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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

西大須賀城址  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は、成田市(旧・下総町)の『しもふさ七福神』巡りを行う傍ら、
旧・下総町域の城址巡りを行っていました。

『しもふさ七福神』の昌福寺の駐車場に車を置いて
徒歩圏内の城址へと向かいました。

向かった先は..............西大須賀城址


西大須賀城は、
大須賀城(松子城)の西北方向の守りを固めるために築かれた城であったと推測されます。
成田市大室の円通寺に残る記録によれば、大須賀氏の臣、西大須賀宮内という者がいて、
彼が城主だったのではないかと言う説もありますが、
築城時期等を含め、詳しい事はよくわかっていません。



こちらが、西大須賀城の縄張り図。

      西大須賀城址縄張り図

              ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )



県道63号線からちょっと奥に入った耀窟神社がある台地が
西大須賀城址になります。

県道からちょっと奥まった位置にある鳥居をくぐって、
西大須賀城址の攻城開始です。

      20150108 西大須賀城址01



いきなり、急な石段。

      20150108 西大須賀城址02



しかも、長い。

      20150108 西大須賀城址03



さらに石段は続きます。

      20150108 西大須賀城址04


石段を上りきった所から、今来た石段を振り返って見ます。

それなりに深い切り通しになっています。

      20150108 西大須賀城址05



こちらが虎口にあたるのか?

この先は、耀窟神社。

      20150108 西大須賀城址06




こちらが、耀窟神社の本殿。

      20150108 西大須賀城址07



本殿背後から、利根川方面への視界は開けています。

      20150108 西大須賀城址08



本殿下の腰曲輪。

鬱蒼と竹が生い茂り、画面では分かりづらいけれど削平地。

      20150108 西大須賀城址09


幅は6mほど。

竹が無ければ、こんな感じ。
これなら腰曲輪っぽい。

      20150108 西大須賀城址11


腰曲輪から下へ降りていく道(?)がありますが
行かないほうが正解。

      20150108 西大須賀城址10

そのまま下っていくと、民家の庭に出るか?
それとも倉庫の裏に出るか?の選択肢。
いずれもちょっぴり(2m近い)段差があって大変です。

      

西大須賀城址遠景。

      20150108 西大須賀城址12



県道を車を停めた昌福寺までトボトボと歩いて行きます。


ふと、気になる横道を発見。

      20150108 西大須賀城址18


西大須賀城址のある台地へと繋がっているようです。

そして、その先には何やら祠があります。

      20150108 西大須賀城址17


狭い石段を上ってみると、何とそこには妙見社がありました。

      20150108 西大須賀城址13


      20150108 西大須賀城址14

って言うことは、千葉氏関連の城郭と言うことになります。



一気にテンションがヒートアップ。

      20150108 西大須賀城址15

西大須賀城址についても、情報は少なく
ネットで色々検索しても中々情報は得られません。

ましてや、こちらの妙見神社(妙見社)に至っては
殆んど触れられていない。

勝手に師と仰ぐ余胡さんのHPにも記載されていない妙見神社を発見して
何か、宝物を探し当てたような気分。

ただ、一つ気になるのは
妙見神社(妙見社)は千葉氏関連の城郭において
城の守り神として鬼門となる北東に祀られることが定説です。
しかし、西大須賀城址との位置関係をみると北東ではなく、
むしろ南西になるような気がするんだけど.............。



妙見社の脇に建っている小さな祠。

苔の生え具合いが何とも言えない。

      20150108 西大須賀城址16

残念なのは、書かれて(彫られて)いる文字が判読できない。
何の祠なのか? 正体不明です。


しかし、車を停めている昌福寺への足取りは軽くなりました...........。




     


      


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2015/02/06 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

しもふさ七福神⑦  《 昌福寺 寿老人  》  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は成田市の『しもふさ七福神』巡りをしてきました。

『しもふさ七福神』は、千葉県の旧下・総町域(現・成田市域)に点在する6つの寺と
1つの牧場を七福神の札所に定めたもので、
旧・下総町が地域活性化事業の一環として、昭和61年に誕生しました。
7柱の神様をお参りすることで7つの幸福が授かるといわれています。
毎月7日が『しもふさ七福神』の御縁日です。

『しもふさ七福神』は

昌福寺(寿老人)
龍正院(毘沙門天)
眞城院(弁財天)
乗願寺(布袋尊)
成田ゆめ牧場(福禄寿)
常福寺(大黒天)
楽満寺(恵比寿)

と言うような構成になっています。



昨年末に、訪助崎城址へ訪れた際に車を停めるために立ち寄った乗願寺が
『しもふさ七福神』の一つでした。

年が明けて2015年。
この日は『しもふさ七福神』の残り6福神を巡ることにいたしました。

ここまでに6福神を巡り、『しもふさ七福神』も残すは一つ。

菊水山城址をあとにして、向かった先は 
成田市西大須賀にある 『しもふさ七福神』   昌福寺(寿老人)


寿老人は、星の化身で、不老不死の霊薬を持つと言われ、
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。



県道63号線沿いにある昌福寺。

『しもふさ七福神』の看板も県道沿いに建っています。
裏を返せば、この看板が昌福寺の目印と言うことになります。

      20150108しもふさ七福神 昌福寺01



こちらが、昌福寺の山門。

      20150108しもふさ七福神 昌福寺02



昌福寺は昔より健康と長寿の神様として人々から広く崇敬されているそうです。
昌福寺は、浄土宗で本太蓮社良扇上人が開山されました。
本堂には、十間四面の総欅造りの天井に極彩色の百花の絵
、内陣欄間に龍などの彫刻を施してるそうす。




山門奥には、本堂。

      20150108しもふさ七福神 昌福寺07


この昌福寺、敷地内に保育園があり(月かげ保育園)、
ちょうど、園児が境内で遊んでいました。

園児の邪魔にならないように参拝。

      20150108しもふさ七福神 昌福寺08



こちらは、本堂に掲げられた扁額。

      20150108しもふさ七福神 昌福寺09




境内の片隅に鎮座している『しもふさ七福神』の寿老人。

      20150108しもふさ七福神 昌福寺03


      20150108しもふさ七福神 昌福寺05


      20150108しもふさ七福神 昌福寺04


      20150108しもふさ七福神 昌福寺06



これで、『しもふさ七福神』全て制覇。

今年も健康で、そして びいすけ に長寿を。
さらには、多いなる幸と福が舞い落ちてくることを期待しています。

(欲張り過ぎかなぁ?)(笑)




2015/02/06 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

菊水山城址  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は、成田市(旧・下総町)に出かけていました。

『しもふさ七福神』巡りの傍ら、城址巡りも行ってきました。

龍正院をあとにあいて向かった先は................菊水山城址



菊水山城は、別名を滑川城とも呼ばれ、
南北朝時代に南朝側の城として築かれた城らしいと言うことです。
詳細は明らかにされていませんが、戦国末期、織田左京大夫政治の居城とされ、
「常総軍記」等の軍書に登場する滑川の城が、この菊水山城とされています。


残念ながら、この菊水山城址は平成元年頃に城址のあった山ごと土砂取りのために
山ごと破壊されてしまったらしい。

龍正院の裏山にあった菊水山城址は、廃校となってしまった滑川小学校と
県道を挟んだ反対側にあったようです。
元々、墓地があったようですが、県道造成時にも墓地の一部が移転されたようです。


ご覧のように、城址のあった山(台地)は殆どなくなっています。

      20150108 菊水山城址02



今はただ雑草が生い茂る削平地となっています。

      20150108 菊水山城址01


      20150108 菊水山城址03
 


わずかに残る城址の面影。
県道脇のかつての登城路(?)

      20150108 菊水山城址04



行けるところまで行ってみましょう。

      20150108 菊水山城址05


登城路の左側に台地の一部が残っていますが
斜面のために上がれない。

柳営院の墓地の一部の脇を進みます。

      20150108 菊水山城址07




しばらく行くと、行き止まり。

この先から台地がすっかり無くなっています。

      20150108 菊水山城址07

この先から二郭、そして主郭へと続く台地があったようです。
しかし、現在はフェンスの先には何もありません。

時代の流れとはいえ、台地がそっくりなくなり
城郭遺構が全く壊滅してしまった菊水山城址。
20数年前の出来事ですが、残念ですね..........。







2015/02/05 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

しもふさ七福神⑥  《 龍正院 毘沙門天 》  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は成田市の『しもふさ七福神』巡りをしてきました。

『しもふさ七福神』は、千葉県の旧下・総町域(現・成田市域)に点在する6つの寺と
1つの牧場を七福神の札所に定めたもので、
旧・下総町が地域活性化事業の一環として、昭和61年に誕生しました。
7柱の神様をお参りすることで7つの幸福が授かるといわれています。
毎月7日が『しもふさ七福神』の御縁日です。

『しもふさ七福神』は

昌福寺(寿老人)
龍正院(毘沙門天)
眞城院(弁財天)
乗願寺(布袋尊)
成田ゆめ牧場(福禄寿)
常福寺(大黒天)
楽満寺(恵比寿)

と言うような構成になっています。



昨年末に、訪助崎城址へ訪れた際に車を停めるために立ち寄った乗願寺が
『しもふさ七福神』の一つでした。

年が明けて2015年。
この日は『しもふさ七福神』の残り6福神を巡ることにいたしました。

ここまでで都合5福神わ巡ったことになり、残りは2福神。
眞城院をあとにして、向かった先は 
成田市滑川にある 『しもふさ七福神』   龍正院(毘沙門天)

毘沙門天は、仏教四天王の一人で、
七福神中唯一武将の姿をしており融通招福の神として信仰されています。



こちらが、龍正院の寺号標

      20150108しもふさ七福神 龍正院01


龍正院は、坂東札所観音第28番目の霊場として知られています。
ご本尊は、十一面観世音菩薩で、脇侍として不動明王と毘沙門天が祀れています。
仁王門は国指定重要文化財。本堂、鰐口などは県指定文化財です。


こちらは龍正院の由緒書き。

      20150108しもふさ七福神 龍正院02



びいすけ の背後にあるのが、国指定重要文化財の仁王門。

      20150108しもふさ七福神 龍正院03


何やら、仁王門の前に人が集まっています。

      20150108しもふさ七福神 龍正院05


住職さんも不安気に見ているのか?

      20150108しもふさ七福神 龍正院04

どうやら、注連縄を取り替えているようです。

あれ?
注連縄って年末の12月28日までに取り替えるんじゃなかったっけ?



取材に来ていた成田市の広報の方の話では
ここ龍正院では古来より毎年1月8日に注連縄を取り替えるらしい。



賑々しい現場を尻目に本来の目的である
七福神巡りをしちゃいましょう。
      

見慣れた『しもふさ七福神』の看板。

      20150108しもふさ七福神 龍正院06



そして、こちらが『しもふさ七福神』の毘沙門天。

      20150108しもふさ七福神 龍正院07


      20150108しもふさ七福神 龍正院08


      20150108しもふさ七福神 龍正院09




毘沙門天の隣には、道祖神が祀られています。

      20150108しもふさ七福神 龍正院10



こちらが、龍正院の本堂。

      20150108しもふさ七福神 龍正院11


こちらは、千葉県の指定文化財らしいが
旧・下総町時代の説明看板だから、文字がカスれて読み辛い。

      20150108しもふさ七福神 龍正院12



本堂と びいすけ 。

      20150108しもふさ七福神 龍正院13




県道沿いに建ち並ぶ、宝筐印塔群。

      20150108しもふさ七福神 龍正院15


      20150108しもふさ七福神 龍正院14


こちらは、成田市の指定文化財らしい。
      
      20150108しもふさ七福神 龍正院16




そうこうしている内に、
仁王門の注連縄は無事取り替えられたようです。

      20150108しもふさ七福神 龍正院17



見事な注連縄です。

      20150108しもふさ七福神 龍正院18



これで『しもふさ七福神』の6福神を巡ったことになります。
残すはあと一つ。
この勢いで制覇しちゃいましょう。



2015/02/05 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

下総利根宝船公園  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は成田市(旧・下総町)へ出かけてきました。

『しもふさ七福神』巡りと数ヶ所の城址巡りの合間に立ち寄ったのは

     下総利根宝船公園


下総利根宝船公園は下総地区北部の田園地帯にあり、利根川と隣接している公園です。
芝生広場を横断する園路は、千葉県から太平洋に流れ出る利根川をイメージし、
利根川に架かる主な橋の名前を表示しています。
芝生広場中央には成田市を飛び石で型どり、下総地区のしもふさ七福神巡りにちなみ、
七福神をモチーフとしたモニュメントを配置しています。

芝生広場東側には、宝船をイメージした展望台があり、
利根川、筑波山、条件の良い日には富士山まで望むことができます。
また、展望台にはすべり台もあり子供も楽しむことができます。

              ( 成田市HP より抜粋 )


駐車場の端っこにある公園案内図。

      20150108 下総利根宝船公園01



でも、案内図が必要な広さのある公園じゃない。

      20150108 下総利根宝船公園02



旧・下総町は『しもふさ七福神』で町の活性化を図ろうとしたようです。
この公園にも『しもふさ七福神』の案内図がありました。

      20150108 下総利根宝船公園03


確かに公園の名前からして、七福神に関連ありそうな感じはしますが........


名称に因んだ宝船が見えます。

      20150108 下総利根宝船公園04



この公園の面白いところは、芝生の中に展開する遊歩道。
アスファルトの小径ですが、川の流れに見立てているようです。

      20150108 下総利根宝船公園31


遊歩道の所々にこんな標柱が建っています。

こちらは江戸川。

      20150108 下総利根宝船公園05


利根運河。

      20150108 下総利根宝船公園06


野田市関宿

      20150108 下総利根宝船公園07


鬼怒川。

      20150108 下総利根宝船公園08


利根川。

      20150108 下総利根宝船公園09

どうやら、この公園の名前の通り、野田市関宿からの利根川流域を表現しているようです。


手賀沼...........?

      20150108 下総利根宝船公園10

確かに、利根川流域である。



小貝川........?

      20150108 下総利根宝船公園11

茨城県の取手あたりになるのかな.....?



印旛沼

この辺りは聞きなれた地元。
何となく親近感を感じちゃいます。

      20150108 下総利根宝船公園12


ご存知、成田市。

      20150108 下総利根宝船公園17

やっぱり、この公園のお膝元だから登場しないとね。



横利根川って.........?

      20150108 下総利根宝船公園19

知らなかったなぁ。



常陸利根川?

      20150108 下総利根宝船公園20

これまた、知らなかった。



利根川の終点、銚子市。

      20150108 下総利根宝船公園22



そして、太平洋。

      20150108 下総利根宝船公園21


利根川流域の繋がりが、何となくわかったような気がします。



公園中央には、七福神のモニュメント

      20150108 下総利根宝船公園13



左から、弁財天、大黒天、恵比寿。

      20150108 下総利根宝船公園14



同じく、福禄寿、布袋尊。

      20150108 下総利根宝船公園15



同じく、毘沙門天、寿老人。

      20150108 下総利根宝船公園16

要は、この公園に七福神が集まっています。




そして、その七福神が乗って宝を運んでくる宝船。

      20150108 下総利根宝船公園18


近寄って見ると、かなりデカい。

      20150108 下総利根宝船公園27


裏に回ってみると、意外や意外。
階段があって展望台になっています

      20150108 下総利根宝船公園23


上ってみると、こんな感じ。

      20150108 下総利根宝船公園26



利根川の展望が広がります。

      20150108 下総利根宝船公園25



宝船のお宝ならぬ、 びいすけ にとってのお宝のオヤツにしましょう。

      20150108 下総利根宝船公園28


      20150108 下総利根宝船公園29


      20150108 下総利根宝船公園30



さぁ、英気を養ったことだし、『しもふさ七福神』巡りを続けましょう....................




2015/02/04 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

しもふさ七福神⑤  《 眞城院 弁財天 》  (2015年1月8日)(千葉県成田市 

1月8日 公休日

この日は成田市の『しもふさ七福神』巡りをしてきました。

『しもふさ七福神』は、千葉県の旧下・総町域(現・成田市域)に点在する6つの寺と
1つの牧場を七福神の札所に定めたもので、
旧・下総町が地域活性化事業の一環として、昭和61年に誕生しました。
7柱の神様をお参りすることで7つの幸福が授かるといわれています。
毎月7日が『しもふさ七福神』の御縁日です。

『しもふさ七福神』は

昌福寺(寿老人)
龍正院(毘沙門天)
眞城院(弁財天)
乗願寺(布袋尊)
成田ゆめ牧場(福禄寿)
常福寺(大黒天)
楽満寺(恵比寿)

と言うような構成になっています。



昨年末に、訪助崎城址へ訪れた際に車を停めるために立ち寄った乗願寺が
『しもふさ七福神』の一つでした。

年が明けて2015年。
この日は『しもふさ七福神』の残り6福神を巡ることにいたしました。

大和田城址をあとにして、向かった先は 
成田市高岡にある 『しもふさ七福神』   眞城院(弁財天)


弁財天は、七福神中、唯一の女神であり、
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。



こちらが眞城院の寺号標

      20150108しもふさ七福神 眞城院01


眞城院は、高岡山瑞泉寺眞城院。天台宗のお寺です。
本尊は阿弥陀如来 特に善女人の信者が多く、弁財天御宝前に護摩供を修し、
開運延命、家内安全、商売繁盛、諸願成就を祈願しています。
5月には弁財天が祀られているお堂の周りに藤の花が美しく咲くそうです。




眞城院の参道。
びいすけ の背後に見えるのが山門。

      20150108しもふさ七福神 眞城院02



こちらが山門。

      20150108しもふさ七福神 眞城院03



そして、本堂。

      20150108しもふさ七福神 眞城院04


境内をぐるっと回って、七福神を探しましたが見つかりません。
墓地の奥にも目を凝らしましたが見つかりません。


何のことはない。
国道356号線を挟んだ反対側に眞城院の弁天堂があり
そちらに七福神はありました。

この辺り(旧・下総町高岡)は高岡陣屋がらあった場所。
その陣屋の名残りである堀跡が弁天堂の脇にありました。

      20150108しもふさ七福神 眞城院05


      20150108しもふさ七福神 眞城院11



こちらが、『しもふさ七福神』の看板。

      20150108しもふさ七福神 眞城院06

七福神のいずれも、こんな形で案内されているようだから
分かりやすくて良い。


こちらが、『しもふさ七福神』の弁財天。

      20150108しもふさ七福神 眞城院07


      20150108しもふさ七福神 眞城院09


      20150108しもふさ七福神 眞城院08


      20150108しもふさ七福神 眞城院10



これで『しもふさ七福神』の内、5福神を見て回ったことになります。
残すは2福神。
頑張りましょう!

って言ってもモデルコースは滑川駅から徒歩にて、
全行程約17km。
もっとも車での移動だから、楽って言えば楽なんですけどね........(笑)。




   



2015/02/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大和田城址  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は『しもふさ七福神』巡りの傍ら、
成田市の城郭巡りもしてきました。


『しもふさ七福神』の楽満寺をあとにして
向かった先は.................大和田城址


成田市大和田(旧・下総町大和田)にある龍安寺の背後の山が大和田城址と言うことです。


大和田城の築城時期等の詳細は明らかではありませんが
大和田氏の先祖は鎌倉幕府執権の北条氏であったとされています。
北条時頼の子である北条時宗の弟宗頼が、下総国大和田に所領をもらい、
この地に土着して大和田氏を名乗るようになったと言われています。


こちらが、大和田城の縄張り図。

      大和田城址縄張り図


                 ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました。)



こちらが龍安寺。

寺号標の前でパチリ☆。

      20150108大和田城址15



そして、山門前でパチリ☆。

      20150108大和田城址11


山門前で写真を撮っていたら、龍安寺の奥さんが出て来られてきたので
少しお話をさせていただきました。

大和田城の事を尋ねたら、以前にも何人かが同じような事を言っていたけど
『何もない竹藪だよ』と言われました。
確かに、余胡さんのHPにも同じような事が書かれていました。
裏山(竹藪)に入る事への許可をいただき、攻城開始です。


こちらが、登城口。

      20150108大和田城址01


そして、すぐに三方を囲まれた枡形にぶつかります。

      20150108大和田城址02



枡形の脇の斜面を竹を避けながら、よじ登ります。

      20150108大和田城址03



斜面を上がりきって、そらに進めば、やがて主郭。

こちらは、主郭の土塁。

      20150108大和田城址04



主郭も一面竹だらけの竹藪。

      20150108大和田城址05


      20150108大和田城址06

仕方ないので、主郭から二郭へと移動します。

主郭と二郭を隔てる堀切。

      20150108大和田城址07


この堀切。
以外に深い。

      20150108大和田城址08



竹があって、深さ、大きさが画像では上手く伝わらないようです。

      20150108大和田城址09


     
びいすけ の背後の堀切が竪堀のようになっています。

      20150108大和田城址13

怖る怖る、堀切を下って行きます。

      
20150108大和田城址12


     
堀切を下りきった登城路の入口。

      20150108大和田城址14

龍安寺の方には何も無いと言われていましたが
枡形はあるし、土塁も一部残っている。
そして見事な堀切も残っている。

竹藪化が激しい大和田城址ですが、筍取りの導線は綺麗に伐採されていて
本堂裏からは、堀切へも容易に辿り着ける。


探索を終え、本堂脇から眺める大和田城址。

      20150108大和田城址10


龍安寺の方には何も無いと言われていましたが
枡形はあるし、土塁も一部残っている。
そして見事な堀切も残っている。

竹藪化が激しい大和田城址ですが、筍取りの導線は綺麗に伐採されていて
本堂裏からは、堀切へも容易に辿り着ける。

そして、何よりも普通の人が何も無いと言う場所で
城郭遺構をはっきりと認識できた自分自身の城郭マニア度(?)に
ちょっぴり鼻が高くなったりして............(笑)。


2015/02/02 Mon. 03:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

しもふさ七福神④  《 楽満寺 恵比寿 》  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は成田市の『しもふさ七福神』巡りをしてきました。

『しもふさ七福神』は、千葉県の旧下・総町域(現・成田市域)に点在する6つの寺と
1つの牧場を七福神の札所に定めたもので、
旧・下総町が地域活性化事業の一環として、昭和61年に誕生しました。
7柱の神様をお参りすることで7つの幸福が授かるといわれています。
毎月7日が『しもふさ七福神』の御縁日です。

『しもふさ七福神』は

昌福寺(寿老人)
龍正院(毘沙門天)
眞城院(弁財天)
乗願寺(布袋尊)
成田ゆめ牧場(福禄寿)
常福寺(大黒天)
楽満寺(恵比寿)

と言うような構成になっています。



昨年末に、訪助崎城址へ訪れた際に車を停めるために立ち寄った乗願寺が
『しもふさ七福神』の一つでした。

年が明けて2015年。
この日は『しもふさ七福神』の残り6福神を巡ることにいたしました。

常福寺をあとにして、向かった先は 
成田市中里にある 『しもふさ七福神』   楽満寺(恵比寿)



恵比寿は、七福神唯一の日本の神様で、
漁業・商売繁盛の神として信仰されています。



こちらが、楽満寺の入口。

      20150108しもふさ七福神楽満寺01

楽満寺は、臨在宗(妙心寺派)のお寺。
本尊は安産子育の如意輪観世音菩薩。春日作。
源頼朝、実朝の母堂の守り本尊といわれています。



こちらにも、常福寺にあったような説明看板が建っていました。

      20150108しもふさ七福神楽満寺02



そして、その横には『しもふさ七福神』の看板。

      20150108しもふさ七福神楽満寺03



そして、こちらが『しもふさ七福神』 恵比寿。

      20150108しもふさ七福神楽満寺04


      20150108しもふさ七福神楽満寺05


      20150108しもふさ七福神楽満寺06




七福神の先には、楽満寺の仁王門。

      20150108しもふさ七福神楽満寺07




仁王門脇の鐘楼

      20150108しもふさ七福神楽満寺08



そして、こちらが本堂。

      20150108しもふさ七福神楽満寺09



本道に掲げられた扁額

      20150108しもふさ七福神楽満寺10




ネットで、この楽満時のことを調べていたら
どうやら、この楽満寺は子宝に授かる寺らしい。

「子供が欲しいのでお茶碗を貸して」と言うと、
母親になる人(なった人)が飲んだ茶碗を貸してくれるそうです。
その茶碗で毎日お茶を飲むと授かるそうです。

要は、このお寺で子宝を授かるよう祈願をしてもらうと
茶碗を貸してくれるらしい。
その茶碗で毎日お茶を飲むと、子宝に授かるらしい。

そして子宝に授かったら茶碗を返しに行くわけですが
その時に新しい茶碗を一緒に収めるらしい。
その収めた茶碗を次なる祈願者に貸し出すといったシステムのようです。

なかなかユニークなお寺と言っていいのだろうか?

世の中知らなかったことも多いようです...................




2015/02/01 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

名木城址  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

個人的な連休初日。

この日は『しもふさ七福神』巡りの傍ら、
成田市の城郭巡りもしてきました。


『しもふさ七福神』の常福寺から徒歩圏内にある
名木城址 へ立ち寄ってみました。



名木城は、築城時期等は定かではありませんが、
伝承によれば、城主は芝山弾正という者で、
天文21年(1551年)、久留間丹波守という者と戦って敗れ、
この地で死亡したと言うことです。
しかし、これらについての詳細は不明であり
一説によれば、神崎城、あるいは大須賀城の支城であった可能性もあるようです。



こちらが、名木城の縄張り図

      名木城址縄張り図

            ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )



常福寺前の細い道を南西に行けば、
やがて緩やかな下りとなり、八津を挟んだ対面に
地元では「城山」と呼ばれる台地があり、そちらが名木城址と言う事で
車で向かったら、いきなり圏央道の造成工事。


谷津を埋め、道路を建設中。

      20150108名木城址01


縄張り図の雰囲気とかなり違うため、詳しい場所がわからず
同じ道を何度も車で徘徊していました。

日向ぼっこをしていた地元の御老人に「城山」の場所を教えていただき、
何とか辿り着けました。

こちらが、登城路。
まさに、ギリギリの所を圏央道が走ることになります。

      20150108名木城址02



ちょうど、ブルドーザーの裏手の茂みの中にある祠。

      20150108名木城址03

余胡さんの縄張り図にも、この祠は記載されています。



登城路も工事用の重機で広げられ、
往事の面影はかなり薄れてしまっているようです。

      20150108名木城址04



こちらが、城内。
この辺りまで、工事用の車が入ってきたようで
轍の跡もくっきりと残っています。

      20150108名木城址05


虎口になるのか?
主郭下の帯曲輪手前の土塁。

      20150108名木城址06


かなり埋もれているが、帯曲輪の空堀。

      20150108名木城址07



こちらは、帯曲輪。

      20150108名木城址08



主郭に上がる道(主郭虎口)を探して、帯曲輪をぐるっと歩きます。

      20150108名木城址09



結局、帯曲輪から主郭へと続く導線を見つけられず、
主郭は断念することに..........

      20150108名木城址10



いっその事、 びいすけ を担いで、斜面を登っちゃおうか?とも考えましたが
今日はまだまだいっぱい巡る予定なので無理は禁物。

おとなしく撤退することにしました。


城山そのものが削り取られるような事や、城址が破壊されることは免れましたが
圏央道の工事現場に隣接し、ギリギリ残ったと言う感が強い。


城山(名木城址)が辛うじて残った事を
良し!とすることにしよう.............。



2015/02/01 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

しもふさ七福神③  《 常福寺  大黒天 》  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は成田市のしもふさ七福神巡りをしてきました。

しもふさ七福神は、千葉県の旧下・総町域(現・成田市域)に点在する6つの寺と
1つの牧場を七福神の札所に定めたもので、
旧・下総町が地域活性化事業の一環として、昭和61年に誕生しました。
7柱の神様をお参りすることで7つの幸福が授かるといわれています。
毎月7日が“しもふさ七福神”の御縁日です。


『しもふさ七福神』は

昌福寺(寿老人)
龍正院(毘沙門天)
眞城院(弁財天)
乗願寺(布袋尊)
成田ゆめ牧場(福禄寿)
常福寺(大黒天)
楽満寺(恵比寿)

と言うような構成になっています。


昨年末に、訪助崎城址へ訪れた際に車を停めるために立ち寄った乗願寺が
『しもふさ七福神』の一つでした。

年が明けて2015年。
『しもふさ七福神』の残り6福神を巡ることにいたしました。

成田ゆめ牧場をあとにして、向かった先は 『しもふさ七福神』
成田市名木にある 『しもふさ七福神』 常福寺 (大黒天)


大黒天は大地を掌握する神様と言われ、
財宝・福徳海運の神として信仰されています。


こちらが、常福寺。

門前にある説明看板。

      20150108しもふさ七福神 常福寺01

常福寺は、成田山新勝寺と同じ真言宗智山派の寺院です。
中興の宥ばん上人が、寛永三年身の丈六尺程の青銅の不動尊を鋳造し
お堂を造り安置しました。
尚、同上人は、成田山新勝寺の中興の祖とも言われています。




仁王門前には、『しもふさ七福神』の看板もあります。

      20150108しもふさ七福神 常福寺02



こちらが、常福寺仁王門。

      20150108しもふさ七福神 常福寺03



こちらが、鐘楼。

      20150108しもふさ七福神 常福寺04



仁王門をくぐれば、正面は本堂。

      20150108しもふさ七福神 常福寺05



こちらが、本堂。

      20150108しもふさ七福神 常福寺06



本堂手前に鎮座する、『しもふさ七福神』の大黒天。

      20150108しもふさ七福神 常福寺07


      20150108しもふさ七福神 常福寺08


      20150108しもふさ七福神 常福寺09




本堂に掲げられた扁額。

      20150108しもふさ七福神 常福寺10



山号は南城山

      20150108しもふさ七福神 常福寺11



本堂裏手の土塁。

      20150108しもふさ七福神 常福寺12



そして、やはり本堂裏手の空堀。

      20150108しもふさ七福神 常福寺13



山号が南城山と言うだけあって、
遠い昔に、この辺りに城館があったのかもしれない。

そんなことを考えながらも、これで『しもふさ七福神』巡りの3福神完了。
残すは、4福神。
先を急ぎましょう。



2015/01/31 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

しもふさ七福神②  《 成田ゆめ牧場 福禄寿 》  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

個人的な連休初日。

この日は成田市の『しもふさ七福神』巡りをしてきました。

『しもふさ七福神』は、千葉県の旧下・総町域(現・成田市域)に点在する6つの寺と
1つの牧場を七福神の札所に定めたもので、
旧・下総町が地域活性化事業の一環として、昭和61年に誕生しました。
7柱の神様をお参りすることで7つの幸福が授かるといわれています。
毎月7日が『しもふさ七福神』の御縁日です。


『しもふさ七福神』は

昌福寺(寿老人)
龍正院(毘沙門天)
眞城院(弁財天)
乗願寺(布袋尊)
成田ゆめ牧場(福禄寿)
常福寺(大黒天)
楽満寺(恵比寿)

と言うような構成になっています。


昨年末に、訪助崎城址へ訪れた際に車を停めるために立ち寄った乗願寺が
しもふさ七福神の一つでした。

年が明けて2015年。
しもふさ七福神の残り6福神を巡ることにいたしました。


本日最初に立ち寄った 『しもふさ七福神』 は
成田市名木にある  成田ゆめ牧場 (福禄寿)


福禄寿は、長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神として信仰されています。



こちらが、成田ゆめ牧場。

      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場08


成田ゆめ牧場は、秋葉牧場の百周年を記念して、
1987年(昭和62年)に開場されました。
約9万坪の広々とした自然の中で動物達とのふれあいが楽しめるそうです。


しかし、朝の9時前に到着したため、まだオープンしていません。

      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場09


駐車場もガラガラ。

      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場07



JR滑河駅から無料の送迎バスがあり
その無料バスの駐車場(乗降場)の片隅に『しもふさ七福神』はありました。

      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場01


      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場06



こちらが、『しもふさ七福神』の看板

      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場02



そして、七福神の福禄寿。

      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場03


      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場04


      20150108しもふさ七福神 成田ゆめ牧場05



成田ゆめ牧場にはドッグランもあるから
本当は中に入りたかったんだけど
12月、1月、2月の平日の営業時間は10:00~16:00

オープンまで、まだ1時間もある。
そして、しもふさ七福神巡りは始まったばかり.............

残念な形になるけれど、次なる七福神を目指しましょう..........

2015/01/31 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

しもふさ七福神①  《 乗願寺 布袋尊 》  (2014年12月24日)(千葉県成田市)  

12月24日 公休日

幡谷城址をあとにして、向かった先は..................
助崎城址のはずだったのが、辿り着いたのは何故か乗願寺


と言うのも、ネットの情報によれば............

助崎城址の城域は、乗願寺のある台地あたりから始まり、
乗願寺に車を停めて、三郭、そして二郭、最後に主郭と
じっくりと巡った方が良いと言うことなので
乗願寺に車を停めに行きました。
着いたら、何とこんな↓看板を見つけてしまいました。

      20141224しもふさ七福神乗願寺06

いゃあ〜、七福神巡りも好きなモノですから
素通りは出来ません。

って言う事で急遽、七福神巡りとなりました。
(と言ってもここ1ヶ所だけですけど......)


しもふさ七福神は、
地域活性化事業の一環として昭和61年に誕生しました。
今でこそ、この辺りは成田市でありますが、
平成18年3月迄は千葉県香取郡下総町でありました。

この下総七福神(当初は漢字表記だったのがいつの間にか平仮名表記になった)は、
7つの神様をお参りすることで7つの幸福が授かるといわれています。
毎月7日が“しもふさ七福神”の御縁日と言うことです。

しもふさ七福神

昌福寺(寿老人)
龍正院(毘沙門天)
眞城院(弁財天)
乗願寺(布袋尊)
成田ゆめ牧場(福禄寿)
常福寺(大黒天)
楽満寺(恵比寿)

と言うような構成になっています。

その中の一つ、乗願寺の布袋尊をお詣りいたしましょう。


乗願寺は、時宗のお寺です。
赤城の子守唄で有名な国定忠治の子分“板割り浅太郎”ゆかりの寺として知られています。
本堂内にも子供を背負った布袋尊があり、子育て、安産のご利益があるそうです。


そして、布袋尊は弥勒菩薩の化身といわれ、
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。



こちらが、乗願寺の参道。

      20141224しもふさ七福神乗願寺07



この日は、かなり西陽が強く、思いきり逆光状態。

      20141224しもふさ七福神乗願寺08




こちらが山門。

      20141224しもふさ七福神乗願寺04


かなりの逆光です。

      20141224しもふさ七福神乗願寺05



そして、本堂。

      20141224しもふさ七福神乗願寺03

ちょうど読経しているようで、中からお経が聞こえてきます。





本堂脇に、探していた七福神発見。

      20141224しもふさ七福神乗願寺01



布袋尊と御対面。

      20141224しもふさ七福神乗願寺02



これが、しもふさ七福神の布袋尊。

      20141224しもふさ七福神乗願寺09


七福神には色々あって、本堂内に秘仏として特定日にしか公開しないモノもある。
でも、こんな感じで境内にひっそりと(大々的な場合もありますが)祀られているのを
探しながら訪ね行く七福神巡りが好きです。
境内ならワンコ連れでもギリギリ可能な事が多いし、
何かオリエンテーリングをしているみたいで、地図やリストを片手に
訪ね歩くって言うのも面白い。

さすがに全行程17.5kmの距離を歩いて回るって言うのは無理だけど
しもふさ七福神。
いずれ制覇することにいたしましょう!







2015/01/18 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit