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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

再訪...............宮谷八幡神社. (2019年12月2日)(千葉県大網白里市) 

12月2日  

この日は、月詣と称して東金周辺の神社を巡りました。

タイミングが合わず、なかなかお会いすることの出来なかった神社の宮司さんに
この日の14時半に約束が取れ、せっかくだから兼務社にも参拝することにしました。

兼務社の一つである山田貴船神社をあとにして、
向かった先は..............宮谷八幡神社。


宮谷八幡神社は、大網白里市大網に鎮座する神社です。

こちらの神社も、これで2回目の参拝となります。
( 前回の参拝記は こちら



社号標。

      20191202宮谷八幡神社01



神社社頭。
一の鳥居。

      20191202宮谷八幡神社02


二の鳥居。

      20191202宮谷八幡神社03


雨足が強くなってきました。
先を急ぎましょう。


手水舎。

      20191202宮谷八幡神社04



参道。

      20191202宮谷八幡神社05

あめで、石段は滑りやすいから、気をつけましょう。



参道脇の社叢は、秋の台風15号によって木々がなぎ倒され
悲惨な状態が続いているようです。

      20191202宮谷八幡神社06



石段を元気よく駆け上がる びいすけ 。

      20191202宮谷八幡神社07


 

雨は止みそうも無い。

      20191202宮谷八幡神社08



拝殿。

      20191202宮谷八幡神社09


別アングルからの拝殿。

      20191202宮谷八幡神社10


      20191202宮谷八幡神社11



本殿と境内社になる春日大明神。

      20191202宮谷八幡神社12


びいすけ も参拝。

      20191202宮谷八幡神社13



そして、こちらが宮谷八幡神社の御朱印。

      20191202宮谷八幡神社14

本務社の松之郷八坂神社にて拝受いたしました。






 
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2020/01/18 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

宮谷八幡神社 (2019年9月4日)(千葉県大網白里市) 

9月4日

この日は、東金市へ出かけました。
以前から気になっていた松之郷 八坂神社を参拝し
そのあとは、松之郷 八坂神社の宮司さんが兼務する神社を廻る事にしました。


求名 熊野神社をあとにして、向かった先は............宮谷 八幡神社。


宮谷 八幡神社は、大網白里市大網に鎮座する神社です。


長享二年(1488年)土気城主・酒井定隆が土気城を再建した時に、、
城の鬼門除けとして長峰から今の所に移したもので、
永禄四年(1561年)坂井家四代城主・酒井胤治の命により、
大網城主・板倉長門守が再建したとされています。

御祭神は、誉田別命(応神天皇)。


中央本社の祭神は、誉田別命(応神天皇)。向かって左の小社は春日大明神、右の小社は天照大神である。県文化財調査員海老名雄二氏の所見によると、柱や蛙股などに永禄の部分が残されているが、主として享保(一七一六年~一七三六年)の頃の再建と見るべきであろうという。風雪にさらされて老朽甚だしく、昭和五十八年に大改修が行われた。小社は部分改修であるが、本社は一部古材を活かし原型に忠実に復元された。


社号標。

      20190904宮谷八幡神社01


神社社頭。
一の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社02



一の鳥居脇の説明板。

      20190904宮谷八幡神社03

どうやら、宮谷 八幡神社の本殿は、大網白里市の文化財に指定されているようです。


二の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社04


手水舎。

      20190904宮谷八幡神社05



その先は細い参道。

      20190904宮谷八幡神社06



そして、石段。

      20190904宮谷八幡神社07



意外に長い石段。

      20190904宮谷八幡神社08



軽快に駆け上がる びいすけ 。

      20190904宮谷八幡神社09



こちらは、ついて行くのが精一杯。
『遅い!』と言わんばかりの びいすけ 。

      20190904宮谷八幡神社10

今日は、元気が溢れている。


石段を上った先には、拝殿。

      20190904宮谷八幡神社11



ここにも手水舎がありました。

      20190904宮谷八幡神社12



拝殿正面。

      20190904宮谷八幡神社13



拝殿前に鎮座する狛犬。

      20190904宮谷八幡神社14


      20190904宮谷八幡神社15



別アングルからの拝殿。

      20190904宮谷八幡神社16


      20190904宮谷八幡神社17



そして、こちらが本殿。

      20190904宮谷八幡神社19



拝殿前の由緒書き。

      20190904宮谷八幡神社25



拝殿左側(方角で言うと南側になるのか?)の参道口の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社20



その鳥居に掲げられた神額。

      20190904宮谷八幡神社21




本殿の両脇に境内社が並ぶ、宮谷 八幡神社。

向かって右側の天照大神。

      20190904宮谷八幡神社22


      20190904宮谷八幡神社23


      20190904宮谷八幡神社24



向かって左側は、春日大明神。

      20190904宮谷八幡神社18


      20190904宮谷八幡神社26



拝殿脇から南側を眺めると、南参道口(?)の鳥居の先に
大網白里市の街並みが見える。

      20190904宮谷八幡神社27



社務所は、参道入口にありますが、閉められています。
平素は無人の神社のようです。

      20190904宮谷八幡神社28

ひょっとしたら宮司さんがいらっしゃるか?
そんな期待もハジけてしまいましたが
宮司さんが居ようが居まいが、そんなことは関係ないと思えるほど
この神社には不思議なパワーを感じました。
これぞ、パワースポットなんですね。


改めて、そんな事を感じました。





2019/10/09 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

柏原神社 (2018年4月11日)(千葉県大網白里市) 

4月11日

この日は、茂原市周辺の神社の御朱印巡りに出かけました。

大網白里市の縣神社で、宮司さんとの待ち合わせに
約1時間の空き時間が出来た。
その空き時間を利用して、同じ大網白里市にある柏原神社に行ってみました。


柏原神社は、大網白里市小西に鎮座する神社です。

大網白里市の小西と言えば、中世の城郭である小西城が在りましたが
残念ながら、圏央道の工事のため、そっくり壊滅してしまいました。
以前、小西城址を訪れようとした事がありましたが
圏央道の工事中で、城郭が在ったと思われる場所が
そっくり山ごと削り取られ、貴重な遺跡が消滅してしまいました。
この時は、ショックだったなぁ。


柏原神社は、長禄元年(1457年)に鎮座とされていますが、詳細は不明。
御祭神は神武天皇ということです。
一説には西方寺の鎮守社であったとも言われているようです。


柏原神社の表参道は、正法寺の境内裏手の墓地の間から始まります。
参道口が墓地と言うのも珍しい。
まさに、明治以前の神仏習合の名残りですね。


こちらが、参道口。

      20180411柏原神社01

見るからに山城の登城路の感がします。



墓地のために削平されたとは思うけれど
見方によっては腰郭のように見えなくもない。

      20180411柏原神社02



こちらが、一の鳥居。

      20180411柏原神社03



一の鳥居の周辺も城址の雰囲気が漂います。

      20180411柏原神社04


      20180411柏原神社05


      20180411柏原神社06



先に進めば、圏央道。

      20180411柏原神社07


      20180411柏原神社08



確かに台地の一部がざっくりと削り取られている。

      20180411柏原神社10



圏央道の横断橋の先に鳥居が見えます。

      20180411柏原神社09


      
こちらが二の鳥居。

      20180411柏原神社11



さらに先に進めば、石段。

      20180411柏原神社12




この石段は、小西城の塁石を小西檀林(正法寺)の学僧達が運んで作った石段だと言うことです。

      20180411柏原神社13



石段を上った先には、三の鳥居。

      20180411柏原神社14



こちらが、三の鳥居。

      20180411柏原神社15



三の鳥居の神額。

      20180411柏原神社16



手水舎。

      20180411柏原神社20



こちらが、拝殿。

      20180411柏原神社17



拝殿正面。

      20180411柏原神社18



拝殿の屋根瓦の跳び狛犬。

      20180411柏原神社24


別アングルからの拝殿。

      20180411柏原神社19


  
拝殿手前の狛犬。

      20180411柏原神社21


      20180411柏原神社22


      20180411柏原神社23




こちらが、本殿。
     
      20180411柏原神社25


      20180411柏原神社26




境内社。

      20180411柏原神社27


      20180411柏原神社28


      20180411柏原神社29



拝殿裏手に繋がる参道口。
こちらは、裏参道になるんですね。
裏参道の一の鳥居。

      20180411柏原神社30



裏参道の二の鳥居。

      20180411柏原神社31



二の鳥居の神額。

      20180411柏原神社32



本殿裏手には、解体された鳥居?
かつての鳥居でしょう。

      20180411柏原神社33

神額には、『柏原宮』と記されていました。


こちらの神社も社務所はなく、無人の神社。
千葉県神社庁のHPには、御朱印を拝受出来ると記されていましたが
どうやら、無理っぽいですね。




2018/05/30 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............縣神社  (2018年4月11日)(千葉県大網白里市) 

4月11日

この日は、茂原市周辺の神社の御朱印巡り。
茂原市から大網白里市へと移動します。

向かった先は...............縣神社


縣神社は、大網白里市土気町に鎮座する神社です。

正式には、大網白里市土気町飛地
即ち、大網白里市金谷郷と言う地区に土気町の飛地が在ると言う
非常にややこしい住所。
愛車のナビはお利口さん(?)だから、ナビでは表示しないし、案内もしてくれません。
スマホの地図アプリと睨めっこしながらの到着です。


創建時期は明らかではありませんが、第十三代成務天皇の御代に
当時の地方官長である縣主が奉祀した神社であると伝承されているそうです。
長享二年(1488年)酒井小太郎定隆が土気城を再興した折に
鬼門除けの神として当地に再建し、以後酒井氏の守護神として崇め奉られたそうです。
秀吉の小田原征伐により、北条方の酒井氏は亡び、以後徳川家の治領下に及んで、
天正十九年、徳川家康より五石の御朱印領を寄進せられた山武郡内唯一の神社であり、
非常に由緒ある神社になるそうです。




こちらが、縣神社の社号標。

      20180411縣神社01



一の鳥居。

      20180411縣神社02



鳥居をくぐって参道を進みます。

      20180411縣神社03



こちらが、ニノ鳥居(?)

      20180411縣神社04

実は参道は画面左側。
実際に参道を歩いて来ると、この鳥居はくぐらない。
でも、社殿正面にあたる鳥居だから、
本来はこの鳥居の手前が表参道かも知れないけれど
どう見ても獣道。誰も通らないんだろうなぁ。



その二の鳥居(?)に掲げられた神額。

      20180411縣神社05



二の鳥居脇には、鳥居改築の記念碑。

      20180411縣神社06

傍らには、古い鳥居の柱の一部が飾られています。



さらには、もう一つの鳥居。
三の鳥居になるのでしょうか?

      20180411縣神社07



三の鳥居の先には、由緒書き。

      20180411縣神社08



さらには、手水舎。

      20180411縣神社10



こちらが、拝殿。

      20180411縣神社11



拝殿正面。

      20180411縣神社12



掲げられた扁額。

      20180411縣神社13


      20180411縣神社14



別アングルからの拝殿。

      20180411縣神社20




拝殿前の狛犬。

      20180411縣神社15


      20180411縣神社16



拝殿前の天水桶。

      20180411縣神社24



縣神社の本殿に関する説明板。
縣神社の本殿は大網白里市の指定文化財のようです。

      20180411縣神社17



こちらが、その本殿。

      20180411縣神社18



彫刻が凄いですね。

      20180411縣神社21


      20180411縣神社22


      20180411縣神社23





こちらは、境内社。
     

      20180411縣神社25



境内社の手水舎の手水鉢の水は枯れています。

      20180411縣神社26



小さな祠も健在。

      20180411縣神社27


      20180411縣神社28



境内の片隅に並ぶ板碑。

      20180411縣神社29


      20180411縣神社30




こちらが、御神木。

      20180411縣神社31
       20180411縣神社32



この御神木である大杉は、大網白里市の天然記念物に指定されています。

      20180411縣神社09



こちらが、社務所。

      20180411縣神社33

立派な社務所ですが、普段は無人っぽい。
この日も誰もいなくて、宮司さんの連絡先が貼り紙されています。
     

宮司さんと連絡が取れ、
1時間後に無事御朱印を拝受することが出来ました。

こちらが、縣神社の御朱印。

      20180411縣神社35


外出先から戻っていただき、貴重な御朱印を墨書きしていただき
ありがとうございました。




2018/05/29 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

浜の七福神④  《 要行寺の寿老人 》                           (2015年1月1日)(千葉県大網白里市) 

1月1日 公休日

この日は、九十九里沿岸に点在する『浜の七福神』巡りをしました。



『浜の七福神』は

横芝光町    四社神社(布袋尊)
山武市     五所神社(大黒天)
九十九里町   八坂神社(恵比寿)
大網白里市   要行寺 (寿老人)
白子町     真光寺 (毘沙門天)
長生村     清泰寺 (弁財天)
一宮町     観明寺 (福禄寿)

から構成され、横芝光町の布袋尊から一宮町の福禄寿まで
ざっと距離にして37km。
流石に歩いては巡れないので、車での移動になります。

九十九里町の八坂神社(恵比寿)をあとにして
向かった先は.........大網白里市 要行寺(寿老人)



寿老人は、星の化身で、不老不死の霊薬を持つと言われ、
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。




要行寺の入口にも黄色い看板。
さすがな目立ちます。

      20150101浜の七福神 要行寺03


要行寺は
徳治元年(1306)また一説には正和4年(1315)の開山と伝えられえています。
慶安3年(1650)現在の地に移ったが、安永3年(1774)火災で消失したため、再建されました。
江戸時代には、幕府から十万石諸侯の格式が与えられていました。
参道の朱色の山門が印象的で、本堂の前には梵鐘と観音像があります。



現在は、大網白里市ですが、大網白里町時代に史跡指定された山門があります。

      20150101浜の七福神 要行寺01




こちらが、その山門。

      20150101浜の七福神 要行寺02


朱色の山門。
何となく由緒ある古刹には、赤い山門は不似合いな感じがするのですが............

      20150101浜の七福神 要行寺04




こちらは、梵鐘。

      20150101浜の七福神 要行寺05




そして、本堂。

      20150101浜の七福神 要行寺06


      20150101浜の七福神 要行寺11



本堂手前に浜の七福神の寿老人。

      20150101浜の七福神 要行寺07


      20150101浜の七福神 要行寺09



何故だか、浜の七福神の寿老人と並ぶように
七福神の宝船の像と布袋尊像。

      20150101浜の七福神 要行寺08

こうやって見ると、浜の七福神は黒い像で正解みたい。
何と無く高貴な感じがしてきます。
     


そして、宝船に乗った七福神。
この要行寺だけで七福神が完成してしまいます。(笑)

      20150101浜の七福神 要行寺10




本堂からまっすぐに境内を歩けば、墓地の脇を歩き
やがて、もう一つの山門があります。

      20150101浜の七福神 要行寺12

本堂との位置関係で言えば、こちらが正規の山門のような気がするんだけど..........。




墓地から駐車場へと向かう導線で見かけた七福神。
先程とは全く別なモノ。

      20150101浜の七福神 要行寺13


      20150101浜の七福神 要行寺14


これだけ七福神関連の像や碑があると
何となく有り難みがなくなってしまいそうな気がするのは
ひょっとして私だけ何だろうか.............?



2015/01/25 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................白里小学校桂山分校                        (2014年9月20日)(千葉県大網白里市) 

9月20日 公休日

山辺小学校をあとにして、向かった先は.........

           旧・白里町立 白里小学校桂山分校跡


桂山分校は

昭和31年 大網白里町立白里小学校の分校として設立。
昭和43年 本校に統合されて廃校となる。

と、簡単ですが、このような沿革となっています。
もっとも、本校である現在の大網白里市立白里小学校の沿革に
ちょっぴり載っているだけで、ネットで調べても詳しいことはわかりません。


そもそも、この桂山地区は、その昔『福岡村』と呼ばれていました。
さらに、それ以前は『桂山村』と呼ばれていた地区です。


実は、桂山分校の所在地がわからず、
たまたまネットの地図で見つけた桂山公民館。

もしや!?と思い訪れてみました。



山辺小学校では、ポツリポツリだった雨も
ちょっぴり雨足が強くなってきました。


とりあえず、公民館に行ってみると、それらしい雰囲気。
かなりの確信を感じたけれど一抹の不安もある。

こういう時は地元の人に聞くのが一番。

公民館の隣の畑にいた、畑仕事をしていたおじさんに聞いたら
近くにある指圧療院のおじいちゃんに聞けば詳しいことが分かると言われ、
指圧療院のおじいちゃんにお話を聞くことが出来ました。


昭和29年に、当時の福岡村は二つに分割され、
半分の地区は東金市へ編入。
(この時、東金町は源村の一部、及び福岡村の一部を編入して、
東金市となりました。)
残りの地区は白里町に編入され、桂山地区も白里町に編入されたそうです。

そうした経緯から、桂山地区に白里小学校の分校が設置されたそうです。
当時、7歳だったおじいさんは新しく出来た分校に通ったそうです。

そして、昭和43年に廃校となったそうです。




こちらが、桂山分校跡。


      20140920白里小学校桂山分校01




ゲートボール場(?)の広場が、かつて校舎が建っていた場所らしい。


      20140920白里小学校桂山分校02



てっきり、校庭跡かと思いました。


右奥に建っているのは、桂山公民館。


      20140920白里小学校桂山分校03



この場所に校舎が建っていました。


      20140920白里小学校桂山分校04



こちらが、桂山公民館。


      20140920白里小学校桂山分校05


      20140920白里小学校桂山分校06




公民館の前には、古い遊具。
でも、これは分校時のモノではないらしい。


      20140920白里小学校桂山分校07


      20140920白里小学校桂山分校08


      20140920白里小学校桂山分校10



廃校記念碑などは無く、二ノ宮像も無い。
とにかく、学校遺構が全く残されていない。


ただ、校舎の建っていたあたりに、基礎部分の残りだろうか?
コンクリートの一部(?)が残っていました。


かろうじて、この広場が廃校跡だと感じさせてくれます。


      20140920白里小学校桂山分校09


      20140920白里小学校桂山分校11


雨は、やみそうな雰囲気はなさそう。
これ以上見るべきモノもないし、雨はやまないし............。

ちょっぴり苦労して、捜し当てた廃校跡ですが
学校遺構が全く無くて、ちょっぴり残念でした。






2014/10/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて....................山辺小学校                              (2014年9月20日)(千葉県大網白里市) 

9月20日 公休日

個人的な連休初日。
久しぶりに土日の連休となりました。

とは言いながらも、土曜日のこの日は朝から曇り空。
天気予報では雨もパラつくと言う。

天気を気にしながら、出掛けようか? やめようか?
悩んだ末に、雨はふらない!と勝手に信じこみ、出掛けることにしました。


車のハンドルを握りながら、空を気にしながらの運転。
向かったのは、大網白里市な金谷郷。
本当はひまわりの時期に訪れたかったのですが
ついつい、機会を逸してしまいました。

訪れたのは............旧・大網町立 山辺小学校跡


山辺小学校は

明治7年      金谷郷村の法光寺を仮校舎として開校。
明治22年     金谷郷村、餅木村、大竹村、池田村、南玉村が合併して山辺村が発足。
明治39年     池田尋常小学校と合併する。
昭和22年     山辺村立山辺小学校と改称する
昭和26年     大網町と合併し、大網町立山辺小学校と改称する。
昭和45年     大網小学校と合併し、廃校となる。

と、このような沿革となっています。




気になっていた空も、ポツリ、ポツリと雨を落として来ました。


こちらが、山辺小学校の正門前。
残念ながら、門柱はとっくに撤去されています。


      20140920山辺小学校01


ただ、このチョットした登り坂が学校入口って言う雰囲気ぐ満載です。





坂を登って敷地内に入ると、直ぐに廃校記念碑がありました。


      20140920山辺小学校02




石碑には、大きく『山辺小学校跡』と記されています。


      20140920山辺小学校03



紛れもなく、この地が山辺小学校の跡地となります。


      20140920山辺小学校04




敷地内には、平屋建ての建物。
なんとなく、学校の校舎に見えなくもないけれど
今から、44年前に廃校となった校舎とは思えない。


      20140920山辺小学校05




じっくり見ると、新しい建物です。


      20140920山辺小学校11



玄関には『大網白里市 農村ふれあいセンター』と記されています。


      20140920山辺小学校16




廃校後、いわゆる公民館のような地域のコミュニティセンターとなっているようです。





玄関前の植込みの中に建つ、二ノ宮像。


      20140920山辺小学校12



やっぱり、小学校には二ノ宮像がなくっちゃ!


      20140920山辺小学校13

でも、意外に新しそうな感じがするのは、気のせい?

そして、お地蔵さんのような顔つきだし............


      20140920山辺小学校14




校庭は、それなりの広さ。
山間部と言うか、市街地から離れた里山にある小学校の
一般的な広さでしょう。

残念ながら、往時のモノと思われる遊具はありませんでした。


      20140920山辺小学校15


校庭の隅には、プレハブの倉庫(?)が数棟。
敷地の一部を (財)千葉県教育振興財団 文化財センター 中央調査事務所・大綱詰所
(あ~、長ったらしい名称) として利用されているようです。


      20140920山辺小学校06


      20140920山辺小学校07







田舎の小学校に校庭の隅によくある忠魂碑。
こちらにも、かつての正門があった辺りに建っています。
     

      20140920山辺小学校17

ちょうど忠魂碑の前で写真を撮っていたら
農村ふれあいセンターから出て来た老夫婦に声を掛けられました。

パラパラと落ちる小雨の中、傘もささずに犬を連れて写真を撮る男。
怪しい?と思ったのでしょうか?(笑)


ご主人の話では............

元々、この場所は三軒隣の大地主さんの土地だったのを
小学校建設のために譲ったと言うこと。
そして、玄関前の二ノ宮像は、以前は廃校記念碑が建っている場所近くにあったそうです。
さらには、その廃校記念碑も小学校の卒業生の有志がお金を出しあって建てたそうです。




校舎の有った場所(現在の農村ふれあいセンターの建物)の裏手は小高い台地。

その台地を貫くように、素掘りのトンネルがあります。


      20140920山辺小学校08


実際に、この素掘りのトンネルを見て、
そして中に入ってみて驚いた。


      20140920山辺小学校09



トンネルの向こうは里山へと続く、森の中の細い道。
ひょっとしたら、通学路の一部だったのだろうか?

トンネルを出て、振り返ると............


      20140920山辺小学校10

小さく見える光の先に、山辺小学校があります。
(山辺小学校の敷地に入ります。)


こんな道を通った児童も居たのだろうか......?

金谷郷、おそるべし..................





2014/10/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《大網白里・四天木》  (2014年5月19日)(千葉県大網白里市) 

5月19日 公休日

この日は、大網白里市の九十九里浜へ行くことにしました。
ただ、九十九里浜に行って帰ってくるだけじゃ芸がないから
何ヶ所か寄り道して九十九里浜へ向かうことにしました。
金堀城址をあとにして、次なる寄り道として訪れたのは...................


          妙見神社 《大網白里・四天木》


と、書けば恰好がつくのですが
本当は、この妙見神社は偶然みつけた産物。

金堀城址から白里海岸に向かっている途中にありました。



今年になってから、千葉氏の家紋である『月星紋』や『九曜紋』を探して
妙見神社を見つけては、神紋が千葉氏の家紋ではないか?と確認していました。


そもそも、桓武平氏の流れを汲み
平忠常を始祖とする千葉氏。
下総の豪族で、守護大名・戦国大名となった一族である。
一族の争いにより弱体化し、
やがては小田原北条氏の傘下に汲み伏すことになりましたが
一族の繁栄と戦での武運を祈願し、
城の北東に妙見社(妙見神社)を建てていたと言われています。

やっぱり千葉県に住んでいると、特にお膝元の千葉市や佐倉市と言った
北総の地に住んでいると地元贔屓で千葉氏に興味と言うか
愛着が湧いてしまいます。

でも戦国武将で誰が好き?って聞かれれば
北条氏康って答えちゃいます(笑)。

話はそれましたが..............

偶然とは言え、せっかく見つけた妙見神社。
さっそく確認しちゃいましょう。




思ったより小さな妙見神社。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木01


川沿いで視界が開けてなければ、
見つけることは出来ませんでした。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木02



石造りの割と新しく見える鳥居。

そして艶やかな朱色の本殿。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木03



鳥居の神額はしっかりと『妙見神社』の文字。


      20140519妙見神社 大網白里・四天木04



本殿の神紋は.....................


残念ながら、『三つ巴』。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木05


鬼瓦にも『三つ巴』の神紋。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木06


      20140519妙見神社 大網白里・四天木07



確かに神社には、この『三つ巴』の神紋が多い。

      20140519妙見神社 大網白里・四天木08


まあ、せっかく立ち寄ったんだから、記念の写真を残しましょう。



そう言えば、隣町の東金市は戦国時代は酒井氏が拝領した地。
酒井氏って確か、『三つ巴』が家紋だったはず。
これって、何か関連があるのかなぁ..............?


そんな訳、無いよなぁ..............




2014/06/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小中池公園  (2014年5月19日)(千葉県大網白里市) 

5月19日  公休日


この日は、大網白里市の九十九里浜へ行くことにしました。
ただ、九十九里浜に行って帰ってくるだけじゃ芸がないから
何ヶ所か寄り道して九十九里浜へ向かうことにしました。
白井小学校中野分校跡をあとにして、次なる寄り道として訪れたのは

          小中池公園



小中池(こなかいけ)は、千葉県大網白里市字小中にあるため池である。
房総の魅力500選に選ばれているほか、
2010年(平成22年)3月25日に農林水産省のため池百選に選定された。
着工は1933年(昭和8年)で、第二次世界大戦の影響等で工事が遅延し、
1947年(昭和22年)に完成した農業用ため池である。
現在も634haの水田の灌漑用水として利用されている。

(Wikipediaより引用)

その小中池の周囲は「小中池公園」として整備され、
全長90mローラー滑り台があるほか、
遊歩道沿いにはサクラ、アジサイ、モミジが植樹されていて
また、湖畔にはウグイス、ホオジロ、シジュウカラ等がさえずり、
池には錦鯉が放流されていて、訪れる人の憩いの場となっているとのことです。



      20140519小中池公園03


では、さっそく小中池公園を散策してみましょう。





駐車場の隣は、多目的広場。
とは言っても、多目的に使えるほど広くはない。


      20140519小中池公園01





そして、ロープが張られ、自由に出入り出来ないようです。

      20140519小中池公園02



とりあえず、公園の案内板を探します。
(現在地が把握できていません。)

やっぱり、現在地と公園の配置図がないと散策も単調になってしまいます。
公園散策の基本ですね。

案内板で現在地を確認。

      20140519小中池公園17


先ずは、芝生広場。
やっぱり公園と言ったら芝生広場。
まして、新緑の映えるこの時期は緑の絨毯のような
綺麗な芝生で眼の保養をしなくっちゃ。

とは言っても、 びいすけ は芝生を闊歩するのがお好きなようで..............。

      20140519小中池公園04


      20140519小中池公園05


      20140519小中池公園06




そして、いきなりゴロ〜ん。
やっぱり芝生に転がるのは気持ちよいのだろうか?

      20140519小中池公園07


      20140519小中池公園08



ここで、 びいすけ のスイッチが入ったようです。

芝生広場を激走モードに切り替わりました。

      20140519小中池公園09


ロングリードだし、誰も居ないし..............

『走れ〜!!』

思わず、心の中で一人叫んでます。(笑)

      20140519小中池公園10


      20140519小中池公園11


      20140519小中池公園12


      20140519小中池公園13



勢いよく走り回っていた びいすけ が急に足を止めました。
そして、何かに怖る怖る近寄っています。

      20140519小中池公園14


      20140519小中池公園15



何と、亀でした。

      20140519小中池公園16


何で、芝生広場に亀がいるの?
亀も芝生広場で甲羅干しをしていたのでしょうか?



では、散策を続けましょう。


この階段を登って行くと小中池の湖畔(?)に出ます。
まるでダム湖に行くような感じです。

      20140519小中池公園18


こちらが小中池。
意外に広い。

      20140519小中池公園19


湖畔には散策路がありますが、どうやら一周は出来ないようです。
とりあえず行ける所まで行ってみましょう。

先ずは、反時計回りで散策開始。

こちらのルートにはウッドデッキが設置されています。

      20140519小中池公園20



ウッドデッキ越しに下を見ている びいすけ 。
またもや、何かを見つけたようです。

      20140519小中池公園21


大きな錦鯉がたくさん居ます。

      20140519小中池公園22



そして、亀(笑)。
ここでも甲羅干しをしています。

      20140519小中池公園23


どうやら、 びいすけ は亀が気になるようです。



湖畔の散策路を更に先へ進みます。

      20140519小中池公園24


こちらのルートは、この先にある四阿が終点。

      20140519小中池公園25


ちょっぴり額に汗をかいたから、暫し休憩。


      20140519小中池公園26


      20140519小中池公園27



四阿から眺める小中池。

      20140519小中池公園28



さて、小腹が空いたからパンでも食べましょう。

『 びいすけ〜 パン欲っちい?』

      20140519小中池公園29



要らない訳がない(笑)。

      20140519小中池公園30


当然、こうなります(笑)。

      20140519小中池公園31



一息ついたら、今度は時計回りに歩いてみます。


こちらが、この小中池のウリの一つである全長90mローラー滑り台。

まぁ、びいすけ には関係ないけど.........

      20140519小中池公園32

でも、妹の もっちゃん がここに居たら
きっと びいすけ を抱きかかえて滑って居たんだろうなぁ。




こちら側のルートには、説明看板がありました。

      20140519小中池公園33



暫く、湖畔沿いに散策路は続きますが、やがて行き止まりになってしまいます。

      20140519小中池公園34


      20140519小中池公園35


御蛇ヶ池のようにぐるっと一周できれば、
もっと楽しめるのに..............残念です。

この小中池。
住所は大網白里市ですが、限りなく大網白里市のはずれ。
千葉市緑区に限りなく近い。
小中池から昭和の森公園までは距離にして400mほど。
ただし、山路を登っての話ですけどね。

昭和の森公園だと駐車場料金が掛かるけど
この小中池公園の駐車場は無料。
健脚な方なら、小中池公園から昭和の森公園へと頑張ってみるのもイイかも?
浮いた駐車場料金400円で冷たいジュースも飲めますよ(笑)。


2014/06/07 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit