03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 05

び・び・びのびいすけ

御朱印巡り...............姉埼神社 (2018年3月4日)(千葉県市原市) 

3月4日

この日は袖ケ浦市に出かけ、その帰途の際に
市原市の神社の御朱印巡りをしてきました。


市原市の姉ヶ崎地区。
椎津にある八坂神社から、ちょっと足を伸ばして
姉埼神社に向かいました。


姉埼神社は、上総五社の1つで、縁結びの神様として地域の信仰を集めています。

日本武尊の東征に際して、暴風雨を鎮めるため海中に身を投じた弟橘姫を偲び、
風の神である志那斗弁命を祀ったのが始まりと伝えられています。

姉埼神社の境内には松が一本も植えられていません。
これは祭神である志那斗弁命が、夫である島穴神社(市原市島野)の祭神の志那都彦命に
大変待たされ「待つ身はつらい」と言ったことから、音の通じる松を避けたためと言われています。



こちらが、一の鳥居。

      0180304姉崎神社01

かなり立派な鳥居。
この鳥居を見ただけでも、姉崎神社の大きさが判ります。


鳥居に掲げられた神額。

      0180304姉崎神社02

あれっ!?
『姉崎』じゃなくて『姉埼』。

そうなんです。
地名は姉崎(あねがさき)ですが、
社名は姉埼と書いて、『あねさき』と読むそうです。



こちらが、ニの鳥居。

      0180304姉崎神社03


二の鳥居の前の社号標。

      0180304姉崎神社04


神社の境内入口に建つ 『定』の看板。

      0180304姉崎神社05

これって格式のある(格式の高い)神社で良く見かけます。

えてして、こう言うのがある所って、『境内の犬の散歩禁止!』って言う
立て看板がある場合が多い。


思うんだけど、境内に犬が入って来るのがいやならば
この『定』に書けば良いんじゃない?

      0180304姉崎神社06



参道の境内社の竜宮神社。

      0180304姉崎神社07

背後に弁天池があり、弁財天が祀られています。



こちらは水祖神。

      0180304姉崎神社08


ここから、御神水が湧き出しているようです。

      0180304姉崎神社09



再び参道に戻って、社殿を目指して石段を上がります。

      0180304姉崎神社10



石段を上った先は、三の鳥居。
鳥居の先には社殿が見えます。

      0180304姉崎神社11



三の鳥居の前の狛犬。

      0180304姉崎神社12


      0180304姉崎神社13



三の鳥居の脇には、神輿庫。

      0180304姉崎神社14



さらに社殿に向かって進むと、別な狛犬。

      0180304姉崎神社15


      0180304姉崎神社16

狛犬って言うよりも、猿っぽく見えるのは気のせい?




こちらは手水舎。

      0180304姉崎神社17


拝殿前には茅の輪がありました。

      0180304姉崎神社18


こちらが、拝殿。

      0180304姉崎神社32


      0180304姉崎神社31





拝殿正面の扁額と注連縄。

      0180304姉崎神社19



拝殿内部。

      0180304姉崎神社21



さらにズームアップ。

      0180304姉崎神社20


      

拝殿正面には、神紋も飾られています。

      0180304姉崎神社22


その近くには、由緒書き。

      0180304姉崎神社23



そして、姉埼神社の提灯。

      0180304姉崎神社24




別アングルからの社殿。

      0180304姉崎神社26



左側が拝殿で、右側が本殿になります。

      0180304姉崎神社25


こちらが、本殿。

      0180304姉崎神社28



姉埼神社には、境内社が多い。



こちらは、富士塚と浅間神社。

      0180304姉崎神社27


      

こちらは、菅原神社。

      0180304姉崎神社29


いわゆる天神様ですね。

      0180304姉崎神社30



こちらは、末社殿。
末社が15殿祀られています。

      0180304姉崎神社40



境内には、こんな祠もあります。

      0180304姉崎神社43



姉埼神社には、立派な裏参道があります。


こちらが裏参道。

      0180304姉崎神社33


      0180304姉崎神社34



裏参道には神門があります。

      0180304姉崎神社35


神門の扁額。

      0180304姉崎神社36




神門をくぐって振り返ってみると..................

      0180304姉崎神社38


社号とは別な扁額。

      0180304姉崎神社39

『萬世太平』

これは張横渠が残した「四言教」という名文の一節。

要約すれば.........
「天地のために万物を生育する心を立て、民のために生計の道を立て、
昔の聖人のために断絶した学問を継ぎおこし、
万世の後のために太平の基を開くことが大切である。」と言うことらしい。



裏参道の手水舎。

      0180304姉崎神社37





社務所は、清風殿と言う建物。

      0180304姉崎神社42


清風殿の一画は、授与所になっていて、
御朱印はこちらでいただくことが出来ます。

      0180304姉崎神社41



 

こちらが、姉埼神社の御朱印。

      0180304姉崎神社44

いつもの感覚で、初穂料を納めようとしたら
『元々、御朱印の初穂料は頂いていないので結構です。』と言われました。

『初穂料は、気持ちで構いません』と言われることもあるけれど
要りませんと言うのは、初体験。
こう言う場合は、初穂料の相場の金額をお賽銭にいたしましょう。








スポンサーサイト
2018/04/20 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............八坂神社 (2018年3月4日)(千葉県市原市) 

3月4日

この日は、袖ヶ浦市に出かけました。

袖ヶ浦市からの帰り道、以前から気になっていた市原市の神社を巡って
御朱印を頂いていくことにしました。

市原市の姉ヶ崎周辺に、御朱印を頂ける神社が点在しているようなので
国道16号を北上しながら移動します。

国勝神社から向かった先は..................八坂神社。


八坂神社は、由緒書きによれば...............

日本武尊が東征の際に東夷鎮撫の祈願をしたと伝えられ、
慶安2年には江戸幕府より神領10石2斗の御朱印状を拝領し、
歴代領主の崇敬を集めていたといいます。
明治2年には社号を祇園牛頭天王社から八坂神社に改称し、
村社に列格していたそうです。

毎年、毎年7月22日に行われる椎津八坂神社例大祭には
大神輿が八坂神社から繰り出し、椎津七町会を練り歩き
夕刻に宮入りする祭礼となっています。



こちらが、八坂神社の鳥居。

      20180304八坂神社01


鳥居の神額。

      20180304八坂神社02



鳥居の脇には社号標。

      20180304八坂神社03



そして、狛犬。

      20180304八坂神社04


      20180304八坂神社05


鳥居をくぐって境内に入れば、
すぐ目にとまる大銀杏。

      20180304八坂神社06



八坂神社の御神木で、『天王さまの大銀杏』 と呼ばれているそうです。

      20180304八坂神社10



そして、その脇には由緒書き。

      20180304八坂神社07



参道の境内社。

      20180304八坂神社08



その隣には古い碑。

      20180304八坂神社09



拝殿近くには、もう1本の大きな銀杏の樹。

      20180304八坂神社11



こちらも由緒書き。

      20180304八坂神社12



そして、その脇には手水舎。

      20180304八坂神社13



さらに、その先は拝殿。

      20180304八坂神社14


こちらが、拝殿。

      20180304八坂神社15


      20180304八坂神社16



拝殿の扁額。

      20180304八坂神社17

八坂神社に改称される前は、祇園牛頭天王社。
その名残りなんでしょうね。



拝殿内部。

      20180304八坂神社18


拝殿正面の飾りの彫り物。

      20180304八坂神社19


      20180304八坂神社20


そして、八坂神社の提灯。

      20180304八坂神社21



こちらが、本殿。

      20180304八坂神社22


      20180304八坂神社23



授与所で御朱印を頂くことが出来ますが
この日は、祭事で外出中。

      20180304八坂神社24



御輿庫。

      20180304八坂神社25

祭礼に使われる神輿はこちらに奉納されているようです。


境内社。

      20180304八坂神社26


      20180304八坂神社27


授与所に、外出時の連絡先(宮司宅の電話番号)が貼られていたから
宮司さんの奥さんと連絡を取ったら、2時間ほどで戻られると言うことで..................


2時間後に再び出直して、御朱印をいただきました。



こちらが、八坂神社の御朱印。

      20180304八坂神社28



時間調整をしたわけじゃないけれど、なかなか、こちら方面に足を伸ばすことも少ないから
この機会に御朱印を含めて、以前から気になっていた場所に訪れる事が出来ました。




2018/04/19 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

国勝神社 (2018年3月4日)(千葉県袖ケ浦市) 

3月4日

この日は、袖ケ浦市に出かけました。


袖ケ浦市から、市原市へと移動している時に
こんな看板を見つけました。
って言うか、千葉氏に家紋である九曜紋が目に入った。

      20180304国勝神社26



『国勝神社?』
『国が勝つ神社?』

凄い名前の神社。
ちょっと興味を惹かれる名前。
ましてや、九曜紋?
千葉氏関連の神社?
でもこの辺りは上総の国だったはず..................

最初、看板をチラ見して通り過ぎたけど、
何故か、後ろ髪を引かれる思いがしたので、Uターン。
究極の、立ち寄ってみることにしました。



こちらが県道沿いに建つ社号標。
木製の風雨に晒された社号標ですね。

      20180304国勝神社01



一の鳥居。

      20180304国勝神社02



どうやら、社殿は一の鳥居背後の台地に在るようです。

      20180304国勝神社03



台地へ上る石段を進めば、やがて二の鳥居。

      20180304国勝神社04


      20180304国勝神社06


石造りの社号標。

      20180304国勝神社05


     
二の鳥居の神額。

      20180304国勝神社07



境内に入ると、すぐに目にとまる説明板。
『国勝神社の筒粥.........?』

      20180304国勝神社08

毎年1月14日の深夜から15日の明け方にかけて行われる筒粥神事は、
県指定文化財で民俗学的にも貴重な行事です。
また、将門の乱の折には、この神社で将門調伏の祈願を行ったといわれています。

なるほど、ここで将門伝説登場ですね。
それで九曜紋?


現在では、同じく袖ケ浦市内の飽富神社とこの国勝神社が
毎年1月14日深夜から、筒粥神事が行っているせうです。
筒粥神事は、その年の農作物の作柄を占う神事で、
大麦、小麦、早稲、中稲、晩稲、大豆、小豆、粟、ごま、さつまいも、大根、里芋などを占い、
その占いの結果は15日の早朝、神社前に貼り出されるそうです。

地元の人はそれを見て作付けの目安とするそうです。
まて、参詣者は少量の粥を頂いて帰り、
神棚に備えてからご飯の中に入れて炊き込みます。
これを食べると病気をしないと言われているそうです。




こちらは、手水舎。

      20180304国勝神社09



そして、こちらが拝殿。

      20180304国勝神社10


      20180304国勝神社11


      20180304国勝神社12


別アングルからの拝殿。

      20180304国勝神社19



そして、本殿。

      20180304国勝神社20




拝殿前の狛犬。

      20180304国勝神社13


      20180304国勝神社14




境内社の金刀比羅宮。

      20180304国勝神社15


      20180304国勝神社16



こちらも境内社の東照宮。

      20180304国勝神社17


      20180304国勝神社18

この地域に東照宮は珍しい。



境内はそんなに広くないけど、小さな祠も幾つか在ります。     

      20180304国勝神社21


      20180304国勝神社22


境内の一角の土壇。
浅間神社が祀られています。

      20180304国勝神社24



こちらは、社務所。

      20180304国勝神社23

平素は無住のようです。



      
こちらは、西参道(?)の鳥居。

      20180304国勝神社25

この先、50mほどで二の鳥居になります。


たまたま見つけた国勝神社。
将門の伝説(?)が残っていたり、
古くから、その年の作物の豊作を占う神事が残っていたり、
家康を祀る東照宮が在ったりと、
話題に事欠かない神社のようです。






2018/04/19 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............旧・根形村立東尋常小学校 (2018年3月)(千葉県袖ケ浦市) 

3月4日

この日は、袖ケ浦市に出かけました。


旧・袖ヶ浦町立吉野田小学校をあとにして、
向かった先は.........旧・根形村立東尋常小学校


根形村立東尋常小学校について、ネットで調べてみましたが
詳しいことは分かりませんでした。
おそらく、現在の袖ヶ浦市立根形小学校にその変遷は繋がっているかと思いますが
肝心の根形小学校の沿革が不明(根形小学校のHPにも記載無し)のため
分からず終いです。


こちらが、根形村立東尋常小学校 跡。

      20180304根形村立東尋常小学校01



現在は、三谷青年館として利用されているようです。

      20180304根形村立東尋常小学校02



敷地内と言うか、建物の前に建つ標柱。

      20180304根形村立東尋常小学校03



標柱には、根形小学校百周年の記念行事として
平成13年に建立されたモノと記載があります。

      20180304根形村立東尋常小学校04



とは言え、標柱には根形村立東尋常小学校についての
詳しい記載が無い。

      20180304根形村立東尋常小学校05

本来ならば、この地にいつまで在ったのか?
そのあたりが知りたい所なんだけど.........。



この標柱以外に、根形村立東尋常小学校の存在を示すモノはない。

      20180304根形村立東尋常小学校06



尋常小学校だから、戦前の国民的学校以前の話になるわけで
当然、往時の校舎は残っていない。
この建物も後世のものでしょう。

      20180304根形村立東尋常小学校07

せっかく、標柱を残したのだから
せめて根形村立東尋常小学校の沿革を何処に記録として
残して欲しかったなぁ。

忘れ去られてしまう歴史が此処にも一つありました..................。






2018/04/18 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............昭和尋常小学校神納分校 (2018年3月4日)(千葉県袖ケ浦市) 

3月4日

この日は、袖ケ浦市に出かけました。

ちょっと足を伸ばした木更津市の八劍八幡神社をあとにして
向かった先は.........昭和尋常小学校神納分校


神納分校は、

明治6年     神納村の光曜寺を校舎として神納小学校が開校。
明治7年     校地を神蔵寺に移転。
明治11年    奈良輪校と合併する。
明治14年    良輪小学校と分離し、神納小学校を設置する。
明治21年    共進校(飯富)と合併する。
明治23年    共進校と分離し、神納尋常小学校を設置
明治28年    神納、楢葉、長浦の三村による組合立明誠高等小学校を設立する。
明治33年    神納、楢葉校を合併し組合立県尋常小学校を設立する。
明治35年    県尋常小学校を解散し、神納、楢葉校を設立
昭和3年     神納、楢葉校を廃止、昭和尋常高等小学校を設立
昭和7年    楢葉村と神納村が合併して昭和町が誕生。
昭和16年   昭和町立昭和国民学校神納分教場と改称する。
昭和19年   廃校になる。

と、日本の学校教育の黎明期である明治期から
戦争に揺れた激動の昭和19年まで
統合と分離を繰り返してきた小学校のようです。



こちらが、神納分校跡。

      20180304神納分校01

県道143号線沿いの神納公民館の在る場所になります。


敷地内には、思わず眉唾モノが残っている。

      20180304神納分校02



往時の門柱。

      20180304神納分校03



何とか大正十年と判別出来ます。

      20180304神納分校04



どぉ〜んと建てられた立派な碑。

      20180304神納分校05

この地における学校の沿革が刻まれています。



二宮像。

      20180304神納分校06

残念ながら、往時のものではない。
記念碑を建立した時に併せて建立されたモノ。


二宮像と並んで、はい、ポーズ!

      20180304神納分校07


昭和19年の廃校だから、校舎は当然解体されて在りません。

      20180304神納分校08


跡地には、神納公民館が建てられています。

      20180304神納分校09


      20180304神納分校10


廃校後の典型的な跡地の再利用。
地域の公民館として利用され、
また地域のランドマークであった学校跡地を
地域の人間が世代交代しても、いつまでも忘れないように記念碑を残す地域愛。

今では、遠い昔になりつつある昭和19年以前の学校跡地を
地域の一つたちはいつまでも忘れないことでしょう。



2018/04/17 Tue. 15:15 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............八劔八幡神社 (2018年3月4日)(千葉県木更津市) 

3月4日

この日は、袖ケ浦市に出かけました。

袖ケ浦市の坂戸神社をあとにして、向かった先は.........八劔八幡神社。


八劔八幡神社の宮司さんは、数多くの人神社の神職を兼務しており
坂戸神社もその一つ。

八劔八幡神社の社伝によれば、その昔、この辺り一帯の地を八剱の里と呼び、
この里の神を八剱の神と称え、この神に仕えるはふりを八剱と申したそうです。
第12代景行天皇の時代に、日本武尊が東征の折り、相模国(神奈川県)より
此の地に渡らんとする時に浦賀沖で暴風雨に遭遇してふねが転覆寸前となりました。
その時に妃橘姫が、海の神の怒りを静めようとして、日本武尊の身代わりとなって海に身を投げました。

日本武尊は無事に此の地に着くことが出来ましたが、
姫の死を悼んでしばらく滞留して、此の地を去らなかったので、
「君去らず」と呼ぶようになり、それがなまって現在の「木更津」になったと伝えられているそうです。

すなわち、八劔八幡神社は木更津の発祥の地となるようです。



木更津の市街地にある神社。
社号標は見つけられなかったけど、
(ひょっとしたら、離れた場所にあるのかも?)
大きな看板がありました。

      20180304八劔八幡神社01



神社の入口に建つ鳥居。

      20180304八劔八幡神社02

この日は日曜日。
お宮参りで訪れている人も多く、参拝者がかなり居ます。
ひんしゅくを買うのも嫌だし、境内は工事中だし
トラブルになっても嫌だから、びいすけ はココまで。
この先は、父さん一人。びいすけ は車の中で待機してもらいます。



では、サクサク〜っとお詣りしちゃいましょう。

境内の手水舎。

      20180304八劔八幡神社03



拝殿。

      20180304八劔八幡神社04

拝殿手前の左側には社務所がありますが一部工事中。



拝殿前の狛犬。

      20180304八劔八幡神社05


      20180304八劔八幡神社06



拝殿の扁額。

      20180304八劔八幡神社07



拝殿正面に飾られた八劍八幡神社の提灯。

      20180304八劔八幡神社08


      20180304八劔八幡神社09



こちらは本殿。

      20180304八劔八幡神社21


      20180304八劔八幡神社22



こちらは、社務所ですが工事中。

      20180304八劔八幡神社11

御朱印は、こちらで頂くことが出来ます。



社務所は、参集殿として生まれ変わるようです。

      20180304八劔八幡神社10





こちらは、境内社。

      
20180304八劔八幡神社12



単なる稲荷神社かとおもっていたら
三社が合祀されているみたいです。

      20180304八劔八幡神社13



こちらは、やはり境内社の祖神社。

      20180304八劔八幡神社14


      20180304八劔八幡神社15






      
こちらは、嶺田楓江寿碑。

      20180304八劔八幡神社17


嶺田楓江は、幕末から明治時代の教育者で、丹後(京都府)田辺藩士でした。
佐藤一斎に付いて儒学を学び、箕作阮甫に付いて蘭学を学び、
嘉永2年(1849)アヘン戦争について「海外新話」を刊行しましたが
幕府により3年の在獄と三都所払いとされ、木更津に移り
明治維新後は房総各地で新時代の教育を行ったそうです。

嶺田楓江の長寿を祝って、八劍八幡神社の境内に碑が建てられたそうです。

      20180304八劔八幡神社16

    


こちらが、八劍八幡神社の御朱印。

      20180304八劔八幡神社23




当初は予定の無かった八劍八幡神社。
参拝も出来たし、御朱印も頂けた。
平日だったら、もっと空いてて
じっくりと参拝出来たんだろうなぁ。


2018/04/17 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

坂戸神社 (2018年3月4日)(千葉県袖ヶ浦市) 

3月4日

この日は、袖ケ浦市に出かけました。

袖ケ浦市への一番の目的は、マンホールカード。
マンホールカードも無事手に入れ、
袖ケ浦市役所から近い、ネットで調べた坂戸神社に向かいました。


あとで、誤情報だと判ったんですが
坂戸神社は御朱印を頂ける神社って、
どこかのサイトに書かれていたような気がします。


坂戸神社の一の鳥居。

      20180304坂戸神社01


鳥居に掲げられた神額。

      20180304坂戸神社02



参道に両脇は桜並木。

      20180304坂戸神社03

桜の季節は、見応えがあるんだろうなぁ。



こちらが二の鳥居。

      20180304坂戸神社04



二の鳥居の神額。

      20180304坂戸神社06


      20180304坂戸神社05


    
二の鳥居の近くに社務所は在りますが閉まっています。

      20180304坂戸神社07

どうやら普段は誰もいない社務所のようです。


二の鳥居脇の石碑群。

      20180304坂戸神社08

何かの記念碑だとは思うけれど、碑文は確認出来ず。


その奥は、大きな堀切(?)

      20180304坂戸神社09

いかにも、城址って言う雰囲気がある。
慌てて、スマホでチェック。
でも、この辺りに城址は無さそう。


この辺りは、『坂戸神社の森』と言われ
千葉県の天然記念物に指定されているようです。

     20180304坂戸神社10

開発の手が及ばない管理された森なんですね。



     

社殿は、この石段の先のようだから
頑張って上りましょう。

      20180304坂戸神社12



石段(参道)途中にある小さな祠。

      20180304坂戸神社13



社殿が見えてきました。

      20180304坂戸神社14



参道の狛犬。

      20180304坂戸神社15


      20180304坂戸神社16



拝殿前。

      20180304坂戸神社17


      20180304坂戸神社18



拝殿正面の扁額。

      20180304坂戸神社22


      20180304坂戸神社19

『坂戸宮』となっています。



拝殿正面の飾り。

      20180304坂戸神社20


      20180304坂戸神社21


    
こちらは、本殿。

      20180304坂戸神社23


      20180304坂戸神社24



びいすけ が矢鱈と本殿の中を覗こうとしています。

      20180304坂戸神社25


猫でも見かけたのか?

      20180304坂戸神社26

はたまた、神様に興味を持つようになったのか?(笑)



拝殿前の天水桶。

      20180304坂戸神社29



境内社。

      20180304坂戸神社27


境内社の手水鉢。

      20180304坂戸神社28

久しく使われていないようです。
     


さて、肝心の御朱印ですが.........

社務所は閉まっていて無人。
社務所に貼られていた連絡先に電話をしてみると
そこは、本務社の木更津市にある八劔八幡神社でした。

電話で色々話を訊いたら、御朱印は無いとのことでした。
話の流れで、このあと急遽、 八劔八幡神社に行くことにしました。


八劔八幡神社については、また明日にでも..................。



2018/04/16 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう...............千葉県袖ヶ浦市 (2018年3月4日)(千葉県木更津市) 

3月4日

この日は袖ケ浦市に出かけました。

昨年から集めているマンホールカード。
千葉県内のマンホールカードはコンプリートしたと思っていたら
昨年の12月に、千葉市と袖ケ浦市のマンホールカードが追加発行されました。
千葉市のマンホールカードは、先日入手したので
残るは袖ケ浦市のマンホールカードだけとなりました。

千葉県内のマンホールカード、コンプリートすべく
配布場所である袖ケ浦市役所へと向かいます。

      202180304袖ヶ浦マンホールカード01


      202180304袖ヶ浦マンホールカード02
     


この日は日曜日。
市役所は休みだから、守衛所が配布場所になります。

      202180304袖ヶ浦マンホールカード03



無事、マンホールカードをゲット!

      202180304袖ヶ浦マンホールカード04



マンホールカードは手に入りましたが
カードのモデルになったカラーリングされたマンホールはと言うと
JR袖ケ浦駅前の歩道に設置されています。


こちらが、そのマンホール。

      202180304袖ヶ浦マンホールカード05


      202180304袖ヶ浦マンホールカード06


      202180304袖ヶ浦マンホールカード07


      202180304袖ヶ浦マンホールカード08



そして、こちらがマンホールカード。

      202180304袖ヶ浦マンホールカード09


      202180304袖ヶ浦マンホールカード10


袖ケ浦市のマンホールの蓋は、『開けにくく、閉めにくい』角型でしたが
平成元年に丸型に変更されました。
その時に、中央部に市章、左側に市の鳥「ウグイス」、
右側に花「ヤマユリ」・木「シイ」を配置して
デザインされたモノだと言うことです。

千葉県内のマンホールカード。
船橋市に始まり(入手順)、習志野市、市川市、柏市、鎌ケ谷市、千葉市、
そして袖ケ浦市と発行されている7ヶ所(2018年3月4日現在)を無事制覇出来ました。

次は茨城県あたりを制覇しちゃおうかな.........?






2018/04/16 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

厳島神社    (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日

この日は、千葉市にある神社の御朱印巡りに出かけました。


千葉公園に隣接する千葉縣護国神社をあとにして、
向かった先は..................厳島神社。



厳島神社は、千葉縣護國神社さんと同じく千葉公園に隣接し、
と言うか、千葉公園の綿内池の畔に鎮座している神社で、
通称では、『弁天様』と呼ばれているらしい。

以前、千葉公園に来たとき、この厳島神社にも立ち寄った記憶があります。


こちらが、社号標。

      20180226厳島神社01


そして、辯財天の碑。

      20180226厳島神社02


その脇には由緒書きの碑が並びます。

      20180226厳島神社03

碑文によれば.........

江戸の昔 綿打池の地籍について 
寒川村と作草部村との間に爭い
があり 藩士のいざ実地検分の前夜 
寒川の綿屋太郎兵衛が弁天様の碑石を 
こつそり寒川村に移し置き 
この池が寒川のものである証とした

明治以降 池のほとりに 
ひつそりと佇む弁天碑に祠を作り
祭祀を行い 社会の福祉に貢献した村人数名の功績は
境内の顕彰碑で知ることが出来る 
又 千葉家が隆盛時代 千葉常胤の六男東胤頼の館が存在し 
爾来この地を吾妻台を呼ばれる 


と記されています。
戦国大名の千葉氏の隆盛時代からこの地は
千葉一族の所縁の地だったんですね。





鳥居前にて。

      20180226厳島神社04



厳島神社の鳥居は、まるで稲荷神社の鳥居のように
何基もの鳥居が並びます。

      20180226厳島神社05


参道の手水舎。

      20180226厳島神社06



手水舎と言ったら、やっぱり龍ですよね。
(光の加減で見難い画像ですが、吐出口の龍です。)

      20180226厳島神社07



狛犬。

      20180226厳島神社08



社殿前にて。

      20180226厳島神社09



拝殿の扁額。

      20180226厳島神社10



拝殿内部。

      20180226厳島神社11


拝殿前の天水桶。

      20180226厳島神社21



元々、神社の敷地は広くなく、
参道もそんなに長くはない。

      20180226厳島神社12


しかし、その敷地内には境内社が多い。


境内社。

      20180226厳島神社14


      20180226厳島神社15


      20180226厳島神社16


      20180226厳島神社17


      20180226厳島神社18


      20180226厳島神社19



そして、顕彰碑。

      20180226厳島神社20


     



こちらが、社務所。

      20180226厳島神社13

御朱印は、こちらで頂くことが出来ますが
この日は、宮司さんが体調悪くて寝ているとの事で
応対に出てくれた宮司さんの奥さんが、申し訳なさそうな顔をしていました。

まあ、またいずれの日にでも
お願いすることにいたしましょう。






2018/04/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............千葉県護国神社 (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日

この日は、千葉市に出かけていました。


千葉市中央区の商店街を歩き、
『千葉 おもてなしひな祭り 』にガッカリした後、
向かった先は.........千葉縣護國神社


千葉縣護國神社は、幕末の嘉永6年(1853年)以降約一世紀にわたり、
戊辰の役・西南の役・日清戦争・日露戦争・
第一次世界大戦・満州事変・支那事変・大東亜戦争などにおいて、
ひたすら「国安かれ」との一念のもとに、その尊い命を捧げられた方々の御霊を、
「護國」の神としてお祀りしている神社です。
その御祭神の多くは幕末から、明治・大正・昭和にかけて、
敢然と国難に立ち向かわれた前途有為な青壮年たちで、現在五万七千余柱にのぼり、
しかもそれは軍人だけでなく、従軍看護婦や児童、生徒など女性の御祭神も含まれているそうです。



こちらが、千葉県護国神社の社号標。

      20180226千葉県護国神社01


      20180226千葉県護国神社02



こちらな、一の鳥居。

      20180226千葉県護国神社03



一の鳥居から参道を進むと二の鳥居が見えてきます。

      20180226千葉県護国神社04



こちらが二の鳥居。

      20180226千葉県護国神社05



手水舎。

      20180226千葉県護国神社06



こちらが、社務所。

      20180226千葉県護国神社07

御朱印はこちらで頂くことが出来ます。




この先に社殿があります。
拝殿のように見えますが、実は門。
『神門』と言うそうです。

      20180226千葉県護国神社08


      20180226千葉県護国神社09



千葉県護国神社の由緒書き

      20180226千葉県護国神社10



神門前の狛犬。

      20180226千葉県護国神社11


      20180226千葉県護国神社12



こちらが拝殿。

      20180226千葉県護国神社13


      20180226千葉県護国神社14




千葉県護国神社の提灯。

      20180226千葉県護国神社15



菊の御紋の付いた石碑。

      20180226千葉県護国神社16

天皇の奉拝記念碑になるんですね。



とにかく、碑が多い。

      20180226千葉県護国神社17


      20180226千葉県護国神社18


      20180226千葉県護国神社19



石碑の碑文をみても、戦争関連が多い。

      20180226千葉県護国神社22


      20180226千葉県護国神社23


      20180226千葉県護国神社24


      20180226千葉県護国神社25




どうも、護国神社となると勝手が違うと言うか、雰囲気が違う。

      20180226千葉県護国神社20



社殿の裏手に、大きな忠霊塔。

      20180226千葉県護国神社21




どうしても、今まで巡ってきた神社とは
勝手が違うのは、心の中で否定は出来ない。




こちらが、千葉県護国神社の御朱印。

      20180226千葉県護国神社26


戦争を肯定する訳じゃないし、むしろ反対の立場と言うか
戦争を否定するスタンスを取って来たから.........
と言っても、何か行動する訳でもない。
ただ、今の平和な日本が在るのも、
この神社に祀られている5万幾千の柱となる御祭神や
全国の護国神社の御霊によるものだとも思う。

平和な日本がいつまでも続くように
私は色々な神社で願うしかない。


2018/04/14 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう...............千葉県千葉市 (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日

昨年から集めているマンホールカード。
千葉県内のマンホールはコンプリートしたと思っていたら
何と、昨年の12月に第6弾として千葉県では、
千葉市と袖ヶ浦市にマンホールカードが追加発行されました。

この日は、千葉駅周辺の神社を巡っていたので
これ幸いと、千葉市のマンホールカードの配布場所である
JR千葉駅構内の『千葉市観光情報センター』に立ち寄りました。

ちょうど、千葉駅構内は工事中。
散々迷って、やっとの思いで到着。


工事の柱と柱のに隠れて、『千葉市観光情報センター』が見えません。

      202180226マンホールカード千葉01


マンホールは、難なくゲット!

      202180226マンホールカード千葉02


でも、カードを貰っただけじゃつまらない。
やっぱり、カードのモデルになったカラーリングされたマンホールを探さなきゃ!

千葉市のカラーリングされた、マンホールカードは、千葉神社の鳥居の前にあります。


千葉神社って..................
さっきまで、参拝していたんですけど。

再び、千葉神社まで戻ります。


マンホールが見えて来ました。

      202180226マンホールカード千葉03



こちらが千葉市のマンホールカードのモデルとなったマンホール。

      202180226マンホールカード千葉04


      202180226マンホールカード千葉05


      202180226マンホールカード千葉06



確かに、千葉神社の鳥居の前ですね。

      202180226マンホールカード千葉07



こちらが、千葉市のマンホールカード。

      202180226マンホールカード千葉08


      202180226マンホールカード千葉09



平成29年度から採用している新しいデザインで、
市章を中心に市の鳥「コアジサシ」、市の木「ケヤキ」、市の花「オオガハス」を配置しています。
ちなみに千葉市の市章は、千葉氏の家紋「月星紋」をモチーフとしています。

これで千葉市のマンホールカードも手に入り
千葉県のマンホールカードも袖ケ浦市を残すのみとなりました。

近いうちに袖ケ浦市のマンホールカードも手に入れることにいたしましょう。



2018/04/13 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............千葉神社&千葉天神社 (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日 千葉神社&

この日は、千葉市内の神社を巡って、御朱印を拝領していました。


寒川神社をあとにして、向かった先は.........千葉神社。


実は、千葉神社も以前から訪れたかった場所。
何せ、千葉氏の家紋である月星紋が神紋に使われ
至る所に月星紋のある神社。
それもそのはず、妙見信仰であった千葉氏。
その千葉氏の妙見本宮にあたるのが千葉神社です。

千葉神社は、千葉氏の守護神である妙見菩薩を本尊とする寺院(千葉妙見宮)として建立され、
厄除け・八方除け で有名な神社です。
千葉神社は、妙見様といって、北極星を神格化星した菩薩を信仰している社の総本山です。



国道126号沿いに建つ千葉神社の鳥居。

      20180226千葉神社01

てっきり、千葉神社の入り口はこちらかと思っていたら
本来の入口は別にあるみたいです。



鳥居脇の唐獅子。

      20180226千葉神社02

『変わった狛犬だな?』と思っていたら、
昭和天皇即位の御大礼の記念として、昭和4年に建立された左右一対の獅子児鍛錬像。
獅子が我が子を千尋の谷に突き落として鍛錬したと伝わる故実を題材としています。




こちらが、尊星殿。

      20180226千葉神社03

神社建築では類例のない楼門と社殿の複合建築物です。
元来、千葉神社には「山門」が在りましたが、
昭和20年の七夕空襲で焼失してしまいました。

尊星殿は中央「福徳殿」、東「日天楼」、西「月天楼」、上階「開運殿」の四つに分かれ、
星王である妙見様が掌握する日・月・星の御力などが
それぞれ個別にいただけるようになっているそうです。


正面の扁額。

      20180226千葉神社04


御神紋は、月星紋。
まさしく、この神紋が見たかった。

      20180226千葉神社05



尊星殿の左側。すなわち西側だから月天楼。

      20180226千葉神社06



尊星殿の右側。東になるから日天楼。

      20180226千葉神社07




尊星殿前の狛犬。

      20180226千葉神社08


こちらにも月星紋。

      20180226千葉神社09

いやぁ、たまらん。

神紋・月星に由来して、
「ツキ(月)を呼び、勝ち星(星)を拾う 」と言われています。
私もツキにあやかりたい(笑)。


中央部の福徳殿。
御祭神「北辰妙見尊星王」の御分霊を奉斎し、
陰陽道や九星気学・風水学と関わり深い妙見様の御神徳により、
方位方角・五行・十二支・人間の身体各部等の役割を、
八角形に配された八つの各星宮が個々に担い守護しているそうです。

      20180226千葉神社10


      20180226千葉神社11


      20180226千葉神社12


      20180226千葉神社13



こちらは重層社殿。

      20180226千葉神社14

上下に二つの拝殿を有する我が国初の重層社殿です。



扁額は、『妙見』。
月星紋も九曜紋も扁額に入っています。

      20180226千葉神社16



1階の拝殿にも、千葉氏の家紋の月星紋と九曜紋のオンパレード。

      20180226千葉神社17

正確には、九曜紋ではなく十曜紋。
(中心の円の周りに9つの円があるから十曜紋)
これは千葉宗家が使用していた家紋ですが
千葉宗家は滅んでしまったため、
現在では千葉神社にしかない家紋です。




      20180226千葉神社18



1階の拝殿の扁額。

      20180226千葉神社19



賽銭箱にも月星紋。

      20180226千葉神社20


拝殿内部。

      20180226千葉神社21


      20180226千葉神社22



1階の拝殿の隣は授与所。
授与所にも千葉氏の家紋がいっぱい。
千葉氏の城郭を追っかけている身としては
かなりテンションが上がります。

      20180226千葉神社18

あっ! 御朱印は、こちらで頂くことが出来ます。


実は、拝殿も立派すぎるから、犬連れはNGだと思って
びいすけ を尊星殿脇の玉垣に括りつけていました。

授与所の巫女さんに、
『犬を連れて来ちゃったんですが、抱っこしていれば!大丈夫ですか?』
と訊いてみたら、
『拝殿内部に入らなければ、境内は抱っこしなくても大丈夫ですよ!』
と、言われ急いで びいすけ を迎えに行きます。


改めて、 びいすけ と重層社殿。

      20180226千葉神社15


こちらが、本殿。

      20180226千葉神社31




こちらは手水舎。

      20180226千葉神社23




まだまだ勉強不足。
これは何と言うんでしょうか?
千葉天神社の前にあります。

      20180226千葉神社24



こちらが境内社の千葉天神。

      20180226千葉神社25


      20180226千葉神社26



学問の神様・菅原道真公を御祭神とする御社です。
千葉県内最大の天神様のお社であり、千葉神社の旧社殿であったことから
妙見様の御神力も同時にいただけるとされ、その神紋・月星に由来しての
「ツキ(月)月を呼び、勝(星)星を拾う」という縁起の良さが
広く知れ渡っています。

      20180226千葉神社27


拝殿の扁額。

      20180226千葉神社28



社殿の屋根にも千葉氏の家紋。

      20180226千葉神社29


      20180226千葉神社30



千葉天神の提灯にも月星紋。

      20180226千葉神社32



こちらは、御力石。
千葉天神の拝殿脇に在ります。

      20180226千葉神社33



北辰石・三光石・四拾五縁石。
江戸期 御祭神・妙見尊の御力を授かった霊石です

      20180226千葉神社34


      20180226千葉神社35


      20180226千葉神社36



再び、境内に戻りましょう。

      20180226千葉神社37




妙見池に架かる朱色の橋。

      20180226千葉神社38



朱塗りの二つの神橋「ねがい橋・かない橋」

      20180226千葉神社43



神橋を渡った先は、境内社のオンパレード。

      20180226千葉神社39


      20180226千葉神社40


      20180226千葉神社41

千葉神社って、こんなに境内社があるんですね。



妙見池のほとりにある美寿之宮。
これも境内社の一つ。

      20180226千葉神社42

水の神である多くの龍神様・水神様を統治掌握する神様が水御祖大神。
その水御祖大神をお祀りしているのが「美寿之宮」です。


     

この奥に在るのが亀岩。

      20180226千葉神社44



福授の亀岩。

      20180226千葉神社45

妙見様の御神使である玄武(亀)を形どり
その霊力が宿っていると言われています。




こちらが、千葉神社の御朱印。
境内社の千葉天神の御朱印も一緒に頂きました。

      20180226千葉神社46


      20180226千葉神社47


      20180226千葉神社48


正月の期間だけ、特別な御朱印が拝領できるらしい。
来年の正月の時期に、また参拝に来ようかな.........?



千葉神社、なかなか見応えのある神社でした。



2018/04/12 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............蘇我比咩神社 (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日

この日は千葉市内の神社を巡り、御朱印を拝領していました。


千葉市内って、中途半端な近さで自宅から20km程度。
そのくせ道路は混んではいるけど、車でのアクセスは比較的に楽。
でも中途半端に都会だから駐車場に困る事も多い。
そんな事もあって、千葉市内って避けていた訳じゃないけれど
意外に訪れる機会が少ない。
近くて遠い(?)千葉市内の探索の始まりです。


まず、最初に訪れたのは、蘇我比咩神社。


蘇我比咩神社は、今から千五百年前には建てられていたと言われています。
古記によれば、第十二代景行天皇の皇子である日本武尊命が
東国地方を統一すべく勅命を受け、弟橘姫を始め多数の家来を引きつれ
軍船に乗って千葉沖に差しかかった時に風雨が強くなり、
船は進まず沈没の危険に遭うことになります。
この時、弟橘姫は「龍神の怒りに触れた」と悟り、
これを静めんと同道して来た五人の姫達と共に身を海中に投じました。
そして海の荒れは治り、日本武尊命は無事航海を続けられたそうです。

身を投じた五人の姫の中に、蘇我大臣の娘たる比咩がいて
千葉の海岸(現在の蘇我近辺)に打ち上げられたそうです。
地元の人たちの手厚い看護で比咩は蘇生し、無事に都に帰る事が出来たそうです。
また、日本武尊命が日嗣の皇子でありながら東征の途中にて崩せられ、
皇位を継承するに及ばなかった事を聞いた地元民は、
その霊を慰めんと社を建てて神として祀りました。
これらの行為に深く感激した第十五代応神天皇は、特別の命により
蘇我一族をこの周辺の国造として派遣し、政治を行わせました。
蘇我一族は、代々「春日神社」「比咩神社」を守護神としており、
両神社の御分霊をいただき「蘇賀比咩神社」を建立したと言われているそうです。



こちらが、蘇賀比咩神社の鳥居。

      20180226蘇我比咩神社01

社号標は近くには見当たりませんでした。


鳥居に掛けられた注連縄。

      20180226蘇我比咩神社02

まだまだ新しい。



蘇賀比咩神社の由来。

      20180226蘇我比咩神社03
 
まあ、『由緒書き』みたいなモノですね。



参道の手水舎。

      20180226蘇我比咩神社04



手水舎って言ったら、やっぱり龍ですよね。

      20180226蘇我比咩神社05



正面に見えるは、拝殿。

      20180226蘇我比咩神社06



境内の狛犬。

      20180226蘇我比咩神社07


      20180226蘇我比咩神社08



こちらが、拝殿。

      20180226蘇我比咩神社09


別アングルから。

      20180226蘇我比咩神社11


拝殿に掲げられた扁額。

      20180226蘇我比咩神社12



蘇賀比咩神社の提灯。

      20180226蘇我比咩神社13



『千代春稲荷神社』の提灯。
なぜ、ここに?

      20180226蘇我比咩神社14

ひょっとして、境内社?
それとも兼務社?



こちらは、境内社。

      20180226蘇我比咩神社15



大三輪神社と大山阿夫利神社の名が見えます。

      20180226蘇我比咩神社16


ほとんど使われていない手水鉢。

      20180226蘇我比咩神社17



こちらは境内社の浅間神社の碑。

      20180226蘇我比咩神社23



幹に注連縄が巻かれているから
ひょっとしたら、御神木?

      20180226蘇我比咩神社19



境内には意外にも碑が多い。

      20180226蘇我比咩神社20



忠魂碑。

      20180226蘇我比咩神社21

戦争関連の碑も幾つか建てられています。


玉垣建設記念碑。

      20180226蘇我比咩神社22






こちらが、社務所。

      20180226蘇我比咩神社24

御朱印は、こちらで頂くことが出来ます。


そして頂いた御朱印がこちら。

      20180226蘇我比咩神社25

蘇賀比咩神社の御朱印です。
日付けは入っているものの、本当に朱印のみ。
いたってシンプル。
ある意味、素っ気ない。
書き置きでも無いんだから、社号の墨書きをして欲しかったなぁ。


2018/04/10 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............側高神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出掛けました。

香取市と言えば、香取神宮が有名ですが
意外にも『香取神宮』以外にも神社は多く、
御朱印を拝領できる神社も幾つかあるようです。
そんな訳で、朝から香取市の佐原地区の神社を巡っていました。

玉田神社を後にして、向かった先は..................側高神社


側高神社は「通称・側高様」と呼ばれ、地域の人々に親しまれています。
神武18年の創建と言われ、御祭神は、側高大神を祀っています。
834坪の境内には、本殿(銅板葺流れ造)、幣殿(亜鉛板葺流造)、
拝殿(銅板葺流造)、社務所所瓦葺入母屋造)が建ち並んでいます。
古来から祭神は神秘として口にすることを許されず、
俗に『言わず語らずの守』とのみ伝えられると言われています。
香取神社の第一の摂社として崇敬され、境内には老杉が生い茂り、
裏山からは筑波山、利根川、鹿島の森を一望に見られる景色は風光明媚です。



こちらが、社号標。

      20180219側高神社02



社号標よりも、こちらの看板の方が目を引きます。

      20180219側高神社01

これって、どう言う意味なんでしょう?



社号標の脇の道。
これが参道のようです。 

      20180219側高神社03


参道入口には、かなりカスれた文字の説明板。

      20180219側高神社04

どうやら、側高神社の本殿は千葉県の指定文化財らしい。


説明板の近くには、文化財であることの標柱。

      20180219側高神社05



参道には、社殿改修の記念碑。

      20180219側高神社06



鳥居が見えて来ました。

      20180219側高神社07



鳥居の手前には手水舎。

      20180219側高神社08



鳥居をくぐって境内に入ります。

      20180219側高神社10


      20180219側高神社09


    
境内の狛犬。

      20180219側高神社11



こちらが、拝殿。

      20180219側高神社12


      20180219側高神社13


拝殿に掲げられた扁額。

      20180219側高神社14



拝殿正面の飾りの彫り物。

      20180219側高神社15


      20180219側高神社16



別アングルからの拝殿。

      20180219側高神社17


      20180219側高神社34



こちらが、本殿。

      20180219側高神社18


      20180219側高神社19



こちらは、神楽殿。

      20180219側高神社20



側高神社の鎮座する台地は深い森と言うか、
北総の古い神社の鎮座する森は、巨木が多い。
信仰が深いから、神聖な場所として手が加えられていなくて
自然が多く残っているのだろうか?
天然記念物に指定されて保護される森も多いけれど、
側高神社の森は特に指定はされていないようです。

でも、この境内には巨木が多い。



『夫婦杉』。

          20180219側高神社21
          20180219側高神社22
      20180219側高神社23



御神木の『千年杉』。

      20180219側高神社24
      20180219側高神社25



こちらの巨木は、ナギの木。

      20180219側高神社26
      20180219側高神社27




立派な巨木と比較すると、可愛らしい祠。

      20180219側高神社28


こちらは、境内社。

      20180219側高神社29



鳥居が建っているけど、祀られているのは毘沙門天?

      20180219側高神社30



境内には、4つの甕(かめ)があります。

      20180219側高神社31



説明板によれば、4つの甕は四季(春夏秋冬)を現し、
各甕内の雨水量が、その年の降水量を占うとされているようです。

      20180219側高神社32



また、別な説明板には、側高神社の奇祭『髭なで祭り』についても触れています。

      20180219側高神社33

約800年前に始まったと伝えられる五穀豊穣・子孫繁栄を祈願する伝統行事で、
祭りの当番の引き継ぎ行事として行われているそうです。
西側に座した当番が、東側に座する新当番に酒を勧める際、
立派な髭をなでることから「髭なで祭り」と呼ばれています。
髭をなでられたら、新当番は大椀で何杯でも応じなければならない作法で、
紋付きはかま姿で大げさなカイゼル髭をなでる姿がなんともユーモラスな奇祭だと言うことです。




こちらが、社務所。

      20180219側高神社35

御朱印は、こちらで頂けるかと思ったら
鳥居手前の宮司さん宅で頂きました。
そうそう、佐原の八坂神社の御朱印もこちらで頂く事が出来ます。



こちらが、側高神社の御朱印。

      20180219側高神社36


シンプルながら、丁寧であり達筆な墨書き。
ありがたく頂きました。





2018/04/09 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............玉田神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

香取神宮をあとにして、向かった先は.........玉田神社


玉田神社の詳細については不明ですが..................

ネットで調べてみると、
建久年間に千葉介常胤の第五子である国分五郎大膳胤通が
本矢作城の際に良位の鎮として幽境須久井に創建したと言うことです。


利根水郷ライン(国道356号線)を佐原から銚子方面へと南下して行くと
民家の陰に隠れて見づらいですが、左側に鳥居が確認出来ます。

とは言え、香取神宮からこちらに向かう際にナビは全く違う道を案内し、
玉田神社の鎮座する台地(ちょっとした山)の反対側に案内し
裏参道(?)になる林道を5分近く歩く羽目になりました。


正しいアプローチはこちらから。

こちらが、一の鳥居。

      20180219玉田神社02



鳥居の前には、社号標。

      20180219玉田神社01


      
玉田神社は、この一の鳥居からちょっと離れた場所に鎮座しています。
踏切を渡り、大丈夫か?と思うような細い道を走り
やがて二の鳥居が現れ、さらにしばらく進むと玉田神社に辿り着けます。


目の前に現れるのは、社殿の屋根の葺き替え記念の碑。

      20180219玉田神社03


こちらは、
      20180219玉田神社04



おそらく、この鳥居が三の鳥居になるのでしょう。

      20180219玉田神社05



こちらが、社務所。

      20180219玉田神社06


社務所脇に石段があり、社殿へと続きます。

      20180219玉田神社08



石段脇の社号標。

社号標の前に狛犬?
いや、狛犬と言うよりは狐に見える。

      20180219玉田神社07


      
石段を上れば、そこには拝殿が待っています。

      20180219玉田神社09



赤い社殿。

      20180219玉田神社10



拝殿前の狛犬。
やっぱり、犬と言うよりは狐っぽく見える。

      20180219玉田神社14


      20180219玉田神社15




拝殿に掲げられた扁額。

      20180219玉田神社11


      20180219玉田神社12


扁額は3枚掲げられていて、
その1枚には『正一位 稲荷宮』の文字。

      20180219玉田神社13

そう言うことか!

社殿が赤いのも、狛犬が狐に見えたのも
そう言うことだったのね。



      
拝殿前の例のモノ。

      20180219玉田神社16

そうです。
天水桶。


こちらが、本殿。

      20180219玉田神社18


      20180219玉田神社19

確かに赤い本殿は稲荷神社ですね。




力石。

      20180219玉田神社17

この力石は、香取市の指定文化財らしい。


      
社殿脇の碑。

      20180219玉田神社20

碑文は読めないけれど、こちらにも狐がいっぱい。



境内社。

      20180219玉田神社21



とにかく、玉田神社には鳥居が多い。

      20180219玉田神社22


      20180219玉田神社23


この赤い鳥居が並ぶのは、やっぱり稲荷神社ですね。

      20180219玉田神社25





本殿裏手。

      20180219玉田神社24

実は、林道を上って来て、一番最初にこちらから玉田神社に入りました。
      




この記事の冒頭でも少しふれましたが、
ナビは、こちらの裏参道の鳥居を案内しました。

      20180219玉田神社26

流石に、この鳥居の間を通って、
狭い林道を車で上って行く勇気は無く
車を鳥居の前に置いて..................


こんな感じで林道を歩き、玉田神社を目指しました。

      20180219玉田神社27



こちらが、玉田神社の御朱印。

      20180219玉田神社28

たまたま宮司さんが不在で、応対に出ていただいた初老の男性が
墨書きしてくれました。
多分、宮司さんの親族の方なんでしょうね。
『字が下手ですみません。』なんて恐縮されていましたが、
いやいや、なかなか達筆ですよ。

ありがとうごさいました。



近くに『香取神宮』って言う超メジャーな神社が在るから、
訪れる人もほとんど居ないと思われる玉田神社。
逆に俗化していないから、真のパワースポット感が満載で
ちょっぴり気に入っちゃいました


2018/04/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............香取神宮 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

香取市と言ったら、香取神宮でしょ?

何と言っても、下総国の一宮ですからねぇ。
神社の格に付いては以前触れましたが、
中世の社格制度には一宮制度がありました。

一宮は国で一番有力な神社です。
国司が任国に赴任したときに神拝といって任国内の神社を巡拝しなければなりませんでした。
その中でもっとも有力な神社を一宮と呼ぶようになり、一番初めに参拝しました。
国によっては二宮、三宮も存在しました。
ちなみに、下総国ではなぜか二宮が2つ存在します。
(旭市 『玉崎神社』、船橋市 『二宮神社』

明確な規定はなく、神社の盛衰によるため時代によって異なっているようです。
そのためでしょうか? 安房国では、『洲崎神社』と『安房神社』が一宮と言われ、
かつては、『洲宮神社』も安房国の一宮と言われていたようです。

下総国の一宮である香取神宮は、
鹿島神宮、鳥栖神社と合わせて『東国三社』とも呼ばれています。

古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く、
特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、
中世以降は下総国の一宮、
明治以後の社格制では官幣大社に列し、
昭和17年に勅祭社に治定され、今日に至っています。

由緒によれば..............
香取神宮は、御祭神は経津主大神。
初代神武天皇の御代に創建されたと云われています。
経津主大神は、はるか昔 天照大神の命により、
武甕槌大神鹿島神宮の神と共に出雲へ派遣され
見事交渉を成功させることができました。
二神は、大国主神から自らが最も大切としていた広鉾を授かり、
日本の国を 平定して天照大神の元へ復命されたのです。


こちらが、香取神宮の一の鳥居。

      20180219香取神宮01



大きな鳥居です。

      20180219香取神宮02



鳥居脇の社号標も立派。

      20180219香取神宮03



こちらは、香取神宮の門前(神社でも門前と言うのだろうか?)

      20180219香取神宮04

無料の駐車場があり、数件のお土産屋さんが並びます。



お土産屋を横目に、ニの鳥居へと向かいます。


二の鳥居と社号標。

      20180219香取神宮05


      20180219香取神宮06


      20180219香取神宮07


実は、香取神宮の境内は犬連れ禁止。
さすが一宮、格が高い。

      20180219香取神宮50



従って、びいすけ は車の中でもお留守番。

それでは仕切り直して...............

二の鳥居と社号標。

      20180219香取神宮08


      20180219香取神宮09



鳥居脇の『定』

      20180219香取神宮10

どうせなら、この『定』にも犬連れ禁止って謳えばいいのに...............



表参道を社殿目指して歩きます。

      20180219香取神宮11



三の鳥居(で良いのかな?)。

      20180219香取神宮12


鳥居に掲げられた神額。

      20180219香取神宮14



鳥居前の狛犬。

      20180219香取神宮13


      
鳥居の先には総門。

      20180219香取神宮15



総門前の狛犬。

      20180219香取神宮16



総門の飾りと菊の御神紋。

      20180219香取神宮17



総門の先には手水舎。

      20180219香取神宮18

手水舎の前で旧参道と合流。
この先は楼門。



参道には、由緒書きが建てられています。

      20180219香取神宮19



こちらが、楼門。

      20180219香取神宮20

楼門のある神社って、まだまだそんなに出会っていない。
日光の二荒山神社以来か?
まあ、楼門じゃなく随身門って言う神社もあるからねぇ。


楼門の扁額。

      20180219香取神宮21



神を守るとされる随身(随神)。
向かって左側だから矢大臣。

      20180219香取神宮22


向かって右側。
右側なのに左大臣。

      20180219香取神宮23



楼門には、香取神宮の神紋。

      20180219香取神宮24



そして、門の先には拝殿。

      20180219香取神宮25



こちらが、拝殿。

      20180219香取神宮26


さすが、下総国の一宮。
豪華と言うか、華がある。

黒の漆塗りを基調とした社殿です。
私から見たら、立派すぎる社殿。

      20180219香取神宮27


拝殿正面。

      20180219香取神宮28



こちらが、本殿。

      20180219香取神宮29



別アングルから。

      20180219香取神宮30


      20180219香取神宮31


      20180219香取神宮32



拝殿前の例のモノ。

      20180219香取神宮39

そうです。
天水桶。
先日まで名称が分からなくて.....................
名称を知ったから、ついつい自慢したくなる(笑)。



こちらは、祈祷殿(神楽殿)。
実は、香取神宮の旧拝殿です。

      20180219香取神宮33


祈祷殿正面。

      20180219香取神宮34





こちらは、神饌所。

      20180219香取神宮36

神事の際に供える供物を納めておく所です。



こちらが、授与所。

      20180219香取神宮38

御朱印は、こちらでいただくことが出来ます。


境内の隅にはこんなモノも。
以前の授与所なんでしょうか?

      20180219香取神宮35


授与所の前にそびえる御神木。      

      20180219香取神宮40
      20180219香取神宮41


      20180219香取神宮42





社殿周りには、こんなモノもあります。


三本杉。

      20180219香取神宮43

(画像では、分かりづらいのですが.........)

中央に真っ直ぐ、そして両脇に斜めに伸びている二本は、
実は根元でつながった一株の杉だと言うことらしい。
残念ながら三本の内真ん中の杉は枯れてしまっています。


『大和心』と記された石。

      20180219香取神宮44


そして、境内社。


櫻大刀自神社。

      20180219香取神宮45



鹿島神宮。

      20180219香取神宮46


諏訪神社。

      20180219香取神宮47



馬場殿神社。

      20180219香取神宮48


市神社、天降神社。

      20180219香取神宮49






社殿のある境内から、奥宮へと向かいます。

その途中にこんな案内板。
素通りは出来ません。 

      20180219香取神宮51



導かれるように辿り着いたのは、要石。

      20180219香取神宮52



こちらが、要石。

      20180219香取神宮53

地震を鎮めるとされる霊石です。
地震を起こすと考えられた大ナマズを刺すために、
地中深くまで埋められている大きな石の一部が
地上に現れていると伝えられています。


要石の前には、末社の押手神社。

      20180219香取神宮54




要石へは、別なルートでも行くことが出来ます。

      20180219香取神宮55



『要石道』と刻まれた遊歩道を歩いて行きます。

      20180219香取神宮56

この辺りの森(香取神宮の森)は杉の老齢林。
千葉県の指定天然記念物となっています。



この道の先に、『要石』と『奥宮』があるようです。

      20180219香取神宮57



目の前に現れた手水鉢。

      20180219香取神宮58

表面には鹿の角の神紋(?)


さらに、その先には祠。

      20180219香取神宮59

これが『奥宮』かと思ったら違っていました。
どうやら、護国神社のようです。



こちらが、奥宮。

      20180219香取神宮60



手水鉢は、ほとんど使われていない。

      20180219香取神宮61



社殿は高い板塀に囲まれて、中がよく見えない。

      20180219香取神宮62

昭和48年の伊勢神宮遷宮の際の古材を使用して建てられたと言う社殿。
見たかったなぁ。



ちなみに、『奥宮』と刻まれたこの社号標は
平成24年に建立されたモノらしい。

      20180219香取神宮63



奥宮の左側手前には、『天真正伝神道流始祖 飯篠長威斎墓』。

      20180219香取神宮67


      20180219香取神宮64


『飯篠長威斎』は旧飯笹村(現在の多古町)の出身で、
室町時代に形成された権威ある剣術の流儀の始祖とされているそうです。


おそらく、これが墓石でしょう。

      20180219香取神宮65


大きな立派な碑は、碑文が良く読めない。

      20180219香取神宮66


     


ひと通り見て回ったので、結構時間を食っちゃいました。
急いで駐車場へと向かいます。
びいすけ が車の中で待っているからね。


駐車場の手前のお土産屋。
こんな看板を見ちゃうと、ついつい買ってしまいます。

      20180219香取神宮68


『厄除け団子、買ったどぉ〜!』

      20180219香取神宮69



今回、香取神宮の御朱印帳もいただきました。

      20180219香取神宮70

デザインは至ってシンプル。
オリジナルと言いながらも、どこにも香取神宮の表記は無い。
でもビニールカバー付きで、1000円の初穂料は安いと思う。


こちらが、香取神宮の御朱印。

      20180219香取神宮71


朱印がメイン。余分な墨書きは無い。
至ってシンプル。
下総国の一宮だけに、墨書きで社号を書き入れて欲しかった。
それが、私の謙虚な気持ちです。


2018/04/08 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............八坂神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

香取市と言っても、旧・佐原市域に出かけました。
最たる目的は、ひな人形の飾られた佐原の町並みを散策すること。
『さわら雛巡り』で佐原の町並みを散策しながら、
町並みの外れにある八坂神社にやって来ました。


八坂神社の大鳥居前にて。

      20180219八坂神社01



ちょっと大きな石灯籠。

      20180219八坂神社02



境内には記念碑が多い。

      20180219八坂神社03


      20180219八坂神社04



百年祭記念碑。

      20180219八坂神社05



八坂神社の由緒書き。

      20180219八坂神社06



社殿へと続く参道。

      20180219八坂神社07



またまた、何かの石碑。

かなり年季が入っていて、碑文が読みづらい。

      20180219八坂神社08


      20180219八坂神社09


手水舎。

      20180219八坂神社10


手水舎と言ったら...............

やっぱり、龍の吐出口でしょう?

      20180219八坂神社27



こちらが、拝殿。

      20180219八坂神社11


拝殿に掲げられた扁額。

      20180219八坂神社12



別アングルからの拝殿。

      20180219八坂神社13



こちらが、本殿。

      20180219八坂神社14



拝殿前の狛犬。

      20180219八坂神社15



拝殿前の例のモノ。

そうです、天水桶。

      20180219八坂神社16



こちらは、社務所。

      20180219八坂神社17

同じ市内の側高神社の兼務社だから
宮司さんは常時居らっしゃるわけではありません。
従って、この日も社務所は閉まっています。



境内社の水天宮。

      20180219八坂神社18



御神木。

      20180219八坂神社19



隣には山車会館があります。
って言うか、境内(敷地内)に山車会館がある。
山車会館の前に境内社が並びます。

どうやら、こちらは西参道になるのかな?

20180219八坂神社20

      
      20180219八坂神社21


      20180219八坂神社22


      20180219八坂神社23


      20180219八坂神社24



こちらの参道の手水舎。

      20180219八坂神社25



こちらの参道口の鳥居。

      20180219八坂神社26


      

こちらが、八坂神社の御朱印。

      20180219八坂神社28

かなり離れた場所にある側高神社にていただく事が出来ます。





近く(?)には諏訪神社もあるし、
なんと言っても香取神宮も近いから対したことない神社だと思っていたけれど
敷地はさほど広くはないけれど、境内社も多い。
来てみないとその姿はわからない。
でも、この八坂神社も佐原の鎮守なんでしょうね。



2018/04/07 Sat. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............諏訪神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

とは言え、平成18年に佐原市、香取郡小見川町、山田町、栗源町が合併して、
「香取市」が誕生した訳だから、香取市は広い。
今回は、旧・佐原市域を巡ってみました。


大戸城址をあとにして、向かった先は...............諏訪神社



個人的には佐原は香取市と言うより、まだ佐原市って言う感覚が強い。
佐原の町の西側(?)に伊能忠敬の銅像がある公園があります。
その公園(佐原公園)の脇に鎮座しているのが諏訪神社です。
諏訪神社は、佐原の鎮守と言われ、佐原公園の森の一部であるかのように
森の中の鎮守と言う雰囲気もあります。

その歴史は、平安時代の天慶の乱で伊予国の藤原純友を討った功績により
下総大須賀荘(現:成田市伊能)領主に任ぜられた大神惟季は、
領内の守護として信濃国諏訪大社を勧請しました。
その後、天正年間に領内の農民を率い佐原新宿を開発するに際して
守神として勧請したものとされています。
現在の社殿は嘉永6年に造営されたものだそうです。


個人的には佐原は香取市と言うより、まだ佐原市って言う感覚が強い。
佐原の町の西側(?)に伊能忠敬の銅像がある公園があります。
その公園の脇に鎮座しているのが諏訪神社です。


こちらが社号標。

      20180219諏訪神社01



一の鳥居。

      20180219諏訪神社02



こちらが二の鳥居。

      20180219諏訪神社03



二の鳥居の脇の社号標。

      20180219諏訪神社04



二の鳥居の先の参道。

      20180219諏訪神社05



社殿までは長い石段。

      20180219諏訪神社06



頑張って上って行きましょう!

      20180219諏訪神社07


      20180219諏訪神社08



石段の途中にある手水舎。

      20180219諏訪神社09



こちらは、井戸?

      20180219諏訪神社10



社務所兼宮司宅のようです。

      20180219諏訪神社11

御朱印は、こちらで拝領いたしました。


結構長い石段の途中に、多くの境内社が祀られています。

      20180219諏訪神社12


      20180219諏訪神社13


      20180219諏訪神社14


      20180219諏訪神社15



石段を上りきった先は、狛犬がお出迎え。

      20180219諏訪神社16



こちらが、拝殿。

      20180219諏訪神社17



別アングルから。

      20180219諏訪神社18


      20180219諏訪神社21




拝殿正面の彫り物。

      20180219諏訪神社19


      20180219諏訪神社22



拝殿内部。

      20180219諏訪神社20


      

こちらが、本殿。
     
      20180219諏訪神社25


      20180219諏訪神社23


      20180219諏訪神社24



拝殿前の例のモノ。     

      20180219諏訪神社26

そうです。
天水桶。


つい先日まで、何て呼ぶか?
知らなかったんだよなぁ。



こちらは、授与所。

      20180219諏訪神社27

普段は閉まっているようですね。



諏訪神社の由緒書き。

      20180219諏訪神社28



社殿の周りにも境内社が多い。

      20180219諏訪神社29


      20180219諏訪神社30


      20180219諏訪神社31


      20180219諏訪神社32


      20180219諏訪神社33


      20180219諏訪神社34


      20180219諏訪神社35




こちらが、諏訪神社の御朱印。

      20180219諏訪神社36



社殿は小高い台地に在るから
まさに佐原の町を見下ろすと言うか、
見守っているかのように見える佐原の鎮守さま。

それが諏訪神社なんですね。




2018/04/06 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大戸城址 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

大戸神社をあとにして、向かった先は...............大戸城址。


大戸神社に大戸城址。
いずれも旧・大戸村域にあります。
大戸神社から距離にして400ほど離れた、
旧・佐原市立第五中学校跡地の
道を挟んだ向かいの台地の上奥に大戸城址は在りました。



大戸城は、国分氏の祖である国分胤通の四男・大戸四郎大夫親胤が城主であったと言われています。
大戸親胤は大戸六ヶ郷の領主となっていたようです。

千葉家中興の祖ともいえる下総国主・千葉宗家で千葉氏五代当主の千葉介常胤。
その千葉介常胤の五男であるのが国分胤通。
国分胤通は、頼朝に随って平家との戦いにも従軍しました。

その国分胤通の四男である大戸四郎大夫親胤が
利根川沿いの香取郡大戸庄内の「大戸郷(香取市大戸)」を領していました。


また、別説ですが.................
天正年間には、やはり千葉一族である大須賀氏の城だったという説もあるようです。



こちらが、大戸城の縄張り図。

      大戸城址縄張り図

( 余胡さんのHPよりお借りしました。)



こちらが、大戸城址への入り口。

      20180219大戸城址01

この奥の森が大戸城址になります。


森の中に入ってすぐにある土塁。

      20180219大戸城址02


      20180219大戸城址03



しばらく歩くと、現れる土壇。

      20180219大戸城址04



この土壇には、小さな祠が建てられています。

      20180219大戸城址05



かつては、ほこらの脇に大きな五輪塔がありましたが
東日本大震災の影響か?
倒壊して草に埋もれています。

      20180219大戸城址06



この祠の建つ土壇は、かつての櫓台だったのかもしれない。

      20180219大戸城址07



尾根沿いに展開している大戸城址。

      20180219大戸城址08


      20180219大戸城址09



周りに木々のある台地が、いつしか竹林の台地へと変貌していきます。

      20180219大戸城址10


      20180219大戸城址11



明らかに人の手が加えられた跡が見える横堀。

      20180219大戸城址12


逆アングルから。

      20180219大戸城址20

さらに先へと進みます。

      20180219大戸城址13


      20180219大戸城址14


竹藪の竹を交わしながら、台地先端部を目指します。

      20180219大戸城址15



台地先端部からの眺め。

      20180219大戸城址16

視界の先は坂東太郎(利根川)。



台地先端部から、戻り始めると視界の先に何かある。

      20180219大戸城址17


どうやら四阿のようです。

      20180219大戸城址18


建設が整備途中で頓挫した公園かと思っていたら
どうやら違うみたい。
四阿へは、すぐ下の民家から上って来れる道がある。
どうやら、城址のある台地(山林)の所有者(地権者、管理者)が
麓に住まれているのでしょう。

      20180219大戸城址19

使われている感が強い四阿です。




      
竹藪の竹を交わしながら戻りましょう。

      20180219大戸城址21


      20180219大戸城址22


竹藪を抜け、登城路に戻ります。
これと言った見所は余り無く、
ちょっぴり面白味に欠ける大戸城址。

まあ、 びいすけ との森の中の散歩と思えば良い。
超マイナーな城址って、こんなモノなんだろうなぁ。






2018/04/06 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............大戸神社 (2018年2月19日)(千葉県香取市) 

2月19日

この日は、香取市に出かけました。

香取市と言っても、今回は旧・佐原市域を中心に巡ってみました。


この日、一番最初に向かったのは...............大戸神社


大戸神社は、景行天皇40年日本武尊東征時に勧請されたのが始まりと伝えられ、
天手力雄命を祀り、江戸時代までは香取神宮の第一末社であったが、
明治6年(1873)独立した神社として県社に列せられました。
五穀豊穣・家内守護・交通安全守護・商業繁栄の祖神として広く信仰されているそうです。


こちらが社号標。

      20180219大戸神社01

旧県社と記されている。
と言うことは、それなりに格式の高い神社のようです。


あまり、個人的には神社に格と言うものを付けたくはないのですが
格式を好むのが日本人。
格式に拘るのが日本人。

従って、古来から神社にも格式が在ったようです。
その代表格が『延喜式』。
延喜式とは、平安時代にどのような社格が定められていたかと史料で
「延喜式」があります。
朝廷から幣帛(神への捧げ物)が奉献される神社を「官社」と言いますが、
延喜式にはその官社のリストが掲載されています。
延喜式に掲載されている神社の数は、2861社。
これらの神社は「式内社」とも呼ばれ、格式の高い神社とされてきました。
ちなみに、延喜式に掲載されていない神社は「式外社」と呼ばれていました。

延喜式とは別な神社の区分けとして、明治時代には近代社格制度が整えられました。
神社は官社と民社(または諸社という)に分けられ、神祇官の管轄である官社は
更に官幣、国幣、別格官幣社(官幣の小社と同待遇)に分類されました。

地方官の管轄である民社は府・藩・県社と
郷社、村社、無格社に分類されました。


さらには、別な格付けで一宮制度と言うものがあります。
一宮とは、平安後期から中世にかけて行われた社格で、
その国(令制国/律令国)で一番の神社のことです。
一宮制度が始まった経緯や目的などは記録史料が存在しない為、
謎が多い制度でもあるようです。


こちらの大戸神社は、旧・県社と言うことなので
一応、それなりの格式を持った神社と言うことになるようです。


大戸神社の大鳥居。

      20180219大戸神社02



大鳥居の前には由緒書き。

      20180219大戸神社03



それなりの時代を感じる石灯籠。

      20180219大戸神社04



こちらは、手水舎。

      20180219大戸神社05



香取市教育委員会設置の説明板によれば
大戸神社の和鏡は、千葉県の指定文化財らしい。

      20180219大戸神社06



拝殿に続く参道。

      20180219大戸神社07


こちらが、拝殿。

      20180219大戸神社08


      20180219大戸神社09

   

拝殿内部。

      20180219大戸神社10



拝殿正面の飾り。

      20180219大戸神社11



別アングルからの拝殿。

      20180219大戸神社12


      20180219大戸神社32



こちらが、本殿。

      20180219大戸神社13


      20180219大戸神社14



拝殿前の狛犬。

      20180219大戸神社15



拝殿前のコレ↓

      20180219大戸神社16

ずぅ〜っと名前がわからなかったやつ。
『天水桶』って言うらしい。



またまた、香取市教育委員会設置の説明板。

      20180219大戸神社17

大戸神社には、2つの千葉県指定の文化財の面があるとの事です。



昭和36年に建立された大戸神社改築記念碑。

      20180219大戸神社18



こちらは、神輿奉安殿。

      20180219大戸神社19



中には神輿が置かれています。

      20180219大戸神社20



こちらは、氏子会館。

      20180219大戸神社21

この氏子会館を見ただけでも、地元の氏子さんたちの
大戸神社に対する気持ちの強さが分かります。
一説によれば、氏子は3000戸以上だと言うことらしい。



こちらは、宝物殿。

      20180219大戸神社22



境内社。

      20180219大戸神社23


      20180219大戸神社24


      20180219大戸神社25


      20180219大戸神社26



本殿脇からも境内への出入り口があり、さしずめ裏参道?
小さいながらも手水舎もありました。

      20180219大戸神社31



夫婦杉。

      20180219大戸神社27
          20180219大戸神社28

二本の大杉の根元がつながっています。




スダジイの古木。

      20180219大戸神社29
      20180219大戸神社30



これらの、巨木・古木が大戸神社の歴史を物語っているんだろうなぁ。      



こちらが、御朱印。

      20180219大戸神社34

実は、朝一で参拝した時、宮司さんは外出していて不在。
不在時の連絡先が拝殿に貼られていたので、連絡を取り
16時過ぎに再び訪れることになりました。

宮司さんの話だと、近年の御朱印ブームの影響で
最近は御朱印を拝領される方の訪問が増えたそうです。
関西から数名のグループでやって来る『御朱印おばちゃん』が多いそうです。
御朱印ガールって聞いたことはあるけれど、
御朱印おばちゃんって、思わず笑っちゃいました。






2018/04/05 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit