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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

再訪  千葉神社   (2019年1月30日)(千葉県千葉市) 

1月30日  

1月もそろそろ終わりの30日。
新年の始め、いわゆる初詣の月にあたる1月末までは
限定の御朱印が拝受出来ると知り、うかうかしてはいられません。
公休日であるこの日を逃すと、また1年後になってしまう。
という事で、訪れたのが....................千葉神社。

もう随分前から参拝したかったと言うか、訪れたかった千葉神社。
何せ、妙見信仰の千葉氏の名を冠する神社。
そして、その妙見信仰の頂点に立つ本妙見宮がこの千葉神社です。
実際は使用しませんでしたが、数年前に新しいカートを買ったのも
この千葉神社に びいすけ と来たかったから。

昨年初めて訪れた時に、拝殿内に入らなければ
他の参拝客の迷惑にならなければ、境内も犬連れOKと言われ、
そりゃもう、心の中は大騒ぎでした(笑)。

当然、参拝が目的だけど、神紋を見るのも目的の一つ。
なにせ、神紋も千葉氏の家紋である月星紋。
それも『三光紋』と言う千葉氏宗家が用いた月星紋。
それに付け加え、九曜紋だと思っていたら、
周りに9つの星があるから、正確には十曜紋。
こちらも千葉家宗家の家紋となります。
この二つの紋は、千葉神社と、千葉氏の惣領(千葉宗家)だけが
使う事を許された紋だということです。

戦国時代以前に多古町居を構えていた千葉宗家は、
分家である馬加氏により滅ぼされてしまったため、
宗家の家紋(三光紋、十曜紋)を用いる千葉氏は無くなり
現在では、この千葉神社しか許されていないという事になります。


北の天空不動の星、北極星。己の立ち位置を知るこの星は、古の時代「妙見(みょうけん)」として神格化されました。鎌倉幕府屈指の御家人千葉氏は、この「妙見」を全国に広がった一族結束の象徴とし、特徴的な菩薩像とともに星を表す紋様をあしらった建築や文化財を各地に残しました。



こちらが、分霊社・尊星殿。

      20190130千葉神社 01

神社建築では珍しい楼門と社殿の複合建築物です。


正面に掲げられた扁額。

      20190130千葉神社02



そして、鬼瓦に金色に輝く神紋。

      20190130千葉神社03

そうです。月星紋(三光紋)です。



こちらが、拝殿。

      20190130千葉神社04



拝殿正面の扁額。

      20190130千葉神社05

『妙見』
これぞ、千葉神社の代名詞。


北の天空不動の星、北極星。
己の立ち位置を知るこの星は、古の時代「妙見(みょうけん)」として神格化されました。
鎌倉幕府屈指の御家人千葉氏は、この「妙見」を全国に広がった一族結束の象徴とし、
特徴的な菩薩像とともに星を表す紋様をあしらった建築や文化財を各地に残しました。

まさに、千葉氏の妙見信仰の総本山とも言えるのが、この千葉神社です。



拝殿の鬼瓦にも、月星紋。

      20190130千葉神社06



拝殿正面には、月星紋と十曜紋。

      20190130千葉神社07


      20190130千葉神社09

一般的な九曜紋は、満月の周りに八つの星で形取られ、九曜としています。
千葉神社の十曜もんは、満月の周りに九つの星で形取られ、十曜紋と称されています。



別アングルからの拝殿。
     
      20190130千葉神社08


      
手水舎。

      20190130千葉神社10



神社には珍しい香炉もあります。

      20190130千葉神社11


摂社 千葉天神社。

      20190130千葉神社12



千葉天神社の正面。

      20190130千葉神社13

賽銭箱にも、月星紋(三光紋)と九曜紋(十曜紋)。



天神社の鬼瓦にも、光輝く金色の神紋。

      20190130千葉神社14



月星紋(三光紋)です。

      20190130千葉神社15



さて、お目当ての御朱印は............

      20190130千葉神社16

ちょっと面倒だけど、申し込み用紙に記入します。


この時期は書き置き版ですが、日付けを入れてくれるので
整理券をもらって順番待ち。

      20190130千葉神社17



頂いた御朱印が、こちら。

      20190130千葉神社18



千葉神社。『妙見』

      20190130千葉神社19


千葉天神社。

      20190130千葉神社20

月をよび、星を拾う。
すなわち、『ツキ(月)を呼び、勝(星)を拾う』と言う縁起の良い言葉。

さあ、今年も良いことが続くかな?






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2019/03/22 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪   千葉子安神社  (2018年10月1日)(千葉県千葉市) 

10月1日  

この日は、千葉市内の神社の御朱印巡り。


稲毛浅間神社をあとにして、向かった先は..........子安神社。

子安神社は、千葉市花見川区畑町に鎮座する神社です。


実は、こちらの子安神社も3度目の訪問となります。
( 最初の訪問時は こちら )
過去2回、いずれも無人状態で御朱印が拝受出来なかった神社でした。

さすがに3回目となると慣れたもの。
途中からナビ無しでも大丈夫。

こちらの鳥居も、コレで3回目。

      20181001子安神社01


この狛犬も3度目。

      20181001子安神社02


      20181001子安神社03



拝殿。

      20181001子安神社04


      20181001子安神社05


拝殿正面。

      20181001子安神社06


こちらの子安神社でも屋根には九曜紋。

      20181001子安神社07


      20181001子安神社08





賽銭箱にも九曜紋。


      20181001子安神社10


拝殿正面の扁額。

      20181001子安神社09


こちらは、神楽殿。
    
      20181001子安神社11


神楽殿の隣は神輿庫。

      20181001子安神社12


この日は、神輿子の扉が開いて居て
ガラス越しですが、神輿が見えました。

      20181001子安神社13


神輿の幟にも、月星紋と九曜紋。

      20181001子安神社14

千葉氏、ココに在り!! と言った感じです。


3度目の正直。
書き置きですが、やっと御朱印を手に入れる事が出来ました。

      20181001子安神社15

本来は、授与所で拝受出来る(?)と思うのですが
隣接する宮司さん宅(自宅が社務所のようです)にていただきました。


こちらが、その御朱印。

      20181001子安神社16

空振りが続いていたから、
やっと念願の御朱印が手に入りホッと一安心です。






2018/11/09 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............稲毛浅間神社 (2018年10月1日)(千葉県千葉市) 

10月1日 

この日は、千葉市内の神社の御朱印巡り。

千葉公園脇の厳島神社をあとにして、向かった先は.......................稲毛浅間神社。


稲毛浅間神社は、千葉市稲毛区稲毛に鎮座する神社です。


大同3年(西暦808年)平城天皇の時代に、富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)の御分霊を奉斎したのが
稲毛浅間神社のはじまりと伝えられています。

治承4年(1180年)には、源頼朝が東六郎胤頼を使者として御幣物を捧げて、
武運長久を祈願したのを始め、千葉常胤以来、代々の千葉氏の信仰が篤かったことが
古記録からも分かっているそうです。


御祭神は、木花咲耶姫命、、瓊々杵命、猿田彦命。


こちらが、社号標とでも言えそうな大きな看板。

      201801001稲毛浅間神社01



朱色の大鳥居。

      201801001稲毛浅間神社02


      201801001稲毛浅間神社03



鳥居に掲げられた神額。

      201801001稲毛浅間神社04



参道には、見たくもなかった看板。

      201801001稲毛浅間神社05

境内には、犬が入れない。

びいすけ は、ココまで。
駐車場の車の中でお留守番。




鳥居前の狛犬。

      201801001稲毛浅間神社06


      201801001稲毛浅間神社07


参道は緩やかな上り坂。
ゆっくり進んで行くと、神門が見えてきます。

      201801001稲毛浅間神社08



こちらが、神門。

      201801001稲毛浅間神社09


神門の先には手水舎。

      201801001稲毛浅間神社10


手水鉢には、九曜紋。

      201801001稲毛浅間神社11

さすが、千葉氏に所縁のある神社です。


こちらが、拝殿。

      201801001稲毛浅間神社12


拝殿正面の屋根に注目!

九曜紋のオンパレード。

      201801001稲毛浅間神社13



ここに九曜紋。

      201801001稲毛浅間神社14


ここにも、九曜紋。

      201801001稲毛浅間神社15


そして、ここにも!

      201801001稲毛浅間神社16



拝殿正面。

      201801001稲毛浅間神社17



拝殿正面に掲げられた扁額。

      201801001稲毛浅間神社18



別アングルからの拝殿。

      201801001稲毛浅間神社19


      201801001稲毛浅間神社20



こちらは、神楽殿。

      201801001稲毛浅間神社21


稲毛神社の神楽は千葉県の無形民俗文化財に指定されているそうです。

      201801001稲毛浅間神社22



こちらは、拝殿脇に繋がる裏参道口。

      201801001稲毛浅間神社23



こちらの浅間神社には、境内社が多い。

境内社の稲荷神社。

      201801001稲毛浅間神社24



境内社・天王宮。

      201801001稲毛浅間神社25


山王宮。

      201801001稲毛浅間神社26


水神宮。

      201801001稲毛浅間神社27


庚申塔。

      201801001稲毛浅間神社28



神明社。

      201801001稲毛浅間神社29


三峰神社。

      201801001稲毛浅間神社30



八坂神社。

      201801001稲毛浅間神社31


まだまだ、境内社は大宮神社、厳島神社等が在るようですが
写真に撮り忘れてしまったようです。



こちらが、授与所。

      201801001稲毛浅間神社32

御朱印は、こちらで拝受出来ます。


そして、こちらが稲毛浅間神社の御朱印。

      201801001稲毛浅間神社33

シンプルと言うか、簡素と言うべきか.........?

ある意味、特徴のある御朱印ですね。





2018/11/08 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪    厳島神社  (2018年10月1日)(千葉県千葉市) 

10月1日

この日は、千葉市内の神社の御朱印巡り。


登渡神社をあとにして、向かった先は.................厳島神社。


厳島神社は、千葉市中央区弁天に鎮座する神社です。


同じ千葉市の中央区に厳島神社が2社あり、ややこしい。
かたや、中央区港町に鎮座するのが、厳島神社 港町弁天
そして、中央区弁天に鎮座するのが、こちらの厳島神社になります。

実は、こちらの厳島神社に来るのもこれで3回目。
( 前回の訪問記事は こちら )

前回参拝した時に御朱印をお願いしたんだけど
書き手(おそらく禰宜さん)の方が足が痛くて動けないとの事で
その日は御朱印が拝受できず、この日のリターンマッチとなった訳です。


こちらが、社号標。

      20181001厳島神社01


鳥居前にて。

      20181001厳島神社02


拝殿前にて。

      20181001厳島神社03


      20181001厳島神社04


拝殿正面。

      20181001厳島神社05


      20181001厳島神社07



拝殿の扁額。

      20181001厳島神社06


今更気付いたのだが.................


『島』の字が『嶋』になっていて、『厳嶋神社』。
社号標は『厳島神社』なんだけどなぁ。


拝受した御朱印も.........

      20181001厳島神社08

やはり、厳嶋神社。


千葉県の神社庁のHPでは、厳島神社で登録されているみたいですが
どっちが正しいんでしょうね?

とりあえず、厳島神社の御朱印、頂きました〜!!


2018/11/08 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............登渡神社 (2018年10月1日)(千葉県千葉市) 

10月1日 

この日は、千葉市内の神社の御朱印巡り。
厳島神社 港町弁財天 をあとにして、向かった先は................登渡神社。


登渡神社は、千葉市中央区登戸に鎮座する神社です。


千葉氏の末裔である、登戸権介平定胤が祖先を供養するため、
地区の最高点である遠望台(標高約15m)に千葉妙見宮(現在の千葉神社)の末寺を
正保元年(1644年)に勧請し、千葉氏の門族の出身であった僧定弁を守護の任にあてた
白蛇山真光院定胤寺を起縁とする神社です。

慶応3年(1867年)に登渡神社と改め、
祭神を妙見菩薩と同一視される天御中主神以下の造化三神に定めたそうです。


御祭神は、天御中主命、高皇産霊命、神皇産霊命。



こちらが、社号標。

      20181001登渡神社01

      

鳥居。

      20181001登渡神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20181001登渡神社03


鳥居の脇には由緒書き。

      20181001登渡神社04



参道の手水舎。

      20181001登渡神社05


定番の龍の吐出口。

      20181001登渡神社09



こちらが、拝殿。

      20181001登渡神社07


      20181001登渡神社08



拝殿前の狛犬。

      20181001登渡神社09


      20181001登渡神社10



拝殿正面。

      20181001登渡神社11



拝殿に掲げられた扁額。

      20181001登渡神社13



さりげなく見える九曜紋。

      20181001登渡神社12



屋根瓦にも九曜紋。

      20181001登渡神社14



境内社の浅間神社。

      20181001登渡神社15


同じく境内社の水神社。

      20181001登渡神社16


こちらも境内社・稲荷神社。

      20181001登渡神社17


こちらは、御神水。

      20181001登渡神社18


そして、御神木。

      20181001登渡神社22
      20181001登渡神社23
      20181001登渡神社24



こちらは、神輿庫。

      
20181001登渡神社19


こちらにも九曜紋。

      20181001登渡神社20



石灯籠の台座には亀の彫刻。

      20181001登渡神社21

妙見さまの使いの亀?


こちらは、神楽殿。

      20181001登渡神社25


本殿脇のこの一画には神仏習合の名残りが色濃い。
地蔵堂。

      20181001登渡神社26



その近くには、青面金剛刻像らが立ち並ぶ。

      20181001登渡神社27



こちらご、社務所兼授与所。

      20181001登渡神社28

御朱印は、こちらで拝受出来ます。


こちらが、登渡神社の御朱印。

      20181001登渡神社29

私のお願いの仕方が悪かったのか?
はたまた、人の話をしっかり聞かない神職なのか?
なぜか、御朱印が天地が逆でした。
前のページを確認すれば、天地の方向も判ると思うんだけど.........

『あの〜、御朱印が天地逆になってるんですけど.........』と
言ってみたら、「あっ、そう?」の一言。
悪いとも思っていないみたいで、正直、ムッとした。

 
九曜紋も在って、千葉氏所縁の神社ではありますが
この時点で、『絶対に二度と行かない神社』の1社に決定いたしました。


    
2018/11/07 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............厳島神社・港町弁財天 (2018年10月1日)(千葉県千葉市) 

10月1日  

この日は、千葉市内の神社の御朱印巡り。

まず、最初に向かったのは.............厳島神社 港町弁財天。

厳島神社 港町弁財天は、千葉市中央区港町に鎮座する神社です。

江戸時代に、下総国千葉郡寒川村の半農半漁を生業とする村人達が、
豊穣多産の福徳を願って、都川河口のほとりに小さな祠を建て、
弁天様を祀り信仰したのが始まりとされています。
明治以後は、日本三大弁天の一つで全国に約六千社を分祀を持つ、
安芸の宮島「厳島弁天」の亜流を汲み、市杵嶋姫命を祭神とする厳島神社弁財天となり、
今日に及んでいると言うことです。

御祭神は市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)。


実はつい最近まで、こちらの厳島神社の存在は知りませんでした。
たまたま、同じ千葉市中央区に在る厳島神社の事をネットで調べていたら、
こちらの厳島神社にヒットしました。

毎月、1日と15日は社殿が開き、
その時に参拝すれば、御朱印も拝受出来ると言うことなので
月が変わった10月1日。
たまたま、この日が公休日だったから
狙ったかのように参拝に出かけました。

      20181001港町厳島神社01


こちらが、鳥居。

      20181001港町厳島神社02

神社の入口になります。


玉垣には、絵馬の説明板。

      20181001港町厳島神社03


その隣には、縁日の案内板。

      20181001港町厳島神社04

弁天様の使いが『蛇』だったと言うことから、巳の日にも
縁日が立つようです。


鳥居が立ち並ぶ参道。

      20181001港町厳島神社06


手水舎。

      20181001港町厳島神社15



参道の狛犬。

      20181001港町厳島神社13


      20181001港町厳島神社14



こちらが、拝殿。

      20181001港町厳島神社07


拝殿正面。

     20181001港町厳島神社24


      20181001港町厳島神社08


拝殿に掲げられた扁額。

      20181001港町厳島神社09



拝殿の屋根には跳び狛犬。

      20181001港町厳島神社11


      20181001港町厳島神社12


そして、こちらが本殿。

      20181001港町厳島神社16



拝殿前の天水桶。

     20181001港町厳島神社17



社殿脇の鳥居。

     20181001港町厳島神社18

この鳥居は、弁財天の鳥居。


本殿背後の弁財天。

     20181001港町厳島神社19



境内の板碑。

     20181001港町厳島神社20



厳島神社の幟。

     20181001港町厳島神社21


     20181001港町厳島神社22


こちらが、社務所。

     20181001港町厳島神社23

宮司さんは不在ですが、氏子さんが居て
書き置き対応となりますが、御朱印が拝受出来ます。



こちらが、厳島神社 港町弁財天 の御朱印。

     20181001港町厳島神社25


ネットでも、あまりアップされていないようなので
ある意味貴重(?)な御朱印なのかもしれない。




2018/11/07 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............検見川神社 (2018年5月8日)(千葉県千葉市) 

5月8日

この日は、佐倉市近郊の神社の御朱印巡りに出かけました。
子守神社をあとにして、向かった先は...............検見川神社



検見川神社は千葉市花見川区検見川町に鎮座する神社です。

かつて打瀬船で知られた漁港の町検見川の航海安全の守護神としての御神徳から
千葉県唯一の八方除の神社とされています。
その創建は、貞観11年(869年)素盞嗚尊が疫病退散のためこの地に祀られました。
その後、この地の領主で幕府旗本の金田正明が1616年(元和2年)に宇迦之御魂神を祀りました。
さらには、寛永年間(1624年~1644年)に伊弉冉尊を祀りました。
三柱の神を総称して神祇三社検見川大明神と総称しています。



こちらが、検見川神社の社号標。

      20180508検見川神社01



検見川神社の鳥居。

      20180508検見川神社02


      20180508検見川神社03



鳥居に掲げられた扁額。

      20180508検見川神社04



それでは、検見川神社をお参りいたしましょう。

      20180508検見川神社05



参道脇の境内社の市神之社。

      20180508検見川神社06



石段を上った先は社殿。

      20180508検見川神社07



手水舎。

      20180508検見川神社08



拝殿。

      20180508検見川神社09



びいすけ も御参拝。

      20180508検見川神社10



拝殿正面の扁額。

      20180508検見川神社11



拝殿の行灯には、九曜紋。

      20180508検見川神社12



別アングルからの拝殿。

      20180508検見川神社13


      20180508検見川神社14


      20180508検見川神社15



拝殿正面の鬼瓦。

     20180508検見川神社17

こちらには、菊の御紋。



こちらは、本殿。

      20180508検見川神社16


     
拝殿前の狛犬。

      20180508検見川神社18



こちらは、社務所。
その奥が授与所。

      20180508検見川神社19

御朱印は、こちらで拝受出来ます。



境内には、臨時の授与所も設けられています。

      20180508検見川神社20

それだけ参拝者が多いと言うことでしょうか?



拝殿脇の祓戸大神。

      20180508検見川神社21



境内社の三峰神社。

      20180508検見川神社22



寄宮社(五社堂殿)。

      20180508検見川神社23

左から下総天満宮、嵯峨大地主神社、天地神集神社、難波塞神社、江戸湾金刀比羅宮。



同じく、境内社の古峯神社。

      20180508検見川神社24



由緒書き。

      20180508検見川神社25



御神水。

      20180508検見川神社26



宮間宮司の顕彰銅像。

      20180508検見川神社27

実は、検見川神社は、かつては八坂神社と呼ばれていたそうです。
昭和62年に八坂神社から検見川神社に改称し、現在に至っていますが
この像は、八坂神社から検見川神社の発揚に尽力された宮間宮司の像です。




御神石の「君が代石」。

      20180508検見川神社28


同じく、御神石の「真石」。

      20180508検見川神社29



東参道口。

      20180508検見川神社30



東参道口にも立派な手水舎がありました。

      20180508検見川神社31



こちらが、検見川神社の御朱印。

      20180508検見川神社32


検見川神社には、多くの神職さんが居られました。
御朱印の書き手の方も多く、待ち時間はほとんどない状態。
でも参拝者よりも神職さんのほうが多いと、
厳かな雰囲気がさらに増して来ます。
私にとっては、ちょっと敷居が高いかな?



2018/06/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............子守神社 (2018年5月8日)(千葉県千葉市) 

5月8日

この日は、佐倉市近郊の神社の御朱印巡り。

子安神社をあとにして、向かった先は...............子守神社



子守神社は、千葉市花見川区幕張町に鎮座する神社です。


建久5年(1194年)、大須賀胤信によって創建されたと伝えられています。

御祭神は稲田姫命,素盞嗚命,大己貴命。
かつて幕張町が素加の庄と言われていた頃は、
素加天王神社と称していましたが、
御祭神の三柱の大神を奉斎し、安産子育の社として
幕張地区の総鎮守の神社であるそうです。

御祭神は稲田姫命,素盞嗚命,大己貴命。

7年に1度行われる下総三山の七年祭りでは、
子守神社が子守役として参加しています。



こちらが、子守神社の社号標。

      20180508子守神社01

社号標には九曜に月星紋。
ひょっとして...............



期待を胸にアスファルトの参道を進みます。

      20180508子守神社02



こちらが鳥居。

      20180508子守神社03



鳥居に掲げられた神額。

      20180508子守神社04



拝殿前にて。

      20180508子守神社05



狛犬。

      20180508子守神社06


      20180508子守神社07



手水舎。

       20180508子守神社08



定番の龍の吐出口。

      20180508子守神社09


      20180508子守神社10



こちらが、拝殿。

      20180508子守神社11



拝殿正面の鬼瓦にも、九曜に月星の紋。

      20180508子守神社12

これは、千葉氏に所縁のある神社に違いない。



拝殿正面の飾りの彫刻。

      20180508子守神社13



別アングルからの拝殿。

      20180508子守神社14


      20180508子守神社15



再び、『九曜に月星』の紋。

      20180508子守神社16

どんよりとした曇り空に『九曜に月星』の紋が輝いています。



こちらが、本殿。

      20180508子守神社17



境内社の厳島神社。

      20180508子守神社18


同じく、境内社の天神社。

      20180508子守神社25



末社。

      20180508子守神社19



こちらは授与所。

      20180508子守神社20

普段は無人のようです。



御輿殿。

      20180508子守神社21



力石。

      20180508子守神社22



壁沿いに建ち並ぶ板碑群。

      20180508子守神社23



厳島神社の脇に飾られている錨。
実際に幕張の海で使われていた錨だそうです。

      20180508子守神社24


      
こちらは、御神木。

      20180508子守神社28



肝心の御朱印ですが、
神社前の社務所(宮司宅?)にて拝受して出来ます。

      20180508子守神社26



こちらが、子守神社の御朱印。

      20180508子守神社27

特徴のある力強い書体。
『九曜に月星』の紋の印も押されています。


宮司さんに話を伺ったところ、
やはり千葉氏に所縁のある神社だそうです。

九曜紋や月星紋は知っていたけど、
『九曜に月星』の紋は知らなかったなぁ。






2018/06/26 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

子安神社 (2018年5月8日)(千葉県千葉市) 

5月8日

佐倉市周辺の御朱印巡りに出かけたこの日。

向かった先は...............子安神社。


子安神社は、千葉市花見川区畑町に鎮座する神社です。

子安神社の創建は、第50代桓武天皇の平安時代初期の延暦年間(782年〜806年)に
この一帯を支配する豪族により築かれた子安古墳のお山を御神体として、
五穀豊穣の神として創祀されました。
当初は、子安大明神として祀られていましたが、
第60代醍醐天皇の延喜年間(901年〜923年)に
奇稲田姫命を勧進して祀りました。

左大臣藤原時平が特に深く崇敬し、
霊験著しく安産の守護神として多くの尊崇を得たと言われています。

また、600年ほどの歴史がある下総三山の七年祭り(七年祭)に
二宮神社、子守神社、三代王神社とともに最初から参加していた一社で、
今でも母役で参加しています。


こちらが、子安神社の社号標。

      20180508子安神社01



こちらが鳥居。

      20180508子安神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20180508子安神社03



鳥居の脇には、こんな立て看板。

      20180508子安神社04

残念だけど びいすけ には、ちょっとの間だけ
車の中で待機してもらいましょう。



社殿へと続く参道。

      20180508子安神社05



参道脇の看板。

      20180508子安神社06

何と、九曜紋が描かれています。


参道の片隅には、青面金剛像。
神仏習合時代の名残りでしょうか?

      20180508子安神社07



この一画には、板碑が建ち並びます。

      20180508子安神社08



子安神社の由緒書き。

      20180508子安神社09



社殿が見えてきました。

      20180508子安神社10



境内入口の狛犬。

      20180508子安神社11


      20180508子安神社12



こちらにも、千葉県神社庁の規範神社の碑がありました。

      20180508子安神社13



こちらは、手水舎。

      20180508子安神社14


定番の龍の吐出口。

      20180508子安神社15



こちらが、拝殿。

      20180508子安神社16


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180508子安神社17



拝殿正面の彫刻。

      20180508子安神社18



拝殿正面。

      20180508子安神社19



賽銭箱には九曜紋。

      20180508子安神社20



画面が暗くて見づらいですが、鬼瓦にも九曜紋。

      20180508子安神社21



別アングルからの拝殿。

      20180508子安神社22



こちらは、本殿。

      20180508子安神社23



こちらは、授与所ですが、閉まっています。

      20180508子安神社24



授与所。(正面から)

      20180508子安神社25



こちらは、参集殿でしょうか?

      20180508子安神社26



神楽殿。

      20180508子安神社27



神輿殿。

      20180508子安神社28


境内社の稲荷大明神。

      20180508子安神社29



同じく境内社の金毘羅神社。

      20180508子安神社30



子宝地蔵。

      20180508子安神社31



妙見宮。

      20180508子安神社32


他にも祠が多い。

      20180508子安神社33


      20180508子安神社34


      20180508子安神社35


      20180508子安神社37


で、肝心の御朱印ですが...............

この日は、誰も居らず社務所にも人の気配はありません。
念のため、携帯から電話してみましたが、
空しい呼び出し音が授与所の奥から響いてきます。

まあ、こんな事もあるでしょう。




2018/06/25 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

厳島神社    (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日

この日は、千葉市にある神社の御朱印巡りに出かけました。


千葉公園に隣接する千葉縣護国神社をあとにして、
向かった先は..................厳島神社。



厳島神社は、千葉縣護國神社さんと同じく千葉公園に隣接し、
と言うか、千葉公園の綿内池の畔に鎮座している神社で、
通称では、『弁天様』と呼ばれているらしい。

以前、千葉公園に来たとき、この厳島神社にも立ち寄った記憶があります。


こちらが、社号標。

      20180226厳島神社01


そして、辯財天の碑。

      20180226厳島神社02


その脇には由緒書きの碑が並びます。

      20180226厳島神社03

碑文によれば.........

江戸の昔 綿打池の地籍について 
寒川村と作草部村との間に爭い
があり 藩士のいざ実地検分の前夜 
寒川の綿屋太郎兵衛が弁天様の碑石を 
こつそり寒川村に移し置き 
この池が寒川のものである証とした

明治以降 池のほとりに 
ひつそりと佇む弁天碑に祠を作り
祭祀を行い 社会の福祉に貢献した村人数名の功績は
境内の顕彰碑で知ることが出来る 
又 千葉家が隆盛時代 千葉常胤の六男東胤頼の館が存在し 
爾来この地を吾妻台を呼ばれる 


と記されています。
戦国大名の千葉氏の隆盛時代からこの地は
千葉一族の所縁の地だったんですね。





鳥居前にて。

      20180226厳島神社04



厳島神社の鳥居は、まるで稲荷神社の鳥居のように
何基もの鳥居が並びます。

      20180226厳島神社05


参道の手水舎。

      20180226厳島神社06



手水舎と言ったら、やっぱり龍ですよね。
(光の加減で見難い画像ですが、吐出口の龍です。)

      20180226厳島神社07



狛犬。

      20180226厳島神社08



社殿前にて。

      20180226厳島神社09



拝殿の扁額。

      20180226厳島神社10



拝殿内部。

      20180226厳島神社11


拝殿前の天水桶。

      20180226厳島神社21



元々、神社の敷地は広くなく、
参道もそんなに長くはない。

      20180226厳島神社12


しかし、その敷地内には境内社が多い。


境内社。

      20180226厳島神社14


      20180226厳島神社15


      20180226厳島神社16


      20180226厳島神社17


      20180226厳島神社18


      20180226厳島神社19



そして、顕彰碑。

      20180226厳島神社20


     



こちらが、社務所。

      20180226厳島神社13

御朱印は、こちらで頂くことが出来ますが
この日は、宮司さんが体調悪くて寝ているとの事で
応対に出てくれた宮司さんの奥さんが、申し訳なさそうな顔をしていました。

まあ、またいずれの日にでも
お願いすることにいたしましょう。






2018/04/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............千葉県護国神社 (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日

この日は、千葉市に出かけていました。


千葉市中央区の商店街を歩き、
『千葉 おもてなしひな祭り 』にガッカリした後、
向かった先は.........千葉縣護國神社


千葉縣護國神社は、幕末の嘉永6年(1853年)以降約一世紀にわたり、
戊辰の役・西南の役・日清戦争・日露戦争・
第一次世界大戦・満州事変・支那事変・大東亜戦争などにおいて、
ひたすら「国安かれ」との一念のもとに、その尊い命を捧げられた方々の御霊を、
「護國」の神としてお祀りしている神社です。
その御祭神の多くは幕末から、明治・大正・昭和にかけて、
敢然と国難に立ち向かわれた前途有為な青壮年たちで、現在五万七千余柱にのぼり、
しかもそれは軍人だけでなく、従軍看護婦や児童、生徒など女性の御祭神も含まれているそうです。



こちらが、千葉県護国神社の社号標。

      20180226千葉県護国神社01


      20180226千葉県護国神社02



こちらな、一の鳥居。

      20180226千葉県護国神社03



一の鳥居から参道を進むと二の鳥居が見えてきます。

      20180226千葉県護国神社04



こちらが二の鳥居。

      20180226千葉県護国神社05



手水舎。

      20180226千葉県護国神社06



こちらが、社務所。

      20180226千葉県護国神社07

御朱印はこちらで頂くことが出来ます。




この先に社殿があります。
拝殿のように見えますが、実は門。
『神門』と言うそうです。

      20180226千葉県護国神社08


      20180226千葉県護国神社09



千葉県護国神社の由緒書き

      20180226千葉県護国神社10



神門前の狛犬。

      20180226千葉県護国神社11


      20180226千葉県護国神社12



こちらが拝殿。

      20180226千葉県護国神社13


      20180226千葉県護国神社14




千葉県護国神社の提灯。

      20180226千葉県護国神社15



菊の御紋の付いた石碑。

      20180226千葉県護国神社16

天皇の奉拝記念碑になるんですね。



とにかく、碑が多い。

      20180226千葉県護国神社17


      20180226千葉県護国神社18


      20180226千葉県護国神社19



石碑の碑文をみても、戦争関連が多い。

      20180226千葉県護国神社22


      20180226千葉県護国神社23


      20180226千葉県護国神社24


      20180226千葉県護国神社25




どうも、護国神社となると勝手が違うと言うか、雰囲気が違う。

      20180226千葉県護国神社20



社殿の裏手に、大きな忠霊塔。

      20180226千葉県護国神社21




どうしても、今まで巡ってきた神社とは
勝手が違うのは、心の中で否定は出来ない。




こちらが、千葉県護国神社の御朱印。

      20180226千葉県護国神社26


戦争を肯定する訳じゃないし、むしろ反対の立場と言うか
戦争を否定するスタンスを取って来たから.........
と言っても、何か行動する訳でもない。
ただ、今の平和な日本が在るのも、
この神社に祀られている5万幾千の柱となる御祭神や
全国の護国神社の御霊によるものだとも思う。

平和な日本がいつまでも続くように
私は色々な神社で願うしかない。


2018/04/14 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう...............千葉県千葉市 (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日

昨年から集めているマンホールカード。
千葉県内のマンホールはコンプリートしたと思っていたら
何と、昨年の12月に第6弾として千葉県では、
千葉市と袖ヶ浦市にマンホールカードが追加発行されました。

この日は、千葉駅周辺の神社を巡っていたので
これ幸いと、千葉市のマンホールカードの配布場所である
JR千葉駅構内の『千葉市観光情報センター』に立ち寄りました。

ちょうど、千葉駅構内は工事中。
散々迷って、やっとの思いで到着。


工事の柱と柱のに隠れて、『千葉市観光情報センター』が見えません。

      202180226マンホールカード千葉01


マンホールは、難なくゲット!

      202180226マンホールカード千葉02


でも、カードを貰っただけじゃつまらない。
やっぱり、カードのモデルになったカラーリングされたマンホールを探さなきゃ!

千葉市のカラーリングされた、マンホールカードは、千葉神社の鳥居の前にあります。


千葉神社って..................
さっきまで、参拝していたんですけど。

再び、千葉神社まで戻ります。


マンホールが見えて来ました。

      202180226マンホールカード千葉03



こちらが千葉市のマンホールカードのモデルとなったマンホール。

      202180226マンホールカード千葉04


      202180226マンホールカード千葉05


      202180226マンホールカード千葉06



確かに、千葉神社の鳥居の前ですね。

      202180226マンホールカード千葉07



こちらが、千葉市のマンホールカード。

      202180226マンホールカード千葉08


      202180226マンホールカード千葉09



平成29年度から採用している新しいデザインで、
市章を中心に市の鳥「コアジサシ」、市の木「ケヤキ」、市の花「オオガハス」を配置しています。
ちなみに千葉市の市章は、千葉氏の家紋「月星紋」をモチーフとしています。

これで千葉市のマンホールカードも手に入り
千葉県のマンホールカードも袖ケ浦市を残すのみとなりました。

近いうちに袖ケ浦市のマンホールカードも手に入れることにいたしましょう。



2018/04/13 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............千葉神社&千葉天神社 (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日 千葉神社&

この日は、千葉市内の神社を巡って、御朱印を拝領していました。


寒川神社をあとにして、向かった先は.........千葉神社。


実は、千葉神社も以前から訪れたかった場所。
何せ、千葉氏の家紋である月星紋が神紋に使われ
至る所に月星紋のある神社。
それもそのはず、妙見信仰であった千葉氏。
その千葉氏の妙見本宮にあたるのが千葉神社です。

千葉神社は、千葉氏の守護神である妙見菩薩を本尊とする寺院(千葉妙見宮)として建立され、
厄除け・八方除け で有名な神社です。
千葉神社は、妙見様といって、北極星を神格化星した菩薩を信仰している社の総本山です。



国道126号沿いに建つ千葉神社の鳥居。

      20180226千葉神社01

てっきり、千葉神社の入り口はこちらかと思っていたら
本来の入口は別にあるみたいです。



鳥居脇の唐獅子。

      20180226千葉神社02

『変わった狛犬だな?』と思っていたら、
昭和天皇即位の御大礼の記念として、昭和4年に建立された左右一対の獅子児鍛錬像。
獅子が我が子を千尋の谷に突き落として鍛錬したと伝わる故実を題材としています。




こちらが、尊星殿。

      20180226千葉神社03

神社建築では類例のない楼門と社殿の複合建築物です。
元来、千葉神社には「山門」が在りましたが、
昭和20年の七夕空襲で焼失してしまいました。

尊星殿は中央「福徳殿」、東「日天楼」、西「月天楼」、上階「開運殿」の四つに分かれ、
星王である妙見様が掌握する日・月・星の御力などが
それぞれ個別にいただけるようになっているそうです。


正面の扁額。

      20180226千葉神社04


御神紋は、月星紋。
まさしく、この神紋が見たかった。

      20180226千葉神社05



尊星殿の左側。すなわち西側だから月天楼。

      20180226千葉神社06



尊星殿の右側。東になるから日天楼。

      20180226千葉神社07




尊星殿前の狛犬。

      20180226千葉神社08


こちらにも月星紋。

      20180226千葉神社09

いやぁ、たまらん。

神紋・月星に由来して、
「ツキ(月)を呼び、勝ち星(星)を拾う 」と言われています。
私もツキにあやかりたい(笑)。


中央部の福徳殿。
御祭神「北辰妙見尊星王」の御分霊を奉斎し、
陰陽道や九星気学・風水学と関わり深い妙見様の御神徳により、
方位方角・五行・十二支・人間の身体各部等の役割を、
八角形に配された八つの各星宮が個々に担い守護しているそうです。

      20180226千葉神社10


      20180226千葉神社11


      20180226千葉神社12


      20180226千葉神社13



こちらは重層社殿。

      20180226千葉神社14

上下に二つの拝殿を有する我が国初の重層社殿です。



扁額は、『妙見』。
月星紋も九曜紋も扁額に入っています。

      20180226千葉神社16



1階の拝殿にも、千葉氏の家紋の月星紋と九曜紋のオンパレード。

      20180226千葉神社17

正確には、九曜紋ではなく十曜紋。
(中心の円の周りに9つの円があるから十曜紋)
これは千葉宗家が使用していた家紋ですが
千葉宗家は滅んでしまったため、
現在では千葉神社にしかない家紋です。




      20180226千葉神社18



1階の拝殿の扁額。

      20180226千葉神社19



賽銭箱にも月星紋。

      20180226千葉神社20


拝殿内部。

      20180226千葉神社21


      20180226千葉神社22



1階の拝殿の隣は授与所。
授与所にも千葉氏の家紋がいっぱい。
千葉氏の城郭を追っかけている身としては
かなりテンションが上がります。

      20180226千葉神社18

あっ! 御朱印は、こちらで頂くことが出来ます。


実は、拝殿も立派すぎるから、犬連れはNGだと思って
びいすけ を尊星殿脇の玉垣に括りつけていました。

授与所の巫女さんに、
『犬を連れて来ちゃったんですが、抱っこしていれば!大丈夫ですか?』
と訊いてみたら、
『拝殿内部に入らなければ、境内は抱っこしなくても大丈夫ですよ!』
と、言われ急いで びいすけ を迎えに行きます。


改めて、 びいすけ と重層社殿。

      20180226千葉神社15


こちらが、本殿。

      20180226千葉神社31




こちらは手水舎。

      20180226千葉神社23




まだまだ勉強不足。
これは何と言うんでしょうか?
千葉天神社の前にあります。

      20180226千葉神社24



こちらが境内社の千葉天神。

      20180226千葉神社25


      20180226千葉神社26



学問の神様・菅原道真公を御祭神とする御社です。
千葉県内最大の天神様のお社であり、千葉神社の旧社殿であったことから
妙見様の御神力も同時にいただけるとされ、その神紋・月星に由来しての
「ツキ(月)月を呼び、勝(星)星を拾う」という縁起の良さが
広く知れ渡っています。

      20180226千葉神社27


拝殿の扁額。

      20180226千葉神社28



社殿の屋根にも千葉氏の家紋。

      20180226千葉神社29


      20180226千葉神社30



千葉天神の提灯にも月星紋。

      20180226千葉神社32



こちらは、御力石。
千葉天神の拝殿脇に在ります。

      20180226千葉神社33



北辰石・三光石・四拾五縁石。
江戸期 御祭神・妙見尊の御力を授かった霊石です

      20180226千葉神社34


      20180226千葉神社35


      20180226千葉神社36



再び、境内に戻りましょう。

      20180226千葉神社37




妙見池に架かる朱色の橋。

      20180226千葉神社38



朱塗りの二つの神橋「ねがい橋・かない橋」

      20180226千葉神社43



神橋を渡った先は、境内社のオンパレード。

      20180226千葉神社39


      20180226千葉神社40


      20180226千葉神社41

千葉神社って、こんなに境内社があるんですね。



妙見池のほとりにある美寿之宮。
これも境内社の一つ。

      20180226千葉神社42

水の神である多くの龍神様・水神様を統治掌握する神様が水御祖大神。
その水御祖大神をお祀りしているのが「美寿之宮」です。


     

この奥に在るのが亀岩。

      20180226千葉神社44



福授の亀岩。

      20180226千葉神社45

妙見様の御神使である玄武(亀)を形どり
その霊力が宿っていると言われています。




こちらが、千葉神社の御朱印。
境内社の千葉天神の御朱印も一緒に頂きました。

      20180226千葉神社46


      20180226千葉神社47


      20180226千葉神社48


正月の期間だけ、特別な御朱印が拝領できるらしい。
来年の正月の時期に、また参拝に来ようかな.........?



千葉神社、なかなか見応えのある神社でした。



2018/04/12 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............蘇我比咩神社 (2018年2月26日)(千葉県千葉市) 

2月26日

この日は千葉市内の神社を巡り、御朱印を拝領していました。


千葉市内って、中途半端な近さで自宅から20km程度。
そのくせ道路は混んではいるけど、車でのアクセスは比較的に楽。
でも中途半端に都会だから駐車場に困る事も多い。
そんな事もあって、千葉市内って避けていた訳じゃないけれど
意外に訪れる機会が少ない。
近くて遠い(?)千葉市内の探索の始まりです。


まず、最初に訪れたのは、蘇我比咩神社。


蘇我比咩神社は、今から千五百年前には建てられていたと言われています。
古記によれば、第十二代景行天皇の皇子である日本武尊命が
東国地方を統一すべく勅命を受け、弟橘姫を始め多数の家来を引きつれ
軍船に乗って千葉沖に差しかかった時に風雨が強くなり、
船は進まず沈没の危険に遭うことになります。
この時、弟橘姫は「龍神の怒りに触れた」と悟り、
これを静めんと同道して来た五人の姫達と共に身を海中に投じました。
そして海の荒れは治り、日本武尊命は無事航海を続けられたそうです。

身を投じた五人の姫の中に、蘇我大臣の娘たる比咩がいて
千葉の海岸(現在の蘇我近辺)に打ち上げられたそうです。
地元の人たちの手厚い看護で比咩は蘇生し、無事に都に帰る事が出来たそうです。
また、日本武尊命が日嗣の皇子でありながら東征の途中にて崩せられ、
皇位を継承するに及ばなかった事を聞いた地元民は、
その霊を慰めんと社を建てて神として祀りました。
これらの行為に深く感激した第十五代応神天皇は、特別の命により
蘇我一族をこの周辺の国造として派遣し、政治を行わせました。
蘇我一族は、代々「春日神社」「比咩神社」を守護神としており、
両神社の御分霊をいただき「蘇賀比咩神社」を建立したと言われているそうです。



こちらが、蘇賀比咩神社の鳥居。

      20180226蘇我比咩神社01

社号標は近くには見当たりませんでした。


鳥居に掛けられた注連縄。

      20180226蘇我比咩神社02

まだまだ新しい。



蘇賀比咩神社の由来。

      20180226蘇我比咩神社03
 
まあ、『由緒書き』みたいなモノですね。



参道の手水舎。

      20180226蘇我比咩神社04



手水舎って言ったら、やっぱり龍ですよね。

      20180226蘇我比咩神社05



正面に見えるは、拝殿。

      20180226蘇我比咩神社06



境内の狛犬。

      20180226蘇我比咩神社07


      20180226蘇我比咩神社08



こちらが、拝殿。

      20180226蘇我比咩神社09


別アングルから。

      20180226蘇我比咩神社11


拝殿に掲げられた扁額。

      20180226蘇我比咩神社12



蘇賀比咩神社の提灯。

      20180226蘇我比咩神社13



『千代春稲荷神社』の提灯。
なぜ、ここに?

      20180226蘇我比咩神社14

ひょっとして、境内社?
それとも兼務社?



こちらは、境内社。

      20180226蘇我比咩神社15



大三輪神社と大山阿夫利神社の名が見えます。

      20180226蘇我比咩神社16


ほとんど使われていない手水鉢。

      20180226蘇我比咩神社17



こちらは境内社の浅間神社の碑。

      20180226蘇我比咩神社23



幹に注連縄が巻かれているから
ひょっとしたら、御神木?

      20180226蘇我比咩神社19



境内には意外にも碑が多い。

      20180226蘇我比咩神社20



忠魂碑。

      20180226蘇我比咩神社21

戦争関連の碑も幾つか建てられています。


玉垣建設記念碑。

      20180226蘇我比咩神社22






こちらが、社務所。

      20180226蘇我比咩神社24

御朱印は、こちらで頂くことが出来ます。


そして頂いた御朱印がこちら。

      20180226蘇我比咩神社25

蘇賀比咩神社の御朱印です。
日付けは入っているものの、本当に朱印のみ。
いたってシンプル。
ある意味、素っ気ない。
書き置きでも無いんだから、社号の墨書きをして欲しかったなぁ。


2018/04/10 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

Solari    (2015年2月15日)(千葉県千葉市) 

2月15日 公休日

ドッグランド・ユーカリをあとにして、
向かった先は..............Solari

      20150215Solari01


      20150215Solari02



千葉市美浜区にある Solari。

      20150215Solari03

千葉県に、そして佐倉市に住んで約15年になるかと思うけれど、
未だに千葉市は良く分からない。

ナビに住所を入力して、着いた先は住宅街?

いゃあ、迷っちゃいましたよ(笑)。



何とか辿り着いたSolariの店内。

      20150215Solari04



朝から何も食べていないからお腹が空きました。

さっそくメニューをチェック。

      20150215Solari05


14時過ぎていたから、本日のランチは終了。

ちょうどピザが食べたかったから
半熟タマゴのピザセットを注文。

  

お店から、ワンコたちへのオヤツのサービス。

      20150215Solari07



オヤツを見て落ちつかない2頭。

      20150215Solari8



『待て!』して、お利口さんにしたらあげるから..............

って貰う時だけ、お利口さんになる2頭(笑)。

      20150215Solari09



オーダーした、ピザのセットが来ました。

サラダ。

      20150215Solari10


半熟タマゴのビザ。

      20150215Solari11

ソフトドリンクも付いて、美味しくて頂きました。




ふと、メニューの裏に気になる裏メニュー(?)

      20150215Solari12

爪切り 200円
肛門腺絞り 100円って安くない?



急遽、ダックが爪切りをして貰うことになりました。


ただ、客層が小型犬が多いため、ビーグルのような中型犬を乗せる台がない。

飼い主さんが抱きかかえての爪切りとなりました。

      20150215Solari13



お店のお姉さんに身を委ねるダック。

      20150215Solari14



いゃあ、この表情が何とも言えません(笑)。

      20150215Solari15


何だかんだと、コーヒーもお代わりを頼んじゃったりして
結構長居をしてしまいました。

お店の人も気さくな方で、居心地も良い。

良いお店を見つけてしまったようです。
また、お邪魔することにしよう。




2015/03/18 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて....................白井小学校高根分校跡                       (2014年6月26日)(千葉県千葉市) 

6月26日 公休日

都川水の里公園をあとにして、佐倉の自宅に帰るべく
東金街道(R128)を走って、四街道からR51経由で帰ることにしました。

東金街道を走っていて、高根と言う地名が現れた。
千葉市若葉区高根町。

確か、この辺りにも分校跡地が有ったはず..............。


iPhoneで検索しても詳細はわからない。

こういう時は素直に地元の人に聞く。
これが最近学んだ近道、時間の短縮。

地元の老人を探すけれど、昼間の暑い時間帯に歩いていない。
仕方ないので、地元の八百屋さんの御主人(御老人)に
分校の事を尋ねたら、一発で解決。
詳しい場所を教えていただき、辿り着くことが出来ました。

その場所は..............千葉市立白井小学校高根分校跡


高根分校は

明治6年     川井村に川井小学校が創立。
明治10年    多部田村に多部田小学校が設立。
明治16年    川井、多部田両校合併し高根小学校となる。
明治42年    高根、中野、野泉三校合併し、白井尋常高等小学校高根分校となる。
昭和22年    白井村立白井小学校高根分校と改称。
昭和30年      白井、更科両村合併し泉町立南部小学校高根分校と改称。
昭和38年    泉町が千葉市へ編入合併し、千葉市立白井小学校高根分校と改称。
昭和53年    本校に統合され、廃校となる。

     と、このような沿革となっています。



こちらが、高根分校の入口。

この辺りに正門が有ったであろうと推測されますが
門柱など一切残っていません。


      20140626高根分校跡01



廃校後、地域の公民館等になると言うことにはならず、
高根分校の跡地は、民間の土木関係の会社の資材置き場になっていると聞いていましたが、
まさにその通りの状態でした。


とりあえず記念に一枚パチリ ☆。


      20140626高根分校跡03



びいすけ の背後の藪の中に何かがあります。

生い茂る雑草の隙間から 『高根』の文字が確認出来ます。


      20140626高根分校跡02



『もしや.......?』の期待。

雑草を払いのけ、廃校記念碑であることを確認!


      20140626高根分校跡04



廃校記念碑の裏面には、高根分校の沿革が刻まれています。


      20140626高根分校跡05



こちらが、かつての校地。


      20140626高根分校跡06



確かに、現在は土木関係の資材置き場。


      20140626高根分校跡07



子供たちが遊んだ遊具等もなく..............


      20140626高根分校跡08



雑草に囲まれ、二ノ宮像もない。


      20140626高根分校跡09



とても、ここが学校跡地であったなんて
先程の廃校記念碑を見なければわかりません。


びいすけ の背後のプレハブ倉庫。
かつてはこんな感じで校舎が建っていたのだろうか?


      20140626高根分校跡10


実はこの場所の入口にはロープが張られてはいるものの
またけば乗り越えられる。
最近、この資材置き場にも車が入った形跡がない。
轍の跡がない。

ひょっとしたら、土木関係の会社も倒産してしまったんだろうか?



まあ、そんなことは、この びいすけ には関係ないことで
大人しく草の上に座っている................

その視線の先には何はあるのだろう」......?


      20140626高根分校跡11



視線の先には何もなく
やはり、ここが廃校跡だとはわかりづらい。


      20140626高根分校跡12


この場所にはもう何もないから
そろそろ帰ることにしましょう。


      20140626高根分校跡13


廃校のすぐ横にあるバス停。


      20140626高根分校跡14


このバス停が  『 旧・高根分校跡 』 とかになっていれば良かったのに.........

廃校の記念碑も草に埋もれ忘れ去られた感の強い高根分校。
ちょっぴり寂しい想いで、この地をあとにいたしました....................、




2014/07/19 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

都川水の里公園  (2014年6月26日)(千葉県千葉市) 

6月26日 公休日

個人的な三連休の二日目。
園生の森公園をあとにして、向かった先は..............

          都川水の里公園



実は、この公園。前から気になっていました。
特に何かが有名とかじゃなく、R16を千葉市内から市原方面へ走る時
この公園のすぐ横を通り、毎回、案内標識が視界に入ってました。

中々訪れる機会が無くて、本日やっとその機会を得ることが出来ました。


      20140626都川水の里公演01


この公園は、まだ未完成なのでしょうか?
わざわざ、園内地図に 小川、たんほエリア と書いてあります。


      20140626都川水の里公演02

園内地図で公園の大まかな位置関係を把握して散策開始です。


都小米と言う銘柄なんでしょうか?

      20140626都川水の里公演03


稲は順調に育っているようです。



ネットで調べたら、この都川水の里公園は
千葉県が整備している「都川多目的遊水地」(都川治水対策の一環)を
有効活用する目的で、市と県により整備が進められているそうです。

平成17年から用地買収をし、平成27年完成予定と
約10年間掛けて行う事業だそうです。

小川、田んぼエリアにある、この水田は
毎年抽選で当選した人が農業体験として稲を育てているらしい。
因みに今年度は、27組66名が公園内の田んぼで稲を育てています。


      20140626都川水の里公演04

う〜む、なるほど!



この辺りには、自噴井と言って、自然に湧き出た地下水です。

自噴井(flowing well, flowing artesian well)とは、
その井戸の取水対象の地下水が、人為的な動力によらず、
自ら地表(孔口)に噴出する井戸のことを言う。

(Wikipediaより抜粋)



      20140626都川水の里公演05



      20140626都川水の里公演08



この水の流れに何故か びいすけ は興味津々。


      20140626都川水の里公演06


      20140626都川水の里公演07





こちらは、都川。
この都川の支流(旧・都川)沿いに小川エリアの遊歩道が続きます。


      20140626都川水の里公演09



では、遊歩道を散策してみましょう。


      20140626都川水の里公演10



こんあ案内板も用意されています。


      20140626都川水の里公演11



こちらが都川の支流。
本当に小川のようです。


      20140626都川水の里公演12



ロングリードで びいすけ のペースに任せます。


      20140626都川水の里公演13



遊歩道沿いに咲く紫陽花の花。
いい匂いがするのでしょうか。


      20140626都川水の里公演25


      20140626都川水の里公園14



快調にすたこらさっさと歩いて行きます。


      20140626都川水の里公演15


      20140626都川水の里公演16



後ろ姿だけだと分かりづらいから
前から快調な びいすけ の姿をとらえて見ます。


      20140626都川水の里公演17



この案内板を見ると、春の桜の頃には
堤防沿いに歩くのが楽しそうですね。


      20140626都川水の里公演18


ロープが張られ、ここで行き止まり。
もうちょっと歩きたいなぁと思うけれど
今はまだ仕方が無い。

今後の公園整備で遊歩道が拡張されることに期待いたしましょう。


      20140626都川水の里公演19




Uターンして駐車場まで戻ります。


      20140626都川水の里公演20



やはり、 びいすけ のペースに任せて歩きましょう。


      20140626都川水の里公演21



雲は多少あるものの、この日はいい天気。
梅雨の中休み?

でも雨よりは良いから、中休みも大歓迎。
6月前半に異常な程、雨が局地的に降ったから
今年の梅雨は、もう適度に降ってくれればいいや。


      20140626都川水の里公演22



とは言いながらも、額にはうっすらと汗が浮かび、
びいすけ も舌を出している。


      20140626都川水の里公演23


熱中症には気をつけて、水分はしっかり補給しましょう。


      20140626都川水の里公演24




都川水の里公園。
まだまだ未完ですが、これが予定通りに整備されたら
かなり面白そうな自然公園になりそう。
いやぁ、完成が楽しみだなぁ..............。





2014/07/19 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

園生の森公園  (2014年6月26日)(千葉県千葉市) 

6月26日 公休日


個人的な3連休の2日目。
元々、この3連休は希望を出したものではないので
特にこれと言った予定はない。

こんな時は、近場の公園巡りでもしようと
千葉市内の公園巡りに出かけました。

以前、ネットで見たことのある公園
園生の森公園 に出かけました。


八千代市方面からR16を南下し、京葉道路穴川IC近くに園生の森公園はありました。
あやめ台団地の裏手と言ったら分かり易いかもしれません。

団地近くの手付かずの森。
元々は、園生市民の森と言っていた所を遊歩道を整備して
公園としたようです。
公園と言う割りには、駐車場も無く、車を停めるのに苦労しました。


こちらが、公園の入口。
他にも入口はあるようですが、車を停めた場所の関係から
こちらからのアプローチになります。


      20140626園生の森公園11


      20140626園生の森公園12



雑木林の中に続く遊歩道。


      20140626園生の森公園13


こういった散策路があって、雑木林の中を散策できる公園が好きです。



木で作った、こういった手作り感が溢れるちょっとしたモノも
なぜかしら好印象。


      20140626園生の森公園14




先ずは、公園の案内図で現在位置と散策コースを確認します。


      20140626園生の森公園01



毎年8月になると、キツネノカミソリと言う花が咲くようです。


      20140626園生の森公園10




では、散策開始です。
先ずは森の中へ入って行きます。


      20140626園生の森公園08


      20140626園生の森公園07




雑木林の中の散策路を歩くのって、何で心地良いのだろうか?

って、そんなことを思うのは私だけなんだろうか?
少なくても、 びいすけ は嫌いじゃなさそうだけど..............(笑)。


      20140626園生の森公園06



ずば抜けて、広いわけじゃ無いけれど
適度にベンチが有ったりして、休憩も出来ます。


      20140626園生の森公園02


      20140626園生の森公園05


      20140626園生の森公園09



梅雨に入って充分な水分を木々は取っているから
青々と葉は繁り、木々は光合成を盛んにしていることでしょう。


      20140626園生の森公園03




この公園も利用者のマナーが悪いのか?
はたまた、モラルが低いのか?

最近は、ウンチだけじゃなくて、
ブラッシングして抜けた毛までが問題視されているんですね。


      20140626園生の森公園04

やっぱり、こういう注意書きの立て札を見るたび
悲しい気持ちになるのは、何故なんだろう?




この森のある台地と、あやめ台団地がある台地との間に
湿地帯の八津があり、そちらも公園の敷地内となっています。
ちゅうど団地との境界線でも示すように小さな川が流れ、
川沿いにも遊歩道が設置されています。


      20140626園生の森公園15



鳥の鳴き声でもするのか?
柵の間から首を突っ込み覗きこむ びいすけ 。


      20140626園生の森公園16

『何か居たぁ〜?』

『何にも居ないでしょ!』


      20140626園生の森公園17



何も居ないけど、愛想を振りまく びいすけ 。


      20140626園生の森公園18


      20140626園生の森公園19



遊歩道を更に進めば、やがてウッドデッキの様な木道に変わります。
木の道って言うのも何と無くお洒落。


      20140626園生の森公園20


      20140626園生の森公園21



真っ直ぐ、一直線に木道が伸びています。


      20140626園生の森公園22





やがて木道は終わり、あやめ台団地側の入口に到着します。


      20140626園生の森公園23


この辺りに10台程度停められる駐車場が有れば
最高なんですけどね。


再び、森の中に入って、車を停めた場所に戻ります。
森の散策路を上って行きます。


      20140626園生の森公園24


      20140626園生の森公園25



何だかんだと小一時間。
森の中を散策し、森林浴気分。
天気は良かったけれど、木々に覆われた森の中
太陽も遮ってくれるから気にはならなかった。

今回は遭遇していないけれど、虫が居なくて
車が簡単に駐車できれば、いい公園なんだけどなぁ..............。





2014/07/18 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

金堀城址  (2014年5月19日)(千葉県千葉市) 

5月19日 公休日


この日は、大網白里市の九十九里浜へ行くことにしました。
ただ、九十九里浜に行って帰ってくるだけじゃ芸がないから
何ヶ所か寄り道して九十九里浜へ向かうことにしました。
小中池公園をあとにして、次なる寄り道として訪れたのは...................


          金堀城址



金堀城は

別名、辰ヶ台城とも呼ばれ、土気城の南の丘陵に築かれた城郭であります。
城の規模から城と言うよりは、砦と呼んだほうのが相応しいとも言われています。
築城時期等は不明ですが、土気城の砦として戦国時代までに土気城主、酒井氏によって
この地に構えられたとする考え方が一般的なようです。




こちらが、金堀城の縄張り図

      金堀城址縄張り図


          (余胡くんのホームページ よりお借りしました)



小中池公園から昭和の森公園に至るハイキングコースを歩いて金堀城址を目指します。


      20140519金堀城址01



なかなか良い雰囲気のハイキングコース。


      20140519金堀城址02



昭和の森公園に到着。
小中池が眼下に広がります。


      20140519金堀城址03



この辺りは金堀城址の二郭。
この奥が主郭となります。


      20140519金堀城址04


二郭と主郭を繋ぐ土橋。
土橋の両脇の空堀も
この位置からしっかりと確認できます。


      20140519金堀城址05


      20140519金堀城址06



土橋を主郭側から眺めると、こんな感じ。


      20140519金堀城址13


      20140519金堀城址07



こちらが主郭虎口

      20140519金堀城址08


そして、こちらが主郭虎口の土塁。


      20140519金堀城址09



正確には、土橋を渡ると一段高くなり
そこは腰曲輪(雑草だらけで何が何だかわからない写真です)


      20140519金堀城址14



腰曲輪の先が主郭となります。


主郭には、八幡神社が鎮座しています。


      20140519金堀城址10


      20140519金堀城址11


画像で分かるように、八幡神社も雑草に覆われています。

      20140519金堀城址12






こちらが、主郭搦め手口の虎口。

      20140519金堀城址15



この先は細尾根(両脇が崖)伝いに道が続きます。

幾つかの堀切を越え、下山することができます。

      20140519金堀城址16


      20140519金堀城址17


      20140519金堀城址18




尾根伝いの道を下って行くと、こんな所に出ます。


      20140519金堀城址19


思わず、『ここは、どこぉ〜?』って叫びたくなってしまいます。

再び、登って八幡神社に戻る気はないので
車を停めている小中池公園の駐車場を目指します。


      20140519金堀城址20



田圃の脇の畦道を歩き..............


      20140519金堀城址21



こんな、素掘りのトンネルを抜け.........

      20140519金堀城址22



やっとの思いで、駐車場に辿りつけました。

いやぁ、結構歩いたような気がします(笑)。



昭和の森公園内にある城址ですが、綺麗に管理されている昭和の森公園とは裏腹に
時期的なモノかもしれませんが、雑草の生い茂る城址でした。

だれかが参拝するかもしれない八幡神社もあるわけだし、
一応、公園敷地内だし..............

昭和の森公園の管理事務所さん、
せめて、主郭のある八幡神社周辺だけでも草刈りしませんか..............?(笑)






2014/06/08 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.................白井小学校中野分校跡                       (2014年5月19日)(千葉県千葉市) 

5月19日 公休日

この日は、大網白里市の九十九里浜へ行くことにしました。
ただ、九十九里浜に行って帰ってくるだけじゃ芸がないから
何ヶ所か寄り道して九十九里浜へ向かうことにしました。

最初の寄り道として訪れたのは................

          千葉市立白井小学校中野分校跡


白井小学校中野分校は


明治6年    中野村に中野小学校として創設。
明治22年   町村制の施行により、近隣の村々が合併して白井村が発足。
明治42年   中野小学校、高根小学校、野泉小学校が合併して
         白井尋常高等小学校が創設され、中野小学校は分教場となる。
昭和22年   白井小学校中野分校と改称。
昭和30年   白井村と更科村が合併し、泉町発足。
         泉町立南部小学校中野分校と改称。
昭和38年   泉町が千葉市に編入され、千葉市立白井小学校中野分校と改称。
昭和53年   本校に統合され、廃校となる。


と、このような沿革となっています。


実は、すいらんに行く際にこの中野分校の前を通っていました。
以前から小さな公園のように思っていました。

現在は、本郷自治会館と言う地域の公民館のような施設として活用されています。
残念ながら、校舎は既に解体されて新しい自治会館の建物が建てられています。


こちらが、正門跡。


      20140519白井小学校中野分校01


門柱は往時のモノのようです。


      20140519白井小学校中野分校02


しかし、表札は外され、代わりに『無断駐車禁止』の札に変わってます。

      20140519白井小学校中野分校03

勝手に駐車場として利用する人が多いのでしょうか?


敷地内の車路と校庭を区分するために用いたのか?
はたまた、単なる子供たちの遊具として利用していたのか?
黄色、青色、赤色、緑色と彩色された古タイヤが埋められています。


      20140519白井小学校中野分校04


      20140519白井小学校中野分校13


      20140519白井小学校中野分校09


      20140519白井小学校中野分校12



校庭の端っこには、廃校の記念碑

      20140519白井小学校中野分校05



そして、その裏には古井戸跡

      20140519白井小学校中野分校06



そして、こちらが校庭跡
綺麗に管理されていて、ありがちな雑草も目立たない
公園の芝生広場って言っても遜色ないほどです。

      20140519白井小学校中野分校07


      20140519白井小学校中野分校08




気持ちがいいのか?

びいすけ もゴロ~んと転がります。
びいすけ のこの行動で芝生の良し悪しが何となく判ります。

      20140519白井小学校中野分校10


      20140519白井小学校中野分校11


自治会館と大きな木

きっとこんな感じで校舎の脇にそびえ立っていたのでしょう。

      20140519白井小学校中野分校14


そして丹念に芝生の匂いを確認する びいすけ 。

      20140519白井小学校中野分校15


校門の門柱と廃校記念碑と古タイヤ
廃校遺構は、これくらいしか残されていませんが
廃校から36年、東金街道沿いにひっそりと佇んでいるようにも見えます。

すいらんに行く時は必ず通る道沿いなので
また立ち寄ってみることにしよう........................



2014/06/06 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit