FC2ブログ

01 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.» 03

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り.............永山金刀比羅神社 (2019年12月25日)(茨城県潮来市) 

12月25日

茨城県の鉾田市に出かけたこの日。
その帰り道は、鉾田市から行方市、潮来市、
稲敷市へと抜けて帰ります。

行方市の化蘇沼稲荷神社の御朱印を拝受したあと、
霞ヶ浦沿いに行方市から潮来市へと移動しています。
行方市から潮来市に入ってすぐに、ナビに金刀比羅神社が現れた。
今まで、こんな場所に神社が在るなんて知らなかった。
ちょっと気になって立ち寄ってみました。


永山金刀比羅神社は、潮来市永山に鎮座する神社です。


創立年代は不詳ですが、安永七年(1778年)春、
南総の村人厄病除けの木太刀(豊年神)をもって村々を巡り、
新島村三島(現:香取市三島)より当村に担ぎ込まれ鎮座した処、
「讃州金刀比羅大神」と神告あり、参拝人が次第に増加し、
海上安全・豊漁に霊験著しく、航海安全、豊作祈願、海運(開運)祈願などで、
霞ヶ浦沿岸はもとより、鹿島灘の漁師をはじめ遠く銚子方面からも群参したそうです。


御祭神は、大物主命・金山彦命。



神社社頭。

      20191225金刀比羅神社01


手水舎。

      20191225金刀比羅神社02



参道。

      20191225金刀比羅神社03



暮れも押し迫った12月25日。
初詣の受け入れ準備をしているようで、仮設のテントも設置されています。

      20191225金刀比羅神社04



境内の由緒書き。

      20191225金刀比羅神社05



狛犬。

      20191225金刀比羅神社06


      20191225金刀比羅神社07



社殿に続く山道には初詣の幟が立ち並ぶ。
そして、幟の先には拝殿。

      20191225金刀比羅神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191225金刀比羅神社09



別アングルからの拝殿。

      20191225金刀比羅神社10



そして、こちらが本殿。

      20191225金刀比羅神社11




びいすけ も参拝します。

      20191225金刀比羅神社12



本殿裏手、裏参道口の手水舎。

      20191225金刀比羅神社13



境内社(元之宮)。

      20191225金刀比羅神社14



小さな祠も立ち並ぶ。

      20191225金刀比羅神社15



そして、さざれ石。

      20191225金刀比羅神社16



こちらが、御朱印。

      20191225金刀比羅神社17

鳥居脇に社務所があり、宮司さんが居られました。
鹿嶋市の神社が本務社と言うことですが、こちらにお住まいとの事。

さりげなく、『御朱印って戴く事が出来ますか?』と訊いてみたら
『書置きしか無いけれど........』と御朱印を戴く事が出来ました。
初穂料も『ウチは貰ってないから』と、ご辞退され
かえって恐縮してしまいました。

ありがとうございました。



スポンサーサイト



2020/01/31 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............鹿嶋吉田神社(2019年9月8日)(茨城県潮来市) 

9月8日

この日は、潮来市に出かけました。


大生神社をあとにして、向かった先は................鹿嶋吉田神社。


鹿嶋吉田神社は、潮来市新宮に鎮座する神社です。

古代より吉高村の産土様で『鹿嶋明神』と称し、
時の城主・島崎彦四郎公の崇敬を受けていたようです。
元禄9年(1696)に古高村の産土(うぶすな)様として祀られていた鹿嶋明神と
洲崎村の産土神であった諏訪明神を合祀して神社を建てたようです。
諏訪神社はいつの間にか吉田神社となり祭神も日本武尊になったようです。

この神社で奉納される延方相撲は、
寛文13年(1673年)相撲祭を延方村鎮守である
鹿嶋吉田神社に奉納したことに始まり、
江戸勧進相撲の格式をもって今日に伝えられ、
茨城県の文化財(無形民俗) に指定されています。



御祭神は、武甕槌命(たけみかずちのみこと)
     日本武尊(やまとたけるのみこと)



こちらが社号標。

      20190908鹿嶋吉田神社01


慌てていて、鳥居の写真を撮り忘れてしまいましたが
社号標の脇に建つ鳥居は二の鳥居。
一の鳥居は、社号標から約400mほど南の場所に建っています。



参道口には『延方相撲』の標柱も建てられています。

      20190908鹿嶋吉田神社03



それでは、参道を進みましょう。

      20190908鹿嶋吉田神社04



手水舎。

      20190908鹿嶋吉田神社05



こちらが、拝殿。

      20190908鹿嶋吉田神社06



拝殿正面。

      20190908鹿嶋吉田神社07


      20190908鹿嶋吉田神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190908鹿嶋吉田神社09


      20190908鹿嶋吉田神社10



別アングルからの拝殿。

      20190908鹿嶋吉田神社11



そして、こちらが本殿。

      20190908鹿嶋吉田神社12



拝殿前に鎮座する狛犬。

      20190908鹿嶋吉田神社13


      20190908鹿嶋吉田神社14




境内社の恵比寿神社。

      20190908鹿嶋吉田神社15

えびす神の幟が立っています。
    



境内社の千勝神社。

      20190908鹿嶋吉田神社19




こちらも境内社。

      20190908鹿嶋吉田神社16


      20190908鹿嶋吉田神社17


      20190908鹿嶋吉田神社18



こちらは、参集殿。

      20190908鹿嶋吉田神社20

てっきり社務所かと思ったら、宮司さんの自宅の一部が社務所になっていました。



鹿嶋吉田神社の境内。

      20190908鹿嶋吉田神社21
      20190908鹿嶋吉田神社22

真ん中のテントの下は土俵。
奉納相撲が行われるんですね。



そして、こちらが鹿嶋吉田神社の御朱印。

      20190908鹿嶋吉田神社23


宮司さんの自宅の一部である社務所にて拝受いたしました。
『御朱印帳を忘れてしまったので、半紙に書いてください』とお願いしたら
嫌な顔もせず対応して頂きました。 ありがとうございました。


実は、大生神社から鹿嶋吉田神社に移動する際、
車のスマートキーのバッテリーの寿命が切れかかってしまい
ドアが開かない。
ハンドルロックが解除できない。
等の障害に逢い、その度にスマートキーを叩いて
ドアロックを解除したり、ハンドルロックを解除したりと、
何とか凌いでいましたが、運転中に『キーが近くにありません』とエラー表示が出てしまい

これは、やばい!!

エンジンを切らずに鹿嶋吉田神社を参拝し、
台風が近づく前に帰らないと本当に帰れなくなる。

鉾田市の方に足を伸ばしたかったのですが
一路、自宅へと戻ることになりました。

いつか、鉾田市へはリベンジですね。





      
2019/10/12 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............大生神社(2019年9月8日)(茨城県潮来市) 

9月8日

この日は東京都下の多摩市の神社の祭礼にお邪魔して、
『あわよくば御朱印を! 』と目論み、
そのまま八王子の実家に泊まる予定でいましたが
超大型の台風15号が夜半に関東に上陸すると言う情報。
多摩地区へ行くのを諦め、茨城県の潮来市に向かいました。

本当は潮来から鉾田の方に足を伸ばすつもりでしたが
ちょっとしたトラブルがあって潮来市止まり。

潮来市で向かった先は.............大生神社。


大生神社は、潮来市大生に鎮座する神社です。

由緒には諸説があるようですが、大生神社の社伝によれば

太古から当地に鎮座し、神護景雲元年(767年)に大和 国春日遷幸(鹿島神勧請による春日大社創建)。
大同元年(806年)2月11日、当地に遷還。
大同2年(807年)、鹿島に遷幸し跡地(大生)に分霊を奉斎したとされています。

いずれにしても、鹿島神宮との関連が深いことから
「鹿島の本宮」、「元鹿島の宮」といういう呼称もあるそうです。

中世には当地の豪族・大生氏からの崇敬を受けたとされています。
実は、何年かまえに、その大生氏の居城である大生城址に訪れた時に
こちらの神社にも立ち寄った事があります。
(その時の記事は こちら )


御祭神は、健御雷之男神 (たけみかづちのおがみ)。




神社社頭。

      20190907大生神社01


大生神社は茨城県の文化財に指定されているようです。

      20190907大生神社02



大生神社の本殿と社業が茨城県の指定文化財のようです。

      20190907大生神社03

拝殿と斎殿が潮来市の文化財に指定されているそうです。



手水舎。

      20190907大生神社04



参道脇には杉の古木が並ぶ。
苔生した参道とその先の拝殿。

      20190907大生神社07
      20190907大生神社06

ちょっとした、神々しさを感じます。




こちらが、拝殿。

      20190907大生神社08

潮来市の指定文化財。



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190907大生神社09



別アングルからの拝殿。

      20190907大生神社10


      20190907大生神社11



そして、こちらが本殿。

      20190907大生神社12



別アングルから。
手前が本殿。背後が拝殿。

      20190907大生神社13




こちらが、斎殿。


      20190907大生神社14

こちらも、潮来市の指定文化財。



確かに、彫刻が素晴らしい。

      20190907大生神社15



境外社の松和稲荷神社。

      20190907大生神社16



境内の祠。

      20190907大生神社17


      20190907大生神社18



鳥居近くの七つ井戸。

      20190907大生神社19



忠魂碑 。
  
      20190907大生神社20



でも、やっぱり一番は大生神社の社業。

      20190907大生神社21



神々しさは、何とも言えない。

      20190907大生神社22
      20190907大生神社23


     20190907大生神社24
      20190907大生神社25



こちらが、大生神社の御朱印。

      20190907大生神社26


本務社の鹿嶋吉田神社にて頂きました。

この日は慌てていたのか? 御朱印帳を忘れてしまって
半紙に書いてもらい、書き置き対応をしてもらいました。


2019/10/11 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................素鵞熊野神社 (2018年12月11日日)(茨城県潮来市) 

12月11日

この日は、潮来市に出かけました。


長勝寺をあとにして、向かった先は...............素鵞熊野神社。


素鵞熊野神社は、潮来市潮来に鎮座する神社です。

辻の天王原に祭られていた小社を、文治4年(1188年)に潮来の天王河岸へ移し、
牛頭天王と呼んだのが素鵞神社の始まりとされています。
元禄9年(1696年)に牛頭天王は、一村一社の政策により現在地に移り、
熊野三社権現と相殿になりました。
さらに天保15年(1844年)、仏教色の強い呼称から、神道的な素鵞神社へと社号を改め、
同時に熊野三社権現も熊野神社と社号を改めました。
明治10年(1877年)に長く相殿であった両社は、素鵞熊野神社となり、現在に至っています。



御祭神は、須佐之男命、奇稲田比命、速王男命。


鹿嶋方面に向う国道に建つ、大きな看板。
実は、この看板は何度も目にしていて
この奥に神社があることは知っていました。

      20181211素鵞熊野神社01

この立派な看板は、今年の4月に氏子さん達によって寄贈されたモノらしい。



とは言え、こちらの神社に来るには初めて。

こちらが社号標。

      20181211素鵞熊野神社02


   

神社社頭の一の鳥居。

      20181211素鵞熊野神社03



一の鳥居の神額。

       20181211素鵞熊野神社04


一の鳥居の背後には、『潮来大欅』と呼ばれる樹齢780年とされる巨木。

       20181211素鵞熊野神社05
      20181211素鵞熊野神社06



その説明板。

      20181211素鵞熊野神社07


   
傍らには、碑も建てられている。

      20181211素鵞熊野神社08



参道の由緒書き。

      20181211素鵞熊野神社09



二の鳥居。

      20181211素鵞熊野神社10


二の鳥居脇の狛犬。

      20181211素鵞熊野神社11


      20181211素鵞熊野神社12



まだまだ、色づく葉を残す、境内のイチョウの木。

      20181211素鵞熊野神社13
      20181211素鵞熊野神社14



こちらは、三の鳥居。

      20181211素鵞熊野神社15

奥にもまだ鳥居は見える。
四の鳥居、五の鳥居になるのか?
まるで、稲荷神社のように鳥居が並ぶ。



三の鳥居の先の狛犬。

      20181211素鵞熊野神社16


      20181211素鵞熊野神社17



参道脇の神池。

      20181211素鵞熊野神社19



こちらは、神井戸。

      20181211素鵞熊野神社20



そして、手水舎。

      20181211素鵞熊野神社21



定番の龍の吐出口。

      20181211素鵞熊野神社23


一つ飛ばして五の鳥居。

      20181211素鵞熊野神社23

石段の先にも鳥居が見えます。
本当に鳥居が多い。


五の鳥居の脇の狛犬。

      20181211素鵞熊野神社24


      20181211素鵞熊野神社25



石段を上がった先には、社殿(拝殿)。

      20181211素鵞熊野神社26



拝殿正面。

      20181211素鵞熊野神社27



別アングルからの拝殿。

      20181211素鵞熊野神社28


      20181211素鵞熊野神社29


拝殿脇にも狛犬。
本当に狛犬も多い。

      20181211素鵞熊野神社30

と、言いながらも、拝殿前の狛犬を撮り忘れているし............




狛犬の先からの本殿。

      20181211素鵞熊野神社31



拝殿前には、鎮座800年の記念碑。

      20181211素鵞熊野神社40



拝殿前の天水桶。

      20181211素鵞熊野神社41


拝殿には奉納酒。

      20181211素鵞熊野神社42






こちらの素鵞熊野神社には境内社も多い。


境内社の数々。
まさにオンパレード。

      20181211素鵞熊野神社32


      20181211素鵞熊野神社33


      20181211素鵞熊野神社34


      20181211素鵞熊野神社35


      20181211素鵞熊野神社36


      20181211素鵞熊野神社37


      20181211素鵞熊野神社38


      20181211素鵞熊野神社39




こちらが社務所ですが、平素は無人のようです。

      20181211素鵞熊野神社43



社殿と社務所を繋ぐ渡り廊下には、素鵞熊野神社の歴史とも言える
氏子さん達の集合写真が数多く飾られています。

      20181211素鵞熊野神社44



社殿の左側。
こちらは東参道口(?)。

      20181211素鵞熊野神社45



境内の記念碑。

      20181211素鵞熊野神社46


境内に建つ説明板。

      20181211素鵞熊野神社47

この素鵞熊野神社にて奉納される御囃子は『潮来ばやし』と言われて
潮来市の無形文化財に指定されているようです。


こちらが、素鵞熊野神社の御朱印。

      20181211素鵞熊野神社48

書き置き版ですが、境内に貼り出された連絡先に連絡すると
5分待てばやって来るような旨が記されていますが
本当に宮司さんが5分後に車でやって来ました。

たった一人の参拝者のために駆けつけてくれる神職さん。
まさに宮司の鏡と言えるお方ですね。
(もし。、宮司さんじゃなかったら、ごめんなさい。)



2019/01/29 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神 長勝寺 《 福禄寿 》 (2018年12月11日)(茨城県潮来市) 

12月11日

この日は、潮来市にやって来ました。

最近は神社の御朱印巡りが主流な休日を過ごしていますが、
どっこい、七福神巡りも忘れてはいません。
とは言え、なかなか七福神巡りも1日で完遂出来ず、
中途半端な状態になっている七福神巡りも多い。

茨城県下に展開する常陸七福神もその1つ。
(七福神と言いながらも8ヶ所を巡ります。)

常陸七福神は、水郷・筑波国定公園に散在する8つの社寺からなる七福神の霊場会で、
「日本で一番長い巡路を持つ七福神詣」の霊場です。
この七福神のそれぞれの功徳をいただけばすべての福徳が授かるとされています。

その七福神は(と言っても8ヶ所あるのがちょっびり不思議。)

西光院 毘沙門天 (石岡市)
恵比寿 筑波山神社(つくば市)
弁財天 逢善寺 (稲敷市)
布袋尊 月山寺 (桜川市)
寿老人 西蓮寺 (行方市)
福禄寿 長勝寺 (潮来市)
大黒天 笠間稲荷 (笠間市)
七福神 真延寺 (土浦市) と、このような構成となっているようです。


今回訪れたのは、潮来市にある 長勝寺。

長勝寺は、潮来市にある臨済宗妙心寺派の寺院で
山号は海雲山。本尊は阿弥陀如来。
銅鐘は、国の重要文化財です。

潮来市内の稲荷山とよばれる丘を背にして、JR潮来駅にほど近い市街地内にある寺院。
文治元年(1189年)に源頼朝によって創建されたといわれており、
江戸時代に徳川光圀が諸堂宇を修復し、大獄祖清和尚に住持させたとされています。

そして、常陸七福神では、福禄寿にあたります。


こちらが寺号標。

      20181211長勝寺01

  
長勝禅寺 となっていますね。
  

山門。

      20181211長勝寺02



参道を進みます。

      20181211長勝寺03



参道の楼門。

      20181211長勝寺04

説明板には山門とありますが、寺号標の脇にも山門があるからややこしい。
こちらでは、あえて楼門と表記します。


説明板にはよれば、水戸光圀公が普門院から移築させたそうです。

      20181211長勝寺05


さらに参道を進みます。

      20181211長勝寺07



こちらが本堂。

      20181211長勝寺08

阿弥陀三尊を本尊とする入母屋造り茅葺の仏殿dr、
禅宗様建築の遺構で禅寺の風格を保っています。


この本堂も茨城県の指定文化財。
当然、説明板も設置されています。

      20181211長勝寺09


とにかく、茅葺屋根の本堂は珍しい。
日本でも数少ない茅葺き屋根のお寺としても知られているそうです。

      20181211長勝寺10



こちらが、鐘楼。

      20181211長勝寺12

国の重要文化財に指定されている銅鐘は、
鎌倉幕府第14代執権である北条高時の寄進で、
元徳2年(1330年)の鋳造とされています。


知らなかったのですが、この地は潮来八景の一つでもあるらしい。
江戸時代の後半の1839年に書かれた『潮来図誌』に記載されている

『鐘の音や 残る雲なき 秋の暮れ』

この句が、潮来八景の中の『長勝寺晩鐘』を謳ったという事です。




国の指定文化財ですから、銅鐘の説明板も設置されています。

      20181211長勝寺13



こちらは、勢至菩薩堂。

      20181211長勝寺14


こちらは文治梅。

      20181211長勝寺15

源頼朝のお手植えと伝わる古木の梅です。




そして、潮来市指定文化財の菩提樹。

      20181211長勝寺16


      20181211長勝寺17


こちらは、芭蕉句碑。

      20181211長勝寺18



境内に建つ長勝寺の説明板。

      20181211長勝寺19



肝心の常陸七福神は何処に?

どうやら、この奥に在るようです。
『方丈』と呼ばれる寺院の住居のようです。

      20181211長勝寺20



赤い幟が見えました。

      20181211長勝寺21



常陸七福神は正月期間のご開帳ではなくて
通年公開されているようです。

      20181211長勝寺22



小さく、貼紙も貼られています。

      20181211長勝寺23



こちらが、常陸七福神 福禄寿 です。

      20181211長勝寺24



福禄寿の奥には、ふれあい観音像。

      20181211長勝寺25



こちらが、長勝寺の御朱印。

      20181211長勝寺26


そして、常陸七福神 福禄寿 の御朱印。

      20181211長勝寺27

これで、常陸七福神も
毘沙門天   (石岡市 西光院)
布袋尊     (桜川市 月山寺)
寿老人    (行方市 西蓮寺)
福禄寿    (潮来市 長勝寺)と4ヶ所をクリア。

一つ(1ヶ所)ずつですが着実にお詣りしています。
頑張って結願いたしましょう。




2019/01/28 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

水郷あやめ園 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


潮来市のトライアスロンパーク(茨城県トライアスロン発祥の地)近くの堤防を歩いていたら
何やら公園が視界に入ってきた。
せっかくだから、この公園も散策してみましょう!ってことで
入口に向かって歩いていると、こんな看板が在りました。

      20171004あやめ園01

『 水郷潮来 あやめ園』? ってここなの?


水郷の町潮来は、あやめが有名であやめ園が有るってことは知っていた。
でも愛知県生まれの私は、『あやめ』でもなく『菖蒲』でもなく『杜若(かきつばた)』派。
何と言っても愛知県の県花だし、その杜若で有名な八橋育ち。
潮来のあやめ も 佐倉の菖蒲 も正直軽く見てました。

でも、この『あやめ園』、いかにも観光地って言う雰囲気満載。
こう言った雰囲気は好きだなぁ。

      20171004あやめ02



潮来市内を流れる前川に架かる、いかにも観光用の橋。

      20171004あやめ03



『水雲橋』と言うようです。

      20171004あやめ04



せっかくだから、水雲橋の上から前川の流れと
あやめ園を眺めてみましょう。

      20171004あやめ05


      20171004あやめ06


      20171004あやめ07


      20171004あやめ08


      20171004あやめ09



あやめの時期には季節外れ。
来年のシーズンに向けて、園内は整備工事中のようです。

      20171004あやめ10


      20171004あやめ15




テレビの何かの旅番組で見た事があるけど
潮来は観光用の船が名物。

こちらが船乗り場。

      20171004あやめ11



う〜む、船乗り場は、いかにも観光地っぽい。

      20171004あやめ12



御存知、潮来の伊太郎。

      20171004あやめ13

薄情そうな渡り鳥なんだよね(笑)。



橋幸夫の代表作、『潮来笠』の歌碑。

      20171004あやめ14


      
あやめの花は無いけれど、園内を散策いたしましょう。

      20171004あやめ16



前川沿いに、あやめ園は常陸利根川で方へと続いています。

      20171004あやめ19



湿性植物園ではよく見かける木道。

      20171004あやめ17


実際には、コンクリート製なんですけどね(笑)。

      20171004あやめ18


      
やがて前川は常陸利根川合流するんですが
その直前に水門があります。

      20171004あやめ20



その名も、ズバリ! 『前川水門』

      20171004あやめ21


      20171004あやめ22



水門の脇のちょっとしたスペースには『あやめの碑』

      20171004あやめ23


      20171004あやめ24



あやめの時期じゃないから、大した事が無いように見えるけど
一面にあやめの花が咲いていたら、見事なんだろうなぁ。

      20171004あやめ25


      20171004あやめ26


      20171004あやめ27


      20171004あやめ28


      
今まで、潮来の『あやめ』なんて気にも留めなかったけれど
いかにも、この『あやめ』が観光資源であり、
思い切り観光地である潮来がちょっぴり気に入りました。
機会が有ればあやめの時期にでも見に来よう。
でも犬連れじゃ、難しいかなぁ...............?




2017/11/04 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城県トライアスロン発祥の地 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。

潮来市にある国土交通省 関東地方整備局 霞ヶ浦河川事務所で
北浦のダムカードを入手し、次なる目的地へ移動しようとしていたら
霞ヶ浦河川事務所のすぐ前の川の堤防に石碑を発見!

      20171004トライアスロンパーク01

トライアスロンパークと刻まれています。




『何だろう?』と堤防に上がってみました。

      20171004トライアスロンパーク02



その隣に建つ記念碑。

      20171004トライアスロンパーク03

茨城県トライアスロン発祥の地 と刻まれています。


碑文を読むと...............

茨城県トライアスロン発祥の地

      茨城トライアスロン協会 会長 香取衛 書

  みはるかす緑の台地,豊かなる水の流れをうけて
  今,新しきスポーツの風起こる
  一九八五年八月,この地,常陸利根川に
  若人あい集い,泳ぎ,走り,躍動す
  あゝ素晴らしきかな,自然の恵み
  あゝ素晴らしきかな,自然の生命
  あゝ素晴らしきかな,自然とスポーツの調和
  自然の力を用いて,自然の恩を忘るるは不可なり
  この志魂,永く伝承すべく
  こゝに記念の碑を建立するものなり
    一九九四年五月
      茨城トライアスロン協会
    
協力
      建設省関東地方建設局霞ヶ浦工事事務所
      水資源開発公団霞ヶ浦開発事業建設部


と刻まれています。



色々と調べてみると、昭和58年に 日本初のトライアスロン大会が
島根県皆生温泉で開催されました。
そして、昭和62年に茨城県で初めて「潮来トライアスロン全国大会」が、
この地 霞ヶ浦から流れ出る 常陸利根川で行われました。
それて以来毎年 この発祥碑のある場所をメイン会場にして
スイム1.5km・バイク40km・ラン10kmのコースで全国大会が開催されているそうです。

      20171004トライアスロンパーク04


      20171004トライアスロンパーク05



パーク(公園)と言ってもさほど広くはない。

      20171004トライアスロンパーク06


単なる河川敷の堤防にしか見えない。

      20171004トライアスロンパーク07


メイン会場と言うには狭すぎない?

まだまだトライアスロンの黎明期だった頃には
これぐらいの広さでも大丈夫だったのだろう。



トライアスロン関連の施設?

      20171004トライアスロンパーク08


どう見ても河川を航行する船の桟橋にしか見えない。

      20171004トライアスロンパーク09


背後に見えるのはJR鹿島線の鉄橋。

      20171004トライアスロンパーク10


何も無い河川敷に旬を過ぎた彼岸花。

      20171004トライアスロンパーク11


偶然見つけた、『茨城県トライアスロン発祥の地』。
知らない町でこう言った知らない文化、歴史に触れるのって
意外に楽しい。
ちょっとした発見に、
ちょっとした幸福感を感じるのは気のせい...............?




2017/11/03 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう...............北浦 (2017年10月4日)(茨城県鹿嶋市、潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


当初は、潮来市にある国土交通省 関東地方整備局 霞ヶ浦河川事務所 に向かい
北浦 のダムカードを貰うつもりでした。


午前9時に霞ヶ浦河川事務所に着いたのですが...............

      20171004ダムカード北浦01



フェンスには、こんな張り紙がありました。

      20171004ダムカード北浦02

確かに、事務所の前にあるのは北浦に見えるけど北浦じゃない。
あくまでも北浦を訪問した証が必要だし、それがダムカードのルール。


急遽、北浦に向かいました。
と、言っても北浦を挟んで潮来市の対岸である鹿嶋市に向かい
ついでに、マンホールカードを貰いに行ったり、
鹿島神宮に寄ったりしましたが、一応北浦の湖岸にも立ち寄りました。


そもそも北浦を語る前に、霞ヶ浦に触れないと意味が分からなくなっちゃいます。

霞ヶ浦は、茨城県南東部から千葉県北東部に広がる湖で、
湖沼水質保全特別措置法で指定された湖沼です。
西浦・北浦・外浪逆浦・北利根川・鰐川・常陸川の各水域の総体で、
河川法ではこの範囲を「常陸利根川」と呼び、利根川の支川としています。

すなわち、北浦も霞ヶ浦の一部分であり、北浦と霞ヶ浦は、全く別物だと思っていたら、
この水域の総称が霞ヶ浦で今まで霞ヶ浦と思っていたのは西浦のことだったんですね。



これぞ北浦!って言う場所が無いから
国道365線沿いに車を走らせ、ふと視界に入った石碑。

『 輝け 美田 豊穣』と記されています。

      20171004ダムカード北浦03

北浦沿岸の灌漑工事、水田事業の整備を記念したモノのようです。
碑よりも隣の大黒天が一際目立っています。


碑の背後に見える北浦。

      20171004ダムカード北浦04


      20171004ダムカード北浦05


      20171004ダムカード北浦06



さらに、湖畔へと向かいます。

      20171004ダムカード北浦07


この辺りには『北浦』と明記されたモノはありませんねぇ。

      20171004ダムカード北浦08


視界に入るのは、どんよりとした空と北浦の水辺。

      20171004ダムカード北浦09


      20171004ダムカード北浦10




仕方ないので、潮来市に移動しましょう。


潮来市の北浦湖畔。
国道51号線の神宮橋付近。

      20171004ダムカード北浦11


『北浦』って、しっかり看板に書かれています。

      20171004ダムカード北浦12

これなら問題ないでしょう。


一応、神宮橋をバックに、パチリ☆

      20171004ダムカード北浦13


      20171004ダムカード北浦14


バイパスである新神宮橋も押さえておきましょう。

      20171004ダムカード北浦15



と、言うわけで12時半過ぎ、お昼の休憩時間で遠慮がちに
国土交通省 関東地方整備局 霞ヶ浦河川事務所を訪ねます。

無事、北浦のダムカードを手に入れました。

      20171004ダムカード北浦16

いゃあ、時間が掛かったぁ(笑)。


こちらが、苦労して手に入れた北浦のダムカード。

      20171004ダムカード北浦17


      20171004ダムカード北浦18


ひょっとしたら(ひょっとしなくても)
私にとって茨城県の初ダムカードになる。

地道にコツコツと集めて行きましょう。



2017/11/03 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 いたこ (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区(鹿島・行方)へ出かけました。


鹿島神宮から、北浦 へ立ち寄り証拠の写真を撮って
北浦 のダムカードを貰いに行くわけですが
時刻もお昼近くになりました。
犬連れで食事が出来るお店も知らないし
トイレにも行きたいし...............


そんな訳で立ち寄ったのは...............道の駅 いたこ


茨城県内には13ヶ所の道の駅が在ります。(2014年10月4日現在)
この道の駅に来るのは、多分10年振り?
確か、10年ぐらい前に一度来た記憶があります。
まぁ、久しぶりに立ち寄るのも良いでしょう。

      20171004道の駅いたこ01


おそらく10年前と変わらないであろう建物。

      20171004道の駅いたこ02


とにかく、平日だから空いています。

      20171004道の駅いたこ03

でも、駐車場には、それなりに車が停まっているんだけどねぇ。


一応、案内板で全体像を確認しましょう。

      20171004道の駅いたこ19




何やら特設売店を発見!

      20171004道の駅いたこ04


近寄ってみると...............

なぜか、銚子電鉄のぬれ煎餅。

      20171004道の駅いたこ05

ここって銚子じゃないし...............
おまけにワケありって書いてある。


要は『割れ』や『欠け』の商品を大袋に入れて格安で販売しているようです。


当然、お買い上げ〜!

      20171004道の駅いたこ06

頑張れ! 銚子電鉄!!



こちらは、生鮮品の直売所。

びいすけ は中に入れないから
適当な手すりにリードを括り付け、待機して貰います。

      20171004道の駅いたこ07



先月訪れた『道の駅 みわ 』では野菜が安かったので思わず購入。
味をしめて、チェックいたしました。


形に不揃いなキュウリが10本以上入って180円。

      20171004道の駅いたこ08

すぐさまレジに並んじゃいました(笑)



こちらは、情報館。

      20171004道の駅いたこ09

潮来市の観光その他の情報を得る事ができます。


道の駅のスタンプもこちらに準備されてます。

      20171004道の駅いたこ23

今回は、スタンプ帳代わりの無地のノートを持参したから
迷わずスタンプを押しました。



レストランは時間帯によっては持ち込み自由。

      20171004道の駅いたこ10

でも、ペットは中には入れません。


仕方ないので、テラス席と言うか
レストラン隣のオープンスペースへ。

      20171004道の駅いたこ11



ここなら、わんこ同伴でも文句は言われません。

      20171004道の駅いたこ12


びいすけ のおやつタイム。

      20171004道の駅いたこ13


      20171004道の駅いたこ14


      20171004道の駅いたこ15



期待していたフードコートらしきものが屋外に無く
仕方ないから売店で買ったおにぎりタイム。

      20171004道の駅いたこ16



人の食べてるものを欲しがる びいすけ 。

仕方がないから、具のない部分をあげましょう。

      20171004道の駅いたこ17



この満足そうな顔(笑)。

      20171004道の駅いたこ18


こちらの道の駅では、道の駅の切符が売っていたので、
そちらも当然購入。    

      20171004道の駅いたこ20


      20171004道の駅いたこ21

180円と高い気もするが、一応硬券切符。
まあ、記念になるでしょう。

と言いながらも、この硬券切符を集める気満々(笑)。



そして、こちらが道の駅のスタンプ。

      20171004道の駅いたこ22


いゃあ、道の駅巡りもハマっちゃいそう...............(笑)。


2017/11/02 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 水郷潮来 》 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


茨城百景 水郷牛堀 をあとにして、向かった先は...............茨城百景 水郷潮来


昭和25年に選定された茨城百景。
茨城県内の100の景勝地を選定して、『茨城百景』としました。

水郷の町として名高い潮来も茨城百景に選定されています。
以前、訪れた 稲荷山公園 が茨城百景の選定地であり、
公園内に百景の碑が建っています。

今回、改めて稲荷山公園に訪れてみました。

      20171004茨城百景潮来01



こちらが、茨城百景の碑。

      20171004茨城百景潮来02


      20171004茨城百景潮来03



稲荷山公園は水郷の郷を見下ろすように高台にあり、
その名が示すように稲荷神社もあります。

ちょっとした四阿もあって休憩も出来ます。

      20171004茨城百景潮来04



四阿の脇から眺望は開けています。

      20171004茨城百景潮来05

ただし、この日は曇り空。
この方向に富士山が見えるようですが...............
やっぱり今日も無理。


敷地の一角に建つ展望台。

      20171004茨城百景潮来06


当然、展望台へも上がります。
富士山は、この先にあるのですが
やはり、厚い雲で見えない。

      20171004茨城百景潮来07

一応、この場所も『関東の富士見百景』の地なんだけどなぁ。



眼下に広がる水郷の町、潮来。

      20171004茨城百景潮来08


      20171004茨城百景潮来09


      20171004茨城百景潮来10




展望台の前に建つ石碑。

      20171004茨城百景潮来11

中山晋平 と 野口雨晴 の詞碑。


こちらは、中山晋平と野口雨晴の詞碑の建立記念の碑。

      20171004茨城百景潮来12

中山晋平は多くの童謡・流行歌・新民謡などを残した作曲家です。

一方、野口雨情は多くの名作を残し、北原白秋、西條八十とともに、
童謡界の三大詩人と謳われた詩人であり、童謡・民謡作詞家でもありました。
名作である童謡『赤い靴』は、野口雨晴の作詞とされています。







稲荷山公園の名の語源となった稲荷神社。

      20171004茨城百景潮来13


      20171004茨城百景潮来14


      20171004茨城百景潮来15



本殿奥の高い2本の杉が御神木。

      20171004茨城百景潮来16



潮来ってまともに観光したことは無かったし
正直、この時点では大したことの無い町だと思ってました。

後に、チョットしたショックと言うか、
驚かされる現実を目の当たりにするんだけど
(ちょっぴり大袈裟かな?)(笑)
それは、また何れかの機会にでも...............。





2017/10/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 水郷牛堀 》 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

10月最初の公休日。
早いもので、今年もあと3ヶ月を切りました。

休みの前に、色々と出かける計画は立てているものの
朝起きたら雨とか、昼から雨が降るなんて言う天気予報だと
心が折れて、出かけるのを躊躇して腰が重くなっていた昨今。
半月(?)振りに霞ヶ浦界隈に出かけることにしました。


曇り空の中、朝6時に自宅を出発。
向かった先は茨城県の潮来市。
そして、訪れたのは...............茨城百景 水郷牛堀


個人的に茨城県の景勝地である茨城百景を追いかけています。
百景の地を訪れ、その景観を眺めるのも当然ですが
茨城百景の碑を探し当てるのも、追いかけてみると楽しみの一つになっています。

ただ、昭和25年に選定された茨城百景。
その後67年が経ち、往時とは景観も変わり
選定記念に建てられた茨城百景の碑も現存しない所も在るようです。

さて、茨城百景 水郷牛堀 ですが...............

江戸時代に日本全国を歩き回った葛飾北斎は富嶽三十六景を描き残しました。
その中の1枚である『常州牛堀』は、権現山からの風景であり、
北斎が『常州牛堀』を描いた場所と言われています。
現在、権現山は権現山公園として市民に開放され、
天気の良い日には、筑波山と富士山を同時に見ることができるそうです。
公園には展望台があり、そこから北斎が目にしたは富嶽三十六景富岳の景色を
偲ぶことが出来るそうです。


こちらが公園入口、

     20171004茨城百景牛堀01


そして、案内板。

      20171004茨城百景牛堀02

実は、この権現山公園に来るのは2回目。
潮来市の公園巡りをしている時に訪れました。
それ以前は、桜の名所だと言うことぐらいしか知らなかった。


桜の名所だけあって、駐車場脇には綺麗目な芝生に桜の木々。

      20171004茨城百景牛堀03



展望台近くに茨城百景入選記念碑。

      20171004茨城百景牛堀04

百景に碑じゃなくて、入選記念碑って言うのが他の百景の地と変わっています。


入選記念碑の前で一枚、パチリ☆。

      20171004茨城百景牛堀05



入選記念碑の隣には、『きずな之像』。名誉市民 森内捷夫氏の像。

      20171004茨城百景牛堀06


旧・牛堀町の町長を務め、潮来市の名誉市民である森内捷夫氏の碑。

      20171004茨城百景牛堀07

『きずな之像』に並ぶように建っています。




これらの碑の正面には、展望台。

      20171004茨城百景牛堀08



筑波山や富士山も見えると言うことですが
生憎の曇り空。

      20171004茨城百景牛堀09



霞ヶ浦を見渡せるこの景色が、『 富嶽三十六景 常州・牛堀 』なんですね。

      20171004茨城百景牛堀10


      20171004茨城百景牛堀11

実は、この地は『 関東の富士見百景 』の一つであるが
例の碑が見当たらない。


公園内を移動しましょう。

      20171004茨城百景牛堀12



潮来の市街地方面も曇り空。

      20171004茨城百景牛堀13



びいすけ は、やっぱり芝生広場かな?

      20171004茨城百景牛堀14



芝生の感触を確かめるかのようにゆっくりと徘徊。

      20171004茨城百景牛堀17



そして、芝生の匂いを必死に嗅いで...............

      20171004茨城百景牛堀19




いきなりのごろ〜ん。

      20171004茨城百景牛堀18


      20171004茨城百景牛堀15


      20171004茨城百景牛堀16


地面に背中を擦り付けてスリスリ。
気持ち良いのかなぁ?      


    
見た感じ、綺麗な芝生広場。

      20171004茨城百景牛堀20

春には満開の桜の花が待っている。
その頃に、もう一度来てみるかな...............。






2017/10/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

水郷トンボ公園   (2016年7月1日)(茨城県潮来市) 

7月1日 公休日

この日は茨城県潮来市と行方市に出掛けました。

潮来市では主に公園巡り。
とは言っても廃校も巡ったりして...............

徳島小学校をあとにして、向かった先は...............水郷トンボ公園



水郷トンボ公園は、アサザなどの水生植物やビオトープなどがあり、
自然観察のできるスポットです。

※ビオトープとは?
ドイツ語で、安定した生活環境をもった「動植物の生息空間」のことを意味します。
ある限られた地域に、元来そこにあった自然風景を復元することになります。

この公園は、主に親子連れを対象とした施設と言うことで
自然(水生植物、昆虫、カエル等)観察・体験・環境学習・スポーツ・散策ができる場所になっているそうです。


霞ヶ浦から流れ出る北利根川と北浦から流れ出る鰐川。
その二つが合流する地点からすぐ近くの潮来市福島。
正確には北利根川の河川敷になるんだろうか...............?

      20160701水郷トンボ公園01


現地にある看板を見ると、かなりの年月をかけて
地元の有志やボランティアの手によって作られた公園のようです。

      20160701水郷トンボ公園02



もちろん行政の援助もあり、素敵な公園となっています。

      20160701水郷トンボ公園03


河川敷に新たにこう言った水辺を作るのって大変そう。

      20160701水郷トンボ公園04


      20160701水郷トンボ公園05


      20160701水郷トンボ公園06



それでは、ぐるっと公園内を散策いたしましょう。

      20160701水郷トンボ公園07



おいおい! いきなり、ローリング?

      20160701水郷トンボ公園08


これぞ、トンボ公園って感じの看板です。

      20160701水郷トンボ公園09



カワセミが飛来するようですが、しばらく待っても確認市て出来ず。
バードウォッチングは難しい(笑)。

      20160701水郷トンボ公園10


このトンボ公園。
水辺の公園ではあるけれど、河川敷の公園だから
元々の河川敷を利用した広場があります。

時期的に草が伸びてきているけれど
それでも一部は刈られていて、管理はされています。

      20160701水郷トンボ公園11



この辺りは下草が伸びてきているけれど...............

      20160701水郷トンボ公園12


      20160701水郷トンボ公園13



この辺りからは、しっかりと刈られています。

      20160701水郷トンボ公園14



ロングリードを車の中に忘れちゃったから
誰も居ないこと、誰も来ないことを確認して...............

走れ〜! びいすけ !!

      20160701水郷トンボ公園15


      20160701水郷トンボ公園16


      20160701水郷トンボ公園17



孤を描くように広場を3周ほど駆け回る びいすけ 。

      20160701水郷トンボ公園19


      20160701水郷トンボ公園20



そして、ちょっぴりひと休み。

      20160701水郷トンボ公園18



次の瞬間...............

      20160701水郷トンボ公園21



またまた、地面にローリング。

      20160701水郷トンボ公園22



ミミズでも居て、匂い付けをしているのかなぁ?

      20160701水郷トンボ公園23


      20160701水郷トンボ公園24


ドッグランては、中々走り回らない びいすけ ですが
芝生広場のある公園では、なぜか走り回る。


やっぱり、 びいすけ にとっては、ドッグランよりも
広い芝生広場のある公園の方が楽しいのかなぁ...............?






2016/07/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.............徳島小学校 (2016年7月1日)(茨城県潮来市) 

7月1日   公休日

この日は、茨城県の潮来市と行方市に出掛けました。

稲荷山公園(潮来町立女子技芸学校跡地)をあとにして
向かった先は...............潮来市立徳島小学校



徳島小学校の詳しい沿革は不明です。

ネットで調べてもなかなか情報はありません。
何せ、Wikipediaにも記載されていない廃校。
当初は廃校時期も分かりませんでしたが、
潮来市フイルムコミッションのページで平成24年に廃校を知りました。

どうやら、平成24年に延方小学校に統合されて廃校となったようです。



潮来市の北利根川沿いの徳島集落にあった徳島小学校。

      20160701徳島小学校01



正門はしっかりと閉ざされています。

      20160701徳島小学校02


      20160701徳島小学校03



しかし、校庭奥の通用門は開いているので
こちらから中に入ってみます。

      20160701徳島小学校21


こちらの門柱は、かなりの年季モノ。

      20160701徳島小学校22

見づらいけれど年に建てられたモノのようです。





こちらが校舎

      20160701徳島小学校04


      20160701徳島小学校05


      20160701徳島小学校06


      20160701徳島小学校07



校舎玄関。

      20160701徳島小学校08



玄関脇の石碑。

      20160701徳島小学校09



割と新しい石碑だから、廃校記念碑かと思ったら違っていました。

      20160701徳島小学校10

校訓なのかな?


こちらは、校歌の碑。

      20160701徳島小学校11



一瞬、二ノ宮像かと思ったら違っていました。

      20160701徳島小学校12

『なかよし』の像。



校庭脇の石碑群。

      20160701徳島小学校13


かなり年代物の石碑で、碑文が読めない。

      20160701徳島小学校14


      20160701徳島小学校15



こちらの石碑は、校舎新築の記念碑のようです。

      20160701徳島小学校16



校舎前に建つトーテムポール。

      20160701徳島小学校26

今では、なかなかお目にかかれないトーテムポール。
本当に久しぶりに見ました。




校庭は思ったほど広くはありません。

      20160701徳島小学校23


ただ、遊具類は健在。

      20160701徳島小学校17


      20160701徳島小学校18


      20160701徳島小学校19


      20160701徳島小学校20



隣接するお寺の墓地との境界用の塀には
卒業生の置き土産。

      20160701徳島小学校24

平成14年度卒業の子供たちの作品です。



校舎前の片隅には、お約束とも言える防災倉庫。

      20160701徳島小学校25


 
二ノ宮像も廃校記念碑もなかった徳島小学校ですが
平成24年の廃校後のそのままの形で残されています。
映画やドラマの撮影で利用されている(?)ようです。
一応、潮来市フイルムコミッションに登録されているロケ地ですからね。

それにしても、ネットで色々な情報を検索して入手できる昨今なのに
この徳島小学校の情報は乏しい。
たった4年前に廃校になった小学校なのに
ここまで情報が少ないのは珍しい。
って言うか、潮来市の小学校って情報が少なすぎる。
統合された延方小学校のHPもクローズされているし。
潮来市って秘密主義?(笑)。






2016/07/18 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............番外編 偶然見つけた学校跡  (2016年7月1日)(茨城県潮来市) 

7月1日 公休日

この日は、茨城県の潮来市と行方市に出掛けました。

潮来市では、主に公園巡り。
たまたま訪れた稲荷山公園内にある稲荷神社周辺を散策しています。

      20160701偶然の廃校01


      20160701偶然の廃校02



境内脇(裏手)に建つ石碑。

      20160701偶然の廃校03

よくよく見ると、学校跡地の石碑。

さらにじっくりと読み返します。

潮来町立女子技芸学校...............?



潮来町立女子技芸学校は

明治39年 潮来町立女子技芸学校設置認可を文部大臣に申請する
明治40年 行方郡潮来町立女子技芸学校認可 稲荷山に開校
昭和9年 茨城県潮来女子技芸学校と改称する
昭和13年 稲荷山より潮来町出口へ移転改築する

その後、このような沿革となっています。

昭和17年 潮来町立高等女学校と改称する
昭和20年 県移管となり、茨城県立潮来高等女学校と改称する
昭和23年 茨城県立潮来高等学校と改称する。

すなわち、現在の茨城県立潮来高等学校へと変遷していました。


女子校から共学の高校になったようです。
確か、佐倉東高校も似たような沿革を歩んで来たんじゃなかったかな?


石碑の裏面にも沿革は刻まれています。

      20160701偶然の廃校04


昭和13年までは校地。
当然、校舎など残っていません。

      20160701偶然の廃校05


いまでこそ、公園敷地内だけど、かつては神社の敷地だったのだろうか?
この辺りに校舎が建っていたのでしょうか?

      20160701偶然の廃校06



展望台の建っている辺りも確かに削平地。
意識して見ると、学校跡地に見えてくる(笑)。

      20160701偶然の廃校07


      20160701偶然の廃校08


本来は、小学校の廃校を追いかけているけれど
偶然見つけた廃校跡地。

女子技芸学校って言うのも味があるなぁ...............(笑)





2016/07/17 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

稲荷山公園    (2016年7月1日)(茨城県潮来市) 

7月1日 公休日

この日は、茨城県の潮来市と行方市に出掛けました。

潮来市では、公園巡り。
権現山公園をあとにして、向かった先は...............稲荷山公園


稲荷山公園は、潮来市街地と水郷が一望できるロケーションの公園です。
園内には野口雨情(名作「船頭小唄」の文学碑)の詩碑があります。
公園内には、スギ・ヒバ・スダジイ・クマザサ・ノアザミなど数多くの植物がみられ、
ドバト・キジバト・ムクドリなどの鳥類も見られるそうです。


稲荷山公園と名が付くように、稲荷神社のある台地にある公園です。
台地中腹にある駐車場に車を停め、公園へと向かいます。

      20160701稲荷山公園01


こちらが、公園の入口。

      20160701稲荷山公園02



稲荷神社のある台地は、鬱蒼と木々が茂り
さしずめ、潮来市民の森といった感じ。

まずは、稲荷神社から攻めて行きましょう。

      20160701稲荷山公園03



なぜか、稲荷神社の本堂の囲い塀に稲荷山公園の案内板。

      20160701稲荷山公園04



こちらが、御神木の巨杉。

      20160701稲荷山公園05



こちらが稲荷神社の拝殿。

      20160701稲荷山公園06




稲荷神社の脇と言うか、裏手になるのか?
稲荷山公園の一角には展望台。

      20160701稲荷山公園07



せっかくだから、その眺望を堪能いたしましょう。

      20160701稲荷山公園08



晴れてはいるものの、ガスっていてやっぱり富士山は見えません。
つくづく富士山とは相性が悪いようです。

      20160701稲荷山公園09



展望台から眺める潮来の市街地。
まさに『水郷潮来』。

      20160701稲荷山公園10



実は、この稲荷山周辺も『茨城百景』の一つ。

こちらには、立派な石碑がありました。

      20160701稲荷山公園11

『茨城百景 水郷潮来』。
そのものズバリです。


百景の碑の近くには、「船頭小唄」の石碑

      20160701稲荷山公園12


野口雨情が作詞、中山晋平が作曲したそうです。

      20160701稲荷山公園13



「船頭小唄」の石碑の稲荷神社を挟んだ反対側には、『橋本登美三郎記念碑』。

      20160701稲荷山公園14

地元の潮来市生まれ。
ロッキード事件で失墜してしまったけれど
記念碑が建つのだから、かなり地元に貢献した人なんでしょうね。



この先は深い森。

      20160701稲荷山公園15


散策路も整備されています。

      20160701稲荷山公園16



紫陽花も植栽され、散策路の一部は紫陽花ロード。

      20160701稲荷山公園17

もう半月も早く訪れれば良かったかな?



散策路を歩いていると、いきなりこんな看板が視界に入ってきます。

      20160701稲荷山公園18

水戸光圀公の御休処跡地。


今では草が茫々で見る影もありません。

      20160701稲荷山公園19



こちらは、菊池寛の記念碑。

      20160701稲荷山公園23




杉木立の中の散策路。

      20160701稲荷山公園20


なぜか土塁のような土壇がある。

      20160701稲荷山公園21


こちらの土壇は空堀のようにも見える。
城郭遺構?

      20160701稲荷山公園22

気になったので、公園の草刈りをしていたボランティアの方に話を伺ったら
元々、この稲荷山公園には稲荷山古墳があるらしい。
(正式には稲荷山古墳群と言うぐらいだから、それなりの数がある?)
円型の土壇は古墳跡だと思われけれど、直線的な土壇や堀は
第二次世界対戦中に空襲するB-29爆撃機の迎撃砲をこの稲荷山に設置したらしい。
その時に土壇や堀を作ったらしい。

う〜む、こんな所にも戦争遺構が残っているのか...............

見たくないモノを見てしまったけれど、
迎撃砲の事を聞かなければ、城址だったのかなぁ?と
いつまでも疑問符を抱えていたことでしょう。


稲荷神社の脇で、偶然にも気になる石碑を見つけちゃいました。
それについては、また明日にでも...............。











2016/07/16 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

権現山公園   (2016年7月1日)(茨城県潮来市) 

7月1日  公休日

この日は、茨城県の潮来市と行方市に出掛けました。
潮来市では公園巡り。
水郷北斎公園をあとにして、向かった先は...............権現山公園

向かったと言っても距離にしたら、わずかな距離。
水郷北斎公園から歩いて権現山公園に向かいます。


権現山公園は、江戸時代には牛堀河岸のシンボルとして、
大きな黒松や桜が航行する舟の目印となっていました。
江戸時代後期に活躍した浮世絵師である葛飾北斎の富嶽三十六景
「常州牛堀」がこの場所よりえがかれたと言われております。

「茨城百景」にも選ばれた桜(約250本)とつつじの名所であり、
展望台からは北利根川沿いに広がる水郷地帯や霞ヶ浦が一望できます。
天気がよい日には筑波山と富士山を同時に見ることができ、
また綺麗な夕陽を見ることの出来るビューポイントでそうです。



県道沿いに建つ案内板。

      20160701権現山公園01


権現山公園の麓は、熊野神社。

      20160701権現山公園02

鳥居の奥に見える台地頂部が権現山公園になります。


権現山公園の台地に上がる前に、麓の熊野神社を
散策します。


この熊野神社はこの権現山に熊野権現信仰として祀ったものだと思われ、
江戸時代あたりに熊野信仰が盛んになって、小さな社をまとめて建てたモノらしいが
詳しい由縁は分かりません。
鳥居の神学には『三熊野神社』と記されています。

      20160701権現山公園03


      20160701権現山公園04


潮来市になる前の牛堀町の説明看板。
境内には大きな銀杏の樹があって、天然記念物に指定されていたようです。

      20160701権現山公園05



こちらが、その銀杏の樹。

      20160701権現山公園06


      20160701権現山公園07


      20160701権現山公園08




三熊野神社の拝殿。

      20160701権現山公園09



権現山公園へは、拝殿裏手の散策路を上がって行きます。

      20160701権現山公園10



額に汗を浮かべ、数分歩けば、権現山公園です。

      20160701権現山公園11



公園入口には、立派な石碑。

      20160701権現山公園12



公園に入ってすぐに、芝生広場がお出迎え。

      20160701権現山公園13


この芝生広場の周辺には約250本の桜の木があり
花見の名所となっているようです。

      20160701権現山公園14



この時期は、タンポポもどき(正式な名前は知りません)が咲いています。

      20160701権現山公園15




芝生広場の奥には、大きな四阿。

      20160701権現山公園16

まるで、この下に土俵でもあったのか?
思わず、そんなことを思ってしまいます(笑)。



名誉市民 森内捷夫氏の像。

      20160701権現山公園17



そして、こちらが『茨城百景入選記念碑』。

      20160701権現山公園18


茨城百景とは、昭和25年に観光審議会が選定した100の景勝地です。

この権現山公園周辺は、『水郷牛堀』として『茨城百景』に選定されています。
しかし、『茨城百景』の碑ではなく、『茨城百景入選記念碑』って言うのが笑えます。



『茨城百景』に選定されているだけあって
権現山公園の展望台からの眺望は良い。


      20160701権現山公園19


霞ヶ浦と北利根川。

      20160701権現山公園20

運が良ければ、富士山と筑波山も同時に見る事が出来るらしいが
運には見放されているようです(笑)

ちなみに、『関東の富士見百景』の一つでもあるらしいが
例のプレートの付いた石碑は見当たりませんでした。


公園の奥の別な展望スポットからは北利根川。

      20160701権現山公園21

この先には太平洋があるようです。


この日は汗ばむ気候だったから、
涼しくなったら、また来ようかな...............。





2016/07/15 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

水郷北斎公園   (2016年7月1日)(茨城県潮来市) 

7月1日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、茨城県の潮来市・行方市へ出かけました。


先ず、最初に訪れたのは...............水郷北斎公園


水郷北斎公園は、潮来市西部の国道51号線に隣接し、
北利根橋の袂から北利根川(常陸利根川)沿いおよそ1kmほどの距離に広がる公園です。
公園名称の「北斎」は、葛飾北斎の「常州牛堀」にちなむものだそうです。
園内は一面芝生が敷かれ、つりを楽しむ人々で休日は賑わう場所だそうです。
夏場は水郷潮来花火大会の会場として利用されていて、
花火大会の当日はかなり賑わうそうです。


地元の佐倉市以外の公園に来るのも久しぶり。
本当は、もっと早くに訪れたかったんですが
ついつい伸びがちになってしまい、この日になってしまいました。
以前にも、すぐ近くに来たんですけどね。

駐車場が分からなかったから、以前訪れた図書館(牛堀第一小学校跡)に車を停めて
水郷北斎公園へと向かいます。

      20160701水郷北斎公園01


北利根川沿いにある公園。
堤防沿いの道がちょっとした観光用の散策路のような感じです。

      20160701水郷北斎公園02


古い倉庫もあったりして、かつては北利根川水路の拠点だったかもしれません。

      20160701水郷北斎公園03


      20160701水郷北斎公園04




倉庫のある辺りから、公園内を散策します。

      20160701水郷北斎公園05



お世辞にも広いとは言えない公園。
幅は20mほどですが、縦に長いと言うか
北利根川沿いに数百m続きます。

      20160701水郷北斎公園06



この辺りが下流域の最奥地。

      20160701水郷北斎公園07


ここから、上流に向かって散策して行きます。

      20160701水郷北斎公園08



芝生も管理されているみたいで、この時期にしては雑草も少ない。

      20160701水郷北斎公園09



そう言った芝生があれば、当然かの如く びいすけ はこのポーズ。

      20160701水郷北斎公園10

芝生に仰向きで背中をスリスリ。
どこでこのような仕草を覚えてくるんだろう?
悲しいかな? 犬として生まれ持った習性なんでしょうね。



そして、こう言った広場や公園では、当然のように匂い嗅ぎの徘徊。

      20160701水郷北斎公園11



犬連れで散歩に来る人も多いようで、
放し飼い禁止や放置ウンチの禁止などのよく見かける注意喚起の看板もあります。

びいすけ は他のワンちゃんの残り香に夢中です。

      20160701水郷北斎公園12



水門や北利根橋をバックに北利根川を眺めるのも風情があるような気がします。

      20160701水郷北斎公園13


      20160701水郷北斎公園14

紛れもなく、この地は上州牛堀。
北斎の時代には水門や北利根橋は無かったけど、
北斎もこの風景を目にしたのだろうか...............?




2016/07/14 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................牛堀第二小学校   (2016年2月21日)(茨城県潮来市) 

2月21日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、茨城県の行方市へ出かけました。
行方市へ行く途中である香取市でちょっと道草。
さらに茨城県の潮来市でも寄り道をすることにしました。

八代小学校をあとにして
向かった先は...............潮来市立牛堀第二小学校


牛堀第二小学校の詳しい遠景は不明です。
ネットで色々と調べてみましたが、よく分かりませんでした。
しかしながら、旧・牛堀町域にあった3つの小学校が統合されてしまいました。

平成16年牛堀第一小学校、牛堀第二小学校、八代小学校が統合して
新たに牛堀小学校が誕生。3校は廃校になりました。


県道185号線沿いに在る牛堀第二小学校。
地域の避難場所になっています。

      20160221牛堀第二小学校01



こちらが、牛堀第二小学校の正門。

      0160221牛堀第二小学校02


既に表札は外されて有りませんが、石造りの古い門柱。

      0160221牛堀第二小学校03



裏面をじっくり覗き込むと...............

      0160221牛堀第二小学校04

大正15年の作とありました。
(写真が不鮮明で分かりづらいかな?)



校舎前に建っている 創立百周年の記念碑 。

      0160221牛堀第二小学校05


      0160221牛堀第二小学校06



校歌の銘板もあり。

      0160221牛堀第二小学校07


ちょっとした沿革。

      0160221牛堀第二小学校08



校章。

      0160221牛堀第二小学校09


そして、校訓。

      0160221牛堀第二小学校10


一つの記念碑で4種の銘板を残し、
1粒で4度美味しいって言う、グリコ顔負けの碑です。



校舎と体育館。

      0160221牛堀第二小学校11


こちらは、校舎正面。

      0160221牛堀第二小学校12


体育館。

      0160221牛堀第二小学校13


校舎をズームアップ。

校章と時計。

      0160221牛堀第二小学校14

何故か若干の狂いはあるけれど、意外に現在時刻に近い。
ちょっとした驚き。



こちらは、校庭。
前日の雨で所々泥濘んでいます。

      0160221牛堀第二小学校15


校庭にあった木製の壁。
野球少年は、この壁に向かって投げていたのでしょう。

      0160221牛堀第二小学校16



校庭の隅にある一段高いステージ?

      0160221牛堀第二小学校17

当初、花壇かな?って思っていたけど、
コンクリート製の客席みたいなモノがあるから
やっぱりステージかなぁ?


客席側から、校舎を眺めます。

ステージ(舞台)に立つ びいすけ ?

      0160221牛堀第二小学校18



校庭には竹で出来たこんなベンチも数台残されていました。

      0160221牛堀第二小学校19



校庭の隅にある石碑。
学校関連のモノでは無いようです。

      0160221牛堀第二小学校20



校舎脇の大きな気にぶら下げられたブランコ。

      0160221牛堀第二小学校21



まさか、12年前のモノじゃないよね?

      0160221牛堀第二小学校22


牛堀第二小学校の跡地は現在、社会福祉法人が管理されているのでしょうか?
こんな案内が玄関のガラスドアに貼られていました。

      0160221牛堀第二小学校23



前日の雨と違って、この日は快晴。
陽も射し、穏やかで暖かい。
子供たちが卒業して記念で植えた梅の花が
ポツリポツリと咲き始めていました。

      0160221牛堀第二小学校24


      0160221牛堀第二小学校25


春近し!って言った感じですね。
梅の花も乙だけど、やっぱり廃校にはシンボルツリーの桜の木。
満開の桜が似合うと思うんだけどなぁ...............。







2016/03/09 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................八代小学校   (2016年2月21日)(茨城県潮来市) 

2月21日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、茨城県の行方市へ出かけました。
行方市へ行く途中である香取市でちょっと道草。
さらに茨城県の潮来市でも寄り道をすることにしました。

牛堀第一小学校をあとにして
向かった先は...............潮来市立八代小学校


八代小学校は

明治10年     上戸村長国寺を仮校舎として上戸学校開設。
昭和22年     八代村立八代小学校と改称する。
昭和30年     牛堀町立八代小学校と改称する。
平成13年     牛堀町が潮来町と合併して潮来市誕生。
           潮来市立八代小学校と改称する。
平成16年     八代小学校、牛堀第一小学校、牛堀第二小学校が統合して牛堀小学校が開校。
           八代小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。


こちらが、八代小学校の正門。

       20160221八代小学校01


門柱に掲げられた表札。

       20160221八代小学校02

潮来市が誕生したのが平成13年。
廃校になったのが平成16年。
とっくに潮来市なのに、何故か 八代町立八代小学校 となっている。
八代町にこだわっていたんでしょうか?



もう片方の門柱には、八代小学校の校章が掲げられています。

       20160221八代小学校03

校舎の壁面や玄関の庇や校章を掲げるのは良くあるけれど
正門の門柱に掲げるのは珍しい。



正門はゲートが閉められていますが、門柱脇こら中へ入れるので
ちょっと失礼して八代小学校を見学させてもらいましょう。


正門から見た校庭。

       20160221八代小学校04


校庭奥から眺める校舎。

       20160221八代小学校05



別棟と体育館。
別棟は音楽室とか理科実験室と言った特別教室だったのだろうか?

       20160221八代小学校06



本校舎遠景。

       20160221八代小学校07



別棟。

       20160221八代小学校08



体育館。

       20160221八代小学校09



校舎の玄関に掲げられていた案内。
廃校後、土日は地域のスポーツ振興の場として活用されているようです。

       20160221八代小学校28




校舎前の庭に何かの標柱が建っています。

       20160221八代小学校10



良く見たら、八代小学校の位置(緯度、経度)を示した標柱。

       20160221八代小学校11

山梨県の廃校では良く見かけましたが、茨城県の廃校では珍しい。



校舎の前に建っていた校歌の碑。

       20160221八代小学校12



そのすぐ近くには、校訓の碑。

       20160221八代小学校13



少し離れた位置、ちょうど正門の脇辺りに
ひっそりと建っていた廃校記念碑。

       20160221八代小学校14


『 ありがとう さようなら わすれません 』

子どもたちの目線に立った言葉ですね。

       20160221八代小学校15



裏面には沿革も刻まれています。

       20160221八代小学校16



さらに、その奥には一枚の説明板。

       20160221八代小学校17

昭和38年に建てられた『 友愛の像 』について触れています。

昭和37年の竜巻で校舎が倒れ、83名の児童が下敷きになり
その内、2名の尊い生命が奪われたらしい。
翌38年に新校舎が建てられた時に、この像も建立されたらしい。



こちらが、友愛の像。

       20160221八代小学校18



最初、遠目で見ていたから、てっきり二ノ宮像だと思ってました。

       20160221八代小学校19



しかし、説明板で悲しい事件を知ってしまうと
何故か、この像を直視できませんでした。

       20160221八代小学校20



廃校から既に12年の月日が流れようとしています。

       20160221八代小学校21

土曜日、日曜日に利用されているとは言え、校舎の壁面に掲げられている時計は
正しい時刻を刻んでいません。



玄関の庇に掲げられている校章。

       20160221八代小学校24



校舎前の水飲み場のタイルも赤茶けている。

       20160221八代小学校22



真鍮製の蛇口は鈍く光り、ハンドルも無いから水も出ないだろう。

       20160221八代小学校23


       
錆で赤茶けてしまった国旗掲揚ポール。

       20160221八代小学校25


廃校記念碑に刻まれた沿革には
昭和38年以降、校舎が改築されたとは記されていない。

と言うことは、昭和38年に建てられた校舎。

       20160221八代小学校26


建てられてから54年の月日が流れようとしている。

       20160221八代小学校27


もう、廃校だから児童はいないけれど
54年の月日を考えたら、この校舎もいずれ解体されてしまうだろう。

解体前に訪れることが出来て良かった..............................。




       






2016/03/08 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................牛堀第一小学校   (2016年2月21日)(茨城県潮来市) 

2月21日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、茨城県の行方市へ出かけました。
行方市へ行く途中である香取市でちょっと道草。
さらに茨城県の潮来市でも寄り道をすることにしました。

湖東小学校をあとにして
向かった先は...............潮来市立牛堀第一小学校


牛堀第一小学校の詳しい沿革は不明です。
ネットで色々と調べてみましたが分かりませんでした。

平成16年に、牛堀第一小学校、牛堀第二小学校、八代小学校が統合して
新たに牛堀小学校が誕生して、3校は廃校になりました。


こちらが、かつての牛堀第一小学校の正門。

      20160221牛堀第一小学校01


石造りの門柱。

      20160221牛堀第一小学校02



正門をくぐって敷地内に入ってみます。

      20160221牛堀第一小学校03


校舎は一部改修され、現在は潮来市立図書館となっています。

      20160221牛堀第一小学校04
 
一説によれば、校舎外観を残し、
地域の景観特性からイメージされる小船(さっぱ舟)をデザインした建物を増築し、
図書館という新たな施設に変貌させたそうです。



校庭にはアスファルトが敷き詰められて、図書館の駐車場となっています。

      20160221牛堀第一小学校05



こちらは、子供たちの卒業記念の製作物でしょうか?
煉瓦造りの門? 壁?

      20160221牛堀第一小学校06

『 がんばろうよ 』の言葉が刻まれています。



その背後には、シンボルツリーであったと思われるモミの木(かな?)。

      20160221牛堀第一小学校07



正門近くには桜の木。

      20160221牛堀第一小学校08


牛堀第一小学校の名を残す遺構は無いか?と探していたら...............

在りました。
校歌の碑。

      20160221牛堀第一小学校09

裏面に沿革が刻まれているかと期待したら...............残念でした。


明らかに、この一画はロータリーだと思われる個所。
木々の中に隠れるように子供の沿いにがありました。

      20160221牛堀第一小学校10



先ほどのシンボルツリーを別アングルから。

      20160221牛堀第一小学校11



校舎(現:図書館)の脇にある銅像。

      20160221牛堀第一小学校12

一瞬、二ノ宮像と勘違いをしてしまいました。

銅像は、小堀進画伯の銅像です。


昭和初期の代表的水彩画家という事で、日本初の日本芸術院会員となった人らしい。
確かに絵筆を持って絵を書いている姿は画家ですね。
潮来市の出身で、地元に著名人になるわけですね。
ひょっとしたら、牛堀第一小学校の時からこの銅像は建っていたのだろうか?

      20160221牛堀第一小学校13

平成16年の3月に牛堀第一小学校は廃校になったから
銅像が建てられたのが平成16年9月。
どうやら、廃校後に建てられたようですね。



銅像脇には人工池。

      20160221牛堀第一小学校14

牛堀第一小学校の名残りだと思うんだけどなぁ。


銅像の背後には石碑が並ぶ。

『心理』と刻まれた石碑は、心理の丘に建てられたモノらしい。

      20160221牛堀第一小学校15



図書館の裏手。
こちらは、旧・校舎をそのまま再活用しているようです。

      20160221牛堀第一小学校16


      20160221牛堀第一小学校17


いかにも、校舎って感じが分かります。

      20160221牛堀第一小学校18


こちらは外観から推測すれば、体育館だったんじゃなかろうか...............?

      20160221牛堀第一小学校19



全く小学校跡地と言うことが分からなくなってしまうような改修でもなく
所々に牛堀第一小学校の名残りを残しているすがたに共感が持てるなぁ...............。




2016/03/07 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit