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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り.................吉原神社 (2018年10月18日)(東京都台東区) 

10月18日

この日は、都内・台東区の御朱印散歩。

鶯谷(根岸)から、下谷〜千束〜浅草と抜けて上野まで戻ると言うルート。

鷲神社あとにして、向かった先は......................吉原神社。


吉原神社は、台東区千束に鎮座する神社です。

鷲神社と、吉原神社の直線距離は僅かですが、間に台東病院があるため
ぐるっと回る形になりますが、5分もあれば吉原神社に到着です。

吉原神社は、かつて吉原遊郭にお祀りされていた五つの稲荷神社と
遊郭に隣接する吉原弁財天を合祀した神社です。
五つの稲荷神社とは玄徳(よしとく)稲荷社、明石(あかし)稲荷社、
開運(かいうん)稲荷社、榎本(えのもと)稲荷社、九郎助(くろすけ)稲荷社の五社で、
倉稲魂命(うがのみたまのみこと)を御祭神としています。
 
また吉原弁財天の御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)で、
吉原神社にお祀りされていると共に、
現在でも本宮が大切にお祀りされていて信仰が続いています。




こちらが、社号標。

      20181018吉原神社01



鳥居。

      20181018吉原神社02



狛犬。

      20181018吉原神社03


      20181018吉原神社04


手水舎。

      20181018吉原神社05



こちらは、拝殿。

      20181018吉原神社06


      20181018吉原神社07


拝殿正面。

      20181018吉原神社08


      20181018吉原神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181018吉原神社10


別アングルからの拝殿。

      20181018吉原神社11



そして、こちらが本殿。

      20181018吉原神社12



境内社 「お穴様」。

      20181018吉原神社13

地中の神様が祀られていて、心を込めてお参りすると必ず福が得られると言うことらしい。本当かな?(笑)



なぜか、「お穴様」の前には、二体の小さな鬼の像。

      20181018吉原神社14



境内には、浅草名所七福神の幟もはためく。

      20181018吉原神社16


      20181018吉原神社17

吉原弁天社は、徒歩1〜2分の場所に鎮座しています。



こちらは、神輿庫。

      20181018吉原神社18


鳥居脇には、逢初桜。

      20181018吉原神社19


      20181018吉原神社20

逢初とは恋焦がれている人に初めて会うという意味で
江戸時代より遊客の出逢いを叶える桜として、
新吉原入口の玄徳稲荷社脇に植えられ、
同じく稲荷社脇にあった「駒止松」、
さらに新吉原入口の「見返り柳」と合わせて
「廓(くるわ)の三雅木(さんがぼく)」として知られていたそうです。

現在の逢初桜は平成24年に植樹された枝垂れ桜で、
春には見事な花を咲かせているそうです。




この細長い建物が社務所。

      20181018吉原神社21

1階が授与所になっている。


そして、こちらが授与所。

      20181018吉原神社22

御朱印は、こちらで拝受できます。


こちらが、吉原神社の御朱印。

      20181018吉原神社23
2018/12/05 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り................. 浅草名所七福神 《 鷲神社 》 (2018年10月18日)(東京都台東区) 

10月18日

この日訪れた浅草のお酉様である、鷲神社。

      20181018鷲神社02


      20181018鷲神社10


      20181018鷲神社14





実は、浅草名所七福神の一つでもある。


浅草名所七福神は、七福神と言いながら
東京都台東区・荒川区の9寺社に祀られている七福神の巡礼札所です。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

『えっ! 七福神なのに 9寺社?』と思いますが、
これは、福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。

その構成は、
大黒天     浅草寺
恵比須     浅草神社
毘沙門天    待乳山聖天
布袋尊     橋場不動院
弁財天     吉原神社
寿老人     石浜神社
寿老人     鷲神社
福禄寿     矢崎八幡宮
福禄寿     今戸神社

となっています。  


ここ、鷲神社は、浅草名所七福神の寿老人にあたります。
七福神好きとしては、素通りはできません。
しかしながら、境内を探しても、七福神らしきものはない。

そもそも浅草七福神の寿老人が2ヶ所あること自体が
正直言ってよく分からない。
もう1ヶ所の石浜神社は、境内社として寿老人を祀っていたから
何となく許せるけれど、鷲神社はどうなっているんだろう?

鷲神社も寿老人を祀っていると言うことですが
見た感じ、見当たらなかったんだけどなぁ。
探し方が悪かったんだろうか?

と言いながらも、しっかりと御朱印はいただいちゃいました。


こちらが、浅草名所七福神 鷲神社の寿老人も御朱印です。

      20181018浅草名所 鷲神社001

神社系の七福神だと『寿老神』って表記することが多いけれど、
こちらは『寿老人』。

これだけは許せちゃったりして....................(笑)。





2018/12/04 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.................鷲神社 (2018年10月18日)(東京都台東区) 

10月18日

この日は、都内・台東区の御朱印散歩。

鶯谷(根岸)から、下谷〜千束〜浅草と抜けて上野まで戻ると言うルート。

千束稲荷神社をあとにして、向かった先は.......................鷲神社。


『鷲神社』と書いて、『おおとりじんじゃ』と読みます。
日本語はなかなか難しい。


鷲神社は、台東区千束に鎮座する神社です。

東京の下町、浅草で古くから「お酉様(おとりさま)」と呼ばれて親しまれている神社です。
そして、その酉の市(とりのいち)の発祥の地でもあるようです。


言い伝えによれば、古来この地に天日鷲命が祀られており、
その神社に日本武尊が東征の折に戦勝を祈願したとされるが、
実際は隣接する長国寺に祀られていた鷲宮に始まるという事です。

江戸時代中期から酉の市で知られ、東京都足立区花畑7丁目の大鷲神社の「おおとり」に対し、
鷲神社は「しんとり」と称されたそうです。
明治初年の神仏分離に伴い、長国寺から独立し鷲神社となったそうです。



御祭神は、天日鷲命(あめのひわしのみこと)。
     日本武尊(やまとたけるのみこと)。



以前にも触れましたが、もう遥か昔の話ですが..........................

18歳から20歳まで台東区に住んでいました。
その当時から、『酉の市』のことは知っていて、
毎年、11月の酉の市には、小さな熊手を買っていました。

逆に言えば、鷲神社に来るのは、その当時以来だから
もう何十年振りとなる。


鷲神社へと向かう道すがら、こんなポスターを見かける。

      20181018鷲神社01

そういえば、酉の市も近い。



鷲神社の社号標。

      20181018鷲神社02


鳥居。

      20181018鷲神社03

残念ながら、うん十年前の面影と言うか、
記憶が曖昧で懐かしさは感じない。


鳥居前には酉の市の説明板(碑)。

      20181018鷲神社04


      20181018鷲神社05

今や、鷲神社=酉の市 のイメージが定着しています。



由緒書きも凝った作り。

      20181018鷲神社06



鳥居の飾りをよく見ると.............

      20181018鷲神社07



月星紋と九曜紋。

えっ! まさか....,

      20181018鷲神社08

ひょっとして、千葉氏関連?

確かに、千葉宗家の流れを汲んだ武蔵千葉一族の居城であった石濱城が
この地から近く、その影響下にあったのかもしれない。



社殿に向けて、数基の鳥居。

      20181018鷲神社09


      20181018鷲神社11


      20181018鷲神社13



鳥居に掲げられた神額。

      20181018鷲神社10



こちらは、拝殿。

      20181018鷲神社14

何やら工事中。
拝殿の改修でしょうか?

いえいえ、それは違うようです。
酉の市の熊手を飾るために境内のあちこちに
仮設の骨組みが組まれています。
ちょうど、11月1日の一の酉に向けての準備のようです。



拝殿正面。

      20181018鷲神社15

いきなりメガ合って、ビックリ!


『なでおかめ』。

      20181018鷲神社16

おでこをなでれば賢くなり。
目をなでれば先見の明が効き。
鼻をなでれば金運がつく。
向かって右の頬をなでれば恋愛成就。
左の頬をなでれば健康に。
口をなでれば災いを防ぎ。
顎(あご)から時計回りになでれば、
物事が丸く収まる。

と言われている。

しっかりと鼻を撫でて来ました。(笑)



拝殿内部。

      20181018鷲神社17



こちらは、神楽殿。

      20181018鷲神社18


こちらにも、『月星紋』と『九曜紋』。

      20181018鷲神社19


      20181018鷲神社20


こちらは渡殿。

      20181018鷲神社21

その字の通り、社殿と神楽殿を渡しています。



ブルシートを被っているのは樋口一葉の文学碑や正岡子規の句碑。

      20181018鷲神社22

酉の市の熊手の屋台で傷付けられない為の配慮のようです。



酉の市の日に向けて、仮設の熊手用の屋台を
急ピッチで作られているようです。

      20181018鷲神社23




こちらが、授与所。

      20181018鷲神社25

御朱印は、こちらで拝受出来ます。
      


授与所上部の壁にも、由緒書き。

      20181018鷲神社24

何気に、由緒書きにも『月星紋』。
いゃあ、月星紋のオンパレード。
千葉氏の隠れファンとしては嬉しい限りです(笑)。



こちらが、鷲神社の御朱印。

      20181018鷲神社27

平素は御朱印帳に墨書きして貰えますが、
酉の市の期間は、書き置き対応になるそうです。





2018/12/04 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り................. 三島神社 (2018年10月18日)(東京都台東区) 

10月18日

この日は、都内の御朱印散歩。
今回は台東区を攻めます。

そして、この日のコースは鶯谷から千束、浅草と巡って上野に戻ると言うルート。

下谷の小野照崎神社をあとにして、向かった先は…………三島神社。


と、言いつつもこの辺りは根岸の里。
18歳の時、家出同然で実家を飛び出し、
20歳まで2年間この辺りに住んでいました。

金杉通りや根岸の柳通りは、もう懐かしさのオンパレード。
でも、周りの雰囲気は結構変わっていたんだよなぁ。
当時住んでいた4畳半風呂なし、共同トイレのアパートが現存していたのには
正直、驚きと感激でした。

根岸4丁目の感動を胸に辿り着いた三島神社。


三島神社は、台東区下谷に鎮座する神社です。


元三島神社の際にも触れましたが……………………


弘安4年(1281年)の元寇において、伊予水軍を率いた勇将・河野対馬守越智通有は、
伊予国一宮大山祇神社に必勝祈願を行ったのち出陣しました。
そして、大きな戦功を挙げ帰陣しました。
その折、夢で大山祇命の神託を受けて、
武蔵国豊島郡上野山内に分霊を勧請・奉斎したのが始まりとされています。

慶安3年(1650年)、上野山が寛永寺の寺地になった際に
山内よりの社地移転を命ぜられ、金杉村に遷座しました。
(これが、現在の三島神社となっています。)

また、宝永6年(1709年)、金杉村の社地が幕府用地とされたため、
代替地として浅草小揚町に再遷座しました。
(これが、現在の本社三島神社となっています。)

氏神が遠方になってしまい支障をきたした根岸村と金杉村の氏子が協議し、
根岸にあった熊野神社を合祀して、元三島神社が創建されたました。
さらにその後、金杉村にも三島神社が勧請されました。

遷座したはずの神社が再び勧誘される。
きっと複雑な大人の事情ってヤツが存在したんでしょうね。


御祭神は大山祇命(おおやまつみのみこと)(おおやまづみのみこと)。



こちらが、三島神社の社号標。

      20181018三島神社01



鳥居。

      20181018三島神社02


手水舎。

      20181018三島神社03



狛犬。

      20181018三島神社04


      20181018三島神社05



拝殿。

      20181018三島神社06

何となく、小振りに見えてしまうのは気のせい?



拝殿正面。

      20181018三島神社07


      20181018三島神社08


      20181018三島神社09


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181018三島神社10



別アングルからの拝殿。

      20181018三島神社11


      20181018三島神社12



そして、こちらが本殿。

      20181018三島神社13


拝殿前の天水桶。

      20181018三島神社14



境内社・火除稲荷社。

      20181018三島神社15


      20181018三島神社16



こちらは、雷井戸。

      20181018三島神社17

雷を封じ込めたから、雷が落ちなくなったという伝説があり、
そして「落ちない」と言うご利益で有名らしい。

遠い昔に、近くに住んでいたけれど、知らなかったぁ(笑)



三島様の石橋。

      20181018三島神社18

かつては、この場所に川が在ったそうです。



神輿庫。

      20181018三島神社19



こちらが、社務所。

      20181018三島神社20

御朱印は、こちらで授与出来ます。


御朱印は、境内社を含め通常版は2種類。

      20181018三島神社22

期間限定の御朱印もあるようです。

境内社も含め通常版をお願いしました。
御朱印を待つ間、特製の飴を3種類戴きました。

      20181018三島神社21


      
こちらが、三島神社の御朱印。

      20181018三島神社23


境内社の日除稲荷社の御朱印。

      20181018三島神社24


ダイナミックな書体ですが、女性の宮司さんの墨書き。
とても気さくな宮司さんでした。



2018/12/03 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り................. 小野照崎神社 (2018年10月18日)(東京都台東区) 

10月18日

この日は、都内の神社の御朱印散歩。

舞台は台東区。
鶯谷の駅を出発して、元三島神社へ。
元三島神社をあとにして、向かった先は…………小野照崎神社。


小野照崎神社は、台東区下谷に鎮座する神社です。


平安時代前期の公卿である小野篁は、上野国での国司の任を終え帰洛する際、
上野照崎(現在の上野公園付近)の地で暫く居を構え、住民と交流し上野殿と尊称されていました。
仁寿2年(802年)に篁が逝去した際に、上野照崎の住民が小野照﨑大明神と祀ったのが
その始まりとされています。

江戸時代に入ると、上野寛永寺建立に際して、幕府から坂本村の長左衛門稲荷神社境内に
遷座するように下命があり、現在地に遷祀されたとのことです。



御祭神は、小野篁命(おののたかむらのみこと)、菅原道真命



境内への導線は二ヶ所。
おそらく、表参道になるのが金杉通り側。

金杉通り側の社号標。

       20181018小野照崎神社01



社頭。

       20181018小野照崎神社02



鳥居。

       20181018小野照崎神社03


鳥居の扁額。

       20181018小野照崎神社04

稲荷神社と言うことは、この鳥居は境内社である長左衛門稲荷神社の鳥居のようです。



神橋。

       20181018小野照崎神社05

今は、その面影しか残らないけれど
以前はここに川の流れだあったのでしょう。




こちらが、西側の参道。

      20181018小野照崎神社17



鳥居に掲げられた神額。

      20181018小野照崎神社18


鳥居前の提灯。

      20181018小野照崎神社19


鳥居前の狛犬。

      20181018小野照崎神社20


      20181018小野照崎神社21



手水舎。

      20181018小野照崎神社22


龍の吐出口。

      20181018小野照崎神社23





拝殿。

       20181018小野照崎神社06



拝殿正面。

      20181018小野照崎神社07


      20181018小野照崎神社08


向拝の彫刻も素晴らしい。

      20181018小野照崎神社09



拝殿正面の扁額。

      20181018小野照崎神社10



別アングルからの拝殿。

      20181018小野照崎神社11


      20181018小野照崎神社12


      20181018小野照崎神社13



そして、こちらが本殿。

      20181018小野照崎神社14


拝殿前に飾られた提灯。

      20181018小野照崎神社15


拝殿前の天水桶。

      20181018小野照崎神社16



境内には、小野照崎神社の説明板。

      20181018小野照崎神社24



境内社。


表参道側には、長左衛門稲荷神社と織姫神社。。
その社号標。

      20181018小野照崎神社25


      20181018小野照崎神社26


鳥居。

      20181018小野照崎神社27



相拝殿。

      20181018小野照崎神社28


ユニークないでたちの狐の神使い。

      20181018小野照崎神社29


      20181018小野照崎神社30



こちらは、西参道口の境内社。


三峯神社。

      20181018小野照崎神社31


御嶽神社。

      20181018小野照崎神社32


      20181018小野照崎神社33


      20181018小野照崎神社34



本殿脇には、下谷坂本の富士塚。

      20181018小野照崎神社35



富士塚と言うことは、浅間神社。

      20181018小野照崎神社36



門は閉ざされているけれど、毎年7月1日の山開きには
開門されて富士塚も登れるらしい。

      20181018小野照崎神社37


      
境内の百度石。

      20181018小野照崎神社39



神輿殿。

      20181018小野照崎神社40



神楽殿。

      20181018小野照崎神社41


境内の一画には庚申塚。

      20181018小野照崎神社42


多くの庚申塔を見てしまうと、神仏習合の根の深さを感じてしまいます。

      20181018小野照崎神社43

見所いっぱいの小野照崎神社。


東京下町八社福参りの1社でもある。

      20181018小野照崎神社44



こちらが由緒書き。

      20181018小野照崎神社45



こちら授与所。

      20181018小野照崎神社46

御朱印はこちらで授与できます。


そして、こちらが小野照崎神社の御朱印。

      20181018小野照崎神社48


学問 芸能 と書かれています。
というのも、小野照崎神社は学門・芸能の神様として有名で
あの有名な役者である渥美清が、まだ俳優として売れていなかった時に、
「大好きなタバコを一生吸いません。ですので仕事をください」と、
この小野照崎神社に願かけをしたそうです。
数日後に『男はつらいよ』の主演の座を手に入れたと言う有名な逸話も残っているそうです。


これって凄いよね!


2018/12/02 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.................下谷七福神 寿老人 《元三島神社》 (2018年10月18日)(東京都台東区) 

10月18日

この日は、銀行に用事があり
びいすけ を留守番させて都内に出かけました。

所用を済ませて、都内・御朱印散歩と洒落込んで
鶯谷駅からスタートします。

最初に訪れた元三島神社。
実は、こちらが 下谷七福神 の一つだとは
社務所(授与所) を覗くまでは知りませんでした。


そもそも下谷七福神は、東京都台東区の7寺社に祀られている七福神の巡礼札所で
昭和50年代に始まった比較的新しい七福神らしい。
巡礼距離は約3km、所要時間は約1時間と言うことらしい。
まあ、京成沿線に住んでいると、日暮里駅辺りで
毎年新年に下谷七福神のポスターや案内を見たような気がします。
なかなか都内の七福神までは足を伸ばすことが出来なかったけれど、
たまたま、参拝に訪れた元三島神社が、下谷七福神の一つということは
これも何かの縁でしょう。


下谷七福神は、
元三島神社 - 寿老人
入谷鬼子母神 - 福禄寿
英信寺 - 大黒天
法昌寺 - 毘沙門天
弁天院 - 弁財天
飛不動尊正宝院 - 恵比寿
寿永寺 - 布袋 と言う構成になっているようです。


それでは、下谷七福神の第1弾。
寿老人の下三島神社です。


元三島神社の鳥居。

      20181018したや七福神寿老人01


石段の先に社殿(拝殿)。

      20181018したや七福神寿老人02


拝殿。

      20181018したや七福神寿老人03


      20181018したや七福神寿老人04


      20181018したや七福神寿老人05



境内に寿老人の像でも在るのか?と探したけれどありません。


しかしながら、授与所では七福神の御朱印が拝受出来るらしい。

      20181018したや七福神寿老人06


      20181018したや七福神寿老人08




ならば、と御朱印を待つ間、授与所を覗きこむと
そこには、ミニチュアの七福神。

      20181018したや七福神寿老人07

まさか? コレ!?

宮司さんに訊いてみると、寿老人の像は本殿に大切に置かれていて
普段は開帳していないらしい。     


こちらが、下谷七福神の寿老人の御朱印。

      20181018したや七福神寿老人09

神社系の七福神だと、『寿老人』が『寿老神』になってしまうのは仕方がないのかな?

下谷七福神、一気に制覇とはいきませんが
気長にチャレンジしてみようと思います。



2018/12/01 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.................元三島神社 (2018年10月18日)(東京都台東区) 

10月18日

先日、キャッシュカードの磁気テープの不良か?
ATMでお金が引き出せなくなってしまい
店舗でキャッシュカードの再発行の手続きをしなくてはならなくなった。

みずほ銀行なんだけど、地元には店舗が無い。
電車で2駅先に店舗があるんだけど、いつも窓口では混んでいる。
ならば、いっそのこと都内の店舗に行っちゃう?

てな訳で、半ば強引に都内に出かける用事を作り、
サクサクとそれを済ませて、その後は父さんの都内散歩です。
電車と徒歩の移動ですから、びいすけ はお留守番。

都内は山手線鶯谷駅から始まります。

鶯谷駅のホームから社殿も見える元三島神社へと足を伸ばします。



元三島神社は、台東区根岸に鎮座する神社です。


弘安4年(1281年)の元寇において、伊予水軍を率いた勇将・河野対馬守越智通有は、
伊予国一宮大山祇神社に必勝祈願を行ったのち出陣しました。
そして、大きな戦功を挙げ帰陣しました。
その折、夢で大山祇命の神託を受けて、
武蔵国豊島郡上野山内に分霊を勧請・奉斎したのが始まりとされています。

慶安3年(1650年)、上野山が寛永寺の寺地になった際に
山内よりの社地移転を命ぜられ、金杉村に遷座しました。
(これが、現在の三島神社となっています。)

また、宝永6年(1709年)、金杉村の社地が幕府用地とされたため、
代替地として浅草小揚町に再遷座しました。
(これが、現在の本社三島神社となっています。)

しかしながら、金杉村の氏子から氏神の浅草小揚町への遷座は不都合であることから、
金杉・根岸の両村民は協議を重ね、金杉にあった熊野神社と合祀して、
これを元三島神社と称した事で、この地に遷座しました。

こう言った経緯から、同じ由緒を持つ3つの神社が存在するという事になっています。


御祭神は、大山祇命・伊佐那岐命。



こちらが、社頭。

      20181018元三島神社01

鶯谷のラブホテル街に神社があるから、ちょっぴり驚き。



由緒書き。

      20181018元三島神社



狛犬。

      20181018元三島神社03


      20181018元三島神社05



手水舎。

      20181018元三島神社06



ちょっとした石段の先に鳥居。

      20181018元三島神社07

鳥居の先には社殿も見えます。


こちらが、社殿(拝殿)。

      20181018元三島神社08


狭い場所なので、拝殿全体を撮すのは難しい。

      20181018元三島神社09



拝殿正面。

      20181018元三島神社10


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181018元三島神社11



こちらが、本殿。

      20181018元三島神社12

正直言って、本伝は敷地外からしか確認出来ない。



拝殿前の狛犬。

      20181018元三島神社13


      20181018元三島神社14



拝殿前に飾られた元三島神社の提灯。

      20181018元三島神社15


こちらは、神楽殿。

      20181018元三島神社18



境内の記念碑。

      20181018元三島神社17



こちらが授与所。

      20181018元三島神社16

御朱印は、こちらで拝受出来ます。

      
こちらが、元三島神社の御朱印。

      20181018元三島神社19

正月時期などには、期間限定の御朱印もあるようです。





2018/12/01 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り..................玉姫稲荷神社 (2018年8月11日)(東京都台東区) 

8月11日

この日は、12時出勤の遅番勤務。
出勤前の時間を有効利用、父さんの都内散歩はまだまだ続きます。

石濱城址(石濱神社)をあとにして、向かった先は.........珠姫稲荷神社。


珠姫稲荷神社は、台東区清川に鎮座する神社です。


奈良時代中期の天平宝字4年(760年)に京都・伏見稲荷大社より御分霊を勧請し、
創建された神社です。
正慶2年(1333年)に、新田義貞公が、鎌倉の北条高時追討の折に
戦勝を祈願し、弘法大師直筆という稲荷大神の像を瑠璃の玉塔に奉納したことが、
「玉秘め」の社号の由来となったとされています。


御祭神は、宇迦之御魂命。


石濱神社から額に汗を浮かべながら歩くこと約10分。
珠姫稲荷神社に到着。

こちらが、社号標。

      20180811珠姫稲荷神社01


鳥居。

      20180811珠姫稲荷神社02



手水舎。

      20180811珠姫稲荷神社03



こちらが、拝殿。

      20180811珠姫稲荷神社04



拝殿前の狛犬。

      20180811珠姫稲荷神社05


      20180811珠姫稲荷神社06



拝殿正面。

      20180811珠姫稲荷神社07


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180811珠姫稲荷神社08



そして、提灯。

      20180811珠姫稲荷神社09


なぜか、『明日のジョー』の等身大のパネルが
拝殿前に飾られていました。

      20180811珠姫稲荷神社10

明日のジョーのふるさと?

この時は意味がわかりませんでしたが
歩いて5分程の場所に泪橋と言う場所がありました。
そう言う意味だったのね。



別アングルからの拝殿。

      20180811珠姫稲荷神社11


      20180811珠姫稲荷神社12



宮司さんに案内されて拝観した弁財天。

      20180811珠姫稲荷神社13


      20180811珠姫稲荷神社14


群馬の方から寄贈された白い弁財天です。

      20180811珠姫稲荷神社15

ひょっとして、ココは浅草名所七福神?
宮司さんに訊いたら、浅草名所七福神には名乗りを挙げなかったらしいです。

色々と大人の事情があるのでしょう。



拝殿前の祠。

      20180811珠姫稲荷神社16


そして、こちらが本殿。

      20180811珠姫稲荷神社19



こちらは、境内社・口入稲荷神社。

      20180811珠姫稲荷神社17



末社・八神殿。

      20180811珠姫稲荷神社18

白山神社、八幡神社、八坂神社、春日神社、金刀比羅神社、松尾神社、天祖神社、王子神社
の8社が祀られています。


境内の一部は貸し駐車場になっているようで
参拝者はいないのに車が多い。
      
      20180811珠姫稲荷神社20


神輿庫。

      20180811珠姫稲荷神社21


西側(?)参道口の鳥居。

      20180811珠姫稲荷神社22



こちらが、社務所。

      20180811珠姫稲荷神社23

御朱印は、こちらで拝受することが出来ます。



こちらが、珠姫稲荷神社の御朱印。

      20180811珠姫稲荷神社24

武蔵豊嶋郡山谷鎮座とあります。
この辺りは、あの山谷地区になるんですね。


2018/10/03 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り..................上野東照宮 (2018年6月6日)(東京都台東区) 

6月6日

小雨の中の下町神社巡り。
そのオーラスは、上野東照宮。


上野東照宮は、台東区上野公園に鎮座する神社です。


正式名称は東照宮ですが、他の東照宮との区別のために
鎮座地名をつけて上野東照宮と呼ばれています。
また、別名「三処権現」とも呼ばれるそうです。

そもそも東照宮とは、徳川家康公(東照大権現)を神様としてお祀りする神社で、
日光や久能山の他、全国に数多く鎮座していて、
出世、勝利、健康長寿に特に御利益があるとされ信仰されています。

元和2年(1616年)、天海僧正と藤堂高虎は危篤の徳川家康公の枕元に呼ばれ、
三人一つ処に末永く魂鎮まるところを作って欲しいと遺言されました。
天海僧正は藤堂高虎らの屋敷地であった今の上野公園の土地を拝領し、
東叡山寛永寺を開山。境内には多くの伽藍や子院が建立されました。
寛永4年(1627年)、その一つとして創建した神社「東照社」が
上野東照宮の始まりだと言うことです。

御神祭は、徳川家康公 徳川吉宗公 徳川慶喜公。




上野東照宮の大石鳥居。

      20180606上野東照宮01



鳥居の先には、水舎門。

      20180606上野東照宮02

水舎門は、慶安4年(1651年)に阿部重次が奉納したものらしい。

      20180606上野東照宮03

元々は、社殿前にあった御水舎の上屋を
昭和39年に門として移築したものだそうです。



水舎門の扁額。

      20180606上野東照宮04



水舎門をくぐり、参道を進みます。


参道に建つ上野東照宮の由緒書き(略記)。

      20180606上野東照宮05


その隣には台東区教育委員会が設置した説明板。

      20180606上野東照宮06



参道には、多くの銅灯籠が立ち並びます。

      20180606上野東照宮07



参道の左側の手水舎。

      20180606上野東照宮08



右側にも手水舎があるけれど、水が張られていない。

      20180606上野東照宮22



参道の狛犬。

      20180606上野東照宮09


      20180606上野東照宮10



こちらが、上野東照宮の社殿。
実は、奥に見えるのが社殿であって
金色に輝くのは唐門。

      20180606上野東照宮11



雨が降っているけど、それなりに参拝者も多い。

      20180606上野東照宮12



こちらが唐門。

      20180606上野東照宮13



唐門の先には社殿があるのですが
実は社殿は有料エリア。
500円の参拝料を払わないと、社殿の全容はわかりません。

まあ、今回は唐門の先は諦めて
唐門を記録と記憶に残しましょう。

金と極彩色に彩られた緻密な彫刻で装飾された唐門。
日光の東照宮同様、上野東照宮も豪華絢爛と言う言葉がぴったり。

      20180606上野東照宮14


      20180606上野東照宮15


      20180606上野東照宮16



唐門越しにちょっぴり見える社殿。

      20180606上野東照宮17


      20180606上野東照宮18


      20180606上野東照宮19




こちらは、絵馬奉納所。

      20180606上野東照宮20




神楽殿

      20180606上野東照宮21


   

こちらが、授与所。

      20180606上野東照宮23

御朱印は、こちらで拝受する事が出来ます。



石灯籠。

      20180606上野東照宮24

上野東照宮には200基以上の石灯籠があり、
ほとんどが1651年(慶安4年)に諸大名より奉納されたものらしい。



なかでも、大石鳥居の脇にある大きな灯籠は
寛永8年(1631年)に佐久間勝之より奉納されたもの。

      20180606上野東照宮25

高さ6.8mもあり、名古屋の熱田神宮、京都南禅寺の大石灯籠と合わせて
日本三大石灯籠のひとつに数えられているそうです。



こちらは、五重の塔。

      20180606上野東照宮26

『旧・寛永寺五重塔』として国の重要文化財に指定されていますが、
元々は、寛永8年(1631年)に江戸幕府の老中で、後に大老となる土井利勝の寄進により、
上野東照宮の塔として建てられたものです。
その後、明治時代に施行された明治政府が発令した「神仏分離令」により、
寛永寺の管理下に置かれました。
そして、その寛永寺も存在はなくなってしまい、
現在、この五重の塔は『旧・寛永寺五重塔』として
東京都の管理下に置かれているそうです。




雨の中、人も居なくなって
唐門の艶やかさが一際目立ちます。

      20180606上野東照宮27



上野東照宮の幟もシッポリと濡れている。

      20180606上野東照宮28



こちらが、上野東照宮の御朱印。

      20180606上野東照宮29


何か、寺院の御朱印っぽく見えるけど
これはコレで味のある御朱印です。



2018/07/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り..................五條天神社 (2018年6月6日)(東京都台東区) 

6月6日

この日は、都内に出かける用事があり
そのついでに下町の神社巡り。
日暮里駅から、西日暮里の諏方神社→根津の根津神社
→上野公園の花園稲荷神社と巡り、
花園稲荷神社に隣接する五條天神社へと向かいます。


五條天神社は、台東区上野公園に鎮座する神社です。

景行天皇の御代(71年〜130年)に日本武尊によって創建と伝わるそうで、
日本武尊が東夷征伐で、上野の忍ヶ岡を通過した際に
大己貴命と少彦名命が奇瑞を現し、日本武尊の難儀を救ってくれたため、
上野忍が岡に両神をお祀りしたとされているそうです。

古くから「五條天神」と呼ばれており、創建当時は天神信仰の菅原道真公は生誕しておらず、
祀ってもいなかったため、菅原道真公を起源にもたない天神さまという事になり
全国でも非常に珍しい天神さまになるそうです。
江戸時代に、相殿神として道真公を祀るようになり、
天神信仰の要素も持ち合わせたそうです。

日本武尊の難儀を救った「薬祖神」としており、
医学の神として信仰を集めています。
実は、私の父が病で倒れた時も、
知り合いが、五條天神社のお守りを入院先に届けて下さり
無事、父親も回復し、退院出来ました。
(この話は、つい最近になって実家の妹から聞きました。)


御祭神は大己貴命・少彦名命。
相殿神として菅原道真公をお祀りしています。



玉垣に刻まれた五條神社の社号。

      20180606五條天神社01


こちらが、鳥居。

      20180606五條天神社02



鳥居前の提灯。

      20180606五條天神社03



そして、その脇には由緒書き。

      20180606五條天神社04



鳥居をくぐった先、参道の狛犬。

      20180606五條天神社05


      20180606五條天神社06



手水舎。

      20180606五條天神社07



こちらが、拝殿。

      20180606五條天神社08


拝殿正面。

      20180606五條天神社09


      20180606五條天神社10



拝殿前の狛犬。

      20180606五條天神社11

これまた近未来的と言うか、ロボットっぽく見える狛犬。



拝殿前の天水桶。

      20180606五條天神社13



こちらは、神輿庫。

      20180606五條天神社14

この中には、千貫神輿と呼ばれる大神輿が奉納されていて、
3年に1度御渡が行われているそうです。



境内社の七福社。

      20180606五條天神社15



こちらは、鳳輦(ほうれん)庫。

      20180606五條天神社16

春の例祭には氏子内(上野公園から上野広小路一帯) を鳳輦と共に、
猿田彦(天狗)や巫女舞などの大行列となって巡幸するそうです。



おみくじの奉納所(結び所)。

      20180606五條天神社17



こちらが、授与所。

      20180606五條天神社18



以前は墨書き対応をされていたようですが
現在は書置きの御朱印対応となっています。

      20180606五條天神社19

隣接する花園稲荷神社の御朱印も、こちらで対応しています。



こちらが、五條天神社の御朱印。

      20180606五條天神社20


御朱印だけを見れば、やはり花園稲荷神社と同様に
セパレーターの付いたシールタイプの用紙に朱印が押された簡素なモノ。
御朱印には満足してはいないけれど、親父(父親)の入院時に
お守りが功を奏した神社。
贅沢を言ったら、バチが当たりますね。





2018/07/26 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り..................花園稲荷神社 (2018年6月6日)(東京都台東区) 

6月6日

この日は、都内に出かけました。

夕方からの仕事絡みの待ち合わせ。
その前に、ちょっぴり下町散歩。
下町の神社巡りと相成りました。

根津の根津神社をあとにして、不忍通りを上野方面へと歩いて行きます。
この日、梅雨入りした関東地方。
不忍池も小雨に打たれ、何となく寒々しさを感じます。

      20180606花園稲荷神社01


      20180606花園稲荷神社02



向かった先は、上野公園内にある 花園稲荷神社。


花園稲荷神社は、台東区上野公園に鎮座する神社です。


花園稲荷神社の創建は不詳です。
古くからこの地に鎮座し、「忍岡稲荷」が正しい名称でしたが、
石窟の上にあった事から俗称「穴稲荷」とも言われていたそうです。

承応3年(1654年)、天海大僧正の弟子である本覚院の住僧・晃海僧正が
霊夢に感じ、廃絶していたお社を再建し上野の山の守護の神としたそうです。
幕末、彰義隊の戦いでは最後の激戦地(穴稲荷門の戦)として知られています。

明治6年に再興され、『花園稲荷』と改称し、
五條天神社が現地に御遷座になる際には
社殿も南面して造営されたそうです。

御祭神は、倉稲魂命。


隣接する五條天神社の名も記された参道碑。

      20180606花園稲荷神社03



一の鳥居。

      20180606花園稲荷神社04

場所柄か? 外国人の観光客も多い。



鳥居前の花園稲荷神社の提灯。

      20180606花園稲荷神社05



鳥居脇の狛犬。

      20180606花園稲荷神社06


      20180606花園稲荷神社07



鳥居の神額には『花園神社』。

      20180606花園稲荷神社08



稲荷神社と名が付くだけあって、朱色の鳥居が並びます。

      20180606花園稲荷神社09


      20180606花園稲荷神社10


      20180606花園稲荷神社11


稲荷神社って鳥居が多くて、区分が難しいけれど
朱色じゃないから、こちらが二の鳥居になるのかな?

      20180606花園稲荷神社12


手水舎。

      20180606花園稲荷神社13


こちらが、拝殿。

      20180606花園稲荷神社14



拝殿正面。

      20180606花園稲荷神社15


拝殿内部。

      20180606花園稲荷神社16


拝殿正面の扁額。

      20180606花園稲荷神社17



拝殿前の狛狐。

      20180606花園稲荷神社20


      20180606花園稲荷神社21



花園稲荷神社の幟。

      20180606花園稲荷神社19


  
こちらは、旧社殿のようです。   

      20180606花園稲荷神社22


      20180606花園稲荷神社23


確かに、現在の社殿とは向きが違う。
五條天神社が遷座にする際に、社殿を南面に建造したと言うのは
こう言うことだったんですね。


と言うことは、どうやら裏参道から花園稲荷神社に入ったみたいですね。
この時は、全く気付きませんでした。



拝殿隣の授与所。

      20180606花園稲荷神社24

こちらは、無人。
どうやら、隣接する五條天神社にて御朱印が拝受出来るようです。

      20180606花園稲荷神社25



こちらが、花園稲荷神社の御朱印。
五條天神社の授与所でいただきました。

      20180606花園稲荷神社26

何故か、裏面がシールの書置きの御朱印。
御朱印帳に貼り付ける際に、裏面のセパレーターを剥がして
ペタッと貼り付ける。

何か、半紙じゃ無いし、シールぽさ丸出しで
ラベルを貼り付ける感じで、あまり有り難みを感じられない。
何だかなぁって思うのは、私だけ............?




2018/07/26 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit