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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

丸ポストを探して.............福島・南会津町編② (2019年6月25日)(福島県南会津郡南会津町) 

6月25日

6月24日〜25日に1泊2日で福島県に遊びに行って来ました。

その2日目は、南会津町を巡ります。

南会津町には、現役の赤い丸ポストが3基現存しています。
その内の1基は、旧・田島町域に在り、その姿を確認しています。
残る2基は、旧・舘岩村域と旧・伊南村域に1基づつ残っているようです。

この日、訪れた上郷小学校は、旧・舘岩村。
旧・舘岩村域に現存する丸ポストは、上郷小学校からそんなに遠くは無い。
(それでも距離にしたら4〜5kmは離れていますが...............)

せっかく近くに来ているんだから、ちょっと足を伸ばしちゃえ!!
と言う事で、急遽丸ポスト探し。
向かった先は...............会津高原高杖スキー場 会津アストリアホテル。


スキー場に向かい山道をアクセルを力強く踏み込み
一気に上がって行きます。

程なくして、会津アストリアホテルに到着。

      20190625丸ポスト01


丸ポストは、何処に在るのでしょう?


在りました!

      20190625丸ポスト02


      20190625丸ポスト03



階段脇にひっそりと建つ丸ポスト。

      20190625丸ポスト04



水道ホースが近くに置かれ、
掃除道具置き場の一角になってしまったのか?

      20190625丸ポスト05


      20190625丸ポスト06


ひょっとして、もう使われていない?


大丈夫!
ポストの側面には集荷予定の時刻も記されています。

      20190625丸ポスト07

実は、ここ高杖スキー場。
オープンの年にこのアストリアホテルに泊まってスキー楽しんだ事があります。
その時に勤めていた会社の親睦会のスキーツアーでしたが
こんな遠くに来ていたんですね。

ほとんどホテルの事は記憶の中から消えかけていますが
アストリアホテルの名前だけは、しっかりと覚えていました。




これまでに、

下郷町          1基
南会津町         1基
白河市          2基
猪苗代町①       1基
会津若松市①      2基
猪苗代町②       1基
会津若松市②      3基     
郡山市①         1基


そして、今回の南会津町②としての1基と、
合計 13基の福島県内の丸ポストに出会いました。
南会津町の丸ポストはあと1基。
旧・伊南村域だから、なかなか足を伸ばせないけれど
(アストリアホテルから20kmほど離れている。)
いつか、訪れる機会はあるのだろうか?

福島県内の丸ポスト。
現存するのが76基らしい(郡山市で1基撤去されたから75基?)
あと、どれだけの丸ポストに出会えるのだろう...............






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2019/08/22 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............上郷小学校(2019年6月25日)(福島県南会津郡南会津町) 

6月25日     

6月24日〜25日に1泊2日で福島県に遊びに行って来ました。

その2日目は、南会津町を駆け巡ります。

道の駅 番屋 をあとにして、向かった先は..................南会津町立上郷小学校。


上郷小学校は、明治6年に旧舘岩村熨斗戸地区に学制の発布により、
祖となる小学校が開設されたことが始まりとされています。

明治6年      熨斗戸地区に最初の小学校設立。
明治10年     森戸地区に移転し校舎を新築する。
明治15年     森戸小学校に改称する。
明治20年     森戸簡易小学校に改称する。
明治24年     舘岩尋常小学校森戸分教室に改称する。
明治25年     舘岩尋常小学校森戸本校に改称する。
昭和16年     舘岩尋常小学校上郷分校と改称する。
昭和22年     学制改革により舘岩村立舘岩小学校上郷分校と改称する。
昭和37年     舘岩小学校より独立して舘岩村立上郷小学校となる。
平成18年     舘岩村が田島町、伊南村、南郷村と合併し、南会津町が発足。
           南会津町立上郷小学校と改称する。
平成20年     舘岩小学校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、上郷小学校の正門。

      20190625上郷小学校01



門柱。

      20190625上郷小学校02



門柱に残る往時の表札。

      20190625上郷小学校03

意外に新しい。
それもそのはず、平成18年に舘岩村から南会津に変わったから
その時に作られた表札の筈。
まだ13年しか経っていない。



校舎全景。

      20190625上郷小学校04


別アングルから。

      20190625上郷小学校05


      20190625上郷小学校06


      20190625上郷小学校07


      20190625上郷小学校08




国旗掲揚ポール。

      20190625上郷小学校09




校舎の玄関の壁には上郷小学校の校章。

      20190625上郷小学校10




玄関には木製の表札。

      20190625上郷小学校11

よく見ると、舘岩村立上郷小学校と記されています。
2000年(平成12年)の卒業生から贈られたもののようです。





こちらは、南会津町立上郷小学校の表札。

      20190625上郷小学校12

こちらが実際に玄関に掲げられていたのでしょう。



校舎内を覗いてみると、
上郷小学校の頭文字を取った『あいうえお作文』。

      20190625上郷小学校13



こちらは、体育館。

      20190625上郷小学校14



校庭の石碑。
こちらは、校訓の碑。

      20190625上郷小学校15


創立十周年の記念碑。

      20190625上郷小学校16

残念ながら、廃校記念碑はありませんでした。



校庭に残る遊具類。

      20190625上郷小学校17


      20190625上郷小学校18


      20190625上郷小学校19


      20190625上郷小学校20



現在は、パターゴルフ(?)と言うんでしょうか?
(ゲートポールとはちょっと違っているようですが.......)
ちょうど、近隣の御老人達が集まって興じていました。

      20190625上郷小学校21

邪魔をしないように、校庭を歩きます。



なぜか、もっちゃん の後ろを付いて回る びいすけ 。

      20190625上郷小学校22

久しぶりに、一緒に居るからなのか?
はたまた、今日はオヤツをいっぱい貰えるからなのか?

こればっかりは、 びいすけ に訊かないと分かりませんね(笑)。





2019/08/21 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅に立ち寄ろう...............《 道の駅 番屋 》 (2019年6月25日)(福島県南会津郡南会津町) 

6月25日

6月24日〜25日に1泊2日で福島県に遊びに行って来ました。

地方に車で出かけると、休憩場所によく利用するのが道の駅。
福島県下にも道の駅は、33ヶ所もあるようです。
(そんなに在るとは知らず、改めて驚いています。)

数年前から、道の駅のスタンプと道の駅の切符も集めるようになり
可能な限り、道の駅に立ち寄るようにしています

今回、南会津郡南会津町(旧・田島町→旧・舘岩村)に向かう国道352号線に
道の駅がありました。

      20190625道の駅番屋01
      

山深い国道沿いにあるのに『番屋』。
周りに海はないんですけどねぇ。

      20190625道の駅番屋02



どうやら、この辺りの地番(大字・小字)が番屋らしく、
そこから名を取ったようですね。

      20190625道の駅番屋03



こちらが、道の駅の建物。

      20190625道の駅番屋04



意外に小振り。

      20190625道の駅番屋05

考えてみたら、全ての道の駅の施設が広くて立派な建物と言う訳でもない。


標高821mと言う、山深い場所にある道の駅です。

      20190625道の駅番屋06



こちらが情報コーナー。

      20190625道の駅番屋07


観光案内等のパンフレット等は、こちらで手に入れる事が出来ます。

      20190625道の駅番屋08



飲食コーナー。

      20190625道の駅番屋09


スタンプは飲食コーナーの一角に置かれていました。

      20190625道の駅番屋10



こちらは、物産コーナー。

      20190625道の駅番屋11


山深い場所と言もあってか?
野菜はほとんど無い。

      20190625道の駅番屋12


      20190625道の駅番屋13



気になる看板。

      20190625道の駅番屋14



プレーンのソフトクリームは無いから、そばのソフトクリームを食べてみましょう。

      20190625道の駅番屋15

視線が気になります。


ちょっとだけだよ!!

      20190625道の駅番屋16

ついついあげちゃう、ダメ飼い主。


コーンの端っこは びいすけ 担当。

      20190625道の駅番屋17

遠慮なく食べなさい!(笑)。



こちらが、道の駅の切符。

      20190625道の駅番屋18


      20190625道の駅番屋19



そして、道の駅のスタンプ。

      20190625道の駅番屋20



また一つ、道の駅の切符とスタンプのコレクションが増えました。



2019/08/21 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

竜神の滝 (2019年6月25日)(福島県南会津郡南会津町) 

6月25日

6月24日〜25日に1泊2日で福島県に遊びに行って来ました。

その2日目は、南会津町を巡っています。

南会津町の栃木県寄り、旧・田島町の旧・八総鉱山小学校脇を流れる荒海川に沿って
林道を走っていたら、こんな看板が目に留まりました。

      20190625竜神の滝01

龍神様? 何それ?

気になるから、ついつい立ち寄ってしまいました。


こちらが、『竜神様』の説明板。

      20190625竜神の滝02

300mほど上流にある『釜滝』と同じような看板。
以前にはなく、近年建てられたモノのようです。


赤い鳥居がお出迎え。

      20190625竜神の滝03


こちらが、竜神様。

      20190625竜神の滝13

竜神様は流れを司る神様で、水難の守り神であると共に、
豊かな水を賜り田畑が干ばつに見舞われないよう雨乞いの神でもあるようです。



竜神様の祠のすぐ近くには、流れ落ちる滝。

      20190625竜神の滝04


この滝が竜神様の滝になるようです。

      20190625竜神の滝05



こちらは、河原に降りて行けるので、滝にグッと近寄ることが出来ます。

      20190625竜神の滝06



梅雨時期だし、前日はしっかり飴が降っていたから
水量は豊富。

      20190625竜神の滝07
      


滝の流れの激しさをちょっぴり感じます。

      20190625竜神の滝08



ミストも十分に飛散していて、冷んやりとしている。

      20190625竜神の滝09



さらに下流に移動。

      20190625竜神の滝10



ここにも小さな滝があって流れが変わって行く。

      20190625竜神の滝11

どうやら、二段の滝のようですね。




落差そのものは、おそらく3~4mと言ったところ。

      20190625竜神の滝12

でも、滝壺もあり、それなりに深そうにみえる。
ある意味、コンパクトにまとまっている滝。

滝壺に竜神様が隠れている?
そんな逸話も聞こえてきそうです。




      
2019/08/20 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

釜滝 (2019年6月25日)(福島県南会津郡南会津町) 

6月25日

6月24日〜25日に1泊2日で福島県に遊びに行って来ました。

2日目は福島県の南会津を回ります。

八総鉱山小学校近くを流れる荒海川に二つの滝がありました。
地図にもナビにも載っていなかったので、その存在も知りませんでしたが
八総鉱山小学校へ向かう林道沿いに看板が建っていましたが
往きには、その看板に気付かず、還りに看板に気付きました。

      20190625釜滝01

釜滝と看板には記載されていましたが
ネットで調べてみると、以前は無名の滝のようでした。


落差が5m前後。
川幅いっぱい(10mぐらい)の幅を持つ滝です。

      



滝の正面から写真をと思ったのですが
この位置が限界。

      20190625釜滝03




川の中に入ってしまえば、正面からの撮影も可能みたいですが
川の中に入っていく勇気はありません。
そもそも近くに河原に降りていく導線らしきものも無い。

      20190625釜滝04



何とか木々の隙間から、ベストポジションを探してみますが..................

      20190625釜滝05



やっぱり、この辺りが限界。

      20190625釜滝06


滝つぼ近くに行ける滝もあれば、
人が近づくことがを拒むように近寄れない滝もある。

これくらいの規模の滝であれば
近寄って正面からその流れを見てみたいものだが
ちょっぴり残念です。





2019/08/20 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............八総鉱山小学校(2019年6月25日)(福島県南会津郡南会津町) 

6月25日

6月24日〜25日に1泊2日で福島県に遊びに行って来ました。
2日目は、会津から栃木県へと廃校巡りの旅となります。

糸沢分校をあとにして、向かった先は......................旧・田島町立 八総鉱山小学校。


八総鉱山小学校は、

その名が示す通り、八総鉱山に在った小学校です。
江戸時代から銅、鉛、亜鉛、硫化鉄を採掘していた鉱山で
本格的な採掘が始まったのは、
住友金属鉱山が八総鉱山として操業した昭和25年。
ピーク時には従業員は545人。
八総鉱山の人口は2328人を数え、
その子供たちの為に設営されたのが八総小学校です。

昭和31年に校舎が建設され、八総小学校としての歴史がスタートしたようですが
八総鉱山が昭和44年に操業を停止して閉山となると
2年後の昭和46年に廃校となってしまいました。


廃校後、その敷地は会津高原オートキャンプ場、
さらに、その後に『あらかい健康キャンプ村』として活用されていましたが、
校舎は2011年に一部を残し、解体されてしまったそうです。


雑草の中、ココが学校跡地だと言わんばかりに存在感を示す正門跡。

      20190625八総鉱山小学校01


そして、門柱。

      20190625八総鉱山小学校02


門柱には、往時の表札がしっかりと残っています。

      20190625八総鉱山小学校03


正門から中を覗くと、雑草に覆われた先に木造の校舎が見えます。

      20190625八総鉱山小学校04


別アングルから。

      20190625八総鉱山小学校05


      20190625八総鉱山小学校06


      20190625八総鉱山小学校07


      20190625八総鉱山小学校08

この校舎を残し、他の学校関連の施設は全て解体撤去されてしまったそうです。

キャンプ場の宿泊施設として利用されていたようですが
現在は倉庫代わりとなっているようです。
キャンプ場そのものも、現在は運営されていないようです。



校庭には、キャンプ場の時に建てられた小さなコテージが点在。

      20190625八総鉱山小学校09

それなりに人気があったのでしょうか?



校庭跡で匂い嗅ぎに専念する びいすけ 。

      20190625八総鉱山小学校10


雑草の中に見え隠れする びいすけ 。

      20190625八総鉱山小学校11



今は訪れる者も居ないキャンプ場。
この場所がキャンプ場だった事も、
そして、それ以前は学校だった事も
ひっそりと忘れ去られていく事でしょう。




2019/08/19 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............荒海小学校糸沢分校(2019年6月25日)(福島県南会津郡南会津町) 

6月25日

6月24日〜25日に1泊2日で福島県に遊びに行って来ました。

その福島旅行の2日目。
宿泊先の羽鳥湖近くにあるエンゼルフォレスト那須白河を出発して
会津経由で栃木県へと南下するコースで帰ります。


水無分校をあとにして、向かった先は......................旧・田島町立荒海小学校糸沢分校。


この糸沢分校も情報が全く無い。
ネットで調べてもそれらしき記述が殆んど無い。
と言うのも、時代の流れなのか?
現在の南会津町立の小中学校のHPを閲覧しても
学校の沿革が記載されていない。
HPに記載されている沿革って貴重な情報源なんだけどねぇ。

肝心の本校である荒海小学校のえんかが分からないから
廃校になった分校の沿革など分かる訳がない。

唯一の救いは、以前訪問した荒海小学校中荒井分校に掲示されていた案内板によれば
昭和34年に中荒井分校と糸沢分校は廃校になったと記載されていました。


それを頼りに、移動途中に通過する糸沢集落に立ち寄ってみました。

旧どうに入り、それらしき建物を探しますが見つかりそうもなさそう。
ならばと、御老人を探して声を掛けてみます。

最初の御老人に訊いてみたら、200mほど先の右側に
糸沢分校跡地が在ると言う。
超ラッキー!!

いとも簡単に糸沢分校跡地に辿りつく事が出来ました。


こちらが糸沢分校跡地。

      20190625糸沢分校01


なにせ、60年前に廃校となった分校ですから
当然、校舎は残っていません。

      20190625糸沢分校02



校舎は解体され、跡地は『糸沢林業研修センター』になっています。

      20190625糸沢分校03

確か、現:南会津町(旧・田島町)の廃校って林業関係の施設に転用されている事が多い。
長野小学校もそうだし、針生小学校も確か林業関係の事務所だった。
それだけ、林業が盛んな町なんだろうか?


建て替えられた研修センターの建物からは、学校(分校)を彷彿させるモノは無い。

      20190625糸沢分校04


      20190625糸沢分校05



遊具や学校関連の記念碑、二宮像の類いも無い。

      20190625糸沢分校06


敷地の周囲にそびえる桜の木々が、唯一の学校跡地らしさを感じさせる。

      20190625糸沢分校07


国道からちょっと入った旧道沿い。
地元の人しか旧道には来ないだろう。

この廃校跡も、いずれ忘れ去られてしまう事だろう..................




2019/08/19 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............田島小学校水無分校(2019年6月25日)(福島県南会津郡南会津町) 

6月25日

福島旅行の2日目。

エンゼルフォレストを10時前にチェックアウトして
会津経由で帰途に着きます。

エンゼルフォレストから羽鳥湖を抜けて
下郷町経由で南会津町へと向かいます。


向かった先は.............旧・田島町立 田島小学校水無分校。


現在は、南会津町となっていますが、平成18年まで田島町だった南会津町の田島地区。
南会津の中心とでも言うのか?
旧田島町の町役場が、そのまま南会津町の町役場本庁舎となっています。
そんな田島地区から山の中に入り込んだ先の水無集落に
かつて、田島小学校水無分校がありました。


水無分校の詳細は不明です。

Wikipediaによれば、
昭和39年に本校である田島小学校に統合されて
廃校となったようです。
いかんせん統合先の田島小学校(現:南会津町立田島小学校)のHPを覗いてみたのですが
田島小学校そのものの沿革も記載されていなくて、詳しいことは分かりませんでした。


とにかく、情報が殆ど無い中、
水無集落の公民館らしき建物にあたりをつけて集落を徘徊します。

最初にあたりを付けた集会所が大外れ。
近くに居たオバちゃんに聞いたら
そこから1kmほど戻った先にあるらしい。


そして、たまたま見かけた人に尋ねる為に車を停めた場所が
水無分校だったと言うオチ。


こちらが、水無分校跡地。

      20190625水無分校01


廃校後は地域の公民館として利用されているそうです、

      20190625水無分校02



話を聞くと、当時の校舎を半分にして
公民館として利用するようなったらしい。

      20190625水無分校03



と、言うことはこの建物は以前の校舎と言うことになる。

      20190625水無分校04


反対側から見ると、むしろ民家のように見える。

      20190625水無分校05

いずれにしても修繕・改築しながら使ってきたのでしょう。
今から55年前に廃校になった水無分校。
おそらく、旧・田島町域の人でも、その存在を知っている人、
知っていた人も少ないんだろう。

何とか探し当てる事が出来て良かった...............。








2019/08/18 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅に立ち寄ろう..................《 道の駅 たじま 》 (2019年4月4月23日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月23日

会津旅行の2日目。

羽鳥湖のある天栄村から、国道118号、121号と会津鉄道に沿う形で南下し、
南会津町を通り、県境近くまでやって来ました。

国道121号線を走り、山王峠を越えれば栃木県。
でもその前に、ちょっぴりひと息入れましょう。

立ち寄った先は..................道の駅 たじま

      20190423道の駅 たじま01




道の駅 たじま は、日光と会津若松を結ぶ国道121号沿いにあり、
南会津町の南玄関である山王峠の項上付近にあります。
北には『大内宿』や『塔のへつり』を擁する下郷町を経て会津若松へ。
西には奥会津の大自然たっぷりな尾瀬檜枝岐や只見など、
広大な会津探訪の起点になります。

      20190423道の駅 たじま02


      20190423道の駅 たじま03



駐車場は、そこそこの広さ。

      20190423道の駅 たじま04


でも、施設は思ってたよりは、若干小振り。

      20190423道の駅 たじま06

ついつい、昨日立ち寄った、『道の駅 猪苗代』と比較しちゃうんだよなぁ。



案内板(場内配置図)も、しっかりチェック。

      20190423道の駅 たじま05



こちらが、情報コーナー。

      20190423道の駅 たじま07


道の駅のスタンプは、こちらに設置されています。

      20190423道の駅 たじま08



このエリアは無料休憩所。

      20190423道の駅 たじま09


こちらが物産館。

      20190423道の駅 たじま10



地元の名産品が並びます。

      20190423道の駅 たじま11


      20190423道の駅 たじま12



軽食コーナー。

      20190423道の駅 たじま13

山菜そばやうどんの他、ドリンクやソフトクリームを販売しています。
おススメは、アスパラのソフトクリームらしいが
アスパラのソフトは、個人的にはちょっと抵抗あり(笑)。




屋外の特設テントでは、地元産の野菜が販売されています。

      20190423道の駅 たじま14


      20190423道の駅 たじま15



こちらが、道の駅の切符。

      20190423道の駅 たじま16


      20190423道の駅 たじま17



こちらが、道の駅のスタンプ。

      20190423道の駅 たじま18


福島県の南部、県境の『道の駅 たじま』。

さあ、山王峠を超えて栃木県へと向かいましょう。


2019/07/05 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................荒海小学校滝原分校 (2019年4月23日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月23日

会津旅行の2日目。

羽鳥湖のある天栄村から、国道118号、121号と会津鉄道に沿う形で南下し、
南会津町の廃校を巡っています。

中荒井分校跡をあとにして、訪れたのは..................旧・田島町立 荒海小学校滝原分校。


滝原分校は、

昭和21年滝原地区に校舎が建設されました。
当時は戦時下、旧制の国民学校の時代ですね。

昭和22年     学制改革により荒海村立荒海小学校滝原分校となる。
昭和30年     田島町・檜沢村・荒海村が合併され、田島町が発足。
           田島町立荒海小学校滝原分校と改称する。
昭和45年     本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。


廃校後、分校跡地は地域の集会所になったようです。

      20190423滝原分校01


しばらく、校舎は集会所として利用されていたようですが
平成18年に解体されて、現在は新しい集会所が建てられています。

      20190423滝原分校02


山あいの分校としては、それなりの敷地を有し
校庭もそれなりの広さが在ったようです。

      20190423滝原分校03


      20190423滝原分校04


      20190423滝原分校05


      20190423滝原分校06


校庭の隅に黒い物体。

      20190423滝原分校07

石碑のようです。


光の加減で見にくいですが..................


『滝原分校跡地』の碑です。

      20190423滝原分校08


      20190423滝原分校09



裏面には、簡略な沿革も刻まれています。

      20190423滝原分校10



校庭跡の隅っこに残る1基のブランコ。

      20190423滝原分校11



分校跡地の碑がなければ、だだっ広い空き地。
学校遺構が殆ど無いから、廃校跡地には見えづらい。

      20190423滝原分校12


せっかくだから、校庭跡地でちょこっと遊んじゃいましょう。

      20190423滝原分校13



とは言え、リードを離しても、走らない びいすけ 。

      20190423滝原分校14



元々、3歳過ぎからドッグランで走らなくなった びいすけ 。

      20190423滝原分校15



もっちゃん の後を一生懸命付いているだけ。

      20190423滝原分校16


今年の夏には10歳になる びいすけ 。


あと、どれくらいの廃校を一緒に巡る事が出来るんだろうか..................?



2019/07/05 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

中荒井分校の桜 (2019年4月23日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月23日

会津旅行の2日目。

羽鳥湖のある天栄村から、国道118号、121号と会津鉄道に沿う形で南下し、
南会津町の廃校を巡っています。

ほぼ1年前の桜の時期に訪れた中荒井分校。
校庭にある大きな枝垂れ桜が有名ですが
昨年は、桜の時期が早く過ぎ去り、
見頃が過ぎていました。
( その時の記事は こちら

折しも今年の会津は、今が桜の見頃。
当初の予定には無かったけど、訪れたのは..................

旧・田島町立荒海小学校中荒井分校跡。

      20190423中荒井分校の桜01



昭和34年9月に廃校となった中荒井分校。

      20190423中荒井分校の桜02



この校舎は、廃校から既に60年が経とうとしている。

      20190423中荒井分校の桜03



窓ガラスをアルミサッシに補強されたりして建物は健在。

      20190423中荒井分校の桜04




とても大切にされているようです。

      20190423中荒井分校の桜05


その校庭跡には、十分な存在感を示す枝垂れ桜。

      20190423中荒井分校の桜06



今年は、幾分早かったのか?

      20190423中荒井分校の桜07

満開とは言えず、八分ほどでしょうか?


しかし、昨年のリベンジには十分。
今年は会津の桜を堪能出来ました。


2019/07/04 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

若宮八幡神社   (2019年4月23日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月23日

会津旅行の2日目。

羽鳥湖のある天栄村から、国道118号、121号と会津鉄道に沿う形で南下し、
南会津町にやって来ました。

龍口神社の宮司さん宅にて、龍口神社の御朱印を頂いた後
せっかくだから、宮司さん宅の背後に鎮座する若宮八幡神社にも足を向けました。


福島県の神社庁のHPには、龍口神社の鎮座地を宮司さん宅で登録されているため
間違えて参拝する(参拝された)方もおられるようです。
かく言う私も、1年前に来ていたとしたら、同じ間違いをしていたでしょう。

若宮八幡神社の由緒等、ネットで調べてみましたが不詳です。


石段の先に建つ鳥居。

      20190423若宮八幡神社01


鳥居の奥には、社殿が見えます。

      20190423若宮八幡神社02


      20190423若宮八幡神社03



手水鉢。

      20190423若宮八幡神社04



こちらが、拝殿。

      20190423若宮八幡神社05


拝殿正面。

      20190423若宮八幡神社08





別アングルからの拝殿。

      0620190423若宮八幡神社06


      20190423若宮八幡神社07



こちらが、本殿。

      20190423若宮八幡神社09


      20190423若宮八幡神社10


境内社。

      20190423若宮八幡神社11


神社の定番である狛犬も無く、
こちらの若宮八幡神社も質素な神社。

こう言った山里の質素な神社が本来の信仰としての神社、
氏神様になるんだろうなぁ。


2019/07/04 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................龍口神社 (2019年4月23日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月23日

会津旅行の2日目。

南会津町に来ています。
一年前の昨年の春、南会津町に訪れました。
その時に諸般の事情で訪れる事の出来なかった龍口神社。
(ちょうど、その日に泊まりがけ出掛けて留守にすると言う事で断念。)

あれから、1年後。
宮司さんとも連絡が取れ、この日の13時に訪問することになりました。

当初、福島県の神社庁のHPに記載されている住所が
龍口神社の鎮座地だと思っていたら、違うようです。
同じ間違いをされている人もいるようで、
そのような記事もネットには書かれていました。

せっかく、訪れるのだから、間違えないように
しっかりと宮司さんから場所を確認いたしました。


教えていただいた郵便局の駐車場に車を停め、
(しっかり郵便局の人に許可を取りました。)
いざ、龍口神社へ..................。


郵便局から徒歩数分。
橋が現れます。

      20190423龍口神社01


その名もズバリ、龍口橋。

      20190423龍口神社02


      20190423龍口神社03

そのまんまじゃん!(笑)。


橋を渡った先の山の斜面に龍口神社は鎮座しています。

      20190423龍口神社04



龍口神社は、南会津郡南会津町静川小塩沢に鎮座する神社です。

ネットで色々と調べてみたのですが、
詳しい由緒は不明です。

御祭神は、瀬織津姫命。



沢からパイプで水を引き込み、手水鉢に。

      20190423龍口神社06

今まで多くの神社を参拝して来たけど
ここまでワイルドな手水舎は初めてです。


目の前に現れる石段。

      20190423龍口神社05



テンポ良く駆け上がった先には鳥居。      

      20190423龍口神社07



そして、拝殿。

      20190423龍口神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190423龍口神社09

読みづらいけれど、『龍口神社』とある。
龍口神社は、ココで間違いない。



別アングルからの拝殿。

      20190423龍口神社10


      20190423龍口神社11


そして、こちらが本殿。

      20190423龍口神社12



時代を彷彿させる石灯籠。

      20190423龍口神社13

この神社の歴史を感じさせる。



境内社。

      20190423龍口神社14


      20190423龍口神社15


狛犬もなく、神社にありがちな記念碑なども無い。
全く余分な(?)ものをおかない、飾らないシンプルな神社。
福島県の神社庁にも登録されている本務社であるから、
このシンプルさ、質素感は少し驚きです。


約束の13時のちょっと過ぎ。
約3kmほど離れた宮司さん宅に到着。

1年越しで、御朱印も拝受出来ました。

      20190423龍口神社16


ありがとうございました。




2019/07/03 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................針生小学校 (2019年4月23日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月23日

会津旅行の2日目。

羽鳥湖のある天栄村から、国道118号、121号と会津鉄道に沿う形で南下し、
南会津町にやって来ました。

長野小学校を跡にして、向かった先は..................南会津町立針生小学校。


針生小学校は、


明治10年      静川小学校より分離し、針生小学校と称する。
明治26年      針生尋常小学校と改称する。
大正元年      檜沢地区尋常小学校を合併し、檜沢小学校針生分教場となる
昭和34年      檜沢小学校より独立。
            田島町立針生小学校となる。
平成18年      町村合併により南会津町立針生小学校と改称する。
平成25年      檜沢小学校に統合し、針生小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、正門。

      20190423針生小学校01



片方しかない校門ですが、正面に立派なプレートがはめ込まれています。

      20190423針生小学校02



そのプレートには、校歌と沿革が刻まれています。

      20190423針生小学校03


なかなか情報が乏しいから、助かります。
参考になりました。

      20190423針生小学校04



こちらが、校舎。

      20190423針生小学校05



逆アングルから。

      20190423針生小学校06


      20190423針生小学校07



体育館。

      20190423針生小学校08



校舎の梁に掲げられた校章。

      20190423針生小学校09



校庭には何もなくて、殺風景。

      20190423針生小学校10

二宮像もなく、遊具も残っていない。


隣接する高台に建つ地蔵堂から、校地を眺めてみます。

      20190423針生小学校11

校地は、廃校後に林業関係者の事務所として使われているようです。


廃校後、児童たちは小学校の前からスクールバスに乗って通学しています。
お昼時でしたが、下校時間なのか?
スクールバスが到着して10人ほどの子供達が降りてきました。

スクールバスの通学は大変だと思うけれど
心の中で「頑張れ!」と応援しておきました..................。



2019/07/03 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................長野小学校 (2019年4月23日)(福島県南会津郡南会津町) 

4月23日

福島県旅行の2日目。

豊成分校跡をあとにして、向かった先は..................田島町立長野小学校


長野小学校の詳しい沿革は不明ですが
昭和50年に長野小学校の校区に田島小学校の一部の学区を編入して
新しい校地に田島第二小学校が開校しました。
そして、長野小学校は閉校となりました。

長野小学校の歴史を引き継いでいる筈なのですが
残念ながら、田島第二小学校のHPを見ても沿革の記載すらなく
詳しい事は分からない状態です。

廃校後、その跡地は「長野林業研修センター」として活用されているようです。


こちらが、長野小学校跡地。
校庭側から。

      20190423長野小学校01



これらの建物は往時のモノなんでしょうか。

      20190423長野小学校02



小さな校舎と体育館のように見えますね。

      20190423長野小学校03

廃校から44年。
往時の建物を少しづつ修繕して活用して来たのかもしれませんね。



こちらが、正面玄関側。

      20190423長野小学校04

見事な枝垂れ柳。
気持ちだけ、見頃には早かった気もしないでもない。



この玄関は、学校っぽいんだよなぁ。

      20190423長野小学校05


      20190423長野小学校06



こちらは、見たまんま体育館。
どう見ても体育館。

      20190423長野小学校07

林業研修センターとして、新たに体育館が必要か?
そんな事を考えると、往時の体育館に思えてきます。



残念ながら、学校遺構が殆ど無い。

二宮像も廃校記念碑の類いも残っていない。
敷地内には何基かの記念碑が建っているんだけど
いずれも耕地開拓に関する碑。

校地であった事を関連させる碑では無い。


校庭跡には意味不明な櫓。

      20190423長野小学校08

林業研修センターで使用しているのか?
はたむた、地域の盆踊りとかで使用しているモノなのか?



校庭脇を会津鉄道が走っている。
その線路に面した校庭には桜並木。

      20190423長野小学校09



その桜も見頃を迎えようとしています。

      20190423長野小学校10


桜並木の片隅に、忘れさられた遊具がポツンと残されている。

      20190423長野小学校11


建物の規模からして、児童も少なく大きな小学校じゃなかったとは思うけれど
地域のランドマークであったに違いない。

何も残っていないのが、ちょっぴり残念。
そして、地元の人にも会えず、詳しい事は分からないままなのが
やっぱり残念です..................。



2019/07/02 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

豊成分校の桜 (2019年4月23日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月23日

福島県への旅行。
その2日目です。

下郷町を南下。
会津を南下する国道118号線沿いは、桜が満開。
通り過ぎる山あいにも満開の桜の木が見え隠れする。

そう言えば、下郷町の廃校の校庭に立派な桜の木があったのを思い出した。
確か、昨年も期待して立ち寄ってみたけれど
既に桜は散っていて、見頃を逸していました。

大川ダム公園、芦ノ牧温泉南駅、湯野上温泉駅と
桜は見頃を迎えていた。
はたして、気になる分校跡は..................?

期待に胸膨らませて、立ち寄った先は..................豊成分校跡。


豊成分校に初めて訪れたのは、2年前の夏。
( その時の記事は こちら

その時から、いつか桜の季節に訪れたいと思ってました。


こちらが、豊成分校跡の桜です。

      20190423豊成分校の桜01

分校の校庭には3本の大きな桜の木があります。
こちらは、その1本目。



そして、こちらが2本目。

      20190423豊成分校の桜02


      20190423豊成分校の桜06




そして、こちらが3本目。

      20190423豊成分校の桜03

3本の内、1番立派な(大きな)桜の木になります。



幹周り4.6mのこの桜の木は、染井吉野としては会津随一。

      20190423豊成分校の桜04



木造校舎と桜の花。

      20190423豊成分校の桜05

画になりますねぇ。



校庭の真ん中近く。
やっぱり存在感のある桜です。

      20190423豊成分校の桜07



『氏合わせ』の桜 と名付けられている桜。

      20190423豊成分校の桜08


      20190423豊成分校の桜09


      20190423豊成分校の桜10

見事! と言うしか無い。



2年前に訪れた時の記事を改めて読み返してみました。

2年前の想いが叶い、良かったです..................。



2019/07/02 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............江川小学校枝松分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
舞台は下郷町。この日の下郷町の廃校巡りのオーラスです。


雑根分校をあとにして、向かった先は...............下郷町立江川小学校枝松分校。


枝松分校の詳しい沿革も不明です。
ネットで事前に調べてみても、詳しい事が分からず、
本校である江川小学校のHPによれば
明治5年に発足した弥五島小学校湯野上分教室が、
明治25年に湯野上尋常小学校と改称し、
本校を湯野上・弥五島・白岩・高陦の4校とし,
小沼崎は湯野上,枝松は高陦の分教室となると記載されています。
確かに明治期の枝松の歴史を紐解けば、明治22年に町村制施行により
枝松村、高陦村、白岩村が合併して二川村が発足したと記録にあります。

明治25年以前に存在していた、かつての枝松村の小学校が分校となったようです。

その後、大正3年3本校3分校を合併して長江尋常高等小学校と改称し,
枝松・弥五島・白岩・高陦・小沼崎に分教場を設置したと記載されています。


昭和3年     二川村は長江村と合併し江川村が発足。
          江川尋常小学校枝松分教場と改称する
昭和22年    学制改革により、江川村立江川小学校枝松分校と改称する。
昭和30年    江川村が楢原町、旭田村と合併して下郷町が発足。
          下郷町立江川小学校枝松分校と改称する。
平成17年    本校に統合されて廃校となる。

   
と、このような沿革であったと思われます。





実は、枝松分校の場所も良く分かりませんでした。
先人のブログを見る限り、
①松枝集落にある
②お堂の近くにある
③神社の隣にある
と言うことをヒントに捜し当てたのが、こちら。

      20180426枝松分校01



校舎は既に解体されて、更地状態。

      20180426枝松分校02



たまたまこの日は、跡地で電気工事が行われていました。

      20180426枝松分校03



敷地のフェンス際に立つ桜の木。

      20180426枝松分校04

おそらく、分校時からある桜の木。
でも、既に葉桜状態。


廃校後、暫くは木造の校舎が残っていて
ドラマや映画のロケ地の勧誘をしていたみたいですが
現在は、解体されています。



これらの遊具(?)は、分校時の名残りでしょう。

      20180426枝松分校05


      20180426枝松分校06


      20180426枝松分校07



敷地の神社側の隅にポツンと建つ記念碑。

      20180426枝松分校08

枝松分校の校舎新築記念碑です。



ネットで調べると、江川小学校には6つの分校が在ったとされています。

江川小学校大内分校
江川小学校小沼崎分校
江川小学校高陦分校
江川小学校雑根分校
江川小学校枝松分校 と、巡る事が出来ました。

あと一つ、昭和39年に廃校となった江川小学校白岩分校。
これが、全く分からないんだよなぁ。

いつかまた、探しに来よう...............。




2018/06/10 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............江川小学校雑根分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
舞台は下郷町。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


高陦分校をあとにして、向かった先は...............下郷町立江川小学校雑根分校


雑根分校の詳しい沿革は不明です。

本校である江川小学校のHPにも雑根分校については記載がありません。
ただ、Wikipediaによれば平成17年に廃校となっています。

これはどういうことでしょう?


とりあえず、場所も分からないから
現地で調べることにいたしました。

湯の上温泉から山あいに数km入ったところにある雑根集落。
その集落に在る『雑根高齢者若者センター』にあたりをつけていたので
そちらを訪ねてみますが、どうも雰囲気が違うような感じ。
敷地も分校跡地のような広さが無い。

こうなったら、地元の人に訊くしかない。

でも10数軒しか民家のない小さな集落。
歩いている人が居ない。
集落から500mほど離れた畑で農作業をしていたオジさんを見つけ、
尋ねてみて、教えてもらった場所がこちら。

      20180426雑根分校01



集落の外れ。
現在は更地(と言っても草が生い茂った場所)。

      20180426雑根分校02

敷地の奥にある1本の桜の木だけじゃ、学校跡地を彷彿させるには材料が少ない。


とにかく、学校遺構が全く無い。

      20180426雑根分校03


見ての通り、何も無い。

      20180426雑根分校04


本当にここなのか?
確信が持てません。

      20180426雑根分校05


そうこうしている内に、隣の民家の犬が吠え出した。
『何事?』かと思ったのでしょうか?
民家からお婆さんがで出来たので、訊いてみたら
間違い無く、この場所に雑根(『ぞうね』と読むらしい)分校が在ったという事です。

      20180426雑根分校06

やっとの思いで、その場所には辿りつけましたが
二宮像も廃校記念碑もない荒れ果てた地。
完全にこの場所に学校が在ったことなんて、忘れ去られてしまうんだろうなぁ。




2018/06/10 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............江川小学校高陦分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
舞台は下郷町。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


小沼崎分校をあとにして、向かった先は...............下郷町立江川小学校高陦分校


高陦分校の詳細な沿革は不明ですが
本校である江川小学校のHPによれば

明治7年弥五島小学校高陦分教室として発足、明宗寺を校舎にあてる。
と記載されています。
この時が、高陦分校の歴史の始まりなんですね。

また、明治5年に発足した弥五島小学校湯野上分教室が、
明治25年に湯野上尋常小学校と改称し、本校を湯野上・弥五島・白岩・高陦の4校とし,
たと記載されています。

大正3年3本校3分校を合併して長江尋常高等小学校と改称し,
枝松・弥五島・白岩・高陦・小沼崎に分教場を設置したと記載されています。    

また、明治期の高陦の歴史を紐解けば、確かに明治22年に町村制施行により
高陦村・枝松村・白岩村が合併して、二川村が発足したと記録にあります。



昭和3年     二川村は長江村と合併し江川村が発足。
          江川尋常小学校高陦分教場と改称する
昭和22年    学制改革により、江川村立江川小学校高陦分校と改称する。
昭和30年    江川村が楢原町、旭田村と合併して下郷町が発足。
          下郷町立江川小学校高陦分校と改称する。
平成17年    本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革だったと思われます。


下郷町から天栄村へと続く国道118号線。
そこからちょっと入ったところに、高陦分校があります。

門柱かと思ったら、古峯神社の社号標でした。

      20180426高陦分校01



その奥にある赤い屋根の建物。
そちらが、高陦分校になります。

      20180426高陦分校02



こちらが、高陦分校。

      20180426高陦分校03



山あいの分校らしく、敷地は余り広くはない。
その敷地に赤い屋根の校舎が残ります。

      20180426高陦分校04


      20180426高陦分校05



こちらの校庭の桜も既に散り終え、間も無く葉桜となりますね。

      20180426高陦分校06



敷地のフェンスには、動物のイラスト。

      20180426高陦分校07


      20180426高陦分校08



校庭の遊具類。

      20180426高陦分校09



見た感じ新しく見える遊具。

      20180426高陦分校10


      20180426高陦分校11

廃校から11年。
廃校直前に設置されたモノだろうか...............?



かつては、湯野上尋常小学校の本校の一つでもあった高陦分校。
過疎化と少子化の波には打ち勝てず、廃校となった小学校。

南会津の山あいの廃校は、非常に歴史のある学校でした。



2018/06/09 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............江川小学校小沼崎分校 (2018年4月26日)(福島県南会津郡下郷町) 

4月26日

1泊2日の南会津方面への旅行の初日。
まだまだ、南会津の廃校巡りは続きます。


昨年、すぐ近くまで来たのに(大河ダム)、
時間が無くて探しもしなかった廃校。
廃校の宝庫である下郷町には、そんな廃校が幾つかありました。
その中の1校である下郷町立江川小学校小沼崎分校に立ち寄りました。

ネットで事前に調べてみても、小沼崎分校の詳しい沿革は分かりません。
本校である江川小学校のHPによれば
明治5年に発足した弥五島小学校湯野上分教室が、
明治25年に湯野上尋常小学校と改称し、本校を湯野上・弥五島・白岩・高陦の4校とし,
小沼崎は湯野上,枝松は高陦の分教室となると記載され、
また、大正3年3本校3分校を合併して長江尋常高等小学校と改称し,
枝松・弥五島・白岩・高陦・小沼崎に分教場を設置したと記載されています。    

また明治期の小沼崎の歴史を紐解けば、確かに明治22年に町村制施行により
弥五島村・大沢村・湯野上村・小沼崎村が合併して、長江村が発足したと記録にあります。



昭和3年長江村は二川村と合併し江川村が発足。
江川尋常小学校小沼崎分教場と改称する
昭和22年学制改革により、江川村立江川小学校小沼崎分校と改称する。
昭和30年江川村が楢原町、旭田村と合併して下郷町が発足。
下郷町立江川小学校小沼崎分校と改称する。
昭和46年本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革だったと思われます。


現在は地域の集会所になっているらしい。



小沼崎地区の集会所と言うことで、あたりをつけて訪れますが
肝心の集会所が見つからない。
近くを車で徘徊し、農作業をしているお婆さんを見つけて尋ねます。
教えてもらった小出集会所。
こちらが小沼崎分校跡地になります。

      20180426小松崎分校01



ポツンと建つ門柱。

      20180426小松崎分校02



表札には、下郷町立江川小学校小沼崎分校 と記されています。

      20180426小松崎分校03



この門柱は、昭和3年に建立されたモノのようです。

      20180426小松崎分校04

『昭和三年九月 小出 沼尾 青年会』と記されています。



敷地にポツンと建つ赤い屋根の建物。

      20180426小松崎分校05



どうやら、廃校後に校舎は解体され、
新たに集会所として建てられたモノのようです。

      20180426小松崎分校06



分校時からあった木。

      20180426小松崎分校07

おそらく、子供たちのシンボルツリーだったんだろう。


山あいの分校の校庭。

      20180426小松崎分校08



わずかながらに残された遊具類。

      20180426小松崎分校09


      20180426小松崎分校10


      20180426小松崎分校11


      20180426小松崎分校12




校庭のサクラの木も既に葉桜となっている。

      20180426小松崎分校13



誰も居ない校庭を、匂い嗅ぎに徘徊する びいすけ 。

      20180426小松崎分校14


小沼崎分校跡地。
しっかりと、この目に焼き付けて来ました...............。



2018/06/09 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit