05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

び・び・びのびいすけ

白河ラーメン@とら食堂 (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島県の旅行。

そのシメは、白河ラーメンの名店、『 とら食堂 』。


福島県でラーメンと言えば、喜多方ラーメンが浮かんでくる人が多いですが、
実は白河市もラーメンの激戦区。
現在、白河市内には、白河ラーメンを提供するお店は100店を超えるそうです。
中でも「とら食堂」は、行列の絶えない人気の名店だそうです。

そもそも、東北の玄関口・福島県白河市の白河ラーメンは
とら食堂が発祥と言われています。
その味に魅せられた人々がこぞって弟子入りを志願し、
多くのラーメン店が開業したとも言われているそうです。


実は、とら食堂には以前来たことがあります。
今から10数年前、白河市に遊びたいに来た時に
地元の友人に連れて来てもらいました。


田んぼと畑が広がる集落。

      20180427とら食堂01


午後の営業は16時から。
時刻は16時ちょっと前。
既に駐車場には車がいっぱい。

      20180427とら食堂02

お店の前には15〜6人ほどの行列が出来ていました。


この日の開店は16時15分。
車の中で留守番させる びいすけ を大人しくさせるために
ぐるっと周辺を散歩(5分ほど)していたら
その間に、店はオープンしてしまい、それに合わせてお客さんもさらに来店して
結局、順番待ちになっちゃいました。

      20180427とら食堂03


      20180427とら食堂04


お客さんが1回転する間、約30分の順番待ち。



カウンターに座り、オーダーしたのは、手打ち中華そば(大)。

      20180427とら食堂05


すっきりしたスープにコシのあるちぢれ麺が深い味わいを醸し出す逸品。

大変美味しいいただきました。




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2018/06/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............鹿島神社 (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島県への旅行。


白河鹿島神社は、白河市大鹿島に鎮座する神社です。

宝亀年間(770~780年)光仁天皇の頃、創建した由緒ある神社です。
弘仁2年(811年)坂上田村麻呂が東夷征伐の際に、
改めて常陸国鹿島大明神を勧請した神社で、
白河地方の総鎮守とし、武の神、白河以北を守る神として、
戦勝を祈願したと言われています。
延喜式神名帳(成立927年)に残る式内社でもあり、
歴代の小峰城主の尊崇も厚く、城主自ら奉幣、参籠し、
祭田や社殿の寄進もあったそうです。

御祭神として、武甕槌命(たけみかづちのみこと)が祀られています。




こちらが、鹿島神社の社号標。

      20180427鹿島神社01



社号標の建つ場所から参道は始まります。

      20180427鹿島神社02



社号標脇の神橋。

      20180427鹿島神社03



神社の参道口でよく見かける『定』?

      20180427鹿島神社04

これって何て言うんだろう?
案内板? 掲示板?



こちらが、一の鳥居。

      20180427鹿島神社05



一の鳥居の神額。

      20180427鹿島神社06



一の鳥居の手前の狛犬。

      20180427鹿島神社07


      20180427鹿島神社08



一の鳥居の先にも狛犬。

      20180427鹿島神社09


      20180427鹿島神社10



さらに参道は続きます。

      20180427鹿島神社11



二の鳥居。

      20180427鹿島神社12



二の鳥居の先の狛犬。

      20180427鹿島神社13


      20180427鹿島神社14



さらには、太鼓橋。

      20180427鹿島神社15



太鼓橋を渡れば手水舎。

      20180427鹿島神社16



定番の龍の吐出口。

      20180427鹿島神社18



手水舎で清めを済ませれば、随身門がお出迎え。

      20180427鹿島神社19



随身門脇の回廊前には、御神酒が並びます。

      20180427鹿島神社20



随身門の扁額。

      20180427鹿島神社21



神を守るとされる随身(随神)。
向かって左側だから矢大臣。

      20180427鹿島神社22



向かって右側。
右側なのに左大臣。

      20180427鹿島神社23



回廊。

      20180427鹿島神社24


      20180427鹿島神社25

随身門があって、回廊まである。
こちらの神社は侮れない。


随身門をくぐれば、目の前には社殿(拝殿)。

      20180427鹿島神社26



拝殿正面。

      20180427鹿島神社27



拝殿正面の彫刻。

      20180427鹿島神社29


      20180427鹿島神社28




この時点で、すでに鹿島神社の厳かさに圧倒されています。
     

厳かに参拝いたします。

      20180427鹿島神社30



拝殿前の天水桶。

      20180427鹿島神社31



拝殿前の狛犬。

      20180427鹿島神社32


      20180427鹿島神社33



こちらが、本殿。

      20180427鹿島神社35


      20180427鹿島神社44



こちらは、祈祷殿。

      20180427鹿島神社36




境内社。

      20180427鹿島神社34

左から、稲荷神社、神明神社、天津神社。


      
境内社の松尾神社。

      20180427鹿島神社37



境内にそびえる立派な木。

      20180427鹿島神社38
      20180427鹿島神社39

御神木と思ったら違っていました。



こちらが、御神木。

      20180427鹿島神社40
      20180427鹿島神社41

本殿脇に在りました。
とにかく、その存在感が凄い!



別アングルからの御神木。

       20180427鹿島神社42
      20180427鹿島神社43


      
本殿の裏山にパワースポットがあるらしい。

      20180427鹿島神社45

せっかくだから、行きましょう。



階段を上がり.........

      20180427鹿島神社46


狭い山道を歩き.........

      20180427鹿島神社47

まるで、城址にチャレンジしている気分。




こちらが、パワースポットの磐座

      20180427鹿島神社48

古代からの祭祀が行われ聖地と云われる大岩です。




神仏習合の名残でしょうか?
境内には、観音堂と弥勒堂が在ります。

こちらが、観音堂。

      20180427鹿島神社49



そして、弥勒堂。

      20180427鹿島神社50



こちらが、鹿島神社の御朱印。

      20180427鹿島神社51



正直、鹿嶋神社と言う名前から、
そこいらにある鹿島神社と同じレベルだと思っていましたが、
ここまで、格式高い神社だとは思っていませんでした。

本家の鹿島神宮は未だ参拝していませんが、
(鳥居の前までは行ったことがある)
本家に劣らない(?)んじゃないかな?

久しぶりに身の引き締まる神社に参拝した気分になりました。


しかし、御朱印にQRコードって...............?
そんな時代なんでしょうか.........?



2018/06/18 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・表郷村立第三小学校   (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は白河市を巡ります。

白河市の表郷地区(旧・表郷村)には、
かつて5つの小学校と1つの分校が在りました。
人口の減少、過疎化、少子化と波は押し寄せ、
昭和55年に新しい小学校(表郷村立表郷小学校)に統合されてしまいました。
即ち、昭和55年に5つの小学校と1つの分校が廃校になってしまいました。

ここまで、第一小学校、第二小学校、第四小学校、第三小学校河東田分校と
何とか辿り着く事が出来ました。
表郷第五小学校は、新設統合校である表郷小学校2なったから
残すは、表郷第三小学校のみ。
場所が分からなかったんですが、
耕運機に乗っていたオジさんに教えてもらいました。


こちらが、第三小学校の正門跡。

      20180427表郷第三小学校01



フェンスの先に見えるのは、第三小学校の門柱。

      0180427表郷第三小学校02



表札もしっかり残っています。

      0180427表郷第三小学校03



裏には門柱の建立時期が刻まれています。

      0180427表郷第三小学校04

昭和27年の建立のようです。


建立にあたり、寄付した方の名が刻まれています。

      0180427表郷第三小学校05



門をくぐり、敷地内に入ります。
第三小学校跡地は、一部が八幡集会所。
残りは民間企業に売却されたのか? 工場が建っています。


集会所前には、創立百周年記念碑。

      0180427表郷第三小学校06

『体 徳 知』と刻まれています。



裏面には、創立百周年記念際の実行委員会の方々の名が刻まれています。

      0180427表郷第三小学校07




こちらが、八幡集会所。

      0180427表郷第三小学校08



敷地奥は、民間企業の工場。

      0180427表郷第三小学校09




集会所と工場の間には、公園のような空間。


遊具が一ヶ所にまとまっています。

      0180427表郷第三小学校13



この木は、第三小学校の時からこの場所にあるのだろう。

      0180427表郷第三小学校10




こちらの木も同じでしょう。

      0180427表郷第三小学校11



びいすけ は、草の匂いを嗅ぎまわっています。

      0180427表郷第三小学校12

      
0180427表郷第三小学校14


近所のワンちゃんの散歩コースなのか?
ちょっぴりテンションも高め。

      0180427表郷第三小学校17


      0180427表郷第三小学校18




工場の周りにも葉桜になった桜の木もチラホラ。

      0180427表郷第三小学校15


      0180427表郷第三小学校16



正直、探し出すのを諦めていた第三小学校。

何とか辿り着けて良かった。

これで、旧・表郷村の廃校となった小学校を制覇出来ました。



      
2018/06/17 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・表郷村立第三小学校 河東田分校  (2018年4月27日)(福島県白河市 

4月27日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は白河市を巡ります。

白河市の表郷地区(旧・表郷村)には、
かつて5つの小学校と1つの分校が在りました。
人口の減少、過疎化、少子化と波は押し寄せ、
昭和55年に新しい小学校(表郷村立表郷小学校)に統合されてしまいました。
即ち、昭和55年に5つの小学校と1つの分校が廃校になってしまいました。

ここまで、第一小学校、第二小学校、第四小学校と巡って来ましたが
残る、表郷第三小学校、表郷第三小学校河東田分校、表郷第五小学校の場所が分かりません。
かくなる上は、なるべく年配の方に訊きまくる。
最初に尋ねたのがオバさん。
その方の話だと、第五小学校の跡地に統合校である表郷小学校が建てられたらしい。
となると第五小学校が現在の表郷小学校。

次に尋ねたが、耕運機を運転していたオジさん。
その方の話では、
3kmほど先のビニールハウスがいっぱいある辺りの
さらに奥まった所と言う情報を頼りに移動します。


言われた辺りを適当にグルグルと走り回り、
突如、目の前に現れた河東田分校。

      20180427表郷第三小学校河東田分校01

正門はフェンスで塞がれていました。


フェンス越しに見る河東田分校。

      20180427表郷第三小学校河東田分校02

かろうじて(?)木造プレハブ(?)の校舎は残っていました。


全面フェンスに囲まれているかと思ったら、
東側から簡単に敷地内に入れます。

      20180427表郷第三小学校河東田分校03



平屋建ての小さな校舎。
まさに分校の校舎ですね。

      20180427表郷第三小学校河東田分校04


      20180427表郷第三小学校河東田分校05


      20180427表郷第三小学校河東田分校06



門柱の裏側。

      20180427表郷第三小学校河東田分校07

画面では見にくいですが、大正




敷地の隅に建つ碑。

      20180427表郷第三小学校河東田分校09

河東田分校跡の碑ですね。



裏面には何かが刻まれています。

      20180427表郷第三小学校河東田分校08



よく見ると、校歌と分校の沿革。

      20180427表郷第三小学校河東田分校10


碑文によれば、



と言うような沿革となっているようです。



なぜか、門柱が無造作に転がっている。

      20180427表郷第三小学校河東田分校11

別な門もあったのでしょうか?



正直、見つけ出すのを半分諦めていた河東田分校。
辿り着けて良かった...............。




2018/06/16 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・表郷村立第四小学校   (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は白河市を巡ります。

白河市の表郷地区(旧・表郷村)には、
かつて5つの小学校と1つの分校が在りました。
人口の減少、過疎化、少子化と波は押し寄せ、
昭和55年に新しい小学校(表郷村立表郷小学校)に統合されてしまいました。
即ち、昭和55年に5つの小学校と1つの分校が廃校になってしまいました。

そんな旧・表郷村の廃校巡り。
次なる目的地は、旧・表郷村立 表郷第四小学校です。


表郷第四小学校に関する情報も乏しく、
いつも拝見しているブログを参考に
それらしき場所を探します。
道路沿いの更地と言う情報を元に、
国道289号線を表郷金山方面へと移動します。


国道沿いに門柱を発見。

      20180427表郷第四小学校01



表札には、『表郷村立表郷第四小学校』の名が刻まれています。

      20180427表郷第四小学校02



事前情報通り、跡地は更地で何も無い。

      20180427表郷第四小学校03



敷地の一画に木が茂り、何かがあります。

      20180427表郷第四小学校04


近づいてみると、記念碑が在りました。

      20180427表郷第四小学校05



表郷第四小学校創立百周年の記念碑です。

      20180427表郷第四小学校06

表面には表郷第四小学校の校歌が刻まれています。



裏面には表郷第四小学校の沿革が刻まれています。

      20180427表郷第四小学校07

碑に刻まれた沿革によれば.........

明治12年高木小学校創設
明治17年金山尋常小学校高木分校となる
明治25年金山村高木尋常小学校となる
昭和22年金山村立高木小学校となる
昭和30年表郷村立第四小学校となる

そして、昭和55年に旧・表郷村の5つの小学校と
1つの分校が統合されて、廃校となりました。




記念碑の脇には二宮像。

      20180427表郷第四小学校08

台座は無く、地面に直接置かれています。


一応、基礎は打たれていますが、大きな地震が来たら倒れてしまいそう。

      20180427表郷第四小学校09




国道を挟んだ向かいに何かの碑が建っています。

      20180427表郷第四小学校10



近づいて確認します。

      20180427表郷第四小学校11


高木小学校運動場と記されています。

表郷第四小学校の祖である高木小学校。
明治期に創設された小学校の運動場だったようです。

おそらく、その後に国道が整備されて、
小学校の敷地を分断するような形になってしまったんでしょう。


校舎も無いけれど、門柱や記念碑、二宮像。
そしてこの運動場の碑。
これらの学校遺構がこの地に残されている限り
この小学校の卒業生は、第四小学校の事を忘れないだろう...............。




2018/06/16 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・表郷村立第二小学校   (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は白河市を巡ります。

白河市の表郷地区(旧・表郷村)には、
かつて5つの小学校と1つの分校が在りました。
人口の減少、過疎化、少子化と波は押し寄せ、
昭和55年に新しい小学校(表郷村立表郷小学校)に統合されてしまいました。
即ち、昭和55年に5つの小学校と1つの分校が廃校になってしまいました。

そんな白河市の旧・表郷村の廃校巡りは続きます。

表郷第一小学校をあとにして、、向かった先は.........旧・表郷村立 表郷第二小学校



表郷第二小学校の沿革も事前に調べてみましたが不明でした。
しかし、現地の記念碑に記されていた沿革によれば...........

明治7年万沢峰全院に創設。
明治10年番沢里見の常福寺に校舎移転。
明治19年番沢簡易小学校と改称。
明治20年金山小学校番沢分教室となる。
明治22年古関尋常小学校と改称。
中野・関辺に分教場を置く。
明治34年古関第一尋常小学校と改称。
大正12年高等科設置され、古関尋常高等小学校と改称。
昭和22年古関村立第一小学校と改称。
昭和30年表郷村立表郷第二小学校と改称。


昭和55年廃校となる。

と、このような沿革となっています。


表郷第二小学校の場所については、よく分かりませんでしたが
廃校マニアの先人のブログを見て、跡地か保育園になっていること、
同じ敷地内に集会所があると言う情報から特定。
何とか辿り着くことが出来ました。


こちらが、表郷第二小学校跡地。
奥に見えるのが保育園。

      20180427表郷第二小学校01

保育園の稼働している平日の午後。
怪しげな男、不審者と思われるのも嫌だから
保育園には、あまり近づかないようにしましょう。



保育園の隣は上宿集会所。

      20180427表郷第二小学校02


      20180427表郷第二小学校04



集会所の脇に何かある!

      20180427表郷第二小学校03


     

創立百周年記念碑。

      20180427表郷第二小学校05



裏面には沿革が刻まれています。

      20180427表郷第二小学校09



二宮像。

      20180427表郷第二小学校06


      20180427表郷第二小学校07



こちらは、創立百周年記念祭の実行委員の方々の名が刻まれた碑。

      20180427表郷第二小学校08


      
残念ながら門柱は残っていない。


校舎は解体され、保育園の施設と集会所が建てられ
記念碑や二宮像以外の学校遺構は無さそうです。


敷地の端に立つ木。

      20180427表郷第二小学校10


この木はきっとシンボルツリーだったんだろう。

      20180427表郷第二小学校11


これで、旧・表郷村の廃校となった小学校を二つ確認しました。
あと、4つの廃校があるわけですが、ちょっと情報が乏しい。
でも、まだまだ旧・表郷村の廃校巡りは続きますよ。







2018/06/15 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・表郷村立第一小学校   (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は白河市を巡ります。

白河市の表郷地区(旧・表郷村)には、
かつて5つの小学校と1つの分校が在りました。
人口の減少、過疎化、少子化と波は押し寄せ、
昭和55年に新しい小学校(表郷村立表郷小学校)に統合されてしまいました。
即ち、昭和55年に5つの小学校と1つの分校が廃校になってしまいました。


そんな旧・表郷村の廃校を巡ります。
その第1弾は.........旧・表郷村立 表郷第一小学校


表郷第一小学校の詳しい沿革は不明です。
現地にあった記念碑に刻まれた沿革によれば.........

明治9年 中野小学校開校
明治34年 古関第二小学校として独立
昭和30年 表郷村立表郷第一小学校と改称
昭和56年 統合により中野小学校の歴史を閉ず

とあります。

明治期のこの地域の沿革が不明ですが、昭和30年までは古関村。
昭和30年に古関村が金山村、社村と合併して表郷村が誕生した経緯から
明治初期に中野村(?)で創設された小学校が
昭和30年に表郷第一小学校と改称したようです。
昭和56年に歴史を閉じたとありますが、
正確には昭和55年に廃校となり、
その後1年間は表郷小学校第一分室とされていたようです。



県道沿いの、ちょっとした高台に門柱が残っています。

      20180427表郷第一小学校01


      20180427表郷第一小学校02



色褪せた表札ですが、『表郷村立表郷第一小学校』と確認出来ます。

      20180427表郷第一小学校03


校舎はとっくに解体され、広い敷地。

      20180427表郷第一小学校05


      20180427表郷第一小学校06


      20180427表郷第一小学校07


敷地の一画には、公民館。

      20180427表郷第一小学校08



その庭先(?)に、表郷第一小学校の記念碑。

      20180427表郷第一小学校09



裏面には簡略な沿革が刻まれています。

      20180427表郷第一小学校10



校舎はないけれど、校庭にそびえる木。

      20180427表郷第一小学校11

きっとシンボルツリーだったのでしょう。



校地の隣の森にそびえる木。

      20180427表郷第一小学校12


きっと子供たちは、これらの木々をバックに
校庭を走り回っていたんだろうなぁ...............。



2018/06/15 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

白河の関 (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

御朱印を拝受するために訪れた白河神社。

実は、白河神社が鎮座する地は、白河の関跡になります。
白河の関は、鼠ヶ関(ねずがせき)・勿来関(なこそのせき)とともに、
奥州三関の一つに数えられる関所です。
都から陸奥国に通じる東山道の要衝に設けられた関門として史上名高い関です。
その設置の年代は不明ですが、奈良時代から平安時代頃に機能していた国境の関で、
蝦夷の南下や人、物資の往来を取り締まる機能を果たしていたと考えられています。

関の廃止の後、その遺構は長く失われて、その具体的な位置も分からなくなっていましたが、
寛政12年(1800年)、白河藩主の松平定信が、文献による考証を行い、
その結果、白河神社の建つ場所をもって、白河の関跡であると論じたそうです。

その白河の関。
そこには、城郭遺構が残されています。
関所と言うからには、番人も居ただろうし、
役人の居住地(館)があってもおかしくない。
ましてや、奈良時代や平安時代初期ともなれば
防御機能を備えた空堀や土塁があってもおかしくない。
と、言うわけでいつものように、
余湖さんのHPから縄張り図をお借りしました。

白河の関館跡の縄張り図。

      白河の関 縄張り図


こちらが、城址碑ならぬ、関所跡の碑。
『白河関跡』の碑。

      
20180427白河の関01



『白河の関』の説明板。

      20180427白河の関02



白河の関の発掘調査の説明板。

      20180427白河の関03

1960年代の発掘調査を行った結果、
土塁や空堀を設け、それに柵木を巡らせた古代の防禦施設を検出しました。
その後、昭和41年に「白河関跡」として国の史跡に指定されたそうです。



松平定信による古関蹟の碑。

      20180427白河の関04

白河藩主である松平定信(楽翁)が寛政12年(1800)年8月に、
ここが白河関跡であることを断定し、建立した碑です。



白河神社の脇にある空堀。

      20180427白河の関05


      20180427白河の関06



空堀手前に鎮座する祠。

      20180427白河の関07



土橋。

      20180427白河の関08



土橋脇の土塁。

      20180427白河の関09


土橋の先は、1の郭。

      20180427白河の関10

郭の周囲を土塁が取り囲んでいます。



郭そのものは約30m四方な方形。

      20180427白河の関11



白河神社脇の空堀はぐるっと郭の周りを巡っています。

      20180427白河の関12



この辺りの空堀は埋め戻されているようです。

      20180427白河の関13



敷地内に建つ句碑。

      20180427白河の関14



この地は、西山国師遺跡霊場の札所でもあるようです。

      20180427白河の関15



こちらは、従二位の杉。

      20180427白河の関19
      20180427白河の関20



鎌倉前期の歌人である従二位藤原宮内卿家隆が手植し、
奉納したと伝えられる古木だそうです。
推定樹齢は約800年、周囲約5メートルの巨木です。

      20180427白河の関21




こちらは、旗立の桜

      20180427白河の関22

治承4年(1180)源義経が平家追討のため平泉を発し、
この神社に戦勝を祈願するため旗揃えをした際に、
この桜に源氏の旗を立てたと伝えられています。



午前中に訪れた小峰城が近代的な城郭としたら
この白河の関は、仮に居館跡としても土の城。

      20180427白河の関16



空堀と土塁しか残っていないけれど、
それらが中世の城郭だと改めて認識させてくれます。

      20180427白河の関17


      20180427白河の関18


御朱印巡りで訪れた白河神社でしたか、白河市ではメジャーな観光地でもあり
それが、中世の城郭でもある。
個人的には1粒で2度おいしい、グリコのキャラメルのような白河の関でした...............。



2018/06/14 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............白河神社 (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は白河市です。


南湖公園をあとにして、向かった先は...............白河神社


白河神社は、白河市旗宿関ノ森に鎮座する神社です。
いや、旗宿関ノ森と言うか、白河の関に鎮座し、
関の明神、二所関明神とも呼ばれる神社です。
境内は、特別史跡名勝天然記念物に指定されています。

創建は、第十三代成務天皇五年(135年)白河国造命と天太玉命を奉祀し、
勅命により創建したそうです。
のちに白河の関設置に当たり、関所南北に住吉、玉津島明神を祀りました。



こちらが、白河神社の社号標。

      20180427白河神社01



鳥居前の狛犬。

      20180427白河神社02


      20180427白河神社03



白河神社の鳥居。

      20180427白河神社04


      20180427白河神社05



杉の木が立ち並ぶ中、社殿へと続く参道の石段。

      20180427白河神社06



石段を上りきると、出迎えるように狛犬が鎮座しています。

      20180427白河神社07


      20180427白河神社08



そして、目の前に現れる社殿(拝殿)。

      20180427白河神社09


拝殿正面には、九曜紋。

      20180427白河神社10



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180427白河神社11



拝殿正面。

      20180427白河神社12



別アングルからの拝殿。

      20180427白河神社13


拝殿の鬼瓦。

      20180427白河神社15



こちらが、本殿。

      20180427白河神社14


      20180427白河神社17


      20180427白河神社18
  


    
こちらは、神楽殿でしょうか?

      20180427白河神社16



境内に建つ由緒書き。

      20180427白河神社19



境内社。
左から雷神社・若木神社・愛宕神社・神明神社・大山祇神社・熊野神社・天神神社。

      20180427白河神社20



同じく、境内社の八雲神社。

      20180427白河神社21



こちらは、大山祇神社

      20180427白河神社28



国津神社

      20180427白河神社29

脇に鎮座するのは、大黒天のようです。



御神木。

       20180427白河神社22
      20180427白河神社23


      20180427白河神社24
      20180427白河神社25



拝殿脇に立っていた白河神社の幟。

      20180427白河神社26



古歌碑

      20180427白河神社27

碑文はちょっと読めません。




こちらが、社務所。

      20180427白河神社30

敷地内ではなく、駐車場前の県道沿いに建ってます。


社務所の脇に建つ、芭蕉の句碑。

      20180427白河神社31



こちらが、白河神社の御朱印。

      20180427白河神社32


      20180427白河神社33
 

本来は書置きの御朱印のようですが(達筆な書置きの御朱印がありました)
いわゆる見本みたいなモノですね。
前日、宮司さんと連絡を取って、社務所に13時に待ち合わせをしたから
御朱印長に墨書きしてもらいました。

見本と書体がかなり違うので、正直、驚いちゃいました。
まあ、これもご愛嬌の一つといたしましょう。



     
2018/06/14 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

南湖公園 (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島県への旅行。

その2日目の舞台は白河市。

御朱印を拝受するために訪れた南湖神社は、
南湖公園の中に鎮座している神社。
南湖神社を訪れて、南湖公園を素通りする訳にはいきません。

と言うわけで、南湖公園の散策です。

      20180427南湖01


      20180427南湖02


そもそも南湖公園は、元々「大沼」と呼ばれた低湿地帯を
白河藩主である松平定信が改修し、庭園としたものです。

開園は享和元年(1801年)で、今から217年前の事です。
南湖という名称は、松平定信の居城であった小峰城の南にある湖であること、
唐の詩人である、李白の詠んだ詩の一節「南湖秋水夜無煙」から取られたと言われています。

定信は、この庭園を「四民共楽の地」とし、一般庶民にも開放しました。
士農工商と言う厳しい身分制度の時代にあって、武家も庶民も共に楽しもうという思想は、
非常に画期的なものでありました。
南湖は、一般に「公園」という形で開放したものとしては、
日本最古のものになるそうです。

また、南湖は公園としての機能の他に
①灌漑用水...............南湖周辺の水田に使われ、収穫した作物の収益は
藩校「立教館」の運営に役立てられたそうです。
②貧民救済...............南湖を造成するにあたり、職に困っている人たちを工事にあたらせ、
         給料を「つかみ取り」という形で支払っていたそうです。
③水泳の練習...........藩士たちの水泳の訓練に用いたそうです。
④操船の訓練...........外国からの防衛のため、船の操縦の訓練をさせたそうです。

このように、当時としては画期的な「多目的公園」として造成されました。



確かに湖と言えるほどは広くはない。

      20180427南湖03

ぐるっと回っても周囲は約3km。
1時間もあれば、徒歩で1周できるそうです。



遥か先に見える会津の山には、残雪。

      20180427南湖04



湖畔を散歩と洒落込みましょう。

      20180427南湖05


水辺に近寄ろうとすると、反抗する びいすけ 。(笑)

      20180427南湖06



天気は、あいにくの曇り空。
晴れていれば、南湖ももっと違った雰囲気になるんだろうか?

      20180427南湖07


      20180427南湖08


      20180427南湖09



芝生広場に移動すると、そこにも遠足の小学生がいっぱい。

      20180427南湖10

びいすけ も、芝生広場で匂い嗅ぎって言う訳にもいかないですね。


芝生広場の一画には桜の木。

      20180427南湖11



どうやら、金沢の兼六園から移植された桜のようです。

      20180427南湖12



芝生広場の入口に建つ説明板。

      20180427南湖13



南湖公園の創設者、松平定信公の碑。

      20180427南湖14



そして、楽翁公(松平定信)の像。

      20180427南湖15


やっぱり白河市民にとって、松平定信(楽翁公)は、偉大な人物だったのだろうか...............?



南湖公園の中心である南湖は、周囲約3km。
湖畔を車で1周しようとしたら、
一部が歩行者専用道路になっていて、車では1周出来ない。
湖畔の遊歩道には『南湖十六勝十七景』の碑も建てられているらしい。
今回は時間の関係で、湖畔を1周しなかったけれど
もし、次回があるのならば、その時はチャレンジしてみよう。



2018/06/13 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............南湖神社 (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島県への旅行。

その2日目は、白河市が舞台です。
白河市では、丸ポスト探し、マンホールカード、城址巡り、
御朱印巡り、廃校巡りと予定はてんこ盛り。

丸ポスト探し、マンホールカード、城址巡りと続き次なるは御朱印巡り。

白河市民の憩いの場である南湖の湖畔に鎮座する南湖神社です。


南湖神社は、白河市の南湖公園内に鎮座し、
御祭神として松平定信(白河楽翁)公を祀っています。
その歴史は意外と浅く、大正9年に神社設立が認可され、
大正11年に創建されました。

御祭神である松平定信公は、26歳で藩主になりましたが、
当時は天明の大飢饉でした。定信公は関西地方に使者を出して、
食料を大量に買いこんで人々に施されたため、
白河藩からは飢饉による死者を一人も出さなかったと言われています。
また、日本最古の公園である「南湖」を築庭し、
身分制度の厳しい時代ながら一般庶民にも開放されるなど、
様々な立派な施政を行われ、名君と称えられていたそうです。



こちらが、南湖神社の社号標。

      20180427南湖神社01


      20180427南湖神社02



参道の真ん中には、楽翁(松平定信)像。

      20180427南湖神社03



それでは、南湖神社をお参りいたしましょう。

      20180427南湖神社04



参道には、よく見かける『定』(←何て言うのか知りません)

      20180427南湖神社05

境内に犬禁止とは書かれていない。
ちょっぴり安心。


鳥居。

     20180427南湖神社06



鳥居に掲げられた神額。

     20180427南湖神社07



こちらは、授与所のようですが、無人。

     20180427南湖神社08



例年、見事な花を咲かせる枝垂れ桜。
楽翁桜と言うらしい。

       20180427南湖神社09
      20180427南湖神社10

この日は見事に葉桜状態。
例年だと4月20日前後が見頃らしいが
今年は白河の桜の開花も早かったようです。



手水舎。

      20180427南湖神社11



定番の龍の吐出口。

      20180427南湖神社12



さらに参道は続きます。

      20180427南湖神社13



社殿が見えてきました。

      20180427南湖神社15



こちらが、拝殿。

      20180427南湖神社14


     
拝殿正面。

      20180427南湖神社16



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180427南湖神社17



別アングルからの拝殿。

      20180427南湖神社18



こちらは、本殿。

      20180427南湖神社19


本殿の神紋。三つ巴ですね。

      20180427南湖神20



拝殿前の狛犬。

      20180427南湖神21


      20180427南湖神22



拝殿前の天水桶。

      20180427南湖神23

こちらには、星梅鉢の神紋。



境内社の南湖稲荷神社。

      20180427南湖神24



こちらが社務所。

      20180427南湖神25



細長い建物。

      20180427南湖神26

授与所も兼ねているようです。
御朱印は、こちらで拝受しました。


社務所の片隅には、御神酒所。

      20180427南湖神27

何と、3種の御神酒を試飲出来ます。

あっ! 車の運転があるから、私は試飲しませんよ!



松平定信が残した遺品が残る宝物殿。

      20180427南湖神28



境内の御神木。

      20180427南湖神29
      20180427南湖神30



境内にどぉ〜んと置かれた大きな絵馬。

      20180427南湖神31

今年は戌年。
記念に1枚、パチリ☆。



そして、こちらが南湖神社の御朱印。

      20180427南湖神32


他の人のブログを見ると、桜の季節限定印と言うことらしいです。


2018/06/13 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小峰城址 (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島県への旅行。

その2日目は、白河市が舞台です。
白河市では、丸ポスト探し、マンホールカード、城址巡り、
御朱印巡り、廃校巡りと予定はてんこ盛り。

丸ポスト探し、マンホールカードに続いて城址巡り。

白河市の城址と言えば、何と言っても小峰城址。


小峰城は、阿武隈川と谷津田川の間に位置する、
小峰ヶ岡という丘陵にあった平山城です。
東北地方では珍しい総石垣造りの城で、盛岡城、若松城と共に
「東北三名城」の1つにも数えられているそうです。

小峰城は南北朝時代の興国元年/暦応3年(1340年)に
結城親朝が小峰ヶ岡に築城して小峰城と名づけたのが始まりとされています。
天正18年(1590年)、城主の白河結城氏が豊臣秀吉の奥州仕置により改易されると、
この地は会津領となり、蒲生氏、続いて上杉氏、再度蒲生氏が支配しましたが、
寛永4年(1627年)に丹羽長重が10万石で棚倉城(福島県棚倉町)から移封されると、
幕命により寛永6年(1629年)より城郭の大改築に着手をしました。
それから3年の歳月を費やして、寛永9年(1632年)に完成しました。

その後丹羽氏、榊原氏、本多氏、奥平松平氏、越前松平氏、久松松平氏、阿部氏と、
7家21代の城主の交代がありましたが、
慶応3年(1867年)に最後の阿部氏が棚倉藩に移封された後、
白河藩は幕領となり城郭は二本松藩丹羽氏の預かるところとなります。
翌、慶応4年(1868年)、白河小峰城は戊辰戦争で
奥羽越列藩同盟軍と新政府軍との激しい攻防の舞台となり、
5月1日、大半を焼失し落城してしまいました。




こちらが、小峰城の縄張り図。

      小峰城址縄張り図

( 余湖さんのHP からお借りしました )



こちらが、小峰城址の入口。
かつての藤門跡。

      20180427小峰城址01

門構えが、かなり観光地化されているのは否めません。



小峰城跡と記された表札。

      20180427小峰城址02



こちらは、小峰城の説明板。

      20180427小峰城址03



それでは小峰城に進軍いたしましょう。

     
藤門跡の先は二の丸。
ちょうど、小学生が遠足に来ていて、子供たちがいっぱい。

      20180427小峰城址05



子供たちを避けるように二の丸を移動します。

      20180427小峰城址04



こちらは、堀跡。

      20180427小峰城址06

埋め戻されていますが、堀跡だと容易に分かります。




二の丸に建つ城址碑。

      20180427小峰城址07

背後に見えるは三重櫓。



掘りと石垣。

      20180427小峰城址08

小峰城の見所は、この堀と石垣の美しい調和。

でも残念ながら、東日本大震災でこの石垣が崩壊してしまい
復旧作業にて修復されました。
(現在も一部は修復作業中です)

      20180427小峰城址09



所々、石垣の石の色が違うのは、復旧作業によるものです。

      20180427小峰城址10



こちらは、清水御門跡。

      20180427小峰城址11

この石垣も崩壊しちゃいましたが
見事に復旧しています。



清水御門跡には、古い城址碑も建っています。

      20180427小峰城址12



それにしても見事な石垣。

      20180427小峰城址13



こちらは竹之丸跡。

      20180427小峰城址14



竹之丸跡から眺める前御門と三重櫓。

      20180427小峰城址15



三重櫓は平成3年(1991年)に本丸跡に、
前御門は平成6年(1994年)に当時の史料に基づいて復元されたそうです。

      20180427小峰城址16



前御門。

      20180427小峰城址17



前御門の屋根瓦。
鯱鉾です。

      20180427小峰城址18



前御門をくぐれば、そこは本丸跡。

      20180427小峰城址19



本丸広場の芝生で戯れる びいすけ 。

      20180427小峰城址20


      20180427小峰城址21



三重櫓。

      20180427小峰城址22



三重櫓の鯱鉾。

      20180427小峰城址23



本丸広場の一部は修復作業のため、立ち入り禁止。

      20180427小峰城址24

大きなクレーンで石垣を修復しているんですね。



本丸広場に建つ石碑群。

      20180427小峰城址25

立入禁止エリアのため近寄って確認が出来ません。


      20180427小峰城址26


      20180427小峰城址27




再び、三重櫓。

      20180427小峰城址28



こちらは、『おとめ桜』。

      20180427小峰城址29

おとめ桜には、こんな伝説が残っています。

寛永年間に、城の大改修を行った際、本丸の石垣が何度も崩壊したため、
人柱を立てることになり、人柱にするのはその日、最初に城に来た者ということに決まった。
すると、最初に来たのは作事奉行の娘「おとめ」だった。
父は必死に「来るな」と手で合図をしたが、
逆に「来い」という合図と勘違いしたおとめは人柱にされてしまった。
その後、石垣は無事完成し、おとめが埋められた場所には桜の木が植えられ、
「おとめ桜」と呼ばれるようになったという。


悲しい話しですね。
この『おとめ桜』は2代目で、初代の『おとめ桜』は、
戊辰戦争の時に消失してしまったそうです。


『おとめ桜』の前から本丸を眺めてみます。

      20180427小峰城址30

白河の市街地もぼんやり見える。
きっと、城下を見下ろす事が出来るこの場所に
おとめ桜が植えられたのは、そんな理由なんだろう。




本丸から清水門へと続くもう一つの導線。
桜門跡。

      <20180427小峰城址32


      


名前の通り、門跡の近くには数本の桜の木。

      20180427小峰城址31



時間の関係と遠足の子供たちや観光客が多かったので
細部まで探索しきれていませんでしたが、
小峰城址、なかなか見所がありました。

さすが、日本の100城に選ばれているだけがある。
やっぱり日本の100城は侮れません。



2018/06/12 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう...............福島県白河市 (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島県への旅行。

その2日目は、白河市が舞台です。


白河市では、マンホールカードが発行されています。
マンホールカードのコレクターとしては見逃せません。
白河市のマンホールカードをいただきに行きましょう。



白河市のマンホールカードは、
JR白河駅構内に在る『白河観光物産協会』にて配布されています。


こちらが、白河観光物産協会。

      20180427マンホールカード01


簡単なアンケートに記入して
いとも簡単にマンホールカードをゲット!

      20180427マンホールカード02



マンホールカードをもらった時の個人的なお約束。
カードのモデルになったカラーマンホールを探しましょう。

      20180427マンホールカード03


マンホールの設置場所は、白河観光物産協会の方に教えてもらったから
探すのも苦にならない?

場所は、駅の反対側にある城山公園内。

小峰城が見えて来ました。

      20180427マンホールカード04



城山公園の中にある白河集古苑脇にマンホールはありました。

      20180427マンホールカード05



芝生の中にポツンとマンホール。

      20180427マンホールカード06

歩道にあることが多いから、ちょっと違和感。



びいすけ と一緒に、パチリ☆。

      20180427マンホールカード07



こちらが、白河市のマンホールカード。

      20180427マンホールカード08


      20180427マンホールカード09


白河市のマンホールのデザインは、市民の憩い場である南湖公園と
白河市の象徴である小峰城の三重櫓を用いています。
三重櫓が復興された記念に、このマンホールはデザインされたようです。


また1枚、マンホールカードのコレクションが増えました。


2018/06/11 Mon. 20:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............福島・白河 編  (2018年4月27日)(福島県白河市) 

4月27日

1泊2日の福島県への旅行。

その2日目は、白河市が舞台です。


白河市には2基の現存する現役の丸ポストがあるとの事で
白河市の丸ポストを探して来ました。


1基目の丸ポストは、新白河地区にある
白河和尚壇簡易郵便局前の前の丸ポスト。

      20180427丸ポス白河 01


      20180427丸ポス白河02


      20180427丸ポス白河03


      20180427丸ポス白河04


      20180427丸ポス白河05




2基目は白河市民の憩いの場である南湖の湖畔。
食事処の『楽翁会館』前の丸ポスト。

      20180427丸ポス白河07


      20180427丸ポス白河08


      20180427丸ポス白河09


      20180427丸ポス白河10


      20180427丸ポス白河11


これで白河市の丸ポストも制覇。


ちなみに、福島県内の現存する丸ポストは76基(2018年4月末現在)。
今までに 下郷町 1基 。
南会津町 1基
そして、今回 白河市 2基 。

合計 4基の丸ポストを確認しています。
あと、72基。
どこまでチャレンジ出来るかな...............?



2018/06/11 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本日のお泊り@エンゼルフォレスト那須白河 (2018年4月26日〜27日)(福島県岩瀬郡天栄村) 

4月26日

1泊2日の南会津地方の旅行。

本日の宿泊先は、こちら。

      20180426エンゼルフォレスト01


      20180426エンゼルフォレスト02


昨年9月まで『レッジーナ羽鳥高原』として営業していた『エンゼルフォレスト 那須白河』 。
昨年の7月に初めて泊まって、気に入った宿泊施設。


予定の17時に到着。
すぐさま、チェックインします。

      20180426エンゼルフォレスト03


      20180426エンゼルフォレスト31



チェックインしたら、とりあえず記念写真を1枚、パチリ☆。

      20180426エンゼルフォレスト04



今回もこのドームコテージに泊まります。

      20180426エンゼルフォレスト05


      20180426エンゼルフォレスト06



ドームコテージと言えども、ヘタなツインの部屋より広い。

      20180426エンゼルフォレスト07



絶対に びいすけ がベットに飛び乗るから
持参したベットカバーをすぐさま掛けたら
案の定、ベットの上で仁王立ち。

      20180426エンゼルフォレスト08



ベッドの匂いを嗅いで...............

      20180426エンゼルフォレスト09



誰かが居ないか?
外のチェックも怠りません(笑)。

      20180426エンゼルフォレスト11




どうやら、陣地は決まったようです(笑)。

      20180426エンゼルフォレスト10



そして、ベッドの上で寛ぎます。

      20180426エンゼルフォレスト12



しばし、時は流れ...............


18時。
夕食の時間。
敷地内のレストハウスに移動します。


何か貰えると思って、テーブルの下でソワソワする びいすけ 。

      20180426エンゼルフォレスト13

はあはあ、君の分もあるからね。

ここ、エンゼルフォレストの食事はブッフェ形式。
嬉しい事に、ワンちゃん用のご飯もブッフェ形式で用意されています。

人間よりも犬が優先にしている びいすけ家。
びいすけ のご飯をいの一番にピックアップ。

      20180426エンゼルフォレスト14



食べ放題だから、いっぱい食べなさいね(笑)。

      20180426エンゼルフォレスト15



びいすけ が食べるのに夢中になっている隙に、自分の分をピックアップ。

      20180426エンゼルフォレスト16


      20180426エンゼルフォレスト17



お供は、やっぱりコレ。

      20180426エンゼルフォレスト18

オプションでお願いした90分飲み放題。
生ビール4杯飲んじゃいました。
プファ〜ッ、美味しかった。



ご飯が済んだら、交代でお風呂。
立派な温泉施設もこちらの魅力の一つ。


効能。

      20180426エンゼルフォレスト19



平日で宿泊客も少なく、男風呂は貸切り状態。

      20180426エンゼルフォレスト20



思い切り足を伸ばして湯船に浸かれば、極楽です。

      20180426エンゼルフォレスト21




お風呂から戻ると、 びいすけ は既に夢の中。

      20180426エンゼルフォレスト22



大きなイビキをかいて眠りこけていました。

      20180426エンゼルフォレスト23



何せ、この日は朝3時過ぎから行動開始。
正直言って、アルコールの力もあるから、
22時過ぎには瞼が重くなって来て...............
早々の消灯です。

う〜む、健康的な生活(笑)。



明けて、4月27日。

朝の散歩を済ませて朝食の時間を待ちます。
何と言っても宿泊先の食事も旅行の楽しみの一つ。

その楽しみを心待ちにする子が、ここにも居ます。

      20180426エンゼルフォレスト24

朝8時。朝食の時間です。
例の如く、テーブルの下でソワソワしています。


はいはい、君の分を持って来ましたよ。

      20180426エンゼルフォレスト25



朝から快食。
貪りつく びいすけ 。

      20180426エンゼルフォレスト26



その間に、私たちも朝食といたしましょう。

      20180426エンゼルフォレスト27



チェックアウト時間は10時だけど、この日も動き回る予定だから
早めに行動いたしましょう。

9時にチェックアウトをします。


出発前の記念写真。


もっちゃん と びいすけ 。

      20180426エンゼルフォレスト28



父さん と びいすけ 。

      20180426エンゼルフォレスト29


じゃあ、出発しましょう。

      20180426エンゼルフォレスト30


 
考えてみたら、犬用の施設(ドッグラン他)をほとんど利用していなかった。
滞在型の宿泊施設ですが、たんなる旅の宿として利用しちゃったみたい。
ちょっと勿体無かった気もするけれど、食べ放題に飲み放題。そして大浴場。
しっかり堪能させていただきました。



2018/06/11 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............江川小学校枝松分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
舞台は下郷町。この日の下郷町の廃校巡りのオーラスです。


雑根分校をあとにして、向かった先は...............下郷町立江川小学校枝松分校。


枝松分校の詳しい沿革も不明です。
ネットで事前に調べてみても、詳しい事が分からず、
本校である江川小学校のHPによれば
明治5年に発足した弥五島小学校湯野上分教室が、
明治25年に湯野上尋常小学校と改称し、
本校を湯野上・弥五島・白岩・高陦の4校とし,
小沼崎は湯野上,枝松は高陦の分教室となると記載されています。
確かに明治期の枝松の歴史を紐解けば、明治22年に町村制施行により
枝松村、高陦村、白岩村が合併して二川村が発足がしたと記録にあります。

明治25年以前に存在していた、かつての枝松村の小学校が分校となったようです。

その後、大正3年3本校3分校を合併して長江尋常高等小学校と改称し,
枝松・弥五島・白岩・高陦・小沼崎に分教場を設置したと記載されています。


昭和3年二川村村は長江村と合併し江川村が発足。
江川尋常小学校枝松分教場と改称する
昭和22年学制改革により、江川村立江川小学校枝松分校と改称する。
昭和30年江川村が楢原町、旭田村と合併して下郷町が発足。
下郷町立江川小学校枝松分校と改称する。
平成17年本校に統合されて廃校となる。

   
と、このような沿革であったと思われます。





実は、枝松分校の場所も良く分かりませんでした。
先人のブログを見る限り、
①松枝集落にある
②お堂の近くにある
③神社の隣にある
と言うことをヒントに捜し当てたのが、こちら。

      20180426枝松分校01



校舎は既に解体されて、更地状態。

      20180426枝松分校02



たまたまこの日は、跡地で電気工事が行われていました。

      20180426枝松分校03



敷地のフェンス際に立つ桜の木。

      20180426枝松分校04

おそらく、分校時からある桜の木。
でも、既に葉桜状態。


廃校後、暫くは木造の校舎が残っていて
ドラマや映画のロケ地の勧誘をしていたみたいですが
現在は、解体されています。



これらの遊具(?)は、分校時の名残りでしょう。

      20180426枝松分校05


      20180426枝松分校06


      20180426枝松分校07



敷地の神社側の隅にポツンと建つ記念碑。

      20180426枝松分校08

枝松分校の校舎新築記念碑です。



ネットで調べると、江川小学校には6つの分校が在ったとされています。

江川小学校大内分校
江川小学校小沼崎分校
江川小学校高陦分校
江川小学校雑根分校
江川小学校枝松分校 と、巡る事が出来ました。

あと一つ、昭和39年に廃校となった江川小学校白岩分校。
これが、全く分からないんだよなぁ。

いつかまた、探しに来よう...............。




2018/06/10 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............江川小学校雑根分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
舞台は下郷町。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


高陦分校をあとにして、向かった先は...............下郷町立江川小学校雑根分校


雑根分校の詳しい沿革は不明です。

本校である江川小学校のHPにも雑根分校については記載がありません。
ただ、Wikipediaによれば平成17年に廃校となっています。

これはどういうことでしょう?


とりあえず、場所も分からないから
現地で調べることにいたしました。

湯の上温泉から山あいに数km入ったところにある雑根集落。
その集落に在る『雑根高齢者若者センター』にあたりをつけていたので
そちらを訪ねてみますが、どうも雰囲気が違うような感じ。
敷地も分校跡地のような広さが無い。

こうなったら、地元の人に訊くしかない。

でも10数軒しか民家のない小さな集落。
歩いている人が居ない。
集落から500mほど離れた畑で農作業をしていたオジさんを見つけ、
尋ねてみて、教えてもらった場所がこちら。

      20180426雑根分校01



集落の外れ。
現在は更地(と言っても草が生い茂った場所)。

      20180426雑根分校02

敷地の奥にある1本の桜の木だけじゃ、学校跡地を彷彿させるには材料が少ない。


とにかく、学校遺構が全く無い。

      20180426雑根分校03


見ての通り、何も無い。

      20180426雑根分校04


本当にここなのか?
確信が持てません。

      20180426雑根分校05


そうこうしている内に、隣の民家の犬が吠え出した。
『何事?』かと思ったのでしょうか?
民家からお婆さんがで出来たので、訊いてみたら
間違い無く、この場所に雑根(『ぞうね』と読むらしい)分校が在ったという事です。

      20180426雑根分校06

やっとの思いで、その場所には辿りつけましたが
二宮像も廃校記念碑もない荒れ果てた地。
完全にこの場所に学校が在ったことなんて、忘れ去られてしまうんだろうなぁ。




2018/06/10 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............江川小学校高陦分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
舞台は下郷町。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


小沼崎分校をあとにして、向かった先は...............下郷町立江川小学校高陦分校


高陦分校の詳細な沿革は不明ですが
本校である江川小学校のHPによれば

明治7年弥五島小学校高陦分教室として発足、明宗寺を校舎にあてる。
と記載されています。
この時が、高陦分校の歴史の始まりなんですね。

また、明治5年に発足した弥五島小学校湯野上分教室が、
明治25年に湯野上尋常小学校と改称し、本校を湯野上・弥五島・白岩・高陦の4校とし,
たと記載されています。

大正3年3本校3分校を合併して長江尋常高等小学校と改称し,
枝松・弥五島・白岩・高陦・小沼崎に分教場を設置したと記載されています。    

また、明治期の高陦の歴史を紐解けば、確かに明治22年に町村制施行により
高陦村・枝松村・白岩村が合併して、二川村が発足したと記録にあります。



昭和3年二川村は長江村と合併し江川村が発足。
江川尋常小学校高陦分教場と改称する
昭和22年学制改革により、江川村立江川小学校高陦分校と改称する。
昭和30年江川村が楢原町、旭田村と合併して下郷町が発足。
下郷町立江川小学校高陦分校と改称する。
平成17年本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革だったと思われます。


下郷町から天栄村へと続く国道118号線。
そこからちょっと入ったところに、高陦分校があります。

門柱かと思ったら、古峯神社の社号標でした。

      20180426高陦分校01



その奥にある赤い屋根の建物。
そちらが、高陦分校になります。

      20180426高陦分校02



こちらが、高陦分校。

      20180426高陦分校03



山あいの分校らしく、敷地は余り広くはない。
その敷地に赤い屋根の校舎が残ります。

      20180426高陦分校04


      20180426高陦分校05



こちらの校庭の桜も既に散り終え、間も無く葉桜となりますね。

      20180426高陦分校06



敷地のフェンスには、動物のイラスト。

      20180426高陦分校07


      20180426高陦分校08



校庭の遊具類。

      20180426高陦分校09



見た感じ新しく見える遊具。

      20180426高陦分校10


      20180426高陦分校11

廃校から11年。
廃校直前に設置されたモノだろうか...............?



かつては、湯野上尋常小学校の本校の一つでもあった高陦分校。
過疎化と少子化の波には打ち勝てず、廃校となった小学校。

南会津の山あいの廃校は、非常に歴史のある学校でした。



2018/06/09 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............江川小学校小沼崎分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


昨年、すぐ近くまで来たのに(大河ダム)、
時間が無くて探しもしなかった廃校。
廃校の宝庫である下郷町には、そんな廃校が幾つかありました。
その中の1校である下郷町立江川小学校小沼崎分校に立ち寄りました。

ネットで事前に調べてみても、小沼崎分校の詳しい沿革は分かりません。
本校である江川小学校のHPによれば
明治5年に発足した弥五島小学校湯野上分教室が、
明治25年に湯野上尋常小学校と改称し、本校を湯野上・弥五島・白岩・高陦の4校とし,
小沼崎は湯野上,枝松は高陦の分教室となると記載され、
また、大正3年3本校3分校を合併して長江尋常高等小学校と改称し,
枝松・弥五島・白岩・高陦・小沼崎に分教場を設置したと記載されています。    

また明治期の小沼崎の歴史を紐解けば、確かに明治22年に町村制施行により
弥五島村・大沢村・湯野上村・小沼崎村が合併して、長江村が発足したと記録にあります。



昭和3年長江村は二川村と合併し江川村が発足。
江川尋常小学校小沼崎分教場と改称する
昭和22年学制改革により、江川村立江川小学校小沼崎分校と改称する。
昭和30年江川村が楢原町、旭田村と合併して下郷町が発足。
下郷町立江川小学校小沼崎分校と改称する。
昭和46年本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革だったと思われます。


現在は地域の集会所になっているらしい。



小沼崎地区の集会所と言うことで、あたりをつけて訪れますが
肝心の集会所が見つからない。
近くを車で徘徊し、農作業をしているお婆さんを見つけて尋ねます。
教えてもらった小出集会所。
こちらが小沼崎分校跡地になります。

      20180426小松崎分校01



ポツンと建つ門柱。

      20180426小松崎分校02



表札には、下郷町立江川小学校小沼崎分校 と記されています。

      20180426小松崎分校03



この門柱は、昭和3年に建立されたモノのようです。

      20180426小松崎分校04

『昭和三年九月 小出 沼尾 青年会』と記されています。



敷地にポツンと建つ赤い屋根の建物。

      20180426小松崎分校05



どうやら、廃校後に校舎は解体され、
新たに集会所として建てられたモノのようです。

      20180426小松崎分校06



分校時からあった木。

      20180426小松崎分校07

おそらく、子供たちのシンボルツリーだったんだろう。


山あいの分校の校庭。

      20180426小松崎分校08



わずかながらに残された遊具類。

      20180426小松崎分校09


      20180426小松崎分校10


      20180426小松崎分校11


      20180426小松崎分校12




校庭のサクラの木も既に葉桜となっている。

      20180426小松崎分校13



誰も居ない校庭を、匂い嗅ぎに徘徊する びいすけ 。

      20180426小松崎分校14


小沼崎分校跡地。
しっかりと、この目に焼き付けて来ました...............。



2018/06/09 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

高倉神社 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
大内宿へやって来ました。

大内宿は、昨年の7月にも訪れています。
( その時の記事は こちら

今回は、宿場町よりも大内宿に鎮座する神社が目的。
伝統的な藁葺き屋根の古民家集落のすぐ側に鎮座する高倉神社です。


高倉神社は、下郷町大内宿に鎮座する神社です。
創建時期は不詳ですが、古くから神仏習合し、
『高倉大明神』と呼ばれてきたそうです。

明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色は一掃され、
明治3年(1870年)に社号を『高倉神社』に改称しました。

御際神は以仁親王(もちひとしんのう)です。


 
以仁親王とは高倉宮以仁親王のことで、三条宮とも呼ばれていました。
後白河法皇の第三皇子で、幼少の頃から多彩な才能に恵まれ、
管弦・詩歌の道に優れ、皇位継承者と目されていましたが、
治承4年(1179年)、父である後白河天皇が平清盛のクーデターにより幽閉され、
皇位を奪われてしまいました。
翌、治承4年(1180年)4月、以仁親王は平家討伐を決意し、
平家追討の「令旨」を全国の源氏に発しました。
しかしながら、以仁親王は翌年、平氏に討たれてしまいました。

この平家追討の令旨がもとで、源頼朝、木曽義仲等が挙兵し、
平氏滅亡のきっかけをつくったとされています。

その以仁親王が、大内宿に潜行していたと言う伝承が
大内宿には残されているそうです。




古民家沿いに建つ社号標。
こちらが高倉神社の社号標。

      20180426高倉神社01


境内社になる古峯神社の社号標。

      20180426高倉神社02


一際目立つ一の鳥居。

      20180426高倉神社03



古民家の集落からちょっと離れた森に高倉神社が在ります。

こちらも高倉神社の社号標。

      20180426高倉神社04



二の鳥居。

      20180426高倉神社05


      20180426高倉神社06



参道は狭い石段。

      20180426高倉神社07


      20180426高倉神社08



参道途中の石仏。

      20180426高倉神社09



三の鳥居。

      20180426高倉神社10


      20180426高倉神社11



社殿が見えて来ました。

      20180426高倉神社12



こちらが、拝殿。

      20180426高倉神社13



拝殿の飾りの彫り物。

      20180426高倉神社14



拝殿屋根の神紋。

      20180426高倉神社15



別アングルからの拝殿。

      20180426高倉神社16



そして、こちらが本殿。

      20180426高倉神社17


      20180426高倉神社18



境内社。

      20180426高倉神社19

こちらが、古峯神社なんでしょうか?



本殿の裏手には石積みされた祠も数基あります。

      20180426高倉神社20



こちらが、御神木。

      20180426高倉神社22
      20180426高倉神社21



高倉神社の境内には、社務所も無く無人の神社。
大内宿のお土産屋さんが社務所となっているらしい。

社務所のお土産屋さんを探します。

      20180426高倉神社23


      20180426高倉神社24


      20180426高倉神社25

南仙院と言うお土産屋さんを探しますが、
本家の南仙院とか分家の南仙院とかあるらしい。
ちょっとややこしい。


ちょっと疲れたから、一休み。
お土産屋さんで、『いも餅』で一息をつきました。

      20180426高倉神社26

いも餅を狙う びいすけ 。


残念だけど、君は食べられないよ!

      20180426高倉神社27



結局、南仙院の場所が分からず、駐車場のオジさんに聞いたら
駐車場から1番近いお土産屋さんでした。


こちらが、高倉神社の御朱印。

      20180426高倉神社28

分家南仙院さんで頂きました。

実は、数日前に電話をしていて
この日に参拝する旨を伝えて御朱印をお願いしていました。

宮司さんは、本来は会津若松市にお住まいだそうで、実家が南仙院さんらしい。
どうやら、宮司さんのお母様と連絡を取ったことになるようですね。

事前に連絡を入れていたから、今日の日付けを入れて
前日に御朱印を書き置いてくれたそうです。

ありがとうございました。




2018/06/08 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit