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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

かながわの景勝50選 《 秋谷の立石 》 (2019年6月11日)(神奈川県横須賀市) 

6月11日 秋谷の立石

この日は、湘南に出かけました。

江の島から葉山へ。
そして葉山から横須賀の秋谷へとやって来ました。


ランチに利用したMARLOWE秋谷本店の前は秋谷海岸。
そして、秋谷公園。

      20190611秋谷の立石01


公園のある秋谷海岸には『立石』なる景勝地があります。

      20190611秋谷の立石02


実は、この『立石』。
横須賀市の『横須賀風物百選』の一つであるようです。

      20190611秋谷の立石03



さらには、『かながわの景勝50選』の一つでもあります。

      20190611秋谷の立石04


『かながわの景勝50選』を追いかけている身としては、
秋谷海岸まで足を伸ばした理由の一つでもあります。

      20190611秋谷の立石06

『かながわの景勝50選』とは、神奈川県の景勝地のうち
代表的なものを50箇所選んだもので、昭和54年に定められました。
実は、秘かにこの『かながわの景勝50選』を追いかけています。



では、景勝地である秋谷の立石を散策してみましょう。

      20190611秋谷の立石07


秋谷公園の駐車場から、秋谷海岸へと降りて行く事が出来ます。
立石の前で、はいポーズ☆。

      20190611秋谷の立石08


      20190611秋谷の立石09

波打ち際で、びいすけ の写真が撮れることってあまり無いから
波は穏やかなんでしょうね。

とにかく、波が苦手な びいすけ 。
本来はあまり、波打ち際に近づきません。




かながわの景勝50選に選ばれるだけあって
秋谷海岸は、なかなか良い。

      20190611秋谷の立石10


      20190611秋谷の立石11


ちょっとした高台から眺める立石も乙なもの。

      20190611秋谷の立石12


秋谷の立石、侮れません。
これで、夕陽が海岸線に沈む時刻であれば
秋谷公園から眺める景色もぐっと引き立つことでしょう。




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2019/08/06 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

MARLOWE 本店 (2019年6月11日)(神奈川県横須賀市) 

6月11日

※ (初めにお断り)

ドッグカフェのカテゴリーの記事ですが、あくまでも犬テラス席OKのお店であり、
ドッグカフェではありませんので、お店の方や他のお客さんの迷惑にならないように
マナーを守りましょう。

この日は、湘南に出かけました。

当初は、江の島が目的地でしたが
以前、城ヶ島に遊びに行った時、葉山辺りの海岸線沿いに
有名なプリン屋が有ったのを思い出した。

せっかくだからと葉山方面に足を伸ばし、
森戸大明神に途中立ち寄ったのち、
再び、プリン屋さんを目指します。


葉山町だと思っていたら、プリン屋さんは横須賀市にありました。
辿り着いたのが、MARLOWE 本店。

      20190611MARLOWE 本店01

MARLOWE は、1984年創業のビーカーに入った手作りプリンの専門店です。


プリンの専門店と言いながらも、地元・横須賀市佐島の大楠漁港で上がった新鮮な魚に
三浦の採れたて新鮮野菜を使った料理を提供するレストランでもあります。

      20190611MARLOWE 本店02



テラス席はワンちゃん利用可。

      20190611MARLOWE 本店16


      20190611MARLOWE 本店03


びいすけ 連れですから、当然テラス席に陣取ります。

      20190611MARLOWE 本店04


目の前は、秋谷海岸。

      20190611MARLOWE 本店05

こちらも風光明媚な所です。



MARLOWEと言えば、フィリップ・マーロウ。

      20190611MARLOWE 本店06

レイモンド・チャンドラーが生み出したハードボイルド小説の主人公の探偵。
映画化もされていて、名優ハンフリー・ボガートがマーロウを演じました。

ハンフリー・ボガートと言えば、通称ボギー。
ハードボイルドの代名詞です。



テラス席、ペット可ではありますが、
ペット用のメニューは有りません(無かったと思う...............?)
びいすけ には、申し訳ないけど我慢してもらいましょう。

      20190611MARLOWE 本店07



サラダとコーヒー、そしてプリンの付いたセット料理。

      20190611MARLOWE 本店08


おいおい!
君の分はありませんよ!!(笑)

      20190611MARLOWE 本店09



メインは、『魚介類(カニ、甘エビ、イカ)のトマトスパゲッティ』。

      20190611MARLOWE 本店10



しょうがないなぁ...............

      20190611MARLOWE 本店11



サラダの中から、食べれそうな野菜をセレクト。

      20190611MARLOWE 本店12



スパゲッティは、超うまい。
あっと言う間に完食。


食後のコーヒーとプリンです。

      20190611MARLOWE 本店13



アイスコーヒー。

      20190611MARLOWE 本店14



本店限定販売の期間限定のマンゴープリン。

      20190611MARLOWE 本店15


ランチとは言え、ちょっぴりお高い感は否めないけれど
たまには、プチ贅沢も良いでしょう。


ちょっとだけ、湘南セレブ感を味わったひと時でした...............。





2019/08/06 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............神奈川・葉山編① (2019年6月11日)(神奈川県三浦郡葉山町) 

6月11日

この日は、湘南に出かけました。
江の島から葉山に足を伸ばし、森戸大明神近くで丸ポストを見つけました。

      20190611葉山丸ポスト01


県道207号線沿い、森戸神社バス停前の丸ポストです。

      20190611葉山丸ポスト02



自宅に返ってからネットで調べてみたら、
どうやら、『デニーズ森戸店前の丸ポスト』と呼ばれていて
以前は民家の壁に埋め込まれるように設置されていたようです。

      20190611葉山丸ポスト03



何年か前に、その民家も解体されて更地になり
宅地として販売されているようですが
更地のままの状態です。

      20190611葉山丸ポスト05



もし、買い手がついて住宅が建てられるなんて話になったら
この丸ポストは、どうなっちゃうんでしょう?

      20190611葉山丸ポスト04



撤去されてしまうんでしょうか.........?

      20190611葉山丸ポスト06


1日に1回の集荷では、
ポストとしては、あまり利用されていないのかな?

      20190611葉山丸ポスト07





2基目の丸ポストは、同じく県道207号線。
葉山町一色 県立近代美術館近くの大門商店前の丸ポスト。

      20190611葉山丸ポスト08


      20190611葉山丸ポスト09


      20190611葉山丸ポスト10



      20190611葉山丸ポスト11



      20190611葉山丸ポスト12


      20190611葉山丸ポスト13


      20190611葉山丸ポスト14



調べてみると...............

神奈川県下には、111基の丸ポストが現存し、
葉山町には9基の丸ポストが現存しています。(2019年6月11日現在)
本日、2基の丸ポストを確認出来たから
葉山町の丸ポストは、あと7基。
いつか、その7基も確認したいものです。


神奈川県内に現存する111基の丸ポスト。
その内、

これまでに

松田町     1基
山北町     5基
相模原市    3基
愛川町     1基
厚木市     3基


そして本日、葉山町2基と合計13基の丸ポストを確認しています。

まだまだ神奈川県内にも、丸ポストはいっぱいあるんですね。



2019/08/05 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

かながわの景勝50選 《 森戸の夕照 》 (2019年6月11日)(神奈川県三浦郡葉山町) 

6月11日

この日は、湘南に出かけました。

江の島から、葉山に移動して訪れた森戸大明神(森戸神社)。
その森戸大明神が鎮座する地は、『森戸の夕照』と呼ばれ
古くから風光明媚な景勝地でした。
当然、『かながわの景勝50選』にも選ばれています。

と言うわけで、『 かながわの景勝50選 森戸の夕照 』です。


森戸大明神(森戸神社)の本殿の裏手。
削平地の先に海岸が広がり、多くの石碑が建てられています。

      20190611森戸の夕照01

探している石碑は、こちらじゃない。


そう、探していた石碑はこちら。

      20190611森戸の夕照02



『 かながわの景勝50選 森戸の夕照 』の碑です。

      20190611森戸の夕照03



そして、その碑の奥にも探していた碑。

      20190611森戸の夕照94

石原裕次郎の碑です。



広がる海岸。

      20190611森戸の夕照05


梅雨の時期のつかの間の晴れ。
空は蒼し、海も青い。

      20190611森戸の夕照06



まぁ、雲が若干多目なのが気になりますが...............。

      20190611森戸の夕照07



残念ながら時刻は、お昼前。

      20190611森戸の夕照08

夕陽がバックにあれば
映えるんでしょうね。


遥か遠くに見える江の島。

      20190611森戸の夕照09

280mmの望遠レンズ大活躍。


こちらは、名島。

      20190611森戸の夕照10

神社裏手の磯辺より沖合い700メートルに浮かぶ小さな島で、
赤い鳥居が建てられています。

そして、その鳥居の背後に富士山が見えるらしいが...............
残念ながら、この日はその姿を目にすることは出来ませんでした。

どうも、富士山とは相性がイマイチ良くないみたいですね。





2019/08/05 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.......................森戸大明神 (2019年6月11日)(神奈川県三浦郡葉山町) 

6月11日

この日は湘南に出かけました。

湘南ってどこまでを言うんでしょうか?
愛知県で生まれ、東京都下の多摩地区で青春期を過ごし
そろそろ20年近く千葉県で過ごす身としては、
三浦半島から、小田原辺りまでを湘南と思っていたら
どうやら、神奈川県が「湯河原から三浦市までが湘南です」と
はっきりと明言したらしい。

『葉山から茅ヶ崎辺りまで。平塚は湘南に入らない』と
いつだったかそんな論争(?)をしていたTV番組もありました。


江の島をあとにして、向かった先は...................森戸大明神。


森戸大明神は、神奈川県三浦郡葉山町堀内に鎮座する神社です。

長きにわたり伊豆に流されていた源頼朝は、
三嶋明神(現:三島大社)を深く信仰し、
源氏の再興を祈願していました。
やがて、平氏を打倒して鎌倉幕府を開いた頼朝は、
鎌倉に近い葉山に三島明神から分霊を受けて
建立したのが森戸神社(森戸大明神)です。

森戸の地は、鎌倉時代から朝廷で行われてきた祓の一種である
七瀬祓が行われてきた場所でもあり、
室町時代には北条氏・足利氏の信仰も篤く、
江戸時代には徳川家康が社領七石を寄進したとされています。


御祭神は、
大山祗命(おおやまずみのみこと)
事代主命(ことしろぬしのみこと)。


こちらが、社号標。

      20190611森戸神社01

『森戸神社』と刻まれています。



一の鳥居。

      20190611森戸神社02



神社社頭に鎮座する狛犬。

      20190611森戸神社03


      20190611森戸神社04



二の鳥居。

      20190611森戸神社05



手水舎。

      20190611森戸神社06



こちらが、拝殿。

      20190611森戸神社07



拝殿正面。

      20190611森戸神社08


別アングルからの拝殿。

      20190611森戸神社09


      20190611森戸神社10


拝殿の屋根には、跳び狛犬。

      20190611森戸神社16


拝殿前の天水桶。

      20190611森戸神社11


そして、こちらが本殿。

      20190611森戸神社22






境内社・畜霊社。

      20190611森戸神社12

かつて、多くの家畜が疫病にかかった時、
この社にお参りし、お願いすると病から免れることができたと云われ、
以来、家畜(ペット)の守護神として篤い信仰があるそうです。

びいすけ も健康でありますように...............





境内社・おせき稲荷社。

      20190611森戸神社13


境内社・水天宮。

      20190611森戸神社14


境内社・総霊社。

      20190611森戸神社15



境内の由緒書き。

      20190611森戸神社17



参道には、奉納酒。

      20190611森戸神社25

こんな感じで参道に飾られると、なぜか明治神宮を思い出しちゃいます。



参集殿。

      20190611森戸神社20



本殿の裏は杜。

      20190611森戸神社21



そこには、祠が祀られています。

      20190611森戸神社18


そして、御神木。

      20190611森戸神社19


     

名島。

      20190611森戸神社23

沖合い700メートルに浮かぶ小さな島で、赤い鳥居が目印です



こちらが、授与所。

      20190611森戸神社24

御朱印は、こちらで拝受できます。



そして、こちらが森戸大明神の御朱印。

      20190611森戸神社26


森戸大明神は通称で、社号は森戸神社だと思っていたら
森戸大明神が正式社号だと言うことです。



2019/08/04 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

かながわの景勝50選 《 江の島 稚児ヶ淵 》 (2019年6月11日)(神奈川県藤沢市) 

6月11日

この日は、湘南に出かけました。

数年前から秘かに追いかけている『かながわの景勝50選』。
いわゆる、神奈川県内の風光明媚な観光地・史跡・景勝地を
50箇所選んだもので、昭和54年に定められました。
今から40年前に選定された景勝地ですから、
時代の流れの中で景観が変わってしまったモノもあるようですが
それはそれで、追いかけてみると楽しいモノです。
とは、言いながらも随分ご無沙汰となっていますが...............

その『かながわの景勝地50選』の一つが、江の島にあります。
江の島の奥部になる岩屋のある地区、『稚児ヶ淵』が
『かながわの景勝50選』に選ばれています。

そんなわけで、江島神社に参拝がてら、
かながわの景勝50選の『 江の島 稚児ヶ淵 』を散策いたしましょう。



弁天橋を渡って、江島神社の参道入口。

      20190611江の島 稚児ヶ淵01


湘南、いや神奈川県でも屈指の観光地でもある江の島。
『ようこそ 江の島』の幟も風にたなびきます。

      20190611江の島 稚児ヶ淵02


稚児ヶ淵は、江の島の最奥部の岩屋のある辺り。
江島神社の辺津宮から中津宮へと向かう途中、視界も拓けて来ます。

      20190611江の島 稚児ヶ淵03


眼下に江の島マリーナも見えてきます。

      20190611江の島 稚児ヶ淵04



中津宮から奥津宮へ向かう途中には、二つ山。

      20190611江の島 稚児ヶ淵05

ちょうど、この場所が江の島の分水嶺(?)
まるで島を二分するように、二つの山になるため二つ山と言われているそうです。



石段を進み奥津宮。

      20190611江の島 稚児ヶ淵06


奥津宮の鳥居の前では、野良猫がお出迎え。
びいすけ に対して、思い切り敵対心100%。

      20190611江の島 稚児ヶ淵07

こう言う輩には近づかないよう方が賢明。

先を急ぎましょう!!



岩屋に到着。
即ち、稚児ヶ淵に到着です。

      20190611江の島 稚児ヶ淵08



これ、これ!

      20190611江の島 稚児ヶ淵09

この碑を探して、岩屋までやって来ました。



『 かながわの景勝50選 江の島 稚児ヶ淵 』の碑です。

      20190611江の島 稚児ヶ淵10



では、稚児ヶ淵 を探索いたしましょう。

      20190611江の島 稚児ヶ淵11



実は、10代の頃、オートバイに乗って江の島には何回も来ましたが
江の島タワー(だっけ?)、展望台に来て満足して帰ったものでした。

こんな岩場の景勝地があるなんて、当時は知りませんでした。

      20190611江の島 稚児ヶ淵12



当然、こんな遊歩道の存在も知りませんでした。
何年か前に江の島に来た時に、この場所を知って
改めて、江の島って良い所だと思っていました。

      20190611江の島 稚児ヶ淵13


      20190611江の島 稚児ヶ淵16


岩場を歩くって言うのも、なかなか良いモノですね。

      20190611江の島 稚児ヶ淵17


      20190611江の島 稚児ヶ淵19


そして、岩場の遊歩道って良いモノですね。

      20190611江の島 稚児ヶ淵14


      20190611江の島 稚児ヶ淵15



晴れてはいるものの、雲は意外に流れていて
さっきまで、富士山が見えていたと思ったら
いつのまにか見えなくなっていた。

      20190611江の島 稚児ヶ淵18

やっぱり、富士山とは縁遠いんでしょうか?





江の島と言えば...................

江島神社の参道の商店街のたなか本店。
蛸を使った たこせんべい 。

      20190611江の島 稚児ヶ淵20


ここまで来て、買わない手はないでしょう。

      20190611江の島 稚児ヶ淵21


中国人観光客の列の最後尾に並び、待つこと10数分。

      20190611江の島 稚児ヶ淵22


      20190611江の島 稚児ヶ淵23


たこせんべい、ゲットです。

      20190611江の島 稚児ヶ淵24



たこせんべい を齧りながら、江の島弁天橋から海を眺めてみます。

      20190611江の島 稚児ヶ淵25



さぁ、駐車場に戻りましょう。

      20190611江の島 稚児ヶ淵26


せっかく、江の島まで来たんだから
もうちょっと足を伸ばして、葉山界隈まで出かけちゃいましょう。

と言うことで、葉山に向かって出発です。






2019/08/04 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............片瀬小学校江の島分校 (2019年6月11日)(神奈川県藤沢市) 

6月11日

この日は、湘南に出かけました。

湘南の代名詞と言っても過言ではない『江の島』。
神奈川県を代表する観光地の一つですが、
かつて、この江の島に小学校の分校が在りました。
ほとんど知れ渡っていませんが、藤沢市立片瀬小学校江の島分校と言う小学校。
そんな廃校を訪れてみました。


片瀬小学校江の島分校は、

明治17年     竜口学校分校として設置される
明治19年     片瀬村に片瀬小学校が開校し、江の片瀬小学校江の島分校が設置される。
明治22年     片瀬村と江の島が合併して、川口村となる。
明治25年     尋常川口小学校江の島分教場と改称する。
明治34年     川口尋常高等小学校江の島分教場と改称する。
昭和8年     片瀬尋常高等小学校江の島分教場と改称する。
昭和22年     片瀬村が藤沢市と合併。藤沢市立片瀬小学校江の島分校と改称する。
昭和35年     本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっています。
(藤沢市立片瀬小学校HPより一部引用)


今から、約60年前に廃校となった江の島分校。


その分校は江島神社の敷地内(?)と言って良いのか?
江島神社に隣接する場所でした。


この赤い橋を渡った先が分校跡地。

      20190611片瀬小学校江の島分校01


約60年に廃校となったから、当然ながら往時の校舎は既に解体されています。
分校跡地は、『江ノ島市民の家』となっています。

      20190611片瀬小学校江の島分校02



いわゆる、地域の公民館的な施設のようです。

      20190611片瀬小学校江の島分校03


敷地への出入りは二方向。

一つは、江島神社の石段から少し降って赤い橋を渡る導線。

      20190611片瀬小学校江の島分校07



そして、もう一つが神社との境界の道沿いから入るパターン。
こちら側が正門だったのでしょうか?

      20190611片瀬小学校江の島分校04


      20190611片瀬小学校江の島分校05



先程の赤い橋は、後から付け足した感じがしないでもない。

      20190611片瀬小学校江の島分校08


でも、分校跡は見所が殆ど無いから
この赤い橋が見所になってしまうのか...............?

      20190611片瀬小学校江の島分校06


やっぱり、廃校跡も60年近く時間が流れると
すっかり様変わりしてしまい、
まるで学校など無かったように変貌してしまうんですね。





2019/08/03 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.......................江島神社 (2019年6月11日)(神奈川県藤沢市) 

6月11日

この日は、湘南へ出かけました。
前日の夜、遅番勤務を終えて、23時半に八王子の実家へと移動。
深夜の移動から、朝6時に八王子を出発。
下道で相模原、厚木、平塚と抜け海岸線わ走り
江の島に向かいます。

訪れたのは................江島神社。


江島神社は藤沢市江の島に鎮座する神社です。

日本三大弁天の一つに数えられ、宗像三女神を祀る神社です。
島の西側に「奥津宮」(多紀理比賣命)、中央に「中津宮」(市寸島比賣命)、北方に「辺津宮」(田寸津比賣命)と三宮で構成され、「江島大神」と総称しています。

社伝によれば、欽明天皇13年(552年?)、
神宣に基づき欽明天皇の勅命により、
江の島の南の洞窟に宮を建てたのに始まるとされています。
神仏習合により、金亀山与願寺と称する寺でしたが
歴代の鎌倉幕府将軍・執権や、代々の領主から崇敬を受け、
江戸時代には弁才天信仰が盛んになり、多くの庶民が参詣するようになりました。

江戸時代までは弁財天を祀っており、江島弁天・江島明神と呼ばれていました。

明治元年(1868年)の廃仏毀釈により、仏教施設や仏像などが破壊され
明治6年(1872年)、仏式を廃して神社となり『江島神社』と改称しました。



御祭神は、多紀理比賣命、市寸島比賣命、田寸津比賣命。



江の島大橋を渡って、江の島の中に入ると、
参道の商店街の入り口前に一の鳥居。

      20190611江の島神社01


神額は、『江島大明神』。

      20190611江の島神社02



参道のお土産屋さんを通り過ぎれば社号標がお出迎え。

      20190611江の島神社03



神社社頭。

      20190611江の島神社04

朱色の鳥居が一際目を惹きます。



社頭野掲示板。

      20190611江の島神社05

いわゆる『定』って言うやつです。



朱色の鳥居の脚元には、琵琶のオブジェ。

      20190611江の島神社06

さすが、弁天様と言われてきただけはあります。


鳥居脇には、狛犬。

      20190611江の島神社07


      20190611江の島神社08



その先は石段。
石段を上がれば、辺津宮。

石段途中に建つ説明板。

      20190611江の島神社09



さらに、その先には『福石』と『江の島弁財天道標』。

      20190611江の島神社28



そして、その先には手水舎。

      20190611江の島神社10



定番とも言える龍の吐出口。

      20190611江の島神社11



こちらが、辺津宮の拝殿。

      20190611江の島神社12



拝殿正面。

      20190611江の島神社13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190611江の島神社14



さらにアップ。

      20190611江の島神社22



別アングルからの拝殿。

      20190611江の島神社15


      20190611江の島神社16


拝殿正面に飾られた提灯。

      20190611江の島神社23




境内社の八坂神社。

      20190611江の島神社20


同じく境内社の稲荷社・秋葉神社。

      20190611江の島神社21


      20190611江の島神社26



奉安殿。

      20190611江の島神社19

八臂弁財天と、日本三大弁財天の一つとして有名な裸弁財天の妙音弁財天が安置されている
八角形のお堂です。ただし、中に入るには別に拝観料が必要です。



拝殿向かいには、銭洗い白龍王


その手水鉢。

      20190611江の島神社24


銭洗い白龍王。

      20190611江の島神社25

弁財天の使いである白龍王は、雲、雨、嵐を引き起こす偉大なものの象徴として
古くから信仰されているそうです。



八坂神社の前にあるむすびの樹。

      20190611江の島神社27

根っこのつながった二本のいちょうの木。
こちらも縁結びのパワースポットとされているようです。


こちらは、裏参道口とでも言うのか?
中宮側の参道口。

      20190611江の島神社18


こちらには、琵琶をモチーフにした辺津宮の看板。

      20190611江の島神社17




辺津宮から石段を登り、先へ進めばやがて中津宮。

      20190611江の島神社29


中津宮の拝殿。

      20190611江の島神社30


中津宮の拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190611江の島神社31






中津宮からさらに石段を登り
先へと進めば、やがて奥津宮。


奥津宮の手水舎。

      20190611江の島神社32



奥津宮の鳥居。

      20190611江の島神社33

野良猫がお出迎え。



鳥居に掲げられた神額。

      20190611江の島神社43




こちらが、奥津宮の拝殿。

      20190611江の島神社34



奥津宮の拝殿正面。

      20190611江の島神社36

この奥津宮の拝殿天井には「八方睨みの亀」が描かれているそうです。



奥津宮の拝殿正面の扁額。

      20190611江の島神社37



早速、参拝いたしましょう。

      20190611江の島神社35



奥津宮の拝殿前の狛犬。

      20190611江の島神社38


      20190611江の島神社39



こちらは、龍宮。
奥津宮の境内社に当たるのでしょうか?

      20190611江の島神社40


      20190611江の島神社41


龍宮の説明板。

      20190611江の島神社42




御朱印は、辺津宮に御朱印の授与所があり
そちらで頂くことになります。

何と、江島神社の御朱印は11種類あります。

      20190611江の島神社54

せっかくだから、全部頂きました。





こちらが、江島神社の御朱印(通常版?)

      20190611江の島神社44



江島大明神。

      20190611江の島神社45


辺津宮。

      20190611江の島神社46



八臂弁財天。

      20190611江の島神社47



中津宮。

      20190611江の島神社48


奥津宮。

      20190611江の島神社49


八方睨みの亀。

      20190611江の島神社51


龍宮。

      20190611江の島神社50



境内社・八坂神社。

      20190611江の島神社52



令和の改元記念。

      20190611江の島神社53


あと、弁財天の御朱印があるのですが
そちらは、鎌倉・江の島七福神の『江の島 弁財天』。
こちらの御朱印は、また別枠にて紹介いたします。







2019/08/02 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

水郷田名 (2019年5月17日)(神奈川県相模原市) 

5月17日

この日は、相模原市に出かけました。

参拝に訪れた田名八幡神社が鎮座するの相模原市中央区の田名は
水郷田名とも呼ばれています。

      20190517水郷田名01


かつては、田名村久所(ぐぞ)という地名だった水郷田名。
江戸時代には、大山道を歩く大山詣りの方々たちの往来で賑わっていたそうです。
大山の一つ手前の宿場町だったようです。
昭和を迎える頃には、交通機関も発達し、歩いて大山詣りをする人もいる少なくなり
やがて『久所』は花街へと変貌していきます。
そんな花街も昭和の終わりには衰退して、町も水郷田名と変わっていきます。

『水郷田名』の由来は、町の中を流れる水路「烏山用水」、または「新堀用水」から来ています。
この水路は江戸時代の末期、当時田名の領主であった下野国(現在の栃木県辺り)烏山藩の大久保氏が、
久所河原に水田を開墾するために隧道を掘らせて相模川の水を引いたのが始まりとされています。




      20190517水郷田名02


こちらが、烏山用水。

      20190517水郷田名03



町の中を流れる用水。

      20190517水郷田名04



この用水があるからこそ、『水郷田名』。

      20190517水郷田名05



用水の流れは清く、そして大地を潤し『水郷田名』の名に恥ない。

      20190517水郷田名06



用水沿いに木道も整備され、
町中を流れる用水沿いに町を散策していると
やがて、相模川の堤防へと誘ってくれる。

      20190517水郷田名07


      20190517水郷田名08


      20190517水郷田名09


      20190517水郷田名10



烏山用水沿いを散策する前に見つけた、昔懐かしい駄菓子屋。

      20190517水郷田名11



店内には、駄菓子のオンパレード。

      20190517水郷田名12


      20190517水郷田名13



昔の懐かしさから、買い戻した駄菓子。

      20190517水郷田名14



相模川の堤防で、口に頬張ります。

      20190517水郷田名15


どれも、懐かしい味が口の中に広がります。

      20190517水郷田名16


      20190517水郷田名17


      20190517水郷田名18


      20190517水郷田名19


たまには、こんな感じでノンビリするのも良いですね。



2019/07/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

田名八幡宮 (2019年5月17日)(神奈川県相模原市) 

5月17日

この日は、相模原市に出かけました。


昨年暮れに、日々神社の宮司さんから『二本松八幡神社』と『田名八幡神社』の御朱印を送って頂きました。
しかし、田名八幡神社は未だ参拝もしていない。
先に御朱印を頂いてしまい、ちょっびり心苦しく感じていました。

近い内に参拝に行こう!と思いながらも、ついつい月日が流れてしまい
やってこの日の参拝となりました。


田名八幡神社は、相模原市中央区水郷田名に鎮座する神社です。

創建年代等は不詳ながら、延暦17年(799年)の創建とも伝えられ、
天地社(天地大明神)が元々の氏神だったのではないかとも言われています。
江戸期には田名村の鎮守として祀られ、
慶安2年(1649)には社領6石1斗の御朱印状を受領したとされています。




社号標。

      20190517田名八幡宮01




神社社頭にて。

      20190517田名八幡宮02




手水舎。

      20190517田名八幡宮03




定番の龍の吐出口。

      20190517田名八幡宮04



境内の由緒書き。

      20190517田名八幡宮05



拝殿。

      20190517田名八幡宮06
      



拝殿正面。

      20190517田名八幡宮07


向拝の彫刻。

      20190517田名八幡宮08




拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190517田名八幡宮09



別アングルからの拝殿。

      20190517田名八幡宮10


      20190517田名八幡宮11


そして、本殿。

      20190517田名八幡宮12


拝殿前の狛犬。

      20190517田名八幡宮13


      20190517田名八幡宮14




境内社。

      20190517田名八幡宮15


     20190517田名八幡宮16




神楽殿。

      20190517田名八幡宮17


こちらは、御輿庫。

      20190517田名八幡宮18



神楽殿の脇には板碑も建ち並ぶ

      20190517田名八幡宮19




そして社務所。

      20190517田名八幡宮20


普段は無人の社務所ですが、この日は開いていました。
氏子の方が来られていたようです。



こちらが、田名八幡神社の御朱印。

      20190517田名八幡宮21


昨年の暮れに送って頂いたモノ。
日付はこの日のモノじゃないけれど、細かい事は気にしない事にしよう。






2019/07/17 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................佐奈田霊社 (2019年5月16日)(神奈川県小田原市) 

5月16日

伊豆に日帰りで出かけたこの日、熱海からの帰り道。
小田原の佐奈田霊社に立ち寄りました。

佐奈田霊社は、源頼朝旗揚げの地である「石橋山古戦場(神奈川県小田原市石橋)」に鎮座する
神仏習合の霊社です。

霊社?

霊社とは、霊験のあらたかな神社のことらしい。


治承4年(1180年)「石橋山の合戦」で3000対300(源頼朝)の先陣として戦い、
平家方の武将俣野五郎景久を組伏せるも、 不運の討死をした佐奈田与一義忠をお祀りするべく
1180年に創建されたとされています。

与一は持病の痰のため、味方からの呼びかけに対し声が出せず、
そうこうしているうちに敵に討たれてしまったという言い伝えから、
咳・声・のどに霊験があるとされ、芸能関係者も数多く参詣するそうです。

御祭神は、佐奈田与一義忠。
御神体は、佐奈田与一(魁秀明神)。



一応、神仏習合した神社と言う事ですが、鳥居は無いようなです。
こちらが、社号標。

      20190516佐奈田霊社01


こちらが、本来の表参道。

      20190516佐奈田霊社02



この石段を上りきった先ご社殿になります。

      20190516佐奈田霊社03



石段を上がって行くと、石垣ぐ視界に入ってくる。

       20190516佐奈田霊社04

まるで、城郭に登城しているような錯覚を感じてしまいます。
確かに、ここは石橋山の古戦場跡。
城郭っぽく見えるのも仕方ないかも?



境内には、石橋山古戦場の説明板。

      20190516佐奈田霊社05



説明板の近くには狛犬。

      20190516佐奈田霊社06


      20190516佐奈田霊社07



手水舎(手水鉢)。

      20190516佐奈田霊社08



そして、こちらが拝殿(?)

      20190516佐奈田霊社09

霊社の場合、拝殿と称しているのだろうか?
それとも本堂と称しているのだろうか?


別アングルから。

      20190516佐奈田霊社10


      20190516佐奈田霊社11



正面から。

      20190516佐奈田霊社12



奉納額。

      20190516佐奈田霊社13


      20190516佐奈田霊社14


天水桶。

      20190516佐奈田霊社15



こちらが、観音堂。

      20190516佐奈田霊社16


観音堂の脇には与一塚。

      20190516佐奈田霊社17


境内には、
      20190516佐奈田霊社18



駐車場の手前、境内からは少し離れた場所に建つ古戦場跡の碑。

      20190516佐奈田霊社19



そして、こちらが佐奈田霊社の御朱印

      20190516佐奈田霊社20

書置き対応のみですが、『源頼朝 石橋山古戦場』と記されているのが良いですね。


2019/07/16 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

猪苗代城址 (福島県摩耶郡猪苗代町)(2019年4月22日) 

4月22日

この日は、1泊2日で福島県に出かけました。
猪苗代湖のある猪苗代町を中心に会津方面への旅行です。

猪苗代町のマンホールカードを手に入れた後に向かった先は.................猪苗代城址。



猪苗代城は、別名を亀ヶ城とも呼ぶそうです。
奥州合戦によって会津を与えられた相模国の御家人佐原義連の孫・経連が
鎌倉時代初期に築城したとされていますが、どうも真偽は不明のようです。
しかしながら、経連の子孫は代々猪苗代氏を名乗り、地頭として一帯を治めていたため、
猪苗代氏が築城されたのは間違いないとされています。

小高い丘に築かれた平山城で南北250メートル、東西200メートル、
比高差30メートルの規模をもつ中世から近世にかけて長い歴史を持つ城郭でした。

会津盆地を治めていた蘆名氏も佐原義連の血統で、猪苗代氏とは同族であり、
本家筋にあたる蘆名氏に対しては、反逆と従属を何度も繰り返し
天正17年(1589年)の摺上原の戦いの直前に、当時の当主・猪苗代盛国が伊達政宗に内応し、
蘆名氏を滅亡に追い込むこととなりました。
豊臣秀吉の奥州仕置によって伊達氏が会津を離れると、盛国も猪苗代を離れ、
約400年にも及ぶ猪苗代氏の支配が終焉しました。


その後、会津領主は蒲生氏郷、上杉景勝、蒲生秀行、蒲生忠郷、加藤嘉明、加藤明成と続きますが、
猪苗代城は会津領の重要拠点として、江戸幕府の一国一城令発布の際もその例外として存続が認められ、
それぞれの家中の有力家臣が城代として差し置かれていました。
寛永20年(1643年)に保科正之が会津藩主となると、猪苗代城には城代が置かれ、
また、正之の死後はその墓所(正之は城の北、土津神社に葬られた)の守護という重要な役目も担いました。

しかし、幕末を迎え、慶応4年(1868年)の戊辰戦争の際には、母成峠の戦いで西軍(薩摩藩・長州藩など)が
東軍(会津藩・新撰組など)を破って、会津領へ侵入すると、往時の城代・高橋権大夫は城と土津神社を焼き払い、
鶴ヶ城へ撤退し、猪苗代城は廃城となりました。



こちらが、猪苗代城の縄張り図。

      猪苗代縄張り                    

         ( 余湖さんのHPよりお借りいたしました )



城址入口(登城口)付近には、数枚の案内板が建ち並ぶ。

その中の1枚。

      20190422猪苗代城址01


こちらも、その1枚。

      20190422猪苗代城址02


登城口脇の井戸跡。

      20190422猪苗代城址03


こちらが登城路。
石段を元気良く上がっていく びいすけ 。

      20190422猪苗代城址04



この辺りから、猪苗代城の見所である虎口。
両側に石垣のある石段。
その先はT字になっていて、突き当たりは主郭(本丸)の城壁。

      20190422猪苗代城址05


その右側。

      20190422猪苗代城址06


こちらは左側。

      20190422猪苗代城址07


左側に進路を取り、進みます。
この先は、大手側の二郭虎口。

      20190422猪苗代城址08


こちらが二郭。

      20190422猪苗代城址09


土塁もしっかりと確認出来ます。

      20190422猪苗代城址11


      20190422猪苗代城址12



こちらも二郭の虎口。
三郭から胴丸側への登城路の虎口。
すなわち、三郭からの東側の登城路。

      20190422猪苗代城址10
 
登城路にしては、狭い道だから往時にはなかったのかもしれない。
亀ヶ城公園として整備された時に作られた道かもしれません。 


こちらも二郭虎口。

      20190422猪苗代城址19

石垣が見事。


この場所に門が建ち、櫓も建てられていたそうです。

      20190422猪苗代城址18



こちらが、主郭(本丸)。

      20190422猪苗代城址13


      20190422猪苗代城址17





本丸の背後には磐梯山も見える。

      20190422猪苗代城址14


本丸広場には桜の木が植えられ、花見の名所となっているようです。
残念ながら、この日はまだ蕾の状態。
GW直前の4月27日辺りが満開と言う事らしいが
今年は10連休。
きっと多くの人が桜の花を目当てに訪れる事でしょう。



本丸土塁の上から眺める城塁。

      20190422猪苗代城址15


      20190422猪苗代城址16


かなりの防御力を持ったしろだった筈なのだが
戊辰戦争における新政府軍の力の前には、
城代である高橋権大夫も城を焼き払って
会津若松の鶴ヶ城に逃げる事しか出来なかったのだろう。



こちらは、三郭。

      20190422猪苗代城址20


三郭もぐるっと郭を土塁が巡っている。

      20190422猪苗代城址22



眼下には立派な大堀切。

      20190422猪苗代城址21

この大堀切も猪苗代城の見所の一つだと言われています。


    


会津藩の鶴ヶ城の支城として存在した猪苗代城。
廃城後は、しばらくそのままの状態で放置され荒れ果てていたそうです。

こちらも、悲しい会津の歴史を知る城郭だったようですね。


かなり急ぎ足で、巡っちゃったから、見落とした見所な場所もあるようです。
本来は、じっくり時間をかけて見るべき城郭のようですね。
鶴ヶ城とセットで丸一日かけて見るべき城郭なのかもしれない..................。


2019/06/25 Tue. 00:03 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............滝野川八幡神社 (2019年2月3日)(東京都北区) 

2月3日

遅番勤務のこの日、出勤前の都内散歩。
巣鴨近くの神社の御朱印巡りです。

しかしながら、巣鴨猿田彦大神庚申堂と
巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社の御朱印拝受が空振りに終わり、
コレも縁だと、心の中で自分自身を納得させつつも
何となくスッキリしない。
巣鴨からちょっと歩くけれど、もう1社巡っちゃえ!
と言うことで、向かった先は...........................滝野川八幡神社。


滝野川八幡神社は、東京都北区滝野川に鎮座する神社です。


旧滝野川村の鎮守で、一説には鎌倉時代の建仁2年(1202年)の創建と言われています。
滝野川八幡神社の社務所は終戦直後まで、旧中山道に面した滝野川三軒家の種子問屋が中心となっていた
東京種子同業組合の会合場所として利用されていたそうです。
ここで野菜の種子相場(生産者からの引取価格)の協定をしたり、
東京府農事試験場に試作を依頼していた原種審査会の表彰などを行っていたそうです。


御祭は、品陀和気命(応神天皇)。



神社社頭。

      20190203滝野川八幡神社01



玉垣前に設置された説明板。

      20190203滝野川八幡神社02



板碑のような社号標。

      20190203滝野川八幡神社03



参道の由緒書き。

      20190203滝野川八幡神社05



手水舎。

      20190203滝野川八幡神社08



こちらが、拝殿。

      20190203滝野川八幡神社04


      20190203滝野川八幡神社09


      20190203滝野川八幡神社10


向拝。

      20190203滝野川八幡神社11


拝殿正面。

      20190203滝野川八幡神社12



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190203滝野川八幡神社13



別アングルからの拝殿。

      20190203滝野川八幡神社14


      20190203滝野川八幡神社15




      20190203滝野川八幡神社34



拝殿前の狛犬。

      20190203滝野川八幡神社06


      20190203滝野川八幡神社07



拝殿前に置かれた天水桶。

      20190203滝野川八幡神社16




こちらは、社殿右手奥の参道口。

      20190203滝野川八幡神社17



狛犬も鎮座しています。

      20190203滝野川八幡神社18


      20190203滝野川八幡神社19



境内社。
      20190203滝野川八幡神社20



神楽殿。

      20190203滝野川八幡神社21



神輿庫。

      20190203滝野川八幡神社22


      20190203滝野川八幡神社23



御神木。

      20190203滝野川八幡神社26
      20190203滝野川八幡神社27
      20190203滝野川八幡神社28


      20190203滝野川八幡神社29
      20190203滝野川八幡神社30
      20190203滝野川八幡神社31



こちらが社務所。

      20190203滝野川八幡神社24


御朱印は、3種あるようです。

      20190203滝野川八幡神社25

金文字の御朱印は毎月1日、15日の限定らしい。
滝野川八幡神社の御朱印は、社号の墨書き部がV字になっているから
Victoryの『V』と言うことで勝負事にご利益があるとも言われているそうです。
ましてや、それが金文字だと言う事だから、まさに無敵でしょうね。

本日頂ける2種の御朱印をいただきました。


こちらが、通常版。

      20190203滝野川八幡神社32


そして、こちらがこの時期限定。
節分バージョンの御朱印。

      20190203滝野川八幡神社33


本日、2種の御朱印を拝受して、空振りに終わった分の癒しに充分なりました。

2019/03/31 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................下溝八幡宮 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。


磯部八幡宮をあとにして、向かった先は................下溝八幡神社。


下溝八幡宮は、相模原市南区下溝なな鎮座する神社です。

下溝八幡宮は、溝郷が上溝と下溝とに分村した天文年間(1532年〜1555年)に、
上溝の亀ヶ池八幡宮を勧請して創建したと伝えられます。
近くには、その当時北条氏照の娘貞心尼の屋敷があり、
当社地は、その屋敷の裏鬼門にあたる地だと言われています。


御祭神は、応神天皇。


社頭の鳥居。

      20181208下溝八幡宮01


鳥居に掲げられた神額。

      20181208下溝八幡宮02



参道の祭事板。

      20181208下溝八幡宮03


こちらは、相模原市教育委員会の設置した説明板。

      20181208下溝八幡宮04



参道。

      20181208下溝八幡宮05


参道の狛犬。

      20181208下溝八幡宮06


      20181208下溝八幡宮07



手水舎。

      20181208下溝八幡宮08



拝殿前にて。

      20181208下溝八幡宮09



拝殿。

      20181208下溝八幡宮10



拝殿前の狛犬。

      20181208下溝八幡宮11


      20181208下溝八幡宮12



拝殿正面。

      20181208下溝八幡宮13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181208下溝八幡宮14



別アングルからの拝殿。

      20181208下溝八幡宮15


      20181208下溝八幡宮16



そして、こちらが本殿。

      20181208下溝八幡宮17



びいすけ も、しっかりと参拝。

      20181208下溝八幡宮18



境内社。

      20181208下溝八幡宮19


神輿庫。

      20181208下溝八幡宮20



神楽殿。

      20181208下溝八幡宮21



参道の記念碑。

      20181208下溝八幡宮24


      20181208下溝八幡宮25


使われなくなった手水舎(手水鉢)。

      20181208下溝八幡宮26



こちらが、社殿東側の参道口。

      20181208下溝八幡宮27



社務所。

      20181208下溝八幡宮28

授与所を併設しているけれど、普段は無人のようです。



晩秋の表参道。

      20181208下溝八幡宮29
      20181208下溝八幡宮30



ちょっぴり遅い紅葉を、この日は びいすけ と堪能。

         20181208下溝八幡宮31
      20181208下溝八幡宮32
      20181208下溝八幡宮33


こちらが、下溝八幡宮の御朱印。

      20181208下溝八幡宮34


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。




2019/01/25 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................磯部八幡宮 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。

磯部勝坂石楯尾神社をあとにして、向かった先は................磯部八幡宮。


磯部は、相模原市南区磯部に鎮座する神社です。

磯部八幡宮は、鎌倉から来訪した山伏祐圓(延文2年1537年没)が
佛像院磯幡山神宮寺を開創した際に、村鎮守として八幡宮を祀ったとされ、
江戸時代初期には火渡りの護摩や相撲で非常に賑わったと言われています。

御祭神は、応神天皇。


神社からは、ちょっと離れた位置に建つ、一の鳥居。

      20181208磯部八幡宮01



一の鳥居に掲げられた神額。

      20181208磯部八幡宮02

『正八幡宮』と記されています。



一の鳥居から300mほど離れた位置に建つ社号標。

      20181208磯部八幡宮03



社号標に先には神橋。

      20181208磯部八幡宮04

参道は神橋を渡り、さらにその先は歩道橋となっています。


県道を歩道橋で越えれば境内に入ります。


手水舎。

      20181208磯部八幡宮05


由緒書きの碑。

      20181208磯部八幡宮06



社殿は石段の先。

      20181208磯部八幡宮07



石段手前の狛犬。

      20181208磯部八幡宮08


      20181208磯部八幡宮09



石段の途中には二の鳥居。

      20181208磯部八幡宮10


石段を上がった先には社殿。

      20181208磯部八幡宮11



こちらが拝殿。

      20181208磯部八幡宮12



拝殿正面。

      20181208磯部八幡宮13



拝殿 向拝の彫刻。

      20181208磯部八幡宮14


 

拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181208磯部八幡宮15



別アングルからの拝殿。

      20181208磯部八幡宮16


      20181208磯部八幡宮17



そして、こちらが本殿。

      20181208磯部八幡宮18



びいすけ もしっかりと参拝します。

      20181208磯部八幡宮19


境内社・疱瘡神社

      20181208磯部八幡宮20

 
同じく境内社の金比羅神社。

      20181208磯部八幡宮21



同じく境内社の稲荷神社。

      20181208磯部八幡宮22



こちらは、三社神社。

      20181208磯部八幡宮23


      20181208磯部八幡宮24



板碑。

      20181208磯部八幡宮25



不動明王殿。

      20181208磯部八幡宮26



中には、相模原市の指定文化財の不動明王像。

      20181208磯部八幡宮27



境内の御神木。

      20181208磯部八幡宮28
      20181208磯部八幡宮29



社殿の鎮座する台地は、鎮守の杜。

      20181208磯部八幡宮30
      20181208磯部八幡宮31



神楽殿。

      20181208磯部八幡宮32



授与所。

      20181208磯部八幡宮33



境内の片隅には、社号標のような看板。

      20181208磯部八幡宮34

磯部の総鎮守なんですね。


こちらが、御朱印。

      20181208磯部八幡宮35


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。



2019/01/24 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................磯部勝坂石楯尾神社 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。


山王日枝神社をあとにして、向かった先は..............磯部勝坂石楯尾神社



磯部勝坂石楯尾神社の創建年代等は不詳ながら、
勝坂集落の旧家が守り神としてその鬼門の方角に建てたものではないかとされ、
羽黒権現社と称していたと言われています。
明治維新後に石楯尾神社と改称したとされています。

927年に編纂された「延喜式」神名帳に記録された
相模国の十三社のうちの一つ「石楯尾神社」の論社とされています。

「論社」とは、延喜式に記載された神社と同一、
もしくはその後裔と推定される神社のことをいいますが、
この『石楯尾神社』の論社については、諸説があるようで
神奈川県には石楯尾と名の付く神社が、少なくとも4社あり、
他にも現在は諏訪神社と称しているが、
かつては石楯尾神社だったのでは?と言われている社が3社あり、
延喜式内社の石楯尾神社はどれだったのか?と言う論争があったようです。

現在は、同じ相模原市緑区名倉に鎮座する石楯尾神社が
その式内社であるという説が有力視されているようです。


御祭神は、大己貴命。



社号標。

     20181208石楯尾神社01



参道脇に建つ石仏と石塔。

      20181208石楯尾神社02

参道脇に勝源寺が在るから、そちらの関係か?



参道沿いに建つ地区センター。

      20181208石楯尾神社03

社務所としても利用されているのだろうか?



こちらが参道。

      20181208石楯尾神社04

この先に鳥居があり、さらには100段以上の石段が在る。



鳥居。

      20181208石楯尾神社05



参道の狛犬の前にて。

      20181208石楯尾神社06



狛犬。

      20181208石楯尾神社07


      20181208石楯尾神社08


  
118段あると言われる石段。

      20181208石楯尾神社09



頑張って上りましょう。

      20181208石楯尾神社10



石段をあがりきれば、社殿が見えてきます。

      20181208石楯尾神社11



石灯篭。

      20181208石楯尾神社12



手水鉢。

      20181208石楯尾神社13



拝殿。

      20181208石楯尾神社14



拝殿正面。

      20181208石楯尾神社15



別アングルからの拝殿。

      20181208石楯尾神社16


      20181208石楯尾神社17



そして、こちらが本殿。

      20181208石楯尾神社18



びいすけ もしっかりと参拝。

      20181208石楯尾神社22



境内社。

      20181208石楯尾神社19


石祠。

      20181208石楯尾神社20



境内に隅に置かれた、古い石灯篭と手水鉢。

      20181208石楯尾神社21

      


こちらが、御朱印。

      20181208石楯尾神社23


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。



2019/01/23 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................山王日枝神社 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。


下磯部御嶽神社をあとにして、向かった先は....................山王日枝神社。


山王日枝神社は、相模原市南区磯部に鎮座する神社です。

どうも、この神社は色々と通称があるようで
単純に日枝神社ですが、鎮座している場所柄か?
『磯部日枝神社』とか『東磯部日枝神社』と呼ばれていたりするようです。
まぁ、神奈川県の神社庁には日枝神社としてしか登録されていないようで
正式な社号は不明です。

境内に建立された由緒に書かれた石碑によれば..............

磯部東町内の産土神日枝大神は 大山咋神を祭神として祀り 
約百二十年前延文元年以前より山王宮として親しまれ 
また国土安泰家内安全 の守護神として氏子の崇敬をあつめ
護持をされて参りましたが 
正和二年再建の社殿が老朽化のため新らしく建立に決し 
昭和五十四年九月着工  氏子共有地を処分しこれに充て 
特志者奉納による鳥居その他境内諸設備と併せ十二月完成致しました 
新社殿には総本宮である大津市坂本  日吉大社より
大御霊を頂き奉遷されております。

とあります。


御祭神は、大山咋神。


台地への斜面沿いに石段があり、斜面の上に社殿が鎮座しています。

社頭の鳥居。

      20181208日枝神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20181208日枝神社02

神額には『山王 日枝神社』と記されています。


神社幟の旗杭の基台には、猿の飾り物。

      20181208日枝神社03


日枝神社たる所以ですね。

      20181208日枝神社04

意外に、この猿が可愛らしい。


石段を上がって参拝いたしましょう。

      20181208日枝神社05



社殿前にて。

      20181208日枝神社06



手水舎。

      20181208日枝神社08



社殿。

      20181208日枝神社07


     
別アングルからの社殿。

      20181208日枝神社09


      20181208日枝神社10



境内社。

      20181208日枝神社11


社殿建立記念碑。

      20181208日枝神社12

こちらには『日枝大神』。
一体どれが正しいの?(笑)



由緒書き。

      20181208日枝神社13



社殿の脇には社務所を兼ねた神楽殿。

      20181208日枝神社14

こちらも普段は無人の神社です。



狭い境内には枝打ちされた御神木。

      20181208日枝神社15
      20181208日枝神社16
      20181208日枝神社17



こちらが、御朱印。

      20181208日枝神社18



本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。






2019/01/23 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................下磯部御嶽神社 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。


四ツ谷日枝大神をあとにして、向かった先は.....................下磯部御嶽神社。


下磯部御嶽神社は、相模原市南区磯部に鎮座する神社です。


創建年代等は不詳ながら、延文元年(1356年)以前より、
下磯部地区の総鎮守として祀られていたと言われています。


御祭神は、天児屋根命。


神社社頭の鳥居前にて。

      20181208御嶽神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20181208御嶽神社02



参道の狛犬前にて。

      20181208御嶽神社03



狛犬。

      20181208御嶽神社04


      20181208御嶽神社05



手水舎。

      20181208御嶽神社06



こちらが拝殿。

      20181208御嶽神社07



朱色の屋根が際立つ拝殿。

      20181208御嶽神社08



拝殿正面。

      20181208御嶽神社09



別アングルからの拝殿。

      20181208御嶽神社10


      20181208御嶽神社11



拝殿正面に飾られた注連縄が、一際目立ちます。

      20181208御嶽神社12



そして、こちらが本殿。

      20181208御嶽神社13



本殿脇の境内社。

      20181208御嶽神社14



御囃子台。

      20181208御嶽神社15



神楽殿。

      20181208御嶽神社16



狭い境内ですが、神楽殿背後には御神木。

          20181208御嶽神社17
      20181208御嶽神社18



こちらが、下磯部御嶽神社の御朱印。

      20181208御嶽神社19



本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受しました。



2019/01/22 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................四ツ谷日枝大神 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日


この日は、町田市へ出かけ、その後は相模原市へと足を伸ばしました。


向かった先は...................四ツ谷日枝大神。


四ツ谷日枝大神は、相模原市南区磯部に鎮座する神社です。

日枝大神と称される 四ツ谷日枝大神。
創建年代等は不詳ながら、延文元年(1356年)以前より
下磯部四ツ谷地区の鎮守として祀られていたと言われています。


御祭神は、大山咋命。


古くからの民家が密集している地区で
道幅も狭い場所の民家と民家の間に鎮座する日枝大神。
車を停める場所を探すのに苦労しました。


意外に狭い敷地の日枝大神。

      20181208日枝大神01



鳥居。

      20181208日枝大神02


鳥居に掲げられた神額。

      20181208日枝大神03



社殿。

      20181208日枝大神04


社殿内部。

      20181208日枝大神05


      20181208日枝大神06


      20181208日枝大神07



社殿脇の境内社。

      20181208日枝大神08



こちらは社務所のようですが、閉まっています。

      20181208日枝大神09

平素は無人の神社です。


社殿と社務所の間には立派な御神木。

     20181208日枝大神10
20181208日枝大神11



こちらが、日枝大神の御朱印。

      20181208日枝大神12



本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。




2019/01/22 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............十二天神社(2018年10月7日)(神奈川県相模原市) 

10月7日

この日は、町田市に予定がありましたが
その前に相模原市の神社の御朱印巡りをしていました。
相模原市のは意外に広く、緑区ともなると位置的に
東京の八王子市や町田市に隣接していたりします。
まあ、限りなく町田市に近い相模原市と言う事で
再び、相模原市の神社へと向かいます。


相原諏訪神社をあとにして、向かった先は................十二天神社。


十二天神社は、相模原市南区下溝に鎮座する神社です。


由緒は不詳ながら、伝承によれば創建は寛政2年以前とされ、
下溝古山地区の鎮守であったとされています。


社号が示す通り、御祭神は12柱。

国常立神、豊雲野神、宇比地迩神、須比地邇神、角杙神、活杙神、
意富斗能地神、意富斗乃弁神、淤母陀琉神、阿夜訶志古泥神、伊邪那美神、伊邪那岐神
の12神になります。


こちらが社頭。
すなわち、鳥居前です。

      20181007十二天神社01


朱色の鳥居。

      20181007十二天神社02


      20181007十二天神社03



鳥居に掲げられた神額。

      20181007十二天神社04




手水鉢。

      20181007十二天神社05


こちらが、拝殿。

      20181007十二天神社06


拝殿正面。

      20181007十二天神社07


      20181007十二天神社08


拝殿内部に掲げられた扁額。

      20181007十二天神社09


拝殿内部には絵馬も飾られています。

      20181007十二天神社10


      20181007十二天神社11



拝殿前の狛犬。

      20181007十二天神社12


      20181007十二天神社13



神輿庫。

      20181007十二天神社14


こちらは、神楽殿。

      20181007十二天神社15

明治30年に八坂神社と日枝神社を合祀した際の拝殿を利用したものだそうです。


境内はさほど広くはないが、石碑が多い。

      20181007十二天神社16


      20181007十二天神社17


      20181007十二天神社18


      20181007十二天神社19



そして、御神木。

      20181007十二天神社20
      20181007十二天神社21
      20181007十二天神社22



十二天神社の近くから流れ出ている清水が、小さな小川となり、
「おみたれみず(御垂水)」と呼ばれているそうです。

      20181007十二天神社23



こちらが、十二天神社の御朱印。

      20181007十二天神社24



本務社である亀ヶ池八幡宮の社務所にて拝受しました。




2018/11/14 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit