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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

墨竜崖城 (2019年2月7日)(千葉県印旛郡酒々井町) 

2月7日

富里香取神社の月詣の帰り道。
以前から行こう、行こうと思っていて
ついついそのままになっていた場所に立ち寄ることにしました。

立ち寄った先は..................墨竜崖城址。


墨竜崖城について、築城時期や城主については不詳です。
この地域を支配した地方領主の城館であったのではないだろうかと言うことです。


墨竜崖城の縄張り図。

      20190207墨龍崖城13

( 余湖さんのHPよりお借りしました。)



墨竜崖城の遠景。

      20190207墨龍崖城01


実は、以前すぐ近くに来たことがあります。
その時は、酒々井小学校墨分校跡を訪ねた訳ですが
墨分校跡地のすぐ上の台地が、墨竜崖城址になります。


以前は何もなく、台地には朽ち果てた民家があるだけと言うような情報でしたが
今は、『たんぽぽ』と言うビザハウスが出来ているようです。

      20190207墨龍崖城02


      20190207墨龍崖城03



以前は、看板も無く、店舗はもとより、来客用の駐車場もありませんでした。

      20190207墨龍崖城04

すっかり、様変わりしてしまったようです。


以前からある登城路。

      20190207墨龍崖城05


店舗の脇を抜けて、店舗奥にある削平地へと向かいます。

      20190207墨龍崖城06


こちらが削平地。
かつての郭跡?

      20190207墨龍崖城07


削平地の最奥から。

      20190207墨龍崖城08

見える建物はピザハウス。


削平地の西側が崖。

      20190207墨龍崖城09

その下には、かつての墨分校。



台地を下り、先ほどの削平地辺りを見上げます。

      20190207墨龍崖城10



虎口のように見えるけれど、墨分校跡地の入口。

      20190207墨龍崖城11


墨分校の跡碑。

      20190207墨龍崖城12

この碑の上の台地が墨竜崖城址。

遺構らしき物が殆ど無い墨竜崖城址。
せめて、ピザハウスができる前に来れば
もうちょっと台地の上も探索出来たかも知れない。



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2019/04/01 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............素羽鷹神社 (2018年5月18日)(千葉県印旛郡栄町) 

5月18日

この日は、我孫子市の神社巡りに出かけました。


愛宕八坂神社をあとにして急遽、栄町へと向かいます。
向かった先は...............素羽鷹神社。


素羽鷹神社は、栄町酒直に鎮座する神社です。

素羽鷹神社は、『そばだかじんじゃ』と読み、
印旛郡栄町の酒直地区に鎮座する神社です。

『そばたか』という神社は北総地区に多くあり、 表記は「側高」「側鷹」など様々ですが、
香取市にある香取神宮摂社の側高神社が本宮になるようです。
その側高神社も香取神宮の摂社と言われているわけですから
間接的に香取神宮との関連もあるかもしれませんが、詳細は不明です。



実はこの素羽鷹神社、栄町に鎮座していますが、本務社は我孫子市の竹内神社。
以前にも参拝したことがありますが(その時の記事は こちら)、
御朱印をいただくために竹内神社に行ってみたものの、
宮司さんが不在で空振りに終わってしまいました。

この日、竹内神社で御朱印を拝受できたので
改めて参拝いたしました。



鳥居もない小さな神社。

      20180518素羽鷹神社0101



石灯籠。

      20180518素羽鷹神社0102


手水舎。

      20180518素羽鷹神社0103


社殿。

      20180518素羽鷹神社0104

拝殿は、一見すると地域の集会所のように見えたりする。



境内社。

      20180518素羽鷹神社0105


板碑。

      20180518素羽鷹神社0106



とりあえず、この日も何とか参拝出来ました。

      20180518素羽鷹神社0107



こちらが、素羽鷹神社の御朱印。

      20180518素羽鷹神社0108

本務社である我孫子市の竹内神社で拝受いたしました。



2018/07/03 Tue. 18:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

素羽鷹神社 (2018年3月17日)(千葉県印旛郡栄町) 

3月17日

この日は、成田市近郊の神社巡りに出かけました。


成田市竜台にある六所神社をあとにして、
向かった先は...............素羽鷹神社


素羽鷹神社は、『そばだかじんじゃ』と読み、
印旛郡栄町の酒直地区に鎮座する神社です。

『そばたか』という神社は北総地区に多くあり、 表記は「側高」「側鷹」など様々ですが、
香取市にある香取神宮摂社の側高神社が本宮になるようです。
その側高神社も香取神宮の摂社と言われているわけですから
間接的に香取神宮との関連もあるかもしれませんが、詳細は不明です。


こちらが、素羽鷹神社。

      20180317素羽鷹神社01

神社と言う割には鳥居が無い。


以前は、木々に囲まれて周りが鬱蒼としていたようですが
木々も伐採して整備したのか?
かなり明るくなっています。


敷地はさほど広くはない。


手水舎。

      20180317素羽鷹神社02


こちらが、拝殿。

      20180317素羽鷹神社03



拝殿と言うよりは、まるで公民館か集会所。
鳥居も無いから神社には見えにくい。

      20180317素羽鷹神社04



こちらが、本殿。

      20180317素羽鷹神社05



公民館のような拝殿の背後に隠れるように鎮座しています。

      20180317素羽鷹神社06


      20180317素羽鷹神社07



本殿の鬼瓦には神紋。

      20180317素羽鷹神社08

『丸に違い鷹の羽』の神紋ですね。



境内社。

      20180317素羽鷹神社09


      20180317素羽鷹神社10


      20180317素羽鷹神社11


      20180317素羽鷹神社12


      20180317素羽鷹神社13



手水鉢。

      20180317素羽鷹神社14



先人のブログを拝見すると...............

以前は、境内にスダジイの巨木が数本在ったようです。
枯れて伐採でもしたのでしょうか?

ひょっとしたら、その時に神社周りの木々も整備されたのかも知れない。

   20180317素羽鷹神社15
           20180317素羽鷹神社16




    20180317素羽鷹神社17
       20180317素羽鷹神社18



境内が明るくなったからなのか?
せれとも拝殿っぽく見えない社殿の影響か?
あまり神々しさを感じるられない。


無住の素羽鷹神社。
我孫子市にある竹内神社が兼務社として管理されているようですが。


2018/04/30 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............魂生神社(魂生大明神) (2018年1月9日)(千葉県印旛郡栄町) 

1月9日

成田市の埴生神社に初詣に出かけたついでに成田市近郊の御朱印巡りとなったこの日。
栄町の大鷲神社で御朱印をお願いすると

『もう一つの御朱印もありますよ!』と言われ
せっかくだから、そちらの御朱印もいただくことにしました。

と言うことで、急遽、参拝する事となったのが魂生神社(魂生大明神)。


知る人ぞ知る、魂生神社。

魂生大明神という五穀豊穣、縁結び、子授け、安産、夫婦和合の神を祀った神社。


御祭神の姿を見て、驚きです。
まさに、『空前絶後のぉ〜! 御朱印巡りぃ〜』です(笑)。



魂生大明神の説明板。

      20180109魂生大明神01



こちらが、魂生神社の社殿。

      20180109魂生大明神02



うっすらと御祭神が見えます。

      20180109魂生大明神03


社殿に掲げられた扁額。

      20180109魂生大明神04



そして、こちらが御祭神。

      20180109魂生大明神05


      20180109魂生大明神06

思わず、『 立派!』と拍手したくなる(笑)


でも笑い事では無いんだよね。
世の中には、子宝に恵まれない人もいて
色々な家庭の事情や後継者の問題とか有ったりして
切実な問題として悩みを抱えている人も多いんだよね。

古くからの夫婦和合の信仰であり、家庭円満に繋がっていくはず。
そして、深い信仰心の結果、家庭円満に繋がった人も多いはず。

でなきゃ、こんなに奉納されたコケシがあるはずかない。

      20180109魂生大明神07


      20180109魂生大明神08


      20180109魂生大明神09

見てはいけないモノを見てしまった。
そんな感も少なからずは有る。

正直、こちらの魂生大明神の御朱印巡りを
blogにupしようか?辞めようか悩んだけど
あくまでも御朱印巡りの記録だから、upする事にしました。

      20180109魂生大明神12






こちらは、聖徳太子堂。

      20180109魂生大明神10



境内社の鷲乃杜稲荷。

      20180109魂生大明神11


      


子宝のパワースポットたる所以の一つ、子授け大樹?

      20180109魂生大明神13




大鷲神社へと繋ぐ石段を上れば、一つのパワースポット。

      20180109魂生大明神15


もう一つのパワースポット。
縁結び合体椎の木。

      20180109魂生大明神17


二本の椎の木が合体しています。

      20180109魂生大明神14

この角度だと分かりずらい。



こちらの角度なら、バッチリ。
夫婦和合と言われる所以が此処に在りました。

      20180109魂生大明神16





      




こちらが、魂生神社(魂生大明神)の御朱印。

      20180109魂生大明神18

やっぱり、そう来ましたか...............。

でもコレはこれで、私の大切な御朱印巡りの記録の証しです。







2018/02/26 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............大鷲神社 (2018年1月9日)(千葉県印旛郡栄町) 

1月9日

初詣に成田市の埴生神社へ出かけたこの日。

せっかく成田まで来たのだから、近隣の神社を巡って御朱印をいただこう。
せんな事から、成田市近郊の御朱印巡りとなりました。

埴生神社をあとにして、向かった先は...............大鷲神社


大鷲神社と書いて、『おおとりじんじゃ』と読む所めあるけれど
こちらは、素直に『おおわしじんじゃ』と読みます。


大鷲神社は、由緒書きによれば...............

大鷲神社の鎮座地である安食は、もとは下総国埴生郡安食村と呼ばれ、
古言によると下総国の「総」は布(麻)のことを表し、
麻の縁の地であったと思われます。
主祭神の天乃日鷲尊は、その子孫代々麻植の神として神功があり、
麻に係わりのある当地においても祭神になっております。

文化文政の年代には鷲宮(鷲賀岡神社)と称していましたが、
明治二六年頃より、大鷲神社と言うようになりました。
また、江戸時代に春日局の崇敬が非常に厚く、
竹千代君が三代将軍となったとき、そのことを祝い、
将軍の船の舳先に魔除けとして飾ってあった金の大鷲を
将軍より願い受けて奉納したと言われ、
現在、宝物として保存され出世開運の神として知られているそうです。


大鷲神社への参道は何ヶ所か在るようですが
栄町の商工会の駐車場に車を停めてアプローチします。

商工会の方駐車場の一角に建つ大鳥居。

      20180109大鷲神社01


こちらも注連縄が真新しい。

      20180109大鷲神社02

やっぱり新年の神社は良いですね。


日焼けで文字がカスれていまい、読み辛い大鷲神社の説明板。

      20180109大鷲神社03



おそらく、大鷲神社関連の石碑。

      20180109大鷲神社04

なぜか、大鳥居の近くには、社号標が無い。



大鷲神社の案内図。

      20180109大鷲神社05

ひと昔前のモノのようです。


石灯籠。

      20180109大鷲神社10



参道口。

      20180109大鷲神社06

右が女坂。緩やかな女坂を上がれば魂生神社(魂生大明神)に辿り着きます。
左が男坂(?)。
大鷲神社は、こちらの急な石段を上ります。

      20180109大鷲神社07


意外にきつい石段を上ると、すぐに境内。
社号標が目に入ります。

      20180109大鷲神社08



手水舎。

      20180109大鷲神社09


狭い境内には、茅の輪。

      20180109大鷲神社11

これが有ると、やっぱり正月らしい。


茅の輪の先には拝殿。

      20180109大鷲神社18




拝殿に掲げられた扁額。

      20180109大鷲神社12



扁額の近くには、大鷲神社の神紋。

      20180109大鷲神社19



拝殿内部。

      20180109大鷲神社13


大鷲神社の提灯。

      20180109大鷲神社14


拝殿の鬼瓦。

      20180109大鷲神社16



別アングルからの拝殿。

      20180109大鷲神社17



境内には、力石。

      20180109大鷲神社15


      

こちらが、本殿。

      20180109大鷲神社20



本殿は、栄町の文化財に指定されています。

      20180109大鷲神社21



別アングルからの本殿。

      20180109大鷲神社22



こちらは、日本武尊お手植えの松。

      20180109大鷲神社23

日本武尊が東征の折にこの地に立ち寄り、戦勝祈願をして
松の木を手植えしたとされると言う。

それにしては、小さい気もするが...............




境内社。

      20180109大鷲神社24

右が石上神社。
左が御嶽神社。


同じく境内社の麗峰神社。

      20180109大鷲神社25


      20180109大鷲神社26




こちらには、初詣で訪れた人の多くのおみくじが巻き付けられていました。

      20180109大鷲神社27


魂生神社へと続く石段途中に建つ標柱。

      20180109大鷲神社28

かなり年季が入っているけれど、一時期は『成田国際観光モデル地区』として
売り出そうとしていたみたいですね。




こちらが、授与所。
御朱印はこちらでいただくことが出来ます。

      20180109大鷲神社30



こちらが、大鷲神社の御朱印。

      20180109大鷲神社29


実は、こちらの大鷲神社では境内社(?)である魂生神社(魂生大明神)の御朱印もいただく事が出来ます。
魂生神社は、見てびっくり。
でも、しっかり御朱印をいただいちゃいました(笑)









2018/02/26 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

長門川公園   (2016年7月20日)(千葉県印旛郡栄町) 

7月20日 公休日

この日は、北印旛沼に出かけました。

栄町の酒直水門から長門川に沿うような形で
利根川方面へと向かいます。
確か、利根川近くに公園が在ったような記憶が...............

記憶を頼りに向かった先は...............長門川公園

      20160720長門川公園01



長門川公園は、明治百周年を記念して作られた公園のようです。

      20160720長門川公園02


元々は、広い芝生の公園のようですが
どうやら、管理と言うか手入れはイマイチ。
かなりの雑草が生い茂っています。

      20160720長門川公園03

まぁ、この時期だから雑草を刈ってもすぐ伸びちゃうから
仕方がないのかな?


ロングリードで雑草の生い茂る中を徘徊する びいすけ 。

      20160720長門川公園04



この辺りは桜の木もたくさん有り、花見のメッカ?
雑草も刈られ、手入れされているようです。

      20160720長門川公園05



長門川沿いに公園内を歩いてみます。

      20160720長門川公園06



目の前に見えるのは安食バイパスの『ふじみ橋』。

      20160720長門川公園07



長門川公園の最奥部です。

      20160720長門川公園08



公園内には祠が有ったり...............

      20160720長門川公園09



句碑が有ったり...............

      20160720長門川公園10



ちなみに、こちらは篠田麦子の句碑。

      20160720長門川公園11

「月の出の 川面に可るし くつわ蟲」

篠田麦子は栄町興津に生まれ、地元の風土をよく知る麦子は、
この作品で水の美しいまち栄の優しい風土を詠んでいます。


こちらは、成田山新勝寺の第18世大僧正荒木東皐の句碑。

      20160720長門川公園12

「 菜の花や 利根の堤の 大曲り」

荒木東皐がお忍びで訪れた折の句です。春4月、利根川の堤に、
菜の花がまるで黄色いじゅうたんのように咲き誇る様を詠んでいます。


      20160720長門川公園13



さらには、桜の植樹の記念碑。

      20160720長門川公園14



そして極め付け。
印旛機場の初代羽根車。
      20160720長門川公園15

印旛機場は長門川公園に隣接し、台風などの大雨で印旛沼への流入が多い時は、
洪水を防ぐためにポンプを運転し、印旛沼の水を長門川を通して、利根川に排水します。


西印旛沼と北印旛沼と各水門の配置図。

      20160720長門川公園16


この図で分かるように、酒直水門や酒直機場、印旛水門や印旛機場で北印旛沼の水位を調整し
大和田機場で西印旛沼の水位を調整し水害を防いでいます。

      20160720長門川公園17




この立派な石碑は、『印旛水門の碑』

      20160720長門川公園18


      20160720長門川公園19



そして、こちらが印旛水門。

      20160720長門川公園20

水門の手前が長門川。
水門から先は利根川になります。

      20160720長門川公園22

利根川が洪水のときに水門を閉めて、長門川・印旛沼への水の流入を防ぎます。
又、印旛沼・長門川の水位が上がった時は、長門川からの水をまずこの水門から利根川に流します。



こちらは長門川側。

      20160720長門川公園21


      20160720長門川公園23



そして、こちらが利根川側。

      20160720長門川公園24


      20160720長門川公園25


いゃあ、利根川と印旛沼と各水門との因果関係。
じっくりと勉強させてもらいました。



2016/08/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう  《 北印旛沼 》 (2016年7月20日) (千葉県成田市、千葉県印旛郡栄町) 

7月20日 公休日

個人的な連休。

最近、ハマっているダムカード集め。
ハマっているって言っても、まだ3枚。
いわゆる駆けだしって言うやつです。

一番最初にゲットしたのが、地元・佐倉市の西印旛沼のダムカード。

ダムカードに西印旛沼と北印旛沼の二枚が在って
印旛沼が西印旛沼と北印旛沼に分かれていることも最近になって知りました。

西印旛沼のダムカードを手に入れたんなら
北印旛沼のダムカードも手に入れなきゃダメでしょう。
と言うことで、向かった先は...............北印旛沼


印旛沼は、利根川下流右岸、下総台地の中央に位置します。
もともとは "W" 字型のより大きい沼であったが、
戦後の干拓によって2つの細い水路でつながった北部調節池(北印旛沼)と
西部調節池(西印旛沼)に水域が分かれ、面積は半分以下に減少していまいました。
しかし、それでも湖沼としては千葉県内最大の面積を誇っています。
ちなみに北印旛沼と西印旛沼は、印旛捷水路または中央排水路を介して繋がっています。

通常、印旛沼の水は北印旛沼から長門川を下って利根川へと流れて行きます。
しかしながら、印旛沼自身の増水(内水)や利根川洪水(外水)での逆流入が起こると
それまでの流出方向とは変わり、西印旛沼から印旛放水路(新川・花見川)を伝って東京湾へと排水されます。

すなわち、印旛沼の水位によって北印旛沼から利根川に流れたり
西印旛沼から花見川へと流れを変えるダムのような役目も備えています。


まずは、ダムカードを貰いに行きましょう。


配布場所は、成田市北須賀にある印旛沼漁業協同組合の水産センター。

      20160720北印旛沼01

配布時間が9:00〜11:00って短いから
ついつい行きそびれてしまってました。


ダムカードは直売所で貰えるようです。

      20160720北印旛沼02


北印旛沼のダムカード、ゲット!

      20160720北印旛沼03


この水産センターは、甚兵衛公園のすぐ近く。
とりあえず、甚兵衛公園の奥の北印旛沼の湖畔へと向かってみます。

      20160720北印旛沼04


      20160720北印旛沼05


      20160720北印旛沼06



確か、北印旛沼から利根川に流れる水路(長門川)に水門が有ったはず...............
そんなことを思い出し、ダムではないけれど、水門を見に行きましょう。


成田市のお隣。
印旛郡栄町に酒直水門があります。

こちらが、酒直水門。

      20160720北印旛沼07

水門は橋として活用されています。



酒直水門の碑。

      20160720北印旛沼08


      20160720北印旛沼09



長門川沿いの道から水門を眺めながら
上流域を歩いてみます。

      20160720北印旛沼10


      20160720北印旛沼11


      20160720北印旛沼12

ちなみに、酒直水門の上流域が北印旛沼。
下流域が長門川になるようです。




水門の上に何人かの作業員。
1人や2人じゃないから
何かトラブルでもあったのでしょうか?

      20160720北印旛沼13


邪魔をしないように(迷惑にならない程度に)声を掛けてみると
定期点検で、水門の開閉の点検を行っているらしい。


水門には何枚かの門(ゲート)があり、こちらのゲートは閉ざされ
利根川に流れる長門川の水量を調整しているようです。

      20160720北印旛沼14



酒直水門の近くは、釣りは禁止。

      20160720北印旛沼15



上流域の北印旛沼。

      20160720北印旛沼16


      20160720北印旛沼17



こちらが下流域の長門川。

      20160720北印旛沼18

今まで、気にもしていなかったけれど
印旛沼の役割を知ってくると、水門に対する見方も変わって来ます。
いゃあ〜、勉強になりますわ...............。




こちらがダムカード。

      20160720北印旛沼19


      20160720北印旛沼20



西印旛沼のダムカードと並べてみます。

      20160720北印旛沼21



裏面のイラスト。
実は2枚並べると印旛沼全体の地図になります。

      20160720北印旛沼22


やっぱり、印旛沼のダムカードはセットで揃えないとダメですね。



2016/08/16 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

築山    (2015年11月1日)(千葉県印旛郡酒々井町) 

11月1日  公休日

この日は、茨城県の稲敷市に出かける事にしました。

成田を抜けて、香取市経由で利根川を越えれば茨城県。


稲敷市に向かう途中、酒々井町で寄り道。
以前から気になっている場所に立ち寄ることにしました。


立ち寄った先は...............酒々井町 築山


成田街道の酒々井交差点の手前。
宗吾霊堂へ向かう県道の交差点(宗吾入り口)に気になる看板があります。

      20151101酒々井築山01



『 築山 』と書かれています。

      20151101酒々井築山02


      20151101酒々井築山03


階段脇には、酒々井町の観光ナビ。
QRコードを読み込めば、携帯電話でガイドの確認も出来ます。

      20151101酒々井築山04



築山は、酒々井町第一の眺望を誇る県立印旛手賀公園の台地にあります。
木内常右衛門邸旧跡 を眼下に、『明治天皇御駐蹕記念碑』が建っています。
碑の裏面に〝御休憩四回、明治14年6月29日、7月1日、明治15年6月6日、同月8日、
中川村木内常右衛門邸之築庭、昭和3年6月1日、鶴岡縫之助建設〟の文字 が刻まれているそうです。



この階段を上って行きます。

      20151101酒々井築山05


意外に階段の段数がある。

      20151101酒々井築山06


さらに上って行けば...............。

      20151101酒々井築山07



やがて、広い(?)削平地。

      20151101酒々井築山08



四阿もあります。

      20151101酒々井築山09



削平地上って最奥から振り返ってみます。

台地の上の削平地。
ひょっとしたら、昔の城址?
そんな感じが込み上げてきます。

      20151101酒々井築山10



堀跡と土塁の名残にも見えなくもない。

      20151101酒々井築山11



城址に見えてしまうのは、城好きの定めでしょうか?(笑)。

      20151101酒々井築山12


      20151101酒々井築山13



せっかくだから、四阿で一息つきましょう。

      20151101酒々井築山14


      20151101酒々井築山15


台地の上だから、眺望はそれなりに良い。

この森(台地)の奥が本佐倉城址。

      20151101酒々井築山16


こちらは、印旛沼方面。
印旛沼の開拓地にあたり、田園風景が広がります。

      20151101酒々井築山17



やはり、こちらも印旛沼開拓地。
奥に見えるのが平賀台の台地。

      20151101酒々井築山18




こちらが、『明治天皇御駐蹕記念碑』

      20151101酒々井築山19



裏面には、明治天皇がこの地に訪れ、休憩された月日が記されています。

      20151101酒々井築山20

まぁ、確かに明治の初期には、天皇がお神であり、御前であったわけだから
天皇が私有地に訪れること自体、凄いことだったのでしょう。



何かの碑の跡でしょうか?
三本の石柱が建っていた形跡が残っています。

      20151101酒々井築山21



こちらの築山は、『酒々井 ・山紫会 』の方々が管理して定期的に清掃してくれているようです。

      20151101酒々井築山22

確かに、雑草もなく、しっかりと管理され、手入れされています。



車を停めた『しまむら』の前辺りにて。

      20151101酒々井築山23

やっぱり、城址に見えちゃうんだけどなぁ〜(笑)。









2015/11/21 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........北辺田小学校  (2015年6月28日)(千葉県印旛郡栄町) 

6月28日 公休日

この日は、栄町の廃校巡りに出かけました。

今年の3月に栄町では2つの小学校が廃校となりました。
その一つは酒直小学校。
そして、もう一校は...............栄町立北辺田小学校



北辺田小学校は、

明治25年     蓮常寺を仮校舎として北辺田尋常小学校が開設。
明治32年     現在の場所に校舎を新築する。
明治41年     須賀小学校を合併する。
昭和22年     新学制により、安食町立北辺田小学校と改称する。
昭和30年     安食町と布鎌村が合併し、栄町誕生。
           栄町立北辺田小学校と改称する。
平成27年     生徒数減により、安食台小学校へ統合され閉校。


と、このような沿革となっています。





こちらが正門。

      20150628北辺田小学校03


      20150628北辺田小学校04



正門脇には掲示板。

      20150628北辺田小学校21

ガラス戸の中には子供たちの手書きのポスターが飾られています。



正門をくぐってすぐに目に入ってきた『創立百周年記念碑』

      20150628北辺田小学校01


      20150628北辺田小学校02


裡面には沿革が刻まれています。

      20150628北辺田小学校07





校舎全景

      20150628北辺田小学校05


      20150628北辺田小学校20


別アングルから

      20150628北辺田小学校18


      20150628北辺田小学校17




校舎正面玄関

      20150628北辺田小学校15




こちらが体育館

      20150628北辺田小学校09

この日はママさんバレーの活動日でしょうか?
数名の方が体育館で汗をかいていたようです。




体育館前には百葉箱

      20150628北辺田小学校06

ちょっぴり屋根が壊れていますね。





校庭の片隅にある遊具

      20150628北辺田小学校08


      20150628北辺田小学校12



校庭の真ん中にはシンボルツリー。

      20150628北辺田小学校10

この木とともに子供たちは育ってきたんだろうなぁ。



驚いたのは、鶏の飼育舎があるんですが扉は解放。
鶏は校庭を自由気ままに闊歩しています。

      20150628北辺田小学校11

猫なんかに襲われないのかな?

びいすけ も鶏を見て、ちょっぴり興奮していました。



校庭の最奥にある築山。

      20150628北辺田小学校13


雑草が伸び始め、やがては雑草に埋もれてしまいそうだけど
子供たちの遊び場だったんでしょうね。

      20150628北辺田小学校14





校舎の前には、ひときわ艶やかな看板。

      20150628北辺田小学校16


手作りの看板。

      20150628北辺田小学校19


『 ここに たしかに 北辺田小学校が 在った 』


廃校の碑ではないけれど、廃校の碑のようなもの。
いつか、この看板も朽ち果て、校舎も取り壊されてしまうかも知れないけれど、
たしかに、この地に北辺田小学校は在ったし、
子供たちが作った看板も建っていた。

そんな記憶は、いつまでも子供たちの脳裏に焼き付いていることだろう.................。



2015/07/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..............酒直小学校   (2015年6月28日)(千葉県印旛郡栄町) 

6月28日 公休日

この日は、成田経由で栄町に出かけました。

今年の3月に栄町では2校の小学校が廃校となりました。
その廃校を訪れるのが、栄町に出かけた最たる理由です。

その廃校となった小学校は...............栄町立酒直小学校


酒直小学校は

明治35年      安食町酒直(旧酒直村)の多宝院本堂を仮校舎として酒直尋常小学校が開校。
明治41年      酒直尋常小学校を廃し、安食尋常高等小学校酒直分教場とする。
昭和22年      新学制により安食町立安食小学校酒直分教場と改称。
昭和24年      安食町立安食小学校酒直分教場より安食町立酒直小学校として独立する。
昭和30年      安食町が布鎌村と合併し、栄町が誕生。
            栄町立酒直小学校と改称。
平成27年      栄町立安食台小学校へ統合され閉校。

と、このような沿革となっています。



こちらか、正門。

      20150628酒直小学校01


      20150628酒直小学校02


この門柱は、分校から独立校になって50周年を記念して
平成10年に建てられたモノらしい。

      20150628酒直小学校31



校門をくぐると目に入る掲示板。

      20150628酒直小学校27

ガラス戸の中には、生徒たちが書いたであろうポスターが飾られています。



廃校となってまだ日が浅いせいか?
無造作にオルガン類が野ざらしで校庭の片隅に置かれています。

      20150628酒直小学校03


廃棄品だとは解るのですが、つい数ヶ月前まで使われていた什器類。

      20150628酒直小学校05

勿体ない!と思ってしまうのは私だけ?




玄関前に置かれていた桜の株
てっきり廃棄される粗大ゴミかと思っていたら違ってた。

酒直小学校のシンボルとして奥底の真ん中にあった桜の木。
昭和49年に校舎建築の際に伐採されてしまったもの。

記念として残すためにこの様な碑になったそうです。

      20150628酒直小学校04

勝手にゴミと勘違いしてすみません(笑)。





こちらが、校庭。

      20150628酒直小学校22




校庭の遊具類。

ペンキも綺麗に塗られていて
大切に使われていたようです。

      20150628酒直小学校06


      20150628酒直小学校07


      20150628酒直小学校11


      20150628酒直小学校08


      20150628酒直小学校12


      20150628酒直小学校16






こちらは倉庫のようですが、何とも奇抜なペイント。

      20150628酒直小学校13





校舎全景。

      20150628酒直小学校09


校舎をバックに びいすけ を撮ろうとしていると
いきなり、ゴロ〜ん。

      20150628酒直小学校15


芝生と言うか、草の生え具合いが微妙に良いのか?
気持ち良さそうにゴロリンチョンとしています。

      20150628酒直小学校14



再び、仕切り直し。
校舎の前で、ハイ ポーズ! パチリ☆

      20150628酒直小学校18





こちらは体育館。

      20150628酒直小学校10




体育館の前に建つ碑。

酒直小学校の校歌の碑です。

      20150628酒直小学校19


      20150628酒直小学校20



体育館の壁面には、一輪車。
子供たちの良き遊び道具だったんですね。

      20150628酒直小学校21




校庭の片隅に置かれた百葉箱。

      20150628酒直小学校17









校舎前に建つ 『創立百周年の碑』

碑文が雑草に隠れてしまっています。

      20150628酒直小学校23







校舎背後の裏門(?)。

      20150628酒直小学校24



古い表札が残っています。

      20150628酒直小学校25



よくよく見れば、『安食町立酒直小学校』と記されています。

      20150628酒直小学校26

以前は、こちらが正門だったんですね。
  



子供たちの卒業記念の製作。

      20150628酒直小学校28



こちらは、平成元年の卒業生のモノ。

      20150628酒直小学校29


      20150628酒直小学校30



この酒直小学校は地域のふれあいサロンとして解放され
その管理はシルバー人材センターの方々が行うようです。

たまたま、この日は清掃日だったようで
何人かのご老人が集まって来ました。
立ち話になりましたが、以前この地区の区長をされていた方ともお話ができ、
色々とお聞きすると、やはり歴史ある学校が廃校になるのは寂しい...............。
そんな事を話されていました。

自分たちの手で廃校となってしまった母校を手入れしていけることが
唯一の救いとおっしゃっていました。

やっぱり、小学校って地元に密着したランドマークだったんですね.............。







2015/07/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

酒々井ベーカリー  ふっくらパン  (2013年9月7日)(千葉県印旛郡酒々井町) 

9月7日 公休日

※お断り

ドッグカフェではありませんが
ペット同伴可(ただしテラス席のみ)ということで
ドッグカフェのカテゴリーに記載させていただきます




この日は個人的な連休2日目
前日、神奈川県の足柄方面(一部静岡県もあり)へ出かけたため
どっと疲れが出て、朝の散歩を済ませたあとは二度寝を決め込んでいた。

さすがに、遊びに出かける元気もなく
昼過ぎに起きても、部屋の中でウダウダとしていた。

流石に夕方近くになって、 びいすけ も飽きたようで
外に行きたい素振りを見せ始めます。


こんな時は夕方の散歩を少し長めに............


以前から気になっていたお店に、歩いて行ってみることにしました。


向かった先は.........酒々井ベーカリー ふっくらパン




いつもこの前の道路を車で走り
お店の右側にテラス席があることは知っていました
 

      20130907酒々井ベーカリー01



実は、そのテラス席がとっても気になっていました。



自宅からゆっくり歩いて( びいすけ の匂い嗅ぎに付き合わされて)40分弱
目的地に到着。


      20130907酒々井ベーカリー02


      20130907酒々井ベーカリー12


まずはテラス席を確認

どうやらリードフックはないから、ワンコ連れは想定外?


      20130907酒々井ベーカリー09


店内に入り

『犬連れですが.....テラス席を犬同伴で利用してもいいですか....?』

と、聞いてみると、いいですよと快諾。



ではでは、小腹もすいているのでパンなど買いましょう(笑)



カレーパンとアンパンをお買い上げ~


      20130907酒々井ベーカリー03


ちなみに、パンを買えばドリンク1杯無料だそうで

アイスコーヒーをいただきました。





早くもパンを狙う びいすけ


      20130907酒々井ベーカリー04




カレーパンはダメだから
アンパンの皮の部分
ゴマの付いたところをあげましょう


      20130907酒々井ベーカリー05




目の輝きが違います(笑)


      20130907酒々井ベーカリー06


      20130907酒々井ベーカリー07



こうやってモノを貰うときは、いい子にしているんだなぁ.....(笑)


      20130907酒々井ベーカリー08



テラス席の隅に喫煙所もあったりして
なかなかいいですなぁ.......

喫煙所でタバコを吸うのにちょっと離れただけで
落ち着かない びいすけ


      20130907酒々井ベーカリー10


      20130907酒々井ベーカリー11




自宅からは気合を入れて行かないと、
ちょっと遠いかな?って感じですが........


何も予定のない休日の午後
小腹を癒しに来るのもいいかも....?



涼しくなったら、また来ることにしよう.............。


 
 


 
 
2013/09/30 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit