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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの通勤・途中下車.........月詣 菊田神社    (2019年9月13日)(千葉県習志野市) 

9月13日

この日は、遅番勤務。
13時10分の出勤だから、出勤途中に寄り道しちゃいましょう。

という事で、京成津田沼駅で乗り換えついでに途中下車。
京成津田沼駅近くの菊田神社へと向かいます。


社号標。

      20190913菊田神社01



神社社頭。

      20190913菊田神社02



参道の狛犬。

      20190913菊田神社03



狛犬と拝殿。

      20190913菊田神社04



こちらが拝殿。

      20190913菊田神社05



拝殿向拝。

      20190913菊田神社06



いつ見ても、立派な彫刻です。

      20190913菊田神社07


      20190913菊田神社08



この日は、平日。
いつもより境内は空いている。

      20190913菊田神社09



それでも朝から35人の御朱印待ちになるのか?

      20190913菊田神社10



こちらが、この日頂いた御朱印。


9月15日までの 『菊まいり』。

      20190913菊田神社11



こちらは、9月限定の月替わりの御朱印。

      20190913菊田神社12


月詣の菊田神社。
今月も無事、参拝出来ました。





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2019/10/14 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

山田貴船神社 (2019年9月4日)(千葉県東金市) 

9月4日

この日は、東金市に鎮座する松之郷 八坂神社に参拝し
そのついでに、幾つかの兼務社を廻ってみました。


大網白里市の宮谷 八幡神社をあとにして、向かった先は..............山田 貴船神社。


山田 貴船神社は、東金市山田に鎮座する神社です。

文治2年(1186年)、西行法師が東遊の際、山部赤人、小野小町の遺跡を訪ねようと、
この山田村に来た時、村名が彼の郷里と同名であったことに心を動かし、
奉持してきた山城国愛宕郡鞍馬の貴舩大明神の分霊を、
村内の坂東谷(ばんどうさく、墨染桜の所在地)に奉祀したのが起源とされています。
その後、文明元年(1469年)、現在の地に遷し、
土気郷大椎城主千葉氏の鬼門鎮護の神として崇敬を集めました。


御祭神は、闇龗神(くらおかみのかみ)  玉依姫命(たまよりひめのみこと)



参道口。

      20190904山田貴船神社01



参道。

      20190904山田貴船神社02



一の鳥居。

      20190904山田貴船神社03



鳥居に掲げられた神額。

      20190904山田貴船神社04



二の鳥居。

      20190904山田貴船神社05



さらに参道を進みます。

      20190904山田貴船神社06



手水舎。

      20190904山田貴船神社07



参道の狛犬。

      20190904山田貴船神社08


      20190904山田貴船神社09



由緒書き。

      20190904山田貴船神社10



こちらが、拝殿。

      20190904山田貴船神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190904山田貴船神社12



別アングルからの拝殿。

      20190904山田貴船神社13



そして、こちらが本殿。

      20190904山田貴船神社15



拝殿前の狛犬。

      20190904山田貴船神社16


      20190904山田貴船神社17



『お的神事』の碑

      20190904山田貴船神社18


毎年1月4日に行われるお的神事。
古来、山田村を中心とする遠郷近在の農、山、漁民の信仰深い民俗行事で、
その起源は慶安四年(1651年)と言われ、「歩射」により、その年の豊作の豊凶を占うもので、
当時制定された諸規約に則り、氏子総体で役割を分担し、これを忠実に伝承し今日に及んでいます。
特に七献の盃、謡、お的を射る等の儀は最も重要視され、格調高く執行され、
神人一如の古い信仰の姿を具現する貴重な民俗文化財とされています。




境内社。
疣を取り去る疣神様。

      20190904山田貴船神社19


同じく境内社。

      20190904山田貴船神社20



こちらが社務所ですが、やはり閉ざされています。

      20190904山田貴船神社14


どうやら、普段から無人の神社ですが、
こちらの神社も雰囲気の良い神社でした。



2019/10/10 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

宮谷八幡神社 (2019年9月4日)(千葉県大網白里市) 

9月4日

この日は、東金市へ出かけました。
以前から気になっていた松之郷 八坂神社を参拝し
そのあとは、松之郷 八坂神社の宮司さんが兼務する神社を廻る事にしました。


求名 熊野神社をあとにして、向かった先は............宮谷 八幡神社。


宮谷 八幡神社は、大網白里市大網に鎮座する神社です。


長享二年(1488年)土気城主・酒井定隆が土気城を再建した時に、、
城の鬼門除けとして長峰から今の所に移したもので、
永禄四年(1561年)坂井家四代城主・酒井胤治の命により、
大網城主・板倉長門守が再建したとされています。

御祭神は、誉田別命(応神天皇)。


中央本社の祭神は、誉田別命(応神天皇)。向かって左の小社は春日大明神、右の小社は天照大神である。県文化財調査員海老名雄二氏の所見によると、柱や蛙股などに永禄の部分が残されているが、主として享保(一七一六年~一七三六年)の頃の再建と見るべきであろうという。風雪にさらされて老朽甚だしく、昭和五十八年に大改修が行われた。小社は部分改修であるが、本社は一部古材を活かし原型に忠実に復元された。


社号標。

      20190904宮谷八幡神社01


神社社頭。
一の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社02



一の鳥居脇の説明板。

      20190904宮谷八幡神社03

どうやら、宮谷 八幡神社の本殿は、大網白里市の文化財に指定されているようです。


二の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社04


手水舎。

      20190904宮谷八幡神社05



その先は細い参道。

      20190904宮谷八幡神社06



そして、石段。

      20190904宮谷八幡神社07



意外に長い石段。

      20190904宮谷八幡神社08



軽快に駆け上がる びいすけ 。

      20190904宮谷八幡神社09



こちらは、ついて行くのが精一杯。
『遅い!』と言わんばかりの びいすけ 。

      20190904宮谷八幡神社10

今日は、元気が溢れている。


石段を上った先には、拝殿。

      20190904宮谷八幡神社11



ここにも手水舎がありました。

      20190904宮谷八幡神社12



拝殿正面。

      20190904宮谷八幡神社13



拝殿前に鎮座する狛犬。

      20190904宮谷八幡神社14


      20190904宮谷八幡神社15



別アングルからの拝殿。

      20190904宮谷八幡神社16


      20190904宮谷八幡神社17



そして、こちらが本殿。

      20190904宮谷八幡神社19



拝殿前の由緒書き。

      20190904宮谷八幡神社25



拝殿左側(方角で言うと南側になるのか?)の参道口の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社20



その鳥居に掲げられた神額。

      20190904宮谷八幡神社21




本殿の両脇に境内社が並ぶ、宮谷 八幡神社。

向かって右側の天照大神。

      20190904宮谷八幡神社22


      20190904宮谷八幡神社23


      20190904宮谷八幡神社24



向かって左側は、春日大明神。

      20190904宮谷八幡神社18


      20190904宮谷八幡神社26



拝殿脇から南側を眺めると、南参道口(?)の鳥居の先に
大網白里市の街並みが見える。

      20190904宮谷八幡神社27



社務所は、参道入口にありますが、閉められています。
平素は無人の神社のようです。

      20190904宮谷八幡神社28

ひょっとしたら宮司さんがいらっしゃるか?
そんな期待もハジけてしまいましたが
宮司さんが居ようが居まいが、そんなことは関係ないと思えるほど
この神社には不思議なパワーを感じました。
これぞ、パワースポットなんですね。


改めて、そんな事を感じました。





2019/10/09 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

求名熊野神社 (2019年9月4日)(千葉県東金市) 

9月4日

この日は、東金市の神社を廻ります。

松之郷 八坂神社をあとにして、向かった先は...............求名 熊野神社。


求名(ぐみょう) 熊野神社は、東金市求名に鎮座する神社です。

詳しい由緒は不明ですが、建立が徳川時代の元文四年(1739年)であったことが
古文書に示されているそうです。

御祭神は、伊弉那美尊、速玉之男命、素盞嗚尊


田圃の中に鎮座する神社で、ウチのクルマのナビはお馬鹿さん。
国道126号から、田圃の畦道を行けと言う。
流石に無理でしょ?

ナビの指示を思い切り無視して、方角だけを頼りに
知らない道をあっちに行ったり、こっちに行ったり........

何とか求名 熊野神社に辿り着けました。
神社手前に2台位は車を停められるスペースがあります。

      20190904求名熊野神社01


神社社頭。

      20190904求名熊野神社02



50mほどの参道。

      20190904求名熊野神社03



手水舎。

      20190904求名熊野神社04



こちらが拝殿。

      20190904求名熊野神社05


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190904求名熊野神社06



別アングルからの拝殿。

      20190904求名熊野神社07


      20190904求名熊野神社08


近年、境内の木々をかなり伐採したのでしょう。
裁断された丸太が多く転がっていました。

こちらは御神木でしょうか?

      20190904求名熊野神社09
      20190904求名熊野神社10


社務所などの建物は無く、本当にこの地区の氏神神社なんでしょうね。
ひょっとしたら、この日は宮司さんが居るかな? なんて思ったけど、
やっぱり無人の神社でした。




2019/10/08 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

松之郷八坂神社 (2019年9月4日)(千葉県東金市) 

9月4日

富里市から東金市へと移動してこの日、
前から気になっていた東金市の神社に立ち寄ってみました。

向かった先は...............松之郷 八坂神社。


松之郷 八坂神社は、東金市松之郷に鎮座する神社です。


伏見天皇の御代の正応2年(1289年)に、
久我台(現在の県立東金商業高等学校校地)の城主、北條武蔵守平久時が
居城鬼門鎮護のため、京都下京区祇園町に鎮座する、官幣大社 『八坂神社』の祭神である
素戔嗚尊の分身を請い、この地に奉祀されたとされています。


御祭神は、健速須佐之男命(素盞嗚尊)。


実は、九十九里方面や山武市方面に行く遊びに行った帰り
この八坂神社の前を何度か通った事があり、
パッと通り過ぎるだけだから、良くは見ていなかったけれど
立派に見える(失礼な表現ですみません。)神社が在った事を覚えていました。



こちらが社号標。

      20190904松之郷八坂神社01



神社社頭。

      20190904松之郷八坂神社02



八坂神社の説明板。

      20190904松之郷八坂神社03


      20190904松之郷八坂神社04



参道。

      20190904松之郷八坂神社05



拝殿。

      20190904松之郷八坂神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190904松之郷八坂神社07



拝殿の背後には本殿。

      20190904松之郷八坂神社-8



本殿正面。

      20190904松之郷八坂神社09


      20190904松之郷八坂神社12


      20190904松之郷八坂神社10



本殿前の天水桶。

      20190904松之郷八坂神社13



手水舎。

      20190904松之郷八坂神社14



境内社。

      20190904松之郷八坂神社15


      20190904松之郷八坂神社16



社務所。

      20190904松之郷八坂神社17

この日は閉ざされている。
普段から無人なんだろうか?



八坂神社の社業。
杉の巨木は御神木。

          20190904松之郷八坂神社18
      20190904松之郷八坂神社19



境内には立派な杉の巨木が多い。

        20190904松之郷八坂神社20
      20190904松之郷八坂神社21


以前、こちらの宮司さんと電話で話す機会があり
その時に御朱印を頂ける神社だと聞いた。
30近くの兼務社を抱え、お忙しいとの事をでした。

この日は不在でお会い出来ませんでしたが
他に3ヶ所の兼務社で御朱印を頂が出来るそうです。

せっかくだから、その3社も廻ってみましょう。








2019/10/08 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣 《 富里香取神社 》 (2019年9月4日)(千葉県富里市) 

9月4日

昨年の秋から続けている富里香取神社の月詣。


今月もお参りに行って来ました。

      20190904冨里香取神社01


鳥居。

      20190904冨里香取神社02


鳥居脇のいつもの看板。

      20190904冨里香取神社03



参道と狛犬。

      20190904冨里香取神社04


そして、拝殿。

      20190904冨里香取神社05


      20190904冨里香取神社07



境内には、『あきもうで』の幟。

      20190904冨里香取神社06

暑い日が続くけど、暦の上では、もう秋。


神社向かいの御神田の稲穂の頭も垂れてきた。

      20190904冨里香取神社08


収穫も近いのでしょう。

      20190904冨里香取神社09



こちらが、月替りの御朱印。

      20190904冨里香取神社10

こちらにも稲穂が実っていました。




2019/10/06 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 大原神社    (2019年8月9日)(千葉県習志野市) 

8月9日

この日も遅番。

13時10分からの勤務だから、朝はいつもよりゆっくりして
それでも、1時間ほどの余裕を持って自宅を出ます。
かと言って真っ直ぐに職場に向かうわけではなく
今日もちょっぴり道草。
京成実籾駅で途中下車して、5月からの恒例である大原神社への月詣です。



大原神社の社頭。

      20190809大原神社01


鳥居に掲げられた神額。

      20190809大原神社02




拝殿へと続く参道。

      20190809大原神社03



参道の狛犬。

      20190809大原神社04


      20190809大原神社05



そして、拝殿。

      20190809大原神社06

この日もしっかりお参りしました、


この日も平日だと言うのに、御朱印を求めて訪れる人が多い。


今月も数種類の御朱印が拝受する事が出来るようです。

      20190809大原神社07


      20190809大原神社08



朝から24番目のようです、

      20190809大原神社09



しかし、人気かあるのか?
一人で二冊、三冊と御朱印帳を差し出す人もいる。

それって、誰かの代理?

結局、この日は御朱印待ちに45分。
信じられない?


この日頂いた御朱印は、こちら。


8月の月替わりの御朱印。

      20190809大原神社10



そして、『夏詣り』の御朱印(直書き、見開き版)。

      20190809大原神社11


しかし、平日なのに御朱印待ちで45分って
ちょっぴり異常だと思うんだけでなぁ。




2019/09/07 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 菊田神社    (2019年8月5日)(千葉県習志野市) 

8月5日

この日は遅番勤務。

13時10分からの勤務だから、朝はいつもよりゆっくりして
それでも、1時間ほどの余裕を持って自宅を出ます。
かと言って真っ直ぐに職場に向かうわけではなく
京成津田沼駅で途中下車。
5月からの恒例、菊田神社への月詣です。




社号標

      20190805菊田神社01



神社社頭の鳥居。

      20190805菊田神社02




拝殿へと続く参道。

      20190805菊田神社03



参道と狛犬。

      20190805菊田神社04


      20190805菊田神社05




手水舎。

      20190805菊田神社07



定番の龍の吐出口。

      20190805菊田神社08



拝殿。

      20190805菊田神社09


      20190805菊田神社10



別アングルから。

      20190805菊田神社11


      20190805菊田神社12



この日もしっかりと参拝いたしました。


授与所で御朱印をお願いします。
この日は、平日で空いていた。

      20190805菊田神社13

それでも、朝から32番目のようです。
人気があるんですね。


こちらが、御朱印。

      20190805菊田神社14

8月限定版。


涼しげな御朱印。
そして、季節感溢れる一句。

なかなかのモノですね。
ちょっぴり気に入りました。







2019/09/06 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.............本埜第二小学校 (2019年8月2日)(千葉県印西市) 

8月2日

この日は、富里市から印西市へと移動。
印西市には、今年の春に3校の小学校が廃校になりました。
その中の1校である、本埜第二小学校に行ってみました。

印西市立本埜第二小学校は、

明治6年      将監新田の密蔵院を仮校舎に定め、将監小学校が創立。

明治24年     埜原村松木新田20番地に校舎を新築。
村立埜原尋常小学校と改称する。
大正2年      埜原村と本郷村が合併し、本埜村発足。
本埜村立本埜尋常小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により、本埜村立本埜第二小学校と改称する、

平成22年     本埜村、印旛村、印西市が合併し、新たな印西市となる。
           印西市立本埜第二小学校と改称する。
平成31年     本埜第一小学校と統合して新たに本埜小学校が開校する。
           (校地は本埜第一小学校を流用。)
           本埜第二小学校は、廃校となる。

と、このような沿革となっています。




こちらが、本埜第二小学校の正門。

      20190802本埜第二小学校01



門柱には表札。

      20190802本埜第二小学校02


正門の先には掲示板。

      20190802本埜第二小学校36





正門脇。
校舎側面〜裏側より。

      20190802本埜第二小学校03



こちらが、正門脇。
校舎側面〜正面側。

      20190802本埜第二小学校04



校舎。

      20190802本埜第二小学校05



別アングルからの校舎。

      20190802本埜第二小学校07

なぜか、草の上で戯れる びいすけ 。



さらに別アングルから。

      20190802本埜第二小学校08


      20190802本埜第二小学校09



やっぱり、こちらでも戯れる びいすけ 。

      20190802本埜第二小学校10



よっぽど気持ちが良いんだろうか?

      20190802本埜第二小学校11



校舎の玄関はモダン的なデザイン。

      20190802本埜第二小学校12


校舎に掲げられた文言。

      20190802本埜第二小学校13

子供たは、輝いていたのだろうか?




そして、こちらが体育館。

      20190802本埜第二小学校06


      20190802本埜第二小学校33



体育館と校舎の間には、国旗掲揚ポール。

      20190802本埜第二小学校34


正門脇のシンボルツリー。

      20190802本埜第二小学校14
      20190802本埜第二小学校15
      20190802本埜第二小学校16

よく見ると、その根元には碑などが建ち並ぶ。



沿革の碑。

      20190802本埜第二小学校17



古いせいもあってか?
裏面の碑文は良く見えない。

      20190802本埜第二小学校20




こちらは、二宮像。

      20190802本埜第二小学校18


      20190802本埜第二小学校19



こちらが、校歌の碑。

      20190802本埜第二小学校21


校庭の隅には、従軍記念碑。

      20190802本埜第二小学校22

この地からも多くの人が戦地に赴いたようです。

この地にこの碑が在ると言う事は、
この学校が、古くから地域のランドマーク的な存在だったのでしょう。



歴代の正門脇門柱が並べられていました。

      20190802本埜第二小学校24


その説明が記された碑。

      20190802本埜第二小学校23


      

校庭。

      20190802本埜第二小学校25

時期的に雑草だけど緑に覆われています。


その草の上を闊歩する びいすけ 。

      20190802本埜第二小学校26



校庭に残る遊具類。

      20190802本埜第二小学校27


      20190802本埜第二小学校28


      20190802本埜第二小学校29


      20190802本埜第二小学校30



朝礼台。

      20190802本埜第二小学校31



百葉箱。

      20190802本埜第二小学校32



そして、この地にもありました。

      20190802本埜第二小学校35

体育館脇の校庭の隅。
ひっそりと置かれた防災倉庫。


この倉庫を使用するような災害が起きませんように.........
そっと祈って今日は帰りましょう。




2019/09/05 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣 富里香取神社 (2019年8月2日)(千葉県富里市) 

8月2日

昨年の秋あたりから、毎月月詣に出かけている富里香取神社。
8月になったので、今月も月詣に出かけました。

まあ、月詣と言っても、特にお祓いをしてもらったり
祈祷をしてもらうわけじゃなく、
ただ拝殿を参拝するだけなんですけどね。


石造りの社号標があるわけでもないから
この看板の前で、ハイポーズ。(パチリ☆)

      20190802富里香取神社01


新しい幟?

      20190802富里香取神社02

富里市はスイカマラソンで有名。
富里マラソン完走祈願もアリですね。



鳥居前にて。

      20190802富里香取神社03


いつもの看板の前にて。

      20190802富里香取神社05


      20190802富里香取神社06




狛犬と拝殿。

      20190802富里香取神社04




参道と拝殿。

      20190802富里香取神社07


拝殿。

      20190802富里香取神社08



この時期は夏詣。

      20190802富里香取神社09

初詣だけが参拝じゃない。
コレもアリでしょう。

今月もしっかりとお参りいたしました。


こちらが、月替わりの御朱印。

       20190802富里香取神社10

やっぱり、夏と言ったら『スイカ』。
ここは、富里ですからね。


今月はどんなデザインか?
期待に胸を膨らませ、アレコレ推測する。
コレも楽しみの一つとなっています。







2019/09/05 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 大原神社    (2019年7月21日)(千葉県習志野市) 

7月21日

この日も遅番。2日続けての遅番になります。

13時10分からの勤務だから、朝はいつもよりゆっくりして
それでも、1時間ほどの余裕を持って自宅を出ます。
かと言って真っ直ぐに職場に向かうわけではなく
昨日と同じようにちょっぴり道草。
京成実籾駅で途中下車して、5月からの恒例である大原神社への月詣です。



大原神社社頭。

      20190721大原神社01



鳥居前の狛犬。

      20190721大原神社02


      20190721大原神社03



参道。

      20190721大原神社04
  


参道の狛犬。   

      20190721大原神社05


      20190721大原神社06



こちらが、拝殿。

      20190721大原神社07

しっかりと参拝いたしました。


カラフルで繊細な御朱印で脚光を浴び、人気の大原神社。
月替わり、季節替りと御朱印の種類は豊富。
この日は、これだけの種類の御朱印が用意されているようです。

      20190721大原神社08



この日は日曜日。
参拝者(御朱印の拝受者)が多いためか?
授与所が参集殿の特設場で拝受されています。

      20190721大原神社09



結婚式場としても利用される参集殿(大宮会館)。

      20190721大原神社10

ちょっと敷居が高い気がするのは私だけ?



参集殿には既に10人ほどが順番待ち。
急いで御朱印帳を渡し、順番待ちに加わります。

      20190721大原神社11

待つこと約20分。
無事、御朱印も拝受出来ました。


こちらが大原神社の御朱印。

月替わり、7月の限定御朱印。

      20190721大原神社12



こちらも期間限定。
墨書きの見開き版 『 笹願い 』。

      20190721大原神社13



こちらも期間限定の見開きの書置き版 『 涼の見開き 』。

      20190721大原神社14


たしかに、どれも繊細な御朱印。
女性に人気のある御朱印だと、改めて認識しました。





2019/09/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 菊田神社    (2019年7月20日)(千葉県習志野市) 

7月20日 菊田神社

この日は遅番勤務。

13時10分からの勤務だから、朝はいつもよりゆっくりして
それでも、1時間ほどの余裕を持って自宅を出ます。
かと言って真っ直ぐに職場に向かうわけではなく
京成津田沼駅で途中下車。
5月からの恒例、菊田神社への月詣です。



社号標。

      20190720菊田神社01



神社社頭の鳥居。

      20190720菊田神社02



参道と狛犬。

      20190720菊田神社03


      20190720菊田神社04




拝殿。

      20190720菊田神社05



拝殿正面の向拝の彫刻。

      20190720菊田神社06



拝殿前には七夕の笹。

      20190720菊田神社07


      20190720菊田神社08

一応、七夕は7月7日だけど、今月いっぱいは飾っていても良いのかな?



参拝を済ませて、御朱印を授与します。
土曜日だけど受付は朝から39番目。
ちょうど人の切れ目だったのか?
受付した時は2〜3人しか待っている人は居なかった。

      20190720菊田神社09


待っている間に、何処から湧いてきたのか?
あれよ、あれよと、いつの間にか人が増えてきた。

      20190720菊田神社10

やっぱり、御朱印の人気のある神社です。



と言う事で、頂いた御朱印はこちら。

      20190720菊田神社11

7月限定の御朱印。

ちょっぴりお洒落な御朱印です。






2019/09/02 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............................瑞沢小学校 (2019年7月11日)(千葉県長生郡睦沢町) 

7月11日 瑞沢小学校

この日は、いすみ市の廃校巡りの後、足を伸ばして睦沢町へ。

平成30年に廃校になった睦沢町立瑞沢小学校を訪ねてみました。


瑞沢小学校の詳しい沿革ネットで調べてもよく分かりません。

この辺りは、その昔(明治22年〜)瑞沢村と称していたことから、
(土睦村と瑞沢村が合併して睦沢村が誕生しています)
明治初期に創設された学校ではないかと推測されます。

平成30年に土睦小学校と統合し、新たに睦沢小学校が誕生し
瑞沢小学校は廃校となりました。

最近は、統合校などのHPにも沿革が載らないことが多い。
母校の歴史が気にならないのかなぁ?




こちらが瑞沢小学校正門。

      20190711瑞沢小学校01


コンクリートの塀には、校名の表札。

      20190711瑞沢小学校02


      20190711瑞沢小学校03



こちらが、校舎。

      20190711瑞沢小学校06




校舎正面。

      20190711瑞沢小学校04



正面玄関の庇には校章。

      20190711瑞沢小学校05



校舎のななめまえ、駐車場の一画に
記念碑等がまとめられていました。

      20190711瑞沢小学校07



二宮像。

      20190711瑞沢小学校08


      20190711瑞沢小学校09



校歌の碑。

      20190711瑞沢小学校10



瑞沢小学校跡碑。

      20190711瑞沢小学校11



そして、児童たちの作品。

      20190711瑞沢小学校12


      20190711瑞沢小学校13

この一画に、瑞沢小学校が凝縮されています。



スロープを挟んだ反対側には忠魂碑。

      20190711瑞沢小学校14

やっぱり、歴史のある学校だったようです。




別アングルからの校舎。

      20190711瑞沢小学校15


      20190711瑞沢小学校16


      20190711瑞沢小学校17


      20190711瑞沢小学校18


      20190711瑞沢小学校19



こちらが体育館。

      20190711瑞沢小学校20



そして、校庭。

      20190711瑞沢小学校21


      20190711瑞沢小学校22


      20190711瑞沢小学校23



校庭の片隅には、朝礼台。

      20190711瑞沢小学校24


オブジェ。

      20190711瑞沢小学校25



遊具類。

      20190711瑞沢小学校26


      20190711瑞沢小学校27


      20190711瑞沢小学校28



後で判ったのですが...............

この日は7月11日。
実は、この瑞沢小学校跡地を睦沢町が賃貸先を公募していて
地域の未活用不動産を活かし国内に13の宿泊施設を運営している会社と
平成30年4月1日から平成45年3月31日までの15年間の賃貸契約を結んだそうです。

そして、『kitみずさわ』と言う学校教室をいかした客室や
多くの懐かしい雰囲気を持つ多目的室、体育館、グラウンドを利用する合宿宿泊施設へとなり、
令和元年7月13日にオープンするという事でした。

でも、オープン2日前だけど、そんな雰囲気は無かったなぁ...................。







2019/09/01 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅に立ち寄ろう   《 道の駅 つどいの郷むつざわ 》 

7月11日

数年前から、道の駅のスタンプと道の駅の切符も集めるようになり
可能な限り、道の駅に立ち寄るようにしています

この日、いすみ市の廃校を巡り、睦沢町の廃校へ移動途中、
睦沢町にある道の駅に立ち寄ってみました。

立ち寄った先は、こちら。

      20190711つどいの郷01


      20190711つどいの郷02



『道の駅 つどいの郷むつざわ』 です。

      20190711つどいの郷03



千葉県下の道の駅としては小振りな建物。

      20190711つどいの郷04


建物正面入り口。

      20190711つどいの郷05



道の駅のスタンプは、入り口から入ってすぐの場所に置いてありました。

      20190711つどいの郷06



入り口の手前左側が情報スペース。

      20190711つどいの郷07

テーブルも準備されている。


パンフレット類も用意されている。

      20190711つどいの郷08



こちらは物販コーナー。


特産物の米?

      20190711つどいの郷09



農産物も置かれているけれど、長梅雨、梅雨冷えの影響か?
野菜の数、種類が少ない。

      20190711つどいの郷10


      20190711つどいの郷11



こちらが、道の駅の切符。

      20190711つどいの郷14


      20190711つどいの郷15

切符の情報だと、こちらの道の駅では、メダカの販売をしているのか?

そう言えば、駐車場を挟んだ向かいにガラス張りの温室みたいなこと施設が在った。
てっきり観葉植物の販売所だと思って入らなかったけれど、
そこがメダカのはんbしじょだったのだろうか?



こちらは、非売品の道の駅の切符。

      20190711つどいの郷12


      20190711つどいの郷13

正規の切符を購入したら、非売品の切符を貰っちゃいました。

どうやら、現在県道を挟んだ向かい側に新たな道の駅を工事中。
9月に、新規オープンされるようです。

メダカの販売所も一緒に移転するのかな?



そして、こちらが道の駅のスタンプ。

      20190711つどいの郷16



9月に新しく隣接地にオープンする 『道の駅 つどいの郷むつざわ』。
オープンしたら、また立ち寄ってみよう。


2019/09/01 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............................千町小学校 (2019年7月11日)(千葉県いすみ市) 

7月11日

この日は、いすみ市に出かけました。

今年の春、いすみ市の千町小学校が廃校になりました。
千町小学校関連で3つの廃校があるという事で
この日はいすみ市の廃校巡り。

本丸である、いすみ市立千町小学校に訪れました。


千町小学校は、


明治7年     松丸村の寺院(現:西福寺)に松丸小学校が創立される。
         須賀谷村と小又井村に須賀谷小学校が創立される。
         荻原村に荻原小学校が創立される。
明治12年     萩原小学校と須賀谷小学校が合併して能実小学校と称する。
         萩原村に分校を置く。
明治14年    能実小学校を須賀と萩に分離する。
明治19年    須賀谷小学校が大上小学校(現睦沢町)と合併する。
明治22年    須賀谷小学校と大上小学校と分離して盛徳尋常小学校(須賀谷地区)と改称する。
明治29年     荻原小学校を明徳尋常小学校(荻原地区)と改称 


明治30年代   千町地区には松丸・能実・神置・小高を学区とする松丸尋常高等小学校(明治27年〜),
                        須賀谷・小又井を学区とする盛徳尋常小学校,
         荻原を学区とする明徳尋常小学校の三校を有していました。


明治39年    三校合併し,千町尋常高等小学校を創立
        明徳尋常小学校を荻原分教場とする。
昭和22年    学制改革により、千町村立千町小学校と改称する。
昭和29年    千町村が中川村,国吉町と合併して夷隅町が誕生。
        夷隅町立千町小学校と改称
昭和39年    荻原分校が本校に統合されて廃校となる。
       (当時,分校児童1~4年生55名)
昭和47年    新校舎が建築されて、校地移転 。
平成17年    夷隅町・岬町・大原町が合併していすみ市誕生。
        いすみ市立千町小学校と改称する。
平成31年    夷隅小学校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、千町小学校の正門。

      20190711千町小学校01



正門越しの校舎。

      20190711千町小学校02


      20190711千町小学校03


正門側の正面玄関。

      20190711千町小学校04


庇には校章。

      20190711千町小学校05


そして、感謝の横断幕。

      20190711千町小学校06



中庭の二宮像。

      20190711千町小学校07


      20190711千町小学校08



校庭側からの校舎。

      20190711千町小学校09


      20190711千町小学校10



別アングルから。

      20190711千町小学校11


      20190711千町小学校12


      20190711千町小学校13


      20190711千町小学校26



こちらは、体育館。

      20190711千町小学校14



広い校庭。

      20190711千町小学校15



廃校からたった3ヶ月半。
すでに雑草に覆われ始めている。

      20190711千町小学校25




校庭に残る遊具類。

      20190711千町小学校16


      20190711千町小学校17


      20190711千町小学校18


      20190711千町小学校19


      20190711千町小学校20


      20190711千町小学校21



校庭にポツンと朝礼台。

      20190711千町小学校22



朝礼台の前に置かれたオブジェ。

      20190711千町小学校23



なぜか?  校舎の前に並んでいる椅子。

      20190711千町小学校24





お約束とも言える防災倉庫。

      20190711千町小学校27

体育館の前に目立たないように置かれていました。



残念ながら、廃校記念碑はありませんでした。


こうしてまた一つ、地域に長い時間の中で統廃合を経て
歴史を刻んで来た学校が廃校になってしまいました。





2019/08/31 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............................旧・千町小学校跡 (2019年7月11日)(千葉県いすみ市) 

7月11日

この日は、いすみ市に出かけました。

いすみ市は、平成17年に夷隅町、岬町、大原町が合併して誕生しました。
そのいすみ市で、今年の3月(平成31年)に千町小学校が廃校になりました。

実は、その千町小学校関連で3つの廃校がいすみ市には存在します。
今回、その3つの廃校を巡ります。

最初に訪れたのは................旧・夷隅町立 旧・千町小学校跡


千町小学校は、

明治7年     松丸村の寺院(現:西福寺)に松丸小学校が創立される。
         須賀谷村と小又井村に須賀谷小学校が創立される。
         荻原村に荻原小学校が創立される。
明治12年    萩原小学校と須賀谷小学校が合併して能実小学校と称する。
         萩原村に分校を置く。
明治14年    能実小学校を須賀と萩に分離する。
明治19年    須賀谷小学校が大上小学校(現睦沢町)と合併する。
明治22年    須賀谷小学校と大上小学校と分離して盛徳尋常小学校(須賀谷地区)と改称する。
明治29年    荻原小学校を明徳尋常小学校(荻原地区)と改称 


明治30年代   千町地区には松丸・能実・神置・小高を学区とする松丸尋常高等小学校(明治27年〜),
                        須賀谷・小又井を学区とする盛徳尋常小学校,
        荻原を学区とする明徳尋常小学校の三校を有していました。


明治39年   三校合併し,千町尋常高等小学校を創立
        明徳尋常小学校を荻原分教場とする。
昭和22年   学制改革により、千町村立千町小学校と改称する。
昭和29年   千町村が中川村,国吉町と合併して夷隅町が誕生。
        夷隅町立千町小学校と改称
昭和39年   荻原分校が本校に統合されて廃校となる。
       (当時,分校児童1~4年生55名)
昭和47年   新校舎が建築されて、校地移転 。
平成17年   夷隅町・岬町・大原町が合併していすみ市誕生。
        いすみ市立千町小学校と改称する。
平成31年   夷隅小学校に統合されて廃校となる。

と言う沿革となっていますが、今回訪れたのは、旧・千町小学校跡。
沿革で言う所の昭和47年に移転するまで校地とされていた所です。

数年前に、いすみ市に来た時、偶然この校地の前を通ったのですが
『千町保育園前』と言う交差点にいかにも学校跡地っぽい場所がありました。
後ほど調べたら、どうやら千町小学校の跡地のようでした。

そのうちに行こう! と思いながら、ズルズルと月日が経ってしまいました。



こちらが、千町小学校跡。

      20190711旧・千町小学校01

如何にも学校跡っぽいですね。


正門に至るスロープ。

      20190711旧・千町小学校02

これまた、学校っぽい。


以前調べた時は、『つどいの家』と言う施設だったような気がしましたが
近年、『いすみ市土着菌完熟堆肥センター』になったようです。

      20190711旧・千町小学校03



こちらが正門跡。

      20190711旧・千町小学校04



門柱の表札。

      20190711旧・千町小学校05

『つどいの家』としても利用されているようですね。



実は、小学校が移転後、敷地は千町保育園として利用されていたよですが
保育園もいつしか閉園となり、『つどいの家』として利用されたようです。

この建物は、保育になった時に建てられたもので
千町小学校の校舎ではないそうです。

      20190711旧・千町小学校06


      20190711旧・千町小学校07


昭和の時代、特に40年〜50年代。
鉄筋校舎が普及する前の学校の校舎に見えるんだけどねぇ。

      20190711旧・千町小学校08


      20190711旧・千町小学校09


残念ながら、学校遺構は全く残っていない。

      20190711旧・千町小学校10


保育園として再利用されていた割には遊具類も残っていない。


ここから数百m離れた場所に千町小学校が在るから、
この場所が千町小学校だった事も憶えている人も少なくなっているんだろうなぁ。








2019/08/30 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.....................住吉神社 (2019年7月11日)(千葉県長生郡長生村) 

7月11日

この日は、いすみ市に出かけました。

いすみ市に向かう途中、長生村の住吉神社に立ち寄ってみました。
長生村の住吉神社に来るのは、これで2回目。
御朱印を頂ける神社と言う事で、昨年の春に一度参拝に来ています。
( その時の記事は こちら

その時は、宮司さんにお会いする事が出来なくて、御朱印も拝受出来ず
いずれ改めてと思っていたら、いつのまにか1年の月日が流れ、
時代も平成から令和に変わってしまいました。


こちらが、社号標。

      20190711住吉神社01



神社社頭の鳥居。

      20190711住吉神社02



参道。

      20190711住吉神社03


手水舎。

      20190711住吉神社04



そして、拝殿。

      20190711住吉神社05


      20190711住吉神社06

しっかりと参拝いたします。



こちらは、御神木。

      20190711住吉神社07
      20190711住吉神社08



お近くにお住まいの宮司さん宅にて御朱印を拝受いたしました。

      20190711住吉神社09



こちらが、御朱印。

      20190711住吉神社10


以前、電話した時は男性が応対してくれたので
その方が宮司さんだと思っていたら息子さんだそうで、
その方のお母様が宮司さんでした。

あまり、御朱印は書かないと言う事らしく
大変貴重な御朱印をありがとうございました。





2019/08/30 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............睦岡小学校戸田分校 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、山武市に出かけました。

昭和30年代後半から40年代初頭、旧・山武町に在った分校が
3校廃校になりました。

今回、その3校を探し訪ねてみる事にしました。

苦労しながらも2校を探す事ができ、残るは1校。
何とか探す事が出来た木原分校跡をあとにして、
向かった先は...............旧・山武町立 睦岡小学校戸田分校。


戸田分校は、

明治7年      戸田小学校創立。
明治26年      戸田小学校を除く近隣3校が合併して、睦岡尋常小学校が発足する。
明治41年      睦岡尋常小学校に統合され、分教場となる。
昭和22年      学制改革により、睦岡村立睦岡小学校戸田分校と改称する。
昭和30年      睦岡村が日向村と合併して山武町が誕生。
          山武町立睦岡小学校戸田分校と改称する。
昭和38年      本校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。


戸田分校も情報がなくm頼りは分校の名である『戸田』。
山武市戸田集落の公民館、集会所に当たりをつけます。

候補は2つ。
1つは中上戸田集会所。

まずは、そちらに向かいます。
確かに集会所は廃校跡っぽく見える。
でも遺構が無いから、確信が持てない。
近くに歩いている人もいないから、またまた人を探します。
御年配の人に会えないかな〜っと思いながら民家の脇を通り過ぎると
農具の手入れをしていたオジさん発見!!

そのオジさんに訊いてみたら、違っていた。
そして、オジさんは分校の場所を教えてくれました。

中上戸田集会所から1kmほど離れた所にある中戸田下公民館。
こちらが、戸田分校跡地でした。
そして、当たりを付けていたもう1ヶ所の場所でもありました。



こちらが、戸田分校跡地。

      20190708戸田分校01

この緩やかなスロープが如何にも学校っぽい。


そして、ありました。
門柱です。

      20190708戸田分校02


対の門柱。
もう一方は半分折れていて、無残な状態。

      20190708戸田分校03



いっしゅん、往時の校舎かと思いましたが
隣家のオバちゃんの話では、公民館として建てられたものらしい。

      20190708戸田分校04


てっきり、校舎だと思っていたから、
実は、いろんなアングルで写真を撮っていました(笑)。

      20190708戸田分校05


      20190708戸田分校06


      20190708戸田分校07


      20190708戸田分校08



敷地の片隅にポツンと建つ建物。

      20190708戸田分校09

そうです、お約束とも言えるあの建物。


消防倉庫でした〜(笑)。

      20190708戸田分校10



門柱のすぐ側に残る桜の木。

      20190708戸田分校11

これも分校時代のモノでしょう。



何とか、昭和30年代後半から昭和40年代前半に廃校となった分校を
探し当て訪れる事が出来ました。
やっぱり、廃校巡りは楽しいものです。



2019/08/29 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............日向小学校木原分校 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、山武市に出かけました。

昭和30年代後半から40年代初頭、旧・山武町に在った分校が
3校廃校になりました。

今回、その3校を探し訪ねてみる事にしました。

無事、辿り着けた森分校をあとにして、向かった先は...............旧・山武町立 日向小学校木原分校。



木原分校は、

明治7年     木原村に木原小学校が開校する。
明治37年     日向高等小学校が創立。
明治41年     日向尋常高等小学校に統合され、木原分校となる
昭和22年     学制改革により日向村立日向小学校木原分校に改称する。
昭和39年     日向村が、睦岡村と合併して山武町が発足。
         山武町立日向小学校木原分校に改称する。
昭和43年     本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。



これまた、木原分校の情報はほとんどない。
分校名の『木原』を頼りに木原集落の公民館、
集会所に当たりを付けて、木原集落に向かいます。

当たりを付けたのは、木原共同館。
でもそこに行くと、建物はなく完全な更地。
これじゃ分からないから、誰かに聞かなくちゃ!

周辺を車で走り回り、たまたま歩いていたおばあちゃんに
声をかけて訊いてみると、どうやら別の場所らしい。
高台に分校は有ったらしいが、校舎も解体されて何もなくなり
荒地になって道も無くなってしまったらしい。

さらに別なオジさんに訊いたら、
何とそのオジサさんが、廃校跡まで案内してくれました。



こちらが、木原分校跡地。

      20190708木原分校01


この台地の頂部に分校は在ったそうです。

      20190708木原分校02



元々、借地で分校時には地主さんから借りていたそうです。

      20190708木原分校03



廃校後、地主さんに返却されましたが、特に他に転用もせず
そのまま荒れ果ててしまったそうです。

      20190708木原分校04



この辺りに、台地に上がっていく道が在ったそうです。

      20190708木原分校05

道もなく、尾根を渡るように斜面を登ってみます。



台地頂部。
ここに、木原分校が在りました。

      20190708木原分校06



確かに削平地ではあるけれど、ブッシュ状態。
とても、学校跡地には見えない。

      20190708木原分校07




しかし、台地頂部だから、ちょっぴり見晴らしは良い。
分校跡地の台地下部には太陽光発電のソーラーパネルが並んでいる。

      20190708木原分校08



そして、周りは緑豊かな自然。

      20190708木原分校09


きっと、分校に通っていた子供たちも、こんな風景を毎日見ていたんだろう.....................。




2019/08/29 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............日向小学校森分校 (2019年7月8日)(千葉県山武市) 

7月8日

この日は、山武市出かけました。

山武市には、昭和30年代後半から昭和40年代始めにかけて
廃校となった分校が3校あります。

今では、山武市と呼ばれていますが、
その当時は山武町と呼ばれていました。

その中の1校である、旧・山武町立 日向小学校森分校 を探してみました。


たまたま、山武市の市街地の方へ足を伸ばしていたので
山武市役所に隣接する山武市教育委員会立ち寄って
廃校となった3校の事を尋ねますが、
おそらく廃校後に生まれ育った年代者が
職員のため、当時の事を知る人が居なくて、情報は得られませんでした。
こう言う時は、まず地域の公民館、集会所に当たりを付けて現地へと向かいます。


向かった先は...............旧・山武町立 日向小学校森分校。


森分校は、

明治6年      森村に森学校として創立される。
明治22年     矢部村、森村、椎崎村、木原村、大木村が合併して日向村が発足。
明治25年     森尋常小学校と改称する。
明治41年     日向尋常高等小学校森分校となる。
昭和22年     学制改革により日向村立日向小学校森分校と改称する。
昭和30年     日向村と睦岡村が合併して山武町が発足。
          山武町立日向小学校森分校と改称する
昭和41年     本校に統合されて廃校となる


昭和56年     校舎解体される。

となっています。


詳しい場所は分からないから、分校名の『森』を頼りに
山武市の森地区へと向かいます。
当たりを付けたのは、森地区にある『本郷生活研修センター』。

コレがズバリ、大正解でした。


こちらが、森分校跡地。

      20190708森分校01


昭和56年に校舎は解体され、本郷生活研修センターが建ちました。

      20190708森分校02



きっと、分校の校舎もこんな感じで建っていたのでしょう。

      20190708森分校03


      20190708森分校04


      20190708森分校05



敷地の一角に建つ石碑。

      20190708森分校06

『学びのふるさと』と刻まれています。


森分校跡碑です。
裏面には沿革が刻まれています。

      20190708森分校07

冒頭の一文。

『 伝えんとして由縁を記す 』と刻まれている。


いやぁ、泣かせる文言ですね。
でも、この刻まれた沿革は役に建ちました。

      20190708森分校08


碑の脇に建つのは、三峯神社。

      20190708森分校09

正確には、鎮座すると言った方が良いでしょう。


おそらく、分校時に使われていた井戸。

      20190708森分校10


そして、お約束とも言える消防倉庫。

      20190708森分校11


とにかく3校の廃校の一つに無事辿り着けました。
良かったぁ..............................。




2019/08/28 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit