FC2ブログ

12 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 02

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

廃校を訪ねて...............福原小学校 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日


この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


常陸国出雲大社をあとにして、向かった先は.................笠間市立福原小学校。



福原小学校はの詳しい沿革については不明ですが
明治6年     開校。
昭和54年    稲田小学校に統合されて廃校となる。

と言った沿革のようです。




こちらが、福原小学校の正門跡。

      20191116福原小学校01


門柱は壊れてしまったのか?

      20191116福原小学校02

基礎部分だけ残っている。


少し離れた場所に置かれた(放置された?)門柱。

      20191116福原小学校03

危険だから、門柱は撤去されたのかもしれませんね。


廃校後、校舎は解体されて、
跡地には公民館が建てられたようです。

      20191116福原小学校04


      20191116福原小学校05


      20191116福原小学校06



敷地の一角に記念碑等がまとめられて置かれています。


二宮像。

      20191116福原小学校07


      20191116福原小学校08



校歌の碑。

      20191116福原小学校09



運動場拡張記念碑。

      20191116福原小学校10



正門跡の脇には、シンボルツリー?

      20191116福原小学校11

枝は落とされていますが、立派なイチョウの木。


そのイチョウの根元にも卒業の記念碑。

      20191116福原小学校12



公民館の前に遊具は移設されたのか?
校庭には遊具は無い。

      20191116福原小学校16


何も無いだけ、広く感じる校庭。

      20191116福原小学校13


      20191116福原小学校17



視界の先に見えるのは................

      20191116福原小学校14



先ほど訪れた常陸国出雲大社。


ズームで撮った拝殿。

      20191116福原小学校15


なかなか、ロケーション的には好立地なんだけど
少子化の波には勝てなかったんですね。











スポンサーサイト



2020/01/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............愛宕 常陸国出雲大社 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


本戸小学校をあとにして、向かった先は............常陸国出雲大社。

常陸国出雲大社は、笠間市福原に鎮座する神社です。

歴史は以外に浅く、
平成4年、島根県の出雲大社から分霊されて創建されたそうです。
創建当初は、『出雲大社常陸』と称していましたが、
平成26年に現社号である『常陸国出雲大社』に改称したそうです。


御祭神は、大国主大神。



社号標。

      20191116出雲大社01



境内案内図。

      20191116出雲大社02



由緒書き。

      20191116出雲大社03



大鳥居。

      20191116出雲大社04



手水舎。

      20191116出雲大社05



定番の龍の吐出口。

      20191116出雲大社06



こちらが、拝殿。

      20191116出雲大社13



      20191116出雲大社07



実物は見た事が無いけれど、
島根の出雲大社同様、(って、島根の出雲大社には行った事ないけれど)
巨大な注連縄。

      20191116出雲大社08


圧巻です。

      20191116出雲大社09



拝殿正面。

      20191116出雲大社12



拝殿の扁額。

      20191116出雲大社11



びいすけ も参拝。

      20191116出雲大社10


      
別アングルからの拝殿。

      20191116出雲大社14



そして、こちらが本殿。

      20191116出雲大社17



拝殿前の狛犬。

      20191116出雲大社15


      20191116出雲大社16



境内社・薬神神社

      20191116出雲大社18


      20191116出雲大社19


      20191116出雲大社20


      20191116出雲大社21


      20191116出雲大社22


御祭神の少名彦那神は、大国主大神と兄弟の誓いを結び、
国造りをしたとされています。
特に医薬の道に秀でられ、薬神としての信仰があるそうです。



こちらは、境内社・龍蛇神社。

      20191116出雲大社23


      20191116出雲大社24


      20191116出雲大社25

大国主大神の使いの神として、
また、火難・水難の守護神として、
さらには、血の道の障りなどを除かれる神としての信仰があるそうです。



こちらが社務所。

      20191116出雲大社26

御朱印は、こちらで拝受出来ます。



御朱印を待つ間、拝殿隣の展望台にて。

      20191116出雲大社27

常陸の山深き。


こちらが御朱印。

      20191116出雲大社28

出雲には、おそらく行けないから
関東各地にある出雲大社詣でを頑張ることにいたしましょう。






2020/01/12 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............本戸小学校 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

友部小学校跡をあとにして、向かった先は............笠間市立本戸小学校。


本戸小学校は、

明治7年      富田藤右ヱ門氏宅を借用し、本戸小学校として創立する。
明治9年      広洞院庫裡 松本昌安氏宅を買収し校舎とする。
明治19年     本戸尋常小学校となる。
明治19年     稲田尋常小学校本戸分教場となる。
明治23年     南山内尋常小学校本戸分校となる。
明治25年     南山内村立本戸尋常小学校と改称する。
明治41年     現在地に校舎新築し移転。
昭和22年     学制改革により南山内村立本戸小学校と改称する。
昭和30年     笠間町・北山内村、大池田村が合併し新たな笠間町となる。
         笠間町立本戸小学校と改称する。
昭和33年     笠間町が市制施行して笠間市となる。
         笠間市立本戸小学校と改称する。
昭和57年     稲田小学校と南小学校とに地区別に分かれて統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、本戸小学校の正門。

      20191116本戸小学校01



門柱には、往時の表札が掲げられています。

      20191116本戸小学校02



廃校後、校舎は解体され、跡地は公民館が建てられたようです。

      20191116本戸小学校03


また、敷地の一部はゲートボール場として利用されているようです。

      20191116本戸小学校04



敷地の一角に石碑類が建ち並んでいます。

      20191116本戸小学校05


   

校歌の碑。

      20191116本戸小学校06


裏面には沿革が刻まれています。

      20191116本戸小学校07

大変参考になりました。



創立百周年の碑。

      20191116本戸小学校08



本戸善光寺の由来の碑。

      20191116本戸小学校09

碑文によれば、元々、この地には善光寺如来が祀られて居たけれど
所有者である西光寺の藤枝氏から寄進されたものだったけれど、
管理等の維持が困難となり、藤枝家の了承を得て売却することになったそうです。
後世にその事を残すために、この碑を建てたそうです。



こちらは、本戸小学校閉校記念碑。

      20191116本戸小学校10



創立百周年記念植樹の碑。

      20191116本戸小学校11



農村公園の門柱。

      20191116本戸小学校12

現在は、公民館が建てられていますが、
廃校直後は農村公園として利用されていたようです。



敷地の一角には消防倉庫。

      20191116本戸小学校13



廃校から37年。
校庭には遊具類は残っていない。

      20191116本戸小学校14



しかしながら、校庭に残る古い桜の木々は 
学校跡を感じさせてくれます。    

      20191116本戸小学校16


      20191116本戸小学校17



その校庭を徘徊する びいすけ 。

      20191116本戸小学校19


気になる臭いがあって、それを体に擦り付けたいのか?
はたまた、枯れ草を芝生と勘違いしているのか?

      20191116本戸小学校18

転がって体を地面に擦り付ける びいすけ 。
よっぽど気持ちが良いんだろうか...........?






2020/01/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・ 友部小学校跡 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


宍戸城址をあとにして向かった先は...........旧・友部町立 友部小学校跡。


お断り: 友部小学校は現役の小学校であり、廃校ではありません。



友部小学校は、

明治34年     宍戸尋常小学校の分教場として開校する。
明治37年     友部尋常小学校として開校する。
昭和22年     学制改革により、宍戸町立友部小学校と改称する。
昭和30年     宍戸町・大原村・北川根村と鯉渕村の一部が合併して友部町が誕生。
         友部町立友部小学校と改称する。
昭和48年     校地を移転する。

と、このような沿革となっています。


跡地は、JR友部駅近く,
友部駅前児童公園となっているようです。

      20191116旧・友部小学校跡01




確かに、学校跡の雰囲気を感じなくはない。

      20191116旧・友部小学校跡04



しかしながら、記念碑等の学校跡を示すものは無い。

      20191116旧・友部小学校跡05




でも、敷地境界のフェンス沿いの桜の木々が学校跡を彷彿されてくれる。

      20191116旧・友部小学校跡03



確固たる証しが無いから、『ここが本当に学校跡か?』と疑問符が浮かぶ中、
お孫さんを連れて、この公園に遊びにきた御老人がいた。


失礼を承知で、地元の人か?と訊ねると
地元の人だと言う。
その方に訊いてみると、間違いなくこの場所が
かつての友部小学校跡だと言う事です。



今は、近隣の避難場所でもある。

      20191116旧・友部小学校跡02




昭和48年に移転だから、今から46年前の事。
約半世紀前に移転したことになる。

      20191116旧・友部小学校跡06
   

      20191116旧・友部小学校跡08


      20191116旧・友部小学校跡09


      20191116旧・友部小学校跡10


友部町も平成18年に旧・笠間市と岩間町と合併して新しい笠間市となり
今は令和の時代を迎えることとなった。

この場所が学校だった事、
そして、かつては友部町と呼ばれていた事も
いつしか、忘れ去られてしまうんでしょうね。




2020/01/11 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

宍戸城址 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

第二分校をあとにして、向かった先は...................宍戸城址。


宍戸城は、宍戸氏により、建仁3年(1203年)築城されました。

小田城主・八田知家の四男、家政が常陸国宍戸荘地頭職となり、
宍戸氏を称し、建仁3年(1203年)築城したのが宍戸城です。

宍戸氏は当初、小田氏に従っていましたが、佐竹氏の勢力が拡大し、
小田氏が衰退すると、佐竹氏の配下となります。
天正18年(1590年)小田原征伐に参陣した佐竹氏は、
秀吉より常陸大半の領有権を安堵されます。

関ヶ原合戦後の慶長7年(1602年)、佐竹氏は出羽国秋田へ転封となり
宍戸氏も帯同し、変わって秋田(安東)実李が五万石に減封され宍戸城に移されます。

この実季によって近世宍戸城が築かれたものとされています。

その後、秋田俊季が正保2年(1645年)に三春へ転封されると幕府直轄領となり、
さらに天和2年(1682年)に水戸藩主・徳川頼房の七男で、
徳川光圀の弟である松平頼雄が一万石を与えられると、城を陣屋に改めて支配しました
以後、松平氏が代々続き、元治元年(1864年)9代頼徳の時、天狗党の乱の鎮圧に失敗し、
藩主自ら幕府より責任を問われて切腹を言いわたされ、廃藩となります。




こちらが、中世の宍戸城の縄張り図。

      宍戸城址縄張り図15

              ( 余湖さんのHPからお借りしました )




末廣稲荷神社が鎮座する一帯が、宍戸城の本丸(主郭)跡となるようです。

      20191116宍戸城址01


平城であった宍戸城。
土塁と堀に守られた城でした。

城址は宅地へと開発され、
遺構は本丸跡に土塁が僅かに残るだけと言われています。

      20191116宍戸城址02


      20191116宍戸城址03


      20191116宍戸城址14



本丸跡の末広稲荷神社。

      20191116宍戸城址04


社号標。

      20191116宍戸城址05


鳥居。

      20191116宍戸城址06


由緒書き。

      20191116宍戸城址07



拝殿。


      20191116宍戸城址08


本殿。

      20191116宍戸城址09



本殿裏手に残る土塁。

      20191116宍戸城址12


      20191116宍戸城址13




土塁跡には、『宍戸の歴史』と称した説明板。

      20191116宍戸城址10

冒頭に綴ったような、宍戸の歴史が記されてている。


広大な宍戸城の縄張り図も記されている。

      20191116宍戸城址11



末廣稲荷神社の隣は、『旧陣屋コミュニティセンター』。
その奥は、民家となっているけれど
フェンスの向こうの民家の庭にも土塁が確認できる。

      20191116宍戸城址15


本丸跡地であるこの周辺にしか土塁跡と言う遺構しか残っていない。
宍戸城、その全貌が見たかった...............。



2020/01/11 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................岩間第一小学校第一分校   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日 

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

羽梨山神社をあとにして、向かった先は..........旧・岩間町立 岩間第一小学校第一分校


第一分校は、

明治37年     岩間尋常小学校第一分校設立
昭和22年     学制改革により岩間町立岩間小学校第一分校と改称する。
昭和29年     岩間町立第一小学校第一分校と改称する。
昭和58年     第一分校が廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、正門跡。

      20191116第一分校01



こんな看板が建てられています。

      20191116第一分校02

廃校後、『岩間体験学習館』となっているようです。



校庭側から覗いてみましょう。

      20191116第一分校03

平屋建ての木造校舎ですね。



校舎全景。

      20191116第一分校04


   

別アングルから。

      20191116第一分校05


      20191116第一分校06



校舎をいろんな角度から眺めてみましょう。

      20191116第一分校07


      20191116第一分校08


      20191116第一分校09


      20191116第一分校10


      20191116第一分校11


      20191116第一分校12


      20191116第一分校13


      20191116第一分校14


      20191116第一分校15

廃校から36年。
他の施設に流用されているからとは言え
こうやって木造校舎が残っていてくれると
やっぱり嬉しいものです。



でも、校舎をグルッと一回りしても、
二宮像や廃校記念碑の類いは残っていない。




内部はこんな感じ。

      20191116第一分校16




校庭。

      20191116第一分校17


残念ながら、校庭にも二宮像や記念碑等は無い。
そして、遊具類も残っていない。


確認できるのは、桜の木々。

      20191116第一分校19



お約束とも言える消防倉庫はあるんですね。

      20191116第一分校18



取っ手が無く、壊れたまま放置されたローラー。

      20191116第一分校20


学校らしいと言えば、コレぐらい。


岩間体験学習館と言う事だけど、どうも使われている感じがしない。
結局、避難場所としてしか使われないのだろうか.............?


2020/01/10 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............羽梨山神社   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日 

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

笠間市の中でも旧・岩間町域を中心に巡りました。
向かった先は................羽梨山神社。



羽梨山神社は、笠間市上郷に鎮座する神社です。


古くは羽梨山の中腹に鎮座していたそうです。

天智天皇3年(664年)、桜の多い羽梨山の中腹に
木花咲耶姫命を祀る祠を建立したこととをきっかけに、
「花白山神社」と呼ばれるようになったそうです。

延暦22年(803年)には坂上田村麻呂が陸奥征討の戦勝祈願し、
社殿を寄進したそうです。
また、平将門の乱では、平貞盛が弓矢、砂金を奉納し、
平将門征伐の戦勝祈願をしたそうです。
平安時代には源頼義、源義家が矛、太刀、鎧、神馬を奉納し、
鎌倉時代には鎌倉から移り住んだ宍戸家政が社殿を建て替えたとされています。

天正11年(1542年)、兵火により羽梨山の中腹の社殿が焼失し、
現在の鎮座地となる山麓の熊野権現に合祀されたそうです。


御祭神は、木花咲耶姫命。



羽梨山神社の看板。

      20191116羽梨山神社01



神社社頭。

      20191116羽梨山神社02



鳥居には太い注連縄。

      20191116羽梨山神社03



鳥居前の狛犬。

      20191116羽梨山神社04


      20191116羽梨山神社05



手水舎。

      20191116羽梨山神社06



神橋。

      20191116羽梨山神社07



拝殿。

      20191116羽梨山神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191116羽梨山神社09



こちらは、奉納額

      20191116羽梨山神社13




別アングルからの拝殿。

      20191116羽梨山神社11


      20191116羽梨山神社12






そして、こちらが本殿。

      20191116羽梨山神社14


      20191116羽梨山神社15




びいすけ も参拝。

      20191116羽梨山神社10



本殿裏手の御神木。

      20191116羽梨山神社16
      20191116羽梨山神社17



傍らには、大スギの説明板。

      20191116羽梨山神社18



境内の由緒書き。

      20191116羽梨山神社19



御神木と社殿。

      20191116羽梨山神社20
      20191116羽梨山神社21
      20191116羽梨山神社22



こちらが社務所。

      20191116羽梨山神社23

普段は無人の神社。
六所神社とおおなじく、笠間稲荷神社の禰宜さんで、
愛宕神社の神職さんの兼務社らしい。
神職さんと連絡が取れ、御朱印の相談をすると
氏子総代さんに連絡を取って下さり、
神社で待ち合わせて御朱印を頂くことができました。

こちらが、その御朱印。

      20191116羽梨山神社24

この御朱印を頂けたのも、一つの縁。
こういった縁を大事にしていきたいモノです。



2020/01/09 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 吾国山愛宕山ハイキングコース 》 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

この日訪れたのは、笠間市でも旧・岩間町地区を中心に巡りました。
平成18年に旧・笠間市と岩間町、友部町が合併して誕生したのが現在の笠間市です。

そんな岩間地区、JR常磐線岩間駅前に、こんな碑が建てられています。

      20191116茨城百景01


   
『茨城百景 吾国山愛宕山ハイキングコース』の碑です。

      20191116茨城百景02



この日訪れた愛宕神社・あたご天狗の森の駐車場に
『吾国山愛宕山ハイキングコース』の案内板を目にしました。

吾国山愛宕山ハイキングコースは、最寄りの交通機関であるJR常磐線 岩間駅を起点として
愛宕山、吾国山を縦走するハイキングコース。
岩間駅を起点とした場合、ゴールはJR水戸線 福原駅となるようです。

 

岩間駅前のロータリーから眺める愛宕山。

      20191116茨城百景03

岩間駅から愛宕山までは3kmちょっとの距離のようです。



実際にハイキングコースは歩いてはいませんが
ハイキングコースの一部。
ちょうど六所神社の参道入口。

      20191116茨城百景04


ここから、愛宕山まで2.5kmになるようです。

      20191116茨城百景05


こちらが、愛宕山。

      20191116茨城百景06

『愛宕神社』、『あたご天狗の森』があります。



標高305mの愛宕さんからの眺望はなかなかのモノ。

      20191116茨城百景07


      20191116茨城百景08



愛宕山は桜の名所。
春には桜を求めて多くの人が訪れるらしい。

      20191116茨城百景09



こちらは、JR水戸線 福原駅前に建つ碑。

      20191116茨城百景10


      20191116茨城百景11



駅前のハイキングコースの案内板。

      20191116茨城百景12



岩間駅をゴールにするならば、こちらがスタート地点になる。

      20191116茨城百景13


      20191116茨城百景14

駅前からハイキングコースは、要所、要所で案内板が導いてくれているようです。


昭和25年に制定された茨城百景。
かなりの月日が経ち、その風景・眺望はかなり変わってしまったと思うけれど
このハイキングコースは、今の笠間市の多くの自然を残し、変わらずにいて欲しい。

実際に走破していない人間が言うのも気が引けるけど、
多くの人が、このハイキングコースを堪能して貰えればと願います。


2020/01/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............合気神社   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

六所神社をあとにして、向かった先は..............合気神社。


合気神社は、笠間市吉岡に鎮座する神社です。

合気道の開祖である植芝盛平が昭和10年代に厳しい修行を重ね、
合気道道を完成させた地として創建したとされています。
開祖自身、ここを「合気道の産屋」と称しており、
日本古来の武術から発展し、心身鍛練のための武道「和の武道」として、
今や世界各地に広がりを見せる合気道の聖地ともされています。


御祭神は、須佐之男大神 武甕槌大神 経津主大神をはじめ、
     開祖 植芝盛平翁の守護神 猿田彦大神 国津竜王 
     九頭竜大権現 手力男命 天叢雲九鬼沙牟波羅竜王 
     家津美御子大神 稚産霊命の他、多くの祭神を祀っています。



社号標。

      20191116合気神社01


      20191116合気神社02



この社号標、昭和18年に建立されたモノのようです。

      20191116合気神社03



神社社頭。

      20191116合気神社04

境内は、掃き掃除が行き届いています。
この時も、外人の方が二人で掃き掃除をしていました。
合気道の修行か何かをされている方々でしょうか?
黙々と掃き掃除をしていました。

そんな状態ですので、びいすけ は、ここまで。
車の中でお留守番。




手水舎。

      20191116合気神社07



拝殿。

      20191116合気神社05



別アングルからの拝殿。

      20191116合気神社08


      20191116合気神社09



こちらが、本殿。

      20191116合気神社10



そして、拝殿前には、合気道開祖の植芝盛平翁の銅像。

      20191116合気神社11



こちらが、御朱印と言っていいのか?
参拝記念のスタンプカード。

      20191116合気神社12



拝殿前に置かれていて、自分で日付を入れるタイプ。

      20191116合気神社13


このあと、御朱印帳にしっかりと貼り付けさせていただきました。

2020/01/08 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............六所神社   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日 

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


『あたご天狗の森』をあとにして、向かった先は............六所神社。


六所神社は、笠間市下郷上町に鎮座する神社です。

創建は康平元(1058)年とされ、
八幡太郎義家が奥州征伐の途中、源氏の守護神である八幡宮を
この地に移してきたのが始まりとされています。

明治5年(1872年)一郷一社制により、
周辺の6つの神社が併合され、六所神社と改称され総鎮守となったそうです。



社号標。

      20191116六所神社01



神社社頭。

      20191116六所神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20191116六所神社03



参道。

      20191116六所神社05




手水舎かと思ったら、井戸でした。

      20191116六所神社04





こちらが、手水舎。

      20191116六所神社06




拝殿。

      20191116六所神社07



参道の狛犬。

      20191116六所神社08


      20191116六所神社09



拝殿正面。

      20191116六所神社10



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191116六所神社11



びいすけ も参拝。

      20191116六所神社12



別アングルからの拝殿。

      20191116六所神社13


      20191116六所神社14



拝殿には神輿も飾られている。

      20191116六所神社15



こちらが、本殿。

      20191116六所神社16




境内社・蚕影神社。

      20191116六所神社17


      20191116六所神社18




聖徳太子。

      20191116六所神社19




社殿と御神木。

      20191116六所神社20
      20191116六所神社21
         20191116六所神社22



社務所と御神木。

       20191116六所神社23
      20191116六所神社24


      20191116六所神社25
      20191116六所神社26



こちらが社務所。

      20191116六所神社27

普段は無人の神社ですが、笠間稲荷神社に籍を置き(禰宜)、
普段は愛宕神社に奉職されている神職さんが兼務されているそうです。




そうとは知らず、神社に貼られていた連絡先に電話をしていたら
近寄ってきた男性に声をかけられました。

なんと、六所神社の氏子総代さんでした。
御朱印の応対もしていただけると言う事で
いただいた御朱印がこちら。

      20191116六所神社28


氏子総代さんにお会いできなかったら
御朱印をいただくこともできなかったでしょう。
これも、縁ですね。
良い縁に巡り会えました。



2020/01/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

あたご天狗の森 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

この日、参拝に訪れた愛宕神社は愛宕山の山頂近くに鎮座しています。
その愛宕神社近くに『あたご天狗の森』と言う公園があります。

      20191116あたご天狗の森01

標高305mの愛宕山に広がる公園です。



この愛宕山には、笠間市が運営する『スカイロッジ』と言うバンガローがあり
宿泊や日帰りのBBQも出来るそうです。
また、愛宕山(標高 306m)から難台山(標高 553m)を経由して
吾国山(標高 518m)までの『吾国愛宕ハイキングコース 』の起点となっているため
駐車場も完備されています。

      20191116あたご天狗の森02

マイクロバスで訪れる人たちも居るようですね。


なによりも標高が標高305m。
この高さからの展望を求めて訪れる人も多いようです。

      20191116あたご天狗の森03



『筑波山麓ジオパーク』の一部でもあるようです。

      20191116あたご天狗の森04



『吾国愛宕ハイキングコース 』の案内図。

      20191116あたご天狗の森05



この先が、吾国山。

      20191116あたご天狗の森16




確かに、眺望は良い。

      20191116あたご天狗の森06



展望デッキには石碑も建つ。

      20191116あたご天狗の森07



碑文は、.................

      20191116あたご天狗の森08

この場所は、恋人の聖地らしい。



こんなモニュメント建つ。

      20191116あたご天狗の森09



四阿があって..............

      20191116あたご天狗の森10



遊具もあって............

      20191116あたご天狗の森11



眺望も良い。

      20191116あたご天狗の森12



まさに、休日にお弁当を持って訪れる場所ですね。

      20191116あたご天狗の森13


 

斜面の芝生の匂いを嗅ぎながら,周りを徘徊する びいすけ 。

      20191116あたご天狗の森14



野生動物の匂いでも残っているんでしょうか?

      20191116あたご天狗の森15



この笑顔から判断すれば、ご機嫌みたいです。

      20191116あたご天狗の森17


元々、この『あたご天狗の森』目的で来た訳じゃ無いんだけど
良い場所を見つけたと思っています。

また、いつか訪れたいものです。



2020/01/07 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............愛宕神社   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日  

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

第二分校をあとにして、向かった先は..............愛宕神社。


愛宕神社は、笠間市泉の愛宕山に鎮座する神社です。


筑波山知足院の開基徳一大師の創建といわれ、
社伝によると、大同元年(806年)の創祀とされています。
元は愛宕権現で、俗に「泉の愛宕」と呼ばれていたそうです。
日本三大火防神社のひとつと言われています。
全国に数多くある愛宕神社でも、有数の歴史を誇る神社とされています。

中世、宍戸氏の崇敬を受け、
江戸時代には幕府より朱印地三石が与えられたそうです。


愛宕神社の奥社は、飯綱神社と称していて、
式内社『夷針神社』の論社とされ、天狗伝説も残されています。

愛宕神社が鎮座する愛宕山は、古くは岩間山と言われていました。
岩間山は、筑波山、加波山と並び天狗伝説の残る修験道場の一つでした。
ここには最初5人の天狗が住んでいましたが、だんだん増えて 12人となり、
やがて長楽寺からひとりの天狗が加わり、 13人の大、小天狗が住むようになり、
「十三天狗」と呼ばれるように なりました。
天狗たちは、羽団扇を持って雲にのり、大空を矢よりも早く飛び 妖魔を打ち払い、
厳しい修行で身につけた術によって重い病人 を救ったり、
天候を予知して作物の豊凶を占ったりして、人々を 幸せにしていました。
現在でも飯綱神社の裏側に「十三天狗の祠(ほこら)」と言われる十三個の石の祠や、
天狗修行の地と言われる石尊などが残っているそうです。


御祭神は、火之迦具土命。
配祀として、伊弉册大神、火結命、水波女命、埴山比賣命。



愛宕山の麓から車でクネクネとした車道を走り
社務所裏手の駐車場まで行けますが
大鳥居の手前の『あたご天狗の森』の駐車場に車を停め
正面から参拝と行きましょう。


『あたご天狗の森』に建つ看板。

      20191116愛宕神社01



その脇には、大鳥居。

      20191116愛宕神社02



掲げられた神額。

      20191116愛宕神社03



参道口。

      20191116愛宕神社05



参道口の道祖神。

      20191116愛宕神社04



長い石段が続きます。

      20191116愛宕神社07



石段を上りきった先には、手水舎。

      20191116愛宕神社08



さらに、その先には拝殿。

      20191116愛宕神社09


      20191116愛宕神社10



拝殿正面。

      20191116愛宕神社11


       20191116愛宕神社12


       20191116愛宕神社15



拝殿正面に掲げられた扁額。

       20191116愛宕神社13



その近くには、奉納額。

       20191116愛宕神社14




びいすけ も、しっかりと参拝。

       20191116愛宕神社16



別アングルからの拝殿。

       20191116愛宕神社17


       20191116愛宕神社18



拝殿側面から。

       20191116愛宕神社19



そして、こちらが本殿。

       20191116愛宕神社20



本殿裏手の案内板。

       20191116愛宕神社21

この先の石段を上がれば、奥社の飯綱神社。



こちらが飯綱神社。

       20191116愛宕神社22

台風の影響で何かあったのでしょうか?
ブルーシートが生々しい。


飯綱神社の奥には六角堂。

       20191116愛宕神社23



そして、その背後には天狗の十三祠。

       20191116愛宕神社24


       20191116愛宕神社25



拝殿前の天水桶。

       20191116愛宕神社28




拝殿前の狛犬。

       20191116愛宕神社26


       20191116愛宕神社27





境内の社号標。


       20191116愛宕神社29




御泉井神。

       20191116愛宕神社30



社務所。

       20191116愛宕神社31



授与所。

       20191116愛宕神社32

御朱印はこちらで拝受出来ます。




そして、こちらが愛宕神社の御朱印。

       20191116愛宕神社33



奥社の飯綱神社の御朱印。

       20191116愛宕神社34


常時、神職さんの居る神社ですが、
笠間稲荷神社に在籍されている神職さんが奉職されているようです。







2020/01/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................岩間第一小学校第二分校   (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日  

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

笠間市は平成18年に旧・笠間市と友部町、岩間町が合併して誕生しました。
今回は、その岩間町、友部町を中心に巡ってみました。

向かった先は...............旧・岩間町立 岩間第一小学校第二分校。



第二分校は、

明治37年     岩間尋常小学校第二分校設立
昭和22年     学制改革により岩間町立岩間小学校第二分校と改称する。
昭和29年     岩間町立第一小学校第二分校と改称する。
昭和54年     岩間町立第三小学校が開校となり、第ニ分校が廃校となる。

と、このような沿革となっています。


岩間駅に向かう県道沿いに
こんな案内板が建っています。

      20191116第二分校01



県道から200m入ったところにある広場。
こちらが、第二分校跡です。

      20191116第二分校02



正門跡。

      20191116第二分校03




時代を感じさせる石造りの門柱。

      20191116第二分校04




広場というだけあって、本当に広い(笑)。

      20191116第二分校05


      20191116第二分校06



校舎は解体されていて何も無い。
門柱以外、遺構が無い。

      20191116第二分校07



記念碑らしきモノが無い。

      20191116第二分校08



敷地の境界線には桜の木。
分校時代の名残りでしょうか?

      20191116第二分校09


      20191116第二分校12




廃校後、野球か何かのグランド、あるいは運動場として利用されていたのでしょうか?
椅子が並んで、見学できるようになっている。

      20191116第二分校10


      20191116第二分校11


   

やっと見つけた遺構らしきモノ。

      20191116第二分校13


レンガで作られた焼却炉。
もう長い事使われていないので、草に覆われている。

これは第二分校の時のモノだったのだろうか.............?






2020/01/06 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 稲田御房 西念寺 》(2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。


この日、『笠間稲荷と左白山』『笠間附近国宝社寺巡り』の2ヶ所は
無事、百景の碑を探し出す事が出来ました。

という事で、この日3ヶ所目となる茨城百景 『稲田御房西念寺』です。


浄土真宗の開祖にあたる親鸞聖人は、後鳥羽上皇による「承元の法難」で、
越後国府に流罪となりますが、建暦元年(1211年)に赦免の宣旨が下され、
その後、建保2年(1214年)になると、鎌倉幕府の有力御家人・宇都宮頼綱の弟で、
常陸国稲田郷の領主でもあった稲田九郎頼重に招かれ、彼の地に下向して草庵を開き、
東国での布教活動に専念しました。

西念寺は、親鸞聖人ゆかりの寺院です。浄土真宗の別格本山となります。
親鸞聖人は、健保2年(1214年)この地の領主の招きで草庵を築きました。
40代前半から60代前半までのおよそ20年間この地で暮らし、
常陸国、下野国、下総国への布教の拠点としました。
また、親鸞聖人はこの地で『教行信証』の執筆を始めたとされています。

また、境内にある銀杏の巨樹は、茨城県の天然記念物に指定されています。



国道沿いに建つ大きな看板。
立派な寺号標ですね。

      20191007茨城百景 西念寺01



この聖橋から参道が始まるようです。

      20191007茨城百景 西念寺02



禁制の掲示板。

       20191007茨城百景 西念寺03

特に犬連れ禁止等の触書きはないようです。



御影石の参道。

      20191007茨城百景 西念寺04
      20191007茨城百景 西念寺05
      20191007茨城百景 西念寺06




山門。

      20191007茨城百景 西念寺07



山門の扁額は山号。

      20191007茨城百景 西念寺08



山門前には由緒書き。

      20191007茨城百景 西念寺09



手水舎。

      20191007茨城百景 西念寺10



そして、本堂。

      20191007茨城百景 西念寺11



本堂に掲げられた扁額。

      20191007茨城百景 西念寺12



本堂前の天水桶。

      20191007茨城百景 西念寺13



太鼓堂。

      20191007茨城百景 西念寺14

天保14年(1843)年、により建立されたものです。
堂内には、直径2尺8寸(約84cm)の太鼓が置かれ、
法要の開催などを近在の人々へ伝える際に使用されたそうです。



御葉付銀杏 。

    20191007茨城百景 西念寺15
   20191007茨城百景 西念寺16

推定樹齢は300年以上(一説ではおよそ800年とされる)とされ、
幹回りは約7.5m、樹高約35m、 枝張約23m。
幹回りは茨城県内で最大であり、親鸞聖人自らの御手植えと伝わっているそうです。


御葉付銀杏の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺17


      20191007茨城百景 西念寺18



鐘楼。

      20191007茨城百景 西念寺19



太子堂。

      20191007茨城百景 西念寺20


      20191007茨城百景 西念寺21



御頂骨堂

      20191007茨城百景 西念寺22



御頂骨堂の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺23




こちらが、茨城百景の碑。

      20191007茨城百景 西念寺27


      20191007茨城百景 西念寺28

以前はJR水戸線の稲田駅前に建てられていたそうですが、
近年、西念寺の駐車場に移設されたそうです。

尚、『茨城百景 稲田御房 西念寺』の包括風景は、
板敷山大覚寺,石切山脈となっている。

いずれもこの場所からは離れていて、板敷山大覚寺は現在の石岡市になる。
いつか機会があれば、これらの包括風景も覗いてみたいものです。


そして、こちらが西念寺の御朱印。

      20191007茨城百景 西念寺29

宿坊の受付で御朱印の対応をしていただきました。



2019/11/29 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鉾田八幡宮 (2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


笠間市の稲田地区。
この稲田の地に茨城百景の一つである、『稲田御房西念寺』があります。
実は、西念寺の駐車場に車を停めて、西念寺に向かっていたら
どうやら、道を一本間違えたというか、敢えて参道を通らずに
それっぽい道を選んで進んでみました。

      20191007鉾田八幡宮01



しばらく進むと、社号標が現れました。

      20191007鉾田八幡宮02

『鉾田八幡宮』とあります。

あれっ!?
西念寺目指していたら、神社だし...........
鉾田八幡宮って、ここは鉾田市じゃなくて笠間市だし.............


思わず、突っ込みたくなる展開。


せっかくだから、お参りして行きましょう。


ネットで調べても、この鉾田八幡宮について詳しくは載っていません。
創建時期や御祭神と言ったいわゆる由緒って言うものが分かりません。

八幡宮って言うくらいだから
おそらく御祭神は、応神天皇もしくは八幡太郎義家あたりだと推測するのですが...........




鳥居。

      20191007鉾田八幡宮03


鳥居に掲げられた神額。

      20191007鉾田八幡宮04



参道。

      20191007鉾田八幡宮05



そして、こちらが社殿。

      20191007鉾田八幡宮06



真ん中に置かれた鏡。

      20191007鉾田八幡宮07



境内社。

      20191007鉾田八幡宮08


      20191007鉾田八幡宮09


      20191007鉾田八幡宮10


      20191007鉾田八幡宮11



そして、無名な祠。

      20191007鉾田八幡宮12



周りは深い森。
っていうか、城址の雰囲気が漂う。

      20191007鉾田八幡宮13



神社の奥は、空堀跡に見える堀底道。

      20191007鉾田八幡宮14



こんな道が奥まで続いている。

      20191007鉾田八幡宮15


頭の中に疑問符が浮かびながら、自宅に帰って『余湖さんのHP』で調べてみたら
稲田城の一部かもしれない。
西念寺あたりが城址という事らしいから、
稲田城址って言うのが意外に正解なのかもしれない。


2019/11/29 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................稲田神社 (2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

向かった先は.................稲田神社。



稲田神社は笠間市稲田に鎮座する神社です。


創建年代は不詳ですが、延喜式の名神大社です。
祭神が奇稲田姫命から稲田姫神社とも呼ばれていました。
鎌倉時代には、領主の笠間氏の崇敬も厚く、
建長年間(1249年〜1256年)には、鎌倉歌壇の指導者を招き、
歌会を催した記録が残るそうです。
また、江戸時代の元禄8年(1695年)水戸藩主の徳川光圀公が
四神旗を奉納したとされています。そちらは社宝として保存されており、
茨城県の文化財に指定されているそうです。
縁結び、安産、身体安全、家内安全などに御利益があるとされています。

御祭神は、奇稲田姫命。



こちらが、社号標。

      20191007稲田神社01



神社社頭。

      20191007稲田神社02



由緒書き。

      20191007稲田神社03



この石段の先が社殿になります。

      20191007稲田神社04



石段の途中にも社号標が建つ。

      20191007稲田神社05



二の鳥居。

      20191007稲田神社06

まだまだ石段はありますね。



石段途中の手水舎。

      20191007稲田神社07



石段を上りきれば、そこには拝殿。

      20191007稲田神社08



拝殿正面。

      20191007稲田神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191007稲田神社10



別アングルからの拝殿。

      20191007稲田神社11


      20191007稲田神社12



そして、こちらが本殿。

      20191007稲田神社13



境内社も多い。

境内社・天満宮。

      20191007稲田神社14



境内社・脚摩乳神社 。

      20191007稲田神社15


  
境内社・八雲神社。

      20191007稲田神社16


境内社・稲荷神社。

      20191007稲田神社17



境内社・秋葉神社。

      20191007稲田神社18



境内社・手摩乳神社。

      20191007稲田神社19



神楽殿のように見えますが、実は社務所。

      20191007稲田神社20

立派な社務所ですが、普段は無人です。






境内には碑も多い。


句碑。

      20191007稲田神社21



記念碑。

      20191007稲田神社22



東日本大震災復興記念碑。

      20191007稲田神社23


こちらも改修記念碑。

      20191007稲田神社24



忠魂碑。

      20191007稲田神社25



稲田神社の社叢も深い。

      20191007稲田神社26
      20191007稲田神社27



こちらが御朱印。

      20191007稲田神社28


石段手前の宮司さん宅にて拝受いたしました。

後で知ったのですが、社殿の300mほど奥まった所に奥の院があるらしい。
知っていれば参拝したのだが...............

機会があれば、またいずれ参拝することにしよう。




2019/11/28 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポスト探し.............茨城・笠間編 (2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


笠間市には3基の丸ポストが現在するとされています。

ならば、その丸ポスト探してしまいましょう。



まずは、1基目の丸ポスト。

笠間市笠間の工芸の丘。
その休憩所近くに建つ丸ポスト。

     20191007丸ポスト笠間01


     20191007丸ポスト笠間02


     20191007丸ポスト笠間03


     20191007丸ポスト笠間04


      20191007丸ポスト笠間05


      20191007丸ポスト笠間06


この工芸の丘の場所がよくわからなくて、
って言うか、似たような施設が隣接していて、駐車場の場所がよく分からず
グルグルと近隣を回っていて、意外に探し当てるのに時間がかかってしまいました。



2基目の丸ポストは、笠間稲荷神社近く。

参道口にほど近いメイン通り。
通り沿いの喫茶店『繪馬』前の丸ポスト。

      20191007丸ポスト笠間07


      20191007丸ポスト笠間08


      20191007丸ポスト笠間09


      20191007丸ポスト笠間10


      20191007丸ポスト笠間11






そして、3基目の丸ポスト。

笠間稲荷神社の絵馬殿隣、
ちょうど社務所前の駐車場の一角に建つ丸ポスト。

      20191007丸ポスト笠間12



丸ポストの在る場所は笠間稲荷神社の境内地になってしまうから
犬連れでは入れません。
残念ながら びいすけ もここまで 。

      20191007丸ポスト笠間13


      20191007丸ポスト笠間14


      20191007丸ポスト笠間15


工芸の丘はちょっと離れているけれど、
2基目と3基目の丸ポストは本当に近い場所に置かれています。

これで、笠間市の丸ポスト3基制覇。


茨城県内で現像する丸ポストは73基と言われています(2019年10月7日現在

これまでに、
桜川市(真壁)    2基
石岡市        4基
稲敷市        2基
土浦市        6基
龍ヶ崎市       8基
かすみがうら市   1基
行方市        2基
取手市        6基
鹿嶋市        2基
大洗町        9基
茨城町        1基
つくば市       4基
常陸大宮市      1基
小美玉市       1基
城里町         2基

そして本日、笠間市の3基を制覇して、合計54基の丸ポストに出会ってきました。
残すは、あと19基。

茨城県内の丸ポスト制覇に向けて頑張ってみましょう。



2019/11/28 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 笠間附近国宝社寺巡り 》(2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。


『笠間稲荷と左白山』の碑は無事探し出す事が出来たので
つづいては、『笠間附近国宝社寺巡り』の石碑を探します。

ネットの情報では、『笠間稲荷と左白山』の近く、
さほど離れていない場所に碑は在るとのことでした。


笠間城址の下屋敷跡(佐白山麓公園 )内にある旧美術館脇に碑は建っていました。

      20191007茨城百景 笠間附近の国宝社寺01


      20191007茨城百景 笠間附近の国宝社寺02

なぜ、この場所に?
タイトルは『笠間附近 国宝社寺巡り』。
どう考えても、社寺の近くではない。

包括風景は、
      楞厳寺
      弥勒寺
      大日堂
      仏頂山
      岩谷寺
      稲田神社

と、いずれもこの碑の建つ場所の近隣ではない。


う〜むと頭をひねりたくなるが
唯一訪れた包括風景の 稲田神社。

     20191007稲田神社01


     20191007稲田神社08


     20191007稲田神社10


いずれ、機会があれば他の社寺も訪れてみたいものです。





2019/11/26 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大石邸跡 (2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は茨城県の笠間市に出かけました。


笠間市で探していた茨城百景。
その一つである『笠間稲荷と左白山』の碑の建つ笠間稲荷駐車場の隣に
大石内蔵之助邸址がありました。

      20191007大石家跡01


      20191007大石家跡02



大石内蔵之助って赤穂浪士でしょ?
兵庫の方に住んでいたんじゃないの?

素朴な疑問が浮かびます。


忠臣蔵で知られる赤穂藩、浅野家の家老である大石内蔵之助。
その曽祖父・良勝(よしかつ)と祖父の良欽(よしたか)が住んでいた屋敷跡になります。

浅野家は、元和8年(1622年)に笠間藩53500石の藩主となりました。
城下町の整備に尽力し、当時、笠間城のあった佐白山山頂付近で行っていた政務を
佐白山麓公園付近に下屋敷を建てて移し、 より城下町に近い場所で政務を行うことで
城下町の発展を促しました。
浅野家は、正保2年(1645年)に赤穂へと国替えとなりましたが
その後も家老屋敷として使われたそうです。


なるほど、実際には大石内蔵之助は住んでいなかったようですね。
確かに『大石邸址』とありますが『大石内内蔵之助邸址』とはなっていない。

      20191007大石家跡03



でも、大石邸址の敷地内に大石内蔵之助の像が建っている。

      20191007大石家跡04


      20191007大石家跡05

まぁ、これもいわゆる大人の事情って言うやつだろう。
細かいことは気にしないでおこう。



浅野家と大石家と笠間市の関係の説明板。

      20191007大石家跡06

確かに、今日笠間市に来て初めてその関係を知りました。
死なない人って、結構多いんじゃないのかな?




この辺りに屋敷が建っていたんでしょうか?

      20191007大石家跡07



敷地の奥は私有地のため立ち入り禁止。

      20191007大石家跡08



大石邸址として解放しているエリアには板碑も建てられている。

      20191007大石家跡09


      20191007大石家跡10


おもいがけず、赤穂藩で有名な浅野家と
赤穂浪士で有名な大石家と笠間市との由縁を知る事ができ
今日は一つ勉強になりました................。




2019/11/26 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 笠間稲荷と左白山 》(2019年10月7日)(茨城県東笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。

先ずは、『笠間稲荷と左白山』の碑を探しましょう。


ネットの情報によれば、笠間稲荷駐車場の片隅に碑があるとか、
ホテル山乃荘(廃業)の前にあるとか、書かれている。


とりあえず、笠間稲荷の無料駐車場へと向かいます。

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山04


駐車場に車を停めて、場内を徘徊します。


駐車場の片隅って言うか、ほとんど斜面に何やら石碑が建っている。

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山01



ビンゴ!!

『茨城百景 笠間稲荷と左白山』

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山02


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山03



確かに、笠間稲荷神社の駐車場に建っているから
笠間稲荷には違いないけれど、
やっぱり、笠間稲荷の門前に建っていなきゃダメじゃないのかなて思っちゃうんだけど。


この茨城百景って言うやつは、包括風景なんてややっこしいものもあって
下手したら広範囲になってしまいます。

ちなみに『笠間稲荷と左白山』の包括風景は
左志能神社、佐白観音、笠間城址、大石内蔵之助邸址、萩の井 となっています。


左白山が笠間城址になり、佐白山の頂上に左志能神社が鎮座しています。
そして、笠間稲荷駐車場の先にある公園(佐白山麓公園 )が
笠間藩士の屋敷が在った所です。
また、駐車場の手前には、大石内蔵之助邸址が在ります。


では、一気に一部の包括風景も含めて軽くアップしちゃいましょう。



笠間稲荷神社。

     20191007笠間稲荷神社01


     20191007笠間稲荷神社02


     20191007笠間稲荷神社08


     20191007笠間稲荷神社14





大石内蔵之助邸址

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山05


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山06



笠間城址(佐白山麓公園 )

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山07


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山08


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山09


   
これで、『茨城百景 笠間稲荷と左白山』クリアといたしましょう。


2019/11/25 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit