FC2ブログ

11 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 01

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

再訪.............埴生神社 (2019年10月15日)(千葉県成田市) 

10月15日

この日は15日。

毎月1日、15日に(特別な)御朱印の対応をしている神社を巡りました。


台方 麻賀多神社をあとにして、向かった先は................埴生神社。



埴生神社に来るのもこれで2回目。
たまたまネットで埴生神社も特別な御朱印を拝受される記事を読んで
どんなものか? 気になっていました。
なかなか仕事の関係で1日とか15日が休みとは限らないので
この日、やっと御朱印拝受の参拝に来る事ができました。



社号標。

      20191015埴生神社01



神社社頭。

      20191015埴生神社02


      20191015埴生神社03



手水舎。

      20191015埴生神社07



拝殿。

      20191015埴生神社04


      20191015埴生神社05



拝殿正面。

      20191015埴生神社06




別アングルからの拝殿。

      20191015埴生神社08


      20191015埴生神社09



そして、こちらが本殿。

      20191015埴生神社10


      20191015埴生神社11




拝殿正面に飾られた提灯。

      20191015埴生神社12



前回気付かなかったけれ、本殿裏手の境内社。

      20191015埴生神社14



その近くには石仏が並ぶ。

      20191015埴生神社13

この辺りは神仏習合の名残りだろうか?




こちらが、1日、15日限定の御朱印。

      20191015埴生神社15

埴生神社の社号が金文字の御朱印。
紅葉の印が10月を表しているようです。




スポンサーサイト



2019/12/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪...............台方 麻賀多神社. (2019年10月15日)(千葉県成田市) 

10月15日

この日は15日。

毎月1日、15日に(特別な)御朱印の対応をしている神社を巡りました。


富里香取神社をあとにして、向かった先は................台方 麻賀多神社。


台方 麻賀多神社って言われても、ピンと来ない人も多いでしょう
成田市に鎮座する麻賀多神社で、この地域に点在して鎮座する麻賀多神社18社の
惣社とされている神社です。


神社社頭。

      20191015台形麻固賀多神社01



社号標。

      20191015台形麻固賀多神社02



手水舎。

      20191015台形麻固賀多神社03



由緒書き。

      20191015台形麻固賀多神社05



この石段に先が社殿になります。
  
      20191015台形麻固賀多神社04


実は前回訪れた時は、ちょうど拝殿の新築工事中。
そのため、仮宮にお参りすると言う形でした。
あれから、2年近く経っているから、拝殿も完成しています。




こちらが、新しい拝殿。

      20191015台形麻固賀多神社06



やはり、木材の輝きが違います。

      20191015台形麻固賀多神社07



拝殿正面。

      20191015台形麻固賀多神社08


向拝。

      20191015台形麻固賀多神社09



正面に掲げられた扁額。

      20191015台形麻固賀多神社10



別アングルからの拝殿。

      20191015台形麻固賀多神社11


      20191015台形麻固賀多神社12


  
そして、こちらが本殿

      20191015台形麻固賀多神社13



式内社とされる麻賀多神社。

成田市教育委員会の建てた標柱。

      20191015台形麻固賀多神社14


そして、説明板。

      20191015台形麻固賀多神社15



こちらの麻賀多神社のもう一つの見所は、東日本一とされる大杉です。

      20191015台形麻固賀多神社16



樹齢千三百有余年とされる御神木。

      20191015台形麻固賀多神社17
      20191015台形麻固賀多神社18
      20191015台形麻固賀多神社19

昭和10年に千葉県の指定記念樹第一号に指定されています。

古来より御神木には心霊が宿っていると言い伝えられ、
延命長寿のご利益を授かることでも有名らしい。


社務所に立ち寄って御朱印を拝受します。

      20191015台形麻固賀多神社20

こちらの麻賀多神社は毎月1日、15日の2日間のみの御朱印対応です。
拝殿も新しくなったし、令和の時代だし、
御朱印を頂くことにいたしました。


こちらが、その御朱印。

      20191015台形麻固賀多神社21

氏子さんが墨書きされましたが、やはり達筆ですね。





2019/12/02 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

名古屋城址 (2019年3月10日)(千葉県成田市) 

3月10日

この日は、成田市に出かけました。

この日、成田市に来た目的の一つである城址巡り。
以前から訪れたかった名古屋城址にやって来ました。


愛知県生まれの私にとって、名古屋城と言えば
金の鯱鉾の尾張名古屋城なのですが、
千葉県成田市にも名古屋城が在りました。


名古屋城は、その築城時期等は不詳ですが、
千葉氏の庶流である大須賀氏の本城である松子城の支城と言われています。
しかしながら、その傍流の助崎大須賀氏の居城である助崎城に近く
実際には助崎大須賀氏の支城であったものと推測されます。

城址は、山林や畑になっており、曲輪や土塁、空堀が残存していて、
約500m四方の城域を擁する城であったと推測されています。



こちらが、名古屋城の縄張り図。

      20190310名古屋城址 縄張り図

( 余湖さんのHP よりお借りしました。 )



余湖さんも、ご自身のHPにて記載されていますが
分かりづらい場所に在りました。

      20190310名古屋城址01


      20190310名古屋城址02


この場所に辿り着くまで、かなり遠回りをして
あさっての場所を徘徊していました(笑)。

      20190310名古屋城址03

民家の左脇を進みます。


この先が二郭へと続きます。

      20190310名古屋城址04



倒木が侵入を拒んでいるのか?

      20190310名古屋城址05



縄張り図のA部。
空堀と土塁。

      20190310名古屋城址06


      20190310名古屋城址07


      20190310名古屋城址08


      
二郭虎口。

      20190310名古屋城址11



とにかく、二郭は広い。

      20190310名古屋城址12



そして、その耕地化されて畑となったようですが
一部は休耕しているようです。

      20190310名古屋城址13


      20190310名古屋城址14



遠くに何かがあります。

      20190310名古屋城址15



280mmの望遠レンズで確認。

      20190310名古屋城址16

縄張り図にも載っていますが、廃バスですね。



この辺りが、二郭と主郭を隔てる空堀跡。

      20190310名古屋城址17

埋め戻されているけど、堀幅は50m近くあったらしい。



主郭虎口。

      20190310名古屋城址18


      20190310名古屋城址19



虎口の土塁。

      20190310名古屋城址20



主郭にも土塁が張り巡らされている。

      20190310名古屋城址21


金の鯱鉾も、復興天守閣も無いけれど、これでも立派な名古屋城址。

そもそも、城郭用語である『根古屋』がナマって
『 根古屋.........ねこや......ネコヤ.........なごや.........名古屋.........』と転じたとも言われている。
( おいおい、本当かよ?)

やっぱり、城址巡りは面白い。



2019/05/04 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................助崎須賀神社 (2019年3月10日)(千葉県成田市) 

3月10日

この日は、成田市に出かけました。

成田市に来た目的の一つである助崎須賀神社にやって来ました。


助崎 須賀神社は、成田市名古屋に鎮座する神社です。


安政年間に社殿が全焼したために縁起が残っていないと言う事ですが、
仁寿3年(853年)に創建されたと伝えられる歴史ある神社となっています。
古くから「助崎の天王様」と呼ばれ、近隣のみならず、
常陸方面からも信仰を集めているそうです。


御祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。


実は、こちらの須賀神社に訪れたのは、コレで2回目。
普段は無人の神社ですが、正月ならば宮司さんも神社に居るだろうと
元旦の日に訪れましたが不在でした。

リベンジと言うことで、再び訪れてみました。


神社社頭。

      20190310助崎須賀神社01



手水舎。

      20190310助崎須賀神社02



拝殿。

      20190310助崎須賀神社03


拝殿正面。

      20190310助崎須賀神社04



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190310助崎須賀神社05


もう一枚。

      20190310助崎須賀神社06



別アングルからの拝殿。

      20190310助崎須賀神社07



そして、こちらが本殿。

      20190310助崎須賀神社08



こちらの須賀神社は、何と言っても神紋が月星紋。

      20190310助崎須賀神社09



この神紋が堪りません。

      20190310助崎須賀神社10


      20190310助崎須賀神社11


      20190310助崎須賀神社12



千葉氏関連の神社と言うことで、
テンションが上がってしまいます。


千葉市に近い所に住んでいて、千葉氏とも馴染みの深い場所に
千葉氏関連の家紋を神紋として使っている
否が応でも、意識しちゃいます。

この近くには、千葉氏関連の名古屋城址も在るしね。

城好きで、神社好きには堪らない(笑)。



拝殿前の天水桶。

      20190310助崎須賀神社13

ここにも、月星紋。



御神木。

      20190310助崎須賀神社14
     20190310助崎須賀神社15
      20190310助崎須賀神社16


      20190310助崎須賀神社17
      20190310助崎須賀神社18



前回は、宮司さんと連絡が取れませんでしたが
今回は、バッチリ。

御朱印を頂く事が出来ました。

      20190310助崎須賀神社19

車で5分ほど離れた隣町(隣の集落)の宮司さん宅にて拝受いたしました。




2019/05/03 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪   南羽鳥熊野神社   (2019年1月20日)(千葉県成田市) 

1月20日

この日は、茨城県の河内町に出かけました。

千葉県の北総地区から利根川を渡れば茨城県。
我が町、佐倉市からは国道51号にて酒々井町、
成田市からは国道408号にて利根川を渡ります。

河内町に9時半の待ち合わせ。
その前に、成田市南羽鳥の熊野神社に立ち寄ってみました。

こちらの熊野神社に訪れるのも、これで2回目。
( 前回の訪問記は こちら )

静けさの中に、厳かさが共存する神社。
個人的にはお気に入りの神社なんですよ。


神社社頭。

      20190120南羽鳥熊野神社01



鳥居。

      20190120南羽鳥熊野神社02


参道。

      20190120南羽鳥熊野神社03


手水舎。

      20190120南羽鳥熊野神社04



拝殿。

      20190120南羽鳥熊野神社05


拝殿正面。

      20190120南羽鳥熊野神社06


拝殿正面に飾られた提灯。

      20190120南羽鳥熊野神社07

神紋の九曜紋が気になります。



びいすけ もしっかりと参拝。

      20190120南羽鳥熊野神社08


参拝の証として、御朱印も拝受。

      20190120南羽鳥熊野神社09


さぁ、今日も動き回りますよぉ〜!!



2019/03/13 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り................船形 麻賀多神社 (2019年1月1日)(千葉県成田市) 

1月1日

元旦のこの日、2019年の初詣ツアーと称して
普段、行けない神社。
行きづらい神社。
行きたいと思っていた神社。
宮司さんに会えず、御朱印を拝受し損なった神社。
諸々の神社を参拝しちゃいましょう。

と言うことで、助崎須賀神社をあとにして、向かった先は...............麻賀多神社 船形奥宮。

麻賀多神社 船形奥宮 は、成田市船形に鎮座する神社です。

印旛沼の南岸地区の、八千代市、佐倉市、成田市、富里市にのみ18社点在して鎮座する麻賀多神社。
その麻賀多神社の総社と言われるのが成田市台方に鎮座する麻賀多神社。
そちらを通常は本宮と呼び、台方より1kmほど奥まった地区である船形に鎮座する麻賀多神社を
奥宮と称しているようです。

印旛国の初代国造・伊都許利命が霊夢により杉の根元から
7個の玉と1枚の鏡を掘り出し、稚日孁命を祀ったのが奥宮の始まりと言われています。
その後、伊都許利命の八世子孫・広鋤手黒彦が台方に社殿を造営しました。
よって、船形の『麻賀多神社』を「奥宮」、台方の社を「大宮」とも言うそうです。


御祭神は、稚日女尊。


以前、本宮を参拝し御朱印を頂いていましたが
ネットを見ると、奥宮の御朱印をアップしている方もいる。
宮司さんに問い合わせてみると、奥宮の御朱印は出していないと言う。

あれっ!?
どう言う事?

ひょっとして、氏子さんが御朱印を出しているいるのか?
そう言う神社もかなり有ると聞きます。
(兼務社の場合、御朱印は氏子総代さんが管理していて、
宮司さんと言えども勝手に押印する事が出来ない場合があるようです。)

ならば、元旦のこの日ならば、氏子さん達も集まっているはず............

そんな意気込みで、麻賀多神社へと向かいます。



こちらが社号標。

      20190101麻賀多神社奥宮01


社頭の一の鳥居前にて。

      20190101麻賀多神社奥宮02


参道口の掲示板。
個人的な通称『定』(笑)

      20190101麻賀多神社奥宮03

一応、境内犬禁止って書いてないから、びいすけ も大丈夫そう。




参道の狛犬、      

      20190101麻賀多神社奥宮05


      20190101麻賀多神社奥宮06



二の鳥居。

      20190101麻賀多神社奥宮07



手水舎。

      20190101麻賀多神社奥宮08


拝殿へと向かいます。

      20190101麻賀多神社奥宮09



こちらが拝殿。

      20190101麻賀多神社奥宮10


拝殿正面。

      
20190101麻賀多神社奥宮11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190101麻賀多神社奥宮12



別アングルからの拝殿。

      20190101麻賀多神社奥宮13


      20190101麻賀多神社奥宮14



そして、こちらが本殿。

      20190101麻賀多神社奥宮15



境内社。

      20190101麻賀多神社奥宮16


      20190101麻賀多神社奥宮17


      20190101麻賀多神社奥宮18


      20190101麻賀多神社奥宮19


      20190101麻賀多神社奥宮20



御神木の前には石祠。

      20190101麻賀多神社奥宮21



そして、こちらが御神木。

      20190101麻賀多神社奥宮22
      20190101麻賀多神社奥宮23
      20190101麻賀多神社奥宮24



成田市教育委員会が設置した標柱。

      20190101麻賀多神社奥宮25

式内社 麻賀多神社(手黒社)とあります。

麻賀多神社は、平安時代に編修された『延喜式』の「神名帳」に記載されている由緒ある神社で、
台方区稷山には本宮と、ここ船形区手黒の奥宮の二社があります。
台方の本宮と区分するため、手黒社とも称しているようです。



こちらは、境内社にはならないようですが............

伊都許利神社。

      20190101麻賀多神社奥宮26



手水鉢。

      20190101麻賀多神社奥宮27



こんもりと盛り上がってる台地は実は古墳です。

      20190101麻賀多神社奥宮28

すなわち、伊都許利神社は印旛国造・伊都許利命の墳墓に鎮座する神社になります。


由緒書き。

      20190101麻賀多神社奥宮29

ここで、気になるのは由緒書きの結び。
伊都許利神社社務所と記載されている。

てっきり、麻賀多神社の境内社だと思っていたら、
どうやら管理は別のようです。



こちらは、伊都許利命の墓石碑。

      20190101麻賀多神社奥宮30


その脇に建つ説明板。

      20190101麻賀多神社奥宮31



さらに、古墳の右側には別な社?
比較的新しい鳥居が建てられている。

      20190101麻賀多神社奥宮32


その鳥居には、『金刀比羅神社』の神額。

      20190101麻賀多神社奥宮33



こちらは、社号標。

      20190101麻賀多神社奥宮34



小さくても立派な神社。

      20190101麻賀多神社奥宮35


小さな祠もあります。

      20190101麻賀多神社奥宮36


と言うことは...........................
金刀比羅神社、伊都許利神社、麻賀多神社と3つの神社が隣接していることになる。




こちらが麻賀多神社 奥宮の社務所。

      20190101麻賀多神社奥宮37



一応、参集殿と書かれているが、授与所も併設された社務所。

      20190101麻賀多神社奥宮38



陽も傾きかけて、集まっていた氏子さん達も
仮設テントの撤収に取り掛かっている。

      20190101麻賀多神社奥宮39

慌てて、御朱印の事を尋ねると
一人の氏子さんが親切に応対していただき
墨書きの御朱印を手に入れることが出来ました。


こちらが、船形 麻賀多神社 (奥宮)の御朱印。

      20190101麻賀多神社奥宮40


やっぱり、この日に参拝に来て正解でした。




2019/02/18 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

六所神社 (2018年3月17日)(千葉県成田市) 

3月17日

この日は、成田市近郊の神社巡りに出かけました。

成田豊住熊野神社をあとにして、向かった先は..................六所神社


成田市と言っても、市街地からは遠くて離れ、
利根川に近い成田市の外れになる竜台と言う地区に鎮座する六所神社。


六所神社の由緒については、詳細は不明です。
ただ六所神社と称する神社は全国に多く存在します。
その社名の由来は、六柱の神を祭神とすることが多いのですが
創建後、六つの神社を合祀した場合などにもその由来があります。
しかしながら、こちらの六所神社は、御祭神は鹽土翁之命の一柱のみ。
う〜む、謎です..............。


こちらが、六所神社の社号標。

      20180317六所神社01



こちらが、鳥居。

      20180317六所神社02

参道の先には、社殿が見えます。



そして、鳥居に掲げられた神額。

      20180317六所神社03



参道に手水鉢。

      20180317六所神社04



以前は、この場所に篠田惣兵衛さんが建てた鳥居が在ったようです。

      20180317六所神社05



六所神社の鎮座する森は、樹齢の高そうな木々の間多い。

      20180317六所神社06



額にうっすら汗が浮かび上がる晴天ですが
生い茂った木々で陽射しも遮り、少し肌寒い。

      20180317六所神社07


参道の先には拝殿。
そして、石灯籠と狛犬。

      20180317六所神社08



こちらが、拝殿前の狛犬。

      20180317六所神社09



そして拝殿。

      20180317六所神社10

やけに真新しく感じる拝殿。

先人のブログを拝見すると、
以前は瓦葺きの拝殿だったようです。


こちらが、本殿。

      20180317六所神社11


      20180317六所神社12




境内社。

      20180317六所神社13



同じく、境内社の八坂神社。

      20180317六所神社14



(左)御嶽大神
(右)浅間神社

      20180317六所神社15



本殿裏手に並んだ三基の祠。

      20180317六所神社16



さらに、本殿裏手には祠が点在しています。

      20180317六所神社17



六所神社が鎮座しているこの森の周辺は、
以前はかなり鬱蒼としていたのでしょうか?
近年、木々の伐採した後が見られ、
逆に参道の木々が際立つような感じです。


参道の夫婦杉。

       20180317六所神社18
      20180317六所神社19



      20180317六所神社20
      20180317六所神社21




         20180317六所神社24
      20180317六所神社25
      20180317六所神社26




      20180317六所神社27
      20180317六所神社28


山の中にある神社。
静寂な大きな木々の中で、生命の息吹を感じ
自分の内面なら何かを感じる気がしてくる参道。

静寂な分だけ、パワースポットらしさをます。



神社庁のHPをみると、単独の本務社であり、
御朱印も発行されている記述がありましたが、
宮司さんに電話で確認みると、成田豊住熊野神社の兼務社だと言うことで
御朱印も発行されていないようです。




2018/04/29 Sun. 19:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............南羽鳥熊野神社 (2018年3月17日)(千葉県成田市) 

3月17日

この日は、成田市近郊の神社巡りに出かけました。


先ず最初に出かけたのは、成田市南羽鳥地区に鎮座する熊野神社。

熊野神社は、延喜二十年(920年)に仮宮を建てて、
延長元年(923年)に創建されたそうです。
南羽鳥、北羽鳥、長沼、竜台、田川(茨城県河内町)の旧五か村の総鎮守で
他の熊野神社と区別するために、成田豊住熊野神社と称しているようです。
(成田豊住熊野神社のHPは こちら

御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命の夫婦神となります。

熊野神社の神使いは三本足の八咫烏(ヤタガラス)。
導きの神使いとして、人生の道開きの御利益があるそうです。
八咫烏の由縁は、神武天皇の東征の道案内をし勝利に導いたことから、
物事を良い方へと導いてくれる対象となったそうです。
また、太陽にある黒点が八咫烏ともされます。


こちらが、成田豊住熊野神社の入口。
成田市と言っても、市街地からはかなり離れ
自然が多く残る、言わば、ちょっと人里から離れた場所。

      20180317熊野神社01


      20180317熊野神社02



社号標。

      20180317熊野神社03

『指定 村社』の銘記あり。



木造の鳥居。

      20180317熊野神社04

木製の鳥居が、人里からちょっと奥まった場所にピッタリ。


鳥居の注連縄。

      20180317熊野神社05



社殿へと続く参道。

      20180317熊野神社06



参道の手水舎。

      20180317熊野神社07


そして、こちらが拝殿。

      20180317熊野神社08



拝殿内部。

      20180317熊野神社09



拝殿正面に社号の扁額が飾られているかと思ったら.........無い。

      20180317熊野神社10


拝殿正面には、三つ巴の神紋。

      20180317熊野神社11



別アングルからの拝殿。

      20180317熊野神社13



気になる家紋を発見。

      20180317熊野神社12



熊野神社の提灯には、なぜか『九曜紋』。
     
      20180317熊野神社14


      20180317熊野神社15

これって、思い切り千葉氏の家紋なんですけど.........。
成田豊住熊野神社って、千葉氏所縁の神社なんでしょうか?

HPの由緒書きを見ても、その辺には触れていないようですが..................?



拝殿正面には、授与所のように授与品が置かれていて
セルフで初穂料を払って行くシステムのようです。

どうやら、宮司さんは不在のようですね。
宮司さんが居れば、九曜紋の事も訊けたんですけどね。

      20180317熊野神社16



御朱印も書き置きが置かれています。

      20180317熊野神社17



拝殿の脇の縁台に、七福神の恵比寿が置かれています。
何か所以があるのでしょうか.........?

      20180317熊野神社18



こちらが、本殿。

      20180317熊野神社19


      20180317熊野神社20


      20180317熊野神社21



本殿の飾りの彫り物。

      20180317熊野神社22



境内社月見天満宮。

      20180317熊野神社28




同じく、境内社の祓戸大神。

      20180317熊野神社23


      20180317熊野神社24



まだまだ境内社は在ります。

      20180317熊野神社25


      20180317熊野神社26


      20180317熊野神社27


      20180317熊野神社29



手水舎脇の杉の木。

      20180317熊野神社30

真っ直ぐに伸びた杉。
いずれ御神木になるのでしょうか?



こちらが、熊野神社の御朱印。

      20180317熊野神社31

書き置きの御朱印ですが、なかなか立派な御朱印。
成田市の神社の御朱印って、そんなに無いから、
貴重な御朱印の一つになりました。



2018/04/29 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小御門城址 (2018年1月9日)(千葉県成田市) 

1月9日

御朱印巡りで訪れた小御門神社。
その小御門神社の裏の畑の奥に小御門城址があります。
せっかく近くまで来たんだから、そのまま帰ってしまうのは芸がない。

と、言うことで 小御門城址 を攻城してみました。


小御門城址は、『藤原氏館』とも呼ばれ、
元弘の変で後醍醐天皇の身代わりとなり、
この地に流された藤原師賢公が居住したところだと言われています

藤原師賢公は内大臣師信公の御子として生まれ、
花山院師賢と号し和歌・管弦に長じておられました。
若くして後醍醐天皇の側近に奉侍し、元亨以来の重大事に参与し
元弘元年には尹大納言に任ぜられました。
元弘の変(1331年)では天皇の御身代わりとなり、
比叡山に登り、鎌倉幕府軍を討伐なされましたが、
志遂げざるまま下総国に流されました。
公は「主憂ふる時は臣辱められ、主辱めらられる時は臣死す。
縦ひ骨をひしびしおにせられ、身は車裂にせらるるとも傷むべきに非ず」と
慷慨悲憤の思いを詞歌に託され、
元弘2年御齢32歳で建武の中興の礎として名古屋の里(千葉県成田市)に薨去されました。
元弘3年、後醍醐天皇は公の功績を称え、
文貞公の諡を賜い太政大臣を贈られたそうです。



こちらが、小御門城の縄張り図。

      20180109小御門城址21

                         余胡さんのHPからお借りしました。



小御門神社の裏手。
この畑の奥の森が小御門城址。

      20180109小御門城址01


畑の脇の道を進軍し、いざ小御門城址へ。

      20180109小御門城址02



小御門神城址の虎口。

      20180109小御門城址03


虎口手前左側の土塁。

      20180109小御門城址04


      20180109小御門城址05


虎口右手の土塁。

      20180109小御門城址06



その奥には空堀。

      20180109小御門城址07



単郭の小御門城址。
所々に土塁が残っています。

      20180109小御門城址08



基本的に50mほどの三角形状の単郭の小御門城址。
長い間、手付かずの状態だから、藪状態。
でも冬場だから、多少はマシ。

郭中央部に、石碑のようなモノが見えます。

      20180109小御門城址09


少しづつ近寄ってみましょう。

      20180109小御門城址10

どうやら、碑に間違いありません。


明治7年に地元の有志によって建てられた碑。

      20180109小御門城址11



南朝に属した藤原師賢を記念したものらしい。

      20180109小御門城址12


      20180109小御門城址17


      20180109小御門城址13



碑のある辺りから郭内を眺めてみます。

      20180109小御門城址14


      20180109小御門城址15


      20180109小御門城址16




元々は、藤原師賢の居住地と言うことだから
戦国期の山城のような遺構は少ない。   

      20180109小御門城址18


後々は、砦のようなものとして利用されていたのかもしれない。

      20180109小御門城址19



小御門神社の周りにも土塁は残っているけれど
こちらは、小御門城址とは関係ないのだろう。

      20180109小御門城址20


最近、すっかりご無沙汰してしまった城址巡り。
下草が枯れて探索しやすくなったこの時期、
やっぱり城址巡りも忘れないようにしなくっちゃ。





2018/02/28 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............小御門神社 (2018年1月9日)(千葉県成田市) 

1月9日

初詣に成田市の埴生神社へ出かけたこの日。

せっかく成田まで来たのだから、近隣の神社を巡って御朱印をいただこう。
せんな事から、成田市近郊の御朱印巡りとなりました。

神崎神社をあとにして、向かった先は...............小御門神社



小御門神社は、千葉県成田市に鎮座し、後醍醐天皇の忠臣贈太政大臣 藤原師賢公をお祀りしています。
境内は「小御門神社の森」とよばれ、千葉県天然記念物に指定されています。


御祭神である藤原師賢公は、元弘元年(1331年)に後醍醐天皇の身代わりに
比叡山で討幕の挙兵しましたが(元弘の変)捕えられ、
元弘2年に下総国に流されて、その3か月後に32歳で歿しました。
建武中興の際に太政大臣を追贈され、文貞公の諡号が与えられました。

明治10年(1877年)、地域の住民により師賢を祀る神社の創建運動が起こりました。
明治12年(1879年)に神社創建の許可が下りて「小御門神社」の社号が決定し、
明治15年(1882年)に師賢の墓跡に社殿を造営し、同年4月29日に鎮座祭が行われ、
同年6月14日に別格官幣社に列格しました。

後醍醐天皇の身代わりとなったことから、
「身代わりの神」として、交通安全・航空安全に御利益ありとして信仰されています。

藤原師賢は、内大臣師信公の御子として生まれ、
花山院師賢と号し和歌・管弦に長じていたそうです。
若くして後醍醐天皇の側近に奉侍し、元亨以来の重大事に参与し、
元弘元年には尹大納言に任ぜられました。
元弘の変(1331年1)では天皇の御身代わりとなり、
比叡山に登り鎌倉幕府軍を討伐しましたが志遂げざるまま下総国に下り、
藤原師賢は、
「主憂ふる時は臣辱められ、主辱めらられる時は臣死す。
縦ひ骨をひしびしおにせられ、身は車裂にせらるるとも傷むべきに非ず」

と慷慨悲憤の思いを詞歌に託し、
元弘2年10月に32歳で建武の中興の礎として、
名古屋の里(千葉県成田市)に薨去されました。
元弘3年、後醍醐天皇は公の功績を称え文貞公の諡を賜い、
太政大臣を贈ったそうです。



神社入り口に建つ小御門神社の説明板。

      20180109小御門神社35


すぐ近くには、小御門神社の森の説明板。

      20180109小御門神社01


      20180109小御門神社02


その傍らには、碑。

      20180109小御門神社03



こちらが、小御門神社の社号標。

      20180109小御門神社04



そして、鳥居。

      20180109小御門神社05


      20180109小御門神社06



見た感じ、格式が高そうな感じで境内の犬連れはマズいかな?
と思っていると、こんな看板。

      20180109小御門神社07

車馬を乗入る事。
竹木を伐る事。
魚鳥を捕る事。

コレが禁止らしい。
犬には何も触れていない。

さらには、こんな張り紙。

      20180109小御門神社08


      20180109小御門神社09

迷い犬を探して下さいって張り紙。
って事は犬連れ大丈夫そうじゃん。


しゃあ、一緒に参拝しましょう。



参道。

      20180109小御門神社10



石灯籠。

      20180109小御門神社11



手水舎。

      20180109小御門神社12



この先が社殿。

      20180109小御門神社13



境内の狛犬。

      20180109小御門神社14


      20180109小御門神社15



幹に注連縄が巻かれているから、御神木なんでしょうか?

      20180109小御門神社16
      20180109小御門神社17



拝殿前の鳥居。

      20180109小御門神社18


その脇にある、例の桶(?)。

      20180109小御門神社19



年が変わって、厄年も変わっているから
しっかり確認しなくっちゃ。

      20180109小御門神社20



こちらが、拝殿。

      20180109小御門神社21


拝殿内部。

      20180109小御門神社22



賽銭箱には、小御門神社の神紋。

      20180109小御門神社23


拝殿奥の社殿。

      20180109小御門神社24

この場合、本殿と呼んで良いのだろうか?



別アングルから。

      20180109小御門神社25


掲げられている扁額。

      20180109小御門神社26



実は、小御門神社の社殿の奥には土壇があり、
そちらが藤原師賢公の墳墓だと言われています。

土壇の前には碑が建てられています。

      20180109小御門神社27


      20180109小御門神社28



藤原師賢公が眠るとされる土壇。

      20180109小御門神社29


      20180109小御門神社30

藤原師賢公が居住していたのは、
この墳墓から200mほど離れた森の中にある小御門城址。
小御門城址については、また別の記事にて触れたいと思います。





境内には、力石もありました。

      20180109小御門神社31



こちらが、小御門神社の授与所。
御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。

      20180109小御門神社32


宮司さんが御朱印を墨書きされている間
大人しく待っています。

      20180109小御門神社33



こちらが、小御門神社の御朱印。

      20180109小御門神社34


シンプルな墨書きですが、コレもまた乙なものです。



      

2018/02/28 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............埴生神社 (2018年1月9日)(千葉県成田市) 

1月9日

1月も9日ともなれば正月気分も抜けて来ます。

とは言え、今年の正月は風邪で体調を崩し
未だ、初詣にも行っていない。
毎年、元旦の日には七福神巡りと称して、
社寺仏閣を巡り初詣をしているんだけど
今年は、それもしていない。

今更ながらですが、初詣に行こう!

昨年秋から、御朱印巡りにハマっているから
せっかくだから、御朱印のいただける神社、
そして、訪れた事のない神社に行って初詣をしよう!


と言うわけで、向かった先は...............埴生神社



埴生神社は、成田総鎮守として、
近隣の人からは「三の宮様」と呼ばれ、親しまれ崇拝されています。
「子育ての神」として、初宮参りや七五三詣の参拝者が多く、
成田の産土様として厚く崇敬されているそうです。

三ノ宮埴生神社が正式名であり、
その昔、麻生郷(栄町矢口)に一ノ宮の埴生神社、
玉作郷(成田市松崎)に二ノ宮の埴生神社があり、
この地に三ノ宮の埴生神社があったようです。
その名残りなのでしょうか?
三ノ宮埴生神社の向きは真西にむいており、
一ノ宮・二ノ宮のを向いているそうです。

創建年代ははっきりしていませんが、その名前から推測すると
古代に土器の製造を職業としていた土師部一族が創建したと言われています。



こちらが、埴生神社の社号標。

      20180109埴生神社01


埴生神社の鳥居。

      20180109埴生神社02


      20180109埴生神社03



鳥居に飾られた注連縄。

      20180109埴生神社04

真新しい注連縄。
新年を迎えた神社って言う感が溢れています。



参道の由緒書き。

      20180109埴生神社05



石灯籠。

      20180109埴生神社06



こちらは、手水舎。

      20180109埴生神社07


      20180109埴生神社08



そして、こちらが拝殿。

      20180109埴生神社09


      20180109埴生神社10



拝殿に掲げられた扁額。

      20180109埴生神社11



埴生神社の提灯。

      20180109埴生神社12



別アングルからの拝殿。

      20180109埴生神社13


拝殿の鬼瓦。

      20180109埴生神社14



こちらが本殿。

      20180109埴生神社15



こちらは、授与所。
御朱印は、こちらでいただくことが出来ます。

      20180109埴生神社16



本殿脇の御神木(?)

      20180109埴生神社17



境内の摂末社。

      20180109埴生神社18


参道に建つ石碑。

      20180109埴生神社19



こちらが、埴生神社の御朱印。

      20180109埴生神社20


平成30年の初詣は、ここ埴生神社と相成りました。
私と びいすけ の今年一年の健康をお願いしたし、
御朱印もいただいたから、今年が良き1年になると良いなあ...............。





2018/02/25 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 成田山新勝寺 》 (2017年12月1日)(千葉県成田市) 

12月1日

この日は、成田市近郊の御朱印巡りに出かけました。

成田市の代表的な社寺仏閣と言えば...............

ズバリ! 成田山新勝寺。


いわゆる、成田のお不動さん。
毎年、初詣客の参拝が全国第2位と言われる有名な場所。

過去、何度か成田山にお詣りしていますが
御朱印目当てに、改めての参拝です。


駐車場はちょっと離れた場所を利用したから
門前のお土産屋さんの前を歩きながら、山門へ向かいます。

      20171201成田山新勝寺01



新勝寺の案内板。
正式には 大本山 成田山 新勝寺 と呼ぶようです。

      20171201成田山新勝寺02



有名な社寺仏閣だと、犬連れでお詣りするのは気が引けますが
こちらには、過去 びいすけ を連れてきた事がありますが
一応、迷惑にならないように心掛けます。



こちらが、総門。
総門前には寺号標。

      20171201成田山新勝寺03


それにしても立派な総門。

      20171201成田山新勝寺04

さすが、成田山新勝寺。



総門に掲げられた扁額。

      20171201成田山新勝寺05

山号の『成田山』。


総門前の句。

      20171201成田山新勝寺06

謙虚な気持ちで総門をくぐります。



総門の先には仁王門。
その前にはちょっとした石段。

      20171201成田山新勝寺07


      20171201成田山新勝寺10



仁王門と前の左手側には御祈願受付所。
御朱印はこちらで頂くことが出来ます。

      20171201成田山新勝寺08


      20171201成田山新勝寺09



御朱印を待つ間に、お詣りを済ませちゃいましょう。


仁王門へと向かいます。

      20171201成田山新勝寺11


仁王門の扁額と大きな提灯。

      20171201成田山新勝寺12



仁王像。

      20171201成田山新勝寺13


      20171201成田山新勝寺14



小さな池の橋を渡り...............

      20171201成田山新勝寺15


急な石段を上ります。

      20171201成田山新勝寺16



石段を上りきれば、大本堂。

      20171201成田山新勝寺17


こちらが、大本堂。

      20171201成田山新勝寺18


      20171201成田山新勝寺19



こちらは、三重の塔。

      20171201成田山新勝寺20



千葉県内には数多くの寺があるけれど
多重の塔が在る寺は少ないそうです。

      20171201成田山新勝寺21


こちらは、鐘楼。

      20171201成田山新勝寺22



こちらは、一切経堂。

      20171201成田山新勝寺23


聖徳太子堂。

      20171201成田山新勝寺24



東翼殿と大本堂。

      20171201成田山新勝寺25


西翼殿と大本堂。

      20171201成田山新勝寺26



釈迦堂前の御水舎。

      20171201成田山新勝寺27



そして、こちらが釈迦堂。

      20171201成田山新勝寺28



光輪閣前に建つ寺号標。

      20171201成田山新勝寺29



そして太子堂。

      20171201成田山新勝寺30


とにかく広い成田山新勝寺。
まともに全てを参拝したら、時間が足りない。
まあ、びいすけ を連れているから御堂の中には入れないし
今日は、大本堂の前で軽く祈願したから良しとしよう。



こちらが、成田山新勝寺 大本堂の御朱印。

      20171201成田山新勝寺31


新勝寺には幾つかの御堂があり、各御堂ごとに御朱印が頂けるらしい。
現在、6種の御朱印があるらしいが、キリがないし
まともに祈願したのは大本堂のみ。

成田山新勝寺の銘が入った大本堂の御朱印だけ頂いて帰ることにいたしましょう。






2018/01/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............麻賀多神社 《成田・台方》 (2017年12月1日)(千葉県成田市) 

12月1日

この日は、成田市近郊の御朱印巡りに出かけました。

まず、最初に訪れたのは...............麻賀多神社 《成田・台方》


麻賀多神社は、印旛郡市に18社ある「麻賀多十八社」の総本社です。
全国的にも珍しい名前の神社で、印旛沼周辺にだけ18社点在する神社です。
数年前に全18社を巡りましたが、宮司(神職)さんが在する麻賀多神社は
佐倉市の鏑木に鎮座する麻賀多神社と、この成田市台方に鎮座する麻賀多神社だけになります。
当然、御朱印をいただけるのも、この2社になります。


麻賀多神社の社号標。

      20171201麻賀多神社01


こちらが鳥居。

      20171201麻賀多神社02

こちらは二の鳥居になります。
印旛沼近くに、一の鳥居が在るようですが、場所が分からず未確認です。


鳥居には神額の代わりに菊の紋が掲げられています。

      20171201麻賀多神社03



こちらは手水舎。

      20171201麻賀多神社04

朱色の柱が一際目立ちます。


参道。

      20171201麻賀多神社05



参道の石段を上がれば、その先に拝殿。

      20171201麻賀多神社06


境内には、成田市教育委員会が建てた説明板。

      20171201麻賀多神社07



その隣には由緒が記された碑。

      20171201麻賀多神社08


こちらは、社務所。

      20171201麻賀多神社10

御朱印はこちらで頂く事は出来ますが
毎月1日と15日のみしか頂くことは出来ず、書き置きもありません。


この石段を上がれば、拝殿ですが...............
ちょっと雰囲気が違う。

      20171201麻賀多神社11


何と、拝殿は現在工事中。
仮の拝殿が置かれています。

      20171201麻賀多神社12



仮の拝殿とは言え、扁額はしっかりと掲げられています。

      20171201麻賀多神社13



かなり大掛かりな改修工事ですね。

      20171201麻賀多神社14



煌びやかな拝殿の飾り。

      20171201麻賀多神社15


辛うじて確認できる本殿。

      20171201麻賀多神社16


境内の分社。

      20171201麻賀多神社17



こちらは、天日津久神社。

      20171201麻賀多神社18


拝殿の脇には、神楽殿。

      20171201麻賀多神社19


毎年7月最終日曜日の例大祭で、こちらの神楽殿で獅子舞が奉納されます。
この獅子舞は成田市の無形民俗文化財に指定されているそうです。

      20171201麻賀多神社20



こちらの麻賀多神社と言えば『東日本一の大杉』。

      20171201麻賀多神社22
       20171201麻賀多神社21



さすがに東日本一と言われるだけあって
見事な杉です。

               20171201麻賀多神社24

      20171201麻賀多神社23



大杉前のフェンスに掲げられた由緒書き。

      20171201麻賀多神社25

かなりカスれて読みづらい。


その近くに建つ 公津大杉の碑

      20171201麻賀多神社26

正式には、合津大杉と言うみたいですね。



やっぱり、見事な杉です。

       20171201麻賀多神社28
      20171201麻賀多神社27

パワースポットと言われる理由が分かるような気がします。



杉の木だけでなく、麻賀多神社の森も千葉県指定の天然記念物。
こう言う鎮守な森があると、びいすけ も嬉しそうに見えたりします。

      20171201麻賀多神社29



裏参道にあたる森の中に鎮座する天神神社。

      20171201麻賀多神社30



こちらが、麻賀多神社の御朱印。

      20171201麻賀多神社31


拝殿が改修工事中で、ゆっくりと願い事をする事が出来なかったけれど
やっぱり、大杉には神秘なパワーを感じました。

成田市台方の麻賀多神社。
確かなパワースポットでした。


2018/01/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 宗吾霊堂 》 (2017年11月23日)(千葉県内 成田市) 

11月23日

午前中は雨のこの日。
午後から晴れると言う天気予報を信じて
小雨が止みそうな気配を感じ取って、成田市に出かけました。

寺院用の御朱印帳が欲しくて、宗吾霊堂に出かけました。


宗吾霊堂は、宗吾様の名で親しまれる古刹で、
開基は古く、桓武天皇の時代に征夷大将軍・坂上田村麻呂が、
房総を平定した時に戦没者供養のために建立したと言われています。
一般的に宗吾霊堂と言われていますが、正しくは鳴鐘山東勝寺といいます。

江戸時代初期、4代将軍徳川家綱の時代、今から約360年前のことです。
打ち続く凶作と過酷な重税に苦しむ農民たちを救うため、
木内惣五郎(佐倉宗吾)ら6人の名主たちが幕府に農民の窮状を訴えました。
しかし、その訴状は受入れられず、
木内惣五郎は、当時禁じられていた将軍への直訴を決行。
この直訴により、農民たちを苦しめていた重税が見直され、
村々の願いはかなえられましたが、惣五郎は処刑されることに
惣五郎の家族までもがその対象となり、
承応22年(1653年)8月3日、幼い子供らまで刑に処せられました。
まさに命がけの直訴でした。
それから100年後、宝暦2年(1752年)、佐倉藩はその失政を悔い、
木内惣五郎の名誉を回復し、「宗吾道閑居士」の法号を諡号し、
以来「宗吾様」と呼ばれるようになりました。
今では江戸時代の義民・佐倉宗吾様が祀られているお寺として、その名が知れわたるようになりました。


宗吾霊堂に着くと、雨は上がり何とか参拝は出来そうです。

      20171123宗吾霊堂01


参道の手水舎。

      20171123宗吾霊堂02



山門(仁王門)前には、御墓(御廟)。

      20171123宗吾霊堂03

こちらに佐倉宗吾とともに処刑された4人の子供が合葬されています。



      
こちらが仁王門。

      20171123宗吾霊堂05



仁王門前にて。

      20171123宗吾霊堂06



こちらが本堂。

      20171123宗吾霊堂07


      20171123宗吾霊堂09



本堂に掲げられた扁額。

      20171123宗吾霊堂08




本堂の背後にある奥之院。

      20171123宗吾霊堂10



こちらは、大本坊。

      20171123宗吾霊堂11


      20171123宗吾霊堂12


      20171123宗吾霊堂13


      20171123宗吾霊堂14



晩秋の宗吾霊堂。
雨上がりの色付く紅葉もオツなモノ。

      20171123宗吾霊堂15


      20171123宗吾霊堂16



聖天堂。

      20171123宗吾霊堂17



薬師堂。
      20171123宗吾霊堂18



千葉県内では見慣れた碑を発見。

      20171123宗吾霊堂19


房総の魅力500選。

      20171123宗吾霊堂20



鐘楼堂。

      20171123宗吾霊堂21



御朱印は、こちらの御護摩受付所にていただけます。

      20171123宗吾霊堂22



こちらが、宗吾霊堂のオリジナル御朱印帳。

      20171123宗吾霊堂23

御朱印込みで1500円。



そして、御朱印。

      20171123宗吾霊堂24



今まで神社の御朱印だけでしたが
寺院用の御朱印帳も手に入ったから
御利益のある寺院にも行っちゃうおう。




2018/01/01 Mon. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

浅間池  (2017年4月25日)(千葉県成田市) 

4月25日  公休日

この日は印西市に向かいました。
朝10時にジョイフル本田千葉ニュータウン店の車検タイヤセンターで
冬タイヤから夏タイヤへの履き替えの作業を当日予約して
14時15分まで時間が出来てしまった。

北総のドッグランに立ち寄ったりもしたけれど
それでもあと3時間近く時間はある。
一度、家に帰ると言う選択肢もあったけれど
家に帰っちゃうと、再び外出するのが億劫になっちゃう。

そんなわけで、北総のドッグランから、車をすっ飛ばして
向かった先は..............................浅間池。


実は最近、国道464号のバイパスが延伸され、
成田市の北須賀まで行けるようになりました。


よくお邪魔するももんちゃんのブログ (今日はどこ行く? 黒柴日記)にも
最近登場している浅間池。
もんちゃんのブログでその存在を知りましたが、
全く知らない場所。

実は辿り着くまでが一苦労。
何しろ、詳細な情報が乏しく、詳しい地図も余り載っていない。
近くまで来ているんだけど、道が判らず、
同じところをぐるぐると徘徊している状態。

どうやら、成田線沿いだと判り、やっと辿り着けました。

      20170425浅間池01


車も4〜5台停められそうなスペースもあります。

釣り人には知られているようで、平日の昼間だけど
数人の方が釣竿を垂らしています。

      20170425浅間池02



釣りをしている人の邪魔にならないように、池の周りを散策してみましょう。

     20170425浅間池03



浅間池は、上の池と下の池の2つの池を総称して呼ぶようです。

      20170425浅間池04

各々は、そんなに大きくはないようですが
池の周りを一周できる遊歩道が整備されているようです。

      20170425浅間池07



こちらは上の池。

      20170425浅間池05



下の池に比べ、上の池の方が大きいと言うか広い。

      20170425浅間池06


      
広い分だけ、上の池の方が景観が良い。

      20170425浅間池08



こちらは下の池。

      20170425浅間池09



下の池は、見た感じも貯水池だと判ります。

      20170425浅間池10

農業関係の灌漑用溜池として造られたんでしょうか?


下の池の周りには桜の木が立ち並び、
3週間ほど前でしょうかあれば、
綺麗な桜の花を見る事が出来たのでしょう。

      20170425浅間池11



浅間池の背後の台地には浅間神社が祀られています。

      20170425浅間池12



鳥居の奥には台地へと上がる勾配のきつい石段。

      20170425浅間池13



石段を上った先には浅間神社の祠。

      20170425浅間池14

意外にって言うか、かなり小さい。
もっと立派(?)な社が在ると思ってました。



祠の周辺に張り巡らされた土塁。

      20170425浅間池15


      20170425浅間池16



祠の奥には削平地。

      20170425浅間池17



まるで、城郭の郭みたいに見える。

      20170425浅間池18



浅間神社の奥。
まるで虎口のように見えてしまいます。

      20170425浅間池19


削平地といい、この虎口らしきモノといい
この浅間神社の祀られた台地は、ひょっとしたら
城郭跡だったのだろうか...............?





凄い急な石段を降って駐車場に戻りましょう。

      20170425浅間池20

びいすけ がリードを力強く引っ張りますが
足元には気をつけて降って行きます。



まだ、気持ち早いけど遅れるよりは良いから
ジョイフル本田へ戻りましょう。


2017/05/06 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう  《 北印旛沼 》 (2016年7月20日) (千葉県成田市、千葉県印旛郡栄町) 

7月20日 公休日

個人的な連休。

最近、ハマっているダムカード集め。
ハマっているって言っても、まだ3枚。
いわゆる駆けだしって言うやつです。

一番最初にゲットしたのが、地元・佐倉市の西印旛沼のダムカード。

ダムカードに西印旛沼と北印旛沼の二枚が在って
印旛沼が西印旛沼と北印旛沼に分かれていることも最近になって知りました。

西印旛沼のダムカードを手に入れたんなら
北印旛沼のダムカードも手に入れなきゃダメでしょう。
と言うことで、向かった先は...............北印旛沼


印旛沼は、利根川下流右岸、下総台地の中央に位置します。
もともとは "W" 字型のより大きい沼であったが、
戦後の干拓によって2つの細い水路でつながった北部調節池(北印旛沼)と
西部調節池(西印旛沼)に水域が分かれ、面積は半分以下に減少していまいました。
しかし、それでも湖沼としては千葉県内最大の面積を誇っています。
ちなみに北印旛沼と西印旛沼は、印旛捷水路または中央排水路を介して繋がっています。

通常、印旛沼の水は北印旛沼から長門川を下って利根川へと流れて行きます。
しかしながら、印旛沼自身の増水(内水)や利根川洪水(外水)での逆流入が起こると
それまでの流出方向とは変わり、西印旛沼から印旛放水路(新川・花見川)を伝って東京湾へと排水されます。

すなわち、印旛沼の水位によって北印旛沼から利根川に流れたり
西印旛沼から花見川へと流れを変えるダムのような役目も備えています。


まずは、ダムカードを貰いに行きましょう。


配布場所は、成田市北須賀にある印旛沼漁業協同組合の水産センター。

      20160720北印旛沼01

配布時間が9:00〜11:00って短いから
ついつい行きそびれてしまってました。


ダムカードは直売所で貰えるようです。

      20160720北印旛沼02


北印旛沼のダムカード、ゲット!

      20160720北印旛沼03


この水産センターは、甚兵衛公園のすぐ近く。
とりあえず、甚兵衛公園の奥の北印旛沼の湖畔へと向かってみます。

      20160720北印旛沼04


      20160720北印旛沼05


      20160720北印旛沼06



確か、北印旛沼から利根川に流れる水路(長門川)に水門が有ったはず...............
そんなことを思い出し、ダムではないけれど、水門を見に行きましょう。


成田市のお隣。
印旛郡栄町に酒直水門があります。

こちらが、酒直水門。

      20160720北印旛沼07

水門は橋として活用されています。



酒直水門の碑。

      20160720北印旛沼08


      20160720北印旛沼09



長門川沿いの道から水門を眺めながら
上流域を歩いてみます。

      20160720北印旛沼10


      20160720北印旛沼11


      20160720北印旛沼12

ちなみに、酒直水門の上流域が北印旛沼。
下流域が長門川になるようです。




水門の上に何人かの作業員。
1人や2人じゃないから
何かトラブルでもあったのでしょうか?

      20160720北印旛沼13


邪魔をしないように(迷惑にならない程度に)声を掛けてみると
定期点検で、水門の開閉の点検を行っているらしい。


水門には何枚かの門(ゲート)があり、こちらのゲートは閉ざされ
利根川に流れる長門川の水量を調整しているようです。

      20160720北印旛沼14



酒直水門の近くは、釣りは禁止。

      20160720北印旛沼15



上流域の北印旛沼。

      20160720北印旛沼16


      20160720北印旛沼17



こちらが下流域の長門川。

      20160720北印旛沼18

今まで、気にもしていなかったけれど
印旛沼の役割を知ってくると、水門に対する見方も変わって来ます。
いゃあ〜、勉強になりますわ...............。




こちらがダムカード。

      20160720北印旛沼19


      20160720北印旛沼20



西印旛沼のダムカードと並べてみます。

      20160720北印旛沼21



裏面のイラスト。
実は2枚並べると印旛沼全体の地図になります。

      20160720北印旛沼22


やっぱり、印旛沼のダムカードはセットで揃えないとダメですね。



2016/08/16 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《 成田・高 》    (2016年2月10日)(千葉県成田市) 

2月11日 公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市へ出掛けました。


以前、Yahoo地図を眺めていたら、神埼町に近い成田市の高地区に
妙見神社があるのを見つけた。
それがず〜っと気になっていて、香取市に向かう途中で立ち寄ってみました。


こちらが妙見神社。

      20160210妙見神社 成田・高01



県道161号(旧道の利根水郷ライン)から高地区の集落へと上がって行く
坂道の途中に妙見神社はひっそりと鎮座していました。

      20160210妙見神社 成田・高02


鳥居に掲げられた神額には『妙見神社』の文字。

      20160210妙見神社 成田・高03



そもそも、この北総地区は戦国時代に千葉一族の影響下にあり
その千葉一族は城の鬼門である北東に妙見神社を祀っていました。
と言うのも 千葉一族がそろって信仰していた神が『妙見』です。
『妙見』は、古く奈良時代に大陸から伝わった北極星(北辰)を神格化した神で、
道教や仏教、特に密教の影響を受け、神仏習合のもと妙見菩薩と称されました。
千葉氏は妙見信仰一族結束の根本として鎌倉時代初期から妙見信仰を行い
一族は各地へ移り住み、妙見を勧請して領内に祀って言ったとされています。

即ち、この妙見神社が千葉氏関連のものとすれば
どこかに千葉氏の家紋である月星紋や七曜紋、九曜紋が残っているかも知れない。
神紋が千葉氏の家紋と同じ可能性があります。

仮に千葉氏の家紋があれば、南西の方角に城が有ったかも知れない。

そんなことを考えながら訪れた妙見神社。
しかし、思っていたよりも小さく、また神紋そのものがありませんでした。

      20160210妙見神社 成田・高04



狛犬の前で犬(ビーグル)が鎮座します。

      20160210妙見神社 成田・高05


      20160210妙見神社 成田・高06



本殿の前には亀。

      20160210妙見神社 成田・高07

天体は、東は歳星、西は太白、南は蛍惑、北は辰星と呼ばれます。
北極星は北辰星と呼ばれ、ここから、妙見信仰は北辰信仰とも言われます。

東西南北の方位の四神(守護神)のうち、北は玄武です。
北方の守護神、北方の守護神、玄武(げんぶ)は、
中国の想像上の神獣で、足・首の長い亀に蛇が巻きついた形をしています。
北極星や北斗七星の化身、妙見菩薩の神使は、北の守護神の玄武とされ、
一般には亀が象徴しています。

即ち、この亀は紛れもないこの妙見神社の使いとなるわけです。




どうやら、この妙見神社の鳥居は東日本大震災の時に崩壊してしまったようで
その後、新たに建てられたモノのようです。

      20160210妙見神社 成田・高08



妙見神社の背後は崖。

      20160210妙見神社 成田・高09



びいすけ も覗きこみますが...............

      20160210妙見神社 成田・高10

『 危ないよぉ〜! 』


残念ながら、千葉氏の家紋はありませんでした。
南西の方角は高台。ちょうど高地区の集落が広がっています。

急いでいたので、じっくりと高地区の集落を歩いていませんが
雰囲気的にも城が有った形跡は無さそうです。

スマホを取り出し、勝手に師と仰ぐ余胡さんのHPを確認して
やっぱり近くに城跡が無い事を確認して、この地をあとにすることにした...............。




2016/02/19 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

甚兵衛公園のコスモス & 甚兵衛の渡し  (2015年10月10日)(千葉県成田市) 

10月10日 公休日

この日は、午前中に自宅を抜け出し成田市に出かけました。

目的は甚兵衛公園のコスモス。


宗吾街道が印旛沼にかかる甚兵衛大橋を渡ろうとする手前に
松が高く茂る森があります。
ここは水神の森と言って、かつて渡し船の船着き場がありました。
その渡しは、『甚兵衛渡し』と言われています。

沼の畔には、甚兵衛の供養塔と石碑があります。
現在では、県立印旛手賀沼自然公園の一部の「甚兵衛公園」として、
コスモスや菜の花などの四季折々の花々を楽しむことが出来ます。

折しも、季節は秋本番。
今年も甚兵衛公園のコスモスを満喫いたしましょう。


駐車場に車を止め、コスモス畑を目指します。
コスモス畑は甚兵衛公園の奥に隠れるようの場所にあります。

      20151010甚兵衛公園のコスモス11

確か、去年来た時は牧の原公園と比べると開花がかなり遅かった気がしたから
少し訪れる時期が早かったかな? なんて思ったりしましたが、
甚兵衛公園のコスモスはちょうど見頃、
良い感じでコスモスが咲いていました。

      20151010甚兵衛公園のコスモス04



コスモス畑をゆっくりと散策してみましょう。

      20151010甚兵衛公園のコスモス05



基本的にあまり植物には、あまり興味がありませんが
季節を感じさせてくれる花は別物。
春の梅、桜。
初夏のアヤメ、菖蒲。
夏の向日葵。
そして、秋のコスモス。

特にコスモスはその中でも別格で、
本当に見に来たいと思ってしまいます。
桜の花見みたいに馬鹿みたいに混むこともないから
見に行くのも楽ですね。

      20151010甚兵衛公園のコスモス06



この日も、土曜日だと言うのに誰も居ない。
時間帯にもよるのかもしれないけれど、まさに貸し切り状態。

      20151010甚兵衛公園のコスモス07


      20151010甚兵衛公園のコスモス08



びいすけ と一緒にコスモスを堪能いたしました。

      20151010甚兵衛公園のコスモス09


      20151010甚兵衛公園のコスモス10



      20151010甚兵衛公園のコスモス12


      20151010甚兵衛公園のコスモス13




そもそも、甚兵衛公園のある場所はその昔、水神の森と呼ばれていたそうです。

『甚兵衛渡し』や『甚兵衛公園』の甚兵衛とは

江戸時代、この地を領していた佐倉藩の重い年貢に対して
時の4代将軍家綱に直訴した佐倉惣五郎(佐倉宗吾)を助けて渡し舟守です。
佐倉惣五郎が領民の窮地を救うべく、江戸へ直訴に行くきに、
自らの命を省みずに佐倉惣五郎を舟に乗せ、対岸まで送り届けたという男です。
佐倉藩の禁を破ったことで印旛沼に身を投げ、責任を取った甚兵衛。

その甚兵衛を祀っているとされる 水神社 が甚兵衛公園の中にあります。

      20151010甚兵衛公園のコスモス14



この甚兵衛公園、かつては水神の森とも呼ばれ
松の名所でもありました。

      20151010甚兵衛公園のコスモス18



『日本の名松百選』にも選定されているようです。

      20151010甚兵衛公園のコスモス19



しかしながら、松食い虫等の被害から、かなり松も傷んでしまい
所々伐採されています。

     20151010甚兵衛公園のコスモス16


     20151010甚兵衛公園のコスモス17



地元の有志の方々も水神の森の松を守る会を作られているようです。

      20151010甚兵衛公園のコスモス15



いつまでも、この松が残っていてくれることを願います。

      20151010甚兵衛公園のコスモス20






甚兵衛公園の駐車場入口に建つ標柱。

      20151010甚兵衛公園のコスモス02


      20151010甚兵衛公園のコスモス03


      20151010甚兵衛公園のコスモス01

かつて、この辺りは『甚兵衛渡し』と言って
印旛沼の渡し舟が出ていたらしい。

昭和年に甚兵衛大橋が出来て、渡し舟は廃止となりました。





印旛沼中に岸辺。

この辺りを渡し舟が通ったのでしょう。

      20151010甚兵衛公園のコスモス21



こちらが、甚兵衛大橋。

平成7年に建て替えられた2代目のようです。

      20151010甚兵衛公園のコスモス22


      20151010甚兵衛公園のコスモス24



甚兵衛大橋から眺める印旛沼。

      20151010甚兵衛公園のコスモス23



佐倉惣五郎が甚兵衛の舟で印旛沼を渡った時は雪が降る寒い日だった時は言う。

この風景を決死の覚悟で江戸に向かって行ったのでしょう。

      20151010甚兵衛公園のコスモス25



いつもは車で簡単に走り過ぎてしまう、甚兵衛大橋。
でも、『甚兵衛渡し』の伝承を知ると、
複雑な思いが胸に残るのは、何故なんだろう...............。



2015/11/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

向日葵@佐倉ふるさと広場 (2015年7月12日)(千葉県佐倉市) 

7月12日 公休日

個人的な連休2日目。

一昨日までの怪しい天気とうって変わり、2日続けての好天気。
この日も昼間は30℃超えの夏日。
思わず、『梅雨明けか!?』と言いたくなるほどです。

昼間は、撮り溜めしていたドラマを見て時間を過ごし、
陽も傾き始めた(?)17時過ぎに出掛けることにしました。

向かった先は...............佐倉ふるさと広場



毎年、この時期には風車のあるふるさと広場に
向日葵の花が咲き乱れています。

8月1日に開催される市民花火大会の会場でもある、ふるさと広場。
花火当日までに、向日葵も刈り取られ花火大会の特等席となるため
向日葵を見に行くなら、この時期となります。


17時過ぎても、まだまだ明るい7月。

      20150712ふるさと広場ひまわり01


春にはチューリップ
秋にはコスモス
そして、夏には向日葵

四季(実際には、春夏秋の三季ですが)の花が植えられ
風車の前で満開になる佐倉ふるさと広場。

一説によれば、5月下旬に2万本の向日葵の種が植えられたそうです。

      20150712ふるさと広場ひまわり02


      20150712ふるさと広場ひまわり03



満開には、気持ち早いかな?って感じはするけれど
風車と向日葵の花。

画になりますねぇ。

      20150712ふるさと広場ひまわり04


びいすけ と向日葵畑を散策いたしましょう。

      20150712ふるさと広場ひまわり05



ふと気付いたのは、東側から風車を眺めているんだけど
向日葵の花が東に向いている。

      20150712ふるさと広場ひまわり06


      20150712ふるさと広場ひまわり07


      20150712ふるさと広場ひまわり08




ワンちゃんを連れて散歩に来られる方も多く
この日も2組のわんこ連れに遭遇しました。

ワンちゃんの残り香が気になるのか?

      20150712ふるさと広場ひまわり10


      20150712ふるさと広場ひまわり14




17時をとっくに過ぎたこの時間帯でも、陽射しはちょっぴりきつい。

      20150712ふるさと広場ひまわり09


      20150712ふるさと広場ひまわり11



びいすけ もちょっぴり舌が長く伸びている。

      20150712ふるさと広場ひまわり12


      20150712ふるさと広場ひまわり13

17時過ぎでもやっぱり陽射しがあると、厳しいのかな?




約2万本と言われる向日葵。
やっぱり、西陽の方角とは違う北や東を向いているモノが多い。

向日葵って、太陽の方に花が向くんじゃなかったっけ?

      20150712ふるさと広場ひまわり15


      20150712ふるさと広場ひまわり16


      20150712ふるさと広場ひまわり17


      20150712ふるさと広場ひまわり18


この向日葵も今月いっぱいの命。
花火大会の会場だから、仕方ないとは言え
刈られてしまうのは残念です。





ふるさと広場近くの印旛沼。

8月1日の夜にはこの湖上をを色とりどりの花火が輝きます。

      20150712ふるさと広場ひまわり19

      20150712ふるさと広場ひまわり20


花火も見に来たいけれど、大勢の人がいるから
犬連れではちちょっと無理かな?

自宅近くにどこか高台でこっそり眺めることにしよう.............。









2015/07/23 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

学校跡を訪ねて................旧・豊住小学校跡  (2015年6月28日) 

6月28日 公休日

広の台城址を訪れた際に、北羽鳥の香取神社に車を停めようかと思ったけど
駐車場がないから、隣接する豊住公民館に車を停めさせて貰いました。

その時は気付かなかったんですが、いざ帰ろうとした時に
香取神社から豊住公民館へと向かう最中に、

『あれ!?』

『これって、ひょっとしたら...............?』

気になってしまうと、確認しなくちゃ気が済まない。


と、言うことで豊住公民館の受付のおばさん(お姉さん?)に
話を聞いて、この地がかつての小学校跡だと言うことが分かりました。


偶然、見つけたのは...............成田市立 旧豊住小学校跡


ここでお断り!
豊住小学校は廃校ではありません。現存する小学校です。


そして豊住小学校は

明治22年      北羽鳥常蓮寺に小学校仮設
明治33年      仮校舎狭隘につき南羽鳥観音寺を教場に使用
大正4年      北羽鳥2024に校舎落成
昭和22年      豊住村立豊住小学校と改称
昭和29年      町村合併により成田市立豊住小学校と改称
昭和31年      長沼小学校を廃し長沼分校として,1,2年生収容
昭和34年      長沼分校を廃し本校に合併
昭和40年      新校舎完成し、校地移転

と、このような沿革を歩んでいます。


すなわち昭和40年まで、この地に校舎があり、
子どもたちが学んでいたわけです。



まずは、この坂。
公民館への上り坂ですが、いかにも学校っぽい。

      20150628旧豊住小学校12


『この先が学校です』と言ってもおかしくない雰囲気。

      20150628旧豊住小学校13


      20150628旧豊住小学校14


坂を上がって行くと、豊住公民館の看板。

      20150628旧豊住小学校11


そして、かつての正門。

      20150628旧豊住小学校10

残念ながら、表札は残っていません。


実は、この辺りから『?』と思い始め、
プールを見た瞬間に、学校跡だとほぼ確信しました。


正門を入ってすぐ右にプール。

      20150628旧豊住小学校09

正面には、公民館の建物。
こちらは当時の校舎ではなく、公民館として建てられたモノのようです。


こちらが、そのプール。

      20150628旧豊住小学校03




校庭跡(現在の公民館の中庭)から見たプール。

      20150628旧豊住小学校05



こちらが校庭跡。

      20150628旧豊住小学校02

奥に見えるのがプール。


片隅にある倉庫跡。

      20150628旧豊住小学校跡01

小学校時代の用具か何かをしまっておく場所だったのか?
いわゆる用具置場に見えなくもない。




中庭(校庭跡)から見る公民館。

      20150628旧豊住小学校04


きっと旧・豊住小学校の校舎も、こんな感じで建っていたのでしょう。

      20150628旧豊住小学校06



校旗もかんな感じで掲げられ、風になびいていたのでしょう。

      20150628旧豊住小学校07


残念ながら、二ノ宮像も『学校跡地の碑』もなく、
遊具も残っていない。
いわゆる学校遺構ってモノがプール以外に残っていない。

そんな中でも校庭跡(中庭)の端にある桜並木が
学校跡を彷彿させてくれます。

北辺田小学校の言葉を借りれば

『 ここに たしかに 小学校が在った ............... 』

      20150628旧豊住小学校08







現在の豊住小学校。

      20150628旧豊住小学校15

公民館からは、数百m離れた高台の台地の上。


これが正門。

      20150628旧豊住小学校16


中庭には、『創立百周年の碑』。

      20150628旧豊住小学校17



昭和40年から、ここが子供たちの学び舎。

      20150628旧豊住小学校18


そして、校庭。

      20150628旧豊住小学校19


平成27年4月現在、
豊住小学校は全校児童57名と少ない小学校です。

少子化の波に呑まれ、統廃合が進む成田市の小学校。
ひょっとしたら近い将来、この豊住小学校も統廃合されてしまうかもしれない。

そんな日が来なければいいなとは思うのだけれど..............................。





2015/07/15 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit