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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

麻苧の滝 (2019年8月23日)(群馬県安中市) 

8月23日


1泊2日の群馬・長野旅行。
2日目は長野県の軽井沢を巡り、再び群馬県へと移動しました

坂本小学校をあとにして、向かった先は..........................麻苧の滝。


麻苧(あさお)の滝は、一名朝日滝とも呼ばれ、
その源を丁須の西の中間峰より発しています。
信越本線横川駅の南西方に位置し、鼻曲山と鳩胸の間を流れ落ち、
その高さは約40メートル、この断崖から麻の簾を垂らしたような飛瀑から
「麻苧の滝」と名づけられています。
この滝は、古くから山岳信仰の修験場として知られ、
山中には数多くの石仏が散在しています。
信越本線や国道18号線からも近く、裏妙義の奇岩との映りもよく、
増水時などの雄大さは格別なものだそうです。


少し離れた位置になりますが駐車場も完備。
案内板に導かれ、迷うこともなさそうです。

      20190823麻苧の滝 01


但し、別な注意は必要です。

      20190823麻苧の滝02


なんと、熊がでるようです。

      20190823麻苧の滝03

熊除けの鈴を忘れちゃったんだよなぁ。
熊には気を付けましょう。


相変わらず、元気一杯の びいすけ。

      20190823麻苧の滝04


ここでも、我!先へ!! と進んで行きます。

      20190823麻苧の滝05


      20190823麻苧の滝06



麻苧の滝のあるこの辺りは、麻苧自然公園と称し
麻苧の滝の上流、下流合わせて7つの滝があり
それぞれの滝に石造りの七福神が設けられているようです。


さっそく、第一の滝が見えて来ました。


白行滝。

      20190823麻苧の滝07

実は、この下流にももう一つ滝があるようですが(孫滝)、
見落としてしまったようです。


白行滝の近くに鎮座する七福神。
福禄寿。

      20190823麻苧の滝08



目指すは、麻苧の滝。
先に進みましょう。

沢沿いの散策路。

      20190823麻苧の滝09


こんな岩の下も潜ります。

      20190823麻苧の滝10

安産岩と言うらしい。



安産岩の近くにも七福神。暗くて見づらいですが毘沙門天。

      20190823麻苧の滝11



その先、左側の斜面から流れ落ちる滝。

      20190823麻苧の滝12

母滝かと思ったけれど、違うみたい。
前日の雨で現れた滝なんでしょうか?



ここから、再び沢を離れ、斜面を上ります。
斜面に鎮座する七福神、大黒天。

      20190823麻苧の滝13



大黒天の先には、不動明王。

      20190823麻苧の滝26



そして、不動明王の先に麻苧の滝(父滝)が見えてきました。

      20190823麻苧の滝14



さらに近づいてみます。

      20190823麻苧の滝15


沢に降りてみますが、木が視界を邪魔をして
滝の眺望は今一つ。

      20190823麻苧の滝16

もうすこし、沢の上流に移動した方が良さそうですね。


橋を渡って、上流に向かうことに..............

      20190823麻苧の滝24


橋の上からの麻苧の滝。

      20190823麻苧の滝17




橋を渡ると、対岸奥にもう一つの滝。
こちらが母滝になるんだろうか?

      20190823麻苧の滝18



近くには、七福神の恵比寿が鎮座しています。

      20190823麻苧の滝19



橋を渡って大正解。
対岸からぐるっと回り込むような感じで麻苧の滝に近づく事が出来ました。

      20190823麻苧の滝27


      20190823麻苧の滝20

滝壺もしっかりと確認。




びいすけ も嬉しそうな笑顔。

      20190823麻苧の滝21



実は、麻苧の滝は7つの滝の総称で、
落差40mの『父滝』を筆頭に曾滝・祖滝・母滝・自行滝・子滝・孫滝から成っています。

そして、こちらが筆頭の父滝。

      20190823麻苧の滝22

見事な滝です。

しばし、見とれてしまいました。


下りは滑るから、気をつけて下山しましょう。

      20190823麻苧の滝23

熊には遭遇しませんでしたが
熊以外にも気をつけなきゃいけないのが山蛭。
幸いにも山蛭にも遭遇しなく、滝を楽しむ事ができました。


駐車場に戻る途中、吊橋を渡った先にも七福神。

      20190823麻苧の滝25

そう言えば、七福神巡りも中途半端になっちゃいましたね。

7つの滝を全て見ることはできませんでしたが
山蛭が居なくなる晩秋にでも、紅葉を見ながら
そして、七福神を探しながら、7つの滝を堪能するのも面白そうですね。






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2019/09/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............坂本小学校 (2019年8月23日)(群馬県安中市) 

8月23日

1泊2日の群馬・長野旅行。
2日目は長野県の軽井沢を巡り、群馬県へと移動します。

軽井沢の『ツルヤ』をあとにして、向かった先は..........................安中市立坂本小学校。

坂本小学校は、

明治8年      坂本小学校が開校する。
明治10年     山中学校が開校する。
明治14年     第十学区碓氷第七小学校と改称する。
明治17年     坂本小学校となる
明治19年     坂本尋常小学校となる。
明治29年     坂本尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により、坂本町立坂本小学校と改称する。
昭和29年     坂本町が松井田町、臼井町、西横野村、九十九村、
         細野村と合併して新たに松井田町となる。
         松井田町立坂本小学校と改称する。
昭和36年     松井田町第三小学校と改称する。
昭和60年     松井田町立坂本小学校と改称する。
平成7年      入牧小学校を統合する。
平成18年     松井田町が安中市と合併して新たに安中市となる。
          安中市立坂本小学校と改称する。
平成24年     臼井小学校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっています。




こちらが、正門跡。

      20190823坂本小学校01



門柱には、往時の表札が掲げられています。

      20190823坂本小学校02


      20190823坂本小学校03



校門をくぐり、坂本小学校へと入っていきます。


事前に坂本小学校のことはよく調べてこなかったので
敷地に入って、ちょっとびっくり!!

      20190823坂本小学校04



そこには、木造の校舎が残っていました。

      20190823坂本小学校05



やっぱり、廃校には木造校舎が似合う。

      20190823坂本小学校06



廃校から7年。
って言うことは、7年前まで現役の校舎だった事になる。

      20190823坂本小学校07



どちらかと言うとあまり広くはない校庭。
前日の雨で所々泥濘んでいる。

      20190823坂本小学校08



その校庭から、再度校舎を眺めてみましょう。

      20190823坂本小学校09



色々と角度を変えて見てみますが、やっぱり画になる。

      20190823坂本小学校10



ガラス越しに校舎の中を覗いてみます。

      20190823坂本小学校11

王子の黒板やストーブが確認できますね。


2階に上がる階段脇には一輪車。

      20190823坂本小学校12

子供達が校庭で遊んでいたのでしょう。






校舎の前には二宮像。

      20190823坂本小学校14


      20190823坂本小学校15



こちらは体育館。

      20190823坂本小学校13



校庭に残る遊具類。

      20190823坂本小学校16


      20190823坂本小学校17


      20190823坂本小学校18


      20190823坂本小学校19




朽ちかけた百葉箱。

      20190823坂本小学校20



校舎前には朝礼台。

      20190823坂本小学校21


校舎裏手の小さな建物。

      20190823坂本小学校22

教職員の宿泊施設なんでしょうか。

そういえば、私の通った小学校にも宿直当番の先生がいて
宿直室なんて言うのもありました。



校庭残る桜の木。

      20190823坂本小学校23


見事な枝っぷり。
きっと春には立派な満開の桜の木々になるんだろう。

      20190823坂本小学校24



中山道の宿場町であった坂本宿。
宿場町として人々の生活が古くからあり、
集落に出来た坂本小学校。

時代は流れ、宿場町も衰退し
人も少なくなって、少子化で廃校となった坂本小学校。

立派な木造校舎、しっかりと拝見させていただきました。



2019/09/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日本の道百選 《 旧・中山道 》 (2019年8月23日)(群馬県安中市) 

8月23日

1泊2日の群馬・長野旅行、その2日目です。  

この日訪れた、碓氷峠に鎮座する熊野皇大神社(碓氷峠熊野神社)。
その鳥居のある社頭は、旧・中山道。   

熊野皇大神社の向かいにある『元祖力餅 しげのや』の駐車場入口に
こんな碑が建っています。

      20190822旧・中山道01


      20190822旧・中山道02



『日本の道百選 旧・中山道』の碑です。

      20190822旧・中山道03


      20190822旧・中山道04



中山道は慶長6年(1601)から7年を掛けて、
他の4街道(東海道、日光街道、奥州街道、甲州街道)とともに整備された街道です。
古くは都と東国を結ぶ東山道と称されていました。

中山道は、日本橋から、上野、信濃、木曽、美濃、近江を経て、
京三条大橋まで135里32丁(約534km)69宿あり
特に坂本宿から軽井沢宿の間には、中山道の難所である碓氷峠があります。

今でこそ、国道18号の碓氷バイパスと言う立派な国道が走っていますが
坂本宿から軽井沢宿へと繋がる旧・中山道の碓氷峠は、
東海道の箱根に肩を並べる難所であり、関所も置かれていました。



こちらが、旧・中山道。

      20190822旧・中山道05

群馬県側。
画面の先までは行ってないけれど、
この先は舗装が途切れる狭い道らしい。



こちらは、長野県側。

      20190822旧・中山道06

このまま下って行けば旧・軽井沢の繁華街へと導いてくれます。
実は、こちらに来るのに旧・軽井沢から旧・中山道を上がって来ました。




時間があれば、車で群馬県側の碓氷峠を走ってみたり
びいすけ と舗装の切れた旧・中山道を歩いてみたい欲望はありますが
無茶はしません。今回は、写真だけで我慢しましょう。


この先が群馬県。

      20190822旧・中山道07


      20190822旧・中山道08

日本の道百選に選ばれるのだから
きっと見応え(?)のある道なんだろうなぁ.............。




2019/09/24 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............碓氷峠熊野神社 (2019年8月23日)(群馬県吾安中市) 

8月23日

この日訪れた、碓氷峠に鎮座する熊野神社。

境内の真ん中に県境線が在って、
同じ境内に二つの神社が鎮座するという全国的にも珍しい神社。

長野県側(軽井沢町)に鎮座するのが熊野皇大神社。
そして、群馬県側(安中市)に鎮座するのが、
こちらの碓氷峠熊野神社です。

と言うのも、戦後に宗教法人法が制定された際に
都道府県ごとに宗教法人の登記が必要となりました。
このため一つの神社でありながら、県境を挟んで長野県側が熊野皇大神社、
群馬県側が熊野神社という別々の宗教法人となりました。
社殿は一つの神社ですが、宮司や社務所、賽銭箱、お守り、ご祈祷は別々となります。。
元々、碓氷峠を境に上州(今の群馬県)、信州(今の長野県)と国が分かれていたたため
それぞれの国に社家が存在し、古くから論争があったそうです。


碓氷峠熊野神社の由緒は、熊野皇大神社と同様になるようで
社伝によれば、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の帰路で
碓氷峠に差し掛かった際、濃霧が生じて道に迷った。
この時に一羽の八咫烏が梛の葉を咥えて道案内をし、
無事に頂上に着いた事を感謝して熊野の神を勧請したのが
熊野皇大神社の由来だとされています。

御祭神は、本宮 伊邪那美命 日本武尊
     新宮 速玉男命



同じ境内に鎮座する神社だから、参道や鳥居なども共通。


やはり、社殿も共通。

こちらが本宮。

      20190823熊野皇大神社16

長野県、群馬県の両県にまたがる社殿です。


群馬県側には、『碓氷峠 熊野神社』の社号標。

      20190823碓氷峠熊野神社03


こちらが、新宮。

      20190823碓氷峠熊野神社02


      20190823碓氷峠熊野神社06



新宮には、群馬県指定文化財の子鏡が奉納されているようです。

      20190823碓氷峠熊野神社04



こちらは、群馬県側の神楽殿。

      20190823碓氷峠熊野神社01



新宮と神楽殿。

      20190823碓氷峠熊野神社05



境内社の稲荷大明神。

      20190823碓氷峠熊野神社07



同じく境内社の健康神社。

      20190823碓氷峠熊野神社08



その由緒書き。

      20190823碓氷峠熊野神社09



杉浦翠子歌碑。

      20190823碓氷峠熊野神社10



隋神門の群馬県側は碓氷峠熊野神社の授与所。

      20190823碓氷峠熊野神社11

御朱印はこちらで拝受出来ます。



御朱印を待つ間、神楽殿前で大人しく待つ びいすけ 。

      20190823碓氷峠熊野神社12


      20190823碓氷峠熊野神社13



こちらが、碓氷峠熊野神社の御朱印。

通常版。

      20190823碓氷峠熊野神社14



日本三熊野。

      20190823碓氷峠熊野神社15

ちなみに、日本三熊野とは和歌山県の熊野三山、
山形県の熊野神社 (南陽市) と、
こちらの碓氷峠熊野神社のこととされています。



2019/09/24 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

熊野神社と熊野皇大神社 (2016年12月6日)(長野県北佐久郡軽井沢町、群馬県安中市) 

12月6日 公休日

12月6日、7日と軽井沢方面へ1泊で出かけました。

めがね橋をあとにして、向かった先は...............熊野皇大神社


熊野神社(熊野皇大神社)は本宮の中心が、
長野県と群馬県の境になっている珍しい神社です。
長野県側では「熊野皇大神社」、群馬県側では「熊野神社」と呼ばれています。
 
その歴史はたいへん古く「古事記」「日本書紀」の伝承にまで遡り、
日本武尊が建立したと伝わる古社です。
群馬県側に鎮座されるのが「新宮」(祭神: 速玉男命)
県境に鎮座されるのが「本宮」(祭神:伊邪那美命・日本武尊)
長野県側に鎮座されるのが「那智宮」(祭神:事解男命)になります。
樹齢800年といわれる御神木のシナノキの他、
追分節にうたわれた石の風車や、室町時代中期の作と伝わる狛犬、
山口誓子句碑など様々な見所があります。



鳥居前には県境線

      20161206熊野神社05

鳥居に向かって右側が群馬県
左側が長野県。


こちらが鳥居。
鳥居には扁額が掲げられていません。

      20161206熊野神社01

こう言う場合、どちらの鳥居になるのだろう。


一応、申し訳程度なのか?
1つのお宮に2つの宗教団体と、お断りのお知らせ。

      20161206熊野神社02



鳥居右側、群馬県側の熊野神社の由来書き。

      20161206熊野神社03


こちらは鳥居左側。
長野県側の熊野皇大神社の狛犬。

      20161206熊野神社04

これも由緒あるモノらしい。


      
石段を上って境内に向かいます。

      20161206熊野神社06


石段を上りきれば、山門。
この場合、神社だから山門って言わないのかな?

      20161206熊野神社07



さっきの境界線の延長沿いに建つから
どちらでも無いのかな?と思っていたら
扁額には熊野皇大神社の文字。

      20161206熊野神社08


      20161206熊野神社09


      20161206熊野神社10



境内の長野県側にある石の風車。

      20161206熊野神社11

神社正面の石畳を奉納した記念碑として奉納されたものらしい。


こちらが、長野県側の熊野皇大神社のお宮。

      20161206熊野神社12



こちらが群馬県側の熊野神社の釣鐘。

      20161206熊野神社13


群馬県内で最古の釣鐘であり、群馬県重要文化財にしていされています。
新宮殿内にあり、無料で拝観できます。

      20161206熊野神社14


広くはない境内にお宮が3つもあり、ごちゃごちゃしている感は否めない。
あんまり犬連れで長居ができそうな雰囲気でもないので
早々に引き上げることにしました...............。






2016/12/30 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

めがね橋 《碓氷第三橋梁》 (2016年12月6日)(群馬県安中市) 

12月6日 公休日

この日は、軽井沢方面へ1泊で出かけました。


坂本ダムをあとにして、向かった先は...............めがね橋

めがね橋は、正式には『碓氷第三橋梁』と言い、
明治25年4月に建設が始まり、その年の12月に完成しました。
芸術と技術が融合した美しいレンガのアーチ橋で、
川底からの高さが31mあり、我が国最大のものです。
この4連の雄大なアーチ橋は通称「めがね橋」として親しまれています。


坂本ダムから、旧・R18をひたすら登って行くと
やがて、目の前にめがね橋は現れますが
駐車場は、さらに先。

      20161206めがね橋01


駐車場に車を停めて、めがね橋を眺めて見ると
綺麗な虹。

      20161206めがね橋02

さっきまで、ポツリポツリと細かい雨が降っていたけれど、
一瞬、陽が射して虹が現れたようです。

しかし、すぐに曇り空。 虹はあっと言う間に消えてしまい
まさに、一瞬の出来事でした。

      20161206めがね橋03


こちらが、めがね橋。

      20161206めがね橋04

この上を機関車や電車が走っていたんですね。


説明板によれば、明治24年から26年にかけて建設され、
昭和38年まで使われていたらしい。

      20161206めがね橋05

(昭和45年に建てられた旧・松井田町の説明板)

見上げるほどの大きさ。
そして、赤煉瓦造りの美しい曲線美。

      20161206めがね橋06


こちらは、現・安中市が建てた説明板。

      20161206めがね橋07


鉄道の線路は撤去され、その軌道跡が『アプトの道』として
JR横川駅近くの碓氷峠鉄道ぶんか村から旧・熊野平駅跡まで約13kmが
ハイキングコースになっているようです。
せっかくだから、めがね橋を渡りアプトの道をちょっひり散策してみましょう。

めがね橋に至る導線には、こんな看板。

      20161206めがね橋08

今年は全国で熊の被害が多かったから気を付けましょう。



めがね橋上部。

      20161206めがね橋10

この道がアプトの道のようです。


めがね橋の欄干には、多くの説明板に案内板。

      20161206めがね橋09


     
めがね橋を渡った先にトンネルがあるから
そちらに行ってみましょう。

      20161206めがね橋11



トンネル手前の山道からめがね橋をパチリ☆。

      20161206めがね橋12


このトンネルは碓氷第五隧道。

      20161206めがね橋13

長さは243m。

アプトの道には、このようなトンネルが10ケあるようです。


薄暗い照明のトンネル。
でも、明治の時代を彷彿させる雰囲気は嫌いじゃない。

      20161206めがね橋14


      20161206めがね橋15

特に『鉄っちゃん』じゃないから、トンネルも1ヶ所歩けばいいかな?


今日は、この後に見たい所、行きたい所がそれなりにあるから
めがね橋とオプトの道はこれぐらいで、駐車場に戻りましょう。

      20161206めがね橋16


晴れたり、曇ったりとおかしな天気だけど、
雨が、いや小雪が舞い散らないことだけを期待しましょう。




2016/12/29 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう! 《 坂本ダム 》 (2016年12月7日)(群馬県安中市) 

12月6日 公休日

12月6日、7日と個人的な連休で、
この連休を利用して軽井沢方面へ出かけました。


霧積ダムをあとにして、向かった先は...............坂本ダム


坂本ダムは当初、建設省(現:国土交通省)の砂防事業として昭和32年度に竣工し、
高さ28.5メートル、堤頂長74メートルの砂防ダムでした。
その後昭和53年度に補強のため天端を3.0mの嵩上げが行われました。
もともと下流の既得用水を補給するための容量を持つことから、
昭和56年に群馬県に河川管理施設として移管され、
その後、昭和60年度よりダム再開発事業として調査を開始し、
堰堤改良事業でダム本体の補強、放流施設、管理設備、周辺道路を整備しました。
坂本ダムによって堰き止めらて出来た人造湖(ダム湖)は碓氷湖と呼ばれ、
地元の松井田町(現:安中市)と協力して碓氷峠の歴史的な鉄道施設をモチーフにした周辺設備を行い、
環境と調和のとれた美しいダム湖になっているようです。



こちらが、坂本ダムって言うか、碓氷湖。
奥に見える堰みたいなのが、坂本ダム。

      20161206坂本ダム01


このオブジェがダム碑の代わりなんだろうなぁ。

      20161206坂本ダム02



坂本ダムの案内板(説明板)。

      20161206坂本ダム03



こちらが、坂本ダム。

      20161206坂本ダム04



特に水門を開けているわけではないが
いわゆる堰を超えてオーバーブローしている状態。

      20161206坂本ダム05

要は、碓氷湖の水位はそれなり以上あると言うことか...............?



こちらが、坂本ダムの天端。

      20161206坂本ダム06

車は通行止め。


碓氷湖には、約1.2kmの湖畔の周遊路があるけれど、
橋が老朽化(?)のため、現在は通行出来ないらしい。

      20161206坂本ダム07


こちらが碓氷湖。

      20161206坂本ダム08

碓氷川と中尾川から流れてくる水が
坂本ダム湖で堰き止められてダム湖になっています。



碓氷湖の湖畔は、ちょっとした公園になっています。

      20161206坂本ダム09


こわわな歌碑も建てられています。

      20161206坂本ダム10

よく見たら、有名な小学唱歌ですね。
子供の頃、良く歌ったなぁ。

と言いながら、今でも紅葉を見にいくと、
ついつい口ずさんでいますが...............。


高野辰之って言う人が作詞したんですね。

      20161206坂本ダム11


坂本ダム管理事務所もありますが、どうやら無人のようです。
ダムカードは、霧積ダム管理事務所で貰えます。

こちらが、坂本ダムのダムカード。

      20161206坂本ダム12


      20161206坂本ダム1313


群馬県は利根川の源流の地。
利根川水系には、多くのダムがあって、ダムカードを発行しているダムも多いから
群馬県のダムカードも真剣に集めちゃおうかな...............?





2016/12/28 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう! 《 霧積ダム 》 (2016年12月6日)(群馬県安中市) 

12月6日 公休日

12月6日、7日と個人的な連休。
この連休を利用して軽井沢方面へ出かけました。

前日(12月5日)の夜、八王子の実家に移動し
12月6日の朝、6時半過ぎに出発。
圏央道あきる野ICから高速に乗ります。
信越道松井田妙義ICで高速を降り、向かった先は...............霧積ダム


霧積ダムは、利根川水系の霧積川にあるダムで、
難所碓氷峠の奥地に位置している洪水調節・農地防災・不特定・河川維持用水を
目的とした治水ダムです。
昭和50年に竣工し、堤高59m・堤頂長305m・堤体積196000立方メートルの重力式コンクリートダムです。
天端は車両も通行可能て、ダム湖の霧積湖は、流域面積20.4平方キロメートル、湛水面積13ha。
ダムサイトは、森村誠一が著した『人間の証明』で脚光を浴びた秘湯・霧積温泉に向かう途中にあり、
深い自然に囲まれているので、紅葉も美しいそうです。


霧積と言う地は、先に述べた森村誠一氏の『人間の証明』で

『母さん、僕のあの麦わら帽子どうしたでしょうね?
ええ、あの碓氷から霧積に向かう道の途中で、
渓谷に落としたあの麦わら帽子ですよ』

これは、西条八十の詩です。

今から30年近く前に話題になった詩の1フレーズで、
以前から、霧積には行きたいと思ってました。
霧積温泉は今だに山の中の1軒宿。
その霧積温泉のはるか手前に霧積ダムはあります。

こちらが、霧積ダム。
山の天気は変わりやすいと言うのは正解で
さっきまで太陽が顔を出していたのに、霧積ダムに着く頃には
いつの間にか曇り空。

      20161206霧積ダム01


      20161206霧積ダム02


ちょうど、ダム天端が工事中で通れないかな?と思っていたけど
タイミング良く天端を通り、霧積ダム管理事務所の前に車を停めます。

      20161206霧積ダム03


管理事務所前の説明板。

      20161206霧積ダム04


      20161206霧積ダム05



こちらは、竣工記念の碑。

      20161206霧積ダム06


霧積ダムは『くの字』型のダム。
天端の途中から曲がっています。

      20161206霧積ダム07


この角度で見れば、ダムが『くの字』なのがわかるかな?

      20161206霧積ダム09



こちらは、天端。

      20161206霧積ダム08

狭いながらも、一応車も対面通行が出来ます。



      
霧積川を霧積ダムで堰き止めて、出来たのが『霧積湖』。
工事の関係か? はたまた時期的なモノなのか?
霧積湖の水位は、ものすごく低い。

      20161206霧積ダム10


      20161206霧積ダム11



こちらが、霧積ダム管理事務所。

      20161206霧積ダム12

ダムカードは、こちらで配布されています。
しかし、ダムカードの配布時間は、平日の10時から。

実は、この時点で午前9時。
配布時間まで1時間ある...............
1時間待つのも大変だからと諦めかけていたら、
工事関係者だと思っていた人が、ダムの管理事務所の職員で、
事務所の前で右往左往していた私を見て、事務所に戻って来て、
時間前だけど、ダムカードを貰っちゃいました。

霧積ダムのダムカード、Get!

      20161206霧積ダム13



こちらが、霧積ダムのダムカード。

      20161206霧積ダム14


      20161206霧積ダム15


霧積ダム管理事務所では、近隣(下流域)にある坂本ダムのダムカードも配布しています。
当然、坂本ダムのダムカードも貰っちゃいました。


ダムカードだけ貰って、ダムを見に行かない訳には参りません。
霧積ダムをあとにして、坂本ダムへと向かうのでありました...............。


2016/12/27 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit