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び・び・びのびいすけ

八幡の大ケヤキ (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
桜を求めて(?)下郷町を移動します。

戸赤集落から大内宿へと目指しますが、
その途中の中山集落に巨木あります。
昨年も、その巨木の前を通ったのですが、
急いでいた為、素通りをしてしまいました。
実は、それがちょっと心残り。

ならば、今年立ち寄らねば!


中山集落に到着。
大内宿へと向かう県道沿いに、『八幡の大ケヤキ』は聳えています。


こちらが、『八幡の大ケヤキ』。

      20180426中山の大ケヤキ01

中山宿にあるから、『中山の大ケヤキ』とも呼ぶらしい。



標柱。

      20180426中山の大ケヤキ02



説明板。

      20180426中山の大ケヤキ03



そして、その全容。

      20180426中山の大ケヤキ04
        20180426中山の大ケヤキ05



昔の会津西街道に、どぉ〜んと聳えています。

            20180426中山の大ケヤキ06
          20180426中山の大ケヤキ07
      20180426中山の大ケヤキ08


説明板の内容を要約すると...............

天喜3年(1055年)、陸奥の安倍貞任討伐に向かった源八幡太郎義家が、
険路に難渋して、中倉村の司であった二宮太郎兵衛の家で休息しました。
太郎兵衛は快く迎え入れ、大沼郡尾岐村に至る間道を教えたそうです。
そのおかげで義家は首尾よく賊を討つことが出来、
感謝の印として、二宮邸の庭先にケヤキを植えました。
それがこの大ケヤキだと言うことです。

樹齢千年近い欅と言うことになりますね。



しかしながら、この大ケヤキよりも
数十m先に見事な花を咲かせる桜の方が気になった。

      20180426中山の大ケヤキ09


やっと、南会津の桜を満喫出来たような気がします...............(笑)。





2018/06/08 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

戸赤の山桜   (2015年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日 

1泊2日の南会津方面への旅行。
『南会津の桜をバックに廃校を!』とやって来ましたが
今年は例年より桜の開花が早く、
『廃校の桜』と言うテーマを満喫出来ていません。

急遽、予定を変更って言うか追加。

旧・楢原小学校のある豊成地区から山あいへと移動。
山桜で有名な戸赤地区へと向かいました。


『戸赤地区』は「戸石」「赤土」「木地小屋」が合併してできた地区です。
下郷町の西に位置し、周囲を山に囲まれた小さな集落で、
かつては漆器の木地づくりで栄えていたそうです。

戸赤の山桜は、そんな雪深い戸赤集落の祖先が
春の楽しみのためにと、留め木にして残してくれた山桜が約100本あり、
春になると山麓一面に美しく咲き競うそうです。



段々と細くなる道を走り、戸赤集落に到着。
戸赤集落には、昨年の夏の南会津への旅行で
この集落に在った戸赤分校に訪れました。
(その時の記事は こちら


今回は、単純に山桜を見ようと訪れました。


駐車場に車を停めて、山桜のある山へと向かいます。

      20180426戸赤の山桜01



桜の花でしょうか?
所々、山が色付いています。

      20180426戸赤の山桜02


      20180426戸赤の山桜03



山の中を30分ほど散策するハイキングコースがあるようです。
説明板をじっくりと読み、いざ! 山桜のハイキングコースへ!!

      20180426戸赤の山桜04



いきなりの上り階段。
これが、勾配がキツくて辛かったぁ。

      20180426戸赤の山桜05

びいすけ は快調そのもの。
テンポよく上がっていくから、リードが引っ張られる。
ロングリードにしなかったのが、大失敗。



息をゼイゼイ切らし、階段を上りきり一休み。

      20180426戸赤の山桜06



尾根沿いに移動します。

      20180426戸赤の山桜07



しかし、100本の山桜は何処だ?
なかなか山桜に巡り会えない。

      20180426戸赤の山桜08



やっと見つけた山桜。

      20180426戸赤の山桜09

既に、半分以上散ってるし...............。



こちらも、見頃にはちょっと遅かったかな?

      20180426戸赤の山桜10



里山の川沿いの桜が一番見頃でした。

      20180426戸赤の山桜11



南会津の雪解けの水。

      20180426戸赤の山桜12

心なしか、川の水の流れは早い。



川沿いの土手道を、山桜の山をバックに歩きます。

      20180426戸赤の山桜13



絵のような一面の山桜を期待していましたが
現実は、そんなに甘くないようです。

      20180426戸赤の山桜14



2018年の南会津には、春はちょっぴり早く訪れてしまったようです。






2018/06/07 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............下郷町立旧・楢原小学校跡   (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日  

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


南小学校をあとにして、向かった先は...............下郷町立旧・楢原小学校跡


あっ、始めにお断りを...............
下郷町立楢原小学校は、現存している現役の小学校で、
決して廃校ではありません。あしからず。


楢原小学校は、明治初期に下郷町になる以前の各村に創立された学校が
長い歴史の中で変遷していったようです。

明治6年倉谷村下等小学校を松庵寺に設置する。
明治7年楢原村下等小学校を円福寺に設置する。志源行村下等小学校は名主宅に設置する。
明治13年楢原小は豊成小に、倉谷小は栄富小と改称する
明治20年豊成・栄富・戸赤・大内の各校を簡易小学校と改称する。
明治35年近隣の簡易小学校4校(豊成、栄富、戸赤、大内)を合併して
楢原尋常小学校と総称し、各々を分教室とする。
昭和22年学制改革により、楢原町立檜原小学校となる。
昭和30年楢原町が旭田村、江川村と合併して下郷町が誕生。
下郷町立楢原小学校改称する。
昭和54年校舎を豊成字山崎に新築し、移転する。

と、このような沿革を歩み、現在に至っているようです。



こちらが、正門跡。

      20180426旧・楢原小学校跡01

なだらかな上り坂が、登校路を彷彿させてくれます。



花は散ってしまったけれど、旧・楢原小学校の桜。

      20180426旧・楢原小学校跡02



跡地の一部は宅地として開発されています。

      20180426旧・楢原小学校跡03



そして、跡地の多くの部分が下郷町商工会の建物と
しもごう保育所が建てられています。

      20180426旧・楢原小学校跡04



保育所の駐車場奥に石碑が並んでいます。

      20180426旧・楢原小学校跡05

近づいて確認すると...............


そこには、二宮像。

      20180426旧・楢原小学校跡06


      20180426旧・楢原小学校跡07



この二宮像は、昭和28年に建立されたものらしい。

      20180426旧・楢原小学校跡14



学校の移転時に新しい校地へ二宮像も移転することなく
この地に置かれていたんてますね。



そして、親子のブロンズ像。

      20180426旧・楢原小学校跡08


      20180426旧・楢原小学校跡09



さらには、『楢原小学校跡』の碑。

      20180426旧・楢原小学校跡10



この碑は、移転から4年後の昭和58年に建立されたらしい。

      20180426旧・楢原小学校跡11



その隣には、頌徳碑。

      20180426旧・楢原小学校跡12


      20180426旧・楢原小学校跡13




廃校跡地ではなく、移転による学校跡地が民間に払い下げられ、
宅地や工場になってしまう事も多々あるけれど、
公共の施設を新たに建てて、その敷地の一画に記念碑や二宮像を置いて
いつまでも、この地を忘れないように...............
そんな下郷町の地元の人たちの心意気を感じます。



     

2018/06/07 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............下郷町立南小学校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


偶然見つけた音金分校をあとにして、向かった先は...............下郷町立南小学校


南小学校は、その前身は下郷町立旭田小学校音金分校です。

明治期に創立されたであろう音金村の小学校が
明治22年の町村制施行により近隣の村々が合併して旭田村が誕生した際に
各村の学校を統合し、新たに旭田尋常小学校を設立され、分校も設置されました。
旭田尋常小学校には5つの分校を有し、その一つが音金分校でした。
昭和22年に学制改革により、旭田村立旭田小学校音金分校と名称を変え、         
昭和30年に旭田村が楢原町・江川村と合併して下郷町が誕生すると、
下郷町立旭田小学校音金分校と改称しました。
昭和38年に本校である旭田小学校から分離独立して、
下郷町立南小学校となり、新校地に移転しました。
          


その新校地が音金分校から1kmほど離れた森の中。

こちらになります。
     
南小学校の正門。

      20180426南小学校02

残念ながら、南小学校は平成17年春に旭田小学校に統合されて
廃校になってしまいました。



こちらが、門柱。

      20180426南小学校03

しっかりと南小学校と書かれた表札が残っています。



反対側の門柱には校名を書き直した跡があります。

      20180426南小学校04

おそらく、音金分校時の門柱を再利用したのでしょう



門柱の裏側には、寄贈者の名が連なります。

      20180426南小学校05

昭和39年建立。
南小学校が開校した翌年に建てられたみたいです。

それにしても、星って言う苗字が多い。



門柱脇にはバス停。

      20180426南小学校01

バス停の名は、そのまま『南小学校』。
時刻表をみてびっくり。
1日に1本とか2本。まさに秘境です。




南小学校の校舎は解体されて、跡地は漬物工場になっていると聞いていたから
恐る恐る敷地内に入ります。


前方にグランドと体育館らしき建物が見えます。

      20180426南小学校06


      20180426南小学校07

グランドには工事用の機材や残材が置かれているから
あまり近寄らない方がいいですね。



こちらが、漬物工場のようです。

      20180426南小学校08

この先へは遠慮しておきましょう。


未舗装の駐車場脇で見つけた石碑。

      20180426南小学校09

『光と緑』と刻まれた南小学校創立30周年の記念碑です。


裏面には何もなし。

      20180426南小学校10



ふと見上げると、満開の桜。

      20180426南小学校11


校舎は無くなってしまったけれど、
南小学校の跡地には、綺麗な桜が残っていました...............。






2018/06/06 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旭田小学校音金分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。

落合分校をあとにして、次なる廃校へと向かいます。

当初は、下郷町立南小学校に向かいましたが
何せ何処に在るのか? 詳しい場所は分からない。
ヒントは旭田小学校音金分校が独立して南小学校になったと言う事実。
とりあえず、音金集落へと向かいます。

音金集落で、農家のお婆ちゃんに出会い、
場所を訪ねて車を走らせるけれど
どうも良く分からない。
漬物工場になっていると言う話だけれど
それらしき建物がない。

周辺をぐるぐる回っていたら、こんな場所に遭遇しました。

      20180426音金分校01



見るからに学校跡っぽい。

      20180426音金分校02



定番の地域の集会所(公民館)。

      20180426音金分校04

音金集会所の表札が掲げられています。


さらに定番の消防倉庫。

      20180426音金分校05



敷地周りの桜の木。

      20180426音金分校03



そして、極め付け。
古びた遊具。

      20180426音金分校07      



学校跡地の匂いがプンプン。

でも漬物工場はない。
ってことは、学校跡地じゃない?



集会所裏手で草刈りをしていたお婆さんに尋ねてみると
どうやら、ここが下郷町立旭田小学校音金分校だったんです。
そして、下郷町立南小学校は、別な場所に在ったらしい。
音金分校が独立して南小学校になったから、同じ場所だと思ってました。

音金分校は、

創立時期等詳細は不明ですが、
明治初期に音金村に開校された小学校が始まりだと思われます。

明治22年     町村制施行により沢田村、澳田村、中妻村、大松川村、合川村、
           野際新田村、音金村、南倉沢村、塩生村落合村が合併し旭田村が発足。
           各小学校が統合され旭田尋常小学校を創立。
           中妻・大松川・南倉沢・音金・落合の5分教室が設立される。
昭和22年     学制改革により、旭田村立旭田小学校音金分校となる。          
昭和30年     旭田村が楢原町・江川村と合併して下郷町が誕生。
           下郷町立旭田小学校音金分校と改称する。
昭和38年     本校より独立して下郷町立南小学校となり、新校地に移転する。
           音金分校はその歴史を閉じました。

と、このような沿革だったと思われます。



敷地には、防災無線の塔も建てられています。

      20180426音金分校06



集会所の脇にポツンとある赤錆びた遊具。

      20180426音金分校07

分校時代のモノなんでしょうか?


数十軒の集落である音金地区。
そのランドマークの位置付けでもあった音金分校。
偶然ではあるけれど、その跡地に訪れる事が出来て、本当に良かった...............。


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2018/06/06 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............下郷町立旭田小学校落合分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


栗生沢小学校をあとにして、南会津町から下郷町へと移動します。
昨年の7月に下郷町の廃校巡りをしましたが
その時に回りきれなかった廃校巡りとなります。

向かった先は...............下郷町立旭田小学校落合分校


落合分校は

創立時期は不明ですが、明治初期に落合村に設置された小学校が始まりだと思われます。

明治22年     町村制施行により沢田村、澳田村、中妻村、大松川村、合川村、
           野際新田村、音金村、南倉沢村、塩生村、落合村が合併し旭田村が発足。
           各小学校が統合され旭田尋常小学校を創立。
           中妻・大松川・南倉沢・音金・落合の5分教室が設立される。
昭和22年     学制改革により、旭田村立旭田小学校落合分校となる。          
昭和30年     旭田村が楢原町・江川村と合併して下郷町が誕生。
           下郷町立旭田小学校落合分校と改称する。
昭和60年     中妻分校、大松川分校と共に本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっています。


跡地には往時の木造校舎が残り、
現在は、その校舎を利用してカフェとなっています。


こちらが、落合分校の正門。

      20180426落合分校01



門柱も健在。

      20180426落合分校02


門柱には、往時の表札も掲げられています。

      20180426落合分校03


      20180426落合分校04


      20180426落合分校05



こちらが、木造校舎。

      20180426落合分校06


      20180426落合分校07


      20180426落合分校08


      20180426落合分校09



先にも述べたように、現在は『会津ジイゴ坂学舎』と言うカフェになっていますが
この日は定休日のようです。

      20180426落合分校10



店番(留守番?)役のワンちゃんが、 びいすけ が気になるのか?
ずっとこちらを見ています。

      20180426落合分校11



校舎の前には桜の木。

      20180426落合分校12



見頃には、気持ち遅かった感じ。

      20180426落合分校13



校庭に残された遊具類。

      20180426落合分校14


      20180426落合分校15


      20180426落合分校16


      20180426落合分校17



敷地の周りを木々か取り囲んでいるから
外目からは、森の中の学校って言う感じで、
なかなかの雰囲気。

      20180426落合分校18


      20180426落合分校19



残念ながら、廃校記念碑や二宮像は残されていませんでした。

カフェとして生まれ変わった落合分校。
いつまでも、その姿を残していって欲しいものです...............。


2018/06/05 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・田島町立栗生沢小学校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡南会津町 

4月26日     

1泊2日の南会津地方への旅行。
再び、廃校巡りへと...............。


鴫山城址をあとにして、向かった先は...............旧・田島町立栗生沢小学校


栗生沢小学校の詳しい沿革は不明ですが、

昭和40年    田島町立田島小学校の栗生沢分校から独立して
          田島町立栗生沢小学校となる。
平成6年     田島小学校に統合のため閉校となる。

と、このような沿革となっているようです。

統合先の田島小学校のHPを覗いても、
田島小学校そのものの沿革の記載がなく
田島小学校栗生沢分校の設立時期等も分かりません。



こちらが、栗生小学校の正門跡。

      20180426栗生沢小学校01



嬉しいことに、門柱はしっかりと残っています。

      20180426栗生沢小学校02



さらに、門柱には往時の表札が掲げられています。

      20180426栗生沢小学校03



残念ながら建築物としての学校遺構は、この門柱のみ。

      20180426栗生沢小学校04



校舎は既に解体され、広場状態。

      20180426栗生沢小学校05

倉庫のような小屋が片隅に建ち、関係者?の車が数台停められています。



正門側にちょっとした高台。
そして、数段の石段。

      20180426栗生沢小学校06

おそらく、石段先のちょっとした高台に校舎が建っていたのでしょう。



その高台に聳える モミの木。

      20180426栗生沢小学校07

きっとシンボルツリーだったんだろうなぁ。



同じ高台の別な石段。
校舎から校庭に行くには、これらの石段を駆け降りていたんでしょうね。

      20180426栗生沢小学校08



校庭の隅に置かれた朝礼台。
びいすけ に上がってもらいました。

      20180426栗生沢小学校09


      20180426栗生沢小学校10



朝礼台から10mほど離れた場所に
無造作に置かれていた朽ち果てた椅子。

      20180426栗生沢小学校11



敷地の周りを取り囲むように並ぶ桜の木。

      20180426栗生沢小学校12



種類は分からないけれど、ソメイヨシノでは無さそう。

      20180426栗生沢小学校13



おそらく、山桜系の桜だとは思うんだけど
見頃はちょっと過ぎたみたい。

      20180426栗生沢小学校14

でも、これも廃校の桜。
これで、木造の校舎が残っていたら、言うことないんだけどなぁ...............。





2018/06/05 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう..............................田島ダム (2018年4月26日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月26日  

1泊2日の南会津への旅行。
南会津町にある田島ダムへ立ち寄ってみました。



田島ダムは、阿賀野川水系の高野川にある多目的ダムです。
洪水調節・既得取水の安定化・河川環境保全のための河川流量の確保、
水道用水の供給を目的に建設され、1999年竣工しました。
重力式コンクリートダムで、堤高36m、堤頂長200m。
天端は車両の通行は制限され、徒歩で通行可能です。

堤体下は田島ダム公園になっていて、遊歩道や展望台・駐車場などが備えられている。
ダム湖は舟鼻湖と呼ばれています。



こちらが、田島ダムとダム湖の舟鼻湖。

      20180426 田島ダム01


      20180426 田島ダム02




田島ダムの碑の前で、一枚パチリ☆。

      20180426 田島ダム03



ダム湖である舟鼻湖の碑の前でもパチリ☆。

      20180426 田島ダム04



こたたらが、ダム湖の舟鼻湖。

      20180426 田島ダム05




天端は歩道となっていて通行可能。

      20180426 田島ダム11




それでは、天端を歩いてダムからの眺めを堪能しましょう。

      20180426 田島ダム10



天端から下を眺める もっちゃん と びいすけ 。

      20180426 田島ダム06



『 お〜い びいすけ 。何が見えるの? 』

      20180426 田島ダム07



彼らの視線の先は...............

      20180426 田島ダム08

堤体下の田島ダム公園。



そして、放水路。

      20180426 田島ダム09




どうやら、 びいすけ はダム湖も気になるようです。

      20180426 田島ダム12

水が嫌いなはずじゃなかった?(笑)



どうやら、 びいすけ は田島ダムが気に入ったみたい。

      20180426 田島ダム13



やたらと下を覗きこもうとしています。

      20180426 田島ダム14


      20180426 田島ダム15



ダムの隣に田島ダム管理事務所は在りますが
ダムカードは、別な場所で配布されています。


こちらが、田島ダムのダムカードの配布場所。

      20180426 田島ダム16

福島県南会津合同庁舎。
こちらの3階で配布されています。


ダムカードゲットしました。

      20180426 田島ダム17



こちらが、田島ダムのダムカード。

      20180426 田島ダム18


      20180426 田島ダム19



久しぶりのダムカード集め。
ダムに訪れてその風景を楽しみ、記念の意味を込めてダムカードを貰っていく。
やっぱり、ダムカード集めも楽しいものです。





2018/06/03 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............田出宇賀神社  熊野神社 (2018年4月26日)(福島県南会津郡南会津町」) 

4月26日  

福島県の南会津方面への1泊2日の旅行。
主たる目的は南会津地方の廃校巡りですか、
なかなかこちら方面へは簡単には来れないので、
この機会に、こちら方面の御朱印巡りもしちゃいましょう。

と、言うことで訪れたのは...............出宇賀神社 & 熊野神社


田出宇賀神社と熊野神社は南会津町宮本甲に鎮座する神社です。

実は、旧・田島町の出宇賀神社と熊野神社は同じ敷地内にあります。
同じ敷地内に2つの神社が鎮座すると言うのは、ごくたまにありますが
同じ社殿を使った異なる神社と言うのは珍しい。




田出宇賀神社の創建には様々な説があるようです。
案内板によると...............

田島は「日ノ町」と呼ばれ、その頃、田の中に小島があり、その中の泉から神が出現したことから、
町の名を「田島」と改めたと言い伝えられているそうです。
そして、この田ノ神を「宇迦之御魂命」と崇め、
田出宇賀大明神と称して町の鎮守の神と奉斎し、
のちに当地方「南山八郷」の総鎮守とも称せられたということです。
また、例祭である田島祇園祭の由来は,文治年間(1185年~1189年)に、
当地が鎌倉幕府の長臣・長沼五郎宗政の領地となり、
領主の尊信する祇園信仰により招来されたそうです。

また、他の説としては、領主*長沼五郎宗政の居城である鴫山城の出城である宮本館の地に、
鎮守神と共に祇園の祭神、須佐之男命(牛頭天主)を奉齋し、
祭儀の格例、神輿渡御の儀を定め、その行列には家士を供奉せしめ、
四天王家の一ツと称せられた室井氏を以て、祭祀を司らしめたという事です。
以来,慶長・文政・明治と時代の変遷に従って、
その格例を詳細に改め、明治12年よりこの地に祀ったとも言われています。

例祭である祇園祭は日本三祇園の一つに数えられ、
国指定重要無形民族文化財に指定されています。
党屋制を継承し、七行器行列には花嫁姿の女性が供奉します。

御祭神は宇迦之御魂命、天照大日命、須佐之男命、和久産霊命。




一方、熊野神社は中世の長沼氏時代に、
元町唐松元に鎮座していた熊野神社が
「館之内大神宮社地」(現在の場所)へと遷され、
その熊野神社のもとへ、新町に鎮座していた別の熊野神社が遷され、
二社の熊野神社が一つになって現在の熊野神社となったそうです。
それが、田出宇賀神社と同じ時期に現在地に遷されたようです。
以前は毎年8月4日に行なっていた例祭を
明治12年に田出宇賀神社の例祭日の7月20日に行うようになったそうです。

御祭神は、速玉之男命、伊弉諾尊、伊弉冉尊、事解之男命




真っ赤な大鳥居。
こちらが参道口になります。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社01

特に神額は掲げられてはいない。


この鳥居から先の参道の左側が出宇賀神社関連、
右側が熊野神社関連の敷地になるようです。



参道右側には、熊野神社の由緒書き。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社02



その隣には、熊野神社の社号標。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社03



参道左側には、出宇賀神社の由緒書き。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社04

社号標は見当たらなかった。
(単なる見落としかもしれません)



参道右側には手水舎。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社05

こちらは、共用のモノみたい。



こちらは、二の鳥居?

      20180426田出宇賀神社  熊野神社06



よく見ると、神額には『田出宇賀大明神』と記されています。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社07



鳥居の先は社殿(拝殿)。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社08



拝殿正面。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社1




拝殿正面の飾りと注連縄。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社09


      
拝殿正面の扁額。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社11

こちらは、社務所の並びとは逆。
拝殿に向かって右側が田出宇賀神社。
向かって左側が熊野神社。

確かに、
同じ社殿に異なる2社の扁額が飾られているのは珍しい。
これって一扉二社の神社。


別アングルからの拝殿。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社16





こちらが、田出宇賀神社の社務所。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社12

社殿に向かって左側にあります。



こちらが、熊野神社の社務所。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社13

社殿に向かって右側にあります。

沼津の浅間神社丸子神社が同じように一扉二社の神社だけど
社務所は一つだった。
社務所が別々にあるのに、社殿が同じって、やっぱり、珍しい。


拝殿前の狛犬。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社14


      20180426田出宇賀神社  熊野神社15




拝殿の隣には神祇斎場

      20180426田出宇賀神社  熊野神社18


      20180426田出宇賀神社  熊野神社17


      

境内社。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社19


      20180426田出宇賀神社  熊野神社20



境内には、七福神もありました。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社21


      20180426田出宇賀神社  熊野神社22




時刻は8時。
実は、数日前に双方の社務所に、この日の8時に参拝に訪れる事を連絡しておいたので
社務所の宮司さんに御朱印をお願いいたしました。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社23



御朱印を墨書きしている間、大人しく待つ びいすけ 。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社24



こちらが、田出宇賀神社の御朱印。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社25



こちらが、熊野神社の御朱印。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社26


      20180426田出宇賀神社  熊野神社27



田出宇賀神社の宮司さんから頂いた御守り。

      20180426田出宇賀神社  熊野神社28

大切に使わせていただきます。

こちらに訪れるまで、田島の祇園祭の事は全く知らなかった。
ましてや、日本三大祇園祭だなんて知る由もない。
ちなみに、日本三大祇園祭は、
京都 八坂神社の『祇園祭』、九州博多の『博多祇園山笠』、
そして、会津田島の『会津田島祇園祭』と言う事らしい。


なかなか訪れる事の出来ない南会津の神社の御朱印。
いただきました〜!

2018/06/02 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............福島・南会津」編①   (2018年4月26日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月26日

1泊2日の福島県南会津地方への廃校巡りが主体の旅行の初日。
久しぶりに丸ポストも探しちゃいました。


南会津町には、3基の丸ポストが現存しているらしい。
そもそも平成18年に田島町、舘岩村、伊南村、南郷村が合併し、
南会津町が誕生しました。
と言うわけで、単に南会津町と言ってもかなり広範囲になります。

3基の内の1基が旧・田島町に在ると言う。
せっかく旧・田島町域に来ているんだから、素通りは出来ません。
ましてや、永田小学校へ向かう途中で丸ポストを見つけちゃったから
余計に素通りは出来ません(笑)。


その丸ポストは、国道289号線(通称 駒止バイパス)沿いにある
会津酒造前の丸ポスト。

      20180426丸ポスト南会津01


      20180426丸ポスト南会津02


      20180426丸ポスト南会津03


      20180426丸ポスト南会津04



探すのに苦労するかな?って思っていたけれど
車を走らせていて、いきなり目の前に現れたから
ちょっぴり拍子抜け。
でも、これで南会津町の丸ポストを1基攻略完了。

南会津町には、あと2基丸ポストが現存するようですが
南会津町高杖原のアストリアホテル前
南会津町内川居平の大川郵便局前 と、
いずれもこの辺りからはかなり離れている。

まあ、いつかそちら方面に行く機会があったら
是非、丸ポスト探しにチャレンジしてみよう。



ちなみに、福島県内の現存する丸ポストは76基(2018年4月末現在)。
今までに 下郷町 1基 。
そして、今回 南会津町 1基 。

合計 2基の丸ポストを確認しています。
あと、74基。
どこまでチャレンジ出来るかな...............?






2018/06/02 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・田島町立永田小学校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡南会津町 

4月26日  

1泊2日の南会津の旅行。
南会津町の廃校を巡ります。

荒海小学校中荒井分校をあとにして、向かった先は...............旧・田島町立永田小学校


永田小学校については、詳細は不明です。
昭和49年に当時の田島町立田島小学校(現:南会津町立田島小学校)に統合されて
廃校になったようです。


永田小学校の跡地は永田農林公園となり、
校舎は既に解体され、敷地の一部には
「永田林業研修センター」が建てられています。

      20180426永田小学校01


      20180426永田小学校02



敷地の外周に何本かの桜の木が残り
学校跡地だと言うことを彷彿させてくれます。

      20180426永田小学校03


      20180426永田小学校04


      20180426永田小学校05

残念ながら、こちらの桜も満開の見頃の時期を逸してしまったようですね。


廃校記念碑等はなく、学校遺構はこのローラーだけ。

      20180426永田小学校06



道を挟んだ反対側に消防倉庫が建ち、その傍らに二宮像。

      20180426永田小学校07


      20180426永田小学校08



二宮像の基台には、寄贈者の名が...............。

      20180426永田小学校09

渡部さんの名が多い。
10代の頃の友人に田島町出身の友人が居て、
田島町には『星』と言う性が多いと聞いていたけれど
渡部さんのオンパレード。
あっ、ちなみにその友人も『星』と言う性なんですけどね。




学校跡に訪れたと言う感は少ないけれど、
この二宮像に会えただけでもマシかもしれない。

      20180426永田小学校10


でも敷地外に二宮像が置かれているって...............
どうなんでしょうね?
『公園の隅っこにでも置いておけば良いのに』って思うのは私だけ...............?







2018/06/01 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・田島町立荒海小学校中荒井分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月26日  

4月26日〜27日、世の中のGWが始まる前に、
妹の もっちゃん を誘って福島県の南会津方面に出かけました。

前日の25日の夜、八王子の実家に移動。
この日は、高速の深夜割引に間に合うように午前3時に八王子の実家を出発。
圏央道あきるのICから高速に乗り、東北道と乗り継ぎ福島県を目指します。

白河ICで高速を降り、山越えをして南会津町へと向かいます。


向かった先は...............旧・田島町立荒海小学校中荒井分校



中荒井分校は

明治11年  川島小学校中荒井分校として創立。
大正5年  荒海村の5校が統合し荒海尋常小学校となり、
荒海尋常小学校中荒井分校となる。
昭和22年学制改革により、荒海村立荒海小学校中荒井分校なる。
昭和30年荒海村が田島町、檜沢村と合併して新たな田島町が発足。
田島町立荒海小学校中荒井分校と改称する。
昭和34年 本校である荒海小学校に統合され、廃校となる

とこのような沿革になっているようです。


廃校から既に59年。
半世紀以上の月日が流れていますが
木造の校舎は健在です。

      20180426中荒井分校01

とは言え、廃校から半世紀以上の月日が経っているから
長い年月の中、少しずつ手入れや補修を行って来たんでしょうね。



木造の平屋建て校舎。

     20180426中荒井分校02



平成も30年度。
こうやって現在な木造校舎を見ると、嬉しくなりますね。

      20180426中荒井分校03



校舎の前には、大きな枝垂れ桜。

      20180426中荒井分校04



地元では、有名な『中荒井分校の枝垂れ桜』。

      20180426中荒井分校05

残念ながら、桜はすでに散ってしまい、見頃は過ぎてしまいました。

例年なら4月下旬が見頃と言うことで、1ヶ月以上前から宿を予約して
この時期に訪れたのに...................

ちょっぴり残念です。(本当は、かなり残念です。)
今年は、桜が例年より1週間以上前に開花しちゃったからねぇ。


ならば、中荒井分校の木造校舎を堪能しなくっちゃ。

      20180426中荒井分校06


      20180426中荒井分校07


      20180426中荒井分校08



校庭に残る遊具類。

      20180426中荒井分校09


      20180426中荒井分校10



残念ながら、分校跡地には廃校記念碑や二宮像もない。

在るのは、この枝垂れ桜と古びた地蔵堂。

      20180426中荒井分校11


      20180426中荒井分校12



      20180426中荒井分校13

地蔵堂の隣には、小さなお宮(熊野神社)も鎮座していました。



校庭の隅には数本の桜。

      20180426中荒井分校14

こちらも既に見頃は終わり、葉桜に近い状態。


廃校と桜、そんなテーマで訪れた南会津2018春。
まだまだ廃校巡りは続きます。


2018/06/01 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ふくしま緑の百景 《 羽鳥湖畔の緑 》 (2017年7月21日)(福島県岩瀬郡天栄村) 

7月21日

ダムカード集めで立ち寄った羽鳥ダム。
そのダム湖である羽鳥湖はダム湖百選に選ばれているダム湖ですが
羽鳥湖展望台で、こんな石碑を見かけました。

      20170721羽鳥湖05

『何ぃ? ふくしま緑の百景 ?』


良く良く調べてみると...............

ふくしま緑の百景は、国際森林年の記念として昭和60年に福島民報社と
県緑化推進委員会の主催で、 福島県民の投票により決定されました。
ふるさとの森や樹を見直し、その美しさを守り育てることを目的としています。



なるほど! 崇高な目的があるんですね。

      20170721羽鳥06



一見この石碑、『かながわの景勝 50選』の石碑に
どことなく雰囲気がにています。

〇〇景、〇〇選と言うような類いが好きだから
どうしても興味が湧いてしまいます。


どうも、この石碑と言うか、このシリーズも追いかけでしまうかも?(笑)




一方の びいすけ はと言うと...............

      20170721羽鳥08


      20170721羽鳥09

なぜか、羽鳥湖展望台の草の上でローリング。



起き上がっては、背中をぷるぷるぷり〜っ。

      20170721羽鳥10




こんな素敵な風景が眼下に広がっているのにねぇ。

      20170721羽鳥07


湖畔の木々と調和した羽鳥湖。
まさに、羽鳥湖の緑ですね。





2017/08/22 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダム湖百選 羽鳥湖 

7月21日

福島旅行の2日目。


ダムカードをもらいに来た羽鳥ダム。

その羽鳥ダムによって堰き止められて出来たダム湖が羽鳥湖です。

ダムによって出来た羽鳥湖は、アースダムの中で現在でも屈指の規模を誇ってます。
現在既設のアースダムでは湛水面積と総貯水容量において日本一であり、
平成17年には天栄村の推薦で財団法人ダム水源地環境整備センターが選定する「ダム湖百選」に選ばれています。

ダム湖百選は、平成17年に制定された制度で、
所在する地方自治体首長の推薦を受けて
財団法人ダム水源地環境整備センター(現・一般財団法人水源地環境センター)が
認定したダム湖のことです。
ダム湖百選に指定されたダム湖には国立公園、国定公園に指定された自然度の高いダム湖や、
地域のレクリェーションスポットとしてのダム湖、
温泉など周辺整備により観光地化したダム湖などバラエティに富んでいます。
本日現在、65箇所のダム湖が指定されていますが、
今後も増えていくものと考えます。



羽鳥ダムの天端に、ダム湖百選の碑があります。

      20170721羽鳥02


      20170721羽鳥湖01

実は、ダム湖百選も秘かに追いかけていたりします。


ダム湖百選の碑の近くにあるもう一つの碑。

      20170721羽鳥04

こちらには、羽鳥貯水池 と刻まれています。
貯水池って言うには、ちょっと大きすぎる気はしますが...............


羽鳥ダムの天端からの羽鳥湖。

      20170721羽鳥03

この辺りからだと貯水池に見えるのかなぁ?
どうみても池って言うレベルじゃないような気がするんですが...............




羽鳥湖展望台からの羽鳥湖。
 
      20170721羽鳥07

やっぱり、貯水池って言うレベルじゃない。


紛れもなく湖。
紛れもなくダム湖。

そして、紛れもなく日本の ダム湖百選 です。


2017/08/21 Mon. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう!...............羽鳥ダム  ( 

7月21日

福島の旅行の2日目。

羽鳥小学校をあとにして、向かった先は...............羽鳥ダム


羽鳥ダムは、阿武隈川流域の白河地域における灌漑を目的としたダムです。
堤高37.1mのアースダムで、アースダムの規模としては全国屈指です。
羽鳥ダムは予備調査を経て昭和25年より現在の地点に建設が開始され、
6年の歳月を掛けて昭和31年に完成しました。
当時は全国各地で「国営農業水利事業」が展開されていましたが、
羽鳥ダムは当時としては日本最大級の規模を誇る灌漑用ダムでした。
ダムによって出来た羽鳥湖は、アースダムの中で現在でも屈指の規模を誇っています。
現在既設のアースダムでは湛水面積と総貯水容量において日本一と言うことです。



ダム天端に掲げられた、羽鳥ダムの概要。

      20170721羽鳥ダム01


羽鳥ダムの堤体。

      20170721羽鳥ダム02


      20170721羽鳥ダム03



こちらが、羽鳥ダムの天端。

      20170721羽鳥ダム04

生活道路となっていて、車の通行も多い。
画面正面が国道118号線。



こちらが羽鳥湖。

      20170721羽鳥ダム05



ちょっと離れた場所になる 羽鳥湖展望台 から眺める羽鳥ダム。

      20170721羽鳥ダム07



同じく展望台からの羽鳥湖。

      20170721羽鳥ダム08




さて、肝心のダムカードですが...............

羽鳥ダムから300mくらいの位置にある羽鳥ダム管理事務所で貰えます。


こちらが、羽鳥ダムのダムカード。

      20170721羽鳥ダム09


      20170721羽鳥ダム10

平日のお昼過ぎ。
この日6人目のダムカード希望者でした。
と言うことは、私の前に5人の人間がダムカードを貰いに来ています。

ダムカード、やっばり静かなブームなんですね。



2017/08/21 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........羽鳥小学校  (2017年7月21日)(福島県岩瀬郡天栄村)  

7月21日

福島旅行の2日目。

明神滝をあとにして、向かった先は...............天栄村立羽鳥小学校



羽鳥小学校は、明治25年に創立した湯本尋常小学校の分教場が
その始まりのようです。

明治44年     辰目沢分教場開設
昭和22年     学制改革により、湯本村立湯本小学校辰目沢分教場と改称。
昭和30年     牧本村・湯本村・大里村と広戸村の一部が合併して天栄村が発足。
天栄村立     湯本小学校辰目沢分校と改称する。
昭和39年     湯本小学校より独立、天栄村立羽鳥小学校となる 。
平成14年     湯本小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。



天栄村から下郷町へと繋ぐ国道118号線沿いに
廃校となった羽鳥小学校は在りました。


こちらが、羽鳥小学校の正門。

      20170721羽鳥小学校01


コンクリートブロック製の門柱。

      20170721羽鳥小学校02


表札は、しっかりと残っていました。

      20170721羽鳥小学校03



正門辺りからの羽鳥小学校の全景。

      20170721羽鳥小学校04

体育館がやけに目立ちます。
画面の真ん中よりちょっと右の水色の建物が校舎のようです。


こちらが、その校舎。

      20170721羽鳥小学校05

意外や意外。
木造の平屋建ての校舎でした。

廃材が積まれていた校庭の状態から
てっきり、鉄筋の校舎を解体したあとだと思っていたら
木造の校舎が残っていたんですね。


雪が深く、冬の寒さが厳しいことが
校舎の窓から出ているストーブの煙突で容易に計り知れます。

      20170721羽鳥小学校06



校舎の壁に掲げられた時計

      20170721羽鳥小学校24



体育館とプール。

      20170721羽鳥小学校07



プール脇の大きな木。
こちらが、シンボルツリーだったのかな?

      20170721羽鳥小学校08



校庭を徘徊する びいすけ 。

      20170721羽鳥小学校09


      20170721羽鳥小学校10



校庭の隅に記念碑を発見!。

      20170721羽鳥小学校12



碑の正面には、校歌と簡素な沿革が刻まれています。

      20170721羽鳥小学校11


      
裏面には、羽鳥小学校の卒業生一覧。

      20170721羽鳥小学校13



校庭に残る遊具類。

      20170721羽鳥小学校15


      20170721羽鳥小学校16


      20170721羽鳥小学校17



雲梯は、雑草に埋もれています。

      20170721羽鳥小学校18



小さなジャングルジムも雑草に埋もれています。

      20170721羽鳥小学校19


こちらの 棒あがり(?) も雑草の中。

      20170721羽鳥小学校20



校庭には、こんなモノもありました。

      20170721羽鳥小学校21

放射能計。


福島県って被災地なんだなぁと改めて考えさせられます。

      20170721羽鳥小学校22

果たして、この数値が良い数値なのか?
はたまた悪い数値なのか?

それには触れないでおきましょう。


正門近くの白樺の木。

      20170721羽鳥小学校23

小学校に白樺の木とは珍しい。
ひょっとしたら、こちらがシンボルツリーだったのかな?



     



2017/08/20 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

明神滝 (2017年7月21日)(福島県岩瀬郡天栄村) 

7月21日 公休日


黒沢分校をあとにして、向かって先は...............明神滝


明神滝は、天栄村黒沢集落の赤石川の支流黒沢にかかる滝で、
水量の多い時は滝つぼにしぶきが舞っています。
滝の左岸頂上にある直立した大きな一枚岩の傍らには、
宗像三神の一つといわれる田心姫命が祀られているそうです。


湯本方面から来ると、黒沢分校の手前に明神滝は在ります。
裏を返せば、黒沢分校の近くに在る。


道路にも案内標識があり、迷うことはありません。
まず、コレを見逃すことはないでしょう。

      20170721明神の滝01

そして、明神滝はこの案内標識のすぐ近く。
標識の手前の路肩の広い場所に車は3台ぐらい停められます。



道路脇に滝はその姿を隠しています。

      20170721明神の滝02


案内標識のすぐ先に橋が架かり、
その橋の上から滝を眺めることが出来ます。

      20170721明神の滝03


      20170721明神の滝04



橋の上にから眺める明神滝。

      20170721明神の滝05



さしずめ、橋は観瀑台って言う所でしょうか?

      20170721明神の滝06


      20170721明神の滝07


ゆっくり橋の上を移動すれば、
違った角度で滝を眺める事も出来ます。

      20170721明神の滝08


      20170721明神の滝09


橋より滝側は切り立った崖のため、滝壺へのアプローチは諦めました。
本当は上から眺めるよりも下から見上げる方が
滝の迫力は違うから残念です。

まあ、簡単に眺瀑(徒歩0分)出来たから良しとしましょう。


**自宅へ帰ってからネットで色々と調べたら
どうやら、川に降りる道があるらしい。
気がつかなかったなぁ...............。
知っていれば、果敢に河原に降りて行ったんだけどなぁ。








2017/08/19 Sat. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........羽鳥小学校黒沢分校  (2017年7月21日)(福島県岩瀬郡天栄村)  

7月21日 公休日

福島県の旅行の2日目。

レジーナの森を11時に出発して、
最初に向かった先は...............天栄村立羽鳥小学校黒沢分校


黒沢分校は、元々は湯本小学校の季節分校として設立されましたが
湯本小学校辰目沢分校が羽鳥小学校として独立した際に
羽鳥小学校の分校になったようです。


昭和28年黒沢季節分校開設
昭和29年黒沢分校開設
昭和30年天栄村立湯本小学校黒沢分校と改称する。
昭和39年辰目沢分校が独立して羽鳥小学校となり
天栄村立羽鳥小学校黒沢分校と改称する。
平成14年羽鳥小学校が湯本小学校に統合され黒沢分校も廃校となる。

と、このような沿革となっています。



黒沢集落の奥。
かなり山深い場所に、黒沢分校は在りました。

      20170721羽鳥小学校黒沢分校01



木造に小さな校舎。

      20170721羽鳥小学校黒沢分校02


      20170721羽鳥小学校黒沢分校03
     

      20170721羽鳥小学校黒沢分校04



なぜか玄関が開いている。

      20170721羽鳥小学校黒沢分校05

誰か居るのか?
声を掛けてもだれも居る気配はありません。


恐る恐る中に入ってみると...............

      20170721羽鳥小学校黒沢分校06

道路工事の看板の山。

どうやら、土木工事会社の倉庫となっているようです。



倉庫となっていてもやっぱりココは、かつての分校の校舎。
給食室も有ったようです。

      20170721羽鳥小学校黒沢分校07



理科の実験用機材も残ってました。

      20170721羽鳥小学校黒沢分校08


廃虚マニアでもないし、『荒らし』でも無いので
早々に校舎内から引き上げます。


しかしながら校舎の周りは、かなり雑草が伸びてきています。

      20170721羽鳥小学校黒沢分校09


      20170721羽鳥小学校黒沢分校10



こちらは裏口って言うか、通用口だったのでしょう。

      20170721羽鳥小学校黒沢分校11



なぜか、校庭にポツンと椅子が置かれている。

      20170721羽鳥小学校黒沢分校12


工事関係者が置いたモノでしょう。
雨風に打たれ、いつしかこの椅子も朽ちていくのでしょう。

雑草に覆われながら、校舎もいつか朽ちていくのだろうか...............?





2017/08/19 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本日のお泊まり@羽鳥湖高原 レジーナの森 (2017年7月20日)(福島県岩瀬郡天栄村) 

7月20日

7月20日〜21日に福島県の南会津方面に出かけました。

以前から一度、泊まってみたいと思っていたワンコ連れの宿泊施設、
羽鳥高原 レジーナの森に行って来ました。

      20170720本日のお泊り レジーナの森10



『レジーナの森』と言えばやっぱり、このドーム。

      20170720本日のお泊り レジーナの森01


      20170720本日のお泊り レジーナの森02



今回は、このドーム
『ドームコテージ オルサ』に泊まります。

      20170720本日のお泊り レジーナの森13



部屋番号(?)は246。

      20170720本日のお泊り レジーナの森03



コテージ内は、こんな感じです。

      20170720本日のお泊り レジーナの森04



ベット用のケージ(バリケン)も標準装備。

      20170720本日のお泊り レジーナの森05

それなりに広く、窮屈感はまったくありません。


ご機嫌な びいすけ 。
さっそく、ベットに飛び乗っちゃいます。

      20170720本日のお泊り レジーナの森06

ベットにカバーを掛けておいてよかったぁ。


ソファー越しに外を覗いてみたり...............

      20170720本日のお泊り レジーナの森07



ソファーの上に飛び乗ったり...............

      20170720本日のお泊り レジーナの森08


      20170720本日のお泊り レジーナの森09

やっぱり、びいすけ も気に入ってくれたみたいです。


チェックインしたのは、17時。
夕食は18時から。

別棟になるレストランへ移動します。

      20170720本日のお泊り レジーナの森11


レストラン内はペット同伴可。

      20170720本日のお泊り レジーナの森12

カートの貸し出しも有りますが、 びいすけ はテーブルの下がお気に入り。



夕食は、和洋中50種類のメニューのブッフェ。
要はバイキング。
いわゆる食べ放題って言うやつ。

今日は汗をいっぱいかいたから
オプションの飲み放題も頼んじゃいましょう。

      20170720本日のお泊り レジーナの森14


      20170720本日のお泊り レジーナの森15


ギンギンに冷えた生ビール。

      20170720本日のお泊り レジーナの森16

美味いんだなぁ、コレが。



ブッフェだから、好きなモノをいっぱい盛り付けます。

      20170720本日のお泊り レジーナの森17


      20170720本日のお泊り レジーナの森18



何と、ペット用のメニューも3種類ほどあって、
これまた食べ放題。

知らなかったから、コテージで持参したカリカリフードを
びいすけ に食べさせちゃったんだよなぁ。

でも、今日は特別。
朝の3時から動き回っていたから
たまには、いっぱい食べても良いよ〜。

      20170720本日のお泊り レジーナの森19


      20170720本日のお泊り レジーナの森20



ヤギミルクもゴクゴク飲み干し、

      20170720本日のお泊り レジーナの森21



ワンちゃん用メニューもあっさり平らげました。

      20170720本日のお泊り レジーナの森22


      20170720本日のお泊り レジーナの森23



さらには、テーブル下から『くれ!くれ!攻撃』。
ダメダメ飼い主は、ついついソースの付いていないローストビーフを
あげてしまったりして...............

      20170720本日のお泊り レジーナの森24



2人と1頭、超満腹で大満足。

      20170720本日のお泊り レジーナの森25


      20170720本日のお泊り レジーナの森26



おやすみ前のチッコとウンチを済ませ
そろそろ瞼が重くなってきた びいすけ 。

      20170720本日のお泊り レジーナの森27


      20170720本日のお泊り レジーナの森28


交代でお風呂(大浴場)に行って、
22時前には2人と1頭、眠りの底に着きました...............









明けて、7月21日。



朝6時前。
早朝散歩と洒落込みましょう。

      20170720本日のお泊り レジーナの森29



ドッグランには、まだ誰もいません。
こちらは、大型犬エリアのようです。

      20170720本日のお泊り レジーナの森30



ランドマークでもある敷地中央部にある池の周りを散策いたしましょう。

      20170720本日のお泊り レジーナの森33

      20170720本日のお泊り レジーナの森31


      20170720本日のお泊り レジーナの森32

実は、この時のいでたちが大失敗。
サンダルに短パン姿だったものだから
ブヨにいっぱい刺されました。
痒いのなんの。



    
やがて、朝の陽が昇り始めます。
      
      20170720本日のお泊り レジーナの森34


今日も天気は良さそう。

朝からクンクンと匂い嗅ぎに生をだす びいすけ 。

      20170720本日のお泊り レジーナの森35


      20170720本日のお泊り レジーナの森36



こちらが、中・小型犬エリアのドッグラン。

      20170720本日のお泊り レジーナの森37



早い時間だから、やっぱり誰もいませんね。

      20170720本日のお泊り レジーナの森38



びいすけ には朝のお務めが残っているから
匂いを嗅ぎ嗅ぎ、チッコとウンチに頑張ってもらいましょう。

      20170720本日のお泊り レジーナの森39


      20170720本日のお泊り レジーナの森40


      20170720本日のお泊り レジーナの森41



朝食の時間です。
昨夜と同じレストラン。
びいすけ はテーブル下がマイポジション。

      20170720本日のお泊り レジーナの森42


朝食もブッフェ方式の食べ放題。
朝から選り取り見取りのプチ贅沢。
      20170720本日のお泊り レジーナの森43



ワンちゃん用の食べ放題もあるから
びいすけ にもあげましょう。

      20170720本日のお泊り レジーナの森44



お行儀よく、『待て!』をしてから...............

      20170720本日のお泊り レジーナの森45



『良し!』の合図で、もうご飯に夢中(笑)。

      20170720本日のお泊り レジーナの森46



見事に完食。

      20170720本日のお泊り レジーナの森47


えっ?
お代わり?

訴えるような、その目はやめて欲しいなぁ(笑)

      20170720本日のお泊り レジーナの森48


仕方ないなぁ...............。

      20170720本日のお泊り レジーナの森49


朝ご飯も満喫、満腹な2人と1頭。
ご馳走様でした!


食後に散歩に行きましょう。

すでに陽射しは強く、福島でも夏本番?
でも、この辺りはまだ梅雨あけしていないんだよね。


足元に気を配りながら小川を渡ります。

      20170720本日のお泊り レジーナの森50


木立中を森の方へと向かいます。

      20170720本日のお泊り レジーナの森51


森に向かった目的は、このドッグウォーク。

      20170720本日のお泊り レジーナの森52



木立の中をノーリードで歩けるから
実は、すごく楽しみにしていました。

      20170720本日のお泊り レジーナの森53


きょりは何だかんだで300mぐらい?

      20170720本日のお泊り レジーナの森54



要は、ものすごく縦に長いドッグラン?
そんなイメージでした。

      20170720本日のお泊り レジーナの森55

まぁ、クンクンと匂いを嗅ぎながら闊歩する びいすけ には
御誂え向きの場所でした。

ちょっぴり距離不足を感じながらもドッグウォークは終点へ。



ブヨに刺されまくった池に再び。

今度はジーンズにスニーカー(靴下履いてます)だから足元も万全。

      20170720本日のお泊り レジーナの森56


      20170720本日のお泊り レジーナの森57



池の奥には、湿地園。

      20170720本日のお泊り レジーナの森58


こちらも散策しちゃいましょう。

      20170720本日のお泊り レジーナの森59


割れ、先へと先導する びいすけ 。
どうやら、こう言った木道が好きなようです。

      20170720本日のお泊り レジーナの森60


      20170720本日のお泊り レジーナの森61


湿地園を出たら、池の周りを一周して、コテージに戻ります。

      20170720本日のお泊り レジーナの森62



コテージ近くで、こんな看板を見かけたから、記念に一枚、パチリ☆。

      20170720本日のお泊り レジーナの森63



さらに、もう一枚、パチリ☆。

      20170720本日のお泊り レジーナの森64



本当は3人(?)揃って撮りたかったけど
(通り過ぎる人にシャッターを押してもらう。)
誰も来ないから、交代でパチリ☆。

      20170720本日のお泊り レジーナの森65


      20170720本日のお泊り レジーナの森66



結局、チェックアウト時間の11時までレジーナの森にいました。

ひょっとしたら、今までの宿泊先で1番楽しかったかもしれない。
レジーナの森、また来たいなぁ...............


** レジーナの森は経営者が変わって、9月1日から
エンゼルフォレスト 那須白河 に名前がかわるそうです。



2017/08/18 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう!...............大川ダム (2017年7月20日)(福島県会津若松市) 

7月20日

7月20日〜21日に福島県の南会津地方へ出かけました。


湯野上温泉駅の足湯でリフレッシュしたあとに
向かった先は...............大川ダム


大川ダムは、阿賀野川総合開発事業の一環として建設された多目的ダムです。
その目的には、洪水調節、洪水の正常な機能の維持、灌漑用水、水道用水、
工業用水の確保、揚水式及びダム式発電が含まれています。
また、大川ダムは、阿賀川本川に立地していて上流の流域面積が大きく、洪水の流入量が大きくなっています。
そのため、治水・利水に関する 放流施設をはじめとする管理設備は、
その種類・数ともに多くなっています。

さらに、貯水池の容量配分、治水と利水(揚水発電)の両容量に重複部分があるため、
予備放流を前提とした洪水調節が計画されており、 複雑な貯水池運用が必要とされます。
ダム湖(若郷湖)を下池とし、その上流に位置する支流である小野川に建設した大内ダム湖を
上池とする*揚水式発電所(供給314m3/s)において、その間の落差約400mにより、
最大100万kwの発電を行います
大川ダム下流右岸に設置した*ダム式発電所(供給45m3/s)において、
最大2万1千kwの発電を行います。
型式は重力式コンクリートダムとロックフィルダムが複合したコンバインダムです。
ダムの高さは75.0mであり、国内第3位の高さを誇ります。

昭和46年より「舟子ダム」または「桑原ダム」の名で計画に取り掛かりました。
しかしながら、各方面から利水についての要望が出されたことから、
阿賀野川の治水と利水を総合的に実施するため河川総合開発事業として事業を進めました。
昭和62年に竣工し、周辺整備を行った後に昭和63年より運用・管理を開始しました。
目的は洪水調節、不特定利水、灌漑、上水道供給、工業用水道供給および水力発電であり、
多目的ダムの中でも用途が広いダムになります。



若郷湖


大内ダムの配布場所である下郷資料館前に建っている
大川ダムの概要を記した案内板。

      20170720大川ダム01

似たような名称のダムの関連施設が
お互いに近い距離にあるからややこしい。


こちらが、大川ダム
(下郷資料館前から見た大川ダム)

      20170720大川ダム02




      20170720大川ダム04



ダム湖である若郷湖。

      20170720大川ダム03

意外に貯水量は少ない。
空梅雨の影響でしょうか?
ダム湖を眺めているこの辺りは下郷町。
ダムの対岸は会津若松市。

会津若松市 の『若』と 下郷町 の『郷』を取って
ダム湖は『若郷湖』と名付けられたようです。

     

管理事務所は、対岸にあるので、下郷町側から会津若松側に移動します。



管理事務所の近くに建つ大川ダムの碑。

      20170720大川ダム05


      20170720大川ダム06



ダム堤体。

      20170720大川ダム07


確かに、一部分は石を積み上げたロックフィルダムと言う事か判ります。

      20170720大川ダム08


ダムの欄干にも大川ダムの銘板が飾られています。

      20170720大川ダム09


     
ダム天端。

      20170720大川ダム10
    
以前は関係者以外の車両は通行止めだったようですが
現在は通行可能。
対岸(下郷側)にある大内ダム展示館と大川ダム管理事務所は
天端を通れば容易に往来できるようになりました。




ダム周辺は大川ダム公園として整備されています。

     20170720大川ダム11


      20170720大川ダム12

本当なら、大川ダム公園をじっくり散策してみたいモノですが
本日は時間が無い。



肝心のダムカードは、大川ダム管理事務所で貰えます。


こちらが、大川ダムのダムカード。

      20170720大川ダム13


      20170720大川ダム14


また1枚、福島県のダムカードをgetいたしました。

ダムカード集め、かなりハマっています.................。



2017/08/17 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit