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び・び・びのびいすけ

常陸七福神巡り 《 布袋尊 月山寺 》 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

茨城百景の石碑を見つけ、ついでに参拝した富谷観音。
こちらの御朱印は、同じ桜川市内の月山寺でいただく事が出来ます。

月山寺...............?
どこかで聞いたような記憶が...............


たまたま先日、御朱印を拝領した石岡市の西光院。
こちらは、常陸七福神の一つでした。
そして、月山寺も常陸七福神の一つです。
富谷観音の御朱印もいただけるし、常陸七福神だし、
月山寺に行かない理由がありません。

と言うことて、向かうのは月山寺です。


月山寺は、天台宗の寺院で山号は曜光山。
正式には『曜光山 月山寺』と呼ぶようです。
平安時代初期、桓武天皇の時代に創建され、
江戸時代には天台宗の学問所、
関東八檀林の一つとして栄えていました。

布袋尊が祀られていて、常陸七福神の1つとされています。
茨城県と桜川市の指定有形文化財に指定されています。
紅葉の美しい庭園があり、例年11月中が紅葉の見頃だそうです。
併設されている美術館には国や県指定の文化財が展示されています。



こちらが、月山寺の寺号標。

      20180216布袋尊 月山寺01



山門前にて。

      20180216布袋尊 月山寺02



こちらが、山門。

      20180216布袋尊 月山寺03



山門をくぐって境内に入ると、目に留まるのは札所の前の赤い幟。

      20180216布袋尊 月山寺04

常陸七福神の幟です。

1月だと新年の七福神巡りで幟を立てる事が多いけれど、
2月になっているし、七福神巡りには通年力を入れているようです。


こちらが、本堂。

      20180216布袋尊 月山寺05

正直言って、あまり本堂には関心がない。


気になるのはこちら。

      20180216布袋尊 月山寺07


      20180216布袋尊 月山寺08


このお堂の中に、布袋尊が鎮座しています。

      20180216布袋尊 月山寺09


      20180216布袋尊 月山寺10



少し影になって見にくいですが...............

      20180216布袋尊 月山寺11


月山寺の布袋尊。

      20180216布袋尊 月山寺12

常陸七福神の布袋尊です。


布袋尊の背後には小振りな七福神たち。

      20180216布袋尊 月山寺13



七福神の布袋尊もお詣り出来たから、月山寺の境内を探索してみましょう。


この石段を上って行くと...............

      20180216布袋尊 月山寺14



そこには鐘楼堂。

      20180216布袋尊 月山寺15



そして、その脇には『千手堂』。

      20180216布袋尊 月山寺16



扁額には『千手室』と記されています。

      20180216布袋尊 月山寺17



この千手堂には、千手観音が祀られているそうです。

      20180216布袋尊 月山寺18




こちらが札所。

      20180216布袋尊 月山寺23

一見、御朱印はこちらで拝領できるのかと思えますが
こちらではなく、受付で御朱印をお願いできるそうです。



そして、こちらがその受付。

      20180216布袋尊 月山寺19

御朱印は、こちらで受け付けてもらいます。



墨書きの御朱印を待つ間、綺麗な庭園を覗きます。

      20180216布袋尊 月山寺20


梅の花が一輪、春は近づいています。

      20180216布袋尊 月山寺21



こちらが、月山寺美術館。

      20180216布袋尊 月山寺22

貴重な月山寺の宝物が展示されているらしい。



      
個人的には、美術館よりもやっぱり庭園を見てほしい。
京都の龍安寺の石庭っぽい。

      20180216布袋尊 月山寺24


      20180216布袋尊 月山寺25



こちらが、拝領した御朱印。

      20180216布袋尊 月山寺26

月山寺の御朱印と常陸七福神の御朱印の2種を
見開きでお願いしました。


こちらが、月山寺の御朱印。

      20180216布袋尊 月山寺27



そして、常陸七福神 布袋尊の御朱印。

      20180216布袋尊 月山寺28


常陸七福神の御朱印、やっぱり追いかけてみようっと!







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2018/04/04 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 富谷観音 》(2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

旧・真壁町から旧・大和村、そして旧・岩瀬町へと桜川市内を移動してします。

鴨鳥五所神社をあとにして、向かったのは桜川市富谷地区。

実は、昨年の6月に、茨城百景の『謡曲桜川の桜と富谷観音』を訪れた時に
富谷観音の近くにある茨城百景の石碑を探しきれませんでした。
今回、富谷山の近くに来たこともあり、前回のリベンジ。
茨城百景の碑を探します。

茨城百景を追いかけている先人たちのブログをチェック。
その画像や記事から推測して、碑のある場所わわ推測して探します。

大まかな場所にあたりをつけ、車で徘徊して
見事に碑を発見!

急いで、車を降りて写真撮影です。

      20180216茨城百景 富谷観音01



碑には、小さく 謡曲桜川の桜と富谷観音 と刻まれ
大きく 富谷観音 と刻まれています。

      20180216茨城百景 富谷観音02

この碑を探していたんだよなぁ。


せっかくだから、裏面も撮っちゃいましょう(笑)。

      20180216茨城百景 富谷観音03


よくよく考えたら、茨城百景が制定されたのは昭和25年。
それを記念して設置された碑だから、当然設置される場所は
① ズバリ、その対象物の在る場所。
② その対象物へ行くための最寄りの交通機関の駅やバス停前。
③ その対象物へ行くための道沿い。

これらが考えられます。
昭和25年当時の旧道に碑が在るのは容易に考えられます。
しかし、その旧道の場所が分からないというジレンマはありますが...............


この場所も旧道だったようです。

      20180216茨城百景 富谷観音04

茨城百景の碑の近くに道標となる石碑がありました。


せっかく碑を見つけたんだから
このまま、別な場所に移動しちゃうのも芸がない。

何せ、碑が在るのは、富谷山の麓。
富谷山の中腹にある富谷観音まで
ハイキングコースが整備されているようです。

      20180216茨城百景 富谷観音05



この先はハイキングコースと言うか、
富谷観音の参道になるようです。

      20180216茨城百景 富谷観音06


      20180216茨城百景 富谷観音07


      20180216茨城百景 富谷観音08



麓から歩いて行くのは大変だから、
車でサッと富谷観音まで移動しちゃいます。


富谷観音は、正式には富谷山 小山寺と言います。
天平7年(735年)に聖武天皇の勅願により、
行基を開基として創立されたと伝えられています。
地元では「富谷観音」の愛称で親しまれています。
富谷観音の三重塔は相輪の銘によると、
寛正6年(1465)に多賀谷朝経が大旦那となり、
大工宗阿弥家吉とその息子によって建立されたもので、
国の重要文化財に指定されています。

      20180216茨城百景 富谷観音09



富谷観音の入口。

      20180216茨城百景 富谷観音10



境内の三重塔が国の重要文化財に指定されているから注目を浴びますが
こちらの楼門もそれなりに立派なモノ。

      20180216茨城百景 富谷観音11


      20180216茨城百景 富谷観音12


楼門に掲げられた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音13

悲しいかな、何と書いてあるか...............?
達筆すぎて、私には判別不能。



楼門の仁王像。

      20180216茨城百景 富谷観音14


      20180216茨城百景 富谷観音15



富谷観音(小山寺)には、文化財が多いようです。
さりげなく、楼門前には富谷観音の文化財の説明板。

      20180216茨城百景 富谷観音16



こちらは、手水鉢になるのだろうか...............?

      20180216茨城百景 富谷観音17


楼門の先は、急な石段。

      20180216茨城百景 富谷観音18


石段を上れば境内。


手水舎。

      20180216茨城百景 富谷観音19



こちらが本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音21


別アングルからの本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音20



さらに別アングルから。

      20180216茨城百景 富谷観音22



本堂の扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音23

おそらく、山号だと思うのだけれど、『富谷山』には見えない。
字数も合わないし...............。



こちらは、本堂の左右に飾られた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音24


      20180216茨城百景 富谷観音25



境内と言うか、本堂背後の斜面に祀られた大黒堂。

      20180216茨城百景 富谷観音26



中には大黒天がしっかりと祀られています。

      20180216茨城百景 富谷観音27


こちらは、弁財天。

      20180216茨城百景 富谷観音28

大黒天、弁財天と来たら七福神?
でも他にも七福神らしき影も無い。


こちらが、国指定文化財の三重塔。

      20180216茨城百景 富谷観音29


      20180216茨城百景 富谷観音30


      20180216茨城百景 富谷観音31



鐘楼。

      20180216茨城百景 富谷観音32




桜川市の指定天然記念物。
小山寺の大杉。

      20180216茨城百景 富谷観音33
      20180216茨城百景 富谷観音34


      20180216茨城百景 富谷観音35



基本は神社派ですが...............
せっかく訪れた富谷観音( 小山寺 )。
御朱印をいただく事に。

      20180216茨城百景 富谷観音36


富谷観音の御朱印は、同じ桜川市の月山寺でいただく事が出来ます。

御朱印もいただいたし、茨城百景の碑も見つけることが出来たから
これで本当に『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』が制覇出来ました。




2018/04/03 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り 鴨鳥五所神社 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


青木堰をあとにして...............と言うか、
大國玉神社の次に当初から向かっていたのは、鴨鳥五所神社。


鴨鳥五所神社は大同四年(809年)、伊弉諾尊・伊弉冊尊両社の神に
鹿島神社・二荒神社・出雲大社・南宮神社の四柱の神を合祀し、
大泉の里飯森の峯へ勧請、五所神社と称したのが始まりとされるそうです。
その後、建仁二年(1203年)に時の領主・結城朝光が鴨鳥の地へ遷座し、
鴨鳥五所神社と改称したそうです。



県道沿いに建つ社号標。

      20180216鴨鳥五所神社01



鴨鳥五所神社は、社号標背後の台地の上。
森の中に鎮守する神社です。

      20180216鴨鳥五所神社02



こちらが、台地の麓。
一の鳥居の脇にも社号標。

      20180216鴨鳥五所神社03



こちらが一の鳥居。

      20180216鴨鳥五所神社04



鳥居に掲げられている神額。

      20180216鴨鳥五所神社05



現在、この辺りは桜川市ですが、以前ば岩瀬町。
その旧・岩瀬町の教育委員会が建てた標柱。

      20180216鴨鳥五所神社06

鴨鳥五所神社の本殿は茨城県の文化財に指定されているらしい。



鴨鳥五所神社の参道の碑も建っています。

      20180216鴨鳥五所神社07



参道と書かれた碑も在ったし、狭いから車は近くの空き地に停めて
参道を歩いて上ります。

      20180216鴨鳥五所神社08



深い森。
杉の木立も幾年もの歳月を重ねて来たのだろう。
かなり立派なモノです。

      20180216鴨鳥五所神社09



こちらが、神社の入口。

      20180216鴨鳥五所神社10



二の鳥居。

      20180216鴨鳥五所神社11



二の鳥居から社殿へと向かう参道には、幾つかの境内社。

      20180216鴨鳥五所神社12


      20180216鴨鳥五所神社13


      20180216鴨鳥五所神社15



そして、御鎮座1300年記念碑。

      20180216鴨鳥五所神社14

鎮座1300年とは歴史ある神社なんですね。


      

手水舎。

      20180216鴨鳥五所神社16



そして、拝殿。

      20180216鴨鳥五所神社17


      20180216鴨鳥五所神社18



拝殿に掲げられた扁額。

      20180216鴨鳥五所神社19



そして、本殿。

      20180216鴨鳥五所神社20

茨城県の指定文化財らしいが、そんなに立派には見えない。



拝殿前の狛犬。

      20180216鴨鳥五所神社21


拝殿脇の切り株。

      20180216鴨鳥五所神社22

以前の御神木の跡のようです。



拝殿(社殿)脇にも社号標。

      20180216鴨鳥五所神社23

社号標は、これで3つ目?



社殿周りにも境内社が多い。

      20180216鴨鳥五所神社24


      20180216鴨鳥五所神社25


      20180216鴨鳥五所神社26



こちらは、由緒が記された御大典記念の碑。

      20180216鴨鳥五所神社27



こちらは、さざれ石。

      20180216鴨鳥五所神社28

なぜか隣には、『君が代』の碑。




こちらが、社務所。
残念ながら閉まってます。

      20180216鴨鳥五所神社29



社務所には貼り紙が...............

      20180216鴨鳥五所神社30



こちらが、鴨鳥五所神社の御朱印。

      20180216鴨鳥五所神社31

一の鳥居の手前の宮司さん宅にていただきました。



鴨鳥五所神社のあるのが、現在の桜川市大泉。

実は昨年の6月、坂戸小学校大泉分校を訪れた際に
すぐ近くに来ていました。
8ヶ月振りではありますが、
再びこの近くに来るとは思わなかった。

時間があれば、大泉分校に立ち寄っても良かったんだけど
何せ、この日はこの後の予定も詰まっています。

先を急ぐことにいたしましょう。



2018/04/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

青木堰跡 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

大國玉神社をあとにして、次なる場所へと移動していると
こんな案内板が目に留まりました。

      20180216青木堰跡01


そう言えば、以前この近くを通ったことがあった。
( その時の記事は こちら )


青木堰って、確か二宮尊徳(金治郎)が尽力した堰だったはず。
そんな記憶がふと頭をよぎり、素通りは出来ません。




青木村(現桜川市大和村青木)は江戸時代初期から幕府領で、
1708年(宝永5年)旗本川副氏の知行地となりました。
青木堰は古くから村の水田を潤してきた重要な施設でしたが、
河川が急流であるため増水のたびに流され、多大な改修費を要していました。

知行1500石余の小旗本であった川副氏は、やがて改修ができなくなり、
堰は壊れたまま放置されるようになりました。
その結果水不足が慢性化し、収穫量は激減しました。

1831 年(天保2年)、名主・館野勘右衛門以下37名は
村の救済を農政家である二宮尊徳に頼みました。
尊徳は、1833年(天保4年)、青木村復興事業の一つとして青木堰の建設に着手し、
元禄期に比べ工期も短く費用も半分以下に抑えるという他に例を見ない工法により
青木堰を完成させました。

現在は、旧堰の跡地に「二宮尊徳先生仕法青木堰の記」という立て札と碑が存在します。
現在の青木堰は、1998年に旧跡の上流に建設されたものです。





案内板に導かれ、足を進めると今度は説明板。   

      20180216青木堰跡02





こちらが、現在の青木堰。

      20180216青木堰跡03

まあ、ちょっとしたダムのような感じです。

      20180216青木堰跡05



青木堰の上流。

      20180216青木堰跡04


      
青木堰の下流。

      20180216青木堰跡06


      20180216青木堰跡07



現在の青木堰から少し下った所が二宮尊徳が改修した青木堰の跡。

そこには石碑等が建ち並んでいます。

      20180216青木堰跡08


      20180216青木堰跡09

碑文によれば...............

二宮尊徳は、青木堰周辺の桜の木は、大和国(奈良県)吉野の桜の木で
日本一の桜の木だと讃え、青木村仕法の証しとしたそうです。


      20180216青木堰跡11




報徳不忘

      20180216青木堰跡10

読んで字の如く、報徳を忘れない。
即ち、 受けた徳を忘れない。

二宮尊徳から受けた徳を忘れない。

この地域の先人たちの紛れもない気持ちでしょう。





こちらの碑には、『二宮先生 築堰之蹟』と記されています。
  
     20180216青木堰跡12



そのすぐ脇には、立て札で青木堰の跡を示しています。

     20180216青木堰跡13



確かに、青木堰の跡には碑がいっぱい。

      20180216青木堰跡14



そのすぐ近くの川の流れ。

      20180216青木堰跡15

今は、旧・青木堰跡の脇を蛇行するように川の水は流れ
現在の青木堰で水量を調整されているから、流れは大人しいモノです。

      20180216青木堰跡19




二宮尊徳の偉大な功績の跡地。
記念碑よりも、土の匂い? 草の匂い?
それとも、この辺りを散歩しているワンちゃんの匂いか?

      20180216青木堰跡16


匂い嗅ぎに夢中な びいすけ 。

      20180216青木堰跡17


      20180216青木堰跡18


廃校巡りの時に父さんは、あれだけ夢中になる二宮像。
その二宮尊徳の偉大な功績の跡地も、びいすけ にとっては
単なる散歩の延長の場所なんだろうね。



    




2018/04/02 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り 大國玉神社 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


雨引観音をあとにして、向かった先は...............大國玉神社


大国玉神社は、茨城県桜川市(旧・真壁郡大国玉村)にある大国主命を祭神とする神社です。
愛称は明神様と呼ばれているようです。
創祀年代は不詳ですが、一説には「人皇53代淳和天皇天長年中」と言われているそうです。
江戸時代までは、大国玉命を祀る男体(東の宮)と活玉依媛命を祀る女体(西の宮)との二本殿を有していたそうですが
明治以降は一殿となったということです。

『おおくにたま』神社と読むから、東京都下の多摩地区で育った人間には
『大国魂神社』と思わず勘違いをしてしまいそうです。



こちらが、社号標。

      20180216大國玉神社01



そして、鳥居。

      20180216大國玉神社02



注連縄も正月に新しくしたのでしょう。
まだ新しく感じます。

      20180216大國玉神社03




鳥居をくぐって、社殿に向かい参道を歩きます。

      20180216大國玉神社04



参道の境内社。

      20180216大國玉神社05



こちらは、幣殿、拝殿の造営の記念碑。

      20180216大國玉神社06



シンプルな手水舎。

      20180216大國玉神社07

って言うか、手水鉢ですね。


こちらは、旧い手水鉢。

      20180216大國玉神社08



拝殿前の狛犬。

      20180216大國玉神社09




こちらが、拝殿。

      20180216大國玉神社10



拝殿に掲げられた扁額。

      20180216大國玉神社11



こちらは、本殿。

      20180216大國玉神社12



本殿脇の立派な木。

      20180216大國玉神社13
      20180216大國玉神社14

余りの立派さに御神木かと思ったら違っていました。




大國玉神社の由緒書き。

      20180216大國玉神社15



こちらは、社号標?

      20180216大國玉神社16

はたまた、何か大國玉神社関連の記念碑でしょうか?




境内社。

      20180216大國玉神社17


      20180216大國玉神社18



かつて、この場所に御神木の『神代杉』が在ったようです。

      20180216大國玉神社19

枯れてしまったのか?


切り株が残っていますが、
その脇にはこれまた御神木?と思わせる立派な杉の木。

           20180216大國玉神社20
           20180216大國玉神社21
      20180216大國玉神社22



こちらも境内社。

      20180216大國玉神社23


とにかく、境内社が多い。

      20180216大國玉神社24

境外には、75の末社が在るらしい。



こちらが、社務所ですが閉まっています。

      20180216大國玉神社25


御朱印は、神社右側の宮司さん宅にていただくことが出来ます。


こちらが、大國玉神社の御朱印。

      20180216大國玉神社26


また一つ、貴重な御朱印をいただくことが出来ました。





2018/04/02 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............雨引観音(雨引山 楽法寺) (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


雨引千勝神社をあとにして、向かった先は...............雨引観音


雨引観音は、一般的に雨引観音と読んでいますが
正式には、 雨引山 楽法寺 と言います。

用明天皇2年(587年)梁の国人の法輪独守居士によって開山された
厄除延命安産子育の霊験あらたかな延命観世音菩薩(国指定重要文化財)を本尊佛として、
お祀り申し上げる坂東観音霊場第二十四番札所の名刹です。




こちらが、寺号標。

      20180216雨引観音01



この立派な門は 薬井門。

      20180216雨引観音02

俗称「黒門」と言い、関ヶ原の戦(1600)以前は真壁城の城門であったと言うことです。




磴道。

      20180216雨引観音03

この石段は俗に厄除けの石段といい、一段一段登るごとに「南無観世音菩薩」と称号を唱えて登れば、145段を登りつめた時、厄が落ちるといわれています。



石段の途中には鐘楼堂 。

      20180216雨引観音04


建長6年(1254)宗尊親王の御願によって建立し、
その後天和2年(1682)当山第14世堯長が再建したが、
又大破したために文政13年(1830)第24世元盛が再度建立したものです。

昭和50年瓦葺きに葺き替えられましたが、
他は文政年中建設のままだそうです。

      20180216雨引観音05



こちらが地蔵堂。

      20180216雨引観音06

建長6年(1254)宗尊親王の御願によって建立した建物であり
享保年中(1715)仏師無関堂円鉄(円哲ともいう)が彫刻した地蔵菩薩を安置しています。
このお地蔵様は俗に「子安地蔵」として庶民に親しまれ、
特に子育てを祈願する母親の参詣が多いそうです。




こちらは、仁王門

      20180216雨引観音07

建長6年(1254)宗尊親王の建立した門で、
鎌倉時代の仏師康慶の彫刻した仁王尊を祠っています。
仁王尊は二躯であり、一体は阿の字一体は吽の字を示現すといい、
力感溢れる 名彫刻です。


仁王門の扁額。

      20180216雨引観音08

楽法寺の山号である『雨引山』となってます。



手水舎。

      20180216雨引観音09


定番の龍の吐出口。

      20180216雨引観音10



境内には孔雀が放し飼いになっています。
一応、犬連れの人への注意喚起。
って言うことは、境内に犬を連れも基本的には問題なし。

      20180216雨引観音11



こちらが、本堂(観音堂)。

      20180216雨引観音12



正面から。

      20180216雨引観音13



正面に掲げられた扁額。

      20180216雨引観音14



別アングルからの本堂。

      20180216雨引観音15



多宝塔。

      20180216雨引観音16

当初は三重塔を建設する予定だったらしいが、幾多の事情により
多宝塔となったそうです。




こちらが御協所。

      20180216雨引観音17

神社で言うところの授与所。


御朱印は、こちらでいただけます。

      20180216雨引観音18




こちらが東照宮。

      20180216雨引観音19

徳川家康の死後、寛永2年(1625)境内に東照大権現(徳川家康の神号)の祠堂を建立しました。
享保12年(1727)第十八世吽教は仏師円哲と心をあわせて 現存の東照宮を再建し、
地主大権現として家康家光を合祠しました。

すなわち、この場所に徳川家康、家光が祀られていることになります。




こちらは、御所権現(だったと思う。違っていたらごめんなさい。)

      20180216雨引観音20

足利尊氏を祠った堂であり、
屋根には足利氏の定紋が輝いているらしい。



弁天池。

      20180216雨引観音21

錦鯉が泳ぐ池。
弁天様が祀られています。



雨引観音は、雨引山の中腹にある寺院だから
それなりに眺望は長けています。

      20180216雨引観音22



しかし、生憎の曇り空。
スカッと晴れて入れば、また違った風景に見えるかも...............?

      20180216雨引観音23


      20180216雨引観音24



こちらが、雨引観音(雨引山 楽法寺)の御朱印。

      20180216雨引観音25

茨城百景の地でもある雨引観音。
秋の紅葉、そして初夏の紫陽花が有名な場所でもあるようです。

紫陽花の時期にまた来ようかな...............?



2018/04/01 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

雨引千勝神社 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


加波山神社をあとにして、向かった先は...............雨引千勝神社



雨引千勝神社は、大同2年(807年)の創建で、
祭神は道案内と産業の神様で知られる猿田彦命を祭り、
千勝大明神と呼ばれていましたが、
明治六年(1873年)に神社の名を雨引千勝神社と改称しました。
神社の紋章(菊水)は、常陸国に来た楠木氏が、
戦勝祈願のため菊水の紋を木に彫り奉納したものだそうです。



こちらが一の鳥居。

      20180216雨引千勝神社01



社号標。

      20180216雨引千勝神社02



そして、二の鳥居。

      20180216雨引千勝神社03


二の鳥居の脇には、説明板。

      20180216雨引千勝神社04



そして、その隣には由緒書き。

      20180216雨引千勝神社05



鳥居をくぐって石段を上り、境内に入ります。

      20180216雨引千勝神社06



手水鉢。

      20180216雨引千勝神社07


      20180216雨引千勝神社08



こちらが、拝殿。

      20180216雨引千勝神社09


別アングルから。

      20180216雨引千勝神社17



拝殿に掲げられた扁額。

      20180216雨引千勝神社10


      20180216雨引千勝神社11



こちらは、本殿。

      20180216雨引千勝神社15




拝殿前の狛犬。

      20180216雨引千勝神社12




境内社。

      20180216雨引千勝神社13


      20180216雨引千勝神社14


      20180216雨引千勝神社16







御神木。  

      20180216雨引千勝神社18
      20180216雨引千勝神社19

スダジイの巨木です。




社務所はあるのですが、閉まっている。
いつも宮司さんが居るわけでなく、
御祭礼とか特別な日しか居ないらしい。

一応、こちらの雨引千勝神社でも御朱印を発行しているらしい。
ひょっとしたらと期待して訪れましたが
やっぱり、宮司さんは不在。
御朱印は、いずれの機会にでも期待いたしましょう。



2018/03/31 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

加波山普明神社&加波山神社 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


加波山三枝祇神社をあとにして、向かった先は...............加波山普明神社


加波山三枝祇神社から直線距離でも数百m。
非常に近い場所に鎮座している加波山普明神社。

明治時代最後の仙人といわれた国安普明を祀る神社で、
本殿は加波山中腹にあります。
明治34年(1901)に建てられた、加波山普明神社の拝殿は、
元々は加波山神社真壁拝殿で、隣接地に新拝殿ができたために
旧拝殿が普明神社拝殿となったそうです。
また、加波山周辺のたばこ農家の信仰も厚く、
そのため加波山には「たばこ神社」も建立しています。
そして、加波山普明神社の境内左手前には『たばこ資料館』があります。




こちらが社号標。

      20180216加波山普明神社&加波山神社01



小さいながらも立派な鳥居。

      20180216加波山普明神社&加波山神社02


      20180216加波山普明神社&加波山神社03



手水舎。

      20180216加波山普明神社&加波山神社04



拝殿。

      20180216加波山普明神社&加波山神社05



拝殿に掲げられた扁額。

      20180216加波山普明神社&加波山神社06



拝殿に掲げられた天狗の面。

      20180216加波山普明神社&加波山神社07



拝殿正面の柱には、加波山普明神社の名を力強く示しています。

      20180216加波山普明神社&加波山神社08


拝殿と狛犬。

      20180216加波山普明神社&加波山神社09



こちらは社務所。

      20180216加波山普明神社&加波山神社10


境内社。

      20180216加波山普明神社&加波山神社11



この辺りは、加波山の1合目になるようです。

      20180216加波山普明神社&加波山神社12



敷地内にある『たばこ資料館』。

      20180216加波山普明神社&加波山神社13




加波山普明神社に隣接するのが、加波山神社。
正式には、加波山神社 真壁拝殿(里宮)というらしい。

      20180216加波山普明神社&加波山神社14



とにかく、加波山神社はややこしい。

信仰の対象になる加波山ですが...............

      20180216加波山普明神社&加波山神社15

この加波山の山頂付近には3つの加波山神社の本殿と拝殿が個別にある状態で
また、里宮も別々にあります。


その里宮の一つが合祀した本宮と親宮の里宮であり
もう一つが、こちらの中宮の里宮です。



社号標。

      20180216加波山普明神社&加波山神社16



朱色の立派な鳥居。

      20180216加波山普明神社&加波山神社17



鳥居の神額。

      20180216加波山普明神社&加波山神社18

ズバリ! 『加波山』



加波山神社の説明板。

      20180216加波山普明神社&加波山神社19

どう言った経緯があったのが分かりませんが
とにかく、加波山神社(中宮)と加波山三枝祇神社(本宮、親宮)とは仲が悪いようです。
まあ、大人の事情ってやつだと思いますが...............



狛犬。

      20180216加波山普明神社&加波山神社20



神橋。

      20180216加波山普明神社&加波山神社21



手水舎。

      20180216加波山普明神社&加波山神社22


手水舎の吐出口。

      20180216加波山普明神社&加波山神社32

漫画チックな龍。




由来書。

      20180216加波山普明神社&加波山神社23



色鮮やかな拝殿。

      20180216加波山普明神社&加波山神社24



拝殿前の狛犬。

      20180216加波山普明神社&加波山神社25



拝殿の扁額。

      20180216加波山普明神社&加波山神社26



拝殿の飾り。

      20180216加波山普明神社&加波山神社27


      20180216加波山普明神社&加波山神社28


      20180216加波山普明神社&加波山神社29




とにかく、鮮やかすぎる拝殿。

      20180216加波山普明神社&加波山神社30



拝殿前のカエルの像。

      20180216加波山普明神社&加波山神社31

カエルって...............?
何か意味があるのだろうか?


しかしながら、里宮の拝殿と言う割には
艶やかと言うか、賑々しいと言うか...............
ちょっと派手すぎないか? と思ってしまったりする。


残念ながら、この日社務所は閉まっていて
神職さんも留守にされていて、御朱印はいただくことは出来ませんでした。

一説によると、加波山三枝祇神社で御朱印(加波山神社本宮)をもらったあと
こちらの神社で御朱印をもらおうとすると、もらえないとも言われています。
(本宮で御朱印をいただいた後に同じ御朱印帳をここで出すと、御朱印を断られたという話です。)


まあ、日を改めて御朱印はいただくことにいたしましょう。




2018/03/31 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り 加波山三枝祇神社 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

五所駒瀧神社をあとにして、向かった先は............... 加波山三枝祇神社


加波山三枝祇神社は、正式には加波山三枝祇神社本宮と言いますが
通称では、加波山神社本宮と呼ばれているようです。

実は知らなかったのですが...............
加波山神社と言っても、現在3つの加波山神社が存在するようです。
そして、加波山山頂に3つの加波山神社が鎮座するからややこしい。
その3つとは、加波山三枝祇神社本宮(本宮)と三枝祇神社親宮(親宮)と
加波山神社中宮(中宮)です。
加波山三枝祇神社本宮の本殿は山頂に鎮座し、その少し南側に拝殿があるそうです。
山頂より尾根筋北に200m程隔てて、三枝祇神社親宮の本殿が鎮座し、
更にその北方に拝殿があるそうです。
本宮と親宮の里宮が加波山西麓の真壁町長岡にあるこちらの神社になります。

なかなか整理出来ないと、理解に苦しみます(笑)。
江戸時代以前までは、加波山大権現という一つの神社(当時は神仏混合)だったそうですが、
様々な大人の理由で現在は2つのグループに分かれてしまい、
微妙な関係であるそうです。





社号標には、『 三枝祇神社 加波山本宮 』となっています。

      20180216加波山三枝祇神社01


      20180216加波山三枝祇神社02



こちらが鳥居。

      20180216加波山三枝祇神社03



鳥居の奉納記念碑。

      20180216加波山三枝祇神社05



鳥居の先の狛犬。

      20180216加波山三枝祇神社06


鳥居の先の石段を上れば境内。

      20180216加波山三枝祇神社07



先ほどとは別な狛犬。
こちらは年代モノ。

      20180216加波山三枝祇神社30



境内の桜。
春は桜の名所らしい。

      20180216加波山三枝祇神社08



参道の奥に拝殿が見えます。

      20180216加波山三枝祇神社29



手水舎。

      20180216加波山三枝祇神社09



加波山本宮 の社号標。

      20180216加波山三枝祇神社10



こちらが、拝殿。

      20180216加波山三枝祇神社11



拝殿に掲げられた扁額。

      20180216加波山三枝祇神社12

本宮と親宮の合祀殿と記されています。



拝殿正面。

      20180216加波山三枝祇神社13


別アングルからの拝殿。

      20180216加波山三枝祇神社14


      20180216加波山三枝祇神社15



扁額と並ぶ天狗面。

      20180216加波山三枝祇神社16


      20180216加波山三枝祇神社17



拝殿の飾り。

      20180216加波山三枝祇神社18

神社の拝殿の飾り(彫り物)って、なぜか龍が多い。



拝殿の屋根。

      20180216加波山三枝祇神社19



こちらは、神殿。

      20180216加波山三枝祇神社20




神輿殿。

      20180216加波山三枝祇神社21



こちらは、神楽殿。

      20180216加波山三枝祇神社22



拝殿前の狛犬。

      20180216加波山三枝祇神社23




境内社の加波山三社稲荷。

      20180216加波山三枝祇神社24



山神の碑。

      20180216加波山三枝祇神社25



境内社の八大龍神。

      20180216加波山三枝祇神社26



こちらは、マス愛地蔵。

      20180216加波山三枝祇神社27




この場所は、あくまでも里宮。
この先から加波山の本宮へと道は続いているようです。

      20180216加波山三枝祇神社28

加波山の山頂にある本殿まで、往復3時間? 4時間?
何しろ、それくらい掛かるらしい。
今日は無理だけど、いつかチャレンジしてみたい。

       

こちらが、社務所。
御朱印は、こちらでいただくことになります。

      20180216加波山三枝祇神社31



こちらが、御朱印。

      20180216加波山三枝祇神社32

『 加波山神社 本宮 』となっています。

2018/03/30 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............五所駒瀧神社 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。
桜川市って言ってもメインは、真壁のひなまつり。
真壁の町並みで雛人形をそれなりに堪能したあとは、
真壁のひなまつりの延長で、雛人形が飾られている
五所駒瀧神社へも足を伸ばしてみました。

五所駒瀧神社は、平安時代の長和3年(1014)の創建と伝えられています。
承安年間(1171~74)には鹿島神宮の祭神武甕槌命の分霊を祀り、
真壁氏の氏神ともなりました。
毎年7月に行われる通称「真壁祇園祭」は、この五所駒瀧神社の例大祭です。
400年以上の歴史を持つと言われ、国の選択無形民俗文化財に指定されています。



こちらが表参道。

表参道の社号標。

      20180216五所駒瀧神社01



一の鳥居。

      20180216五所駒瀧神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20180216五所駒瀧神社04

『五所神社』となっています。



鳥居前の狛犬。

      20180216五所駒瀧神社03


     
では、参道を進んでいきましょう。

      20180216五所駒瀧神社05


こちらは、駒啼石。

      20180216五所駒瀧神社06

その昔、この神社の社より芦毛の駒が現れ出て、
石を踏み嘶いたと言われ
その蹄の跡が残った岩だと伝えられているそうです。



こちらが、二の鳥居。

       20180216五所駒瀧神社07



二の鳥居の神額は、『五所駒瀧神社』となっています。

      20180216五所駒瀧神社08



そして、こちらが三の鳥居。

      20180216五所駒瀧神社09

意外に表参道には鳥居が多い。



真壁は石の町でもあるから、参道には石の加工品が多い。


二宮像のミニチュア版?

      20180216五所駒瀧神社10



こちらは、百度石。

      20180216五所駒瀧神社11


参道の長寿橋。

      20180216五所駒瀧神社13



この橋の先が社殿。

      20180216五所駒瀧神社12


      

参道の狛犬。

      20180216五所駒瀧神社14



手水舎。

      20180216五所駒瀧神社15


なぜか手水舎が二つある。
こちらは、旧い手水舎か?

      20180216五所駒瀧神社16



こちらが拝殿。

      20180216五所駒瀧神社17



拝殿に掲げられた扁額。

      20180216五所駒瀧神社18



拝殿正面。

      20180216五所駒瀧神社19



こちらは、本殿。

      20180216五所駒瀧神社20



本殿は桜川市の文化財に指定されているようです。

      20180216五所駒瀧神社21




拝殿前の狛犬。

      20180216五所駒瀧神社22



拝殿と授与所。

      20180216五所駒瀧神社23


授与所。

      20180216五所駒瀧神社24



こちらは、神輿庫。

      20180216五所駒瀧神社25

真壁祇園祭で使用される神輿が奉納されているようです。



こちらが社務所。

      20180216五所駒瀧神社26



実は、この時期(真壁のひなまつり期間)は、
こちらの神社も ひなまつり の会場として、ひな人形が飾られています。

      20180216五所駒瀧神社27



なかなか立派なひな人形。

      20180216五所駒瀧神社28


      20180216五所駒瀧神社29


      20180216五所駒瀧神社30



こちらが裏参道。
(北側だから北参道と言うのかも知れない?)

      20180216五所駒瀧神社31



裏参道の鳥居。

      20180216五所駒瀧神社32


鳥居に掲げられた神額。

      20180216五所駒瀧神社33



裏参道に建てられた景勝地の碑。

      20180216五所駒瀧神社34

一瞬、茨城百景の碑かと思っちゃいます。



御朱印は社務所でいただきました。


こちらが、五所駒瀧神社の御朱印。

      20180216五所駒瀧神社35


なかなか達筆な御朱印です。






2018/03/29 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

真壁のひなまつり (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

毎年、この時期に各地で開催されるひなまつり。
今年も茨城県桜川市の『 真壁のひなまつり 』に出かけました。

      20180216真壁のひなまつり01


      20180216真壁のひなまつり02



平日の朝の通勤時間帯の移動で、つくば辺りが混むかな?と思い
朝の6時半に自宅を出発。
真壁には8時半に着いちゃいました。

例年のように、真壁体育館前の特設駐車場に車を停めて
歩いて真壁の町並みへと向かいます。

しかし、朝の8時半過ぎ。
今年はちょっと早く来過ぎちゃったみたい。
いつも一番最初に立ち寄る桜井精肉店のシャッターは閉まっている。
コロッケを買って、食べながら歩くのが楽しみだったのに...............



それでもシャッターが閉まってなければ、
ガラス越しにひな人形を見ることは出来るし、
真壁の町並みは、古い家が多いから、
シャッターの無い家や商店も多いからひな人形を覗くことは出来ます。

      20180216真壁のひなまつり03


      20180216真壁のひなまつり04


      20180216真壁のひなまつり05



こちらの酒蔵は、今日のひな人形の展示は中止だそうです。

      20180216真壁のひなまつり06



しかし、朝早いから観光客もまだ居ない。

      20180216真壁のひなまつり07



旅館『伊勢屋』の前にて。

      20180216真壁のひなまつり08



『真壁のひなまつり』でも今年から、スタンプラリーを始めたようです。

      20180216真壁のひなまつり09


とりあえず、スタンプラリーに挑戦してみましょう。

      20180216真壁のひなまつり10



こちらの商店も、まだ開いていません。

      20180216真壁のひなまつり11



この時間帯でも開いている旧・真壁郵便局のひな人形。

      20180216真壁のひなまつり12


      20180216真壁のひなまつり13



こちらは、毎年楽しみにしている ひな人形 。
二階に注目!

      20180216真壁のひなまつり14


      20180216真壁のひなまつり15


      20180216真壁のひなまつり16



その向かいの商店のひな人形。
こちらも毎年欠かさず覗いて、写真を撮ってます。

      20180216真壁のひなまつり17


      20180216真壁のひなまつり18


      20180216真壁のひなまつり19




9時を回ると、ポツポツと商店が開いてきます。
ひな人形 を見て回りましょう。

ガラス越しにひな人形を見て巡るだけでも
意外に楽しいものです。

      20180216真壁のひなまつり20


      20180216真壁のひなまつり21


      20180216真壁のひなまつり22


      20180216真壁のひなまつり23


      20180216真壁のひなまつり24


      20180216真壁のひなまつり25


      20180216真壁のひなまつり26


      20180216真壁のひなまつり27


      20180216真壁のひなまつり28


      20180216真壁のひなまつり29


      20180216真壁のひなまつり30


      20180216真壁のひなまつり31


      20180216真壁のひなまつり32


      20180216真壁のひなまつり33


      20180216真壁のひなまつり34


      20180216真壁のひなまつり35


      20180216真壁のひなまつり36


      20180216真壁のひなまつり37


      20180216真壁のひなまつり38


      20180216真壁のひなまつり39


      20180216真壁のひなまつり40




今年は、 ひな人形 以外にも新たな発見。
たまたま通りかかった商店の前。
意図的に並べていたのか?
古いオートバイ。

      20180216真壁のひなまつり41



HONDA ドリーム CB72 スーパースポーツ

      20180216真壁のひなまつり42

1963年(昭和38年)のオートバイ。
4サイクル2気筒 OHC 250cc
1960年から1968年まで8年間も生産されました。
当時としては、人気のオートバイでした。



こちらもHONDA ベンリイ CB92 スーパースポーツ

      20180216真壁のひなまつり43

1959年(昭和34年)のオートバイ。
125ccの2気筒エンジンを搭載。
初めてCBの名がつけられた市販スポーツモデルの元祖。


とにかく、この2台はHONDAのオートバイの市販ロードスポーツの原点とも言えるモデル。
たまりませんなぁ。



そして極め付け。
HONDAモトコンポ。NCZ50
1981年(昭和56年)のオートバイ。

      20180216真壁のひなまつり44

確か、当時流行った車CITYと抱き合わせで販売されたオートバイ。
車に簡単に積めるオートバイ。
欲しかったんだよなぁ。

そんなモトコンポが3台並ぶと、思わずヨダレが...............(笑)
いやぁ、これらのオートバイ。
オートバイ好きにはたまらない。






そして、もう一つ。
こちらが真壁石で作られたダルメシアン。

      20180216真壁のひなまつり45


さすが、石の名産地である真壁。
びいすけ とのツーショットもお似合い?





ひと通り飾られているひな人形を見たから
車を停めた真壁体育館の方へ戻りましょう。

      20180216真壁のひなまつり46


      20180216真壁のひなまつり47


時刻は10時近く。
桜井精肉店も開きました。

      20180216真壁のひなまつり48

素通りは出来ません。


やっぱり、このコロッケを食べなきゃ、真壁の町に来た気がしない。

      20180216真壁のひなまつり49



今年も真壁のひなまつり。
堪能させてもらいました。




2018/03/28 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音 《名勝 桜川 》《 磯部桜川公園》(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市には、『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』と言う景勝地があります。

とりあえず、富谷観音 には足を伸ばしてみたから
これにて完了! と思っていたら、どうやら富谷観音よりも
『桜川』の方が景勝地としては秀でたものがあるようで
『名勝 桜川』と言われるほどだから、素通りは出来ません。
ましてや、茨城百景の碑もあると言う。

と言う事で訪れたのは...............名勝 桜川


『名勝 桜川』は,茨城が誇る桜の名所です。
桜川の桜は,「西の吉野,東の桜川」と並び称されるほど有名で、
平安時代にはすでに多くの人に知られていたそうです。
中でも磯部桜川公園では、天然記念物に指定された11種類の貴重な桜に出会えるそうです。
桜川の桜は、東北産の白山桜が中心で、梅鉢桜・桜川匂・薄毛桜・白雲桜・初見桜・樺匂
青桜・青毛桜・源氏桜・大和桜・初重桜などがあるそうです。
また、水戸藩藩主の水戸光圀公は、水戸の川沿いに桜川のサクラを移植し、
その川を「桜川」と名付けるほど,「桜川のサクラ」がお気に入りだったようです。

室町時代に世阿弥元清が著わした謡曲「桜川」は、
この桜川沿岸の悲話から題材をとったものと言われています。
人買いの手に渡った我が子を探し求めてこの地に来た母が、
磯部寺の僧の弟子になっていた我が子と巡り会う、という話で、
この磯部寺は磯部神社の境内にあったと伝えられています。
水戸光圀公や笠間藩主牧野貞喜らも桜川に度々訪れており、
光圀はこの桜を水戸へ移植して、そばの川を桜川と名付けたという逸話が残されています。
また、将軍・家綱は隅田川堤へ、将軍・吉宗は小金井堤へ桜川の桜を移植させたそうです。




こちらが、『磯部・桜川公園』

      20170626 名勝 桜川01

すなわち、名称 桜川 の地です。


公園入口近くに、立派な説明板。

      20170626 名勝 桜川02



それなりに広そうな公園だから、案内板でしっかりチェック致しましょう。

      20170626 名勝 桜川03



陽射しが強くなって来たけれど、頑張って散策してみましょう。

      20170626 名勝 桜川04



おっと、その前に水分補給も忘れずに。

      20170626 名勝 桜川05



桜の名所だけあって、桜の木が多い。

公園内の遊歩道の両脇にも桜の木があり
生い茂った桜の葉が、適度な日除けとなってくれます。

      20170626 名勝 桜川06



石碑を発見!

こちらは、旧・岩瀬町に住んでいた女流歌人 植田多喜子氏 の歌碑のようです。

      20170626 名勝 桜川07


公園内は芝生の養生をしているのか?
場所によってはロープが張られ、立ち入り出来ない箇所もあるけれど
芝生は、かなり気持ち良さそう。

      20170626 名勝 桜川08



芝生に腹ばいになる びいすけ 。

      20170626 名勝 桜川09



嫌な予感を感じた瞬間...............

お得意のローリングが始まりました。

      20170626 名勝 桜川10


      20170626 名勝 桜川11

『うげっ! うげっ!』と奇声を発しながら
気持ち良さそうに、芝生の上をのたうち回る びいすけ 。



さて、散策を続けましょう。
この公園内のどこかに茨城百景の碑があるはず...............

      20170626 名勝 桜川14



茨城百景の碑を探していたら
こんなモノが目にとまりました。

      20170626 名勝 桜川16

オッ! オリエンテーリングのポスト。
この磯辺・桜川公園もオリエンテーリングのコースの一部になっているんですね。


しばらく進むと、視界に石碑が入って来ました。

      20170626 名勝 桜川15


      
数日前の『富谷観音』の記事に載せてしまいましたが
茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音 の碑です。

      20170626茨城百景 富谷観音20


包括地の 磯部月山寺 も記されています。

      20170626茨城百景 富谷観音21

茨城百景の地に百景の碑が建つ。
これがまさしく王道。
離れた地に石碑を建てても意味が無いはず。



さらに、公園内(名勝 桜川)の散策を続けましょう。

      20170626 名勝 桜川17



ロープで規制された芝生広場に入ります。

      20170626 名勝 桜川18



新たな石碑発見!

      20170626 名勝 桜川19


大正13年に当時の内務省に認定された 『名勝 桜川』の碑。

      20170626 名勝 桜川20



そして、名勝 桜川 の碑の傍らには、石倉翠葉の句碑。

      20170626 名勝 桜川21

明治時代の俳人・文学者で、岩瀬町出身の石倉翠葉は、
当時衰退の危機にあった「桜川のサクラ」を再興しようと、
弱冠20歳にして『櫻川事蹟考』を出版して、「桜川のサクラ」の顕揚に尽力しました。

石倉翠葉による『櫻川事蹟考』の出版と、そのための調査が礎となり、
大正時代になると史跡名勝天然記念物調査員が桜川の調査に訪れます。
桜川には大変貴重な桜が多いことから、大正13年「名勝桜川」として国の指定を受けることとなりました。

この句碑は、桜川の名勝、特別天然記念物の指定を受けることに
結果的に貢献した石倉翠葉の功績を讃えるモノなんですね。



芝生広場には、多くの桜があります。

      20170626 名勝 桜川22



この桜の1本、1本が貴重なモノなんですね。

      20170626 名勝 桜川23



立ち入りをロープで規制している理由がわかりました。

      20170626 名勝 桜川24


春になれば、素晴らしい光景になるんでしょう。


今は葉桜だから、感動も盛り上がりも今一歩なんですけどね...............

      20170626 名勝 桜川25


さて、名勝 桜川もそれなりに堪能出来たから
そろそろ遅くなったお昼ご飯にでもしましょうか...............?


2017/07/21 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............岩瀬小学校富谷分校(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県桜川市に出かけました。

富谷観音で知られる富谷山の麓に、昭和59年に廃校になった分校があります。
その分校は...............旧・岩瀬町立岩瀬小学校富谷分校



富谷分校は
明治7年に富谷村に創設された富谷小学校がその祖とされているようです。

明治19年に近隣の3校(富谷、亀岡、門毛)が統合され、南飯田小学校となる。
明治22年市町村自治制により村名改正し、南飯田小学校は北那珂尋常小学校と改称する。
明治23年富谷分教場を設置。
明治26年北那珂尋常高等小学校富谷分教場と改称する。
昭和22年学制改革により、北那珂村立北那珂小学校富谷分教場と改称する。
昭和30年町村合併により、岩瀬町立南飯田小学校富谷分校と改称する。
昭和50年南飯田小学校から岩瀬小学校に移籍され岩瀬町立岩瀬小学校富谷分校と改称する。
昭和60年本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。
(南飯田小学校HP、岩瀬小学校HPより参照)

本校が変わる分校とは珍しい。



こちらが、富谷分校の正門。

      20170626 富谷分校01

残念ながら、門柱には表札が残っていませんでした。



分校跡地は、現在『富谷生活改善センター』と言う名称の
地域のコミュニティセンターとして活用されているようです。

      20170626 富谷分校02

残念ながら校舎も解体され、新しい建物に変わっています。



建物の隣には、立派な石碑。

      20170626 富谷分校03

生活改善センターの建設記念碑ですが、碑文には富谷分校について触れています。


こちらの碑文では、富谷分校の開設が明治29年となっています。
南飯田小学校のHPとは、開設時期が違うようですね。


それよりも驚いたのは、碑に立てかけられた朽ちた標柱。

      20170626 富谷分校04

富谷城址の標柱です。

ひょっとして、ここが富谷城址の中心部?

実は、この後に富谷城址にも行く筈だったんですが
調べていた富谷城址の位置は間違っている?
これは、一度じっくり調べ直そう。



校庭に残る僅かな遊具類。

      20170626 富谷分校05


      20170626 富谷分校06


      20170626 富谷分校07



なぜか、遊具(ブランコ)の脇に一対の門柱。

      20170626 富谷分校08



明らかに門の位置じゃないし。

      20170626 富谷分校09

別な場所(裏門)にでも在ったモノを移設したんでしょうか?



校庭に設置されたバスケットゴール。

      20170626 富谷分校10

この錆具合いが歴史を感じさせます。



生活改善センターの建物が建っている辺りに校舎が在ったのでしょう。
校庭も分校という割には狭くはない。

      20170626 富谷分校11


      20170626 富谷分校12


お約束とも言える、敷地内に建つ消防倉庫。

      20170626 富谷分校13



校舎の裏手は一段高くなっていて、城塁に見えなくもない。

      20170626 富谷分校14



その高台へと向かう導線は、まるで郭へと続く虎口のようにも見える。

      20170626 富谷分校15


やっぱり、ここが富谷城址の中心部なんだろうか?


かつての城郭が役所や学校の敷地になるって言うパターンも多いからねぇ。
ちょっびり、いや、かなり気になります.................(笑)



2017/07/20 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

関東の富士見百景  《 富谷山ふれあい公園 》 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


富谷観音の近くには、富谷山ふれあい公園があります。

富谷山ふれあい公園は、約40本の八重桜(ぼたん桜)が植樹されていて、
ソメイヨシノの開花が終わる頃から入れ替わるように咲始め、
4月中旬~下旬頃に見頃を迎えるそうです。
また富谷山ふれあい公園は、高台にあるため市内を一望することが出来、
天気の良い日には、富士山も望むことが出来るそうです。
その眺望から国土交通省の選定した「関東の富士見百景」に選ばれてます。


さて、その関東の富士見百景ですが、
平成17年に、国土交通省関東地方整備局が主催して選定した、
富士山への良好な眺望が得られる128景233地点です。

関東と言いながらも、信越地方の長野県が入っていたり
百景と言いながらも、128景233地点と100以上だし...............

とは言いながらも、実は「関東の富士見百景」も追いかけていたりする。
でも、なぜか富士山とは相性が悪く富士見百景に来ても、
まともに富士山が見えたことがないことが多い。

この日も朝から曇り空。
つくば市辺りで小雨に降られ、
小雨も止み、晴れ間が広がったものの、西方向は雲が厚い。

期待はしないけど、せっかく「関東の富士見百景」の地の近くに居るんだから
立ち寄らないわけには参りません。


富谷観音からも歩いて行けそうなので
頑張って歩きましょう。

      20170226富谷山ふれあい公園01


      20170226富谷山ふれあい公園02



アスファルトの上り坂を歩きます。

      20170226富谷山ふれあい公園03


アスファルトの道の終点が富谷山ふれあい公園。

芝生の綺麗な公園です。

      20170226富谷山ふれあい公園04



芝生を闊歩する びいすけ 。

      20170226富谷山ふれあい公園05

何となく嫌な予感。


と、思ったら予感的中!

芝生でローリングする びいすけ 。

      20170226富谷山ふれあい公園06


      20170226富谷山ふれあい公園07


      20170226富谷山ふれあい公園08



思い切り転げ回って満足したのか?
再び、芝生広場を闊歩する びいすけ 。

      20170226富谷山ふれあい公園09


      20170226富谷山ふれあい公園10


      20170226富谷山ふれあい公園11



芝生広場の奥には四阿。

      20170226富谷山ふれあい公園12



そして、四阿の先にはお目当の石碑。

      20170226富谷山ふれあい公園13

これぞ、『関東の富士見百景の碑』

石碑にはプレートが埋め込まれています。

      20170226富谷山ふれあい公園14

このプレートを探しに来たと言っても過言ではない。


予想通り...............
富士山方向の雲が厚く、富士山は見えない。

      20170226富谷山ふれあい公園15

まあ、想定の範囲です。



この場所は景観に長けている場所の証し。

こんなモノも設置されています。

      20170226富谷山ふれあい公園19


      20170226富谷山ふれあい公園16


足を指定された方向にしてこの場所に立てば...............


目の前には筑波山。

      20170226富谷山ふれあい公園17



そして、こちらが吾国山。

      20170226富谷山ふれあい公園18


      

別方向にも、同じようなモノが...............

      20170226富谷山ふれあい公園20



こちらは、富士山の位置を示していましたが
残念ながら厚い雲。

      20170226富谷山ふれあい公園21



額にうっすら汗をかくくらいに、陽射しが当たるようになって
茨城県南部は良い天気になったんだけどねぇ。

      20170226富谷山ふれあい公園22


      20170226富谷山ふれあい公園23


芝生広場から富谷観音に戻る途中に展望台があるらしい。
せっかくだから、展望台に向かいましょう。

      20170226富谷山ふれあい公園24



こちらが展望台。

      20170226富谷山ふれあい公園25



馬鹿と煙は高い所に上りたがる。

      20170226富谷山ふれあい公園26

さあ、びいすけ。
上ろうか?(笑)


こちらが展望台最上部。

      20170226富谷山ふれあい公園27



富谷山の高い所に在る展望台だから、かなり景観は良い。

      20170226富谷山ふれあい公園28

おそらく、富谷山で一番の景観の場所でしょう。



残念ながら、こちらでも 富士山は見えません。

      20170226富谷山ふれあい公園29


一応、270mmのズームにしても
見えないモノは見えない!!

      20170226富谷山ふれあい公園30


筑波山はバッチリなんだけどね。

      20170226富谷山ふれあい公園31



まあ、関東の富士見百景の地を訪れて、まともに富士山を拝めることが出来たのは
皆無という言っていい程だから、コレも日頃の行いのせい?


いつか、カラッと晴れた快晴で、雲ひとつ無い空の下
雄大な富士山を眺めてみたいものです。



2017/07/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............坂戸小学校大泉分校(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


桜川市の廃校巡り。
その第4弾は...............旧・岩瀬町立坂戸小学校大泉分校 です。



こちらが、大泉分校の正門。

      20170626大泉分校01


      20170626大泉分校02



石造りの門柱には大正4年建立と刻まれています。

      20170626大泉分校03


      20170626大泉分校04



門柱が残っている大泉分校ですが、校舎は解体され、
その跡地には新たな建物が建てられ、
現在は『大泉農村集落センター』として活用されています。

      20170626大泉分校05



正門脇には、大泉分校跡地の碑。

      20170626大泉分校06


平成10年に、分校が廃校となって15年となり地元の有志がこの碑を建立したらしい。

      20170626大泉分校07



碑の裏面には沿革も刻まれています。

      20170626大泉分校08



その記載によれば...............


明治7年大泉村金性寺に富谷小学校大泉分教場が設置される。
明治9年大泉小学校として独立する。
明治19年飯岡尋常小学校と合併し、飯岡尋常小学校大泉分教場となる。
明治23年村名変更により西那珂尋常小学校大泉分教場と改称する。
明治25年西那珂第一尋常小学校大泉分教場と改称する。
明治26年西那珂尋常高等小学校大泉分教場と改称する。
大正14年町制施行により、岩瀬尋常高等小学校大泉分教場と改称する。
昭和21年学制改革により、岩瀬町立岩瀬第一小学校大泉分教場と改称する。
昭和30年町村合併により、岩瀬町立坂戸小学校大泉分校と改称する。
昭和58年本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。



廃校から34年。
校庭には往時のモノと思われる遊具も残されています。

      20170626大泉分校09


      20170626大泉分校10


      20170626大泉分校11




何気なく校庭の一角に足を向けると、そこにも校門が在りました。

      20170626大泉分校12


こちらの門柱には、分校名の入った表札が残っていました。

      20170626大泉分校13

ひょっとしたら、こちらが正門だったかもしれませんね。



その門柱の脇には、お約束の消防倉庫。

      20170626大泉分校14



こちらは、往時のシンボルツリー?

      20170626大泉分校15



校庭跡。

      20170626大泉分校16


おそらく、近隣の子供たちの遊び場になっているのだろうけれど、
少子化の時代。その子供たちもこの地域には居るのだろうか?

      20170626大泉分校17


独立した小学校としては、10年の歴史しかなく
ほとんどが分校として子供たちを見守り、学び舎として送り出した大泉分校。

100年以上の歴史のある分校でした...............。




2017/07/17 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............坂戸小学校下泉分校(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


桜川市の廃校巡り。
その第3弾は...............旧・岩瀬町立坂戸小学校下泉分校 です。


下泉分校も、全く詳細不明。
坂戸小学校のHPの沿革に、長方分校、大泉分校と一緒に
昭和58年に本校である坂戸小学校に統合されて廃校になりました。

設立時期はおろか、その所在地も分かりませんでした。

300を超える廃校、旧校地巡りをした経験から
公民館とかコミュニティセンターに当たりをつけ、
下泉公民館が学校跡地と予想して訪ねてみましたが、大ハズレ。

たまたま自転車で通りかかった農家のオバちゃんに尋ねたら、
全く別な場所を教えてくれました。


こちらが、下泉分校跡地。

      20170626下泉分校01

石造りの門柱がしっかり残っていました。


正門前がスクールバス乗り場になっているようです。

      20170626下泉分校02



門柱には往時の表札がしっかり残っています。

      20170626下泉分校03



門柱の裏側には建立時期が刻まれていたようですが
文字が風化して判読出来ません。

      20170626下泉分校04



敷地内には、小ぶりな木造の建物。

      20170626下泉分校05

てっきり往時の校舎かと思っていたら、隣に住む方に訊いてみたら
校舎を取り壊した後に建てたモノらしい。

特に名称は無いようで、選挙の時に投票所として利用されているらしい。



校門の脇には桜の木。

      20170626下泉分校06


そして桜の木の下には、オブジェの残骸?

      20170626下泉分校11

ひょっとしたら、二ノ宮像の台座だったのかな?



こちらは、校庭端のシンボルツリー。

      20170626下泉分校07


      20170626下泉分校08



シンボルツリーの下は雑草に覆われ、こんな残骸も顔を覗かせています。

      20170626下泉分校09

『なかよし』と言うことは、子供な像が乗っていたのでしょうか?


こちらも残骸。
ひょっとして、像の足の基台部分?

      20170626下泉分校10


     
廃校記念碑も遊具もなく、どことなく駐車場にさえ見えてしまう校庭。

      20170626下泉分校12



詳しい沿革も分からない下泉分校ですが、
その存在は、分校跡としてしっかりと確認できました...............。



2017/07/16 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............坂戸小学校長方分校 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市を訪れた最たる目的は、桜川市の廃校巡り。
と言っても、平成17年に真壁町と岩瀬町と大和村が合併して誕生したのが桜川市。
その旧・岩瀬町域の廃校を巡ります。

桜川市の廃校巡りの第二弾。
旧・岩瀬町立坂戸小学校長方分校 です。



長方分校の詳しい沿革は不明です。
統合された本校である坂戸小学校のHPを見ても
昭和58年に、当時3校在った分校(長方分校、下泉分校、大泉分校)が
本校である坂戸小学校に統合されたと言う記述しかなく
創立時期等は不明です。



こちらが、長方分校跡。

      20170626長作分校01


廃校から既に34年。
校舎は解体され、新たに『長方南区中泉農村集落センター』の建物が建てられ
地域のコミュニティセンターとして活用されているようです。

      20170626長作分校02



何やら、 びいすけ が建物の1点に注視しています。

      20170626長作分校03



どうやら、縁台の下に猫がいるようです。

      20170626長作分校04



さほど大きな分校ではなかったようで、敷地もそんなに広くはない。
残念ながら門柱や二ノ宮像、遊具等の遺構も無い。

唯一、学校跡を彷彿させるのがこちら。

      20170626長作分校05



この場所に1983年にタイムカプセルを埋めたようですが
30年後の2013年に掘り起こしたようです。

      20170626長作分校06



学校とは関連なさそうな歌碑(句碑)。

      20170626長作分校07

作者もよく分からない。



廃校跡のお約束?
敷地の一角には、消防倉庫。

      20170626長作分校08



敷地をぐるっと囲む石垣は、分校時代のモノ。

      20170626長作分校09



廃校記念碑かと思ったら、農村集落センターの碑。

      20170626長作分校10



先ほどの猫が気になる びいすけ 。

      20170626長作分校11


あぶないから、上っちゃダメですよ。

      20170626長作分校12

そんな注意書きも、今やカスれて読めない。


石垣沿いに、スクールバスのバス停。

      20170626長作分校13

ここからスクールバスに乗って坂戸小学校に通っているんですね。


タイムカプセルを掘り起こして、開封してるしまっても
その場所に碑を残す。
何となく、卒業生のこだわりを感じた長方分校でした...............。






2017/07/15 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ちょっと寄り道 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市の旧・大和村域にある西大和小学校青木分校をあとにして、
次なる分校を目指し、車で移動中に、JR水戸線の踏切手間で
こんな光景が視界に入って来ました。

      20170626ちょっと寄り道01

何やら、説明板も建てられ、何かの文化財のようです。


車を路肩の空き地に停め、チェックです。
(気になる説明板や標柱、石碑は素通り出来ない性格です。)(笑)


どうやら、二宮尊徳の偉業に顕彰碑が建てられた経緯が記されていました。

      20170626ちょっと寄り道02

要約すると...............

江戸時代の天保年間(1830年〜1844年)に荒廃した青木村を再建した二宮尊徳の偉業を讃えて、
明治31年にゆかりの地に村民たちが建立した碑です。


二宮尊徳って、二ノ宮(二宮)金次郎の事でしょ?
昭和の時代には、全国の多くの小学校には、
薪を背負い、歩きながら本を読む姿の二ノ宮像が建てられました。



二宮尊徳の事を調べてみると...............

二宮尊徳は、江戸時代後期の経世家、農政家、思想家です。

足柄平野の栢山村(小田原市)の比較的裕福な農家の長男として誕生しました。
幼少時から教養のある父に教育を受け、一方では優しい母の慈愛を存分に得て、幸せに育ちました。
しかし、不幸にして異常天候のため酒匂川の氾濫が度重なり、荒廃した田畑の回復もかなわず、
父母は心身疲労で相次いで死去、一家離散という事態に陥りました。

金次郎は伯父万兵衛の家に預けられますが、逆境にもめげず卓越した才能を発揮します。
作業の合間に、稲の捨て苗や菜種を空き地に植えて収穫し、
「積小為大(小を積んで大となす)」の経済原理を体得します。
そして、毎年その収益を増やして田畑を買い戻し、成人後間もなく「わが家の再興」に成功しました。

その後、その手法を生かし、発展させて近親者の家政再建、
若党として仕えた小田原藩家老服部家の財政の建て直し、
窮乏藩士救済のための金融互助組織「五常講」を設立、
さらに藩の年貢徴収用の斗枡の改良統一も達成します。
やがて、そのすぐれた発想と実践力が藩主大久保忠真から見込まれ、
財政難に苦しむ藩主の身内である旗本の野州(栃木県)桜町領の財政再建を託されます。

尊徳はこれを契機に村おこし、国づくりの仕事に邁進することになります。
桜町領再建は苦節10年の難事業でしたが、その成功はたちまち近隣の注目を集め、
諸領諸村からの仕法の要請が相次ぎ、復興事業や飢饉救済に多忙を極めます。
晩年には幕臣に取り立てられ、日光神領をはじめ一部幕府領の再建に総力をあげて取り組みますが、
かたわら優れた弟子たちを介して、諸家、諸領の復興指導も続けました。
安政3年、70歳でその生涯を終えるまで、報徳仕法の手ほどきを受けた地域は600か村に達したといわれています。



青木村(現:桜川市青木)は江戸時代初期から幕府領で、1708年(宝永5年)旗本川副氏の知行地となりました。
青木堰は古くから村の水田を潤してきた重要な施設でしたが、河川が急流であるため増水のたびに流され、
多大な改修費を要していました。
知行1500石余の小旗本であった川副氏は、やがて改修ができなくなり、
堰は壊れたまま放置されるようになりました。
その結果、水不足が慢性化し、米の収穫量は激減しました。

1831 年(天保2年)、青木村の名主である館野勘右衛門他37名は
村の救済を農政家である二宮尊徳に頼みました。
尊徳は、1833年(天保4年)、青木村復興事業の一つとして青木堰の建設に着手し、
元禄期に比べ工期も短く費用も半分以下に抑えるという他に例を見ない工法により青木堰を完成させました。



要するに、荒廃した青木村を二宮尊徳が再建したと言う事です。




この奥に顕彰碑があるようです。

      20170626ちょっと寄り道03

しかし、何故鳥居があるの?



こちらが、顕彰碑。

      20170626ちょっと寄り道04


      20170626ちょっと寄り道05

尊徳を祀る二宮神社が小田原とか、日光にあるから
顕彰碑が信仰の対象になっているのか?



小さな祠も数個在り、この地は信仰が厚い地なのかもしれない。

      20170626ちょっと寄り道06



道路沿いの、この一画だけが森のようになっていて
それらしい雰囲気がある。

      20170626ちょっと寄り道07


      20170626ちょっと寄り道08


      20170626ちょっと寄り道09



時代モノの赤錆びた遊具もあり、
昔から子供たちの遊び場でもあったようです。

      20170626ちょっと寄り道10



何やら、別な石碑を発見!

      20170626ちょっと寄り道11




よく見ると、『北関東自動車道開通記念碑』となっている。

      20170626ちょっと寄り道12

確かに、すぐ近くを高速道路が走っている。



高速道路建設にあたり、先祖代々から受け継いだ土地を提供した方の名が刻まれています。

      20170626ちょっと寄り道13

二宮尊徳の尽力によって豊潤な地と化した青木村でしたが
高速道路の建設で、仕方なく土地を手放した人もいるのでしょう。



それよりも個人的に気になったのが こちら 。

      20170626ちょっと寄り道14

コレって、オリエンテーリングのポストだよね?

っていうことは、この地区にオリエンテーリングのコースがある事になる。

今では、人気がなく、競技人口も少なくなってしまったオリエンテーリング。
過去(かなり昔の話ですが...............)何度かチャレンジしたけど、意外に楽しかった。
気軽に散歩、散策の延長として野山を駆け回ることになるから
びいすけ と、一緒に歩いたら楽しそう。

数年前から、そんなことを考えていました。


今年は、オリエンテーリングにもチャレンジしようかな...............?


2017/07/14 Fri. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............大和西小学校青木分校跡 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけ、滝を見たり
茨城百景の碑を探したり、
加波山の中腹にある花の入公園を散策したりしていますが
本来の目的は、桜川市の廃校巡り。

その、第1弾は...............旧・大和村立大和西小学校青木分校


桜川市は、平成の大合併で平成17年の10月に
旧・真壁町、旧・岩瀬町、旧・大和村が合併して誕生した市です。


青木分校についての情報は乏しく、ネットで調べても
昭和42年に本校である旧・大和村立西大和小学校に統合されて
廃校になりました。

詳しい場所も分からないから、とりあえず目星を付けて
あとは現地で確認です。
Google mapで、桜川市青木周辺の航空写真で
それらしい跡地を探します。
一応、候補らしきモノを見つけ、現地で確認です。

その内の一つ、青木農村地区センター。

      20170626青木分校06

見た感じ、それっぽい。
300校以上の廃校、廃校跡を見てきたから
ちょっぴり自信があったんだけど...............

なかなか人が通らない中、自転車に乗った初老の男性を発見!

青木分校の事を訊ねたら、思い切り違う場所だった。




青木農村集落センターから100ほど離れたJA倉庫がある場所が
旧・大和村立大和西小学校青木分校跡でした。

      20170626青木分校01



廃校舎を倉庫に利用しているわけではなく
思い切り、倉庫。

      20170626青木分校02




見たまんま、倉庫。

      20170626青木分校03



先ほどの初老の男性の話では...............

まだ、廃校になる前に青木分校は放火で焼失してしまったらしい。
分校を建て直す費用と生徒数のバランスを考えて廃校にしたらしい。

      20170626青木分校04



複雑な大人の事情で廃校になり、跡地にはJAの倉庫が建てられたと言うことです。

      20170626青木分校05




せっかく探し当てた青木分校跡ですが、
学校遺構は全く残っていないし、分校の面影も無い。
確かに有効活用されているようだが、廃校の経緯を聞いたから
何と無く後味が悪い。

せめて記念碑の1本も建っていれば
少しはまた違った印象になったと思うのですが...............

ちょっぴり不完全燃焼状態なのは残念です...............。



2017/07/14 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

花の入公園 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


旧・筑波鉄道の樺穂駅跡をあとにして、向かった先は...............花の入公園



花の入公園は、 加波山中腹の自然の地形を活かして造られた公園で、
芝生の広場、四阿、遊歩道、石彫モニュメント、アスレチックなどが整備されています。


だいたいの位置はわかっていたんだけど、ナビには載っていない。
(ホンダ車の純正ナビって、そう言う事が多いと思うのは私だけ?)
ちょっぴり迷いながらも花の入公園に無事到着です。

      20170626花の入公園01


公園案内図で散策路を確認します。

      20170626花の入公園02



1985年に開催された.『つくば科学万博』のタイパビリオン(タイ友好交流センター)が
移築され,自由に見学することができます。
このタイ友好交流センターは,タイ政府が友好記念として桜川市(旧・大和村)に寄付したもので、
異国情緒豊な建物が印象的です。

      20170626花の入公園03


      20170626花の入公園04


      20170626花の入公園05



こちらは、日タイ交流記念の碑。

      20170626花の入公園06


      20170626花の入公園07

旧・大和村の名誉村民である総合病院の院長の延島市郎さんは、
昭和39年までの5年間で73人のタイ人留学生の保証人を引き受けました。
その功績を讃え、日本とタイの友好の証しとして
延島氏の故郷である旧・大和村に建物が寄贈されたと言うことです。



花の入公園は、加波山の自然を生かした公園。
そんなに広くはないけれど、ちょっとした森林公園。
森の中の散策路もあり、軽散歩も出来ます。

      20170626花の入公園08


ロングリードを車の中に忘れちゃったけど、 びいすけ のペースで歩きましょう。

      20170626花の入公園09


      20170626花の入公園10


      20170626花の入公園11


      20170626花の入公園12



四阿も二ヶ所設置され、休憩も出来ます。

      20170626花の入公園13



何と言っても1番のオススメは、なだらかな斜面の芝生広場。

      20170626花の入公園14


      20170626花の入公園15



芝生にゴロリン。
背中をスリスリ。

      20170626花の入公園16

お気に入り(?)の芝生では、びいすけ の恒例行事?


ムクッと起き上がり、背中をプルプルプル〜ゥ。

      20170626花の入公園17



アスレチックっぽい遊具も設置され、小さな子供も遊べます。

      20170626花の入公園18



そして、石の町『真壁』のお膝元。
石造りの動物のモニュメントも多い。

      20170626花の入公園19


      20170626花の入公園20


      20170626花の入公園21


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      20170626花の入公園24


      20170626花の入公園25


      20170626花の入公園26


つくば辺りで、降っていた雨も桜川市に来たら上がり
この花の入公園に来た頃には陽が射して来た。

梅雨の合間の晴れ?


お日様が顔を覗かせれば、気分も晴れてくる。

さてさて、桜川市の廃校巡りと行きましょう...............



2017/07/13 Thu. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit