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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

丸ポスト探し.............埼玉・春日部編 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は埼玉県の春日部市にやって来ました。

春日部市には、9基の丸ポストが現存しています。
今回、その9基の丸ポストを探してみました。



最初の1基は、イオンモール春日部の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部01



分かりにくい場所にその丸ポストは在りました。
てっきり正面玄関かと思いきや、まるで裏口に見える入り口。
立体駐車場脇の出入り口。

      20191103丸ポスト春日部02


一瞬、従業員出入り口かと思った
E出入り口の脇に置かれた丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部04



この場所なら、 びいすけ もギリギリ、セーフ。

      20191103丸ポスト春日部05


店内だと犬は入れませんからね。
この場所で良かったぁ。

      20191103丸ポスト春日部06


      20191103丸ポスト春日部07




2基目の丸ポストは、樋籠の遠藤商店前の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部08


      20191103丸ポスト春日部09


      20191103丸ポスト春日部10


      20191103丸ポスト春日部11


      20191103丸ポスト春日部12





3基目の丸ポストは、南中曽根の八百清前の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部13


      20191103丸ポスト春日部14


      20191103丸ポスト春日部15


      20191103丸ポスト春日部16


      20191103丸ポスト春日部17






4基目の丸ポストは、大場の中野屋商店前の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部18


      20191103丸ポスト春日部19


      20191103丸ポスト春日部20


      20191103丸ポスト春日部21


      20191103丸ポスト春日部22




5基目の丸ポストは、備後東の伊野瀬酒店前の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部23


      20191103丸ポスト春日部24


      20191103丸ポスト春日部25



      20191103丸ポスト春日部26


      20191103丸ポスト春日部27




6基目の丸ポストは、粕壁のサロンドだるま横の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部28


      20191103丸ポスト春日部29


      20191103丸ポスト春日部30


      20191103丸ポスト春日部31


      20191103丸ポスト春日部32




7基目の丸ポスト。
粕壁宿にあたる『かすかべ大通り』沿い、
粕壁二丁目の丸八酒店横の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部33


      20191103丸ポスト春日部34


      20191103丸ポスト春日部35


      20191103丸ポスト春日部36


      20191103丸ポスト春日部37





8基目の丸ポストは、同じく粕壁宿。
『かすかべ大通り』沿いの粕壁東二丁目、
田村本店前の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部38


      20191103丸ポスト春日部39


      20191103丸ポスト春日部40


      20191103丸ポスト春日部41


      20191103丸ポスト春日部42




9基目の丸ポストは、粕壁東一丁目。
粕壁小学校前、粕壁小前交差点の丸ポスト。

      20191103丸ポスト春日部43


      20191103丸ポスト春日部44


      20191103丸ポスト春日部45


      20191103丸ポスト春日部46


      20191103丸ポスト春日部47





これで、春日部市に現存する現役の丸ポスト9基を確認できました。

埼玉県には、108基の丸ポストが現存するそうです。(2019年11月3日現在)


いずれ、1つ、2つと撤去されたり、最新の角形ポストに置き換えられたりと
その数は減っていく事でしょう。

数多くの丸ポストに出逢っていきたいモノですね。





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2019/12/20 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

宿場町を歩こう.............日光街道 《 粕壁宿 》 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は、埼玉県の春日部市にでかけました。


春日部市は、かつては粕壁宿と言う宿場町でした。

粕壁宿は、江戸時代の日光街道及び奥州街道の宿場町です。
南北朝時代(14世紀)、新田義貞の家臣春日部氏が当地を領地としたことから
「春日部」の地名が生まれたとされています。
「かすかべ」の表記は何度か変更されており、
粕壁は江戸・元禄期から記されている地名です。

天正18年(1590年)小田原征伐後、徳川家康は関東移封となり、
江戸城に入城し、五街道の整備が進められました。
元和2年(1616年)には、粕壁宿が日光街道及び奥州街道の宿場町となりました。
江戸・日本橋から数えて4番目の宿場町で、現在の春日部駅東口の旧街道一帯です。
江戸・日本橋から一日歩き通すと、ちょうど1泊目となる宿場町がこの粕壁であったことから、
旅人の多くはここで宿を取りました。
また、岩槻宿と関宿を結ぶ道が通ることからも商業・交通の要地として
商人や旅人でにぎわったとされています。



実は、春日部市で丸ポストを探している時に
宿場町を前面に観光化している事を知りました。


春日部の駅前から一本離れたメイン通り、
かすかべ大通りに、かつての粕壁宿がありました。

宿場内の通りの長さは24町35間(約2.7km)。
道幅4間(約7.3m)で、町並みは通りに沿って
南北10町25間(約1.1km)にわたる広さとなっていたそうです。




メイン通りの 『かすかべ大通り』には、
こんな立派な案内板が設けられています。

      20191103粕壁宿01


      20191103粕壁宿02



宿場町って言うと、古い街並みがついつい浮かんでしまいますが
春日部(粕壁)の町は再開発で、道路も整備拡張され
立派な街並みとなっています。

      20191103粕壁宿03


      20191103粕壁宿04


      20191103粕壁宿05

かつての古い商家や蔵などは少なくなり、
中小のビルやマンションが並ぶ通りとなっているようです。


それでも、それなりの雰囲気を残す商家も在るようです。

      20191103粕壁宿06


      20191103粕壁宿07



せっかくの案内板も、カスれて読めない。

      20191103粕壁宿08


      20191103粕壁宿09


メイン通りから一本入った場所にある公衆トイレも
宿場町を意識した造りとなっている。

      20191103粕壁宿10


      20191103粕壁宿11



蔵を持つ民家もある。

      20191103粕壁宿12


      20191103粕壁宿13



この石碑(標柱)は宿場町に関するモノなんだろうか?

      20191103粕壁宿14



再開発で電柱もなく、電線は地下埋設。
歩道の配電盤にも、宿場町を意識したペイント。

      20191103粕壁宿15



地元の商店もまけてはいない。
お店のシャッターに粕壁宿のイラスト。

      20191103粕壁宿16



ここは、かつての本陣跡。

      20191103粕壁宿17


      20191103粕壁宿18



気になるのは、この日は11月3日。
文化の日。
国民の祝日です。
いわゆる休日になるわけなんだけど
閉まっているお店が多い。

      20191103粕壁宿19


      20191103粕壁宿20


      20191103粕壁宿21


だからなのか?
歩いている人が少ない。

      20191103粕壁宿22

春日部の住人じゃないから、現在の春日部の中心街を知らないけれど
人の流れが変わってしまったのだろうか。

同じように粕壁と言う宿場町も
変わっていってしまったのかも知れないね...............





2019/12/19 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

春日部氏館跡 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は、埼玉県の春日部市にやって来ました。

春日部市に鎮座する春日部八幡神社、並びに隣接する春日部稲荷神社。
この二つの神社に隣接するのが八幡公園。
裏を返せば、神社のある一帯が八幡公園となっていて
そこは、かつての春日部氏の城館跡と言われています。


春日部氏は、かつて現在の埼玉県春日部市周辺を拠点とした武家です。
鎌倉幕府の御家人であり、春日部市の市名の由来となりました。

長谷雄の流れを汲む紀氏一族(長谷雄流)の実直が、
12世紀始め、国衙の関係者として武蔵国に土着したのが始まりです。
実直の子である実高は、春日部氏の始祖になります。
現在の春日部市浜川戸地区周辺を拠点とし、春日部氏を名乗りました。
そして、その孫にあたる実景が伏見稲荷大社から勧請し屋敷神として祀ったものが
春日部稲荷神社になります。
さらに実景の孫になる春日部重行が鶴岡八幡宮より勧請して
創建したのが隣に鎮座するのが春日部八幡神社になります。

重行は、新田義貞に随い、南朝方として戦い名を馳せます。
この事から春日部市では、重行が「春日部の市祖」とも称されているようです。



こちらが、春日部氏館の縄張り図。

      20191103春日部氏館縄張り図

( 余湖さんのHPよりお借りしました。)



八幡公園の案内図。

      20191103春日部氏館01



公園なのに、犬の散歩禁止。

      20191103春日部氏館02

隣接するの八幡神社は犬の散歩可なのに、おかしくない?
と思わず突っ込みたくなります。



びいすけ を連れて公園に入れないので、
入口近くで公園の雰囲気を味わいます。

      20191103春日部氏館03


      20191103春日部氏館04



八幡公園の裏手、春日部稲荷神社の奥から散策を開始です。

この辺りは、八幡公園との微妙な境界線。
この辺りなら犬連れでも問題なさそうな感じです。

    20191103春日部氏館05



この先は、古墳と言われている場所。
台地になっています。
バカじゃ無いし、煙でも無いけれど高いところを目指します(笑)。

      20191103春日部氏館06



頂部には鳥居があって、なにやら祀られています。

      20191103春日部氏館07



『不弐大神』ときされています。

      20191103春日部氏館08

  
不弐大神=不二大神=富士山。
すなわ富士山信仰の象徴である浅間神社ですね。



台地頂部の木がポッキリと折れている。
先日の台風の影響でしょうね。

      20191103春日部氏館09

こんな所にも台風の爪痕は残っていました。



神社として整備されているからなのか?
はたまた公園化によって隠滅してしまったのか?

はっきりと分かる遺構は残されていないようです。

微妙に土壇が土塁っぽく見えたりするし
遊歩道が空堀跡見えたりもしなくはない。

どちらとかと言えば、八幡神社の境内社が点在する台地が
一番、城館跡っぽく感じてしまいます。

      20191103春日部氏館10


      20191103春日部氏館11


      20191103春日部氏館12


      20191103春日部氏館13


      20191103春日部氏館14


あくまでも伝承でしか無いのですが
この地は春日部氏の居館跡だと言われてきた。

その言葉を信じることにしよう...................




2019/12/19 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................春日部稲荷神社 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は、埼玉県の春日部市に出かけました。

春日部八幡神社を参拝したあとは、お隣と言うか、
敷地続きになる春日部稲荷神社向かいます。


春日部稲荷神社は、春日部市粕壁に鎮座する神社です。

春日部八幡神社の北東の位置に鎮座するのが春日部稲荷神社です。

鎌倉幕府の御家人である春日部実景が伏見稲荷大社から勧請し、
屋敷神として祀ったものとされています。
もともと、春日部八幡神社や春日部稲荷神社の鎮座する地は
春日部しの居館だったされているようです。

春日部実景の孫である春日部重行が鶴岡八幡宮より勧請して創建したのが
隣接する春日部八幡神社です。


御祭神は、倉稲魂神。



春日部八幡神社と八幡公園の間にある参道。
右隣は八幡公園。

      20191103春日部稲荷神社01

稲荷神社は鳥居がいっぱい建っているから
一の鳥居って言う表現が適切か?



赤い幟が立ち並ぶ参道。

      20191103春日部稲荷神社02



順番から言えば、二の鳥居。

      20191103春日部稲荷神社03



その鳥居に掲げられた神額。

      20191103春日部稲荷神社04



手水鉢。   

      20191103春日部稲荷神社05



由緒書き。

      20191103春日部稲荷神社06



そして、三の鳥居。

      20191103春日部稲荷神社07



石段途中の四の鳥居。

      20191103春日部稲荷神社08



そして、社殿前の五の鳥居。

      20191103春日部稲荷神社09



神使いの狐がお出迎え。

      20191103春日部稲荷神社10


      20191103春日部稲荷神社11



こちらが社殿。

      20191103春日部稲荷神社12

びいすけ も参拝します。



別アングルからの社殿。

      20191103春日部稲荷神社13


      20191103春日部稲荷神社14

この社殿の鎮座する辺りはちょっとした高台となり、
古墳跡? それとも土塁跡?
城館、城郭っぽい雰囲気がある。


こちらは、八幡公園側の参道口。

      20191103春日部稲荷神社15



そして、こちらが春日部稲荷神社の御朱印。

      20191103春日部稲荷神社16

春日部八幡神社の授与所にていただきました。




2019/12/18 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................春日部八幡神社 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は、埼玉県の春日部市に出かけました。


鷲香取神社をあとにして、向かった先は...............春日部八幡神社。


春日部八幡神社は、春日部市粕壁に鎮座する神社です。

創建年度は不詳ですが、一説では、元弘年間(1331年〜1334年)に、
新田義貞の武将、春日部治部少輔時賢が
鶴岡八幡宮から勧請したことが始まりとされています。

彼は長い間、相州(現在の神奈川県)にある鶴岡八幡宮を敬信していて、
しばしばの合戦にもその霊護を蒙ったので、遥拝のため
鎌倉時代の元弘年間(1330年代)に鶴岡八幡宮を模して、
この八幡神社を造営したと伝えられており、森の一部は彼の館跡と言われています。

昔は、新方四十余郷の総鎮守で代々領主の守護神社てあり、
その後の栄枯盛衰もありましたか、現在は春日部の総鎮守となっています。


御祭神は、誉田別尊(ほんんだわけのみこと)
     息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)
     竹内宿禰命(たけのうちすくねのみこと)
     豊受姫命(とようけひめのみこと)



神社社頭。

      20191103春日部八幡神社01



社号標。

      20191103春日部八幡神社02



参道入口には、「都鳥の碑」。

      20191103春日部八幡神社03



一の鳥居。

      20191103春日部八幡神社04



一の鳥居に掲げられた神額。

      20191103春日部八幡神社05



参道。

      20191103春日部八幡神社06



参道の獅子山と狛犬。

      20191103春日部八幡神社07


      20191103春日部八幡神社08


 

こちらは、二の鳥居。

      20191103春日部八幡神社09



二の鳥居に掲げられた神額。

      20191103春日部八幡神社10



手水舎。

      20191103春日部八幡神社11



拝殿が見えてきました。

      20191103春日部八幡神社12



境内に立てられた看板。

      20191103春日部八幡神社29

気兼ねなく、びいすけ と参拝できます。




こちらが、拝殿。

      20191103春日部八幡神社13




拝殿正面。

      20191103春日部八幡神社19


      20191103春日部八幡神社16



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191103春日部八幡神社14



向拝。

      20191103春日部八幡神社15




別アングルからの拝殿。

      20191103春日部八幡神社17


      20191103春日部八幡神社18



そして、こちらが本殿。

      20191103春日部八幡神社20



拝殿前の狛犬。

      20191103春日部八幡神社21


      20191103春日部八幡神社22



拝殿右側面には大きな絵馬が奉納されています。

      20191103春日部八幡神社23



本殿背後には奥の院。

      20191103春日部八幡神社24


      20191103春日部八幡神社25



奥の院の社殿は、春日部八幡神社の旧・本殿です。

      20191103春日部八幡神社34



そして拝殿脇には3つの境内社。

境内社・鹿島神社。

      20191103春日部八幡神社26



境内社・愛宕神社。

      20191103春日部八幡神社27



境内社・香取神社。

      20191103春日部八幡神社28




拝殿右手の台地にも境内社は鎮座する。

境内社・天神社。

      20191103春日部八幡神社30



境内社・弁天社。

      20191103春日部八幡神社31



境内社・御嶽社。

      20191103春日部八幡神社32



境内社・氷川神社。

      20191103春日部八幡神社33



神楽殿。

      20191103春日部八幡神社35



神輿庫。

      20191103春日部八幡神社36



御神木。

      20191103春日部八幡神社37
      20191103春日部八幡神社38
      20191103春日部八幡神社39



境内の力石。

      20191103春日部八幡神社43



こちらが社務所と授与所。

      20191103春日部八幡神社40



御朱印は授与所で拝受となります。

      20191103春日部八幡神社41

他に待っている人は居ませんが、一応順番待ちの札。
今日の17番目になるのかな?


こちらが、春日部八幡神社の御朱印。

      20191103春日部八幡神社42


こちらの授与所では、境内社(と言っても別格扱いが正解かも?)の
春日部稲荷神社の御朱印も拝受出来ます。
当然、参拝して拝受しましたが、そちらは別の機会にでも........................



2019/12/18 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................鷲香取神社 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は、埼玉県の春日部市に出かけました。


立野天満宮をあとにして、向かって先は,.............鷲香取神社。


鷲香取神社は、春日部市内牧に鎮神社です。

仁和年中(885年)下総国一宮香取神社の神馬が逸走してきて、
この地に来たことをきっかけに、香取神社を勧請し、内牧村の鎮守としました。

また、内牧村は源頼朝の崇敬が厚かった鷲宮神社を総鎮守とする太田庄に属し、
毎年、鷲宮神社の御輿渡御の休息地でもあったとこから、
建久2年(1191年)頃に、分霊を祀ったとも言われています。
二つの神社の名前がついているとても珍しい神社です。


御祭神は、経津主命(ふつぬしのみこと)
     天穂日命(あめのほのひのみこと)



神社社頭。

      20191103鷲香取神社01



獅子山の狛犬。

      20191103鷲香取神社02


      20191103鷲香取神社03



社号標。

      20191103鷲香取神社04
     


参道の由緒書き。

      20191103鷲香取神社05



鳥居。

      20191103鷲香取神社06



拝殿。

      20191103鷲香取神社07



手水舎。

      20191103鷲香取神社08



拝殿正面。

      20191103鷲香取神社09


      20191103鷲香取神社10



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191103鷲香取神社11



別アングルからの拝殿。

      20191103鷲香取神社12


      20191103鷲香取神社13



そして、こちらが本殿。

      20191103鷲香取神社14



拝殿前の天水桶。

      20191103鷲香取神社15



境内社。
天満宮。

      20191103鷲香取神社16


      20191103鷲香取神社21




同じく境内社。
稲荷神社。

      20191103鷲香取神社17


      20191103鷲香取神社18



こちらは、浅間神社。

      20191103鷲香取神社19



神楽殿。

      20191103鷲香取神社20



御神木。

      20191103鷲香取神社22
      20191103鷲香取神社23
      20191103鷲香取神社24



こちらは、本殿脇の以前の御神木。
枯れてしまいましたが切り株が残っています。

      20191103鷲香取神社25



こちらが社務所ですが、普段は閉まっていて無人のようです。

      20191103鷲香取神社26



こちらが、御朱印。

      20191103鷲香取神社27

本殿裏手の宮司さんの自宅にて拝受いたしました。


2019/12/17 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................立野天満宮 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は、埼玉県の春日部市に出かけました。

富田神社をあとにして、向かった先は...............立野天満宮。



立野天満宮は春日部市立野に鎮座する神社です。

社伝によれば、創建は元久年間(1204年〜1206年)に下総国東葛飾郡の
金野井城主・野本将監没落後、一族が逃れてこの地に移住し、
松ノ木(現:千葉県野田市関宿町)の天満宮を勧請したのに始まるとされています。
鎮座地の辺りが低地で、水害を蒙りやすかったことを理由に、
隣接していた別当延命院とともに500m東北の現在地に遷座したとされています。


御祭神は、菅原道真公。




神社社頭。

      20191103立野天満宮01

朱色の鳥居が一際目立っています。


鳥居に掲げられた神額。

      20191103立野天満宮02



神社幟の基台には、昔この辺りが立野村だったことを物語っています。

      20191103立野天満宮03



石段を上がった先には二の鳥居。

      20191103立野天満宮04



手水鉢。

      20191103立野天満宮05


拝殿。

      20191103立野天満宮06



別アングルからの拝殿。

      20191103立野天満宮07


      20191103立野天満宮08



そして、本殿。

      20191103立野天満宮09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191103立野天満宮10



拝殿前には撫で牛。

      20191103立野天満宮11


雨風にさらされ、文字の読みづらい由緒書き。

      20191103立野天満宮12



こちらは、本殿の説明板。

      20191103立野天満宮13

どうやら、立野天満宮の本殿は春日部市の有形文化財に指定されているようです。



境内社。

      20191103立野天満宮14


      20191103立野天満宮15



狭い境内ですが、祠も並ぶ。

      20191103立野天満宮16



板碑も並ぶ。

      20191103立野天満宮17



そして、こちらが立野天満宮の御朱印。

      20191103立野天満宮18

こちらの立野天満宮。
普段は無人の神社で、富多神社の兼務社になります。

富多神社の宮司さん宅にて拝受いたしました。



2019/12/17 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................富多神社 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は、春日部市に出かけました。

道の駅 庄和 をあとにして、向かった先は.................富多神社。


富多神社は、春日部市神間に鎮座する神社です。


富多村内に鎮座していた十二社を合祀して
大正4年に新設され、富多神社と称したそうです。

元々、合祀した稲荷神社の境内地(現在地)が
富多村の中心地である神間であったことから、
周りの田に土を盛り境内地を広げて、この場所に遷座されました。
本殿は旧椚村の石神神社のものが移築されました。
ちなみに石神神社の創建は徳治元年(1306年)ということらしい。

御祭神は、
倉稲魂命、石凝主命、応神天皇、別雷命、
迦具土神、市杵島姫命、素盞鳴命。


こちらが、社号標。

      20191102富多神社01



神社社頭。

      20191102富多神社02



一の鳥居。

      20191102富多神社03



二の鳥居。

      20191102富多神社04



二の鳥居に掲げられた神額。

      20191102富多神社05



そして、三の鳥居。

      20191102富多神社08
      


三の鳥居の神額。

      20191102富多神社09



手水舎。

      20191102富多神社07



三の鳥居前の狛犬。

      20191102富多神社10


      20191102富多神社11



こちらが拝殿。

      20191102富多神社12



別アングルからの拝殿。

      20191102富多神社13


      20191102富多神社14



そして、本殿。

      20191102富多神社15



本殿裏手の板碑。

      20191102富多神社16



これも狛犬でしょうか?

      20191102富多神社17

狼のように見えなくもない。
はたまた、稲荷神社の狐でしょうか?



こちらは、狐のようですね。

      20191102富多神社18



ひときわ大きな境内社?

      20191102富多神社19

合祀した多くの神様が祀られているのでしょうか?



神楽殿。

      20191102富多神社20



境内の板碑。

      20191102富多神社21



こちらは忠魂碑。

      20191102富多神社22

実は、隣が小学校。
忠魂碑が建てられそうな場所ですね。




こちらが社務所ですが、普段は無人の神社のようです。

      20191102富多神社23




こちらが、富多神社の御朱印。

      20191102富多神社24


1kmほど離れた場所にある宮司さんの自宅で拝受いたしました。



2019/12/16 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 庄和 (2019年11月3日)(埼玉県春日部市) 

11月3日

この日は、埼玉県の春日部市に出かけました。


千葉県民にとって、埼玉県って意外に遠く感じてしまったりします。
その一番近い埼玉が春日部市になるようです。

国道16号を走り、野田市から江戸川を渡った先が埼玉県春日部市。
以前は庄和町でしたが、平成の大合併で春日部市になりました。

その庄和町の名を残す道の駅が春日部市に在りました。

その名もズバリ、『道の駅 庄和』。

16号をひたすら走っていると、結構渋滞にハマったりする。
渋滞にハマると結構、これが疲れます。
そんな時に道の駅があったりすると、ちょっと休憩したりと重宝します。
ざんねんながら、16号からはほんの少し中に入りますが
どちらかと言うと4号線沿いにある道の駅。

      20191103道の駅 庄和01


      20191103道の駅 庄和02



駐車場も数ヶ所あっって、それなりの台数が駐車できるようです。

      20191103道の駅 庄和03


      20191103道の駅 庄和04



この日は日曜日。
朝9時過ぎですが、訪れる人も多い。

      20191103道の駅 庄和05


      20191103道の駅 庄和06



そういえば、庄和町って大凧で有名だったんだよね。
道の駅でもしっかりと大凧をPRしているようです。

      20191103道の駅 庄和07


      20191103道の駅 庄和08


      20191103道の駅 庄和09



こちらが情報館。

      20191103道の駅 庄和10



パンフレットはあまり置かれておらず、
モニターで情報を得るといったところでしようか。

      20191103道の駅 庄和11



こちらが物産品の販売所。

      20191103道の駅 庄和12


道の駅のスタンプもこちらにありました。

      20191103道の駅 庄和13



春日部って言えば、『クレヨンしんちゃん』ですよね。

      20191103道の駅 庄和14

絵はがきセットも売られていました。



農産物直売所を覗いて見ましょう。

      20191103道の駅 庄和15



地元産の野菜が並びます。

      20191103道の駅 庄和16


      20191103道の駅 庄和17


      20191103道の駅 庄和18


      20191103道の駅 庄和19


      20191103道の駅 庄和20

カレーライス用にニンジンとタマネギを買いました。




こちらは特産品。

      20191103道の駅 庄和21


      20191103道の駅 庄和22



レジは野菜も特産品も共通だから混んでます。
さすが日曜日。

      20191103道の駅 庄和23




こちらは、飲食エリア。

      20191103道の駅 庄和24

食の専門街らしいが、ペット同伴はNGなので,ほぼ素通り状態。



ちょっとした芝生の広場もあって、わんこの用足しに使えそう。

      20191103道の駅 庄和25


      20191103道の駅 庄和26



こちらが、道の駅の切符。

      20191103道の駅 庄和27


      20191103道の駅 庄和28



そして、道の駅のスタンプ。

      20191103道の駅 庄和29


考えてみたら、道の駅を意識しだしてから
初めて入った埼玉県の道の駅になります。

埼玉県には20ヶ所の道の駅があるらしい。
機会があれば、多くの埼玉県内の道の駅に立ち寄ってみたいモノです。



2019/12/16 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

庄和総合公園 (2016年3月2日)(埼玉県春日部市) 

3月2日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、埼玉に出かけました。
先日乗り換えた車の1ヶ月点検で埼玉県の越谷市に出向く用事がありました。
さすがに、千葉県の佐倉市から埼玉県の越谷市はちょっと遠い。
平日だから、通勤渋滞を避けるために早めに自宅を出て、
R16を北上します。


8時過ぎに千葉県を脱出。
約束(予約)の時間は11時半だから、かなり時間がある。
時間調整もあるし、 びいすけ の散歩もしたい。
ならば、以前から気になっていた公園に立ち寄ることにしました。

立ち寄った先は...............庄和総合公園



庄和総合公園のある場所は、現在は春日部市。
以前は庄和町と称していました。
平成の大合併で春日部市と合併して、現在は春日部市になっています。

千葉方面からR16を走っていると、右手方向に大きな凧のモニュメントが現れる。
そこが庄和総合公園です。


駐車場に車を停めて、公園を散策いたしましょう。

こちらが、公園の入口。
誰も気付かないのか?
入口にある石作りの公園の表札が庄和町のままになってます。

      20160302庄和総合公園36


公園案内図をチェックしておきましょう。

       20160302庄和総合公園01






こちらが、R16から見える大凧のモニュメント。

       20160302庄和総合公園02

以前は『庄和』と書かれていましたが
現在は『春日部』と書かれています。

しかし、デカイよねぇ。
下の方に、 びいすけ が居るのが分かります?



ズームにすると、こんな感じで居ます。

       20160302庄和総合公園03



大凧の奥にあるのが多目的広場。

       20160302庄和総合公園04


多目的広場の片隅にある花時計。

       20160302庄和総合公園05


この花時計は、庄和町の町制施行30周年を記念して造られたモノらしい。

       20160302庄和総合公園06



多目的広場と言っても、ほとんど芝生広場。

       20160302庄和総合公園07

茶一色だった芝生もほんのり緑が見え始めています。



クンクンクンと芝生の匂いを嗅ぐ びいすけ 。

       20160302庄和総合公園08


そして、いきなり芝生にゴロ〜ん。

       20160302庄和総合公園09

びいすけが気に入った芝生で、見かける光景。



そして、起き上がってプルプルプル〜っと体を振る びいすけ 。

       20160302庄和総合公園10




多目的広場に隣接するのは、遊具広場。

       20160302庄和総合公園11


       20160302庄和総合公園12


       20160302庄和総合公園13




こちらが中央広場。

       20160302庄和総合公園14

中央広場には碑やモニュメントが多い。

庄和町時代に平和宣言都市の記念に建てられたモニュメント。

       20160302庄和総合公園15


       20160302庄和総合公園16



何かの記念碑? モニュメントかと思っていたら...............

       20160302庄和総合公園17


       20160302庄和総合公園18


噴水でした。濡れなくて良かったぁ(笑)。

       20160302庄和総合公園19



中央広場の奥には修景池。

      20160302庄和総合公園26


       20160302庄和総合公園20


      20160302庄和総合公園21


水鳥たちも気持ち良さそうに日向ぼっこ。

      20160302庄和総合公園22




さらに奥には、湿性植物コーナー。

残念ながら湿性植物はかなり以前に枯れてしまったのか?
その名残りも見えない。

      20160302庄和総合公園23


ただ、湿性植物コーナーは散策路になっています。

      20160302庄和総合公園24


      20160302庄和総合公園25




こちらが野球場。

      20160302庄和総合公園37

内野席の芝生で例によってゴロ〜んと転がる びいすけ 。
『 うげっ、うげっ!』と奇声付き(笑)。

      20160302庄和総合公園27





体育館前のエントランス広場のベンチを見てびっくり!!

      20160302庄和総合公園28

ベンチで猫が日向ぼっこ。


こちらのベンチも日向ぼっこ。

      20160302庄和総合公園29


こちらも。

      20160302庄和総合公園30



そして、こちらも。

      20160302庄和総合公園31

どうやら、捨て猫の子猫たちのようです。

一応、首輪を付けているから、餌やりの面倒を見ている人がいるみたいです。
人に慣れているようで、近寄って来ます。
びいすけ にも、怖る怖る近寄って来ます。

      20160302庄和総合公園32

しかし、10匹近く居たのには驚きました。



体育館の奥は芝生広場。
こちらの芝生広場はバーベキューエリアにもなっているようです。

芝生広場の片隅には、以前に使われていた利根川の揚水ポンプが飾られています。

      20160302庄和総合公園33



広い芝生広場。

      20160302庄和総合公園34


      20160302庄和総合公園35


身近に手軽にバーベキューが出来る公園のようです。


確かに多目的広場があり、体育館があり、野球場があり
テニスコートがあって、バーベキューも出来る。
いろいろ遊べる総合公園ですね。

こんな公園がある春日部市の旧・庄和町エリアの人が羨ましい。











2016/03/27 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........谷中小学校  (2016年1月15日)(埼玉県春日部市) 

1月15日  公休日

沼端小学校をあとにして、向かった先は...............春日部市立谷中小学校


かつて春日部市の武里周辺には4つの小学校があったようです。
( 大畑小学校、 大場小学校、沼端小学校、谷中小学校 )
平成15(2003)年、地区を再編して4つの小学校は2つの小学校に統合されてしまいました。
その際に廃校となったのが、今回訪れた谷中小学校になります。


谷中小学校は
昭和46年春日部市立谷中小学絞として開校
平成15年地区再編のため廃校となる。


そもそも、昭和38年から旧・日本住宅公団が武里団地を竣工し
昭和41年から管理されてきた武里団地により住民が飛躍的に増え、
それに併せて近隣に小学校が増えた地区であります。
武里団地は開設当初、「東洋一の団地」と呼ばれていたそうです。

谷中小学校の学区は、大場小学校跡地に新たに建てられた武里西小学校が引き継ぎましたが
大場小学校(現 武里西小学校)は100mほどの距離にありました。
沼端小学校も400mほどの距離にありました。


沼端小学校から谷中小学校まで、車で移動して、余りの近さに驚いてしまいました。



こちらが、谷中小学校の正門跡。

      20160115夜中小学校01


実は、この谷中小学校は廃校後、敷地の一部が再開発され
分譲住宅となってしまいました。
そして、敷地の一部は谷中小記念公園として活用されています。

      20160115夜中小学校02



公園内のグランドはネットが張られ、
球技用グランドとして活用されているようです。

      20160115夜中小学校03


      20160115夜中小学校04



公園の一画には、谷中小学校の校歌の碑が残されています。

      20160115夜中小学校05


      20160115夜中小学校06

廃校記念碑を探してみましたが見つからず、
どうやら、石碑として残っているのは、この校歌の碑だけのようです。



びいすけ の背後に見える建物は往時の体育館。

      20160115夜中小学校07


その体育館は、現在『 谷中小記念館 』として活用されています。

      20160115夜中小学校08


      20160115夜中小学校09


記念館と名がついていますが、要は地域の体育館。
地元の有志でバトミントンを行ったりして、
地域のコミュニケーションの場となっているようです。

      20160115夜中小学校10


      20160115夜中小学校11



廃校で良く見かける防災倉庫。
こちらにも、しっかりと在りました。

      20160115夜中小学校12



公園の一画には、『 谷中健康さんぽ路 』と称して
イボイボの遊歩道があります。

      20160115夜中小学校13


裸足で歩いて、足の裏のつぼを刺激して...............

      20160115夜中小学校14

健康には良さそうだけど、痛そうです。



谷中小記念公園に隣接する分譲地。

      20160115夜中小学校15


パレットコート武里 と言うらしい。

      20160115夜中小学校16

かつての校地の一部はお洒落な分譲住宅となっていました。


こちらが武里団地。
日本の高度成長期に建てられた団地。

      20160115夜中小学校17

この辺りにこう言った集合住宅が立ち並び、人口も一気に増え
近隣に小学校が新設されてきた。
高度成長が留まり、やがてバブルも弾け、日本経済は失速し
その影響もあってか子育て世代の出生率も減り、少子化へと進んでしまった日本。
少子化の波をモロに被ってしまった(?)春日部市の武里団地周辺。

なんとなく、侘しさを感じてしまいました...............。







2016/01/31 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........沼端小学校  (2016年1月15日)(埼玉県春日部市) 

1月15日 公休日

個人的な連休2日目。

さすがに2日続けてはじっとしていられません。

元々、この日は埼玉県の越谷市に出掛ける予定があったので
ちょっぴり早目に家を出て、春日部市に足を伸ばしてみました。

向かった先は...............春日部市立沼端小学校


かつて春日部市の武里団地周辺には4つの小学校があったようです。
( 大畑小学校、 大場小学校、沼端小学校、谷中小学校 )
平成15(2003)年、地区を再編して4つの小学校は2つの小学校に統合されてしまいました。
その際に廃校となったのが、今回訪れた沼端小学校になります。


沼端小学校は

昭和51年4月 大場小から804名、
武里小から11名の児童を合わせて815名で開校する。
平成15年3月 地区再編により廃校となる。


そもそも、昭和38年から旧・日本住宅公団が武里団地を竣工し
昭和41年から管理されてきた武里団地により住民が飛躍的に増え、
それに併せて近隣に小学校が増えた地区であります。
武里団地は開設当初、「東洋一の団地」と呼ばれていたそうです。

沼端小学校の学区は、大場小学校跡地に新たに建てられた武里西小学校が引き継ぎましたが
大場小学校(現 武里西小学校)も谷中小学校もすぐ近くにありました。



こちらが、沼端小学校の正門。

      20160115沼端小学校01

門は閉ざされ、中に入ることは出来ません。
夏場に近所のやんちゃな若者が花火をしていたようで
現在はセコムで監視・管理されているようです。



門柱には、かつての校名の入った表札も外されていました。

      20160115沼端小学校02



中には入れそうもないのでゲート越しに中をパチリ☆。

      20160115沼端小学校03


      20160115沼端小学校04



フェンスに沿って敷地をぐるっと回ってみましょう。

フェンス越しに眺める校舎。

      20160115沼端小学校05


      20160115沼端小学校06



裏門があるか?と探しますが、それらしきモノはありません。

      20160115沼端小学校07



フェンス越しに眺める遊具類。

      20160115沼端小学校08


      20160115沼端小学校09



さらに、進んで行くと、田んぼが行手を遮り
あぜ道を歩いて沼端小学校を一周します。

      20160115沼端小学校10


      20160115沼端小学校11



体育館の裏手。

      20160115沼端小学校12


こちら側にもフェンスがあり、裏門や通用口はない。

      20160115沼端小学校13



フェンスに貼られた標語。

      20160115沼端小学校14

唯一、沼端小学校の名を残す遺構となります。



敷地内に入れなかったから、廃校記念碑や二ノ宮像の有無も確認出来ませんでした。
数年前までは、避難場所指定されていたようで
中に入ることも出来たかもしれないけれど、今はしっかりゲートが閉ざされています。


日本の高度成長期に団地が建てられ、それに伴って人口も増え
必然的に新設された小学校。
日本の経済の失速、そして少子化の波をモロに被って
過剰となってしまった小学校。
同時期に学区整理され、4校が廃校となり2校が新たに誕生した武里団地周辺。
日本の経済の縮図を見たような気がしました...............。








2016/01/30 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit