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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩..................御朱印巡り   《代々木八幡宮》(2020年2月21日)(東京都渋谷区) 

2月21日

この日は、都内で健康診断(再検査)。
終わった後は、御朱印巡りの都内散歩。

信濃町駅からスタートした御朱印散歩。
東郷神社をあとにして、向かった先は.........代々木八幡宮。。


代々木八幡宮は、渋谷区代々木に鎮座する神社です。


建暦2年(1212年)の創建とされ、
鎌倉幕府の二代将軍・源頼家が修善寺で暗殺されたことを悼み、
家来の一人であった荒井外記智明が出家し、
名を宗祐と改めて菩提を弔っていたところ、
ある夜、霊夢の中でご神鏡を授かったことから、「鶴岡八幡宮」を勧請し、
代々木の地に祠を建てたのが神社の始まりとされています。


境内からは縄文時代の住居跡などが発見され、
「代々木八幡遺跡」として渋谷区の史跡に指定されたため、
境内には竪穴式住居を復元したものが置かれています。
また、近年では境内社の「出世稲荷」が、
パワースポットの地として注目を集めています。


御祭神は、応神天皇。
相殿神として、天照大神・白山媛之命が祀られています。




こちらが社号標。

     20200221代々木八幡宮01



神社社頭。

     20200221代々木八幡宮02



神社社頭の狛犬。

     20200221代々木八幡宮03


     20200221代々木八幡宮04



一の鳥居。

     20200221代々木八幡宮06


  

ニノ鳥居。

     20200221代々木八幡宮07



参道の記念碑。

     20200221代々木八幡宮08



参道。

     20200221代々木八幡宮09
     20200221代々木八幡宮10



参道の狛犬。

     20200221代々木八幡宮11


     20200221代々木八幡宮12



由緒書き。

     20200221代々木八幡宮13



手水舎。

     20200221代々木八幡宮14



こちらが拝殿。

     20200221代々木八幡宮15



拝殿正面。

     20200221代々木八幡宮16


     20200221代々木八幡宮18



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200221代々木八幡宮17


別アングルからの拝殿。

     20200221代々木八幡宮19


     20200221代々木八幡宮20



そして、こちらが本殿。

     20200221代々木八幡宮21



拝殿前の狛犬。

     20200221代々木八幡宮22


     20200221代々木八幡宮23



拝殿前の天水桶。

     20200221代々木八幡宮24



境内社

     20200221代々木八幡宮25



左が三社殿、右が出世稲荷社。

     20200221代々木八幡宮26


三社殿。(稲荷社、天神社、榛名社)

     20200221代々木八幡宮27

本殿に合祀された神明社・白山社と共に、合わせて五社と称されるらしい。



小さな祠も健在。

     20200221代々木八幡宮28




こちらは、拝殿左手に通じる参道口。

     20200221代々木八幡宮29



境内案内図。

     20200221代々木八幡宮30



神楽殿。

     20200221代々木八幡宮31



神輿庫。

     20200221代々木八幡宮32


     20200221代々木八幡宮33



拝殿脇の創建八百年の記念碑。

     20200221代々木八幡宮34



表参道の記念碑。

     20200221代々木八幡宮35



昭和25年(1950年)に境内の発掘調査が行われ、
縄文時代の遺跡が発見されました。

     20200221代々木八幡宮05


     20200221代々木八幡宮36



「代々木八幡遺跡」として渋谷区の史跡に指定されました。

     20200221代々木八幡宮37



縄文時代の住居跡などが発見されたため、境内に復元されました。

     20200221代々木八幡宮38



境内の御神木。

     20200221代々木八幡宮39
     20200221代々木八幡宮40



こちらが、授与所。

     20200221代々木八幡宮41




御朱印は、こちらで頒布されています。

     20200221代々木八幡宮42



そして、その御朱印。

     20200221代々木八幡宮43


鎌倉時代に創建された由緒ある神社。
パワースポットであり、遺跡でも神社。
いろいろな顔を持った趣のある神社のようですね。




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2020/04/11 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り   《東郷神社》(2020年2月21日)(東京都渋谷区) 

2月21日

この日は、都内で健康診断(再検査)。
終わった後は、御朱印巡りの都内散歩。

信濃町駅からスタートした御朱印散歩。
鳩森八幡神社をあとにして、向かった先は.........東郷神社。



東郷神社は、渋谷区神宮前に鎮座する神社です。

明治時代の日本海軍の指揮官として日清及び日露戦争の勝利に大きく貢献し、
日本の国際的地位を引き上げた一人でもある東郷平八郎元帥を祀る神社です。

昭和9年(1934年)5月30日に東郷平八郎が亡くなると、
全国から海軍省に東郷を顕彰する神社の創建の要望と献金が相次ぎました。
当時の海軍大臣大角岑生が財団法人東郷元帥記念会を設立し、
寄せられた献金によって神社の創建が計画されました。

昭和12年(1937年)9月に地鎮祭、
昭和15年(1940年)5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭が行なわれ、
東郷神社は創建いたしました。


御祭神は、東郷平八郎命。


こちらが、社号標。

     20200221東郷神社01


2020年2月21日現在、社頭は工事中。

     20200221東郷神社02



どうやら、鳥居を新しくするようです。

     20200221東郷神社03



表参道。

     20200221東郷神社04



愛犬家には、あまり見たくない看板。

     20200221東郷神社05



表参道を進むと右側に90°反転。
目の前には神門がお出迎え。

     20200221東郷神社06



神門手前左側には手水舎。

     20200221東郷神社07



こちらは、由緒書き。

     20200221東郷神社08



神門の先には拝殿。

     20200221東郷神社09



こちらが拝殿。

     20200221東郷神社10



拝殿正面。

     20200221東郷神社11



別アングルからの拝殿。


     20200221東郷神社14


     20200221東郷神社15




そして、こちらが本殿。

     20200221東郷神社24


拝殿前の狛犬。

     20200221東郷神社12


     20200221東郷神社13



こちらは、西参道口。

     20200221東郷神社16



西参道の御神木。

     20200221東郷神社22
     20200221東郷神社23



こちらは、竹下通り側の参道口。

     20200221東郷神社17



鳥居に掲げられた神額。

     20200221東郷神社18



西参道や竹下通り側の参道からは、この石段を上がれば拝殿となる。

     20200221東郷神社19


     20200221東郷神社20



石段の幟。

     20200221東郷神社21



境内霊社・海の宮。

     20200221東郷神社25


     20200221東郷神社26



東郷蔵。

     20200221東郷神社27


     20200221東郷神社28



西参道の海軍特年兵の碑。

     20200221東郷神社29

海軍史上最年少、14歳の海軍兵士の殉国碑となっている。



こちらは、海軍経理学校の正門敷石。

     20200221東郷神社30



御朱印は、拝殿脇の授与所にて頒布されています。

     20200221東郷神社31



こちらが東郷神社の御朱印。

     20200221東郷神社32


シンプルな御朱印ですが、達筆で味のある御朱印です。



2020/04/10 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り   《鳩森八幡神社》(2020年2月21日)(東京都渋谷区) 

2月21日

この日は、都内で健康診断(再検査)。
終わった後は、御朱印巡りの都内散歩。

信濃町駅からスタートした御朱印散歩。
須賀神社をあとにして、次なる目的地を目指します。

信濃町から千駄ヶ谷、黄色い電車で一駅区間。
歩いてもそんなに苦でもないし、
歩いて行くから、都内散歩。


工事中の国立競技場の脇を通ります。

     20200221鳩森八幡神社01



かなり出来上がってきましたね。

     20200221鳩森八幡神社02



そんな訳で、国立競技場の脇を通りながら
向かった先は...............鳩森八幡神社。



鳩森八幡神社は、渋谷区千駄ヶ谷に鎮座する神社です。

社伝によると、貞観二年(860年)慈覚大師(円仁)が関東を巡錫した際に当地を訪れました。
慈覚大師へ村民たちが御神体を請い求めたため、神功皇后・応神天皇・春日明神の神像を奉安し、
「正八幡宮」として祀ったと云うのが創建とされています。

武運の神である八幡神をご祭神とする神社で、正式名は八幡神社ですが
創建以前より「鳩森(はとのもり)」と名付けられた祠があったことから
「鳩森八幡神社」と呼ばれています。

江戸時代になると、江戸では富士講と呼ばれる、富士信仰(浅間信仰)が流行し、
寛政元年(1789年)、境内に富士塚が築造とされます。
この富士塚は、江戸市中の著名な富士塚である「江戸八富士」の一つにも挙げられたそうです。


御祭神は、応神天皇・神功皇后。



こちらが、表参道の社号標。

     20200221鳩森八幡神社03



神社社頭。

     20200221鳩森八幡神社04



鳥居に掲げられた神額。

     20200221鳩森八幡神社05



参道。

     20200221鳩森八幡神社06



境内案内図。

     20200221鳩森八幡神社07



参道の狛犬。

     20200221鳩森八幡神社08


     20200221鳩森八幡神社09



手水舎。

     20200221鳩森八幡神社10



こちらが、拝殿。

     20200221鳩森八幡神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200221鳩森八幡神社12



拝殿正面。

     20200221鳩森八幡神社13



別アングルからの拝殿。

     20200221鳩森八幡神社14



そして、こちらが本殿。

     20200221鳩森八幡神社15



拝殿前の天水桶。

     20200221鳩森八幡神社16




こちらが、富士塚の鳥居。

     20200221鳩森八幡神社17

都内最古の富士塚で、通称『千駄ヶ谷富士』と呼ばれているらしい。



その富士塚を登って行きましょう。

     20200221鳩森八幡神社18



幾つかの社が登山道に鎮座している。
その一つ、里宮の浅間神社。

     20200221鳩森八幡神社19


     20200221鳩森八幡神社20



富士塚頂部の祠。

     20200221鳩森八幡神社21



富士塚頂部からの眺め。

     20200221鳩森八幡神社22


     20200221鳩森八幡神社23



こちらは境内社の甲賀稲荷社。

     20200221鳩森八幡神社24


     20200221鳩森八幡神社25


     20200221鳩森八幡神社26




境内社の神明社。

     20200221鳩森八幡神社27



境内の一画には将棋堂。

     20200221鳩森八幡神社28


     20200221鳩森八幡神社29

鳩森八幡神社に隣接するように将棋会館があるため、
この将棋堂が建てられました。



こちらが、北参道口。

     20200221鳩森八幡神社30


北参道の狛犬。

     20200221鳩森八幡神社31


     20200221鳩森八幡神社32



神楽殿。

     20200221鳩森八幡神社33



御輿庫。

     20200221鳩森八幡神社34



境内には慰霊碑も建つ。

     20200221鳩森八幡神社35



今年は暖冬。
例年より早く、境内の河津桜は咲き誇る。

     20200221鳩森八幡神社36


     20200221鳩森八幡神社37



御神木。

     20200221鳩森八幡神社38
     20200221鳩森八幡神社39



こちらが、授与所。

     20200221鳩森八幡神社40

御朱印は、こちらで拝受出来ます。
番号札を貰って、御朱印待ち。


鳩森八幡宮の御朱印。

     20200221鳩森八幡神社41



そして、境内社になる浅間神社の御朱印。

     20200221鳩森八幡神社42


都内で富士塚のある神社は幾つかあるけれど
御朱印を頒布している神社は少ない。
かつ、山開きの時期に頒布される神社が多いから
ある意味、通年拝受できるのは嬉しい事です。



2020/04/10 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り   《須賀神社》(2020年2月21日)(東京都新宿区) 

2月21日

この日は、都内で健康診断(再検査)。
終わった後は、御朱印巡りの都内散歩。

信濃町駅からスタートした御朱印散歩。
陽運寺をあとにして、向かった先は.........須賀神社。

須賀神社は、新宿区須賀町に鎮座する神社です。

須賀神社は江戸初期より四谷の地に鎮座する、四谷十八ヵ町の鎮守様です。

現在は須賀神社と称していますが、元々は稲荷神社でした。
寛永11年(1634年)、赤坂一ツ木村の鎮守稲荷神社を、
江戸城外堀普請のため現在地を替地として拝領し、遷されたと伝えられます。

その後、神田明神境内に鎮座していた日本橋伝馬町の守護神・牛頭天王社を
稲荷神社と合祀して稲荷天王合社、四谷天王社と称されるようになりますが、
明治の神仏分離令により社号を須賀神社に改称しました。

御祭神は、須佐之男命・宇迦能御魂命




こちらが、社号標。

     20200221須賀神社01



神社社頭。

     20200221須賀神社02


  
鳥居に掲げられた神額。

     20200221須賀神社03



鳥居脇の由緒書き。

     20200221須賀神社04



参道の狛犬。

     20200221須賀神社05


     20200221須賀神社06



手水舎。

     20200221須賀神社07



定番の龍の吐出口。

     20200221須賀神社08



こちらが、拝殿。

     20200221須賀神社09



拝殿正面。

     20200221須賀神社10


     20200221須賀神社15




拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200221須賀神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

     20200221須賀神社12



別アングルからの拝殿。

     20200221須賀神社13


     20200221須賀神社14



そして、こちらが本殿。

     20200221須賀神社16



こちらは、相殿になるのか?
大国社。

     20200221須賀神社17



境内社の天白稲荷神社。

     20200221須賀神社20



同じく、境内社の祖霊社。

     20200221須賀神社21



こちらは、慰霊碑

     20200221須賀神社18



その碑の横には、須賀神社の旧・総代の銅像。

     20200221須賀神社27

(須賀神社の戦災の復興に尽力をされた方らしい。)



本殿左手。
位置的には南になるから、南参道口?の鳥居。

     20200221須賀神社19



神楽殿。

     20200221須賀神社22



御輿庫?

     20200221須賀神社23



須賀神社の「三十六歌仙絵」の説明板。

     20200221須賀神社24



レプリカの「三十六歌仙絵」。

     20200221須賀神社25



火消し「く組」の梯子塚。

     20200221須賀神社26





こちらが、須賀神社の御朱印。

     20200221須賀神社28

ちょうどお昼に時間で宮司さんも不在。
女性の神職さん(巫女さん? 禰宜さん?)が居らしたから
書置きの御朱印をいただく事ができました。



2020/04/09 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り       《於岩稲荷 長照山 陽運寺》 (2020年2月21日)(東京都新宿区) 

2月21日

この日は、健康診断(再検査)。
都内に出たので、その帰りに御朱印巡りの都内散歩。


於岩稲荷田宮神社をあとにして、信濃町駅方面に足を進めたら
こんな幟を目にした。

     20200221陽運寺06

『於岩稲荷霊神』とある。
於岩稲荷田宮神社とは違うのか?



どう見ても寺院のような雰囲気。
山門前にはこんな寺号標。

     20200221陽運寺01

四谷怪談 お岩さま縁の寺 長照山 陽運寺 とある。



陽運寺は、江戸時代に「東海道四谷怪談」が世に広まり、
お岩様が庶民の畏敬を集めました。
この地にあったお岩様の霊堂が戦災にあったため
栃木県沼和田から薬師堂を移築再建し、開山されました。

境内にある秦山木の下にお岩様縁の祠があったと伝えられ、
陽運寺の起源とされています
薬師堂は250年以上の歴史ある建物で、堂内にはお岩様の立像が奉祀され、
厄除け、ご縁事、芸能事に霊験があると多くの参拝者の信仰を集めています。




こちらが山門。

     20200221陽運寺02



山門に掲げられた扁額。

     20200221陽運寺03


山門には於磐城稲荷の提灯も飾られています。

     20200221陽運寺04



こちらの陽運寺、縁切り寺としても有名ですか
お岩さんを祀っている関係からか縁結びの寺院としても知れ渡っているらしい。

     20200221陽運寺05



山門の先、参道のキツネ。

     20200221陽運寺07


     20200221陽運寺08

稲荷神社の場合、神使いのキツネと称しますが
寺院の場合はどういう扱いなのか?
この辺りの神仏習合は難しい、



手水舎。

     20200221陽運寺09



こちらが本堂。

     20200221陽運寺10



本堂正面。

     20200221陽運寺11


     20200221陽運寺12



赤い提灯が一際目立ちます。

     20200221陽運寺13



本堂前の狛犬。

     20200221陽運寺14


     20200221陽運寺15



境内の祠。
この場合も境内社と言って良いのだろうか?

     20200221陽運寺16


     20200221陽運寺17



お岩様 縁の井戸。

     20200221陽運寺18



水掛け福寿菩薩。

     20200221陽運寺19



お岩稲荷霊堂再建記念碑。

     20200221陽運寺20



百度石。

     20200221陽運寺21



こちらが授与所。

     20200221陽運寺22


拝受した御朱印がこちら。

     20200221陽運寺23


こちらも書置き版ですが、こちら以外にも
月替わりの御朱印も頒布されているようです。



2020/04/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................於岩稲荷田宮神社   (2020年2月21日)(東京都新宿区) 

2月21日 

この日は公休日でしたが、都内に行かなくてはならなくなりました。

1月に受診した職場の健康診断に
バリウム検査で引っかかってしまいました。

バリウム検査の結果、胃に影があるという事で
胃の内視鏡検査を行うことになりました。
(って言うか、この日の9時に勝手に予約されていました。)

前日夜、21:00から水以外の飲食を禁止されて
空腹を我慢しながら、朝9:00前に御茶ノ水駅に着きました。

     20200221健康診断01


指定された健保の医療施設へと向かいます。

     20200221健康診断02


     20200221健康診断03



受付を済ませ、しばらく待った後
内視鏡検査を行いました。

     20200221健康診断04


     20200221健康診断05



結果は、問題無し。

但し、慢性的な胃炎と十二指腸に炎症が見受けられると言われました。
それって、問題じゃないの?(笑)

おかげさまで、来年度以降の健康診断は、
胃の内視鏡検査がセットと言うことになってしまいました。



無事、内視鏡検査もおえ、お茶の水駅に戻ります。


さて...............、
このまままっすぐ家に帰るのも能がない。
せっかく都内まで来たのだから、ちょっとだけ都内を散策、
散歩と洒落込みましょう。

という事で、黄色い電車にのりこみ、信濃町駅で電車を降りて
向かった先は...........於岩稲荷田宮神社。


於岩稲荷田宮神社は、新宿区左門町に鎮座する神社です。


この地には、幕府の御先手組同心・田宮家の武家屋敷があり、
元々は、田宮家の邸内社として奉斎されていました。

田宮家初代・又左衛門の娘・お岩は、この社を篤く信仰しており、
薄給であった夫を支え、商家に奉公に出るなどして
家勢を再興したと言われています。

お岩は、寛永13年(1636年)に逝去しましたが、
近隣の人々は田宮家復興が邸内社の御利益にあるとして
「お岩稲荷」と呼び信仰する者が多かったという事です。
その評判は高まり、田宮家内でも邸内社の傍らに祠を設け
『お岩稲荷』と称して崇敬しましたが、参詣を望む者が後を絶たず、
一般町人にも参拝を許したとされています。

文政8年(1825年)、歌舞伎狂言「東海道四谷怪談」が江戸中村座で初上演され
さらに多くの参詣者を集めたとされ、明治3年頃「於岩稲荷田宮神社」と改称されました。
明治12年の火災により社殿が焼失し、「芝居小屋の近くに移転してほしい」という要望もあり、
土地の寄進を受け遷座しました。(これが中央区新川の於岩稲荷田宮神社です。)

遷座した跡地に、昭和27年に再建され現在に至っているそうです。


御祭神は、豊受比賣大神(とようけひめのおおかみ)
     田宮於岩命(たみやおいわのみこと)

 


東京都の史跡である於岩稲荷田宮神社。  

     20200221於岩稲荷田宮神社01



神社社頭。

     20200221於岩稲荷田宮神社02



鳥居に掲げられた神額。

     20200221於岩稲荷田宮神社03



由緒書きかと思ったら、東京都教育委員会の設置した
田宮稲荷神社跡の説明板でした。

     20200221於岩稲荷田宮神社04



こちらが由緒書き。

     20200221於岩稲荷田宮神社05



手水舎。

     20200221於岩稲荷田宮神社06



定番の龍の吐出口。

     20200221於岩稲荷田宮神社07



拝殿正面。

     20200221於岩稲荷田宮神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200221於岩稲荷田宮神社09



別アングルからの拝殿。

     20200221於岩稲荷田宮神社10



拝殿前の神使いのキツネ。

     20200221於岩稲荷田宮神社11


     20200221於岩稲荷田宮神社12



境内社。

     20200221於岩稲荷田宮神社13


     20200221於岩稲荷田宮神社14


こちらが社務所ですが、どうやら閉まっています。
平素は無人の神社なのでしょうか?

     20200221於岩稲荷田宮神社15



社殿にはこんな張り紙が貼られていました。

     20200221於岩稲荷田宮神社16

書き手が居ないと言うことは、
もう御朱印の対応はしないんでしょうか?

新たな書き手が現れることを期待いたします。




 
2020/04/08 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  毘沙門天  多聞寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、毘沙門天の多聞寺です。

こちらの多聞寺は、隅田川七福神の毘沙門天にあたります。

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれます。
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。


隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

その多聞寺ですが、かつては大鏡山明王院隅田寺と称し、
不動明王を本尊としていましたが、
天正年間(1573~1591年)に、住職鑁海上人が夢のお告げにより、
毘沙門天を本尊として隅田山吉祥院多聞寺と改称したと伝えられています。

古くは隅田堤の外の隅田川神社に近い多聞寺屋敷という所にありましたが、
天正年間(1573~92年)に現在地に移されたそうです。
慶長11年(1606年)に建立され、本尊の毘沙門天像は、
弘法大師の作と伝えられているそうです。



地下鉄本所吾妻橋駅から歩いてスタートした隅田川七福神、
いよいよ最後の多聞寺に到着です。

     20200107多聞寺03



こちらが寺号標。

     20200107多聞寺01


こちらも隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107多聞寺02




そして、山門。

     20200107多聞寺04


山門脇の碑。

     20200107多聞寺17



山門は、墨田区の文化財に指定されているようです。

     20200107多聞寺18




参道の天水桶。

     20200107多聞寺05

参道に天水桶が在るのに、何故か手水舎がない。



こちらが本堂。

     20200107多聞寺06



本殿正面。

     20200107多聞寺07



本堂正面に掲げられた扁額。

     20200107多聞寺08

毘沙門天と読めますね。


この時期だけの御本尊の御開帳(?)

     20200107多聞寺09



御本尊の毘沙門天。

     20200107多聞寺10


本堂前の常香炉。

     20200107多聞寺14



こちらの多聞寺。
境内には狸の像が多い。

「狸塚」。

     20200107多聞寺11


     20200107多聞寺12


     20200107多聞寺13

実は、多聞寺の狸については
こんな伝承があるようです。

多聞寺のある辺りがまだ草深い里だった頃、
本堂のすぐ前の大きな老松の根本に古狸の夫婦が棲んでいて、
村人をおどろかしたり、いたずらをしていました。
そこで村人達は住持と話し合い、この老松を切りはらってしまいました。
しかし、狸の悪さは一層ひどくなるばかりで因った住持は、
一心に本尊毘沙門天に祈りました。

ある夜、毘沙門天門下の禅尼師童子が現われ、
宝棒で狸を打ちすえる夢を見たそうです。
すると翌朝、庭に二匹の大狸が死んでいたそうです。
この狸を葬った場所に石を立て、狸塚にしたとされています。
狸塚があることからたぬき寺とも言われているようです。

なるほど...............




境内には地蔵、石仏も多い。
まあ寺院だから、それが普通なのかもしれませんけどね。

     20200107多聞寺15


     20200107多聞寺16


     20200107多聞寺19


     20200107多聞寺20



先の戦争の空襲で焼け残った鉄骨。

     20200107多聞寺21


こちらは、焼け残った木材。

     20200107多聞寺22



山門裏手に隠れるように建っていた七福神の碑。

     20200107多聞寺23

確か、弘福寺にもあったような気持ちがする。
ひょっとしたら、隅田川七福神の寺社全てに置かれていたんだろうか.........?



こちらが寺務所。

     20200107多聞寺24

御朱印は、こちらで授与出来ます。


そして、こちらが御朱印。

     20200107多聞寺25


隅田川七福神、これで全て巡ることが出来ました。








2020/02/20 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  福禄寿 向島百花園 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、福禄寿の向島百花園です。
 

向島百花園は、江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804~1830年)に
それまで骨董商を営んでいた佐原鞠塢なる人物によって造られた庭園です。
彼は交遊のあった江戸の文人墨客の協力を得て、
旗本・多賀氏の元屋敷跡である向島の地に、
花の咲く草花鑑賞を中心とした「民営の花園」を造りました。
そして、開園したのが向島百花園です。

当時有名だった亀戸の清香庵字臥竜梅の梅屋敷に対して
「新梅屋敷」と呼ばれたそうです。
「百花園」の名称は、一説では、「梅は百花に魁けて咲く」
または「四季百花の乱れ咲く園」という意味でつけられたそうです。



そんな中で隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りです。
その全ての寺社が墨田区にあります。

こちらの向島百花園は、隅田川七福神の福禄寿にあたります。


隅田川七福神。
その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

そして、福禄寿は幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、
長寿、幸福の徳を持ち、鶴と亀を連れて、左手に宝珠、
右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。



白鬚神社を出たあとに途中で向島百花園を抜かして廻って来た事を知り
人の流れとは逆に向島百花園を目指します。
でも入口の反対側に出ちゃったからぐるっとひと回り。
正面入口に着くまで大回りをしちゃいました。
白鬚神社からすぐの距離なのに...............



こちらが、向島百花園の入口。

     20200107向島百花園01


こちらでも隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107向島百花園02

でも、七福神巡りで社寺仏閣以外の場所になると
ちょっぴり気の持ち方が変わってきちゃう。
社寺仏閣じゃないから、何となく神々しいと言うか、
尊厳さが薄くなっちゃう気がするのは気のせい?

でも、隅田川七福神は、ここ向島百花園から始まったわけだから
おかしくはないんだよね。



確か、七福神巡りの方は入場了解は要らないってネットに書かれていたけど
それは、三ヶ日だけなんだって。

     20200107向島百花園03

しっかり、入場料150円取られました。


いちお、向島って名勝史跡なんですね。

     20200107向島百花園04



では、中に入りましょう。
立派な門を潜ります。

     20200107向島百花園05


こちらの門も趣きがある。

     20200107向島百花園06



園内図を確認。

     20200107向島百花園07

福禄寿は、福禄寿尊堂に祀られているようです。



こちらが、福禄寿尊堂。

     20200107向島百花園11


     20200107向島百花園12



こちらが、授与所。

     20200107向島百花園08

御朱印はこちらで拝受出来ます。



御朱印待ちの人も多い。

     20200107向島百花園09



その隣は売店。

     20200107向島百花園10

簡単な食事も出来るようですが
こちらは閑古鳥が鳴いている。


10分ほど待って、御朱印をいただきました。

せっかく入場料を払ったんだから
せめて150円分は庭園を眺めて元を取りましょう(笑)。

     20200107向島百花園14

     20200107向島百花園13

     20200107向島百花園15


     20200107向島百花園16


     20200107向島百花園17


     20200107向島百花園18

はい、ぐるっと庭園をひと回り。
気持ちだけ楽しませてもらいました。


こちらが、隅田川七福神 福禄寿の御朱印です。

     20200107向島百花園19


さぁ、隅田川七福神巡り。
残すは、あと一つ。
毘沙門天です。


2020/02/20 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  寿老人 白鬚神社 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、寿老人の白鬚神社です。

白鬚神社に訪れるのも、これで2度目。
前回は、隅田川沿いの神社を巡った時に訪れました。
( その時の参拝記事は こちら )


こちらの白鬚神社は、隅田川七福神の寿老人にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りです。
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。


そして、寿老人は福禄寿と同じく星の化身で、
にこやかな微笑みをたたえ、手には巻物を括り付けた杖、
そして団扇や桃などを持ち、鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴です。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。     




社号標。

     20200107白髭神社01



こちらでも、隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107白髭神社18



神社社頭。

     20200107白髭神社02



一の鳥居。

     20200107白髭神社03



一の鳥居に掲げられた神額。

     20200107白髭神社04



二の鳥居。

     20200107白髭神社05



手水舎。

     20200107白髭神社2



そして、拝殿。

     20200107白髭神社06



拝殿正面。

     20200107白髭神社07

     20200107白髭神社09



別アングルからの拝殿。

     20200107白髭神社10


     20200107白髭神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

     20200107白髭神社13



御輿庫。

     20200107白髭神社14



授与所。

     20200107白髭神社15

以前は、こちらで御朱印をいただきましたが
この時期は特設場所に変更のようです。


御朱印は、こちらの社務所にて拝受出来ます。

     20200107白髭神社16


こちらが、隅田川七福神 寿老人の御朱印。

     20200107白髭神社17


本来なら、三圍神社からの順路だと長命寺の次は向島百花園なんだけれど
どうやら間違って、白鬚神社に来ちゃったみたい。
隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。




2020/02/19 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  布袋尊 弘福寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、布袋尊の弘福寺です。

弘福寺は、黄檗宗大本山、宇治の黄檗山萬福寺の末寺で、
同宗の名僧・鉄牛和尚の手で延宝2年(1673年)に、創建されました。
同じ禅宗の中でも最も中国に近い宗派として名高く、
その建築も重層の屋根、大棟の宝珠、鴟尾、廂の蛇腹天井、細棧の扉、
両翼の円窓、堂前の月台、柱にかかる聯額などを持つ中国風の特色多い寺院です。

境内右手の小祠には咳の爺婆尊の石像が祀られており、
この像は、寛永年間(1624~44年)に風外和尚が真鶴山中で修業中に、
父母に孝養を尽せぬことをいたんで刻んだものと伝えられます。
後に、弘福寺に移されました。風外和尚の両親の像だから風邪にも強かろうと、
爺像は喉頭の病に、婆像は咳止めにご利益あるとして、
今でも風邪除けの信仰を集めています。

佐原菊塢の百花園に集う文人墨客らは、
禅宗に関わりの深い布袋和尚木像が本堂に祀られていることに注目し、
隅田川七福神のひとつとしました。
そんなことから、こちらの弘福寺は隅田川七福神の布袋尊にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、
いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、
信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。



三圍神社の前の道を隅田川を上っていくように5分ほど進めば
やがて、弘福寺に到着します。


こちらが寺号標。

     20200107弘福寺01


隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107弘福寺02



弘福寺の山門。

     20200107弘福寺03

確かに、見た感じも日本の寺院よりも中国の寺院っぽい雰囲気はある。



山門の扁額。

     20200107弘福寺04

余りにも達筆すぎるので判別できないけれど
山号の『牛頭山』と記されているんでしょうか?



山門の先には本堂。

     20200107弘福寺05

弘福寺では大雄寶殿と言うらしい。



屋根瓦の上に掲げられた扁額。

     20200107弘福寺06



本堂正面。

     20200107弘福寺07


     20200107弘福寺08


     20200107弘福寺09



こちらにも扁額。

     20200107弘福寺10

これは何と読むのだろう?




別アングルからの本堂。

     20200107弘福寺11



 
本殿前の天水桶。

     20200107弘福寺17






鐘楼。

     20200107弘福寺13

特徴のある瓦屋根。
両脇の鯱鉾で良いんだろうか?
このアクセントが一際目立っている。



鐘楼の近くには本堂の鬼瓦。

     20200107弘福寺14

以前のものだとは思うけれど、立派な鬼瓦。


こちらが、咳の爺婆尊の石像が祀られた小祠。

     20200107弘福寺15


その説明板。

     20200107弘福寺23




こちらは、隅田川七福神の碑。

     20200107弘福寺16


その近くには、隅田川七福神の案内板。

     20200107弘福寺12

かなり、隅田川七福神に力を入れているようですね。



境内奥の石仏。

     20200107弘福寺18




こちらは、越後与板藩主 井伊家墓所。

     20200107弘福寺19



本堂裏手の門。
寺院の門って基本的には山門と言うようだから
こちらは、裏山門とでも言うべきなんでしょうか?

     20200107弘福寺20




こちらは客殿。

     20200107弘福寺21


御朱印はこちらの授与所で拝受します。

     20200107弘福寺22




この日、弘福寺で拝受できる御朱印は4種類。
全て頂くことにしました。

弘福寺関連の御朱印。


     20200107弘福寺24


     20200107弘福寺25


     20200107弘福寺26



そして、こちらが隅田川七福神 布袋尊の御朱印。

     20200107弘福寺27


隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。




2020/02/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  弁財天 長命寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日  

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、弁財天の長命寺です。

長命寺の開山は明らかではありませんが、
元和元年(1615年)頃の創建とも伝えられています。
もとは常泉寺と号してたそうです。

寛永年間(1624~44年)に、3代将軍家光が鷹狩の途中、
不意の腹痛のためこの寺に休憩した際、
境内の井戸水を汲み、薬を服用したところ、
たちどころに痛みが消え快癒しました。
喜んだ家光がその井戸に長命水の名を与えたところから、
以後、寺号を長命寺と改めたといいます。
今も残る長命水石文や洗心養神の石碑が、それを物語っています。

境内には、他にも様々な石碑が立ち並んでいます。

こちらの長命寺は、隅田川七福神の弁財天にあたります。

弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、
愛嬌縁結びの徳があると言われています。


隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。



弘福寺からもすぐ近く、道沿いに人の集まりがあるから、何かと思ったら
長命寺の参拝を終えたおじいちゃん、おばあちゃんたちが
門前にたむろしていました。おかげで行き過ぎることもなく到着です。


こちらが、山門。

      20200107長命寺01


やはり、こちらでも七福神の看板がお出迎え。

      20200107長命寺02



寺号標は特になく、石造りの門に寺号が掲げられています。

      20200107長命寺03



手水舎。

      20200107長命寺04


こちらが、本堂。

      20200107長命寺05



本堂正面。

      20200107長命寺07


      20200107長命寺08



弁財天。

      20200107長命寺06

この時期だけの御開帳。

    

境内には碑が多く建ち並ぶ。

      20200107長命寺10


      20200107長命寺12



向かって左側が芭蕉の雪見の句碑。

      20200107長命寺11



筆塚の碑。

      20200107長命寺13



成島柳北の石碑。

      20200107長命寺14



こちらは、橘守部の墓。

      20200107長命寺15


      20200107長命寺16



幼稚園を併設されているようで、こちらは園舎。

      20200107長命寺17

お寺さんに幼稚園が併設されているのって、
地方都市に多いパターンだと思っていたけれど
都心でもあるんですね。

実は、私の通った幼稚園も愛知県のとある地方都市の
お寺に併設された幼稚園でした。





御朱印は、こちらの庫裏の玄関で拝受出来ます。

      20200107長命寺18

臨時の御朱印の授与所になっています。



こちらが、御朱印。

      20200107長命寺19


隅田川七福神 弁財天の御朱印。

      20200107長命寺20



隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。


2020/02/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  大黒天 恵比寿 三圍神社 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

向かった先は............... 三圍神社 。

三圍神社 に訪れるのは、これで2回目。
( 前回の参拝記は こちら ) 

こちらの三圍神社は、隅田川七福神の恵比寿神と大黒天にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

恵比寿は、七福神中で唯一の日本の神様。
いざなみ、いざなぎの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、
信仰の始まりとされています。
左手に鯛をかかえ、右手に釣竿を持った親しみ深い姿の漁業の神で、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。

また、大黒天は、大自在天の化身とも言われ、
大国主命と神仏習合したものとされています。
一度仏となったが、人々に福徳を授けるために
再びこの世に現れたとされ、五穀豊穣、
大地を掌握する神様(農業)です。
大きな袋を背負い、打出小槌をもち、
頭巾をかぶられた姿が一般によく知られていて
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




浅草橋から地下鉄に乗り、本所吾妻橋駅で降りて
三圍神社を目指します。

三圍神社に近づくにつれ、こんな幟も目にします。

     20200107三囲神社01

やっぱり地元では、この時期の1番のイベントなんですね。


七福神の道案内を記した看板も立っています。

     20200107三囲神社20



社号標。

     20200107三囲神社02



一の鳥居。

     20200107三囲神社03



大きな看板も立てられています。

     20200107三囲神社04



二の鳥居。

     20200107三囲神社05



二の鳥居に掲げられた神額。

     20200107三囲神社06




手水舎。


     20200107三囲神社13



こちらが拝殿。
やはり、七福神の時期。
1月7日と言ってもまだまだ、参拝客はそれなりにいる。

     20200107三囲神社07



拝殿正面。

     20200107三囲神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200107三囲神社09



別アングルからの拝殿。

     20200107三囲神社10



そして、こちらが本殿。

     20200107三囲神社11



拝殿前のライオン。
三圍神社と言ったら、やっぱりコレですね。
三越池袋店玄関前に飾られていたライオン。

     20200107三囲神社12



そして、こちらが今回の本命。
隅田川七福神の大黒神と恵比寿神。

     20200107三囲神社14


鳥居には神額。

     20200107三囲神社15


社殿正面。

     20200107三囲神社16


社殿の中には奉納酒がいっぱい並んでいます。

     20200107三囲神社17

信仰の深さを物語っていますね。



こちらが社務所。

     20200107三囲神社18

授与所ではなく、隅田川七福神の御朱印関連は社務所の中での拝受になります。



こちらが、隅田川七福神の御朱印。

     20200107三囲神社19

御朱印は2体(2枚)になるのかなと思っていたら、
恵比寿神と大黒神が一緒になっていました。

御利益が薄くならないかな..............?
そんなことを気にしちゃいます。


隅田川七福神、次へと続きます。









2020/02/18 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............御朱印巡り  《 初音森神社 》 (2020年1月7日)(東京都中央区) 

1月7日  

この日は、年に1回の健康診断。
都内・御茶ノ水にある健保の指定医療機関に出かけました。
そんな訳で、びいすけ は留守番となります。

2時間ほどで健康診断も終わり、
まっすぐ自宅に帰るのも芸がない。
御茶ノ水から黄色い総武線に乗り、2駅先の浅草橋で下車。

向かった先は...............初音森神社。


初音森神社は、中央区東日本橋に鎮座する神社です。

元弘2年(1332年)に藤原師賢により奉斎されたと伝えられ、
旧・馬喰町および横山町の鎮守だったそうです。

当初の鎮座地は、馬喰町初音之里(現・中央区東日本橋)で、
鶯が多く棲んでいた森があり、この鶯の鳴き声を初音と称したのが
旧地名および社号の由来であるとされています。
万治2年(1659年)社地を関東郡代屋敷用地とされたため替地を拝領し、
現: 墨田区千歳 へ遷座しました。
昭和49年、旧社地であった東日本橋にSRC造地上13階建てのビルが建てられ、
その2階部分に神殿及び儀式殿が設けられました。
墨田区千歳の本殿に対し、こちらは儀式殿の位置付けとされています。
しかしながら、元の氏子地域であり社務もこちらで行っているそうです。

御祭神は、豊受比売命(宇迦之御魂神)。





御茶ノ水駅。

     20200107初音森神社01

朝9:00に集合。
千葉の佐倉からだと、ちょっぴり大変。


定刻に健保会館に到着。

     20200107初音森神社02


     20200107初音森神社03

1時間半後、健康診断は終わりました。



と言う事で、浅草橋駅から徒歩数分。
神田川を渡った先のビル。

     20200107初音森神社16



こちらが、初音森神社です。

     20200107初音森神社04



朱色の鳥居の脇には神社幟。

     20200107初音森神社05


2階が儀式殿。
小さな赤い幟がお出迎え?

     20200107初音森神社06



鳥居に掲げられた神額。

     20200107初音森神社07



2階の儀式殿に上る階段脇の摂末社。

     20200107初音森神社11



2階に上る階段踊り場には、由緒書き。

     20200107初音森神社12



社号標の代わりか?
2階の庇部分には、初音森神社の社号。

     20200107初音森神社08



この奥が儀式殿。

     20200107初音森神社09

さすがに、この先は写真は遠慮いたしましょう。



境内社と言う表現が適切か?
摂末社の稲荷神社。

     20200107初音森神社10



儀式殿入口に置かれた御朱印。

     20200107初音森神社13

墨田区の千歳に本社があり、こちらは儀式殿となっていますが
御朱印は、こちらで頒布されているようです。
この日は時期的からか? 書置き対応でした。

いえいえ、書置きでも構いません。



こちらが、初音森神社の御朱印。

通常版。

     20200107初音森神社14


正月限定版。

     20200107初音森神社15


いずれにしても、本社である墨田区の初音森神社にも
いつか参拝に行きたいものです。



2020/02/18 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............日本の道百選  《 中央通り 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

とりあえず、この日参拝に巡る神社は全部廻り終え
日本橋茅場町から、神田駅まで歩いて行きます。
そう言えば、ここは日本橋........................


日本橋。
書いて字の如く、東京都中央区日本橋川に架かる橋で、
江戸時代から「江戸の中央にして諸国よりの行程もここより定められる故、
日本橋の名あり」と言われ、日本の道路網の始点となり、
『日本の道路元標』が建てられています。

かつて五街道と呼ばれた東海道、日光街道(日光道中)、奥州街道(奥州道中)、中山道、甲州街道(甲州道中)は、いずれもその起点は日本橋となっています。

その日本橋を東西に貫く『中央通り』。

明治近代化のシンボル・銀座の道として整備された道路で、「銀座通り」や「銀座中央通り」の愛称で呼ばれることもあります。
起点が新橋駅北東側の十字路で、終点は上野駅南側の三叉路までの道路。
日本の道百選にも選ばれています。

本来は車で走り、百選の碑の前で びいすけ と一緒に写真を撮りたかったのですが
なかなか都内に びいすけ を連れて車で出かけるのは厳しいモノがありますので、今回は びいすけ は無し。



日本橋茅場町から、昭和通りを横切り
中央通りへと向かいます。



中央通り、日本橋交差点。
上野方面へと向かいます。

     20200105日本道百選03



背後は銀座、新橋方面。

     20200105日本道百選02


     20200105日本道百選08



やがて、視界に入るのは日本橋。
そして頭上を走る首都高速。

     20200105日本道百選01
  

 
一時期、この首都高があるせいで、
日本橋の景観が優れないと言う話が盛り上がっていたけれど
最近は、そんな話も収まってきたのでしょうか?

     20200105日本道百選07




日本橋の袂に、探している標柱を発見。

     20200105日本道百選06



そうです、コレを探しに来たんです。

     20200105日本道百選04


『日本の道百選 中央通り』のプレートです。

     20200105日本道百選05





では、中央通りを歩き、日本橋を渡りましょう。

     20200105日本道百選09



橋の欄干の装飾もちょっぴり他の橋とは違う。

     20200105日本道百選10

やっぱり、日本橋。


橋を渡った先に、道路元標が在りました。

     20200105日本道百選11



ここが日本の道路(道)の原点ですね。

     20200105日本道百選12



こちらの碑には、各都市までの距離も刻まれています。

     20200105日本道百選13


日本橋を振り返ってみます。

     20200105日本道百選14


ここが日本の道の原点。
とりあえず、神田駅まで中央通りを歩いて行こう..................



2020/02/17 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............御朱印巡り  《 兜神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

日本橋日枝神社 山王御旅所をあとにして、向かった先は...............兜神社。

兜神社は、中央区日本橋兜町に鎮座する神社です。

明治11年、ここ兜町に東京株式取引所(東京証券取引所の前身)が設けられるに当たり、
取引所関係者一同の信仰の象徴および鎮守として
兜神社を造営したのが始まりです。

御祭神は、倉稲魂命。
相殿神として、大国主神・事代主命。



東京証券取引所の前、運河沿いに鎮座する兜神社。
その社号標。

     20200105兜神社01

なぜか、デジカメのモードがオートのはずが、マニュアルモード。
ピントが思い切りズレています。


神社そのものは、小さな神社です。

     20200105兜神社02



由緒書き。

     20200105兜神社03


社殿。

     20200105兜神社04


手水鉢。

     20200105兜神社05



社殿正面。

     20200105兜神社06


社殿に掲げられた扁額。

     20200105兜神社07



別アングルからの社殿。

     20200105兜神社08


     20200105兜神社09



石碑。

     20200105兜神社10


兜石と刻まれた石。

     20200105兜神社12

この兜石に気を取られ、写真を撮り忘れてしまいましたが
この石の近くには、『兜岩』と呼ばれる岩があり
平将門、源義家の兜にまつわる兜塚跡だと言われているそうです。



そして、こちらが兜神社の御朱印。

     20200105兜神社13


本務社である日本橋日枝神社にて拝受いたしました。




2020/02/17 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............御朱印巡り  《 日本橋日枝神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

小網神社にて日本橋七福神巡りも完了。
小網神社をあとにして、向かった先は...............日本橋日枝神社 山王御旅所。

日本橋日枝神社は、中央区日本橋茅場町に鎮座する神社です。


天正十八年(1590)、徳川家康公が江戸城に入城し、
日枝大神を崇敬されて以来、御旅所のある「八丁堀北嶋(鎧島)祓所」まで
神輿が船で神幸された事に始まります。

元々は独立した神社でしたが、「山王日枝神社」(千代田区永田町)が
官幣大社に昇格した際に「山王日枝神社」の摂社に指定されました。

古くは「山王御旅所」と称されていましたが、「日本橋日枝神社」の他、
「摂社日枝神社」「日枝神社日本橋摂社」などと称される事も多いようです。



御祭神は、日枝大神(大山咋神・国常立神・伊弉冉神・足仲彦尊)
相殿神として、菅原大神(菅原道真公)・稲荷大神(宇氣母智神)・浅間大神(木花佐久夜比売命)。



神社社頭。

     20200105日本橋日枝神社01



参道口に建つ由緒書き。

     20200105日本橋日枝神社02



参道の鳥居。

     20200105日本橋日枝神社03
 


手水舎。

     20200105日本橋日枝神社04



狛犬。

     20200105日本橋日枝神社05


     20200105日本橋日枝神社06




神社社頭ではなく境内、それも拝殿の斜め前に建つ社号標。

     20200105日本橋日枝神社14



戦前に建てられた社号標には、
「官幣大社日枝神社 摂社日枝神社」の文字が刻まれています。

     20200105日本橋日枝神社07



そして、こちらが拝殿。

     20200105日本橋日枝神社08



拝殿正面。

     20200105日本橋日枝神社09


     20200105日本橋日枝神社10



別アングルからの拝殿。

     20200105日本橋日枝神社11



そして、こちらが本殿。

     20200105日本橋日枝神社12



拝殿前の天水桶。

     20200105日本橋日枝神社13





境内社・明徳稲荷神社。

     20200105日本橋日枝神社15


     20200105日本橋日枝神社16




社殿と御神木。

     20200105日本橋日枝神社17
     20200105日本橋日枝神社18
     20200105日本橋日枝神社19


御朱印は、授与所にて拝受出来ます。

     20200105日本橋日枝神社20



こちらが、日枝神社の御朱印。

     20200105日本橋日枝神社21

赤坂の日枝神社もそうですが、御朱印込みで御朱印帳が千円の初穂料。
当然、御朱印帳を頂きました。


2020/02/16 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  弁財天 福禄寿 小網神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

茶の木神社をあとにして七福神巡りも終盤。
その最後の神社へと向かいます。
日本橋七福神巡り、その最終章。

向かった先は..............小網神社。

小網神社は、中央区日本橋小網町に鎮座する神社です。

社伝によると、文正元年(1466年)の創建と伝わります。


社地には、古くから恵心僧都の開基と伝わる「万福庵」と云う寺院があったとされ、
「万福庵」は、観世音菩薩と弁財天を安置していて、後に「万福寺」と号されました。
文正元年(1466年)に「万福庵」の周辺で悪疫が流行しました。
その頃、網師の翁が海上で網に掛かった稲穂を持ち「万福庵」を訪問し、数日滞在したそうです。
ある夜「万福庵」の庵主の夢枕に、庵の開基である恵心僧都が現れ、
「網師の翁を稲荷大神として崇めるように」と告げたため、
翌朝になって翁を訪ねると、既にその姿はなかったそうです。
そこで網師の翁を「小網稲荷大明神」として祀ったところ、
暫くして村の悪疫が鎮まったと云うことです。
この網師の翁を小網稲荷大明神として祀ったのが、「小網稲荷社」であり、
のちに小網神社と改称したそうです。


御祭神は、倉稲魂神・市杵島比売神・福禄寿


また、日本橋七福神の弁財天と福禄寿が祀られています。


日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったとされています。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。

また、福禄寿は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。



茶の木神社から小網神社へと向かい、
小網神社に近付き、曲がり角を曲がるといきなりの行列。

目の前には参拝のために並ぶ長い列が出来ていました。

     20200105小網神社01


しかも、その列は半端ない。
神社の前からまっすぐにここまで並び、
ここで、画面右側に列が移動します。

     20200105小網神社02


さらに列は伸びて、次の(手前の)交差点でまた右に移動する。

     20200105小網神社03


さらに列は続き...............

     20200105小網神社04


こちらが、最後尾。

     20200105小網神社05

最後尾まで、ざっと300mほど。



この小網神社。
参拝用の列の他にも列が出来ている。


こちらが、お守りや札を拝受する為の人の列。

     20200105小網神社06

参拝用の列よりは短い。


そして、こちらが七福神巡り(色紙)と御朱印の列。

     20200105小網神社07

実は、この列の並びが1番短い。



それでも、御朱印待ちは10分ぐらい。

     20200105小網神社08



本来は、参拝用の列に並んで参拝するのが筋ですが
この行列に並ぶ勇気と言うか、根性は既に失せています。
列の奥に見えるのが拝殿。

     20200105小網神社09

通りから拝殿を眺め、手を合わせて参拝といたします。



鳥居に飾られた神額。

     20200105小網神社10



鳥居脇に飾られた提灯。

     20200105小網神社11



参拝者の奥に見えるのが神楽殿。

     20200105小網神社13



列の奥が授与所。

     20200105小網神社12

御朱印は、こちらで頒布されています。



そして、こちらが御朱印。

こちらが通常版。

     20200105小網神社14


正月限定。

     20200105小網神社15


正月限定の見開き。

     20200105小網神社16


日本橋七福神 弁財天。

     20200105小網神社17



日本橋七福神 福禄寿。

     20200105小網神社18


いずれも正月のこの時期ですから、書置き対応となります。
まあ、あの列を見たら、書置き対応も仕方がないでしょう。

日本橋七福神巡り、これにて満願となりました。



2020/02/16 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  布袋尊 茶の木神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

末廣神社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第7弾。

向かった先は..............茶の木神社。

茶の木神社は、中央区日本橋人形町に鎮座する神社です。

社地は、下総佐倉藩大名や幕府大老を務めた堀田家の中屋敷地であり、
その守護神として祀られたものだそうです。
社の周囲に植え込まれた茶の木の緑が実に見事であったと伝えられ、
これが社号の由来となったとされています。

堀田家では年一回初午祭の日のみ開門し、一般の参拝を許可していたそうです。
明治維新後は、色々と管理者が変遷し、関東大震災後は喜誠会により社が造営管理され、1現在の茶ノ木神社世話人会へ受け継がれているそうです。

御祭神は、倉稲魂大神。


日本橋七福神の布袋尊となっています。



日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

また、布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。



水天宮を参拝する(御朱印拝受までの時間を含めて)のに小一時間掛かってしまい、
時刻はお昼を回ったしまいました。
この辺りから、日本橋七福神の神社にも人が多く集まる(並ぶ)ようになってきたようです。


茶の木神社の前にも列が出来ています。

     20200105茶ノ木稲荷神社01



列の最後尾に並び、参拝の順番待ち。

     20200105茶ノ木稲荷神社02



ゆっくりと列が動いて行きます。

     20200105茶ノ木稲荷神社16


     20200105茶ノ木稲荷神社03

10分ほど並んで順番がやって来ます。


鳥居に近づきました。

     20200105茶ノ木稲荷神社04


鳥居に飾られた神額。

     20200105茶ノ木稲荷神社05



手水舎。
     20200105茶ノ木稲荷神社06

この場合は、手水鉢でしょうか?



社殿前には神使いの狐。

     20200105茶ノ木稲荷神社07


     20200105茶ノ木稲荷神社08


社殿正面。

     20200105茶ノ木稲荷神社09



別アングルから。

     20200105茶ノ木稲荷神社10



社殿前には由緒書き。

     20200105茶ノ木稲荷神社11


『日本橋七福神 布袋尊』の幟もはためく。

     20200105茶ノ木稲荷神社12


仮設テントの授与所。

     20200105茶ノ木稲荷神社13

御朱印はこちらで頒布。
順番待ちの番号札。


そか、拝受した御朱印がこちら。

     20200105茶ノ木稲荷神社14



こちらは、『日本橋七福神 布袋尊』の御朱印。

     20200105茶ノ木稲荷神社15


日本橋七福神巡り、あと少しで結願となります。





     
2020/02/15 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  弁財天 水天宮 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

笠間稲荷神社東別社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第6弾。

向かった先は..............水天宮。


水天宮は、中央区日本橋蛎殻町に鎮座する神社です。
福岡県久留米市に鎮座する久留米水天宮の分社とされています。

文政元年(1818年)久留米藩9代藩主・有馬頼徳が
江戸・三田赤羽の久留米藩・江戸上屋敷に邸内社として、
福岡・久留米水天宮の分霊を勧請したのが始まりとされています。

邸内社であったため、一般町民の参拝が許されていませんでしたが、
塀越しに賽銭を投げ入れる人が後を絶たず、ついには、毎月五の日には参拝を願う庶民のため門戸を開放したそうです。

明治4年(1871年)有馬家屋敷の移転とともに赤坂に遷座し、
翌年の明治5年に、有馬家中屋敷のあった現在の日本橋蛎殻町2丁目に遷座しました。


御祭神は、天御中主大神 安徳天皇 建礼門院 二位ノ尼


日本橋七福神として、弁財天が祀られています。


日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったとされています。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。



地下鉄の駅前、その名も『水天宮前』駅のすぐそば。
新大橋通りの「水天宮前」交差点。

     20200105水天宮39

立派な社が見えます。



社号標。

     20200105水天宮01



こちらも都内の一等地の神社。
それなりの敷地を有するが社殿以外は、ほぼ4階建て(?)のビル。
境内は2階相当部になります。

ビルの階段のような参道を上がります。

     20200105水天宮02


水天宮の提灯がお出迎え。

     20200105水天宮03



単なる階段だと思っていたら、随身門のようでした。
壁に見える両脇に随身像が鎮座しています。

     20200105水天宮04


     20200105水天宮05


階段を上がれば鳥居。

     20200105水天宮06


そして狛犬。

     20200105水天宮07


     20200105水天宮08

この狛犬は、タイヤで有名なブリジストンの創業者一族である石橋家が奉納したものらしい。


手水舎。

     20200105水天宮09



定番の龍の吐出口。

     20200105水天宮10


こちらが、拝殿。

     20200105水天宮11



やはり、著名な神社。
初詣の参拝者が多い。
5列に並んで参拝の順番待ち。

     20200105水天宮12


拝殿正面。

     20200105水天宮13


     20200105水天宮14


拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200105水天宮15


5列に並んでも、列進みは遅い。

     20200105水天宮16

都心のメジャーな神社は、この時期コレだから
正直言って苦手です。



別アングルからの拝殿。

     20200105水天宮17



そして、こちらが本殿。

     20200105水天宮18



拝殿正面から飾られた提灯。

     20200105水天宮19



境内には、拝殿の参拝者土橋べな列も出来ています。

     20200105水天宮20

境内社の宝生辨財天に並ぶ列です。


日本橋七福神巡りに来たんだから、
宝生辨財天も参拝しなくちゃ片手落ち。

     20200105水天宮21


こちらも、それなりに長い列。

     20200105水天宮23


それでも、何とか宝生辨財天も参拝出来ました。

     20200105水天宮24


     20200105水天宮25



宝生辨財天の由緒書きと言うか、説明板。

     20200105水天宮26


社の正面に飾られた提灯。

     20200105水天宮27



境内社。

     20200105水天宮28


     20200105水天宮29



安産子育河童

     20200105水天宮30




こちらが、子宝いぬ

     20200105水天宮31

台座の周囲を取り巻く十二支から自分の干支を撫でると、
安産、子授け、無事成長など様々なご利益があると言われているらしい。


境内に、仮設の授与所(テント)がありましたが、
御朱印は4階の授与所で頒布されています。

     20200105水天宮32



こちらが、水天宮の御朱印。

     20200105水天宮33



期間限定の見開きの御朱印が2種。

     20200105水天宮34


     20200105水天宮35



戌の御朱印。

     20200105水天宮36



宝生辨財天の御朱印。

     20200105水天宮37


そして、日本橋七福神 弁財天 の御朱印。

     20200105水天宮38


拝受した御朱印は、合計6体。
初穂料は4000円。

いやぁ、安くはないですねぇ。



2020/02/15 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  大黒天 松島神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

末廣神社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第5弾。

向かった先は..............松島神社。

松島神社は、中央区日本橋人形町に鎮座する神社です。

創建時期は不詳ですが、
鎌倉時代の元享年間(1321~1323年)以前と推定されています。
かつて、この一帯は入り江であり、小島が存在していました。
下総国から柴田家の祖先がこの小島に移り住み、その邸内に諸神を勧請し、
掲げられた燈火が夜間航行の目標とされ、航海の安全を得ていたと伝えられています。

正中元年(1324年)3月2日夜、
柴田家三男柴田権太に百難救助すべしとの神示があり、
この奇得を遠近の諸人が信仰するところとなり、
これにより正一位稲荷大明神の位記を奉られたとされています。
また、天正13年(1585年)には、近隣の住民の希望に従い、
邸宅を公開し参拝の自由を許容すると、
島内には松が鬱蒼と生い茂っていたことに由来し松島稲荷大明神と称されました。
また、権太の木像を安置したことから権太大明神とも俗称されたという事です。
周辺は旧・吉原遊廓を中心とした歓楽街を形成したため、
多くの庶民の参拝により賑わい、
町の中心に位置した松島稲荷に各々が出身地の氏神の合祀を依頼したため、
御祭神が14柱になってしまったそうです。

御祭神は、稲荷大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神、日前大神(天照大神)
     北野大神(菅原道真公)、手置帆負神、彦狭知神、淡島大神、八幡大神
     猿田彦神、琴平大神、天日鷲神(大鳥大神)、大宮能売神(おかめさま)
     大国主神(だいこくさま)。

日本橋七福神では、大黒天として崇拝されています。

日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。
その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。


大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となりましたが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたとされています。
大地を掌握する神様(農業)でもあり、大きな袋を背負い、打出小槌をもち、
頭巾をかぶられた姿が一般によく知られています。
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




神社社頭。

     20200105松島神社01



鳥居に掲げられた神額。

     20200105松島神社02



鳥居に飾られた提灯。

     20200105松島神社03



こちらには、境内社の大鳥神社の名が連なっています。

     20200105松島神社04



手水舎。

     20200105松島神社05



定番の龍の吐出口。

     20200105松島神社06




こちらが社殿。

     20200105松島神社07


この松島神社も都会の神社。
社地はビルの1階。

     20200105松島神社08



その名もズバリ、松島ビルの1階が神社になります。

     20200105松島神社09


外から別アングルで見ると、こんな感じです。

     20200105松島神社11



社殿の隣に授与所。

     20200105松島神社10

御朱印は、この時期だけだと思うんですが、この時期だけだと思うんですが......................
授与所の裏口で頒布されていました。



拝受した御朱印がこちら。


松島神社の御朱印。

     20200105松島神社12



そして、こちらが『日本橋七福神 大黒天』の御朱印。

     20200105松島神社13


先ほど、鳥居にぶら下がっていた大鳥神社の提灯。
気になっていたから訊いてみたら、境内社らしい。
11月の1ヶ月間だけ、大鳥神社の御朱印も頒布されるそうです。

今年の秋は要チェックですね。




2020/02/14 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit