FC2ブログ

04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  弁財天 福禄寿 小網神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

茶の木神社をあとにして七福神巡りも終盤。
その最後の神社へと向かいます。
日本橋七福神巡り、その最終章。

向かった先は..............小網神社。

小網神社は、中央区日本橋小網町に鎮座する神社です。

社伝によると、文正元年(1466年)の創建と伝わります。


社地には、古くから恵心僧都の開基と伝わる「万福庵」と云う寺院があったとされ、
「万福庵」は、観世音菩薩と弁財天を安置していて、後に「万福寺」と号されました。
文正元年(1466年)に「万福庵」の周辺で悪疫が流行しました。
その頃、網師の翁が海上で網に掛かった稲穂を持ち「万福庵」を訪問し、数日滞在したそうです。
ある夜「万福庵」の庵主の夢枕に、庵の開基である恵心僧都が現れ、
「網師の翁を稲荷大神として崇めるように」と告げたため、
翌朝になって翁を訪ねると、既にその姿はなかったそうです。
そこで網師の翁を「小網稲荷大明神」として祀ったところ、
暫くして村の悪疫が鎮まったと云うことです。
この網師の翁を小網稲荷大明神として祀ったのが、「小網稲荷社」であり、
のちに小網神社と改称したそうです。


御祭神は、倉稲魂神・市杵島比売神・福禄寿


また、日本橋七福神の弁財天と福禄寿が祀られています。


日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったとされています。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。

また、福禄寿は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。



茶の木神社から小網神社へと向かい、
小網神社に近付き、曲がり角を曲がるといきなりの行列。

目の前には参拝のために並ぶ長い列が出来ていました。

     20200105小網神社01


しかも、その列は半端ない。
神社の前からまっすぐにここまで並び、
ここで、画面右側に列が移動します。

     20200105小網神社02


さらに列は伸びて、次の(手前の)交差点でまた右に移動する。

     20200105小網神社03


さらに列は続き...............

     20200105小網神社04


こちらが、最後尾。

     20200105小網神社05

最後尾まで、ざっと300mほど。



この小網神社。
参拝用の列の他にも列が出来ている。


こちらが、お守りや札を拝受する為の人の列。

     20200105小網神社06

参拝用の列よりは短い。


そして、こちらが七福神巡り(色紙)と御朱印の列。

     20200105小網神社07

実は、この列の並びが1番短い。



それでも、御朱印待ちは10分ぐらい。

     20200105小網神社08



本来は、参拝用の列に並んで参拝するのが筋ですが
この行列に並ぶ勇気と言うか、根性は既に失せています。
列の奥に見えるのが拝殿。

     20200105小網神社09

通りから拝殿を眺め、手を合わせて参拝といたします。



鳥居に飾られた神額。

     20200105小網神社10



鳥居脇に飾られた提灯。

     20200105小網神社11



参拝者の奥に見えるのが神楽殿。

     20200105小網神社13



列の奥が授与所。

     20200105小網神社12

御朱印は、こちらで頒布されています。



そして、こちらが御朱印。

こちらが通常版。

     20200105小網神社14


正月限定。

     20200105小網神社15


正月限定の見開き。

     20200105小網神社16


日本橋七福神 弁財天。

     20200105小網神社17



日本橋七福神 福禄寿。

     20200105小網神社18


いずれも正月のこの時期ですから、書置き対応となります。
まあ、あの列を見たら、書置き対応も仕方がないでしょう。

日本橋七福神巡り、これにて満願となりました。



スポンサーサイト



2020/02/16 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  布袋尊 茶の木神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

末廣神社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第7弾。

向かった先は..............茶の木神社。

茶の木神社は、中央区日本橋人形町に鎮座する神社です。

社地は、下総佐倉藩大名や幕府大老を務めた堀田家の中屋敷地であり、
その守護神として祀られたものだそうです。
社の周囲に植え込まれた茶の木の緑が実に見事であったと伝えられ、
これが社号の由来となったとされています。

堀田家では年一回初午祭の日のみ開門し、一般の参拝を許可していたそうです。
明治維新後は、色々と管理者が変遷し、関東大震災後は喜誠会により社が造営管理され、1現在の茶ノ木神社世話人会へ受け継がれているそうです。

御祭神は、倉稲魂大神。


日本橋七福神の布袋尊となっています。



日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

また、布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。



水天宮を参拝する(御朱印拝受までの時間を含めて)のに小一時間掛かってしまい、
時刻はお昼を回ったしまいました。
この辺りから、日本橋七福神の神社にも人が多く集まる(並ぶ)ようになってきたようです。


茶の木神社の前にも列が出来ています。

     20200105茶ノ木稲荷神社01



列の最後尾に並び、参拝の順番待ち。

     20200105茶ノ木稲荷神社02



ゆっくりと列が動いて行きます。

     20200105茶ノ木稲荷神社16


     20200105茶ノ木稲荷神社03

10分ほど並んで順番がやって来ます。


鳥居に近づきました。

     20200105茶ノ木稲荷神社04


鳥居に飾られた神額。

     20200105茶ノ木稲荷神社05



手水舎。
     20200105茶ノ木稲荷神社06

この場合は、手水鉢でしょうか?



社殿前には神使いの狐。

     20200105茶ノ木稲荷神社07


     20200105茶ノ木稲荷神社08


社殿正面。

     20200105茶ノ木稲荷神社09



別アングルから。

     20200105茶ノ木稲荷神社10



社殿前には由緒書き。

     20200105茶ノ木稲荷神社11


『日本橋七福神 布袋尊』の幟もはためく。

     20200105茶ノ木稲荷神社12


仮設テントの授与所。

     20200105茶ノ木稲荷神社13

御朱印はこちらで頒布。
順番待ちの番号札。


そか、拝受した御朱印がこちら。

     20200105茶ノ木稲荷神社14



こちらは、『日本橋七福神 布袋尊』の御朱印。

     20200105茶ノ木稲荷神社15


日本橋七福神巡り、あと少しで結願となります。





     
2020/02/15 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  弁財天 水天宮 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

笠間稲荷神社東別社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第6弾。

向かった先は..............水天宮。


水天宮は、中央区日本橋蛎殻町に鎮座する神社です。
福岡県久留米市に鎮座する久留米水天宮の分社とされています。

文政元年(1818年)久留米藩9代藩主・有馬頼徳が
江戸・三田赤羽の久留米藩・江戸上屋敷に邸内社として、
福岡・久留米水天宮の分霊を勧請したのが始まりとされています。

邸内社であったため、一般町民の参拝が許されていませんでしたが、
塀越しに賽銭を投げ入れる人が後を絶たず、ついには、毎月五の日には参拝を願う庶民のため門戸を開放したそうです。

明治4年(1871年)有馬家屋敷の移転とともに赤坂に遷座し、
翌年の明治5年に、有馬家中屋敷のあった現在の日本橋蛎殻町2丁目に遷座しました。


御祭神は、天御中主大神 安徳天皇 建礼門院 二位ノ尼


日本橋七福神として、弁財天が祀られています。


日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったとされています。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。



地下鉄の駅前、その名も『水天宮前』駅のすぐそば。
新大橋通りの「水天宮前」交差点。

     20200105水天宮39

立派な社が見えます。



社号標。

     20200105水天宮01



こちらも都内の一等地の神社。
それなりの敷地を有するが社殿以外は、ほぼ4階建て(?)のビル。
境内は2階相当部になります。

ビルの階段のような参道を上がります。

     20200105水天宮02


水天宮の提灯がお出迎え。

     20200105水天宮03



単なる階段だと思っていたら、随身門のようでした。
壁に見える両脇に随身像が鎮座しています。

     20200105水天宮04


     20200105水天宮05


階段を上がれば鳥居。

     20200105水天宮06


そして狛犬。

     20200105水天宮07


     20200105水天宮08

この狛犬は、タイヤで有名なブリジストンの創業者一族である石橋家が奉納したものらしい。


手水舎。

     20200105水天宮09



定番の龍の吐出口。

     20200105水天宮10


こちらが、拝殿。

     20200105水天宮11



やはり、著名な神社。
初詣の参拝者が多い。
5列に並んで参拝の順番待ち。

     20200105水天宮12


拝殿正面。

     20200105水天宮13


     20200105水天宮14


拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200105水天宮15


5列に並んでも、列進みは遅い。

     20200105水天宮16

都心のメジャーな神社は、この時期コレだから
正直言って苦手です。



別アングルからの拝殿。

     20200105水天宮17



そして、こちらが本殿。

     20200105水天宮18



拝殿正面から飾られた提灯。

     20200105水天宮19



境内には、拝殿の参拝者土橋べな列も出来ています。

     20200105水天宮20

境内社の宝生辨財天に並ぶ列です。


日本橋七福神巡りに来たんだから、
宝生辨財天も参拝しなくちゃ片手落ち。

     20200105水天宮21


こちらも、それなりに長い列。

     20200105水天宮23


それでも、何とか宝生辨財天も参拝出来ました。

     20200105水天宮24


     20200105水天宮25



宝生辨財天の由緒書きと言うか、説明板。

     20200105水天宮26


社の正面に飾られた提灯。

     20200105水天宮27



境内社。

     20200105水天宮28


     20200105水天宮29



安産子育河童

     20200105水天宮30




こちらが、子宝いぬ

     20200105水天宮31

台座の周囲を取り巻く十二支から自分の干支を撫でると、
安産、子授け、無事成長など様々なご利益があると言われているらしい。


境内に、仮設の授与所(テント)がありましたが、
御朱印は4階の授与所で頒布されています。

     20200105水天宮32



こちらが、水天宮の御朱印。

     20200105水天宮33



期間限定の見開きの御朱印が2種。

     20200105水天宮34


     20200105水天宮35



戌の御朱印。

     20200105水天宮36



宝生辨財天の御朱印。

     20200105水天宮37


そして、日本橋七福神 弁財天 の御朱印。

     20200105水天宮38


拝受した御朱印は、合計6体。
初穂料は4000円。

いやぁ、安くはないですねぇ。



2020/02/15 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  大黒天 松島神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

末廣神社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第5弾。

向かった先は..............松島神社。

松島神社は、中央区日本橋人形町に鎮座する神社です。

創建時期は不詳ですが、
鎌倉時代の元享年間(1321~1323年)以前と推定されています。
かつて、この一帯は入り江であり、小島が存在していました。
下総国から柴田家の祖先がこの小島に移り住み、その邸内に諸神を勧請し、
掲げられた燈火が夜間航行の目標とされ、航海の安全を得ていたと伝えられています。

正中元年(1324年)3月2日夜、
柴田家三男柴田権太に百難救助すべしとの神示があり、
この奇得を遠近の諸人が信仰するところとなり、
これにより正一位稲荷大明神の位記を奉られたとされています。
また、天正13年(1585年)には、近隣の住民の希望に従い、
邸宅を公開し参拝の自由を許容すると、
島内には松が鬱蒼と生い茂っていたことに由来し松島稲荷大明神と称されました。
また、権太の木像を安置したことから権太大明神とも俗称されたという事です。
周辺は旧・吉原遊廓を中心とした歓楽街を形成したため、
多くの庶民の参拝により賑わい、
町の中心に位置した松島稲荷に各々が出身地の氏神の合祀を依頼したため、
御祭神が14柱になってしまったそうです。

御祭神は、稲荷大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神、日前大神(天照大神)
     北野大神(菅原道真公)、手置帆負神、彦狭知神、淡島大神、八幡大神
     猿田彦神、琴平大神、天日鷲神(大鳥大神)、大宮能売神(おかめさま)
     大国主神(だいこくさま)。

日本橋七福神では、大黒天として崇拝されています。

日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。
その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。


大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となりましたが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたとされています。
大地を掌握する神様(農業)でもあり、大きな袋を背負い、打出小槌をもち、
頭巾をかぶられた姿が一般によく知られています。
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




神社社頭。

     20200105松島神社01



鳥居に掲げられた神額。

     20200105松島神社02



鳥居に飾られた提灯。

     20200105松島神社03



こちらには、境内社の大鳥神社の名が連なっています。

     20200105松島神社04



手水舎。

     20200105松島神社05



定番の龍の吐出口。

     20200105松島神社06




こちらが社殿。

     20200105松島神社07


この松島神社も都会の神社。
社地はビルの1階。

     20200105松島神社08



その名もズバリ、松島ビルの1階が神社になります。

     20200105松島神社09


外から別アングルで見ると、こんな感じです。

     20200105松島神社11



社殿の隣に授与所。

     20200105松島神社10

御朱印は、この時期だけだと思うんですが、この時期だけだと思うんですが......................
授与所の裏口で頒布されていました。



拝受した御朱印がこちら。


松島神社の御朱印。

     20200105松島神社12



そして、こちらが『日本橋七福神 大黒天』の御朱印。

     20200105松島神社13


先ほど、鳥居にぶら下がっていた大鳥神社の提灯。
気になっていたから訊いてみたら、境内社らしい。
11月の1ヶ月間だけ、大鳥神社の御朱印も頒布されるそうです。

今年の秋は要チェックですね。




2020/02/14 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  毘沙門天 末廣神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

笠間稲荷神社東別社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第4弾。

向かった先は..............末廣神社。


末廣神社は、中央区日本橋人形町に鎮座する神社です。

江戸時代初期に幕府公認の遊郭街である吉原(葭原)が当地に置かれ、葭原八ヶ町の地主神・産土神として信仰されていました。
社号は延宝3年(1675年)の社殿修復時に古い扇の一種の末廣が発見され、氏子達がこれを祝い末廣の二字を冠したとされています。

御祭神は、宇賀之美多摩命・武甕槌命(毘沙門天)。

日本橋七福神では、毘沙門天として崇拝されています。

日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。
その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」といい、
七福神の中で、唯一の武将の姿をしています。
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。



笠間稲荷神社から、さほど離れていない距離に鎮座する末廣神社。


こちらが、その社頭。

      20200105末広神社01

こちらも、都心の古くからの住宅街に鎮座する神社。
お世辞にも敷地は広くはない。



社頭に飾られた提灯。

      20200105末広神社02



そして、『日本橋七福神 毘沙門天』の幟。

      20200105末広神社17



そのすぐ脇には、由緒書き。

      20200105末広神社03



手水舎。

      20200105末広神社04



狛犬。

      20200105末広神社05


      20200105末広神社06


さすが、日本橋七福神の1社。
七福神巡りの参拝客が多い。

      20200105末広神社07



社殿。

      20200105末広神社08


社殿正面。

      20200105末広神社09



正面中央には、この時期だけご開帳の『毘沙門天』の像。

      20200105末広神社10



境内には、こんな小さな祠や
小さな毘沙門天の像が祀られています。

      20200105末広神社11


      20200105末広神社12



狭い境内だけど、授与所前には御朱印待ちの列も出来る。

      20200105末広神社13


順番待ちの整理番号の札を持って
参拝者の邪魔にならないように隅っこに移動。

      20200105末広神社14



社頭では、樽酒が振る舞われています。

      20200105末広神社15



会津若松市にある末廣酒造の酒ですね。

      20200105末広神社16

日本酒は得意じゃないし、夕方に車で買い物に行くから
やっぱり丁重に辞退いたしました。




そして、こちらが末廣神社の御朱印。

      20200105末広神社18



そして、こちらが『日本橋七福神 毘沙門天』の御朱印です。

      20200105末広神社19


日本橋七福神巡り、まだまだ続きます。




2020/02/14 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  寿老神 笠間稲荷神社 東京別社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

三光稲荷神社神社をあとにして七福神巡りを復活します。
日本橋七福神巡り、その第3弾。

向かった先は..............笠間稲荷神社 東京別社。

笠間稲荷神社 東京別社は、中央区日本橋浜町に鎮座する神社です。

『えっ!? 笠間稲荷神社って茨城県じゃ無いの?』
って思っちゃいますが、東京にも笠間稲荷神社は在ります。

笠間稲荷神社東京別社は、紋三郎稲荷とも称せられ、旧笠間藩主牧野氏の邸内社でした。
今から三百二十五年前の延宝九年に、牧野成貞が五代将軍綱吉から、
下屋敷として拝領した土地になります。

延享4年(1747年)に成貞の長男・牧野貞通が京都所司代から常陸笠間に転封されると、
先例にならい胡桃下稲荷神社(笠間稲荷神社の別称)を祈願所としました。
笠間藩第8代藩主・牧野貞直は1859(安政6)年(1859年)笠間稲荷の御分霊を
江戸下屋敷内の現在地に合祀奉斎し、
初午の日には日本橋界隈の市民に参拝を許可したとされています。

御祭神は、宇迦之御魂神・寿老神。

また、日本橋七福神の寿老人として崇拝されています。

日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

さて、笠間市にある本社の笠間稲荷神社は常陸七福神の大黒天ですが、
こちらは日本橋七福神の寿老人。


寿老人は星の化身で、にこやかな微笑みを称え、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿の証しで、鹿もまた長寿の象徴てされています。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。



三光稲荷神社からしばらく歩けば、人形町の交差点。

      20200105笠間稲荷神社01


交差点を左折して、笠間稲荷神社へと向かいます。



こちらが社号標。

      20200105笠間稲荷神社02

わざわざ、別社 と記しているところが憎めない。




神社社頭。

      20200105笠間稲荷神社03


鳥居の脇には、幟もはためく。

      20200105笠間稲荷神社15



鳥居に掲げられた神額。

      20200105笠間稲荷神社04



手水舎。

      20200105笠間稲荷神社05



笠間の笠間稲荷神社と比べると、小ぶりな社殿。

      20200105笠間稲荷神社06



社殿正面。

      20200105笠間稲荷神社07


こちらは、社殿右側。
位置的には北側(になる参道口。)

      20200105笠間稲荷神社08

日本橋人形町から笠間市の方を向いているのでしょうか?



その鳥居に掲げられた神額。

      20200105笠間稲荷神社09



社務所の脇には、多くの狐。

      20200105笠間稲荷神社10

確か、茨城の笠間稲荷神社に本殿裏手にも
多くのキツネが居たんじゃなかったっけ?



こちらは、臨時の授与所。

      20200105笠間稲荷神社12


本来の授与所には、数人の御朱印待ち。

      20200105笠間稲荷神社13



御朱印は、こちらで授与出来ます。

      20200105笠間稲荷神社14



こちらが、笠間稲荷神社 東京別社 の御朱印。

      20200105笠間稲荷神社16



そして、こちらが日本橋七福神 寿老神 の御朱印。

      20200105笠間稲荷神社17


そう言えば、今気づいたんだけど
日本橋七福神では、寿老人ではなく、寿老神なんですね。
やっぱり、神社だけの七福神に展開すると、こうなっちゃうのかな?
恵比寿尊も恵比寿神だしね。



2020/02/13 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  恵比寿神 椙森神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

寳田恵比寿神社をあとにして七福神巡りは続きます。

日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが
8社を巡っての七福神となります。


日本橋七福神巡り、その第2弾。

向かった先は...............椙森神社。


椙森神社は、中央区日本橋掘留町に鎮座する神社です。

平安時代前期の931(承平元)年頃の創建とされる。
940(天慶3)年、俵藤太秀郷が平将門追討の折、当社に祈願したのち討伐を果たし、その報賓の証しとして白銀の狐像を奉納したという。
1466(文正元)年には太田道灌が雨乞いの祈願をしたところ霊験があり、京都伏見稲荷の伍社大神を勧請し配祠した。
さらに1661(寛文元)年、恵比寿大神を合祀している。


江戸時代には、烏森神社、柳森神社ともに江戸三森のひとつに数えられた稲荷神社で、
日本橋七福神の恵比寿を祀ります。
江戸時代には富くじ興行が多く行われ、これを記念した富塚碑があります。

御祭神は、倉稲魂大神・素盞鳴大神・大市姫大神・大己貴大神・四大神・恵比寿大神。


日本橋七福神では、寳田恵比寿神社と重複しますが恵比寿神を祀っています。

恵比寿神は、七福神の中で唯一の日本の神様とされています。
イザナミノミコト、イザナギノミコトの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、
信仰の始まりと伝えられています。
左手に鯛を抱え、右手に釣竿を持った漁業の神ですが、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。



日本橋七福神はいずれも徒歩圏内に点在するので
ウォーキングを兼ねての散歩にもなります。
寳田恵比寿神社からも程よい距離。


こちらが椙森神社の社号標。

     20200105椙森神社01



神社社頭。

     20200105椙森神社02



社号の幟も良い感じ。

     20200105椙森神社03



参道の狛犬。

     20200105椙森神社04


     20200105椙森神社05



手水舎。

     20200105椙森神社06



こちらが拝殿。

     20200105椙森神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200105椙森神社08



別アングルからの拝殿。

     20200105椙森神社09



そして、こちらが本殿。

     20200105椙森神社10



拝殿正面に飾られた提灯。

     20200105椙森神社11



拝殿前の天水桶。

     20200105椙森神社12



中央区教育委員会の設置した説明板。

     20200105椙森神社13

って言うか、もはや由緒書きのようなもの。




神輿庫。

     20200105椙森神社14



神楽殿。

     20200105椙森神社15



こちらが、富塚。

     20200105椙森神社16

こっそりと、『ロト6が当たるように!!』と、お願いしちゃいました。



社殿の右側、東側(?)の参道口。

     20200105椙森神社17


日本橋七福神の幟。

     20200105椙森神社18


     20200105椙森神社19



そして、こちらが椙森神社の御朱印。

     20200105椙森神社20



こちらは、日本橋七福神 恵比寿神の御朱印。

     20200105椙森神社21



日本橋七福神巡り、まだまだ続木ますよ...................。



2020/02/12 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神 恵比寿  宝田恵比寿神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

ここ何年か正月期間に七福神巡りを行っています。
以前は びいすけ を連れて、境内に七福神の像のある社寺仏閣を中心に巡っていましたが、御朱印を受けるようになってからは御朱印の頒布されている七福神巡りへと変わりつつあります。

今回は、びいすけ は留守番。日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

福徳神社をあとにして、日本橋七福神巡りを始めます。
向かった先は...............寳田恵比寿神社。


寳田恵比寿神社は、中央区日本橋本町に鎮座する神社です。

社伝によれば、創建年代は不詳ですが、
徳川家康が江戸入府以前は、宝田村の鎮守として「宝田稲荷」と称され崇敬を集めていたそうです。
元は稲荷信仰の神社でありましたが、慶長11年(1606年)、江戸城拡張のため、宝田村・祝田村・千代田村の三か村が移転を命じられ、馬込勘解由と云う人物が当社を遷座させ、住民を引率して大伝馬町に集団移動したと伝えられています。

御祭神は、宇迦之御魂神・事代主命・少彦名命・大国主神・大己貴命・素盞嗚命


そもそも日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

      20200105宝田恵比寿神社16

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。


その日本橋七福神の第1弾が寳田恵比寿神社の恵比寿神です。


恵比寿神は、七福神の中で唯一の日本の神様とされています。
イザナミノミコト、イザナギノミコトの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、
信仰の始まりと伝えられています。
左手に鯛を抱え、右手に釣竿を持った漁業の神ですが、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。



こちらが、社号標。

      20200105宝田恵比寿神社01


社号標の前に、御朱印の初穂料が堂々と掲げられていると
若干の興醒めを感じてしまう。

      20200105宝田恵比寿神社02

昨今の御朱印ブームを反映しての事だとは思うけれど、
単純に、七福神巡りをしたい人もいるはず。

まあ、御朱印ブームに乗っかっている私が言う事でもないのかも知れないけどね。





アスファルトの道路とコンクリートの駐車場に囲まれた一角に
ポツンと鎮座している神社。

      20200105宝田恵比寿神社03

意外に小振りな神社。
でも神社は、お社の大きさや、敷地の広さが全てでは無い。
そんなものは関係ないと思っている。



社殿の脇に掲げられた由緒書き。

      20200105宝田恵比寿神社04



改めて、鳥居と社殿。

      20200105宝田恵比寿神社05





鳥居に掲げられた神額。

      20200105宝田恵比寿神社07



社殿正面。

      20200105宝田恵比寿神社06




別アングルから。

      20200105宝田恵比寿神社08


      20200105宝田恵比寿神社09



正面に飾られた提灯。

      20200105宝田恵比寿神社10


      20200105宝田恵比寿神社11



確かに、祭事ではあるが、本来あるべき案内板や説明板を
ポスター等で覆ってしまうのも如何なものか?

      20200105宝田恵比寿神社12

ちょっぴり、こだわり過ぎなのかなぁ?


社殿の奥に恵比寿像がこの期間は御開帳しているそうですが
御朱印の筆耕される氏子さんが居て、中に入るのも躊躇してしまいました。



仮設のテントも張られ、氏子さんたちの七福神巡りの準備も万全のようです。

      20200105宝田恵比寿神社13


      20200105宝田恵比寿神社14



こちらが、拝受した御朱印。

      20200105宝田恵比寿神社15


正月のこの七福神の期間と10月の『べったら市』の時にしか
御朱印は頒布されないようです。

ある意味、貴重な御朱印ですね。
そんな訳で、日本橋七福神巡りは続きます...................。







2020/02/12 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit