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び・び・びのびいすけ

びいすけとお父さんと時々もっちゃん

小沢蔵屋敷跡 (2016年4月23日)(東京都稲城市) 

4月23日 公休日

この日は、稲城市周辺の城址巡りに出かけました。


穴澤天神社をあとにして、向かった先は...............小沢蔵屋敷跡


新編武蔵国風土記稿に「旧跡、小沢蔵屋舗、小名谷戸の内、国安社の北の山間に在」と記載されており、
京王相模原線よみうりランド駅近くの妙覚寺の付近が小沢蔵屋敷とされています。
小沢蔵屋敷は、応安年間(1368年~1374年)頃の人物とされる小沢国高(小沢左衛門尉国高)が築いたとされますが
詳細は不明です。


こちらが、小沢蔵屋敷跡とされる妙覚寺。

      20160423小沢蔵屋敷跡01


      20160423小沢蔵屋敷跡02
      


入口には、稲城市の建てた説明板。

      20160423小沢蔵屋敷跡03

残念ながら、小沢蔵屋敷については一言も触れていません。


そして、城館跡としての遺構は残されていないと言うことです。

かろうじて、この辺りがかつての城館を彷彿させる佇まいでしょうか?

      20160423小沢蔵屋敷跡04



こちらが、妙覚寺の山門。

      20160423小沢蔵屋敷跡05



こちらが本堂。

      20160423小沢蔵屋敷跡06



こちらにも筆塚がありました。

      20160423小沢蔵屋敷跡07

穴澤天神社にも有ったけど、稲城には筆が多い?



筆塚の脇には、不動明王。

      20160423小沢蔵屋敷跡08



石段を上った先には、松荘堂。

      20160423小沢蔵屋敷跡09



さらに、その先の石段を上れば、そこは墓地。
墓地の一画に建てられた板碑。

      20160423小沢蔵屋敷跡10


      20160423小沢蔵屋敷跡11

この板碑は、稲城市の指定文化財になっています。




鐘楼。

      20160423小沢蔵屋敷跡12




墓地のある台地は妙覚寺の本堂を囲むような馬蹄形をしており、
その先へと進んでみます。

      20160423小沢蔵屋敷跡13



物見台のような土壇。

      20160423小沢蔵屋敷跡14



その下には空堀のような窪み。

      20160423小沢蔵屋敷跡15

ひょっとしたら、遺構?


さらに先へと進んでみますが、やがて生い茂る藪が行く手を遮ります。

      20160423小沢蔵屋敷跡16

ここは潔く断念します。


結局、台地上部の墓地の先(奥)に、遺構らしきモノはあるけど
確たる証しはなく、やっぱり遺構は無いのだろうか?
かなり改変されてしまっているから、確認のしようがないけど
寺院に変貌した城館跡って、こんなモノかな...............?




2016/05/12 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

穴澤天神社    (2016年4月23日)(東京都稲城市) 

4月23日  公休日

この日は、稲城市周辺の城址巡りに出かけました。

稲城市と川崎市の境界近くにある小沢城址が、穴澤天神社のある台地にあるため
穴澤天神社の境内からアプローチしました。
せっかく、穴澤天神社の境内まで来て、素通りするのも芸が無い。
と言うわけで、立ち寄ってみました。



穴澤天神社の主祭神は、少彦名大神を御祀りした社である。
創立は孝安天皇4年3月で、後に元禄7年社殿を改修し、菅原道真公を合祀する。
例大祭は毎年8月25日で、当日は神職山本家に伝わる、武蔵流の指定文化財、江戸の里神楽が奉奏され、
又、三頭の獅子と天狗により、神社入口の石段を、舞いながら勇壮に登る、市指定の獅子舞が奉納される。
境内には江戸時代の終わり頃に、筆学を業とした原田金陵の功績をたたえて建てられた、市指定文化財の筆塚がある。
現在の社殿は昭和61年12月に修復した。

(稲城市掲示より)



京王相模原線の高架下をくぐり、穴澤天神社へと向かい向かいます。

       20160423穴澤天神社01



車で走るには ?と思うような坂を上って行きます。

       20160423穴澤天神社10



こちらは、台地下にある鳥居。

こちらが、本来の山道のようです。
急な石段を上って行くことになります。

       20160423穴澤天神社02



穴澤天神社の境内。

       20160423穴澤天神社03



こちらが、拝殿。

      20160423穴澤天神社04



拝殿に掲げられた神額。

      20160423穴澤天神社05




こちらは、神楽殿。

      20160423穴澤天神社06

この神楽殿で稲城市指定の獅子舞が奉納されるようです。



神楽殿の扁額。

      20160423穴澤天神社07



天神社(天満宮)と言えば梅の花。
神紋は梅の花です。

      20160423穴澤天神社08



こちらは、稲城市指定文化財の筆塚。

      20160423穴澤天神社09


この時は気づかなかった(と言うより先を急いでいたため、細部まで回らなかった)けど
あとでネットで調べたら、この穴澤天神社には、有名な湧き水があるらしい。

境内直下の崖下に、奥行き10メートルほどの洞窟があり、
洞窟への入り口には鳥居が立っているらしい。
祠からは東京の名湧水57選に選ばれている湧水が湧き出ており、
これを汲みに来る者が絶えないらしい。
この洞窟は胎蔵界、金剛界と呼ばれ、
威光寺の弁天洞窟の十五童子の石仏が以前はここに安置されていたとのことです。

う〜む、気づかなかったとは言え、見逃したのは残念です。
いつか機会があれば、その湧水を覗いて来よう。




2016/05/12 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神⑦ 福禄寿  《 早尾天神社 》(2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています


利根七福神もいよいよ最終章となりました。
円明寺をあとにして向かった先は...............利根七福神巡り 第7弾 早尾天神社福禄寿


早尾天神社は、



こちらが、早尾天神社の正面入口。

鳥居の前で、はいポーズ。☆パチリ。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社01


      20160411利根七福神⑦早尾天神社02


      20160411利根七福神⑦早尾天神社03



逆光と言うか影になって神額は見づらい。
辛うじて、天満宮の文字が読み取れます。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社04


     


こちらが、利根七福神の福禄寿

      20160411利根七福神⑦早尾天神社07



      20160411利根七福神⑦早尾天神社06


      20160411利根七福神⑦早尾天神社08

福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。




こちらが、拝殿。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社05




拝殿に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社10



そして、こちらが本殿。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社09


    

拝殿脇の境内。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社11


      20160411利根七福神⑦早尾天神社12



境内中央奥にそびえるイチョウの樹。
公孫樹です。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社13



早尾天神社の境内には、石仏、石碑が多い。


スダジイ左に鎮座する石碑群。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社14



スダジイ右に鎮座する石碑群。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社15



拝殿前にも石碑はあります。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社16



早尾天神祠碑

      20160411利根七福神⑦早尾天神社17

早尾天神社縁起、由緒などが記されています。



こちらは、手水舎。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社18


      20160411利根七福神⑦早尾天神社19



そして常夜燈。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社20

いい感じで苔生していて、何となく由緒ある天神社の感が強い。


学問の神として、菅原道眞を祀っている天神社。
あまり縁がない神社ですが、少し寂れた感が何処となく趣きがあるような気がします。
得てして、パワースポットってこんなモノかも知れない。
利根七福神巡りをしなければ、この先も訪れることもなかった早尾天神社。
利根七福神巡りをして正解だっかも知れない。

利根七福神巡り、これにて完結です...............。




2016/04/25 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神⑥ 布袋尊  《 円明寺 》  (2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています



蛟網神社をあとにして、向かった先は...............利根七福神 第6弾 円明寺布袋尊


円明寺は、正式名を長根山 地蔵院 円明寺 と呼びます。

山号の『長根山』は、江戸時代初期に寺の南側山麓を
「ナガネ」と称し、これにより現在地の円明寺一帯を
「ナガネヤマ」と称したということです。
院号は「地蔵院」と言い、建長7(1255)年に千葉介頼胤夫人の延明地蔵菩薩(木造)寄進によるとされています。




こちらが、山門前の寺号標。

      20160411利根七福神⑥円明寺01




こちらが、山門。

      20160411利根七福神⑥円明寺02

改修中なのか?
なぜか屋根にはブルーシートが被せられています。


山門の先には、本堂。

      20160411利根七福神⑥円明寺03



山門をくぐって、目の前に現れた本堂。

      20160411利根七福神⑥円明寺04



本堂に掲げられた扁額。

      20160411利根七福神⑥円明寺05



本堂の庇の部分を覗いて見ると...............

見覚えのある紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺06



もしや? と思い、屋根を見上げて見ると...............

ありました! 月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺07



くっきりと輝く月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺08


鬼瓦にも光り輝く月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺09


何と、円明寺の寺紋は、千葉氏本家の家紋である月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺10


実は、千葉氏に所縁のある寺だとは知らなかったので
月星紋を見た時は、思わずガッツポーズ。
こんな場所(って言う表現もおかしいけど)、千葉氏の家紋に出会えるなんて...............

それも、千葉宗家の月星紋だから、やっぱり嬉しいねぇ。

ちょうど、草花に水やりをしていたお寺の方(住職の息子さん?)に話を伺ったら
「千葉氏所縁のお寺で、千葉宗家の家紋と同じものを寺紋として使っています。」と
自慢げ(?)に話されていました。
わざわざ、月星紋を探して、妙見神社巡りをしている身としては
偶然とはいえ、月星紋に出会えるとは嬉しい限りです。




こちらは、鐘楼。

      20160411利根七福神⑥円明寺11



さて、肝心の利根七福神の布袋尊。
なかなか見つけられませんでした。

布袋尊と同じよ背丈の紫陽花の木に隠れていて
何故だか看板もなく、見つけるのに苦労しました。

      20160411利根七福神⑥円明寺12


      20160411利根七福神⑥円明寺13

布袋尊は、笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。




先ほど、話をして伺った円明寺の関係者の方(住職さんの息子さん?)の話では
円明寺そのものは、昔の城址ではないが、
近くには城が在ったと言うことです。



確かに、千葉氏の家紋を見たり、こんな土塁を見たりしちゃうと、
千葉氏関連の城郭跡だったのかな? などと思ったりしちゃいます。

      20160411利根七福神⑥円明寺14


      20160411利根七福神⑥円明寺15


      20160411利根七福神⑥円明寺16


近くに城が在ったと言うことなので、その辺りもじっくり調べて
今度はそちらの城址を訪れてみることにしよう...............。








2016/04/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神⑤ 大黒天  《 蛟網神社 》(2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています


応順寺をあとにして、向かった先は...............利根七福神第4弾 蛟網神社大黒天


蛟網神社は、『こうもうじんじゃ』と読みます。

今から約2300年前、孝霊天皇3年(紀元前288)に水神である弥都波能売命を
現在の門の宮の場所に祀ったのがその始まりで、文間大明神ともいわれています。
そして、文武天皇(第42代天皇)2年(698)には土神の波邇夜須毘売命を合祀し、
東の高台(現在の奥の宮)に遷座しました。
このとき、門の宮は、取り壊す予定でしたが、氏子たちの強い要望で、祭神を分祀し、
門の宮となったそうです。

すなわち、蛟網神社は『奥の宮』と『門の宮』の2つが存在します。
とはいえ、そんなことはつゆ知らないので、今回は門の宮にしか訪れていません。
まあ、目的が利根七福神の大黒天だから、仕方がないんですけどね。


こちらが、蛟網神社 門の宮の鳥居。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社01

      20160411利根七福神⑤蛟網神社02
     

鳥居に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社03



      
鳥居の脇には説明板。
どうやら、この松の宮周辺には史跡が多いようです。
   
      20160411利根七福神⑤蛟網神社04



もっとも、この『蛟網神社 松の宮』そのものが利根町指定文化財のようです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社05



さらには、鳥居の反対側にも説明板。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社06

こちらは、立木貝塚の説明板です。



立木貝塚の氷柱の脇に何やら像が見えます。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社07



どうやら、利根七福神の大黒天のようです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社08



      20160411利根七福神⑤蛟網神社10



      20160411利根七福神⑤蛟網神社09



大黒天のアップです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社11

大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています




大黒天の脇にある石段を上れば拝殿、さらには本殿となります。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社12



こちらが、拝殿。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社13


     20160411利根七福神⑤蛟網神社14


別アングルから。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社15



拝殿前の中臣一万度行事碑。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社16

神前で長い祝詞である中臣祓詞を一万回奏して
罪を祓い清めることを行った記念として建てられた碑とされています。



拝殿に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社17



拝殿の彫物。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社18




境内に狛犬が居ないと思ったら拝殿に居たのですね。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社19



こちらが、本殿。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社20



意外にって言う言うか、それなりに立派。
なぜか、厳かな雰囲気が漂う本殿です。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社21






本堂裏にある祠。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社24

石祠など4基が安置されています。



蛟網神社の門の宮そのものが、歴史ある神社だから
無造作にイジられていなくて、周辺はその名残りを残しています。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社22



緑が映える季節になってきたから、緑の起伏のある土壇が美しい。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社23


      20160411利根七福神⑤蛟網神社25


この先、ずっとこのままの姿を残してもらいたいものです...............。





2016/04/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神② 毘沙門天  《 徳満寺 》  (2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

先日、利根町の廃校を回っている時に、たまたま利根七福神の存在を知りました。
その日は、利根七福神の恵比寿だけをお詣りしましたが
せっかく知りえた利根七福神。
自宅からもズバ抜けて遠い訳でもないから
中途半端な状態も嫌なので、残りの六福神も制覇しちゃいましょう!
と言うことで、この日は利根七福神詣りと相成りました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています。


先ずは、利根七福神② 徳満寺毘沙門天 です。


利根川沿いのちょっとした台地の上に
利根七福神の毘沙門天が祀られている徳満寺があります。

      20160411利根七福神②01



こちらが徳満寺の寺号標。

      20160411利根七福神②02

徳満寺には以前訪れた事があります。
実は、徳満寺の在る台地一帯が、かつての布川城。

布川城址に訪問の際、この徳満寺に立ち寄りました。


以前は、この城址碑も目的の一つでしたが
今回はちょっと違う。

      20160411利根七福神②03



とは言いながらも、布川城址の説明板は
しっかりとチェックしちゃいます。

      20160411利根七福神②04



こちらが、徳満寺の山門。

      20160411利根七福神②05



山門に掲げられた扁額。

      20160411利根七福神②06





今回のお目当は、利根七福神の毘沙門天像。


毘沙門天の説明板。

      20160411利根七福神②07


毘沙門天は、インド出身の神様。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。



こちらが、利根七福神の毘沙門天。

      20160411利根七福神②08


      20160411利根七福神②09



なぜか、毘沙門天の近くに一回り小さい他の七福神が並んでいます。

      20160411利根七福神②10


      20160411利根七福神②11



ひょっとしたら、この徳満寺で『利根七福神』はクリアーしてしまうのか?

      20160411利根七福神②12

でも、それじゃ意味がない。
やっぱり、7ヶ所の社寺仏閣を回ってこそ意味がある。




以前、布川城址 として紹介した徳満寺ですが
(その時の記事は こちら )
今回は、布川城址については触れません。
単純に徳満寺を紹介していきましょう。


徳満寺は真言宗の寺院で、元亀年間(1570〜)に祐誠上人が中興したとされています。
当初は、今の門前に建てられていましたが、この地を治めていた豊島氏が滅ぶと、
城跡(現在の場所)に寺を移しました。
境内にある地蔵堂には地蔵菩薩が安置され「子育て地蔵」と呼ばれ、親しまれています。
少年期の柳田國男に大きな衝撃を与えたといわれている「間引き絵馬」は本堂廊下に掲げられています。 




徳満寺の境内。

      20160411利根七福神②13



弘法大師に所縁があるのか?
境内には弘法大師に関連する石碑も多く
弘法大師の像まであります。


弘法大師修行像。

      20160411利根七福神②14

平成27年4月に建立された、比較的新しい像。
ちょうど1年経ったようです。



鐘楼堂。

      20160411利根七福神②15

近隣では除夜の鐘として、この鐘の音を聞き慣れているそうです。



客殿

      20160411利根七福神②16

てっきり、本殿と言うモノだと思っていたら、
客殿と言うらしい。



奥にあるのが地蔵堂。

      20160411利根七福神②17

この徳満寺の本尊は延命地蔵尊(地蔵菩薩・子育て地蔵とも呼ばれています)。
その本尊が安置されているところが地蔵堂です。




地蔵堂の脇には石碑が多い。


こちらは、『茨城百景』の碑。

      20160411利根七福神②18



『 茨城百景 大利根の展望 』

      20160411利根七福神②19



石碑の脇には、但し書きの説明文。

      20160411利根七福神②20

この茨城百景の碑は、元々からこの場所に建てられたモノではなく
山門前に建てられていたそうです。
山門改修時に碑は移築され、以来そのままになっているそうです。

すなわち、『 茨城百景 大利根の展望 』は徳満寺の山門から見る景色だったんですね。



こちらが、山門前。

      20160411利根七福神②21

木々が視界を遮っている上に、茨城百景選定時(昭和25年5月)に比べ、
随分と様変わりしたことだと思います。
当時はきっと橋脚などもなく、雄大な利根川が眼前に広がっていたのでしょう。




著名な俳人、小林一茶についても触れています。

      20160411利根七福神②22

日本全国各地を行脚していた一茶ですが、
布川地区での宿泊は、その他の地域より抜きん出て多く、
その数は289回が数えられています。
布川出身の俳人で、一茶の親友でもある古田月船亭の存在もあります。
また、一茶の俳句の師は3人居たようですが、その師の一人が小林竹阿であり、
もう一人は利根町にも足跡を残した溝口素丸であり、布川出身の森田安袋であったとされています。
森田安袋は、元を正せば布川出身の武士だったそうです。


どうやら、小林一茶は利根町と縁あるようです。

その影響でしょうか?
徳満寺の境内、地蔵堂の脇には一茶の句碑が建てられています。

      20160411利根七福神②23



何やら、この徳満寺。
利根七福神だけじゃなく、布川城址だったり、
茨城百景だったり、利根町の文化財が遺されていたりと、
単なる寺院だけじゃないようです。

いずれ、時間を掛けて、じっくる見てみようかな...............?


今日の所は、次なる利根七福神に向かうことにいたしましょう。



2016/04/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神① 恵比寿  《 布施神社 》  (2016年4月2日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月2日 公休日

個人的な連休2日目。

布川小学校の校庭の奥を進んでいたら、いつの間にか神社の境内に入り込んでしまいました。
と言うのも、小学校の校庭と神社の境内が隣り合っていて
境界線らしきものも無い。
気がついたら、神社の境内になっていたと言う状況。
そして、神社の境内で偶然にもある像を見てしまいました。


      20160402利根七福神・布川神社14

どう見ても、七福神の恵比寿。

慌てて、スマホで検索。
どうやら、利根町には『利根七福神』なるものがあるらしい。
と言う事で七福神マニアには、偶然とは言え幸運な出会い。

偶然に訪れた形になってしまったのが...............利根七福神 恵比寿 布川神社


本来の入り口と言うか、導線が台地下部になるので
布川小学校の後に、改めて台地下部からの訪問です。


こちらが、布川神社の入り口。
当然、鳥居をくぐって入って行きます。

      20160402利根七福神・布川神社01


鳥居脇の狛犬。

      20160402利根七福神・布川神社02

さしづめ、狛犬と並ぶビーグル。


鳥居に掲げられた社額。

      20160402利根七福神・布川神社03

黒ずんだ汚れが幾重もの時代を感じさせます。



鳥居の奥の石段を上れば、境内になります。

      20160402利根七福神・布川神社04



石段を上りきれば、目の前に拝殿が現れます。

      20160402利根七福神・布川神社09



なかなか立派な拝殿。
管理も行き届いているようで、氏子さんに大切に扱われている感じがします。

      20160402利根七福神・布川神社05



どうやら、この布川神社には利根町の指定文化財があるようです。
石段を上りきった境内の脇に、標柱が2本建てられています。

      20160402利根七福神・布川神社06


      20160402利根七福神・布川神社07



そして、拝殿前には文化財の説明板。

      20160402利根七福神・布川神社08

布川神社に所蔵されている絵馬の名前が記されています。
「神功皇后と武内宿禰」、「宇治川先陣争い図」、「天の岩戸」の3点。
 


こちらは、拝殿の扁額。

      20160402利根七福神・布川神社10


そして、こちらが本殿。

      20160402利根七福神・布川神社11


本殿に飾られた龍の彫り物。
これを見ただけで、格式ある本殿に見えてしまいます。

      20160402利根七福神・布川神社12



さて、本題の利根七福神。
この布川神社には、七福神の恵比寿。

      20160402利根七福神・布川神社13


      
なぜか、恵比寿の足元には七福神のレリーフが置かれていたりして、
かなり七福神巡りに力を入れている(力を入れていた?)みたいです。

      20160402利根七福神・布川神社15


布袋尊の像の脇には、こんな案内も掲げられています。

      20160402利根七福神・布川神社16

ちょっぴり擦れて読み辛くなっているのが難ですが...............



利根七福神。
またまた新たなチャレンジが現れた(笑)。

近い内に制覇しちゃいましょう。






2016/04/09 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

長狭七福神  大山寺   (2016年3月1日)(千葉県鴨川市) 

3月1日  公休日

個人的な連休初日。

この日は、鴨川市に出かけました。

平塚分校を跡にして、向かった先は...............大山寺


大山寺は、大山不動尊とも呼ばれていますが、
正式には『高倉山 大山寺』と呼ぶようです。
奈良時代に良弁僧正が開山したという大山寺は、高倉山の中腹にあり、
境内からは、長狭平野や鴨川市街が一望できます。
不動堂は方5間の密教堂で、入母屋造り、銅板葺。
堂内には厨子、棟札、良弁僧正が神奈川県の大山寺の不動明王像と同木で作ったと伝えられる
千葉県指定の木造不動明王坐像及び両脇侍立像などがあります。
建築年代は棟礼から江戸時代末期の享和2年(1802)と推定され、
建物自体は江戸時代中期の建築様式を忠実に伝えているそうです。

伊勢原市の大山寺の大山不動尊、成田市の成田山新勝寺の成田不動尊と並んで、
関東三大不動尊の一つといわれてる高倉山大山寺ですが
実は、長狭七福神の一つでもあります。

昨年、鴨川市の廃校巡りに来た時に『長狭七福神』の存在を知りました。
その日は時間が無くて、七福神すべてを回れませんでした。

と言うわけで、長狭七福神巡りの続きです。



七福神は、のどかな田園風景がどこか懐かしく感じられ、
美味しいお米「長狭米」の産地として知られている長狭地区の
七つの寺院を巡ります。
狭街道脇を流れる「加茂川」の本流は、「龍の姿」とし、
七つ以上の橋を渡り「七難即滅・七副即生」をいただきます。
そもそも長狭地区とは、主基(すき)・吉尾・大山の3つの地区からなり、
その長狭地区の七つの寺院を巡るのが長狭七福神です。

長狭七福神は

大山寺 恵比寿
白滝山不動教会 大黒天
長安寺 毘沙門天
方廣寺 弁財天
安國寺 福禄寿
真福寺 寿老人
龍江寺 布袋尊 となっています。



大山寺の沿革が記された説明板。

      20160301大山寺01

しかし、長狭七福神については触れていない。




こちらが仁王門。

      20160301大山寺02


      20160301大山寺03



仁王門をくぐれば、急傾斜の長い石段。

      20160301大山寺04


元気に駆け上がる びいすけ 。

      20160301大山寺05

この日は、朝早くから動いているのに元気な びいすけ 。
ひょっとして、疲れ知らず?(笑)



こちらが本堂。

      20160301大山寺06



ついつい、扁額に目が行ってしまいます。

      20160301大山寺07

実は、扁額よりも正面に飾られた波の伊八作の龍の彫り物が有名らしい。
知らなかったから、じっくり見てくるのを忘れちゃった。



狛犬の前の犬。

      20160301大山寺08


こちらが、鐘楼。

      20160301大山寺11



思わず、鐘を突いてみたくなります(笑)。

      20160301大山寺12




さて、本題の長狭七福神を探しましょう。

      20160301大山寺09


昨年秋に他の長狭七福神の寺院を訪れた時は
赤い幟が立っていて、すぐさま見つける事が出来たけど
こちらには、赤い幟がなさそう。


大きな銀杏の脇のお堂に鎮座しているのかな?
などと思ったけど、お堂はもぬけの殻。

      20160301大山寺10


  
長狭七福神の恵比寿がこの大山寺にあるはずだから
それらしき像を探します。

まさか? と思い、本堂に入ってみます。


幟も何もないけれど、右側の像が竿を持っているから  
これが恵比寿かなぁ?

      20160301大山寺14



そういう事にして、本堂ギリギリまで びいすけ に寄ってもらい
長狭七福神の恵比寿 ゲット!

      20160301大山寺15


本堂の中を覗くと、天井絵図。
寛政11年(1799年)に「狩野洞水」が描いたモノらしいです。

      20160301大山寺13


この本堂の中は、厳かな雰囲気が満載。
それだけ、歴史のある寺だと言うわけですね。

確かに、関東の三大不動尊と言うだけあるなぁ。
でも、七福神巡りをしている身としては、長狭七福神に関する案内板や
看板と言った類のモノがないから、満足度は低い。

本当は、この日に残りの七福神(5ヶ所)を回る予定でしたが
陽が延びて来たとは言え、時刻は16時を回りこの日はタイムアウト。

長狭七福神巡り、まだまだ完遂せず。
次回に期待することにいたしましょう。




2016/03/26 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

清澄寺 (2016年3月1日)(千葉県鴨川市) 

3月1日  公休日

個人的な連休初日。

この日は、鴨川市へ出かけました。

清澄山の天富神社の境内に富士山を身に来ましたが
残念ながら、その姿は眺めることが出来ませんでした。

せっかく清澄山に来たのだからと、立ち寄ったのは...............清澄寺


当初は、清澄寺に立ち寄る予定はありませんでした。
しかしこんな案内板を見ちゃうと、ついつい足を向けちゃいたくなります。

      20160301清澄寺01


千年杉...............? 250m先なら近いじゃん。
軽い気持ちで矢印の方向へ足を運んでみると...............

清澄寺の仁王門が視界に飛び込んで来ました。

      20160301清澄寺02



仁王門の扁額。

      20160301清澄寺03



どことなく、お茶目な感じのする仁王像。

      20160301清澄寺04

一瞬、おぼっちゃまくん に見えたりして...............

『 クリクリ〜...............? 』(笑)



冗談はさておき、

清澄寺はおよそ1200年の昔、"不思議法師"と名付けられた僧侶が
千光を発する柏の木で虚空蔵菩薩の仏像を彫り、
その仏像の前で21日間修行をしたことに始まりまるそうです。

承和3年(836)、天台宗比叡山延暦寺の中興の祖慈覚大師円仁師がこの地を訪れ、
その仏像の前で21日間の修行をしました。
それ以来、天台宗のお寺となり次第に栄えていったそうです。

また、日蓮宗の開祖である日蓮聖人が12歳の時に小湊からこちらに入り、
道善法師に師事し出家得度されたそうです。
日蓮聖人はさらに各宗の奥義を学び、建長5年(1253)、32歳の時に旭が森で
立教開宗の第一声をあげたそうです。

室町~江戸期には度重なる火災と戦により、清澄寺は衰退と復興を繰り返します。
近世になり、大正時代に日蓮聖人の銅像が完成したことでお参りの信者さんが増え、
真言宗智山派と日蓮宗との間で改宗の話し合いがもたれたそうです。

昭和24年、日蓮宗に改宗し宗門直轄の大本山として現在に至っているそうです。

      20160301清澄寺05

宗教には詳しくないし、信心深くないのであまり良く分からないけど
とにかく、由緒あるお寺のようです。


そんなお寺にイヌを連れて入っていいのか?

      20160301清澄寺06

不安がよぎるけど、千年杉は門の先。

とぼけて、境内に入ります。
本堂他を左に確認しながら千年杉にまっしぐら。


こちらが千年杉。

      20160301清澄寺10


近くまでは行けないようになっているから
その大きさが比較出来ないけど、立派な巨木です。

      20160301清澄寺08



千年杉の説明板。

      20160301清澄寺07



ここにも在りました。
『 房総の魅力 500選』の碑。      

      20160301清澄寺09





千年杉の後へ進めば、旭が森。

      20160301清澄寺11


     
あちらに見えるのが、日蓮聖人の像らしい。

      20160301清澄寺13



せっかくだから、上がってみましょう。

      20160301清澄寺14



日蓮聖人の像のにて。

      20160301清澄寺15



どうやら、この地は 初日の出日本一 ? らしい。

どういうこと?
初日の出が日本で一番最初に見れるってことかな?

      20160301清澄寺16



『初日の出日本一』の標柱の裏には、
何やら書かれています。

      20160301清澄寺17



こちらは、旭が森の隣の削平地。

      20160301清澄寺18



どうしても郭に見えてしまうのは悲しい性(笑)。

      20160301清澄寺19




絶対、これは堀切にしか見えないし...............

      20160301清澄寺20



見事な切り通しだし...............

      20160301清澄寺21

まぁ、室町から江戸期→いわゆる戦国の時代に幾多の戦による火災で衰退したとされているから
自衛の防御のための要害化したのかもしれないなぁ。




当初は遠慮がちに びいすけ を連れて境内を歩いていましたが
境内で『犬の糞はお持ち帰り下さい』の貼り紙を見て、
犬連れを気にするのをやめました。

境内で写真撮りまくり〜。

こちらご本堂。

      20160301清澄寺22



明徳3年(1392年)の 銘の入った古梵鐘。

      20160301清澄寺23



こちらは鐘楼堂。

      20160301清澄寺24

梵鐘は平成7年のモノらしい。



祖師堂。

      20160301清澄寺25


宝物殿の中門。
正保4年(1647)建立らしい。

      20160301清澄寺26

千葉県指定有形文化財に指定されているらしい。



そして、こちらが観音堂。

      20160301清澄寺27


かなり駆け足でぐるっと回ったような気がするけど
それでも小一時間近く、この清澄寺にいたような気がします。


まぁ、個人的に熱心な仏教徒ではないし、
取り留めて信心する宗派も無いし、
著名な僧侶を崇拝するわけでもないけれど、
日蓮聖人が修行した古刹に訪れたことは、
貴重な体験の1ページとしておきましょう。






2016/03/21 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

にっこう へ いこう  ⑬       《 滝尾神社 》                      (2014年8月23日)(栃木県日光市) 

8月23日 公休日

8月22日〜23日。
1泊2日で日光に出掛けてきました。

日光の旅行の2日目。
白糸の滝からちょっと歩き、辿り着いたのは.............

           滝尾神社




滝尾神社は、日光二荒山神社の別宮。
本宮、新宮(現在の二荒山神社)とともに日光三社権現の一つである。
女峰山の女神田心姫命を祀る。
弘仁11年(820)弘法大師が創建したと伝えられる。
明治4年の神仏分離までは楼門に大師の筆といわれる「女体中宮」の額が掲げられ、
仁王像が安置されていたという。
正保3年(1646)の建立。
4月の弥生祭の時には、二荒山神社から滝尾の神輿が渡御する。




二荒山神社の別宮と言うこともあって
こちらの滝尾神社もパワースポットの宝庫らしい。

実際。霊感とかは信じないし、霊能力に長けているとは思えない私でも
こちらに訪れる導線に何かを感じました。
(実際は感じたのではなく、感じた気がした。と言うのが本音です。)



とにかく、昼間でも陽が遮られ、神秘的な雰囲気の場所に
この滝尾神社はあります。


      20140823滝尾神社01



先ずは、社号標の前で一枚、パチリ ☆。


      20140823滝尾神社02



どうやら滝尾神社は、この石段を上っていくようです。


      20140823滝尾神社03




と、足元を見ると、小さな案内板。


      20140823滝尾神社04


どうやら、①〜⑧まで順番に見ていくのが良いらしい。

ならば、それに従いましょう。
①〜⑧って言うのが、なんとなく○○八景みたいで面白そう(笑)。


何と①は白糸の滝。

さっき見たばっかりだし(笑)。


      20140823滝尾神社05


再び、白糸の滝。


      20140823滝尾神社06




続いて②。

運試しの鳥居。


      20140823滝尾神社07


説明看板によれば、
鳥居の上部中央にある穴をめがけて小石を三つ投げ、
穴を通った数で運を試したと言うことらしい。



これが運試しの鳥居。


      20140823滝尾神社08



小石を投げて通す穴。


      20140823滝尾神社09



意外に小さい。


      20140823滝尾神社10



先ずは、もっちゃん から。


      20140823滝尾神社11


結果は.....................残念でした。





今度は、私の番。


      20140823滝尾神社12


二投目が見事に通過!
何か良いことがあるのかな?

(ちなみに、9月23日現在 ロト6は当たりません。カスリもしません)(笑)。





鳥居の先には、滝尾神社の説明看板。


      20140823滝尾神社13




そして、その先には厳かな建物。


      20140823滝尾神社14



楼門と言うらしい。


      20140823滝尾神社15




楼門をくぐれば、拝殿。


      20140823滝尾神社16


      20140823滝尾神社17




こちらが、本殿。


      20140823滝尾神社18



本殿の前には唐門があるのですが、何故か門は閉ざされ、
おまけに施錠されていて、中を覗けません。


      20140823滝尾神社19



本殿脇の縁結びの笹。
こちらが④に当たるらしい。


      20140823滝尾神社20

って言うことは③が見つからない。






⑤は、こちら。
滝尾神社の御神木の三本杉。

弘法大師がこの山で修行をした時に田心姫命が現れた場所だと言うことです。
初代の杉は3本とも江戸時代に倒れてしまい、
現在あるのは2代目だと言うことです。


      20140823滝尾神社21



厳かな御神木です。


      20140823滝尾神社22





こちらが、⑥の滝尾稲荷神社。

弘法大師が滝尾神社とともに創建したものだそうです。
朝のお供えを忘れると稲荷の神が化けて出ては催促したなんて伝説が残っているそうです。


      20140823滝尾神社23


      20140823滝尾神社24


      20140823滝尾神社25



⑦は、酒の泉。

日光三霊水の一つだそうです。
弘法大師がこの泉の水を汲んで神に捧げたと言うことです。
この水で酒を造ると美味しいお酒ができると言う伝承があるようですが、
ちょっぴり濁っていて、とても口には出来ません。

現地にも『飲めません』としっかり注意書きがありました(笑)。


      20140823滝尾神社26


      20140823滝尾神社27


      20140823滝尾神社28


昔は綺麗な泉(湧き水)だったんでしょうね。




こちらが、⑧。

安産子種石。

古くは子種権現と言われ、
子授け、安産などのご利益があるそうです。


      20140823滝尾神社29


      20140823滝尾神社30


      20140823滝尾神社31



安産祈願や子宝に恵まれ無い人がお参りに来るのか?
意外に御賽銭が多かった。


      20140823滝尾神社32



何気に、 もっちゃん も、子種石に触っているし(笑)。


      20140823滝尾神社33


      20140823滝尾神社34



結局、③は見つけられないままでしたが
パワースポット満載の滝尾神社を満喫です。


そして、石畳の道を歩き、行者堂の切通しまで上って行きます。


      20140823滝尾神社35


切通しを越えれば、杉木立の中の下り坂。
二荒山神社まではあと少し。





とにかく、日光の穴場である滝尾神社。

東照宮の様に観光客がいっぱい訪れることもなく、
逆に訪れる人には、
『よくぞ、この場所を調べあげた。褒めてあげよう。』
思わず、そんな言葉を投げてあげたい(笑)。

昼間でも薄暗い、滝尾神社。
でも日光のパワースポットと呼ぶにふさわしい場所で
訪れる人を静かに、そして、ひっそりと受け入れてくれる場所でもありました。







2014/09/23 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit