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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り..................鷲神社 (2018年7月15日)(千葉県我孫子市) 

7月15日

この日は、我孫子市に出かけました。

以前、ネットで我孫子市の鷲神社についての記事を見ました。
昨年の酉の市の日に、鷲神社にて御朱印を拝受していたらしい。
今年もそれがあるのか?
色々と調べていたら、どうやら同じ市内の竹内神社が本務社のようです。
問い合わせをしてみたら、7月15日が鷲神社の祭礼だから
この日ならば、御朱印の拝受は可能だと言われました。
ならば、『午前中に必ずお邪魔いたします。』
宮司さんに、そう約束をしておりました。

と言うことで、向かった先は...............鷲神社。


鷲神社は、我孫子市久寺家に鎮座する神社です。

鎮座している地名から、久寺家鷲神社とも呼ばれているようです。

久寺家鷲神社は創建時期は不詳ですが、
平将門の家臣である久寺家豊後大炊左馬助が勧請したと伝えられています。
創建時は明神社と称していたそうです。
大正3年に、下居村附の香取社・上居村附の八坂社・神立台の雷社を合紀し、
山神・水神・久寺家祖神・石尊大権現・大杉大明神・天満天神・今宮社を遷座したと言われています。

御祭神は、天日鷲神。



こちらが、鷲神社入口の碑。

      20180715鷲神社01

まあ、見た感じは社号標のようなモノですね。


こちらが、鷲神社の社号標。

      0180715鷲神社02


参道口には、神社幟。

      0180715鷲神社03

これを見ると、祭礼だなと改めて感じます。
ちなみに、神を迎える招代というらしい。


参道口には、奉納記念の碑。

      0180715鷲神社04



では、祭礼の邪魔にならないように参拝いたしましょう。

      0180715鷲神社05



鳥居。

      0180715鷲神社06



鳥居に掲げられた神額。

      0180715鷲神社07



参道の手水舎。

      0180715鷲神社08



参道の先に社殿が見えます。

      0180715鷲神社09


参道(拝殿前)の狛犬。

      0180715鷲神社16


      0180715鷲神社17



こちらが、拝殿。

      0180715鷲神社10



拝殿正面。

      0180715鷲神社11

拝殿前には奉納御神酒が置かれています。


      0180715鷲神社12



鷲神社の提灯。

      0180715鷲神社13



拝殿前には、鷲。

      0180715鷲神社14


      0180715鷲神社15

狛犬もあるけれど、境内に神の使いとして鷲が置かれるのも珍しい。



こちらが、本殿。
      
      0180715鷲神社18



境内社。

      0180715鷲神社19


      0180715鷲神社20


      0180715鷲神社21


      0180715鷲神社22


      0180715鷲神社23


      0180715鷲神社24


      0180715鷲神社25


      0180715鷲神社26



拝殿脇に置かれていた神輿。

      0180715鷲神社27



午後から威勢の良い掛け声で担ぎながら
町内を練り歩くのでしょうか?

      0180715鷲神社28



こちらが、社務所。

      0180715鷲神社29

普段は無人ですが、この日は祭礼のため
氏子さんの幹部の方々が中にいました。

声をかけて掛けると、宮司さんは居ませんでしたが
『預かっているよ! 』と書き置きの御朱印を渡してくれました。


こちらが、鷲神社の御朱印。

      0180715鷲神社30

なかなか貴重な御朱印。
ご配慮いただいた関係者の皆様、ありがとうございました。




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2018/09/06 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............我孫子香取神社 (2018年6月2日)(千葉県我孫子市) 

6月2日

6月の第1土曜日。

この日は、我孫子市に向かいました。


目的は、我孫子駅近くの我孫子香取神社の参拝。



我孫子香取神社は、我孫子市緑に鎮座する神社です。


創建は不詳ですが、我孫子宿の鎮守の一つとして、
江戸時代の享保年間(1716~1735年)に創建されたと伝わります。
幕末期には我孫子村の鎮守だったそうです。
境内には周辺で祀られていた多くの石祠や庚申塔なども合わせ祀られていて、
江戸時代の神仏習合の名残りと思われます。

御祭神は、経津主命。


実は、毎月第1土曜日に限り、
御朱印が拝受できると知りやって来ました。



我孫子香取神社の参道口。

      20180602我孫子香取神社01



表参道口には社号標は無いみたいです。

      20180602我孫子香取神社02



こちらが、鳥居。

      20180602我孫子香取神社03



鳥居前の狛犬。

      20180602我孫子香取神社04


大小3対の狛犬が鎮座しています。

      20180602我孫子香取神社05



手水鉢。

      20180602我孫子香取神社06



こちらが、拝殿。

      20180602我孫子香取神社07



拝殿正面。

      20180602我孫子香取神社08



拝殿正面の扁額。

      20180602我孫子香取神社09



拝殿前の天水桶。

      20180602我孫子香取神社10



別アングルからの拝殿。

      20180602我孫子香取神社11



こちらが本殿。

      20180602我孫子香取神社12



本殿の裏手には社号標。

      20180602我孫子香取神社13

鳥居はないけれど、こちらが裏参道なのでしょう。



境内社。

      20180602我孫子香取神社14


      20180602我孫子香取神社15


      20180602我孫子香取神社16


      20180602我孫子香取神社17



鳥居脇の板碑。

      20180602我孫子香取神社18



神輿子。

      20180602我孫子香取神社19



社務所。

      20180602我孫子香取神社20



御神木。

      20180602我孫子香取神社21
      20180602我孫子香取神社22



この日、境内には朝市が開かれています。
毎月第1土曜日には、そんなに大きくはないけれど
朝市が開催され、書道家の女性が御朱印を墨書きしてくれます。

      20180602我孫子香取神社23



御朱印をお願いしました。

      20180602我孫子香取神社24



達筆な書体の墨書きをしてくれます。

      20180602我孫子香取神社25



こちらが、我孫子香取神社の御朱印。

      20180602我孫子香取神社26


月に1回しかないチャンス。
無事、そのチャンスをモノに出来ました。




2018/07/18 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............布佐愛宕八坂神社 (2018年5月18日)(千葉県我孫子市) 

5月18日

この日は、我孫子市の神社の御朱印巡りに出かけました。
浅間神社をあとにして、向かった先は...............布佐愛宕八坂神社


布佐愛宕八坂神社は、我孫子市布佐に鎮座する神社です。

創建は大宝3年(703年)と伝えられ、
利根町にある蛟蝄神社と由縁があると言われています。
愛宕神社は火防の神と言われ、竹内神社の元宮に当たります。
利根川岸に近い鹿黒畑に祀られ、湯立の神事が行われていたそうです。
湯立は修験と関係があるので結びつきがあったと思われます。
東方にあった牛頭天王社(八坂神社)を合祀したと言われています。



こちらが、鳥居。

      20180518愛宕八坂神社01



15段程の石段を上がれば、社殿が見えてきます。

      0180518愛宕八坂神社02



石段途中の斜面には、祠が建っています。

      0180518愛宕八坂神社03



社殿前にて。

      0180518愛宕八坂神社04



狛犬。

      0180518愛宕八坂神社05


      0180518愛宕八坂神社06



拝殿。

      0180518愛宕八坂神社07



拝殿正面。

      0180518愛宕八坂神社08



拝殿正面の扁額。

      0180518愛宕八坂神社09



賽銭箱。

      0180518愛宕八坂神社10



別アングルからの拝殿。

      0180518愛宕八坂神社11


      0180518愛宕八坂神社12



こちらが本殿。

      0180518愛宕八坂神社13



本殿脇の境内社。

      0180518愛宕八坂神社14



境内の一画には、坂碑が建ち並びます。

      0180518愛宕八坂神社15



古くの創建の神社であるけれど、意外に境内は質素。

      0180518愛宕八坂神社16



こちらが、愛宕八坂神社の御朱印。

      0180518愛宕八坂神社17

本務社の竹内神社で拝受出来ます。






2018/07/03 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............浅間神社 (2018年5月18日)(千葉県我孫子市) 

5月18日

この日は、我孫子市の神社の御朱印巡りをしました。
古戸稲荷神社をあとにして、向かった先は...............浅間神社


浅間神社は、我孫子市布佐に鎮座する神社です。

正保2年(1645年)の創建とされていますが、詳細は不明とされています。
手賀沼に面する比高15mほどの台地に鎮座しています。
浅間神社と称することから、この台地から富士山が見えたのでしょうか?

御祭神は、木花之開耶比賣命(このはなのさくやびめのみこと)。



こちらが、浅間神社の鳥居。

      20180518浅間神社01



鳥居の柱には神額が立て掛けられています。

      20180518浅間神社02

神額の表記は、『浅間神社』ではなく、『仙元宮』。



鳥居脇には、新相馬霊場番外89番の札所があります。

      20180518浅間神社03


      20180518浅間神社04



参道の石碑類。

      20180518浅間神社05


      20180518浅間神社06

どう見ても、神仏習合の名残りのように見える。



社殿へと続く、急な石段。

      20180518浅間神社07


そして、それっぽい雰囲気。
(それっぽい雰囲気ってな〜に?)(笑)。

      20180518浅間神社08

昔の城址だと言っても信じちゃいそう。



石段を上がれば社殿。

      20180518浅間神社09



手水鉢。

      20180518浅間神社10



こちらが社殿。

      20180518浅間神社11



社殿に掲げられた扁額。

      20180518浅間神社12

こちらにも、『仙元宮』の文字。
ひょっとして、浅間神社って言ってるけど
仙元神社の間違いじゃない? と思ってしまいます。


別アングルからの社殿。

      20180518浅間神社13



御神木。

         20180518浅間神社14
      20180518浅間神社15
      20180518浅間神社16



別アングルから。

      20180518浅間神社17
         20180518浅間神社18



上りの急な石段は裏を返せば、当然下りも急な石段。

      20180518浅間神社19



元気に駆け下りる びいすけ 。

      20180518浅間神社20


私は、転ばぬようにゆっくりと下るのでした。



こちらが、浅間神社の御朱印。

      20180518浅間神社21

本務社の竹内神社で拝受しました。





2018/07/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............古戸稲荷神社 (2018年5月18日)(千葉県我孫子市) 

5月18日

この日は、我孫子市の神社の御朱印巡りに出かけました。
竹内神社をあとにして、向かった先は...............古戸稲荷神社



古戸稲荷神社は、我孫子市古戸に鎮座する神社です。

古戸村の鎮守社として天正7年(1579年)に創建とされています。
文化年間(1804〜1818年)に遷座したといいます。
明治41年厳島神社をを境内に遷座したとされ、
平成21年牛頭天王を境内に遷座したと言うことです。

御祭神は、稲倉魂命。

農耕の守り神とされ、豊作や商売繁盛をもたらすそうです。



社号標はありませんが、こんな看板が建てられています。

      20180518古戸稲荷神社01



古戸稲荷神社の鳥居。

      20180518古戸稲荷神社02



鳥居の神額。

      20180518古戸稲荷神社03



この鳥居は、この地が古戸村と呼ばれていた時期に建てられたモノのようです。

      20180518古戸稲荷神社04



50mほどの参道の先に社殿が見えます。

      20180518古戸稲荷神社05



真新しい手水鉢。

      20180518古戸稲荷神社06



拝殿前には狛犬。

      20180518古戸稲荷神社07


稲荷神社だから狐かと思ったら、見た感じ狛犬です。

      20180518古戸稲荷神社08


      20180518古戸稲荷神社09


こちらが、拝殿。

      20180518古戸稲荷神社10


拝殿正面の扁額。

      20180518古戸稲荷神社11



別アングルからの拝殿。

      20180518古戸稲荷神社12



拝殿前の天水桶。

      20180518古戸稲荷神社13



境内社。

      20180518古戸稲荷神社14


      20180518古戸稲荷神社15



境内社の古戸厳島神社。

      20180518古戸稲荷神社16


      20180518古戸稲荷神社17



境内社の八坂神社。

      20180518古戸稲荷神社18



他にも幾つかの境内社、末社の祠があります。

      20180518古戸稲荷神社19


      20180518古戸稲荷神社20


      20180518古戸稲荷神社21


      20180518古戸稲荷神社22


      20180518古戸稲荷神社23

これらは、まさしく旧・古戸村の鎮守と言ったところでしょうか。



こちらが、古戸稲荷神社の御朱印。

      20180518古戸稲荷神社24


本務社の竹内神社で墨書きしていただきました。




2018/07/02 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............竹内神社 (2018年5月18日)(千葉県我孫子市) 

5月18日

この日は、我孫子市の神社の御朱印巡りに出かけました。


北星神社をあとにして、向かった先は...............竹内神社


実は、この日に我孫子市に出かけたのは、この竹内神社の宮司さんと連絡げ取れ、
午後2時過ぎに参拝すれば、御朱印がいただけると言うことで
前回のリベンジを兼ねて訪れました。
( 前回の参拝記事は こちら )。


竹内神社は、我孫子市の布佐に鎮座する神社です。


創建は承平年間(931〜938)とされ、平将門の乱が平定した天慶3年(940)に
武内大明神を奉斎したと伝えられています。

文禄2年(1592)、森田左右衛門が宮作台の畑で麦の刈り込み中、
にわか雨のため刈り取った麦をそのままにして、次の日行ったところ、
一夜にして竹の子が生え、白蛇がとぐろを巻いていて取り込みができないでいた。
行者がただごとではないとして、愛宕神社に祈ったところ
「武内神社を此処に移せ」との神託があったため、
社名を「竹内神社」と変えて遷座したとされています。


宮司さんとの約束は14時ですが、
遅れて待たせてしまうのも嫌だから
少し早めに参拝しちゃいましょう。


こちらが、竹内神社の社号標。

      20180518竹内神社01



鳥居。

      20180518竹内神社02



手水舎。

      20180518竹内神社03



この石段の先が社殿。

      20180518竹内神社04



石段わ上がれば、社殿は目の前。

      20180518竹内神社05



こちらが、拝殿。

      20180518竹内神社06

拝殿右側の授与所は、まだ閉じています。


拝殿正面の扁額。

      20180518竹内神社07



境内の匂い嗅ぎに夢中な びいすけ 。

      20180518竹内神社08


しばらくすると、宮司さん登場。
授与所の中に入って行きました。

      20180518竹内神社09



御朱印帳を手渡し、墨書きをお願いします。

      20180518竹内神社10


その間に改めて、参拝します。

無理を言って、兼務社を含めて6社の御朱印をお願いしちゃいました。

      20180518竹内神社11


境内で、ひと時の静寂感を味わいます。

      20180518竹内神社12



拝殿屋根瓦の跳び狛犬。

      20180518竹内神社13


      20180518竹内神社14



こちらが、竹内神社の御朱印。

      20180518竹内神社15


お忙しい中、墨書きいただき、ありがとうございました。





2018/07/02 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............北星神社 (2018年5月18日)(千葉県我孫子市) 

5月18日

この日は、我孫子市出かけました。


柴崎神社をあとにして、向かった先は...............北星神社


北星神社は、我孫子市台田に鎮座する神社です。


創建時期は不明ですが、相馬氏の城館址に相当すると考えられ、
城主が妙見菩薩を勧請奉祀したのに始まるとされているようです。

城主を失った後、地元住民が尊崇護持し、
十九世紀には根戸村鎮守として氏子中の組織が確立し、
天保4年(1833年)に本殿を完成し、拝殿および本殿覆屋等も建築されたそうです。

境内に建つ案内板によれば、
北星神社は明治九年に改称されるまでは「妙見宮」と呼ばれ親しまれてきたそうです。

御祭神は天之御中主大神(北辰妙見尊星王)。

元来、千葉氏一族は城郭の鬼門にあたる北東の地に妙見社を祀ったとされ、
北星神社の南西方向に位置する場所には法花坊館と呼ばれる城館跡が発見されており、
そちらは、根戸城主の居館という説があります。
また、さらに南方には根戸城が在りました。
(根戸城址の攻略記事は こちら )



国道6号線沿いに鎮座する北星神社。
こちらが、北星神社の社号標。

      20180518北星神社01


神仏習合の名残りか?
何故か、鳥居の前に山門が建っています。

      20180518北星神社02



こちらが、北星神社の鳥居。

      20180518北星神社03



鳥居に掲げられた神額。

      20180518北星神社04



玉垣手前には案内板。

      20180518北星神社05

『定』を一応チェック。
犬禁止とは記されていないから、びいすけ も大丈夫そう。



鳥居背後の狛犬。

      20180518北星神社06


      20180518北星神社07



手水舎。

      20180518北星神社08



拝殿前には...............

出ました!
玄武。

      20180518北星神社09



これぞ、妙見神社の証し。

      20180518北星神社10



拝殿前にて。

      20180518北星神社11



拝殿は閉ざされていますが、扉には九曜紋。

      20180518北星神社12


      20180518北星神社13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180518北星神社14



拝殿正面の屋根。

      20180518北星神社15



ここにも鮮やかに九曜紋。

      20180518北星神社16



こちらは、本殿。

      20180518北星神社17


      20180518北星神社18


      20180518北星神社19



本殿の裏には、『北星神社御神霊』の碑。

      20180518北星神社20



こちらが、社務所ですが閉ざされています。

      20180518北星神社21

普段は無人で柴崎神社が本務社になるそうです。



鳥居横の玉垣手前の末社と庚申塔。

      20180518北星神社22



境内社。

      20180518北星神社23



石碑群。

      20180518北星神社24



こちらの石碑の前にも玄武が鎮座しています。

     20180518北星神社25



こちらは、明治天皇の記念碑。

     20180518北星神社26



御神木。

      20180518北星神社27


      20180518北星神社28
      20180518北星神社29



こちらが、北星神社の御朱印。

      20180518北星神社30

本務社の柴崎神社で拝受しました。
こちらにも、しっかり九曜紋が押されています。

これまた、眺めていても嬉しくなる御朱印です。



2018/07/01 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............柴崎神社 (2018年5月18日)(千葉県我孫子市) 

5月18日

この日は、我孫子市の神社の御朱印巡りに出かけました。


葺不合神社をあとにして、向かった先は...............柴崎神社


柴崎神社は、我孫子市柴崎に鎮座している神社です。

日本武尊が、征途の安全と武運長久を祈願するため御幣立したと言われています。
創建は、天慶元年(938年)。
御祭神は、天御中主神を祀っています
平将門の祈願と崇敬が篤かったと言われ、
さらには、千葉氏一族の相馬一門の守護神とされてきたとされています。
明治4年(1862年)に妙見社の号を北星社と称し、
明治13年(1880年)に柴崎神社と改称されたそうです。



こちらが、柴崎神社の社号標。

      20180518柴崎神社01



柴崎神社の鳥居。

      20180518柴崎神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20180518柴崎神社03



道路沿いに建てられた柴崎神社の看板。

      20180518柴崎神社04



鳥居をくぐって石段を上がります。

      20180518柴崎神社05

石段の先に社殿が見えます。


石段の上には、庚申塔と青面金剛像。
神仏習合時代の名残りでしょうか?

      20180518柴崎神社06



こちらは、手水舎。

      20180518柴崎神社07


こちらには、龍ではなく亀。

      20180518柴崎神社08

神社に亀と言うことは.........
実は亀ではなく、玄武でしょう。



参道の狛犬。
狛犬の手前に玄武が並んでいます。
これは、妙見神社の証しですね。

      20180518柴崎神社09



狛犬。

      20180518柴崎神社10


      20180518柴崎神社11



玄武。

      20180518柴崎神社12



社殿が見えてきました。

      20180518柴崎神社13



こちらが、拝殿。

      20180518柴崎神社14


拝殿前の狛犬。

      20180518柴崎神社15


      20180518柴崎神社16



拝殿正面。

      20180518柴崎神社17


      20180518柴崎神社18



拝殿正面の扉には九曜紋。

      20180518柴崎神社19



拝殿正面に掲げられた神額。

      20180518柴崎神社20



別アングルからの拝殿。

      20180518柴崎神社21



こちらは、本殿。

      20180518柴崎神社22


      20180518柴崎神社23


      20180518柴崎神社24



こちらは、社務所。

      20180518柴崎神社25

御朱印は、こちらで拝受出来ます。



境内社。

      20180518柴崎神社26


      20180518柴崎神社27


      20180518柴崎神社28


      20180518柴崎神社29



小さな祠も建ち並びます。

      20180518柴崎神社30



こちらは、神輿庫でしょうか?

      20180518柴崎神社31



神武天皇の石碑。

      20180518柴崎神社32



不明の石碑。

      20180518柴崎神社33



境内には立派な木々があります。

      20180518柴崎神社34

かつて、この辺りに柴崎城なる城が在ったらしい。
この柴崎神社の鎮座する台地も城址の一部だと言う説もあるようですが
そう言われてみると、駐車場裏は堀跡のように見えなくない。

柴崎城址そのものは、宅地開発されて隠滅してしまったようで
生活な場所は不明とされているようです。


こちらが、柴崎神社の御朱印。

      20180518柴崎神社35

九曜紋もしっかり押されていて、千葉氏所縁の神社である事は間違いない。
何となく嬉しく感じてしまいます。




2018/06/30 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............将門神社 (2018年3月17日)(千葉県我孫子市) 

3月17日

成田市近郊の神社巡りで、我孫子市まで足を伸ばしたこの日、
我孫子市の神社の御朱印巡りとなりました。

中里諏訪神社をあとにして、向かった先は..................将門神社


実は、こちらの将門神社には今回で2度目の訪問になります。
前回は、今から3年半前の2014年の11月。(その時の記事は こちら )

将門神社は、旧・日秀村の手賀沼を眼下に望む丘陵の南端に鎮座しています。
御祭神は平将門です。

将門神社の由来は、天慶三年(940年)に将門が戦没すると、
その霊は遺臣等と対岸の手賀沼村明神下より手賀沼を騎馬にて乗り切り、
湖畔の丘陵に登り、朝日の昇天するのを拝したと言われています。
そのことから、村人がこの地に一字を奉祀したのが将門神社の起こりであると言われているそうです。


こちらが、将門神社の社号標。

      20180317将門神社01

3年半前には在りませんでした。



それもその筈、この社号標は平成28年の9月に
拝殿の建立記念に建てられたモノのようです。

      20180317将門神社12



鳥居前にて。

      20180317将門神社02


立派な鳥居と注連縄。

      20180317将門神社03


      20180317将門神社04


鳥居に掲げられた神額。

      20180317将門神社05

『 平親王 将門大明神 』と記されています。



手水鉢。

      20180317将門神社06



拝殿前にて。

      20180317将門神社07


以前は無かった拝殿。

      20180317将門神社08



拝殿にはなぜか蝶紋。

      20180317将門神社09

『蝶紋』は、平家の代表的な家紋。
確かに平家の一族ではあるけれど、
将門の家紋は『九曜紋』じゃなかったっけ?


拝殿に掲げられていた木札。

      20180317将門神社10

御祭神は、平将門じゃなかったの?
この辺りの意味がよく分からない。



拝殿の奥には本殿。

      20180317将門神社11

こちらは、以前から在るもの。
この本殿の規模に合わせれば良いと思うのですが、
拝殿がなぜか立派過ぎるような気がします。


将門神社の末社の祠が並びます。

      20180317将門神社13


板碑も並びます。

      20180317将門神社14


      20180317将門神社15


御神木ではないと思うけれど、拝殿脇の立派な樹。

      20180317将門神社16
      20180317将門神社17
      20180317将門神社18



こちらが、将門神社の御朱印。

      20180317将門神社19

こちらの御朱印も本務社の天照神社にていただく事が出来ます。


手賀沼対岸の柏市(旧・沼南町)の大井にも将門神社は在ります。
多くの説では、現在の茨城県の常総市が将門の地と言われていますが
手賀沼のこの辺りも将門伝説が残る将門由縁の血がでもあるようです。



2018/05/02 Wed. 11:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............中里諏訪神社 (2018年3月17日)(千葉県我孫子市) 

3月17日

成田市近郊の神社巡りで、我孫子市まで足を伸ばしたこの日、
我孫子市の神社の御朱印巡りとなりました。

中峠地区の天照神社にて兼務社の御朱印をいただき、
急遽、参拝に向かったのは...............中里諏訪神社


中里諏訪神社は、我孫子市の中里地区に鎮座する神社です。
創建は天正4年(1576)とされ、中里村の鎮守だったといいます。
明治41年には、熊野神社(北島原旧在)、外川神社(南原旧在)、
水神社(六番作旧在)、稲荷神社(南島原旧在)、山王神社(北島原旧在)、
弁天神社(弁天作旧在)を合祀したといいます。

御祭神は「武御名方尊」とされています。



実は、何年か前にこの神社の前を車で通ったことからあります。
その時は近くにある『中里市民の森』に来たのですが、
再び、この地に来ると思いませんでした。



こちらが、中里諏訪神社の社号標。

      20180317中里諏訪神社01



由緒書き。

      20180317中里諏訪神社02



鳥居。

      20180317中里諏訪神社03



鳥居の注連縄。

      20180317中里諏訪神社04



鳥居をくぐって参道を進めば、手水舎。

      20180317中里諏訪神社05



手水舎の竜の吐出口。

      20180317中里諏訪神社18

なぜか、こちらの龍はマンガチック。


手水舎の柱に打ち付けられた看板。

      20180317中里諏訪神社06

『カラスに注意』って.........
イタズラ好きなカラスが多いのでしょうか?



参道は生い茂った木々で陽を遮るけれど
少し陽が傾いて来たと言うか、西陽が眩しい。

      20180317中里諏訪神社07



拝殿前の狛犬。

      20180317中里諏訪神社08


      20180317中里諏訪神社09



こちらが、拝殿。

      20180317中里諏訪神社10


      20180317中里諏訪神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180317中里諏訪神社12



こちらが、本殿。

      20180317中里諏訪神社13



閉ざされていますが、社務所でしょうか?

      20180317中里諏訪神社14

その割には新しい。



逆にこちらは、時の流れを感じさせる石灯籠。

      20180317中里諏訪神社21




境内社の稲荷大明神。

      20180317中里諏訪神社15


同じく境内社の三峯神社。

      20180317中里諏訪神社16



この中里諏訪神社には、板碑が多い。

      20180317中里諏訪神社17


それだけ、地域の信仰の深さが感じられます。

      20180317中里諏訪神社19


      20180317中里諏訪神社20


      20180317中里諏訪神社22


      20180317中里諏訪神社23



こちらが、中里諏訪神社の御朱印。

      20180317中里諏訪神社24

本務社の天照神社にて拝受出来ます。

シンプルながら、達筆な『奉拝』の文字。
この文字の如く、しっかりと参拝させて頂きました。











2018/05/02 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............天照神社 (2018年3月17日)(千葉県我孫子市) 

3月17日

成田市近郊の神社巡りで、我孫子市まで足を伸ばしたこの日、
我孫子市の神社の御朱印巡りとなりました。

竹内神社の鎮座する布佐地区からさほど離れていない中峠地区。
そちらに鎮座している天照神社に訪れました。


天照神社は、中峠(なかびょう)に鎮座し、伊勢山天照神社とも呼ばれています。
創建時期は不明ですが、日本武尊の東征を記念するため、
葛飾野の開拓に従事した住民等の鎮守として勧請されたと伝えられています。
下総の国、中相馬七郷(岡発戸村、都部村、中峠村、中里村、古戸村、日秀村、新木村)の
総鎮守として崇敬されています。


こちらが、天照神社の社号標。

       20180317天照神社01

社号標には、『伊勢山天照神社』と刻まれています。



鳥居と狛犬。

       20180317天照神社02



狛犬。

       20180317天照神社03


       20180317天照神社04



参道の由緒書き。

       20180317天照神社05


手水舎。

       20180317天照神社06



こちらが拝殿。

       20180317天照神社07


       20180317天照神社08


       20180317天照神社09



拝殿前の狛犬。

       20180317天照神社10


       20180317天照神社11



そして、本殿。

       20180317天照神社12



こちらが社務所。

       20180317天照神社13

御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。



御神木。

       20180317天照神社14
       20180317天照神社15



境内社の浅間神社。

       20180317天照神社16



古い手水鉢。
そして立ち並ぶ祠。

       20180317天照神社17


狭い境内には板碑も多い。

       20180317天照神社18



境内には、こんな説明板も建っています。

       20180317天照神社19

かつて神社境内には二十一仏武蔵石板碑があったそうです。
比叡山の二十一の諸神を、仏教の如来・菩薩・明王・天の主なものに当てはめて
本地仏としたものです。


二十一仏武蔵石板碑跡

       20180317天照神社20




こちらが、天照神社の御朱印。

      20180317天照神社22

こちらの天照神社では、兼務社の将門神社、中里諏訪神社の御朱印も
いただく事が出来ます。




**おまけ**

御朱印を墨書きして貰っている間
大人しく待つ びいすけ。

      20180317天照神社21

う〜んむ、お利口さん!(親バカですみません。)



2018/05/01 Tue. 19:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

布佐城址 (2018年3月17日)(千葉県我孫子市) 

3月17日

この日は、成田市近郊の神社巡りで出掛けていました。
成田市近郊と言いながらも我孫子市真で足を伸ばし竹内神社にも立ち寄りました。
竹内神社の近くには、その昔には布佐城が在りました。


布佐城は、別名を和田城と言われていました。
手賀沼と利根川に挟まれた標高20m前後の舌状台地に在り、
常陸川、衣川などを繋ぐ要衝にあり、航行する船を監視するのに絶好の地でした。

鎌倉幕府の初代侍所別当・和田義盛と関係があるという伝承から和田城とも呼ばれていて、
戦国時代には布川城の豊島氏の属城でありましたが、延徳5年(1493)布佐合戦、
永正18年古河公方方の豊島氏等と小弓公方勢との戦いか有り、
元亀3年(1572)にも戦いがありました。

城址の在った台地は、明治時代に削平されて鉄道(JR成田線)が敷設され、
またその沿線は住宅地と化しており、遺構はほとんど残されていないそうです。





こちらが布佐城の縄張り図


      布佐城址縄張り図
                                 余湖さんのHP  よりお借りしました                                


布佐城址は、住宅街となり
城郭遺構はほとんど残っていないとされています。

しかしながら、わずかにその遺構が確認出来る場所。
それが、わだ幼稚園。

      20180317布佐城址01

土曜日で閉園のためか、門扉は閉められ中に入ることは出来ません。

送迎用バスの車庫の裏手に土塁が残っているとの事です。



車庫の裏手の土壇。

      20180317布佐城址02

フェンスの向こうに土壇(土塁)に上がる石段があるようです。


敷地内には入れないので、フェンス前にて。

      20180317布佐城址03


      20180317布佐城址04



左側が土塁。

      20180317布佐城址05

すぐ側まで住宅街。


右側が土塁。

      20180317布佐城址06

完全に周辺は宅地となり、布佐城址の遺構はわた幼稚園の敷地内に残る土塁のみ。
そう言えば、布佐城は別名を和田城と言う。
幼稚園の名称は『わだ幼稚園』。
単なる偶然だろうか..................?


成田線の線路を挟んで、布佐城址を眺めてみます。

      20180317布佐城址07

幼稚園の赤い三角屋根の左側の木のある辺りが土塁跡。



真ん中辺りの茂みが土塁跡になるのでしょう。

      20180317布佐城址08



土塁跡には、僅かながら木も生えているようです。

      20180317布佐城址09


辛うじて残っている布佐城址の遺構の土塁。
敷地内には入れなかったので、
直接正面からは確認出来なかったけれど
その存在を確認出来ただけ、良しといたしましょう。






2018/05/01 Tue. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

竹内神社 (2018年3月17日)(千葉県我孫子市) 

3月17日

この日は、成田市近郊の神社巡りをしました。

栄町の駒形神社をあとにして、向かった先は...............竹内神社



竹内神社は、我孫子市の布佐に鎮座する神社です。
創建は承平年間(931〜938)とされ、平将門の乱が平定した天慶3年(940)に
武内大明神を奉斎したと伝えられています。

文禄2年(1592)、森田左右衛門が宮作台の畑で麦の刈り込み中、
にわか雨のため刈り取った麦をそのままにして、次の日行ったところ、
一夜にして竹の子が生え、白蛇がとぐろを巻いていて取り込みができないでいた。
行者がただごとではないとして、愛宕神社に祈ったところ
「武内神社を此処に移せ」との神託があったため、
社名を「竹内神社」と変えて遷座したとされています。


表参道側からの道が狭いのと、駐車場が無いため
国道365号から宮の森公園の駐車場を目指します。

      20180317竹内神社01

竹内神社は、宮の森公園に隣接しています。

宮の森公園から、竹内神社へと移動。
表参道から参拝します。


竹内神社の社号標。

      20180317竹内神社02



鳥居前の狛犬。

      20180317竹内神社03


      20180317竹内神社04



鳥居。

      20180317竹内神社05



鳥居脇の手水舎。

      20180317竹内神社06


境内へは、傾斜のキツイ石段を上ります。
石段の再建記念碑。

      20180317竹内神社07



こちらは、の記念碑です。

      20180317竹内神社08


こちらが、その石段。

      20180317竹内神社09

秋の竹内神社の祭礼では、重さ数tある神輿が
幅2.5メートル、53段のこな石段を昇り降りするらしい。



一方、体重13kgの びいすけ 。

      20180317竹内神社10

軽快なテンポで石段を駆け上がって行きます。



石段を上がれば、そこは境内。
目の前に竹内神社の拝殿が現れます。

      20180317竹内神社12


      20180317竹内神社13



拝殿の扁額。

      20180317竹内神社14



拝殿の屋根瓦の跳び狛犬。

      20180317竹内神社16



こちらが、竹内神社の本殿。

      20180317竹内神社15


 
そして授与所。

      20180317竹内神社26
    




こちらは、境内社の御嶽神社。

      20180317竹内神社17


御嶽神社の手水舎。

      20180317竹内神社18


拝殿。

      20180317竹内神社19


扁額。

      20180317竹内神社20


拝殿正面の壁には、六根清浄。

      20180317竹内神社21


さらには、もう一つの手水舎。
竹内神社と御嶽神社の間に置かれているから裏参道の手水舎なんでしょう。

      20180317竹内神社22



竹内神社には、さらに別な境内社(稲荷神社)があります。


稲荷神社の手水舎。

      20180317竹内神社23


稲荷神社の鳥居。

      20180317竹内神社24

何故か朱色では無い。


拝殿正面の扁額。

      20180317竹内神社25


     
まだまだ境内社は多彩。

天神社。

      20180317竹内神社27



神明神社。

      20180317竹内神社28


      20180317竹内神社29



古い碑も建ち並びます。

      20180317竹内神社30


中には、こんな碑も。

      20180317竹内神社31

何で英語なのか分からない(笑)



御嶽神社の脇には、これまた樹齢の高そうな樹。

      20180317竹内神社32
      20180317竹内神社33


午前中に訪れた栄町の素羽鷹神社は
こちらの竹内神社の兼務社。
素羽鷹神社と竹内神社の御朱印を頂こうと社務所に立ち寄ったら不在。
宮司さんと連絡が付かず、この日の御朱印は諦めることにしました。

近いうちにリターンマッチしなくちゃ!!



2018/05/01 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

中里市民の森   (2015年11月12日)(千葉県我孫子市) 

11月12日 公休日

この日は、我孫子市に出かけました。


布佐市民の森をあとにして、向かった先は...............中里市民の森


中里市民の森は、広さ約3.4ヘクタール。
イヌシデ、サクラ、シラカシ、クリ、スギなどの樹木があり、
鳥や昆虫も多く確認されています。
明るい陽射しがさしこむイヌシデの広場は、
木立の間にベンチが設置され、落葉樹の葉が落ちる季節には
手賀川沿いの田園風景が望めるなど、四季おりおりに自然観察を楽しめます。



こちらの森が、中里市民の森。

      20151112中里市民の森01



南口の入り口から入って行きます。

      20151112中里市民の森02



入り口に建つ案内図。

      20151112中里市民の森03

しっかりと散策路を確認いたしましょう。



中里市民の森は、全体が雑木林。
雑木林の中を散策路が巡らされています。

      20151112中里市民の森04

こう言った雑木林の散策路って好きだなぁ。



おそらく、『 僕も好きだよ! 』って思っている びいすけ 。

      20151112中里市民の森05


確かに、枯れ落ち葉の中をカサカサと音を立てて闊歩するのが得意な びいすけ 。
言葉は喋れないけれど、きっと好きだと言うだろう。



陽射しが遮られて、暗くなっている散策路もあるし...............、

      20151112中里市民の森06



木漏れ陽溢れる、こんな散策路もあったりして
なかなか楽しめそう。

      20151112中里市民の森07



当然、縄張り主張のマーキング。

      20151112中里市民の森08




こちらは、カブト虫の飼育場。

      20151112中里市民の森09

カブト虫の幼虫をこの中で飼っている(飼っていた)んでしょう。


そっと覗きこむ びいすけ 。

      20151112中里市民の森10



確かに、子供の頃にはカブト虫やクワガタを捕まえるのに夢中になったから
こんな飼育場は、あの頃の自分が今目の前に来たら
きっと感動するんだろうなぁ。

さすがに、この歳になるとカブト虫でも虫は苦手になりますねぇ。

      20151112中里市民の森11

今時の子供たちは、このカブト虫の飼育場をどう感じるんだろう?




南口から入った中里市民の森ですが
北口の方に辿り着いたようです。


なぜか、土塁のように見える土壇。

      20151112中里市民の森12



こちらは、虎口に見えてしまう。

      20151112中里市民の森13



どうみても、城塁っぽいんだよなぁ...............。

      20151112中里市民の森14


郭っぽく見える削平地。

      20151112中里市民の森15



一度、北側入り口まで行ってみましょう。

      20151112中里市民の森16




こちらが、北側入り口。

      20151112中里市民の森17



中里市民の森の北側は谷津のようになっていて
台地の上に中里市民の森が在るような形になります。

      20151112中里市民の森18

ひょっとしたら?と思って、余胡さんのホームページをスマホでチェックしてみましたが
残念ながら城郭跡ではなさそうです。



気を取り直して、再び散策路をイヌシデ広場方向に歩きます。

      20151112中里市民の森19



元気良く、ロングリードいっぱいの距離(10m)を先に進む びいすけ 。

      20151112中里市民の森20



びいすけ のペースについて行けない中年男。

『 お父さん、早く付いて来てよ! 』と言いたげな びいすけ (笑)。

      20151112中里市民の森21




こちらが、イヌシデ広場。

      20151112中里市民の森22



実は、この中里市民の森の中で歩いてきた遊歩道(散策路)の一部は
鎌倉古道(鎌倉街道、鎌倉道)と呼ばれるらしい。

      20151112中里市民の森23


遥か昔、この道をどこまでも行けば、鎌倉へと行けたのだろう。

      20151112中里市民の森24

ここにも、『いざ、鎌倉!』が残っていたんですね。




鎌倉古道脇にあるからなのか?
イヌシデ広場も郭っぽいんだよなぁ。

      20151112中里市民の森25



二方を土塁で囲まれた郭のように見えてしまいます。

      20151112中里市民の森26



土塁じゃないのかなぁ?

      20151112中里市民の森27



広場と言うだけあって削平地。

      20151112中里市民の森28



イヌシデの葉が紅葉するのか?しないのかは知らないけれど
紅葉したら、この広場も見事な場所になるんだろうなぁ。

      20151112中里市民の森29



びいすけ! お前も紅葉が気になるのか?

      20151112中里市民の森30



きっと、 びいすけ は、こう言うでしょう。

      20151112中里市民の森31


『 僕は、紅葉よりオヤツのほうが良いです。 』


はいはい、オヤツを買って帰りましょう...............。





2015/12/03 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

布佐下多目的広場  (2015年11月12日)(千葉県我孫子市) 

11月12日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、我孫子市出かけました。



当初、布佐市民の森に行くはずで、ナビを頼りに車を走らせていたら
どこで、どう間違ったのか?
辿り着いたのは...............布佐下多目的広場


実は、布佐市民の森へと行く道を一本間違えてしまい、
Uターンしようと空き地に車を突っ込んだら、そこが布佐下多目的広場の駐車場だったというオチ。
せっかくだから、多目的広場で遊んじゃいましょう。


      20151112布佐下多目的広場01



こちらが、多目的広場の駐車場。
駐車場の奥にある芝生広場が多目的広場。

      20151112布佐下多目的広場02



広場と言うだけあって広い。

裏を返せば、何もない芝生広場。

      20151112布佐下多目的広場03

だけど、犬飼いには何もない芝生広場の方が好都合。
却って、遊具などに場所を取られ、芝生広場が猫の額ほどの公園は魅力ない。



芝生広場の真ん中には、一本の木。
わずかに色付き始めている。

      20151112布佐下多目的広場04



ロングリードを付けた びいすけ も足取り軽く
気持ち良さそうに芝生の上を闊歩しています。

      20151112布佐下多目的広場05



ふと、この多目的広場をまじまじと眺め、
広い芝生にシンボルツリー...............。
ひょっとしたら、ここは廃校跡?

      20151112布佐下多目的広場06



確信が持てないから、ひょっとしたら記念碑か何か無いか?
多目的広場を隈なく探して見ます。

      20151112布佐下多目的広場07


そんな事はお構い無しの びいすけ 。
ロングリードの長さ目一杯に行動半径を広げ
多目的広場を変わらず闊歩します。

      20151112布佐下多目的広場08



いつもなら、芝生にゴロ〜んってパターンですが
今日はいつもと違う。

立ち止まって、こちらを見ると
いきなりスイッチが入ったようです。

      20151112布佐下多目的広場09


激走モードに突入。

      20151112布佐下多目的広場10



私は、すぐさまカメラを連写モード。

      20151112布佐下多目的広場11


      20151112布佐下多目的広場12


      20151112布佐下多目的広場13



いつになく軽快に走る びいすけ 。

気持ち良く飛び跳ねているって感じでしょうか。

      20151112布佐下多目的広場14


      20151112布佐下多目的広場15



一瞬、立ち止まったかと思いきや、

      20151112布佐下多目的広場16


すぐさま、こちらにダッシュ。

      20151112布佐下多目的広場17


      20151112布佐下多目的広場18



4コマ/秒のタイミングだと、やっぱり合わないのか?
なかなか、飛行犬は撮れません。

      20151112布佐下多目的広場19


      20151112布佐下多目的広場20


      20151112布佐下多目的広場21



気持ち良く走っているんですけどねぇ...............。

      20151112布佐下多目的広場22




何か遺構らしきモノは無いかと、再び探索。

      20151112布佐下多目的広場23



多目的広場に隣接する畑で野良仕事をしていたご婦人に話を聞いたら
この場所は昔は谷津だったらしい。
水捌けが悪く、雨が降ったらなかなか水が抜けず
雨が降らなければ、乾いてしまい耕地にはならないと言うことで
我孫子市が地主さんから借り上げ、埋め立てて芝生広場にしたらしい。

廃校跡ではないのは、残念と言うか...............
まだまだ廃校跡を見る目が甘いと気付かされました。


台地に上がって行く道を教えてもらったので
台地頂部へと足を進めます。

      20151112布佐下多目的広場24



近くには、布佐市民の森があるはず!

      20151112布佐下多目的広場25

ひょっとしたら、この台地の森が布佐市民の森じゃないか?
そんな予感を胸に台地を上がって行くのでありました..............................。








2015/12/01 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

根戸城址  (2015年2月12日)(千葉県我孫子市) 

2月12日 公休日

この日は、我孫子市に出かけていました。

根戸船戸緑地公園をあとにして、向かった先は..............根戸城址


根戸城は歴史上不明な点が多いようです。
鎌倉時代後期の正応3年(1290)頃に
相馬胤村の三男胤光が根戸氏を称したことから
胤光の居城が根戸城であったのではないかとする説もあれば、

室町時代後期の文明9年(1478)に酒井根で千葉氏を破った太田道灌が
根戸城を陣城として取り立てたという説があって、
どちらも確証は得られていないようです。
 
戦国時代の根戸城は匝瑳氏あるいは高城氏の持ち城の一つであったと考えられ、
小田原北条氏の支配下に組み入れられており北条氏尭が布川城の豊島氏と戦った時に
根戸城が使用されたという伝承も残されているようです。



こちらが、根戸城の縄張り図。

      根戸城址縄張り図

          ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )



根戸城址遠景。

      20150212根戸城址01


台地下部の擁壁工事の施された壁面に掲げられた説明看板。

      20150212根戸城址02



こちらが登城口。

      20150212根戸城址03

民家脇の狭い道を上って行きます。


台地に上りきれば、やがて左側に竪堀が現れます。

      20150212根戸城址04


そのまま、まっすぐ進めば台地上部に出ます。

こちらが、台地上部の登城口。

      20150212根戸城址05



先ほどの竪堀の直ぐ近くから森の中へと進軍します。

こちらが三郭の土壇。

      20150212根戸城址06

どうやら、この土壇は金塚古墳のようです。



この古墳の先から根戸城址の遺構が現れます。


二郭の空堀。

      20150212根戸城址07



二郭の虎口と土橋。

      20150212根戸城址27


空堀に降りてみると、それなりにしっかりと残っているのがわかります。

      20150212根戸城址08


      20150212根戸城址10



二郭虎口。

      20150212根戸城址09      


      20150212根戸城址11


二郭虎口の土塁。

      20150212根戸城址12



二郭内部。

適度に下草は生えているけれど、
それなりに管理されているみたいです。

      20150212根戸城址13



こちらが、主郭の空堀。

二郭の空堀よりその形態ははっきりとしています。

      20150212根戸城址14


横矢が掛かっている空堀。

      20150212根戸城址15



主郭虎口と土橋。

      20150212根戸城址16




主郭の空堀は、それなりの深さもあり、その形態を残しています。

      20150212根戸城址17



こちらが、主郭虎口。

      20150212根戸城址18



方形に近い主郭の周りを土塁がぐるっと張り巡らされています。

      20150212根戸城址19


土塁の高さは2〜3mと言ったところでしょうか。

      20150212根戸城址20



主郭内部から見た土塁。

      20150212根戸城址21


主郭内部から見た虎口。

      20150212根戸城址22


もう一つの虎口。

      20150212根戸城址23

こちらには手摺もあって、台地下部の地主さんが出入りするために
後世に改変されたものか?



土塁の上から手賀沼も眺めることができる。

      20150212根戸城址24


方形の主郭をぐるっと空堀が巡っていて
空堀に降りて主郭を一回りしてみます。


この主郭の空堀が根戸城址の一番の見所かも知れない。

      20150212根戸城址25


      20150212根戸城址26


 
あまり期待していなかった根戸城址ですが
かなり遺構は残っていて、見応えもありました。

城址のある台地下部脇を走り抜ける道路は
『根戸城址通り』と名付けられています。

現在、ボーイスカウトの野営施設として利用されているようですが
三郭には古墳も残っていることだし、我孫子市が地主さんから借り上げるなどして
歴史公園か何かで、整備して後世に残してくれれば良いのになぁ..............。 



2015/03/16 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

我孫子のいろいろ八景 公園八景   《  根戸船戸緑地  》             (2015年2月12日)(千葉県我孫子市) 

2月12日 公休日

この日は我孫子市に出かけていました。

我孫子市には『我孫子のいろいろ八景 公園八景』なるモノがあります。

我孫子の公園八景は、我孫子市内でいつでも誰でも見ることができる場所を
我孫子市民が8つの公園を選定しました。

宮ノ森公園
気象台記念公園
古利根公園・自然観察の森
湖北台中央公園
五本松公園
高野山桃山公園
手賀沼公園
根戸船戸緑地

この8つの公園が、我孫子の公園八景となっているようです。


手賀沼公園をあとにして、向かった先は..............根戸船戸緑地

今までに7つの公園を訪ね、いよいよ『我孫子のいろいろ八景 公園八景』も最後の一つ。
『我孫子のいろいろ八景 公園八景』の最終章となります。


根戸船戸緑地は特別緑地保全地区の指定がなされ、
主にコナラ、クヌギ、シラカシ等の広葉樹で構成された樹林が保たれています。
木々の向こうには田畑と手賀沼が広がり、南斜面には水が湧き出ていたりと、
我孫子の原風景ともいえる情景が満喫できるところです。




こちらが根戸船戸緑地の入口。

      20150212船戸根戸緑地01

正直、こちらの公園は駐車場がない。
ちょっぴり車を停めるのに苦労しました。


入口には、根戸船戸緑地についての説明板。

      0150212船戸根戸緑地02

説明板によれば、地元のボランティア団体が毎月定期的に清掃等を行い、
近隣の住民に親しまれ、訪れる人々の憩いの場となり、
さらには、子供たちが安心して遊ぶことのできる緑地作りを目指して活動しているそうです。



根戸船戸緑地及び手賀沼周辺の案内図。

      0150212船戸根戸緑地03

この近くには、志賀直哉を始めとした文豪の別荘があったらしい。



では、根戸船戸緑地を散策してみましょう。

いきなり台地へ上る階段。
ロングリードを引っ張り、行く気満々の びいすけ 。

      0150212船戸根戸緑地04


びいすけ のペースに付いて行けず..............

あれっ〜!? って表情の びいすけ 。

      0150212船戸根戸緑地05



と思いきや、今度は匂い嗅ぎ。

      0150212船戸根戸緑地06



階段を上った先は、削平地。
ベンチもあったりして、手賀沼の展望台も兼ねているのでしょうか?

      0150212船戸根戸緑地07


雰囲気は、どこぞの城址って言う感じ。
雑木林のこういった場所は個人的に好きです。

      0150212船戸根戸緑地11


      0150212船戸根戸緑地08



同じく、雑木林が大好きな(?)びいすけ 。

      0150212船戸根戸緑地09



雑木林の木々には、こんな感じで巣箱が取り付けられ、
野鳥もこの森には数多く居るようです。

      0150212船戸根戸緑地10


   
さらに奥に進んで行きましょう。

雑木林の中の遊歩道を歩きましょう。

      0150212船戸根戸緑地12


ロングリードを引っ張り、先を行く びいすけ 。

      0150212船戸根戸緑地15


時折、どちらに行こうか?
悩んでいるのか?

      0150212船戸根戸緑地14



私の顔色を伺います。

      0150212船戸根戸緑地13



どうやら、茂みのある草むらに行きたいようです。
      
      0150212船戸根戸緑地16


枯れ落葉の上なら許せるけれど、草の茂みは嫌だなぁ(笑)。

      0150212船戸根戸緑地17



やっぱり、遊歩道を歩きましょう。

      0150212船戸根戸緑地18



この根戸船戸緑地は民地の様です。

      0150212船戸根戸緑地19

地主の方の好意とボランティアの方々の努力で、
キチンと整備されているんですね。


とにかく、余分な木々を伐採し、適度に陽も射し
適度に森の暗さもあって、散策していても気持ち良い。

      0150212船戸根戸緑地20

すぐ近くには、住宅街もあるから近隣の方々の格好の散歩コースになっているんでしょう。

当然、ワンコ連れで散歩に来る人も居るようですが
マナーが良いのか?
放置ウンチは見当たらなかったなぁ。
(それが当たり前なんだけどねぇ..............)



時折垣間見れる手賀沼の眺望もそれなりに良い。

      0150212船戸根戸緑地21



四阿を発見!

      0150212船戸根戸緑地22



休憩を兼ねて、オヤツの時間にしましょう。

      0150212船戸根戸緑地23


      0150212船戸根戸緑地24


      0150212船戸根戸緑地25



オヤツを食べて、英気を養って、再び散策開始。


やっぱりロングリードを引っ張り、先を進む びいすけ 。

      0150212船戸根戸緑地26

よっぽど、この緑地、この森が気に入ったのだろうか?



台地を下って、車を停めた場所(路駐)は、もうすぐそこ。

      0150212船戸根戸緑地27


いゃあ、なかなか楽しめた散策でした。
ズバ抜けて眺望が良い訳でもないけれど
雰囲気は、すこぶる良い。
何となく、『我孫子のいろいろ八景 公園八景』に選ばれた理由が
分かったような気分になったのは、気のせいなんだろうか..............?






2015/03/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

我孫子のいろいろ八景 公園八景 その⑦ &  21世紀手賀沼八景 その① 《  手賀沼公園  》             (2015年2月12日)(千葉県我孫子市) 

2月12日 公休日

この日は我孫子市に出かけていました。

我孫子市には『我孫子のいろいろ八景 公園八景』なるモノがあります。

我孫子の公園八景は、我孫子市内でいつでも誰でも見ることができる場所を
我孫子市民が8つの公園を選定しました。

宮ノ森公園
気象台記念公園
古利根公園・自然観察の森
湖北台中央公園
五本松公園
高野山桃山公園
手賀沼公園
根戸船戸緑地

この8つの公園が、我孫子の公園八景となっているようです。

八景巡りって言うヤツは、追いかけてみると、意外に楽しい。


そんな訳で、我孫子の公園八景 その第7弾。

       手賀沼公園    に立ち寄ってみました。



手賀沼公園は、手賀沼の湖畔にある広さ約4.6haの公園です。
四季折々の花々と沼の景観が一年通して美しく、
我孫子地区公民館と市民図書館の複合施設である生涯学習センターアビスタが併設され、
またミニSL、レンタサイクル、ボート、テニスコートや芝生広場があり、
子供から大人まで楽しめる公園です。
また、湖畔には約5kmの遊歩道が続いています。




手賀沼公園には、隣接して有料駐車場がらあります。
車で来たのなら駐車場に車を入れましょう。

      20150212手賀沼公園10

1時間100円と安い。
おまけに、1時間以内なら無料とは嬉しい限りです。


正面入口から手賀沼公園に入ります。

それでは、手賀沼公園の散策開始といたしましょう。

      20150212手賀沼公園11


犬連れで散歩に来る人が多いのでしょうか?
公園内に入るなり、いつもに増して匂い嗅ぎに専念します。

そして例によってマーキング。

      20150212手賀沼公園12


また軽快に闊歩していきます

      20150212手賀沼公園13


そして、さらなる匂いを追い求めます

      20150212手賀沼公園14


      20150212手賀沼公園03


      20150212手賀沼公園23




公園周辺の案内板を発見。

      20150212手賀沼公園04


とりあえずは、周辺と園内をチェックしましょう。

      20150212手賀沼公園05



ミニSLのある広場があるようです。

ちょっぴり覗いてみましょう



踏切の中が広場のようですが、ペットの進入禁止のようです。

      20150212手賀沼公園16


      20150212手賀沼公園17



仕方がないので、中には入らずに、外周をぐるっと一周してみます。
びいすけ の背後にレールが見えます。

      20150212手賀沼公園01


この手賀沼公園内には、ミニSLが走っているようです。
もっとも、土日祝日限定のため、平日のこの日は走っていません。

      20150212手賀沼公園02



ミニSlLのある広場(こども広場)の隣は芝生広場。

      20150212手賀沼公園18


一応ロンングリードをつけているから
ロングリード10m半径の範囲で遊ばせましょう。

      20150212手賀沼公園19


と思っていたら、幼稚園児の遠足か?
子供たちが遠くで大集合。

      20150212手賀沼公園37


仕方ないので芝生広場は諦めます。

      20150212手賀沼公園35



仏頂顔の びいすけ 。
ちょっぴり不満そう(笑)

      20150212手賀沼公園36




手賀沼公園って言うくらいだから、手賀沼の湖畔に面しています。

湖畔にも足を向けましょう。

      20150212手賀沼公園15


      20150212手賀沼公園06



この日は天気も良く、水鳥たちも気持ち良さそうに日向ぼっこをしています。

      20150212手賀沼公園07


かつて、この場所には渡し船が有ったようです。

      20150212手賀沼公園08

昭和39年に手賀大橋が開通し、それまであった渡し船が廃止となったそうです。


この辺りが、乗船場だったようです。

      20150212手賀沼公園09


      
さらに、園地の湖畔沿いを歩いてみます。

      20150212手賀沼公園20



日向ぼっこをしている水鳥たちが気になる びいすけ 。

そっと近寄って行きます。

      20150212手賀沼公園21


びいすけ の気配に気付いた水鳥は一斉に逃げ出します。

      20150212手賀沼公園22




柵の下から湖畔を覗き込む びいすけ 。
視線の先には何があるのでしょうか?

      20150212手賀沼公園25



視線の先には、一隻の舟
どうやら、この舟が気になったようです。

      20150212手賀沼公園24




逆に私が気になったのは、手賀沼の対岸。

      20150212手賀沼公園30

ちょうど、この辺りが箕輪城址。




小腹も空いたので、オヤツの時間にしましょう。

      20150212手賀沼公園27


      20150212手賀沼公園28


      20150212手賀沼公園29



      
場所がらなのか?
平日のお昼近くだと言うのに、犬の散歩で訪れる人も多い。

      20150212手賀沼公園31


      20150212手賀沼公園32


      
暖かい陽射しを浴びて、ベンチに座ってまったりと、
そして、ボォ〜っと手賀沼の湖畔を眺めていると、
時間の経つのを忘れてしまいそうです。


ボォ〜っとしていたら、気になる視線。

      20150212手賀沼公園33



びいすけ が、こちらを見ています。

      20150212手賀沼公園26



ゴメン! ゴメン!

      20150212手賀沼公園34


じっとしていたら、つまんないね。

そろそろ、次なる場所に移動しましょうか............................?




コレで、我孫子のいろいろ八景 公園八景も7ヶ所巡り、
残すところ、あと一つとなりました。

しかし、手賀沼公園の事を色々と調べていたら、
どうやら、『21世紀の手賀沼八景』なるモノがあり
手賀沼公園は、その一つに選定されているらしい。
( 『21世紀の手賀沼八景』について詳細は こちら


この際だから、『21世紀の手賀沼』も追っ掛けちゃいましょう。





2015/03/14 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

久寺家城址   (2015年1月31日)(千葉県我孫子市) 

1月31日 公休日

この日は我孫子市に出かけていました


久寺家分校跡をあとにして、向かった先は...............久寺家城址


久寺家城は、史料・伝承は無く、城主や築城時期など一切不明です。
八津を挟んだ反対側(東側)に位置する我孫子城との位置関係から
戦国時代は小金の高城氏の支配を受けていた我孫子城主・我孫子左衛門但馬守の
支城であったと考えられています。

久寺家城址は現在、宝蔵寺の敷地となり、遺構は殆ど無くなっているとのことです。



こちらが、久寺家城の縄張り図。

      久寺家城址縄張り図

( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )


宝蔵寺のある台地一帯が久寺家城址と言うことなので
宝蔵寺を目指します。

こちらが、宝蔵寺の参道。

      20150131久寺家城址01


そして山門。

      20150131久寺家城址02



境内の奥に微かに残る、それっぽい場所(笑)。
奥にある土盛りが土塁のように見えるのだが..............

      20150131久寺家城址03

後世に人の往来のために作られた道のようにも見える。



こちらは、腰曲輪のように見えなくもない。

      20150131久寺家城址04


      20150131久寺家城址05



主郭と推定される場所は現在、墓地と駐車場になっています。

      20150131久寺家城址06


      20150131久寺家城址07


その駐車場の下には、やはり腰曲輪に見える削平地があります。

      20150131久寺家城址08

確認しようと思ったら、関係者以外立ち入り禁止の立て札があり、
ここは大人の対応。潔く諦めます。


これと言った遺構も無さそうなので、宝蔵寺のある台地を一周してみます。


こちらが、我孫子城遠景。

      20150131久寺家城址09

谷津(と言ってもすっかり宅地化されていますが.......)を挟んだ
対岸の台地に我孫子城はあります。




こちらが、久寺家城址の城塁。

      20150131久寺家城址10



この台地の上に主郭があります。

      20150131久寺家城址11



おそらく、こちらが主郭へと続く登城路になるとは思うのですが
ワイヤーで簡易なゲートが設けられています。

当然、立ち入り禁止。

      20150131久寺家城址12


結局、明確な遺構も確認出来ず、
まあ市街地にある城址って言うのは、
大概が、こんなモノだと言うことを再認識させてもらいました。






2015/02/23 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............我孫子第一小学校久寺家分校跡   (2015年1月31日)(千葉県我孫子市) 

1月31日 公休日

この日は、我孫子市に出かけていました。


Wikipediaによれば、
我孫子市には1976(昭和51)年に廃校になった分校があったと言うことで
その分校跡を探し、訪ね歩いてみました。

向かった先は..............
我孫子市立我孫子第一小学校久寺家分校跡


久寺家分校は

昭和30年    我孫子町が旧富勢村の一部と合併により、
          富勢小学校の久寺家地区児童を受け入れる。
昭和31年    我孫子町立我孫子第一小学校久寺家分校として開校。 
          児童47名。
昭和45年    我孫子市の市制実施により
          我孫子市立我孫子第一小学校久寺家分校と改称。
唱和51年    我孫子市の学区編成により廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。


昭和51年に廃校と言うことは、今から39年前のこと。
ネットで調べても詳しい事(場所)が分からず、
唯一、2チャンネル(?)の書き込みを頼りに
おおよその見当を付け、現地に向かいました。

住宅街と言うこともあって、車を停められず
何度も住宅街を車で徘徊する始末。

郵便局の駐車場を見つけ、車を停めさせてもらい
徒歩にて検討地へと向かいます。

Google mapの航空写真で推定した場所に辿り着きました。


念のため、数軒先の民家のご主人にお尋ねしたら
間違いなく、かつて分校がこの地にあったそうです。

こちらが、我孫子小学校久寺家分校跡。

      20150131久寺家分校跡01

ちょうど、この辺りに校門があったのでしょう。



現在は畑と化し、何も残っていない分校跡。

      20150131久寺家分校跡05


      20150131久寺家分校跡02



何か、廃校遺構が残っていないか?
敷地内をくまなく探してみましたが
廃校の碑なども無く、遊具も残されていません。

      20150131久寺家分校跡03



入口近くにそびえるイチョウの木。

      20150131久寺家分校跡04

おそらく、分校が存在していた頃から
ここにそびえ立っていたのでしょう。


別なアングルから。
    
      20150131久寺家分校跡07



敷地の一番奥には、別の大きな木。
おそらく、この木も分校のシンボルツリーだったのでしょう。

      20150131久寺家分校跡06




廃校後、周辺はより一層開発され、


住宅街にぽつんと畑となって残された廃校跡地。

      20150131久寺家分校跡08


      20150131久寺家分校跡09


学校遺構としては、何も残されていないけれど
住宅街の中にこの一画だけが、ぽつんと開発の波から、
そして、時代の流れから取り残されてしまっているような雰囲気。

分校としても開校から閉校までたった20年。
歴史が無いって言ってしまったら仕方ないけれど、
廃校の碑もなく、人々に忘れさられゆく廃校跡地でした..............。




2015/02/23 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit