FC2ブログ

11 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 01

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

茨城百景 《 稲田御房 西念寺 》(2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。


この日、『笠間稲荷と左白山』『笠間附近国宝社寺巡り』の2ヶ所は
無事、百景の碑を探し出す事が出来ました。

という事で、この日3ヶ所目となる茨城百景 『稲田御房西念寺』です。


浄土真宗の開祖にあたる親鸞聖人は、後鳥羽上皇による「承元の法難」で、
越後国府に流罪となりますが、建暦元年(1211年)に赦免の宣旨が下され、
その後、建保2年(1214年)になると、鎌倉幕府の有力御家人・宇都宮頼綱の弟で、
常陸国稲田郷の領主でもあった稲田九郎頼重に招かれ、彼の地に下向して草庵を開き、
東国での布教活動に専念しました。

西念寺は、親鸞聖人ゆかりの寺院です。浄土真宗の別格本山となります。
親鸞聖人は、健保2年(1214年)この地の領主の招きで草庵を築きました。
40代前半から60代前半までのおよそ20年間この地で暮らし、
常陸国、下野国、下総国への布教の拠点としました。
また、親鸞聖人はこの地で『教行信証』の執筆を始めたとされています。

また、境内にある銀杏の巨樹は、茨城県の天然記念物に指定されています。



国道沿いに建つ大きな看板。
立派な寺号標ですね。

      20191007茨城百景 西念寺01



この聖橋から参道が始まるようです。

      20191007茨城百景 西念寺02



禁制の掲示板。

       20191007茨城百景 西念寺03

特に犬連れ禁止等の触書きはないようです。



御影石の参道。

      20191007茨城百景 西念寺04
      20191007茨城百景 西念寺05
      20191007茨城百景 西念寺06




山門。

      20191007茨城百景 西念寺07



山門の扁額は山号。

      20191007茨城百景 西念寺08



山門前には由緒書き。

      20191007茨城百景 西念寺09



手水舎。

      20191007茨城百景 西念寺10



そして、本堂。

      20191007茨城百景 西念寺11



本堂に掲げられた扁額。

      20191007茨城百景 西念寺12



本堂前の天水桶。

      20191007茨城百景 西念寺13



太鼓堂。

      20191007茨城百景 西念寺14

天保14年(1843)年、により建立されたものです。
堂内には、直径2尺8寸(約84cm)の太鼓が置かれ、
法要の開催などを近在の人々へ伝える際に使用されたそうです。



御葉付銀杏 。

    20191007茨城百景 西念寺15
   20191007茨城百景 西念寺16

推定樹齢は300年以上(一説ではおよそ800年とされる)とされ、
幹回りは約7.5m、樹高約35m、 枝張約23m。
幹回りは茨城県内で最大であり、親鸞聖人自らの御手植えと伝わっているそうです。


御葉付銀杏の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺17


      20191007茨城百景 西念寺18



鐘楼。

      20191007茨城百景 西念寺19



太子堂。

      20191007茨城百景 西念寺20


      20191007茨城百景 西念寺21



御頂骨堂

      20191007茨城百景 西念寺22



御頂骨堂の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺23




こちらが、茨城百景の碑。

      20191007茨城百景 西念寺27


      20191007茨城百景 西念寺28

以前はJR水戸線の稲田駅前に建てられていたそうですが、
近年、西念寺の駐車場に移設されたそうです。

尚、『茨城百景 稲田御房 西念寺』の包括風景は、
板敷山大覚寺,石切山脈となっている。

いずれもこの場所からは離れていて、板敷山大覚寺は現在の石岡市になる。
いつか機会があれば、これらの包括風景も覗いてみたいものです。


そして、こちらが西念寺の御朱印。

      20191007茨城百景 西念寺29

宿坊の受付で御朱印の対応をしていただきました。



スポンサーサイト



2019/11/29 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

開運花の寺めぐり 2番 金剛寺 (2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


寺崎小学校をあとにして、向かった先は.............金剛寺。


金剛寺は、真言宗豊山派の寺院で、
正式には、箱田山 地蔵院 金剛寺と称します。

創建は鎌倉時代の承久年間(1219年~1222年)に賀海和尚が開山したのが始まりとされ、
その後一時衰退しますが文明9年(1477年)笠間城城主である藤原(笠間)出雲守朝貞が霊夢により
金剛寺を再建したことにより、笠間三ヵ寺の1つとして寺運が隆盛します。
江戸時代に入ると住職が離れた為に次第に衰退し、
明治4年(1871年)に廃寺となり、明治24(1891年)に再び再興したそうです。


平成17年の春、茨城県の北西部の城里町・常陸大宮市・那珂市・笠間市の寺院八ヶ寺が
宗旨を超えて、十二支の守り本尊と花めぐりのコースとして始めた「開運 花の寺めぐり」の
第2番の寺院でもあり、丑寅年(虚空蔵菩薩)を守り本尊として安置しています。


『 開運 花の寺 2番 』の金剛寺の看板。

      20191007金剛寺01



金剛寺門前。

      20191007金剛寺02


      20191007金剛寺22

      20191007金剛寺04



山門。

      20191007金剛寺05



鐘楼。

      20191007金剛寺06



本堂。

      20191007金剛寺07



本堂の扁額。

      20191007金剛寺08



鐘楼と銀杏。

      20191007金剛寺09
      20191007金剛寺10



別アングルからの銀杏。

      20191007金剛寺11
      20191007金剛寺12



開運 花の寺めぐり の案内板。

      20191007金剛寺13



花の寺と称するだけあって、境内には多くの植物がある。
中でも金剛寺の花の代表格である 枝垂れ桜。

      20191007金剛寺15



春に咲く つつじ。

      20191007金剛寺14


そして、今のこの時期は コスモス。

      20191007金剛寺23




こちらが、花の寺のスタンプ台。

      20191007金剛寺17


専用のパンフレットの台紙があるのですが
御朱印用の半紙に押してみます。

      20191007金剛寺18




こちらが寺務所。
御朱印はこちらで拝受いたします。

      20191007金剛寺19




こちらが金剛寺の御朱印。


御本尊の御朱印。

      20191007金剛寺21


花の寺の御朱印。

      20191007金剛寺20


開運 花の寺めぐり もやっとこれで二つ目。
結願目指して頑張っちゃいましょう。



2019/11/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

開運花の寺めぐり 3番 大山寺 (2019年10月2日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

この日は、茨城県の城里町に出かけました。

石船神社をあとにして、向かった先は...................大山寺。


この日、城里町の小松寺で佐竹七福神の存在を知りました。
その佐竹七福神の福禄寿である大山寺が石船神社の近くに在ったので
立ち寄ってみることにしました。

大山寺は正式には、高根山閑心院大山寺と称するようです。

真言宗 豊山派の寺院で、元々、虫封じ高根山とも言われていて、
弘仁元年(810年)弘法大師の開創と伝えられています。
長禄元年(1457年)に宥阿上人が大山城主義成公祈願所として中興し、
高根山閑心院大山寺としました。
御本尊は大日如来(金剛界)で、子供の夜泣き、ひきつけなどの虫封じ、
子授け、開運厄除に霊験あらたかとされ、信仰されています。
関東八十八カ所霊場の一つでもあり、また茨城県の8つの寺院で展開される
開運花の寺巡りの一つでもあります。

     20191002花の寺 大山寺01

この看板は、以前常陸大宮市の江畔寺で見た事があります。
あの頃は、まだ御朱印っていうものに興味がなかったので
『花の寺めぐり.........ふ〜ん、......』って言う感じで,
さしたる興味も湧きませんでした。

『開運 花の寺めぐり』とは、
常陸大宮市、那珂市、笠間市、東茨城郡城里町にある八ヶ寺が
「花の寺」として十二支巡拝を結成し 「花の寺めぐり」としました。
1番、城里町(旧桂村)の龍谷院は子年で千手観音。
2番、笠間市の金剛寺は丑、寅年で虚空蔵菩薩。
3番、城里町(旧桂村)の大山寺は卯年で文殊菩薩。
4番、常陸大宮市の江畔寺は辰、巳年で普賢菩薩。
5番、那珂市の文殊院 は午年で勢至菩薩。
6番、城里町(旧七会村)の徳蔵寺は未、申年で大日如来。
7番、那珂市の一乗院は酉年で不動明王。
8番、常陸大宮市の弘願寺は戌、亥年で阿弥陀如来。
そして各寺院の境内は、四季の花で彩られているのが特徴となっています。

元来、凝り性の性格だからこの看板を見たからには、
『開運 花の寺巡り』っていうやつも完遂してやろうって言う気持ちになっちゃいます。


どうやら私の中では、いつの間にか佐竹七福神よりも
『開運 花の寺めぐり』の方が、ググッと表に出て来てしまったよです

では、さっそく参拝いたしましょう。


寺号標。

     20191002花の寺 大山寺02




どうやら、山門は城里町の文化財のようですね。

     20191002花の寺 大山寺03



先に進みましょう。

     20191002花の寺 大山寺04




こちらは、指定文化財ではない山門。

     20191002花の寺 大山寺05



こちらは仁王門。

     20191002花の寺 大山寺06




仁王門には山号の扁額が掲げられています。

      20191002花の寺 大山寺08


 
仁王像。

      20191002花の寺 大山寺09


      20191002花の寺 大山寺10




仁王門の脇には古い寺号標。

     20191002花の寺 大山寺07



こちらが文化財に指定された山門。

     20191002花の寺 大山寺31



指定文化財である山門の説明板。

      20191002花の寺 大山寺12



手水舎。

      20191002花の寺 大山寺13



こちらが本堂。

      20191002花の寺 大山寺14



本堂正面。

      20191002花の寺 大山寺15



本堂正面に掲げられた扁額。

      20191002花の寺 大山寺16






こちらが、乾闥婆王尊堂。

      20191002花の寺 大山寺17



乾闥婆王尊堂に掲げられた扁額。

      20191002花の寺 大山寺18



安置されている文殊菩薩。

      20191002花の寺 大山寺19



この文殊菩薩が花の寺の第三番の仏様になる。
 
      20191002花の寺 大山寺20


幼児虫封じ霊場と掲げられた表札。

      20191002花の寺 大山寺21





こちらは、弘法大師堂。

      20191002花の寺 大山寺22




そして、鐘楼。

      20191002花の寺 大山寺23




花の寺の石碑。

      20191002花の寺 大山寺24



境内の寺号標。

      20191002花の寺 大山寺25



花の寺めぐりの案内板。

      20191002花の寺 大山寺26




御朱印は本堂右手、納経所にて拝受致しました。

      20191002花の寺 大山寺27


   

こちらが、御朱印。

御本尊の大日如来。

      20191002花の寺 大山寺28



花の寺めぐりの御朱印になる文殊菩薩の御朱印。

      20191002花の寺 大山寺29





そして、こちらが花の寺のスタンプ。

      20191002花の寺 大山寺30

スタンプ専用のだいしもありましたが、
折角なので御朱印用に準備していた半紙に押してみました。


開運 花の寺めぐり。
何十ヶ所も巡るわけじゃなく
8ヶ所だから、結願目指してみましょうか。


2019/11/16 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 石塚薬師と那珂西城址 》(2019年10日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

この日は、茨城県の城里町に出かけました。

城里町には、茨城百景の選定地が二つあり
その一つは小松寺でした。
残るもう一つが、やはり旧・常北町域にある『石塚薬師と那珂西城址』



石塚薬師は、正しくは佐久山多聞院薬師寺と言うそうです。

延暦年間に坂上田村麻呂の創建になると伝えられ、
当初は、真言宗に属し浄瑠璃寺と称していました。
その後、文禄3年(1594年)天台宗に改宗し、薬師寺と称するようになりました。。

昭和32年(1957年)の石塚大火により
天文年間(1532-55)に建てられた寺院は焼失してしまいましたが、
本尊の木造薬師如来および両脇侍像(国重要文化財)は難を逃れ、
再建されたコンクリートの本堂裏の収蔵庫に納められているそうです。




こちらが、薬師寺。


石造りの山門。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址03

本堂の右側にあたるから、
こちらは本来の山門ではないのかも知れない。


こちらが、本殿の正面にあたる四脚門の山門。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址04



山号の扁額も掲げられています。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址05



参道。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址06



手水舎。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址07



薬師寺の説明板。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址15

まぁ、神社で言うところの由緒書きみたいなものですね。



こちらが、本堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址08



本堂に掲げられた扁額。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址09



本堂を覗き込むとこんな感じでした。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址10



やくしじには、木造の12体の神将像も安置されているそうです。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址11



こちらは多聞堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址12



こちらは弁天堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址13



境内の石仏。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址14





肝心の茨城百景の碑ですが、
薬師寺の向かいにある古びた神社(?)の境内らしき場所に
ひっそりと建っていました。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址01


      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址02




さて、碑に刻まれた那珂西城址ですが、
薬師寺からはちょっと離れた場所になります。
4kmぐらい離れているから、車でないとちょっと移動は辛い。


こちら那珂西城址でもある宝憧院。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址16



宝憧院は、応永03年(1396年)、智空上人により開山された真言宗豊山派の寺です。
元禄09年(1696年)徳川光圀が以伝僧正を中興開山として、この地に移したそうです。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址17



山門(四脚門)の脇には立派な土塁が残る。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址18



土塁頂部には城址碑。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址19

那珂西城址については後日、改めて深く突っ込みたいので
今回は軽くさらっと流しましょう。


土塁と空堀跡。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址20



土塁脇には説明板。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址21



以前、この場所にはお堂か何かが建っていたのだろうか?

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址22



こちらは、本堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址23



本堂に掲げられた扁額。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址24



境内の地蔵像。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址25



ここで、ふと疑問が..................

茨城百景が選定された昭和25年当時、同じ石塚町にあるのに
那珂西城址が選ばれたのだろう。
薬師寺から4km近く離れているし、
薬師寺の近くには、石塚城址もあったはず。

それだけ、当時の那珂西城址は風光明媚な場所だったのだろうか?







2019/11/11 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 小松寺 》(2019年10日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

この日は、茨城県の城里町に出かけました。

数年前から追っかけているって言うか、
機会があれば訪れることにしている『茨城百景』。

その『茨城百景』が、ここ城里町にもあるという事で
茨城百景の碑を探しに来ました。


『茨城百景』は、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。
選定された景勝地には、『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探して百景の地を巡っている人もいるようです。
まぁ、私もその一人になるんですが..................

城里町の茨城百景は、昭和25年当時の小松村から1ヶ所、
石塚町から1ヶ所の計2ヶ所が選定されています。

先ずは、旧・小松村から選定された『茨城百景 小松寺』へ向かいます。



小松寺は、城里町にある真言宗智山派の寺院です。
山号は白雲山。院号は普明院。本尊は大日如来。
1180年(治承4年)平貞能が平重盛の遺骨を白雲山に葬り天台宗の寺院を建立し、
自ら出家して以典と号したとされています。
1387年(嘉慶元年)大掾頼幹が宥尊を招いて中興し真言宗の寺となったそうです。




こちらが、小松寺の入り口(山門)。

      20191002茨城百景 小松寺01



寺号標。

      20191002茨城百景 小松寺02



そして、茨城百景の碑。

      20191002茨城百景 小松寺03

百景の碑は山門の左側に建てられていました。


この碑を探すのも茨城百景巡りの楽しみの一つ。

      20191002茨城百景 小松寺04



では、小松寺をお詣りいたしましょう。

      20191002茨城百景 小松寺05



参道は杉の木立。
なかなか迫力あります。

      20191002茨城百景 小松寺06
      20191002茨城百景 小松寺07
      20191002茨城百景 小松寺08



唐門が見えてきました。

      20191002茨城百景 小松寺09



こちらが、唐門。

      20191002茨城百景 小松寺10



その説明板。

      20191002茨城百景 小松寺11



唐門の脇に置かれた鬼瓦。

      20191002茨城百景 小松寺12

以前の本堂に使われていたものでしょうか?




こちらが、本堂。

      20191002茨城百景 小松寺13



こちらが、観音堂。

      20191002茨城百景 小松寺14


その説明板。

      20191002茨城百景 小松寺15


本堂の裏手。
実は思い切りの勘違いを後で気がつきました。

      20191002茨城百景 小松寺16

てっきり、この場所が平重盛の墓だと思って、登った丘を下りてしまいました。
平重盛の墓は、この場所より更に上だったようです。
間際らしい場所に大きな碑が建っている、勘違いしちゃうよなぁ。




せっかくだから、御朱印も頂いていきましょう。
ご朱印はこちらで頂けます。

      20191002茨城百景 小松寺17



そして、こちらが小松寺の御朱印。

      20191002茨城百景 小松寺18

御本尊の如意輪観音です。


茨城百景の碑も見つけたし、御朱印も頂けた。
茨城百景『小松寺』、これでコンプリートです。
残念なのは、平重盛の墓地を間違えた事。

もし、再び機会があれば
その時は間違えずに訪れることにしよう。







2019/11/10 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................東軍墓地 《阿弥陀寺》 (2019年4月22日)(福島県会津若松市) 

4月22日

この日は、1泊2日の予定で福島県に出かけました。
福島県と言っても広い。
今回は、猪苗代町を中心に会津方面を巡りました。
猪苗代町での予定を済ませ、会津若松市へと向かいます。

実は、昨年の秋に会津若松市に来た時に
白虎隊で有名な飯盛山で出会った人に、
会津若松市の七日町にある観光案内所でも
書置き版になるけれど、御朱印が頂けると言う話を聞きました。
その時は、予定が詰まっていたので、その御朱印は諦めましたが
今回、再び会津の地に来ることが出来たため、御朱印拝受の旅となります。


先ずは、先に参拝いたしましょう。

      20190422東軍墓地01


会津若松市七日町にある、阿弥陀寺。

      20190422東軍墓地02


この敷地内にある、『会津東軍墓地』。

      20190422東軍墓地03


会津東軍墓地.........?

と思う人もいるでしょう。


会津の歴史を語る上で、悲しい結末ではあれけれど
避けては通れないのが戊辰戦争。
旧幕府方の会津藩士は東軍となり、
新政府軍である薩摩・長州・土佐等の連合が西軍として戦いました。

会津東軍墓地は、東軍戦死者1281体の埋葬地でもあります。

激戦地であった会津若松には、1281体の遺体がありました。
9月22日の戊辰戦争終結後、西軍の命で放置され、
触るのも許されませんでした。
(西軍戦死者は戦争中に陣地である融通寺に葬られていました。)
会津の人々は烏につつかれたり、野犬に食べられたり、
腐敗していく戦死者を指をくわえて見ているしかなかったそうです。

幾度もの嘆願で埋葬が許可されたのが、翌年の明治2年2月。
埋葬地は長命寺と阿弥陀寺に限られて許されましたが
あくまでも賊軍としての埋葬で『戦死墓』の文字以外は許されなかったそうです。


この話を聞いて、胸が詰まってしまいました。

      20190422東軍墓地04

東軍戦死者の魂が安らかに眠るようにに改めて祈ります。




白虎隊の悲話は知る人も多いですが、
この東軍墓地については余り知れ渡っていないようですね。


冒頭でも述べましたが、会津東軍墓地があるのは阿弥陀寺。

      20190422東軍墓地05


阿弥陀寺の梵鐘。

      20190422東軍墓地06



境内には、石碑、石仏が並びます。

      20190422東軍墓地07




こちらが、新選組三番隊組長の斎藤一(藤田五郎)の墓。

      20190422東軍墓地09


      20190422東軍墓地08

京都守護職の会津藩主・松平容保の庇護のもと、
京都の治安維持のために発足した新撰組。
会津藩とは切っても切れぬ関係から、戊辰戦争にも参加しています。
その新撰組の土方歳三副隊長が怪我をしていた時に
新撰組の指揮を執ったのが斎藤一です。
会津も侵攻され、敗戦の色が濃くなると、
新選組は北上することとなりますが、
斎藤一は「会津に受けた恩を返す」として新選組を離れ、
そのまま会津にとどまります。

敗戦後に藤田五郎と改名し、やがて東京で警察官となりますが
本人の遺言により没後、『会津東軍墓地』のある阿弥陀寺に埋葬されたそうです。





鶴ヶ城は新政府軍によって解体されてしまいましたが、
その一部がここ阿弥陀寺に残っています。

それが、こちら。

      20190422東軍墓地11

鶴ヶ城の小天守に当たる『御三階』という部分になります。



こちらは、その説明板。

      20190422東軍墓地10

昭和30年まで阿弥陀寺の本堂として使われていたそうです。


阿弥陀寺は、以前は御朱印を拝受出来ましたが
現在は、御朱印対応はなされていないそうです。      

その代わりに、飯盛山の白虎隊の墓守の末裔にあたる書道家が書かれた
御朱印(書置きの印刷版)が七日町観光案内所にて拝受出来ます。

通りを挟んだ向かいにある七日町観光案内所。

      20190422東軍墓地12



こちらが、会津東軍墓地の御朱印。

      20190422東軍墓地13

昨年秋から、ずっと気になっていた御朱印。
やっと拝受出来ました。




2019/06/28 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............高岩寺(巣鴨とげぬき地蔵 )    (2019年3月24日)(東京都豊島区) 

3月24日   

この日は、都内・豊島区の巣鴨に出かけました。


この日は24日。
毎月4のつく日(4日・14日・24日)は、巣鴨地蔵通り全体に露店が出る縁日の日です。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵01


      20190324巣鴨とげぬき地蔵02



その巣鴨地蔵通り商店街のランドマークは、やはり巣鴨とげぬき地蔵。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵03


縁日だから、おばあちゃん達の原宿である巣鴨には人が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵04



『とげぬき地蔵通り』は、まるで『竹下通り』?

      20190324巣鴨とげぬき地蔵05


      20190324巣鴨とげぬき地蔵06



せっかく、とげぬき地蔵の前を通るんだから
ちょっぴり立ち寄ってみましょう。


巣鴨とげぬき地蔵は、正式には『高岩寺』と称し
東京都豊島区巣鴨にある曹洞宗の寺院です。

山号は萬頂山。
本尊は地蔵菩薩(延命地蔵、通称とげぬき地蔵と言われ秘仏となっています)




こちらが山門。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵07


山門の扁額。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵08



意外に参拝者が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵09



手水舎。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵11



常香炉からの煙が半端なく多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵10


      20190324巣鴨とげぬき地蔵12


      20190324巣鴨とげぬき地蔵13




とにかく、境内は煙が凄い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵14



本堂内に避難しましょう(笑)。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵15


でも、本堂内にも参拝者がいっぱい。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵16



こちらは、境内にある『洗い観音』に並ぶ列。

     20190324巣鴨とげぬき地蔵17



治癒したい部分の観音像を洗ったり、
濡れタオルで拭くと御利益があるとされています。

     20190324巣鴨とげぬき地蔵18


     20190324巣鴨とげぬき地蔵19



縁日と言うこともあるし、日曜日だから人が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵20



本堂内で御朱印を拝受する事も出来ます。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵21


こちらが、その御朱印。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵22


こちらが、当初の目的地ではないけれど.........
.........

おじいちゃん、おばあちゃんの聖地である
巣鴨のとげぬき地蔵、制覇です!!


2019/05/30 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 大黒天 浅草寺 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の台東区へ出かけました。

浅草界隈を隅田川沿いに歩いての散歩。
あと一つを残し、もう少しで完結する『浅草名所七福神』巡りの散歩です。


七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。

浅草名所七福神もついにオーラス。


最後に控えしは、浅草の真打、..............浅草寺 《大黒天》。


浅草寺。
誰しも一度は、その名を聞いたことはあるでしょう。

浅草寺は、東京都台東区浅草にある東京都内最古の寺です。
推古天皇36年(628年)の創建とされ、山号は金龍山と称し、
御本尊は聖観音菩薩です。
元々は天台宗に属していましたが、第二次世界大戦後に独立し、
聖観音宗の総本山となりました。
観音菩薩を御本尊とすることから『浅草観音』あるいは、
『浅草の観音様』とも呼ばれています。

近年、外国人観光客も多い、都内屈指の観光スポットとなっています。



こちらが、寺号標。

      20190314浅草寺01



浅草寺の代名詞とも言える、雷門。

      20190314浅草寺02

Panasonicの創始者・松下幸之助が浅草観音に祈願して
病気平癒した報恩のために寄進したものです。

正式には、『風雷神門』と言いますが、
『雷門』の通称で呼ばれています。



雷門に掲げられた扁額。

      20190314浅草寺03

山号の『金龍山』。


そして、雷門と言えば、この提灯。

      20190314浅草寺04



雷門から続く参道には両側にお店が並ぶ。
通称『仲見世』。

平日なのに、仲見世も混んでいる。

      20190314浅草寺05


      20190314浅草寺06


      20190314浅草寺07



参道には、『浅草名所七福神』の説明板。

      20190314浅草寺08



宝蔵門。

      20190314浅草寺09


      20190314浅草寺10



宝蔵門の扁額。

      20190314浅草寺11

こちらは、寺号の『浅草寺』。


大きな提灯には『小舟町』。

      20190314浅草寺12



提灯の両脇には仁王像。

      20190314浅草寺13


      20190314浅草寺14



山形県警村山市の方々が奉納される大草鞋。

      20190314浅草寺15



本堂。

      20190314浅草寺16

やはり、参拝者が多い。



常香炉の前も人の列が切れない。

      20190314浅草寺17


      20190314浅草寺18


本堂の扁額。

      20190314浅草寺21



本堂の提灯。

      20190314浅草寺19



本堂内陣。
中央が秘仏本尊を安置する宮殿。

      20190314浅草寺20



本堂天井画。

      20190314浅草寺22


      20190314浅草寺23



五重塔。

      20190314浅草寺25



伝法院。

      20190314浅草寺24


      20190314浅草寺26



淡島堂。

      20190314浅草寺27



薬師堂。

      20190314浅草寺28



一言不動尊。

      20190314浅草寺29



左が金龍権現、右が九頭龍権現。

      20190314浅草寺30



平和地蔵尊。

      20190314浅草寺31


      20190314浅草寺32





さて、御朱印はどちらで拝受するのでしょう?


どうやら、こちらのようですね。

      20190314浅草寺33



御朱印の授与所である影向堂。

      20190314浅草寺34



御朱印の受付。

      20190314浅草寺35

並んで待っている人も多い。



御朱印帖を預けて待っています。
番号札と交換になります。

      20190314浅草寺36



こちらが、御朱印。

浅草寺の御本尊の御朱印。

      20190314浅草寺37



そして、浅草名所七福神 大黒天 の御朱印。

      20190314浅草寺38


まだまだ、浅草寺には見所か有ると思うけれど
とにかく、人が多いのが苦手。

この後の予定も詰まっているから、浅草寺をあとにしいたしました..................。



2019/05/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 毘沙門天 待乳山聖天 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の台東区へ出かけました。

浅草界隈を隅田川沿いに歩いての散歩。
あと二つを残し、もう少しで完結する『浅草名所七福神』巡りの散歩です。


七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。

浅草名所七福神も残すは、あと二つ。


訪れたのは...............待乳山聖天 《毘沙門天》。


待乳山聖天は通称であり、正式には本龍院と称します。
東京都台東区浅草にある聖観音宗の寺院で、浅草寺の子院のひとつである。
山号は待乳山。本尊は歓喜天(聖天)・十一面観音で、
別称では、待乳山聖天とも称されています。
この寺には浅草名所七福神のうち毘沙門天が祀られています。

隅田川べりの小高い丘(待乳山)にあり、
この丘は595年(推古天皇3年)に出現して、龍が守護したと伝えられ、
浅草寺の山号(金龍山)の由来となったとされています。



待乳山聖天の看板。

      20190314聖観音01



寺号標。

      20190314聖観音02



こちらにも別な寺号標。

      20190314聖観音03



さすが、国際観光都市・東京。

      20190314聖観音04

英語表記のお洒落な看板。



手水舎。

      20190314聖観音05



定番の龍の吐出口。

      20190314聖観音06



参道口の提灯。

      20190314聖観音07



提灯には、大根の絵。

      20190314聖観音08



学堂。

      20190314聖観音09



学堂では、大根が売られています。

      20190314聖観音10

参拝される方々が大根を買っている。
何故? 素朴な疑問が浮かびます。




常香炉。

      20190314聖観音11



石段の先に本堂が見えて来ました。

      20190314聖観音12



石段手前の狛犬。

      20190314聖観音13


      20190314聖観音14

狛犬って神社だけのように思えるけど、
明治政府の『神仏分離令』までは、お寺の中に神社があったり
神社の別当寺(神社を管轄する寺院)としての寺院の存在があったから
寺院に狛犬があってもおかしくはない。



こちらが、本堂。

      20190314聖観音15


      20190314聖観音20


      20190314聖観音16


本堂の扁額。

      20190314聖観音17



本堂正面。

      20190314聖観音18



どうやら、御朱印は本堂に中で拝受出来るようです。

      20190314聖観音19


遠慮がちに中に入ります。
      

本堂内部には、たくさんの大根が奉納されています。

      20190314聖観音21


御朱印を待つ間、天井絵に見惚れていました。

      20190314聖観音22


      20190314聖観音23



無事、御朱印も戴きました。



本堂前の天水桶。

      20190314聖観音24

天水桶にも大根の絵。



こちらは、巾着型の天水桶。

      20190314聖観音25



本堂前には、ビニール袋に入った大根。

      20190314聖観音26

奉納された大根のお下がり。
参拝客は、有り難く大根を持ち帰っているようです。


疑問は深まる。
何故、大根?


調べてみると...............

大根や巾着は、御信心をされて祈願することによって
得られるその御利益を端的に表したものだそうです。
大根は身体を丈夫にしていただき、良縁を成就し、
夫婦仲良く末永く一家の和合を御加護頂ける功徳を表しているそうです。
巾着は財宝で商売繁盛を表し、
聖天さまの信仰のご利益の大きいことを示したものらしい。



本堂裏手の稲荷尊。

      20190314聖観音27

鳥居もあるから、要は稲荷神社なんだけど
一応、神仏離合だから、『稲荷尊』。


その隣には、道灌稲荷跡。

      20190314聖観音28

かつて、境内には太田道灌勧請の道灌稲荷が祀られていたそうです。



神楽殿。

      20190314聖観音29

正月3が日や、大根まつり、節分なとには神楽が奏され、舞も入るそうです。



本堂右側、駐車場側の参道口の寺号標。

      20190314聖観音31


狛犬。

      20190314聖観音30



この位置からだと、本堂の建つ待乳山が台地だとよく分かる。      

      20190314聖観音32

画像には写っていないけれど、左奥にはリフトカーも備えられています。



寺務所。

      20190314聖観音33



こちらは、歓喜地蔵尊。

      20190314聖観音35


      20190314聖観音37




出世観音。

      20190314聖観音36



      
『トーキー渡来記』の碑。

      20190314聖観音38

戦前の浅草華やかなりし頃の活動映画に
音声が付けられた記念碑です。




信徒会館前の庭園。

      20190314聖観音39



戴いた御朱印がこちら。


御本尊の御朱印。

      20190314聖観音40



浅草名所七福神 『毘沙門天』の御朱印。

      20190314聖観音41


浅草名所七福神。
残すは、あと一つとなりました。


2019/05/07 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 布袋尊 橋場不動院 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の墨田区、台東区へ出かけました。
京成本線の関屋液から隅田川沿いを歩いて浅草方面へと進みます。

浅草周辺には、『浅草名所七福神』があります。
七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。



そして、訪れたのは.......................布袋尊 橋場不動院


橋場不動は、橋場不動尊の名で親しまれていますが、
正式には砂尾山橋場寺不動院と言います。
天平宝字四年(760年)寂昇上人によって創設されました。
創設当初は法相宗でしたが、長寛元年(1163年)に、
中興の祖といわれる教円坊によって、天台宗に改宗され、
浅草寺の末寺となったとされています。
現在は浅草寺と本末関係はなく、
比叡山延暦寺の末寺となっているそうです。



山門。

      20190314橋場不動尊01


都内の寺院らしく下町の住宅街に建つ寺院。
狭い参道には赤い幟が立ち並ぶ。

      20190314橋場不動尊02


世界に誇る観光都市・東京。
外国人観光客向けに、洒落た看板も建つようになりました。

      20190314橋場不動尊03



手水鉢。

      20190314橋場不動尊04



こちらが、本堂。

      20190314橋場不動尊05


本堂正面。

      20190314橋場不動尊06



本堂の扁額。

      20190314橋場不動尊07



本堂内部。

      20190314橋場不動尊08

この中に、御本尊の不動明王像と七福神の布袋尊の像が祀られています。
本堂内部に入れそうもないので、布袋尊を直接拝む事は出来ませんでした。



本堂前に掲げられた提灯。     

      20190314橋場不動尊10




本堂脇には、水子無縁地蔵。

      20190314橋場不動尊11



別アングルからの本堂。

      20190314橋場不動尊12



こちらは、寺務所。

      20190314橋場不動尊13




こちらが授与所。

      20190314橋場不動尊16


授与所には、布袋尊の看板。

      20190314橋場不動尊09

御朱印は、授与所にて拝受しました。


そして、こちらが御朱印。

本尊の御朱印。

      20190314橋場不動尊14



そして、浅草名所七福神 布袋尊の御朱印です。

      20190314橋場不動尊15


9ヶ所になる浅草名所七福神。
残すは、あと3つとなりました。




      
2019/05/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 大黒天・布袋尊........大聖院 》(2019年1月7日) 

1月7日 

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



佐倉七福神、そのラストを飾るのは...................大聖院。


大聖院は、佐倉七福神の大黒天、布袋尊となります。


大和田山・大聖院・明王寺と称し、鎌倉時代の初期に開山されました。
真言宗豊山派の寺院として、当地方15ヶ寺の本寺となっています。

御本尊の大日如来は、佐倉市指定有形文化財に指定されています。



こちらが、山門。

      20190107大聖院01

寺院の場合、入り口にあたる門を山門と言うらしい。



実際には、こう言った四脚門を、山門と表記する場合が多いようですが.............

      20190107大聖院02


      

本堂。

      20190107大聖院04



本堂の扁額。

      20190107大聖院05



本堂内部。

      20190107大聖院06

正面に鎮座するのが御本尊。

残念ながら、大黒天は秘仏なので公開はされません。



本殿前の天水桶。

      20190107大聖院07



境内には、佐倉七福神の赤い幟と布袋尊の像。

      20190107大聖院08



佐倉七福神の布袋尊。

      20190107大聖院09



御朱印は、本殿脇の寺務所にて拝受出来ます。


こちらが、大聖院の御朱印。

      20190107大聖院10



そして、佐倉七福神 布袋尊の御朱印。

      20190107大聖院11



同じく、佐倉七福神 大黒天 の御朱印。

      20190107大聖院12

しかし、秘仏とは言え、期限を定めて公開しないんじゃねぇ。
妙隆寺も佐倉七福神の大黒天を称しているんだから
せめて、布袋尊の隣に石像でも置かないと
佐倉七福神の大黒天を名乗るメリットが無いんじゃんない?

これも複雑な大人の事情なのかなぁ。




2019/03/05 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 弁財天........嶺南寺 》(2019年1月7日) 

1月7日  

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



毘沙門天の甚大寺をあとにして、向かった先は...........嶺南寺。


嶺南寺は、佐倉七福神の弁財天になります。


清浄山嶺南寺と呼ばれ、寛永19年(1642年)に
当時の信濃松本藩主、堀田加賀守正盛の佐倉移封と共に
松本より佐倉に移り建立されました。

本尊は「釈迦牟尼佛」で、本堂内には閻魔大王を安置しています。

佐倉七福神の弁財天(唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。)
を祀る札所としても知られています。
弁財天は本堂内に安置されており、1月1日〜10日のみ御開扉しています。


以前は、もっとごっつい門があったような気がするけれど
今は、入口が広くなったような気がします。

      20190107嶺南寺01



手水舎(手水鉢)。

      0190107嶺南寺03




こちらが本堂。

      0190107嶺南寺02




佐倉七福神の赤い幟。   

      0190107嶺南寺04



そして、案内板。

      0190107嶺南寺05



案内板の傍には、弁財天の碑。

      0190107嶺南寺06

この碑も以前には無かった筈。
この数年間で、様変わりしています。



本堂内部。

      0190107嶺南寺07

1月10日まで期間限定でご開帳された弁天像。



そして、こちらが嶺南寺の御朱印。

      0190107嶺南寺08



そして、佐倉七福神 弁財天の御朱印。

      0190107嶺南寺09


本堂に居た住職さんに墨書きしていただきました。



2019/03/04 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 毘沙門天........甚大寺 》(2019年1月7日) 

1月7日  

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



寿老人の宗圓寺をあとにして、向かった先は...........甚大寺。


甚大寺は、佐倉七福神の毘沙門天になります。
とは言え、佐倉七福神の毘沙門天はこれで、二ヶ所目。
七福神がカブるなんてあんまりお薦め出来ませんね。
その辺りが上手く処理出来なかったのは、やっぱり大人の事情なんでしょうね。



甚大寺は、安城山甚大寺と呼ばれ、天台宗比叡山延暦寺の末寺として
1615年に建立された寺です。
堀田家の菩提寺であり、寺内に安置されている金毘羅尊は
寛政年中(1789〜1800)に勘請されたものです。

本尊は十一面観音菩薩。
その他不動明王、毘沙門天、仁王尊が奉られ、
毎月10日は招福祈願して金毘羅縁日が開催され
近隣から訪れる大勢の参拝者で賑わいます。

また、境内には健康を願ってお身ぬぐい観音の奉られています。



こちらが、山門。

      20190107甚大寺01



境内に建てられた説明板。

      20190107甚大寺02



本堂。

      20190107甚大寺03



本堂に掲げられた扁額。

      20190107甚大寺04

そこには山号の『安城山』が刻まれています。



本堂内部。

      20190107甚大寺05


      20190107甚大寺06



境内の桜七福神の案内板。

      20190107甚大寺07



そして、こちらが毘沙門像。

      20190107甚大寺08




こちらが甚大寺の御朱印。

      20190107甚大寺09



そして佐倉七福神 毘沙門天の御朱印。

      20190107甚大寺10


本殿裏手の寺務所にて拝受いたしました。




2019/03/03 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 大黒天........妙隆寺 》(2019年1月7日) 

1月7日 

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



松林寺の毘沙門天をあとにして、向かった先は...........妙隆寺。



妙隆寺は、久栄山妙隆寺といい、
山梨県身延町にある身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗のお寺です。
山号は久栄山。
文明3年(西暦1471年)4月に開創された歴史のあるお寺です。



妙隆寺の門前。

       20190107妙隆寺01



参道を進みます。

       20190107妙隆寺02



山門前の寺号標。

       20190107妙隆寺03



こちらが、山門。

       20190107妙隆寺04



山門の扁額。

      20190107妙隆寺05


  

境内でたなびく佐倉七福神の赤い幟。

      20190107妙隆寺06



こちらが、本堂。

      20190107妙隆寺07



本堂の扁額。

      20190107妙隆寺08


本堂前に置かれた、ミニチュア版の獅子の置物。

      20190107妙隆寺09

正月らしくて微笑ましい。。


本殿内部。

      20190107妙隆寺10


本殿右奥に大黒天が祀られているそうですが
秘仏のため開帳は無く、拝観はできない。

      20190107妙隆寺11


御朱印は、本殿右奥にある寺務所にて拝受出来ます。


御朱印は書き置き対応。
こちらが、妙隆寺の御朱印。

      20190107妙隆寺12

と言うか、日蓮宗の寺院の場合『南妙法蓮華経』と経文が書かれ
御首題もしくはお題目と呼ばれるらしい。
やっぱり、お寺の御朱印は良く分からない。



そして、こちらが佐倉七福神の大黒天の御朱印。

      20190107妙隆寺13

佐倉七福神の場合、大黒天が二つあるからなぁ。
御利益も2倍になるのかなぁ?(笑)


2019/03/02 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 毘沙門天........松林寺 》(2019年1月7日) 

1月7日

この日は公休日。
この日までが松の内。

この日は、特に予定もなかったから
1月10日までは御朱印を受け付けると言う事なので
散歩を兼ねて、地元である佐倉の七福神巡りをしました。

七福神の社寺のいずれが自宅から徒歩圏内というのが嬉しい。

では、2019’佐倉七福神巡りの始まり。
毘沙門天の松林寺に向かいましょう。

      20190107松林寺01

と言うのも、自宅から一番近いのが松林寺。
直線距離なら300mぐらいじゃなかろうか?
路地をクネクネ歩いても5分も有れば着いちゃう。
朝夕の びいすけ の散歩の時に松林寺の前を通ります。



こちらが、松林寺。

      20190107松林寺02


そんなに大きな寺院じゃないから、山門も無い。

      20190107松林寺03

松林寺は、佐倉市にある浄土宗の寺院。
山号は玉宝山。
院号は清光院。
本尊は阿弥陀如来です。

佐倉藩主、土井利勝が慶長15年(1610年)に、
土井家の菩提寺として建立した寺です。


本堂。

      20190107松林寺04




本堂の説明板。

この本堂は、佐倉市の文化財に指定されています。

      20190107松林寺09





本堂の扁額。

      20190107松林寺05



本堂の中を覗き込むと、正面には御本尊のは阿弥陀如来。

      20190107松林寺06




風にたなびく佐倉七福神の赤い幟。

      20190107松林寺07




そして、佐倉七福神 毘沙門天の案内板。

      20190107松林寺08
  
毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」と言い、
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていてます。
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。


肝心の毘沙門天の像は本堂の右奥に安置されているようですが
秘仏のため、御開帳はされないようです。



松林寺の前を通るたびに、この土塁が気になっている。

      20190107松林寺10


寺院の土塁の割にはかなりのモノ。

       20190107松林寺11

さすが、初代佐倉藩主である土井家の菩提寺である。


佐倉七福神巡りは3度目になるけれど
今回は御朱印を授与しました。

       20190107松林寺12



こちらが、松林寺の御朱印。

       20190107松林寺13



そして、こちらが佐倉七福神 毘沙門天 の御朱印です。

       20190107松林寺14


書き置き版になりますが、本堂脇の寺務所にて拝受しました。





2019/03/02 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.....................土浦大師不動尊 大聖寺 (2018年12月20日)(茨城県土浦市) 

12月20日

この日は、かすみがうら市から土浦市へと移動。

真延寺をあとにして、向かった先は..................土浦大師不動尊 大聖寺。


大聖寺は、正式には『 羽黒山今泉院大聖寺 』と称し、
一条天皇の御代の長徳元年(995年)に醍醐寺成尊僧都により
「今泉寺」として現在地より東約500m先の
永国の中央である亀井墓地近辺に開山されたのが縁起だとされています。

その後、応安七年(1374年)小田城に拠ったこの地の豪族である小田氏当主・小田孝朝が
「小田城四方護寺」(常陸四箇寺・小田四箇寺とも云う)を設けたのを機に大聖寺と改め、
寺地も田中荘平塚(現在のつくば市西平塚)に移したとされています。
「小田城四方護寺」は小田城を主軸として扇の如く神郡の普門寺、
平塚の大聖寺、岩田の法泉寺、加茂の南円寺と配しており
文字通り、小田城の出城の役割を果たしていました。

当時の平塚大聖寺は小田家と共にありましたが、
天正18年(1590年)に小田家が滅亡する以前の大永6年(1526年)には、
常陸国長国今泉寺大聖院として、現在の所在地、永国に戻っていたことが
京都・東寺所蔵の「亮恵僧正門弟名帳」に記されているそうです。
現在の羽黒山今泉院大聖寺と改名されたのは、
この再移転した大永6年から天正4年(1576年)までの間のことであるとされています。


県道沿いに建つ寺号標。

      20181220大聖寺01



山門。

      20181220大聖寺02



この山門と言うのが少し厄介。
基本的には、寺院の門の事を山門と言います。
と言うのも、寺院は本来山に建てられ山号を付けて呼んだ名残りで、
その門が平地にあっても山門と呼びました。


しかしながら、いわゆる四脚の門の事を山門と表現することもあるので
本当にややこしい。

こちらの門柱には『羽黒山 大聖寺』。

      20181220大聖寺03



こちらには『土浦大師』と刻まれています。

      20181220大聖寺04


残寝ながら、けいだいにペットの連れ込み禁止。

      20181220大聖寺29

びいすけ には、車の中でお留守番してもらいましょう。



では、参道を進みましょう。



大聖寺の境内には、『四国八十八箇所ミニ霊場』と称し、
四国霊場の1/1000相当のミニ霊場が設置されているから
こう言った石仏が多く設置されています。

      20181220大聖寺05

さすがに、霊場巡りまでは興味ないから、スルーします。


こちらが、世間でよく言う 山門。

      20181220大聖寺06



掲げられた扁額には山号『羽黒山』。

      20181220大聖寺07



さらに参道を進めば、こちらも山門。俗に言う『四脚門』。

      20181220大聖寺08


掲げられた扁額。

      20181220大聖寺09

こちらには寺号が刻まれています。




手水舎。

      20181220大聖寺10



吐水口。

      20181220大聖寺17

この形は玄武のようです。



常香炉

     20181220大聖寺11



そして、本殿『大聖殿』。

     20181220大聖寺12



本殿に掲げられた扁額。

      20181220大聖寺13



本殿前に置かれた鶴の彫り物。

      20181220大聖寺14

そこには、こんな言葉が添えられています。

『 野鳥は環境を図るものさし。
人が住めない所に野鳥は棲めても
野鳥が棲めない所に人は住めません 』


こちらの大聖寺は、(財)日本野鳥の会 (財)山階鳥類研究所の法人会員として
その活動を応援しているそうで、本堂からその主張を感じ取ることができます。

本堂の野鳥の彫刻。

      20181220大聖寺15


      20181220大聖寺16



境内には、なぜか象の像。

      20181220大聖寺18




こちらは、護摩堂。

      20181220大聖寺19


      20181220大聖寺20



こちらは、鐘楼。

      20181220大聖寺21



こちらは、大杉殿。

      20181220大聖寺22



稲敷市の大杉神社の大杉大明神を分祠したものだそうです。

      20181220大聖寺23



こちらが寺務所。

      20181220大聖寺24

御朱印はこちらで拝受できます。


寺務所前には、フクロウの像。

      20181220大聖寺26

過去、大聖寺の森では、毎年2・3羽のフクロウの雛が巣立ちしたそうです。
1991年頃より大聖寺裏で住宅地造成工事が開始され、
餌場になっていた畑や森が切り開かれてしまい、
餌不足に陥ったと思われる雛1羽が、1992年7月7日に鐘楼堂脇で餓死していました。
野鳥の棲める環境を失われつつ現況を憂い、警鐘を投げかけています。




こちらは、客殿。

      20181220大聖寺25



携帯の池には弁財天も祀られています。

      20181220大聖寺28





こちらが、平和観音像。

      20181220大聖寺30

世界平和を祈念して羽黒権現の本地仏です。


そして、平和観音像の台座の下に安置されている鎮守羽黒権現。

      20181220大聖寺31


      20181220大聖寺32



何故か、参道に飾られている赤い丸ポスト。

      20181220大聖寺33

残念ながら、現役のポストではなく、あくまでも飾りのポストになります。
小学校の教育教材ならまだしも、なぜお寺の境内に丸ポストが飾られているのか?
不思議です....................?




こちらが、大聖寺の御朱印。

大聖寺の御朱印は4種類有り、ネットで見かけて興味が湧き、
参拝に訪れたと言うのが本音です。
基本は神社派ですが、今回は特別。

まぁ、これらの御朱印が欲しくて、大聖寺に来たのも事実ですからね。
奮発して4種の御朱印をいただきました。


お不動様

      20181220大聖寺38

御本尊である「羽黒不動尊」の御朱印です。




龍神様 

      20181220大聖寺37

江戸期享保年間の頃、当時の住職だった霊天和尚が
雨乞い祈祷をした際に龍が現れて、
雨を降らせたという伝承に基づく御朱印です


羽黒権現様

      20181220大聖寺36

羽黒山の興りとなった鎮守様です


お地蔵様

      20181220大聖寺35

本堂右脇本尊であり、境内にもたくさんいらっしゃる地蔵菩薩をモチーフにした御朱印です



そして、こちらが挟み紙。

      20181220大聖寺34

本尊、大聖不動明王のイラストです。
無理を言って、挟み紙にも日付を入れてもらいました。




2019/02/11 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神 長勝寺 《 福禄寿 》 (2018年12月11日)(茨城県潮来市) 

12月11日

この日は、潮来市にやって来ました。

最近は神社の御朱印巡りが主流な休日を過ごしていますが、
どっこい、七福神巡りも忘れてはいません。
とは言え、なかなか七福神巡りも1日で完遂出来ず、
中途半端な状態になっている七福神巡りも多い。

茨城県下に展開する常陸七福神もその1つ。
(七福神と言いながらも8ヶ所を巡ります。)

常陸七福神は、水郷・筑波国定公園に散在する8つの社寺からなる七福神の霊場会で、
「日本で一番長い巡路を持つ七福神詣」の霊場です。
この七福神のそれぞれの功徳をいただけばすべての福徳が授かるとされています。

その七福神は(と言っても8ヶ所あるのがちょっびり不思議。)

西光院 毘沙門天 (石岡市)
恵比寿 筑波山神社(つくば市)
弁財天 逢善寺 (稲敷市)
布袋尊 月山寺 (桜川市)
寿老人 西蓮寺 (行方市)
福禄寿 長勝寺 (潮来市)
大黒天 笠間稲荷 (笠間市)
七福神 真延寺 (土浦市) と、このような構成となっているようです。


今回訪れたのは、潮来市にある 長勝寺。

長勝寺は、潮来市にある臨済宗妙心寺派の寺院で
山号は海雲山。本尊は阿弥陀如来。
銅鐘は、国の重要文化財です。

潮来市内の稲荷山とよばれる丘を背にして、JR潮来駅にほど近い市街地内にある寺院。
文治元年(1189年)に源頼朝によって創建されたといわれており、
江戸時代に徳川光圀が諸堂宇を修復し、大獄祖清和尚に住持させたとされています。

そして、常陸七福神では、福禄寿にあたります。


こちらが寺号標。

      20181211長勝寺01

  
長勝禅寺 となっていますね。
  

山門。

      20181211長勝寺02



参道を進みます。

      20181211長勝寺03



参道の楼門。

      20181211長勝寺04

説明板には山門とありますが、寺号標の脇にも山門があるからややこしい。
こちらでは、あえて楼門と表記します。


説明板にはよれば、水戸光圀公が普門院から移築させたそうです。

      20181211長勝寺05


さらに参道を進みます。

      20181211長勝寺07



こちらが本堂。

      20181211長勝寺08

阿弥陀三尊を本尊とする入母屋造り茅葺の仏殿dr、
禅宗様建築の遺構で禅寺の風格を保っています。


この本堂も茨城県の指定文化財。
当然、説明板も設置されています。

      20181211長勝寺09


とにかく、茅葺屋根の本堂は珍しい。
日本でも数少ない茅葺き屋根のお寺としても知られているそうです。

      20181211長勝寺10



こちらが、鐘楼。

      20181211長勝寺12

国の重要文化財に指定されている銅鐘は、
鎌倉幕府第14代執権である北条高時の寄進で、
元徳2年(1330年)の鋳造とされています。


知らなかったのですが、この地は潮来八景の一つでもあるらしい。
江戸時代の後半の1839年に書かれた『潮来図誌』に記載されている

『鐘の音や 残る雲なき 秋の暮れ』

この句が、潮来八景の中の『長勝寺晩鐘』を謳ったという事です。




国の指定文化財ですから、銅鐘の説明板も設置されています。

      20181211長勝寺13



こちらは、勢至菩薩堂。

      20181211長勝寺14


こちらは文治梅。

      20181211長勝寺15

源頼朝のお手植えと伝わる古木の梅です。




そして、潮来市指定文化財の菩提樹。

      20181211長勝寺16


      20181211長勝寺17


こちらは、芭蕉句碑。

      20181211長勝寺18



境内に建つ長勝寺の説明板。

      20181211長勝寺19



肝心の常陸七福神は何処に?

どうやら、この奥に在るようです。
『方丈』と呼ばれる寺院の住居のようです。

      20181211長勝寺20



赤い幟が見えました。

      20181211長勝寺21



常陸七福神は正月期間のご開帳ではなくて
通年公開されているようです。

      20181211長勝寺22



小さく、貼紙も貼られています。

      20181211長勝寺23



こちらが、常陸七福神 福禄寿 です。

      20181211長勝寺24



福禄寿の奥には、ふれあい観音像。

      20181211長勝寺25



こちらが、長勝寺の御朱印。

      20181211長勝寺26


そして、常陸七福神 福禄寿 の御朱印。

      20181211長勝寺27

これで、常陸七福神も
毘沙門天   (石岡市 西光院)
布袋尊     (桜川市 月山寺)
寿老人    (行方市 西蓮寺)
福禄寿    (潮来市 長勝寺)と4ヶ所をクリア。

一つ(1ヶ所)ずつですが着実にお詣りしています。
頑張って結願いたしましょう。




2019/01/28 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

高幡不動尊 あじさいまつり (2018年6月27日)(東京都日野市) 

6月27日

びいすけ の病院のために、前日から八王子の実家に来ていました。

しかし、...............

病院の休みの日を勘違いしていて、この日は休み。
しっかりと、休みの日をチェックしなければいけませんね。



梅雨明け間近、連日の好天気が続く関東地方。
(この2日後、関東地方は梅雨明けとなったようです。)

6月もあと僅か。
八王子の実家から、車で20分ほどの日野市の高幡不動尊で
『あじさいまつり』が開催されていたので、妹の もっちゃん を誘って出かけてみました。


高幡不動尊。
正式には、高幡山明王院金剛寺。
地元では、高幡不動尊が通称となっています。

古文書によれば大宝年間(701)以前とも、
或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられますが、
今を去る1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が、
清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて
山中に不動堂を建立し、不動明王をご安置したのに始まるとされています。


その高幡不動尊の境内から山にかけて咲き乱れる山あじさいは
約200種類以上・7500株余りと言われ、
6月1日~7月初旬にかけて、『あじさいまつり』が行われています。


仁王門前。

      20180627高幡不動01

時期的に七夕の飾りも目に入ります。



この仁王門は重要文化財。

      20180627高幡不動02



仁王門の扁額。
山号は『高幡山』。

      20180627高幡不動03



仁王像。

      20180627高幡不動04


      20180627高幡不動05


あじさい もさることながら、先ずは参拝いたしましょう。


手水舎。

      20180627高幡不動06


常香炉。

      20180627高幡不動07



不動堂。

      20180627高幡不動08

こちらの不動堂も重要文化財。

清和天皇に勅願によって、慈覚大師(円仁)が東関鎮護の霊場として山中に建立しましたが、
建武2年(1335年)夜の暴風雨により倒壊してしまいました。
康永元年(1342年)儀海上人によって、現在の場所に移建されました。
東京都最古の文化財建造物になるそうです。



五重の塔。

      20180627高幡不動09

実は、15歳の時から17歳までの2年間、日野市に住んでました。
高幡不動尊から歩いて5分ほどの距離。
当然、最寄りの駅は、京王線の高幡不動駅。

でも、その頃は五重の塔は無かったんだけどなぁ。

聖天堂。

      20180627高幡不動10




太子堂。

      20180627高幡不動11

見た目は聖天堂のと同じようなに見えるけれど
敷石がちょっと違う。


お不動さんと言う寺院だけど、境内社もあります。

境内社の稲荷社。
手水舎も完備。

      20180627高幡不動12


狛犬。

      20180627高幡不動13


      20180627高幡不動14


      20180627高幡不動15



こちらは、奥殿。

      20180627高幡不動16


上杉憲顕の墳

      20180627高幡不動17



日野市は、新撰組所縁の地。
特に土方歳三は、高幡の隣、石田村(現在の日野市石田)の出身。
境内には土方歳三の像も建っています。

      20180627高幡不動18



そして、その脇には碑も建ち並ぶ。

      20180627高幡不動19



日本観光地百選の入選記念碑。

      20180627高幡不動20

へぇ〜、そんな百選も有るんですね。


新東京百景 一位入選の碑。

      20180627高幡不動21

新東京百景なんて知らなかった.........



顕彰碑。

      20180627高幡不動22



新撰組の近藤勇、土方歳三に関する碑なんですね。

      20180627高幡不動23



さて、肝心のあじさいは.............

      20180627高幡不動24


高幡不動尊の脇の高幡山の麓に山あじさいが咲いています。

      20180627高幡不動25


時期的にちょっと遅いかも知れないけれど、
まだまだ紫陽花の花を楽しむ事が出来ました。

      20180627高幡不動26



こちらが、納経所。

      20180627高幡不動27

御朱印は、こちらで拝受する事が出来ます。

個人的には、神社の御朱印を集めていますが
せっかくの機会だからいただいちゃいましょう。


と言うことで、こちらが高幡不動尊の御朱印。

      20180627高幡不動28


たまには、寺院の御朱印も良いモノですね。




2018/08/22 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

福満寺 《 手賀沼八景① 大井の晩鐘 》(2018年6月2日)(千葉県柏市) 

6月2日

この日は、柏市の神社巡り。


大井の香取神社を参拝したあと、路駐した車に戻る際に
こんな看板を見かけました。

      20180602福満寺01

九曜紋に『大井七人衆影武者伝説の里』、『平将門大明神』
このような文言が書かれていたら、素通りはできません。

ちょっぴり、足を伸ばしてみましょう。

と言う事で立ち寄った先は.........福満寺


こちらが、福満寺の寺号標。

      0180602福満寺02



ここで、非常に残念な看板を目にします。

      0180602福満寺03

境内犬禁止。
でも、将門大明神には惹かれます。

ごめん! びいすけ。

境内入口のポールに びいすけ のリードを括り付け
ダッシュで境内を巡ります。

      0180602福満寺04



本堂。

      0180602福満寺05


本堂の扁額。

      0180602福満寺06

福満寺の御本尊は阿弥陀如来。



こちらは、割と新しい建物。

      0180602福満寺07

参集殿か何かでしょうか?


本堂の脇に建つ小さな祠。

      0180602福満寺08

こちらが、将門大明神らしい。

ちょっと意外。
って言うか、正直、期待倒れ。


せっかくだから、境内を急ぎ足で巡ります。


こちらが、観世音菩薩堂。

      0180602福満寺09

秘仏である「聖観世音菩薩」は聖徳太子作と伝えられ、
平将門公の重臣であった大井城主・坂巻若狭守の守本尊であったと言われているようです。


観世音菩薩堂の脇には、数多くの祠が建ち並びます。
准四国八十八所霊場の祠になるそうです。

      0180602福満寺11


写真で見ると、そうでもありませんが
実際に実物を見ると、かなり圧倒されます。

      0180602福満寺12


      0180602福満寺13


      0180602福満寺14

まさに、パワースポットと言う感じです。



こちらは、六地蔵。

      0180602福満寺10



こちらは、弁天池。

      0180602福満寺15

弁天池に祀られているのは「弁財天」。
天保十一年、上野・寛永寺の不忍池の弁財天を勧請したものらしい。

でも、弁財天を祀っているのに、
なぜか弁天池の前には別な七福神。


かしわ七福神の布袋尊が鎮座していました。

      0180602福満寺16

ここも、『かしわ七福神』の地だったのですね。



境内の片隅には、鬼瓦。

      0180602福満寺17

以前の本堂に使われていたモノのようです。



境内には、こんな案内図。


気になるのは、赤字で書かれた『大井晩鐘』。

      0180602福満寺18

どうやら、鐘楼があるみたいです。
見に行ってみましょう。


鐘楼は、境内からちょっと離れている。
びいすけ を連れて歩いて行きます。

竹林の道を歩いて行きますが、
道沿いにも祠が建ち並びます。

      0180602福満寺19


      0180602福満寺20



山門のように見えますが、鐘楼堂。

      0180602福満寺21

江戸時代に建てられたモノらしい。


正面から。

      0180602福満寺22



山号が記された扁額。

      0180602福満寺23



鐘楼堂には、こんな看板。

      0180602福満寺24


見て、びっくり。
手賀沼八景 大井の晩鐘 。

手賀沼八景って言うのも有ったんだ。
各地の八景巡りも追っかけているから
『手賀沼八景』、これも要チェックですね。









2018/07/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神巡り 《 寿老人 西蓮寺 》 (2018年5月22日)(茨城県行方市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。
小美玉市に向かう途中、立ち寄ったのは行方市の西蓮寺。

西蓮寺には、以前『茨城百景』の地として訪れた事があります。
( その時の記事は こちら


しかし、西蓮寺は、『常陸七福神』の寿老人だと言うことを知り
改めて訪れました。



西蓮寺は、延暦元年(782年)に創建と伝えらる古刹で、
数多くの文化財を持っているそうです。



仁王門脇の寺号標。

      20180522西蓮寺01



こちらは、仁王門。

      20180522西蓮寺02

この仁王門も文化財の一つ。
国の重要文化財に指定されています。
天文12年(1543年)建立されたもので、
当初は楼門として造られたそうです。
寛政2年(1790年)山門に造り替え、
更にその後、仁王門に改めて現在に至っているそうです。



仁王門の扁額。

      20180522西蓮寺03

かなりの年月を経てきたのが、掠れ具合いで計り知れます。



仁王像。
阿形(あぎょう)像。

      20180522西蓮寺04



吽形(うんぎょう)像。

      20180522西蓮寺05



西蓮寺の説明板。

      20180522西蓮寺06



手水舎。

      20180522西蓮寺07



定番の龍の吐出口。

      20180522西蓮寺08



常行堂

      20180522西蓮寺09



常行堂前の天水桶。

      20180522西蓮寺10



常行堂脇に鎮座する延命地蔵尊。

      20180522西蓮寺11


      20180522西蓮寺12



こちらは、薬師堂。

      20180522西蓮寺13


      20180522西蓮寺14

この中に、木造薬師如来坐像が安置されているそうです。
西蓮寺の本尊で非公開。
茨城県有形文化財に指定されているそうです。


薬師堂の近くには、相輪橖。

      20180522西蓮寺18

天台宗の象徴になるもので、こちらは国の重要文化財に指定されています。



こちらは、鐘楼。

      20180522西蓮寺15



そして、西蓮寺の大イチョウ。
それも1本ではなく、2本ある。
それぞれ一号株・二号株と呼び、こちらは一号株。
  
      20180522西蓮寺16
      20180522西蓮寺17

幹囲約6メートル、樹高約25メートルだそうです。



こちらは二号株。

      20180522西蓮寺20
      20180522西蓮寺21

幹囲約8メートル、樹高約27メートルあるそうです。



二号株の幹の手前には尸羅度稲荷社が祀られています。

      20180522西蓮寺19



さて、肝心の七福神はと言えば...............


幟、見っけ!

      20180522西蓮寺22



こちらの曼珠院に安置されているようです。

      20180522西蓮寺23



曼珠院の扁額。

      20180522西蓮寺24



びいすけ には申し訳ないけれど
車止めのパイプにリードを括り付け、
暫し待機してもらいましょう。

      20180522西蓮寺25



住職さんにお断りをして
曼珠院の中に入らせてもらい、寿老人を拝観します。

こちらが、寿老人。

      20180522西蓮寺26

常陸七福神の寿老人です。

寿老人は、星の化身で、にこやかな微笑みを称え、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られてます。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴であるようです。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されているようです。


せっかくだから、曼珠院の中もじっくりと見学します。

      20180522西蓮寺27


      20180522西蓮寺28


      20180522西蓮寺29


      20180522西蓮寺30



      20180522西蓮寺31

神社とは違った空間の静寂感と幾ばくかの緊張感を感じます。



こちらは、庫裏。(寺務所)

      20180522西蓮寺35

御朱印は、こちらで拝受できます。


常陸七福神の寿老人の御朱印が目的でしたが
こちらの西蓮寺では3種の御朱印が拝受出来るという事なので
3種の御朱印を拝受しました。


本尊、薬師如来の御朱印。

      20180522西蓮寺32



延命地蔵尊の御朱印。

      20180522西蓮寺33



そして本命、常陸七福神 寿老人 の御朱印。

      20180522西蓮寺34


朝早くから押し掛け、申し訳ありませんでした。
そして、ありがとうございました。


2018/07/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit