05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

び・び・びのびいすけ

茨城百景 《 富谷観音 》(2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

旧・真壁町から旧・大和村、そして旧・岩瀬町へと桜川市内を移動してします。

鴨鳥五所神社をあとにして、向かったのは桜川市富谷地区。

実は、昨年の6月に、茨城百景の『謡曲桜川の桜と富谷観音』を訪れた時に
富谷観音の近くにある茨城百景の石碑を探しきれませんでした。
今回、富谷山の近くに来たこともあり、前回のリベンジ。
茨城百景の碑を探します。

茨城百景を追いかけている先人たちのブログをチェック。
その画像や記事から推測して、碑のある場所わわ推測して探します。

大まかな場所にあたりをつけ、車で徘徊して
見事に碑を発見!

急いで、車を降りて写真撮影です。

      20180216茨城百景 富谷観音01



碑には、小さく 謡曲桜川の桜と富谷観音 と刻まれ
大きく 富谷観音 と刻まれています。

      20180216茨城百景 富谷観音02

この碑を探していたんだよなぁ。


せっかくだから、裏面も撮っちゃいましょう(笑)。

      20180216茨城百景 富谷観音03


よくよく考えたら、茨城百景が制定されたのは昭和25年。
それを記念して設置された碑だから、当然設置される場所は
① ズバリ、その対象物の在る場所。
② その対象物へ行くための最寄りの交通機関の駅やバス停前。
③ その対象物へ行くための道沿い。

これらが考えられます。
昭和25年当時の旧道に碑が在るのは容易に考えられます。
しかし、その旧道の場所が分からないというジレンマはありますが...............


この場所も旧道だったようです。

      20180216茨城百景 富谷観音04

茨城百景の碑の近くに道標となる石碑がありました。


せっかく碑を見つけたんだから
このまま、別な場所に移動しちゃうのも芸がない。

何せ、碑が在るのは、富谷山の麓。
富谷山の中腹にある富谷観音まで
ハイキングコースが整備されているようです。

      20180216茨城百景 富谷観音05



この先はハイキングコースと言うか、
富谷観音の参道になるようです。

      20180216茨城百景 富谷観音06


      20180216茨城百景 富谷観音07


      20180216茨城百景 富谷観音08



麓から歩いて行くのは大変だから、
車でサッと富谷観音まで移動しちゃいます。


富谷観音は、正式には富谷山 小山寺と言います。
天平7年(735年)に聖武天皇の勅願により、
行基を開基として創立されたと伝えられています。
地元では「富谷観音」の愛称で親しまれています。
富谷観音の三重塔は相輪の銘によると、
寛正6年(1465)に多賀谷朝経が大旦那となり、
大工宗阿弥家吉とその息子によって建立されたもので、
国の重要文化財に指定されています。

      20180216茨城百景 富谷観音09



富谷観音の入口。

      20180216茨城百景 富谷観音10



境内の三重塔が国の重要文化財に指定されているから注目を浴びますが
こちらの楼門もそれなりに立派なモノ。

      20180216茨城百景 富谷観音11


      20180216茨城百景 富谷観音12


楼門に掲げられた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音13

悲しいかな、何と書いてあるか...............?
達筆すぎて、私には判別不能。



楼門の仁王像。

      20180216茨城百景 富谷観音14


      20180216茨城百景 富谷観音15



富谷観音(小山寺)には、文化財が多いようです。
さりげなく、楼門前には富谷観音の文化財の説明板。

      20180216茨城百景 富谷観音16



こちらは、手水鉢になるのだろうか...............?

      20180216茨城百景 富谷観音17


楼門の先は、急な石段。

      20180216茨城百景 富谷観音18


石段を上れば境内。


手水舎。

      20180216茨城百景 富谷観音19



こちらが本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音21


別アングルからの本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音20



さらに別アングルから。

      20180216茨城百景 富谷観音22



本堂の扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音23

おそらく、山号だと思うのだけれど、『富谷山』には見えない。
字数も合わないし...............。



こちらは、本堂の左右に飾られた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音24


      20180216茨城百景 富谷観音25



境内と言うか、本堂背後の斜面に祀られた大黒堂。

      20180216茨城百景 富谷観音26



中には大黒天がしっかりと祀られています。

      20180216茨城百景 富谷観音27


こちらは、弁財天。

      20180216茨城百景 富谷観音28

大黒天、弁財天と来たら七福神?
でも他にも七福神らしき影も無い。


こちらが、国指定文化財の三重塔。

      20180216茨城百景 富谷観音29


      20180216茨城百景 富谷観音30


      20180216茨城百景 富谷観音31



鐘楼。

      20180216茨城百景 富谷観音32




桜川市の指定天然記念物。
小山寺の大杉。

      20180216茨城百景 富谷観音33
      20180216茨城百景 富谷観音34


      20180216茨城百景 富谷観音35



基本は神社派ですが...............
せっかく訪れた富谷観音( 小山寺 )。
御朱印をいただく事に。

      20180216茨城百景 富谷観音36


富谷観音の御朱印は、同じ桜川市の月山寺でいただく事が出来ます。

御朱印もいただいたし、茨城百景の碑も見つけることが出来たから
これで本当に『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』が制覇出来ました。




スポンサーサイト
2018/04/03 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 峰寺山 (2018年1月18日)(茨城県石岡市) 

1月18日

この日は、茨城県の石岡市に出かけました。

石岡市にも茨城百景の地は何ヶ所かあるのですが
何せ平成17年に旧・八郷町と合併したから、石岡市も広い。

旧・八郷町域には、茨城百景の一つである『峰寺山』があります。

昭和25年に選定された茨城百景。
その一つである『茨城百景 峰寺山』。
そもそも峰寺山は、茨城県石岡市の北西部にある標高379.6mの山です。
石岡市と桜川市の境付近を南北に連なる筑波連山北部の支峰の一つで、
弁天山の東に位置しています。

峰寺山の中腹には、天台宗の古刹西光院とレジャー施設の東筑波ユートピアがあります。
西光院は「関東の清水寺」と呼ばれ、懸造の本堂からは八郷盆地を一望することができます。
また、東筑波ユートピアは猿を中心とした動物公園として知られているそうです。


茨城百景の碑は、西光院の境内に在ると言うことなので
とりあえず、西光院を訪れてみます。

峰寺山の中腹にある西光院。
曲がりくねった道を車を走らせ到着します。

      20180118茨城百景峰寺1



山の中腹にある古刹だから、しっかりとした山門があるのかと思えば
山門は質素なモノ。

      20180118茨城百景峰寺02


山門の脇には、何やら注意書き。

      20180118茨城百景峰寺04


更には、 びいすけ にとっては追い打ちを掛ける非常な注意書き。

      20180118茨城百景峰寺05


仕方がないから、 びいすけ はココまで。

      20180118茨城百景峰寺06

駐車場に停めた車の中で留守番です。


崖に建つ本堂。

      20180118茨城百景峰寺07

ここからの眺望が茨城百景にあたるらしいが
基本的には撮影禁止。

住職さんの奥さんに撮影禁止と言われましたが
『茨城百景を追いかけていて、石碑諸々を撮りに来ました』と言って
今回だけ、許可を頂きました。


こちらが、茨城百景の碑。

      20180118茨城百景峰寺08


『茨城百景 峰寺山』と刻まれています。

      20180118茨城百景峰寺09



庫院の庇にも、手作りの碑(?)。

      20180118茨城百景峰寺10


過去に、観光目的のみで訪れる人が多く
現在は、その眺望を撮影する事が禁止されてしまっています。
確かに、この地は寺院であり.参拝が本来の目的のはずだと言うのは分かるのだが...............。

寺院等の社寺仏閣を百景の地と選定するのは
今の御時世では、無理があるのかも知れないなぁ...............




2018/03/05 Mon. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 山の荘 (2018年1月18日)(茨城県土浦市) 

1月18日

この日は、茨城県の石岡市に出かけました。

千葉県から利根川を渡り、利根町→龍ケ崎市→牛久市→土浦市と抜けて
朝日峠の朝日トンネルを抜ければ石岡市。

朝日トンネルの手前の 小町の里 で小休止。
確か、この近くに 昭和27年に廃校になった山ノ庄村立小野小学校が何処にあるはず。
その場所を調べるのも良いかな?と思ったけれど
冬の田舎の朝の8時半、出歩いている人は誰もいない。

9時近くになって、小町の里 の職員の方が見えられたけど
誰もそんな昔(昭和27年)の事は知らない。

そう言えば、近くの 日枝神社 に茨城百景の碑が在ると聞き
日枝神社に行ってみました。

そもそも茨城百景と言うのは、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。


茨城百景 山ノ荘 は、包括風景として、清滝観音堂 東城寺 向上庵 御経塚 
駒ケ滝 日枝神社が含まれます。



こちらが、日枝神社の社号標。

      20180118茨城百景山の荘01


      20180118茨城百景山の荘02



そして、一の鳥居。

      20180118茨城百景山の荘03


木々が生い茂り、社殿まで続く長い参道。

      20180118茨城百景山の荘04



この長い参道を利用して、日枝神社の流鏑馬が行われるようです。

土浦の日枝神社の流鏑馬祭は、山ノ荘地区の平和と五穀豊穣を祈願したもので、
毎年4月第1日曜日に行われているそうです。
この流鏑馬は、村人に害をなした大猿を
領主と弓の達人が退治したという室町時代の伝承を基にしたもので、
物語性を持つ珍しい流鏑馬だそうです。

御輿御渡所。

      20180118茨城百景山の荘05


その先には、三の矢場。

      20180118茨城百景山の荘06



二の矢場。

      20180118茨城百景山の荘07



そして、一の矢場。

      20180118茨城百景山の荘08


参道に建てられた日枝神社の説明板。

      20180118茨城百景山の荘09


参道からの二の鳥居。
奥には日枝神社の社殿。

      20180118茨城百景山の荘10



参道の左脇に、茨城百景の碑を発見。

      20180118茨城百景山の荘11


見慣れた茨城百景の碑とは、ちょっと違う。

      20180118茨城百景山の荘12

碑文によれば、本来の茨城百景の碑は、本来は別の場所に在ったらしい。
道路拡張時に誤って破損してしまったらしい。
地元の有志が、この場所に新しい 茨城百景の碑 を記念碑として建てたらしい。


この場所は、日枝神社の境内。
確かに、茨城百景 山ノ荘 の包括地区に日枝神社も盛り込まれているから
この場所に碑が建てられても間違いではない。


日枝神社の流鏑馬の説明板。

      20180118茨城百景山の荘13


その脇には、流鏑馬祭の記念碑。

      20180118茨城百景山の荘14



こちらが手水舎。

      20180118茨城百景山の荘15



二の鳥居。

      20180118茨城百景山の荘16


金網のフェンスに囲まれた茨城県指定の伝統工芸品である石灯籠。

      20180118茨城百景山の荘17



さらには、日枝神社の沿革の刻まれた碑。

      20180118茨城百景山の荘18



狭い境内には、石版や碑が多い。

      20180118茨城百景山の荘19



こちらが拝殿。

      20180118茨城百景山の荘20


      20180118茨城百景山の荘21



別アングルからの拝殿。

      20180118茨城百景山の荘23


見た感じ本殿のようにも見えるけど、おそらく神楽殿。

      20180118茨城百景山の荘22


      
拝殿の奥にある本殿。

      20180118茨城百景山の荘24



本殿の飾り彫刻。

      20180118茨城百景山の荘25


こちらが社務所。

      20180118茨城百景山の荘26

現在は、無住の社務所。
宮司さんも離れた隣の集落に住んでおられるということで
社務所は、パラグライダーの事務所として使われているようです。


小町の里 で見せてもらった新治村史によれば、
かつて、日枝神社の参道近くに、山ノ荘村立小野小学校が在ったらしい。
宮司さんが居れば、詳しい場所が聞けたかも知れないし
ひょっとしたら、日枝神社の御朱印もいただけたのかも知れない。

ちょっぴり残念...............。



2018/03/03 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 新利根川の釣り場 》 (2017年11月11日)(茨城県稲敷市) 

11月11日  

茨城県の稲敷市に出かけたこの日。

稲敷市にある 茨城百景 《新利根川の釣り場 》に立ち寄ってみました。


稲敷市から千葉県の神崎町へと続く県道107号線。
新利根川に架かる幸田橋の袂。

      20171111 新利根川の釣り場01



茨城百景の碑が在りました。

      20171111 新利根川の釣り場02



こちらが、茨城百景の碑。

      20171111 新利根川の釣り場03


      20171111 新利根川の釣り場04


      20171111 新利根川の釣り場05



茨城百景 《 新利根川の釣り場 》の名が示す通り
この辺りは格好の釣り場のようです。

      20171111 新利根川の釣り場06


休日(土曜日)の長閑な午後、釣り糸を垂らす太公望も意外に多い。

      20171111 新利根川の釣り場07


      20171111 新利根川の釣り場08


      20171111 新利根川の釣り場09


      20171111 新利根川の釣り場10


あいにくの曇り空ですが...............

長閑な休日を感じさせる風景です。






2017/12/27 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 阿波の大杉神社 》 (2017年11月11日)(茨城県稲敷市) 

11月11日

この日は、茨城県の稲敷市に出かけました。

稲敷市にある大杉神社。
この大杉神社は茨城百景の一つ、
《阿波の大杉神社》として選定されています。


大杉神社の創建は、神護景雲元年(767年)と伝えられています。
豪奢な社殿を擁することから「茨城の日光東照宮」の異名があり、
『アンバ様』の愛称でも親しまれているそうです。

大杉神社は、かつて「アンバ神」あるいは「アンバに坐す神社」と称されていて、
後に神霊が巨杉に宿ることから「大杉神社」と称されるようになりました。
しかし、多くの人々は愛着を込めて『アンバ様』と称するようになったそうです。

「アンバ神」は房総半島北部域から茨城県東南部一帯を支配していましたが、
後に「悪魔祓のアンバ様」と称されるようになり、生活万般の厄難を消除する御利益から、
厄除・八方除、星除、空亡除(天中殺、大殺界除)の神様として、
また、日本唯一の夢むすび大明神であり、夢叶えの神社として、
多くの人がお詣りに訪れるそうです。

関東や東北地方に分布する約670社を数える大杉神社の総本社であるそうです。



大杉神社の麒麟門の前に、茨城百景の碑は在ります。

      20171111阿波の大杉神社01


こちらが、茨城百景の碑。

      20171111阿波の大杉神社02

   

      20171111阿波の大杉神社03



麒麟門。

      20171111阿波の大杉神社04

平成22年に完成した二階建ての楼門です。




麒麟門の扁額。

      20171111阿波の大杉神社05

「夢顕」と読むらしい。
大杉神社が日本で唯一の夢むすび大明神の異名を持ち、
多くの人々の夢(願い)を顕現したことに由来するそうです。



こちらが、大杉神社の一の鳥居。

      20171111阿波の大杉神社06


鳥居に掲げられた神額。

      20171111阿波の大杉神社07



鳥居の脇には狛犬の代わりか?
かない天狗。

      20171111阿波の大杉神社08

『夢が叶う』をもじっているのでしょう。



こちらが拝殿。

      20171111阿波の大杉神社09



拝殿の扁額には『大杉殿』と記されています。

      20171111阿波の大杉神社10



こちらは、神楽殿。

      20171111阿波の大杉神社11


      20171111阿波の大杉神社12




麒麟門。

      20171111阿波の大杉神社13

背面から見ても煌びやか。
「茨城の日光東照宮」と言われる由縁でしょうか?



この大杉神社、分社も多い。

      20171111阿波の大杉神社14


こちらが、その代表格。
大国神社。金運・財運の神様です。

      20171111阿波の大杉神社15

金運に七福神で有名な大黒天が祀られています。



御神木の三郎杉。

      20171111阿波の大杉神社16 


         20171111阿波の大杉神社17
      20171111阿波の大杉神社18



拝殿脇には、撫桃。

      20171111阿波の大杉神社19


桃の形をした石。

      20171111阿波の大杉神社20

撫でると厄難が解消されると言われているそうです。



旧・護摩堂。

      20171111阿波の大杉神社21


寛政10年(1798)の大火災で消失した本殿の代わりに
一時期、仮本殿としていたらしい。
当時は藁葺き屋根でしたが、現在は瓦屋根。

      20171111阿波の大杉神社22



大杉神社の敷地内にある『最勝稲荷神社』。

      20171111阿波の大杉神社23

大杉神社にある多くの分社に一つ。
何とも言えないネーミング。
最強の稲荷神社でしょうか?


鳥居の神額。

      20171111阿波の大杉神社24



立ち並ぶ朱色の鳥居。

      20171111阿波の大杉神社25

プチ伏見稲荷?


最勝稲荷神社の本殿。

      20171111阿波の大杉神社26


      20171111阿波の大杉神社27


個性の強そうな狛犬ならぬ狛狐。

      20171111阿波の大杉神社28



最勝稲荷神社の隣には『勝馬神社』。

      20171111阿波の大杉神社29


祠の中には馬の像。

      20171111阿波の大杉神社30


祠の扁額。

      20171111阿波の大杉神社31


多くの蹄鉄が奉納されています。

      20171111阿波の大杉神社32

この勝馬神社は多くの競馬関係者がお詣りに来るらしい。
何と言っても中央競馬会の美浦トレーニングセンターは隣町(美浦村)にある。
厩舎の人も神頼み?


意外な発見もある大杉神社。

なりほど...............
厄祓いの神様だけでなく、勝負運の神様でもある訳です。

大杉神社、侮れません。





2017/12/25 Mon. 15:48 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 江戸崎の景観 》 (2017年11月11日)(茨城県稲敷市) 

11月11日

この日は、茨城県の稲敷市に出かけました。

昨年から追っかけている茨城百景。
ここ稲敷市にも何ヶ所か在るので、稲敷市の茨城百景を巡ってみました。

稲敷市は、平成17年に江戸崎町・新利根町・東町・桜川村が合併し誕生しました。
旧・江戸崎町にある 茨城百景 《江戸崎の景観》に向かいました。


県道49号の旧道、江戸崎総合高校近く。
こちらが、茨城百景 《江戸崎の景観》の地。

      20171111江戸崎の景観01



茨城百景の碑の前で。

      20171111江戸崎の景観02



しかし...............


碑のすぐ隣にユンボが無造作に置かれている。

      20171111江戸崎の景観03

碑の在る場所が工事中?


この場所は高台の地になる。
碑の背後の江戸崎の地の景観。

      20171111江戸崎の景観04

眼下に広がるのは稲波干拓。
その昔、干拓される前は榎ヶ浦と言われていた湖だったそうです。

開拓され、水田が広がりますが
秋には稲穂が黄金色になったんでしょうね。

      20171111江戸崎の景観05


      20171111江戸崎の景観06


      20171111江戸崎の景観07



この地は、江戸崎八景の地でもある。

      20171111江戸崎の景観08


それにしても、工事車両のユンボが邪魔。
この日は工事が行われていなかったけれど
一応、観光地(?)の筈。
ユンボの置きっ放しはまずいんじゃない?








2017/12/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 鹿島神宮の景勝地 》 (2017年10月4日)(茨城県鹿嶋市) 

10月4日 公休日

この日は茨城県の鹿行地区に出かけました。

潮来市から鹿嶋市へ移動し、鹿嶋市のマンホールカードを入手した後に
向かった先は...............茨城百景 《 鹿島神宮の景勝地 》


個人的に追いかけている茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地を『茨城百景』として選定しました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もありますが...............)

そんな訳で、『茨城百景 鹿島神宮の景勝地』の碑は
以前、訪れたことのある塚原卜全の生誕の地に在ります。

鹿島神宮の近くであり、鹿島神宮駅からも近い位置にある公園。
そちらが、鹿島神宮の景勝地だったようです。

      20171004茨城百景鹿島神宮01



茨城百景の地よりも、塚原卜全の生誕の地として知れ渡っているようです。

      20171004茨城百景鹿島神宮02



『塚原卜全公園』だと思っていたら、違っていた。
正式には、『鹿詰公園』と言うらしい。

      20171004茨城百景鹿島神宮03



こちらが、茨城百景の碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮04



公園の隅にひっそりと建っています。

      20171004茨城百景鹿島神宮05



そして、茨城百景の碑の隣には、塚原卜全についての説明板。

      20171004茨城百景鹿島神宮12



なぜか、この小さな公園には碑が多い。


こちらが、公園の竣工記念の碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮06



そして、この公園のメインとも言える『塚原卜全の像』。

      20171004茨城百景鹿島神宮07


      20171004茨城百景鹿島神宮08



像の隣に建っている碑によれば
塚原卜全の像は、生誕五百年を記念して建立されたモノらしい。

      20171004茨城百景鹿島神宮09



そして、一際大きな碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮10

かなり古い碑とは思うけど、碑文が良く読めない。
結局、何の碑かはわからない。



そして、なぜかこの公園にも野口雨晴の詩碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮11

やはり、地元・茨城県が生んだ著名な童謡作家だからなんだろうか?



      
肝心の茨城百景の景勝地ですが.................
昭和25年にはこの辺りには何もない原っぱか何かだったのだろう。

でも、現在はと言えば
すっかり様変わりしてしまったことでしょう。
宅地開発され、鹿島神宮の方角には数件の住宅が建っています。

      20171004茨城百景鹿島神宮13


      20171004茨城百景鹿島神宮14




まあ、ここから鹿島神宮は近いから
のんびり歩いてみましょう。



参道で見かけた七福神の布袋尊。

      20171004茨城百景鹿島神宮15


      20171004茨城百景鹿島神宮16


すぐ近くには、サッカーボールの碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮17

これは地元のサッカークラブ、鹿島アントラーズからの寄贈品。
Jリーグ創設時からの名門であり、強豪クラブである鹿島アントラーズの
長きに渡る栄誉が讃えられています。

そう言えば、鹿島アントラーズのマスコットキャラクターの『しかお』は
鹿島神宮の鹿をモチーフにしたらしい。




平日だから、鹿島神宮に訪れる人も少なく
参道はひっそりとしています。

      20171004茨城百景鹿島神宮18




参道の先は鹿島神宮。

      20171004茨城百景鹿島神宮19


      20171004茨城百景鹿島神宮20

鹿島神宮には神聖な鹿も居て、境内のペットの立ち入りはNG。

参拝したかったけれど、 びいすけ を置いてまで参拝する気にはなれず
鳥居の前で、二拍二礼をして離れることにいたしました。





2017/10/31 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 水郷潮来 》 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


茨城百景 水郷牛堀 をあとにして、向かった先は...............茨城百景 水郷潮来


昭和25年に選定された茨城百景。
茨城県内の100の景勝地を選定して、『茨城百景』としました。

水郷の町として名高い潮来も茨城百景に選定されています。
以前、訪れた 稲荷山公園 が茨城百景の選定地であり、
公園内に百景の碑が建っています。

今回、改めて稲荷山公園に訪れてみました。

      20171004茨城百景潮来01



こちらが、茨城百景の碑。

      20171004茨城百景潮来02


      20171004茨城百景潮来03



稲荷山公園は水郷の郷を見下ろすように高台にあり、
その名が示すように稲荷神社もあります。

ちょっとした四阿もあって休憩も出来ます。

      20171004茨城百景潮来04



四阿の脇から眺望は開けています。

      20171004茨城百景潮来05

ただし、この日は曇り空。
この方向に富士山が見えるようですが...............
やっぱり今日も無理。


敷地の一角に建つ展望台。

      20171004茨城百景潮来06


当然、展望台へも上がります。
富士山は、この先にあるのですが
やはり、厚い雲で見えない。

      20171004茨城百景潮来07

一応、この場所も『関東の富士見百景』の地なんだけどなぁ。



眼下に広がる水郷の町、潮来。

      20171004茨城百景潮来08


      20171004茨城百景潮来09


      20171004茨城百景潮来10




展望台の前に建つ石碑。

      20171004茨城百景潮来11

中山晋平 と 野口雨晴 の詞碑。


こちらは、中山晋平と野口雨晴の詞碑の建立記念の碑。

      20171004茨城百景潮来12

中山晋平は多くの童謡・流行歌・新民謡などを残した作曲家です。

一方、野口雨情は多くの名作を残し、北原白秋、西條八十とともに、
童謡界の三大詩人と謳われた詩人であり、童謡・民謡作詞家でもありました。
名作である童謡『赤い靴』は、野口雨晴の作詞とされています。







稲荷山公園の名の語源となった稲荷神社。

      20171004茨城百景潮来13


      20171004茨城百景潮来14


      20171004茨城百景潮来15



本殿奥の高い2本の杉が御神木。

      20171004茨城百景潮来16



潮来ってまともに観光したことは無かったし
正直、この時点では大したことの無い町だと思ってました。

後に、チョットしたショックと言うか、
驚かされる現実を目の当たりにするんだけど
(ちょっぴり大袈裟かな?)(笑)
それは、また何れかの機会にでも...............。





2017/10/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 水郷牛堀 》 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

10月最初の公休日。
早いもので、今年もあと3ヶ月を切りました。

休みの前に、色々と出かける計画は立てているものの
朝起きたら雨とか、昼から雨が降るなんて言う天気予報だと
心が折れて、出かけるのを躊躇して腰が重くなっていた昨今。
半月(?)振りに霞ヶ浦界隈に出かけることにしました。


曇り空の中、朝6時に自宅を出発。
向かった先は茨城県の潮来市。
そして、訪れたのは...............茨城百景 水郷牛堀


個人的に茨城県の景勝地である茨城百景を追いかけています。
百景の地を訪れ、その景観を眺めるのも当然ですが
茨城百景の碑を探し当てるのも、追いかけてみると楽しみの一つになっています。

ただ、昭和25年に選定された茨城百景。
その後67年が経ち、往時とは景観も変わり
選定記念に建てられた茨城百景の碑も現存しない所も在るようです。

さて、茨城百景 水郷牛堀 ですが...............

江戸時代に日本全国を歩き回った葛飾北斎は富嶽三十六景を描き残しました。
その中の1枚である『常州牛堀』は、権現山からの風景であり、
北斎が『常州牛堀』を描いた場所と言われています。
現在、権現山は権現山公園として市民に開放され、
天気の良い日には、筑波山と富士山を同時に見ることができるそうです。
公園には展望台があり、そこから北斎が目にしたは富嶽三十六景富岳の景色を
偲ぶことが出来るそうです。


こちらが公園入口、

     20171004茨城百景牛堀01


そして、案内板。

      20171004茨城百景牛堀02

実は、この権現山公園に来るのは2回目。
潮来市の公園巡りをしている時に訪れました。
それ以前は、桜の名所だと言うことぐらいしか知らなかった。


桜の名所だけあって、駐車場脇には綺麗目な芝生に桜の木々。

      20171004茨城百景牛堀03



展望台近くに茨城百景入選記念碑。

      20171004茨城百景牛堀04

百景に碑じゃなくて、入選記念碑って言うのが他の百景の地と変わっています。


入選記念碑の前で一枚、パチリ☆。

      20171004茨城百景牛堀05



入選記念碑の隣には、『きずな之像』。名誉市民 森内捷夫氏の像。

      20171004茨城百景牛堀06


旧・牛堀町の町長を務め、潮来市の名誉市民である森内捷夫氏の碑。

      20171004茨城百景牛堀07

『きずな之像』に並ぶように建っています。




これらの碑の正面には、展望台。

      20171004茨城百景牛堀08



筑波山や富士山も見えると言うことですが
生憎の曇り空。

      20171004茨城百景牛堀09



霞ヶ浦を見渡せるこの景色が、『 富嶽三十六景 常州・牛堀 』なんですね。

      20171004茨城百景牛堀10


      20171004茨城百景牛堀11

実は、この地は『 関東の富士見百景 』の一つであるが
例の碑が見当たらない。


公園内を移動しましょう。

      20171004茨城百景牛堀12



潮来の市街地方面も曇り空。

      20171004茨城百景牛堀13



びいすけ は、やっぱり芝生広場かな?

      20171004茨城百景牛堀14



芝生の感触を確かめるかのようにゆっくりと徘徊。

      20171004茨城百景牛堀17



そして、芝生の匂いを必死に嗅いで...............

      20171004茨城百景牛堀19




いきなりのごろ〜ん。

      20171004茨城百景牛堀18


      20171004茨城百景牛堀15


      20171004茨城百景牛堀16


地面に背中を擦り付けてスリスリ。
気持ち良いのかなぁ?      


    
見た感じ、綺麗な芝生広場。

      20171004茨城百景牛堀20

春には満開の桜の花が待っている。
その頃に、もう一度来てみるかな...............。






2017/10/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 御前山 》 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。


常陸大宮市に那珂川を挟んで隣接する城里町に
茨城百景があると知り訪れてみました。


常陸大宮市から那珂川大橋を渡り、城里町に入った辺りから
眼前に見えるのが、 茨城百景 御前山


茨城百景の碑は、那珂川大橋の近くに在るとのことですが
その辺りに駐車場は無いので、御前山の近くにある、
道の駅『かつら』の駐車場をお借りしちゃいましょう。

      20170914l茨城百景 御前山01


ついでに、ちょっぴり小腹も空いたから
休憩でもしちゃいましょう。

って思っていたら、屋外の売店はちょうど閉店作業中。
16時に店終いのようです。
残念!

      20170914l茨城百景 御前山02


      20170914l茨城百景 御前山03



気を取り直して、茨城百景の碑を探しに行きます。
茨城百景の碑は、御前山バス停近くの斜面に建っているらしい。


バス停、発見!

      20170914l茨城百景 御前山04


近くの斜面に目を移し、茨城百景の碑を探します。

時期が悪いのが?
それとも常陸大宮市の在る場所が悪いのか?
伸びている雑草や木々の茂みに隠れて
肝心の碑が良く見えません。

      20170914l茨城百景 御前山05

画像では見づらいですが、この茂みの中に碑があるのは間違い無い。
うっすらと丸っぽい碑が見えるんだよなぁ...............
よっぽど、日頃の行いが良くないのか?(笑)



碑の建っている斜面の背後が御前山。

      20170914l茨城百景 御前山06

この日は、すでに16時過ぎ。
さすがに、これから山に向かうのは気がひける。


近くの那珂川近辺を散策いたしましょう。

      20170914l茨城百景 御前山07



那珂川大橋越しに眺める御前山。

      20170914l茨城百景 御前山08



那珂川大橋からの那珂川。

      20170914l茨城百景 御前山09



橋の欄干の隙間から覗き込む びいすけ 。

      20170914l茨城百景 御前山10



本当は水が怖いくせに(笑)

      20170914l茨城百景 御前山11



那珂川の河原に降りてみました。

鮎釣りに興じる人もそれなりに居る。

      20170914l茨城百景 御前山12


      20170914l茨城百景 御前山13



御前山のハイキングコースの途中に滝もあるらしいから
本当は御前山のハイキングコースを歩いてみたかったんだけど
今回は断念。

次回にでも、しっかりと茨城百景の碑を確認して
滝の流れでも眺めることにしよう。






2017/10/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 鷲尾山と三浦杉 》 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は茨城県の常陸大宮市に出かけました。

常陸大宮市には、廃校巡りが目的で訪れましたがら
せっかく茨城県に来ているんだから、茨城百景の一つでも
立ち寄ってみないと常陸大宮市に来た意味が無い。

と言うわけで、久しぶりに訪れた茨城百景。

茨城百景 鷲尾山と三浦杉



茨城百景のタイトルでもある三浦杉。

久寿2年(1155年)、相模国の三浦大介義明が勅命により下野国・那須野へ
九尾の狐退治に行く途中で吉田八幡神社に植えた杉のことです。
「われ冥護により よく武運を果し 心願を成就せば この杉 天にそびえよ」
(神のご加護により、武士としての使命を果たし、願いが叶うなら、この杉、天にそびえよ。)
と言ったそうです。
そして、見事に悪狐を退治することが出来ました。
ちなみに、その場所が那須の殺生石のある場所になるそうです。
当初は、この杉を『鎌倉杉』と呼んでいたそうですが、
水戸藩主・水戸光圀が『三浦杉』と改称したそうです。




こちらが『三浦杉』のある吉田八幡神社。

      20170914鷲尾山と三浦杉01

吉田八幡神社は、大同2年(807年)に創建されました。
当初は「八幡神社」としていましたが、
徳川光圀公が「吉田神社」と改め、
昭和12年に「吉田八幡神社」と改称されました。


参道に続く鳥居。

      0170914鷲尾山と三浦杉02


参道には鬱蒼と巨木の杉が立ち並びます。

      0170914鷲尾山と三浦杉03



こちらが、二の鳥居。

      0170914鷲尾山と三浦杉04



そして、鳥居の扁額(神額)。

      0170914鷲尾山と三浦杉05



二の鳥居をくぐって、さらに石段を上れば
明らかに周りの杉の木とは違うオーラを発する杉の巨木。
これが、三浦杉。

      1234


吉田八幡神社の本殿へと続く石段の手前に柵があり
一般客は、これ以上先へは進めません。
どうやら、三浦杉の枯れ枝が落下して怪我をしないようにとの理由らしい。

一応、吉田八幡神社の本殿は、常陸大宮市の指定文化財になっているから
どんな感じなのか?
見てみたかったなぁ...............。

      0170914鷲尾山と三浦杉07



柵の位置から見上げる三浦杉。
石段右側の三浦杉。

      0170914鷲尾山と三浦杉08



石段左側の三浦杉。

      5678



パノラマとはいかないけれど
何枚かに分けて撮ってみました。

           0170914鷲尾山と三浦杉12
        0170914鷲尾山と三浦杉11
      0170914鷲尾山と三浦杉10




根元には手書きの看板。

      0170914鷲尾山と三浦杉13



石碑もありますが、柵があって近寄れない。

      0170914鷲尾山と三浦杉14



吉田八幡神社の近くに、茨城百景の碑が在ると言うことなので、
参道を下って行きます。

      0170914鷲尾山と三浦杉15


      0170914鷲尾山と三浦杉16



周辺を探し回って、碑を見つけました。

      0170914鷲尾山と三浦杉17



こちらが、茨城百景の碑。

『 茨城百景 鷲子山と三浦杉 』

      0170914鷲尾山と三浦杉18



吉田八幡神社から、バイパスを渡り、旧道との交差点に
茨城百景の碑は在りました。

      0170914鷲尾山と三浦杉19



この場所には、他にも碑が建っています。

      0170914鷲尾山と三浦杉22



小田野宿の碑。

      0170914鷲尾山と三浦杉20

この辺りは宿場町だったようです。


そう言われれば宿場町の雰囲気がしなくも無い

      0170914鷲尾山と三浦杉21


でも林業関係の会社が何件もあるようだから
宿場町っていうよりは林業に従事する人の村って言うのが
正直、正解かもしれない。


鷲子山は何処にあるのか分かりませんが
茨城百景 鷲子山と三浦杉、これにて完結です。




     
2017/10/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音 《名勝 桜川 》《 磯部桜川公園》(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市には、『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』と言う景勝地があります。

とりあえず、富谷観音 には足を伸ばしてみたから
これにて完了! と思っていたら、どうやら富谷観音よりも
『桜川』の方が景勝地としては秀でたものがあるようで
『名勝 桜川』と言われるほどだから、素通りは出来ません。
ましてや、茨城百景の碑もあると言う。

と言う事で訪れたのは...............名勝 桜川


『名勝 桜川』は,茨城が誇る桜の名所です。
桜川の桜は,「西の吉野,東の桜川」と並び称されるほど有名で、
平安時代にはすでに多くの人に知られていたそうです。
中でも磯部桜川公園では、天然記念物に指定された11種類の貴重な桜に出会えるそうです。
桜川の桜は、東北産の白山桜が中心で、梅鉢桜・桜川匂・薄毛桜・白雲桜・初見桜・樺匂
青桜・青毛桜・源氏桜・大和桜・初重桜などがあるそうです。
また、水戸藩藩主の水戸光圀公は、水戸の川沿いに桜川のサクラを移植し、
その川を「桜川」と名付けるほど,「桜川のサクラ」がお気に入りだったようです。

室町時代に世阿弥元清が著わした謡曲「桜川」は、
この桜川沿岸の悲話から題材をとったものと言われています。
人買いの手に渡った我が子を探し求めてこの地に来た母が、
磯部寺の僧の弟子になっていた我が子と巡り会う、という話で、
この磯部寺は磯部神社の境内にあったと伝えられています。
水戸光圀公や笠間藩主牧野貞喜らも桜川に度々訪れており、
光圀はこの桜を水戸へ移植して、そばの川を桜川と名付けたという逸話が残されています。
また、将軍・家綱は隅田川堤へ、将軍・吉宗は小金井堤へ桜川の桜を移植させたそうです。




こちらが、『磯部・桜川公園』

      20170626 名勝 桜川01

すなわち、名称 桜川 の地です。


公園入口近くに、立派な説明板。

      20170626 名勝 桜川02



それなりに広そうな公園だから、案内板でしっかりチェック致しましょう。

      20170626 名勝 桜川03



陽射しが強くなって来たけれど、頑張って散策してみましょう。

      20170626 名勝 桜川04



おっと、その前に水分補給も忘れずに。

      20170626 名勝 桜川05



桜の名所だけあって、桜の木が多い。

公園内の遊歩道の両脇にも桜の木があり
生い茂った桜の葉が、適度な日除けとなってくれます。

      20170626 名勝 桜川06



石碑を発見!

こちらは、旧・岩瀬町に住んでいた女流歌人 植田多喜子氏 の歌碑のようです。

      20170626 名勝 桜川07


公園内は芝生の養生をしているのか?
場所によってはロープが張られ、立ち入り出来ない箇所もあるけれど
芝生は、かなり気持ち良さそう。

      20170626 名勝 桜川08



芝生に腹ばいになる びいすけ 。

      20170626 名勝 桜川09



嫌な予感を感じた瞬間...............

お得意のローリングが始まりました。

      20170626 名勝 桜川10


      20170626 名勝 桜川11

『うげっ! うげっ!』と奇声を発しながら
気持ち良さそうに、芝生の上をのたうち回る びいすけ 。



さて、散策を続けましょう。
この公園内のどこかに茨城百景の碑があるはず...............

      20170626 名勝 桜川14



茨城百景の碑を探していたら
こんなモノが目にとまりました。

      20170626 名勝 桜川16

オッ! オリエンテーリングのポスト。
この磯辺・桜川公園もオリエンテーリングのコースの一部になっているんですね。


しばらく進むと、視界に石碑が入って来ました。

      20170626 名勝 桜川15


      
数日前の『富谷観音』の記事に載せてしまいましたが
茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音 の碑です。

      20170626茨城百景 富谷観音20


包括地の 磯部月山寺 も記されています。

      20170626茨城百景 富谷観音21

茨城百景の地に百景の碑が建つ。
これがまさしく王道。
離れた地に石碑を建てても意味が無いはず。



さらに、公園内(名勝 桜川)の散策を続けましょう。

      20170626 名勝 桜川17



ロープで規制された芝生広場に入ります。

      20170626 名勝 桜川18



新たな石碑発見!

      20170626 名勝 桜川19


大正13年に当時の内務省に認定された 『名勝 桜川』の碑。

      20170626 名勝 桜川20



そして、名勝 桜川 の碑の傍らには、石倉翠葉の句碑。

      20170626 名勝 桜川21

明治時代の俳人・文学者で、岩瀬町出身の石倉翠葉は、
当時衰退の危機にあった「桜川のサクラ」を再興しようと、
弱冠20歳にして『櫻川事蹟考』を出版して、「桜川のサクラ」の顕揚に尽力しました。

石倉翠葉による『櫻川事蹟考』の出版と、そのための調査が礎となり、
大正時代になると史跡名勝天然記念物調査員が桜川の調査に訪れます。
桜川には大変貴重な桜が多いことから、大正13年「名勝桜川」として国の指定を受けることとなりました。

この句碑は、桜川の名勝、特別天然記念物の指定を受けることに
結果的に貢献した石倉翠葉の功績を讃えるモノなんですね。



芝生広場には、多くの桜があります。

      20170626 名勝 桜川22



この桜の1本、1本が貴重なモノなんですね。

      20170626 名勝 桜川23



立ち入りをロープで規制している理由がわかりました。

      20170626 名勝 桜川24


春になれば、素晴らしい光景になるんでしょう。


今は葉桜だから、感動も盛り上がりも今一歩なんですけどね...............

      20170626 名勝 桜川25


さて、名勝 桜川もそれなりに堪能出来たから
そろそろ遅くなったお昼ご飯にでもしましょうか...............?


2017/07/21 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 伝正寺と加波足尾 》②  (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。



昨年から始めた、『茨城百景』巡り。

百景の石碑を探しながら、景勝地を巡る...............
はたまた、景勝地を巡りながら、石碑を探す...............

実はこれが意外に楽しく、ハマってしまいました。


そもそも『茨城百景』とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選定されたモノで
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
いわゆる、昭和25年当時の茨城県下の景勝地になります。
当然、時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。

ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。


以前、茨城百景 《 伝正寺と加波足尾 》の碑は、
桜川市にある筑波鉄道の廃線跡の旧・真壁駅跡で見つけましたが
(正確には、『茨城百景 伝正寺と真壁城址』の碑)
どうやら、お隣の駅にあたる旧・樺穂駅にも、茨城百景の碑があるらしいと言うことで
探しにやって来ました。



鉄道の線路(軌道)は撤去されていますが
ホーム跡は健在。

      20170626茨城百景 加波山②01

サイクリングロードになっていますが、
廃線のホーム跡の面影は残っています。



ホーム跡の木々の間の雑草の茂った辺りに石碑か在る?

      20170626茨城百景 加波山②02


曇り空(千葉から車でいどうちゅな雨が降ったりして天候は安定していない)で
薄暗い上に、木々に間でさらに暗い。

      20170626茨城百景 加波山②03



おまけにツタが絡まるように、石碑も雑草に覆われて見づらい。

      20170626茨城百景 加波山②04



近づいて確認すると、『茨城百景』の文字が確認できる。

      20170626茨城百景 加波山②05


加波山 足尾山 の文字も読める。

      20170626茨城百景 加波山②06



これが、『茨城百景 加波山 足尾山』の碑。

      20170626茨城百景 加波山②07


      20170626茨城百景 加波山②08


考えてみたら、旧・真壁駅は伝正寺に近く、
まだ自動車が普及していない昭和25年当時は
筑波鉄道が唯一の交通手段であり、
真壁駅前に『茨城百景 伝正寺』の碑を建てたのでしょう。

また、加波山は樺穂駅が最寄りの駅となるため
こちらに『茨城百景 加波山』の碑を建てたのでしょう。






ホーム跡から見える加波山。

      20170626茨城百景 加波山②09




ふと視界に入った、ホーム跡の雑草の中に小さな碑。

      20170626茨城百景 加波山②11

よく見ると、『かばほのさくら』と刻まれています。

樺穂の桜 と言う意味でしょう。


旧・筑波鉄道の駅跡には古い桜の木が多く残されている。

      20170626茨城百景 加波山②12


鉄道も無くなり、誰も訪れることも無くなった旧・樺穂駅跡。

忘れさられた桜の木々と、茨城百景の碑がポツンと残された姿は
やけに印象的でした...............





2017/07/13 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 雨引観音 》   (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


五所駒瀧神社をあとにして、向かった先は...............茨城百景 雨引観音

昭和25年に制定された茨城百景。
そもそも、 つ茨城県観光審議会が選定した100の景勝地です。

桜川市にある雨引観音も茨城百景に選定されています。



雨引観音は正式には雨引山楽法寺と名称で、
中国から帰化した法輪独守居士が587年に開山したと伝えられる古刹です。
聖武天皇、光明皇后の帰依が厚く、その後、弘法大師によって真言宗の道場となりました。
現在は安産子育ての霊場として広く知られる関東屈指のお寺です。
桜の名所でもあり、また6月には「あじさい祭」も開かれます。


『 茨城百景 雨引観音 』の碑は、雨引観音の門前辺りにあるのかと思えば、
それが、また遠く離れた場所に在りました。

旧・筑波鉄道雨引駅跡に在りました。

      20170206茨城百景 雨引観音01



『 茨城百景 雨引観音 』の碑です。

      20170206茨城百景 雨引観音02

良く良く考えてみたら、茨城百景が制定された昭和25年当時は
まだまだ車社会ではなく、鉄道を利用する時代だったんですね。
その為、駅前とか駅のホームに百景の碑が建っていたんですね。


旧・雨引駅にも旧・真壁駅同様、立派な桜の木が多い。

      20170206茨城百景 雨引観音03


雨引駅は、筑波鉄道の廃線後、つくばりんりんロードの
雨引休憩所となっています。

      20170206茨城百景 雨引観音04



ホームの形態は往時のままですね。

      20170206茨城百景 雨引観音05


      20170206茨城百景 雨引観音06



雨引駅から数キロ先。
曲がりくねった道を走り、雨引観音の駐車場に到着。

それなりの高さだから、駐車場からの景観は良い。

      20170206茨城百景 雨引観音07


      20170206茨城百景 雨引観音08



では、雨引観音を探索いたしましょう。


いきなり、視界に入った看板。

      20170206茨城百景 雨引観音09

引き綱(リード)を離すな=ノーリードにするな!と言うことは
基本的には犬連れOKなんですね。
ちょっぴり安心。

社寺仏閣によつては、敷地内ペット禁止なんて言うのもあるからね。



それでは、正面から入りましょう。


立派な薬医門の脇に建つ寺号標。

      20170206茨城百景 雨引観音10



そして薬医門の反対側の脇には、物凄く大きな石灯籠。

      20170206茨城百景 雨引観音11

びいすけ と比較してみると、少しは大きさが分かるかな?


そして、立派な立派な薬医門。

      20170206茨城百景 雨引観音12

実は、この門は真壁城の薬医門。
真壁城が廃城後に移築されたらしい。


城門に相応しい、重厚な門です。

      20170206茨城百景 雨引観音13


      20170206茨城百景 雨引観音14



石段を上って行きましょう。

      20170206茨城百景 雨引観音15

この石段は俗に厄除けの石段と言われ、
一段一段登るごとに「南無観世音菩薩」と称号を唱えて登れば、
145段を登りつめた時、厄が落ちると言われているそうです。

正式には、磴道(とうどう)と言うらしい。



石段途中に見える鐘楼堂。

      20170206茨城百景 雨引観音16


      20170206茨城百景 雨引観音17



石段からちょっぴり脇に逸れれば、子安地蔵堂。

      20170206茨城百景 雨引観音18


      20170206茨城百景 雨引観音19



石段を上って辿り着いた仁王門。

      20170206茨城百景 雨引観音20


      20170206茨城百景 雨引観音21


仁王門の扁額。

      20170206茨城百景 雨引観音22



石段途中で見かけた椎の巨木。

      20170206茨城百景 雨引観音38


『宿椎』と言うらしい。

      20170206茨城百景 雨引観音37




さらに石段を上りきれば、雨引観音の本堂(観音堂)です。

      20170206茨城百景 雨引観音23


      20170206茨城百景 雨引観音24


扁額もズバリ、『観音堂』。

      20170206茨城百景 雨引観音25

そのまんまだし(笑)。


雨引観音の歴史の書かれた説明板。

      20170206茨城百景 雨引観音26


由緒書きの碑。

      20170206茨城百景 雨引観音27



こちらは、東照宮。

      20170206茨城百景 雨引観音29


      20170206茨城百景 雨引観音28


      
こちらは、多宝塔。

      20170206茨城百景 雨引観音30


      20170206茨城百景 雨引観音31

ネットで近隣の大きな寺院を調べてみると
この地域には三重塔のような多宝塔が在る寺院が多いようです。
地元ではあまり見かけないから、ちょっぴり新鮮に感じたりします。



こちらは、奥の院(客殿)。

      20170206茨城百景 雨引観音32




そして、六角堂

      20170206茨城百景 雨引観音33


六角堂の本尊は薬師如来。

      20170206茨城百景 雨引観音34



本坊前の見晴台(展望台)。

      20170206茨城百景 雨引観音35


さすがに景観は良い。

      20170206茨城百景 雨引観音36



時代(月日)が流れて、雨引観音の仏閣が建て変わっても
この場所から眺める景観は、きっと変わらないんだろうなぁ。
この不変さこそ、茨城百景の名に相応しいと感じたりします。







      

2017/03/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 伝正寺と加波足尾 》   (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は茨城県の桜川市、旧・真壁町に出かけました。
真壁に来た最たる目的は、『真壁のひなまつり』ですが
車を停めたのは、つくばりんりんロードの真壁休憩所の駐車場。

つくばりんりんロードは、かつて土浦駅と岩瀬駅を結んでいた路線である筑波鉄道の廃線跡で
真壁休憩所は、真壁駅が在った所です。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址01


実は、この旧・真壁駅の構内に茨城百景の碑が建っています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址02


こちらが、茨城百景の碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址03


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址04

昭和25年に制定された茨城百景では
『伝正寺と加波足尾』の筈?
こちらの碑は『伝正寺と真壁城址』になっている。

いつから変わったんだろう(笑)。


真壁休憩所は、真壁駅の面影を残しています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址05


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址06



では、茨城百景を巡りましょう。
本来の『茨城百景 伝正寺と加波足尾』だと包括地区が
真壁城址,加波山神社となっています。


まずは、伝正寺。

伝正寺は、「どっこい真壁の伝正寺」で知られているそうですが
全く知らなかった...............。
1268年、真壁城主・真壁時幹が法心禅師(真壁平四郎)のために建てた寺だそうです。
初代真壁藩主・浅野長政の菩提寺としても有名で、
境内には長政夫妻の墓や浅野本家最後の城主・長勲夫妻の石像があるそうです。


ところが、伝正寺に来てびっくり⁉️。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址07

参道には通行止めの看板。


山門は朽ち果て、雑草が茂り荒廃している。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址08


別な導線があるのかと、回りこんでみると
今度はこんな看板。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址09

どうやら、東日本大震災でかなりのダメージを受けたようです。

とは言っても、あれからもうすぐ6年が経つ。
まだ復旧作業をしているの? と思いながら敷地内に入ってみると...............

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址10



確かに本堂や鐘楼は工事中。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址11

境内には大小様々な石碑類が横倒しになっていました。
まだまだ復旧作業が完了するには時間が必要なようです。



伝正寺は諦め、真壁城址に移動しましょう。


真壁城址は以前訪れたことがあります。
前回はじっくり探索したので、今回は主郭(本丸)周辺をさらっと回ってみます。


二の丸にある真壁城址の看板。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址12


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址13


この日は風が強かった。

元々、筑波の山から吹きさらす風が強いのか?
いつになく、 びいすけ の耳が揺れています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址14



加波山をバックに一枚。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址15


二の丸の土塁と空堀。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址16




本丸にて。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址17


説明板の縄張り図。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址18


本丸には二基の城址碑。

こちらは古い方の城址碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址19

『真壁城址』と刻まれています。


こちらは、平成6年に建てられた新しい城址碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址20

こちらには『真壁城跡』と刻まれています。
実は、この年(平成6年)に真壁城は国指定史跡に登録されました。
その記念に新たに建てられたのでしょう。



本丸と二の丸に架かる土橋。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址21



そして、本丸の土塁。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址22


確か、前回訪れたのが2013年。
今から5年前。
あの当時も発掘調査と史跡公園整備事業が進められていたけれど
未だに調査は終わっていないようです。

伝正寺の復旧作業と言い、真壁城址の発掘調査と言い
果たして何年も掛けて行うものなんだろうか?

ひょっとしたら地域性なのかな?などと思いながらも
茨城百景『伝正寺と真壁城址』(?)これにて制覇です。




2017/03/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 岡堰 》   (2017年1月31日)(茨城県取手市) 

1月31日  公休日

この日は、廃校巡りに茨城県の取手市に出かけました。

廃校巡りのついでに、城址巡りや茨城百景巡りもしたりして...............。


岡城址からほど近い小貝川。
この小貝川に茨城百景があると言うことで
訪れたのは...............茨城百景 岡堰



岡堰は、江戸時代幕府が成立し、
寛永年間(1624〜1644)に関東郡代となった伊奈半十郎忠治は、
洪水を防ぐために鬼怒川と小貝川を分離しました。
そして現在の取手市戸田井付近の台地を切り開き、
利根川と合流する今のような流路が出来上がりました。
河川の改修事業は、利根川を銚子沖に付け替える東遷事業の一環として行われたもので、
小貝川は鬼怒川と切り離されることで、川筋が一定になります。
そして、寛永7年(1630)に設けられたのが岡堰です。
作られた堰は、水田に水を供給する農業用水路に生まれ変わりました。

岡堰は、上流の福岡堰、下流の豊田堰と共に、関東の三大堰の一つとされています。


岡台地の岡神社(岡城址)から歩いて小貝川の堤防に着きました。

      20170131岡堰01


堤防にどぉ〜んどお建っている茨城百景の碑。

      20170131岡堰02


『 茨城百景 岡堰 』の碑です。

      20170131岡堰03

以前は堤防の入口、民家に脇に建っていたようですが
現在は、堤防の上に移設されたようです。



百景の碑の前には小貝川。

      20170131岡堰06


      20170131岡堰04


中洲に見えるのが、旧・岡堰。

      20170131岡堰05


茨城百景が制定された昭和25年には、まだこちらの岡堰が活用されていましたが
平成8年に新・岡堰が完成し、旧・岡堰はほとんどが解体されてしまいました。    

旧・岡堰があった中ノ島には、岡堰の一部が残されています。

      20170131岡堰07

現在は中ノ島公園となっている中ノ島。
以前は、農暇期の小貝川の水量が少ない時期にしか渡ることが出来ませんでしたが
現在は中ノ島へ渡る橋も出来、簡単に渡ることが出来るようになりました。


旧・岡堰を別アングルから。

      20170131岡堰08


岡堰の一部。
煉瓦が時代を感じさせます。

      20170131岡堰09


中ノ島から眺める小貝川。

      20170131岡堰10


      20170131岡堰11

これこそが、茨城百景なんですね。



こちらが、平成8年に完成した新・岡堰。

      20170131岡堰17


      20170131岡堰12



中ノ島公園には、こんな像があります。

      20170131岡堰13


間宮林蔵の像。

      20170131岡堰14

対岸の旧・伊奈町が間宮林蔵の生まれ育った地。
旧・伊奈町(現在のつくばみらい市)には、間宮林蔵の生家や墓もあるそうです。


こちらは、『間宮倫宗先生發祥地』の碑。

      20170131岡堰15

正確には対岸の町なんだけどね(笑)。

ちなみに倫宗(ともむね)は本名で、林蔵は通称らしい。
でも、通称の『間宮林蔵』の方が一般的ですねー。



中ノ島公園の芝生広場。
何となく嫌な予感はしていたんですが...............

      20170131岡堰16

やっぱり、芝生でローリング。

どうせなら、枯れ芝生の時期じゃなくて
青々とした芝生の上でローリングして欲しいなぁ。

っていうことは、芝生も青々とする時期に
また来ないといけないなぁ................




 



2017/03/01 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 大利根の展望② 》   (2017年1月31日)(茨城県取手市) 

1月31日  公休日

この日は、取手市の廃校巡りに出かけました。


取手市の小文間地区にある小文間小学校をあとにして
次なる廃校に向おうとしていましたが、
小文間公民館の前で、こんな地図を見かけました。

      20170131利根川の眺望②01

『 昔・今 小文間街道マップ 』

小文間地区の名所等が記されている地図です。


その地図に 旧・茨城百景、茨城百景 の記載がある。

『こんな所に茨城百景ってあったっけ?』

素朴な疑問が頭をよぎります。
もし本当に茨城百景ならば、素通りは出来ません。
と言うことで地図の案内を頼りに、その茨城百景なる場所に向かってみました。


県道11号線の馬坂近くに、茨城百景があります。

      20170131利根川の眺望②02


こちらが、その茨城百景の碑。

      20170131利根川の眺望②03



碑には『 茨城百景 大利根の展望 』と刻まれています。

      20170131利根川の眺望②04

あれっ?
『 茨城百景 大利根の展望 』って、確か利根町の布川にある徳満寺の境内に碑がなかったっけ?


よ〜く考えてみたら、茨城百景って包括地区があるから
こちらの茨城百景は包括地区の面足神社からの利根川の展望のようです。
涸沼の時も茨城百景の碑は2ヶ所に在ったから
この場所に在ってもおかしくはない。


この階段を上がっていけば、面足神社。

      20170131利根川の眺望②05

ここまで来て、その展望を確認しないわけにはいきません。


テンポ良く、階段を上がって行く びいすけ 。

      20170131利根川の眺望②06



面足神社の鳥居脇が拓けていて、展望が利く。
ここが 茨城百景 大利根の展望 です。

      20170131利根川の眺望②07



こちらが、面足神社の鳥居。

      20170131利根川の眺望②08


鳥居に掲げられた神額。

      20170131利根川の眺望②09


鳥居脇には、利根川や印旛沼に近い集落に多い庚申塔と二十三夜塔。

      20170131利根川の眺望②10



面足神社の参道。
正面が面足神社の拝殿。

      20170131利根川の眺望②11



こちらが、拝殿。

      20170131利根川の眺望②12



拝殿に掲げられた神額。

      20170131利根川の眺望②13



拝殿脇にも庚申塔や二十三夜塔。

      20170131利根川の眺望②14



鳥居から県道へと続く未舗装の道には、こんな説明板。

      20170131利根川の眺望②16

説明板によれば、面足神社は通称『大六天』と呼ばれていたらしい。
確かに大六天は茨城百景の包括地区になっている。

      20170131利根川の眺望②17




この辺りが、旧・茨城百景の地。

      20170131利根川の眺望②18

県道が拡張された時に、ひょっとしたら百景の碑を移転したのかな?


確かに木々が邪魔して、利根川の眺望は今一歩。

      20170131利根川の眺望②19



思いもしない場所で、偶然見つけた『茨城百景』と百景の碑。
なんか、すごく得した気分です。




2017/02/25 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 水の里安中 》   (2016年11月12日)(茨城県稲敷郡美浦村) 

11月12日  公休日

この日は、茨城県の行方市周辺の茨城百景巡りに出かけました。


茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


そんな訳で、向かった先は...............茨城百景 水の里 安中


こちらの茨城百景の碑は、事前にネットで調べていたら、
安中地区多目的研修センターの門近くに在ると言う事なので
安中地区多目的研修センターを目指します。


安中地区多目的研修センターに到着。

      20161112茨城百景 水の里安中01

画面中央、研修センターの敷地斜面に石碑が見えます。



近寄ってみましょう。

      20161112茨城百景 水の里安中02



石碑の下部は草に覆われていますが、
『 茨城百景 水の里安中 』の碑です。

      20161112茨城百景 水の里安中03


      20161112茨城百景 水の里安中04


水の里と言う事だが、この辺りは一面の田園風景が広がる長閑な所。

      20161112茨城百景 水の里安中08

さほど霞ケ浦から離れていないから、この辺りも干拓された地なのだろうか?


それよりも気になったのは、安中地区多目的研修センター。

      20161112茨城百景 水の里安中05

入口の門構えが、まるで学校跡のようにも見える。


門柱もそれっぽく見えなくもない。

      20161112茨城百景 水の里安中06



研修センターの奥に建っているシルバー人材センターの建物は
校舎のようにも見えなくもない。

      20161112茨城百景 水の里安中07

この日は、土曜日でシルバー人材センターも休み。
研修センターにも誰も人が居なくて確認出来ず、詳細は不明。
敷地内をぐるっと見て回ったけど、廃校遺構らしきモノは無いから
気のせいかなぁ...............?



研修センターの敷地の斜面には、2つの祠。      

      20161112茨城百景 水の里安中09


      20161112茨城百景 水の里安中10

地域の信仰の対象だったようです。



百景の碑の近くは、コレと言ったモノ、見処は無さそうです。


茨城百景は包括地でもあるから、水の里安中の包括地
(丈六薬師,陸平の貝塚,馬掛一斗落,馬掛不動尊,
不動浦,大山弁天の鼻,弁天山)の中から
馬掛不動尊に行ってみることにしました。

しかし、この馬掛不動尊の場所がよく分からない。

自転車に乗っていた老人に場所を聞いて、何とか辿り着きます。


この石段を上った先に馬掛不動尊はあるらしい。

      20161112茨城百景 水の里安中11


石段手前に碑が在りました。

      20161112茨城百景 水の里安中12


良く見ると...............

『茨城四十五景 馬掛不動尊』 の碑でした。

      20161112茨城百景 水の里安中13

この地は、茨城百景の包括地であるけれど
茨城四十五景の地でもあるんですね。


石段を元気良く駆け上がる びいすけ 。

      20161112茨城百景 水の里安中14


石段を上った先には、お堂が在ります。

      20161112茨城百景 水の里安中15



これが馬掛不動尊。

      20161112茨城百景 水の里安中16


      20161112茨城百景 水の里安中17



馬掛不動尊の背後の山(台地)は、馬掛城址らしい。
確かに、お堂の脇から台地に上って行く登城路らしきものがあるけれど
奥は薮状態で、中に入って行く気にはなれない。

      20161112茨城百景 水の里安中18


馬掛不動尊の在る場所は高台だから、霞ケ浦の眺望が良い筈なんですが
残念ながら繁った木々が邪魔をして、霞ケ浦を望めない。


仕方がないので、台地を下り、霞ケ浦の湖畔へと向かいます。

時刻も陽が陰り出す頃になり、馬掛不動尊の台地が陽を遮り
若干、暗めの画像ですが...............

霞ケ浦の湖畔。

      20161112茨城百景 水の里安中19


      20161112茨城百景 水の里安中20


      20161112茨城百景 水の里安中21


これが、私 と びいすけ にとって水の里になるのかな?

『茨城百景 水の里安中』、これにて制覇といたしましょう。




2016/12/04 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 古渡の湖畔 》   (2016年11月12日)(茨城県稲敷市) 

11月12日 公休日

この日は、茨城県の霞ケ浦周辺の茨城百景巡りに出かけました。


茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


そんな訳で、向かった先は...............茨城百景 古渡の湖畔


古くは古渡村。
その後、桜川村になり、平成の大合併で稲敷市の古渡になった古渡地区。

実は、古渡に来るのは、これで2回目。
以前は、古渡城址に訪れて( その時の記事は こちら )
茨城百景の碑は確認済み。
迷わずに百景の碑に辿り着けました。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔01


      20161112茨城百景 古渡の湖畔02



茨城百景の碑の在る辺りは、旧・R125沿い。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔03

小野川を渡る新しいバイパスと橋(新古渡橋)が出来て
車はバイパスを通ってしまうけれど
古くからの民家が立ち並ぶ地区です。


近年建て替えられた古渡橋。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔04

この橋を境界線にして、上流(画面左側)が小野川。
下流(画面右側)が霞ケ浦となります。



真新しい橋なのに、心無い盗人にプレートは剥がされています。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔05

3年前にはあったのになぁ。

上流の小野川域を眺めてみましょう。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔06



太陽が小野川の水面に反射してちょっぴり眩しい。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔07



こちらが、霞ケ浦に流れ込む小野川。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔08



流れはゆっくりとしています。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔09



古渡橋の下流域、霞ケ浦の方へと足を向けてみます。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔10


      20161112茨城百景 古渡の湖畔11



3年前は、ほとんど車が通らなかったけれど
それなりにこの橋を渡る車があるようです。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔12



午前中に曇っていた空も青い空に変わっている。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔13



穏やかな霞ケ浦。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔14


冬ともなれば、湖畔を吹きさらす風も冷たく感じるでしょう。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔15


      20161112茨城百景 古渡の湖畔16


長閑な霞ケ浦の湖畔。
古渡の湖畔でした...............。




2016/12/03 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 夢の浮島 》   (2016年11月12日)(茨城県稲敷市) 

11月12日  公休日

この日は、茨城県の行方市周辺、及び霞ケ浦周辺の茨城百景巡りに出かけました。


茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


そんな訳で、舞台を稲敷市に移し向かった先は...............茨城百景 夢の浮島


浮島は古くから霞ヶ浦の中に浮かぶ島だったことから
『浮島』と呼ばれるようになりました。
しかし、霞ケ浦沿岸の干拓によりいつしか陸続きになりました。
霞ケ浦の南東、和田岬から妙岐の鼻(浮島湿原)辺りまでを『浮島』と称していたようです。
和田岬の先端には和田公園があり、手軽にデイキャンプが出来ます。
( 和田公園の記事は こちら

また、妙岐の鼻は浮島の外れにあり、
どこまでも続く湿原は野鳥の宝庫で、
バードウオッチングのメッカとなっています。
( 妙岐の鼻の記事は こちら

確か、和田公園の駐車場近くに『浮島』の立派な看板があったので、
百景の碑も近くにあるんじゃないかと思い、和田公園に向かいます。


こちらが、和田公園駐車場隣の『浮島』の看板。

      20161112茨城百景 夢の浮島01

周辺を探して見ますが、百景の碑は見つかりません。



せっかくだから、和田公園周辺を散策してみましょう。

      20161112茨城百景 夢の浮島02


      20161112茨城百景 夢の浮島03



霞ケ浦沿いの道。

      20161112茨城百景 夢の浮島04



一見、サイクリングロードのように見えるけれど
車も通れる市道。
車に気をつけて歩きましょう。

      20161112茨城百景 夢の浮島05


霞ケ浦の湖畔には野鳥も多い。
杭に珍しい野鳥が止まっていると思ったら...............

      20161112茨城百景 夢の浮島06

黒いビニールでした。(笑)




霞ケ浦の湖畔の景観を眺めながら、和田公園周辺をぐるっと周ってみます。

      20161112茨城百景 夢の浮島07


      20161112茨城百景 夢の浮島08


      20161112茨城百景 夢の浮島09


      20161112茨城百景 夢の浮島10


      20161112茨城百景 夢の浮島11


      20161112茨城百景 夢の浮島12


      20161112茨城百景 夢の浮島13


      20161112茨城百景 夢の浮島14




こちらには、『浮島公園』の看板。

      20161112茨城百景 夢の浮島15


      20161112茨城百景 夢の浮島16

でも、ここは『和田公園』の一画。外周路になります。
この『浮島公園』って間違いじゃないの?



和田公園の中に、1頭のワンちゃんが、こちらを窺っています。

      20161112茨城百景 夢の浮島17



よく見ると、首輪が付いていない。

      20161112茨城百景 夢の浮島18

野良犬?


こちらを窺いながら、少しづつ近寄って来ますが
こちらが近寄っていくと逃げて行きます。
何回か近寄ってみたんですが、繰り返し。

どんな経緯があって野良犬(?)になってしまったかは判らないけれど
保護されて、しっかりとした里親に引き取られる事を願うばかりです。



野良犬(?)くんとは逆の方向へと歩く びいすけ 。

      20161112茨城百景 夢の浮島19



見つからない百景の碑も気になりますが
先ほどの野良犬くんも気になるけど、どうする事も出来ない。

      20161112茨城百景 夢の浮島20

元気で生き延びてくれ! と心の中で思うしかない。


ちょっぴり、足取りも重くなっちゃったから
駐車場に戻りましょう。

      20161112茨城百景 夢の浮島21





しかしながら、探している茨城百景の碑が見つかりません。



iPhoneの登場です。

茨城百景の碑を追いかけている方々のブログをチェックしてみると
やはり、多くの人が和田公園近くを探して見つけられなくて挫折しているようです。

数少ない情報の中から、旧桜川村役場から県道に向かう途中に在ると判り、
旧・桜川村役場(現・稲敷市役所桜川支所)周辺を車で走り回ります。


集落の手前で、何やら石碑っぽいモノを発見。

      20161112茨城百景 夢の浮島22



探していた、『茨城百景 夢の浮島』の碑です。

      20161112茨城百景 夢の浮島23



何とか見つける事が出来ました。

びいすけ と百景の碑。

      20161112茨城百景 夢の浮島24




しかし、現在の浮島の代名詞である『和田公園』から約3.5kmの距離。
これじゃあ、なかなか見つかりません。

      20161112茨城百景 夢の浮島25



確かに浮島は干拓されて陸続きになったと言う事ですが
裏を返せば、茨城百景制定時の昭和25年とか26年では
この辺りは霞ケ浦の畔りだったと言う事なんだろうか?

      20161112茨城百景 夢の浮島26



百景の碑の建つ台地の脇を小さな川が流れているけれど
その川は霞ケ浦の湖畔の名残りなんだろうか...............?

      20161112茨城百景 夢の浮島27



川沿いの遊歩道。
ここもひょっとしたら霞ケ浦の湖面だったかも知れない。

      20161112茨城百景 夢の浮島28


そんな事を思いながら、川沿いの遊歩道を歩いていると
時代の流れを改めて痛感してしまいます。






2016/12/02 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit