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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り..................東軍墓地 《阿弥陀寺》 (2019年4月22日)(福島県会津若松市) 

4月22日

この日は、1泊2日の予定で福島県に出かけました。
福島県と言っても広い。
今回は、猪苗代町を中心に会津方面を巡りました。
猪苗代町での予定を済ませ、会津若松市へと向かいます。

実は、昨年の秋に会津若松市に来た時に
白虎隊で有名な飯盛山で出会った人に、
会津若松市の七日町にある観光案内所でも
書置き版になるけれど、御朱印が頂けると言う話を聞きました。
その時は、予定が詰まっていたので、その御朱印は諦めましたが
今回、再び会津の地に来ることが出来たため、御朱印拝受の旅となります。


先ずは、先に参拝いたしましょう。

      20190422東軍墓地01


会津若松市七日町にある、阿弥陀寺。

      20190422東軍墓地02


この敷地内にある、『会津東軍墓地』。

      20190422東軍墓地03


会津東軍墓地.........?

と思う人もいるでしょう。


会津の歴史を語る上で、悲しい結末ではあれけれど
避けては通れないのが戊辰戦争。
旧幕府方の会津藩士は東軍となり、
新政府軍である薩摩・長州・土佐等の連合が西軍として戦いました。

会津東軍墓地は、東軍戦死者1281体の埋葬地でもあります。

激戦地であった会津若松には、1281体の遺体がありました。
9月22日の戊辰戦争終結後、西軍の命で放置され、
触るのも許されませんでした。
(西軍戦死者は戦争中に陣地である融通寺に葬られていました。)
会津の人々は烏につつかれたり、野犬に食べられたり、
腐敗していく戦死者を指をくわえて見ているしかなかったそうです。

幾度もの嘆願で埋葬が許可されたのが、翌年の明治2年2月。
埋葬地は長命寺と阿弥陀寺に限られて許されましたが
あくまでも賊軍としての埋葬で『戦死墓』の文字以外は許されなかったそうです。


この話を聞いて、胸が詰まってしまいました。

      20190422東軍墓地04

東軍戦死者の魂が安らかに眠るようにに改めて祈ります。




白虎隊の悲話は知る人も多いですが、
この東軍墓地については余り知れ渡っていないようですね。


冒頭でも述べましたが、会津東軍墓地があるのは阿弥陀寺。

      20190422東軍墓地05


阿弥陀寺の梵鐘。

      20190422東軍墓地06



境内には、石碑、石仏が並びます。

      20190422東軍墓地07




こちらが、新選組三番隊組長の斎藤一(藤田五郎)の墓。

      20190422東軍墓地09


      20190422東軍墓地08

京都守護職の会津藩主・松平容保の庇護のもと、
京都の治安維持のために発足した新撰組。
会津藩とは切っても切れぬ関係から、戊辰戦争にも参加しています。
その新撰組の土方歳三副隊長が怪我をしていた時に
新撰組の指揮を執ったのが斎藤一です。
会津も侵攻され、敗戦の色が濃くなると、
新選組は北上することとなりますが、
斎藤一は「会津に受けた恩を返す」として新選組を離れ、
そのまま会津にとどまります。

敗戦後に藤田五郎と改名し、やがて東京で警察官となりますが
本人の遺言により没後、『会津東軍墓地』のある阿弥陀寺に埋葬されたそうです。





鶴ヶ城は新政府軍によって解体されてしまいましたが、
その一部がここ阿弥陀寺に残っています。

それが、こちら。

      20190422東軍墓地11

鶴ヶ城の小天守に当たる『御三階』という部分になります。



こちらは、その説明板。

      20190422東軍墓地10

昭和30年まで阿弥陀寺の本堂として使われていたそうです。


阿弥陀寺は、以前は御朱印を拝受出来ましたが
現在は、御朱印対応はなされていないそうです。      

その代わりに、飯盛山の白虎隊の墓守の末裔にあたる書道家が書かれた
御朱印(書置きの印刷版)が七日町観光案内所にて拝受出来ます。

通りを挟んだ向かいにある七日町観光案内所。

      20190422東軍墓地12



こちらが、会津東軍墓地の御朱印。

      20190422東軍墓地13

昨年秋から、ずっと気になっていた御朱印。
やっと拝受出来ました。




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2019/06/28 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............高岩寺(巣鴨とげぬき地蔵 )    (2019年3月24日)(東京都豊島区) 

3月24日   

この日は、都内・豊島区の巣鴨に出かけました。


この日は24日。
毎月4のつく日(4日・14日・24日)は、巣鴨地蔵通り全体に露店が出る縁日の日です。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵01


      20190324巣鴨とげぬき地蔵02



その巣鴨地蔵通り商店街のランドマークは、やはり巣鴨とげぬき地蔵。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵03


縁日だから、おばあちゃん達の原宿である巣鴨には人が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵04



『とげぬき地蔵通り』は、まるで『竹下通り』?

      20190324巣鴨とげぬき地蔵05


      20190324巣鴨とげぬき地蔵06



せっかく、とげぬき地蔵の前を通るんだから
ちょっぴり立ち寄ってみましょう。


巣鴨とげぬき地蔵は、正式には『高岩寺』と称し
東京都豊島区巣鴨にある曹洞宗の寺院です。

山号は萬頂山。
本尊は地蔵菩薩(延命地蔵、通称とげぬき地蔵と言われ秘仏となっています)




こちらが山門。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵07


山門の扁額。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵08



意外に参拝者が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵09



手水舎。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵11



常香炉からの煙が半端なく多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵10


      20190324巣鴨とげぬき地蔵12


      20190324巣鴨とげぬき地蔵13




とにかく、境内は煙が凄い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵14



本堂内に避難しましょう(笑)。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵15


でも、本堂内にも参拝者がいっぱい。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵16



こちらは、境内にある『洗い観音』に並ぶ列。

     20190324巣鴨とげぬき地蔵17



治癒したい部分の観音像を洗ったり、
濡れタオルで拭くと御利益があるとされています。

     20190324巣鴨とげぬき地蔵18


     20190324巣鴨とげぬき地蔵19



縁日と言うこともあるし、日曜日だから人が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵20



本堂内で御朱印を拝受する事も出来ます。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵21


こちらが、その御朱印。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵22


こちらが、当初の目的地ではないけれど.........
.........

おじいちゃん、おばあちゃんの聖地である
巣鴨のとげぬき地蔵、制覇です!!


2019/05/30 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 大黒天 浅草寺 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の台東区へ出かけました。

浅草界隈を隅田川沿いに歩いての散歩。
あと一つを残し、もう少しで完結する『浅草名所七福神』巡りの散歩です。


七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。

浅草名所七福神もついにオーラス。


最後に控えしは、浅草の真打、..............浅草寺 《大黒天》。


浅草寺。
誰しも一度は、その名を聞いたことはあるでしょう。

浅草寺は、東京都台東区浅草にある東京都内最古の寺です。
推古天皇36年(628年)の創建とされ、山号は金龍山と称し、
御本尊は聖観音菩薩です。
元々は天台宗に属していましたが、第二次世界大戦後に独立し、
聖観音宗の総本山となりました。
観音菩薩を御本尊とすることから『浅草観音』あるいは、
『浅草の観音様』とも呼ばれています。

近年、外国人観光客も多い、都内屈指の観光スポットとなっています。



こちらが、寺号標。

      20190314浅草寺01



浅草寺の代名詞とも言える、雷門。

      20190314浅草寺02

Panasonicの創始者・松下幸之助が浅草観音に祈願して
病気平癒した報恩のために寄進したものです。

正式には、『風雷神門』と言いますが、
『雷門』の通称で呼ばれています。



雷門に掲げられた扁額。

      20190314浅草寺03

山号の『金龍山』。


そして、雷門と言えば、この提灯。

      20190314浅草寺04



雷門から続く参道には両側にお店が並ぶ。
通称『仲見世』。

平日なのに、仲見世も混んでいる。

      20190314浅草寺05


      20190314浅草寺06


      20190314浅草寺07



参道には、『浅草名所七福神』の説明板。

      20190314浅草寺08



宝蔵門。

      20190314浅草寺09


      20190314浅草寺10



宝蔵門の扁額。

      20190314浅草寺11

こちらは、寺号の『浅草寺』。


大きな提灯には『小舟町』。

      20190314浅草寺12



提灯の両脇には仁王像。

      20190314浅草寺13


      20190314浅草寺14



山形県警村山市の方々が奉納される大草鞋。

      20190314浅草寺15



本堂。

      20190314浅草寺16

やはり、参拝者が多い。



常香炉の前も人の列が切れない。

      20190314浅草寺17


      20190314浅草寺18


本堂の扁額。

      20190314浅草寺21



本堂の提灯。

      20190314浅草寺19



本堂内陣。
中央が秘仏本尊を安置する宮殿。

      20190314浅草寺20



本堂天井画。

      20190314浅草寺22


      20190314浅草寺23



五重塔。

      20190314浅草寺25



伝法院。

      20190314浅草寺24


      20190314浅草寺26



淡島堂。

      20190314浅草寺27



薬師堂。

      20190314浅草寺28



一言不動尊。

      20190314浅草寺29



左が金龍権現、右が九頭龍権現。

      20190314浅草寺30



平和地蔵尊。

      20190314浅草寺31


      20190314浅草寺32





さて、御朱印はどちらで拝受するのでしょう?


どうやら、こちらのようですね。

      20190314浅草寺33



御朱印の授与所である影向堂。

      20190314浅草寺34



御朱印の受付。

      20190314浅草寺35

並んで待っている人も多い。



御朱印帖を預けて待っています。
番号札と交換になります。

      20190314浅草寺36



こちらが、御朱印。

浅草寺の御本尊の御朱印。

      20190314浅草寺37



そして、浅草名所七福神 大黒天 の御朱印。

      20190314浅草寺38


まだまだ、浅草寺には見所か有ると思うけれど
とにかく、人が多いのが苦手。

この後の予定も詰まっているから、浅草寺をあとにしいたしました..................。



2019/05/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 毘沙門天 待乳山聖天 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の台東区へ出かけました。

浅草界隈を隅田川沿いに歩いての散歩。
あと二つを残し、もう少しで完結する『浅草名所七福神』巡りの散歩です。


七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。

浅草名所七福神も残すは、あと二つ。


訪れたのは...............待乳山聖天 《毘沙門天》。


待乳山聖天は通称であり、正式には本龍院と称します。
東京都台東区浅草にある聖観音宗の寺院で、浅草寺の子院のひとつである。
山号は待乳山。本尊は歓喜天(聖天)・十一面観音で、
別称では、待乳山聖天とも称されています。
この寺には浅草名所七福神のうち毘沙門天が祀られています。

隅田川べりの小高い丘(待乳山)にあり、
この丘は595年(推古天皇3年)に出現して、龍が守護したと伝えられ、
浅草寺の山号(金龍山)の由来となったとされています。



待乳山聖天の看板。

      20190314聖観音01



寺号標。

      20190314聖観音02



こちらにも別な寺号標。

      20190314聖観音03



さすが、国際観光都市・東京。

      20190314聖観音04

英語表記のお洒落な看板。



手水舎。

      20190314聖観音05



定番の龍の吐出口。

      20190314聖観音06



参道口の提灯。

      20190314聖観音07



提灯には、大根の絵。

      20190314聖観音08



学堂。

      20190314聖観音09



学堂では、大根が売られています。

      20190314聖観音10

参拝される方々が大根を買っている。
何故? 素朴な疑問が浮かびます。




常香炉。

      20190314聖観音11



石段の先に本堂が見えて来ました。

      20190314聖観音12



石段手前の狛犬。

      20190314聖観音13


      20190314聖観音14

狛犬って神社だけのように思えるけど、
明治政府の『神仏分離令』までは、お寺の中に神社があったり
神社の別当寺(神社を管轄する寺院)としての寺院の存在があったから
寺院に狛犬があってもおかしくはない。



こちらが、本堂。

      20190314聖観音15


      20190314聖観音20


      20190314聖観音16


本堂の扁額。

      20190314聖観音17



本堂正面。

      20190314聖観音18



どうやら、御朱印は本堂に中で拝受出来るようです。

      20190314聖観音19


遠慮がちに中に入ります。
      

本堂内部には、たくさんの大根が奉納されています。

      20190314聖観音21


御朱印を待つ間、天井絵に見惚れていました。

      20190314聖観音22


      20190314聖観音23



無事、御朱印も戴きました。



本堂前の天水桶。

      20190314聖観音24

天水桶にも大根の絵。



こちらは、巾着型の天水桶。

      20190314聖観音25



本堂前には、ビニール袋に入った大根。

      20190314聖観音26

奉納された大根のお下がり。
参拝客は、有り難く大根を持ち帰っているようです。


疑問は深まる。
何故、大根?


調べてみると...............

大根や巾着は、御信心をされて祈願することによって
得られるその御利益を端的に表したものだそうです。
大根は身体を丈夫にしていただき、良縁を成就し、
夫婦仲良く末永く一家の和合を御加護頂ける功徳を表しているそうです。
巾着は財宝で商売繁盛を表し、
聖天さまの信仰のご利益の大きいことを示したものらしい。



本堂裏手の稲荷尊。

      20190314聖観音27

鳥居もあるから、要は稲荷神社なんだけど
一応、神仏離合だから、『稲荷尊』。


その隣には、道灌稲荷跡。

      20190314聖観音28

かつて、境内には太田道灌勧請の道灌稲荷が祀られていたそうです。



神楽殿。

      20190314聖観音29

正月3が日や、大根まつり、節分なとには神楽が奏され、舞も入るそうです。



本堂右側、駐車場側の参道口の寺号標。

      20190314聖観音31


狛犬。

      20190314聖観音30



この位置からだと、本堂の建つ待乳山が台地だとよく分かる。      

      20190314聖観音32

画像には写っていないけれど、左奥にはリフトカーも備えられています。



寺務所。

      20190314聖観音33



こちらは、歓喜地蔵尊。

      20190314聖観音35


      20190314聖観音37




出世観音。

      20190314聖観音36



      
『トーキー渡来記』の碑。

      20190314聖観音38

戦前の浅草華やかなりし頃の活動映画に
音声が付けられた記念碑です。




信徒会館前の庭園。

      20190314聖観音39



戴いた御朱印がこちら。


御本尊の御朱印。

      20190314聖観音40



浅草名所七福神 『毘沙門天』の御朱印。

      20190314聖観音41


浅草名所七福神。
残すは、あと一つとなりました。


2019/05/07 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 布袋尊 橋場不動院 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の墨田区、台東区へ出かけました。
京成本線の関屋液から隅田川沿いを歩いて浅草方面へと進みます。

浅草周辺には、『浅草名所七福神』があります。
七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。



そして、訪れたのは.......................布袋尊 橋場不動院


橋場不動は、橋場不動尊の名で親しまれていますが、
正式には砂尾山橋場寺不動院と言います。
天平宝字四年(760年)寂昇上人によって創設されました。
創設当初は法相宗でしたが、長寛元年(1163年)に、
中興の祖といわれる教円坊によって、天台宗に改宗され、
浅草寺の末寺となったとされています。
現在は浅草寺と本末関係はなく、
比叡山延暦寺の末寺となっているそうです。



山門。

      20190314橋場不動尊01


都内の寺院らしく下町の住宅街に建つ寺院。
狭い参道には赤い幟が立ち並ぶ。

      20190314橋場不動尊02


世界に誇る観光都市・東京。
外国人観光客向けに、洒落た看板も建つようになりました。

      20190314橋場不動尊03



手水鉢。

      20190314橋場不動尊04



こちらが、本堂。

      20190314橋場不動尊05


本堂正面。

      20190314橋場不動尊06



本堂の扁額。

      20190314橋場不動尊07



本堂内部。

      20190314橋場不動尊08

この中に、御本尊の不動明王像と七福神の布袋尊の像が祀られています。
本堂内部に入れそうもないので、布袋尊を直接拝む事は出来ませんでした。



本堂前に掲げられた提灯。     

      20190314橋場不動尊10




本堂脇には、水子無縁地蔵。

      20190314橋場不動尊11



別アングルからの本堂。

      20190314橋場不動尊12



こちらは、寺務所。

      20190314橋場不動尊13




こちらが授与所。

      20190314橋場不動尊16


授与所には、布袋尊の看板。

      20190314橋場不動尊09

御朱印は、授与所にて拝受しました。


そして、こちらが御朱印。

本尊の御朱印。

      20190314橋場不動尊14



そして、浅草名所七福神 布袋尊の御朱印です。

      20190314橋場不動尊15


9ヶ所になる浅草名所七福神。
残すは、あと3つとなりました。




      
2019/05/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 大黒天・布袋尊........大聖院 》(2019年1月7日) 

1月7日 

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



佐倉七福神、そのラストを飾るのは...................大聖院。


大聖院は、佐倉七福神の大黒天、布袋尊となります。


大和田山・大聖院・明王寺と称し、鎌倉時代の初期に開山されました。
真言宗豊山派の寺院として、当地方15ヶ寺の本寺となっています。

御本尊の大日如来は、佐倉市指定有形文化財に指定されています。



こちらが、山門。

      20190107大聖院01

寺院の場合、入り口にあたる門を山門と言うらしい。



実際には、こう言った四脚門を、山門と表記する場合が多いようですが.............

      20190107大聖院02


      

本堂。

      20190107大聖院04



本堂の扁額。

      20190107大聖院05



本堂内部。

      20190107大聖院06

正面に鎮座するのが御本尊。

残念ながら、大黒天は秘仏なので公開はされません。



本殿前の天水桶。

      20190107大聖院07



境内には、佐倉七福神の赤い幟と布袋尊の像。

      20190107大聖院08



佐倉七福神の布袋尊。

      20190107大聖院09



御朱印は、本殿脇の寺務所にて拝受出来ます。


こちらが、大聖院の御朱印。

      20190107大聖院10



そして、佐倉七福神 布袋尊の御朱印。

      20190107大聖院11



同じく、佐倉七福神 大黒天 の御朱印。

      20190107大聖院12

しかし、秘仏とは言え、期限を定めて公開しないんじゃねぇ。
妙隆寺も佐倉七福神の大黒天を称しているんだから
せめて、布袋尊の隣に石像でも置かないと
佐倉七福神の大黒天を名乗るメリットが無いんじゃんない?

これも複雑な大人の事情なのかなぁ。




2019/03/05 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 弁財天........嶺南寺 》(2019年1月7日) 

1月7日  

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



毘沙門天の甚大寺をあとにして、向かった先は...........嶺南寺。


嶺南寺は、佐倉七福神の弁財天になります。


清浄山嶺南寺と呼ばれ、寛永19年(1642年)に
当時の信濃松本藩主、堀田加賀守正盛の佐倉移封と共に
松本より佐倉に移り建立されました。

本尊は「釈迦牟尼佛」で、本堂内には閻魔大王を安置しています。

佐倉七福神の弁財天(唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。)
を祀る札所としても知られています。
弁財天は本堂内に安置されており、1月1日〜10日のみ御開扉しています。


以前は、もっとごっつい門があったような気がするけれど
今は、入口が広くなったような気がします。

      20190107嶺南寺01



手水舎(手水鉢)。

      0190107嶺南寺03




こちらが本堂。

      0190107嶺南寺02




佐倉七福神の赤い幟。   

      0190107嶺南寺04



そして、案内板。

      0190107嶺南寺05



案内板の傍には、弁財天の碑。

      0190107嶺南寺06

この碑も以前には無かった筈。
この数年間で、様変わりしています。



本堂内部。

      0190107嶺南寺07

1月10日まで期間限定でご開帳された弁天像。



そして、こちらが嶺南寺の御朱印。

      0190107嶺南寺08



そして、佐倉七福神 弁財天の御朱印。

      0190107嶺南寺09


本堂に居た住職さんに墨書きしていただきました。



2019/03/04 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 毘沙門天........甚大寺 》(2019年1月7日) 

1月7日  

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



寿老人の宗圓寺をあとにして、向かった先は...........甚大寺。


甚大寺は、佐倉七福神の毘沙門天になります。
とは言え、佐倉七福神の毘沙門天はこれで、二ヶ所目。
七福神がカブるなんてあんまりお薦め出来ませんね。
その辺りが上手く処理出来なかったのは、やっぱり大人の事情なんでしょうね。



甚大寺は、安城山甚大寺と呼ばれ、天台宗比叡山延暦寺の末寺として
1615年に建立された寺です。
堀田家の菩提寺であり、寺内に安置されている金毘羅尊は
寛政年中(1789〜1800)に勘請されたものです。

本尊は十一面観音菩薩。
その他不動明王、毘沙門天、仁王尊が奉られ、
毎月10日は招福祈願して金毘羅縁日が開催され
近隣から訪れる大勢の参拝者で賑わいます。

また、境内には健康を願ってお身ぬぐい観音の奉られています。



こちらが、山門。

      20190107甚大寺01



境内に建てられた説明板。

      20190107甚大寺02



本堂。

      20190107甚大寺03



本堂に掲げられた扁額。

      20190107甚大寺04

そこには山号の『安城山』が刻まれています。



本堂内部。

      20190107甚大寺05


      20190107甚大寺06



境内の桜七福神の案内板。

      20190107甚大寺07



そして、こちらが毘沙門像。

      20190107甚大寺08




こちらが甚大寺の御朱印。

      20190107甚大寺09



そして佐倉七福神 毘沙門天の御朱印。

      20190107甚大寺10


本殿裏手の寺務所にて拝受いたしました。




2019/03/03 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 大黒天........妙隆寺 》(2019年1月7日) 

1月7日 

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



松林寺の毘沙門天をあとにして、向かった先は...........妙隆寺。



妙隆寺は、久栄山妙隆寺といい、
山梨県身延町にある身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗のお寺です。
山号は久栄山。
文明3年(西暦1471年)4月に開創された歴史のあるお寺です。



妙隆寺の門前。

       20190107妙隆寺01



参道を進みます。

       20190107妙隆寺02



山門前の寺号標。

       20190107妙隆寺03



こちらが、山門。

       20190107妙隆寺04



山門の扁額。

      20190107妙隆寺05


  

境内でたなびく佐倉七福神の赤い幟。

      20190107妙隆寺06



こちらが、本堂。

      20190107妙隆寺07



本堂の扁額。

      20190107妙隆寺08


本堂前に置かれた、ミニチュア版の獅子の置物。

      20190107妙隆寺09

正月らしくて微笑ましい。。


本殿内部。

      20190107妙隆寺10


本殿右奥に大黒天が祀られているそうですが
秘仏のため開帳は無く、拝観はできない。

      20190107妙隆寺11


御朱印は、本殿右奥にある寺務所にて拝受出来ます。


御朱印は書き置き対応。
こちらが、妙隆寺の御朱印。

      20190107妙隆寺12

と言うか、日蓮宗の寺院の場合『南妙法蓮華経』と経文が書かれ
御首題もしくはお題目と呼ばれるらしい。
やっぱり、お寺の御朱印は良く分からない。



そして、こちらが佐倉七福神の大黒天の御朱印。

      20190107妙隆寺13

佐倉七福神の場合、大黒天が二つあるからなぁ。
御利益も2倍になるのかなぁ?(笑)


2019/03/02 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 毘沙門天........松林寺 》(2019年1月7日) 

1月7日

この日は公休日。
この日までが松の内。

この日は、特に予定もなかったから
1月10日までは御朱印を受け付けると言う事なので
散歩を兼ねて、地元である佐倉の七福神巡りをしました。

七福神の社寺のいずれが自宅から徒歩圏内というのが嬉しい。

では、2019’佐倉七福神巡りの始まり。
毘沙門天の松林寺に向かいましょう。

      20190107松林寺01

と言うのも、自宅から一番近いのが松林寺。
直線距離なら300mぐらいじゃなかろうか?
路地をクネクネ歩いても5分も有れば着いちゃう。
朝夕の びいすけ の散歩の時に松林寺の前を通ります。



こちらが、松林寺。

      20190107松林寺02


そんなに大きな寺院じゃないから、山門も無い。

      20190107松林寺03

松林寺は、佐倉市にある浄土宗の寺院。
山号は玉宝山。
院号は清光院。
本尊は阿弥陀如来です。

佐倉藩主、土井利勝が慶長15年(1610年)に、
土井家の菩提寺として建立した寺です。


本堂。

      20190107松林寺04




本堂の説明板。

この本堂は、佐倉市の文化財に指定されています。

      20190107松林寺09





本堂の扁額。

      20190107松林寺05



本堂の中を覗き込むと、正面には御本尊のは阿弥陀如来。

      20190107松林寺06




風にたなびく佐倉七福神の赤い幟。

      20190107松林寺07




そして、佐倉七福神 毘沙門天の案内板。

      20190107松林寺08
  
毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」と言い、
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていてます。
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。


肝心の毘沙門天の像は本堂の右奥に安置されているようですが
秘仏のため、御開帳はされないようです。



松林寺の前を通るたびに、この土塁が気になっている。

      20190107松林寺10


寺院の土塁の割にはかなりのモノ。

       20190107松林寺11

さすが、初代佐倉藩主である土井家の菩提寺である。


佐倉七福神巡りは3度目になるけれど
今回は御朱印を授与しました。

       20190107松林寺12



こちらが、松林寺の御朱印。

       20190107松林寺13



そして、こちらが佐倉七福神 毘沙門天 の御朱印です。

       20190107松林寺14


書き置き版になりますが、本堂脇の寺務所にて拝受しました。





2019/03/02 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.....................土浦大師不動尊 大聖寺 (2018年12月20日)(茨城県土浦市) 

12月20日

この日は、かすみがうら市から土浦市へと移動。

真延寺をあとにして、向かった先は..................土浦大師不動尊 大聖寺。


大聖寺は、正式には『 羽黒山今泉院大聖寺 』と称し、
一条天皇の御代の長徳元年(995年)に醍醐寺成尊僧都により
「今泉寺」として現在地より東約500m先の
永国の中央である亀井墓地近辺に開山されたのが縁起だとされています。

その後、応安七年(1374年)小田城に拠ったこの地の豪族である小田氏当主・小田孝朝が
「小田城四方護寺」(常陸四箇寺・小田四箇寺とも云う)を設けたのを機に大聖寺と改め、
寺地も田中荘平塚(現在のつくば市西平塚)に移したとされています。
「小田城四方護寺」は小田城を主軸として扇の如く神郡の普門寺、
平塚の大聖寺、岩田の法泉寺、加茂の南円寺と配しており
文字通り、小田城の出城の役割を果たしていました。

当時の平塚大聖寺は小田家と共にありましたが、
天正18年(1590年)に小田家が滅亡する以前の大永6年(1526年)には、
常陸国長国今泉寺大聖院として、現在の所在地、永国に戻っていたことが
京都・東寺所蔵の「亮恵僧正門弟名帳」に記されているそうです。
現在の羽黒山今泉院大聖寺と改名されたのは、
この再移転した大永6年から天正4年(1576年)までの間のことであるとされています。


県道沿いに建つ寺号標。

      20181220大聖寺01



山門。

      20181220大聖寺02



この山門と言うのが少し厄介。
基本的には、寺院の門の事を山門と言います。
と言うのも、寺院は本来山に建てられ山号を付けて呼んだ名残りで、
その門が平地にあっても山門と呼びました。


しかしながら、いわゆる四脚の門の事を山門と表現することもあるので
本当にややこしい。

こちらの門柱には『羽黒山 大聖寺』。

      20181220大聖寺03



こちらには『土浦大師』と刻まれています。

      20181220大聖寺04


残寝ながら、けいだいにペットの連れ込み禁止。

      20181220大聖寺29

びいすけ には、車の中でお留守番してもらいましょう。



では、参道を進みましょう。



大聖寺の境内には、『四国八十八箇所ミニ霊場』と称し、
四国霊場の1/1000相当のミニ霊場が設置されているから
こう言った石仏が多く設置されています。

      20181220大聖寺05

さすがに、霊場巡りまでは興味ないから、スルーします。


こちらが、世間でよく言う 山門。

      20181220大聖寺06



掲げられた扁額には山号『羽黒山』。

      20181220大聖寺07



さらに参道を進めば、こちらも山門。俗に言う『四脚門』。

      20181220大聖寺08


掲げられた扁額。

      20181220大聖寺09

こちらには寺号が刻まれています。




手水舎。

      20181220大聖寺10



吐水口。

      20181220大聖寺17

この形は玄武のようです。



常香炉

     20181220大聖寺11



そして、本殿『大聖殿』。

     20181220大聖寺12



本殿に掲げられた扁額。

      20181220大聖寺13



本殿前に置かれた鶴の彫り物。

      20181220大聖寺14

そこには、こんな言葉が添えられています。

『 野鳥は環境を図るものさし。
人が住めない所に野鳥は棲めても
野鳥が棲めない所に人は住めません 』


こちらの大聖寺は、(財)日本野鳥の会 (財)山階鳥類研究所の法人会員として
その活動を応援しているそうで、本堂からその主張を感じ取ることができます。

本堂の野鳥の彫刻。

      20181220大聖寺15


      20181220大聖寺16



境内には、なぜか象の像。

      20181220大聖寺18




こちらは、護摩堂。

      20181220大聖寺19


      20181220大聖寺20



こちらは、鐘楼。

      20181220大聖寺21



こちらは、大杉殿。

      20181220大聖寺22



稲敷市の大杉神社の大杉大明神を分祠したものだそうです。

      20181220大聖寺23



こちらが寺務所。

      20181220大聖寺24

御朱印はこちらで拝受できます。


寺務所前には、フクロウの像。

      20181220大聖寺26

過去、大聖寺の森では、毎年2・3羽のフクロウの雛が巣立ちしたそうです。
1991年頃より大聖寺裏で住宅地造成工事が開始され、
餌場になっていた畑や森が切り開かれてしまい、
餌不足に陥ったと思われる雛1羽が、1992年7月7日に鐘楼堂脇で餓死していました。
野鳥の棲める環境を失われつつ現況を憂い、警鐘を投げかけています。




こちらは、客殿。

      20181220大聖寺25



携帯の池には弁財天も祀られています。

      20181220大聖寺28





こちらが、平和観音像。

      20181220大聖寺30

世界平和を祈念して羽黒権現の本地仏です。


そして、平和観音像の台座の下に安置されている鎮守羽黒権現。

      20181220大聖寺31


      20181220大聖寺32



何故か、参道に飾られている赤い丸ポスト。

      20181220大聖寺33

残念ながら、現役のポストではなく、あくまでも飾りのポストになります。
小学校の教育教材ならまだしも、なぜお寺の境内に丸ポストが飾られているのか?
不思議です....................?




こちらが、大聖寺の御朱印。

大聖寺の御朱印は4種類有り、ネットで見かけて興味が湧き、
参拝に訪れたと言うのが本音です。
基本は神社派ですが、今回は特別。

まぁ、これらの御朱印が欲しくて、大聖寺に来たのも事実ですからね。
奮発して4種の御朱印をいただきました。


お不動様

      20181220大聖寺38

御本尊である「羽黒不動尊」の御朱印です。




龍神様 

      20181220大聖寺37

江戸期享保年間の頃、当時の住職だった霊天和尚が
雨乞い祈祷をした際に龍が現れて、
雨を降らせたという伝承に基づく御朱印です


羽黒権現様

      20181220大聖寺36

羽黒山の興りとなった鎮守様です


お地蔵様

      20181220大聖寺35

本堂右脇本尊であり、境内にもたくさんいらっしゃる地蔵菩薩をモチーフにした御朱印です



そして、こちらが挟み紙。

      20181220大聖寺34

本尊、大聖不動明王のイラストです。
無理を言って、挟み紙にも日付を入れてもらいました。




2019/02/11 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神 長勝寺 《 福禄寿 》 (2018年12月11日)(茨城県潮来市) 

12月11日

この日は、潮来市にやって来ました。

最近は神社の御朱印巡りが主流な休日を過ごしていますが、
どっこい、七福神巡りも忘れてはいません。
とは言え、なかなか七福神巡りも1日で完遂出来ず、
中途半端な状態になっている七福神巡りも多い。

茨城県下に展開する常陸七福神もその1つ。
(七福神と言いながらも8ヶ所を巡ります。)

常陸七福神は、水郷・筑波国定公園に散在する8つの社寺からなる七福神の霊場会で、
「日本で一番長い巡路を持つ七福神詣」の霊場です。
この七福神のそれぞれの功徳をいただけばすべての福徳が授かるとされています。

その七福神は(と言っても8ヶ所あるのがちょっびり不思議。)

西光院 毘沙門天 (石岡市)
恵比寿 筑波山神社(つくば市)
弁財天 逢善寺 (稲敷市)
布袋尊 月山寺 (桜川市)
寿老人 西蓮寺 (行方市)
福禄寿 長勝寺 (潮来市)
大黒天 笠間稲荷 (笠間市)
七福神 真延寺 (土浦市) と、このような構成となっているようです。


今回訪れたのは、潮来市にある 長勝寺。

長勝寺は、潮来市にある臨済宗妙心寺派の寺院で
山号は海雲山。本尊は阿弥陀如来。
銅鐘は、国の重要文化財です。

潮来市内の稲荷山とよばれる丘を背にして、JR潮来駅にほど近い市街地内にある寺院。
文治元年(1189年)に源頼朝によって創建されたといわれており、
江戸時代に徳川光圀が諸堂宇を修復し、大獄祖清和尚に住持させたとされています。

そして、常陸七福神では、福禄寿にあたります。


こちらが寺号標。

      20181211長勝寺01

  
長勝禅寺 となっていますね。
  

山門。

      20181211長勝寺02



参道を進みます。

      20181211長勝寺03



参道の楼門。

      20181211長勝寺04

説明板には山門とありますが、寺号標の脇にも山門があるからややこしい。
こちらでは、あえて楼門と表記します。


説明板にはよれば、水戸光圀公が普門院から移築させたそうです。

      20181211長勝寺05


さらに参道を進みます。

      20181211長勝寺07



こちらが本堂。

      20181211長勝寺08

阿弥陀三尊を本尊とする入母屋造り茅葺の仏殿dr、
禅宗様建築の遺構で禅寺の風格を保っています。


この本堂も茨城県の指定文化財。
当然、説明板も設置されています。

      20181211長勝寺09


とにかく、茅葺屋根の本堂は珍しい。
日本でも数少ない茅葺き屋根のお寺としても知られているそうです。

      20181211長勝寺10



こちらが、鐘楼。

      20181211長勝寺12

国の重要文化財に指定されている銅鐘は、
鎌倉幕府第14代執権である北条高時の寄進で、
元徳2年(1330年)の鋳造とされています。


知らなかったのですが、この地は潮来八景の一つでもあるらしい。
江戸時代の後半の1839年に書かれた『潮来図誌』に記載されている

『鐘の音や 残る雲なき 秋の暮れ』

この句が、潮来八景の中の『長勝寺晩鐘』を謳ったという事です。




国の指定文化財ですから、銅鐘の説明板も設置されています。

      20181211長勝寺13



こちらは、勢至菩薩堂。

      20181211長勝寺14


こちらは文治梅。

      20181211長勝寺15

源頼朝のお手植えと伝わる古木の梅です。




そして、潮来市指定文化財の菩提樹。

      20181211長勝寺16


      20181211長勝寺17


こちらは、芭蕉句碑。

      20181211長勝寺18



境内に建つ長勝寺の説明板。

      20181211長勝寺19



肝心の常陸七福神は何処に?

どうやら、この奥に在るようです。
『方丈』と呼ばれる寺院の住居のようです。

      20181211長勝寺20



赤い幟が見えました。

      20181211長勝寺21



常陸七福神は正月期間のご開帳ではなくて
通年公開されているようです。

      20181211長勝寺22



小さく、貼紙も貼られています。

      20181211長勝寺23



こちらが、常陸七福神 福禄寿 です。

      20181211長勝寺24



福禄寿の奥には、ふれあい観音像。

      20181211長勝寺25



こちらが、長勝寺の御朱印。

      20181211長勝寺26


そして、常陸七福神 福禄寿 の御朱印。

      20181211長勝寺27

これで、常陸七福神も
毘沙門天   (石岡市 西光院)
布袋尊     (桜川市 月山寺)
寿老人    (行方市 西蓮寺)
福禄寿    (潮来市 長勝寺)と4ヶ所をクリア。

一つ(1ヶ所)ずつですが着実にお詣りしています。
頑張って結願いたしましょう。




2019/01/28 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

高幡不動尊 あじさいまつり (2018年6月27日)(東京都日野市) 

6月27日

びいすけ の病院のために、前日から八王子の実家に来ていました。

しかし、...............

病院の休みの日を勘違いしていて、この日は休み。
しっかりと、休みの日をチェックしなければいけませんね。



梅雨明け間近、連日の好天気が続く関東地方。
(この2日後、関東地方は梅雨明けとなったようです。)

6月もあと僅か。
八王子の実家から、車で20分ほどの日野市の高幡不動尊で
『あじさいまつり』が開催されていたので、妹の もっちゃん を誘って出かけてみました。


高幡不動尊。
正式には、高幡山明王院金剛寺。
地元では、高幡不動尊が通称となっています。

古文書によれば大宝年間(701)以前とも、
或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられますが、
今を去る1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が、
清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて
山中に不動堂を建立し、不動明王をご安置したのに始まるとされています。


その高幡不動尊の境内から山にかけて咲き乱れる山あじさいは
約200種類以上・7500株余りと言われ、
6月1日~7月初旬にかけて、『あじさいまつり』が行われています。


仁王門前。

      20180627高幡不動01

時期的に七夕の飾りも目に入ります。



この仁王門は重要文化財。

      20180627高幡不動02



仁王門の扁額。
山号は『高幡山』。

      20180627高幡不動03



仁王像。

      20180627高幡不動04


      20180627高幡不動05


あじさい もさることながら、先ずは参拝いたしましょう。


手水舎。

      20180627高幡不動06


常香炉。

      20180627高幡不動07



不動堂。

      20180627高幡不動08

こちらの不動堂も重要文化財。

清和天皇に勅願によって、慈覚大師(円仁)が東関鎮護の霊場として山中に建立しましたが、
建武2年(1335年)夜の暴風雨により倒壊してしまいました。
康永元年(1342年)儀海上人によって、現在の場所に移建されました。
東京都最古の文化財建造物になるそうです。



五重の塔。

      20180627高幡不動09

実は、15歳の時から17歳までの2年間、日野市に住んでました。
高幡不動尊から歩いて5分ほどの距離。
当然、最寄りの駅は、京王線の高幡不動駅。

でも、その頃は五重の塔は無かったんだけどなぁ。

聖天堂。

      20180627高幡不動10




太子堂。

      20180627高幡不動11

見た目は聖天堂のと同じようなに見えるけれど
敷石がちょっと違う。


お不動さんと言う寺院だけど、境内社もあります。

境内社の稲荷社。
手水舎も完備。

      20180627高幡不動12


狛犬。

      20180627高幡不動13


      20180627高幡不動14


      20180627高幡不動15



こちらは、奥殿。

      20180627高幡不動16


上杉憲顕の墳

      20180627高幡不動17



日野市は、新撰組所縁の地。
特に土方歳三は、高幡の隣、石田村(現在の日野市石田)の出身。
境内には土方歳三の像も建っています。

      20180627高幡不動18



そして、その脇には碑も建ち並ぶ。

      20180627高幡不動19



日本観光地百選の入選記念碑。

      20180627高幡不動20

へぇ〜、そんな百選も有るんですね。


新東京百景 一位入選の碑。

      20180627高幡不動21

新東京百景なんて知らなかった.........



顕彰碑。

      20180627高幡不動22



新撰組の近藤勇、土方歳三に関する碑なんですね。

      20180627高幡不動23



さて、肝心のあじさいは.............

      20180627高幡不動24


高幡不動尊の脇の高幡山の麓に山あじさいが咲いています。

      20180627高幡不動25


時期的にちょっと遅いかも知れないけれど、
まだまだ紫陽花の花を楽しむ事が出来ました。

      20180627高幡不動26



こちらが、納経所。

      20180627高幡不動27

御朱印は、こちらで拝受する事が出来ます。

個人的には、神社の御朱印を集めていますが
せっかくの機会だからいただいちゃいましょう。


と言うことで、こちらが高幡不動尊の御朱印。

      20180627高幡不動28


たまには、寺院の御朱印も良いモノですね。




2018/08/22 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

福満寺 《 手賀沼八景① 大井の晩鐘 》(2018年6月2日)(千葉県柏市) 

6月2日

この日は、柏市の神社巡り。


大井の香取神社を参拝したあと、路駐した車に戻る際に
こんな看板を見かけました。

      20180602福満寺01

九曜紋に『大井七人衆影武者伝説の里』、『平将門大明神』
このような文言が書かれていたら、素通りはできません。

ちょっぴり、足を伸ばしてみましょう。

と言う事で立ち寄った先は.........福満寺


こちらが、福満寺の寺号標。

      0180602福満寺02



ここで、非常に残念な看板を目にします。

      0180602福満寺03

境内犬禁止。
でも、将門大明神には惹かれます。

ごめん! びいすけ。

境内入口のポールに びいすけ のリードを括り付け
ダッシュで境内を巡ります。

      0180602福満寺04



本堂。

      0180602福満寺05


本堂の扁額。

      0180602福満寺06

福満寺の御本尊は阿弥陀如来。



こちらは、割と新しい建物。

      0180602福満寺07

参集殿か何かでしょうか?


本堂の脇に建つ小さな祠。

      0180602福満寺08

こちらが、将門大明神らしい。

ちょっと意外。
って言うか、正直、期待倒れ。


せっかくだから、境内を急ぎ足で巡ります。


こちらが、観世音菩薩堂。

      0180602福満寺09

秘仏である「聖観世音菩薩」は聖徳太子作と伝えられ、
平将門公の重臣であった大井城主・坂巻若狭守の守本尊であったと言われているようです。


観世音菩薩堂の脇には、数多くの祠が建ち並びます。
准四国八十八所霊場の祠になるそうです。

      0180602福満寺11


写真で見ると、そうでもありませんが
実際に実物を見ると、かなり圧倒されます。

      0180602福満寺12


      0180602福満寺13


      0180602福満寺14

まさに、パワースポットと言う感じです。



こちらは、六地蔵。

      0180602福満寺10



こちらは、弁天池。

      0180602福満寺15

弁天池に祀られているのは「弁財天」。
天保十一年、上野・寛永寺の不忍池の弁財天を勧請したものらしい。

でも、弁財天を祀っているのに、
なぜか弁天池の前には別な七福神。


かしわ七福神の布袋尊が鎮座していました。

      0180602福満寺16

ここも、『かしわ七福神』の地だったのですね。



境内の片隅には、鬼瓦。

      0180602福満寺17

以前の本堂に使われていたモノのようです。



境内には、こんな案内図。


気になるのは、赤字で書かれた『大井晩鐘』。

      0180602福満寺18

どうやら、鐘楼があるみたいです。
見に行ってみましょう。


鐘楼は、境内からちょっと離れている。
びいすけ を連れて歩いて行きます。

竹林の道を歩いて行きますが、
道沿いにも祠が建ち並びます。

      0180602福満寺19


      0180602福満寺20



山門のように見えますが、鐘楼堂。

      0180602福満寺21

江戸時代に建てられたモノらしい。


正面から。

      0180602福満寺22



山号が記された扁額。

      0180602福満寺23



鐘楼堂には、こんな看板。

      0180602福満寺24


見て、びっくり。
手賀沼八景 大井の晩鐘 。

手賀沼八景って言うのも有ったんだ。
各地の八景巡りも追っかけているから
『手賀沼八景』、これも要チェックですね。









2018/07/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神巡り 《 寿老人 西蓮寺 》 (2018年5月22日)(茨城県行方市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。
小美玉市に向かう途中、立ち寄ったのは行方市の西蓮寺。

西蓮寺には、以前『茨城百景』の地として訪れた事があります。
( その時の記事は こちら


しかし、西蓮寺は、『常陸七福神』の寿老人だと言うことを知り
改めて訪れました。



西蓮寺は、延暦元年(782年)に創建と伝えらる古刹で、
数多くの文化財を持っているそうです。



仁王門脇の寺号標。

      20180522西蓮寺01



こちらは、仁王門。

      20180522西蓮寺02

この仁王門も文化財の一つ。
国の重要文化財に指定されています。
天文12年(1543年)建立されたもので、
当初は楼門として造られたそうです。
寛政2年(1790年)山門に造り替え、
更にその後、仁王門に改めて現在に至っているそうです。



仁王門の扁額。

      20180522西蓮寺03

かなりの年月を経てきたのが、掠れ具合いで計り知れます。



仁王像。
阿形(あぎょう)像。

      20180522西蓮寺04



吽形(うんぎょう)像。

      20180522西蓮寺05



西蓮寺の説明板。

      20180522西蓮寺06



手水舎。

      20180522西蓮寺07



定番の龍の吐出口。

      20180522西蓮寺08



常行堂

      20180522西蓮寺09



常行堂前の天水桶。

      20180522西蓮寺10



常行堂脇に鎮座する延命地蔵尊。

      20180522西蓮寺11


      20180522西蓮寺12



こちらは、薬師堂。

      20180522西蓮寺13


      20180522西蓮寺14

この中に、木造薬師如来坐像が安置されているそうです。
西蓮寺の本尊で非公開。
茨城県有形文化財に指定されているそうです。


薬師堂の近くには、相輪橖。

      20180522西蓮寺18

天台宗の象徴になるもので、こちらは国の重要文化財に指定されています。



こちらは、鐘楼。

      20180522西蓮寺15



そして、西蓮寺の大イチョウ。
それも1本ではなく、2本ある。
それぞれ一号株・二号株と呼び、こちらは一号株。
  
      20180522西蓮寺16
      20180522西蓮寺17

幹囲約6メートル、樹高約25メートルだそうです。



こちらは二号株。

      20180522西蓮寺20
      20180522西蓮寺21

幹囲約8メートル、樹高約27メートルあるそうです。



二号株の幹の手前には尸羅度稲荷社が祀られています。

      20180522西蓮寺19



さて、肝心の七福神はと言えば...............


幟、見っけ!

      20180522西蓮寺22



こちらの曼珠院に安置されているようです。

      20180522西蓮寺23



曼珠院の扁額。

      20180522西蓮寺24



びいすけ には申し訳ないけれど
車止めのパイプにリードを括り付け、
暫し待機してもらいましょう。

      20180522西蓮寺25



住職さんにお断りをして
曼珠院の中に入らせてもらい、寿老人を拝観します。

こちらが、寿老人。

      20180522西蓮寺26

常陸七福神の寿老人です。

寿老人は、星の化身で、にこやかな微笑みを称え、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られてます。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴であるようです。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されているようです。


せっかくだから、曼珠院の中もじっくりと見学します。

      20180522西蓮寺27


      20180522西蓮寺28


      20180522西蓮寺29


      20180522西蓮寺30



      20180522西蓮寺31

神社とは違った空間の静寂感と幾ばくかの緊張感を感じます。



こちらは、庫裏。(寺務所)

      20180522西蓮寺35

御朱印は、こちらで拝受できます。


常陸七福神の寿老人の御朱印が目的でしたが
こちらの西蓮寺では3種の御朱印が拝受出来るという事なので
3種の御朱印を拝受しました。


本尊、薬師如来の御朱印。

      20180522西蓮寺32



延命地蔵尊の御朱印。

      20180522西蓮寺33



そして本命、常陸七福神 寿老人 の御朱印。

      20180522西蓮寺34


朝早くから押し掛け、申し訳ありませんでした。
そして、ありがとうございました。


2018/07/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を探して...............久保田尋常小学校跡 (2018年5月19日)(千葉県袖ケ浦市) 

5月19日

この日は、袖ヶ浦市方面へ出かけました。


袖ヶ浦市にある笠上観音の近くに、かつての学校跡が在ると知り
訪れてみました。



こちらが、笠上観音。

      20180519久保田尋常小学01



笠上観音とは通称で、正式には『笠上観音正福寺』と言うそうです。

      20180519久保田尋常小学02


正福寺は、厄除けの観音として有名な寺で、
明治6年まで房総往還(上総道、房州道、江戸道)が通る笠上山の中腹にあった笠上観音を、
正福寺に遷して笠上観音正福寺となったそうです。
癇(かん)の虫封じも行なっている、ありがたい厄除観音と言われています。


ありがたい観音様と言うことならは、お参りいたしましょう。

      20180519久保田尋常小学03



こちらは、鐘楼。

      20180519久保田尋常小学04



手水鉢。

      20180519久保田尋常小学05



本堂前の香炉。

      20180519久保田尋常小学11



こちらが、本堂。

      20180519久保田尋常小学06



本堂正面の扁額。

      20180519久保田尋常小学07



本堂正面。

      20180519久保田尋常小学08



本堂の正面入口脇には仁王像。

      20180519久保田尋常小学09


      20180519久保田尋常小学10



何と嬉しいことに、抱っこすれば本堂内にも
犬連れでも参拝出来ます。

      20180519久保田尋常小学13



せっかく参拝したんだから、御朱印をお願いしたら
書き手の住職さんが、法事の法要で外出中。

      20180519久保田尋常小学12

まあ、寺院の場合、葬祭が多いから仕方ない。




      
で、肝心の学校跡はと言えば.........



本堂前に石柱が建っていました。

      20180519久保田尋常小学14



『久保田尋常小学校跡』と記されています。

      20180519久保田尋常小学15



横面には、『長浦小学校 開校百周年記念』と記されています。

      20180519久保田尋常小学16


調べてみるて、現在の袖ヶ浦市立長浦小学校は明治37年開校。
当時、この地区にあった3つの尋常小学校が統合して、
長浦尋常小学校になりました。
その中の1校が久保田尋常小学校でした。

ちなみに残りの2校は、
『蔵波尋常小学校』『代宿尋常小学校』でした。


久保田尋常小学校の創立時期は不明ですが
寺院の敷地内に在ったことから、明治初期の創設だはなかったでしょうか?
明治初期の学校は江戸時代の寺子屋の流れを汲み
寺院や神社の一画を校地にしていたことが多いですからね。



正福寺の敷地の一画に在る、地域の集会所。

      20180519久保田尋常小学17

きっと久保田尋常小学校は、こんな感じで建っていたのでしょう。


集会所脇の銀杏の木。

      20180519久保田尋常小学18



ひょっとしたら、この木は久保田尋常小学校の
シンボルツリーだったかも知れない。



2018/07/04 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神巡り 《 布袋尊 月山寺 》 (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

茨城百景の石碑を見つけ、ついでに参拝した富谷観音。
こちらの御朱印は、同じ桜川市内の月山寺でいただく事が出来ます。

月山寺...............?
どこかで聞いたような記憶が...............


たまたま先日、御朱印を拝領した石岡市の西光院。
こちらは、常陸七福神の一つでした。
そして、月山寺も常陸七福神の一つです。
富谷観音の御朱印もいただけるし、常陸七福神だし、
月山寺に行かない理由がありません。

と言うことて、向かうのは月山寺です。


月山寺は、天台宗の寺院で山号は曜光山。
正式には『曜光山 月山寺』と呼ぶようです。
平安時代初期、桓武天皇の時代に創建され、
江戸時代には天台宗の学問所、
関東八檀林の一つとして栄えていました。

布袋尊が祀られていて、常陸七福神の1つとされています。
茨城県と桜川市の指定有形文化財に指定されています。
紅葉の美しい庭園があり、例年11月中が紅葉の見頃だそうです。
併設されている美術館には国や県指定の文化財が展示されています。



こちらが、月山寺の寺号標。

      20180216布袋尊 月山寺01



山門前にて。

      20180216布袋尊 月山寺02



こちらが、山門。

      20180216布袋尊 月山寺03



山門をくぐって境内に入ると、目に留まるのは札所の前の赤い幟。

      20180216布袋尊 月山寺04

常陸七福神の幟です。

1月だと新年の七福神巡りで幟を立てる事が多いけれど、
2月になっているし、七福神巡りには通年力を入れているようです。


こちらが、本堂。

      20180216布袋尊 月山寺05

正直言って、あまり本堂には関心がない。


気になるのはこちら。

      20180216布袋尊 月山寺07


      20180216布袋尊 月山寺08


このお堂の中に、布袋尊が鎮座しています。

      20180216布袋尊 月山寺09


      20180216布袋尊 月山寺10



少し影になって見にくいですが...............

      20180216布袋尊 月山寺11


月山寺の布袋尊。

      20180216布袋尊 月山寺12

常陸七福神の布袋尊です。


布袋尊の背後には小振りな七福神たち。

      20180216布袋尊 月山寺13



七福神の布袋尊もお詣り出来たから、月山寺の境内を探索してみましょう。


この石段を上って行くと...............

      20180216布袋尊 月山寺14



そこには鐘楼堂。

      20180216布袋尊 月山寺15



そして、その脇には『千手堂』。

      20180216布袋尊 月山寺16



扁額には『千手室』と記されています。

      20180216布袋尊 月山寺17



この千手堂には、千手観音が祀られているそうです。

      20180216布袋尊 月山寺18




こちらが札所。

      20180216布袋尊 月山寺23

一見、御朱印はこちらで拝領できるのかと思えますが
こちらではなく、受付で御朱印をお願いできるそうです。



そして、こちらがその受付。

      20180216布袋尊 月山寺19

御朱印は、こちらで受け付けてもらいます。



墨書きの御朱印を待つ間、綺麗な庭園を覗きます。

      20180216布袋尊 月山寺20


梅の花が一輪、春は近づいています。

      20180216布袋尊 月山寺21



こちらが、月山寺美術館。

      20180216布袋尊 月山寺22

貴重な月山寺の宝物が展示されているらしい。



      
個人的には、美術館よりもやっぱり庭園を見てほしい。
京都の龍安寺の石庭っぽい。

      20180216布袋尊 月山寺24


      20180216布袋尊 月山寺25



こちらが、拝領した御朱印。

      20180216布袋尊 月山寺26

月山寺の御朱印と常陸七福神の御朱印の2種を
見開きでお願いしました。


こちらが、月山寺の御朱印。

      20180216布袋尊 月山寺27



そして、常陸七福神 布袋尊の御朱印。

      20180216布袋尊 月山寺28


常陸七福神の御朱印、やっぱり追いかけてみようっと!







2018/04/04 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 富谷観音 》(2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

旧・真壁町から旧・大和村、そして旧・岩瀬町へと桜川市内を移動してします。

鴨鳥五所神社をあとにして、向かったのは桜川市富谷地区。

実は、昨年の6月に、茨城百景の『謡曲桜川の桜と富谷観音』を訪れた時に
富谷観音の近くにある茨城百景の石碑を探しきれませんでした。
今回、富谷山の近くに来たこともあり、前回のリベンジ。
茨城百景の碑を探します。

茨城百景を追いかけている先人たちのブログをチェック。
その画像や記事から推測して、碑のある場所わわ推測して探します。

大まかな場所にあたりをつけ、車で徘徊して
見事に碑を発見!

急いで、車を降りて写真撮影です。

      20180216茨城百景 富谷観音01



碑には、小さく 謡曲桜川の桜と富谷観音 と刻まれ
大きく 富谷観音 と刻まれています。

      20180216茨城百景 富谷観音02

この碑を探していたんだよなぁ。


せっかくだから、裏面も撮っちゃいましょう(笑)。

      20180216茨城百景 富谷観音03


よくよく考えたら、茨城百景が制定されたのは昭和25年。
それを記念して設置された碑だから、当然設置される場所は
① ズバリ、その対象物の在る場所。
② その対象物へ行くための最寄りの交通機関の駅やバス停前。
③ その対象物へ行くための道沿い。

これらが考えられます。
昭和25年当時の旧道に碑が在るのは容易に考えられます。
しかし、その旧道の場所が分からないというジレンマはありますが...............


この場所も旧道だったようです。

      20180216茨城百景 富谷観音04

茨城百景の碑の近くに道標となる石碑がありました。


せっかく碑を見つけたんだから
このまま、別な場所に移動しちゃうのも芸がない。

何せ、碑が在るのは、富谷山の麓。
富谷山の中腹にある富谷観音まで
ハイキングコースが整備されているようです。

      20180216茨城百景 富谷観音05



この先はハイキングコースと言うか、
富谷観音の参道になるようです。

      20180216茨城百景 富谷観音06


      20180216茨城百景 富谷観音07


      20180216茨城百景 富谷観音08



麓から歩いて行くのは大変だから、
車でサッと富谷観音まで移動しちゃいます。


富谷観音は、正式には富谷山 小山寺と言います。
天平7年(735年)に聖武天皇の勅願により、
行基を開基として創立されたと伝えられています。
地元では「富谷観音」の愛称で親しまれています。
富谷観音の三重塔は相輪の銘によると、
寛正6年(1465)に多賀谷朝経が大旦那となり、
大工宗阿弥家吉とその息子によって建立されたもので、
国の重要文化財に指定されています。

      20180216茨城百景 富谷観音09



富谷観音の入口。

      20180216茨城百景 富谷観音10



境内の三重塔が国の重要文化財に指定されているから注目を浴びますが
こちらの楼門もそれなりに立派なモノ。

      20180216茨城百景 富谷観音11


      20180216茨城百景 富谷観音12


楼門に掲げられた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音13

悲しいかな、何と書いてあるか...............?
達筆すぎて、私には判別不能。



楼門の仁王像。

      20180216茨城百景 富谷観音14


      20180216茨城百景 富谷観音15



富谷観音(小山寺)には、文化財が多いようです。
さりげなく、楼門前には富谷観音の文化財の説明板。

      20180216茨城百景 富谷観音16



こちらは、手水鉢になるのだろうか...............?

      20180216茨城百景 富谷観音17


楼門の先は、急な石段。

      20180216茨城百景 富谷観音18


石段を上れば境内。


手水舎。

      20180216茨城百景 富谷観音19



こちらが本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音21


別アングルからの本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音20



さらに別アングルから。

      20180216茨城百景 富谷観音22



本堂の扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音23

おそらく、山号だと思うのだけれど、『富谷山』には見えない。
字数も合わないし...............。



こちらは、本堂の左右に飾られた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音24


      20180216茨城百景 富谷観音25



境内と言うか、本堂背後の斜面に祀られた大黒堂。

      20180216茨城百景 富谷観音26



中には大黒天がしっかりと祀られています。

      20180216茨城百景 富谷観音27


こちらは、弁財天。

      20180216茨城百景 富谷観音28

大黒天、弁財天と来たら七福神?
でも他にも七福神らしき影も無い。


こちらが、国指定文化財の三重塔。

      20180216茨城百景 富谷観音29


      20180216茨城百景 富谷観音30


      20180216茨城百景 富谷観音31



鐘楼。

      20180216茨城百景 富谷観音32




桜川市の指定天然記念物。
小山寺の大杉。

      20180216茨城百景 富谷観音33
      20180216茨城百景 富谷観音34


      20180216茨城百景 富谷観音35



基本は神社派ですが...............
せっかく訪れた富谷観音( 小山寺 )。
御朱印をいただく事に。

      20180216茨城百景 富谷観音36


富谷観音の御朱印は、同じ桜川市の月山寺でいただく事が出来ます。

御朱印もいただいたし、茨城百景の碑も見つけることが出来たから
これで本当に『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』が制覇出来ました。




2018/04/03 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............雨引観音(雨引山 楽法寺) (2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


雨引千勝神社をあとにして、向かった先は...............雨引観音


雨引観音は、一般的に雨引観音と読んでいますが
正式には、 雨引山 楽法寺 と言います。

用明天皇2年(587年)梁の国人の法輪独守居士によって開山された
厄除延命安産子育の霊験あらたかな延命観世音菩薩(国指定重要文化財)を本尊佛として、
お祀り申し上げる坂東観音霊場第二十四番札所の名刹です。




こちらが、寺号標。

      20180216雨引観音01



この立派な門は 薬井門。

      20180216雨引観音02

俗称「黒門」と言い、関ヶ原の戦(1600)以前は真壁城の城門であったと言うことです。




磴道。

      20180216雨引観音03

この石段は俗に厄除けの石段といい、一段一段登るごとに「南無観世音菩薩」と称号を唱えて登れば、145段を登りつめた時、厄が落ちるといわれています。



石段の途中には鐘楼堂 。

      20180216雨引観音04


建長6年(1254)宗尊親王の御願によって建立し、
その後天和2年(1682)当山第14世堯長が再建したが、
又大破したために文政13年(1830)第24世元盛が再度建立したものです。

昭和50年瓦葺きに葺き替えられましたが、
他は文政年中建設のままだそうです。

      20180216雨引観音05



こちらが地蔵堂。

      20180216雨引観音06

建長6年(1254)宗尊親王の御願によって建立した建物であり
享保年中(1715)仏師無関堂円鉄(円哲ともいう)が彫刻した地蔵菩薩を安置しています。
このお地蔵様は俗に「子安地蔵」として庶民に親しまれ、
特に子育てを祈願する母親の参詣が多いそうです。




こちらは、仁王門

      20180216雨引観音07

建長6年(1254)宗尊親王の建立した門で、
鎌倉時代の仏師康慶の彫刻した仁王尊を祠っています。
仁王尊は二躯であり、一体は阿の字一体は吽の字を示現すといい、
力感溢れる 名彫刻です。


仁王門の扁額。

      20180216雨引観音08

楽法寺の山号である『雨引山』となってます。



手水舎。

      20180216雨引観音09


定番の龍の吐出口。

      20180216雨引観音10



境内には孔雀が放し飼いになっています。
一応、犬連れの人への注意喚起。
って言うことは、境内に犬を連れも基本的には問題なし。

      20180216雨引観音11



こちらが、本堂(観音堂)。

      20180216雨引観音12



正面から。

      20180216雨引観音13



正面に掲げられた扁額。

      20180216雨引観音14



別アングルからの本堂。

      20180216雨引観音15



多宝塔。

      20180216雨引観音16

当初は三重塔を建設する予定だったらしいが、幾多の事情により
多宝塔となったそうです。




こちらが御協所。

      20180216雨引観音17

神社で言うところの授与所。


御朱印は、こちらでいただけます。

      20180216雨引観音18




こちらが東照宮。

      20180216雨引観音19

徳川家康の死後、寛永2年(1625)境内に東照大権現(徳川家康の神号)の祠堂を建立しました。
享保12年(1727)第十八世吽教は仏師円哲と心をあわせて 現存の東照宮を再建し、
地主大権現として家康家光を合祠しました。

すなわち、この場所に徳川家康、家光が祀られていることになります。




こちらは、御所権現(だったと思う。違っていたらごめんなさい。)

      20180216雨引観音20

足利尊氏を祠った堂であり、
屋根には足利氏の定紋が輝いているらしい。



弁天池。

      20180216雨引観音21

錦鯉が泳ぐ池。
弁天様が祀られています。



雨引観音は、雨引山の中腹にある寺院だから
それなりに眺望は長けています。

      20180216雨引観音22



しかし、生憎の曇り空。
スカッと晴れて入れば、また違った風景に見えるかも...............?

      20180216雨引観音23


      20180216雨引観音24



こちらが、雨引観音(雨引山 楽法寺)の御朱印。

      20180216雨引観音25

茨城百景の地でもある雨引観音。
秋の紅葉、そして初夏の紫陽花が有名な場所でもあるようです。

紫陽花の時期にまた来ようかな...............?



2018/04/01 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの東京散歩⑦ 豊川稲荷七福神巡り (2018年1月24日)(東京都港区) 

1月24日

約13年ぶりに訪れた赤坂にある豊川稲荷東京別院。

      20180124 豊川稲荷七福神01


こちらの境内には、豊川稲荷七福神と称して
七福神が祀られています。

七福神好きとしては、見過ごす訳には行きません。

      20180124 豊川稲荷七福神02


それでは、豊川稲荷東京別院の豊川稲荷七福神巡りです。


山門脇には、恵比寿尊。

      20180124 豊川稲荷七福神03


恵比寿尊は、七福神中で唯一の日本の神様と言われています。
いざなみ、いざなぎの二神の第三子といわれ、
満三歳になっても歩かなかったため、
船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、
信仰の始まりと伝えられているようです。
左手に鯛をかかえ右手に釣竿を持った親しみ深いお姿の、
漁業の神様で、特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いようです。

      20180124 豊川稲荷七福神04




恵比寿尊からちょっと離れた位置(右側奥)に鎮座しているのは寿老人。

      20180124 豊川稲荷七福神05


寿老人は、福禄寿と同じく星の化身で、
にこやかな微笑みを称え、手には巻物を括り付けた杖、
そして団扇や桃などを持ち、鹿を従えた姿が一般的に知られてます。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴であるようです。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されているようです。

      20180124 豊川稲荷七福神06



境内の中央部、大黒堂の脇に鎮座しているのは大黒天。

      20180124 豊川稲荷七福神07


大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となりましたが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたと言われています。
大地を掌握する農業の神様でもあり、五穀豊穣をもたらすとされています。
大きな袋を背負い、打出小槌をもち、頭巾をかぶられた姿が一般によく知られていて
財宝・福徳開運の神様として信仰されているようです。

      20180124 豊川稲荷七福神08




本堂脇の狭い道を進み、叶稲荷の先に鎮座するのは弁財天。

      20180124 豊川稲荷七福神09



弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて弁財天と言われるようになりました。
財宝を授けてくださる神へとなり、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。

      20180124 豊川稲荷七福神10




三所殿脇に鎮座する福禄寿。

      20180124 豊川稲荷七福神11



福禄寿の名前の由来は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国の道教の長寿神です。
南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたといわれる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶを持ち、
年齢は千歳とも言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。

      20180124 豊川稲荷七福神12





奥の院の手前に鎮座するのは、毘沙門天。

      20180124 豊川稲荷七福神13



毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼びます。
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
その凛々しい姿が個人的には七福神の中で一番のお気に入り。
七福神では、融通招福の神として信仰されているそうです。

      20180124 豊川稲荷七福神14




そして、最後に控えし七福神。

境内の最奥(?)、文化会館へと続く導線沿いに鎮座するのは
豊川稲荷七福神の布袋尊です。

     20180124 豊川稲荷七福神15



布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われています。
いつも笑顔を絶やさず、人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、
信仰の厚い人に与えられたと言われます。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。

      20180124 豊川稲荷七福神16



各七福神の置かれている場所にはスタンプが置かれています。
専用の台紙を買ってスタンプを押す事も出来るようです。

でも、スタンプラリーじゃないし
あくまでも七福神のお詣り。

これはコレで良いんじゃない?

とりあえず、豊川稲荷東京別院の豊川稲荷七福神、
これにて制覇です。




2018/03/16 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit