01 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.» 03

び・び・びのびいすけ

御朱印巡り...............《 八坂神社 》 (2017年12月18日)(神奈川県秦野市) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。

神奈川県の秦野市には、出雲大社の相模分祠がらあります。
その出雲大社 相模分祠 に隣接するのが、御嶽神社と八坂神社。

御嶽神社も参拝ささたから、ついでに八坂神社にも参拝してみました。


秦野市平沢にある八坂神社。
詳細は不明。
御嶽神社の境内社と言うことらしい。



こちらが、八坂神社の社号標。

      20171218八坂神社01



鳥居。

      20171218八坂神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20171218八坂神社03



拝殿前の石灯籠。

      20171218八坂神社05



こちらが拝殿。

      20171218八坂神社04


拝殿の正面には、文字が消えてしまった扁額?

      20171218八坂神社10


      20171218八坂神社11


  
   
拝殿内部。

      20171218八坂神社06


      20171218八坂神社07



拝殿内部には数枚の扁額。

      20171218八坂神社08


      20171218八坂神社09



別アングルからの拝殿。

      20171218八坂神社12



こちらが、八坂神社の御朱印。

      20171218八坂神社13



      
御嶽神社の拝殿と八坂神社の拝殿がほぼ横並びに並んでいると言うことは、
やっぱり、八坂神社は、御嶽神社の境内社になるんだろうなぁ。

出雲大社の相模分祠がこの平沢の地に鎮座する以前から
この地に鎮座していた御嶽神社と八坂神社。
まさに、平沢の鎮守なんでしょうね。




スポンサーサイト
2018/02/17 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 御嶽神社 》 (2017年12月18日)(神奈川県秦野市) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。

神奈川県の秦野市には、出雲大社の相模分祠がらあります。
その出雲大社 相模分祠 に隣接するのが、御嶽神社と八坂神社。

せっかくだから、御嶽神社にも参拝してみました。


一応、出雲大社 相模分祠 と同じ敷地内になるみたいなので
びいすけ には申し訳ないけれど、引き続き車の中で留守番をしてもらいます。



御嶽神社の創立年歴は不詳ですが、
建久三年(1192年)の頃より、神社前の参道を御嶽道と称し、
平沢村の鎮守であったそうです。
境内には秦野市文化財指定木である樹齢八百年余りの大けやきが二本あります。
慶長十三年(1608年)踊宮鈴張の地に、家康公が鷹狩りに来た際に、
御嶽神社に参拝し、社殿の改修を命じて翌年に改修したそうです。
昭和51年に本殿を除き全社殿を木造銅板葺としましたが、
本殿は慶長年間に改修された当時のものだそうです。


こちらが、御嶽神社の社号標。

      20171218御嶽神社01


由緒書き。

      20171218御嶽神社02

実は、御嶽神社と八坂神社も隣接しています。



御嶽神社の鳥居。

      20171218御嶽神社03


      20171218御嶽神社04


鳥居に掲げられた神額。

      20171218御嶽神社05



鳥居前の狛犬。

      20171218御嶽神社06



手水舎。

      20171218御嶽神社07



拝殿内部。

      20171218御嶽神社08


拝殿に掲げられた扁額。

      20171218御嶽神社09



拝殿内部の扁額。

      20171218御嶽神社10



別アングルからの拝殿。

      20171218御嶽神社11



神楽殿。

      20171218御嶽神社12


境内社。

      20171218御嶽神社13



境内には、厄除け恵比寿。

      20171218御嶽神社14


      20171218御嶽神社15

この辺りには、こちらの神社を含めて七福神でもあるのだろうか?




神輿殿。

      20171218御嶽神社17


中には立派な神輿が奉納されていました。

      20171218御嶽神社16


     

樹齢800年余りの大ケヤキ。

      20171218御嶽神社18



こちらが、御嶽神社 の御朱印。

      20171218御嶽神社19

御朱印は、出雲大社 相模分祠 の授与所でいただく事が出来ます。



出雲大社 相模分祠 に隣接しているから、出雲大社 相模分祠 の影に隠れがちですが
小さいながらも、なかなかのモノ。
出雲大社 相模分祠 に訪れたなら、こちらにも立ち寄るのが正解かも...............?




2018/02/17 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 出雲大社 相模分祠 》 (2017年12月18日)(神奈川県秦野市) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。


小田原城をあとにして、向かった先は...............出雲大社 相模分祠


出雲大社は、言わずとも知れた有名な神社。
島根県の出雲市に鎮座する神社ですが、何とその分祠が神奈川県の秦野市にあります。

そもそも、江戸時代までは神社とお寺が一緒になっていたり(神仏習合)、
神社でも神職である宮司が布教活動をする事がありましたが、
明治期になると、神仏分離令やの神官教導職分離令により
神職の布教活動が原則禁止されたため、出雲大社より独立して別組織「神道大社派」を作り
それが、後の『出雲大社教』になったそうです。
全国に数ある出雲大社もこの出雲大社教の活動により分祠が出来てきたと言らしいです。




こちらが、出雲大社 相模分祠 の社号標。

      20171218出雲大社 相模01


参道。

      20171218出雲大社 相模02


こちらの社号標には、出雲大社 相模分院 と記されています。

      20171218出雲大社 相模03

調べてみると................
明治21年に 出雲大社 相模分院 として創立され
平成3年に 出雲大社 相模分祠 に昇格して改称されたそうです。




大鳥居。

      20171218出雲大社 相模04



大鳥居に掲げられた神額。

      20171218出雲大社 相模05


びいすけ は、この鳥居まで。
参拝中は車の中で留守番をしてもらいます。

実は、以前は犬連れでも参拝が可能だったようですが
今は、こんな看板が立てられています。

      20171218出雲大社 相模06

看板の文面によれば...............
3ヶ月に渡り、ほぼ毎日悪質な犬の糞害に悩まされていたそうです。

毎日と言うことは、ご近所の犬の散歩?
犬には罪はないんだけどねぇ。
飼い主のマナーの悪さが世間を狭くしちゃうんだよなぁ。



気を取直して、サクサクっと参拝しちゃいましょう。


手水舎。

      20171218出雲大社 相模07



定番の龍。

      20171218出雲大社 相模08



こちらが、拝殿。

      20171218出雲大社 相模09


      20171218出雲大社 相模10


見事な注連縄。

      20171218出雲大社 相模11

行った事はないけれど、島根県の出雲大社も立派な注連縄なのを
TVが何かで観たような気がします。



拝殿の鬼瓦。

      20171218出雲大社 相模12


拝殿には、なぜか小さな大黒天と恵比寿が飾らせていました。

      20171218出雲大社 相模13



別アングルからの拝殿。

      20171218出雲大社 相模14



こちらは、授与所。

      20171218出雲大社 相模15

御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。


御朱印を待つ間、境内を散策、参拝してみます。



さらに別アングルからの拝殿。

      20171218出雲大社 相模16



大鳥居と手水舎。

      20171218出雲大社 相模17



社殿(拝殿、本殿)脇には境内社の 祖霊社 。

      20171218出雲大社 相模18


      20171218出雲大社 相模19


      20171218出雲大社 相模20



摂末社。

      20171218出雲大社 相模21


      20171218出雲大社 相模22



出雲大社 相模分祠 の由緒書き と大國の名水についての説明板。

      20171218出雲大社 相模23


出雲大社 相模分祠 の森は『千年の杜』と言われ
大國の名水と言われる湧水の湧く地。

千年の杜の中にも社があります。

      20171218出雲大社 相模24


      20171218出雲大社 相模25


      20171218出雲大社 相模26


こちらが、その湧水。

      20171218出雲大社 相模27


      20171218出雲大社 相模28

しっかり、ペットボドルに入れ、車で待つ びいすけ の飲み水を確保しました。



こちらが、出雲大社 相模分祠 の御朱印。

      20171218出雲大社 相模29



関東のいずもさん って言う触書きが良いですね。


でも、出雲大社の分院って、東京(六本木?)にも茨城県の笠間市にも無かったっけ?
東京も笠間市も一応、関東なんだけどなぁ...............。



2018/02/16 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

かながわの景勝50選 《 小田原城 》 (2017年12月18日)(神奈川県小田原市) 

12月18日

この日は、小田原城の敷地内にある報徳二宮神社に立ち寄りました。
せっかく、小田原城内に行ったのに、小田原城に立ち寄らずに帰る訳には行かない。
江戸時代にかなり改修されてしまったものの、元々は戦国大名であり
関東の覇者であった後北条氏(小田原北条氏)の本拠地。

ましてや、小田原城は『かながわの景勝50選』の一つ。
素通りは出来ませんねぇ(笑)
とは言え、時間貸しの駐車場の料金も気になるから
サッと見学しちゃいましょう。


一応、小田原城址は国指定史跡になります。

      20171218小田原城01


堀沿いにある馬出曲輪(捨曲輪)。

      20171218小田原城02



二の丸と本丸を繋ぐ赤い橋の上から見た本丸の堀跡。

      20171218小田原城03

堀跡は菖蒲園か何かになっているようです。


赤い橋を渡れば、常盤木門。

      20171218小田原城04



残念ながら、往時のモノではなくて昭和46年に復元されたモノ。

      20171218小田原城05


でも常盤木門の碑は、それなりに時代を感じさせる。

      20171218小田原城06



常盤木門の右正面から。

      20171218小田原城07



こちらが、本丸。

      20171218小田原城08


どぉ〜んと、復興天守閣が目の前に立ちそびえます。

      20171218小田原城09


      20171218小田原城10


やっぱり、小田原城と言えば、この復興天守閣になっちゃうのかな?
案内板や説明板が立ち並びます。

      20171218小田原城11


      20171218小田原城12


天守閣目当ての観光客も多いようです。

      20171218小田原城13



こちらも復興されたものなのか?

      20171218小田原城14

個人的には復興天守閣よりも、こちらの石垣の方が気になったりして...............



報徳二宮神社の裏手。
小峯曲輪の土塁。

      20171218小田原城15


小峯曲輪空堀。

      20171218小田原城16


      20171218小田原城17


一応、本丸周辺を含めて、『かながわの景勝50選』の碑を探して見たんだけれど
やっぱり見つからない。

多くの先人ブロガーさん達が、『かながわの景勝50選』の碑は見つからない と
ブログで記しているから、やっぱり『かながわの景勝50選』の碑は
無くなっちゃってしまったか?
はたまた、最初から碑は設置されていなかったのか?
詳細は不明。

碑は無くて残念だけど、『かながわの景勝50選』の小田原城、
これにて制覇と言うことにいたしましょう。




2018/02/15 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 報徳二宮神社 》 (2017年12月18日)(神奈川県小田原市) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。


湯河原町の五所神社をあとにして、向かった先は...............報徳二宮神社


真鶴町辺りでお昼をと思っていたけれど
犬連れで食べれるお店が無く
どうせ犬連れNGなら、小田原の早川漁港の市場の二階にある食堂に行こう!

びいすけ は、車で留守番。
早川漁港の市場の食堂のご飯は美味かった...............。



お腹も満たされた事だし、報徳二宮神社に向かいます。



二明治27年(1894)4月。
二宮尊徳翁の教えを慕う6カ国(伊勢、三河、遠江、駿河、甲斐、相模)の報徳社の総意により、
翁を御祭神として、生誕地である小田原の、小田原城の二の丸小峰曲輪の一角に神社が創建されました。
これが、報徳二宮神社の始まりとされています。
明治42年、本殿・幣殿を新築し、また拝殿を改築して、神宛を拡張し
現在の社地の景観をを整えました。
報徳二宮神社は、全国でも珍しい、二宮尊徳(金次郎)を御祭神とした神社です。

二宮尊徳は、江戸時代後期の経世家、農政家、思想家ですが、
一般的には二宮金次郎と呼ばれ、幼少期に薪を背負って本を読む勤勉家とされ、
昭和期には、全国の多くの小学校で像が建てられました。
廃校好きには欠かせない二宮像のその人です。



こちらが、二宮報徳神社の参道入口。

      20171218二宮報徳神社01



参道に建つ一の鳥居。

      20171218二宮報徳神社02


まっすぐに伸びた参道。

      20171218二宮報徳神社03



こちらは、二の鳥居。

      20171218二宮報徳神社04



二の鳥居の先には、二宮像。

      20171218二宮報徳神社05

こちらは、幼少期の薪を背負って本を読む姿ではなく
晩年の二宮尊徳の姿か...............?


説明板。

      20171218二宮報徳神社06

尊徳の偉業がさらっと記されています。


気になる、看板。

      20171218二宮報徳神社07

二宮尊徳の像の近くに、ポケモンの注意書き。
時代は変わったんだなぁ...............




手水舎。

      20171218二宮報徳神社08

しっかり清めましょう。



拝殿近くの三の鳥居。

      20171218二宮報徳神社09



狛犬。

      20171218二宮報徳神社10



こちらが、本来の二宮像。

      20171218二宮報徳神社11



やっぱり、薪を背負って本を読んでいなくっちゃ。

      20171218二宮報徳神社12


      20171218二宮報徳神社13



二宮像には、 びいすけ も慣れたもの。
スマした顔で、はいポーズ。

      20171218二宮報徳神社14



ちなみに、こちらの二宮像は、ブロンズ製で昭和3年に1000体作られたそうですが
現存するのは、この1体だけらしい。

      20171218二宮報徳神社15



こちらが拝殿。

      20171218二宮報徳神社16


      20171218二宮報徳神社17


      20171218二宮報徳神社18



拝殿脇の説明板。

      20171218二宮報徳神社19

表参道入口に建つ、一の鳥居の建て替えの様子が説明されています。



拝殿の両脇には、未だになんと言うのか判らない桶?

      20171218二宮報徳神社20


参道の大鳥居(一の鳥居)に用いた木の残骸。

      20171218二宮報徳神社21


こちらが社務所。
御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。

      20171218二宮報徳神社22


境内の一角には、金次郎カフェ。

      20171218二宮報徳神社23

カフェの売店でオリジナルの金次郎マークの御朱印帳が販売しています。
欲しかったけど、御朱印帳のみで2000円。
諦めました。


売店に貼られていたポスター。
小田原市内にもしちがあるらしい。

      20171218二宮報徳神社24

いつか、チャレンジしなくっちゃ!



拝殿右脇は、裏参道。

      20171218二宮報徳神社25



裏参道を進めば、小田原城下になります。

こちらが裏参道入口。

      20171218二宮報徳神社26


裏参道の社号標。

      20171218二宮報徳神社27


こちらが、報徳二宮神社の御朱印。

      20171218二宮報徳神社28


廃校マニアにとって二宮尊徳(金次郎)は、やっぱり特別な存在。
その尊徳翁を御祭神とする報徳二宮神社。

報徳二宮神社は、日光市にも在るらしい。
いつか、機会が有れば...............
そちらも奉拝してみたいものです。


2018/02/15 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

五所神社七福神巡り (2017年12月18日)(湯河原町) 

12月18日

この日、御朱印巡りに訪れた湯河原町の五所神社。
この五所神社の境内には、五所神社七福神巡りと称して
七福神の像が配置されています。
七福神巡りフリークとしては、素通り出来ません。


湯河原町の五所神社七福神巡りです。


こちらが五所神社の社号標。

      20171218五所神社七福神01


境内の七福神の配置図。

      20171218五所神社七福神02


こちらが、二の鳥居。

      20171218五所神社七福神03


そして、拝殿。

      20171218五所神社七福神04



それでは、五所神社の七福神巡りです。


まずは、七福神の中で一番好きな毘沙門天。

      20171218五所神社七福神05


毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも言い、
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていています。
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。

      20171218五所神社七福神06



続いて、恵比寿天。

      20171218五所神社七福神07


恵比寿天は、七福神中で唯一の日本の神様です。
いざなみ、いざなぎの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、信仰の始まりと伝えられています。
左手に鯛をかかえ、右手には釣竿を持った親しみ深いお姿の漁業の神で、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚くなっています。

      20171218五所神社七福神08




さらには、大黒天。

      20171218五所神社七福神09



大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となったが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたと言われています。
大地を掌握する神様(農業)でもあり、大きな袋を背負い、
打出小槌をもち、頭巾をかぶられた姿が一般によく知られています。
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。

      20171218五所神社七福神10



続いては、福禄寿。

      20171218五所神社七福神11



福禄寿は、名前は、幸福の福。
身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、中国の道教の長寿神です。
南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶを持ち、年齢は千歳と言われています。
長寿、幸福の徳を持ち、鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴で、
招徳人望の神様として信仰されています。

      20171218五所神社七福神12



続いて、寿老人。

      20171218五所神社七福神13



寿老人は、福禄寿と同じく星の化身で、にこやかな微笑みを讃えています。
、手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴です。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。

      20171218五所神社七福神14



五所神社の境内に祀られている七福神は、ここまで。
残りの二福神は五所神社に隣接する場所に。

移動する前に五所神社の御神木。

      20171218五所神社七福神15

樹齢850年と言われる大楠。



五所神社に隣接する湯河原頌徳社。

      20171218五所神社七福神18


弁財天の像は、こちらに鎮座していました。

      20171218五所神社七福神16


弁財天は、七福神の中で唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と言われりようになりました。
財宝を授けてくださる神へとなり、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。

      20171218五所神社七福神17


     

そして、七福神の最後。
布袋尊は、五所神社の前の道路を挟んだ向かい側に鎮座しています。

      20171218五所神社七福神19


布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたと言われています。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰が厚いとされています。

      20171218五所神社七福神20



布袋尊が鎮座している場所は、明神の楠 がある場所。

      20171218五所神社七福神21


明神の楠 は、樹齢800年以上とされる湯河原町の天然記念物。

      20171218五所神社七福神22



さすがに、史蹟とされるだけあって
見事な楠の木です。

      20171218五所神社七福神23
      20171218五所神社七福神24


            20171218五所神社七福神25
      20171218五所神社七福神26


湯河原町の五所神社の七福神。
これにて完了です。



2018/02/14 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 五所神社 》 (2017年12月18日)(神奈川県湯河原町) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。

伊豆山神社をあとにして、向かった先は...............五所神社


五所神社は、社伝によれば天智天皇の御代加賀の国の住人二見加賀之助重行らの手により
この地方が開拓されたとき、土肥郷(吉浜、鍛冶屋、門川、堀ノ内、宮下、宮上)の総鎮守として
天照大神以下五柱の神霊が鎮座されたと伝えられています。
土肥一族を始め藩主、領主、庶民の崇敬厚く、かつて康平三年(1060年)源義家奥羽征討に際し
社家荒井刑部実継神霊の加護により軍功を立て、
治承四年(1180年)八月源頼朝伊豆に挙兵の時、
この地方の豪族土肥次郎実平主公のために戦勝を祈願し佩刀を納めたとされています。



こちらが、五所神社の社号標。

      20171218五所神社01



一の鳥居。

      0171218五所神社02



一の鳥居に掲げられた神額。

      0171218五所神社03


由緒書き。

      0171218五所神社04



手水舎。

      0171218五所神社05


      0171218五所神社06



こちらは、二の鳥居。

      0171218五所神社07


      0171218五所神社08



石灯籠。

      0171218五所神社09


拝殿前の狛犬。

      0171218五所神社10



こちらが、拝殿。

      0171218五所神社11


拝殿の扁額。

      0171218五所神社12



拝殿内部。

      0171218五所神社13


別アングルからの拝殿。

      0171218五所神社14



境内社の山神社。

      0171218五所神社15



御神木。

      20171218五所神社160
      20171218五所神社150

樹齢約850年の楠木。



こちらが、社務所。

      0171218五所神社18


御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。

      0171218五所神社19


こちらが、五所神社の御朱印

      0171218五所神社20


この五所神社。
さほど大きな広さの敷地を有しているわけではないけれど
境内の各所に七福神の像を配しています。

1ヶ所で七福神を巡る事が出来、お手軽な七福神。
そちらの様子については、また後ほどにでも...............。





2018/02/14 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

かながわの景勝50選 《 秋の仙石原 》 (2017年10月10日)(神奈川県箱根町) 

10月10日 公休日

この日は、箱根に出かけました。

箱根に来た最たる目的は、箱根神社の参拝と御朱印集めですが
もう一つ、この時期に訪れたい場所がありました。


道の駅 箱根峠 をあとにして、向かった先は...............仙石原


季節は秋。
秋と言えば『すすき』。

ここ箱根の仙石原は秋の『すすき』で有名な場所。
何度も仙石原を車で通り過ぎたけれど、
すすきのこの時期には来たことがない。
仙石原のすすきも楽しみの一つでした。
ましてや、『かながわの景勝50選』の地でもあるからね。


ちょっと歩きますが、無料の臨時駐車場も完備。
臨時駐車場に車を停めて、すすきの穂が風に揺れる
仙石原の湿原へと向かいます。

      20171010仙石原01


仙石原はかつて、芦ノ湖の一部だったらしい。

      20171010仙石原02

湿原と言う形で、現在にそれを伝えているようです。



国道沿いの仙石原のすすき草原。

      20171010仙石原03

群生するすすきに圧倒されます。



探すのに苦労するかな?と思っていた『かながわの景勝50選』の碑。

      20171010仙石原04



意外に簡単と言うか、国道沿いの蕎麦屋さんの駐車場に建っていました。

      20171010仙石原05



こちらが仙石原すすき草原の入口。

      20171010仙石原06

時期が時期だけに、平日であっても訪れる人は多い。


先ずは、すすきをバックに記念撮影。パチリ☆。

      20171010仙石原07


      20171010仙石原08


      20171010仙石原09


      20171010仙石原10



案内板もしっかり確認いたしましょう。

      20171010仙石原11


この辺りも、箱根ジオパークの一部。

      20171010仙石原12

箱根のジオパークって言うと、どうしても火山活動に関連する
大涌谷辺りが浮かんで来ちゃうんだけど
このすすきの群生地も立派なジオパーク。


それにしても、まさにすすきの旬。

      20171010仙石原13



秋風になびく、すすきの穂が素晴らしい。

      20171010仙石原14


      20171010仙石原15


      20171010仙石原16


      20171010仙石原17


本当は、すすき草原果てまで歩いてみたかったんだけど
前日も山梨県の大月市に出かけ、この日は箱根。
2日続けての遠出でちょっぴりお疲れ気味。
すすき草原の散策は適度に切り上げ、ひと息つきましょう。


駐車場からすすき草原へ向かう途中に在った1軒のお店。

      20171010仙石原18



店先に大きさソフトクリームの飾り。
絶対に帰りに立ち寄って食べようと決めていました。

      20171010仙石原19

よもぎとバニラのミックス。


当然、欲しがる奴がいます(笑)。

      20171010仙石原20


バニラ味は びいすけ が担当。
よもぎ味はあげないよぉ!

      20171010仙石原21



ソフトクリームのコーンも好きな びいすけ 。

      20171010仙石原22



バリバリと食いついています。

      20171010仙石原23



ソフトクリームを食べ終えたのに、
まだまだ物足りない びいすけ 。

      20171010仙石原24



いっぱい歩いたから、ご褒美にオヤツもあげちゃいましょう。

      20171010仙石原25



数年前から、『かながわの景勝50選』を追っかけてますが
この場所だけは、絶対に秋に訪れたかった。
そう言った意味では、100%目標、目的は達成です。
やっぱり、秋の仙石原は素晴らしい。




2017/11/18 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 箱根峠 (2017年10月10日)(神奈川県箱根町) 

10月10日 公休日

この日は、箱根に出かけました。
箱根に来た最たる目的は、箱根神社の参拝と御朱印。

でも箱根に来た目的はそれだけじゃない。


神奈川県には、3ヶ所の道の駅が在ります
その内の1つが、ここ箱根町に在ります。

道の駅巡りにもハマってしまった昨今。
近くに道の駅が在るのに素通りは出来ない。
と、言うことで立ち寄ったのは...............道の駅 箱根峠


何故だろう?
最近、この看板を見かけると、つい嬉しくなってしまいます。

      20171010道の駅箱根峠01


      20171010道の駅箱根峠02



道の駅にも色々あって
温泉浴施設に隣接していたり、足湯が有ったり
廃校になった小学校を利用したりと
色々と趣向を凝らしていますが
こちらはオーソドックス。

ちょっとした軽食が出来る物産店と
それに隣接するトイレ。

      20171010道の駅箱根峠03



完全なドライブイン?

      20171010道の駅箱根峠04

初期の道の駅と言うか場所柄、仕方がないのか?


売店一角に情報コーナーと道の駅のスタンプ。

      20171010道の駅箱根峠05



むしろ、こちらの道の駅は眺望がウリ?


芦ノ湖。

      20171010道の駅箱根峠06

湖畔には、さっきまで居た箱根神社の鳥居。



向こうに見えるのは大観山なのかなぁ?

      20171010道の駅箱根峠07



当然、こちらでも道の駅の切符を手に入れました。

      20171010道の駅箱根峠08


      20171010道の駅箱根峠09



道の駅のスタンプも忘れていません。

      20171010道の駅箱根峠10



神奈川県の道の駅。
全3ヶ所で残すは2ヶ所。
いずれ、全部制覇しちゃいましょう。





2017/11/17 Fri. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ジオカードを貰いに行ってきた...............ジオパーク 箱根 (2017年10月10日)(神奈川県箱根町) 

10月10日 公休日

この日は、箱根に出かけました。
箱根に来た最たる目的は、箱根神社の参拝と御朱印。

でも箱根に来た目的はそれだけじゃない。

そもそも箱根は、日本ジオパーク委員会が認定した「日本ジオパーク」の一つ。
ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と
「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた言葉で、
「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、
丸ごと楽しむことができる場所を言います。

そして、全国に43地域あるジオパークの中で
ジオカードなるモノを発行しているジオパークもあり
箱根もその一つ。
箱根の町役場や各種施設で配布されているそうです。


箱根神社から国道を走り、箱根峠の手前には
『箱根やすらぎの森』

こちらの『森のふれあい館』でも箱根のジオカードが配布されています。
案内図をみると、広い公園のようですが
何やら入場料がかかるらしい。

      20171010箱根ジオカード01


もっちゃん と びいすけは、車内で待機。
駐車場から『森のふれあい館』へと向かいます。

      20171010箱根ジオカード02


受付でジオカードをいただきました。

      20171010箱根ジオカード03

『森のふれあい館』に入るのに入場料が必要であって、犬連れはNG,
『箱根ふれあいの森』の園内は無料で、犬連れでもOKらしい。



今回は、ジオカード目当てだったから
次回、時間があったら園内をじっくり散策してみよう。




箱根のジオカード。

      20171010箱根ジオカード04


見た感じ、ダムカードそっくり。


裏面もまるでダムカードのようです。

      20171010箱根ジオカード05


新たな、公共施設(?)のカードを見つけてしまいました。
ジオカード、こいつも侮れない。
コレクター魂に火をつけられそう(笑)





2017/11/17 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り 箱根神社 & 九頭龍神社 (2017年10月10日)(神奈川県箱根町) 

10月10日 公休日

10月9日、10日は個人的な連休です。
この連休に八王子の実家に帰って、久しぶりに妹の もっちゃん と話をしていると
どうやら、最近になって御朱印集めをしているらしい。

実は以前から御朱印には興味がありました。
でも、犬連れじゃ参拝出来ない寺院や神社も多いから
御朱印集めには触れないようにしていました。

正直、先を越された感は拭えない。
でもパワースポットは巡りたい。
そして、犬連れでもOKな社寺仏閣の御朱印集めなら
共通の趣味になるんじゃない?

と言うことで、遅ればせながら...............

びいすけ父さん、御朱印集めを始めました。


御朱印集め、その第一弾は...............箱根神社です。


最近のパワースポットブームなのか?
箱根神社の無料駐車場は満車。
仕方ないから有料駐車場に車を停めて
箱根神社の参拝です。

      20171010箱根神社01



箱根神社の参道入口。

      20171010箱根神社02

逆光でフレア状態。
決して霊とかの類いじゃないですからね。


ドンと構える箱根神社の社号標

      20171010箱根神社03



参道の鳥居。

      20171010箱根神社04



箱根神社周辺と言うか、箱根はジオパークとして認定されています。

ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と
「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた言葉で、
「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、
丸ごと楽しむことができる場所を言うそうです。

      20171010箱根神社05

ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と
「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた言葉で、
「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、
丸ごと楽しむことができる場所をいいます。

現在、国内には日本ジオパーク委員会が認定した
「日本ジオパーク」が43地域あります(2016年9月現在)。
その内、8地域がユネスコ世界ジオパークにも認定されているそうです。



境内にそびえる巨木。

      20171010箱根神社07

     20171010箱根神社06


神奈川の銘木100選に選ばれている『矢立ての杉』ですね。     

      20171010箱根神社08



こちらは、手水舎。

      20171010箱根神社09

やっぱり、観光地の箱根。
外国人の旅行者も多い。


御朱印はこちらでもらえます。

      20171010箱根神社10

それなりに混んでいて、やっぱり御朱印ブーム。
御朱印帳を購入して、御朱印をいただきますが
待っている間に参拝いたしましょう。



箱根神社の拝殿、本殿の正面に位置する鳥居。

      20171010箱根神社11

この先が拝殿、本殿です。


軽快に石段を上る びいすけ 。

      20171010箱根神社12



石段を上った先は拝殿です。

      20171010箱根神社13



びいすけ 見参!

      20171010箱根神社14



とは言え、拝殿までは抱っこをしないと行けません。

      20171010箱根神社15



体重13kg。
意外にコレが重いんだなぁ(笑)。

      20171010箱根神社16



もっちゃん と交代。

      20171010箱根神社17



びいすけ と一緒にお詣りして下さいな。

      20171010箱根神社18


      20171010箱根神社19



箱根神社では、二拝、二拍手、一拝て言うのが作法のようです。

      20171010箱根神社20

よく言う「二礼二拍手一礼」ですね。



箱根神社のお詣りは終了。

      20171010箱根神社21


      20171010箱根神社22



続いて拝殿に隣接する九頭龍神社(新宮)。

      20171010箱根神社23


      20171010箱根神社24


九頭龍神社の本宮は芦ノ湖の湖畔にありますが
箱根神社の敷地内には新宮が祀られているから
ついでにお詣りが出来ます。

      20171010箱根神社25



九頭龍神社もお詣りしちゃいます。

      20171010箱根神社26



こちらは龍神水。

      20171010箱根神社27

龍神水は、境内から湧き出たご神水で、
口に含むことで自分の中の不浄を浄化し、
良いものを引き寄せると言われています。
すなわち、良縁を引き寄るとして、
秘かな良縁パワースポットとして注目されているようです。



ちゃっかり、龍神水を口にする もっちゃん 。

      20171010箱根神社28


さて、御朱印も出来上がったし、そろそろ戻りましょう。


駐車場に戻りますが、湖畔沿いを目指します。
そして、芦ノ湖畔の鳥居。

      20171010箱根神社29

コレがインスタ映えするスポットらしく、大混雑。
って言うか、写真をとる順番待ちの列。
10分以上待ったなぁ...............。



びいすけ と もっちゃん。

      20171010箱根神社30



鳥居の下から社額を覗いたけれど、良く分からない。

      20171010箱根神社31



これぞ、パワースポット?

      20171010箱根神社32



こちらが、箱根神社の御朱印帳。

      20171010箱根神社33

なかなかお洒落。

そして、びいすけ父さんの御朱印集めの第一弾。
箱根神社の御朱印。

      20171010箱根神社34



九頭龍神社の御朱印。

      20171010箱根神社35



御朱印集め、コレもハマっちゃいそう(笑)。





2017/11/16 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

あいかわの景勝10選   《 工業団地といちょう並木 》 (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

5月27日 公休日

個人的な連休の2日目。
この日は、神奈川県の愛川町に出かけました。

愛川町には、平成13年に制定された『あいかわの景勝10選』なるモノがあります。
町内の10ヶ所の景勝地を選ばれたモノです。
その内訳は...............

①宮ケ瀬ダムと新石小屋橋
②経ケ岳・仏果山・高取山にかけての山並
③塩川滝飛沫
④勝楽寺の山門と杉木立ち
⑤三増合戦碑と志田峠
⑥箕輪耕地遠望
⑦八菅山と八菅神社
⑧山十邸と中津往還
⑨工業団地といちょう並木
⑩中津川の清流

となっています。

〇〇八景とか、〇〇百選と言った類いのモノが基本的には嫌いではない。
むしろ、追っ掛けていたりするから好きな部類に入ります。
当然、この『あいかわの景勝10選』も、いつかはコンプリートしてみたいと思っています。

と言うことで、この日の愛川町に来たのは、
『あいかわの景勝10選』が最たる目的。

向かった先は..............工業団地といちょう並木


いよいよ、『 あいかわの景勝10選 』も最後の1ヶ所になりました。

130社を超える工場や研究所が整然と立ち並ぶ内陸工業団地。
そこを碁盤目状に走る街路にはイチョウ並木が続き、
秋には色鮮やかな黄色に染まる木々が道行く人たちの目を楽しませてくれるそうです。


首都に隣接する神奈川県は大消費地を背後に控え、
古くから工業立地の進展が目覚しく各地で農地が侵食され、
都市計画上、農政上に問題が生じ、また公害発生等、
土地利用に関して各種の混乱が生じてしまいました。
この工場乱立による弊害を防止し、土地利用の効率化を図るため、
神奈川県内陸部における工場適地として、旧陸軍相模飛行場跡地が選ばれました。
神奈川県企業庁により昭和36年から用地買収や造成工事が開始され、
昭和38年から分譲が始まり、一部企業の進出が決定しました。
ピーク時には150社を超える企業が進出していましたが
現在(平成29年4月)は、138社が企業活動を行なっているそうです。

そう言えば、かなり昔に、仕事で何度か来た事があったなぁ。


その内陸工業団地の中心部。
牧野フライス製作所の近くに『 あいかわの景勝10選 』の碑は建っています。

      20170527工業団地といちょう並木01


      20170527工業団地といちょう並木02


      20170527工業団地といちょう並木03



飛行場の滑走路跡なんでしょうか?
まっすぐに伸びる直線路。

      20170527工業団地といちょう並木04



その道路脇には見事ないちょう並木。

      20170527工業団地といちょう並木05


      20170527工業団地といちょう並木06


交差する道路にもいちょう並木。

      20170527工業団地といちょう並木07



青信号のタイミングで横断歩道で一枚パチリ☆。

      20170527工業団地といちょう並木08


残念なのは、まだ紅葉の時期ではないこと。


紅葉の時期ならば、一直線に黄金色の木々と
舞い散る葉で、黄金色の絨毯が見れそうです。
そんな時期に、もう一度来てみたいなぁ。


早足で巡った、『 あいかわの景勝10選 』ですが
これにて完結となりました...............。



2017/06/16 Fri. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

八菅山憩いの森  (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

5月27日  公休日

個人的な連休2日目。


この日は、神奈川県の愛川町に出かけました。

愛川町にある『 あいかわの景勝10選 』巡りのついでに
立ち寄った先は...............八菅山憩いの森


八菅神社の拝殿(覆殿)の裏手には、こんな案内板。

      20170527八管山憩の森01

どうやら、八菅神社の背後の森が『八菅山憩いの森』のようです。
ここまで来て素通りは出来ません。
展望台広場があって、展望台もあるらしい。

これは、ちょっぴり足を伸ばさなきゃ!




いきなり、こんな塚が目の前に現れます。

      20170527八管山憩の森02

八菅神社は、明治維新までは神仏混淆の信仰に支えられてきた聖地であり、
八菅神社の鎮座する八菅山には七社権現と別当・光勝寺の伽藍、
そしてそれを維持する五十余の院・坊があって相模の国峰として盛えていました。

そんな経緯があったから、八菅山には色々な塚が多く残っているようです。

      20170527八管山憩の森03



八菅山の尾根沿いにハイキングコースがあり、森の木立を眺めながらハイキングが出来ます。
ただし、こんな看板も建ってて、注意は必要です。

      20170527八管山憩の森04

でも、本当に野生の猿がいるのかなぁ?



ハイキングコースを匂いを嗅ぎながら闊歩する びいすけ 。

      20170527八管山憩の森05


しばらく歩くと、こんな看板。

      20170527八管山憩の森06

八菅神社関連の祠の跡らしい。



さらに先に進むと、梵天塚。

      20170527八管山憩の森07



これまた、八菅山修道関連の跡。

      20170527八管山憩の森08


      20170527八管山憩の森09



さらに先、展望台脇にも別な塚。

      20170527八管山憩の森10

これまた、八菅山修道関連の塚。

確かに五十余の院・坊が在ったのが計り知れる。



木立を抜け、急に視界が拓けて来たあたりが展望台広場。

      20170527八管山憩の森11



こんな展望台も設けられています。

      20170527八管山憩の森12



せっかく苦労して、ここまで歩いて来たんだから
展望台に上がりましょう。

      20170527八管山憩の森13



愛川町や相模原市方面に拓けているようです。

      20170527八管山憩の森14


      20170527八管山憩の森15

もうちょっと雲が無ければ、かなりの眺望になるんだけど...............。

何組かの家族連れともすれ違ったけれど
半日くらいの予定で、お弁当を持ってハイキングと洒落込むのも良いかも?




八菅神社までの約300段の石段と、八菅山の尾根沿いのハイキングコースを歩いて来たから
しっかりと水分補給もいたしましょう。

      20170527八管山憩の森16


さてさて、一息着いたことだし
駐車場まで戻りましょう。

『 あいかわの景勝10選 』巡りに戻りましょう。


2017/06/16 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

かながわの景勝50選 《 八菅山と八菅神社 》 (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

5月27日 公休日

この日は、神奈川県の愛川町に出かけました。

愛川町が制定した『あいかわの景勝10選』を目的に訪れましたが、
あいかわの景勝10選の『 八菅山と八菅神社 』は、
『 かながわの景勝50選 』の地でもあります。

県を代表する景勝地ならば、
市区町村の公認の景勝地であることは間違いない。


こちらが、八菅神社の鳥居。

      20170527神奈川の八菅神社01

『八菅神社』と書いて、『はすげじんじゃ』と読むらしい。

古くから、「修験の山」として信仰を集めた八菅山には、
奈良時代から伝えられてきたとされる修験者たちの荒行があり、
毎年春に、『例大祭・火渡り儀式』と称し、護摩木を燃やした上を山伏姿の男性が歩き、
最後には観客も火渡りをする事が出来るそうです。
奈良時代から続く無病息災を祈る伝統行事とされているそうです。


八菅神社の拝殿へは、約300段の石段を上ります。

石段前の緩やかな上り坂。

      20170527神奈川の八菅神社02



そして、急勾配の石段。

      20170527神奈川の八菅神社05



石段の上り口の右側に建つ、『かながわの景勝50選』の碑。

      20170527神奈川の八菅神社03


      20170527神奈川の八菅神社04




この石段の周りにはシダジイの古木が多い。

      20170527神奈川の八菅神社06



『かながわの美林 50選』に選ばれた地でもあるようです。

      20170527神奈川の八菅神社07


神奈川県って県下の景勝地や公園、橋、美林と〇〇50選とか
〇〇百選って言うのが好きみたい。

まあ、それにどっぷりと引き込まれているんだけどね...............(笑)




確かに、石段沿いには雰囲気のあるシダジイの巨木が多い。

      20170527神奈川の八菅神社08


      20170527神奈川の八菅神社09


      20170527神奈川の八菅神社11



シダジイを眺めながら石段を上りますが
びいすけ は、はひたすら前へ前へと上って行きます。

      20170527神奈川の八菅神社10




約300段の石段は正直キツかったぁ。
    
      20170527神奈川の八菅神社12



拝殿の賽銭箱に九曜紋が描かれていましたが、
八菅神社の手水舎にも九曜紋。

      20170527神奈川の八菅神社13



別名八菅の七社権現とも呼ばれている八菅神社。
日本武尊など七神が祭神として祭られていて、明治維新の神仏分離令が出るまで、
大山阿夫利神社、日向薬師とともに関東での山岳修験の道場であったそうです。

修験道は、天台密教を信奉し宗験宗とも言い、
山岳地帯で苦行をして悟りを会得するものとされています。
八菅神社は、修験道三派のうち聖護院流で、行者は京都の本山や奈良県熊野地方にこもって、
身を清めたと伝えられています。


そんなことを知ると、この拝殿(覆殿)も違って見えてくる。

      20170527神奈川の八菅神社14


      20170527神奈川の八菅神社15


紛れもなく、此処は厳かであり、神聖な場所なんだと
改めて認識するのでありました...............。




2017/06/15 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

あいかわの景勝10選   《 八菅山と八菅神社 》 (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

5月27日 公休日

個人的な連休の2日目。
この日は、神奈川県の愛川町に出かけました。

愛川町には、平成13年に制定された『あいかわの景勝10選』なるモノがあります。
町内の10ヶ所の景勝地を選ばれたモノです。
その内訳は...............

①宮ケ瀬ダムと新石小屋橋
②経ケ岳・仏果山・高取山にかけての山並
③塩川滝飛沫
④勝楽寺の山門と杉木立ち
⑤三増合戦碑と志田峠
⑥箕輪耕地遠望
⑦八菅山と八菅神社
⑧山十邸と中津往還
⑨工業団地といちょう並木
⑩中津川の清流

となっています。

〇〇八景とか、〇〇百選と言った類いのモノが基本的には嫌いではない。
むしろ、追っ掛けていたりするから好きな部類に入ります。
当然、この『あいかわの景勝10選』も、いつかはコンプリートしてみたいと思っています。

と言うことで、この日の愛川町に来たのは、
『あいかわの景勝10選』が最たる目的。

向かった先は..............八菅山と八菅神社



八菅神社は、明治維新までは神仏混淆の信仰に支えられてきた聖地でした。
八菅神社の鎮座する八菅山には七社権現と別当・光勝寺の伽藍、
そしてそれを維持する五十余の院・坊があって相模の国峰として盛えていました。
八菅山縁起によると日本武尊が東征のおりにこの山を望み見て、
山容が蛇の横わたるに似ているところから、『蛇形山』と名付けたと言われています。
また、大宝三年(703年)修験道の開祖役の小角が入峰し修法を行ったとき、
忽然として、池中に八本の菅が生えたことから八菅山の名が起こり、
和銅二年(709年)には僧行基が入山して、ご神体及び本地仏を彫刻し、
伽藍を建立して勅願所としたと言われています。
しかし、明治期の神仏分離令により、光勝寺は廃寺となり、
七社権現は八菅神社と改称して今日に至っています。


この神社を中心にスダジイを代表とする 2.5haに及ぶ社叢林(県指定天然記念物)があり、境内のクロガネモチの巨樹(町指定天然記念物)は高さ 20m、目通り2.3m、樹齢 250年という。



こちらが、八菅神社。

      20170527八菅神社01



鳥居の両脇には、二つの句碑が建っています。

向かって左側が芭蕉の句碑。

      20170527八菅神社02

     蓬莱にきかばや伊勢の初便      

      

そして反対側には、五柏園丈水の句碑。

      20170527八菅神社03

遠近乃笠も八菅や順乃峯 



鳥居をくぐれば、八菅神社の説明板。

      20170527八菅神社04



その脇には、八菅山の説明板。

      20170527八菅神社05



鳥居の先にある 梵鐘。

      20170527八菅神社06



梵鐘は、愛川町の指定文化財のようです。

      20170527八菅神社07



境内の緩やかな上り坂の途中には、大ケヤキ。

      20170527八菅神社08



このケヤキは、愛川町の『ふるさとの木』に指定されています。

      20170527八菅神社09

愛川町には、このように『ふるさとの木』と称する巨木が18本あるそうです。



八菅神社の最大のウリ(?)
約300段の急な石段。

      20170527八菅神社10



石段の上り口の左側に、御目当の『あいかわの景勝10選』の碑。

      20170527八菅神社11


      20170527八菅神社12

反対側には『かながわの景勝50選』の碑もありますが
そちらは、いずれかの機会にでも。


さぁ、頑張って石段を上りましょう。

      20170527八菅神社13


シダジイの木々を眺めながら石段を上ります。
正直、この300段の石段はきつかったぁ。

      20170527八菅神社14



石段を上りきると、目の前にはクロガネモチの木。

      20170527八菅神社15

こちらも、愛川町の『ふるさとの木』の1本になります。



拝殿から一段下がった削平地。

      20170527八菅神社16


この削平地は、かつての『八菅山修験道旧跡』。

      20170527八菅神社17




最後の石段、約20段ほどを上れば
八菅神社の拝殿に到着します。

      20170527八菅神社18



賽銭箱に九曜紋。

      20170527八菅神社19

この八菅神社の神紋は九曜紋のようです。
『九曜紋』と言えば『千葉氏』を連想してしまいますが、
ここは千葉氏の勢力下であった北総の地ではなく、
小田原北条家の勢力下であった地。
まさか、千葉氏には関連ないよなぁ...............?




扁額の文字はカスれて読めません。

      20170527八菅神社20




約300段の石段を頑張って上ってきたから
休憩を兼ねて、ご褒美のオヤツをあげましょう。

      20170527八菅神社21



ささみチップスをガン見する びいすけ 。
当然、コマンドは『 待て! 』。

      20170527八菅神社22



『 良し! 』の合図で、喰らいつく びいすけ 。

      20170527八菅神社23



父さんの指まで食べないでね。

      20170527八菅神社24



この八菅神社、そして八菅神社のある八菅山。
『 あいかわの景勝10選 』の地でもあるけれど
『 かながわの景勝50選 』の地でもあります。

そちらについては、また明日にでも...............。




2017/06/14 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

あいかわの景勝10選   《 山十邸と中津往還 》 (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

5月27日 公休日

個人的な連休の2日目。
この日は、神奈川県の愛川町に出かけました。

愛川町には、平成13年に制定された『あいかわの景勝10選』なるモノがあります。
町内の10ヶ所の景勝地を選ばれたモノです。
その内訳は...............

①宮ケ瀬ダムと新石小屋橋
②経ケ岳・仏果山・高取山にかけての山並
③塩川滝飛沫
④勝楽寺の山門と杉木立ち
⑤三増合戦碑と志田峠
⑥箕輪耕地遠望
⑦八菅山と八菅神社
⑧山十邸と中津往還
⑨工業団地といちょう並木
⑩中津川の清流

となっています。

〇〇八景とか、〇〇百選と言った類いのモノが基本的には嫌いではない。
むしろ、追っ掛けていたりするから好きな部類に入ります。
当然、この『あいかわの景勝10選』も、いつかはコンプリートしてみたいと思っています。

と言うことで、この日の愛川町に来たのは、
『あいかわの景勝10選』が最たる目的。

向かった先は..............山十邸と中津往還


山十邸はこの地方の豪農だった熊坂家の住居として、
明治初期に熊坂半兵衛の代に建てられたものだと言うことです。
ちなみに『山十』は屋号であり、愛川町はその建物と庭園を修復して保存し、
『古民家山十邸』として一般に無料で公開しています。


こちらが山十邸。

      20170527山十邸01


門の脇には、愛川町教育委員会が建てた碑(石柱)。

      20170527山十邸03

愛川町って、史跡に対してはかなり力を入れている。
こういう姿勢って好きだなあ。


山十邸の碑の隣には、国指定の登録文化財の碑。

      20170527山十邸02


      20170527山十邸04

ちなみに、愛川町の国指定の登録有形文化財は、
この『山十邸』と『平山橋』の2ヶ所と言うことです。


塀には、利用案内も貼られ、しっかりと管理されています。

      20170527山十邸05

とにかく、入館料が無料と言うのが好意的。
結構、こう言った古民家って、施設維持費と称して
200〜300円の入館料を取るっていうパターンが多いんだよなぁ。


さて、肝心の『あいかわの景勝10選』の碑は、
門の近く、地域のコミュニティバスのバス停脇に在りました。

      20170527山十邸06


      20170527山十邸07


駐車場も3台停められる無料駐車場があるんですが
この日は、駐車場にカラーコーンが置かれ、入れない。
そして、山十邸にはネクタイ族が多い。


どうやら、この日の午後。
この山十邸でイベントがあるようです。

      20170527山十邸08



愛川町主催の若手音楽演奏家によるクラシックのコンサートがあるようです。

      20170527山十邸09

定員100名。入場料無料。

うむ、素晴らしい。
さすが、愛川町。

先ほどのネクタイ族は、愛川町の関係者だったんですね。




元々、 びいすけ は中に入れないから
門の前で待機。

      20170527山十邸10




関係者の方の了承をいただき、設営の邪魔にならないように
ささっさぁ〜と中を見学します。


古民家山十邸。

      20170527山十邸11


      20170527山十邸12


      20170527山十邸13



庭には四阿があったりして...............

      20170527山十邸14



この日は、イベントの関係でバタバタしていたけれど
平日なら訪れる人も少ないだろうから、古民家好きなら穴場かも知れない。




2017/06/13 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

あいかわの景勝10選   《 箕輪耕地の遠望 》 (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

5月27日 公休日

個人的な連休の2日目。
この日は、神奈川県の愛川町に出かけました。

愛川町には、平成13年に制定された『あいかわの景勝10選』なるモノがあります。
町内の10ヶ所の景勝地を選ばれたモノです。
その内訳は...............

①宮ケ瀬ダムと新石小屋橋
②経ケ岳・仏果山・高取山にかけての山並
③塩川滝飛沫
④勝楽寺の山門と杉木立ち
⑤三増合戦碑と志田峠
⑥箕輪耕地遠望
⑦八菅山と八菅神社
⑧山十邸と中津往還
⑨工業団地といちょう並木
⑩中津川の清流

となっています。

〇〇八景とか、〇〇百選と言った類いのモノが基本的には嫌いではない。
むしろ、追っ掛けていたりするから好きな部類に入ります。
当然、この『あいかわの景勝10選』も、いつかはコンプリートしてみたいと思っています。

と言うことで、この日の愛川町に来たのは、
『あいかわの景勝10選』が最たる目的。

向かった先は..............箕輪耕地の遠望


中津川がもたらした豊かな箕輪地区の耕地。
坂の上の台地から望む田園の広がりは愛川町随一の規模を誇ります。
秋になれば鏡を敷き詰めたような水田から、黄金色の波が揺れる実りの田まで、
心和む風景を楽しむことができるそうです。


角田地区の原箕輪公民館近くの路肩に
あいかわの景勝10選の碑は、ひっそりと建っていました。

      20170527箕輪耕地01


      20170527箕輪耕地02


      20170527箕輪耕地03



碑の脇の狭い道を進むと、いきなり展望が拓けてきます。

      20170527箕輪耕地04



これが、箕輪耕地の遠望。

      20170527箕輪耕地05

眼下に広がり水田。
まさに耕地。


展望を眺めながら歩いてみましょう。

      20170527箕輪耕地06


びいすけ は、展望を眺めるよりは匂い嗅ぎに夢中。


せっかくだから、この眺望をバックに一枚、パチリ☆。

      20170527箕輪耕地07



視界が拓けているのは100mほどの距離。
まさに、ピンポイントの場所。

アングルを変えてさらに一枚。パチリ☆。

      20170527箕輪耕地08



さらに一枚。とシャッターを押す指に力が入ります。

      20170527箕輪耕地09


      20170527箕輪耕地10


      20170527箕輪耕地11


      20170527箕輪耕地12



今のこの時期は田植えも終わって、これから稲が成長して行く。

      20170527箕輪耕地13



田植え前の、田んぼに水を張った状態の時なら
確かに鏡面の水田が広がるだろうし、
秋の稲穂が頭を垂らす時期になれば、
黄金色の絨毯が広がっているだろう。


そんな時期に、また訪れてみたいなぁ...............


2017/06/12 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............番外編 角田学校跡 (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

5月27日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、『あいかわの景勝10選』目的で神奈川県の愛川町に出かけました。


景勝地巡りの合間に立ち寄ったのは...............角田学校跡



角田学校は、
明治6年 角田八幡神社に隣接する福泉寺の建物を校舎として開校し、
養成館第1支校としたのが始まりです。
明治27年 高峰小学校として統合され、廃校となりました。


たまたま、愛川町のことをネットで色々調べていたら
愛川町の角田地区に明治時代の廃校があることが分かり
訪れてみることにしました。



角田八幡神社の隣にある小さなお寺、福泉寺。

      20170527角田学校跡01


      0170527角田学校跡02



その境内の一画に、『角田学校跡』の碑があります。

      0170527角田学校跡03


碑の側面には簡単な沿革。

      0170527角田学校跡04


高峰小学校のHPの沿革によれば

明治6年に角田村に開校した養成館第一支校(角田学校)と
三増村に開校した養成館第二支校(三増学校)が在りました。
明治21年に角田村と三増村が合併して高峰村が出来ました。
明治27年に角田学校と三増学校を統合して、
高峰村の中心部に高峰小学校を設立したそうです。

      0170527角田学校跡05


(角田学校と共に廃校となった三増学校については こちら


こちらは、本堂のように見えるから校舎ではないでしょう。

      0170527角田学校跡06



もっとも明治27年の事だから、
この本堂が明治27年以前のモノには見えない。

      0170527角田学校跡07



かろうじて、福泉寺と読める。

      0170527角田学校跡08



本堂の脇のこの辺り?

      0170527角田学校跡09


はたまた現在、墓地となっているこの辺りに
かつての学舎が建っていたのだろうか?

      0170527角田学校跡10


      0170527角田学校跡11



いずれも、遠い遠い昔の出来事。


しかし、愛川町の歴史や文化財に対する取り組みには、
他の市町村にも見習ってもらいたい!と、ついつい思ってしまう。

歴代の町長考え方なのか?
はたまた、教育委員会の考え方なのか?
はたまた、地域の住民の地元愛の表れなのか?

まだまだ、愛川町には『日向学校跡』『半原小学校発祥の地』の碑があるらしい。
詳しい場所はわからないけれど、いつか訪れてみたいものです。





2017/06/11 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鉄の橋百選 《 平山橋 》 (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

5月27日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、神奈川県の愛川町に出かけました。
『あいかわの景勝10選』と言う景勝地巡りが目的ですが、
『勝楽寺の山門と杉木立』から次なる景勝10選に向かう途中、

こんな案内板が目に入りました。
すぐさま、路肩に車を停めて、案内板(説明板)をじっくりと読みます。

      20170527平山橋02
     


じっくりと読んでみると...............

      20170527平山橋01

鉄の橋百選 と記されている。


そもそも、『鉄(はがね)の橋百選』とは、明治初年から第2次大戦までに架けられた橋のうち、
現存する著名な橋100を選びその写真,架設地点の詳細な地図とデータを織り込みながら、
橋の特徴や時代背景などを13人の専門家が分担執筆した土木学会編集の書籍に記載された橋のことです。


  
『かながわの橋 百選』なら知っていたけれど
『鉄の橋 百選』は知らなかった。

そのまま素通りしても良かったけれど、
『〇〇百選』って言う言葉の響きに弱い。

とりあえず、どんなモノか?
見てみることにいたしましょう。
     

平山橋は1926年(昭和元年)に完成した3連の鋼製トラス橋です。


鋼製橋だから鉄の橋百選に選ばれたのか?

      20170527平山橋03


      20170527平山橋04



元々は1913年(大正2年)に左岸側(北側)1/3を鋼製トラス橋、残りを木橋として開通しました。
1926年(昭和元年)には木橋部分を架け替え、3連の鋼製トラス橋として完成しました。


北側って事は、こちら側なんでしょう。
当初は木製だったんですね。

      20170527平山橋05


以前は車両も通行していましたが、100mほど下流に新しい橋が架けられ、
現在は歩行者専用の橋となっているようです。

      20170527平山橋06



欄干には、こんなプレートも飾られています。

      20170527平山橋07

『かながわの橋 百選』にも選ばれているんですね。


せっかくだから、鉄の橋 平山橋を渡ってみましょう。

      20170527平山橋08


鉄の橋と言っても、路面は舗石。

      20170527平山橋09



軽快に橋の上を闊歩する びいすけ 。

      20170527平山橋10


ちょうど真ん中辺り。

      20170527平山橋11

下を流れるのは中津川。


橋を渡り終え、対岸に着くと、こんな立派な説明板。

      20170527平山橋12



この『平山橋』は、国の登録有形文化財として指定されているようです。
立派な碑(?)も橋の袂に建てられています。

      20170527平山橋13


      20170527平山橋14




平山橋から眺める経ケ岳。

      20170527平山橋15

この平山橋から田代運動公園は近い。
どうせなら、この平山橋の袂に『あいかわの景勝10選』の
『経ヶ岳、仏果山、高取山にかけての山並』の碑を建てれば良かったのに。



中津川のプレートの前です一枚、パチリ☆。

      20170527平山橋16

そう言えば、橋やトンネルのプレートを盗む不心得者も多いけど
そう言うのって辞めてもらいたいモノです。


しかしながら、『鉄の橋 百選』、『かながわの橋 百選』
これまた食指が伸びそうなモノを見つけてしまったなぁ(笑)。






2017/06/11 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

あいかわの景勝10選   《 勝楽寺の山門と杉木立 》 (2017年5月27日)(神奈川県愛甲郡愛川町 

5月27日 公休日

個人的な連休の2日目。
この日は、神奈川県の愛川町に出かけました。

愛川町には、平成13年に制定された『あいかわの景勝10選』なるモノがあります。
町内の10ヶ所の景勝地を選ばれたモノです。
その内訳は...............

①宮ケ瀬ダムと新石小屋橋
②経ケ岳・仏果山・高取山にかけての山並
③塩川滝飛沫
④勝楽寺の山門と杉木立ち
⑤三増合戦碑と志田峠
⑥箕輪耕地遠望
⑦八菅山と八菅神社
⑧山十邸と中津往還
⑨工業団地といちょう並木
⑩中津川の清流

となっています。

〇〇八景とか、〇〇百選と言った類いのモノが基本的には嫌いではない。
むしろ、追っ掛けていたりするから好きな部類に入ります。
当然、この『あいかわの景勝10選』も、いつかはコンプリートしてみたいと思っています。

と言うことで、この日の愛川町に来たのは、
『あいかわの景勝10選』が最たる目的。

『経ヶ岳、仏果山、高取山にかけての山並』をあとにして、向かったの先は..............勝楽寺の山門と杉木立


こちらが勝楽寺。

本来、寺の入り口にある門を山門と呼ぶから
こちらが山門になるとは思うのだが
景勝地に選ばれたのはこちらでは無い。

ここでは、あえて寺号標と言うことにしよう。

      20170528勝楽寺01

対の寺号標には『 田代 半増坊 』と記されている。

地元では、『勝楽寺』よりも『田代半僧坊』と呼ばれる事が多いらしい。



最初の門をくぐると、目の前に立派な山門と数本に杉の木が見えて来ます、

      20170528勝楽寺02



『名刹 勝楽寺』と記された案内板(説明板)。

      20170528勝楽寺03



そして、その脇には御目当の『あいかわの景勝10選』の碑。

      20170528勝楽寺04


      20170528勝楽寺05



それでは、あいかわの景勝10選に選ばれた山門を見に行きましょう。

      20170528勝楽寺06


こちらが、景勝地とされる勝楽寺の山門。
嘉永4年(1851年)建立の壮大な山門(三門)です。
木造総欅の入母屋三間造り、前面に唐から破風のある二重門(重層門)となっています。
屋根は反りが強い銅板平葺で、総高16m、階下間口9m、奥行5.6m、階上間口8.4m、奥行5mです。
二階部分には釈迦三尊と十六羅漢が安置されているそうです。

      20170528勝楽寺07


      20170528勝楽寺08



山門の扁額。

      20170528勝楽寺09

山号である『満珠山』の文字。



ネットで見づらいですが、山門の仁王像。

向かって右側の阿像

      20170528勝楽寺10



左側の吽像

      20170528勝楽寺11



さらに、その先にも門がある。
中門と呼ばれているらしい。

      20170528勝楽寺12

閉められている門の木戸には、
徳川家の家紋である葵の紋が飾られています。


都合3つの門の先にある本殿に辿り着きました。

      20170528勝楽寺13



本堂の左に建つ半僧坊。

      20170528勝楽寺14

遠州(静岡県)奥山方廣寺より勧請した半僧坊大権現が祀られています。

半僧坊大権現は、後醍醐天皇の皇子「無文元選禅師」が方廣寺へ御入山の際に
出会った白髪の老人を弟子として、日々の作務等を怠ることなく随侍しました。
禅師が「おまえは半ば僧形である」と言うと、
老人は「私は半僧です。」と答えたことから
半僧坊と呼ばれるようになったそうです。
その後、無文元選禅師が亡くなると、老人(半僧坊)姿を消したと言われています。




鐘楼。

      20170528勝楽寺15



こちらは、十六羅漢堂。

      20170528勝楽寺16

この中に16体の羅漢像が鎮座していました。
山門の二階に安置されているとされる羅漢像は、
こちらに移されたのでしょうか?
それともレプリカ?



とにかく、由緒ある寺院だと言うのが歩いて見て廻ると
自ずと分かってくる。
正に愛川町の史跡である。

寺院が景勝地って如何なモノ?って思っていたけれど
そんなに小さな事にこだわるのは止めにいたしましょう。

そんなことを思いながら、
この地をあとにするのでありました...............。






2017/06/10 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit