲村神社25


      20190216磯部稲村神社26





こちらが、社務所。

      20190216磯部稲村神社27

御朱印は、こちらで拝受出来ます。
      


境内からちょっと離れた場所になる御手洗池。

      20190216磯部稲村神社29




御手洗池の脇には、境外社の咳嗽社。

      20190216磯部稲村神社30


      20190216磯部稲村神社31


      20190216磯部稲村神社32


      20190216磯部稲村神社33


      20190216磯部稲村神社34



こちらが、御朱印。

      20190216磯部稲村神社35



咳嗽社の御朱印。

      20190216磯部稲村神社36

2019/04/09 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り............................鴨大神御子神主玉神社   (2019年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日 

この日は、桜川市に出かけました。
昨年拝受出来なかった3つの神社の御朱印を
無事、いただく事が出来て気分も上々。

この勢いで、新たな御朱印拝受の神社巡りとなります。

雨引千勝神社をあとにして、向かった先は.................鴨大神御子神主玉神社。


鴨大神御子神主玉神社は、桜川市加茂部に鎮座する神社です。


社伝によれは、創建は神武天皇八年(紀元前652年)とされ、
延喜式内小社で、新治郡三座の一つとして古い歴史を持ち、
常陸国では、鹿島神宮・吉田神社に次ぐ社格を持つ大社だったそうです。

古くには上中下の三社に分かれていたらしく、こちらの鎮座地が上社にあたり
上社に別雷神、中社に皇子尊、下社に皇祖尊が祀られていたとのことです。
しかしながら、中社、下社の所在が不明という事らしい。

その昔、神社の山の奥に山姥が住んでいて、村人を苦しめていた。
康平年間(1058年~1064年)に、安倍氏の反乱の鎮圧と平定のために
当地に立ち寄った際にその山姥を成敗し、その首を切って竹の枝に刺し、
鳥居に掛けて見せしめにしたそうです。
村人たちは鳥居の穢れと山姥の怨念を恐れ、鳥居を取り壊し、
代わりに杉の木を植えて注連縄を掛け、「生鳥居」としたそうです。
以後、こちらの神社には鳥居が無いという事です。
また、氏子の家では、竹を植えると家が潰れるという言い伝えが残り、
現在でも竹を植えないと言われているそうです。


佐竹氏、足利氏、宍戸氏などの武家からの崇敬を集め、
特に佐竹氏の崇敬が厚く、佐竹義重は永禄十二年(1569年)に社殿修営をし、
嫡子、義宣の名広め式を行うなど、佐竹氏所縁の神社とされています。



御祭神は、主玉神。
太田田根子と別雷神が配祀されています。



神社社頭。

      20190216鴨大神御子神主玉神社01

確かに鳥居はなく、杉の木の間に注連縄を掛けて
生鳥居としている。



社号表の代わりに建つ、文化財を表示する標柱。

      20190216鴨大神御子神主玉神社02



この石段を上がれば境内。

      20190216鴨大神御子神主玉神社03

石段の先にも生鳥居が見えますね。



古びた手水鉢。

      20190216鴨大神御子神主玉神社04


 
さらに古い手水鉢。
   
      20190216鴨大神御子神主玉神社05



その脇には狛犬。

      20190216鴨大神御子神主玉神社06


      20190216鴨大神御子神主玉神社07



由緒等の記された説明板。

      20190216鴨大神御子神主玉神社08



こちらが拝殿。

      20190216鴨大神御子神主玉神社09


      20190216鴨大神御子神主玉神社10



拝殿正面。

      20190216鴨大神御子神主玉神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190216鴨大神御子神主玉神社12



別アングルからの拝殿。

      20190216鴨大神御子神主玉神社13


      20190216鴨大神御子神主玉神社14



そして、こちらが本殿。

      20190216鴨大神御子神主玉神社15


      20190216鴨大神御子神主玉神社16



境内社。
社殿から向かって左側に鎮座するのは、日枝神社。

      20190216鴨大神御子神主玉神社17



社殿から向かって右側に鎮座するのは、鹿嶋神社。

      20190216鴨大神御子神主玉神社18



境内社・八幡神社。

      20190216鴨大神御子神主玉神社1819



境内社・琴比羅神社。

      20190216鴨大神御子神主玉神社1820



境内社・春日神社。

      20190216鴨大神御子神主玉神社1821



石祠も点在する。

      20190216鴨大神御子神主玉神社1822


      20190216鴨大神御子神主玉神社1823



境内に建つ記念碑。

      20190216鴨大神御子神主玉神社1824


      20190216鴨大神御子神主玉神社1826



この時気づいたのですが、社務所らしき建物はない。
どうやら、古式ゆかしい神社ではあるが、普段は無人の神社。


こちらが、御朱印。

      20190216鴨大神御子神主玉神社1827


現在の本務社である、桜川磯部稲村神社の社務所にて拝受いたしました。




2019/04/08 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪   雨引千勝神社   (20119年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、桜川市に出かけました。
一年前に桜川市に訪れた時に御朱印を拝受出来なかった神社へのリターンマッチ。
その第三弾は、雨引千勝神社です。


雨引千勝神社は、桜川市本木に鎮座する神社です。


創建は、大同2年(807年)。
千勝民部大輔藤原国定が鹿島より勧請したとされています。

祭神は道案内と産業の神様で知られる猿田彦命を祀り、
千勝大明神と呼ばれていましたが、
明治六年(1873年)に神社の名を雨引千勝神社と改称しました。
神社の紋章(菊水)は、常陸国に来た楠木氏が、
戦勝祈願のため菊水の紋を木に彫り奉納したものだそうです。


雨引千勝神社に来るのは、これで3回目。
( 前回の訪問記事は こちら


一の鳥居。

      20190216雨引千勝神社01



社号標。

      20190216雨引千勝神社02



二の鳥居。

      20190216雨引千勝神社03



社頭に掲げられた由緒書き。

      20190216雨引千勝神社05



その傍らには、説明板。

      20190216雨引千勝神社06



手水舎(手水鉢)。

      20190216雨引千勝神社07



参道には3つの手水鉢が並ぶ。

      20190216雨引千勝神社08


      20190216雨引千勝神社09



拝殿。

      20190216雨引千勝神社13


      20190216雨引千勝神社10



拝殿正面。

      20190216雨引千勝神社11




拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190216雨引千勝神社15



こちらは奉納額。

      20190216雨引千勝神社16



拝殿正面の縁台に置かれた扁額。

      20190216雨引千勝神社14




別アングルからの拝殿。

      20190216雨引千勝神社12




そして、こちらが本殿。

      20190216雨引千勝神社17


逆アングルから。

      20190216雨引千勝神社18


      
拝殿前の狛犬。

      20190216雨引千勝神社20


      20190216雨引千勝神社21



境内社。

      20190216雨引千勝神社22


      20190216雨引千勝神社23


      20190216雨引千勝神社24


      20190216雨引千勝神社25



忠魂碑。

      20190216雨引千勝神社26



御神木。

      20190216雨引千勝神社27



こちらが社務所ですが、この日も社務所は閉まっていて
どうやら、普段は無人の神社のようです。

      20190216雨引千勝神社28



こちらが、雨引千勝神社の御朱印。

      20190216雨引千勝神社29


何とか宮司さんと連絡が取れ、
お忙しい中社務所まで出向いて頂き、
墨書きして頂きました。
貴重な御朱印、有難うございました。



2019/04/08 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit