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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

村田城址   (2020年1月30日)(千葉県成田市) 

1月30日

この日は、成田市に出かけました。

村田集落にある大須賀小学校第二分教場から
向かって先は..................村田城址。


村田城の築城時期等は不詳ですが、
村田城跡とされるこの地は、中世には大戸庄村田郷と呼ばれ、
国分一族の所領であり、国分氏一族の村田氏の居城と言われています。

村田郷の国分一族が文献史料に見られるのは15世紀初め(応永年間)までであり、
現在見ることの出来る遺構は、戦国末期のものと思われるため、
戦国期には大須賀氏が自己の領域を守るために築いた境目の城であったと考えられます。
大須賀保の北に接する大戸庄を領して大きな勢力を持っていた国分氏に対する城郭として
重要視されたとものと思われるそうです。


成田市の村田集落。
村田城址への目標は、集落に鎮座する妙見神社。


こちらが、村田城の縄張り図。

      20200130村田城址縄張り図

( 余湖さんのHPよりお借りしました )



集落奥の小高い台地。
この台地が村田城址。

      20200130村田城址01


いざ、村田城址へ出陣です。

      20200130村田城址02



民家の脇に建つ城址の標柱。

      20200130村田城址03


以前は無かったようですが、大栄町が成田市と統合して
成田市に変わってから建てられたようです。

      20200130村田城址04


      20200130村田城址05


標柱の先を進みます。

      20200130村田城址06


堀底道が、否が応でも雰囲気を醸し出します。

      20200130村田城址07


久々に戦国時代の土の城に訪れたと言う感が広がります。

      20200130村田城址08

 

こちらが三郭。
   
      20200130村田城址09


削平地ではあるけれど、成長した木々に覆われ、下草も多い。

      20200130村田城址20



堀底道は三郭から右に曲がり二郭へと繋がっている。

      20200130村田城址21



二郭の虎口。

      20200130村田城址22



虎口の土塁。

      20200130村田城址23


二郭の土塁。

      20200130村田城址24


二郭には、妙見神社が鎮座しています。

      20200130村田城址25



こちらが妙見神社。

      20200130村田城址26


      20200130村田城址27


そもそも城主であった村田氏は国分一族。

平安時代末期の惣領である千葉常胤には7人の男子がおり、
庶子にもそれぞれ所領を分与しました。
五男の千葉胤通は、下総国葛飾郡国分寺領(現在の千葉県市川市国分)を分与され、
国分氏を称しました。

胤通、及びその子孫は、下総北部香取郡を中心に発展し、
大戸氏、村田氏、矢作氏などの有力庶流を分出しました。

要するに村田氏も広い意味で言えば千葉一族。
千葉一族の城郭には鬼門である北東に妙見神社を置く事が多い。
この村田城も鬼門として妙見社を置いたようです。


妙見神社の手前には土壇。

      20200130村田城址28


土壇(土塁?)の上には、祠が数基鎮座する。

      20200130村田城址29



土壇の上から眺める妙見社。

      20200130村田城址30

ひょっとしたら、この土壇は見張り台のような役目をしていたのでしょうか?



主郭も削平地ではあるが、木々が繁り、下草も多く
その先に進軍する気にはなれない。

      20200130村田城址31


現在は、成田市ではあるけれど、
旧・大栄町域には、国分氏系統の家臣たちの城郭が
ネットワークのように点在されているらしい。

一気には無理だけど、少しづつそんな城郭を訪れてみたいモノです。




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2020/03/11 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............大須賀小学校第二分教場  (2020年1月30日)(千葉県成田市) 

1月30日  

この日は、成田市に出かけました。

磐裂神社をあとにして、向かった先は......... 旧・大栄町立大須賀小学校第二分教場。

大須賀小学校第二分教場は、明治24年に創立した村田小学校がその始まりとされています。

明治24年  村田耕田寺傍地に村田小学校設立。
明治41年  伊能小学校、桜田小学校、奈土小学校、
       村田小学校が統合され
       新たに大須賀尋常高等小学校が設立される。
       村田小学校は第三分教場となる。
大正2年   第一分教場(旧・伊能小学校)を廃止し、
       第三分教場は、第二分教場と改称する。
昭和22年  学制改革により、大須賀村立大須賀小学校第二分教場と改称する。
昭和30年  大須賀村が町村合併により大栄町となり、
       大栄町立大須賀小学校第二分教場と改称する。
昭和31年  第三分教場(旧・櫻田小学校)が分離独立して、大栄町立櫻田小学校となる
昭和40年  櫻田小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。


この第二分教場については、大須賀小学校のHPでその存在を知りましたが詳細は不明。
学区が村田地区だったことから、村田集落にある『ふれあいセンター』に当たりを付けて訪れました。
公民館のような施設。
確かに学校跡の雰囲気はあるけれど、学校遺構がないから確証はない。
近くの民家の御婦人に訊いてみたら違っていました。

第二分教場は、離れた場所にある公園になっていました。



こちらが、第二分教場の正門跡。

      20200130村田分校01



門柱に表札が残っていれば良かったんですが
残念ながら外されていました。

      20200130村田分校02



裏面には、『昭和33 二分学区 城之内工』と刻まれています。

      20200130村田分校03

おそらく、第二分教場 学校区 と言う意味なんでしょう。
城の内 は、元々村田城が近くにあるから城の内とでも呼ばれていたのでしょうか?



こちらは、県道側の公園出入口。

      20200130村田分校04



現在は、村田街区公園と言うみたいです。

      20200130村田分校05



約55年前に廃校となった分教場跡。
当然、校舎は解体されています。

      20200130村田分校06


公園といっても小さな公園。

      20200130村田分校07


      20200130村田分校09


      20200130村田分校10

門柱以外に、学校跡だと彷彿させるモノはない。




遊具もブランコ1基。


さすがに55年以上も前の事ですから
このブランコは、分教場時代のモノではないでしょう。

      20200130村田分校08



公園に残る木々。

      20200130村田分校11


      20200130村田分校12

これらは、ここが分教場の頃から根付いていたモノでしょう。
これらの木々を懐かしむ人もいるんだろうなぁ。


2020/03/11 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

磐裂神社   (2020年1月30日)(千葉県成田市) 

1月30日

この日は、成田市に出かけました。

大須賀小学校第一分教場(奈土分校)の近くに神社があったので
立ち寄ってみました。


社号標には『磐裂神社』と刻まれています。

      20200130磐裂神社01



磐裂神社は、成田市奈土に鎮座する神社です。

松子城主の大須賀氏が城の鬼門除けのために、
伊勢国の朝熊山から勧請したとされています。

御祭神は、磐裂神。


石段の先に鳥居が見えます。

      20200130磐裂神社02


石段を上って、鳥居の真下の参道。

      20200130磐裂神社03


手水舎。

      20200130磐裂神社04


さらに、その先にも古い手水舎があります。

      20200130磐裂神社05



拝殿。

      20200130磐裂神社06

老朽化?
それとも、昨年秋の台風て傷んでしまったのか?
足場パイプで補強されています。


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20200130磐裂神社07



別アングルからの拝殿。

      20200130磐裂神社08


      20200130磐裂神社09

やはり、足場パイプが痛々しい。


こちらが、本殿。

      20200130磐裂神社10



拝殿前の狛犬。

      20200130磐裂神社11


      20200130磐裂神社12



びいすけ も参拝。

      20200130磐裂神社13



意外に境内社も多い。

      20200130磐裂神社14


      20200130磐裂神社15


      20200130磐裂神社16


      20200130磐裂神社17




こちらは神輿庫でしょうか?

      20200130磐裂神社18


板碑。

      20200130磐裂神社19


この磐裂神社には、約150年前から
「奈土のおびしゃ(御武射)」と言う祭礼が行われていると言うことです。
毎年2月13日前後の日曜日に行われているようです。

当番の官主の家や三差路の路上で新官主と旧官主が盃を交わし、
神様の受け渡しの儀式を行う珍しい儀式です。
千葉県の記録選択無形民俗文化財に指定されているそうです。




2020/03/10 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.............大須賀小学校第一分教場  (2020年1月30日)(千葉県成田市) 

1月30日

この日は、成田市に出かけました。

成田豊住熊野神社をあとにして、向かった先は......... 旧・大栄町立大須賀小学校第一分教場。

この日、成田市に向かった本命は、
ズバリ、こちらの分教場を訪れることでした。


大須賀小学校第一分教場は、明治15年に創立した奈土小学校がその始まりとされています。

明治15年     奈土昌福寺の敷地を借用して奈土小学校設立
明治41年     伊能小学校、桜田小学校、奈土小学校、村田小学校が統合され、
         新たに大須賀尋常高等小学校が設立される。
         奈土小学校は第二分教場となる。
大正2年     第一分教場(旧・伊能小学校)を廃止し、
         第二分教場は、第一分教場と改称する。
昭和22年    学制改革により、大須賀村立大須賀小学校第一分教場と改称する。
昭和30年    大須賀村が町村合併により大栄町となり、
        大栄町立大須賀小学校第一分教場と改称する。
昭和49年    本校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。



こちらが、正門跡。

     20200130奈土分校01

石造りの古い門柱が残っています。



門柱には表札が掲げられています。

     20200130奈土分校02


よく見ると、『大須賀小学校第一分校』と刻まれています。

     20200130奈土分校03


大須賀小学校のHPを覗くと、沿革には『第一分教場』と記されています。
表札は『第一分校』。
どっちが正しいのか?

こちらでは、HPに重きを置いて、『第一分教場』と表記します。



昭和10年に作られた門柱のようです。

     20200130奈土分校04



今から約45年前に廃校となった第一分教場。
当然、往時の校舎は既に解体されています。

     20200130奈土分校05



跡地には、奈土公民館が建てられています。

     20200130奈土分校06


     20200130奈土分校07


     20200130奈土分校08


     20200130奈土分校09



お約束とでも言うべきか?
敷地の一角には、消防倉庫。

     20200130奈土分校10

廃校跡地の定番活用ですね。


地域の公民館であるから、リサイクルゴミの集積所にもなっているようです。

     20200130奈土分校11

成田市のHPを見ると、本校でもある成田市立大須賀小学校も少子化で
近い内に近隣の他校と統合して、小中一貫校に統合されるようです。
旧・大栄町域も小中一貫校が1校のみになってしまうようです。

寂しいものですね。


2020/03/10 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪  成田豊住熊野神社  (2020年1月30日)(千葉県成田市) 

1月30日

この日は、成田市に出かけました。


埴生神社をあとにして、向かった先は.............成田豊住熊野神社。


こちらの神社は、これで3回目の参拝になるのだろうか?
九曜紋のある神社だから、個人的にお気に入りの神社。
やっぱり千葉県に住んでいて、城好きで、小田原北条家のファン。
血縁関係にある千葉氏のシンパで、千葉一族の城郭を巡ったりしていると
月星紋や九曜紋には愛着と言うか、親しみを感じてしまいます。

九曜紋の提灯を見にいきましょう!


熊野神社の看板。

     20200130熊野神社01

 
参道口。

     20200130熊野神社02



社号標。

     20200130熊野神社03



鳥居。

     20200130熊野神社04



参道。

     20200130熊野神社05


手水舎。

     20200130熊野神社06


由緒書き(?)

     20200130熊野神社07



拝殿。

     20200130熊野神社08


向拝。

     20200130熊野神社09



拝殿正面。

     20200130熊野神社10


その内部。

     20200130熊野神社11



別アングルからの拝殿。

     20200130熊野神社12


そして、こちらが本殿。

     20200130熊野神社13



熊野神社の提灯。

     20200130熊野神社14

九曜紋も健在。


びいすけ も参拝します。

     20200130熊野神社15


前回も疑問に感じたのだが............

     20200130熊野神社16

拝殿脇に並べられた、これらのは何なのだろうか?


そして、こちらが御朱印。

     20200130熊野神社17

拝殿前に書置きの御朱印が置かれていて
初穂料を箱に収めるシステム。
宮司さんが居ない時とか、急いでいる時もあるから
こう言ったシステムは個人的には歓迎。

時代は令和。
令和の元号の記された御朱印、頂きました。




2020/03/09 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪  埴生神社   (2020年1月30日)(千葉県成田市) 

1月30日

この日は、成田市に出かけました。

新年1月に、その年の干支をモチーフにした御朱印を授与している神社を
多く見かけるようになった気がします。

成田市郷部に鎮座する埴生神社もその一つ。
昨年は知らなかったから、訪れませんでしたが
今年は他の方のblogで御朱印もチェック。
ギリギリですが、何とか1月中に参拝出来ました。


社号標。

     20200130埴生神社15



神社社頭。

     20200130埴生神社16



手水舎。

     20200130埴生神社01


拝殿。

     20200130埴生神社02


拝殿正面。

     20200130埴生神社03


拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200130埴生神社04



別アングルからの拝殿。

     20200130埴生神社05


     20200130埴生神社06


拝殿正面に飾られた提灯。

     20200130埴生神社07



拝殿正面脇には奉納酒。

     20200130埴生神社08



びいすけ も参拝。

     20200130埴生神社09



境内の由緒書き。

     20200130埴生神社10



授与所の窓口には御朱印の案内。

     20200130埴生神社11


こちらが、御朱印。

1月限定、社号が金文字の御朱印。
(通常、金文字は1日、15日のみらしい)

     20200130埴生神社12


干支に因んで『ねずみ』の文字を配した御朱印。

     20200130埴生神社13



干支に因んで『子(ねずみ)』の文字を配した御朱印。

     20200130埴生神社14


なかなか、凝った御朱印ですね。
書き手のセンスを誉めちゃいます。




2020/03/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 船形麻賀多神社 (2019年12月21日)(千葉県成田市) 

12月21日

この日は、土曜日。
12月の第3土曜日になる。


そう言えば、成田市の船形に鎮座する麻賀多神社は
普段は無人ですが、毎月第1、第3土曜日には氏子さんが居て
その時に御朱印が頂けるらしい。
今年の元旦の日に御朱印を頂きましたが、時代も変わって令和
改めて、御朱印拝受の参拝に出かけました。


社号標。

      20191221麻賀多神社01


神社社頭。
一の鳥居。


      20191221麻賀多神社02



こちらが二の鳥居

      20191221麻賀多神社03



手水舎。

      20191221麻賀多神社04



拝殿。

      20191221麻賀多神社05



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191221麻賀多神社06



そして、こちらが本殿。

      20191221麻賀多神社08


びいすけ も参拝。

      20191221麻賀多神社09



この日は、氏子さんが集まって、境内の大掃除。

      20191221麻賀多神社10


参道や境内に積もった落ち葉を掻き集めています。

      20191221麻賀多神社11


それを軽トラの荷台に詰め込んで、裏山に捨てているようです。

      20191221麻賀多神社13


普段は閉まっていて、無人の社務所ですが
今日は氏子さんが7〜8人集まっているから開いています。

      20191221麻賀多神社14


氏子さんの1人に声を掛けて、御朱印を、お願いしたら
快く対応していただきました。

      20191221麻賀多神社15


こちらが、船形麻賀多神社の御朱印。

      20191221麻賀多神社16


達筆な墨書きの御朱印です。





2020/01/28 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪.............埴生神社 (2019年10月15日)(千葉県成田市) 

10月15日

この日は15日。

毎月1日、15日に(特別な)御朱印の対応をしている神社を巡りました。


台方 麻賀多神社をあとにして、向かった先は................埴生神社。



埴生神社に来るのもこれで2回目。
たまたまネットで埴生神社も特別な御朱印を拝受される記事を読んで
どんなものか? 気になっていました。
なかなか仕事の関係で1日とか15日が休みとは限らないので
この日、やっと御朱印拝受の参拝に来る事ができました。



社号標。

      20191015埴生神社01



神社社頭。

      20191015埴生神社02


      20191015埴生神社03



手水舎。

      20191015埴生神社07



拝殿。

      20191015埴生神社04


      20191015埴生神社05



拝殿正面。

      20191015埴生神社06




別アングルからの拝殿。

      20191015埴生神社08


      20191015埴生神社09



そして、こちらが本殿。

      20191015埴生神社10


      20191015埴生神社11




拝殿正面に飾られた提灯。

      20191015埴生神社12



前回気付かなかったけれ、本殿裏手の境内社。

      20191015埴生神社14



その近くには石仏が並ぶ。

      20191015埴生神社13

この辺りは神仏習合の名残りだろうか?




こちらが、1日、15日限定の御朱印。

      20191015埴生神社15

埴生神社の社号が金文字の御朱印。
紅葉の印が10月を表しているようです。




2019/12/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪...............台方 麻賀多神社. (2019年10月15日)(千葉県成田市) 

10月15日

この日は15日。

毎月1日、15日に(特別な)御朱印の対応をしている神社を巡りました。


富里香取神社をあとにして、向かった先は................台方 麻賀多神社。


台方 麻賀多神社って言われても、ピンと来ない人も多いでしょう
成田市に鎮座する麻賀多神社で、この地域に点在して鎮座する麻賀多神社18社の
惣社とされている神社です。


神社社頭。

      20191015台形麻固賀多神社01



社号標。

      20191015台形麻固賀多神社02



手水舎。

      20191015台形麻固賀多神社03



由緒書き。

      20191015台形麻固賀多神社05



この石段に先が社殿になります。
  
      20191015台形麻固賀多神社04


実は前回訪れた時は、ちょうど拝殿の新築工事中。
そのため、仮宮にお参りすると言う形でした。
あれから、2年近く経っているから、拝殿も完成しています。




こちらが、新しい拝殿。

      20191015台形麻固賀多神社06



やはり、木材の輝きが違います。

      20191015台形麻固賀多神社07



拝殿正面。

      20191015台形麻固賀多神社08


向拝。

      20191015台形麻固賀多神社09



正面に掲げられた扁額。

      20191015台形麻固賀多神社10



別アングルからの拝殿。

      20191015台形麻固賀多神社11


      20191015台形麻固賀多神社12


  
そして、こちらが本殿

      20191015台形麻固賀多神社13



式内社とされる麻賀多神社。

成田市教育委員会の建てた標柱。

      20191015台形麻固賀多神社14


そして、説明板。

      20191015台形麻固賀多神社15



こちらの麻賀多神社のもう一つの見所は、東日本一とされる大杉です。

      20191015台形麻固賀多神社16



樹齢千三百有余年とされる御神木。

      20191015台形麻固賀多神社17
      20191015台形麻固賀多神社18
      20191015台形麻固賀多神社19

昭和10年に千葉県の指定記念樹第一号に指定されています。

古来より御神木には心霊が宿っていると言い伝えられ、
延命長寿のご利益を授かることでも有名らしい。


社務所に立ち寄って御朱印を拝受します。

      20191015台形麻固賀多神社20

こちらの麻賀多神社は毎月1日、15日の2日間のみの御朱印対応です。
拝殿も新しくなったし、令和の時代だし、
御朱印を頂くことにいたしました。


こちらが、その御朱印。

      20191015台形麻固賀多神社21

氏子さんが墨書きされましたが、やはり達筆ですね。





2019/12/02 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

名古屋城址 (2019年3月10日)(千葉県成田市) 

3月10日

この日は、成田市に出かけました。

この日、成田市に来た目的の一つである城址巡り。
以前から訪れたかった名古屋城址にやって来ました。


愛知県生まれの私にとって、名古屋城と言えば
金の鯱鉾の尾張名古屋城なのですが、
千葉県成田市にも名古屋城が在りました。


名古屋城は、その築城時期等は不詳ですが、
千葉氏の庶流である大須賀氏の本城である松子城の支城と言われています。
しかしながら、その傍流の助崎大須賀氏の居城である助崎城に近く
実際には助崎大須賀氏の支城であったものと推測されます。

城址は、山林や畑になっており、曲輪や土塁、空堀が残存していて、
約500m四方の城域を擁する城であったと推測されています。



こちらが、名古屋城の縄張り図。

      20190310名古屋城址 縄張り図

( 余湖さんのHP よりお借りしました。 )



余湖さんも、ご自身のHPにて記載されていますが
分かりづらい場所に在りました。

      20190310名古屋城址01


      20190310名古屋城址02


この場所に辿り着くまで、かなり遠回りをして
あさっての場所を徘徊していました(笑)。

      20190310名古屋城址03

民家の左脇を進みます。


この先が二郭へと続きます。

      20190310名古屋城址04



倒木が侵入を拒んでいるのか?

      20190310名古屋城址05



縄張り図のA部。
空堀と土塁。

      20190310名古屋城址06


      20190310名古屋城址07


      20190310名古屋城址08


      
二郭虎口。

      20190310名古屋城址11



とにかく、二郭は広い。

      20190310名古屋城址12



そして、その耕地化されて畑となったようですが
一部は休耕しているようです。

      20190310名古屋城址13


      20190310名古屋城址14



遠くに何かがあります。

      20190310名古屋城址15



280mmの望遠レンズで確認。

      20190310名古屋城址16

縄張り図にも載っていますが、廃バスですね。



この辺りが、二郭と主郭を隔てる空堀跡。

      20190310名古屋城址17

埋め戻されているけど、堀幅は50m近くあったらしい。



主郭虎口。

      20190310名古屋城址18


      20190310名古屋城址19



虎口の土塁。

      20190310名古屋城址20



主郭にも土塁が張り巡らされている。

      20190310名古屋城址21


金の鯱鉾も、復興天守閣も無いけれど、これでも立派な名古屋城址。

そもそも、城郭用語である『根古屋』がナマって
『 根古屋.........ねこや......ネコヤ.........なごや.........名古屋.........』と転じたとも言われている。
( おいおい、本当かよ?)

やっぱり、城址巡りは面白い。



2019/05/04 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................助崎須賀神社 (2019年3月10日)(千葉県成田市) 

3月10日

この日は、成田市に出かけました。

成田市に来た目的の一つである助崎須賀神社にやって来ました。


助崎 須賀神社は、成田市名古屋に鎮座する神社です。


安政年間に社殿が全焼したために縁起が残っていないと言う事ですが、
仁寿3年(853年)に創建されたと伝えられる歴史ある神社となっています。
古くから「助崎の天王様」と呼ばれ、近隣のみならず、
常陸方面からも信仰を集めているそうです。


御祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。


実は、こちらの須賀神社に訪れたのは、コレで2回目。
普段は無人の神社ですが、正月ならば宮司さんも神社に居るだろうと
元旦の日に訪れましたが不在でした。

リベンジと言うことで、再び訪れてみました。


神社社頭。

      20190310助崎須賀神社01



手水舎。

      20190310助崎須賀神社02



拝殿。

      20190310助崎須賀神社03


拝殿正面。

      20190310助崎須賀神社04



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190310助崎須賀神社05


もう一枚。

      20190310助崎須賀神社06



別アングルからの拝殿。

      20190310助崎須賀神社07



そして、こちらが本殿。

      20190310助崎須賀神社08



こちらの須賀神社は、何と言っても神紋が月星紋。

      20190310助崎須賀神社09



この神紋が堪りません。

      20190310助崎須賀神社10


      20190310助崎須賀神社11


      20190310助崎須賀神社12



千葉氏関連の神社と言うことで、
テンションが上がってしまいます。


千葉市に近い所に住んでいて、千葉氏とも馴染みの深い場所に
千葉氏関連の家紋を神紋として使っている
否が応でも、意識しちゃいます。

この近くには、千葉氏関連の名古屋城址も在るしね。

城好きで、神社好きには堪らない(笑)。



拝殿前の天水桶。

      20190310助崎須賀神社13

ここにも、月星紋。



御神木。

      20190310助崎須賀神社14
     20190310助崎須賀神社15
      20190310助崎須賀神社16


      20190310助崎須賀神社17
      20190310助崎須賀神社18



前回は、宮司さんと連絡が取れませんでしたが
今回は、バッチリ。

御朱印を頂く事が出来ました。

      20190310助崎須賀神社19

車で5分ほど離れた隣町(隣の集落)の宮司さん宅にて拝受いたしました。




2019/05/03 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪   南羽鳥熊野神社   (2019年1月20日)(千葉県成田市) 

1月20日

この日は、茨城県の河内町に出かけました。

千葉県の北総地区から利根川を渡れば茨城県。
我が町、佐倉市からは国道51号にて酒々井町、
成田市からは国道408号にて利根川を渡ります。

河内町に9時半の待ち合わせ。
その前に、成田市南羽鳥の熊野神社に立ち寄ってみました。

こちらの熊野神社に訪れるのも、これで2回目。
( 前回の訪問記は こちら )

静けさの中に、厳かさが共存する神社。
個人的にはお気に入りの神社なんですよ。


神社社頭。

      20190120南羽鳥熊野神社01



鳥居。

      20190120南羽鳥熊野神社02


参道。

      20190120南羽鳥熊野神社03


手水舎。

      20190120南羽鳥熊野神社04



拝殿。

      20190120南羽鳥熊野神社05


拝殿正面。

      20190120南羽鳥熊野神社06


拝殿正面に飾られた提灯。

      20190120南羽鳥熊野神社07

神紋の九曜紋が気になります。



びいすけ もしっかりと参拝。

      20190120南羽鳥熊野神社08


参拝の証として、御朱印も拝受。

      20190120南羽鳥熊野神社09


さぁ、今日も動き回りますよぉ〜!!



2019/03/13 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り................船形 麻賀多神社 (2019年1月1日)(千葉県成田市) 

1月1日

元旦のこの日、2019年の初詣ツアーと称して
普段、行けない神社。
行きづらい神社。
行きたいと思っていた神社。
宮司さんに会えず、御朱印を拝受し損なった神社。
諸々の神社を参拝しちゃいましょう。

と言うことで、助崎須賀神社をあとにして、向かった先は...............麻賀多神社 船形奥宮。

麻賀多神社 船形奥宮 は、成田市船形に鎮座する神社です。

印旛沼の南岸地区の、八千代市、佐倉市、成田市、富里市にのみ18社点在して鎮座する麻賀多神社。
その麻賀多神社の総社と言われるのが成田市台方に鎮座する麻賀多神社。
そちらを通常は本宮と呼び、台方より1kmほど奥まった地区である船形に鎮座する麻賀多神社を
奥宮と称しているようです。

印旛国の初代国造・伊都許利命が霊夢により杉の根元から
7個の玉と1枚の鏡を掘り出し、稚日孁命を祀ったのが奥宮の始まりと言われています。
その後、伊都許利命の八世子孫・広鋤手黒彦が台方に社殿を造営しました。
よって、船形の『麻賀多神社』を「奥宮」、台方の社を「大宮」とも言うそうです。


御祭神は、稚日女尊。


以前、本宮を参拝し御朱印を頂いていましたが
ネットを見ると、奥宮の御朱印をアップしている方もいる。
宮司さんに問い合わせてみると、奥宮の御朱印は出していないと言う。

あれっ!?
どう言う事?

ひょっとして、氏子さんが御朱印を出しているいるのか?
そう言う神社もかなり有ると聞きます。
(兼務社の場合、御朱印は氏子総代さんが管理していて、
宮司さんと言えども勝手に押印する事が出来ない場合があるようです。)

ならば、元旦のこの日ならば、氏子さん達も集まっているはず............

そんな意気込みで、麻賀多神社へと向かいます。



こちらが社号標。

      20190101麻賀多神社奥宮01


社頭の一の鳥居前にて。

      20190101麻賀多神社奥宮02


参道口の掲示板。
個人的な通称『定』(笑)

      20190101麻賀多神社奥宮03

一応、境内犬禁止って書いてないから、びいすけ も大丈夫そう。




参道の狛犬、      

      20190101麻賀多神社奥宮05


      20190101麻賀多神社奥宮06



二の鳥居。

      20190101麻賀多神社奥宮07



手水舎。

      20190101麻賀多神社奥宮08


拝殿へと向かいます。

      20190101麻賀多神社奥宮09



こちらが拝殿。

      20190101麻賀多神社奥宮10


拝殿正面。

      
20190101麻賀多神社奥宮11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190101麻賀多神社奥宮12



別アングルからの拝殿。

      20190101麻賀多神社奥宮13


      20190101麻賀多神社奥宮14



そして、こちらが本殿。

      20190101麻賀多神社奥宮15



境内社。

      20190101麻賀多神社奥宮16


      20190101麻賀多神社奥宮17


      20190101麻賀多神社奥宮18


      20190101麻賀多神社奥宮19


      20190101麻賀多神社奥宮20



御神木の前には石祠。

      20190101麻賀多神社奥宮21



そして、こちらが御神木。

      20190101麻賀多神社奥宮22
      20190101麻賀多神社奥宮23
      20190101麻賀多神社奥宮24



成田市教育委員会が設置した標柱。

      20190101麻賀多神社奥宮25

式内社 麻賀多神社(手黒社)とあります。

麻賀多神社は、平安時代に編修された『延喜式』の「神名帳」に記載されている由緒ある神社で、
台方区稷山には本宮と、ここ船形区手黒の奥宮の二社があります。
台方の本宮と区分するため、手黒社とも称しているようです。



こちらは、境内社にはならないようですが............

伊都許利神社。

      20190101麻賀多神社奥宮26



手水鉢。

      20190101麻賀多神社奥宮27



こんもりと盛り上がってる台地は実は古墳です。

      20190101麻賀多神社奥宮28

すなわち、伊都許利神社は印旛国造・伊都許利命の墳墓に鎮座する神社になります。


由緒書き。

      20190101麻賀多神社奥宮29

ここで、気になるのは由緒書きの結び。
伊都許利神社社務所と記載されている。

てっきり、麻賀多神社の境内社だと思っていたら、
どうやら管理は別のようです。



こちらは、伊都許利命の墓石碑。

      20190101麻賀多神社奥宮30


その脇に建つ説明板。

      20190101麻賀多神社奥宮31



さらに、古墳の右側には別な社?
比較的新しい鳥居が建てられている。

      20190101麻賀多神社奥宮32


その鳥居には、『金刀比羅神社』の神額。

      20190101麻賀多神社奥宮33



こちらは、社号標。

      20190101麻賀多神社奥宮34



小さくても立派な神社。

      20190101麻賀多神社奥宮35


小さな祠もあります。

      20190101麻賀多神社奥宮36


と言うことは...........................
金刀比羅神社、伊都許利神社、麻賀多神社と3つの神社が隣接していることになる。




こちらが麻賀多神社 奥宮の社務所。

      20190101麻賀多神社奥宮37



一応、参集殿と書かれているが、授与所も併設された社務所。

      20190101麻賀多神社奥宮38



陽も傾きかけて、集まっていた氏子さん達も
仮設テントの撤収に取り掛かっている。

      20190101麻賀多神社奥宮39

慌てて、御朱印の事を尋ねると
一人の氏子さんが親切に応対していただき
墨書きの御朱印を手に入れることが出来ました。


こちらが、船形 麻賀多神社 (奥宮)の御朱印。

      20190101麻賀多神社奥宮40


やっぱり、この日に参拝に来て正解でした。




2019/02/18 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

六所神社 (2018年3月17日)(千葉県成田市) 

3月17日

この日は、成田市近郊の神社巡りに出かけました。

成田豊住熊野神社をあとにして、向かった先は..................六所神社


成田市と言っても、市街地からは遠くて離れ、
利根川に近い成田市の外れになる竜台と言う地区に鎮座する六所神社。


六所神社の由緒については、詳細は不明です。
ただ六所神社と称する神社は全国に多く存在します。
その社名の由来は、六柱の神を祭神とすることが多いのですが
創建後、六つの神社を合祀した場合などにもその由来があります。
しかしながら、こちらの六所神社は、御祭神は鹽土翁之命の一柱のみ。
う〜む、謎です..............。


こちらが、六所神社の社号標。

      20180317六所神社01



こちらが、鳥居。

      20180317六所神社02

参道の先には、社殿が見えます。



そして、鳥居に掲げられた神額。

      20180317六所神社03



参道に手水鉢。

      20180317六所神社04



以前は、この場所に篠田惣兵衛さんが建てた鳥居が在ったようです。

      20180317六所神社05



六所神社の鎮座する森は、樹齢の高そうな木々の間多い。

      20180317六所神社06



額にうっすら汗が浮かび上がる晴天ですが
生い茂った木々で陽射しも遮り、少し肌寒い。

      20180317六所神社07


参道の先には拝殿。
そして、石灯籠と狛犬。

      20180317六所神社08



こちらが、拝殿前の狛犬。

      20180317六所神社09



そして拝殿。

      20180317六所神社10

やけに真新しく感じる拝殿。

先人のブログを拝見すると、
以前は瓦葺きの拝殿だったようです。


こちらが、本殿。

      20180317六所神社11


      20180317六所神社12




境内社。

      20180317六所神社13



同じく、境内社の八坂神社。

      20180317六所神社14



(左)御嶽大神
(右)浅間神社

      20180317六所神社15



本殿裏手に並んだ三基の祠。

      20180317六所神社16



さらに、本殿裏手には祠が点在しています。

      20180317六所神社17



六所神社が鎮座しているこの森の周辺は、
以前はかなり鬱蒼としていたのでしょうか?
近年、木々の伐採した後が見られ、
逆に参道の木々が際立つような感じです。


参道の夫婦杉。

       20180317六所神社18
      20180317六所神社19



      20180317六所神社20
      20180317六所神社21




         20180317六所神社24
      20180317六所神社25
      20180317六所神社26




      20180317六所神社27
      20180317六所神社28


山の中にある神社。
静寂な大きな木々の中で、生命の息吹を感じ
自分の内面なら何かを感じる気がしてくる参道。

静寂な分だけ、パワースポットらしさをます。



神社庁のHPをみると、単独の本務社であり、
御朱印も発行されている記述がありましたが、
宮司さんに電話で確認みると、成田豊住熊野神社の兼務社だと言うことで
御朱印も発行されていないようです。




2018/04/29 Sun. 19:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............南羽鳥熊野神社 (2018年3月17日)(千葉県成田市) 

3月17日

この日は、成田市近郊の神社巡りに出かけました。


先ず最初に出かけたのは、成田市南羽鳥地区に鎮座する熊野神社。

熊野神社は、延喜二十年(920年)に仮宮を建てて、
延長元年(923年)に創建されたそうです。
南羽鳥、北羽鳥、長沼、竜台、田川(茨城県河内町)の旧五か村の総鎮守で
他の熊野神社と区別するために、成田豊住熊野神社と称しているようです。
(成田豊住熊野神社のHPは こちら

御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命の夫婦神となります。

熊野神社の神使いは三本足の八咫烏(ヤタガラス)。
導きの神使いとして、人生の道開きの御利益があるそうです。
八咫烏の由縁は、神武天皇の東征の道案内をし勝利に導いたことから、
物事を良い方へと導いてくれる対象となったそうです。
また、太陽にある黒点が八咫烏ともされます。


こちらが、成田豊住熊野神社の入口。
成田市と言っても、市街地からはかなり離れ
自然が多く残る、言わば、ちょっと人里から離れた場所。

      20180317熊野神社01


      20180317熊野神社02



社号標。

      20180317熊野神社03

『指定 村社』の銘記あり。



木造の鳥居。

      20180317熊野神社04

木製の鳥居が、人里からちょっと奥まった場所にピッタリ。


鳥居の注連縄。

      20180317熊野神社05



社殿へと続く参道。

      20180317熊野神社06



参道の手水舎。

      20180317熊野神社07


そして、こちらが拝殿。

      20180317熊野神社08



拝殿内部。

      20180317熊野神社09



拝殿正面に社号の扁額が飾られているかと思ったら.........無い。

      20180317熊野神社10


拝殿正面には、三つ巴の神紋。

      20180317熊野神社11



別アングルからの拝殿。

      20180317熊野神社13



気になる家紋を発見。

      20180317熊野神社12



熊野神社の提灯には、なぜか『九曜紋』。
     
      20180317熊野神社14


      20180317熊野神社15

これって、思い切り千葉氏の家紋なんですけど.........。
成田豊住熊野神社って、千葉氏所縁の神社なんでしょうか?

HPの由緒書きを見ても、その辺には触れていないようですが..................?



拝殿正面には、授与所のように授与品が置かれていて
セルフで初穂料を払って行くシステムのようです。

どうやら、宮司さんは不在のようですね。
宮司さんが居れば、九曜紋の事も訊けたんですけどね。

      20180317熊野神社16



御朱印も書き置きが置かれています。

      20180317熊野神社17



拝殿の脇の縁台に、七福神の恵比寿が置かれています。
何か所以があるのでしょうか.........?

      20180317熊野神社18



こちらが、本殿。

      20180317熊野神社19


      20180317熊野神社20


      20180317熊野神社21



本殿の飾りの彫り物。

      20180317熊野神社22



境内社月見天満宮。

      20180317熊野神社28




同じく、境内社の祓戸大神。

      20180317熊野神社23


      20180317熊野神社24



まだまだ境内社は在ります。

      20180317熊野神社25


      20180317熊野神社26


      20180317熊野神社27


      20180317熊野神社29



手水舎脇の杉の木。

      20180317熊野神社30

真っ直ぐに伸びた杉。
いずれ御神木になるのでしょうか?



こちらが、熊野神社の御朱印。

      20180317熊野神社31

書き置きの御朱印ですが、なかなか立派な御朱印。
成田市の神社の御朱印って、そんなに無いから、
貴重な御朱印の一つになりました。



2018/04/29 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小御門城址 (2018年1月9日)(千葉県成田市) 

1月9日

御朱印巡りで訪れた小御門神社。
その小御門神社の裏の畑の奥に小御門城址があります。
せっかく近くまで来たんだから、そのまま帰ってしまうのは芸がない。

と、言うことで 小御門城址 を攻城してみました。


小御門城址は、『藤原氏館』とも呼ばれ、
元弘の変で後醍醐天皇の身代わりとなり、
この地に流された藤原師賢公が居住したところだと言われています

藤原師賢公は内大臣師信公の御子として生まれ、
花山院師賢と号し和歌・管弦に長じておられました。
若くして後醍醐天皇の側近に奉侍し、元亨以来の重大事に参与し
元弘元年には尹大納言に任ぜられました。
元弘の変(1331年)では天皇の御身代わりとなり、
比叡山に登り、鎌倉幕府軍を討伐なされましたが、
志遂げざるまま下総国に流されました。
公は「主憂ふる時は臣辱められ、主辱めらられる時は臣死す。
縦ひ骨をひしびしおにせられ、身は車裂にせらるるとも傷むべきに非ず」と
慷慨悲憤の思いを詞歌に託され、
元弘2年御齢32歳で建武の中興の礎として名古屋の里(千葉県成田市)に薨去されました。
元弘3年、後醍醐天皇は公の功績を称え、
文貞公の諡を賜い太政大臣を贈られたそうです。



こちらが、小御門城の縄張り図。

      20180109小御門城址21

                         余胡さんのHPからお借りしました。



小御門神社の裏手。
この畑の奥の森が小御門城址。

      20180109小御門城址01


畑の脇の道を進軍し、いざ小御門城址へ。

      20180109小御門城址02



小御門神城址の虎口。

      20180109小御門城址03


虎口手前左側の土塁。

      20180109小御門城址04


      20180109小御門城址05


虎口右手の土塁。

      20180109小御門城址06



その奥には空堀。

      20180109小御門城址07



単郭の小御門城址。
所々に土塁が残っています。

      20180109小御門城址08



基本的に50mほどの三角形状の単郭の小御門城址。
長い間、手付かずの状態だから、藪状態。
でも冬場だから、多少はマシ。

郭中央部に、石碑のようなモノが見えます。

      20180109小御門城址09


少しづつ近寄ってみましょう。

      20180109小御門城址10

どうやら、碑に間違いありません。


明治7年に地元の有志によって建てられた碑。

      20180109小御門城址11



南朝に属した藤原師賢を記念したものらしい。

      20180109小御門城址12


      20180109小御門城址17


      20180109小御門城址13



碑のある辺りから郭内を眺めてみます。

      20180109小御門城址14


      20180109小御門城址15


      20180109小御門城址16




元々は、藤原師賢の居住地と言うことだから
戦国期の山城のような遺構は少ない。   

      20180109小御門城址18


後々は、砦のようなものとして利用されていたのかもしれない。

      20180109小御門城址19



小御門神社の周りにも土塁は残っているけれど
こちらは、小御門城址とは関係ないのだろう。

      20180109小御門城址20


最近、すっかりご無沙汰してしまった城址巡り。
下草が枯れて探索しやすくなったこの時期、
やっぱり城址巡りも忘れないようにしなくっちゃ。





2018/02/28 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............小御門神社 (2018年1月9日)(千葉県成田市) 

1月9日

初詣に成田市の埴生神社へ出かけたこの日。

せっかく成田まで来たのだから、近隣の神社を巡って御朱印をいただこう。
せんな事から、成田市近郊の御朱印巡りとなりました。

神崎神社をあとにして、向かった先は...............小御門神社



小御門神社は、千葉県成田市に鎮座し、後醍醐天皇の忠臣贈太政大臣 藤原師賢公をお祀りしています。
境内は「小御門神社の森」とよばれ、千葉県天然記念物に指定されています。


御祭神である藤原師賢公は、元弘元年(1331年)に後醍醐天皇の身代わりに
比叡山で討幕の挙兵しましたが(元弘の変)捕えられ、
元弘2年に下総国に流されて、その3か月後に32歳で歿しました。
建武中興の際に太政大臣を追贈され、文貞公の諡号が与えられました。

明治10年(1877年)、地域の住民により師賢を祀る神社の創建運動が起こりました。
明治12年(1879年)に神社創建の許可が下りて「小御門神社」の社号が決定し、
明治15年(1882年)に師賢の墓跡に社殿を造営し、同年4月29日に鎮座祭が行われ、
同年6月14日に別格官幣社に列格しました。

後醍醐天皇の身代わりとなったことから、
「身代わりの神」として、交通安全・航空安全に御利益ありとして信仰されています。

藤原師賢は、内大臣師信公の御子として生まれ、
花山院師賢と号し和歌・管弦に長じていたそうです。
若くして後醍醐天皇の側近に奉侍し、元亨以来の重大事に参与し、
元弘元年には尹大納言に任ぜられました。
元弘の変(1331年1)では天皇の御身代わりとなり、
比叡山に登り鎌倉幕府軍を討伐しましたが志遂げざるまま下総国に下り、
藤原師賢は、
「主憂ふる時は臣辱められ、主辱めらられる時は臣死す。
縦ひ骨をひしびしおにせられ、身は車裂にせらるるとも傷むべきに非ず」

と慷慨悲憤の思いを詞歌に託し、
元弘2年10月に32歳で建武の中興の礎として、
名古屋の里(千葉県成田市)に薨去されました。
元弘3年、後醍醐天皇は公の功績を称え文貞公の諡を賜い、
太政大臣を贈ったそうです。



神社入り口に建つ小御門神社の説明板。

      20180109小御門神社35


すぐ近くには、小御門神社の森の説明板。

      20180109小御門神社01


      20180109小御門神社02


その傍らには、碑。

      20180109小御門神社03



こちらが、小御門神社の社号標。

      20180109小御門神社04



そして、鳥居。

      20180109小御門神社05


      20180109小御門神社06



見た感じ、格式が高そうな感じで境内の犬連れはマズいかな?
と思っていると、こんな看板。

      20180109小御門神社07

車馬を乗入る事。
竹木を伐る事。
魚鳥を捕る事。

コレが禁止らしい。
犬には何も触れていない。

さらには、こんな張り紙。

      20180109小御門神社08


      20180109小御門神社09

迷い犬を探して下さいって張り紙。
って事は犬連れ大丈夫そうじゃん。


しゃあ、一緒に参拝しましょう。



参道。

      20180109小御門神社10



石灯籠。

      20180109小御門神社11



手水舎。

      20180109小御門神社12



この先が社殿。

      20180109小御門神社13



境内の狛犬。

      20180109小御門神社14


      20180109小御門神社15



幹に注連縄が巻かれているから、御神木なんでしょうか?

      20180109小御門神社16
      20180109小御門神社17



拝殿前の鳥居。

      20180109小御門神社18


その脇にある、例の桶(?)。

      20180109小御門神社19



年が変わって、厄年も変わっているから
しっかり確認しなくっちゃ。

      20180109小御門神社20



こちらが、拝殿。

      20180109小御門神社21


拝殿内部。

      20180109小御門神社22



賽銭箱には、小御門神社の神紋。

      20180109小御門神社23


拝殿奥の社殿。

      20180109小御門神社24

この場合、本殿と呼んで良いのだろうか?



別アングルから。

      20180109小御門神社25


掲げられている扁額。

      20180109小御門神社26



実は、小御門神社の社殿の奥には土壇があり、
そちらが藤原師賢公の墳墓だと言われています。

土壇の前には碑が建てられています。

      20180109小御門神社27


      20180109小御門神社28



藤原師賢公が眠るとされる土壇。

      20180109小御門神社29


      20180109小御門神社30

藤原師賢公が居住していたのは、
この墳墓から200mほど離れた森の中にある小御門城址。
小御門城址については、また別の記事にて触れたいと思います。





境内には、力石もありました。

      20180109小御門神社31



こちらが、小御門神社の授与所。
御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。

      20180109小御門神社32


宮司さんが御朱印を墨書きされている間
大人しく待っています。

      20180109小御門神社33



こちらが、小御門神社の御朱印。

      20180109小御門神社34


シンプルな墨書きですが、コレもまた乙なものです。



      

2018/02/28 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............埴生神社 (2018年1月9日)(千葉県成田市) 

1月9日

1月も9日ともなれば正月気分も抜けて来ます。

とは言え、今年の正月は風邪で体調を崩し
未だ、初詣にも行っていない。
毎年、元旦の日には七福神巡りと称して、
社寺仏閣を巡り初詣をしているんだけど
今年は、それもしていない。

今更ながらですが、初詣に行こう!

昨年秋から、御朱印巡りにハマっているから
せっかくだから、御朱印のいただける神社、
そして、訪れた事のない神社に行って初詣をしよう!


と言うわけで、向かった先は...............埴生神社



埴生神社は、成田総鎮守として、
近隣の人からは「三の宮様」と呼ばれ、親しまれ崇拝されています。
「子育ての神」として、初宮参りや七五三詣の参拝者が多く、
成田の産土様として厚く崇敬されているそうです。

三ノ宮埴生神社が正式名であり、
その昔、麻生郷(栄町矢口)に一ノ宮の埴生神社、
玉作郷(成田市松崎)に二ノ宮の埴生神社があり、
この地に三ノ宮の埴生神社があったようです。
その名残りなのでしょうか?
三ノ宮埴生神社の向きは真西にむいており、
一ノ宮・二ノ宮のを向いているそうです。

創建年代ははっきりしていませんが、その名前から推測すると
古代に土器の製造を職業としていた土師部一族が創建したと言われています。



こちらが、埴生神社の社号標。

      20180109埴生神社01


埴生神社の鳥居。

      20180109埴生神社02


      20180109埴生神社03



鳥居に飾られた注連縄。

      20180109埴生神社04

真新しい注連縄。
新年を迎えた神社って言う感が溢れています。



参道の由緒書き。

      20180109埴生神社05



石灯籠。

      20180109埴生神社06



こちらは、手水舎。

      20180109埴生神社07


      20180109埴生神社08



そして、こちらが拝殿。

      20180109埴生神社09


      20180109埴生神社10



拝殿に掲げられた扁額。

      20180109埴生神社11



埴生神社の提灯。

      20180109埴生神社12



別アングルからの拝殿。

      20180109埴生神社13


拝殿の鬼瓦。

      20180109埴生神社14



こちらが本殿。

      20180109埴生神社15



こちらは、授与所。
御朱印は、こちらでいただくことが出来ます。

      20180109埴生神社16



本殿脇の御神木(?)

      20180109埴生神社17



境内の摂末社。

      20180109埴生神社18


参道に建つ石碑。

      20180109埴生神社19



こちらが、埴生神社の御朱印。

      20180109埴生神社20


平成30年の初詣は、ここ埴生神社と相成りました。
私と びいすけ の今年一年の健康をお願いしたし、
御朱印もいただいたから、今年が良き1年になると良いなあ...............。





2018/02/25 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 成田山新勝寺 》 (2017年12月1日)(千葉県成田市) 

12月1日

この日は、成田市近郊の御朱印巡りに出かけました。

成田市の代表的な社寺仏閣と言えば...............

ズバリ! 成田山新勝寺。


いわゆる、成田のお不動さん。
毎年、初詣客の参拝が全国第2位と言われる有名な場所。

過去、何度か成田山にお詣りしていますが
御朱印目当てに、改めての参拝です。


駐車場はちょっと離れた場所を利用したから
門前のお土産屋さんの前を歩きながら、山門へ向かいます。

      20171201成田山新勝寺01



新勝寺の案内板。
正式には 大本山 成田山 新勝寺 と呼ぶようです。

      20171201成田山新勝寺02



有名な社寺仏閣だと、犬連れでお詣りするのは気が引けますが
こちらには、過去 びいすけ を連れてきた事がありますが
一応、迷惑にならないように心掛けます。



こちらが、総門。
総門前には寺号標。

      20171201成田山新勝寺03


それにしても立派な総門。

      20171201成田山新勝寺04

さすが、成田山新勝寺。



総門に掲げられた扁額。

      20171201成田山新勝寺05

山号の『成田山』。


総門前の句。

      20171201成田山新勝寺06

謙虚な気持ちで総門をくぐります。



総門の先には仁王門。
その前にはちょっとした石段。

      20171201成田山新勝寺07


      20171201成田山新勝寺10



仁王門と前の左手側には御祈願受付所。
御朱印はこちらで頂くことが出来ます。

      20171201成田山新勝寺08


      20171201成田山新勝寺09



御朱印を待つ間に、お詣りを済ませちゃいましょう。


仁王門へと向かいます。

      20171201成田山新勝寺11


仁王門の扁額と大きな提灯。

      20171201成田山新勝寺12



仁王像。

      20171201成田山新勝寺13


      20171201成田山新勝寺14



小さな池の橋を渡り...............

      20171201成田山新勝寺15


急な石段を上ります。

      20171201成田山新勝寺16



石段を上りきれば、大本堂。

      20171201成田山新勝寺17


こちらが、大本堂。

      20171201成田山新勝寺18


      20171201成田山新勝寺19



こちらは、三重の塔。

      20171201成田山新勝寺20



千葉県内には数多くの寺があるけれど
多重の塔が在る寺は少ないそうです。

      20171201成田山新勝寺21


こちらは、鐘楼。

      20171201成田山新勝寺22



こちらは、一切経堂。

      20171201成田山新勝寺23


聖徳太子堂。

      20171201成田山新勝寺24



東翼殿と大本堂。

      20171201成田山新勝寺25


西翼殿と大本堂。

      20171201成田山新勝寺26



釈迦堂前の御水舎。

      20171201成田山新勝寺27



そして、こちらが釈迦堂。

      20171201成田山新勝寺28



光輪閣前に建つ寺号標。

      20171201成田山新勝寺29



そして太子堂。

      20171201成田山新勝寺30


とにかく広い成田山新勝寺。
まともに全てを参拝したら、時間が足りない。
まあ、びいすけ を連れているから御堂の中には入れないし
今日は、大本堂の前で軽く祈願したから良しとしよう。



こちらが、成田山新勝寺 大本堂の御朱印。

      20171201成田山新勝寺31


新勝寺には幾つかの御堂があり、各御堂ごとに御朱印が頂けるらしい。
現在、6種の御朱印があるらしいが、キリがないし
まともに祈願したのは大本堂のみ。

成田山新勝寺の銘が入った大本堂の御朱印だけ頂いて帰ることにいたしましょう。






2018/01/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............麻賀多神社 《成田・台方》 (2017年12月1日)(千葉県成田市) 

12月1日

この日は、成田市近郊の御朱印巡りに出かけました。

まず、最初に訪れたのは...............麻賀多神社 《成田・台方》


麻賀多神社は、印旛郡市に18社ある「麻賀多十八社」の総本社です。
全国的にも珍しい名前の神社で、印旛沼周辺にだけ18社点在する神社です。
数年前に全18社を巡りましたが、宮司(神職)さんが在する麻賀多神社は
佐倉市の鏑木に鎮座する麻賀多神社と、この成田市台方に鎮座する麻賀多神社だけになります。
当然、御朱印をいただけるのも、この2社になります。


麻賀多神社の社号標。

      20171201麻賀多神社01


こちらが鳥居。

      20171201麻賀多神社02

こちらは二の鳥居になります。
印旛沼近くに、一の鳥居が在るようですが、場所が分からず未確認です。


鳥居には神額の代わりに菊の紋が掲げられています。

      20171201麻賀多神社03



こちらは手水舎。

      20171201麻賀多神社04

朱色の柱が一際目立ちます。


参道。

      20171201麻賀多神社05



参道の石段を上がれば、その先に拝殿。

      20171201麻賀多神社06


境内には、成田市教育委員会が建てた説明板。

      20171201麻賀多神社07



その隣には由緒が記された碑。

      20171201麻賀多神社08


こちらは、社務所。

      20171201麻賀多神社10

御朱印はこちらで頂く事は出来ますが
毎月1日と15日のみしか頂くことは出来ず、書き置きもありません。


この石段を上がれば、拝殿ですが...............
ちょっと雰囲気が違う。

      20171201麻賀多神社11


何と、拝殿は現在工事中。
仮の拝殿が置かれています。

      20171201麻賀多神社12



仮の拝殿とは言え、扁額はしっかりと掲げられています。

      20171201麻賀多神社13



かなり大掛かりな改修工事ですね。

      20171201麻賀多神社14



煌びやかな拝殿の飾り。

      20171201麻賀多神社15


辛うじて確認できる本殿。

      20171201麻賀多神社16


境内の分社。

      20171201麻賀多神社17



こちらは、天日津久神社。

      20171201麻賀多神社18


拝殿の脇には、神楽殿。

      20171201麻賀多神社19


毎年7月最終日曜日の例大祭で、こちらの神楽殿で獅子舞が奉納されます。
この獅子舞は成田市の無形民俗文化財に指定されているそうです。

      20171201麻賀多神社20



こちらの麻賀多神社と言えば『東日本一の大杉』。

      20171201麻賀多神社22
       20171201麻賀多神社21



さすがに東日本一と言われるだけあって
見事な杉です。

               20171201麻賀多神社24

      20171201麻賀多神社23



大杉前のフェンスに掲げられた由緒書き。

      20171201麻賀多神社25

かなりカスれて読みづらい。


その近くに建つ 公津大杉の碑

      20171201麻賀多神社26

正式には、合津大杉と言うみたいですね。



やっぱり、見事な杉です。

       20171201麻賀多神社28
      20171201麻賀多神社27

パワースポットと言われる理由が分かるような気がします。



杉の木だけでなく、麻賀多神社の森も千葉県指定の天然記念物。
こう言う鎮守な森があると、びいすけ も嬉しそうに見えたりします。

      20171201麻賀多神社29



裏参道にあたる森の中に鎮座する天神神社。

      20171201麻賀多神社30



こちらが、麻賀多神社の御朱印。

      20171201麻賀多神社31


拝殿が改修工事中で、ゆっくりと願い事をする事が出来なかったけれど
やっぱり、大杉には神秘なパワーを感じました。

成田市台方の麻賀多神社。
確かなパワースポットでした。


2018/01/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit