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び・び・びのびいすけ

びいすけとお父さんと時々もっちゃん

妙見神社 《 香取・羽鳥 》    (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日  公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市に出掛けました。

偶然に発見した廃校をあとにして、向かった先は...............妙見神社 《香取・鳥羽》


香取市と言っても旧・佐原市域、成田市にほど近い鳥羽地区にも
妙見神社はありました。
もっとも、この妙見神社もYahoo地図を眺めていて見つけたモノ。
千葉氏と関連ある妙見神社か否かは分かりませんが
まぁ、実際に現地に行けばそれも分かるかも知れない。
運良く千葉氏の家紋なんかが有ったら言う事は無い。

千葉県に移り住んで十数年。
そして、名も無い城巡りを趣味となること五年弱。
やっぱり千葉県に住んでいたら、千葉一族の足跡を追いかけたくもなります。
まぁ、元々は小田原北条氏の隠れファンだから
関連のある千葉一族に興味が湧いてしまいます。



この先に妙見神社はあるようです。
個人の民家の敷地内に入って行くような感じです。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽01



      20160210妙見神社 香取・鳥羽02



木の陰に鳥居が見えて来ました。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽03



こちらが、妙見神社の鳥居。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽04


      20160210妙見神社 香取・鳥羽05



鳥居に掲げられた神額には 『 妙見神社 』の文字が確認出来ます。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽06



こちらが、拝殿。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽07


拝殿の扁額にも『 妙見神社 』の文字が読み取れます。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽08


拝殿には、これと言って神紋は無い。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽09


拝殿裏は崖。
斜面には竹が生い茂り、どうやらこの位置は台地上部となっているようです。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽10


      20160210妙見神社 香取・鳥羽11



妙見神社の周りには土類も残っていたりする。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽12

この位置が鬼門である北東であれば
南西方向に城が在ったのか?

妙見神社の南西方向は民家になっている。

      20160210妙見神社 香取・鳥羽13

早くから耕地化されてしまった地区なんだろうか?
勝手に師と仰ぐ余胡さんのHPを見ても、
この辺りには城跡はなさそうです。



どうやら、この妙見神社も千葉氏とは関連の無いモノなんだろうか...............?
千葉氏の家紋とは、なかなか遭遇出来ないモノですね。





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2016/02/20 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《 成田・高 》    (2016年2月10日)(千葉県成田市) 

2月11日 公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市へ出掛けました。


以前、Yahoo地図を眺めていたら、神埼町に近い成田市の高地区に
妙見神社があるのを見つけた。
それがず〜っと気になっていて、香取市に向かう途中で立ち寄ってみました。


こちらが妙見神社。

      20160210妙見神社 成田・高01



県道161号(旧道の利根水郷ライン)から高地区の集落へと上がって行く
坂道の途中に妙見神社はひっそりと鎮座していました。

      20160210妙見神社 成田・高02


鳥居に掲げられた神額には『妙見神社』の文字。

      20160210妙見神社 成田・高03



そもそも、この北総地区は戦国時代に千葉一族の影響下にあり
その千葉一族は城の鬼門である北東に妙見神社を祀っていました。
と言うのも 千葉一族がそろって信仰していた神が『妙見』です。
『妙見』は、古く奈良時代に大陸から伝わった北極星(北辰)を神格化した神で、
道教や仏教、特に密教の影響を受け、神仏習合のもと妙見菩薩と称されました。
千葉氏は妙見信仰一族結束の根本として鎌倉時代初期から妙見信仰を行い
一族は各地へ移り住み、妙見を勧請して領内に祀って言ったとされています。

即ち、この妙見神社が千葉氏関連のものとすれば
どこかに千葉氏の家紋である月星紋や七曜紋、九曜紋が残っているかも知れない。
神紋が千葉氏の家紋と同じ可能性があります。

仮に千葉氏の家紋があれば、南西の方角に城が有ったかも知れない。

そんなことを考えながら訪れた妙見神社。
しかし、思っていたよりも小さく、また神紋そのものがありませんでした。

      20160210妙見神社 成田・高04



狛犬の前で犬(ビーグル)が鎮座します。

      20160210妙見神社 成田・高05


      20160210妙見神社 成田・高06



本殿の前には亀。

      20160210妙見神社 成田・高07

天体は、東は歳星、西は太白、南は蛍惑、北は辰星と呼ばれます。
北極星は北辰星と呼ばれ、ここから、妙見信仰は北辰信仰とも言われます。

東西南北の方位の四神(守護神)のうち、北は玄武です。
北方の守護神、北方の守護神、玄武(げんぶ)は、
中国の想像上の神獣で、足・首の長い亀に蛇が巻きついた形をしています。
北極星や北斗七星の化身、妙見菩薩の神使は、北の守護神の玄武とされ、
一般には亀が象徴しています。

即ち、この亀は紛れもないこの妙見神社の使いとなるわけです。




どうやら、この妙見神社の鳥居は東日本大震災の時に崩壊してしまったようで
その後、新たに建てられたモノのようです。

      20160210妙見神社 成田・高08



妙見神社の背後は崖。

      20160210妙見神社 成田・高09



びいすけ も覗きこみますが...............

      20160210妙見神社 成田・高10

『 危ないよぉ〜! 』


残念ながら、千葉氏の家紋はありませんでした。
南西の方角は高台。ちょうど高地区の集落が広がっています。

急いでいたので、じっくりと高地区の集落を歩いていませんが
雰囲気的にも城が有った形跡は無さそうです。

スマホを取り出し、勝手に師と仰ぐ余胡さんのHPを確認して
やっぱり近くに城跡が無い事を確認して、この地をあとにすることにした...............。




2016/02/19 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

西大須賀城址  (2015年1月8日)(千葉県成田市) 

1月8日 公休日

この日は、成田市(旧・下総町)の『しもふさ七福神』巡りを行う傍ら、
旧・下総町域の城址巡りを行っていました。

『しもふさ七福神』の昌福寺の駐車場に車を置いて
徒歩圏内の城址へと向かいました。

向かった先は..............西大須賀城址


西大須賀城は、
大須賀城(松子城)の西北方向の守りを固めるために築かれた城であったと推測されます。
成田市大室の円通寺に残る記録によれば、大須賀氏の臣、西大須賀宮内という者がいて、
彼が城主だったのではないかと言う説もありますが、
築城時期等を含め、詳しい事はよくわかっていません。



こちらが、西大須賀城の縄張り図。

      西大須賀城址縄張り図

              ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )



県道63号線からちょっと奥に入った耀窟神社がある台地が
西大須賀城址になります。

県道からちょっと奥まった位置にある鳥居をくぐって、
西大須賀城址の攻城開始です。

      20150108 西大須賀城址01



いきなり、急な石段。

      20150108 西大須賀城址02



しかも、長い。

      20150108 西大須賀城址03



さらに石段は続きます。

      20150108 西大須賀城址04


石段を上りきった所から、今来た石段を振り返って見ます。

それなりに深い切り通しになっています。

      20150108 西大須賀城址05



こちらが虎口にあたるのか?

この先は、耀窟神社。

      20150108 西大須賀城址06




こちらが、耀窟神社の本殿。

      20150108 西大須賀城址07



本殿背後から、利根川方面への視界は開けています。

      20150108 西大須賀城址08



本殿下の腰曲輪。

鬱蒼と竹が生い茂り、画面では分かりづらいけれど削平地。

      20150108 西大須賀城址09


幅は6mほど。

竹が無ければ、こんな感じ。
これなら腰曲輪っぽい。

      20150108 西大須賀城址11


腰曲輪から下へ降りていく道(?)がありますが
行かないほうが正解。

      20150108 西大須賀城址10

そのまま下っていくと、民家の庭に出るか?
それとも倉庫の裏に出るか?の選択肢。
いずれもちょっぴり(2m近い)段差があって大変です。

      

西大須賀城址遠景。

      20150108 西大須賀城址12



県道を車を停めた昌福寺までトボトボと歩いて行きます。


ふと、気になる横道を発見。

      20150108 西大須賀城址18


西大須賀城址のある台地へと繋がっているようです。

そして、その先には何やら祠があります。

      20150108 西大須賀城址17


狭い石段を上ってみると、何とそこには妙見社がありました。

      20150108 西大須賀城址13


      20150108 西大須賀城址14

って言うことは、千葉氏関連の城郭と言うことになります。



一気にテンションがヒートアップ。

      20150108 西大須賀城址15

西大須賀城址についても、情報は少なく
ネットで色々検索しても中々情報は得られません。

ましてや、こちらの妙見神社(妙見社)に至っては
殆んど触れられていない。

勝手に師と仰ぐ余胡さんのHPにも記載されていない妙見神社を発見して
何か、宝物を探し当てたような気分。

ただ、一つ気になるのは
妙見神社(妙見社)は千葉氏関連の城郭において
城の守り神として鬼門となる北東に祀られることが定説です。
しかし、西大須賀城址との位置関係をみると北東ではなく、
むしろ南西になるような気がするんだけど.............。



妙見社の脇に建っている小さな祠。

苔の生え具合いが何とも言えない。

      20150108 西大須賀城址16

残念なのは、書かれて(彫られて)いる文字が判読できない。
何の祠なのか? 正体不明です。


しかし、車を停めている昌福寺への足取りは軽くなりました...........。




     


      


2015/02/06 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《 成田・小泉 》    (2014年10月26日)(千葉県成田市) 

10月26日 公休日

妙見神社 《成田 芦田》で九曜紋を見つけ気を良くしたあとに、
勢いに任せて向かった先は..................

     妙見神社 《成田 小泉》


源頼朝の鎌倉幕府樹立に貢献し、北総地区を中心に
房総半島一帯を勢力下に置いた千葉氏。
その千葉氏の一族の城には鬼門となる北東に
一族の守り神として、妙見社を祀ったと言われています。

すなわち、妙見神社は千葉氏所縁の神社であり
裏を返せば、千葉氏所縁の妙見神社の近くには
千葉氏所縁の城郭があるて言うことにもなるのでは?

こんな単純な理由から、今年になってからちょくちょくと
妙見神社巡りをしています。


この先が妙見神社
鳥居に奥に見えています。

      20141026 妙見神社 成田小泉01



こちらが妙見神社

      20141026 妙見神社 成田小泉02



鳥居には神額は飾られていません。

      20141026 妙見神社 成田小泉03



本殿にも扁額は飾られていません。

      20141026 妙見神社 成田小泉04


      20141026 妙見神社 成田小泉05


残念ながら、千葉氏の家紋である『月星紋』や『七曜紋、九曜紋』は見つかりませんでした。

神社そのものは小さな神社なので、これと言った見所はない。


神社の裏に廻って何か城郭の証でもあるかと探してみましたが
行く手を阻む薮にあえなく断念。

      20141026 妙見神社 成田小泉06



妙見神社の裏に続く道はそれなりの雰囲気を持っているんだけどなぁ................

      20141026 妙見神社 成田小泉07


諦めて、車を停めた神社の入口に戻り、家路へと向かうのでありました..................。



2014/11/15 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《 成田・芦田 》    (2014年10月26日)(千葉県成田市) 

10月26日 公休日

旧・中郷小学校跡をあとにして、向かった先は..................

          妙見神社 《成田 芦田》


実は、今年になってから千葉氏の家紋である『月星紋』や『九曜紋』を探して
妙見神社を見つけては、神紋が千葉氏の家紋ではないか?と確認していました。

源頼朝の鎌倉幕府樹立に貢献し、北総地区を中心に
房総半島一帯を勢力下に置いた千葉氏。
その千葉氏の一族の城には鬼門となる北東に
一族の守り神として、妙見社を祀ったと言われています。

裏を返せば、妙見神社の近く、南西の方角に千葉氏関連の城郭がある!
そんな簡単な推理も働きます。

以前、スマホ(iPhone)の地図アプリを見ていたら
この芦田の地にある妙見神社を見つけました。
カーナビでは出てこない小さな、そして忘れさられた妙見様なのでしょうか?


成田市芦田に鎮座する八幡神社脇に車を停め
そこから、竹林沿いに山の中に入ります。

      20141026妙見神社成田芦田09



この雰囲気は、何処ぞの城址巡りをしている感覚に近いモノがあります。

      20141026妙見神社成田芦田10



台風の影響か?
土砂が崩落している箇所もあります。

      20141026妙見神社成田芦田11




この辺りから、更に城址の雰囲気満載。

      20141026妙見神社成田芦田13



山の地肌の茶色と枯れ落ち葉の茶色。
茶色一色の世界が広がります。

      20141026妙見神社成田芦田14



前方には竹林が生い茂り、一段下がって腰曲輪のように見えなくもない。

      20141026妙見神社成田芦田15


      20141026妙見神社成田芦田16


      20141026妙見神社成田芦田17





暫くして、神社の拝殿らしきモノを確認。

      20141026妙見神社成田芦田12



こちらが、芦田の妙見神社。

      20141026妙見神社成田芦田01



さらに近寄ってみましょう。

      20141026妙見神社成田芦田07


      20141026妙見神社成田芦田08




本殿に掲げられた扁額。
しっかり『妙見宮』の文字が確認できます。

      20141026妙見神社成田芦田02




そして、ついに見つけた!

『九曜紋』です。

      20141026妙見神社成田芦田03

『九曜紋』も千葉一族の家紋の一つ。

まさしく、千葉氏所縁の妙見神社になります。

       20141026妙見神社成田芦田04



瓦にもしっかりと『九曜紋』。

       20141026妙見神社成田芦田05



本殿と言うか社は意外に小さい。

      20141026妙見神社成田芦田06


芦田の奥まった山林の中にひっそりと鎮座する妙見神社。
まさしく、千葉氏所縁の神社。
と言うことは、ここから南西の地に城郭があったことになる。

iPhoneを取り出し、ネットで検索しても情報は得られず............。
勝手に城址巡りの師と仰ぐ 余胡さんの 『余胡くんのホームページ』を見てみても
この辺りに『芦田館』なるものがあったらしいが
詳細は不明で、所在地もはっきりしていない。

さしずめ、南西方向には車を停めた八幡神社がある。
ひょっとしたら、八幡神社辺りが芦田館跡になるのだろうか?

全くもって謎ですが、『九曜紋』を確認出来たから
『良し!』といたしましょう。




2014/11/14 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社  《八千代・高津》 (2014年6月5日)(千葉県八千代市) 

6月5日 公休日

八千代市桑納の妙見神社をあとにして
千葉氏『月星紋』に出会えないかと、わずかながらの期待を胸に

向かった先は.......妙見神社 《八千代・高津》



いゃあ、ここはかなり迷ったと言うか、
探しまくりました。


周辺はすっかり宅地化されて、新築住宅の隣に小さな小屋?
それが高津の妙見神社の印象です。


      20140605妙見神社 高津01


      20140605妙見神社 高津07



覆拝殿の扁額は、妙見社。
紛れもなく妙見神社です。


      20140605妙見神社 高津02


      20140605妙見神社 高津03



覆拝殿の格子の隙間から中を覗いて見ましたが
何もないような状態。
本殿の扉は閉ざされているようです。


      20140605妙見神社 高津04



どう見ても、小屋が倉庫にしか見えない覆拝殿。


      20140605妙見神社 高津05



鳥居の前はすぐ畑。

そして立ち並ぶ新築の分譲住宅。


      20140605妙見神社 高津11


      20140605妙見神社 高津06



開発の波に一気に飲み込まれ
周辺は宅地化されてしまった感が強いけれど
かつては、この辺りも深い森に囲まれていたのでしょう。

拝殿背後の民家の裏にはそれらしい雰囲気は残っています。


      20140605妙見神社 高津09


      20140605妙見神社 高津08


これは民家の裏ですが、空堀っぽく見える

      20140605妙見神社 高津12



近くには高津館という戦国時代(?)の千葉一族関連の城館跡があるらしいから
それなりの期待を持って来てみたけれど.........
ここまで開発されてしまい、妙見神社の敷地が猫の額状態だとは思いませんでした。

かつては敷地内に立派な木々もあったようですが
切り倒されて、今は切り株跡がわずかに残っています。


      20140605妙見神社 高津10



拝殿の背後も整地されていて
不動産業者の分譲住宅の看板が建っている。


      20140605妙見神社 高津13

いずれ、拝殿の背後にも新築住宅が建ってしまうだろう。
千葉氏の家紋どころか、妙見神社そのものがなくなってしまうかもしれない...........

う~ん、何とも言えなくなってしまいました...............。

なかなか、千葉氏の家紋
『月星紋』には出会えそうにもないようです。







2014/07/03 Thu. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《大網白里・四天木》  (2014年5月19日)(千葉県大網白里市) 

5月19日 公休日

この日は、大網白里市の九十九里浜へ行くことにしました。
ただ、九十九里浜に行って帰ってくるだけじゃ芸がないから
何ヶ所か寄り道して九十九里浜へ向かうことにしました。
金堀城址をあとにして、次なる寄り道として訪れたのは...................


          妙見神社 《大網白里・四天木》


と、書けば恰好がつくのですが
本当は、この妙見神社は偶然みつけた産物。

金堀城址から白里海岸に向かっている途中にありました。



今年になってから、千葉氏の家紋である『月星紋』や『九曜紋』を探して
妙見神社を見つけては、神紋が千葉氏の家紋ではないか?と確認していました。


そもそも、桓武平氏の流れを汲み
平忠常を始祖とする千葉氏。
下総の豪族で、守護大名・戦国大名となった一族である。
一族の争いにより弱体化し、
やがては小田原北条氏の傘下に汲み伏すことになりましたが
一族の繁栄と戦での武運を祈願し、
城の北東に妙見社(妙見神社)を建てていたと言われています。

やっぱり千葉県に住んでいると、特にお膝元の千葉市や佐倉市と言った
北総の地に住んでいると地元贔屓で千葉氏に興味と言うか
愛着が湧いてしまいます。

でも戦国武将で誰が好き?って聞かれれば
北条氏康って答えちゃいます(笑)。

話はそれましたが..............

偶然とは言え、せっかく見つけた妙見神社。
さっそく確認しちゃいましょう。




思ったより小さな妙見神社。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木01


川沿いで視界が開けてなければ、
見つけることは出来ませんでした。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木02



石造りの割と新しく見える鳥居。

そして艶やかな朱色の本殿。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木03



鳥居の神額はしっかりと『妙見神社』の文字。


      20140519妙見神社 大網白里・四天木04



本殿の神紋は.....................


残念ながら、『三つ巴』。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木05


鬼瓦にも『三つ巴』の神紋。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木06


      20140519妙見神社 大網白里・四天木07



確かに神社には、この『三つ巴』の神紋が多い。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木08


まあ、せっかく立ち寄ったんだから、記念の写真を残しましょう。



そう言えば、隣町の東金市は戦国時代は酒井氏が拝領した地。
酒井氏って確か、『三つ巴』が家紋だったはず。
これって、何か関連があるのかなぁ..............?


そんな訳、無いよなぁ..............




2014/06/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit