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び・び・びのびいすけ

廃校を訪ねて..........市東第二小学校  (2017年5月9日)(千葉県市原市) 

5月9日   公休日

奈良の大仏をあとにして、当初の目的地である廃校を目指します。

向かった先は...............市原市立市東第二小学校


市東第二小学校は

大正元年    弘道尋常小学校と奈良尋常小学校を統合し、大正尋常小学校
として独立する。
昭和2年    高等科を併置
昭和15年   三成小学校と合併し、市東尋常高等小学校となる。
昭和22年   市東村立市東小学校と改称
昭和24年    市東村立市東小学校から分離し、市東第二小学校と改称する。
昭和29年    町村合併により、市津村立市東第二小学校と改称する。
昭和36年    町制施行により、市津町立市東第二小学校と改称する。
昭和38年    市制施行により、市原市立市東第二小学校と改称
平成29年 市東第一小学校に統合され、廃校となる。


と、このような沿革となっています。


こちらが、市東第二小学校の正門。

      20170509市東第二小学校01


廃校間もないので、表札はまだ掲げられています。

      20170509市東第二小学校02



県道沿いのフェンスには、『ありがとうニ小 29年3月閉校』の看板。

      20170509市東第二小学校03


      20170509市東第二小学校04

紛れもなく2ヶ月前に廃校となった小学校。



敷地内に入ってみましょう。



玄関前の掲示板。

      20170509市東第二小学校06



校舎の前には真新しい廃校記念碑。

      20170509市東第二小学校05


      
正確には『閉校記念碑』。

      20170509市東第二小学校07

この記念碑を見たくて、廃校巡りをしていると言っても過言じゃない。
最近は、こう言った碑を建てない地区もあるから
この地区の住民の方々には、大事な小学校だったんでしょう。


残念ながら、裏面には沿革の記載がない。

      20170509市東第二小学校08

ちょっぴり拍子抜け。



廃校記念碑の隣には、ブロンズ像。

      20170509市東第二小学校09

個人的には、『ここは二ノ宮像でしょう!』ってツッコミたくなります。



反対側には百葉箱。

      20170509市東第二小学校10



校舎の前にて。

      20170509市東第二小学校11



元々、大きな小学校ではないから鉄筋2階建の校舎も
どことなくコンパクトに感じます。

      20170509市東第二小学校12


      20170509市東第二小学校13



正面玄関。

      20170509市東第二小学校14



つい2ヶ月ちょっと前まで使われていたから
時計も正確。狂いはない。

      20170509市東第二小学校15




創立60周年の記念で造られたモノ。
池のように見えるのですが............

      20170509市東第二小学校16

『よい子のひろば』と読めますね。


こちらは、創立百周年の記念樹。

      20170509市東第二小学校17

きっとひと月前なら、綺麗な桜の花が咲いていたことでしょう。



校庭の隅に置かれた日時計。

      20170509市東第二小学校18

雑草に覆われつつあります。



こちらが校庭。

      20170509市東第二小学校19


      20170509市東第二小学校20


      20170509市東第二小学校21



校庭の遊具類。

      20170509市東第二小学校22


      20170509市東第二小学校23


      20170509市東第二小学校24


      20170509市東第二小学校25


      20170509市東第二小学校26



校庭の隅の一画。
何かの碑が建っていたのか?
プレートの銘板は外されています。

      20170509市東第二小学校27



こちらは、体育館。

      20170509市東第二小学校28



そして、プール。

      20170509市東第二小学校29




市原市でも山間部になり、どちらかと言うと長柄町に近いエリア。
学校創立104年で廃校となった市東第二小学校。
最後の年度は全校児童20名、家庭数が13家庭だったそうです。
PTA活動は全家庭で行っていたようです。

本当に地域に密着していた小学校だったようです。






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2017/05/15 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

奈良の大仏    (2017年5月9日)(千葉県市原市) 

5月9日  公休日

GWも終わり、世の中は平穏な日常が始まったこの日は公休日。

最近、じっくりと時間をかけて、出かけることが無かったから
この日は、久しぶりに朝から出かけました。
今年の春(3月末)に廃校になった市原市と長南町の廃校巡りに出かけました。

市原市の廃校に向かって県道21号線を走っていると
視界に、こんな看板が目に入りました。

      20170509奈良の大仏01


      20170509奈良の大仏02


奈良の大仏って...............?
ここは市原市なんですけど。


そう言えば、市原市に『奈良の大仏』が有るって
誰かのblogで読んだことがある。
その時は、『へぇ〜』って感じでしたが
実際に近くにあると、素通りは出来ません。


すぐさま右折。


田んぼの中の舗装路を迷いながら、
奈良の大仏の近くに辿り着きました。

      20170509奈良の大仏03



この道に奥に奈良の大仏は在るようです。

      20170509奈良の大仏04



びいすけ の散歩も兼ねて、参道(?)を歩きます。

自宅から1時間以上、車の中に居たから
びいすけ も飽きた頃だし、オシッコもしたいでしょう。


以心伝心。
しっかりとオシッコをする びいすけ 。

      20170509奈良の大仏05




参道(?)沿いは園地になっていて、遊具があったり
ゲートボール場があったりする。

      20170509奈良の大仏06


      20170509奈良の大仏07

どうやらこの辺りは、『奈良公園』と呼ばれているらしい。


参道(?)を突き進んだ先に、『奈良の大仏』は在りました。

      20170509奈良の大仏08



こちらが奈良の大仏。

      20170509奈良の大仏09

思ったよりも、かなり小さい。

『どこが大仏?』(笑)


しかしながら、市原市教育委員会が建てた
しっかりとした説明板もある。

      20170509奈良の大仏10

こちらの説明板には、将門についてはあまり触れていませんが
調べてみると...............


こちらの奈良の大仏は、平安時代、承平元年(931年)に建立されたと伝えられています。
下総付近で朝廷に対して反乱を起こした平将門が、新皇を名乗り、
この地の北方に京を模した自らの都を構えた際に
京の南の奈良の東大寺の大仏を模して建立したもので、
銅製だったと言うことです。

その後何度か作り直されて、現在のものは文化元年(1804年)に建立された
等身大(像高約1.7m)の石製立像です。

2011年3月の東日本大震災では像が台座から落ちて損壊してしまったようです。
しかし、市原市と住民が費用を折半して修復されることになり、
8ヶ月後の11月に修復が完了したそうです。



平安時代に建てられた時は、どれくらいの大きさだったのだろうか?

      20170509奈良の大仏11

大仏と言うくらいだから、それなりに大きかったんでしょう。


現在の大仏は等身大。
台座で高さを稼いでいる?(笑)

      20170509奈良の大仏12



元々、この日は曇り空。
そして、大仏が鎮座されている場所は参道があるとは言え、森の中。

確かに暗い。

      20170509奈良の大仏13

写真の腕も冴えないから、大仏が上手く撮れません。




近くには馬頭観音の石碑などが並んでいます。

      20170509奈良の大仏14

信仰の地であるわけですね。



大仏の鎮座する森はいにしえの時代から在るでしょう。
こんな巨木も大仏の隣にありました。

      20170509奈良の大仏15


      20170509奈良の大仏16

この巨木がこの地の、そして奈良の大仏の歴史を物語っているのでしょう。




鹿もいないし、鐘がなることもありませんが
ここもまた、紛れもなく『奈良の大仏』でありました。



2017/05/14 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............平三小学校 (2016年11月16日)(千葉県市原市) 

11月16日 公休日

この日は房総半島中央部の養老渓谷へ出かけました。
秋も深まり、そろそろ養老渓谷も紅葉が始まっているのではないか?
そんな期待をポケットに詰め込み、一路大多喜町を目指します。

そう言えば、大多喜町に向かうR257沿いに
今年の春に廃校になった小学校が在るのを思い出し、
立ち寄った先は...............市原市立平三小学校


平三小学校は

明治 9年     平蔵小学校創立
明治23年    米原分校・小草畑分校を統合し平三小学校となる
明治25年     平三小学校が平蔵小学校、米原小学校、小草畑小学校に分離する。
大正14年    平蔵・米原・小草畑の三校舎を合併し、仮教場を平蔵・米原・小草畑に置く
昭和 8年     木造新校舎落成 各教場より現在地に移転
昭和22年     学制改革により平三小学校と改称
昭和29年    平三村が牛久町、舞鶴村、戸田村、内田村と合併して南総町となり、
          南総町立平三小学校と改称する。
昭和42年     南総町が市原市に編入され、市原市立平三小学校と改称する。
平成28年     舞鶴小学校に統合され廃校になる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、平三小学校の正門。

      20161116平三小学校01



門柱の表札。

      20161116平三小学校02



多くの学校がそうであるように、平三小学校は避難場所になっています。

      20161116平三小学校03



正門から敷地内に入ると、すぐに目に入る石碑。

      20161116平三小学校04

『平三中学校跡地』とあります。
どうやら、平三小学校跡地でもありますが
平三中学校の跡地でもあるようです。


掲示板には
『 ありがとう さようなら 平三小学校 』

      20161116平三小学校05



掲示板の裏には百葉箱。

      20161116平三小学校06




校舎の前には、平三小学校のマップも設置されていました。

      20161116平三小学校07



こちらが校舎。

      20161116平三小学校08


      20161116平三小学校09



校舎の正面玄関。

      20161116平三小学校10



玄関の庇には、平三小学校の校章。

      20161116平三小学校11



校舎に掲げられている時計。

      20161116平三小学校31

40分ほど進んでいるようです。




校舎前の石碑。

      20161116平三小学校12



こちらは、創立百周年の記念碑。

      20161116平三小学校13



碑の裏面には沿革が刻まれています。

      20161116平三小学校14

碑文を読んで気になったのは...............

『この地は大多喜と久留里を結ぶ房総の要衛に位し、室町時代には城が築かれ...............』とある。

平三小学校の背後の台地は城址なのか?



こちらは、閉校記念碑。

      20161116平三小学校15

いわゆる廃校記念碑です。
裏面はシンプルに、余分な碑文は刻まれていない。

      20161116平三小学校16



国旗掲揚ポール。

      20161116平三小学校17

この場所に平三小学校の校旗が掲げられる事は、もう無いでしょう。


朝礼台

      20161116平三小学校18



こちらが校庭。

      20161116平三小学校19



校庭から眺める校舎。

      20161116平三小学校20




校庭に残された遊具類。

      20161116平三小学校21


      20161116平三小学校22


      20161116平三小学校23


      20161116平三小学校24


      20161116平三小学校25


      20161116平三小学校26



校庭の片隅には忠魂碑。

      20161116平三小学校27

戦前からある田舎の小学校には、忠魂碑が在ることが多い。



こちらは体育館。
手前にはプールがあります。

      20161116平三小学校28



裏山に残されたオブジェ。

      20161116平三小学校29

卒業記念で子供たちが作ったモノでしょう。


さらに奥には台地へと続く獣道(?)

      20161116平三小学校30

この先が室町時代に築かれたと言う城跡なのか?
興味は尽きないが、今日はこの後の予定があるためパス。
事前の下調べもしていないからね。

ちょっぴり後ろ髪が引かれますが、
本来の目的地である養老渓谷へと向かいましょう。












2016/12/06 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.....................旧・市東第一小学校跡  (2016年9月7日)(千葉県市原市) 

9月7日 公休日

個人的な連休2日目。

今日の天気予報は曇り。
ただし、台風13号の低気圧が本州に掛かる秋雨前線を刺激するから
関東地方でも、所によっては雨が降るかも?
そんな天気予報ですが、残暑厳しい直射日光の炎天下じゃなければ
ちょっぴり、外出しちゃえ!

千葉県内で配布しているダムカードもあと2枚を残すのみとなったから
この勢いで残りの2枚もゲットしちゃいましょう。
と、言うことで、長生郡の長柄町へ向けて車を走らせます。

長柄町に隣接する市原市を走っている時に
近くに学校跡地が在ったことを思い出し、急遽立ち寄ることにしました。

立ち寄った先は...............市原市立 旧・市東第一小学校跡



市東第一小学校は、廃校ではありません。
平成28年9月現在、子供たちが通う学び舎であります。


明治6年   学制発布と同時に、第一大学区第二番中学区に属し、
瀬又小学校が正蓮寺に開校。
       正蓮寺は、慶長3年(1598)に建立、江戸時代より寺子屋活動を行う。
明治7年   東国吉小学校は妙照寺に開校。
明治9年   永吉小学校は永久寺に開校。
明治15年  東国吉.瀬又.永吉の3校を合併し、三成小学校と改称。
中野村光徳寺を校舎として開校。
明治24年 市東村瀬又出途へ校舎新築移転。
昭和15年 市東尋常小学校創設.。大正小学校を合併し本校を第一校舎とする。
昭和22年 市東村立市東小学校と改称。
昭和24年 市東村立市東第一小学校と改称。(第二校舎を第二小学校をする)
昭和30年   市津村立市東第一小学校と改称。
昭和36年 市津村が町制施行して市津町立市東第一小学校と改称する。
昭和38年 市原市立市東第一小学校と改称。
昭和47年 市原市瀬又1820番地に校舎を新築移転。

と、このような沿革をへて、現在に至っています。






光徳寺のバス停前に建つ碑。

      20160907旧市東第一小学校跡01


こちらには、市東第一小学校ではなく、
創立時の『三成小学校跡地』と記されています。

      20160907旧市東第一小学校跡02


碑の建つ場所は光徳寺の一角。

      20160907旧市東第一小学校跡03


      20160907旧市東第一小学校跡04


昭和57年に創立百周年を祝して建てられたモノのようです。

      20160907旧市東第一小学校跡05



碑の建つ場所の狭い道路を挟んだ反対側が
いかにも学校跡地のよう何も無い空き地。

      20160907旧市東第一小学校跡06



桜の樹が、いかにも!って言う雰囲気です。

      20160907旧市東第一小学校跡07

おそらく、明治24年に移転するまでの校地だったんでしょう。




石碑から100mほど移動すると、こちらにも学校跡地のような空き地。

地元のおばさんに話を聞いてみたら
こちらに、市東第一小学校が在ったらしい。

おそらく、こちらが正門跡。

      20160907旧市東第一小学校跡08




昭和47年に、この場所から1km近く離れた場所に移転しました。


何か、学校遺構が残っていないか探してみますが
それらしきものはありません。

      20160907旧市東第一小学校跡09


校舎移転から既に44年の月日が流れています。

      20160907旧市東第一小学校跡10



校舎解体後は更地となり、それが40年と言う月日の流れの中で
こんなら感じで雑草が生えているんでしょう。

      20160907旧市東第一小学校跡11




とは言え、所々草も刈り取られ、
子供が遊べる広っぱのような感じです。

      20160907旧市東第一小学校跡12



敷地の端々にある木々が、何と無く学校跡地を彷彿させる。

      20160907旧市東第一小学校跡14



出来れば、この緑の中に
『市東第一小学校跡』なんて言う石碑が建っていれば最高だったんですが...............

      20160907旧市東第一小学校跡14



どうしても、学校跡地には最終学校名ではなくて、
創立時の校名を記した碑を残すパターンが多いみたい。

今は無き『市東村』の名を含む市東第一小学校も悪く無いんじゃないかなぁ。



2016/09/29 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

高滝湖   (2016年8月31日)(千葉県市原市) 

8月31日 公休日

この日は、房総半島のダムカード集めに
市原市並びに君津市へ出かけました。

高滝ダムをあとにして、次なるダムを目指しますが
せっかく高滝ダムに来たのだから、ダム湖である高滝湖を見なくては...............

車でぐるっと高滝湖を一周してみたものの、新たな風光明媚な場所は有りませんでした。
高滝湖と言ったら、やっぱり市原湖畔美術館周辺になるのでしょうか?


市原湖畔美術館近くの『ふれあい広場』。

      20160831高滝湖01


広場にある『ダム建設記念』の碑。

      20160831高滝湖02


以前、ここに来た時も気になっていた赤い鳥居。

      20160831高滝湖03


なぜ、こんな場所に?と思っていたけれど
対岸には高滝神社があるから、ひょっとして高滝神社の一の鳥居なのかなぁ?

      20160831高滝湖04



鳥居の前辺りから、高滝湖を眺めてみます。

      20160831高滝湖05


      20160831高滝湖06



黒い鉄骨の塔のような建物は、市原湖畔美術館にある藤原式揚水機。
高さ28mの展望台にもなっています。

      20160831高滝湖07


ふれあい広場から、対岸にある市原湖畔美術館に向かいます。


湖畔に迫り出した、高さ10mほどの展望デッキに登ってみましょう。

      20160831高滝湖08


展望デッキから。

      20160831高滝湖11


      20160831高滝湖10


      20160831高滝湖12



そして、こちらが高さ28mの展望台。

      20160831高滝湖09



当然、登っちゃいます(笑)。

      20160831高滝湖13


      20160831高滝湖14


さすがに、30m近い高さだと びいすけ も怖いのか?
逃げ腰の態勢。
何とか、なだめすかしての一枚。

      20160831高滝湖15



朝早いから、まだ美術館も開いていませんが
美術館よりも、併設されたレストランの石釜ピザが気になっちゃいました。
テラス席もあるようなので(庇は無いようだから、この時期は陽射しが辛いかも?)、
涼しくなったら石釜ピザを食べに来ようかな...............?



2016/09/19 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう  《 高滝ダム 》 (2016年8月31日) (千葉県市原市) 

8月31日  公休日

この日は、千葉県内のダムカード集めに市原市・君津市方面に出かけました。

平日だから、通勤時間帯の渋滞を避けるべく、朝5時半に自宅を出発。
最初に向かったのは...............高滝ダム


高滝ダムには、以前訪れた事が有りましたが
その時は未だダムカードの存在を知りませんでした。
自分が以前訪れたダムでダムカードが配布されていると、
ちょっぴり悔しい気分と、ダムカードを作成していわゆる観光資源として
その地域の自治体が力を入れていることが、嬉しく感じたりもします。

ダムカードの配布時間(8時半〜)よりもかなり早く、7時半頃に高滝ダムに到着。


高滝ダムは、千葉県市原市の養老川に建設されたダムです。
堤高24.5メートルの重力式コンクリートダムで、
千葉県営の多目的ダムです。ダム湖の名称は高滝湖とよばれています。

高滝ダムの大きな目的は、房総半島中部を貫流する養老川の氾濫を防ぐことです。
養老川は度々、流域に被害を与えていましたが、十分な河川改修が施されていなかったため、
流域住民からは本格的改修が望まれていました。
また、京葉工業地帯発展に伴う人口増に対応すべく、利根川以外の河川水源開発も必要とされるようになり、
多目的ダムの建設計画が立てられました。
昭和49年より建設事業が始まり、平成2年に完成しました。



高滝湖の湖畔のから眺める高滝ダム。

      20160831高滝ダム02


      20160831高滝ダム01



ダムの天端の欄干には『高滝湖』のプレート。

      20160831高滝ダム03

高滝ダムにより出来たダム湖だから、高滝湖。
ストレートで紛らわしくないから良い。



こちらは、ダム天端。

      20160831高滝ダム04

車両が通れるようになっています。



先ずは、ダムをこちら側から眺めてみます。

      20160831高滝ダム05

立ち入り禁止のフェンスが邪魔をして、写真では良く見えません。


さらに下って、フェンスの隙間から、ダムを激写(?)。

      20160831高滝ダム06


ほぼ、正面に近い感じ。

      20160831高滝ダム07

ダム関係者以外では、この辺りが限界。



ゆっくりと天端を歩いて、対岸に向かいましょう。

      20160831高滝ダム08


高滝ダムの説明板。

      20160831高滝ダム09



今は廃校になってしまった近隣の小学校の児童たちが描いた絵が飾られています。


里見小学校の児童の作品

      20160831高滝ダム10

( 廃校になった里見小学校の記事は こちら )




白鳥小学校の児童の作品

      20160831高滝ダム11

( 廃校になった白鳥小学校の記事は こちら )


高滝小学校の児童の作品

      20160831高滝ダム12

( 廃校になった高滝小学校の記事は こちら )



富山小学校の児童の作品

      20160831高滝ダム13

( 廃校になった富山小学校の記事は こちら )



天端を渡り、反対側からダムを眺めてみます。

      20160831高滝ダム14


      20160831高滝ダム15


高滝ダム記念館前のモニュメント。

      20160831高滝ダム16



記念館の裏手は、ちょっとした広場になっていて
ダム碑の代わりにダム建設の『感謝の碑』ご建っています。

      20160831高滝ダム17


こちらが高滝ダム記念館。

      20160831高滝ダム18

こちらでも、ダムカードを配布していて
本当は9時から配布なんですが、出勤したおばちゃん(おそらくレストラン関係者?)が
記念館を8時過ぎに開けてくれたので、受付カウンターにあったダムカードをゲット!。


ダムカードも手に入ったことだし、長居は無用。
車はダム記念館の対岸の公園の駐車場に停めてあるから
再び、高滝ダムの天端を渡って、対岸へ戻ります。

ダム碑は見つけられなかったけど、ダムの欄干にプレートが飾られています。

      20160831高滝ダム19


      20160831高滝ダム20



天端から、高滝湖を眺め...............

      20160831高滝ダム21


見上げるような視線で、高滝ダムを眺めながら...............

      20160831高滝ダム22


駐車場へと向かうのでありました...............。


こちらが、高滝ダムのダムカード。

      20160831高滝ダム23


      20160831高滝ダム24


これで、ダムカードも12枚目をゲット。
とりあえず、千葉県内のダムカードのコンプリートを目指して頑張りましょう。



2016/09/18 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

池和田城址 (2013年11月19日)(千葉県市原市) 

11月19日 公休日


この日は公休日。
千葉県市原市方面へ足を伸ばしてみました。

小湊鉄道上総鶴舞駅から1kmぐらいの距離の場所に
中世の城郭があると聞き、訪れたのは……

池和田城址

池和田城址を探すのにもちょっと苦労しました。
と言うのも、情報を参考にしたサイトの管理者が
思い切り場所を間違え、苦労したと書かれていたのに
同じ間違いをして、この標柱に辿り着くまでに苦労しちゃいました。(笑)


      20131119池和田城址01


      20131119池和田城址02


そもそも池和田城は

鎌倉時代、相模の豪族・三浦氏の一族であった和田正治が築城したと言われています。
武田信長が真里谷城・庁南城を築いた康正2年(1456)頃には、
上総武田氏の支城であった。
大永年間(1521-28)以後、多賀氏が居城した。
天文7年(1538)の第一次国府台合戦、
永禄7年(1564)第二次国府台合戦で、
多賀越中守高明は里見軍として参戦したが、
第二次国府台合戦で戦死し、北条氏政に攻められ落城した。

天正18年(1590)小田原征伐の頃は内藤大和守が城主であったが、
浅野長政らの軍勢に攻められ落城し、以後廃城となった言われています。








実は、この地に辿り着く直前に
標柱のすぐ近くに静岡ナンバーの車が停まりました。

なんと、池和田城址を見学に静岡県から来られた方達でした。
おまけにチワワと一緒に来ていて、
チワワを抱き抱えて城址巡りをしているらしい。

そもそも平日で、決して観光地と言えないマイナーな城址で
人に出会う事などない。

事実、100以上の城巡りをして来たけれど
単純に城巡りをしている人に出会ったことは皆無に等しい。
ましてや、そんな場所に犬連れで来る人間は私の他には居ないと思っていたけれど
世の中には私以外にもモノ好きはいるんですね(笑)。


そんな訳で3人と2頭の登城と相成りました。


      20131119池和田城址03



こちらは古井戸。


      20131119池和田城址04



こちらが主郭。

びいすけ の背後の社が天神社。


      20131119池和田城址05


      20131119池和田城址06


主郭の天神社の周りには高さ1mほどの土塁が確認出来ます。


      20131119池和田城址07


      20131119池和田城址08


おそらく、地元の方が作られた看板。
こういった手作り感も味があります。

      20131119池和田城址09


主郭でチワワ連れのお二方にお別れして、城内を探索します。


主郭奥に足を伸ばしましたが、これと言った遺構も見当たらなかったので
城址をぐるっと一回りするすることに.......。


      20131119池和田城址10



標柱のある登城口まで戻ってきました。


      20131119池和田城址11


      20131119池和田城址12


      20131119池和田城址13



こちらは、外曲輪


この辺りは民家もあって、さすがに民家の敷地内には入れません。

民家のえ前の土塁と空堀


      20131119池和田城址14



池和田城址の主郭のある台地を見上げます


      20131119池和田城址15



台地の周りには上総地区に多いヤグラ(横穴式墓穴)が見受けられます


      20131119池和田城址16



晩秋の上総台地
台地の片隅に自生する野生の柿の実がやけに印象的でした


      20131119池和田城址17



さぁ、池和田城址はこれくらいにして
次なる城址を目指しましょう..............



 
2013/12/04 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて........鶴舞小学校 大宮分教場  (2013年11月19日)(千葉県市原市) 

11月19日 公休日

この日は公休日。
朝から市原市へと足を伸ばしています。


小湊鉄道上総鶴舞駅のすぐ近く、
国道297号線に面した大宮神社の隣に石碑が建っていました。

『何だろう?』と車を停めて、覗きこむと
怪しげな文字が並んでいます。

       20131119鶴舞小学校大宮分教場02


石碑の文面を見て、びっくり!

鶴舞小学校 大宮分教場跡


この場所って言うか、この分教場の存在さえ知りませんでした。


       20131119鶴舞小学校大宮分教場01



石碑の文面によると…………

明治8年に舞鶴小学校が創設され
その分教場として、田尾と大宮の2つの分教場が設立されたらしい。
その1つの大宮分教場がこの地に建てられ、
1年生〜4年生までが、この分教場に通い
5年生、6年生は本校に通っていたらしい。

       20131119鶴舞小学校大宮分教場03


そして2つの分教場は本校に統合され、廃校となったらしい。


       20131119鶴舞小学校大宮分教場04



どうやら、この辺りが鶴舞小学校大宮分教場跡らしい。


ちなみに、この石碑は個人の有志が
2008(平成20)年に建てられたようです。


       20131119鶴舞小学校大宮分教場05



確かに、分校と言うか、分教場の跡っぽい。


       20131119鶴舞小学校大宮分教場06


       20131119鶴舞小学校大宮分教場07


石碑の背後は民家?
それとも農家の小屋? 倉庫?

この建物の背後は大宮神社。


       20131119鶴舞小学校大宮分教場08



せっかくだから、周辺を散策することにしました。

すぐ隣は、大宮神社。
ひょっとしたら大宮神社の境内の一画に
分教場を設けたのかもしれません。


       20131119鶴舞小学校大宮分教場09


       20131119鶴舞小学校大宮分教場10


鳥居をくぐり、狛犬を過ぎ、
拝殿手前で左をみると………

いかにも学校跡って言う感じの削平地。

なぜか気になります。(笑)

       20131119鶴舞小学校大宮分教場11


こちらが拝殿。

       20131119鶴舞小学校大宮分教場12


       20131119鶴舞小学校大宮分教場13


       20131119鶴舞小学校大宮分教場14


拝殿から見下ろす、先程の削平地。

民家のように見えるし、公民館のようにも見える。


       20131119鶴舞小学校大宮分教場15


iPhoneの地図アプリで確認したら
池和田公民館って出ていました。

廃校跡地って地域の公民館等に転用されることが多いから
ひょっとしたら、こっちが分教場跡じゃない?って気もするけど
まぁ、石碑もあるし…………
地元の有志の方を信じましょう。

2013/12/03 Tue. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小湊鉄道 上総鶴舞駅  (2013年11月19日)(千葉県市原市) 

11月19日 公休日




千葉県市原市の 五井駅 と夷隅郡養老町も 上総中野駅を結ぶ小湊鉄道

営業距離として39.1kmの鉄道会社です・

小湊鉄道」という社名になったのは、
当初は誕生寺への参拝客輸送を目的に
安房郡小湊町(現・鴨川市)を目指して着工されたことからで、
資金不足と当時の土木建築技術の限界や、
終着駅の上総中野駅に国鉄木原線(現・いすみ鉄道いすみ線)が接続したことから、
同駅より先の建設は行われなかった。


千葉市方面から大多喜町方面へ国道297号線を走っていると
単線の線路と並行して走る区間があります

そんなに本数の多い鉄道ではないので
なかなか列車と並行して走るって言うことはないようですが.........

そんな小湊鉄道ですが、利用者も少なく
単線で1両編成の車輌。
おまけに多くの駅が無人駅と言った状態です。

その無人駅の中の一つの駅が、私のお気に入り。

国道297号線を走る時はトイレ休憩も兼ねて立ち寄ります。

今回も立ち寄ったのは

小湊鉄道 上総鶴舞駅


今回で3回目の立ち寄りになりますが
この無人駅のホームから眺める風景が好きです。


こちらが、木造の駅舎。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅01



駅舎の入口には、こんな看板が掲げられています。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅02


実はこの駅、関東の駅100選に選ばれています。



こちらは、その 関東の駅100選 の記念碑。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅03

関東の駅100選の第2回の選定駅になっています。
選定理由は

「大正時代の開設当初の瓦葺屋根の駅舎で
田園地帯にマッチした桜の名所にもなっている駅」。

と言うことらしい。



無人の駅舎に入ってみます。

廃線じゃないから(失礼をお許し下さい。)
本数は多くはないけれども時刻表も完備。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅04


只今の時間、10:10分。


どうやらあと15分ほどで上り列車が来るようです。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅05


小湊鉄道の列車って、じっくり眺めたことがないから
この無人駅で びいすけ と列車の到着を待つことにして
小さいながらも駅舎周辺を探索します。

駅舎の事務所。
とうぜん、誰も居ません。

木製の机や古びたテレビが、ノスタルジーを感じ、
やけに印象的でした。

まさに、昭和の香りが満載。
思わずタイムスリップ・グリコ(笑)。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅06



ホームに立ってみました。

実はこのホームから眺める風景が気に入っています。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅07


      20131119小湊鉄道鶴舞駅08


      20131119小湊鉄道鶴舞駅09



今は使われていない、もう一つのホームにも立ってみました。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅10


      20131119小湊鉄道鶴舞駅11


そのホームの奥には、こんな記念碑。

小湊鉄道 鶴舞発電所跡 と記されています。

かつて、この地に発電所があったんですね。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅12



その隣には車輌基地?
整備工場跡でしょうか?

使われなくなった引き込み線らしき物もあります。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅13



駅舎の前(ロータリー)のバス停。
小湊バスの茂原行き

      20131119小湊鉄道鶴舞駅14


時刻表を見て、びっくり!!

1日に2本しかバスが無い!……………。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅15




そうこうしているうちに、ポワァ〜ンと警笛の音。

大多喜方面から五井方面へ向かう、上り列車が近づいて来ました。

慌ててホームに戻り、 びいすけ と列車のお出迎え。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅16


ホームに列車が近づいて来ます。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅17



おいおい! 危ないよ!

黄色い線から前に出ないで下さい。

      20131119小湊鉄道鶴舞駅18


      20131119小湊鉄道鶴舞駅19


おそらく、カートの中以外では、
こんなに電車・列車に近付いたのは初めてじやなかろうか?

おっかなびっくりの びいすけ。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅20



心優しい、小湊鉄道の車掌さんが
びいすけ に手を振って、声を掛けてくれました。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅21


予想はしてはいたものの、この駅では一人も乗降者がいませんでした。

ほぼ定刻通り、列車は出発。


      20131119小湊鉄道鶴舞駅22


      20131119小湊鉄道鶴舞駅23


なかなか犬連れで駅のホームに立つなんて出来ないし、
ましてはホームに入線する電車を出迎えるなんて出来ないから
貴重な体験になるのかな?

そういう意味では、無人駅って言うのも面白い。

でも、私は決して 鉄ちゃん ではありませんので、
あしからず………………。

2013/12/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit