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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

東金・山武 古社寺めぐり  《 妙宣寺(家之子仁王尊)》   (2020年4月6日)(千葉県東金市) 

4月6日

この日は、東金市にでかけました。

家を出る時には、まさか中止になっていたとは知りませんでしたが
前日まで開催されていた(はずの)『東金・山武 古社寺めぐり 桜詣』。
1日遅れになりますが、御朱印拝受の社寺巡りをしました。

東金日吉神社で、桜詣の中止を知りましたが
駄目元で訪れた願成就寺で参拝も出来、
御朱印も拝受出来たので、もう少し足を伸ばして
向かった先は...............妙宣寺(家之子仁王尊)。

東金・山武 古社寺めぐりの11社寺の中に妙宣寺が2ヶ所あり
東金市と山武市にそれぞれ1寺在ります。
今回は、東金市の妙宣寺となります。

妙宣寺は東金市家之子にある寺院です。

山号を『華藏山』と言い、正式には華藏山妙宣寺と称しますが
『尼御所 家之子仁王尊』とも呼ばれています。

南北朝時代の終わりの頃、後醍醐天皇の皇子である護良親王の没後
上總へ逃れた護良親王の御息女の華藏姫がこの地にて落飾、
星莖尼と号されたそうです。
星莖尼は護良親王の菩提を弔う為に開基となり、
妙宣寺の前身である禪宗尼寺として華藏山海岸寺を創建されました。
当時は、禪宗尼御所であったとされ、この後、東光院日顕上人により、
應永24年(1417年)に日蓮宗に改めたとされています。



総門前の寺号標。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)01



総門。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)02


総門前の由緒書き。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)03


説明板。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)04



総門をくぐり参道を進めば、仁王門がお出迎え。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)05



手水舎。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)06



仁王門と びいすけ 。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)07



仁王門の正面に掲げられた扁額。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)08



別アングルからの仁王門。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)09


仁王像。
向かって右側の阿形。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)10



向かって左側、吽形。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)11



仁王門前には、報恩碑。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)12



こちらは、本堂。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)13


本堂正面。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)14



別アングルからの本堂。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)15



びいすけ もお詣り。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)16



本堂前からの仁王門。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)17



こちらは、子安堂。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)18



こちらが四脚門。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)19


     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)20

改修こそされているものの、
唯一、創建時の物であると伝わるそうです。



こちらが、妙宣寺の御朱印。

     20200406妙宣寺(家之子仁王尊)21

境内の寺務所にて拝受しました。



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2020/05/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

東金・山武 古社寺めぐり  《 願成就寺 》 (2020年4月6日)(千葉県東金市) 

4月6日

この日は、東金市にでかけました。

家を出る時には、まさか中止になっていたとは知りませんでしたが
前日まで開催されていた(はずの)『東金・山武 古社寺めぐり 桜詣』。
1日遅れになりますが、御朱印拝受の社寺巡りをしました。

東金日吉神社で、桜詣の中止を知りましたが
駄目元で巡ってみよう。

と言う事で、向かった先は............... 願成就寺


願成就寺は、東金市松之郷にある寺院です。

山号を『同夢山』とよび、同夢山願成就寺と称します。

上總國守護・久我台城 城主 北條久時公により、
久我台城表鬼門鎭護の為に北條氏の氏寺として
弘安三年(1280年)創建と伝わっています。

大永元年(1521年)に当時の土気城主の酒井定隆による
宗教政策の「上総七里法華」により法華宗に改宗し、
中興開山に日誦上人を迎え再興、京都 妙満寺が総本山となりました。
さらにその後、日蓮宗妙満寺派が明治31年(1898)に顕本法華宗に改称され、
現在に至ったそうです。

古くは、『總州 願成寺』とも呼ばれ、「願い」が「成就(叶う)」すると言われてきたそうです。



願成就寺山門。

     20200406願成就寺01



山門に掲げられた寺号の表札。

     20200406願成就寺02



山門をくぐれば、目の間に本堂。

     20200406願成就寺03



本堂正面。

     20200406願成就寺04



本堂正面に掲げられた扁額。

     20200406願成就寺05



本堂正面。

     20200406願成就寺06


別アングルからの本堂。

     20200406願成就寺07



びいすけ もお詣りします。

     20200406願成就寺08



境内の五輪塔。

     20200406願成就寺09


北條三介之墓と言われ、歴代の上總國守護である北條長時、北條久時、北條時之の墓とされています。

     20200406願成就寺10


五輪塔の一部が風化して欠けている。

     20200406願成就寺11



元々、願成就寺は桜の名所で、山門脇の枝垂れ桜が有名らしい。
残念ながら枝垂れ桜は見頃を過ぎてしまったが
境内には、別な桜が咲いている。

鬱金(うこん)桜と言う品種らしい。

     20200406願成就寺12



黄色い花びらの珍しい桜らしい。

     20200406願成就寺13


     20200406願成就寺14



そして、こちらが御朱印。

     20200406願成就寺15


ちょうど、住職さんが出かける直前でしたが
気持ちよく御朱印対応していただきました。
ありがとうございました。



2020/05/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.........本漸寺   (2020年4月6日)(千葉県東金市) 

4月6日

この日は、東金市へ出かけました。

東金日吉神社をあとにして、向かった先は...............本漸寺。



本漸寺は東金市東金にある寺院です。

山号を鳳凰山と称し、正式名称は『鳳凰山本漸寺』となるそうです。
創建年代等については不詳ですが、
当初は上総国山辺郡松之郷(現在の千葉県東金市松之郷)にあった曹洞宗の寺院で、
同夢山願成就寺と号していたとされています。
その後、妙満寺派(現在の顕本法華宗)に改宗し、
寺号を巨徳山本漸寺と改められたそうです。
戦国時代には、東金城主・酒井氏が現在地に移したとされ、
江戸時代には、妙満寺派本山輪番上総十ヶ寺の一つであったそうです。
しかしながら、平成28年に突如として顕本法華宗を離脱し、
現在は単立寺院となっているそうです。


寺号が記された巨大な石灯籠。

     20200406本漸寺01



その脇には立派な山門。

     20200406本漸寺02


     20200406本漸寺04



山門に掲げられた扁額には山号が刻まれている。

     20200406本漸寺03


 
山門前にて。    

     20200406本漸寺05



山門をくぐって、境内に入ります。


石段の先に本堂。

     20200406本漸寺06


手水鉢。

     20200406本漸寺08


こちらが本堂。

     20200406本漸寺07


     
本堂向拝。

     20200406本漸寺09


本堂正面に掲げられた扁額。

     20200406本漸寺10


本堂正面。

     20200406本漸寺11



別アングルからの本堂。

     20200406本漸寺12



本堂前の狛犬。

     20200406本漸寺13


     20200406本漸寺14



本堂前の天水桶。

     20200406本漸寺15



びいすけ もお詣りします。

     20200406本漸寺17     



本堂正面の鬼瓦。

     20200406本漸寺16


    
こちらは、以前の本堂の鬼瓦。 

     20200406本漸寺18



こちらは、以前の客殿の鬼瓦。

     20200406本漸寺19


そして、こちらが客殿。

     20200406本漸寺20

    
別アングルから。

     20200406本漸寺25


     20200406本漸寺26



本漸寺は、東金高校に隣接していて、
その東金高校は、東金御殿跡に建てられた。
そらに遡れば、戦国時代の酒井氏の東金城跡。
すなわち、本漸寺背後の山は、東金城址になる。
 
     20200406本漸寺21


そのせいだろうか?
境内には土塁と思われる土壇も多い。

     20200406本漸寺22



境内には、徳川家康公お手植えの蜜柑の木。

     20200406本漸寺24


その説明板。

     20200406本漸寺23

     

     
本堂の建つ辺りはちょっとした高台。
     
     20200406本漸寺27


八鶴湖も良く見える。

     20200406本漸寺28



こちらが、本漸寺の御朱印。

      20200406本漸寺29


『妙法』の2文字が気に入りました。



2020/05/18 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

東金・山武 古社寺めぐり   《 最福寺 》(2020年3月30日)(千葉県東金市) 

3月30日

この日は、東金市の御朱印巡りに出かけました。

東金日吉神社をあとにして、向かった先は...............最福寺。


実は、東金日吉神社を参拝した時に、こんなチラシを貰いました。




どうやら、東金市と山武市の古社寺が
『東金・山武 古社寺めぐり 桜詣』と称して
期間限定の御朱印を頒布されているようです。

期間は2回にわたり、1回目は3月27日〜29日
2回目は4月3日〜6日の期間です。
(残念ながら、2回目は新型コロナウイルス対策影響で中止になりました。)

東金山武古社寺之会と言う会があって、下記の11社寺が参画されているようです。

東金市  日吉神社
東金市  最福寺
東金市  妙宣寺(家之子仁王尊)
東金市  願成就寺 
山武市  五所神社
山武市  四天尊 勝覚寺 
山武市  光明寺  
山武市  宝聚寺  
山武市  長光寺  
山武市  妙宣寺  
山武市  不動院


せっかくだから、日吉神社に近い最福寺に立ち寄ってみました。

最福寺は、東金市東金にある寺院です。
山号を『安国山』と称し、八鶴湖に南面してたたずむ安国山最福寺は、
大同二年(807年)伝教大師最澄によって背後の鴇ヶ嶺山頂の山王神社(日吉神社)とともに
一宇を改修し天台宗の寺院として創設されたそうです。
その後、670年たった文明11年(1479年)京都妙満寺十世日遵上人の弘教により、
日蓮宗に改宗されました。
土気城主・酒井定隆による七里法華改宗より十一年前のことであり、
その数年後、最澄の最を改め最福寺から西福寺と称しましたが、
戦後になると、昔の最福寺に戻しました。
また山王神社は嘉慶元年(1387年)現在地の大宮台に遷座され、
鴇ヶ嶺の社は古山王神社として現在に至っています。
現在、最福寺は日蓮系の単立本山となっています。


折しも、この時期は八鶴湖畔で『東金桜まつり』が開催されますが、
新型コロナウイルスの影響で中止となり、八鶴湖の駐車場は空いていて
難なく停める事が出来ました。

     20200330最福寺33



こちらが寺号標。

     20200330最福寺01


最福寺の山門。

     20200330最福寺02


山門に掲げられた表札。

     20200330最福寺03


こちらは、山門に掲げられた扁額。

     20200330最福寺04

『安国山』の山号です。



山門脇の『南無妙法蓮華経』と刻まれた碑。

     20200330最福寺05


山門をくぐって、境内に入ります。


境内に聳える杉の木。

     20200330最福寺06
     20200330最福寺07

杉の木脇の石段を上がれば本堂。



こちらが本堂。

     20200330最福寺08


     20200330最福寺09



本堂前の狛犬。

     20200330最福寺10


     20200330最福寺11



本堂正面。

     20200330最福寺12


本堂正面に掲げられた扁額。

     20200330最福寺13


本堂正面の鰐口。

     20200330最福寺17


     20200330最福寺16



別アングルからの本堂。

     20200330最福寺14


     20200330最福寺23



びいすけ も参拝いたします。

     20200330最福寺15



境内のお地蔵さん。

     20200330最福寺18

  
こちらは、鐘楼。
  
     20200330最福寺19



鐘楼は、ちょっとした高台となっていて、眺望に長けている。

     20200330最福寺20


当然、眼科の八鶴湖もバッチリ見える。

     20200330最福寺21



鐘楼近くには、『切られ与三郎』の墓。

     20200330最福寺22


こちらは、徳川家康と日善上人の像。

     20200330最福寺24

家康公が最福寺の日善上人を駿府城に招き、密談した様子を再現したものらしい。
当時、家康は豊臣家を滅ぼすべきかどうか悩んでいて
日善上人の助言が大きな影響を与えたとも言われています。



こちらは、日蓮大聖人像。

     20200330最福寺25



その隣には大黒殿。

     20200330最福寺26


大黒殿正面に掲げられた扁額。

     20200330最福寺27


大黒殿の中には、運慶の作と伝えられる大黒天像が祀られています。

     20200330最福寺28


その説明板。

     20200330最福寺29


びいすけ も大黒天にお詣りです。

     20200330最福寺30


大黒殿の隣は、安国殿。

     20200330最福寺31


安国殿、大黒殿からも八鶴湖はよく見える。

     20200330最福寺32


こちらは、太子堂。

     20200330最福寺35



こちらは、中西悟堂の歌碑。

『 たまたまに ひらく路傍の 花ありて 
  もろきはかくも 美しかりし     』

     20200330最福寺34

八鶴湖畔を散策した後、最福寺客殿にて
この短歌を詠んだらしい。

こちらは、客殿。

     20200330最福寺36


     20200330最福寺37


御朱印は、客殿の隣の寺務所にて拝受出来ます。



こちらが、最福寺の御朱印。

     20200330最福寺38

大黒天の御朱印になるんですね。



2020/05/07 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り 《 布田薬王寺 》 (2020年3月30日)(千葉県東金市) 

3月30日  

この日は、東金市に出かけました。

月替わりの御朱印目的に東金日吉神社へ向かいましたが
その前にちょっと寄り道。
 
布田薬王寺へ立ち寄りました。


布田薬王寺は、東金市上布田にある寺院です。

元和二年(1616年)に日常上人によって開基した伝わり、
本尊である薬王瑠璃光如来を伝来したとされ、
寛永年間(1625年)に二世日円日円上人が安置したそうです。

山号は不老山、正式名称は布田 薬王寺。
本尊は薬王瑠璃光如来。
「布田の薬師さん」の愛称で親しまれているそうです。
眼病に悩む人達から厚い信仰を受け、
現在でも「布田目薬」「安神散」の二大霊薬があるそうです。



八街市から東金市松之郷へと抜ける県道沿いに
大きな看板が建てられています。

     20200330布田薬王寺01



こちらが山門。

     20200330布田薬王寺02


山門脇の寺号標?

     20200330布田薬王寺03



山門に掲げられた扁額。

     20200330布田薬王寺04

そこには山号が記されています。



山門をくぐって、境内に入ります。

     20200330布田薬王寺05



手水舎。

     20200330布田薬王寺06



本堂に至る石段。

     20200330布田薬王寺07



こちらが、本堂。

     20200330布田薬王寺08


本堂正面。

     20200330布田薬王寺09



本堂正面に掲げられた扁額。

     20200330布田薬王寺10



本堂正面に掲げられた山号と寺号の記された表札。

     20200330布田薬王寺11


『上総国薬師如来霊場』と記された表札。

     20200330布田薬王寺12



本堂内部。

     20200330布田薬王寺13



別アングルからの本堂内部。

     20200330布田薬王寺14



本堂欄間の彫刻。

     20200330布田薬王寺15


     20200330布田薬王寺16


     20200330布田薬王寺17



本堂から見下ろす境内。

     20200330布田薬王寺23



境内の白龍神。

     20200330布田薬王寺18



こちらは、薬王弁財天。

     20200330布田薬王寺19



歓喜天堂。

     20200330布田薬王寺20



歓喜天堂前の『昇り龍の犬槇』。

     20200330布田薬王寺21


境内の由緒書き。

     20200330布田薬王寺22



境内の桜。

     20200330布田薬王寺24


     20200330布田薬王寺25



歓喜天堂脇の山門。

     20200330布田薬王寺26



駐車場脇の鐘楼。

     20200330布田薬王寺27



布田薬王寺の駐車場の一角に鎮座する薬王稲荷大明神。

     20200330布田薬王寺28



そして、こちらが布田薬王寺の御朱印。

     20200330布田薬王寺29


もともと、神社の御朱印を専門と言うか、メインで拝受していましたが
寺院の御朱印も味があるなぁと、思い始めた今日この頃です。



2020/05/05 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り  《 園福寺 》 (2020年3月27日)(千葉県四街道市) 

3月27日

この日は、公休日。
今井神社への参拝の帰り道、四街道の園福寺に立ち寄ってみました。

園福寺は、四街道市物井にある寺院です。

長谷寺を総本山とする真言宗豊山派の寺院です。
ます。

山号を霊嶽山、院号を雲獄院と称し、正式名称を『霊嶽山雲獄院圓福寺』。
室町時代に創建されたと考えられております。
本尊には大日如来をお祀りし、真言密教相承の寺として今日に至っています。



この先が園福寺。

     20200327円福寺01



昨今の新型コロナウイルス騒ぎによる自粛ムードの中で、
『火渡り祭り』が中止になったようです。

     20200327円福寺02

円福寺の火渡り祭りは、伝統行事として伝わり、
荒行の火渡り儀式が例年は、3月最後の日曜日13時から行われています。
残念ながら、今年は前述の理由で中止となってしまいました。

住職と導師が火を渡った後、信徒や一般の人が無病息災を祈って渡ります。
渡る者は、護摩壇前の塩で足を清めた後、護摩壇に上がって、進み、
檀を降りたら、もう一箇所の塩で足を冷やして、祭壇に拝礼して終わると言う行事です。



園福寺の門前。

     20200327円福寺03



山門。

     20200327円福寺04


     20200327円福寺05


     20200327円福寺06



山門の左側には十二神将が建ち並ぶ。

     20200327円福寺09


     20200327円福寺10



こちらが本堂のようです。

     20200327円福寺11

一般的な寺院の本堂とはちょっと雰囲気が違う。


離れと言うか、建物がつながっている。

     20200327円福寺07



そして、その一部が鐘楼となっている。

     20200327円福寺08



簡素な手水鉢。

     20200327円福寺12



山門前には板碑が建ち並ぶ。

     20200327円福寺13



交響墓

     20200327円福寺14


     20200327円福寺15

交響墓は、共同の納骨墓地で、
本堂に隣接して建立されている多宝塔の地下に納骨室を設け、
各個の専用棚にお骨を安置する方式の永代供養墓の事らしい。



こちらにも小さなお堂(大師堂)。

     20200327円福寺23



子安観音像。

     20200327円福寺16



墓地前に建ち並ぶ六地蔵。

     20200327円福寺17



六地蔵の脇に一つの石碑。
境内には「南小発祥の碑」があり、明治政府の奨励する学校教育の一環として、学校制度を導入し物井学校として円福寺に置かれたことを示しています。今の南小学校の前身として今日迄その歴史を刻むこととなります。

     20200327円福寺18

よく見ると、『南小学校発祥の地』と記されている。


昭和60年に建立された碑。

     20200327円福寺19


昭和2年まで、この地に小学校が在ったようです。

     20200327円福寺20


『四街道市立南小学校』でググってみると、
南小学校のHPがヒットしました。
南小学校のHPの沿革によれば...............

明治6年    物井村円福寺を仮校舎として発足(物井小学校と称す)
明治21年   物井尋常小学校と改称(学区は物井,亀崎,長岡,栗山)
明治41年   千代田南尋常小学校と改称(3学級)
昭和2年   現在地前に校舎新築移転
昭和22年   学制改革により、千代田町立南小学校と改称する。
昭和30年   町村合併により四街道町立南小学校と改称
昭和56年   市制施行により四街道市立南小学校と改称
    
と言う沿革を経て、現在に至っているようです。     
    
         

隣には一部の碑文が読み取れない碑も建っている。

     20200327円福寺21

学校と言う2文字が何とか判読出来る。
学校関連の碑になるんでしょうね。


境内には土塁跡らしき土壇もあり、城址っぽくも見える。

     20200327円福寺22


     



こちらが、園福寺の御朱印。

     20200327円福寺24

御朱印対応の歴史も浅く、平成31年の1月より頒布されるようになったそうです。




2020/05/02 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り 《 千葉寺 》 (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は、千葉市中央区に出かけました。

そもそも、この日の最たる目的は千葉市中央区にある千葉寺へ行く事でした。
千葉市中央区には、千葉神社、千葉寺と在り、
千葉神社は既に訪れていますが、千葉寺は訪れた事がありませんでした。

千葉寺は、『せんようじ』と称し、
千葉市中央区にある真言宗豊山派の寺院です。
山号は海上山と称し、正式名称は、海上山 千葉寺です。
本尊は十一面観音であり、坂東三十三観音霊場の第28番札所になります。

寺伝によれば、和銅2年(709年)にこの地を訪れた東国巡錫中の行基が
十一面観音を安置したのに始まり、
聖武天皇の命により千葉寺と称したとされています。
千葉氏の居城である亥鼻城址に近いことから
千葉氏の祈願所となったとされ、
境内には千葉氏5守護神の一つである千葉寺の龍権、瀧蔵神社が鎮座しています。



千葉寺山門。

     20200324千葉寺01


     20200324千葉寺07



坂東三十三観音霊場と記された寺号標。

     20200324千葉寺02



こちらは、千葉寺大師の碑。

     20200324千葉寺03




山門の彫刻。

     20200324千葉寺04


山門の仁王像。
阿形像。

     20200324千葉寺05


吽形像。

     20200324千葉寺06



千葉寺の説明板。
 

     20200324千葉寺32



こちらには、境内について触れている。
    
     20200324千葉寺08



境内の手水舎。

     20200324千葉寺09

よく見ると、屋根が倒壊している。
昨年の秋の台風の影響でしょうか?



本堂(観音堂)

     20200324千葉寺10



本堂正面。

     20200324千葉寺11



本堂正面に掲げられた扁額(山号)。

     20200324千葉寺12



別アングルからの本堂。

     20200324千葉寺13


     20200324千葉寺14



本堂前に置かれた常香炉。

     20200324千葉寺16


出ました!

千葉氏の家紋。
千葉宗家の月星紋。

     20200324千葉寺17


こちらは、九曜紋。

     20200324千葉寺18



史跡の碑。

     20200324千葉寺15




境内には大イチョウ。

     20200324千葉寺19


     20200324千葉寺31



この大イチョウは、『千葉寺ノ公孫樹』と称し、
千葉県の指定記念物となっています。

     20200324千葉寺30




こちらは、納経所(本坊)。

     20200324千葉寺20



納経所正面。

     20200324千葉寺21



こちらにも千葉氏の家紋。

     20200324千葉寺22

月星紋と九曜紋。


天水桶にも九曜紋。

     20200324千葉寺23


こちらには月星紋。

     20200324千葉寺24



鐘楼。

     20200324千葉寺25



堂宇。

     20200324千葉寺26



大師堂。

     20200324千葉寺27



千葉弁財天。

       20200324千葉寺28
     20200324千葉寺29


   
境内には土塁も残る。

     20200324千葉寺33



地蔵堂

     20200324千葉寺43



板碑。

     20200324千葉寺34


墓碑。

     20200324千葉寺35


小さな社も鎮座している。

     20200324千葉寺36


本堂脇には瀧蔵神社が鎮座している。
そちらは、別な機会にでも触れる事にいたしましょう。


境内には、桜の花がそろそろ見頃を迎えようとしています。

     20200324千葉寺37


     20200324千葉寺38


     20200324千葉寺39


     20200324千葉寺40



御朱印は、納経所にて拝受出来ます。

     20200324千葉寺41



こちらが、千葉寺の御朱印。

     20200324千葉寺42

寺院の御朱印ってやっぱり神社とは違うのか?
千葉氏の家紋(月星紋、九曜紋)の印も期待していたんだけど
オーソドックスと言うか、坂東三十三観音霊場を前面に出しているから
ちょっぴり意外だったと言うことにしておこう。








2020/04/27 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

蘇我小学校発祥の地   《 福正寺 》   (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は千葉市中央区にある今井神社に出かけました。

以前から今井神社の近くに寺院の前を車で通っていましたが
非常に気になる寺院です。

その寺院は、福正寺。

福正寺は、千葉市中央区今井にある寺院です。
浄土釋氏斎蓮廣譽春源嘉善が開山となり、薬師山高巌院福秀寺と号して開山しました。
元禄13年(1700年)に西山本門寺21世日意上人が宗旨を改めて開山したとされています。

山号は、富士山。
正式には、富士山福正寺と称すようです。



福正寺山門。

     20200324福正寺01


     20200324福正寺02



山門の扉には気になる紋。

     20200324福正寺03

この紋が先日より気になっていました。



九星に月紋。

     20200324福正寺04

千葉氏の家紋である九曜紋には、星が一つ多い。
確かに十曜紋。
そして、真ん中に月紋。

真ん中の月が三日月になっていれば、三日月と九曜紋。
千葉一族の家紋の一つである。



とりあえず、寺院は敷居が高いので
びいすけ は、ここまで。
車の中で待機してもらいましょう。




手水舎。

     20200324福正寺05

 

本堂。

     20200324福正寺06


     20200324福正寺07



本堂正面に掲げられた扁額(山号)。

     20200324福正寺08



本堂の鬼瓦。

     20200324福正寺09



こちらにも、同じ紋。

     20200324福正寺10


     20200324福正寺11


     20200324福正寺12


     20200324福正寺13


     20200324福正寺14



天水桶にも同じ紋。

     20200324福正寺15

やはり、千葉氏関連の寺院なんだろうか?




鐘楼。

     20200324福正寺16



鐘楼脇に、古い鐘が置かれていました。

     20200324福正寺17



鐘楼の奥に、何かの碑が在るようです。

     20200324福正寺18


近付いて見て、びっくり!

     20200324福正寺19

何と、『蘇我小学校発祥の地』の碑です。


裏面の碑文から、明治6年に創設された今井小学校の跡地のようです。

     20200324福正寺20

調べてみると、蘇我小学校はいつから蘇我小学校と称するようになったのかは不明ですが
昭和22年の学制改革時には、千葉市立蘇我小学校と称していたようです。
また、昭和28年に現在の場所に移転したそうです。
それ以前は、現在の蘇我中学校の敷地に明治48年から昭和28年まで在ったそうです。
そして、明治48年に移転するまでこの地に今井小学校が在ったようです。


御住職の奥様と話す事ができ、色々と訊いてみた所
千葉氏とは関わりがないとの事で、元々の寺紋だと言う事らしい。

また、蘇我小学校(今井小学校)については、
旧・本堂を校舎代わりにしていたらしい。

いずれにしても、偶然にも蘇我小学校(今井小学校)跡地を見つけてしまった。
これも何かの縁だと思い、御朱印を拝受出来ればと訊いてみたら、
御朱印の応対はされていないとの事。

誠に残念です。


2020/04/27 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の御朱印散歩 《 教安寺 》 (2020年3月15日) 

3月15日

この日は公休日。

午前中に富里市の富里香取神社へ参拝に行き、
一度自宅に戻り、午後は夕方の散歩を兼ねて
自宅近くの佐倉の市内散歩。

     20200315教安寺01


向かった先は...............教安寺。


教安寺は、佐倉市新町に在る浄土宗の寺院です。
『二尊山東専院教安寺』。
山号を二尊山、院号を東専院、寺号を教安寺と号します。

花井左門(浄徳院殿雲竜心白居士)の夫人東専院殿松誉春貞大姉を開基として、
欣蓮社厭道波大和尚を開山に迎え、
寛永2年(1625)創建したとされています。



寺号標。

     20200315教安寺02


     20200315教安寺03



山門。

     20200315教安寺04



本堂に続く境内の参道。

     20200315教安寺05



参道には説明板。

     20200315教安寺06



手水舎。

     20200315教安寺07



本堂。

     20200315教安寺08


本堂前の香炉(?)

     20200315教安寺10



本堂内部。

     20200315教安寺09



本殿前の天水桶。

     20200315教安寺11



こちらは、金銅地蔵菩薩坐像。

     20200315教安寺12


     20200315教安寺14


     20200315教安寺13



青面金剛刻像 。

     20200315教安寺15


太子堂。

     20200315教安寺16


鐘楼。

     20200315教安寺17


本堂裏手の石仏群。

     20200315教安寺18



こちらが、教安寺の御朱印。

     20200315教安寺19

この辺りの寺院は、佐倉七福神の寺院が多く、
御朱印をお願いしたら、『佐倉七福神ではないけれど、それでも良いですか?』と言われました。
はい、良いんです。お詣りした証しとして頂ければ良いんです。






2020/04/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................光福禅寺   (2020年3月7日)(千葉県市原市) 

3月7日  

御城印を求めて訪れた佐是城址。
その佐是城址の一角にある幸福禅寺。

基本、御朱印は神社が専門ですが、そうは言っても最近では
御城印なるモノにも熱が入っているし
せっかく訪れたのだから、お詣りついでに、
幸福禅寺の御朱印も拝受することにいたしました。

     20200304光福禅寺01


幸福禅寺は、曹洞宗(禅宗)の寺院です。
延宝3年(1675年)の開山で、山号を『延命山』と称します。
本尊は、東方瑠璃光如来。
木更津市真里谷の妙泉寺の末寺になるようです。



こちらが、山門。

     20200304光福禅寺02

表参道かお詣りいたしましょう。


何かの記念碑かと思ったら、寺号標(寺号碑?)でした。

     20200304光福禅寺03



表参道の石段。

     20200304光福禅寺04



表参道にも城址の雰囲気は満載。

     20200304光福禅寺05

プンプン匂います(笑)。



幸福禅寺の本堂。

     20200304光福禅寺06



本堂正面。

     20200304光福禅寺07



本堂正面に掲げられた扁額。

     20200304光福禅寺08

その扁額には、山号が記されています。



本堂内部。

     20200304光福禅寺09


     20200304光福禅寺10



大きな般若の面にちょっぴり驚きました。

     20200304光福禅寺11



別アングルからの本堂。

     20200304光福禅寺12



裏参道の山門。

     20200304光福禅寺16


     20200304光福禅寺17



白衣堂。

     20200304光福禅寺13



愚痴聞き観音。

     20200304光福禅寺14


     20200304光福禅寺15



境内の石仏。

     20200304光福禅寺18


     20200304光福禅寺19



境内の城址碑。

     20200304光福禅寺20



境内奥には羅漢の森。

     20200304光福禅寺21


     20200304光福禅寺22


     20200304光福禅寺23




こちらが、幸福禅寺の御朱印。

     20200304光福禅寺24


何故か? 『幸福禅寺』のはずが、『幸福寺』となっている。
ご住職さんが書き間違えたのだろうか?
まあ、コレもご愛機。




2020/04/18 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............医王寺    (2020年2月24日)(千葉県成田市) 

2月24日

この日は成田市に出かけました。


毎年、2月24日に例祭が催される成田市宝田の宝田愛宕神社に訪れたのですが
神社には駐車場が無いため、公民館前の路上の臨時駐車場に車を停め
その宝田愛宕神社へ向かう途中、大型の観光バスが停まっていた。

     20200224医王寺01

どうやら、神社ではなく、その手前の寺院に
貸し切りバスに乗って参拝者が訪れたようです。



当初の目的は宝田愛宕神社。
宝田愛宕神社の参拝をすませ、
駐車場に戻る道すがら、その寺院に立ち寄ることにしました。


寺院前に、七福神の乗った木製の船が置かれている。
ここは七福神で有名なお寺なのか?

     20200224医王寺02



こちらが山門。

     20200224医王寺03



山門の表札。

     20200224医王寺04


『元愛宕大権現 別当 天台宗 光照山 医王寺』と記されています。


調べてみると...........

医王寺はもと天台宗修験山田三郎兵衛が開基した行屋で般若院と称していたが、
寛永三年(1626年)延命寺にいた覚伝が住職となったときに寺に取り立てられ、
光照山般若院医王寺と号し、円融寺の末寺に加わった。

と、ネットでは出てきましたが、
これ以上詳しいことは分かりません。

しかしながら、江戸時代以前の神仏習合の時代に宝田愛宕神社は愛宕権現と称し
その別当寺が医王寺であったようです。

なるほど、別当寺であれば、火伏せの祭礼のこの日に
医王寺でも、こんな幟が立つのが分かります。

     20200224医王寺07


本堂正面。

     20200224医王寺05


別アングルから。

     20200224医王寺06



こちらは、地蔵堂。

     20200224医王寺08



境内の石仏。

     20200224医王寺14


     20200224医王寺13



板碑。

     20200224医王寺12



書置きですが、御朱印も頂けました。

     20200224医王寺09


     20200224医王寺10


     20200224医王寺11



こちらが、その御朱印。

     20200224医王寺15


偶然、知り得た医王寺。
宝田愛宕神社も参拝したし
その別当寺だった医王寺にもこうしてお詣り出来た。

しばらくは、火災の難が無いことを期待しよう。




2020/04/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り       《於岩稲荷 長照山 陽運寺》 (2020年2月21日)(東京都新宿区) 

2月21日

この日は、健康診断(再検査)。
都内に出たので、その帰りに御朱印巡りの都内散歩。


於岩稲荷田宮神社をあとにして、信濃町駅方面に足を進めたら
こんな幟を目にした。

     20200221陽運寺06

『於岩稲荷霊神』とある。
於岩稲荷田宮神社とは違うのか?



どう見ても寺院のような雰囲気。
山門前にはこんな寺号標。

     20200221陽運寺01

四谷怪談 お岩さま縁の寺 長照山 陽運寺 とある。



陽運寺は、江戸時代に「東海道四谷怪談」が世に広まり、
お岩様が庶民の畏敬を集めました。
この地にあったお岩様の霊堂が戦災にあったため
栃木県沼和田から薬師堂を移築再建し、開山されました。

境内にある秦山木の下にお岩様縁の祠があったと伝えられ、
陽運寺の起源とされています
薬師堂は250年以上の歴史ある建物で、堂内にはお岩様の立像が奉祀され、
厄除け、ご縁事、芸能事に霊験があると多くの参拝者の信仰を集めています。




こちらが山門。

     20200221陽運寺02



山門に掲げられた扁額。

     20200221陽運寺03


山門には於磐城稲荷の提灯も飾られています。

     20200221陽運寺04



こちらの陽運寺、縁切り寺としても有名ですか
お岩さんを祀っている関係からか縁結びの寺院としても知れ渡っているらしい。

     20200221陽運寺05



山門の先、参道のキツネ。

     20200221陽運寺07


     20200221陽運寺08

稲荷神社の場合、神使いのキツネと称しますが
寺院の場合はどういう扱いなのか?
この辺りの神仏習合は難しい、



手水舎。

     20200221陽運寺09



こちらが本堂。

     20200221陽運寺10



本堂正面。

     20200221陽運寺11


     20200221陽運寺12



赤い提灯が一際目立ちます。

     20200221陽運寺13



本堂前の狛犬。

     20200221陽運寺14


     20200221陽運寺15



境内の祠。
この場合も境内社と言って良いのだろうか?

     20200221陽運寺16


     20200221陽運寺17



お岩様 縁の井戸。

     20200221陽運寺18



水掛け福寿菩薩。

     20200221陽運寺19



お岩稲荷霊堂再建記念碑。

     20200221陽運寺20



百度石。

     20200221陽運寺21



こちらが授与所。

     20200221陽運寺22


拝受した御朱印がこちら。

     20200221陽運寺23


こちらも書置き版ですが、こちら以外にも
月替わりの御朱印も頒布されているようです。



2020/04/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.........椎尾山薬王院   (2020年2月17日)(茨城県桜川市) 

2月17日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


椎尾不動滝をあとにして、向かった先は...............椎尾山薬王院。

椎尾山薬王院は、標高200mの椎尾山中にあり、
延歴元年(782年)最仙上人が開山したと伝えられる天台宗の古刹です。
県指定文化財天然記念物であるスダジイ(椎の木)の巨木群生地でもあります。
境内には名大工桜井一門の手による三重塔(県指定文化財)や
仁王門(市指定文化財)などが建造され、
古来より病気平癒の霊場で知られています。



薬王院の寺号標。

     20200217薬王院01



時期的に真壁のひなまつりの開催時期。
こちらの薬王院もひなまつりの会場の一つのようです。

     20200217薬王院02


     20200217薬王院03


薬王院の参拝順路ごあるようですが
とりあえず、駐車場から一番近い阿弥陀堂へ。


この石段の先が阿弥陀堂。

     20200217薬王院04

     20200217薬王院05


こちらが、阿弥陀堂。

     20200217薬王院25


阿弥陀堂前のお地蔵さん。

     20200217薬王院30


そして、その隣には『ふどうの水』。

     20200217薬王院29



では、順路に従って廻ってみましょう。



こちらは、楼門。

     20200217薬王院06


     20200217薬王院07



楼門の脇には大きな下駄と草鞋。

     20200217薬王院08



楼門脇に建つ説明板。

     20200217薬王院09


     20200217薬王院10



楼門の先は、勾配のきつい石段。

     20200217薬王院11

この石段の先には薬王院の本堂が待っています。


石段を上がりました。

     20200217薬王院12


手水舎。

     20200217薬王院13



本堂正面。

     20200217薬王院14


     20200217薬王院16



扁額。

     20200217薬王院15



本堂前の仏像。

     20200217薬王院17


仏像には詳しくありませんが、
どうやら、こちらが薬師如来像のようです。

     20200217薬王院21




鐘楼。

     20200217薬王院18



三重塔。

     20200217薬王院19



三重塔とスダジイ。

     20200217薬王院22


薬王院はスダジイの群生地。

     20200217薬王院20



     20200217薬王院23



樹齢500年とされる古木のスダジイは圧巻。

     20200217薬王院35


     20200217薬王院36


     20200217薬王院37
     20200217薬王院38



境内の池にはひな人形が飾られている。

     20200217薬王院26


     20200217薬王院27


     20200217薬王院28


 
こちらは、授与所。

     20200217薬王院31



授与所は閉まっているけど
授与所の中にも、ひな人形が飾られています。

     20200217薬王院32


     20200217薬王院33

まさに、『真壁のひなまつり』の会場である。


平良兼の碑。

     20200217薬王院34

平良兼って平将門の叔父ではあるけれど、
不仲で将門との一族の対立の中心に立った人物。

確か、伝承になるけれど平良兼館がこの近くに在ったらしい。




こちらが、薬王院の御朱印。

     20200217薬王院39

『真壁のひなまつり』の会場でなければ、
きっと訪れる事もなかったでしょう。

七福神とかでは無くて、単なる御朱印が欲しくて寺院に訪れるのって
個人的には余りないから...............

薬王院の御朱印は
私の中では、ある意味で貴重な御朱印になるようです。


2020/03/31 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

得月院   (2020年2月12日)(茨城県牛久市) 

2月12日

この日は、茨城県の牛久市に出かけました。

最近、牛久市内の城址の御城印が発行されていると知り、
この日は奔走していました。
牛久城址の御城印を手に入れ、牛久城址も再訪し
牛久城址の大手門跡にも立ち寄りました。

牛久城址の大手門跡に隣接するのか、得月院。


得月院は、文禄三年(1594年)牛久城に移り住んだ
妙印尼輝子が開基した寺院で、曹洞宗の古刹です。


こちらが得月院の山門。

     20200212得月院01
  


こちらは、四脚門。

     20200212得月院02


得月院は、近代日本画壇の巨匠 小川芋銭の菩提寺としても知られています。

     20200212得月院03



手水舎。

     20200212得月院15



本堂。

     20200212得月院04



本堂に掲げられた扁額。     

     20200212得月院05



こちらの得月院には閻魔堂があり、
閻魔王座像が安置されています。

     20200212得月院06



山門(四脚門)をくぐって左側に閻魔堂。

     20200212得月院07



隙間から覗き込むと、閻魔王座像。

     20200212得月院08



境内には妙見菩薩像も祀られています。

     20200212得月院09



亀の化身(?)、玄武の上に乗る妙見菩薩。
頭巾をかぶっているから、それっぽく見えない。

     20200212得月院10

パッと見、単なるお地蔵さんにしか見えない。



得月院五輪塔。

     20200212得月院11

得月院開基妙尼(当時の牛久城主・由良国繁の母)の墓碑になります。
文禄3年(1954年)に死去しました。

五輪塔は下から四角・円・三角・半円・如意珠形の五輪を積み上げ、
それぞれ『地』・『水』・『火』・『風』・『空』の五大を表しています。



こちらは、小川芋銭の墓碑。

     20200212得月院12




     

牛久市指定天然記念物の榧の木。

     20200212得月院14

樹齢500年を超える古木になるそうです。


寺務所は閉まっています。

     20200212得月院13

連絡先の貼り紙があり、電話をしてみると
地域の区長さんが出られました。
どうやら、現在は無住の寺院となってしまったそうです。
御朱印についての問い合わせも多く、
いずれ対応も考えたいとの事でした。

楽しみに待ちましょう。





2020/03/29 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景《六反田六地蔵尊》    (2020年1月25日)(茨城県水戸市) 

1月25日

この日は、水戸市に出かけました。

数年前から追いかけている『茨城百景』。

昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

追いかけていると言っても、その景勝地を訪れ、景観を楽しみ、百景の碑を探すと言った行動ですが、水戸市には数ヶ所の茨城百景の選定地があります。 
その中の一つ、『六反田六地蔵尊』に訪れました。

六反田六地蔵は、水戸市六反田町にある六地蔵寺(真言宗)のお寺の総称です。
山号を倶胝密山、院号を聖宝院と称し、別名「水戸大師」と尊称を頂く真言宗の寺院で、
正式名称は「水戸大師 六地蔵寺(旧称 六蔵寺)」と称し、
大同02年(807年)の開基で、六地蔵菩薩(行基菩薩作)を本尊としてします。

六体の地蔵菩薩を本尊とする寺院は、国内唯一と言われています。
室町時代に恵範法印により中興(復興)され、恵範上人が西国の諸大寺へ遊学し、経典の収集、書写に努めたことにより
多くの学僧、修行僧を排出し、大掾氏、佐竹氏、徳川氏と、歴代の領主から厚遇されできた寺院です。


水戸市と言っても
中心部からは、かなり離れた位置にある六地蔵寺。
とりあえず、駐車場に車を入れます。

      20200125六地蔵寺01



どうやら、境内は犬連れ禁止のようです。
とりあえず、 びいすけ はここまで。

      20200125六地蔵寺02


幸いなことに、茨城百景の碑は駐車場の一角に在りました。

      20200125六地蔵寺03


『茨城百景 六反田六地蔵尊』の碑です。

      20200125六地蔵寺04




第一駐車場入口にしっかりと看板が立てられていましたね。
気がつきませんでした。

      20200125六地蔵寺35

急いで、車を第二駐車場に移動します。



こちらが六地蔵寺の門前。

      20200125六地蔵寺06



やはり、ペットNGのバリケード。

      20200125六地蔵寺07

びいすけ は車の中で留守番してもらいます。


参道に掲げられた六地蔵寺の縁起。
いわゆる由緒書きですね。

      20200125六地蔵寺08



参道。

      20200125六地蔵寺09

橋があって、その先が山門(四脚門)。
神社の場合、こう言った橋を神橋と言うけれど
お寺の場合は、何て言うんでしょうか?



手水舎。

     20200125六地蔵寺05



こちらが、本堂。

      20200125六地蔵寺19



本堂正面に掲げられた扁額。

      20200125六地蔵寺20



別アングルからの本堂。

      20200125六地蔵寺21


本堂前の天水桶。

      20200125六地蔵寺22




そして、こちらが六地蔵寺のメインとも言える地蔵堂。

      20200125六地蔵寺10



赤い幟が参拝者を誘います。

      20200125六地蔵寺11


常香炉。

      20200125六地蔵寺12


地蔵堂内部。

      20200125六地蔵寺13


      20200125六地蔵寺14

 

御本尊、地蔵菩薩。
   
      20200125六地蔵寺15


地蔵堂正面に掲げられた扁額。

      20200125六地蔵寺16



六地蔵寺は通称、『水戸大師』とも呼ばれているようで
提灯も掲げられています。

      20200125六地蔵寺17



地蔵堂前の鬼(?)の像。

      20200125六地蔵寺18

地蔵堂を護っているんでしょうか?



旧・法寳蔵。

      20200125六地蔵寺23



大師堂。

      20200125六地蔵寺24



地蔵堂前には六体のお地蔵さん。

      20200125六地蔵寺25

最初は、六体のお地蔵が地蔵堂の前に居るから
六地蔵寺と勘違いをしてしまいました。




境内の弘法大師像。

      20200125六地蔵寺26


地蔵堂の右側奥にはちょっとした土壇があります。

      20200125六地蔵寺27


ちょっぴり土塁っぽくて、城址の雰囲気もある。

      20200125六地蔵寺28



境内の枝垂れ桜。

      20200125六地蔵寺29

実は、こちらの六地蔵寺は桜の名所としても知られているようです。



境内の杉の木。

      20200125六地蔵寺30

天然記念物として、水戸市の文化財に指定されています。



境内の大銀杏。

      20200125六地蔵寺31

こちらも天然記念物として、水戸市の文化財に指定されています。



こちらが寺務所。

      20200125六地蔵寺32



御朱印は、こちらで頂きます。

      20200125六地蔵寺33



こちらが、六地蔵寺の御朱印。

      20200125六地蔵寺34


桜の時期に訪れるのが、正解かも知れませんね。




2020/02/27 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  毘沙門天  多聞寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、毘沙門天の多聞寺です。

こちらの多聞寺は、隅田川七福神の毘沙門天にあたります。

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれます。
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。


隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

その多聞寺ですが、かつては大鏡山明王院隅田寺と称し、
不動明王を本尊としていましたが、
天正年間(1573~1591年)に、住職鑁海上人が夢のお告げにより、
毘沙門天を本尊として隅田山吉祥院多聞寺と改称したと伝えられています。

古くは隅田堤の外の隅田川神社に近い多聞寺屋敷という所にありましたが、
天正年間(1573~92年)に現在地に移されたそうです。
慶長11年(1606年)に建立され、本尊の毘沙門天像は、
弘法大師の作と伝えられているそうです。



地下鉄本所吾妻橋駅から歩いてスタートした隅田川七福神、
いよいよ最後の多聞寺に到着です。

     20200107多聞寺03



こちらが寺号標。

     20200107多聞寺01


こちらも隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107多聞寺02




そして、山門。

     20200107多聞寺04


山門脇の碑。

     20200107多聞寺17



山門は、墨田区の文化財に指定されているようです。

     20200107多聞寺18




参道の天水桶。

     20200107多聞寺05

参道に天水桶が在るのに、何故か手水舎がない。



こちらが本堂。

     20200107多聞寺06



本殿正面。

     20200107多聞寺07



本堂正面に掲げられた扁額。

     20200107多聞寺08

毘沙門天と読めますね。


この時期だけの御本尊の御開帳(?)

     20200107多聞寺09



御本尊の毘沙門天。

     20200107多聞寺10


本堂前の常香炉。

     20200107多聞寺14



こちらの多聞寺。
境内には狸の像が多い。

「狸塚」。

     20200107多聞寺11


     20200107多聞寺12


     20200107多聞寺13

実は、多聞寺の狸については
こんな伝承があるようです。

多聞寺のある辺りがまだ草深い里だった頃、
本堂のすぐ前の大きな老松の根本に古狸の夫婦が棲んでいて、
村人をおどろかしたり、いたずらをしていました。
そこで村人達は住持と話し合い、この老松を切りはらってしまいました。
しかし、狸の悪さは一層ひどくなるばかりで因った住持は、
一心に本尊毘沙門天に祈りました。

ある夜、毘沙門天門下の禅尼師童子が現われ、
宝棒で狸を打ちすえる夢を見たそうです。
すると翌朝、庭に二匹の大狸が死んでいたそうです。
この狸を葬った場所に石を立て、狸塚にしたとされています。
狸塚があることからたぬき寺とも言われているようです。

なるほど...............




境内には地蔵、石仏も多い。
まあ寺院だから、それが普通なのかもしれませんけどね。

     20200107多聞寺15


     20200107多聞寺16


     20200107多聞寺19


     20200107多聞寺20



先の戦争の空襲で焼け残った鉄骨。

     20200107多聞寺21


こちらは、焼け残った木材。

     20200107多聞寺22



山門裏手に隠れるように建っていた七福神の碑。

     20200107多聞寺23

確か、弘福寺にもあったような気持ちがする。
ひょっとしたら、隅田川七福神の寺社全てに置かれていたんだろうか.........?



こちらが寺務所。

     20200107多聞寺24

御朱印は、こちらで授与出来ます。


そして、こちらが御朱印。

     20200107多聞寺25


隅田川七福神、これで全て巡ることが出来ました。








2020/02/20 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  布袋尊 弘福寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、布袋尊の弘福寺です。

弘福寺は、黄檗宗大本山、宇治の黄檗山萬福寺の末寺で、
同宗の名僧・鉄牛和尚の手で延宝2年(1673年)に、創建されました。
同じ禅宗の中でも最も中国に近い宗派として名高く、
その建築も重層の屋根、大棟の宝珠、鴟尾、廂の蛇腹天井、細棧の扉、
両翼の円窓、堂前の月台、柱にかかる聯額などを持つ中国風の特色多い寺院です。

境内右手の小祠には咳の爺婆尊の石像が祀られており、
この像は、寛永年間(1624~44年)に風外和尚が真鶴山中で修業中に、
父母に孝養を尽せぬことをいたんで刻んだものと伝えられます。
後に、弘福寺に移されました。風外和尚の両親の像だから風邪にも強かろうと、
爺像は喉頭の病に、婆像は咳止めにご利益あるとして、
今でも風邪除けの信仰を集めています。

佐原菊塢の百花園に集う文人墨客らは、
禅宗に関わりの深い布袋和尚木像が本堂に祀られていることに注目し、
隅田川七福神のひとつとしました。
そんなことから、こちらの弘福寺は隅田川七福神の布袋尊にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、
いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、
信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。



三圍神社の前の道を隅田川を上っていくように5分ほど進めば
やがて、弘福寺に到着します。


こちらが寺号標。

     20200107弘福寺01


隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107弘福寺02



弘福寺の山門。

     20200107弘福寺03

確かに、見た感じも日本の寺院よりも中国の寺院っぽい雰囲気はある。



山門の扁額。

     20200107弘福寺04

余りにも達筆すぎるので判別できないけれど
山号の『牛頭山』と記されているんでしょうか?



山門の先には本堂。

     20200107弘福寺05

弘福寺では大雄寶殿と言うらしい。



屋根瓦の上に掲げられた扁額。

     20200107弘福寺06



本堂正面。

     20200107弘福寺07


     20200107弘福寺08


     20200107弘福寺09



こちらにも扁額。

     20200107弘福寺10

これは何と読むのだろう?




別アングルからの本堂。

     20200107弘福寺11



 
本殿前の天水桶。

     20200107弘福寺17






鐘楼。

     20200107弘福寺13

特徴のある瓦屋根。
両脇の鯱鉾で良いんだろうか?
このアクセントが一際目立っている。



鐘楼の近くには本堂の鬼瓦。

     20200107弘福寺14

以前のものだとは思うけれど、立派な鬼瓦。


こちらが、咳の爺婆尊の石像が祀られた小祠。

     20200107弘福寺15


その説明板。

     20200107弘福寺23




こちらは、隅田川七福神の碑。

     20200107弘福寺16


その近くには、隅田川七福神の案内板。

     20200107弘福寺12

かなり、隅田川七福神に力を入れているようですね。



境内奥の石仏。

     20200107弘福寺18




こちらは、越後与板藩主 井伊家墓所。

     20200107弘福寺19



本堂裏手の門。
寺院の門って基本的には山門と言うようだから
こちらは、裏山門とでも言うべきなんでしょうか?

     20200107弘福寺20




こちらは客殿。

     20200107弘福寺21


御朱印はこちらの授与所で拝受します。

     20200107弘福寺22




この日、弘福寺で拝受できる御朱印は4種類。
全て頂くことにしました。

弘福寺関連の御朱印。


     20200107弘福寺24


     20200107弘福寺25


     20200107弘福寺26



そして、こちらが隅田川七福神 布袋尊の御朱印。

     20200107弘福寺27


隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。




2020/02/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  弁財天 長命寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日  

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、弁財天の長命寺です。

長命寺の開山は明らかではありませんが、
元和元年(1615年)頃の創建とも伝えられています。
もとは常泉寺と号してたそうです。

寛永年間(1624~44年)に、3代将軍家光が鷹狩の途中、
不意の腹痛のためこの寺に休憩した際、
境内の井戸水を汲み、薬を服用したところ、
たちどころに痛みが消え快癒しました。
喜んだ家光がその井戸に長命水の名を与えたところから、
以後、寺号を長命寺と改めたといいます。
今も残る長命水石文や洗心養神の石碑が、それを物語っています。

境内には、他にも様々な石碑が立ち並んでいます。

こちらの長命寺は、隅田川七福神の弁財天にあたります。

弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、
愛嬌縁結びの徳があると言われています。


隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。



弘福寺からもすぐ近く、道沿いに人の集まりがあるから、何かと思ったら
長命寺の参拝を終えたおじいちゃん、おばあちゃんたちが
門前にたむろしていました。おかげで行き過ぎることもなく到着です。


こちらが、山門。

      20200107長命寺01


やはり、こちらでも七福神の看板がお出迎え。

      20200107長命寺02



寺号標は特になく、石造りの門に寺号が掲げられています。

      20200107長命寺03



手水舎。

      20200107長命寺04


こちらが、本堂。

      20200107長命寺05



本堂正面。

      20200107長命寺07


      20200107長命寺08



弁財天。

      20200107長命寺06

この時期だけの御開帳。

    

境内には碑が多く建ち並ぶ。

      20200107長命寺10


      20200107長命寺12



向かって左側が芭蕉の雪見の句碑。

      20200107長命寺11



筆塚の碑。

      20200107長命寺13



成島柳北の石碑。

      20200107長命寺14



こちらは、橘守部の墓。

      20200107長命寺15


      20200107長命寺16



幼稚園を併設されているようで、こちらは園舎。

      20200107長命寺17

お寺さんに幼稚園が併設されているのって、
地方都市に多いパターンだと思っていたけれど
都心でもあるんですね。

実は、私の通った幼稚園も愛知県のとある地方都市の
お寺に併設された幼稚園でした。





御朱印は、こちらの庫裏の玄関で拝受出来ます。

      20200107長命寺18

臨時の御朱印の授与所になっています。



こちらが、御朱印。

      20200107長命寺19


隅田川七福神 弁財天の御朱印。

      20200107長命寺20



隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。


2020/02/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 番外編...............稲田神社元宮跡 (2020年1月4日)(茨城県笠間市) 

1月4日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

旧・稲田小学校をあとにして、桜川市に向けて国道50号線を移動。
信号で停止したら、こんな石碑を目に留まりました。


      20200104稲田神社奥の院01



茨城百景............稲田神社本宮跡....?

      20200104稲田神社奥の院02


あれ?
茨城百景に稲田神社本宮跡ってあったっけ?



確かに、笠間市には茨城百景は幾つかあるけれど
稲田神社本宮跡って聞いた事がない。

調べてみると、『茨城百景 笠間附近国宝社寺巡り』の中に包括風景として
楞厳寺,弥勒寺,大日堂,仏頂山,岩谷寺,稲田神社が挙げられている。

稲田神社があるから、本宮跡があっても良いのかな?
ならば、その本宮跡を訪ねてみましょう。


この道を上がって行ったところが本宮跡らしい。
民家の庭先を通るけれど、気にしなくて良いらしい。
(稲田神社の宮司さんに訊いちゃいました。)

      20200104稲田神社奥の院03



すると、こんな標柱が目に留まります。

      20200104稲田神社奥の院04


      20200104稲田神社奥の院05


      20200104稲田神社奥の院06

案内板によれば、かつての稲田神社の神宮寺ということもあり、
奇稲田姫命の本地仏聖観音と伝えられる平安時代中期製作の木造観音菩薩立像と、
素戔嗚命の本地仏かは定かではないが、同時期に製作された木造毘沙門天立像が
神宮寺観音堂に安置されています。



この地は稲田神社の御祭神である奇稲田姫命の垂迹地とされており、
祭神降臨伝説の舞台地でもあります。
通称、稲田姫奥の院と呼ばれる所です。

「稲田姫奥の院」とは、稲田神社の本宮跡地のことを指します。
跡地ですので、稲田神社とは全く別のところに位置しています。
森のなかにひっそりと存在している、知る人ぞ知る秘密のスポットとなります。
「稲田」という地名のもとになった神話が生まれた場所でもあります。

      20200104稲田神社奥の院07



小さいながらも、『稲田神社奥の院』の碑も建っている。

      20200104稲田神社奥の院08


石段の上には、社。

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扁額は文字がカスれて読みづらい。

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しかし、こちらが紛れもなく奥の院。

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そして、こちらが観音堂。

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手摩乳の祠。

      20200104稲田神社奥の院13


脚摩乳の祠。

      20200104稲田神社奥の院14





奥の院(本宮跡)に行ったのだから
稲田神社を素通りする訳にはいきません。

改めて、稲田神社にも参拝いたします。


社号標。

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手水舎。

      20200104稲田神社奥の院16



二の鳥居。

      20200104稲田神社奥の院17

今回は、奥の院から来たため、一の鳥居はパス。



拝殿。

      20200104稲田神社奥の院18



拝殿正面に掲げられた扁額。

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別アングルからの拝殿。

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そして、こちらが本殿。

      20200104稲田神社奥の院22



びいすけ も参拝。

      20200104稲田神社奥の院19

稲田神社は、コレで2回目の参拝だけど
奥の院もお参りしたから、今回は完璧でしょう(笑)。

茨城県百景 番外編(?)  稲田神社の本宮跡、
コレにて完了です。





2020/02/09 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神 弁財天  《 逢善寺 》  (2019年12月25日)(茨城県稲敷市) 

12月25日

城県の鉾田市に出かけたこの日。
その帰り道は、鉾田市から行方市、潮来市、
稲敷市へと抜けて帰ります。

大宮大神をあとにして、向かった先は...............逢善寺。


茨城県で広範囲に点在する常陸七福神。
その常陸七福神の弁財天になるのが、稲敷市の小野にある逢善寺。

昨年から追いかけている常陸七福神巡り。
茨城県の広範囲を巡る七福神で、その構成は、

大黒天   笠間稲荷神社    笠間市
恵比寿   筑波山神社     つくば市
弁財天   逢善寺       稲敷市
毘沙門天  西光院       石岡市
布袋尊   月山寺       桜川市
寿老人   西蓮寺       行方市
福禄寿   長勝寺       潮来市

となっていますが、なぜかそれらに付け加えて

七福神   真延寺       土浦市

と、8ヶ所を巡って結願すると言う七福神となっています。
これまでに 
      毘沙門天(西光院)、
      布袋尊(月山寺)
      寿老人(西蓮寺)
      福禄寿(長勝寺)
      七福神(真延寺)  
      大黒天(笠間稲荷神社)と巡ってきています。 

残すは、恵比寿と弁財天。
その弁財天に訪れました。



寺号標。

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参道を進みます。

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仁王門。

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仁王像。
向かって右側、阿形像。

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見分け方は、口を開けたのが阿形像。
口を閉じたのが吽形像となります。
これは「狛犬」でも同じらしい。知りませんでした.........。



向かって左側、吽形像。

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手水舎。

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由緒書き。

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そして、本堂。

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本堂正面に掲げられた扁額。

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本堂正面に置かれた木造。

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寺院の場合、本堂の中に御本尊が安置されていて、本堂が閉ざされていると
御本尊を拝む事が出来ない。
本堂の中に入れれば問題ないんだけど
勝手に入る訳にはいかないし............
その辺りが寺院の参拝って、難しい。


      201491225逢善寺15



僅かな隙間から中を覗き込み、弁財天を確認。

      201491225逢善寺16



別アングルからの本堂。

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鐘楼。

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境内のお地蔵さん(?)。

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仁王門脇の松本楓湖の碑。

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境内に授与所は在るものの、人は居ない。
どうやら、平日は授与所は閉まっているようです。


寺務所に声を掛けて、御朱印をお願いしたら
住職さんは外出されていて、書置きの御朱印になってしまうから
申し訳ないと仰っていましたが、いえいえ、問題ありません。


こちらが拝受した御朱印。

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そして、こちらが『常陸七福神』 弁財天 の御朱印。

      201491225逢善寺24


常陸七福神巡り、残すは筑波山神社の恵比寿のみとなりました。




2020/02/01 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit