05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

び・び・びのびいすけ

びいすけとお父さんと時々もっちゃん

廃校を訪ねて..........紫尾小学校 酒寄分校  (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は茨城県の桜川市に出かけました。


羽鳥分校をあとにして、向かった先は...............旧・真壁町立紫尾小学校 酒寄分校


酒寄分校も、なかなか情報もなく、
詳しい沿革もわかりません。

ただ、不思議なのは旧・真壁町立紫尾小学校の分校でありながら
昭和55年に真壁小学校に統合されて廃校になっていますが、
本来なら、本校である紫尾小学校に統合されるのが
自然な成り行きだと思うんだけど...............


詳しい場所も分からず、車で酒寄地区を徘徊して(かなり徘徊しました。)
偶然(探していたから、偶然じゃないか?)視界に入ってきた風景。

      20170206酒寄分校01



そうです。紛れもなく酒寄分校の正門です。

      0170206酒寄分校02


背の低い門柱。

      0170206酒寄分校03


門柱には、古い表札が埋め込まれています。

      0170206酒寄分校04



もう片方の門柱には寄贈者の名が埋め込まれています。

      0170206酒寄分校05



校舎は解体されていて、跡形もない。

      0170206酒寄分校06


しかしながら、学校跡地の雰囲気は満載。

      0170206酒寄分校07


いかにも分校と言うコンパクトな敷地。
びいすけ も、はいポーズ☆パチリ。

      0170206酒寄分校08


      0170206酒寄分校09



バスケットボールのリング。

      0170206酒寄分校10

分校時代のモノでしょうか?



子供たちがボールをぶつけていたであろう板。

      0170206酒寄分校11



なぜか、校庭跡に転がっていたボール。

      0170206酒寄分校12



遊具として残っている鉄棒。

      0170206酒寄分校13

年季(古さ)から言って、分校時代のモノと思われます。



敷地の外周をとりまく桜の木々。

      0170206酒寄分校14



この辺りは学校跡地を彷彿させます。

      0170206酒寄分校15



敷地の一角にある藤棚。

      0170206酒寄分校16



酒寄分校の名を残すモノは、門柱の表札のみ。
酒寄分校より20年前に廃校になった羽鳥分教場に記念碑が在ったことを思うと
酒寄分校の碑が無いのは、やっぱり残念だなぁ。





スポンサーサイト
2017/03/11 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........紫尾小学校羽鳥分教場  (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

旧・真壁町立紫尾小学校羽鳥分教場


羽鳥分教場は、

明治6年      羽鳥村に羽鳥小学校誕生。
明治13年     羽鳥小学校創立。
明治23年     紫尾尋常小学校に合併され、紫尾尋常小学校羽鳥分教場となる。
昭和22年     学制改革により、紫尾村立紫尾小学校羽鳥分教場と改称する。
昭和29年     紫尾村・谷貝村・樺穂村と合併し、新たな真壁町が発足。
           真壁町立紫尾小学校羽鳥分教場と改称する。
昭和33年     真壁小学校に併合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。


今から60年近く前に廃校となった羽鳥分教場。
現在、その敷地は地域の公民館(羽鳥会館)として活用されています。


何せ、今から60年近く前(正確には59年前)に廃校になっているから
あまり期待はしていませんでした。

しっかりと、その敷地には門柱が残っていました。

      20170206羽鳥分教場01



石造りの古い門柱。

      0170206羽鳥分教場02



良く見ると、昭和10年に造られたモノのようです。

      0170206羽鳥分教場03



もう片方の門柱には、寄贈者の名が刻まれていますが
風化して読み取ることは出来ませんでした。

      0170206羽鳥分教場04

   

石造りの門柱に桜の木。
そして背後には分校の校舎っぽくみえる建物。

      0170206羽鳥分教場05




雰囲気は満載ですが、残念ながら建物は校舎ではありません。
何せ、60年近く前の廃校ですから、建て替えられています。

      0170206羽鳥分教場06



いかにも、廃校跡地に建てられた公民館って感じです。
      
      0170206羽鳥分教場07


      0170206羽鳥分教場08



敷地境界のフェンス沿いに建てられた碑。

      0170206羽鳥分教場09



『羽鳥分教場跡 碑』と刻まれています。

      0170206羽鳥分教場10



碑の正面に廻ってみましょう。

      0170206羽鳥分教場11



沿革も刻まれた、平成4年に建てられた碑。
こちら側には『羽鳥分教場之跡』と刻まれています。

      0170206羽鳥分教場12


驚くことに、この碑には両側面にも碑文が刻まれています。

      0170206羽鳥分教場13


      0170206羽鳥分教場14


      0170206羽鳥分教場15

ぎっしりと並べられた碑文を読むと、
いかに羽鳥分教場が地元に愛されていたのかが分かるような気がします。


今や廃校跡地の定番。
消防倉庫。

      0170206羽鳥分教場16


地域の集会所であり、リサイクル資源の保管所でもあるから
敷地の一角にはコンテナに入った空き瓶や空き缶が積まれていたりして
お世辞にも良いロケーションばかりでは無い。

しかしながら、この門柱と桜の木のアングルは
何故か気に入ってしまいました。

      0170206羽鳥分教場17


分教場の遺構は、石造りの門柱しかないけれど
4面にいっぱい碑文が刻まれた記念碑を見ると
分教場が、この地域のランドマークだったのが敏感に感じ取れ
愛された学校だったんだなと思わずにはいられません。


2017/03/10 Fri. 15:15 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........大和西小学校高久分校  (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市を訪れた最たる目的は『真壁のひなまつり』でしたが
桜川市には、数校の廃校があるので、廃校巡りも堪能しました。

桜川市の廃校巡りの第一弾。

旧・大和村立大和西小学校高久分校 です。



大和西小学校高久分校は

大正2年      大国尋常小学校高久分校として設立される。
昭和22年     学制改革により、大国村立大国小学校高久分校ど改称する。
昭和29年     大国村が雨引村と合併して大和村が誕生。
           大和村立大和西小学校と改称する。
昭和41年     本校と統合し、高久分校は廃校どなる。

と、このような沿革となっています



今から51年前に廃校となった高久分校。
この場所も探すのに苦労しました。

とりあえず、高久地区の公民館、集会所の3ヶ所にアタリを付け、
順番に回ります。
しかしながら、どちらもそれっぽい雰囲気。
決め手になったのが、こちらの門柱。

      20170206高久分校01



この門柱を見て、こちらが高久分校だと確信しましたが
念のために、たまたま近隣に住む初老の男性に訊いてみたら
こちらが分校跡地だという事でした。

      20170206高久分校02


石造りの門柱。
大正7年に設置されたモノのようです。

      20170206高久分校03



校舎はとっくに解体されて、現在は建て替えられ、
『中根ふるさとコミュニティセンター』として利用されています。

      20170206高久分校04


      20170206高久分校05



敷地そのものがそんなに広くないから
分校時の校舎もこんな感じで建っていたのでしょう。

      20170206高久分校06



敷地内の遊具類。

果たして、50年前のモノだろうか?

      20170206高久分校07


      20170206高久分校08


      20170206高久分校09


      20170206高久分校10



学校跡地の証し(?)とも言える桜の木。
隣に置かれた焼却炉は分校時代のモノだろうか?

      20170206高久分校11



敷地の一角には消防倉庫。

      20170206高久分校12

消防倉庫や防災倉庫は、廃校跡地の定番とも言えます。



門柱は残っているけれど、表札は無いし
高久分校の名を残すモノは何もない。
せめて、廃校記念碑とか学校跡地の碑があれば...............

ちょっぴり、残念。



2017/03/10 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 雨引観音 》   (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


五所駒瀧神社をあとにして、向かった先は...............茨城百景 雨引観音

昭和25年に制定された茨城百景。
そもそも、 つ茨城県観光審議会が選定した100の景勝地です。

桜川市にある雨引観音も茨城百景に選定されています。



雨引観音は正式には雨引山楽法寺と名称で、
中国から帰化した法輪独守居士が587年に開山したと伝えられる古刹です。
聖武天皇、光明皇后の帰依が厚く、その後、弘法大師によって真言宗の道場となりました。
現在は安産子育ての霊場として広く知られる関東屈指のお寺です。
桜の名所でもあり、また6月には「あじさい祭」も開かれます。


『 茨城百景 雨引観音 』の碑は、雨引観音の門前辺りにあるのかと思えば、
それが、また遠く離れた場所に在りました。

旧・筑波鉄道雨引駅跡に在りました。

      20170206茨城百景 雨引観音01



『 茨城百景 雨引観音 』の碑です。

      20170206茨城百景 雨引観音02

良く良く考えてみたら、茨城百景が制定された昭和25年当時は
まだまだ車社会ではなく、鉄道を利用する時代だったんですね。
その為、駅前とか駅のホームに百景の碑が建っていたんですね。


旧・雨引駅にも旧・真壁駅同様、立派な桜の木が多い。

      20170206茨城百景 雨引観音03


雨引駅は、筑波鉄道の廃線後、つくばりんりんロードの
雨引休憩所となっています。

      20170206茨城百景 雨引観音04



ホームの形態は往時のままですね。

      20170206茨城百景 雨引観音05


      20170206茨城百景 雨引観音06



雨引駅から数キロ先。
曲がりくねった道を走り、雨引観音の駐車場に到着。

それなりの高さだから、駐車場からの景観は良い。

      20170206茨城百景 雨引観音07


      20170206茨城百景 雨引観音08



では、雨引観音を探索いたしましょう。


いきなり、視界に入った看板。

      20170206茨城百景 雨引観音09

引き綱(リード)を離すな=ノーリードにするな!と言うことは
基本的には犬連れOKなんですね。
ちょっぴり安心。

社寺仏閣によつては、敷地内ペット禁止なんて言うのもあるからね。



それでは、正面から入りましょう。


立派な薬医門の脇に建つ寺号標。

      20170206茨城百景 雨引観音10



そして薬医門の反対側の脇には、物凄く大きな石灯籠。

      20170206茨城百景 雨引観音11

びいすけ と比較してみると、少しは大きさが分かるかな?


そして、立派な立派な薬医門。

      20170206茨城百景 雨引観音12

実は、この門は真壁城の薬医門。
真壁城が廃城後に移築されたらしい。


城門に相応しい、重厚な門です。

      20170206茨城百景 雨引観音13


      20170206茨城百景 雨引観音14



石段を上って行きましょう。

      20170206茨城百景 雨引観音15

この石段は俗に厄除けの石段と言われ、
一段一段登るごとに「南無観世音菩薩」と称号を唱えて登れば、
145段を登りつめた時、厄が落ちると言われているそうです。

正式には、磴道(とうどう)と言うらしい。



石段途中に見える鐘楼堂。

      20170206茨城百景 雨引観音16


      20170206茨城百景 雨引観音17



石段からちょっぴり脇に逸れれば、子安地蔵堂。

      20170206茨城百景 雨引観音18


      20170206茨城百景 雨引観音19



石段を上って辿り着いた仁王門。

      20170206茨城百景 雨引観音20


      20170206茨城百景 雨引観音21


仁王門の扁額。

      20170206茨城百景 雨引観音22



石段途中で見かけた椎の巨木。

      20170206茨城百景 雨引観音38


『宿椎』と言うらしい。

      20170206茨城百景 雨引観音37




さらに石段を上りきれば、雨引観音の本堂(観音堂)です。

      20170206茨城百景 雨引観音23


      20170206茨城百景 雨引観音24


扁額もズバリ、『観音堂』。

      20170206茨城百景 雨引観音25

そのまんまだし(笑)。


雨引観音の歴史の書かれた説明板。

      20170206茨城百景 雨引観音26


由緒書きの碑。

      20170206茨城百景 雨引観音27



こちらは、東照宮。

      20170206茨城百景 雨引観音29


      20170206茨城百景 雨引観音28


      
こちらは、多宝塔。

      20170206茨城百景 雨引観音30


      20170206茨城百景 雨引観音31

ネットで近隣の大きな寺院を調べてみると
この地域には三重塔のような多宝塔が在る寺院が多いようです。
地元ではあまり見かけないから、ちょっぴり新鮮に感じたりします。



こちらは、奥の院(客殿)。

      20170206茨城百景 雨引観音32




そして、六角堂

      20170206茨城百景 雨引観音33


六角堂の本尊は薬師如来。

      20170206茨城百景 雨引観音34



本坊前の見晴台(展望台)。

      20170206茨城百景 雨引観音35


さすがに景観は良い。

      20170206茨城百景 雨引観音36



時代(月日)が流れて、雨引観音の仏閣が建て変わっても
この場所から眺める景観は、きっと変わらないんだろうなぁ。
この不変さこそ、茨城百景の名に相応しいと感じたりします。







      

2017/03/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

五所駒滝神社  (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

真壁氏累代墓地及び墓碑群をあとにして、向かった先は...............五所駒瀧神社


まぁ、向かったと言っても、すぐ隣なんですけどね(笑)。




五所駒瀧神社は、
創建は1014年(長和3年)、三条天皇の御代と伝えられます。
真壁富士権現山の山懐に一条の瀧があり、地元の村人らが、
五穀豊穣を願ってこの瀧の近くに祠を祀ったのが始まりと言われています。
村人からは明神様としてあがめられ、この瀧に馬がたびたび現れたことから
駒下瀧と呼ばれるようになり、この祠も駒下瀧明神と呼ばれるようになったそうです。
1172年(承安2年)、初代真壁城主・真壁六郎長幹が駒下瀧明神を真壁の総社としました。
地元では厄除けの神社として知られています。
五所駒瀧神社の祭礼は、「真壁祇園祭」とも呼ばれ、
京都の祇園京都の祇園祭とはルーツの違う祭礼で、独自の伝統を持っています。
また、同じく「かったて祭」は、権現山の神様に火を奉納する祭りで、
多くの氏子らが松明をもって権現山に登る独自の祭りです。




五所駒瀧神社の入口には、こんな石碑。

      20170206五所駒瀧神社01

『千年の風』

俳優の川津祐介氏の寄稿による碑文です。




こちらは、『百世清風』の碑。

      0170206五所駒瀧神社02

『百世清風』とは「高麗国王が中国・南宋の学者、朱子に求めた書」で、
「永遠に続く清い国づくり」を願う心を示したものだそうです。

なぜか、風にまつわる碑が多い?





一の鳥居の脇に建つ社号標。

      0170206五所駒瀧神社03

こちらには、 『 祈願所 五所神社 』となっています。




こちらが、一の鳥居。

      0170206五所駒瀧神社04


割と新しく見える神額も『五所神社』の表記。

      0170206五所駒瀧神社05

あれ?
『五所駒瀧神社』じゃなかったっけ?



五所駒瀧神社は『真壁のひなまつり』の会場でもあるようです。

      0170206五所駒瀧神社06



参道に木々が茂り、厳かな雰囲気が漂います。

      0170206五所駒瀧神社07

画像だと木洩れ陽が強くて、そんな風には見えないけれど
曇りの日ならば、違った感じに映るんだろうなぁ。



参道には石碑類が多い。


こちらは、『駒鳴石』。

      0170206五所駒瀧神社08

この神社の社より芦毛の駒が現れ出て、石を踏み嘶いたと言われ
その蹄の跡が残った岩だと伝えられているそうです。



こちらは、二の鳥居。

      0170206五所駒瀧神社09


こちらの神額には『五所駒瀧神社』の文字。

      0170206五所駒瀧神社10



『千年の森』の碑。

      0170206五所駒瀧神社11

五所駒瀧神社は、1014年の創建。すなわち1000年を超える歴史を持ち
その境内や周辺の森は1000年の森ど呼ばれているそうです。
まさに、鎮守の森と言ったところです。


さらに参道を進めば、三の鳥居。

      0170206五所駒瀧神社12



こちらの神額は、『五所駒瀧神社』と読むのだろうか...............?

      0170206五所駒瀧神社13

達筆すぎて(?)判読不明。



こちらは『さざれ石』。

      0170206五所駒瀧神社14

日本の国家『君が代』にも出てくる『さざれ石』。
あの『さざれ石』は、岐阜県春日村にある天然記念物の石ですが
こちらにも、『さざれ石』がありました。

まぁ、『さざれ石』は、漢字で表すと『細石』となり
細かい小さな石と言う意味です。

君が代では、細かい小さな石が長い年月をかけて、
巌という大きな石になるまでの大きな年月を示すものとして
引き合いにされているようです。




こちらは、百度石。

      >0170206五所駒瀧神社15

算盤の珠のように、リングが動くようになっていて
お百度参りの時に回数を数えていくのでしょう。



やがて、目の前に現れる拝殿。

      0170206五所駒瀧神社16



拝殿に掲げられた神額。

      0170206五所駒瀧神社17



そして、境内。

      0170206五所駒瀧神社18

深い森に囲まれ、陽射しも遮られ、季節柄冷んやりとします。
その冷んやり感が、厳かな感覚を高めます。

まさにパワースポット、ここに在り!



こちらの建物は、神輿の格納庫。

      0170206五所駒瀧神社19

毎年旧暦6月13日~15日に催される『祇園祭り』に使われる神輿が保管されています。



『景勝地 五所駒瀧神社』と記された社号標。

      0170206五所駒瀧神社20

確かに景勝地と呼ぶに相応しい場所かもしれない。

素朴な疑問なんですが...............

なぜ、この五所駒瀧神社が茨城百景の包括地に入らなかったんだろう?



おっと、忘れていた。
肝心の『真壁のひなまつり』のひな人形ですが、
藁葺きの屋根の社務所に飾られています。


さすがに、 びいすけ を連れて社務所の庭に入って行くのには気が引けましたが
せっかくだから、声を掛けて中に入ります。

こちらが、ひな人形。

      0170206五所駒瀧神社21

びいすけ は、ここまで。



父さんは、さらに一歩、また一歩踏み込んで...............。

      0170206五所駒瀧神社22



目的のひな人形も見たことだし、
ゆっくり参道を歩きながら、駐車場に戻りましょう。

      0170206五所駒瀧神社23



参道脇で見つけた案内板。

      0170206五所駒瀧神社24

五所駒瀧神社は、富士権現山の登山口でもあるようです。
残念ながら、現在は整備中?


イノシシの被害もあるようなので、電流ワイヤーが敷かれ、立ち入り禁止。

      0170206五所駒瀧神社25




知らずに突き進んでいたら、感電しちゃったかもしれません。
あ〜くわばら、くわばら(笑)。


2017/03/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

真壁氏累代墓地及び墓碑群 (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

茨城百景『伝正寺と真壁城址』(?)の真壁城址から向かった先は...............

          真壁氏累代墓地及び墓碑群


真壁城の南約800mに真壁氏の氏寺と伝える遍照院正得寺があります。
その境内には、40基の五輪塔群があります。
塔高150cm前後と中型ですが、造塔技法からみて、鎌倉時代から戦国時代のものと思われます。
銘文などは読みとれませんが、真壁氏の墓碑群と確認されています。

せっかく真壁城址に立ち寄ったんだし、素通りするのも味気ない。
それに遍照院に隣接する場所にも立ち寄りたかったからちょうど良い。


遍照院の敷地内?
本堂脇にある、いかにもそれっぽい土壇。
ここが、真壁氏累代墓地及び墓碑群のようです。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址29




こちらが、遍照院の山門。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址23

墓地の間を通って本堂へと導いてくれます。


この石段の先が本堂。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址24



こちらが本堂。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址25



本堂に掲げられた扁額。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址26



本堂を別アングルから。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址27



本堂脇に建っている遍照院の由緒書き。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址28


      
本堂脇の土壇に上がってみると、やはりそこは真壁氏累代墓地でした。

土壇の建つ標柱。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址30


立派な説明板碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址31



数えていないから、本当に40基あるのか分からないけれど、
確かに多く並ぶ五輪塔群。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址32



これらが、歴代の真壁氏の墓石と言うのだから圧巻です。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址33


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址34


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址35


真壁氏はもともと常陸平氏の宗族にして
常陸国府の有力在庁官人であった大掾氏を祖とする一族でした。
平安時代末期に生まれた武家であり、祖である真壁長幹が多気氏の四男でした。
分家するにあたり真壁郡に領地を得て、真壁城を築城して
次第に真壁郡を中心として、真壁氏の勢力基盤が形成されるようになりました。

源頼朝が東国において自立した際、当初は積極的な関与をしなかったものの、
後にこれに臣従し、真壁郡の大半を占める真壁荘地頭に任じられ、
鎌倉幕府の御家人として活動するようになりました。

南北朝時代を向え、真壁氏は当初は南朝方で活動していたようですが、
のち北朝方になり、足利尊氏のもとに参じました。

また、戦国時代には佐竹氏や南関東を制圧した北条氏との間をうまく渡り歩き、
最終的には佐竹氏の家臣となって活躍しました。

しかし、主君である佐竹義宣が関ヶ原の戦いに西軍方となった咎で
出羽国秋田に転封となると、真壁氏はこれに随行しました。
こうして、平安時代から徳川幕府の成立した江戸時代初期までの四百数十年の間、
真壁氏はこの地の領主として君臨していたそうです。

確かに四百数十年も一つの地に居れば、40基の墓石にもなるでしょう。
これもまた、一つの歴史ですね。




2017/03/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 伝正寺と真壁城址 》   (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は茨城県の桜川市、旧・真壁町に出かけました。
真壁に来た最たる目的は、『真壁のひなまつり』ですが
車を停めたのは、つくばりんりんロードの真壁休憩所の駐車場。

つくばりんりんロードは、かつて土浦駅と岩瀬駅を結んでいた路線である筑波鉄道の廃線跡で
真壁休憩所は、真壁駅が在った所です。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址01


実は、この旧・真壁駅の構内に茨城百景の碑が建っています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址02


こちらが、茨城百景の碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址03


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址04

昭和25年に制定された茨城百景では
『伝正寺と加波足尾』の筈?
こちらの碑は『伝正寺と真壁城址』になっている。

いつから変わったんだろう(笑)。


真壁休憩所は、真壁駅の面影を残しています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址05


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址06



では、茨城百景を巡りましょう。
本来の『茨城百景 伝正寺と加波足尾』だと包括地区が
真壁城址,加波山神社となっています。


まずは、伝正寺。

伝正寺は、「どっこい真壁の伝正寺」で知られているそうですが
全く知らなかった...............。
1268年、真壁城主・真壁時幹が法心禅師(真壁平四郎)のために建てた寺だそうです。
初代真壁藩主・浅野長政の菩提寺としても有名で、
境内には長政夫妻の墓や浅野本家最後の城主・長勲夫妻の石像があるそうです。


ところが、伝正寺に来てびっくり⁉️。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址07

参道には通行止めの看板。


山門は朽ち果て、雑草が茂り荒廃している。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址08


別な導線があるのかと、回りこんでみると
今度はこんな看板。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址09

どうやら、東日本大震災でかなりのダメージを受けたようです。

とは言っても、あれからもうすぐ6年が経つ。
まだ復旧作業をしているの? と思いながら敷地内に入ってみると...............

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址10



確かに本堂や鐘楼は工事中。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址11

境内には大小様々な石碑類が横倒しになっていました。
まだまだ復旧作業が完了するには時間が必要なようです。



伝正寺は諦め、真壁城址に移動しましょう。


真壁城址は以前訪れたことがあります。
前回はじっくり探索したので、今回は主郭(本丸)周辺をさらっと回ってみます。


二の丸にある真壁城址の看板。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址12


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址13


この日は風が強かった。

元々、筑波の山から吹きさらす風が強いのか?
いつになく、 びいすけ の耳が揺れています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址14



加波山をバックに一枚。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址15


二の丸の土塁と空堀。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址16




本丸にて。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址17


説明板の縄張り図。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址18


本丸には二基の城址碑。

こちらは古い方の城址碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址19

『真壁城址』と刻まれています。


こちらは、平成6年に建てられた新しい城址碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址20

こちらには『真壁城跡』と刻まれています。
実は、この年(平成6年)に真壁城は国指定史跡に登録されました。
その記念に新たに建てられたのでしょう。



本丸と二の丸に架かる土橋。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址21



そして、本丸の土塁。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址22


確か、前回訪れたのが2013年。
今から5年前。
あの当時も発掘調査と史跡公園整備事業が進められていたけれど
未だに調査は終わっていないようです。

伝正寺の復旧作業と言い、真壁城址の発掘調査と言い
果たして何年も掛けて行うものなんだろうか?

ひょっとしたら地域性なのかな?などと思いながらも
茨城百景『伝正寺と真壁城址』(?)これにて制覇です。




2017/03/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........《番外編》 旧・樺穂小学校校舎  (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市の真壁(旧・真壁町)。

真壁の町割りは、戦国時代末期の真壁氏時代に形づくられ、
江戸時代初期の浅野氏時代に完成したと言われています。
枡形と呼ばれる城下町特有の交差点が現存し、
その町割りの中に、蔵や門などの歴史的建造物が息づいています。
現在、99棟が国の登録文化財となっています。
平成22年に、この真壁地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
全国で87地区目で、関東地方では4地区になり、茨城県内では初となります。
現在、99棟が国の登録文化財となっているそうです。

毎年、その伝統的な真壁の町並みで、ひなまつりが開催されていますが
その真壁の重要伝統的建造物群の中に、
旧・樺穂小学校の校舎が在ると言うことで訪ねてみました。



とは言うものの、実は簡単に見つかると思っていたら
なかなか見つけられませんでした。
それもそのはず、個人の庭先と言うか、敷地内に在りました。

      20170206旧・樺穂小学校校舎01


一応、個人の敷地内なのでお断り(了承を頂いて)して
敷地内ぬ入らせてもらいました。

      20170206旧・樺穂小学校校舎02


旧・校舎の前には案内板。

      20170206旧・樺穂小学校校舎03


しっかりと『旧 樺穂小学校』 校舎 と記載されています。

      20170206旧・樺穂小学校校舎04


地元の方の話だと、工房か何かで使用されている建物らしいが
まさか、旧・樺穂小学校の校舎だとは知らなかったそうです。

確かに敷地内の奥にあるから、通りからパッと見じゃ分かりませんね。



渡り廊下は荷物置き場?

      20170206旧・樺穂小学校校舎05



裏側に回れば、校舎らしい窓。

      20170206旧・樺穂小学校校舎06


      20170206旧・樺穂小学校校舎07


この先は完全に、こちらのお宅の庭先になるので
さすがに行けません。


どう言った経緯で、この地に校舎が移転(移設)されたかは分かりませんでしたが
ネットで調べてみたら...............

飯泉家の敷地に現存する樺穂小学校旧校舎は、
昭和20年代後半に廃止された東校舎1棟で、
飯泉家の先々代が購入し、現在地に移築したそうです。
昭和50年頃まで飯泉和洋裁学院校舎として使用していたそうです。


いずれにしても重要伝統的建造物群の一つであるようですから
このまま後世に残されて行くのでしょう。



2017/03/05 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

-和の風 第十五章- 真壁のひなまつり  (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

個人的な3連休初日。

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


目的は、ズバリ! 真壁のひなまつり


真壁のひなまつりは、
平成15年2月に始まり、今回で15回目を迎えます。

今年は、開催期間は2月4日~3月3日です。
地域有志の皆さんが、歴史的建造物を後世に伝えようと、
町並み保存団体を立ち上げてから23年。
長年にわたる地域の皆さんと行政が一体となった、
伝統とおもてなしの町づくりの一環のイベントで
毎年、この時期に開催されます。

今年は民家やお店の約160件以上にひな人形が飾られています。


かく言う私も、数年前からほぼ毎年訪れています。
( 2016年の記事は こちら
( 2015年の記事は こちら
( 2013年の記事は こちら


今年は始まって3日目だし、平日だから
駐車場には困らない。
つくばりんりんロードの真壁休憩所の駐車場に車を停めて
『真壁のひなまつり』の散策開始です。

      20170206真壁のひなまつり01



いつものように、最初のひな人形は『桜井精肉店』。

      20170206真壁のひなまつり02

今年は、桜井精肉店のおばちゃんが、 びいすけ のリードを持ってくれてのひな人形。


当然、コロッケは散策のお供。

      20170206真壁のひなまつり03


午前10時。
平日で人通りがほとんど無い、真壁の町並みを歩きます。

お店の中には犬連れでは入れないから
ガラス越しにひな人形を眺めて行きます。

      20170206真壁のひなまつり04


      20170206真壁のひなまつり05


      20170206真壁のひなまつり06


      20170206真壁のひなまつり07


      20170206真壁のひなまつり08


      20170206真壁のひなまつり09




真壁の古い町並みの代表格でもある 伊勢屋旅館。

      20170206真壁のひなまつり10


      20170206真壁のひなまつり11



この辺りも古い町並みのメッカなんだけど
人が居ない...............。

      20170206真壁のひなまつり12

とは言え、真壁の古い民家や商家の建物に幾つかが
東日本大震災でかなりのダメージを受けたのも事実。
建て替えられた建物も多い。



ぶら〜りとゆっくりとしたペースで各商店に飾られたひな人形を眺めながら
真壁の町並みの散策は続きます。

      20170206真壁のひなまつり13


      20170206真壁のひなまつり14


      20170206真壁のひなまつり15


      20170206真壁のひなまつり16


      20170206真壁のひなまつり17




こちらの建物の二階に注目。

      20170206真壁のひなまつり18


何と、こんな場所にひな人形に飾られています。

      20170206真壁のひなまつり19



さらに、ズームアップ。

      20170206真壁のひなまつり20

立派なひな人形です。



各商店が趣向を凝らして展示しています。

      20170206真壁のひなまつり21


      20170206真壁のひなまつり22


      20170206真壁のひなまつり23


      20170206真壁のひなまつり24


      20170206真壁のひなまつり25


      20170206真壁のひなまつり26


      20170206真壁のひなまつり27


      20170206真壁のひなまつり28




こちらは、ひな人形じゃないけれど
昭和の雰囲気ぐ満載の看板。

      20170206真壁のひなまつり29



さらに、ひな人形巡りは続きます。

      20170206真壁のひなまつり30


      20170206真壁のひなまつり31


      20170206真壁のひなまつり32


      20170206真壁のひなまつり33


      20170206真壁のひなまつり34


      20170206真壁のひなまつり35


      20170206真壁のひなまつり36


      20170206真壁のひなまつり37


      20170206真壁のひなまつり38


      20170206真壁のひなまつり39


      20170206真壁のひなまつり40


      20170206真壁のひなまつり41


      20170206真壁のひなまつり42



時刻はまもなく12時になろうとしている。
気がついたら2時間近く経とうとしている。

相変わらず、この日の真壁の町並みは閑散としています。

      20170206真壁のひなまつり43

もっとも、犬連れで歩く分には、空いてて良いんだけどね。


毎年、コロッケと煎餅と今川焼きの食べ歩きをしているんだけど
去年から、煎餅屋さんがお店を開いていない。

これも時代の流れか...............?


ならば、今川焼き。

      20170206真壁のひなまつり44


びいすけ も、ちゃっかりご相伴。

餡子の無い所ね。

      20170206真壁のひなまつり45


      20170206真壁のひなまつり46


      20170206真壁のひなまつり47


今年も『真壁のひなまつり』、しっかり堪能させてもらいました...............。




2017/03/04 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

真壁のひなまつり  (2016年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日 公休日

個人的な連休2日目。


毎年2月の中旬辺りから、各地でひなまつり(雛めぐり)と称して
商店街の店先や民家に古い雛人形を飾って町興しのイベントをしたりしています。

茨城県の桜川市真壁(旧・真壁郡真壁町)でも関東地区の先陣を切って
2月4日〜3月3日まで『 真壁のひなまつり 』が開催されています。
今年で14年となるこのイベント。3年ほど前から訪れていますが毎年楽しみにしています。

土曜日だけど、始まってすぐだし、ひなまつり(3月3日)まではまだまだ先だから、空いているだろうと
ダック家を誘って『 真壁のひなまつり 』に行って来ました。


午前10時過ぎに真壁に到着。
無料駐車場の真壁体育館の敷地は車がいっぱい。
駐車場は満車状態でしたが、何とかスペースを見つけて
体育館から徒歩5分の真壁の町へと向かいます。

真壁の町は、戦国時代末期の真壁氏時代に形づくられ、
江戸時代初期の浅野氏時代に完成したといわれています。
枡形と呼ばれる城下町特有の交差点が現存し、
その町割りの中に蔵や門などの歴史的建造物が息づいています。
その蔵や門の99棟が国の登録文化財となっています。
それだけ、古い町並みだという事に
なります。
平成22年には、この真壁地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。


その古い町並みで、『おもてなし』の心をもって
ひな人形を飾り訪れる人を優しく受け入れてくれるのが
真壁のひなまつり なのです。

       20160206真壁のひなまつり01


       20160206真壁のひなまつり02



真壁体育館から歩き、最初にひな人形に出会うのが桜井精肉店。

実は、毎回こちらでコロッケ(50円)を買って
食べながら歩くのが楽しみで、
当然この日も『コロッケ下さい...............』

       20160206真壁のひなまつり03


       20160206真壁のひなまつり04



いつもは、店内に入れないけど、今日はダック家に ちょっぴり びいすけ をお願いして
初めて、桜井精肉店さんのひな人形が見れた(笑)。

       20160206真壁のひなまつり05




それでは、真壁のひなまつりを楽しみましょう。

       20160206真壁のひなまつり06


こんな感じで店先の入口にひな人形が飾られています。

       20160206真壁のひなまつり07





こちらは、村井醸造。

こちらも、いつもは中に入るのを躊躇っていたけど
今日は、ちょっぴり びいすけ を頼めるから気が楽です。

       20160206真壁のひなまつり08

杉玉も色づき、新酒も良い感じになって来たんでしょうか?


びいすけ は、ここまで。

さすがに、この先は犬連れは気が引ける。

       20160206真壁のひなまつり09



村井醸造のひな人形。

       20160206真壁のひなまつり10

立派なひな人形に琴の生演奏付き。
一見の価値アリ。


さらに、ひな人形を見て行きましょう。

       20160206真壁のひなまつり11



老舗の伊勢屋旅館。
こちらのひな人形も立派です。

      20160206真壁のひなまつり12


      20160206真壁のひなまつり13


      20160206真壁のひなまつり14




真壁のひなまつりの楽しみ方の一つは食べ歩き。
あまり行儀の良いことではありませんが
コロッケや焼き立ての煎餅や今川焼き、
これらを頬張りながら、歩くのもオツなモノ。

びいすけ も ささみチップ を食べながら歩く〜?(?)

      20160206真壁のひなまつり15


残念ながら毎年楽しむにしていた煎餅屋さんは今年は営業していない。
今川焼きは目の前で体力注文でごっそり買われて、10分以上待つと言う...............。


そこで登場したのが、こちら。

      20160206真壁のひなまつり16

この干し芋が柔らかくて、超ウマイ。

びいすけ も食べるぅ?
( 食べない訳がない!! )(笑)

      20160206真壁のひなまつり17

騙されたと思って小袋(300円)にしたけど
大袋(500円)にすれば良かったなぁ。



片手に びいすけ のリード。
もう一方の方に干し芋の入っ食べないビニール袋を下げて
ひなまつり(ひな人形巡り)を堪能します。

      20160206真壁のひなまつり18


      20160206真壁のひなまつり19


      20160206真壁のひなまつり20


      20160206真壁のひなまつり21


      20160206真壁のひなまつり22


      20160206真壁のひなまつり23




こちらのお店では、ワンコ達に水を戴きました。

      20160206真壁のひなまつり24

人間はと言うと、試食の煮物を食べまくってました(笑)。




小腹も空いて来たので、ここらでお昼。
ドッグカフェなんて気のきいた所は無いので
犬連れでも大丈夫そうなテラス席(露店とも言う)のお蕎麦。

      20160206真壁のひなまつり27



大盛り けんちんソバ(600円也)。

      20160206真壁のひなまつり34

この日は寒かったから、あったかい蕎麦が美味しかったぁ。

この蕎麦を食べたのが西岡家の中庭。
真壁の銘酒 『花の井』の醸造元 西岡本店の分家にあたります。
本家が酒を作っていたのて、分家は味噌・醤油を醸造していたらしい。
今は廃業してしまいましたが、さすがに由緒ある家。
飾ってある ひな人形 も立派です。

      20160206真壁のひなまつり25


      20160206真壁のひなまつり26




あったかいお蕎麦で暖を取り、お腹も満たされたから
再び真壁の町並みを歩きます。

      20160206真壁のひなまつり28


店先のショーウインドーに飾られた ひな人形 を眺めながらの散策です。

      20160206真壁のひなまつり29


      20160206真壁のひなまつり30


      20160206真壁のひなまつり31


      20160206真壁のひなまつり32


考えたら、一緒に来ている ダック がほとんど登場していない。

      20160206真壁のひなまつり33



『 安心して下さい。 ダック もいますから............... 』



ワンコ連れのひなまつり(雛めぐり)。
今年もその季節がやって来ました。

さて、真壁のひなまつり はコレで制覇。
今年はどこの ひなまつり(雛めぐり)に出没しようかな...............?





2016/02/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit