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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

人見陣屋  (2018年9月23日)(千葉県君津市) 

9月23日

この日訪れた君津市の人見神社。

一の鳥居の先は、台地(通称:人見山)に上って行く300段以上の石段。
その石段の手前には土塁らしき土壇もあり、城郭っぽい雰囲気は満載。
ひょっとして? と思い、ググってみると.............
人見神社の周辺は、かつての人見陣屋後らしい。


人見陣屋は、天正18年(1590年)、徳川家康の関東入府に伴って、
家臣である小笠原氏によって築かれたもので、
以後、明治を迎えるまで小笠原氏の陣屋として続いたということです。
その陣屋跡は、君津市人見1丁目の青蓮寺の東側ということですが、
宅地化によって遺構は殆ど残されていないようです。


こちらが、人見陣屋の縄張り図。

      人見神社縄張り図

                        ( 余湖さんのHP  よりお借りしました。 )



遺構は殆ど残されていないと言うことですが
人見神社の一の鳥居近くに残る土塁。

      20180923人見神社06



人見神社の祭禮で馬が通る道ではあるようですが
城郭遺構の虎口に見えなくもない。

      20180923人見神社07


まあ、そもそも人見陣屋を目的に来たわけでもないし、
行き掛けの駄賃みたいなもの。

とは言え、人見神社そのものが両総六妙見と言う千葉氏の崇敬を集めた妙見の地。

その昔、千葉氏の居城の鬼門に当たる北東の地に
妙見宮を配置したと言うから、この地に陣屋が出来たのも何かの縁?
縄張り図を見ても、北東の位置に人見神社が鎮座している。

こんな事もあるんですね。


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2018/11/05 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............人見神社 (2018年9月23日)(千葉県君津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市から君津市へ移動。

君津市内の大宮神社をあとにして、向かった先は............人見神社。



人見神社は、君津市人見に鎮座する神社です。


社伝によれば、平安中期の名門、千葉氏一族が代々守護神として崇敬してきた妙見大菩薩を、
上総介に任ぜられた平忠頼が鎌倉の地から人見山に移し 、祀ったと伝えられ、
両総妙見の一つとして広く知られています。
人見山の山頂に鎮座し、君津・富津の海岸地域の旧17ヶ村の鎮守の氏神として崇拝されてきました。


御祭神は、天之御中主命・高皇産霊命・神皇産霊命。



社号標と一の鳥居。

      20180923人見神社01



一の鳥居前にて。

      20180923人見神社02


鳥居の前には古い手水鉢。

      20180923人見神社03



一の鳥居脇の境内社の古峯神社。

      20180923人見神社04


石祠に並ぶように、青面金剛刻像。

      20180923人見神社05

この辺りに、神仏習合の深さを感じてしまいます。


この先から、長い石段が始まります。

石段を上り始めて、目の前に現れるお堂?

お堂の様に見えるけれど、こちらは金毘羅神社。

      20180923人見神社08

こちらも境内社のようです。


そして、長い上りの石段。

      20180923人見神社09

なんと、石段が三百数十段続きます。



やたらと元気な びいすけ 。

      20180923人見神社10


早く来いよ! とでも言いたげに、
私の方を振り向き、待ってくれる びいすけ 。

      20180923人見神社11


私は、息をゼイゼイ。

      20180923人見神社12


二の鳥居が現れました。

      20180923人見神社13


鳥居前の狛犬。

      20180923人見神社14


      20180923人見神社15



鳥居の先には、手水舎。

      20180923人見神社16



そして、拝殿。

      20180923人見神社17


      20180923人見神社18


拝殿正面。

      20180923人見神社19


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180923人見神社20


拝殿の屋根には、千葉氏の家紋である月星紋。

      20180923人見神社21


      20180923人見神社22


こちらは、同じく千葉氏の家紋である九曜紋。

      20180923人見神社23


拝殿に置かれた賽銭箱にも、月星紋と九曜紋。

      20180923人見神社24


別アングルからの拝殿。

      20180923人見神社25


      20180923人見神社26



そして、こちらが本殿。

      20180923人見神社27


拝殿前には隋心像。

      20180923人見神社28


      20180923人見神社29


そして、その脇には大きな絵馬。

      20180923人見神社30


こちらは、観音堂。

      20180923人見神社31

観音堂って、神仏習合のまんまじゃん(笑)。


観音堂の脇もやはり神仏集合の名残りは隠せない。

      20180923人見神社32


こちらが、社務所。

      20180923人見神社34

御朱印は、こちらで拝受できます。


御朱印を待つ間、通称『人見山』の三角点から
市街地を眺めます。

      20180923人見神社33


 
こちらは、展望台。    

      20180923人見神社35

ここからの眺めは、【ちば眺望100景】にも選ばれている景勝地。
夜景も中々のモノらしい。

      20180923人見神社36


こちらが、人見神社の御朱印。

      20180923人見神社37

二総六妙見と印が押されています。
禰宜さんの話では、ニ総=両総。
即ち、上総と下総に六つの妙見があり
その中の一つと言う事らしい。

初めて聞いた『二総六妙見』(両総六妙見)。
調べてみると千葉・飯高・印西・周西・横田・浦田の六妙見のようです。

ただし、ネットで調べてもその六妙見の詳細がイマイチ分からない。
千葉は千葉神社だとは思うのだが、飯高は飯高神社?
印西は全く不明、周西はこちらの人見神社、横田は木更津の横田神社?
そして浦田は久留里神社。

両総六妙見、気になりますなぁ...............。





2018/11/05 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

久保大宮神社 (2018年9月23日)(千葉県君津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市に出掛け、
その延長で君津市へ移動。

六手八幡神社をあとにして、次なる目的地へと移動ちゅうに
君津の市街地に入ったら、立派な鳥居と社殿の神社を通り過ぎた。
慌てて、Uターン。
そして、社号を確認。
社号標には、大宮神社と刻まれていました。
地元では、『久保の大宮神社』と呼ばれているようです。

せっかくだから、お詣りしていきましょう。


久保大宮神社は、君津市久保に鎮座する神社です。


社伝によれば「 元禄三年九月本社創建、寛政年間に再建し、明治三年更にこれを造営せり 」
と伝えられて来ました。
しかしながら、戦後に発見された古文書によれば、
天正年中、里見安房守の領分であった時から下田一反歩の寄進があり、
寛永年中、笠原安芸守の領分になってからは年々米一斗五升の下付があった。
と記述されており、これにより、四百年以上の歴史をもっているとされています。




御祭神は、天鈿女命(あめのうずめのみこと)。



こちらが、社号標。

      20180923大宮神社01


鳥居。

      20180923大宮神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20180923大宮神社03


鳥居の先には狛犬。

      20180923大宮神社04


      20180923大宮神社05


こちらは、手水舎。

      20180923大宮神社06


参道。

      20180923大宮神社07


拝殿。

      20180923大宮神社08


拝殿正面。

      20180923大宮神社09


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180923大宮神社10


別アングルからの拝殿。

      20180923大宮神社11


      20180923大宮神社12


      20180923大宮神社13



そして、こちらが本殿。

      20180923大宮神社14



拝殿前には、千葉県神社庁の規範神社指定の記念碑。

      20180923大宮神社15


境内社・浅間神社。

      20180923大宮神社16


境内社・鹿島大神。

      20180923大宮神社17


小さな祠も数多い。

      20180923大宮神社18


      20180923大宮神社19


こちらは、青面金剛刻像。

      20180923大宮神社20

神仏習合の名残りですね。




境内にも社号標。

      20180923大宮神社21

こちらは、以前に使われていたモノなんだろうか?



神輿庫。

      20180923大宮神社22


こちらは、社務所。

      20180923大宮神社23

普段ば無人の神社のようです。
社務所の窓ガラスに、氏子総代と本務社(人見神社)の
電話番号が貼り出されていました。


こちらは、御神木のようです。

      20180923大宮神社24


本務社である人見神社で確認したら
こちらの大宮神社では御朱印の拝受は行なっていないそうです。

立派な神社なんだけどなぁ。
ちょっぴり残念。



2018/11/04 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............六手八幡神社 (2018年9月23日)(千葉県君津市) 

9月23日

房総半島に出かけたこの日。
富津市から君津市へと移動し、御朱印巡りの神社巡りは続きます?

久留里神社をあとにして、向かった先は...............六手八幡神社。


六手(むて)八幡神社は、君津市六手に鎮座する神社です。


社伝によれば、古くは鶴舞八幡宮と称して、
鎌倉期に鶴岡 八幡宮から分社したものと伝えられています。

御祭神は、誉田別命。


以前、千葉県神社庁のHPに載っていた富津市の金谷神社の連絡先に電話をしたら
こちらの宮司さん宅に繋がり、金谷神社の本務社である、こちらの神社の存在を知りました。
その時の電話の応対も丁寧で、『近い内に参拝にお邪魔します。』
そんな事を言っておきながら、3ヶ月近い月日が経ってしまったようです。

『何もない田舎の神社だよ』と言われていましたが
ナビを使っても道に迷いました(笑)。

この看板を見た時に、ホッとひと安心。

      20180923六手八幡神社31


こちらが、社号標。

      20180923六手八幡神社01


鳥居。

      20180923六手八幡神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20180923六手八幡神社03



この神社で例祭の際に奉納される神楽ばやしは
君津市の指定無形文化財に登録されているようです。

      20180923六手八幡神社04



こちらは、句碑。

      20180923六手八幡神社05


「ほととぎす 消行かたや 嶋ひとつ」
松尾芭蕉の句のようです。

      20180923六手八幡神社06



こちらも社号標。

      20180923六手八幡神社07



社殿へと続く参道。

      20180923六手八幡神社08


参道の二の鳥居。

      20180923六手八幡神社10



手水舎。

      20180923六手八幡神社10


定番の龍の吐出口。

      20180923六手八幡神社12



こちらが、拝殿。

      20180923六手八幡神社13


拝殿前の狛犬。

      20180923六手八幡神社14


       20180923六手八幡神社15




拝殿正面。

      20180923六手八幡神社16



拝殿正面の扁額。

      20180923六手八幡神社17


別アングルからの拝殿。

      20180923六手八幡神社18


      20180923六手八幡神社19


そして、本殿。

      20180923六手八幡神社20



拝殿正面の向かって左側に鎮座する天神社。

      20180923六手八幡神社21


こちらは、境内社。

      20180923六手八幡神社22


境内社・裳神。

      20180923六手八幡神社23


      20180923六手八幡神社24


境内社・金比羅宮。

      20180923六手八幡神社25


こちらは、御神木。

      20180923六手八幡神社26
      20180923六手八幡神社27


神仏集合の名残り。
青面金剛刻像。

      20180923六手八幡神社32



こちらは、授与所。

      20180923六手八幡神社28


参集殿。

      20180923六手八幡神社29


社務所は、宮司さんの自宅になっているようです。
(自宅の一部を社務所として用いているようです。)
社務所に声を掛けて御朱印をお願いしたら
わざわざ、拝殿にて墨書きしていただきました。

      20180923六手八幡神社30


      
こちらが、六手八幡神社の御朱印。

      20180923六手八幡神社33

敢えて、朱印に鶴舞と古い社号を使うあたりに
六手八幡神社としての拘りを垣間見たような気がします。




2018/11/04 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............久留里神社 (2018年9月23日)(千葉県君津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市に出かけていました。

当初は、関豊小学校をあとにして、
富津市内の城郭を2〜3ヶ所回る予定でいましたが、
まだ下草も多く、城址巡りの時期じゃないし、
富津市内の神社の御朱印も空振りに終わってしまったし、
時刻は、まだ12時。
ちょっと足を伸ばして、君津市の神社の御朱印巡りに変更。

向かった先は...............久留里神社。


久留里神社は君津市浦田に鎮座する神社です。


治安元年(1021年)、久留里城主・上総介平忠常が浦田妙見堂として勧請したのが始まりとされ、
別名を細田妙見と言われていました。

治承四年(1180年)石橋山の合戦で敗れた源頼朝が房総に逃げ渡り、
東六郎大夫胤頼を道案内にして細田妙見にたどりつき、戦勝祈願をしました。

また、史伝では、平将門が勧請したといわれる両総六妙見
(千葉・飯高・印西・周西・横田・浦田)の一社とされているそうです。
余談ですが、平将門の三男・頼胤が細田妙見を参詣の際、
『城は浦田山に築き、久しくこの里に留まるべし』との御託宣があったとされ、
これが久留里という地名の発祥になったとも言われているようです。

いずれにせよ、妙見信仰と千葉氏とのかかわりが深い神社であり、
千葉氏が守護神として祀っていた『妙見様』である千葉神社の真南に位置しています。

御祭神は、天御中主命



関豊小学校から久留里神社まで距離にして20数km。
ナビの指示に従い、山間部を抜ける道を走り、
30分後に到着。


こちらが、社号標。

      20180923久留里神社01


参道口。

      20180923久留里神社02


参道の狛犬。

      20180923久留里神社03


      20180923久留里神社04



朱色の鳥居。

      20180923久留里神社05


鳥居に掲げられた神額。

      20180923久留里神社06


鳥居の先には石段、そして随身門が見えます。

      20180923久留里神社07


石段手前には神橋。

      20180923久留里神社08


石段の脇には碑。
『亀の鎮魂碑』と記されています。

      20180923久留里神社09

妙見宮だから亀?
玄武じゃないの?


石段と随身門。

      20180923久留里神社10



随身門。

      20180923久留里神社11



随身門の屋根瓦を見て、びっくり。

      20180923久留里神社12

月星紋に九曜紋。
思い切り、千葉氏の家紋しゃないですか!

実は、この時まで久留里神社が
千葉氏の所縁の神社だとは知りませんでした。

以前、久留里城址に来た時に、縄張り図を見て
この近くに妙見神社(久留里神社)があることは知っていました。
ただ、上総国だし、里見氏に所縁のある地だから
まさか、千葉氏の家紋である月星紋や九曜紋があるとは思ってもいませんでした。

いやはや〜、ちょっぴりテンションが上がっちゃいます。


随身門向かって左側、矢大臣

      20180923久留里神社13

でも、弓と矢を持っていない。
この場合は、右大臣になるのかな?



向かって右側、左大臣。

      20180923久留里神社14



随身門の先には、狛犬。

      20180923久留里神社15


      20180923久留里神社16



そして、手水舎。

      20180923久留里神社17



こちらが、拝殿。

      20180923久留里神社18



拝殿内部。

      20180923久留里神社19


拝殿内に掲げられた天狗面。

      20180923久留里神社20


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180923久留里神社21


拝殿の屋根瓦には九曜紋。

      20180923久留里神社22



別アングルからの拝殿。

      20180923久留里神社23


      20180923久留里神社24



そして、こちらが本殿。

      20180923久留里神社25


この久留里神社の本殿は、神仏習合時代の名残がうかがわれる建築物として
君津市の文化財に指定されているようです。

      20180923久留里神社26



こちらは、末社殿。

      20180923久留里神社27

中には、天神社・稲荷神社・猿田彦神社・浅間神社・天神社が祀られています。


ここにも九曜紋。

      20180923久留里神社28



こちらは、神輿殿。

      20180923久留里神社29


境内の末社。

      20180923久留里神社30


こちらは、御神水。

      20180923久留里神社31



さすが水の町、久留里。
成分分析表も掲げられ、湧水に対しての配慮も欠かせない。

      20180923久留里神社32

一口飲んでみたら、冷たくて美味しく感じました。


駐車場の一画に社務所。

      20180923久留里神社33

この日は、兼務社の祭礼が二ヶ所あるとの事で
宮司さんは留守にすると言う事でした。


こちらが、久留里神社の御朱印。

      20180923久留里神社34


宮司さんの自宅にて拝受しました。
関豊小学校を出る時に、電話を入れておいたので
日付けを入れた書き置きを準備していてくれました。
ちょうど、宮司さんが外出する直前でしたが、
5分ほど話をする事も出来、久留里神社と千葉氏の説明もしていただけました。
忙しい中、ありがとうございました。


2018/11/03 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

折木沢・猪ノ川渓谷   (2016年8月31日)(千葉県君津市) 

8月31日 公休日

この日は、ダムカード集めに君津市の亀山ダムにやって来ました。

何年か前にも亀山ダムに来た事がありますが、
その時に、亀山湖(亀山ダム)の周辺の景勝地として
『黒滝』と言う滝がある事を知りました。
『黒滝』を探したのですが、結局場所が判らず、辿り着くことが出来ませんでした。

せっかく亀山ダム(亀山湖)に来たんだから、
前回のリベンジをしなくっちゃ!

亀山やすらぎ館の前にある観光案内図を食い入るように眺め、
iPhoneの地図アプリで再確認。
よ〜し、これなら道を間違えることも無い。

いざ、黒滝へと向かいます。

舗装の禿げかかった狭い道を走り、対向車が来ないことを期待します。
しばらくしたら、いきなりこんな状態。

      20160831折木沢01

全面通行止め...............?


どうやら、この先で土砂崩れがあって行けないらしい。

      20160831折木沢02


元々、黒滝は東京大学の演習林の中にあるらしい。
そして、この先は東京大学の演習林。
この林道もそのために作られた林道。

      20160831折木沢03



とにかく、車を置いて歩いて行こうにも
バリケードのようなゲートの向こうには行けません。

      20160831折木沢04

今日だけじゃなく、黒滝へは当分行けそうも無いようです。
諦めるしかないようです。



転回できる場所でUターン。
諦めて車を走らせていると、ちょっぴり気になる場所に遭遇。
離合用のスペースに車を停めて、周辺を散策してみます。

      20160831折木沢05



川の流れが緩やかだから、藻が生えちゃっているのか?

      20160831折木沢06

これが、秋になって木々が色付いて来たら
きっと風光明媚な場所になるんじゃないかな?




そんな事を思いながら歩いていると、こんな案内板(説明板)が目に入って来ました。

      20160831折木沢07

『折木沢・猪ノ川渓谷』?



じっくり読んでみると...............

折木沢の猪ノ川渓谷は、亀山ダムの上流部に位置し、
小櫃川の支流のなかでも最も自然景観の優れた沢らしい

猪ノ川渓谷の入り口となる折木沢橋からのダム湖にそそり立つ絶壁と
湖面に映る美しい新緑や紅葉は素晴らしい眺めです。
折木沢橋を過ぎたあたりからは、周囲にそそり立つ絶壁と
新緑や紅葉がマッチして壮観な眺めが続きます...............

なるほと、先ほどの場所は確かに景勝地なんですね。



その説明板の下には、こんな看板。

      20160831折木沢08

お〜! ヤマビル。
お前は、ここにも出没するのか?




そして、その隣には、こんな標柱。

      20160831折木沢09



例の『二十一世紀への継承遺産』『折木沢・猪ノ川渓谷』です。

      20160831折木沢10



何と、その標柱の建っている場所は、折木沢橋の袂でした。

      20160831折木沢11



折木沢橋から眺める折木沢渓谷。

      20160831折木沢12



確かに、ダム湖にそそり立つ絶壁は素晴らしい眺めです。

      20160831折木沢13

欲を言えば、藻が生えているのか?
お世辞でも水面(湖面)は美しく無い。


背後に付いて来ると思った びいすけ が居ない?
良く見ると、折木沢橋から渓谷を眺めています。

      20160831折木沢14



びいすけ は、この景色を眺めていたんだろうか?

      20160831折木沢15


      20160831折木沢16



やたらと湖面が気になるのか?
はたまた、そそり立つ絶壁が気になるのか?

      20160831折木沢17



『 びいすけ〜! こっちにおいで〜! 』と声をかけると
トコトコとこちらに歩いて来るんですが...............

      20160831折木沢18



しばらくすると、足を止めて欄干の隙間に顔を突っ込み
湖面なのか? そそり立つ絶壁なのか?
いずれの方向を眺めています。

      20160831折木沢19



ひょっとして、かなりお気に入り?(笑)

      20160831折木沢20



この青々とした木々が、赤や黄色に色付いたら
きっと素晴らしい景色になるんだろうなぁ。

      20160831折木沢21


      20160831折木沢22



折木沢橋から眺めるのが、やっぱり一番。

十分に堪能したから、そろそろ車に戻りましょう。
軽快に折木沢橋を闊歩する びいすけ 。

      20160831折木沢23



偶然見つけた、君津市の『二十一世紀への継承遺産』の標柱。
そして、偶然知り得た『折木沢・猪ノ川渓谷』。
確かに、この景観はいつまでも遺していきたい風景でした...............。




2016/09/25 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう  《 亀山ダム 》 (2016年8月31日) (千葉県君津市) 

8月31日 公休日

この日は、房総半島のダムカードを集めるために
市原市・君津市のダム巡りに出かけました。

清水渓流広場をあとにして、向かった先は...............亀山ダム


亀山ダムは、千葉県君津市の小櫃川に建設されたダムです。
堤高34.5メートルの重力式コンクリートダムで、千葉県営の多目的ダムです。
千葉県内の多目的ダムとしては最初に建造され、最大の総貯水容量を持っています。
小櫃川を堰き止めて出来たダム湖の名称は、亀山湖と呼ばれています。
まあ、亀山ダムのダム湖が亀山湖って言うのは、ストレートに単純明解。
紛らわしくないから良いですね。

亀山ダムは、昭和44年に着工して、10年の歳月をかけて完成しました。
東京ドーム12杯分に相当する1,475万tの貯水量を持ち、治水や飲料水確保に利用されている。
かつて、この辺りが亀山村だったことから、亀山ダムと名付けられたそうです。
秋の紅葉の時期には、多くの観光客が亀山湖畔に色付く紅葉を観に来ることから
観光地としても有名な場所であるようです。



実は、亀山ダムも以前訪れた事があります。
当時は、ダムカードの存在を知らなかったから
再びの訪問となります。

亀山ダムに隣接する、『亀山やすらぎ館』の駐車場に車を入れます。
確か、レストランが有って、テラス席が有ったから犬連れでもご飯が食べれそう。
淡い期待を持っていましたが、この日は水曜日。
毎週火曜日、水曜日が定休日でレストランは開いていません。

ちょっぴり、ショック。
お昼ご飯は、笹川湖近くの道の駅が正解だったかな?


駐車場に建っている亀山ダムの説明看板を空腹の身で見つめます。

      20160831亀山ダム01


駐車場の一画にある亀山ダム記念碑。

      20160831亀山ダム02

工事関係者の記念碑だから、そんなに大きくない。




亀山やすらぎ館の向かいの湖畔に建っている、亀山ダムのダム碑。

      20160831亀山ダム03

やっぱり、ダムにはダム碑がなくっちゃ!



そのすぐ脇には、君津市が提唱する『二十一世紀への継承遺産』の碑。

      20160831亀山ダム06

『亀山ダムと亀山湖』で登録されています。


この君津市の『二十一世紀への継承遺産』も追いかけるのも面白そう。
まぁ、既に幾つかの景勝地で、この標柱を見かけてはいますけど...............。




その標柱の脇から眺める亀山ダム。

      20160831亀山ダム07



こちらは、亀山やすらぎ館の駐車場から眺める亀山ダム。

      20160831亀山ダム08


      20160831亀山ダム09



ダムの天端は、県道となっていて車の往来も多い。

      20160831亀山ダム10



天端の欄干の上流側には、『亀山湖』の文字。

      20160831亀山ダム11



下流側には、『亀山ダム』の文字。

      20160831亀山ダム12



天端を渡って、対岸側に向かってみます。



天端から眺める亀山湖。

      20160831亀山ダム13


対岸側の天端の欄干の下流側には、『小櫃川』の文字。

      20160831亀山ダム14


ちょっとした高台から、亀山ダムを眺めます。

      20160831亀山ダム15


      20160831亀山ダム16



紅葉の時期には(亀山湖辺りは紅葉の時期が遅くて12月始め頃らしい。)には
この山々も色付くことだろうなぁ。

      20160831亀山ダム17



亀山ダムに隣接する亀山・片倉ダム管理事務所。

こちらでダムカードが貰えます。

      20160831亀山ダム18

先に訪問した片倉ダムと亀山ダムの2枚のダムカードを貰う予定が
何と3枚。むむむっ...............?(川平 慈英じゃありません。)

木更津市のダムカードも貰っちゃいました...............って、まだ行って無いし!(笑)。
こりゃ、行くしか無いでしょう!!(笑)。



こちらが、亀山ダムのダムカード。

      20160831亀山ダム19


      20160831亀山ダム20




これで、ダムカードも14枚集まりました。
一枚、また一枚と増えていくのが楽しみになりました。






2016/09/24 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

清水渓流広場  (2016年8月31日)(千葉県君津市) 

8月31日 公休日

この日は、千葉県内(房総半島)のダム巡りに出かけました。

笹川湖展望台をあとにして向かった先は...............清水渓流広場

君津市にある片倉ダムの近くにある清水渓流広場。
片倉ダム(笹川湖)に来る機会があったら、ぜひ訪れたい場所でした。

笹川湖周辺の公園の一部に当たるのでしょうか?
『笹川湖畔公園(清水渓流)』と記された標柱が建っています。

      20160831清水渓流広場01


この清水渓流広場は、最近注目されているスポットで
来訪者も増えているらしい。
勿論、私も目的は一緒。
世の中、考えるのは皆同じようで、
平日だと言うのに、正規の駐車場は満車。
少し離れていますが、道路脇の第2駐車場(臨時仮設)も満車。
さらに、離れた場所にある第3駐車場(臨時仮設)に停める事が出来ました。


当然、ワンちゃん連れも多いようで、こんな張り紙を何枚も見かけました。

      20160831清水渓流広場02


      20160831清水渓流広場03

まぁ、既に2頭のワンちゃんとすれ違っているし...............(笑)。



まずは、案内板でチェック。

      20160831清水渓流広場04


順路は逆コースになりますが...............
( 順路があるなんて知らなかった。)

      20160831清水渓流広場05


渓谷沿い(?)の木道を進んで行きます。

      20160831清水渓流広場06


渓谷かと思っていたら、実は昔の川跡でした。

      20160831清水渓流広場07



房総半島独特の耕地の仕方である『川廻し』で
残された跡のようです。

現在は、水生植物を植えたりして、蛍が住みやすい環境にしているようです。

      20160831清水渓流広場08


      20160831清水渓流広場09



最たる目的地に着きました。


いきなり、こんな張り紙。

      20160831清水渓流広場10

『ヤマビルに注意!』って...............
ここにも居るの?


ヤマビルどころか、観光客がいっぱい。

      20160831清水渓流広場11


子供もいっぱい。

      20160831清水渓流広場12



確かに、川に入って遊んでいる...............

      20160831清水渓流広場13



『 びいすけ〜! 犬は川に入っちゃダメなんだって...............』

      20160831清水渓流広場14

ちょっとの間、そこでおとなしくしていてね〜!




急いで、靴を脱いで...............

靴下も脱いで...............

ヤマビルが居ないのを確認して...............

首からぶら下げたデジカメを構えます。


パシャ☆。

      20160831清水渓流広場15



これが見たかったのです。


      20160831清水渓流広場16


ネットで紹介され、超有名になった『濃溝の滝』

      20160831清水渓流広場17


実は、この『濃溝の滝』は天然の滝ではありません。
350年程前の昔、ここの山間を房総方面に向けて道路の整備をする際に、
川廻しの工事が行われ、そのときに削られた岩盤の洞窟内の高低差が滝になったのが
『濃溝の滝』になります。

滝の定義からいくと、滝と呼ぶには難しいかも知れないけれど、
周りも滝として認知しているようだし、もう『濃溝の滝』として売り出しちゃっているから
今さら、滝じゃ無いなんて言えないよね?(笑)。


時間帯によって、洞窟内に陽が射したり、射さなかったりするけれど
運良く多少の光が洞窟内に射し込んでいたから、ラッキーでした。

朝時間帯を狙えば、あの奇跡の一枚のような写真が撮れるのかな?





とにかく人が多いから、むやみに吠えはしないけれど
びいすけ から離れていると、いつ吠え出すか分からないから、早々に撤収。

清水渓流広場の散策路を再び歩きます。

散策路を上り、ちょっとした高台から
先ほどの『濃溝の滝』を眺めてみます。

      20160831清水渓流広場18

茂った木々で洞窟が隠れ、まるで天然の滝のように見えなくもない。


さらに先を進めば、こんなモノが...............

      20160831清水渓流広場19



『幸福の鐘』

      20160831清水渓流広場20

『濃溝の滝』が有名になる前までは、
この鐘が清水渓流広場のランドマークだったようです。



鐘の脇から、『濃溝の滝』が見えたりします。

      20160831清水渓流広場21

おそらく、そんなことも考えて、この場所に鐘を設置したのでしょう。



改めて、望遠280mmで『濃溝の滝』をズームアップ。

      20160831清水渓流広場22



清水渓流(渓谷)を眼下に眺めながら、散策路を歩き駐車場へと向かいます。


すると、こんな案内。


幻の滝『セイナザの滝』

      20160831清水渓流広場23



飾られた写真の方角を目を凝らして見てみるけれど
イマイチよく分からない。

      20160831清水渓流広場24



確かに、水の流れが肉眼では見えるのだけど
カメラに収めようとしても、上手く写らない。

      20160831清水渓流広場25

なかなか良く見えない所が、まぼろしの滝と言われる所以なのかな?(笑)



さらに先へと進むと、(正規の順路では戻る形になります)
『農溝の滝』。

      20160831清水渓流広場26

読みは『のうみぞのたき』...............
あれ?
全く読みが一緒。
『濃溝の滝』と『農溝の滝』。
『氵』が有るか無い可能性違い。
思いっきり紛らわしい。

その紛らわしい『農溝の滝』はこちら。

      20160831清水渓流広場27


      20160831清水渓流広場28

上からじゃ良く見えないし、木が邪魔だし、
滝っぽく見えないし...............。


『濃溝の滝』の辺りから、川に降りられるから
清水渓流(渓谷)を川沿いに歩いて見るのもアリかもしれないなぁ。



2016/09/23 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

笹川湖展望台   (2016年8月31日)(千葉県君津市) 

8月31日 公休日

この日は、房総半島のダムカードを集めに市原市・君津市に出かけました。


片倉ダムのダム湖である笹川湖の湖畔にある笹川湖ピクニック園地をあとにして、
向かった先は...............笹川湖展望台


片倉ダム記念館から車で3分程の笹衛士広場から
この展望台への登りルートが整備されています。
登り口から展望台までは徒歩15分程度と言うことだし、
展望台からの眺望は『千葉県の眺望100選』に選ばれているらしい。
先日の相模湖の嵐山の事を思い出して、一瞬躊躇しましたが
せっかくだからと、果敢に展望台へと向かいます。


こちらが、展望台への登り口。

      20160831笹川湖展望台01

びいすけ君。今日も頑張りましょう(笑)。



展望台への道は整備されています。

      20160831笹川湖展望台02


木々の中を歩いて行くから、陽射しも避けて
ちょっびり冷んやりして気持ちいい。

      20160831笹川湖展望台03


展望台まで、あと280m。

      20160831笹川湖展望台04



登りの階段が続きます。

      20160831笹川湖展望台05

早くも額から、たら〜りと汗。


紅葉の季節ならば、この道も趣きが有るんだろうなぁ。

      20160831笹川湖展望台06



展望台まで、あと90m。

      20160831笹川湖展望台07

思わず、 びいすけ のこの顔に爆笑。




ここからが、真骨頂。

      20160831笹川湖展望台08


元気の良い びいすけ は、階段をひたすら登ります。
その後ろで、『ぜいぜい』と息の上がる びいすけ父さん(笑)。

      20160831笹川湖展望台09


額から汗が滴り落ちる中、展望台に到着。

幸せの黄色いハンカチならぬ、『幸せを呼ぶ黄色いハンカチ』がお出迎え。

      20160831笹川湖展望台10


      20160831笹川湖展望台11


4畳半程度の広さの展望台ですが
千葉県の眺望100選に選ばれているだけあって
眺望は素晴らしい。

      20160831笹川湖展望台12


      20160831笹川湖展望台13


      20160831笹川湖展望台14



頑張ったご褒美をあげましょう。

      20160831笹川湖展望台15



『 食べる〜? 』

      20160831笹川湖展望台16

って、要らない訳が無い(笑)。



しっかり貪りつく びいすけ 。

      20160831笹川湖展望台17



暑いから、しっかり水分も補給いたしましょう。

      20160831笹川湖展望台18



陽射しはあるけれど、時折顔に当たる風が
乾きかけた汗と相まって、冷んやりとします。


気が付けば、数本のススキの穂。

      20160831笹川湖展望台19


暑い、暑いと思いながらも、少しずつ秋は近づいて来ているんですね。



ここから眺める笹川湖と片倉ダム。

      20160831笹川湖展望台20


周りの木々が色付いてくれば、
素晴らしい眺望になるんだろうなぁ...............





2016/09/22 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

笹川湖ピクニック園地   (2016年8月31日)(千葉県君津市) 

8月31日  公休日

この日は、房総半島のダム巡りに出かけました。

君津市にある片倉ダムに来たのだから、ダム湖である笹川湖も
ついでに堪能しちゃいましょう。
と言うことで、訪れたのは...............笹川湖ピクニック園地


実は、笹川湖にピクニック園地と言う公園があるのを知りませんでした。
片倉ダムの駐車場近くに笹川湖周辺の地図が有り、何気に良さそうな感じなので
ちょっぴり足を伸ばしてみました。

      20160831ピクニック園地01


ピクニック園地の駐車場から眺める笹川湖。

      20160831ピクニック園地02


ピクニック園地と言うだけあって、湖畔に散歩道が設けられています。

      20160831ピクニック園地05


水面近くまで行けるので、笹川湖が身近に感じられます。

      20160831ピクニック園地06


      20160831ピクニック園地07

しかしながら、どうも『笹川湖』って言うのは、ピンと来ない。
確かに笹川を片倉ダムで堰き止められて出来たダム湖だから
『笹川湖』でもいいんだけど、片倉ダムで堰き止めて出来たダム湖だから
個人的には『片倉湖』でもいいんじゃない?って思ったりします。



きれいな芝生広場もあったりします。


緑化専用培養土を使っているからなのか?

      20160831ピクニック園地03



芝生が生き生きしているように感じたりもします。

      20160831ピクニック園地04



びいすけ は匂いをクンクン。

      20160831ピクニック園地08


芝生があれば、匂い嗅ぎが欠かせない びいすけ 。

      20160831ピクニック園地09


当然、匂い嗅ぎに余念がありません。

      20160831ピクニック園地10



ピクニック園地の奥には、吊り橋を模したコンクリートの橋。
『ヅウタ橋』と言うらしい。

      20160831ピクニック園地11

この橋を渡った先が星の広場。


星の広場に向かいましょう。

      20160831ピクニック園地12


      20160831ピクニック園地13


      20160831ピクニック園地14



星の広場は、単なる広場。
芝生の広場です。

      20160831ピクニック園地15

照明も無いから、夜は真っ暗になり空には星が満天らしい。
しかし、何も無い場所だから、ちょっぴり怖そう(笑)。


そして、星の広場に首輪のないワンちゃん。

      20160831ピクニック園地71

目が合った瞬間に茂みに逃げて行ったから
おそらく、捨てられたのか?
はたまた野生で産まれた野良犬なのか?



野生化した犬を見るのも、余り気分が良いモノでは無いので
早々に引き上げましょう。

ヅウタ橋を渡って、駐車場に戻りましょう。

      20160831ピクニック園地16


笹川湖の周辺には、まだまだ寄り道するスポットがあるようなので
次なるスポットへ移動いたしましょう...............。




2016/09/21 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう  《 亀山ダム 》 (2016年8月31日) (千葉県君津市) 

8月31日  公休日

この日は、房総半島のダムカード集めに市原市・君津市へと出かけました。


高滝湖をあとにして、向かった先は...............片倉ダム


片倉ダムは、千葉県君津市の小櫃川水系・笹川に建設されたダムです。

堤高42.7メートルの重力式コンクリートダムで、千葉県営の多目的ダムです。
千葉県内の多目的ダムの中では堤高が最も高いダムで、
片倉ダムで堰き止められて出来たダム湖は笹川湖と呼ばれています。
小櫃川流域は豪雨による水害や旱魃などの災害が頻発しており、
これに加えて都市化に伴う生活用水需要の増加や地下水汲み上げ規制などの要因により、
多目的ダムの建設が必要とされるようになりました。
昭和49年に建設事業を開始しましたが、水没する地域の住民との合意が平成5年に取れたため、
平成6年に建設工事が開始され、平成12年にダム本体が完成しました。
試験湛水が平成13年に完了し、平成14年からダムとしての管理が開始されました。



県道24号(通称、久留里街道)沿いにある片倉ダム。
何度か、この道は走った事はありましたが
いつも片倉ダムは素通りでした。
今回は、片倉ダムそのものが目的です。


こちらが片倉ダムの碑。

      20160831片倉ダム01

ダム近くにダム碑が建っているから、片倉ダムはダムの王道です(笑)。


片倉ダムで笹川を堰き止めて出来たから、
ダム湖は『笹川湖』と言います。

      20160831片倉ダム02

紛らわしいから、個人的には『片倉湖』の方が
解りやすかったんじゃないかと思うのだが...............




笹川湖と記された欄干から眺める笹川湖。

      20160831片倉ダム03



天端は、車両通行止め。
歩いて対岸へ行くことが出来ます。

      20160831片倉ダム04

下流側の欄干には『片倉ダム』と記されています。



こちらが、片倉ダム。

      20160831片倉ダム05


前日の台風(台風10号)の影響なんでしょうか?
ダムから放流されています。

      20160831片倉ダム06


      20160831片倉ダム07



天端を渡って対岸へと向かいます。

天端の途中に出窓のような展望デッキ。

      20160831片倉ダム08


笹川湖を眺めたり、

      20160831片倉ダム10


放流している様を眺めることが出来ます。

      20160831片倉ダム09


    
天端を渡り切った対岸の欄干にも『笹川湖』のプレート。

      20160831片倉ダム12


      20160831片倉ダム11



やはり、下流側には『片倉ダム』の文字。

      20160831片倉ダム13



先ほどとは、逆アングルからの『片倉ダム』。

      20160831片倉ダム14




放流している様も確認できます。

      20160831片倉ダム15


      20160831片倉ダム16


片倉ダムの概要が記された案内板。

      20160831片倉ダム17



笹川湖側から眺める片倉ダム。

      20160831片倉ダム18



片倉ダムから車で5分くらい移動した場所に『片倉ダム記念館』がありますが
ダムカードは、こちらでは配布されていません。
亀山ダム近くにある『片倉ダム・亀山ダム管理事務所』で配布されています。


こちらが片倉ダムのダムカード。

      20160831片倉ダム19


      20160831片倉ダム20



これで、手に入れたダムカードも13枚。
1枚、そしてまた1枚と、増えて行くのが楽しみです。








2016/09/20 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................香木原小学校   (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は君津市に出かけていました。


豊英大滝をあとにして、向かった先は...............君津市立香木原小学校




香木原小学校は、

明治7年に亀山の地に笹小学校・高水小学校・瀧原小学校が開校されます

明治8年 笹小学校香木原分校として設立される。
明治10年      笹・高水・瀧原の三校が合併し、亀山小学校と改称。
           亀山小学校香木原分校となる。
明治11年     亀山小学校より」笹・蔵玉の2校が分離し、
           香木原校は笹小学校香木原分校となる。
明治20年     笹小学校を合併して文淵小学校と改称
           香木原校は文淵小学校香木原分教場となる。
明治38年     香木原分教場が文淵小学校より分離独立し、香木原尋常小学校となる。
昭和22年     学制改革により、亀山村立香木原小学校と改称。
昭和29年     亀山村が久留里町、松丘村と合併して上総町が発足
           上総町立香木原小学校と改称する。
昭和45年     上総町が君津町・小糸町・清和村・小櫃村とともに合併し、君津町が発足。
           君津町立香木原小学校と改称する
昭和46年     君津町が市制施行し、君津市となり、君津市立香木原小学校と改称。
昭和63年     君津市立坂畑小学校と合併し、廃校となる。


と、このような沿革となっています。 (君津市立坂畑小学校HPより引用し加筆しています)


明治の初めには香木原村と称していた君津市の山奥にある香木原集落。
その香木原集落を突き抜ける鴨川有料道路の料金所手前に香木原小学校跡はありました。

      20150504香木原小学校01

有料道路として整備された県道脇に、この避難場所指定の看板があります。


県道のバス停脇の広い所に車を停めて廃校跡を覗きます。

何やら、瓦礫の塊があります。

      20150504香木原小学校02



さらに近づいてみます。

      20150504香木原小学校03

完全な瓦礫の山。
まさか、東日本大震災の残骸?

あれから4年も経っているし、
ひょっとして..............................

      20150504香木原小学校04



そのひょっとしてが、的中みたいです。

明らかに香木原小学校の看板か何かの残骸。

      20150504香木原小学校08


どうやら、校舎は解体されてしまったようです。

瓦礫の新しさから、少なくてもこの1年以内に解体された感じです。



別なアングルからの瓦礫の山。

      20150504香木原小学校06



事前に調べていた情報では、
平屋鉄筋RC造りの校舎が残り、跡地記念碑が残っているとのことでしたが
校舎は見事に解体されています。



こちらは、校庭に残されたシンボルツリー?

      20150504香木原小学校05


  
もう一度、瓦礫の山を眺めてみましょう。
   

この煉瓦は校舎玄関の名残りなのだろうか?

      20150504香木原小学校07



そこに びいすけ を立たせてみますが、近くにはコンクリートの破片などがあって
肉球を傷付けたら大変!
     
      20150504香木原小学校09

速攻で瓦礫の山から抜け出しました。

廃校記念碑(跡地記念碑)を探しましたが見つかりません。



香木原小学校入口に建つ携帯電話基地局のアンテナ。

      20150504香木原小学校10

廃校となった昭和63年には無かったモノです。



こちらは、かつての校庭跡地なのだろうか?

      20150504香木原小学校11

それとも、小学校の敷地外?


この一画だけは、瓦礫もなく、
安心して びいすけ を徘徊させることも出来ます。

      20150504香木原小学校12


思えば、昨年の春、そして秋と近くまで来ていたのに...............
そして、当初はこの香木原小学校も訪れる予定だったのに
ついつい時間が足りなくなって、『次回にでも!』と先延ばしにしていました。

あの時、無理してでも足を伸ばしていたら
解体前の校舎と廃校記念碑が確認出来たかもしれなかった............。



ネットでいろいろ検索していたら
解体前の香木原小学校の画像が見つかりました。
( HEYANEKOの旅心のページ  よりお借りいたしました )

      香木原小学校

2008年9月の画像で、この時には平屋鉄筋RC造りの校舎が残り、
校舎前には「跡地記念碑」と記された石碑が建っていたそうです。

跡地記念碑もがれきの中に埋まっているんでしょうか..............?

本当に残念です...............。





2015/05/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

豊英大滝     (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は君津市に出かけていました。

秋元城址をあとにして向かった先は..........豊英大


豊英大は.....................

深く削り込まれたU字谷の河床に段がつくられたもので、
幅は約20m、落差約7.5mと2.5mの2段式の構造をしており、
上段のは白糸を垂らしたように見え、
壷がちょうど水をためる広い窪みとなっており、
夏場には多くの家族が訪れ、の脇の斜面から窪みに飛び込んだり、
あるいは浮き輪を使って泳いだり、子供たちが自然を好きなように利用して遊ぶ姿が見られます。
そして落差のゆるやかな2段目のでは
滝の斜面と水流を利用した水上滑り台遊びをすることもできます。



この豊英大滝も辿りつくのに苦労しました。
何せ、地図にもナビにも載っていないので
ネットの情報で、清和県民の森のロッジ村の近くだと言う事を知り、
清和県民の森のロッジ村を目指します。


道に迷いながらも何とか、清和県民の森のロッジ村の駐車場に到着。

      20150504豊英大滝02


駐車場前にある周辺案内図を見ても、豊英大滝は載っていない。

      20150504豊英大滝01


      
この先、車で進んでも車を止められる場所があるかも分からない。
とりあえず、車を置いて週を歩いて探しましょう。

      20150504豊英大滝03


反対方向から来たハイカーの若いカップルに訊ねたら
この先(5分くらい先)に豊英大滝の看板(?)が有ると言う。

それを聞いたら、元気も出ます。

心なしか、 びいすけ のリードを引っ張る勢いも変わったような気がします。

      20150504豊英大滝21



しばらく歩けば、豊英大滝の説明看板が現れます。


      20150504豊英大滝04



どうやら、この『豊英大滝』も君津市が『二十一世紀への継承遺産』として
認定されている遺産の一つらしい。

      20150504豊英大滝05


県道(?)からは外れますが、豊英大滝へ向かいましょう。

      20150504豊英大滝06



山の中へ続く道、やがて下り道となり沢へと導いてくれます。

      20150504豊英大滝07


沢をしばらく遡上すれば、やがて豊英大滝が見えて来ます。

      20150504豊英大滝08


      20150504豊英大滝19



こちらが、二段目の滝。

      20150504豊英大滝09

確かに滑り台のようです。

     


そして、こちらが一段目の滝。

      20150504豊英大滝10





落差約7.5m。
数値的には大したことはないけれど、実際に近くで見るとそれなりの滝。
やっぱり直瀑だからかなぁ?

      20150504豊英大滝15




連休中と言うこともあって、家族連れが多い。
子供達が滝壺近くで水遊びをしています。

      20150504豊英大滝11


しばらく待っていましたが、家族連れは帰りそうな素振りもない。
せっかく来たのだから、記念写真。

フレームから子供を除くために撮影ポイントを移動。

浅瀬の中に足を突っ込むしかない。

      20150504豊英大滝12


足元の岩場は滑りやすいから、移動には気を使います。

      20150504豊英大13


      20150504豊英大滝14


      20150504豊英大滝16


      20150504豊英大滝17


      20150504豊英大滝18



出来るだけ人がフレーム内に入らないように構図を気にしながら撮っていると
滝の近くであそんでいる子供が滝壺に赤ん坊の頭ぐらいの石を投げて喜んでいる。 
さらに、隣に居た親も一緒になって投げ始めた。


さすがに、これにはキレた!  

本当は正面から、足の濡れない場所で写真を撮りたかったのに
こっちは気を使って、場所を移動して写真を撮っているのに...............

   
子供が来そうな連休に訪れる方が悪いのか?
正直、気分は良くない。


本当は、静かに滝の音を聞きながら
川の流れを眺めて居たかったのだが、
子供たちの騒ぐ声がうるさくて、早々に撤収といたしました。


滝の近くでは大人しかった びいすけ 。
水のない所にくると、いきなり元気。

フットワークも軽く、段差も飛ぶように越えて行きます。

      20150504豊英大滝20


駐車場へと向かう道。
我先とリードを引っ張り進みます。

      20150504豊英大滝21



君津市内にある滝の中では、それなりの落差と雰囲気をもつ豊英大滝ですが
単純に静寂な滝、滝本来のもつ渓谷をしっとりと味わうと言ったようなことは
ここでは求める事に無理がありそうです。
絶対に子供が水遊びをしない冬にこそ、訪れる滝のようです..............................。






2015/05/22 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

秋元城址    (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は君津市へ出かけました。

鹿野山九十九谷公園をあとにして、向かった先は...............秋元城址



秋元城は、
鹿野山から東側へ下る清和市場字根古屋(ねごや)から市宿字古城(こじょう)にかけて位置し、
東西550メートル、南北400メートルに渡る戦国時代の山城で、
小糸城あるいは青鬼(せいき)城とも呼ばれていました。
 
房総で勢力争いをしていた里見義豊が、
永正年間に臣下の秋元兵部少輔義正に命じて城を築かせたものといわれています。
しかし、義正の子、義久の時代の永禄7年(1564年)に北条軍によって攻められ、
義久の死とともに落城したと伝えられています。

この城は、近世の城から連想される「天守閣のあるお城」とは異なりますが、
城跡を歩いてみると、自然地形を削って平らにした曲輪や、
曲輪の縁辺に設けられた土手状の土塁、尾根筋を遮断した堀切などの跡がうかがえ、
戦国時代の山城の姿を想像させてくれます。
 
平成13年6月から7月にかけて城跡の一部の学術発掘調査が行われ、
主郭部を中心に防備のための平場をつくるために、
大規模な造成が行われていた痕跡が確認されました。



こちらが、秋元城の縄張り図

      秋元城縄張り図

( 余胡くんのHP よりお借りしました)



県道沿いに建つ秋元城址の説明看板。

      20150504秋元城址01


      20150504秋元城址02


看板には縄張り図も載っていました。

      20150504秋元城址03



説明看板の近くに建つ標柱。

      20150504秋元城址04



説明看板の裏手、上総地区では見かけることが多いヤグラ?
はたまた、戦時中の防空壕なのか?

      20150504秋元城址05



こちらが、秋元城の登城口。

      20150504秋元城址06

いざ、秋元城攻城と参りましょう!



登城路を上っていくと、二又路。
右に行けば、千畳と言う広い郭、さらには主郭。
左は根古屋。


      20150504秋元城址07


根古屋は畑と化していて、猪に荒らされないように高圧電線が張り巡らせています。

びいすけ が触ったら危険なので根古屋地区の探索は諦めます。

      20150504秋元城址08



主郭目指して、登城路を上ります。

      20150504秋元城址09

登城路には幾つかの虎口があります。

いきなり目の前に現れた大堀切。
それが虎口となっています。

      20150504秋元城址10

秋元城、なかなかのモノ。
これは期待できそうです。


大堀切の虎口を反対側から見るとこんな感じ。

      20150504秋元城址11

まさに、岩盤をくり抜いて作られた虎口。
いゃあ、素晴らしい。


この先は稲荷社のある郭。
登城路から右に上って行く感じで郭が設けられています。

      20150504秋元城址12


さほど広くはない郭。

      20150504秋元城址13

おそらく、見張り台のような役割をしていたのでしょう。



郭奥に鎮座する稲荷社と金比羅社。

      20150504秋元城址14


この郭の虎口も見応えあり。

      20150504秋元城址15



再び、登城路に戻り、千畳を目指します。

      20150504秋元城址16


傾斜もちょっぴりきついけど、それよりも湧水で泥濘んでいるから
ロープがあると助かります。

      20150504秋元城址17


人間はロープに助けられましたが、四足歩行の びいすけ は、自力で上ります。
さすが四駆。

千畳の虎口に到着です。

      20150504秋元城址18



千畳から虎口を振り返ります。

      20150504秋元城址19



千畳の虎口近くに建てられた、君津市の『二十一世紀への継承遺産』の標柱。

      20150504秋元城址20

ここ、秋元城址も継承遺産とされているようです。
これで幾つ目の継承遺産になるのだろうか?
こうなりゃ、31ヶ所完全制覇を目指そうかな(笑)。



この先が千畳(敷)。

      20150504秋元城址21


中央部には、標柱も建てられています。

      20150504秋元城址22



確かに広い郭です。

      20150504秋元城址23



千畳の奥にみえる土壇。

土塁かと思っていたら、三段に削平された郭です。

      20150504秋元城址24


三段の郭はこの先。

      20150504秋元城址30



一段目の郭。

      20150504秋元城址25



二段目の郭から見下ろす一段目の郭。

      20150504秋元城址26


こちらが二段目の郭。

      20150504秋元城址27



そして、三段目の郭。

      20150504秋元城址28



郭の中央部に建てられた標柱。

『御殿 西向三段』

      20150504秋元城址29

すなわち、ここが主郭であり、御殿が建てられていたことになります。





千畳の奥、そして三段の郭下の先には土橋があります。
      
      20150504秋元城址31




土橋の先は、鹿野山の尾根と化していきます。
秋元城の山城たる部分が一気に見えてきます。


いきなりの二又路。
右に進路を取り進軍します。

      20150504秋元城址32


右方向は、やがて八幡社のある郭。

      20150504秋元城址33


土塁もしっかりと残っています。

      20150504秋元城址34


二又路の左。
すぐに視線に飛び込む井戸跡。

      20150504秋元城址35

今は枯れているけれど、この井戸が秋元城の貴重な水源だったのでしょう。



さらに、奥へと進軍します。

やがて、秋元城最奥の大堀切。

      20150504秋元城址36

滑りやすいので設置されたのでしょうか?
ロープを伝って下って行きます。


こちらが、その大堀切。

      20150504秋元城址39



大堀切を下って、さらに奥へと進軍すると
やがて、垂直な壁。
足が架けられるように削ってはあるものの、ロープに頼らなければ、垂直な壁は登れません。

      20150504秋元城址37


びいすけ も爪を立てて頑張って登ります。

      20150504秋元城址38

何とかして登りきったものの、その先は断念。

本当は垂直な壁を下りきった底に、岩をくり抜いた畝堀があるらしいとのことですが
はっきり言って、その場所に辿りつくのは無理。諦めました。




再び、西向三段下に戻り、下山します。

西向三段の城塁。

      20150504秋元城址40




こちらが、秋元城主の末裔の方が建てられた、城址碑。

      20150504秋元城址41


      20150504秋元城址42


城址碑には、小糸城と記されています。

      20150504秋元城址43


秋元城と言うよりは、小糸城と言った方が正解なのだろうか?



しかし、この秋元城。
なかなかヘビーと言うか、かなり見応えのある山城でした。
何年かしたら、また訪れたい城址です。
そのときは断念した畝堀にチャレンジしてみよう..............................





2015/05/21 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

九十九谷公園    (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は、君津市へ出かけました。

鹿野山小学校(跡)をあとにして、向かった先は...............九十九谷公園


  
九十九谷公園は..............................、
高宕山など上総丘陵が幾重にも連なる山並みの風景を
眼下に一望することができます。
これら山谷の織り成す景観を総称して九十九谷と呼ばれており、
夜明け前から日の出直後と日の入り前の情景は墨絵の世界にも例えられているそうです。

紅葉の時期に見られる緑と紅のコントラストや
冬季の雨上がりの早朝、霧の中に浮かび上がる幽玄な景観など、
四季折々の表情を楽しむことが出来るそうです。
この景観は君津市の次世代に伝えたい20世紀遺産及び、千葉県の眺望百景にも登録されています。



マザー牧場方面から鹿野山へと抜ける県道をさらに走り
神護寺からしばらく走れば、やがて眺望の拓けた場所が現れます。
そこが、九十九谷公園となります。

県道を走っていれば、こんな看板が目に入ります。

      0150504九十九谷公園16

こちらの看板では『九十九谷展望公園』。




公園入口には...............

      0150504九十九谷公園30

『九十九谷公園』と記されています。

一体、どちらが正しいのか...............?


そんなことを気にするよりも、
とりあえず車を九十九谷展望公園駐車場に入れます。


とにかくこの公園に来たら
まずは、その眺望を楽しみましょう。

駐車場からの眺望。

      20150504九十九谷公園01


      0150504九十九谷公園02


県道を挟んだ対面にある公園が九十九谷公園なのか?

      0150504九十九谷公園03



観光地、景勝地でよく見かける石碑。

『房総の魅力 500選』の碑。

      0150504九十九谷公園04


とにかく、鹿野山の尾根伝いに展開する展望地だから
眺望はすこぶる良い。

びいすけ も思わず身を乗り出します。

      0150504九十九谷公園05


陽射しはあるものの、所々に雲があり
快晴と言う訳ではないけれど、眺望は良い。

      0150504九十九谷公園06


前方の黒ずんだ雲がなければ、もっと遠くまで眺めることが出来るだろう。

      0150504九十九谷公園07


      0150504九十九谷公園08



せっかくの景色だから、 びいすけ と眺望のマッチング。

      0150504九十九谷公園09


      0150504九十九谷公園10


ここにも、君津市の『二十一世紀への継承遺産』の標柱がありました。

      0150504九十九谷公園11

う〜む、これは31ヶ所追いかけろ!と神の指示なのか?(笑)



こちらが、九十九谷の説明看板。

      0150504九十九谷公園12


昭和を代表する著名な画家、東山魁夷が昭和22年の第3回日展で特選を受賞した作品『残照』は
この鹿野山の九十九谷辺りからの風景を画にしたものらしい。

      0150504九十九谷公園13

ひょっとしたら、ここからの眺めは夕暮れ時が良いのだろうか?



それにしても、東山魁夷がこの眺望を画にした時代は
鹿野山の麓から鹿野山道を歩いて来ないと手に入らなかった訳なのだが、
今や、県道を車で上って来れば、簡単に手に入る。
便利な時代になったものです。

      0150504九十九谷公園14


      0150504九十九谷公園15


     
公園そのものは大きくなく、ゆっくり歩いても5分程度で一周してしまいます。
何しろ、ゴルフ場に隣接したわずかながらの削平地を公園にした感じです。

公園奥にある芝生広場。

      0150504九十九谷公園25


ロングリードで気持ちよく徘徊する びいすけ 。

      0150504九十九谷公園26



この奥はゴルフ場。

      0150504九十九谷公園27




公園から県道を挟んだ向かいにある白鳥神社。

      0150504九十九谷公園17


こちらが白鳥神社の説明看板。

      0150504九十九谷公園18

伝承によるとその昔、日本武尊の東征にあたり妃の弟橘媛が浦賀水道に入水して嵐を鎮めました。
日本武尊は房総半島に渡り民を苦しめる阿久留王を征伐しました。

東征帰途日本武尊は亡くなり、白鳥となって当地まで飛んできました。
そのため民が白鳥神社を創建したということです。
まあ、あくまでも神々の逸話、神話って言うヤツですかねぇ...............。

白鳥神社は鹿野山を構成する三山のひとつ、白鳥峰の山頂付近に建っているそうです。




こちらが拝殿。

      0150504九十九谷公園19



拝殿奥には、さらに山懐の奥へと続く道。
しかし、隣はゴルフ場なので、この先へは遠慮しました。

      0150504九十九谷公園20



拝殿前に建つ説明看板。

      0150504九十九谷公園21

鳥居前の説明看板より古い物。
しかし、こちらの方が詳しく書かれている気がします。

由緒を要約すると............

白鳥神社の由来は諸説あるが、
この地を支配していた豪族阿久留王を征伐した日本武尊に纏わる話が多い。
日本武尊は伊勢の熊煩野で亡くなりその地に葬られたが、
墳墓の中から一羽の白鳥が出てきて東に向かって飛び立ち、
鹿野山山頂に来て止まったので、ここに祠が設けられ、その後白鳥神社となったそうだ。
聖徳太子が神野寺を建立したとき白鳥神社を崇敬し、東国の鎮守と称した。
また僧円仁はこの神社を改造したとも言われている。
昔から武将の崇敬も厚く、永正十年(1513)に真里谷城主武田信勝が寄進したが、
更に久留里城主里見義堯や佐貫城主らによって寄進されている。
元々は白鳥峰山頂に社殿はあったが、大正六年に上陸した台風によって崩壊した。
この為、以後現在の中腹の現在地に社殿は建て直されたという。



そしてこちらが、日本武尊の弟・橘媛を祀った橘比売神社

      0150504九十九谷公園22


扁額の代わりに大きな櫛が掲げられています。

      0150504九十九谷公園23


境内から鳥居を見下ろしてみます。

      0150504九十九谷公園24

何となく、パワースポットらしさを感じる雰囲気。

由緒ある神社だから、尊厳さも感じでしまいます。




再び、九十九谷公園に戻って、今一度景色を眺め
その眺望をしっかりと瞼に焼き付けます。

びいすけ、お前もしっかりと見ておくんだよ。
      
      0150504九十九谷公園28


      0150504九十九谷公園29





瞼にしっかりとその眺望を焼き付け、この地をあとにするのでありました..............................。






    


2015/05/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............鹿野山小学校   (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は君津市に出かけていました。

三舟山陣場跡をあとにして向かった先は..........君津市立鹿野山小学校


鹿野山小学校は

明治8年     学制令に基づき開校 神野寺1室借用
明治20年    弘道小学校の付属校、鹿野山小学校小学簡易科として認可された
明治26年    秋元村立鹿野山尋常小学校として認可
明治33年    明珠院に学校移転
大正6年     大暴風雨襲来、校舎倒壊 明珠院大修理を行う
大正8年     校舎焼失 以後仮住まいが続く
大正12年    関東大震災により、仮住まいの山口旅館校舎全壊
大正14年    校舎新築 秋元村鹿野山324番地
昭和22年    秋元村立鹿野山小学校に改称
昭和30年    町村合併、秋元村と三島村が合併し、清和村誕生
          清和村立鹿野山小学校に改称
昭和45年    清和村解村、町村合併し、君津市となる。
          君津市立鹿野山小学校に改称
昭和46年    現在の校舎に移転
昭和50年    開校100周年記念式挙行
平成11年    惜しまれながら閉校し秋元小学校に統合
          その後校舎は取り壊され現在は更地となっている 

と、このような沿革となっています。(鹿野山ホームページより引用しました)


とは、言いながらも、既に校舎も解体されて更地になった場所。
正直、探すのが大変でした。


おおよその場所に見当を付けていたものの、目印になる物が全くなく
県道を行ったり来たりの繰り返し。

近くの民家のおじいさんに
「この近くに昔の鹿野山小学校はありませんか?」と聞いたら
「神護寺の裏手にある」と言われ、神護寺まで行くと、
いきなりお巡りさんに車を止められました。

『えっ! 何事? 違反でもした? 』

『まさか虎が逃げた?(笑)』
(この洒落は40代後半以上でないと分からないかな)(笑)


何のことはない、シートベルトの着用と交通安全のキャンペーンで
地元の方々と一緒に花を配っていたのでした。

      20150504鹿野山小学校22

花を配っていた、おじさんに訊いたら、昔の鹿野山小学校は
上の写真の食堂の上の台地にあったらしい。
それが、1kmほど手前の森の奥に移転し、後に廃校となったらしい。

慌てて、1kmほど戻ります。


道路端にある看板。

      20150504鹿野山小学校02

実は、この看板が目印になっていたりする。


この看板の近くに森の中に入って行く未舗装の細い道がらあります。

      20150504鹿野山小学校01

奥に門柱らしきモノが確認できます。



こちらが、かつての校門。
      
      20150504鹿野山小学校03

残念ながら、門柱に表札は残っていませんでした。


何やら物騒な張り紙。

      20150504鹿野山小学校04



どうやら、野生の猪が居るみたいで、ここにも捕獲用な罠(檻)が設置されていました。

      20150504鹿野山小学校05



それも2基。

      20150504鹿野山小学校06


      20150504鹿野山小学校07




既に校舎は解体されて更地になっていると聞いてはいましたが
学校遺構が全く残されていない。

      20150504鹿野山小学校09


      20150504鹿野山小学校10



それらしいモノと言えば、ソテツの木。

確か、私の学んだ小学校にもあったような気がします。

      20150504鹿野山小学校08


門柱の脇に無造作に捨てられている消火栓。

      20150504鹿野山小学校11

学校の場合、消防法で言うところの特定防火対象物になるけれど
更地になったから、不用になったとは言え、悲しい姿です。


そして、刻まれた文字がいまいち判読できなかった石碑。

      20150504鹿野山小学校12

廃校の碑では無いようだが、無造作に捨てられて(?)います。




廃校の碑とかは無いのか?と思っていたら
校舎解体時に神護寺の境内に移されたらしい。


こちらが、神護寺の境内にある記念碑。

      20150504鹿野山小学校16

      
20150504鹿野山小学校15


おそらく、鹿野山小学校の発祥の地だから、校舎解体時にこちらに移されたのでしょう。

個人的には、更地になっても記念碑だけは移さずに残して欲しかったと思うのですが...............。    



沿革の刻まれた石碑。

      20150504鹿野山小学校17



おそらく校庭に置かれていたであろう石碑たち。

      20150504鹿野山小学校18


      20150504鹿野山小学校19


      20150504鹿野山小学校20



そして、こちらが神護寺。

      20150504鹿野山小学校21

ちょっぴり長生きしている人は知っているけれど、
虎が脱走したことで有名になった寺。



この神護寺に至る古道は、鹿野山道と言うらしい。

      20150504鹿野山小学校13


この鹿野山道も君津市が指定する『二十一世紀への継承遺産』と言うことです。

      20150504鹿野山小学校14


鹿野山の麓から、この神護寺まで歩いて来るのは大変だけど
いつか、 びいすけ と歩いてみたいなぁ..............................


     

2015/05/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

三舟山陣場跡  (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は君津市の城址巡りに出かけました。

常代城址をあとにして、向かった先は.................三舟山陣場跡


第2次国府台合戦において里見氏は北条氏によって大敗を喫しました。
このため、北条氏は里見義弘の上総北部・西部の里見領を悉く占領し、
東部においては里見氏の重臣であった正木時忠・土岐為頼を帰順させました。
更には里見義弘の居城である佐貫城を奪うべく、
三船山(現在の呼称は三舟山)の山麓にある三船台の地に砦を築き、
北条家当主の氏政自らが総督した。
里見義弘は三船台の砦ができた場合、南に1里しか離れていない佐貫城が危機に晒されると考えて
三船台に駐屯する北条軍を攻撃しました。

これを知った北条氏政は太田氏資らとともに江戸湾を渡海して佐貫城攻撃に向かい、
一方弟の北条氏照は原胤貞とともに別働隊を率いて市原郡方面から小櫃川沿いを遡って、
義弘の父・里見義堯の居城である久留里城の攻撃に向かわせました。

これに対して義弘は正木憲時とともに佐貫城を出撃して、
三船台に集結した氏政の軍を攻撃しました。
戦いは激闘となり、里見軍が北条軍を破りました。
この時、殿を務めた太田氏資が戦死し、また北条・里見の両水軍の間でも激しい戦いが行われ、
勢いに乗じた里見軍が北条軍を追撃する姿勢を見せたために、
水陸から挟撃されることを恐れた北条軍は全軍を相模国に撤退させました。

これが、世に言う北条・里見の三船山合戦であります。

この合戦の際に北条軍が陣を築いたのが三舟山陣場(三舟山砦)です。





こちらが三舟山陣場の縄張り図

      三舟山陣場縄張り図

     ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )




三舟山の山麓にある駐車場に車を停めて、北条氏の陣跡である三舟山にいざ参らん!

      20150504三船山陣場03


駐車場にあった三舟山の案内板。

      20150504三船山陣場01

どうやら、ハイキングコースになっているようです。


駐車場から、陣跡経由でぐるっと廻って約45分のコースのようです。

      20150504三船山陣場02




こちらが登城ロ。

      20150504三船山陣場04


ハイキングコースの始点でもあります。

      20150504三船山陣場05


しばらく上り坂が続きます。

そして、こんな看板が現れます。

      20150504三船山陣場06

どうやら、NHKの大河ドラマ『八重の桜』のロケ地だったようです。

主演の 綾瀬はるか は、好きな女優ですが、このドラマは観ていませんでした。
いつか、DVDでも借りて観てみようかな?


      20150504三船山陣場07


      20150504三船山陣場08



さらに、上り坂は続きます。

      20150504三船山陣場09


そして、三叉路。
左に行けば、展望台。
右に行けば、陣場跡。

当然右に進路を取ります。

      20150504三船山陣場10




その先には、また『八重の桜』の撮影ポイント。

      20150504三船山陣場11


      20150504三船山陣場12



木立に囲まれた道を歩き...............

      20150504三船山陣場13



いきなり、視界が広がった平地が『三舟山陣場』。

      20150504三船山陣場14


かなり汚れている説明板。

      20150504三船山陣場15



その隣に建つ標柱。

      20150504三船山陣場16



実は、この標柱は君津市が選定した『21世紀への継承遺産』

      20150504三船山陣場18


この『21世紀への継承遺産』の標柱は、
君津市内の史跡、景勝地などに建てられていて
その数は、31あるらしい。
君津市役所のHPには『20世紀遺産』として、
その31ヶ所が掲載されています。



何もない、陣場跡。

      20150504三船山陣場19


      20150504三船山陣場17


     
びいすけ が居る辺りに、北条軍の兵士が戦に備えて待機していたのだろうか?

      20150504三船山陣場20



この辺りには野生の猪が居るようで、
陣場の隅に捕獲罠が仕掛けられていました。

      20150504三船山陣場21



遺構らしい遺構もない陣場跡から散策路(ハイキングコース)を更に進みます。

      20150504三船山陣場22



三舟山の山頂辺りは桜の明所。(通称、お花見広場)
多くのソメイヨシノが咲き誇る春には、花見客がいっぱいらしい。

この時期は完全な葉桜状態。

      20150504三船山陣場23




展望台に向かう途中にある塚。

      20150504三船山陣場24



さらに、別な塚。

      20150504三船山陣場25


都合、3つの塚があります。
これも陣場の何かの名残りなのだろうか?

      20150504三船山陣場26



こちらが、展望台。

      20150504三船山陣場27



せっかくだから、上ってみましょう。

      20150504三船山陣場31



展望台からの眺望。

      20150504三船山陣場29



眼下には、車を停めた駐車場が見えます。


      20150504三船山陣場28



      

展望台脇の視界の広がった場所も『八重の桜』の撮影ポイント。
     
      20150504三船山陣場32


      20150504三船山陣場33



さあ、一気に下山しましょう。

展望台から先の下山コースを歩きます。


こちらが、お花見広場。

      20150504三船山陣場34

確かに、桜の木が多いが、完全な葉桜。



こちらの道が本来の三舟山陣場への登城路なのか?
細い山道で、それなりの雰囲気があります。

野生の動物でも居るのか?
やたらと茂みが気になる びいすけ 。

      20150504三船山陣場35


どことなく、笑顔のようで................

      20150504三船山陣場36


      20150504三船山陣場37


どうやら、 びいすけ には、この三舟山を歩くのは合っていると言うか、
この三舟山が気に入ってくれたようです。

来年の桜の時期に、また訪れようかな...............?



2015/05/18 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常代城址   (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

この日は、君津市へ出かけました。

三直城址をあとにして、向かった先は...............常代城址



君津市常代にある常代神社の南隣の台地が常代城址と言うことですが、
常代城の歴史に付いては全く不明であり、
一部では地元豪族の居館として利用されていたが、
戦国時代になり里見氏の勢力化の中で支配され、
改修されていった城郭ではないか?と言う説もあるようです。



まずは、常代神社を目指します。

しかし、この常代神社がなかなか見つからない。
周辺を車であっちに行ったり、こっちに行ったりと
近くに来ているのに、30分近くも車で周辺を徘徊してしまいました。



こちらが常代城の縄張り図。

      常代城址縄張り図

( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )


そして、こちらが常代神社。

      20150504常代城址01


      20150504常代城址02


神社そのものもちょっとし高台となっていて
拝殿裏には、腰曲輪があったり、大堀切があります。

      20150504常代城址03



鳥居脇から大堀切へと続く登城路(?)

      20150504常代城址04


大堀切には竹が鬱蒼と茂り、こちらも竹藪状態の城址です。

      20150504常代城址05



どうやら、筍泥棒の防止でしょうか?
大堀切には柵が設けられ、中には入れません。

      20150504常代城址06



さらに奥へと続く道は、やがて藪の中へ...............

      20150504常代城址07

さすがに藪の中を進軍する勇気も気力もありません。


どうにか台地に上がるルートを探し、常代城の攻略を続けます。

      20150504常代城址08


こちらは主郭手前の腰曲輪。

      20150504常代城址09


      20150504常代城址10



そして、こちらが主郭。
主郭の周りを高さ5mほどの土塁が取り巻いていますが
写真じゃ分かりづらいかな?

      20150504常代城址11


主郭も完全な竹藪。
ただ、筍畑(?)として活用しているようで
それなりに手入れされているようです。


      20150504常代城址13



土塁によじ登って、主郭を見下ろしてみます。

      20150504常代城址14



土塁上にて。
土塁の上に居ると言うよりは、尾根に立っているって言う感じです。

      20150504常代城址15



こちらが主郭虎口。

      20150504常代城址16



本当はもっとじっくり見学していたかったのですが
何せ許可を戴いた訳ではないので、筍泥棒に勘違いされるのも何だし、
早々に鉄舟することに..............................。

      20150504常代城址17



竹藪を抜けると、常代神社の隣の民家の庭先に出るようですが
もう一度、大堀切の方へ戻ります。

      20150504常代城址18


      20150504常代城址19


常代神社に戻り、鳥居脇から民家の庭先をながめてみます。

こちらが、本来の登城口、登城路

      20150504常代城址20

見た感じ、虎口の様に見える
こちらは完全にフェンスの奥だから入って行けない。



せっかくだから、常代神社も参拝していきましょう


城塁の様にも見える常代神社の土塁。

      20150504常代城址21


鳥居をくぐり、石段を上がった先は拝殿

      20150504常代城址25


      20150504常代城址22

      20150504常代城址24


拝殿に掲げられた扁額(神額)

      20150504常代城址23



城郭ファンのブログを拝見させていただくと
先ほどの竹薮に入れなくて、この神社で断念された方も多いようです。
この辺りが城郭巡りの難しいところでもあるようです。





2015/05/17 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

三直城址  (2015年5月4日)(千葉県君津市) 

5月4日 公休日

世間ではGWの真っ只中。
かく言う私も5月4日、5日と連休をいただきました。

この日は、房総半島の君津市へ出かけました。


最初に立ち寄ったのは..............................三直城址



三直城の築城年代は詳らかではないが、
平安時代の文徳斉衝年間(854年~857年)に
藤原三直が居城し、周准の国を開いたと伝えられています。

戦国期には、里見家臣・忍足治部少輔の居城として、
北条氏との攻防の拠点となったと伝えられています。



こちらが、三直城の縄張り図。

      三直城 縄張り図

          (  余胡くんのホームページ   より、お借りしました  )


君津市民文化センターに隣接する君津バスターミナルの裏手にある台地が
三直城址となります。


      20150504三直城址01


      20150504三直城址02


君津バスターミナルの駐車場が1時間までなら無料で停められるので
駐車場に車を入れ、台地を目指します。

台地を上りきったところが、四郭となり
以前は登城口の近くにゲートボール場があったらしいが
現在は、それらしき場所はありません。

目印になるのが、このバス停。

      20150504三直城址22


バス停近くにある登城路。

      三直城祉



この奥の左手が三直城址となります。


一面の竹藪の三直城址。
この時期は竹藪に入るには、それなりの覚悟が必要です。
と言うのも、筍泥棒と勘違いされる可能性があるからです。

この竹藪の奥が四郭。

      20150504三直城址03


ちょうど、この写真を撮っている時に1台の軽トラックが入って来ました。

この竹藪を管理している方で、城址見学の許可をいただきました。
これで、大きな顔をして、竹藪の中へも入って行けます(笑)。


三郭の竹藪に入ると、いきなり土塁が目の前に...............

      20150504三直城址04

これは期待できそうです。


では、三直城攻略と参りましょう。

      20150504三直城址05



三郭から二郭へと繋がる土橋。

      20150504三直城址06



このアングルの方が土橋が分かりやすいかも?

      20150504三直城址07



土橋脇の空堀。

      20150504三直城址08

かなり埋まっています。
しかし、倒れている竹もなく、しっかりと管理されています。
筍畑(?)として管理されているようです。



土橋の先は二郭の虎口。

      20150504三直城址09


二郭虎口の土塁。

      20150504三直城址10


まだまだ三直城への攻略は続きます。
さらに先に進軍しましょう。

二郭と主郭を隔てる空堀。

      20150504三直城址11

こちらも、かなり埋もれています。

そして三郭、二郭と比べて廃れている感が強い。


君津バスターミナルの駐車場が1時間までなら無料で停められるので

空堀に架かる土橋。
数百年経っても、その姿をはっきりと見せてくれます。

      20150504三直城址12



土橋の上から見た空堀。

      20150504三直城址13


倒れた竹が多くて、とても降りる気にはならない。

      20150504三直城址14



土橋の先は、主郭虎口。

      20150504三直城址15


主郭虎口から振り返れば、今渡ってきた土橋がはっきりとわかります。

      20150504三直城址16



こちらが、主郭。

いくぶん、人の手が入っているものの、三郭、二郭と比べると
倒れている竹が多い。

      20150504三直城址17


主郭そのものは40m四方ぐらいとのことですが
倒れた竹を避けながら奥へと進軍する気にはなれません。


主郭中央部あたりで踵を返すことにします。

      20150504三直城址18


主郭虎口の土塁。

      20150504三直城址19



主郭内部から見た虎口。

      20150504三直城址20


      20150504三直城址21


台地を下り、君津バスターミナルの駐車場へと戻ります。

駐車場へ向かう途中にある大堰。
  
      20150504三直城址23


この台地にも、蔵屋敷と言う城郭遺構があるらしい。
そちらは、またいずれの機会にも訪れることにしよう。


三直城址。
竹藪しかないと聞いていたけれど、しっかりとした土橋が残り、
三郭、二郭は竹藪の中も整備されていて、見応えのある城址でした...............。










2015/05/16 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............福野小学校   (2014年11月21日)(千葉県君津市) 

11月21日 公休日

この日は、君津市に出かけていました。

蔵玉小学校をあとにして、
向かった先は............君津市立福野小学校


福野小学校は

明治14年     怒田村の福野地区に福野校設立。
明治33年     福野地区、白鳥村石塚地区にて共同して校舎建立。
明治34年     久留里町立福野尋常小学校として創立。
明治38年     市原郡白鳥村の児童の受け入れを委託される           
昭和22年     学制改革により久留里町立久留里第二小学校と改称。
昭和29年     久留里町・松丘村・亀山村と合併して上総町が発足
           上総町立久留里第二小学校と改称。         
昭和30年     上総町立福野小学校と改称。
昭和45年     上総町が君津町・小糸町・清和村・小櫃村とともに合併し、君津町が発足。
           君津町立福野小学校と改称。
平成14年     廃校となる

     と、このような沿革となっています。



こちらが、福野小学校。

      20141121福野小学校20



廃校から既に月日が流れ、校門のゲートは閉められています。

      20141121福野小学校21



閉まっているゲートを勝手に開ける訳にもいかないから
ぐるっと校舎の裏手に回ってみます。

      20141121福野小学校19


通りに面した正門は閉ざされていますが
田舎の小学校にありがちな、裏手にはフェンスもない。

そちら側から校内に入らせてもらいました。



綺麗な木造校舎です。

      20141121福野小学校04


      20141121福野小学校08




こちらは、保健室のようです。
やはり木造ですが、平屋の別棟になっています。

      20141121福野小学校05


      20141121福野小学校18





校庭の真ん中に立つシンボルツリー。
この木が子供たちの成長を見守ってきたのでしょうね。

      20141121福野小学校06


      20141121福野小学校11




こちらは資材倉庫が何かのようです。

      20141121福野小学校07






こちらが廃校の記念碑。

      20141121福野小学校01



沿革もしっかりと刻まれています。

      20141121福野小学校02


      20141121福野小学校03





校庭も広くなく、校舎も大きくない。
山奥の集落に似合った大きさの福野小学校。

とにかく、この木造校舎には
何故か私の心を捉えるさせるモノがあります。

      20141121福野小学校17



窓枠がサッシになり、ちょっぴり現代的な感覚もありますが
昭和35年に建てられた2階建ての木造校舎。

      20141121福野小学校16

地域に密着していた小学校だったから
地域の人々に大切にされていたから
こんなに綺麗の残されているんでしょう。



木造校舎を眺め、そして校舎前の芝生の校庭を徘徊する びいすけ を眺めていると、
しばし、時の流れを忘れてしまいそうです

      20141121福野小学校09


      20141121福野小学校10


      20141121福野小学校12


      20141121福野小学校13


      20141121福野小学校14



『よく学び よく遊べ』

もうこの福野小学校では、学ぶべき子供も、遊ぶべき子供もいません。

      20141121福野小学校15



廃校から、既に12年の月日が流れましたが
地元の方々に大切にされている福野小学校。

いつまでもこの美しさ(?)を残していって欲しいものです...................。。




2014/12/11 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit