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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り.................再訪 根津神社 (2019年6月1日)(東京都新宿区) 

6月1日

都内・新宿区の神社巡りに出かけたこの日、
時間があったので代々木に足を伸ばして平田神社、明治神宮と参拝して
明治神宮前から地下鉄・千代田線に乗り、根津駅で下車。

向かった先は...................根津神社。


根津神社に来るのは約1年振り。
( 前回の訪問時は こちら )

根津神社が本来の目的ではなく、今回は根津神社の境内社が目的です。


根津神社の社号標。

      20190601根津神社01



鳥居。

      20190601根津神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20190601根津神社03



参道を進めば、目の前には神橋と楼門。

      20190601根津神社04



楼門。

      20190601根津神社05


随身像。

      20190601根津神社06


      20190601根津神社07



手水舎。

      20190601根津神社08



唐門。

      20190601根津神社09



拝殿。

      20190601根津神社10



拝殿正面。

      20190601根津神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190601根津神社12



別アングルからの拝殿。

      20190601根津神社13


      20190601根津神社14



神楽殿。

      20190601根津神社15



さて、本日のメインとでも申しましょうか
本日の参拝の目的でもある境内社の一つ、乙女稲荷神社。

      20190601根津神社16


鳥居に掲げられた神額。

      20190601根津神社17


由緒書き。

      20190601根津神社18



稲荷神社の証し、数多く建ち並ぶ朱色の鳥居。

      20190601根津神社19



こちらにも、乙女稲荷神社の鳥居。

      20190601根津神社20



こちらが、乙女稲荷神社。

      20190601根津神社21


ちょうど、カメラサークルか何かの集いでしょうか?
一眼レフを首からぶら下げた若い子が多かった。


扁額。

      20190601根津神社22



乙女稲荷神社。

      20190601根津神社23




そして、こちらがもう一つの主役、駒込稲荷神社。

      20190601根津神社24



由緒書き。

      20190601根津神社25



獅子山ならぬ、狐山(?)。

      20190601根津神社26


神使いの狐たち。

      20190601根津神社27



やはり、こちらにも朱色の鳥居が建ち並ぶ。

      20190601根津神社28



手水舎。

      20190601根津神社29


駒込稲荷神社。

      20190601根津神社30


      20190601根津神社31



実は、最近知ったのですが、境内社の二社の御朱印も拝受出来るらしい。

と言う事で、令和になった事でもあるから
改めて根津神社の御朱印を拝受いたしました。

こちらが、根津神社の御朱印。

      20190601根津神社32


そして、今回の目玉の一つ、
乙女稲荷神社の御朱印。

      20190601根津神社34


そして、こちらが駒込稲荷神社の御朱印。

      20190601根津神社33

無事、目的の御朱印も頂く事が出来、
大満足で帰途に着きました。









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2019/07/29 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............駒込天祖神社 (2019年3月17日)(東京都文京区 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し、
護国寺から白山方面へと足を伸ばし、さらには駒込方面へと向かい
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


駒込富士神社をあとにして、向かった先は..................駒込天祖神社。


駒込天祖神社は、東京都文京区本駒込に鎮座する神社です。

創建は、文治5年(1189年)とされ、
源頼朝の奥州藤原氏征伐の時に霊夢のお告げがあり
神明を祀ると伝えられています。
その後、宮守もありませんでしたが、
慶安年間(1648年〜1652年)に堀丹後守年直が再興したとされています。
江戸時代には駒込神明宮と称され、駒込村総鎮守として厚く信仰されてきたそうです。。


御祭神は、天照皇大神。



独特な形の社号標。

      20190317駒込天祖神社01

四角い標柱が多い中、このかたはユニークですね。



神社社頭の鳥居。

      20190317駒込天祖神社02



参道。

      20190317駒込天祖神社03



ここにも、こんな看板。

      20190317駒込天祖神社04

こちらにも びいすけ は連れて来れないんてすね。



参道の手水舎。

      20190317駒込天祖神社05



狛犬。

      20190317駒込天祖神社06


      20190317駒込天祖神社07



由緒書き。

      20190317駒込天祖神社08



こちらが、拝殿。

      20190317駒込天祖神社09



拝殿正面。

      20190317駒込天祖神社10



別アングルからの拝殿。

      20190317駒込天祖神社11


      20190317駒込天祖神社12



そして、こちらが本殿。

      20190317駒込天祖神社13



境内社の三社合祭社。
戸隠熱田神社・須賀神社・榊神社が祀られています。

      20190317駒込天祖神社14



こちらも境内社の鎮火稲荷神社。

      20190317駒込天祖神社15



本殿裏手の参道口。

      20190317駒込天祖神社16


傍らには青面金剛刻像が建ち並び、神仏習合の名残りでしょう。

      20190317駒込天祖神社17



境内には碑も多い。

      20190317駒込天祖神社18


      20190317駒込天祖神社19


      20190317駒込天祖神社20


      20190317駒込天祖神社21



こちらは、神楽殿。

      20190317駒込天祖神社22



神輿庫。

      20190317駒込天祖神社23



神輿庫は参道にも多く建ち並ぶ。

      20190317駒込天祖神社24


      20190317駒込天祖神社25

多くの氏子の町会が有ると言うことは、
それだけ氏子地区(地域)が広いと言う事でしょうか?




御神木。

      20190317駒込天祖神社26
      20190317駒込天祖神社27
    20190317駒込天祖神社28



社務所。
その一角は授与所。

      20190317駒込天祖神社29



そして、こちらが御朱印。

      20190317駒込天祖神社30

授与所にて拝受いたしました。





2019/05/18 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............駒込富士神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し、
護国寺から白山方面へと足を伸ばし、さらには駒込方面へと向かい
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


白山神社をあとにして、向かった先は..................駒込富士神社。


駒込富士神社は、東京都文京区本駒込に鎮座する神社です。

天正元年(1573年)、本郷村の名主の夢枕に木花咲耶姫が立ち、
現在の東京大学の地に浅間神社の神を勧請しました 。
寛永5年(1628年)、加賀・前田氏が屋敷をその地に賜るにあたり、
浅間社を一旦、屋敷の外の本郷本富士町に移し、
時期は不詳ですが、その後現在地に合祀したそうです。

江戸時代の富士山信仰の拠点の一つであり、
拝殿は富士山に見立てた富士塚の頂部に鎮座しています。


御祭神は、木花咲耶姫、



こちらが、社号標(?)

      20190317駒込富士神社01

何故だか?一部が削り取られている。
旧・社号でも記されていたのでしょうか?



神社社頭の鳥居。

      20190317駒込富士神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20190317駒込富士神社03



手水舎。

      20190317駒込富士神社04



正面は、富士塚。
石段手前に遥拝用の賽銭箱が置かれています。

      20190317駒込富士神社05



石段の両脇に、多くの富士講の碑が並びます。

      20190317駒込富士神社06


都内でも有数の富士塚。
江戸時代から続く富士講の聖域なのか?
数多くの講碑に圧倒されます。

      20190317駒込富士神社07


      20190317駒込富士神社08


      20190317駒込富士神社09



文京区教育委員会が設置した富士神社の説明板。

      20190317駒込富士神社10



急な石段を上った先にはニの鳥居。

      20190317駒込富士神社11

  

そして、その奥には拝殿。
     
      20190317駒込富士神社12



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317駒込富士神社13



別アングルからの拝殿。

      20190317駒込富士神社14


      20190317駒込富士神社15



そして、こちらが本殿。

      20190317駒込富士神社16



拝殿と河津桜。

      20190317駒込富士神社17
20190317駒込富士神社18

どうやら、河津桜の名所でもあるようで、
こちらの河津桜をネットにアップされている方も多いようです。



こちらは、境内社。
駒込富士講社祠。

      20190317駒込富士神社19



こちらも境内社の曽我御霊社。

      20190317駒込富士神社20



小御嶽社。

      20190317駒込富士神社21



下浅間社。

      20190317駒込富士神社23



板碑。

      20190317駒込富士神社22



こちらが、社務所。

      20190317駒込富士神社24

普段は無人の神社。
社務所も閉まっています。



境内の御神木。

           20190317駒込富士神社25
      20190317駒込富士神社26
    20190317駒込富士神社27



境内では、地元の消防団(消防隊)が訓練をしていました。

      20190317駒込富士神社28



境内の端っこに設置された消防倉庫の脇に建つ碑。

      20190317駒込富士神社29



富士神社とその周辺の案内となっています。

      20190317駒込富士神社30




こちらが、駒込富士神社の御朱印。

      20190317駒込富士神社31

山開き(6月30日〜7月1日)の日にしか御朱印を拝受出来ないと思っていたら
富士神社で拝受出来るのが山開きの日であって、平素は本務社の駒込天祖神社で拝受出来ます。

はい、駒込天祖神社の社務所にて拝受いたしました。





2019/05/18 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............白山神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し
さらには、護国寺から白山方面へと足を伸ばし、
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


簸川神社をあとにして、向かって先は..................白山神社。


白山神社は、東京都文京区白山に鎮座する神社です。


古くは白山権現社と呼ばれた白山神社の創建は、天暦2年(948年)とされ、
加賀国の白山比咩神社から勧請を受けて、
武蔵国豊島郡本郷元町(現在の本郷1丁目)に創建されました。

元和年間(1615年〜1624年)に将軍徳川秀忠の命で巣鴨原に移りましたが
明暦元年(1655年)その地に館林藩主徳川綱吉(後の5代将軍)の屋敷が作られることになり、
現在地に遷座しました。その縁で綱吉とその母桂昌院の崇敬を受け、
以降、徳川将軍家から厚く信仰されました。



御祭神は、菊理姫命
伊弉諾命
伊弉冊命



社号標。

      20190317白山神社01



神社社頭の鳥居。

      20190317白山神社02



こちらも、鳥居なのか?

      20190317白山神社03



玉垣には、こんな看板。

      20190317白山神社20

やっぱり、都内の神社に びいすけ と一緒に来るのは難しい。




手水舎。

      20190317白山神社04

結ばれたおみくじが美観を損なう。
おみくじの結ぶ場所も考えモノ。


定番の龍の吐出口。

      20190317白山神社05



由緒書き。

      20190317白山神社06



こちらが、拝殿。

      20190317白山神社07



拝殿正面。

      20190317白山神社08


      20190317白山神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317白山神社10



別アングルからの拝殿。

      20190317白山神社11


      20190317白山神社12




そして、こちらが本殿。

      20190317白山神社23




拝殿前の狛犬。

      20190317白山神社13


      20190317白山神社14



拝殿前の天水桶。

      20190317白山神社15



白山神社の御神徳。

      20190317白山神社16



白山神社は東京十社の一つ。

      20190317白山神社17

東京十社とは、明治天皇が東京近郊の主だった神社を准勅祭社と定め、
東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社としたもので、当初は12社でした。
(日枝神社・根津神社・芝神明宮・神田神社・白山神社・亀戸神社・品川神社
・富岡八幡神社・王子神社・赤坂氷川神社・六所神社・鷲宮神社)

昭和50年、昭和天皇即位50年を奉祝して関係神社が協議を行い
日枝神社・根津神社・芝神明宮・神田神社・白山神社・亀戸神社・品川神社
・富岡八幡神社・王子神社・赤坂氷川神社の10社を東京十社としたそうです。




こちらは、境内社の関東松尾神社。

      20190317白山神社18

神酒造の神様として信仰されているそうです。


その由緒書き。

      20190317白山神社19





こちらも境内社。
八幡神社。

      20190317白山神社21



同じく境内社。

      20190317白山神社22


      20190317白山神社24


      20190317白山神社25



社務所脇には、稲荷大明神。

      20190317白山神社26


      20190317白山神社27




こちらは、南参道口(?)に建つ社号標。
拝殿正面になるから、本来はこちらが表参道になるのかな?

      20190317白山神社28

でも、こちらには鳥居が無いんだよなぁ。




敷地内には神輿庫も多い。

      20190317白山神社29


      20190317白山神社30


      20190317白山神社31


      20190317白山神社32



境内の『白旗桜』。

      20190317白山神社33



こちらは、『孫文の碑』。

      20190317白山神社34

かつて、孫文も白山に住んでいたそうです。



こちらが、社務所。
その一角は授与所となっています。

      20190317白山神社35



そして、こちらが白山神社の御朱印。

      20190317白山神社36

現在は、書置き対応のみと言うことです。
授与所にて拝受いたしました。
2019/05/17 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............簸川神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し
さらには、護国寺から白山方面へと足を伸ばし、
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


吹上稲荷神社をあとにして、向かった先は..................簸川神社。


簸川神社と書いて『ひかわじんじゃ』と読みます。


簸川神社は、東京都文京区千石に鎮座する神社です。


孝昭天皇3年(473年)の創建と伝えられ、
源義家が祈願をしたとも伝えられています。

江戸時代は氷川大明神と称し、別当・宗慶寺を有し、
江戸七氷川に数えられていたそうです。
明治に入ると、氷川神社へ改称しましたが、
大正時代に「氷川」は出雲国「簸川」に由来するという説から、
『簸川神社』と改められたそうです。


御祭神は、素盞嗚命(すさのおのみこと)
大己貴命(おおなむぢのみこと)
稲田姫命(いなだひめのみこと)


社号標。

      20190317簸川神社01


      20190317簸川神社02



参道の由緒書き。

      20190317簸川神社03



一の鳥居。

      20190317簸川神社04



石段脇には今が旬の菜の花。

      20190317簸川神社05



こちらは、二の鳥居。

      20190317簸川神社06



参道の狛犬。

      20190317簸川神社07


      20190317簸川神社08



手水舎。

      20190317簸川神社09



定番の龍の吐出口。

      20190317簸川神社10




こちらが、拝殿。

      20190317簸川神社11


      20190317簸川神社12



拝殿正面。

      20190317簸川神社13



別アングルからの拝殿。

      20190317簸川神社14


      20190317簸川神社15



そして、こちらが本殿。

      20190317簸川神社16



拝殿前の天水桶。

      20190317簸川神社17




境内社。
五社神社。

      20190317簸川神社18

地域の五社を祀っています。


こちらも境内社。
左が水神社、右が白宝稲荷神社。

      20190317簸川神社19




手前の幟建は、善仁寺門前町氏子によって奉納されたモノ。

      20190317簸川神社20

奥の碑は、東宮殿下御来臨碑。



神楽殿。

      20190317簸川神社21

ガラス張りで、お洒落。



こちらが、社務所。

      20190317簸川神社22



こちらが、簸川神社の御朱印。

      20190317簸川神社23

社務所にて拝受いたしました。




2019/05/17 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............吹上稲荷神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅から小石川、音羽方面へと足を伸ばし、
さらには護国寺方面へと向かいます。

腰掛稲荷神社をあとにして、向かった先は..................吹上稲荷神社。


吹上稲荷神社は、東京都文京区大塚に鎮座する神社です。

この辺りは池袋にも近いし、大塚っててっきり豊島区だと思っていたら
文京区にも大塚って地番があるんですね。
これが、また豊島区の大塚に近いからややこしい。


吹上稲荷神社は、元和8年(1622年)、江戸幕府二代将軍・徳川秀忠が
下野国日光山から賜った稲荷大神の御神体を、江戸城内の紅葉山吹上御殿内に奉斎し、
「東稲荷宮」と称したのが創祀であるとされています。

五代将軍・綱吉の頃、江戸城内から一橋外護持院ケ原に遷座し、
その後水戸徳川家の分家である松平大学頭家(守山松平家)が拝領し、邸内に遷されました。
さらには、宝暦元年(1751年)に石川山福寿院善仁寺に再遷座され、現社号に改称されました。
その後遷座を繰り返し、明治45年に現社地に鎮座しました。


御祭神は、保食之大神。



社号標。

      20190317吹上稲荷神社01



一の鳥居。

      20190317吹上稲荷神02



二の鳥居。

      20190317吹上稲荷神社03



二の鳥居に掲げられた神額。

      20190317吹上稲荷神社04



明治39年にたてらた碑。

      20190317吹上稲荷神社05

『皇威宣揚』と記されているけれど、
碑文はよく分からない。


由緒書き。

      20190317吹上稲荷神社06



稲荷神社って、赤い幟が多いけど
こちらは、紫色の幟。

      20190317吹上稲荷神社07



神使いの狐にも紫色の前掛け。

      20190317吹上稲荷神社08


      20190317吹上稲荷神社09



手水舎。

      20190317吹上稲荷神社10



定番の龍の吐出口。

      20190317吹上稲荷神社11



こちらが拝殿。

      20190317吹上稲荷神社12



拝殿正面。

      20190317吹上稲荷神社13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317吹上稲荷神社14



別アングルからの拝殿。

      20190317吹上稲荷神社15


      20190317吹上稲荷神社16



こちらは、境内社。

      20190317吹上稲荷神社17



社務所。

      20190317吹上稲荷神社18



こちらが、御朱印。

      20190317吹上稲荷神社19


社務所にて拝受いたしました。

2019/05/16 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............腰掛稲荷神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅から小石川、音羽方面へと足を伸ばし
御朱印拝受の神社巡りとなります。


正八幡神社をあとにして、向かった先は..................腰掛稲荷神社。



腰掛稲荷神社は、東京都文京区目白台に鎮座する神社です。


徳川家康が鷹狩りの折、この地にあった榎の切株に腰掛けて休憩したとされ、
これに敬意を表して切株のそばに祠を創建し、
腰掛稲荷と称されるようになったとされています。

しかしながら、諸説が有って、徳川家康とされていますが
徳川家光とされる説もあり、その真偽は定かではないそうです。


御祭神は、豊受姫命。


社号標。

      20190317腰巻稲荷神社01



神社社頭。

      20190317腰巻稲荷神社02



手水舎。

      20190317腰巻稲荷神社03


社殿。

      20190317腰巻稲荷神社04



社殿に掲げられた扁額。

      20190317腰巻稲荷神社05



別アングルからの社殿。

      20190317腰巻稲荷神社06


      20190317腰巻稲荷神社07



社殿正面に飾られた提灯。

      20190317腰巻稲荷神社08


由緒書き。

      20190317腰巻稲荷神社10




社殿背後には、『菊花石』。

      20190317腰巻稲荷神社09


      
割った切面に菊花状の模様が現われる石で
崇敬者より奉納されたモノらしい。

      20190317腰巻稲荷神社11



こちらの御神木も数ヶ月前に枝を切り落としてしまったらしい。

      20190317腰巻稲荷神社12
         20190317腰巻稲荷神社13

さほど敷地も広くなく、ほとんどが駐車場のように感じられる。
まさに都心の神社と言った雰囲気。



境外社。

      20190317腰巻稲荷神社14


      20190317腰巻稲荷神社15



こちらか、社務所。

      20190317腰巻稲荷神社16



そして、腰掛稲荷神社の御朱印。

      20190317腰巻稲荷神社17


社務所にて拝受いたしました。


2019/05/16 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............正八幡宮 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅から小石川、音羽方面へと足を伸ばし
御朱印拝受の神社巡りとなります。


今宮神社をあとにして、向かった先は..................正八幡神社。


正八幡神社は、東京都文京区関口に鎮座する神社です。


創建は、慶長11年(1611年)頃とされ、関口水道町の鎮守で、
竜泉山洞雲寺(現・豊島区池袋3-5-30)が別当寺であったそうです。
当初は、『関口八幡宮』と称され、『上の宮』とも称されていました。
それに対して、目白台の水神社の相殿に祀られた椿山八幡宮を
『下の宮』と称していたそうです。


御祭神は、品陀和気尊。



社号標。

      20190317正八幡神社01



神社社頭の鳥居。

      20190317正八幡神社02



手水舎。

      20190317正八幡神社03



こちらが、拝殿。

      20190317正八幡神社04



拝殿正面。

      20190317正八幡神社05



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317正八幡神社06



別アングルからの拝殿。

      20190317正八幡神社07


      20190317正八幡神社08



そして、こちらが本殿。

      20190317正八幡神社09



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190317正八幡神社10



拝殿前の天水桶。

      20190317正八幡神社11



拝殿前の狛犬。

      20190317正八幡神社12


      20190317正八幡神社13



拝殿前には、由緒書き。

      20190317正八幡神社14



さほど広くはない境内だけど、社殿は壮大さを感じさせる。

      20190317正八幡神社15
  20190317正八幡神社16



こちらが、社務所。

      20190317正八幡神社17



そして、こちらが正八幡神社の御朱印。

      20190317正八幡神社18


社務所にて拝受いたしました。




2019/05/15 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............今宮神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区の神社巡り。

水道橋駅から、小石川、音羽方面へと向かいます。

向かった先は..................今宮神社。


今宮神社は、東京都文京区音羽に鎮座する神社です。

五代将軍・徳川綱吉の生母、桂昌院の発願によって護国寺が建立された際、
同所に京都柴野・今宮神社より御分霊が勧請され鎮座したそうです。
「今宮五社」「五社今宮」とも称され、「五社」は伊勢神宮・今宮神社・春日大社
・岩清水八幡神社・熊野大社を表すそうです。

明治元年の神仏分離令により、幕府の祈願寺で檀家を持たなかった護国寺が
規模の縮小を余儀なくされるなどの影響もあり、
明治6年に田中八幡神社の鎮座地であった現在地に遷座しました。
そのこ、田中八幡神社は、氷川神社と合祀され小日向神社となり
この地には今宮神社が鎮座することになりました。


御祭神は、天照大御神(皇大神宮)
素盞嗚尊(今宮神社・熊野大社)
伊弉冉尊(熊野大社)
誉田別尊(石清水八幡神社)
天児屋根尊(春日大社)
大国主命(今宮神社)
事代主命(今宮神社)
速玉大神(熊野大社)
大宮比売命(春日大社)
少毘古那命
猿田彦命
菅原道真 となっています。



神社社頭。

      20190317今宮神社01



鳥居。

      20190317今宮神社02



手水舎。

      20190317今宮神社03



手水鉢。

      20190317今宮神社04



拝殿前の狛犬。

      20190317今宮神社05


      20190317今宮神社06



拝殿正面。

      20190317今宮神社07



拝殿正面に飾られた扁額。

      20190317今宮神社08



別アングルからの拝殿。

      20190317今宮神社09


      20190317今宮神社10



そして、こちらが本殿。

      20190317今宮神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190317今宮神社12



拝殿前の天水桶。

      20190317今宮神社13



境内社。

      20190317今宮神社14



神輿庫。

      20190317今宮神社15


      20190317今宮神社16



授与所には、こんな貼り紙が貼られていました。

      20190317今宮神社17


以前は、御朱印の対応をされていたようですが
現在は、諸般の事情により御朱印対応はされていないようです。

残念ですね。


2019/05/15 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............黒田小学校跡 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈を散歩していました。

文京区小日向の小日向神社のすぐ近くで
こんな説明板(案内板)を目にしました。

      20190317黒田小学校跡07


黒田小学校跡?
文京区立第五中学校跡 ?


偶然にも、学校跡に遭遇したようです。


黒田小学校は、

明治11年第4中学区26番公立小学「黒田学校」として、この地に創立されました。

当時、水道端2丁目(現水道2丁目)に居住していた黒田長知(旧福岡藩主)が
明治維新の功労による政府賜米2000石を東京府に献納して、
小日向地区への学校設立を請願したそうです。
東京府はその篤志を伝えるため、校名を黒田学校としました。

 当初の校舎は、南北2棟の木造で8教室であり、
黒田家ゆかりの藤の花を校章とし、
質実剛健を校訓とした黒田小学校は、各界に多くの卒業生を送りだしました。
その卒業生には、永井荷風(小説家)、黒澤明(映画監督)などがいるそうです。
 
昭和20年、空襲で校舎は内部が全焼し、
翌年(昭和21年)3月31日をもって黒田小学校は廃校になりました。


一方、文京区立第五中学校は、昭和22年4月に六三制による区立中学校の一つとして、
文京区立小日向台町小学校内に設置されました。
旧黒田小学校の校舎は、戦災者の集団住宅となっていましたが、
昭和24年から内部の改修が行われると同時に生徒の移転が始まり、
翌年(昭和25年)には全生徒が移り、独立校舎となりました。

しかしながら、平成21年に生徒数の減少により第五中学校は第七中学校と統合し、
文京区立音羽中学校となり、第五中学校は廃校となったそうです。




小日向神社のすぐ下の敷地が、実は黒田小学校跡。
坂道を下ってきたけど、そんな雰囲気はありませんでした。

      20190317黒田小学校跡01





現在、跡地は『文京総合福祉センター』になっています。

      20190317黒田小学校跡02


      20190317黒田小学校跡03


校庭も改変され、新たな建物も建てられているようです。

      20190317黒田小学校跡04



現在は、文京区小日向と言うか地番ですが
以前は、『小日向水道町』と呼ばれていたようです。

      20190317黒田小学校跡05


確かに、小日向神社に隣接するように第五中学校が在ったようです。

      20190317黒田小学校跡11





坂を下ってくると、こんな感じ。

      20190317黒田小学校跡06

確かに、このアングルからだと学校跡に見えなくもない。



その坂は、『服部坂』と言うらしい。

      20190317黒田小学校跡12



歩道に面するように建つ碑。

      20190317黒田小学校跡08



そこには、黒田小学校の縁起が記されています。

      20190317黒田小学校跡09



校舎のようにも見える建物は、新たに建てられたもののようにも見える。

      20190317黒田小学校跡10

学校の校舎にしては、ちょっと斬新な外観。





さらに、こんな説明板も建っています。

      20190317黒田小学校跡13

神田上水の旧・白堀跡と記されています。



航空写真によれば、旧校舎の前に白堀が在ったようです

      20190317黒田小学校跡14


      20190317黒田小学校跡15


今は白堀も埋め戻され、歩道と建物の一部となっているようです。

      20190317黒田小学校跡16


      20190317黒田小学校跡17

 
かつての神田上水の白堀の脇に小学校が創設され
戦火により校舎は崩壊して廃校となり、
終戦後、その跡地には中学校が建てられた。

幾歳の月日が流れ、やがて少子化が進む中、中学校も廃校となり
新たに建設される福祉センターの建設工事で白堀も埋められてしまった。

この地は、色々な歴史を背負ってきたんですね..................。



     

2019/05/14 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............小日向神社 (2019年3月17日)(東京都文教区) 

3月17日

この日は、都内・文京区の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

小石川諏訪神社をあとにして、向かった先は..................小日向神社。


小日向神社は、東京都文京区小日向に鎮座する神社です。


小日向神社は、明治2年(1869年)9月に氷川神社と八幡神社が合祀されて
小日向神社と称するようになりました。

氷川神社は、天慶3年(940年)、常陸国国司であった平貞盛が当地を平定し、
その奉賛として、曹洞宗日輪寺の蓮華山に創建された後、
太田道灌により再興され、小日向の鎮守として栄えました。
また、八幡神社は貞観3年(860年)の創建とされ、当初は「田中八幡」と称していて、
古くからこの地域の氏神さまとして里人に親しまれていました。


御祭神は、誉田別命(誉田天皇)(ほんだわけのみこと)
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)



神社社頭の鳥居。

      20190317小日向神社01



鳥居の脇には、由緒書き。

      20190317小日向神社02



参道の手水舎。

      20190317小日向神社03



こちらが、拝殿。

      20190317小日向神社04



拝殿正面。

      20190317小日向神社05



拝殿向拝。

      20190317小日向神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317小日向神社06



別アングルからの拝殿。

      20190317小日向神社08



そして、こちらが本殿。

      20190317小日向神社12


別アングルから、もう一枚。

      20190317小日向神社13



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190317小日向神社09



拝殿前の狛犬。

      20190317小日向神社10


      20190317小日向神社11




境内社。     

      20190317小日向神社14



境内の御神木。

      20190317小日向神社15



こちらは、神輿庫。

      20190317小日向神社16


      20190317小日向神社17



社務所と授与所。

      20190317小日向神社18



そしてこちらが、小日向神社の御朱印。

      20190317小日向神社19

授与所にて、拝受いたしました。





2019/05/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............小石川諏訪神社 (2019年3月17日)(東京都文教区) 

3月17日

この日は、都内・文京区の散歩。
御朱印拝受の神社巡りとなりました。


牛天神北野神社をあとにして、向かった先は.........小石川諏訪神社。


小石川諏訪神社は、東京都文京区後楽に鎮座する神社です。

実は、小石川諏訪神社に訪れるのも、これで2回目。
(前回の訪問記事は こちら )。
その時は、本務社の牛天神北野神社の宮司さんが不在だったため
御朱印が拝受出来ませんでしたが、
今回は事前に権禰宜さんに確認をしてからの訪問となります。



社号標。

      20190317諏訪神社01
      



神社社頭。

      20190317諏訪神社02



鳥居。

      20190317諏訪神社03



こちらが、拝殿。

      20190317諏訪神社04



拝殿正面。

      20190317諏訪神社05


別アングルからの拝殿。

      20190317諏訪神社06



そして、こちらが本殿。

      20190317諏訪神社07



参拝をしていないのに、御朱印を頂くことは
個人的なルールにも反するので、改めての参拝です。



そして、こちらが御朱印。

      20190317諏訪神社08


本務社の牛天神北野神社にて拝受しました。





2019/05/13 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............牛天神北野神社 (2019年3月17日)(東京都文教区) 

3月17日

この日は、都内の文京区に出かけました。


JR水道橋橋駅から春日方面へ歩き、二ヶ所ほど立ち寄りながら
向かった先は..................牛天神 北野神社。


牛天神 北野神社は、東京都文京区春日に鎮座する神社です。


創建は1184(元暦元)年とされ、元は金杉天神と号した。

寿永元年(1182年)、当地を訪れた源頼朝の夢に牛に乗った菅神(菅原道真)が現われ、
頼朝に二つの幸事が起きることと、成就の暁には必ず社を造営して報いるよう告げだそうです。
眠りから覚めた頼朝の傍らには、菅神が載っていた牛によく似た形の岩石があったそうです。
これを牛石と呼んだそうです。
その年、頼朝と北条政子の間に嫡男・頼家が誕生します。
寿永2年(1183年)には、宿敵・平家が都落ちし、
頼朝は東国支配権を朝廷より認められます。
これにより、頼朝は当地に大宰府天満宮の御分霊を勧請・神領等を寄進し、
牛石を御神体として創建されたと言われています。


御祭は、菅原道真公。



春日通り沿いに立つ幟。

      20190317北野神社01



春日通りから奥まった場所に建つ社号標。

      20190317北野神社02



神社社頭。

      20190317北野神社03


鳥居。

      20190317北野神社04



玉垣に吊るされた提灯。

      20190317北野神社05



由緒書き。

      20190317北野神社18



手水舎。

      20190317北野神社19



こちらが拝殿。

      20190317北野神社06



拝殿正面。

      20190317北野神社07


      20190317北野神社08


      20190317北野神社10




拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317北野神社09



別アングルからの拝殿。

      20190317北野神社11


      20190317北野神社12



そして、こちらが本殿。

      20190317北野神社13



拝殿前には撫で牛。

      20190317北野神社14


      20190317北野神社15



そして、狛犬。

      20190317北野神社17


      20190317北野神社29
     


こちらは、境内社。     
太田神社と高木神社。

      20190317北野神社21



太田神社・高木神社の合祀殿。

      20190317北野神社24



その扁額。

      20190317北野神社25



太田神社の由緒書き。

      20190317北野神社22



高木神社の由緒書き。

      20190317北野神社31




こちらは、庚申塔の類いでしょうか?

      20190317北野神社26

下部に三匹の猿が居ます。



境内の一角には歌碑も置かれています。

      20190317北野神社23


      20190317北野神社27


      20190317北野神社28




こちらは、「おみくじ結び所」。

      20190317北野神社30

天神様の神使いである牛の形をしています。



      20190317北野神社34




境内の御神木。

      20190317北野神社32
      20190317北野神社33




授与所

      20190317北野神社35

御朱印はこちらで拝受できます。



こちらが御朱印。

牛天神北野神社。

      20190317北野神社36


高木神社。

      20190317北野神社37


太田神社。

      20190317北野神社38



牛天神北野神社は、東都七天神の内の一社とされ
亀戸天神社(江東区)
湯島天満宮(文京区)
平河天満宮(千代田区)
牛天神北野神社(文京区)
西向天神社(新宿)
五條天神社(台東区)
関屋天満宮(足立区)(氷川神社境内社) の7社。

これで、5社を参拝したことになり、
残すは亀戸天満宮と西向天神社の2社。

いずれも近い内に参拝することにいたしましょう。




2019/05/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・関東の富士見100景.............文京シビックセンター (2019年3月17日)(東京都文教区) 

3月17日

この日は、都内の文京区に出かけました。

当初の予定では、水道橋駅から春日方面へと向かいます。


出世稲荷神社から、本務社の牛天神北野神社へと向かう途中
目の前に大きなビルが現れました。

      20190317文京シビックセンター01



文京シビックセンターです。

       20190317文京シビックセンター02
      20190317文京シビックセンター03

確か、文京区の市役所のビルだったはす。


そういえば、25階が展望ラウンジとして公開されていて
その展望ラウンジが『関東の富士見百景』だったはず。


ちょっぴり、覗いてみましょう。

      20190317文京シビックセンター04



高速エレベーターで一気に25階まで昇ります。



25階の展望ラウンジ。

      20190317文京シビックセンター05



日曜日だけど、朝も早いから人はあまり居ない。

      20190317文京シビックセンター06


      20190317文京シビックセンター07


      20190317文京シビックセンター08


展望ラウンジからのスカイツリー。

      20190317文京シビックセンター09



こちらは、東京タワー。

      20190317文京シビックセンター10

ちょうど、手前のビルが工事中。
ビルの屋上のクレーンが東京タワーを隠してしまってます。



窓際に飾られた展望写真。

      20190317文京シビックセンター11



ちょうど、この方角に富士山が見えるそうです。

      20190317文京シビックセンター12



晴れているけど、見えない?

      20190317文京シビックセンター13



ぐっと、望遠レンズでズームアップ。

      20190317文京シビックセンター14


      20190317文京シビックセンター15


      20190317文京シビックセンター16


      20190317文京シビックセンター17

やっぱり、見えませんねぇ。


春先は霞で遮られてしまうのか?
雲が無い快晴のようなんですが..................

やっぱり、冬場でないと駄目なのかな?



展望ラウンジで見つけました。

      20190317文京シビックセンター18



『関東の富士見百景』のプレートです。

      20190317文京シビックセンター19

『関東の富士見百景』に訪れる目的は、やっぱり富士山の眺望が最重点なんだけど
どうも富士山とは相性が悪いようで、なかなか富士山の眺望に巡り逢えません。

せめて、『関東の富士見百景』のプレートだけでも
この目で見てみたい。

ある意味、目的が達成です。


2019/05/12 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............出世稲荷神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内の文京区界隈に出かけました。

中央・総武線(黄色い電車)の水道橋駅から、山手線の巣鴨辺りまで
都内の散歩と洒落込みましょう。

先日の健康診断で、『太り過ぎです。1年間で10kg痩せましょう!』と
担当医に言われましたが、今さらこの歳で激しい運動をするも出来ないし..................

長い距離を歩いての散歩。
趣味と実益を兼ねて、都内を散歩いたしましょう。
本当は、 びいすけ を連れての散歩がベストなんだけど
流石に都内には連れていけないから、今日も留守番してもらいます。



水道橋駅から、東京ドーム方面に足を向けて
向かった先は..................出世稲荷神社。


出世稲荷神社は、東京都文京区本郷に鎮座する神社です。


寛永7年(1630年)の創建とされ、当時は野原だった当地を
春日局は屋敷地として幕府より拝領し、御付の下男30人の居住地としました。
その際に鎮守として当社が勧請・奉斎されたのが始まりとされています。
当地一帯は古くは「春日殿町」と呼ばれ、江戸城大奥の礎を築き、
幕府内で老中をも上回る権力を握るに至った春日局の出世にあやかって
『出世稲荷』と称されるようになり、崇敬されたという事です。


御祭神は、宇迦御魂命、




白山通りから、ちょっと入った所に鎮座する出世稲荷神社。

神社社頭。

      20190317出世稲荷01



社号標。

      20190317出世稲荷15



由緒書き。

      20190317出世稲荷02



旧・町名の説明板。

      20190317出世稲荷03



鳥居。

      20190317出世稲荷04



鳥居に掲げられた神額。

      20190317出世稲荷05




拝殿。

      20190317出世稲荷06


拝殿正面。

      20190317出世稲荷07


      20190317出世稲荷08



別アングルからの拝殿。

      20190317出世稲荷09


      20190317出世稲荷10



そして、こちらが本殿。

      20190317出世稲荷11



境内の一部は児童公園。

      20190317出世稲荷12



都会のビルの谷間に鎮座する出世稲荷神社。

      20190317出世稲荷13
    20190317出世稲荷14


      
こちらか、出世稲荷神社の御朱印。

      20190317出世稲荷16

本務社の牛天神北野神社にて拝受いたしました。

宮司さんか権禰宜さんがいらっしゃる時にしか
兼務社の御朱印は書かないそうです。

事前にこの日は、御二方がいらっしゃるのを確認していたから
何とか頂く事が出来ました。



2019/05/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩散歩・御朱印巡り.................櫻木神社 (2019年2月22日)(東京都文京区) 

2月22日    

この日の午前中は健康診断の再検査。
再検査が終わったあとは、都内散歩と洒落込みます。
御朱印拝受の散歩といたしましょう。

市ヶ谷からの都内散歩は続きます。
市ヶ谷から神楽坂まて歩き、さらに先を進み
文京区の小石川までやって来ました。
そして、さらに先へと向かいます。


小石川大神宮をあとにして、向かった先は...........櫻木神社。


櫻木神社は、東京都文京区本郷に鎮座する神社です。


櫻木神社は東京都文京区本郷に鎮座する神社です。


文明年間(1469年~1487年)、太田道灌による江戸築城の際、
京都北野天満宮より同城内に勧請し、創建されたと伝えられています。
江戸時代に入り、二代将軍徳川秀忠の時代に、
湯島台坂上の旧櫻馬場(現・東京医科歯科大学、同大病院付近)に遷座しました。

さらには、元禄3年(1690年)、五代将軍徳川綱吉が
同所に湯島聖堂を中心とする昌平坂学問所を設立するにあたり、
元禄4年(1691年)、現在地である本郷の富元山真光寺境内に再遷座しました。


実は、1月8日に(この時も健康診断の帰りでした)立ち寄りましたが
その時は社務所が不在で、御朱印を頂けませんでした。
いわゆる御朱印の空振り神社。(その時の記事は こちら )

リターンマッチの参拝です。


社号標。

      20190222櫻木神社01


神社社頭の鳥居。

      20190222櫻木神社02



手水舎。

      20190222櫻木神社03



定番の龍の吐出口。

      20190222櫻木神社04



こちらが、拝殿。

      20190222櫻木神社05



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190222櫻木神社07



別アングルからの拝殿。

      20190222櫻木神社


      20190222櫻木神社09



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190222櫻木神社10



拝殿正面に置かれた天水桶。

      20190222櫻木神社11



こちらが社務所。
(どうやら自宅兼務のようです。)

      20190222櫻木神社12

本日は、神職さんがご在宅。


御朱印も墨書きしていただきました。

      20190222櫻木神社13


この後、春日通りを上野駅に向けて歩いて行きました。
この日は、かなり歩きました。
中央総武線の市ヶ谷駅から、京成本線上野駅まで歩きました。

疲れたぁ..................。





2019/04/15 Mon. 15:15 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩散歩・御朱印巡り.................小石川大神宮 (2019年2月22日)(東京都文京区) 

2月22日

この日の午前中は健康診断の再検査。
再検査が終わったあとは、都内散歩と洒落込みます。
御朱印拝受の散歩といたしましょう。

市ヶ谷からの都内散歩は続きます。
市ヶ谷から神楽坂まて歩き、さらに先を進み
文京区の小石川までやって来ました。

小石川諏訪神社をあとにして、向かった先は...........小石川大神宮。


小石川大神宮は、東京都文京区小石川に鎮座する神社です。

昭和41年(1966年)に創建され、
伊勢神宮より皇大神宮特別神璽を奉戴し、
鎮座祭を執り行ったそうです。
伊勢神宮の分神たる正統な社格と由緒をもち、
東京における伊勢神宮の遥宮として位置づけられているそうです。


御祭神は、天照大神。



実は、この小石川大神宮に辿り着くまでに結構回り道をしちゃいました。
と言うのも、春日通りから入った路地の右側にあるビル(佐々木ビル)の中に
鎮座していたらしいのですが、何とそのビルが解体して、建て替え工事中。
そうとは知らず、それらしきビルを探して、あさっての方向へと足を向けていました。

もっと早く、この立て看板に気付けば良かった。

      20190222小石川大神宮01



工事中のビルの向かいの敷地内に仮宮が建てられていました。

      20190222小石川大神宮02


由緒書き。

      20190222小石川大神宮05



小石川大神宮の遷宮についての説明板。

      20190222小石川大神宮03



こちらは、旧・鎮座地にも掲げられていた伊勢神宮の「宇治橋」の絵。

      20190222小石川大神宮04

小石川大神宮の創設者である佐佐木勝造氏は、
伊勢神宮の宇治橋を建て替える際の費用の半分を
奉納したとされています。


そして、こちらが佐佐木勝造氏の像。

      20190222小石川大神宮08



こちらが、小石川大神宮の仮宮。

      20190222小石川大神宮06



別アングルから。

      20190222小石川大神宮07




仮宮の奥に仮社務所があり、御朱印はそちらで拝受出来ます。

      20190222小石川大神宮09


こちらが、小石川大神宮の御朱印。

      20190222小石川大神宮10

一応、時期的なものではあるけれど
仮宮遷座記念の限定御朱印と言うことです。

2018年10月よりビル建て替えのための解体工事は始まっていますから
正式に遷座されるのはまだまだ先でしょうね。





2019/04/15 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩散歩.................小石川諏訪神社 (2019年2月22日)(東京都文京区 

2月22日 

この日の午前中は健康診断の再検査。
再検査が終わったあとは、都内散歩と洒落込みます。
御朱印拝受の散歩といたしましょう。

市ヶ谷からの都内散歩は続きます。
市ヶ谷から神楽坂まて歩き、さらに先を進み
文京区の小石川を目指します。

天神町北野神社をあとにして、向かった先は...........小石川諏訪神社。



小石川諏訪神社は、東京都文京区後楽に鎮座する神社です。

「室町時代の明徳元年(1390年)に牛天神別当『龍門寺』の住職であった乗観法印が
信州諏訪大社より勧請、創建したとされています。


御祭神は、健御名方命、八坂刀売命。



社号標。

      20190222小石川諏訪神社01



狭い参道の先に鳥居が見えます。

      20190222小石川諏訪神社02



参道には、旧・町名の案内板。

      20190222小石川諏訪神社03

この辺りは、かつては諏訪町と呼ばれていたようです。



鳥居。

      20190222小石川諏訪神社04



手水舎。

      20190222小石川諏訪神社05



由緒書き。

      20190222小石川諏訪神社06



こちらが、拝殿。

      20190222小石川諏訪神社07



拝殿正面。

      20190222小石川諏訪神社08



別アングルからの拝殿。

      20190222小石川諏訪神社09


      20190222小石川諏訪神社10



そして、こちらが本殿。

      20190222小石川諏訪神社11


拝殿前の狛犬。

      20190222小石川諏訪神社15


      20190222小石川諏訪神社16



境内社の『思の森稲荷神社』。

      20190222小石川諏訪神社12


      20190222小石川諏訪神社13


      20190222小石川諏訪神社14
     


神楽殿。

      20190222小石川諏訪神社17


境内の顕彰碑。

      20190222小石川諏訪神社18



こちらが社務所。

      20190222小石川諏訪神社19

普段は無人の神社のようです。


御朱印は本務社の牛天神北野神社にて拝受出来るそうですが
宮司さんが居る時しか対応出来ないそうです。
牛天神北野神社にも足を向けてみましたが、宮司さんが不在と言う事で
あっさりと断られました。
どうやら、書き置き対応もされていないようで、残念でした。



2019/04/14 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩......................巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社. (2019年2月3日)(東京都文京区区) 

2月3日

遅番勤務のこの日。
いつもの早番勤務より早く家を出て、巣鴨に向かいました。
しかしながら、早く着きすぎてしまったため、時間調整も兼ねて
巣鴨駅近くにある神社へと向かいました。


巣鴨猿田彦大神庚申堂から、巣鴨とげぬき地蔵通りを歩き、
向かった先は..............................巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社、


巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社は、東京都文京区千石に鎮座する神社です。


貞享5年(1688年)、巣鴨村民・所左衛門の勧請により創建された稲荷社です。
元禄9年(1696年)、日蓮宗霊感院が別当となりました。
一時荒廃した時期もあったようですが、嘉永2年(1849年)に霊感院大僧正が
「慈悲の手の内」なる文書を誌し、子育稲荷大明神と改称し、社殿の再建などを行いました。

明治の神仏分離により、霊感院と分離し、霊感院は廃寺となりました。
そして先の大戦の空襲で社殿をはじめ一切が灰燼に帰してしまいました。
昭和24年、豊島区・鬼子母神近くに住む武藤某氏の夢枕に白髪の老翁が立ち
「東方に稲荷大神坐す、住する社なし、汝速やかに建立せよ」と言われたそうです。
武藤某氏は驚きつつも、当地を探し当て私財を投じて仮社を造営したと言うことです。



御祭神は、保食神命・日本武尊命。


神社社頭。

      20190203巣鴨大鳥神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20190203巣鴨大鳥神社02



こちらが、拝殿。

      20190203巣鴨大鳥神社03



拝殿正面。

      20190203巣鴨大鳥神社04



別アングルからの拝殿。

      20190203巣鴨大鳥神社05



境内社と呼んでよいのか?
こちらが、子育稲荷神社。

      20190203巣鴨大鳥神社06



手水舎。

      20190203巣鴨大鳥神社07


子育稲荷神社の社殿。

      20190203巣鴨大鳥神社08



神使いの狐(神狐)。

      20190203巣鴨大鳥神社09


      20190203巣鴨大鳥神社10



こちらが、社務所。

      20190203巣鴨大鳥神社11

御朱印は、こちらで拝受出来るとの事ですが
この日は不在。
どうやら、前日の2月2日に節分祭が行われたようで
それで神職さんは、この日は休養日になったのだろうか?

まあ、こう言うこともあるでしょう。
コレも縁だと思って次回に期待いたしましょう。





2019/03/30 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..............《 妻恋神社 》 (2019年1月8日)(東京都文京区) 

1月8日

この日は、健康診断で都内に出かけました。

午前中に御茶ノ水の指定医療機関で健康診断を終え、
午後からは都内の神社巡り。
御朱印巡りの都内散歩です。


櫻木神社をあとにして、向かった先は............妻恋神社。


妻恋神社は、東京都文京区湯島に鎮座する神社です。


創建年代は不明ですが、日本武尊が東征の折に、
走水の海(現在の三浦半島)から房総へと船で渡る際、
大暴風雨に遭い船が沈みそうになりました。
日本武尊の妃である弟橘姫命は、このときに海に身を投げて海神を鎮め、
日本武尊の一行を救ったとされています。
その後、日本武尊が湯島の地に滞在した際に、妃を恋い慕う姿を哀れんだ郷民が、
二人を祀ったのが始まりとされています。
また、日本武尊が亡き妃のことを、「吾妻者耶(あづまはや)」と恋い慕ったことから、
「妻恋明神」と称されるようになったそうです。
その後、稲荷明神(倉稲魂命)が合祀されたそうです。

江戸時代には「妻恋稲荷」と呼ばれ、「関東総司稲荷神社」「稲荷関東惣社」と名乗り、
王子稲荷神社と並んで参詣人が多かったそうです。
また、日本七社(日本七稲荷)の一つに数えられるそうです。




御祭神は、倉稲魂命、日本武尊、弟橘姫命。



こちらが、社号標。

      20190108妻恋神社01


社頭の鳥居。

      20190108妻恋神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20190108妻恋神社03



鳥居に掲げられた提灯。

      20190108妻恋神社04



鳥居脇には妻恋神社の説明板。

      20190108妻恋神社05


手水舎。

      20190108妻恋神社12



こちらが、拝殿。

      20190108妻恋神社06


拝殿正面。

      20190108妻恋神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190108妻恋神社08


拝殿側面の奉納額。

      20190108妻恋神社09


そして、こちらが本殿。

      20190108妻恋神社10



境内社の妻恋稲荷。

      20190108妻恋神社11


     
社殿の隣。
2階が神楽殿、1階が社務所のようです。

      20190108妻恋神社13



残念ながら、社務所は閉ざされています。

      20190108妻恋神社14

どうやら、普段は無人で、祭事のときにしか社務所は開かないようです。



御朱印目当てで参拝に訪れる人も多いのでしょう。
社務所にはこんな貼り紙が....................

      20190108妻恋神社16


さらには、こんな案内も。

      20190108妻恋神社15


      
確かに、郵送とは確実な方法ですが、何か通信販売みたい。
どうしようかな?

3月の例祭の時に再チャレンジしようかな?




2019/03/11 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit