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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

愛宕神社 (2018年12月19日)(千葉県南房総市) 

12月19日

この日は、館山市に出かけましたが、
その前に南房総市にも立ち寄りました。

道の駅 おおつの里 をあとにして、向かった先は................富浦愛宕神社。


富浦愛宕神社は、南房総市富浦町原岡に鎮座する神社です。


元亀三年(1572年)、安房国の大名である里見義頼が
久留里愛宕神社を勧請したのが始まりとされ、
当初は、里見義頼の居城であった岡本城にありましたが、
その後、現在地に遷座されたそうです、


国道沿いに鎮座する愛宕神社。
こちらが、社号標。

      20181219愛宕神社01



神社社頭。
一の鳥居。

      20181219愛宕神社02



参道の掲示板。
例の『定』ですね。

      20181219愛宕神社03



こちらが、二の鳥居。

      20181219愛宕神社04


手水舎。

      20181219愛宕神社05



こちらが、拝殿。

      20181219愛宕神社06


拝殿正面。

     20181219愛宕神社07



別アングルからの拝殿。

      20181219愛宕神社08

     
      20181219愛宕神社09


そして、こちらが本殿。

      20181219愛宕神社10



拝殿前の狛犬。

      20181219愛宕神社11


      20181219愛宕神社12



境内社。

      20181219愛宕神社14


      20181219愛宕神社15


      20181219愛宕神社16


      20181219愛宕神社17



こちらが、社務所のようですが無人のようです。

      20181219愛宕神社18



境内の御神木。

      20181219愛宕神社19
         20181219愛宕神社20


      20181219愛宕神社21
      20181219愛宕神社22


多くの方のブログを拝見して、
宮司さんは隣接地にお住まいと聞いてはいましたが
どうやら、この日は不在のようです。
実は、数日前から連絡をしてはいるのですが、
なかなか宮司さんには繋がらず.............

なかなか御朱印を頂くのは難しいようです。



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2019/02/02 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 おおつの里 (2018年12月9日)(千葉県市南房総市) 

12月19日

この日は、館山市に向かいましたが、その前に南房総市へも立ち寄りました。

南房総市は、平成18年に安房郡富浦町、富山町、三芳村、白浜町、千倉町、
丸山町、和田町の7町村が合併して誕生しました。
元々、各町村に道の駅が在ったため、合併したことにより
南房総市には、現在8ヶ所の道の駅が存在します。
(合併後にも1ヶ所新たにオープンしました。)


その中の一つが、『道の駅 おおつの里』になります。

      20181219大津の里02


      20181219大津の里01



『道の駅 おおつの里』は、千葉県内では15番目にオープンした道の駅です。
国道127号線から一般県道犬掛館山線に約2km入った山里にあり、
長屋門風の建物と4,000坪の温室(農場)があります。
温室では、年間十種類以上の南房総特産の切花類が栽培され、
園内を散策して自由に見学できるほか、花摘み(有料)もたのしむことができるそうです。
また、初夏には大粒の房州びわ。夏にはメロンなど旬のフルーツを味わうことができ、
販売所には新鮮な切花が並びます。




確かに、長屋門風の建物。

      20181219大津の里03


道の駅らしからぬ単一の建物。

      20181219大津の里04

よくある道の駅のパターンでは、
情報館とか直売館とか飲食館と言ったように
複数の建物が並んでいたりしますが
こちらは、至ってシンプル。


逆にシンプルな建物だから、
屋根の上にある大きな看板が目を引きます。

      20181219大津の里05



駐車場に建つ道の駅の案内図。

      20181219大津の里18



入り口脇には、情報コーナー。

      20181219大津の里06



道の駅のスタンプは、こちらです。

      20181219大津の里07



その奥が物販コーナー。

すぐ目に付くのか、切花のコーナー。
『花倶楽部』と言うだけあって、種類は多いみたいです。

      20181219大津の里09



花より団子派の私は、こちらの方が気になります。

      20181219大津の里08

地元の銘菓と言うか、御土産コーナーですね。


こちらは、産直の野菜類。

      20181219大津の里10


やっぱり道の駅には、産地直売の野菜。
これがなくっちゃ始まらない。

      20181219大津の里11

とは言え、とくに買う予定もないけれど................(笑)


まあ、何も買わなくても、特産品を見ているだけでも
楽しい時もある。

      20181219大津の里12

新しい情報、知らない情報を得たりします。



ちょっぴり、地元のお酒やビールも気になったりします。

      20181219大津の里13

実は、以前に地ビールにハマっていた時期もありました。




こちらが、花のコーナー。

      20181219大津の里14



花好きにはたまらないエリアなのかもしれないけれど
残念ながら、そこまででは無い。

      20181219大津の里15


季節ごとの花があると言うのも、この花壇を見ればうなずける。

      20181219大津の里16



駐車場に建つ案内板。
この近くの観光名所を載せている。

      20181219大津の里17


実は、このすぐ近くに戦国時代の里見氏の居城で在った宮本城址が在る。
以前訪れた時に、こちらの道の駅の駐車場を利用させてもらった。


      

こちらが、道の駅のスタンプ。

      20181219大津の里19


      20181219大津の里20

残念ながら、道の駅の切符は販売されていないようです。
やっぱり人気が無いのかな................?




2019/02/02 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

聖眞名子神社 (2018年12月19日)(千葉県南房総市) 

12月19日

この日は、館山市に出かけましたが、その前に
お隣りの南房総市にも立ち寄ります。

山宮社 をあとにして、向かった先は..............聖眞名子神社。


聖眞名子神社は、南房総市手取に鎮座する神社です。


聖眞名子神社の由緒等については不詳。
千年以上前に、この辺りに拠点を置いた丹生氏の首長の名から取ったと言われ、
当時は、丹(朱)と水銀が採取出来たようです。
真名子の首長は、大金持ちであったとも言われているようです。


色々と調べては見ましたが
残念ながら、御祭神は不明です。


こちらの前に訪れた山宮社でもそうでしたが
こちらの神社にも鳥居が無い。
山宮社を鎮守とする居倉集落、聖眞名子神社を鎮守とする手取り集落。
この2つの集落を合わせて鶴鳴地区と呼んでいるようですが
この地区には鳥居が無い風習があるのでしょうか?



崖に近いような地形に鎮座する聖眞名子神社。
そのアプローチは、この石段を上がります。

       20181219聖真子神社01



行く手上方に社殿が見えてきました。

      20181219聖真子神社02



石段途中には数基の石祠が鎮座しています。

      20181219聖真子神社03


      20181219聖真子神社04


      20181219聖真子神社05


    

社殿が見えました。

      20181219聖真子神社06




石段を上った先は狭くて、良いスペースを確保できない。

      20181219聖真子神社07

裏を返せば、それだけ狭いスペースに建てられた神社です。




こちらが社殿。

      20181219聖真子神社08



社殿も大きなものでは無い。

       20181219聖真子神社09



別アングルから。

      20181219聖真子神社10



狛犬も手水舎も無く、コンパクトな神社。
集落の鎮守としてはちょっぴり寂しい気もするけれど
幾多の時間をこの集落の中で見守り続けてきた神社です。

御朱印は、本務社の愛宕神社で拝受できるようですが
残念ながら、この日は拝受できませんでした。




2019/02/01 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

山宮社 (2018年12月19日)(千葉県南房総市) 

12月19日

この日は、館山市に出かけましたが、手前の南房総市でも道草をします。

岩井神社をあとにして、向かった先は.................山神社。


山宮社は、南房総市富浦町居倉に鎮座する神社です。


山宮社については、創建時期等不詳です。
居倉区の鎮守であることしか分かりません。

御祭神は、大山祇神。


実は、この神社、南房総市の富浦にある愛宕神社の兼務社。
ネットで御朱印を見たものの、神社そのものを見たことがなかったので
好奇心が頭を覗かせ、訪問となりました。

       20181219山宮01



幹線道路から離れた目立たない場所に鎮座しているとの情報でしたが
本当に狭い道。
そして、行き止まりになる道を進みます。

      20181219山宮02



この石段の先が山宮社。

      20181219山宮03


  

こちらが社殿。

      20181219山宮04



思っていたより小さな社殿。
正面から。

       20181219山宮05


別アングルから。

      20181219山宮06


手水舎や手水鉢も無く、狛犬もない。
本当に山の中の神社って言う感じ。

でもその割には、民家に隣接していたりする。


小さな石祠。

      20181219山宮07


      20181219山宮08

おそらく、地元の氏子さん以外は訪れる人も無いだろう。
かく言う私も、ネットで存在を知っていなければ、
訪れる事も無かったことでしょう。

残念ながら、御朱印は本務社の愛宕神社の宮司さんにお会いすることが出来ず
拝受できませんでした。



2019/02/01 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................岩井神社 (2018年12月19日)(千葉県南房総市) 

12月19日


この日は、館山市に出かけました。

館山市へと向かう前に富津市で寄り道しましたが
南房総市でも寄り道をしています。
八雲神社をあとにして、向かった先は.....................岩井神社。


岩井神社は、南房総市高崎に鎮座する神社です。


平安時代の後一条天皇の時代である治安三年六月磐井郷の総社として建立され、
当初は牛頭天王八雲大社と称したとされています。
後に明治初年「岩井神社」と改称し、明治9年に村社に列格されています。
昭和53年に「千葉県規範神社」に指定されました。

御祭神は、素盞鳴尊、大己貴命、少彦名神。




こちらが社号標。

      20181220岩井神社01



神社社頭でよく見かける『定』と記された掲示板。

      20181220岩井神社02



千葉県神社庁の規範神社の碑。

      20181220岩井神社03



社頭に建つ説明板。
岩井神社には、南房総市の指定文化財があるようです。

      20181220岩井神社04

説明板によれば.........

社宝に、鎌倉時代の「懸仏」(四面)が残っています。
「懸仏」というのは、平安時代の中頃に
神仏習合の信仰から生まれたもので柱や壁にかけて礼拝したそうです。
形はだいたい円形で、表面には仏像が彫ってあり、銅や鉄の板でできています。

また「獅子頭」(三頭)があります。
これは、昔の富山の「ふうり祭」(雨乞い祭)に使われたものだそうです
獅子頭をかぶり、鞨鼓(太鼓)を腹の前に付けて、軽快に舞うもので、
これを「鞨鼓獅子舞」というそうです。
富山の雨乞い祭も、明治時代の終り頃には行われなくなったようです。




こちらが手水舎。

      20181220岩井神社05



水は出ていないけれど、龍の吐出口。

      20181220岩井神社24



鳥居。

      20181220岩井神社06


鳥居に掲げられた神額。

      20181220岩井神社07



カスれて読み辛いのですが...............由緒書き。

      20181220岩井神社08


  

拝殿前にて。
  
      20181220岩井神社09



拝殿前の狛犬。

      20181220岩井神社10


      20181220岩井神社11



こちらが、拝殿。

      20181220岩井神社12



拝殿正面。

      20181220岩井神社13



拝殿内に掲げられた扁額。

      20181220岩井神社14



別アングルからの拝殿。

      20181220岩井神社16


      20181220岩井神社17



そして、こちらが本殿。

      20181220岩井神社18




びいすけ も、しっかりと参拝。

      20181220岩井神社15



境内社の金刀比羅宮。

      20181220岩井神社19



石祠も多く建ち並ぶ。

      20181220岩井神社25


      20181220岩井神社20


      20181220岩井神社21


石塔。
この辺りは神仏習合の名残りなのか?

      20181220岩井神社22


こちらは板碑。

      20181220岩井神社23


    
こちらは、神輿殿。

      20181220岩井神社26

どうやら、こちらに浜下屋台が奉納されているようです。




浜下屋台の説明板。

      20181220岩井神社30

浜下屋台は宮大工・青木松治郎の作で三年という長い年月を費やし、
明治24年(1892年)に完成したそうです。
その間、初代・後藤利兵衛義光は青木家に逗留して作成にあたり、
八岐の大蛇や竜などを彫刻したそうです。
初代・義光は、文化十二年(1815年)千倉町の朝夷に生まれた木彫り彫刻の名手で、
特に竜の作品に優れたものがあり、明治35年(1903年)八十八歳でその生涯を終わったそうです。
初代・義光の作品は現在も南房総市富山町ほか各地に残っているそうです。




こちらも神輿庫。

      20181220岩井神社27



特筆すべきは、社殿脇に弓道場があります。

      20181220岩井神社28

源頼朝が、治承4年(1180年)8月に伊豆の石橋山の合戦に敗れ、
真鶴岬から安房国へ逃げ延びました。その後、馬集(現在の富山町高崎)にて馬を集め、
不入斗牛頭天皇の社殿に戦勝を祈願しました。
当時の安房国は安西、神余、丸、東條、長狭の5氏がほぼ5分し領有支配していましたが、
長狭氏を除く4氏が敗戦の将である頼朝を擁立して鎌倉幕府創設の基礎を築きました。
建久3年(1192年)、頼朝が征夷大将軍になるに及び、懐かしの安房国を偲び、
不入斗に八幡宮を建立して、武士に弓術を奨励したそうです。
その後、安房国は里見氏により平定されましたが、6代当主の義堯は岩井神社修復に際し、
境内に矢場を造り弓術を奨励したそうです。

この故事にならい、昭和25年青少年の健全育成と精神修養の場として弓道場を作り、
広く一般にも解放し、清く明るい心の滋養を念じ「洗心館」と命名したそうです。 


う〜む、ここにも頼朝に関する逸話が現れた。
確かに、館山市、南房総市、鋸南町辺りには頼朝にまつわる逸話が多い。




こちらは、社務所。

      20181220岩井神社29

普段は閉ざされているようです。




      20181220岩井神社30



こちらが、岩井神社の御朱印。

      20181220岩井神社31

社務所は無人で閉まっていましたが、宮司さんのお宅で拝受できました。





2019/01/31 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............長尾小学校 (2017年11月25日)(千葉県南房総市) 

11月25日

この日は、房総半島の南端に出かけました。


畑小学校をあとにして、向かった先は...............南房総市立長尾小学校


長尾小学校は、
明治7年      根本村に根本小学校が設立される。
           滝口村に滝口小学校が設立される。
明治22年     町村制の施行により滝口村、根本村が合併して長尾村が発足する。
昭和22年     学制改革により長尾村立滝口小学校、長尾村立根本小学校と改称する。
昭和29年     長尾村と白浜町が合併して新たな白浜町が誕生。
           白浜町立滝口小学校、白浜町立根本小学校と改称する。
昭和46年     根本小学校と滝口小学校が合併して長尾小学校が誕生。
平成18年     白浜町が富浦町、富山町、千倉町、丸山町、和田町、三芳村と合併して南房総市が誕生。
           南房総市立長尾小学校と改称する。
平成23年     白浜小学校と統合して新たな白浜小学校が誕生する。
           長尾小学校は廃校となる。



こちらが、長尾小学校の正門。

      20171125長尾小学校01



門柱には、往時の表札...............と思っていたら。

      20171125長尾小学校02

長尾幼稚園 小学校跡地 となっている。


小学校入口に何やら看板らしきモノが掲げられています。

      20171125長尾小学校03



ナイフとフォークのマークにランチとディナー。
どうやら、レストランが長尾小学校跡地にオープンしているようです。

      20171125長尾小学校04



調べてみると...............

南房総市が廃校跡の利用を公募して、
現在は「シラハマ校舎」と言う民間企業に貸し出しされているようです。

      20171125長尾小学校05



木造の校舎をリノベーションして、
20坪のオフィスが2部屋、
10坪のオフィスが10部屋、
ゲストルームが2部屋とオフィスや宿泊施設としています。

      20171125長尾小学校06

ちなみに、びいすけ の背後の積まれた石は、
房総半島最南端の野島埼灯台周辺で使われなくなった石を
毎日少しずつ運んで作られた石垣です。


リノベーションされた木造校舎ですが
遠巻きに眺めてみましょう。

      20171125長尾小学校07


      20171125長尾小学校08



レンタルオフィスに人が居るかわ分かりませんが
邪魔にならないように近づいてみましょう。

      20171125長尾小学校09


      20171125長尾小学校10



校庭は家庭菜園スペースとして利用されるようです。

      20171125長尾小学校11

区間ごとに小屋を建てて、そこで寝泊まりも出来るらしい。



正門脇の椰子の木。

      20171125長尾小学校12

う〜む、南国っぽい。
この地域では桜の木よりも、こう言った南国系のきぎが
シンボルツリーになっているんだろうなぁ。


ざっと、敷地内を回ってみたけれど
再利用されることになって校庭には遊具類もないし
廃校記念碑や二ノ宮像もない。


この避難場所の看板は、廃校後に建てられたんだろう。

      20171125長尾小学校13


一応、校舎はのこっているものの、
古き良き学校って言うイメージが少ない。

この辺りの雰囲気が昭和っぽいかな?

      20171125長尾小学校14


数年前から、『来よう、来よう』と思っていた長尾小学校。
正直言えば、もっと早く来れば良かった。

でも、まだこの廃校跡の再利用が初期段階だから
敷地内に立ち入ることも可能だったかも?

南房総市には、またまだ訪れていない廃校が多いから
いずれ、またいつか廃校巡りを考えなきゃ!


2018/01/15 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 《 白浜野島崎 》 (2017年11月25日)(千葉県南房総市) 

11月25日

この日は、房総半島の南端の館山市に出かけました。
館山市の西部から東部に移動する際に一度、南房総市を通り過ぎます。
まあ、複雑に市の境界線が入り組んでいるんですね。
(って言うか、館山市近隣の町村合併でそうなっちゃったんだけど...............)

神戸小学校をあとにして、次なる廃校跡へと向かいますが、
その途中で立ち寄ったのは...............道の駅 白浜野島崎

      20171125道の駅白浜野島崎01


      20171125道の駅白浜野島崎02



駐車場に着いて、びっくり。

      20171125道の駅白浜野島崎03

道の駅とは思えないほど、駐車場は狭い。

まあ、敷地そのものがそんなに広くないみたいだから
仕方がないのかな?


こちらが、メインの建物。

      20171125道の駅白浜野島崎04


      20171125道の駅白浜野島崎05



内部は、こんな感じです。


農産物即売所。

      20171125道の駅白浜野島崎06

『 狭っ! 』って言うか、『 えっ!?』って言う感じです。
言葉が悪いけど、ある意味『ショボい』。


こちらは情報コーナー。

      20171125道の駅白浜野島崎07

千葉県内、特に南総地区、九十九里地区情報が多い。


そして、スタンプコーナー。

      20171125道の駅白浜野島崎08

残念ながら、道の駅の切符は取り扱っていない。


こちらは、花の即売所。

      20171125道の駅白浜野島崎09

南房総市は花の名所だから、こう言う即売所は当たり前?
ただ、花の時期じゃないから開いていません。

まともな建物は、この二つ。


現在、新たな施設を建設中。

      20171125道の駅白浜野島崎10

きっと、こちらの新しい建物で野菜とかの直売て
簡単な軽食エリアでも準備するのかな?


敷地内にある看板。

      20171125道の駅白浜野島崎11

お食事、お土産は野島崎へ って...............
ある意味、ヤル気なし?

まあ、新しい施設が出来れば、変わってくるでしょう。



1番気になったのは、駐車場にあったこの看板。

      20171125道の駅白浜野島崎12

近く(?)に城山があるらしい。


その城山を攻める時に駐車場として利用させて貰おうかな?


こちらが
道の駅のスタンプ。

      20171125道の駅白浜野島崎13


道の駅の切符が無いから、ある意味つまらない。
施設的にも、今現在ではあまり魅力を感じない。

でも、トイレ休憩に立ち寄るには十分かな...............?





2018/01/14 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

滝田城址  (2017年3月9日)(千葉県南房総市) 

3月9日 公休日

この日は、南房総市に出かけました。

増間七滝の『前蔵引の滝』の滝をあとにして、
向かった先は...............滝田城址

今回、南房総市の来た最たる目的は、この滝田城址の攻略。
実は過去2回、近くに来て居ながら時間が足りなくなって
断念したことがあります。
山城だと言うこと、かなり広い城域だとネットで調べてはいましたか
実際に自分の足で歩いて、かなり広い城址だと改めて実感しました。


滝田城の築城年代は定かではありませんが、
里見義豊の妹婿である一色九郎が城主をつとめた記録があります。
里見氏の内部分裂である『天文の内訌』により、義豊が里見義尭によって安房を追われると、
義豊の妹婿である一色氏の滝田城も攻められ落城してしまいました。
諸説があるようですが、落城後に廃城となったと言う説と、
落城後、里見義堯が本拠としたとする説があるようです。

また滝田城は、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』で里見義実の居城のモデルとなった城としても有名です。
そのため城址には『伏姫と八房の像』が建てられています。



こちらが、滝田城の縄張り図。

      滝田城址縄張り図

( 余胡さんのHP からお借りしました。)



県道88号線を走っていると、案内標識が出ていて
迷わずに滝田城址へと来ることが出来ます。

      20170309滝田城址64


実は、コレが曲者だったりします。
と言うのは、滝田城の登城路は2ヶ所あります。

一つは、城好き、城マニアにとっては王道とでも言うべきか?
定石とでも言うべきか?
大手口からの登城。
こちらは遺構を確認しながら、登城出来ます。

もう一つは、搦め手口側の登城路。
こちらが曲者です。
県道からの案内では、こちらに辿り着いてしまいます。


実は、そのことを知らずに、案内標識に導かれるまま
駐車場に来てしまいました。
駐車場にはトイレも完備。

しっかりとした説明板、案内図もあります。

      20170309滝田城址02


      20170309滝田城址01
  

      20170309滝田城址03

滝田城址として整備されている割には、案内図が簡素化されていて
縄張り図もない。
結果的には、ハイキングコースの案内板と言った感じです。


大手口から登城するのが、本来の意味では正解ですが
そんなことも知らずに、『いざ!登城!』と張り切ります。

      20170309滝田城址04


山城だから、仕方がないけれど、イキナリの上り。

      20170309滝田城址05


ちょっぴり息を切らしながら、上って行きます。

      20170309滝田城址06


城郭の遺構らしきモノもないまま、尾根に到着。
尾根伝いに移動します。

      20170309滝田城址07


尾根に切られた堀切。

      20170309滝田城址08

ここで、搦め手口からの進入を阻止するのでしょう。


さらに、尾根伝いに進みます。

      20170309滝田城址09


      20170309滝田城址10



主郭虎口だと思い切り勘違い。

      20170309滝田城址11

この時はまだ、登城路が二つあって、
搦め手口から登城しているとは知りませんでした。


主郭かと思ったら、そこは展望台跡。
以前は展望台が在って、見晴らしが良かったようですが
現在は撤去されてしまったようです。


展望台の一角には、伏姫と八房の像。

      20170309滝田城址12


この像も見たかったモノの一つ。

      20170309滝田城址13


像の台座には『翔天』の文字。

      20170309滝田城址14


      20170309滝田城址15



一見、天守台跡のように見えるけれど、
ここが展望台跡。

      20170309滝田城址16


滝田城の説明板。

      20170309滝田城址17


木製の滝田城址の標柱は朽ちて倒れているのを
展望台の基礎には立て掛けてありました。

      20170309滝田城址18


      20170309滝田城址19


ここで引き返して駐車場に戻ってしまう人もいるようですが
滝田城址の真骨頂はこの先。
尾根伝いにさらに先へと進みます。

なだらかな上り勾配の尾根を200mほど進むと
やがて上り階段。

      20170309滝田城址20


この階段の向こうには何がある?

       20170309滝田城址21


上りきった先は、ちょっとした削平地。
そこは台地頂部。
そんなに広くはなく、居住性はありません。

櫓台でした。

       20170309滝田城址22


櫓台には、小さな祠が祀られています。

       20170309滝田城址23

( 鉄塔もあるけどね。)


櫓台と言うだけあって、見晴らしは良い。

       20170309滝田城址24


櫓台は『八幡台』とも言うらしい。

      20170309滝田城址25

あの小さな祠は八幡宮なんですね。


八幡台から一段下ったところが主郭(本丸)。

      20170309滝田城址26


      20170309滝田城址30


それなりの広さを有する削平地。

      20170309滝田城址27


主郭には礎石が残されており、居館が在ったことを推測させます。

      20170309滝田城址28



こちらが、主郭の虎口。

      20170309滝田城址29


      
主郭から登城路を根古屋まで下って行きましょう。

ここからが、滝田城址の真骨頂です。

      20170309滝田城址31



主郭のすぐ下には曲輪。

      20170309滝田城址32

一瞬、二郭かと思ったら、二郭は別な場所に...............



こちらが二郭(二の丸)。

      20170309滝田城址33


      20170309滝田城址34


二郭には、土壇のような土塁もあります。

      20170309滝田城址35



二郭からさらに下って行くと、幾つもの曲輪があります。

      20170309滝田城址36



こちらは武者溜

      20170309滝田城址37


書いて字のごとく、兵が居留できるような削平地。
と言っても、それなりの広さ。
とても数百人の兵が居留できるわけではありません。

      20170309滝田城址38


      20170309滝田城址39


      20170309滝田城址40


      20170309滝田城址41



武者溜の奥には見晴台。

      20170309滝田城址42



さらに下って行けば、虎口。

      20170309滝田城址43



下(大手口)から上がって来ると、右カーブの虎口。

      20170309滝田城址44

なかなか、防御性も兼ねた虎口です。



さらに下って行けば、腰曲輪。

      20170309滝田城址45

本当に登城路の脇に曲輪が多い。


腰曲輪から下を覗くと、更に別な腰曲輪があるのが分かります。

      20170309滝田城址46



一段下った先の腰曲輪。

      20170309滝田城址47



主郭から、数多くの曲輪、腰曲輪を眺めながら
馬場まで降りきりました。

      20170309滝田城址48


馬場の登城路側の土塁。

      20170309滝田城址53


馬場から登城路を振り返ってみます。

      20170309滝田城址49

いかにも山城って言う感じの登城路です。




馬場は、本当に広い削平地。

      20170309滝田城址50


この広さであれば、それなりの数の兵が居留出来そうです。

      20170309滝田城址51


そして、馬場の奥には物見台。

      20170309滝田城址52

平群川沿いの街道を監視していたのでしょう。

      

馬場から一気に根古屋まで下って行きます。

こちらが、大手口の登城路の入口。

      20170309滝田城址54


やはり、害獣対策でフェンスが張られ、
出入りする扉にはロープで簡易的に施錠しています。

      20170309滝田城址55

要は、大手口から登城する人は、勝手にロープを解いて、
出入りしたら、また結び直して下さいって言うことです。


一応、大手口にも車が5〜6台停められるスペースはありますが
フェンスの関係なんでしょう、
表向きにはこちらの登城口を案内していないみたいです。

      56



こちらは根古屋地区。

      20170309滝田城址57


畑には菜の花が満開の時期を過ぎて、ちょっぴり枯れ始めています。

      20170309滝田城址58


      20170309滝田城址59



さて、駐車場に戻るにはどうしょう?

もう一度、大手口から登城して主郭まで行き
尾根伝いに移動して、展望台跡から搦め手口を下って行く元気はありません。

さすがに、この山の頂部まで行って、反対側に降りる気力もありません。

      20170309滝田城址60



県道をトボトボ歩きながら、案内標識を探しましょう。

      20170309滝田城址61


15分ほど歩いて、駐車場はもうすぐそこ。


駐車場手前には、里見桜。

      20170309滝田城址62

上総・安房の国に栄華を誇った里見氏ですが、
江戸時代になると徳川家康に里見氏10代当主、里見忠義は安房を没収され、
伯耆倉吉3万石に転封となりました。
その8年後、29歳の若さで亡くなりました。

里見氏の所縁の地と言うことで交流のある倉吉市の有志が苗木を育て、
館山に送られ、南房総市の有志らにより植えられたそうです。

      20170309滝田城址63


無事、駐車場に戻り一息つきましたが
滝田城址に1時間半以上居たことになります。
思った以上に疲れたけれど、見応えのある城址でした。






     
2017/04/07 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

増間七つ滝 《 前蔵引の滝 》  (2017年3月9日)(千葉県南房総市 

3月9日  公休日

この日は、南房総市に出かけました。


坊滝をあとにして、向かった先は...............前蔵引の滝


前蔵引の滝は、「水垢離の滝」とも呼ばれ、
増間七滝のオープニングを飾り、
七滝の中では坊滝とともに遊歩道が整備され誰でも安心して眺めることができます。

落差は10m弱、滝下部で二つに分かれているのが特徴的です。



坊滝から車に戻り、林道を下っていくと、
左側に案内板と説明板が目にとまります。

      20170309前蔵引の滝01


      20170309前蔵引の滝02

実は、林道を坊滝方面に向かっている時(つまり、往時)に
この案内板と説明板は目にしたのですが、道が狭くて駐車出来る場所もなく
駐車どころか、この先がどうなっているのかも分からず
不安が一杯な状態だったので、この滝を見るなどと言う精神的な余裕はありませんでした。

とりあえず、Uターンは出来たし、
坊滝にも行って来れたから、心に余裕が生まれます。

余裕が生まれれば、『じゃあ、この滝も見ちゃおう!』
どうせ、こんな道だから、対向車も来ないし。
割と広めになったコーナーの端に車を停めて、滝へと向かいます。



右側の階段を下って行けば、滝へと行けるようです。

      20170309前蔵引の滝03


下った先が、狭い展望エリア。

      20170309前蔵引の滝04


何とか滝は見えるものの、目の前の木が邪魔。

      20170309前蔵引の滝05


柵の切れ目から、滝壺近くへ行けるようです。


行ってみましょう。


と、言うことで滝壺近く。

      20170309前蔵引の滝06


こちらが、『前蔵引の滝』です。

      20170309前蔵引の滝07

落差が約10mと言うことでしたが
実際は6〜7mぐらいかもしれません。

水量はやはり少ないんでしょう。

      20170309前蔵引の滝08


      20170309前蔵引の滝09


      20170309前蔵引の滝10



でも、この日に見た滝の中では、一番滝らしい滝かもしれません。


別なアングルから。

      20170309前蔵引の滝11


      20170309前蔵引の滝12



さらに、別なアングルから。

      20170309前蔵引の滝13


      20170309前蔵引の滝14



写真を撮るのに夢中になっていて...............

      20170309前蔵引の滝15



ふと、足元を見ると...............

      20170309前蔵引の滝16


何かの骨。

決して犬用のオヤツのガムではありません。


野生のイノシシの骨?

何かに殺られた証し?
はたまた、熊にでも襲われた?

びいすけ が嚙りそうだし、
へんな獣が出て来ても大変だから
早々に撤収を致しました...............。




2017/04/06 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

増間七つ滝 《 坊滝 》  (2017年3月9日)(千葉県南房総市 

3月9日 公休日

この日は、南房総市に出かけました。

沢山不動滝をあとにして、向かった先は、...............坊滝


坊滝は、坊の滝とも呼ばれます。
大日山の中腹にあった「大日山閻魔寺」の坊さんが、
神事の際に滝の水で体を清め、水垢離をしたことから
その名がついたと言われています。
落差25mと水量の多いときは、県内屈指の壮大な滝となるそうです。


ネットで調べたら、『駐車場あり』と記載されていたので
不安を感じながらも、増間ダム脇の林道を走ります。

狭い林道。
対向車が来たら、離合をどうしよう?
そんなことを考えていたら、やがて林道は未舗装となり、
石がゴロゴロしている。
パンクに注意しながら、ゆっくりと走ります。

やがて、これ以上は無理。
転回できなくなる!と思い、車を路肩の広い場所に停め、
歩いて向かうことにしました。
(本当は、このまま引き返そうかとも思いました。)

      20170309増間七つ滝 坊滝01


      20170309増間七つ滝 坊滝02



この土橋は車じゃ無理?

      20170309増間七つ滝 坊滝03

実は、この地点で車は諦め、100mほどバックしました。



やはり、車では無理。
選択は正しかったようです。

      20170309増間七つ滝 坊滝04



目指す『坊滝』は、まだまだ先のようです。

      20170309増間七つ滝 坊滝05



案内板によれば、この辺りに『増間七滝』は点在しているようですが
『坊滝』以外に案内は無さそうです。

      20170309増間七つ滝 坊滝06



とりあえず、坊滝を目指して進みましょう。

      20170309増間七つ滝 坊滝07


結構、山深き林道を進みます。

      20170309増間七つ滝 坊滝08



やがて、視界に現れるのが坊滝の説明板。

      20170309増間七つ滝 坊滝09


      20170309増間七つ滝 坊滝10



右側に階段を降りて行けば、坊滝です。

      20170309増間七つ滝 坊滝11



階段の途中から、細い一条の水の流れを確認出来ます。
どうやら、坊滝のようです。

      20170309増間七つ滝 坊滝12



こちらが、坊滝。

      20170309増間七つ滝 坊滝13

残念ながら、水量が少なく迫力に欠けます。



坊滝の全景。

      20170309増間七つ滝 坊滝14

一条の流れだけかと思ったら、僅かながらに右側にも流れがある。
と言っても、なめ滝のように岩が濡れているだけのようにも見える。


この日の状態なら、一条の流れをバックに写真を撮った方が
見映えがするかも?

      20170309増間七つ滝 坊滝15


下から見上げるような感じで一枚、パチリ☆。

      20170309増間七つ滝 坊滝16


      20170309増間七つ滝 坊滝17



おそらく、再び訪れる事は無いと思うから
(此処に来るまでのアプローチが大変。)
再度、坊滝の全景を脳裏に残しましょう。

      20170309増間七つ滝 坊滝18


      20170309増間七つ滝 坊滝19


びいすけ も被写体になってもらいます。

      20170309増間七つ滝 坊滝20


苦労して訪れた割には、水量が乏しく
正直言えば、期待倒れ。
この時期の房総半島の滝は仕方がないのかなぁ...............。






2017/04/05 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

沢山不動滝  (2017年3月9日)(千葉県南房総市) 

3月9日 公休日

この日は、房総半島の南房総市に出かけました。


高月城址をあとにして、向かった先は...............沢山不動滝


沢山の不動滝は、沢山の不動堂の吊り橋下の渓谷に15mほどの3段の滝です。
岩間に不動尊の石像が見えるそうです。
周囲はスギの木など深い自然の樹木に覆われ、
春には桜、秋には深山に映える紅葉と、
この滝とのコントラストが素晴らしいそうです。


沢山不動滝は、落差15m、3段に渡る滝で
それぞれに滝壷があります。
また、沢山不動堂にかかる吊り橋(かじか橋)から望む滝もおすすめの絶景ポイントだそうです。
ちなみに、かじか橋は南房総市で唯一のつり橋だそうです。



沢山不動滝の案内板。

      20170309沢山不動滝01

どうやら、沢山不動の周辺には7つの滝があるようですが
詳しくは記されていません。


こちらが沢山不動堂。

      20170309沢山不動滝02


沢山不動堂の本堂。

      20170309沢山不動滝03

この沢山不動堂。
実は2年前のTVドラマ『ナポレオンの村』のロケ地でした。
イッセー尾形が演じる神主の菰田神社がこちらでした。


そのドラマの撮影時に書いてもらったのでしょう。
サインが飾られていました。

      20170309沢山不動滝04

左から、主演の唐沢寿明。
真ん中は、麻生久美子。
右は、イッセー尾形。



沢山不動堂の前には、不動堂と七つ滝についての説明板。

      20170309沢山不動滝05

説明板によれば、やはり沢山不動堂の周辺には七つの滝があるらしい。



こちらが、『かじか橋』。

      20170309沢山不動滝06

いわゆる吊り橋です。


揺れるのが苦手な びいすけ を、吊り橋の真ん中に置いて
記念撮影。

      20170309沢山不動滝07


大人しくしているけれど、
内心は『おっかなびっくり』しているんじゃ無いかな?

      20170309沢山不動滝08

真ん中じゃなくて、橋の端に居るし...............



それでは、滝めぐりと参りましょう。
5台程停められる駐車場から、滝へと下る階段があります。

この先に不動滝と棒滝があるようです。

      20170309沢山不動滝27


なぜか、先を行きたがる びいすけ 。

      20170309沢山不動滝09

勢い良く引っ張ると、お父さんが転んじゃうから
ゆっくり行きましょう。


階段を下ると四阿。

      20170309沢山不動滝10


この先にあるのは、不動滝のようです。

      20170309沢山不動滝11



ひょっとしたら、これが不動滝?

      20170309沢山不動滝12


その割には小さい。

      20170309沢山不動滝13



三段の滝だと言うことだから、最下段の滝なのかな?

      20170309沢山不動滝14


      20170309沢山不動滝15


      20170309沢山不動滝16



さらに奥に進むと、さらに滝が見える。

      20170309沢山不動滝17


こちらが、不動滝?

      20170309沢山不動滝18



碑とか標柱や看板がないから、正直言って分からない。

      20170309沢山不動滝19




四阿の後方の別な沢を遡上すれば、棒滝がらあります。

      20170309沢山不動滝20


棒滝は、水量が有れば見応えのある滝らしいが
この時期は雨も無く、水量は乏しい。

      20170309沢山不動滝21



滝口から流れ落ちる水量もわずか。

      20170309沢山不動滝22



棒滝の全景。

      20170309沢山不動滝23

水量が有ればなぁ...............。


迸る水飛沫が有れば、びいすけ のこんな姿も絵になるのになぁ。

      20170309沢山不動滝24


      20170309沢山不動滝25


      20170309沢山不動滝26





かじか橋の手前の階段を降りて行けば、『滝の行水』    

      20170309沢山不動滝28



階段の途中から見える『不動滝』。

      20170309沢山不動滝29

細い二条の滝。
イマイチ迫力に欠けます。


不動滝の滝口も水量が無い。

      20170309沢山不動滝30



こちらが『滝の行水』。

      20170309沢山不動滝31


      20170309沢山不動滝32



おそらく、棒滝、不動滝、滝の行水らを併せて
七つ滝と呼ばれているのでしょう。

梅雨の時期の晴れ間に来れば、水量も多くて
棒滝、不動滝、滝の行水は見応えがあるかもしれません。
ただし、ヤマビルが出そうなので(棒滝の沢)、
ちょっと びいすけ と一緒では無理かなぁ...............。







2017/04/04 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

高月城址  (2017年3月9日)(千葉県南房総市) 

3月9日  公休日

この日は、房総半島の南房総市に出かけました。

犬掛の八房生誕の地をあとにして、向かった先は...............高月城址



上滝田地区の龍喜寺が高月城址とされているようですが、
高月城については、詳細は不明です。

高月城の近く(北側)に犬掛の古戦場があり、また滝田城からも近いこの位置から考えて、
滝田城の出城の1つと考えられているようです。
また、犬掛の合戦の際に陣城が置かれたところであるかもしれません。
しかしながら、龍喜寺は里見義通が開基した寺院で、
里見義通の位牌も納められているということです。



こちらが、高月城の縄張り図

      高月城址縄張り図


(余胡さんのHP よりお借りしました)



龍喜寺に至る道は狭く、途中にゲートもあって車では通れません。
仕方ないので、県道の路肩に車を停めて歩きましょう。


びいすけ の背後にあるのが高月城址。

      20170309高月城址01


龍喜寺への案内板を頼りに歩きます。

      20170309高月城址02


      20170309高月城址03


狭い道を上って行くと、フェンスの向こうに又々イノシシ捕獲用の檻。

      20170309高月城址04

本当に害獣の被害は深刻なんですね。


ダラダラと上り坂を上がって行けば、龍喜寺

      20170309高月城址05



城塁と削平地。

      20170309高月城址06


こちらが龍喜寺の説明板。

      20170309高月城址07

由緒ある寺院のようですが、現在は無住の寺のようです。



龍喜寺の本堂。

      20170309高月城址08



境内には、なぜか鳥居。

      20170309高月城址09



萬勢稲荷と言う稲荷神社のようです。

      20170309高月城址10


      20170309高月城址11



萬勢稲荷の社が建つのは土塁上。

      20170309高月城址12



龍喜寺の三方を取り巻くように土塁が残されています。

      20170309高月城址13


      20170309高月城址14


龍喜寺の本堂の建っている辺りは、さしずめ居館跡でしょうか?

      20170309高月城址15



萬勢稲荷の背後には、尾根伝いにさらに台地の奥に行けそうですが
害獣避けのフェンスがあって立ち入り禁止。

      20170309高月城址16


さらに、フェンスの先にはイノシシ捕獲用の檻。

      20170309高月城址17


遺構らしきモノは土塁ぐらいしか無いようです。
滝田城の支城とするならば、ちょっぴり拍子抜け。
やはり、犬掛合戦の際の陣城だったのだろうか...............?

城巡りの割には、今一歩テンションが昂まりませんでした。




2017/04/03 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

八房生誕の地 (八房公園)   (2017年3月9日)(千葉県南房総市) 

3月9日  公休日

この日は、南房総市に出かけました。


南房総市の犬掛地区は『犬掛の里』とも呼ばれ
南総里見八犬伝の所縁の地でもあります。
と言うのも犬掛地区に、伏姫の愛犬八房誕生の地と伝えられる場所があります。

物語によれば、室町時代、親犬をオオカミに食い殺された子犬を、老狸が育てていました。
その噂が領主・里見義実の耳に入り、子犬を召し寄せて「八房」と名付け、
愛娘伏姫の愛犬として可愛がりました。

その後、里見は隣国と戦になり滝田城に籠城します。
義実は、八房に「敵将の首を取ったら伏姫をやる」と口走り、
八房は本当に敵の首を取って来てしまいます。
義実は、約束通り伏姫を八房の妻としました。
こうして伏姫と八房は、城を出て山中の「伏姫籠穴」で暮らすことになります。

犬掛の春日神社脇に八房誕生の地があり、そこには八房と狸のブロンズ像が建てられています。
近くには、里見家が分裂して骨肉の争いをした犬掛古戦場跡があります。


犬掛合戦場跡から歩いても5分程度の距離。
県道脇の路肩のスペースに車を停めて向かいましょう。

      20170309八房生誕の地01


      20170309八房生誕の地02



里山を歩いて行きます。
畑の周りには、白い針金のような防護線。

      20170309八房生誕の地03


よく見ると『きけん』と札が掛けられています。

      20170309八房生誕の地14

害獣(イノシシ)防止のために電流が流れているんですね。



こちらの畑には、イノシシ捕獲用の檻。

      20170309八房生誕の地04


野生のイノシシが出没するとは、ある意味、自然の宝庫とも言える里山です。



程なくして、八房公園に到着。

公園と言っても小さな公園で何もない。
敷地も近隣の方の駐車場と化しています。
一応、ここが『八房生誕の地』と言うことらしい。


敷地の一角には、『八房伝説』の説明板。

      20170309八房生誕の地05



そして、八房の像。

      20170309八房生誕の地06



これが見たかったんだよねぇ。

      20170309八房生誕の地07



びいすけ と並んで写真を撮りたかった(笑)。

      20170309八房生誕の地08



こうやって見ると、八房は凛々しい和犬ですね。

      20170309八房生誕の地09




八房公園の隣が春日神社(犬掛春日神社)。

      20170309八房生誕の地10


      20170309八房生誕の地11


      20170309八房生誕の地12


      20170309八房生誕の地13


隣が春日神社と言うか、春日神社の敷地の一角が
八房公園と言った方が適切のような気がします。


しかしながら、こうやって『八房生誕の地』として像まで建てられると
『南総里見八犬伝』が史実のような気がして来ます。

やっぱり、一度読破しないとダメかなぁ...............?(笑)





2017/04/02 Sun. 12:12 | trackback: -- | 本文: -- | edit

犬掛古戦場跡&里見氏の墓  (2017年3月9日)(千葉県南房総市) 

3月9日  公休日

この日は、房総半島の南房総市に出かけました。

途中、富津市で寄り道をしながらも、向かった先は...............犬掛の里



戦国時代、関東制覇をもくろむ小田原・北条氏と激しく争ったのが安房・里見氏です。
その里見氏は里見義堯の代に最盛期をむかえ、房総半島に一大勢力を誇りました。

そもそも里見氏は贈鎮守府将軍・新田義重の庶長子・新田義俊(里見太郎)を初代とし、
里見の名は、新田義俊が上野国碓氷郡里見郷(現在の群馬県高崎市上里見町・中里見町・下里見町)に移り、
その地の名を苗字としたことに由来するそうです。

鎌倉時代になると、義俊の長子・里見義成が源頼朝に仕えて御家人となります。
義成は頼朝に重用され、頼朝の死後も代々の将軍に近侍しました。
元々は上野国・常陸国などに所領を与えられていましたが、
永享の乱、続いて結城合戦で里見家基が討たれ、里見氏は没落します。

家基の子・義実は安房国に落ち延び、のちに安房里見氏の祖となったとされています。

その里見氏も3代目当主、里見義通が危篤となった時、
嫡男・義豊はまだ5歳であったため、義通の弟である実堯が、
義豊が15歳になるまで陣代(後見人)として家督を預かる事になりました。

実堯は稲村城を居城とし、義豊は支城の宮本城を居城とし、
実堯の子・義堯は上総・金谷城を居城としました。
ところが、義豊が15歳になっても、実堯は北条氏綱の上総へ侵攻を理由に
家督移譲を延期し、里見氏の家督を維持していました。

義豊は二十歳になった天文2年に稲村城を襲って、
実堯とこれを補佐する正木通綱を殺害してしまいました。

里見義豊が叔父・里見実堯を殺して家督を奪ったため、
実堯の子・里見義堯が仇討の兵を起こして、義豊を討つことになります。

天文3年、上総にいた義堯は正木通綱の子である正木時茂・時忠兄弟と連絡を取って
敵討ちを図ろうとします。
義堯は仇敵である小田原の北条氏綱に同盟を依頼します。
義堯は北条氏綱らの援軍を受けて全軍を率いて上総を出発し、
義豊のいる稲村城を直接奇襲すべく進軍させ、犬掛の地(現在の千葉県南房総市)で
義堯軍と義豊軍が合戦になりました。

結果は義堯軍の勝利。義堯は義豊が籠城を図ろうとした稲村城内にまで突入し、
このため、義豊は稲村城を脱出したものの進退窮まって自害して果てたとされています。

これが『天文の内訌』(稲村の変)と言う、里見氏の内紛劇です。

こうして父の仇を討った里見義堯が非道な義豊に代わって、
里見氏の家督を継ぐことになったのです。


その合戦の地が、犬掛合戦場です。


犬掛の里山の路肩に車を停め
散策を兼ねて、合戦場跡に向かいます。

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓01




この台地の下で壮絶な合戦が繰り広げられたようです。

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓02


合戦場跡には碑が建てられているようなので
碑のある場所へと向かいます。


温暖な南房総市だから、梅の花は満開かと思いきや
ポツリポツリと咲き始めた状態。

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓03


      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓04



こちらが、合戦場跡。

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓05

この場所に碑が建てられていたようですが、
碑は見当たりません。
比較的新しく見える説明板が建てられていました。
(基礎のコンクリートも新しく見える)

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓06



説明板から数百m離れた場所に
里見氏の墓が在ると言うことなので、
そちらに向かいましょう。

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓07



稲村城から北上して来た義豊軍を迎え撃った義堯軍は
この台地で待ち伏せしていたのでしょうか?

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓08

いずれにしても、後々の里見氏の家督を争う戦いがこの地で起こりました。



この石段先に、里見氏の墓が在るようです。

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓09


石段脇に建てられている説明板。

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓10




里見義通・義豊親子のお墓。もとは大雲院(廃寺)にありましたが、
明治42年(1909年)にこの場所に移設されました。
(説明板には里見義道・義豊親子と記されていますが、義通の間違いでは?)

      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓11


      20170309犬掛古戦城跡&里見氏の墓12


北総の有力武家である千葉氏でも宗家(嫡流)と庶流が家督を争い内紛があったように
安房・上総の有力武家の里見氏でもやはり家督争いがあった...............。

一族の中で合戦をするとは、戦国時代は非常に儚いものです。



2017/04/02 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

房総半島最南端 野島崎  (2017年2月27日)(千葉県南房総市) 

2月27日 公休日

この日は、勝浦から鴨川・南房総・館山へと向かいました。

鴨川から、『道の駅 ローズマリー公園』や『道の駅 千倉潮騒王国』経由で
向かった先は...............野島崎


野島崎は、房総半島の最南端。
太平洋に突き出ている台地です。
白鳥の灯台とも呼ばれる野島埼灯台があり、
点灯は観音埼灯台に次いでわが国2番目に古い美しい灯台です。
灯台の下は太平洋の波涛が砕け散る岩礁地帯で、
海女によるアワビ、テングサ採取の中心となっています。
野島埼灯台を中心とした公園は格好の散策コースとなり、
潮風に吹かれながら岬の公園をひとまわり約20分で回れるそうです。


野島崎一帯は野島崎園地と言うらしい。

      20170227野島崎01

確かに房総半島の海岸線に在るから、国定公園の一つかと思っていたら
どうやら、国立公園や国定公園でもないらしい。


こちらには、野島崎公園の英文字版のゲート。

      20170227野島崎02



野島崎灯台の近くのベンチにて。

      20170227野島崎03

集合写真用の長いベンチでした。



晴れていれば、海をバックの写真も映えるのですが
生憎の曇り空。

      20170227野島崎04


いつ、小雨がパラパラ来てもおかしくない天候ですが
降らないだけでもマシと思いましょう。

      20170227野島崎05



灯台の下には芝生が広がり、灯台をバックに
芝生を徘徊する びいすけ 。

      20170227野島崎06



岩場に何やら説明板が建っている。
当然、素通りは出来ません。

      20170227野島崎07


      20170227野島崎08

説明板には

『西暦1180年、伊豆から安房に渡って来た源頼朝公は勢力的に動き、
この野島崎に立ち寄り矢鏃(やじり)で大岩に野島山の三文字を刻んだ伝説であるが、
史実でもあると云われている。
この地で武運再興を願掛けている時、突然に時雨に近くの岩屋に実を寄せ、雨を凌いだ。
この岩屋を「頼朝公の隠れ岩」と称し、この場所に深海に棲む創造の大蛸(おおだこ)の海神を祀った。
海神は海面を鎮め、豊漁を授け、そして人々に幸をもたらす事であろう。
大蛸の廻りには鮑(あわび)やサザエを配し、特に中央の大鮑の殻の中に願いを掛けた賽銭を投げて、
見事、貝の中に入れば開運間違いなしととの事。
なぜならば貝運は開運への道の如し!』

と記されています。


確かに、岩屋を覗くと蛸のレリーフみたいなモノがある。

      20170227野島崎09


      20170227野島崎10


伊豆で挙兵したものの、石橋山の合戦で敗れ安房に逃げ延びた頼朝は、
現在の鋸南町に上陸したのが通説ですが、
館山市の洲崎に上陸したと言う説もあるようで、
館山市近郊にも頼朝伝説が多く残り、この岩屋もその一つでしょう。




岬(野島崎)の突端に建っている、房総半島最南端の地の碑。

      20170227野島崎11


      20170227野島崎12

野島崎って、岬って言う感じじゃないから
どうしても最南端と言われてもピンと来ない。
四国の室戸岬みたいな感じなんだよね。



碑の向かいの岩の上にあるベンチ。

この場所は、朝日と夕陽の見える景勝地らしい。

      20170227野島崎13

「南房総白浜サンライズポイント」と記されています。

一説では、この地に訪れたカップルがベンチに座って、夕陽を眺めるらしい。



誰も居ないから...............

びいすけ と ダック に座ってもらいましょう。

      20170227野島崎14


      20170227野島崎15

7歳6ヶ月の雄のビーグル2頭。
人間で言えば、約53歳ぐらいらしい。

いわゆる、おっさんがベンチで並んでいる。
人間だったら画にならないけれど、犬なら画になるかも?(笑)



そんなことを思いながら、野島崎の散策は続きます。

ゆっくり回っても30分くらいでグルっと回れちゃうから
芝生の匂いを嗅ぎながら、ゆっくりと徘徊して下さいね。

      20170227野島崎16


泳ぎは得意じゃないけれど、海は嫌いじゃない。
波が苦手な びいすけ には申し訳ないけれど
海に行くのは、なぜか心が踊ります。

この近くには、もう一つ灯台があるらしいから
もう一つの灯台目指して移動いたしましょう...............




2017/03/26 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

宮本城址  (2017年1月26日)(千葉県南房総市) 

1月26日  公休日

この日は、南房総市に出かけました。


岡本城址をあとにして、向かった先は...............宮本城址


宮本城は、房総里見氏の二代目成義(近年の研究によると、その存在が疑問視されています。)が
延徳3年(1491年)に稲村城の支城として築いたものです。 
城域は、山頂一帯を主郭とし、東へ延びた尾根と南北に派生する支尾根に、
連続して竪堀、土橋、掘切を組み合せ、敵の取り付きを困難にする技巧的な構造になっています。
特に、城の北側の防御に力が注がれているのを見ると、
当時の里見氏が、上総方面を意識していたことがよく解ります。
成義の三男・実堯(現在では、初代・義実の子という説が主流です。)が初代城主となり、
宮本城は、天文2年(1533年)に起こった里見氏一族の内紛(天文の内乱)で当主の義豊が敗死した後、
稲村城とともに廃城となったと伝えられていますが、遺構の形式から見て、従来考えられていた年代よりも後まで使用されていたことが伺えます。 当時の文献からも、義豊を滅ぼした義堯が宮本城を居城としたことが明らかになっています。





こちらが宮本城の縄張り図

      宮本城縄張り
                     ( 余胡さんのHP  よりお借りしました )



宮本城址のアプローチは、道の駅『おおつの里花倶楽部』を目指します。
道の駅の駐車場に車を置いて100ほど歩けば、この案内板。

      20170126宮本城址01



案内通りに進んで行けば、曲がり角には矢印に案内。

      20170126宮本城址02


親切この上ない。

      20170126宮本城址03

実は、道の駅にパンフレットが置いてありましたが
宮本城址へのハイキングも道の駅がお勧めするコースらしい。
ただ、難所コースだから、それなりの装備(靴、上着)が必要って書かれています。


矢印の案内に混じって、こんな立て札。

      20170126宮本城址04

何だか怖そう。


とにかく登城路に至るまでが長い。
再び曲がり角。

      20170126宮本城址05



左に枇杷畑を眺めながら進軍します。

      20170126宮本城址06



アスファルト(コンクリート)の地面がなくなった辺りから
宮本城址への登城路となります。

      20170126宮本城址07



この辺りから道幅も狭くなり、いかにも山城への登城路って感じです。

      20170126宮本城址08


なかなか、上り勾配もキツく、ついつい息が上がってしまいますが
根性で進軍いたしましょう。

      20170126宮本城址09



主郭虎口。

      20170126宮本城址10



ちょっぴり、額に汗を浮かべながら主郭に到着。

      20170126宮本城址16


      20170126宮本城址17


主郭に建っている説明板。

      20170126宮本城址15


そして、主郭に建つ石碑と城址の標柱。

      20170126宮本城址11



標柱。

      20170126宮本城址12


石碑は二基ありました。

こちらの石碑は判読不明。

      20170126宮本城址13


こちらも判読不明と思ったら...............

      20170126宮本城址14


反対側を覗いたら、読みづらいですが、
『宮本城址』と刻まれています。

      20170126宮本城址21



宮本城址の碑になります。

      20170126宮本城址22    



説明板の傍らには、以前に建てられていた四阿だろうか?
朽ち果てて倒壊していました。

      20170126宮本城址18



主郭の片隅に建てられた小さな句碑。

      20170126宮本城址19

戦国を勝ち抜く夢の
若武者の
恋もまじわる 宮本の城

う〜む、なかなか良い句ですね。
きっと、里見氏当主を夢見た義豊の事を詠んでいるんですね。




そして、句碑の傍らには、小さな看板。

      20170126宮本城址20

確かに、房総半島には高い山がないけれど、
183mの山でも登るのはキツかった...............。




主郭からの眺め。

      20170126宮本城址30
     
この景色は、数百年前の義豊の時代から変わらないんだろう。



主郭東部にある井戸跡。

      20170126宮本城址23


主郭から東側にも尾根が伸びていて、宮本城の城域は広がっているようですが
縄張り図を持って来なかったため、東側に尾根の先を探索するのは諦め
一気に下山しました。

 

麓に辿り着くと、そこには菜の花畑。
    
      20170126宮本城址24


まだ1月の下旬なのに、菜の花が咲いている。

      20170126宮本城址25



道の傍らには、小さなタンポポの花。

      20170126宮本城址26

南房総市って、本当に暖かいんだ。
ちょっぴり驚き。



道の駅に戻り、疲れた体を癒すソフトクリームのじかんです。

      20170126宮本城址27

大人しく『待て!』をして、ソフトクリームを貰おうとする びいすけ 。


仕方ないなぁ〜! とダメ飼い主はついつい甘くなります。

      20170126宮本城址28


まぁ、ソフトクリームだから、甘いのは当然か(笑)。

      20170126宮本城址29


  
本当は、このあともう一つ山城へチャレンジする予定でしたが
さすがに宮本城址の攻略は疲れました。

鋸南町を抜けて、帰ることにいたしましょう。



    
2017/02/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

岡本城址  (2017年1月26日)(千葉県南房総市) 

1月26日 公休日

この日は、南房総市に出かけました。


岡本桟橋をあとにして、向かった先は...............岡本城址


岡本城は、元々は里見氏家臣であるの岡本豊前守氏元の居城でした。
元亀元年(1570年)に佐貫城に在城していた里見義弘に召し上げられ、
安房の守りとして後の里見氏8代当主である里見義頼に与えられ、
大修復され、居城とされたと言うことです。

里見氏は戦国時代から江戸時代まで10代、約170年にわたって房総半島南部を拠点とした一族です。
『里見氏代々記』、『房総里見軍記』などの軍記物によると、
水軍を編成し敵対する後北条氏を攻めるため相模へ侵攻したと伝えられ、
関東では数少ない水軍を擁した一族としても知られています。

天正8年(1580年)、弟の梅王丸との後継者争いに勝利した里見義頼が
東京湾を望む丘陵上に造られ、城の規模は東西600m、南北300mにも及び、
この地域の城としては非常に大きな規模と複雑な構造を誇っています。
中心部分は3つの郭から構成され、斜面下から海に向かって広がる郭は
港としての機能を持っていたとされています。



こちらが、岡本城の縄張り図。

      岡本城縄張り

( 余胡さんのHP からお借りしました )



こちらの台地が岡本城址。

      20170126岡本城址01

国道127号にも案内板が建っているからわかりやすい。

ただし、駐車場は無いから、路駐覚悟で訪れましょう。


岡本城址のアプローチはこちらから。

      20170126岡本城址02

トンネル手前右手の狭い登り道が登城路。


実は、この登城路と案内板に気付かず、
トンネルの先をぐるぐると回って探しまくってました(笑)。

      20170126岡本城址03



狭い登り道を上がって行きます。
右手側には枇杷畑。
立ち入り禁止のネットがしっかり張られています。

      20170126岡本城址04


斜面には埋もれかけているけど、房総半島に多いやぐら(横穴墳墓)跡。

      20170126岡本城址05



登城路を上りきった先は、主郭虎口。

      20170126岡本城址06



こちらが主郭。

      20170126岡本城址07



主郭は里見公園として整備されたようですが
公園といっても何も無く、ベンチが一脚あるのみ。
訪れる人も余りいないのでしょう。

      20170126岡本城址08



主郭に建てられた説明板。

      20170126岡本城址09

知らなかったんだけど、岡本城址って国指定の史跡だったんですね。


主郭の一角には岡本城址の碑。

      20170126岡本城址10


      20170126岡本城址11


城址碑の隣には、それなりの月日を経た石碑。

      20170126岡本城址12

碑文は風化していて、判読不明。


城址碑の奥に尾根沿いへと続く道がある。

      20170126岡本城址13


どうやら、この先にも郭があるみたい(?)です。

      20170126岡本城址14



しばらく行くと、岩の高台。
物見台の跡かもしれない。

      20170126岡本城址15


その場所からの眺望。

      20170126岡本城址16

大房岬もはっきりと見える。

この場所なら、浦賀水道を船で渡ってくる北条軍も確認できるだろう。
やっぱり里見氏の要の城なんですね。


さらに尾根伝いに道は続いていそうだけど...............

      20170126岡本城址17


縄張り図を持ってきていないから、この先は不明。
このあとにも、もう一つ山城にチャレンジするつもりだから
無理はいたしません。

里見氏って軽く見ていたけれど、しっかりした山城を構築しているから
意外に侮れない。
北条びいきの身ですが、ちょっぴり見直しました。






2017/02/20 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

岡本桟橋  (2017年1月26日)(千葉県南房総市) 

1月26日 公休日

この日は、南房総市に出かけました。

大房岬自然公園をあとにして、向かった先は...............岡本桟橋


岡本桟橋は、正式には原岡桟橋と言い、
原岡海岸にある全国でも数少ない木製の桟橋です。
テレビCMやロケの舞台にもなっている知る人ぞ知る穴場的スポットです。

美しい夕焼けとシルエットで浮かび上がる富士山を眺ることができ、
隠れた穴場となっているようです。




こちらが、原岡海岸。

      20170126岡本桟橋01

背後に見えるのが岡本桟橋。
さらにその奥に見えるのが大房岬。


目的は岡本桟橋。

      20170126岡本桟橋02

富士見の丘とも呼ばれているようです。



運が良ければ、こんな風に富士山が見えるようです。

      20170126岡本桟橋03



残念ながら、この日は富士山は見えません。

      20170126岡本桟橋04



この辺りまでは桟橋はコンクリート製。

      20170126岡本桟橋05

青山学院大学のお墨付き?
コンクリートにはめ込まれた青山学院大学のプレート。



木製の桟橋は意外に狭い。

      20170126岡本桟橋06



波が怖い びいすけ は拒否行動(笑)。

      20170126岡本桟橋07



宥めすかし、オヤツで釣って何とか桟橋の先端に着きます。

      20170126岡本桟橋08

桟橋の先端部もコンクリート。


コンクリートの桟橋なら怖くはないみたいで
びいすけ の表情も穏やかになります。

      20170126岡本桟橋09


      20170126岡本桟橋10


      20170126岡本桟橋11



浜の方に戻ろうとすると、なぜか尻尾は下がっている。

      20170126岡本桟橋12



岡本桟橋から眺める大房岬。

      20170126岡本桟橋13



重ね重ね、富士山が見えないのが残念。
どうも富士山とは相性が悪いようで、なかなかお目にかかれない。

いつか、この桟橋で夕景の富士山を見てみたいものです。











2017/02/19 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大房不動滝   (2017年1月26日)(千葉県南房総市) 

1月26日  公休日

この日は、南房総市に出かけました。

南房総市の富浦町にある館山湾と富浦湾の境目に突き出た大房岬に
偶然にも滝があり、滝好きとしては素通り出来ません。

訪れた滝は...............大房不動滝

大房不動滝は、大房岬内で唯一の湧水から流れ落ちる滝です。
里見義実が安房の国を平定する前に、滝で身を清め武運を祈願したと伝えられた滝です。
平成7年(1995年)に今の滝に復元したそうです。


この崖の一画に大房不動滝はあります。

      20170126大房不動滝01


崖の前には説明板。

      20170126大房不動滝02

てっきり天然の滝だと思っていたら
いつしか枯れてしまったので、平成7年に改修して
2代目の滝として復活したようです。



こちらが大房不動滝

      20170126大房不動滝03


あれっ!?

      20170126大房不動滝04

ほとんど流れ落ちる水がない。


良く見ると...............

わずかに水が流れ落ちています。

      20170126大房不動滝07

元々、水量が多くないのか?
はたまた、今年になってほとんど雨が降ってないから
滝の水も枯れ始めているのでしょうか?




奥の洞窟のような所が行者の窟なんですね。

      20170126大房不動滝05



岩肌に流れ落ちる水。

      20170126大房不動滝06

こちらも申し訳無さそうな水量。

      20170126大房不動滝12
     


滝をバックに びいすけ を撮ってみますが
心なしか びいすけ も不満足そうな表情。

      20170126大房不動滝08


      20170126大房不動滝09


      20170126大房不動滝10


      20170126大房不動滝11


      
正直、ちょっぴり期待していた大房不動滝ですが
修復された人工(?)滝であることにショック。
そして水量がなく、あえて悪い表現をすれば『しょぼい滝』だったことが
ダブルのショックでした...............。



2017/02/19 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大房岬自然公園   (2017年1月26日)(千葉県南房総市) 

1月26日 公休日

この日は、南房総市に出かけました。

以前から、房総半島には気になる岬がいくつも有ります。
近くに来たのだからと、向かった先は...............大房岬(大房岬自然公園)

大房岬は、浦賀水道に突き出した長さ2kmの岬です。
南房総市最西端に位置し、周囲は県立の大房岬自然公園となっています。
自然が多く、海水浴、森林浴、登山など市内一大の観光スポットとなっている。

そもそも大房岬は山となっており、約80mの小山です。
散歩道としても使われ、岬へと通ずる市道は坂が急こう配です。
岬の先端部の海触崖や、伝説を持つ洞穴などの見所があり、
景色もよく、館山湾、富浦湾の眺望に優れ、
晴れた日は夕日、富士山を望むことができます。

大房岬自然公園は南房総国定公園の中にあり、
自然公園の行楽施設の集合地区として、運動広場や、ビジターセンター、
自然の家、ホテル、キャンプ場、駐車場、芝生園地、遊歩道、展望台などが整備されています。


周囲一帯が公園となっている大房岬。

      20170126大房岬自然公園01


駐車場の脇に在るビジターセンター前の案内図で
園内の位置関係を確認します。

      20170126大房岬自然公園02

展望塔や芝生広場もあって広い公園のようです。


いきなり視界に飛び込んできた『房総の魅力500選』の碑。

      20170126大房岬自然公園03

プレートには、『大房岬と富浦海岸』。


大房岬自然公園は遊歩道が完備。

      20170126大房岬自然公園04

犬連れの散歩も楽しそう。


案内板も各所にあるから、迷うことは無さそうです。

      20170126大房岬自然公園05



進行方向右手に広い芝生広場が見えた頃...............

      20170126大房岬自然公園06



左手方向にこんな建物が目に入ってきます。
展望塔です。

      20170126大房岬自然公園07



ロングリードの びいすけ 。
すぐさま展望塔に向かって行きます。

      20170126大房岬自然公園08



『お父さん、早く! 来ないの?』とでも言いたげな びいすけ 。

      20170126大房岬自然公園09


『バカと煙バカ高い所に上りたがる...............』

それを地で行く びいすけ 。
階段をダッシュで上がって行きます(笑)。

      20170126大房岬自然公園10


展望塔の最上部に到着。

      20170126大房岬自然公園13



展望塔からの眺め。

      20170126大房岬自然公園11


      20170126大房岬自然公園12


    

展望塔から芝生広場に向かいます。

芝生広場の手前にこんな説明板。 

      20170126大房岬自然公園14

そもそも、大房岬は黒船来襲の時代から太平洋戦争まで、
日本の防衛の砦として使用されたそうです。
大房岬砲台跡(東京湾要塞)もその名残りです。
そのため、昭和初期には軍部の方針などで
地図から大房岬の存在が消されていたこともあったと言われています。

基本的には戦争は反対で、太平洋戦争も肯定はしません。
戦争遺構っていうモノには興味はないけれど、
首都東京の入口でもある房総半島には、どうしても戦争遺構が多く残っています。

こちらが、砲台跡。

      20170126大房岬自然公園15


八角形の台座。
同じ八角形なら、伏姫籠穴に在った八角形の展望台の方が好感が持てる。


日陰で びいすけ も良く分からないし...............

      20170126大房岬自然公園16



こちらの芝生広場は『運動園地』と言うらしい。

      20170126大房岬自然公園17


立派な桜の木もあり、花見には最適な芝生広場。

      20170126大房岬自然公園18



芝生広場の匂いを嗅ぐ びいすけ 。

      20170126大房岬自然公園19

一瞬、嫌な予感...............。


予感的中。

      20170126大房岬自然公園20



一心不乱にローリングする びいすけ 。

      20170126大房岬自然公園21


ローリングでスイッチが入ったのか?
激走モードに突入。

      20170126大房岬自然公園22



『いいね〜!』

      20170126大房岬自然公園23

運動園地を激走する びいすけ を見て、私のテンションは昂まります。

やっぱり、『運動園地』だから運動しなきゃ!

      20170126大房岬自然公園24


      20170126大房岬自然公園25



半径10mの激走の後、芝生で『伏せ』して待つ びいすけ 。

      20170126大房岬自然公園26

こう言った素直な所が可愛いんだなぁ(完全な親バカです。 笑ってやって下さい。)



運動園地の奥が第一展望台。

      20170126大房岬自然公園27



『お〜い、 びいすけ 。何か見えたかい?』

      20170126大房岬自然公園28



展望台と言うだけあって、眺望はすこぶる良い。

      20170126大房岬自然公園29

画面真ん中に見える煙突が横須賀の火力発電所。
残念ながら富士山は見えませんでした。


再び、散策路(遊歩道)を歩いて散策を続けます。


しばらくしたら、目に留まった案内板。

      20170126大房岬自然公園30



これも戦争遺構ですね。

      20170126大房岬自然公園31

せっかくだから、覗いて行きましょう。


太平洋戦争の遺構にしては、コンクリートが新しくない?

      20170126大房岬自然公園32



そんな事を思いながら、コンクリートのトンネルの先へと向かいます。

      20170126大房岬自然公園33



こちらが、弾薬庫だったようです。

      20170126大房岬自然公園34



どうやら大房岬には、こう言った戦争遺構がかなりあるみたいです。

      20170126大房岬自然公園35



再び、こんな案内板を見つけました。

      20170126大房岬自然公園36

第二展望台に行きましょう。



こちらが、第二展望台。

      20170126大房岬自然公園37



展望台と言うだけあって、こちらも眺望が良い。

      20170126大房岬自然公園38



しかしながら、どうやら富士山とは相性が悪いようで
本来なら画面中央に富士山が見える筈なんだけど、
天気は良いんだけどガスっていて、この日は見えません。

      20170126大房岬自然公園39



第二展望台脇の増間島。

      20170126大房岬自然公園40



説明板によれば、三芳地区の増間村から大雨でこの地に流されてきたという
「海へ流れた島」という民話が残っているそうです。

      20170126大房岬自然公園41



第二展望台から再び遊歩道を歩き、台地を下りながら先へと進みます。

      20170126大房岬自然公園42


台地を下った先は、南芝生園地。

      20170126大房岬自然公園43



こちらも広い芝生広場。

      20170126大房岬自然公園44



平日で南芝生園地には誰もいない。
ロングリードを緩め、びいすけ の気の向くままに任せます。

      20170126大房岬自然公園45



『走れ〜! びいすけ !!』

      20170126大房岬自然公園46


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勢い良く、南芝生園地を走り回る びいすけ 。

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      20170126大房岬自然公園49



南芝生広場から更に降れば、海岸となります。

      20170126大房岬自然公50



久しぶりの海。

      20170126大房岬自然公園51

この日は穏やかな天気。
陽射しは暖かく、春を感じる陽気。
潮風も心地良い。


せっかくだから、海岸も散策してみましょう。

      20170126大房岬自然公園52



波が苦手な びいすけ 。
この辺りなら大丈夫。

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本当なら、この波打ち際を走らせてみたいんだけど
波が苦手な びいすけ にはちょっと無理。

      20170126大房岬自然公園56


波の来ない砂浜を歩いて、駐車場のある高台まで戻ります。


初めて訪れた『大房岬自然公園』。
なかなか楽しめる場所で、犬を連れての散策は大正解のようです。




2017/02/18 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit