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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り...............貴船神社  (2018年3月29日)(神奈川県真鶴町) 

3月29日

1泊2日の伊豆への旅行の2日目。

湯前神社の本務社である来宮神社をあとにして、向かった先は..................貴船神社


貴船神社と言えば、京都・鞍馬の貴船神社が浮かんできますが
こちらは、神奈川県の真鶴町の真鶴に鎮座する貴船神社です。
真鶴港を眼下に見据える高台に鎮座しています。


今からおよそ千二百年ほど昔の夏、
真鶴岬の笠島(現在の三ツ石)の沖合に、夜ごと不思議な光が現れ、
海面を煌々と照らしていたそうです。
ある日「平井の翁」という人が磯辺に出て遥か沖を見渡したところ、
光を背にした一隻の楼船が波間に浮かび、海岸に近づいてきました。
船内を調べてみると、そこには木像十体余りと、
「この神をお祀りすれば村の発展がある」と記された書状があったそうです。

その夜、神は翁の夢に現れ、自らが大国主神である事を告げました。
そこで翁は村人と力を合わせて社を建て、村の鎮守の神としてお祀りしました。
これが、現在の貴船神社の起源と伝えられているそうです。

御祭神は
大国主(オオクニヌシ)神
事代主(コトシロヌシ)神
少彦名(スクナヒコナ)神 の3柱とされています。


こちらが、貴船神社の社号標。

      20180329貴船神社01



大鳥居。

      20180329貴船神社02


社号標ではないけれど、ちょっとした沿革が刻まれた碑。

      20180329貴船神社03



鳥居をくぐれは参道ですが
そのほとんどが上りの石段。

      20180329貴船神社04

そして、石段の両脇には見所も多い。


こちらが忠魂碑。

      20180329貴船神社05

古い神社や小学校には、この忠魂碑が多い。



こちらも慰霊碑だったような気がします。

      20180329貴船神社06


手水舎。

      20180329貴船神社08



由緒書き。

      20180329貴船神社09


参道の狛犬。

      20180329貴船神社10


      20180329貴船神社11



社殿はまだまだ先。

      20180329貴船神社12



境内社の龍神社。

      20180329貴船神社13



こちらは、同じく境内社の貴船稲荷社。

      20180329貴船神社14


      20180329貴船神社15



貴船神社の社殿はこの先。
旧な石段も一気に上がっちゃいましょう。

      20180329貴船神社16



石段を上がれば、目の前には社殿(拝殿)。

      20180329貴船神社17



こちらが、拝殿。

      20180329貴船神社18



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180329貴船神社19



別アングルからの拝殿。

      20180329貴船神社20


      20180329貴船神社21



そして、こちらが本殿。

     20180329貴船神社22



拝殿前の狛犬。

     20180329貴船神社23


     24



境内社の祖霊社。

      20180329貴船神社25



同じく境内社の山神社。

      20180329貴船神社26



こちらは神輿庫。

      20180329貴船神社27


ガラス張りの建物の中に神輿が奉納されています。

      20180329貴船神社28



こちらが社務所かと思ったら、社務所は石段の途中にあるようで
幼稚園に隣接しているようです。
どうやら、こちらは参集殿のようなモノのようです。

      20180329貴船神社29



授与所のようですが、この日は閉まっていました。

      20180329貴船神社30




厄除厄祓門。

      20180329貴船神社31


      20180329貴船神社32

説明板によれば、この門は人形の形をしているそうです。


こちらは、心願成就石。

      20180329貴船神社34


高台側にも参道があり、車で上がって来ることもある出来ます。
裏参道(?)口の社号標。

      20180329貴船神社35


さて、御朱印はと言えば...........................

石段を下って行った先にある幼稚園(神社の敷地内に幼稚園が在ります。)の横。
一見、民家のような建物である社務所で拝受出来ます。

貴船神社の御朱印帳もいただきました。

      20180329貴船神社36


      20180329貴船神社37



こちらが、貴船神社の御朱印。

      20180329貴船神社38


京都の貴船神社ではありません。
神奈川県の真鶴町の貴船神社の御朱印です。




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2018/05/15 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

岩海岸   (2014年11月26日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

11月26日  公休日

伊豆旅行の2日目。

千葉の佐倉市へ向けての帰り道。
真鶴町に立ち寄りました。

鵐の窟をあとにして、向かった先は..................



1180年(治承4年)、石橋山の戦いに敗れた源頼朝は、
湯河原の山中に逃れ、一時箱根権現に潜んでいたが、
土肥実平の案内で土肥郷へと移り、この浜から安房へと向かいました。
頼朝に従っていたのは、安達盛長、岡崎義実、新開忠氏、土屋宗遠、土肥実平、田代信綱。
湯河原町の城願寺には、舟出した頼朝主従七騎の伝説が残されています。
また、頼朝の脱出に協力した漁船は、その後長く税が免除されたとも伝えられています。


そんな伝説の岸(浜)も、夏場は水浴場となり
多くの人が泳ぎにくるようです。


岸に至る坂道を下ってくると、茂みに隠れるように小さな石碑に出会います。

『源頼朝船出の浜』の碑。

      20141126岩海岸18



そして裏側にはひと回り、いや、ふた回り大きな別な石碑があります。
こちらが、その石碑。

『源頼朝開帆碑』。

      20141126岩海岸16



民家の隣に植え込みの中にあるような感じなので
最初は碑だとは気付きませんでした。

      20141126岩海岸17


      20141126岩海岸20





こちらが、岩海岸。

      20141126岩海岸19

眼前の橋は真鶴道路の岩大橋。




駐車場近くには、こんな案内看板も設けられています。

      20141126岩海岸01



なかなか、風光明媚な場所のようです。

      20141126岩海岸02



特に、この『弁天島』は雰囲気がいいですね。

      20141126岩海岸15



しかしながら、この岩大橋には威圧感を感じます。

      20141126岩海岸03



夏場は海水浴場として、それなりの数の人が来るようですが
この時期の海にくる人は、ほとんどいません。

せっかくだから、浜辺に降りてみましょう。



流石に波があるから、 びいすけ は必要以上に
波打ち際には近づきません。

      20141126岩海岸04



砂浜をクンクンと匂いを嗅いでいます。

      20141126岩海岸05




これぐらいの距離が限界かな?

せっかくだから、決めポーズ。
(他所行きの顔をして下さいね!)

      20141126岩海岸06


      20141126岩海岸07


      20141126岩海岸08


      20141126岩海岸09


      20141126岩海岸10




この浜を八百数十年前、頼朝が船に乗り、安房国まで逃げ延びた。

      20141126岩海岸11



確かに、千葉までは海を渡れば、そんなに遠くないかも知れない。

      20141126岩海岸12



流刑地ではあるが、14歳から過ごした伊豆の地を逃げ出す時
頼朝はで、どんな思いで船の上から、この岩海岸を見ていたのだろうか?

      20141126岩海岸13




押しては寄せ、引いても寄せる波。

引き際の波に水鳥が戯れていました。

      20141126岩海岸14



頼朝がここから船出して向かった先、千葉・房総半島。
佐倉市って房総半島って言えないけど、一応、千葉県。
ぼちぼち、千葉に向けて陸路で帰りましょう............





2014/12/23 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鵐の窟(しとどのいわや)                                        (2014年11月26日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

11月26日  公休日

伊豆旅行の2日目。

千葉の佐倉市へ向けての帰り道。
真鶴町に立ち寄りました。

真鶴岬・三ツ石をあとにして、向かった先は..................鵐の窟



鵐の窟は、
ここ真鶴と湯河原に2つの「しとどの窟」があり、
いずれも治承4年(1180年)の石橋山の合戦で敗れた源頼朝や
土肥実平ら6・7騎ほどの部隊で、敵の追っ手から逃れるために
身を隠した場所であったと伝えられています。

真鶴の『しとどの窟』は『鵐窟』と書きます。
興味深いのは、真鶴も湯河原も史跡としての由来がほとんど同じであり、
いずれも伝承(言い伝え)であることです。




こちらが、鵐の窟。

      20141126しとどの窟03


      20141126しとどの窟08


中を覗きこんでいないから、よく分からないけれど
よくもまあ、こんな狭そうな場所に隠れていたものです。

      20141126しとどの窟09



そして、こちらが説明看板。

      20141126しとどの窟04


鵐の窟(しとどのいわや)
治承4年(1180)8月、源頼朝は源氏再興の為、
伊豆相模の兵300を以て石橋山に陣どり、
平家方大庭景親の兵3000と戦ったが、23日遂に敗北し、
土肥の杉山に逃れ、 28日ようやくこの地に来り、
海路房州に渡りしことは、史実の明らかなことである。
この時、頼朝とともに逃れてくるもの土肥実平、遠平の主従7騎となり、
この岩屋に身をひそめ飢をしのぎ、敵の何をまぬがれし所であると伝える。
頼朝らがこの地にかくれんとした折、
岩屋のうちより鵐(しとど)という鳥が舞い出たといふ所より、
後世この岩屋を鵐窟と伝える。
頼朝は房州に渡ってよりのち、12年たち建久3年志をとけ、
鎌倉幕府を創立するに至ったのであるが、 公の挙兵の当初、石橋山で敗北し、
この岩屋で敵の虎口を脱した開運再生の地として由緒深い所である。

(説明板 原文)



洞窟(?)前に建つ石碑。

      20141126しとどの窟07

文字か読みづらくて文面が判別出来ませんが
やはり、頼朝について触れています。





鵐の窟の脇には、こんな石碑もあります。

『品川台場礎石の碑』

      20141126しとどの窟05



幕府が安政元年(1854年)の冬に完成させた台場です。
品川第2台場が撤去された際、撤去した石垣の一部を
この地に移したモノだそうです。

      20141126しとどの窟06




『品川台場礎石の碑』とは逆側に隣接する貴船神社。

本来の真鶴町ね貴船神社はもう少し山あいの場所だから
分祠が何かでしょうか?

      20141126しとどの窟10


      20141126しとどの窟11



こちらは、貴船神社が建てた『鵐の窟』の碑。

      20141126しとどの窟12



そして、さらに別な『鵐の岩屋』の碑。

      20141126しとどの窟13


      20141126しとどの窟14






鵐の窟のすぐ近くにある真鶴漁港の直売所。

『魚座』(さかなざ)。

      20141126しとどの窟15

一階は、漁港(漁協)の魚市場。

二階には地魚を食べさせてくれお店がらあるようですが、
何と、本日は定休日。
残念!!

      20141126しとどの窟16



魚座前の真鶴漁港。

      20141126しとどの窟01


雨は完全にあがって、波も穏やかです。

      20141126しとどの窟02




同じような由来で二つ存在する『しとどの窟』。
個人的には湯河原の方が真実味が高いような気がしますが..................。


平家の追っ手から逃げている時に潜んだのが、
湯河原の『しとどの窟』。
真鶴の岩海岸から房総半島に船で渡る際に潜んでいたのが
真鶴の『鵐の窟』。

こんな解釈なら双方に角が立たないからいいんじゃないかな?



2014/12/22 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

かながわの景勝50選 《 真鶴岬・三ツ石 》                           (2014年11月26日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

11月26日 公休日

伊豆旅行の2日目です。

お林展望公園をあとにして、向かった先は..................真鶴岬・三ツ石



真鶴半島の先端になる真鶴岬。
その真鶴岬の最先端に景勝地なる 三ツ石 があります。


三ツ石は、別名笠島とも言い、三つの巨岩が岬の先端に並ぶのが三ツ石です。
かながわ景勝50選にも選ばれており、磯遊びスポットとしても人気があるそうです。






ケープ真鶴前にある案内看板。

      20141126真鶴岬・三ツ石01



三ツ石のある辺りを三ツ石海岸と言うようです。

      20141126真鶴岬・三ツ石02



岬の突端には、江戸時代に建てられた砲台跡が、あります。

      20141126真鶴岬・三ツ石03


      20141126真鶴岬・三ツ石04


      20141126真鶴岬・三ツ石05

幕末には、下田に来航した黒船の脅威からか?
東京湾や相模湾を取り巻く各地に、このような砲台が設けられたようです。




かながわの景勝50選』の石碑だと思ったら違っていました。

      20141126真鶴岬・三ツ石06

「わが立てる 真鶴崎が 二つにす 相模の海と 伊豆の白波」

与謝野晶子が詠んだ歌碑でした。





真鶴岬の突端からの眺望。

雨はあがっているものの、黒い雲は残っています。

      20141126真鶴岬・三ツ石07


      20141126真鶴岬・三ツ石08




ここにありました。
『かながわの景勝 50選』の碑。

      20141126真鶴岬・三ツ石09



そうです。
ここは、『かながわの景勝 50選』の地になります。

      20141126真鶴岬・三ツ石10


まぁ、50選の地だから訪れたって言う背景は隠せません(笑)。




50選の碑の建つ辺りから眺める三ツ石。

      20141126真鶴岬・三ツ石11



近くまでいけるようだから、行ってみましょう。

      20141126真鶴岬・三ツ石12



周遊路を匂いクンクンとテンション高めな びいすけ 。

      20141126真鶴岬・三ツ石13



海岸まで降りて眺める三ツ石。

      20141126真鶴岬・三ツ石14

この位置からだと、二つの石にしか見えません。



ゴロゴロと大小の石が転がっている三ツ石海岸。

      20141126真鶴岬・三ツ石15


      20141126真鶴岬・三ツ石16



海からの突風が びいすけ の大きな耳を揺らします。

      20141126真鶴岬・三ツ石17


      20141126真鶴岬・三ツ石18




三ツ石海岸から望遠で見る熱海の初島。

      20141126真鶴岬・三ツ石21




こちらは、真鶴の町。

      20141126真鶴岬・三ツ石19




そして、三ツ石海岸。

      20141126真鶴岬・三ツ石20



滅多に来れる場所じゃないから
しっかり、この風景を瞼に焼き付けておきましょう..................。


2014/12/21 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

お林展望公園   (2014年11月26日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

11月26日 公休日

伊豆旅行の2日目。

サンロードをチエックアウトし、雨の中を佐倉市の自宅へ帰るために車を走らせていました。
R135を伊東市、熱海市と抜け、湯河原町辺りで雨が止み出した。

せっかく伊豆に来ているんだし、雨も止んだ事だし、
帰りも何処かに立ち寄りながら帰りましょう。

と、言うことで立ち寄った先は............お林展望公園


お林展望公園は、
平成16年に閉園となったテーマパーク「真鶴サボテンランド」の跡地に整備された公園です。


こちらが、お林展望公園入口。

      20141126お林展望公園02



駐車場の一画には何やら仰々しいスペース。

あの石原プロダクションが真鶴町に寄贈した特殊消防車。

      20141126お林展望公園01

何と、1億円したらしい。
でも、こんな感じで展示されていたら活躍出来ないんじゃ?



そこは、さておき............

公園の散策開始です。

      20141126お林展望公園03



訪れるワンちゃん連れのマナーがよっぽど悪いのか?
ワンコに関する部分が赤く枠まで書かれています。

      20141126お林展望公園04


白い階段を降りて芝生広場に向かいます。

      20141126お林展望公園05



芝生広場はパークゴルフ場になっていて、
芝生内ワンコ立ち入り禁止となっています。

      20141126お林展望公園06

どうやら、ワンコ連れには厳しい公園のようです。


でもパークゴルフって、こんな感じでネットも張られているんだから
芝生に立ち入るって、よっぽどマナー、モラルのない飼い主じゃない?

      20141126お林展望公園08



サボテン公園だった名残もちらほら。

      20141126お林展望公園07


      20141126お林展望公園09


      20141126お林展望公園10



そんな中を歩いて、公園先端の展望エリアに向かいます。

      20141126お林展望公園11



頭上には、トンビがクルリと輪を描き
何かを狙っているんでしょうか?

      20141126お林展望公園12



こちらが展望エリア。
晴れていれば、伊豆大島まで見えるらしい。

      20141126お林展望公園13



展望エリアには石碑がいっぱい。

      20141126お林展望公園14


      20141126お林展望公園15


      20141126お林展望公園16


      20141126お林展望公園17




なぜか、石碑の前で転げ回る びいすけ 。

      20141126お林展望公園18



確かに気持ち良さそうな芝生ですが
さっきまで雨が降っていたんですけど..................。

      20141126お林展望公園19



もうちょっと天気が良ければ芝生の緑も映えそうなんだけど。

      20141126お林展望公園23




芝生にチョコンと座った びいすけ 。

      20141126お林展望公園25



その視線の先には何が有るのかな?

      20141126お林展望公園24


      20141126お林展望公園26




展望台(?)からの眺望はそれなりに良い。
確かに、お林展望公園と名付けたのにも納得できる。

      20141126お林展望公園20



こちらは、熱海の初島。
200mmの望遠でズームアップしてみました。

      20141126お林展望公園21



こちらは、真鶴岬の先端の三ツ石。

      20141126お林展望公園22



雨が止んだから良かったけれど、
展望公園だから、やっぱり晴れていなくちゃ!

もっと空が青くて、海も青ければ
絶景(?)の展望台なのかもしれないなぁ..................





2014/12/20 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

荒井城址 (2014年9月25日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

9月25日 公休日

9月25日〜26日の個人的な連休を利用して伊豆へ遊びに行きました。


岩小学校ををあとにして、向かった先は............


          荒井城址


荒井城は

1083年の後三年の役の際に、源義家に従って活躍した荒井実継の居城であったと言われてます。
その後、源頼朝の家臣として名を馳せた土肥氏の出城となり、
時代は流れ、戦国時代には小田原北条氏の烽火台が置かれたとも言われています。
しかしながら荒井城の歴史には不明な点が多く、今なお正確なところはわかっていないようfです。

JR真鶴駅のすぐ近く、R135を挟んだ南側にある小高い台地が荒井城址です。
現在は、荒井城址公園として整備されています。
とjは言いながらも、台地の宅地開発も進み、さらには公園として整備された結果
荒井城の城郭遺構はかなり隠滅してしまったそうです。

台地中腹には無料の駐車場もあり、5~6台の車が停められます。


では、駐車場に車を停めて...........
いざ参らん! 荒井城址!!


駐車場そばの入口にこんな看板

      20140925荒井城址01

何と、遊歩道以外犬の立ち入り禁止。

芝生の広場にも入れないそうです。



こちらが、荒井城址公園の案内図

      20140925荒井城址02



こちらが台地下部側の入口に建つ城址碑。

      20140925荒井城址03


      20140925荒井城址04






城址碑のある入口より改めて遊歩道を歩くとすぐに未舗装の遊歩道。
その遊歩道の先には空堀。

      20140925荒井城址05



実はこの荒井城址、公園整備のため遺構は無くなり
唯一の遺構と言えるのがこの空堀。

      20140925荒井城址06


さらにこの奥に入って行きたかったのですが
遊歩道以外、犬連れ禁止ですから、諦めました。

      20140925荒井城址07




この先は駐車場。
元来あった登城路なのか?
虎口のように見えなくもない。

      20140925荒井城址08

でも、おそらく公園整備の際に造られた未舗装の遊歩道なんだろうな。



駐車場から再び荒井城址公園内に入ります。
先ほどの空堀を台地中腹から眺めてみます。

      20140925荒井城址16


城址としての縄張り図がないから
城址全体が把握できませんが、公園としてはそれなりに整備されています。

芝生広場

でも びいすけ は中には入れません。

      20140925荒井城址09



別な芝生広場の奥には池があるようですが..............

      20140925荒井城址15




びいすけ は、中に入れないので、この辺で パチリ ☆!

      20140925荒井城址14


腰曲輪のようにも見える削平地。
中に入れればなぁ.............

      20140925荒井城址13



荒井城址公園の上部の入口

      20140925荒井城址10


台地はすっかり開発されていて、先ほどの入口近くには
すっかり民家が建ち並びます。

      20140925荒井城址11


この坂を上って行けば、ひょっとしたら何か残っているか?
そんな気持ちもあってしばらく歩いていくと、古い標柱。

      20140925荒井城址12

しばらく、この界隈をぐるっと回ってみましたが
すっかり開発されていて、両脇に民家を眺めながら
結局、台地上部を一周して荒井城址公園に戻ってしまいました。


空堀しか残っていない城址であり、遊歩道しか びいすけ と歩けない
ちょっぴり残念な城址でした..................。







2014/10/15 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................岩小学校                                (2014年9月25日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

9月25日  公休日

9月25日〜26日の個人的な連休を利用して伊豆へ遊びに行きました。


石橋分教場跡をあとにして、向かった先は............


          真鶴町立岩小学校



岩小学校は

創立時期等は不明です
明治22年に町村制の思考により発足した岩村に。
明治期に教育令により創設された小学校がその前身だと思われます。

昭和22年     教育令の改正により足柄下郡岩村立岩小学校と改称する
昭和31年     岩村が真鶴町と合併し、真鶴町立岩小学校と改称する。     
平成17年     真鶴小学校と合併し、新たに まなづる小学校が発足し
           両校は廃校となる
           (まなづる小学校は真鶴小学校の施設を利用)


こちらが、岩小学校の校門。

ちょっぴり(いや、かなり)光の加減で見辛くなっていますが
古い石造りの門柱があります。

      20140925岩小学校13


門柱に掲げられていたであろう表札は取り外されていました。

      20140925岩小学校14



校門をくぐれば、校庭。
そして正面にはド~ンと校舎と体育館が見えます。

      20140925岩小学校04



向かって右が校舎。
そして左が体育館。

      20140925岩小学校05


近くに寄って見上げるとこんな感じ。

      20140925岩小学校01



校庭の一画に何やらあります。

      20140925岩小学校06


二ノ宮像や廃校記念碑。
いや~、この一画はたまりませんなぁ。

      20140925岩小学校07





ご存知、二ノ宮像。
やっぱり小学校には二ノ宮像がなくっちゃ!

      20140925岩小学校08


      20140925岩小学校09




そして、こちらが廃校の碑。

      20140925岩小学校10


      20140925岩小学校11





校庭に残る遊具類。

      20140925岩小学校12


      20140925岩小学校02


      20140925岩小学校03



校舎の前から校庭を振り返ってみます。

      20140925岩小学校19


      20140925岩小学校20



校舎の玄関前には先ほどとは別な校門があります。
おそらく、こちらが正門として使用されていたのでしょう。

      20140925岩小学校18




学校の周辺をぐるっと回ってみました。

伊豆箱根バスのバス停。

9年前に廃校となっていますが
未だにバス停は 『学校前』

      20140925岩小学校15


      20140925岩小学校16


敷地にある石垣に苔も自生して、それなりの雰囲気を醸し出します。

      20140925岩小学校17

小学校の隣には由緒ありそうな古刹もありましたが
今回は時間の関係でパスしちゃいましたが...........

ちょっぴり後悔しています。








こちらが、旧・真鶴小学校
平成17年に岩小学校と統合し廃校となり
まなづる小学校として生まれ変わりました。

      20140925岩小学校21


      20140925岩小学校22



正門脇の茂みの中にひっそりと建つ石碑。

      20140925岩小学校23



真鶴小学校開校百周年の記念碑でした。

      20140925岩小学校24



真鶴町に2つあった小学校も統合されて、
この『まなづる小学校』だけになってしまいました。



過疎化と少と子化の波をモロに被った岩小学校。
近くにある岩海岸から石橋山の戦いで敗れた源頼朝は
安房国へ逃げ延びたと言う。
石橋山から、箱根・奥湯河原の山中を逃げ回った頼朝が無事に海岸に着いた時に
嬉しさの余りこの集落を「祝村」と名付けた」という地元の伝承があると言われる岩地区。
「祝村」がその後「岩村」に呼び変わったと言われるこの地にあった岩小学校。

今更ながらに、廃校とは残念です.................。



2014/10/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit