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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り..............椎崎八幡神社 (2019年10月13日)(千葉県山武市) 

10月13日

この日は、13時半に山武市に予定がありました。
そのために公休を取っていました。


東金の日吉神社をあとにして、向かった先は椎崎八幡神社。


椎崎八幡神社は山武市椎崎に鎮座する神社です。

創建時期等、詳細については分かりません。

毎年10月の第二土日に祭礼が執り行われ、
道案内の猿と狐を従えた三匹獅子がムラ廻りをして悪魔や悪病を祓います。
これは、江戸中期から伝わり、獅子は、囃子方の笛・太鼓に合わせ、
腹の羯鼓を短いバチで叩きながら、三匹一緒に前後に動きながら舞うそうです。


御祭神は、品陀和気命(応神天皇)。



こちらが一の鳥居。

      20191013椎崎八幡神社01


一の鳥居に掲げられた神額。

      20191013椎崎八幡神社02



緩やかな上り坂の参道を進みます。

      20191013椎崎八幡神社03


一の鳥居から、それなりに参道を進みます。

      20191013椎崎八幡神社04


      20191013椎崎八幡神社05


一の鳥居から二の鳥居まで、鬱蒼とした木立の中の参道です。

      20191013椎崎八幡神社06



こちらが二の鳥居。

      20191013椎崎八幡神社07



二の鳥居の神額。

      20191013椎崎八幡神社08



さらに参道は続きます。

      20191013椎崎八幡神社09



拝殿手前で小さな狛犬がお出迎え。

      20191013椎崎八幡神社10


      20191013椎崎八幡神社11



手水舎。

      20191013椎崎八幡神社12



そして、拝殿。

      20191013椎崎八幡神社13



拝殿正面。

      20191013椎崎八幡神社14


実は、この日は第二日曜日。
すなわち、祭礼当日です。

祭礼は14時から。
時刻は13時半少し前だけど、すでに氏子さんたちは集まり
拝殿内を準備でバダバタしている。


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191013椎崎八幡神社15



別アングルからの拝殿。

      20191013椎崎八幡神社16


      20191013椎崎八幡神社17




そして、こちらが本殿。


      20191013椎崎八幡神社18



拝殿前の狛犬。

      20191013椎崎八幡神社19


      20191013椎崎八幡神社20



その脇には天水桶。

      20191013椎崎八幡神社21



境内社。

      20191013椎崎八幡神社22



御神木。

     20191013椎崎八幡神社23
      20191013椎崎八幡神社24



こちらが社務所。

      20191013椎崎八幡神社25

普段は無人の神社。
東金市で田間神社の兼務社になるそうです。


実は、この時は初めて境内の犬の散歩禁止と知り
慌てて駐車場に戻り、 びいすけ を車の中に待機させます。



社務所に貼られた祭礼のポスター。

      20191013椎崎八幡神社26


窓ガラスには、御朱印の事も貼られています。

      20191013椎崎八幡神社27

御朱印そのものは、こちらの社務所にあるそうで、
本務社の田間神社では御朱印対応は出来ないそうです。
この日ふ祭礼。宮司さんが13時半にこちらに来られると言うことで
13時半にアポを取って、御朱印をお願いしていました。


こちらが椎崎八幡神社の御朱印。

      20191013椎崎八幡神社28

本当は、14時から始まる祭礼も覗いて見たかったんですが
駐車場がそんなに台数がなく、
車で来る氏子さんの駐車場を占領しちゃうのも気が引けるから
頃合いを見計らって撤収いたしました。


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2019/12/01 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............睦岡小学校戸田分校 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、山武市に出かけました。

昭和30年代後半から40年代初頭、旧・山武町に在った分校が
3校廃校になりました。

今回、その3校を探し訪ねてみる事にしました。

苦労しながらも2校を探す事ができ、残るは1校。
何とか探す事が出来た木原分校跡をあとにして、
向かった先は...............旧・山武町立 睦岡小学校戸田分校。


戸田分校は、

明治7年      戸田小学校創立。
明治26年      戸田小学校を除く近隣3校が合併して、睦岡尋常小学校が発足する。
明治41年      睦岡尋常小学校に統合され、分教場となる。
昭和22年      学制改革により、睦岡村立睦岡小学校戸田分校と改称する。
昭和30年      睦岡村が日向村と合併して山武町が誕生。
          山武町立睦岡小学校戸田分校と改称する。
昭和38年      本校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。


戸田分校も情報がなくm頼りは分校の名である『戸田』。
山武市戸田集落の公民館、集会所に当たりをつけます。

候補は2つ。
1つは中上戸田集会所。

まずは、そちらに向かいます。
確かに集会所は廃校跡っぽく見える。
でも遺構が無いから、確信が持てない。
近くに歩いている人もいないから、またまた人を探します。
御年配の人に会えないかな〜っと思いながら民家の脇を通り過ぎると
農具の手入れをしていたオジさん発見!!

そのオジさんに訊いてみたら、違っていた。
そして、オジさんは分校の場所を教えてくれました。

中上戸田集会所から1kmほど離れた所にある中戸田下公民館。
こちらが、戸田分校跡地でした。
そして、当たりを付けていたもう1ヶ所の場所でもありました。



こちらが、戸田分校跡地。

      20190708戸田分校01

この緩やかなスロープが如何にも学校っぽい。


そして、ありました。
門柱です。

      20190708戸田分校02


対の門柱。
もう一方は半分折れていて、無残な状態。

      20190708戸田分校03



いっしゅん、往時の校舎かと思いましたが
隣家のオバちゃんの話では、公民館として建てられたものらしい。

      20190708戸田分校04


てっきり、校舎だと思っていたから、
実は、いろんなアングルで写真を撮っていました(笑)。

      20190708戸田分校05


      20190708戸田分校06


      20190708戸田分校07


      20190708戸田分校08



敷地の片隅にポツンと建つ建物。

      20190708戸田分校09

そうです、お約束とも言えるあの建物。


消防倉庫でした〜(笑)。

      20190708戸田分校10



門柱のすぐ側に残る桜の木。

      20190708戸田分校11

これも分校時代のモノでしょう。



何とか、昭和30年代後半から昭和40年代前半に廃校となった分校を
探し当て訪れる事が出来ました。
やっぱり、廃校巡りは楽しいものです。



2019/08/29 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............日向小学校木原分校 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、山武市に出かけました。

昭和30年代後半から40年代初頭、旧・山武町に在った分校が
3校廃校になりました。

今回、その3校を探し訪ねてみる事にしました。

無事、辿り着けた森分校をあとにして、向かった先は...............旧・山武町立 日向小学校木原分校。



木原分校は、

明治7年     木原村に木原小学校が開校する。
明治37年     日向高等小学校が創立。
明治41年     日向尋常高等小学校に統合され、木原分校となる
昭和22年     学制改革により日向村立日向小学校木原分校に改称する。
昭和39年     日向村が、睦岡村と合併して山武町が発足。
         山武町立日向小学校木原分校に改称する。
昭和43年     本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。



これまた、木原分校の情報はほとんどない。
分校名の『木原』を頼りに木原集落の公民館、
集会所に当たりを付けて、木原集落に向かいます。

当たりを付けたのは、木原共同館。
でもそこに行くと、建物はなく完全な更地。
これじゃ分からないから、誰かに聞かなくちゃ!

周辺を車で走り回り、たまたま歩いていたおばあちゃんに
声をかけて訊いてみると、どうやら別の場所らしい。
高台に分校は有ったらしいが、校舎も解体されて何もなくなり
荒地になって道も無くなってしまったらしい。

さらに別なオジさんに訊いたら、
何とそのオジサさんが、廃校跡まで案内してくれました。



こちらが、木原分校跡地。

      20190708木原分校01


この台地の頂部に分校は在ったそうです。

      20190708木原分校02



元々、借地で分校時には地主さんから借りていたそうです。

      20190708木原分校03



廃校後、地主さんに返却されましたが、特に他に転用もせず
そのまま荒れ果ててしまったそうです。

      20190708木原分校04



この辺りに、台地に上がっていく道が在ったそうです。

      20190708木原分校05

道もなく、尾根を渡るように斜面を登ってみます。



台地頂部。
ここに、木原分校が在りました。

      20190708木原分校06



確かに削平地ではあるけれど、ブッシュ状態。
とても、学校跡地には見えない。

      20190708木原分校07




しかし、台地頂部だから、ちょっぴり見晴らしは良い。
分校跡地の台地下部には太陽光発電のソーラーパネルが並んでいる。

      20190708木原分校08



そして、周りは緑豊かな自然。

      20190708木原分校09


きっと、分校に通っていた子供たちも、こんな風景を毎日見ていたんだろう.....................。




2019/08/29 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............日向小学校森分校 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、山武市出かけました。

山武市には、昭和30年代後半から昭和40年代始めにかけて
廃校となった分校が3校あります。

今では、山武市と呼ばれていますが、
その当時は山武町と呼ばれていました。

その中の1校である、旧・山武町立 日向小学校森分校 を探してみました。


たまたま、山武市の市街地の方へ足を伸ばしていたので
山武市役所に隣接する山武市教育委員会立ち寄って
廃校となった3校の事を尋ねますが、
おそらく廃校後に生まれ育った年代者が
職員のため、当時の事を知る人が居なくて、情報は得られませんでした。
こう言う時は、まず地域の公民館、集会所に当たりを付けて現地へと向かいます。


向かった先は...............旧・山武町立 日向小学校森分校。


森分校は、

明治6年      森村に森学校として創立される。
明治22年     矢部村、森村、椎崎村、木原村、大木村が合併して日向村が発足。
明治25年     森尋常小学校と改称する。
明治41年     日向尋常高等小学校森分校となる。
昭和22年     学制改革により日向村立日向小学校森分校と改称する。
昭和30年     日向村と睦岡村が合併して山武町が発足。
          山武町立日向小学校森分校と改称する
昭和41年     本校に統合されて廃校となる


昭和56年     校舎解体される。

となっています。


詳しい場所は分からないから、分校名の『森』を頼りに
山武市の森地区へと向かいます。
当たりを付けたのは、森地区にある『本郷生活研修センター』。

コレがズバリ、大正解でした。


こちらが、森分校跡地。

      20190708森分校01


昭和56年に校舎は解体され、本郷生活研修センターが建ちました。

      20190708森分校02



きっと、分校の校舎もこんな感じで建っていたのでしょう。

      20190708森分校03


      20190708森分校04


      20190708森分校05



敷地の一角に建つ石碑。

      20190708森分校06

『学びのふるさと』と刻まれています。


森分校跡碑です。
裏面には沿革が刻まれています。

      20190708森分校07

冒頭の一文。

『 伝えんとして由縁を記す 』と刻まれている。


いやぁ、泣かせる文言ですね。
でも、この刻まれた沿革は役に建ちました。

      20190708森分校08


碑の脇に建つのは、三峯神社。

      20190708森分校09

正確には、鎮座すると言った方が良いでしょう。


おそらく、分校時に使われていた井戸。

      20190708森分校10


そして、お約束とも言える消防倉庫。

      20190708森分校11


とにかく3校の廃校の一つに無事辿り着けました。
良かったぁ..............................。




2019/08/28 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

賀茂神社の大杉 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、山武市に出かけました。


成東八幡神社から、日向小学校のかつての分校跡地へと
車を走らせていると、こんな看板が視界に入ってきた。

      20190708賀茂神社の大杉01



『 賀茂神社の大杉 』?

      20190708賀茂神社の大杉02

ちょっと気になる...............


気になってしまうと、通り過ぎてる事が出来ない............。
と、言う事で急遽立ち寄ることになった賀茂神社。


賀茂神社は、山武市森に鎮座する神社です。

詳しい由緒は不明。
ネットっ調べてみても、賀茂神社の由緒よりも、
大杉についての記述が多く、よく分かりませんでした。

その大杉については...............

室町時代の将軍・足利義政のころに植樹されたと伝えられ、
樹齢約500年と推定されるそうです。
山武市下最大の大杉(高さ35m、太さ6m35cm)と称され、
御神木として氏子の信仰を集めているそうです。


こちらが、賀茂神社の参道。

      20190708賀茂神社の大杉03


石段を上がって行きます。

      20190708賀茂神社の大杉04



鳥居が見えてきました。

      20190708賀茂神社の大杉05



鳥居前にて。

      20190708賀茂神社の大杉06


鳥居の前には大杉の説明板。

      20190708賀茂神社の大杉07



大杉は、鳥居の脇に『どぉ〜ん』と聳えています。

      20190708賀茂神社の大杉08
      20190708賀茂神社の大杉09



確かに、立派な幹。

      20190708賀茂神社の大杉10



別アングルから。

      20190708賀茂神社の大杉11
      20190708賀茂神社の大杉12


これが、山武市一の杉の巨木なんですね。




賀茂神社の拝殿。

      20190708賀茂神社の大杉13



拝殿正面。

      20190708賀茂神社の大杉14


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190708賀茂神社の大杉15



別アングルからの拝殿。

      20190708賀茂神社の大杉16


      20190708賀茂神社の大杉17



手水舎。

      20190708賀茂神社の大杉18



境内社。

      20190708賀茂神社の大杉19


      20190708賀茂神社の大杉20




拝殿前から眺める大杉。

      20190708賀茂神社の大杉21
      20190708賀茂神社の大杉22



気になったのは、この賀茂神社が鎮座する台地。
まるで、昔の城郭跡のように見える。


土塁があって...............

      20190708賀茂神社の大杉23


削平地。

      20190708賀茂神社の大杉24


またまた土塁があって...............

      20190708賀茂神社の大杉25


空堀もある。

      20190708賀茂神社の大杉26


ネットで調べてみても、この場所が城郭だったと言う記述はない。
でも、それっぽく見えちゃうだけどなぁ。

最近、城郭巡りをしていないから、その反動なのかなぁ?(笑)





2019/08/28 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

成東八幡神社 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、山武市に出かけました。

以前からその存在を知っていて、気になっていた成東八幡神社。
山武市の市街地に来たついでに、足を伸ばしてみました。


成東八幡神社は、山武市成東に鎮座する神社です。

成東八幡神社の詳細な由緒は不明ですが、
葛原親王が勧請したとされています。

御祭神は、誉田別尊・気長足姫命・比咩大神。



社号標。

      20190708成東八幡神社01



朱色の一の鳥居。

      20190708成東八幡神社02



一の鳥居に掲げられた神額。

      20190708成東八幡神社03



石灯篭の並ぶ参道。

      20190708成東八幡神社04


杉の木立の中の参道。

      20190708成東八幡神社05
      20190708成東八幡神社06
      20190708成東八幡神社07



手水舎。

      20190708成東八幡神社08


二の鳥居脇の社号標。

      20190708成東八幡神社09



ニの鳥居。

      20190708成東八幡神社10



暗くて見えないけれど、ニの鳥居に掲げられた神額。

      20190708成東八幡神社11


由来記。

      20190708成東八幡神社12

詳しい由緒を期待したんだけど、触れていない。
由緒書きを建てて欲しいなぁ。



狛犬。

      20190708成東八幡神社13


      20190708成東八幡神社14



拝殿。

      20190708成東八幡神社15



拝殿正面。

      20190708成東八幡神社16



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190708成東八幡神社17


別アングルからの拝殿。

      20190708成東八幡神社18


      20190708成東八幡神社19



そして、こちらが本殿。

      20190708成東八幡神社20

緑濃い社業に映える朱色の拝殿と本殿です。



拝殿前には、もう一組の狛犬。

      20190708成東八幡神社21


      20190708成東八幡神社22


境内社。

      20190708成東八幡神社23


      20190708成東八幡神社25


      20190708成東八幡神社26


      20190708成東八幡神社27



こちらは、宝物殿?
それとも御輿庫?

      20190708成東八幡神社28



東参道口。

      20190708成東八幡神社29

かつては、この場所にも丸い石の柱の鳥居が建っていたようです。
倒壊した残骸が無造作に置かれていました。


その近くには、道祖神。

      20190708成東八幡神社30


その脇には、将門堤の記念碑。

      20190708成東八幡神社31

『延長六戊子年(928年)、平将門此の地に堤を築く、是れを将門堤と言う』

と、刻まれています。
この地にも将門の伝説が残っていたんですね。



ニの鳥居脇の社務所。

      20190708成東八幡神社32

普段は無人の神社。
どうやら、御朱印の対応はされていないようです。






2019/08/27 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............豊岡小学校 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、富里市から山武市へ出かけました。
今年の春に廃校になってしまった山武市立豊岡小学校へ行ってきました。



豊岡小学校は、

明治20年     古和尋常小学校設置が許可される
          元金尾・山室小学校の一部を引き継ぎ開校する。
明治22年     豊岡尋常小学校開校。
大正元年     大蔵尋常小学校と合併 
         金尾龍ノ口に移転認可
大正2年      金尾441(現在地)に校地移転
昭和22年     学制改革により、豊岡村立豊岡小学校と改称する。
昭和30年     豊岡村が松尾町、太平村と合併し新たな松尾町となる。
         松尾町立豊岡小学校と改称する。
平成18年     松尾町が山武町、成東町、蓮沼村と合併して山武市が誕生。
          山武市立豊岡小学校と改称する。
平成31年     松尾小学校と統合して廃校となる

と、このような沿革となっています。



こちらが、豊岡小学校の正門。

      20190708豊岡小学校01



門柱にはシンプルな校名だけの表札。

      20190708豊岡小学校02



正門脇には掲示板。

      20190708豊岡小学校03

そこには、廃校時の児童たちの集合写真が飾られていました。


正門は閉ざされていたので、フェンス沿いに移動します。


古くからの小学校で目にする事が多い忠魂碑。

      20190708豊岡小学校04

豊岡小学校も歴史のある小学校なんですね。


以前の教職員の駐車場出入り口。

      20190708豊岡小学校05

工事車両の出入り口となっています。

工事の方に話を訊いたら、校舎を改築して保育園にするらしい。
そのための工事を進めているらしい。


工事の邪魔にならないように、工事関係者に一声かけて
豊岡小学校を見学させてもらいます。



校庭から眺める校舎。

      20190708豊岡小学校06


      20190708豊岡小学校07



別アングルから。

      20190708豊岡小学校08


      20190708豊岡小学校09


      20190708豊岡小学校10



校舎正面玄関。

      20190708豊岡小学校11



その庇上部には、豊岡小学校の校章。

      20190708豊岡小学校12



こちらは、体育館。

      20190708豊岡小学校13


      20190708豊岡小学校14



それなりの広さの校庭。

      20190708豊岡小学校15



校庭の片隅には、百葉箱。

      20190708豊岡小学校16



校庭に残る遊具類。

      20190708豊岡小学校17


      20190708豊岡小学校18


      20190708豊岡小学校19


      20190708豊岡小学校20


      20190708豊岡小学校21


      20190708豊岡小学校22



最近は見かける事も少なくなったトーテムポール。

      20190708豊岡小学校23



正門脇には校地を寄贈された方の記念碑。

      20190708豊岡小学校24



こちらは、創立百周年記念碑。

      20190708豊岡小学校25


裏面には沿革が刻まれています。

      20190708豊岡小学校26



こちらは、校歌の碑。

      20190708豊岡小学校27



そして、校歌の碑の側にはオブジェ。

      20190708豊岡小学校28

緯度・経度が刻まれていて、校地の場所を明記しています。


来年度になるのか?
はたまた数年後になるのか?
いずれにしても、保育園に転用される豊岡小学校。
廃校後すぐに転用が決まり、解体されずに済みそうで良かった...............。








2019/08/27 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.................田越浅間神社 (2018年10月19日)(千葉県山武市) 

10月19日 田越浅間神社

この日は銚子市に出かけました。

でも、ただ銚子に行って帰って来るだけじゃつまらないから
色々と寄り道をしちゃいましょう。


ということで、先ずは山武市で道草。
立ち寄ったのは.........................田越浅間神社。


田越浅間神社は、山武市松尾町に鎮座する神社です。


創建時期等、詳細は不詳ながら、子育ての神様として
古くから近在はもとより上総下総の住民がお参りしてきたそうです。
この地方では、元気に育っている赤ちゃんの「初山詣」を報告する習慣があり
田越浅間神社の参拝記念に団扇をもとめて、親戚や近隣に配る習わしがあるそうです。

御祭神は、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。



こちらが、社頭。

      20181019浅間神社01



鳥居。

      20181019浅間神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20181019浅間神社03


石をくり抜いて作られた手水舎。

      20181019浅間神社04


鳥居脇には、注連縄の巻かれた御神木。

      20181019浅間神社05


かなりの幹の太さ。

      20181019浅間神社06

それ相応の年月を生き抜いてきた木のようです。



浅間神社というだけあって、約200段の石段が続きます。

      20181019浅間神社07


      20181019浅間神社08


      20181019浅間神社09


      20181019浅間神社10



息を切らしながら、石段上りきると、そこには拝殿。

      20181019浅間神社11


拝殿正面。

      20181019浅間神社12



正面からだと解りずらいけれど、非常に近代的な拝殿。

別アングルからの拝殿。

      20181019浅間神社13


      20181019浅間神社14


拝殿の脇には石祠が建ち並びます。

      20181019浅間神社15


      20181019浅間神社24



古びた手水鉢に石灯籠。

      20181019浅間神社16


          
台地頂部の境内には巨木も多い。
         

           20181019浅間神社17
      20181019浅間神社18


      20181019浅間神社19
      20181019浅間神社20
      20181019浅間神社21


      20181019浅間神社22
      20181019浅間神社23


      
小高い台地の頂部に鎮座している浅間神社。
おそらく、富士山も眺める事が出来る場所ではないかと思うけれど
あいにく、この日は曇り空。

      20181019浅間神社25



富士山は見えずとも、眺望には長けている。

      20181019浅間神社26



社頭の鳥居近くの石碑。

      20181019浅間神社27



参道口には、山武市教育委員会の説明板。

      20181019浅間神社28

庚申塔について触れています。


そして、こちらがその庚申塔。

      20181019浅間神社29

享保元年(1716年)に造立されたもので、総高246cm。
二段の基礎の上に立つ塔身の正面には六臂の青面金剛像。
田越の村人たちの、経済的な負担に堪えた根強い庚申信仰の現れだそうです。

神仏習合の影が強いですね。




こちらが、田越浅間神社の御朱印。

      20181019浅間神社30

書き置きですが、無理を言って書いていただきました。
数km離れた宮司さん宅にて拝受いたしました。



2018/12/09 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 オライはすぬま (2018年6月21日)(千葉県山武市) 

6月21日

この日は、匝瑳市周辺の神社の御朱印巡りに出かけて
山武市まで移動しました。

千葉県内には、29の道の駅があります。(平成30年6月21日現在。)

その内の1つが、山武市にあります。
せっかく山武市に来ているだから、道の駅に立ち寄りましょう。

と、言う事で立ち寄った先は...............道の駅 オライはすぬま


道の駅 オライはすぬまは、千葉県内で16番目に開設された道の駅です。
成田空港と九十九里海岸を結ぶ、通称『はにわ道路』沿いに位置し、
蓮沼海浜公園や九十九里海岸へ訪れる人々の
ちょっとした休憩スポットになっています。
ちなみに、「オライ」とは銚子地方の方言で、
「私(オラ)の家(イ)」という意味になるそうです。

とは言え、九十九里海岸へは何度も遊びに出かけていますが
この道の駅には立ち寄った事はありませんでした。



県道58号線(芝山はにわ道路)沿いに建つ案内板。

      20180621道の駅 オライ蓮沼01


何度も見てきたんだけど、いつも素通りだったんだよなぁ。

      0180621道の駅 オライ蓮沼02



駐車場は、そんなに広くは無い。

      0180621道の駅 オライ蓮沼03



でも、平日のこの日は余裕。

      0180621道の駅 オライ蓮沼09


九十九里と言えば、『いわし』。
こちらでも、『いわし』をアピール。

      0180621道の駅 オライ蓮沼08


      




では、道の駅を探索したしましょう。

こちらの建物は、物販エリア。

      0180621道の駅 オライ蓮沼04

とは言え、 びいすけ は入れないから
暫しの間、外で待機してもらいましょう。


地元産の野菜を中心に、特産品が販売されています。

      0180621道の駅 オライ蓮沼10


      0180621道の駅 オライ蓮沼11


      0180621道の駅 オライ蓮沼12


      0180621道の駅 オライ蓮沼13



こちらが、情報コーナー。

      0180621道の駅 オライ蓮沼05


お目当ての道の駅のスタンプを探します。

      0180621道の駅 オライ蓮沼06


道の駅の切符もこちらで入手出来ました。

      0180621道の駅 オライ蓮沼07

当然、道の駅のスタンプもゲットです。
      


こちらが、飲食エリア。      

いわゆるレストラン。

      0180621道の駅 オライ蓮沼14

テラス席はありますが...............


店内は、ペット禁止。

      0180621道の駅 オライ蓮沼15

犬連れはテラス席になるようです。


ソフトクリームの売店。

      0180621道の駅 オライ蓮沼16



誰が利用しても良いように、
ビーチパラソルの付いたテーブル席も準備。


九十九里の漁港が近いから、モニュメントも船。

      0180621道の駅 オライ蓮沼17

週末になると、こちらの席も満席になるのかな?

      0180621道の駅 オライ蓮沼18



敷地の一画には、閉村記念碑。

      0180621道の駅 オライ蓮沼19

この辺りは、かつての蓮沼村。
蓮沼村は、平成18年3月に近辺の成東町・山武町・松尾町と合併して
山武市となったため消滅してしまいました。



こちらが、『道の駅 オライはすぬま』のスタンプ。

      0180621道の駅 オライ蓮沼20


そして、道の駅の切符。

      0180621道の駅 オライ蓮沼21


      0180621道の駅 オライ蓮沼22



犬連れは、店内には入れないから未確認だけど
レストランには、名物のイワシ丼があるらしい。

あ〜、海鮮系の丼。
久しく食べてないなぁ。








2018/08/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................五所神社 (2018年6月21日)(千葉県山武市) 

6月21日

この日は、匝瑳市周辺の神社の御朱印巡り。


金刀比羅神社をあとにして、向かった先は.........五所神社。


五所神社は、山武市蓮沼に鎮座する神社です。


承安元年(1171年)の創建と伝えられ、
もともとは、五所大権現と呼ばれたそうです。

治承4年(1180年)には石橋山の戦いに敗れた源頼朝がしばらくこの地にとどまり
武運長久国土安泰を祈願したと言われ、
中世以降は上総国山辺荘の総社であったそうです。

安土桃山時代の天正年間(1573年〜1592年)に社殿を造営、
下総芦戸に封じられた木曾氏と当社の神官に縁故があったことから、
造営資金の提供を受けたと言われています。

天照大神を主祭神とし、
誉田別尊・天児屋根命・表筒男命・素登織姫命の5神を祀っています。


こちらが、五所神社の社号標。

      20180621五所神社01


こちらは、社号標かと思ったら
重要文化財の碑。

      20180621五所神社02

五所神社の本殿は、千葉県の有形文化財に指定されているようです。



こちらは、一の鳥居。

      20180621五所神社03



一の鳥居の脇には、由緒書き。

      20180621五所神社04



両脇が田んぼの中の参道。

      20180621五所神社05

二の鳥居が確認出来ます。



二の鳥居脇の社号標。

      20180621五所神社06


反対側には、何かの碑。

      20180621五所神社07



二の鳥居。

      20180621五所神社08


二の鳥居脇の掲示板。

      20180621五所神社09



手水舎。

      20180621五所神社10



手水舎脇の由緒書きの碑。

      20180621五所神社11



実は、この五所神社。
以前、九十九里地区に点在する『浜の七福神』巡りで
訪れた事があります。(その時の記事は こちら

あの時は、元旦で地元の人が初詣に来ていたけれど
この日は、訪れる人も居ない。

びいすけ の背後に見えるのが拝殿。

      20180621五所神社12



境内には、旧・蓮沼村の文化財に指定されている石灯籠があります。

      20180621五所神社13



こちらが、石灯籠。

      20180621五所神社14



でも、個人的には石灯籠よりも狛犬の方が興味を惹かれます。
狛犬って、神社によって出で立ちや表情が違うから
それがまた、面白い。

こちらが、五所神社の狛犬。

      20180621五所神社15


      20180621五所神社16



こちらが、拝殿。

      20180621五所神社17



拝殿正面。

      20180621五所神社18


      20180621五所神社19



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180621五所神社20


こちらは、拝殿の庇の下にある掲げられた扁額。

      20180621五所神社25



拝殿に掲げられた奉納絵馬。

      20180621五所神社21



別アングルからの拝殿。

      20180621五所神社22


      20180621五所神社23



こちらが本殿。

      20180621五所神社24

覆屋のため、よく見えません。



本殿裏手には、九十九里 浜の七福神の大黒天。

      20180621五所神社28


      20180621五所神社29

      

境内社。

      20180621五所神社26



石祠も建ち並びます。

      20180621五所神社27



こちらが社務所。

      20180621五所神社30

社務所の奥が宮司さんの自宅になり、そちらで御朱印を拝受出来ます。


御朱印を待つ間、境内を眺めてみます。

      20180621五所神社31
      20180621五所神社32
      20180621五所神社33




こちらが、五所神社の御朱印。

      20180621五所神社34



拝殿前に置かれていた、九十九里 浜の七福神のスタンプ。

      20180621五所神社35

大黒天の象徴である小槌のスタンプです。





2018/08/11 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................金刀比羅神社 (2018年6月21日)(千葉県山武市) 

6月21日

この日は、匝瑳市周辺の神社の御朱印巡り。


宮川熊野神社をあとにして、向かった先は.........金刀比羅神社。


金刀比羅神社は、山武市松尾町に鎮座する神社です。


創建時期は不詳ですが...............

延元2年(1337年)に讃岐国に鎮座する金刀比羅大神を
奉勧・遷所したものと伝えられています。
後奈良天皇の弘治3年(1557年)に千葉氏族の坂田城主井田友胤が信仰して、
その霊験により戦功があったため崇敬者が増し、
寛文年間(1660年代)に八田村200余戸の住民が相談のうえ、
ら本殿を再建したそうです。

御祭神は、大那持命・大日靈貴命


こちらが、金刀比羅神社の社号標。

      20180621金刀比羅神社01



朱色の立派に一の鳥居。

      20180621金刀比羅神社02




一の鳥居に掲げられた神額。

      20180621金刀比羅神社04


      20180621金刀比羅神社03


      
一の鳥居前の狛犬。

      20180621金刀比羅神社05


      20180621金刀比羅神社06


参道口の掲示板。

      20180621金刀比羅神社07

例の『定』が記されています。



二の鳥居。

      20180621金刀比羅神社08


二の鳥居の先には手水舎。

      20180621金刀比羅神社09



定番の龍の吐出口。

      20180621金刀比羅神社10



古い手水鉢も健在。

      20180621金刀比羅神社11


参道の三の鳥居。

      20180621金刀比羅神社12

奥には、四の鳥居も見えます。



参道の狛犬。

      20180621金刀比羅神社13


      20180621金刀比羅神社14


そして、四の鳥居。

      20180621金刀比羅神社15



四の鳥居をくぐれば、狛犬がお出迎え。

      20180621金刀比羅神社16


      20180621金刀比羅神社17



拝殿前。

      20180621金刀比羅神社18


      20180621金刀比羅神社19



拝殿前には、茅の輪。

      20180621金刀比羅神社20



拝殿正面。

      20180621金刀比羅神社21


      20180621金刀比羅神社22


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180621金刀比羅神社23



別アングルからの拝殿。

      20180621金刀比羅神社25


      20180621金刀比羅神社34



拝殿前の狛犬。

      20180621金刀比羅神社27


      20180621金刀比羅神社28



拝殿前の天水桶。

      20180621金刀比羅神社29





こちらが本殿。

      20180621金刀比羅神社26







由緒書き。

      20180621金刀比羅神社30



境内社。

      20180621金刀比羅神社31


      20180621金刀比羅神社32


      20180621金刀比羅神社33


     

金刀比羅神社は、参道口が多い。


本殿裏手の参道口の鳥居。

      20180621金刀比羅神社35


西参道口(?)の鳥居。

      20180621金刀比羅神社36



こちらが、参集殿兼授与所。

      20180621金刀比羅神社37


こちらは、宮司さんが常駐しているみたいで、
御朱印は、授与所で拝受することが出来ます。

      20180621金刀比羅神社38



境内の御神木。

      20180621金刀比羅神社39
      20180621金刀比羅神社40


板碑。

      20180621金刀比羅神社42



そして、こちらが金刀比羅神社の御朱印。

      20180621金刀比羅神社41


この辺りまで下って来ると、上総の地になるんですね。




      



2018/08/11 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本須賀海岸  (2017年2月22日)(千葉県山武市) 

2月22日 公休日

この日は、九十九里に出かけました。

九十九里浜は、刑部岬と太東崎の間の全長約66キロメートルの海岸で
旭市、横芝光町、山武市、九十九里町、大網白里市、白子町、長生村、
一宮町、いすみ市と9市町村にまたがる千葉県を代表する砂浜です。

その九十九里浜の一つ、山武市の本須賀海岸にやって来ました。

      20170222本須賀海岸01


本須賀海岸に来るのは、ひょっとしたら4年ぶり?

以前は気が付かなかったけれど、
本須賀海岸ってパームツリーが植えられたりして
かなり、南国の砂浜を意識しているのだろうか?


砂浜には、こんな碑も建てられています。

      20170222本須賀海岸02



説明板によれば、伊藤左千夫の歌碑と言うことです。

      20170222本須賀海岸03



こちらが、伊藤左千夫の歌碑。

      20170222本須賀海岸04

天地の四方の 寄合を垣せる 九十九里の濱に 玉拾ひ居り


このような碑文になっています。



砂が舞うほどではありませんが、この日も風が強い。
でも、ここに来て砂浜に行かないわけにはまいりません。

      20170222本須賀海岸05


20mのロングリードを着けて、本須賀海岸の浜辺を堪能いたしましょう。

      20170222本須賀海岸06



期待に応えて、砂浜を駆ける びいすけ 。
20mのロングリードにした甲斐あり。

      20170222本須賀海岸07


本当は、ノーリードで気ままに走らせたい衝動も有りますが
そこはぐっと我慢。
大人の対応をいたしましょう。

      20170222本須賀海岸08


とにかく、走り回れ〜!

      20170222本須賀海岸09


      20170222本須賀海岸10


      20170222本須賀海岸11


      20170222本須賀海岸12


      20170222本須賀海岸13


      20170222本須賀海岸14



気合いを入れて(?)走り回ったからか?
びいすけ も小休止。

      20170222本須賀海岸15



ダックはママさんと波打ち際を散歩。

      20170222本須賀海岸16



波が苦手な びいすけ は波には近寄りません。
砂浜の匂いを盛んに嗅いでます。

      20170222本須賀海岸17



よくよく考えたら、本須賀海岸って、休日には砂浜を乗馬する催しがあるから
馬の匂いが砂浜に残っているのかな?

しつこい位に、砂浜の匂いを嗅ぎまくる びいすけ です。

      20170222本須賀海岸18



風が強くて、波も若干高い。
なぜか、この場所より波打ち際へは行こうとしない びいすけ 。

      20170222本須賀海岸19


      20170222本須賀海岸20


      20170222本須賀海岸21



曇り空だと思っていたら、顔に冷たいモノが...............

一瞬、波飛沫が飛んできたのか?と思ったりもしましたが
波打ち際より、かなり離れた位置。
どうやら、雨がポツリポツリと来たようです。

もうちょっと潮風にあたっていたかったけれど
雨に濡れるのも嫌だから、早々に撤収。



久しぶりに訪れた九十九里の浜辺。
やっぱり、海っていいなぁ...............。




2017/03/22 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

九十九里でイチゴ狩り   (2017年2月22日)(千葉県山武市) 

2月22日 公休日

この日は九十九里に出かけました。
(まあ、正確には九十九里町と山武市ですが...............)

今回、九十九里に来たのは...............ズバリ! いちご狩り。


国道126号線の山武市早船辺りは、ストロベリーロードとも呼ばれ、
国道沿いに多くのイチゴハウスが立ち並びます。

その中の一つ、『ストロベリーハウスおて』さんにお邪魔しました。

      20170222イチゴ狩り01


      20170222イチゴ狩り02


実は、数年前から確認(毎年電話して確認していました)していました。
(確か、HPにも記載されていたらような気がしましたが、いつの間にか記載は無くなってしまいました。)

平日限定。
イチゴが実っている。
当日、団体の予約が入っていないこと。
そして、ワンちゃんをカートに入れるのなら、ワンちゃん同伴OK。


そのために、何年か前に新しいカートも買いました。
でもイチゴ狩りに1人で行く(びいすけ同伴)気にはなれず、
ついつい、先送りになってしまいました。

今回、ダック家が平日に同行出来ると言うことの、
念願叶って、千葉の九十九里で犬連れイチゴ狩りと相成りました。



19日の月曜日に改めて予約の確認。
団体の予約がない。イチゴはちゃんと実っている。
これらを確認しての予約です。


イチゴハウスに訪れると、お客は他に2組。
1棟のイチゴハウスに案内され、さぁ食べ放題(40分)開始です。


専用と言うか、他に誰もいない、広いイチゴハウス。

      20170222イチゴ狩り03


何種類かの品種があるようですが、表示されていたのはコチラの品種。

      20170222イチゴ狩り04



カートに乗る びいすけ 。

      20170222イチゴ狩り05



実はこのカート、以前『新車のびいすけ号』として
blogにもアップしていましたが、今回初めての使用となります。

      20170222イチゴ狩り06


      20170222イチゴ狩り07



適度に赤くなったイチゴたち。

      20170222イチゴ狩り08


      20170222イチゴ狩り09


      20170222イチゴ狩り10


コンデンスミルクは不用。
そのまま、もいでは口に入れてバクバクと食べます。


びいすけ も食べる〜?

      20170222イチゴ狩り11


以前はイチゴが大好きだった びいすけ ですが
いつの頃からか? あまりイチゴに興味を示さなくなりました。

今回も、口元にイチゴを持っていっても
『プィッ』とあさっての方へと顔を背けます。

      20170222イチゴ狩り12


      20170222イチゴ狩り13


      20170222イチゴ狩り14



一瞬、興味を示し、イチゴを食べるかと思いきや...............

      20170222イチゴ狩り15


プィッと視線はあらぬ方向へ。

      20170222イチゴ狩り16

まあ、それでもけ2〜3個の小粒のイチゴは口にしてくれたので
こちらに来た甲斐もあったことになるでしょう。

こちらはダック家。

      20170222イチゴ狩り17

ダックも2〜3個のイチゴを口にして
御満悦だったようです。


昔は、イチゴが大好きだった びいすけ 。
歳を取ると趣向、好みも変わるのか?
イチゴにも興味を示さなくなりました。

『ゴイチ(イチゴ)べ〜る(食べる)?』と言うと
尻尾を振っていた2歳の頃の びいすけ が懐かしいモノです。


ちなみに、びいすけ父さんは50個ぐらいは食べてしまいました。










2017/03/21 Tue. 15:15 | trackback: -- | 本文: -- | edit

浜の七福神②  《 五所神社の大黒天 》                          (2015年1月1日)(千葉県山武市) 

1月1日 公休日

この日は、九十九里沿岸に点在する『浜の七福神』巡りをしました。



『浜の七福神』は

横芝光町    四社神社(布袋尊)
山武市     五所神社(大黒天)
九十九里町   八坂神社(恵比寿)
大網白里市   要行寺 (寿老人)
白子町     真光寺 (毘沙門天)
長生村     清泰寺 (弁財天)
一宮町     観明寺 (福禄寿)

から構成され、横芝光町の布袋尊から一宮町の福禄寿まで
ざっと距離にして37km。
流石に歩いては巡れないので、車での移動になります。


横芝光町の四社神社(布袋尊)をあとにして
向かった先は.........山武市 五所神社(大黒天)


大黒天は、大地を掌握する神様と言われ、
財宝・福徳海運の神として信仰されています。



県道を走っていると、黄色い看板。

      20150101浜の七福神 五所神社01

この看板が目印になるから、迷わずに辿り着けます。




こちらが、一の鳥居。
県道を曲がった所に建っています。

      20150101浜の七福神 五所神社02

まっすぐ行った突き当たりが、五所神社になります。




こちらが、五所神社。

二の鳥居の前。

      20150101浜の七福神 五所神社03



そして、社号標。

      20150101浜の七福神 五所神社04


五所神社は
承安元年(1171)の創建と言われ、
現在の本殿は桃山風の五間社造りで、
千葉県重要文化財に指定されています。
遠山出雲亮の寄進による鎌倉時代の懸沸を初め、
源頼朝公、水戸光圀公、堀田相模守等、領主地頭の崇敬も厚く、
数々の寄進があったことが古文書により明らかとなっています。
上総國山辺の総社と称されていました。


鳥居をくぐれば、正面には拝殿。

      20150101浜の七福神 五所神社05


      20150101浜の七福神 五所神社06




そして、本殿裏に七福神の大黒天は鎮座していました。

      20150101浜の七福神 五所神社07



どうやら、浜の七福神は黒い七福神のようです。

      20150101浜の七福神 五所神社08


      20150101浜の七福神 五所神社09



五所神社の境内にある石灯籠は、蓮沼村時代の指定文化財らしい。
ただし、現在は山武市だから、扱いはどうなっているんだろうか?

      20150101浜の七福神 五所神社10


      20150101浜の七福神 五所神社11




二の鳥居脇に建つ由緒書き。

      20150101浜の七福神 五所神社14




元旦で初詣に来ている氏子さん達に甘酒がふるまわれていました。

      20150101浜の七福神 五所神社12

古代米の甘酒。
しっかりご馳走になっちゃいました。



地元の氏子さんたちに大切にされている神社のようで
焚き火で暖を取りながら、初詣に来ている人が10人近くいました。


びいすけ を連れての参拝は少し気が引けたけれど
同じように犬連れで参拝に来た数人の地元の方がいて
ちょっぴり安心しました。

      20150101浜の七福神 五所神社13


さあ、これで浜の七福神の二福神を制覇。
次なる町村へ移動いたしましょう............





2015/01/24 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit