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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............滝野川八幡神社 (2019年2月3日)(東京都北区) 

2月3日

遅番勤務のこの日、出勤前の都内散歩。
巣鴨近くの神社の御朱印巡りです。

しかしながら、巣鴨猿田彦大神庚申堂と
巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社の御朱印拝受が空振りに終わり、
コレも縁だと、心の中で自分自身を納得させつつも
何となくスッキリしない。
巣鴨からちょっと歩くけれど、もう1社巡っちゃえ!
と言うことで、向かった先は...........................滝野川八幡神社。


滝野川八幡神社は、東京都北区滝野川に鎮座する神社です。


旧滝野川村の鎮守で、一説には鎌倉時代の建仁2年(1202年)の創建と言われています。
滝野川八幡神社の社務所は終戦直後まで、旧中山道に面した滝野川三軒家の種子問屋が中心となっていた
東京種子同業組合の会合場所として利用されていたそうです。
ここで野菜の種子相場(生産者からの引取価格)の協定をしたり、
東京府農事試験場に試作を依頼していた原種審査会の表彰などを行っていたそうです。


御祭は、品陀和気命(応神天皇)。



神社社頭。

      20190203滝野川八幡神社01



玉垣前に設置された説明板。

      20190203滝野川八幡神社02



板碑のような社号標。

      20190203滝野川八幡神社03



参道の由緒書き。

      20190203滝野川八幡神社05



手水舎。

      20190203滝野川八幡神社08



こちらが、拝殿。

      20190203滝野川八幡神社04


      20190203滝野川八幡神社09


      20190203滝野川八幡神社10


向拝。

      20190203滝野川八幡神社11


拝殿正面。

      20190203滝野川八幡神社12



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190203滝野川八幡神社13



別アングルからの拝殿。

      20190203滝野川八幡神社14


      20190203滝野川八幡神社15




      20190203滝野川八幡神社34



拝殿前の狛犬。

      20190203滝野川八幡神社06


      20190203滝野川八幡神社07



拝殿前に置かれた天水桶。

      20190203滝野川八幡神社16




こちらは、社殿右手奥の参道口。

      20190203滝野川八幡神社17



狛犬も鎮座しています。

      20190203滝野川八幡神社18


      20190203滝野川八幡神社19



境内社。
      20190203滝野川八幡神社20



神楽殿。

      20190203滝野川八幡神社21



神輿庫。

      20190203滝野川八幡神社22


      20190203滝野川八幡神社23



御神木。

      20190203滝野川八幡神社26
      20190203滝野川八幡神社27
      20190203滝野川八幡神社28


      20190203滝野川八幡神社29
      20190203滝野川八幡神社30
      20190203滝野川八幡神社31



こちらが社務所。

      20190203滝野川八幡神社24


御朱印は、3種あるようです。

      20190203滝野川八幡神社25

金文字の御朱印は毎月1日、15日の限定らしい。
滝野川八幡神社の御朱印は、社号の墨書き部がV字になっているから
Victoryの『V』と言うことで勝負事にご利益があるとも言われているそうです。
ましてや、それが金文字だと言う事だから、まさに無敵でしょうね。

本日頂ける2種の御朱印をいただきました。


こちらが、通常版。

      20190203滝野川八幡神社32


そして、こちらがこの時期限定。
節分バージョンの御朱印。

      20190203滝野川八幡神社33


本日、2種の御朱印を拝受して、空振りに終わった分の癒しに充分なりました。

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2019/03/31 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り 上中里七福神 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は都内散歩、北区王子周辺に出かけていました。

平塚神社からJR上中里駅に向かう蝉坂の途中で
こんな幟を見かけました。

      20190202上中里七福神01

『 ん? 上中里七福神? 』

七福神巡りも、ちょいちょい 行う身としては
こんな幟を見たら、素通りは出来ません。


と言うことで、立ち寄ったのは...................上中里七福神

      20190202上中里七福神02

七福神の赤い幟の他にも青い幟。
よく見ると、上中里西方不動尊 と書かれています。


どうやら、石段の左側が上中里西方不動尊。
右側が上中里七福神のようです。

      20190202上中里七福神03


一際目立つ提灯。

      20190202上中里七福神04



上中里西方不動尊について、詳しいことは分かりませんが、
この付近には瀧があり行場になっていて、
不動明王像が置かれていたそうです。

      20190202上中里七福神05


現在は、人工の岩場となっていて、向かって左に摩利支天。
向かって右に不動明王像が鎮座しています。

      20190202上中里七福神06


鉄道工事や道路拡張等により度々移転され、
昭和2年にこの場所に遷座したそうです。

      20190202上中里七福神07


岩場の側面には日支事変の事が記載された板碑。

      20190202上中里七福神08



岩場の向かい側には、数基の石碑。

      20190202上中里七福神09


      20190202上中里七福神10


そして、大黒天と恵比寿の像。

      20190202上中里七福神11

これが七福神かと思ったら違っていた。


上中里七福神は、その隣に鎮座していました。

      20190202上中里七福神12


      20190202上中里七福神13


 

布袋尊。

      20190202上中里七福神14

布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。




毘沙門天。

      20190202上中里七福神15

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれます。
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、右手に宝棒、左手に宝塔、
足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。



弁財天。

      20190202上中里七福神16

弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。




福禄寿。

      20190202上中里七福神17

福禄寿は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。




恵比寿。

      20190202上中里七福神18

七福神中で唯一の日本の神様。いざなみ、いざなぎの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、信仰の始まりとされています。
左手に鯛をかかえ、右手に釣竿を持った親しみ深い姿の漁業の神で、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。





寿老人。

      20190202上中里七福神19

寿老人は、福禄寿と同じく星の化身で、にこやかな微笑みをたたえ、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴です。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。




大黒天。

      20190202上中里七福神20

大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものとされています。
一度仏となったが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたとされ、
五穀豊穣、大地を掌握する神様(農業)です。
大きな袋を背負い、打出小槌をもち、頭巾をかぶられた姿が一般によく知られていて
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




一ヶ所で、七福神が全てお参りできる七福神。
七福神通の間では『1ヶ所七福神』と言うらしい。


たまには、こう言った七福神巡りも、良いんじゃない?




2019/03/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・城址巡り 平塚城址 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日訪れた平塚神社。
この地は、平塚城の在った地として
後世にに伝えられています。


平塚城は、平安時代に豊島近義が築城したと伝えられています。
後三年の役の帰路に源義家、義光、義綱の兄弟がこの館に逗留し、手厚いもてなしを受けました。
そのもてなしに感謝した義家は鎧一領と十一面観音像を下賜しました。
後に、この鎧を城の守り本尊として埋めて塚を築き、鎧塚(甲冑塚)と呼んだそうです。
また、この塚が高くなく、『平だったことから「平塚」の地名が生まれた』ともされています。

豊島氏は秩父氏の一族であり、南武蔵で大いに栄えた一族でした。

1476年、山内上杉顕定の重臣長尾景春が謀反を起こすと、
平塚城の豊島泰明は、兄の豊島家の当主である石神井城主・豊島泰経とともに
長尾景春に同調して挙兵をします。

1478年、扇谷上杉氏の筆頭家老である太田道灌は平塚城を攻め、
これに対し豊島氏は平塚城救援のために石神井城と練馬城から出兵し、
豊島軍と太田軍は江古田・沼袋原で激突しました(江古田原の戦い)。
この戦いで豊島軍は大敗し、平塚城主・豊島泰明は討死にしてしまいます。
さらに、勢いに乗った太田道灌は石神井城、練馬城を攻め落とし、
豊島泰経は平塚城に逃れますが、平塚城も落城してしまいます。
こうして豊島氏は滅亡し、歴史の表舞台からその名を消す事になります。


そんな歴史的な背景を持つ平塚城跡は、現在の平塚神社とされています。




平塚神社の社号標。

      20190202平塚城址01



神社社頭、玉垣の前に建てられた説明板。

      20190202平塚城址02

平塚神社が平塚城跡の伝承地として記されています。



平塚神社社頭には、テレビドラマのロケで見かける甘味処があります。

      20190202平塚城址03

『平塚亭』。
おかしな刑事シリーズで伊東四朗と羽田美智子が団子を食べるシーンで
よく登場する場所ですね。


社殿へと続く参道は、かつての郭跡?

      20190202平塚城址04



こちらは、JR上中里駅から平塚神社(平塚城址)へと向かう坂道。

      20190202平塚城址05

『蝉坂』と呼ばれ、平塚城を攻略した太田道灌が攻め上った「攻め坂」から転訛したものとも言われています。



道灌のように蝉坂から平塚城へ進軍いたしましょう。

      20190202平塚城址06



『蝉坂』の途中にある石段。

      20190202平塚城址07

この石段を上がれば平塚神社。
すなわち、平塚城址です。



平塚神社の境内。

      20190202平塚城址08



都心のど真ん中。
郭跡になるけれど、遺構は残されていない。

      20190202平塚城址09



社殿裏手には、土壇が残っているように見えるけれど
フェンスの先は立ち入り禁止。

      20190202平塚城址10




この先に、平塚の名の由来となった鎧の埋められた塚があるのでしょうか?

      20190202平塚城址12

フェンスの向こうではその確認も出来ません。



同じく本殿背後の土手状の土盛り。

      20190202平塚城址11

土塁跡とも言われています。


都心の城郭跡の悲しい性(さが)。
残念ながら、遺構らしい遺構もないけれど
平塚城、ここに攻略いたしましたぁ!!



2019/03/26 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 平塚神社 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は、都内の神社巡り。
都電神社巡りの途中ですが、七社神社の近くの神社も侮れません。
七社神社をあとにして、向かった先は...................平塚神社。


平塚神社は、東京都北区上中里に鎮座する神社です。


創建は平安時代後期の元永年間(1118年~1120年)とされるています。

八幡太郎源義家公が御兄弟とともに奥州征伐の凱旋途中にこの地を訪れ、
領主の豊島太郎近義に鎧一領を下賜されました。
近義は拝受した鎧を清浄な地に埋め、塚を築いて自分の城の鎮守としました。
築いた塚は甲冑塚と呼ばれ、高さがないために平塚ともよばれました。

さらに近義は源義家・源義綱・源義光の三兄弟を平塚三所大明神として祀り、
社殿を造営し、一族の繁栄を祈願したとされ、平塚神社の始まりとされています。


御祭神は、源義家命(八幡太郎)
     源義綱命(賀茂次郎)
     源義光命(新羅三郎)




神社社頭。

      20190202平塚神社01



社号標。

      20190202平塚神社02



参道の社号標。

      20190202平塚神社04



参道の貼り紙。

      20190202平塚神社05

やっぱり、びいすけ はダメだったのね。
連れて来なくて良かった。



一の鳥居。

      20190202平塚神社06



参道は続きます。

      20190202平塚神社07



二の鳥居。

      20190202平塚神社30

 

手水舎。

     20190202平塚神社08




こちらが、拝殿。

      20190202平塚神社09



拝殿正面。

      20190202平塚神社10



向拝の彫刻。

      20190202平塚神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190202平塚神社12



別アングルからの拝殿。

      20190202平塚神社13


      20190202平塚神社14



奥にちょこんと屋根が見えるのが本殿。

      20190202平塚神社15


拝殿前に飾られた提灯。

      20190202平塚神社16


拝殿前に鎮座する狛犬。

      20190202平塚神社17


      20190202平塚神社18



境内社。

      20190202平塚神社19


      20190202平塚神社20


      20190202平塚神社21



神楽殿。

      20190202平塚神社23



神輿庫。

      20190202平塚神社22

      20190202平塚神社24




境内の御神木。

       20190202平塚神社25
      20190202平塚神社26



こちらが社務所。

      20190202平塚神社27



その一角は授与所。

      20190202平塚神社29



御朱印はこちらで拝受する事が出来ます。

      20190202平塚神社28


      

そして、こちらが平塚神社の御朱印。

      20190202平塚神社31





おまけ。

神社社頭の甘味処、平塚亭。

      20190202平塚神社03

王子を舞台にした伊東四朗と羽田美智子の共演している2時間ドラマ『おかしな刑事』で
二人が団子を食べているシーンに出てくる団子屋さん。

このドラマ、好きだからこの場所に前から来たかったんだよなぁ。
でもドラマの中の団子屋さんとはちょっとイメージが違う。
もっと賑やかだと思っていました。







2019/03/26 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............................七社神社 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は、王子稲荷神社の初午の日。
王子稲荷神社の初午目的で王子にやって来ました。

王子駅周辺(隣接駅を含む)にはそれなりに神社があるので
御朱印拝受の神社巡りとなります。

王子神社をあとにして、向かった先は.................七社神社。


七社神社は、東京都北区西ヶ原に鎮座する神社です。



寛政5年1793年)の火災により、古文書、古記録など、
すべての資料と共に焼失したため、創建時期や由緒は不明とされています。

仏宝山無量寺境内の高台に鎮座していたとされ、
寛政6年(1794年)に再建された後、明治元年の神仏分離令により神社として独立します。
その際に、紀伊国高野山四社明神を移し祀り、伊勢・春日・八幡の三座を合祀し、
七所明神と称しました。社号は七柱の神々を奉斎することに由来します。
明治2年に一本杉神明宮の社地(現在地)に遷座し、西ヶ原・栄町の総鎮守として奉祀されました。


御祭神は、伊邪那岐命
     伊邪那美命
     天児屋根命
     伊斯許理度賣命
     市寸島比賣命
     仲哀天皇
     応神天皇  の七柱となります。



本郷通り沿いに建つ一の鳥居。

      20190202七社神社01


一の鳥居に掲げられた神額。

      20190202七社神社02


一の鳥居の脇には参道の碑。

      20190202七社神社03

ここから、参道が始まる。


鳥居の脇の説明板。。

      20190202七社神社04



この場所は、西ヶ原の一里塚でもある。

      20190202七社神社05



参道を100mも進めば神社社頭。

こちらが二の鳥居。

      20190202七社神社06



由緒書き。

      20190202七社神社07



二の鳥居の先には手水舎。

      20190202七社神社08



定番の龍の吐出口。

      20190202七社神社09



こちらが拝殿。

      20190202七社神社10


向拝の彫刻。

      20190202七社神社12



拝殿正面。

      20190202七社神社11


      20190202七社神社13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190202七社神社14



別アングルからの拝殿。

      20190202七社神社15


      20190202七社神社16



そして、こちらが本殿。

      20190202七社神社17



拝殿前には、七社神社の説明板。

      20190202七社神社18



拝殿前の狛犬。

      20190202七社神社19


      20190202七社神社20



拝殿に飾られた提灯。

      20190202七社神社21



拝殿前の天水桶。

      20190202七社神社22



境内社の稲荷神社。

      20190202七社神社23



同じく、境内社の菅原・三峯神社。

      20190202七社神社24



こちらも、境内社の天祖神社(一本杉神明宮)。

      20190202七社神社25


   
そして、こちらも境内社。
熊野神社。
 
      20190202七社神社26



神楽殿。

      20190202七社神社27


      20190202七社神社28



神楽殿には奉納された扁額が多く飾られています。

      20190202七社神社29


      20190202七社神社30


      20190202七社神社31


      20190202七社神社32



そして、明日は節分祭。
境内には、その特設ステージも設けられています。

      20190202七社神社35



御神木。

    20190202七社神社37
      20190202七社神社36



なぜか、境内には孔子像と孟子像。

      20190202七社神社38



こちらは、神輿庫

      20190202七社神社39



授与所。

      20190202七社神社40



こちらが社務所。

      20190202七社神社41


社務所内部。
御朱印はこちらで拝受いたしました。

      20190202七社神社43



こちらが、七社神社の御朱印。

      20190202七社神社44


都電のスタンプが押されています。
実は、都電荒川線沿線の3つの神社の御朱印に
漫画家の高橋カオリ女史デザインの都電印(都電9000形)を捺印しています。

飛鳥山停留所近くの七社神社
大塚駅前停留所近くの天祖神社
雑司ヶ谷停留所近くの大鳥神社

この3つの神社を巡るのを『都電神社めぐり』と称しているらしい。
この日、都営まるごときっぷ(一日乗車券)を買ったのも
この『都電神社めぐり』が目的の一つ。


さぁ、次なる神社を目指しましょう!!



2019/03/25 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 王子神社 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は、都内の王子に出かけました。


王子稲荷神社をあとにして、向かった先は....................王子神社。



王子神社は東京都北区王子本町に鎮座する神社です。

創建時期は不詳ながら、当初は王子権現と称しており、
この地域の地名である「王子」の由来とされています。

康平年間(1058年〜1065年)に、源義家が奥州征伐のおり、
当地で金輪仏頂を修法、凱旋の日に甲冑を奉納したとされ、
また、文保年間(1317年〜1319年)および元弘年間(1331年 -〜1334年)に、
当地の領主である豊島氏が社殿を再興し、熊野新宮の浜王子より
「若一王子宮」を改めて勧請・奉斎したそうです。

戦国時代になると、当地の領主となった小田原北条氏も当社を篤く崇敬し、
徳川時代に入ると、初代将軍・家康公は天正19年(1591年)に朱印地二百石を寄進し、
将軍家祈願所と定めました。その後代々将軍の崇敬篤く、
「王子権現」の名称で江戸名所の1つとなったそうです。




御祭神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
     伊邪那美命(いざなみのみこと)
     天照大御神(あまてらすおおみかみ)
     速玉之男命(はやたまのおのみこと)
     事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱です。



こちらが、社号標。

      20190202王子神社01



神社社頭。

      20190202王子神社02



大鳥居。

      20190202王子神社03



境内の由緒書き。

      20190202王子神社04



手水舎。

      20190202王子神社05



こちらが拝殿。

      20190202王子神社06



拝殿正面。

      20190202王子神社07


      20190202王子神社08


      20190202王子神社09



拝殿内部。

      20190202王子神社10



別アングルからの拝殿。

      20190202王子神社11


      20190202王子神社12



こちらが本殿。

      20190202王子神社13



拝殿前の狛犬。

      20190202王子神社14


      20190202王子神社15



境内社の関神社

      20190202王子神社16



全国でも珍しい髪の神様。

      20190202王子神社17

戦災で焼失したものを、髢、鬘、床山、舞踊、演劇などの関係業界の御尽力により、
昭和34年に再建されたそうです。



その脇には、『毛塚』。

      20190202王子神社18

毛髪報恩のために建立されています。
いかに、髪の毛の悩みを持った人が多かったかを物語っているようです。



関神社の脇には、板碑も並びます。

      20190202王子神社19



境内の片隅の説明板。

      20190202王子神社20

王子神社のイチョウの木。(大銀杏の木)
大正13年の実測によると、目通り幹周は6.36m、
高さは19.69mであったそうです。



こちらが、その大銀杏の木。

      20190202王子神社21
        20190202王子神社22



台地下側から眺める大銀杏の木。

      20190202王子神社23



大銀杏の木の下には句碑。

      20190202王子神社24



こちらが授与所。

      20190202王子神社25

なぜか、列が出来ている。。
嫌な予感...........



予感的中。
この列は御朱印を待つ人の列。

      20190202王子神社26

王子稲荷神社の初午の日だから
抱き合わせでお参りする人(私もその一人です)が多いのか?
書き手が一人だから、意外に待ち時間が長かった。



こちらが、王子神社の御朱印。

      20190202王子神社27


独特な書体の味のある御朱印。
並んで待った甲斐があるものです。



2019/03/25 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 王子稲荷神社 (2019年2月2日)(東京都北区区) 

2月2日

この日は、王子に出かけました。

装束稲荷神社をあとにして、向かった先は................王子稲荷神社。


王子稲荷神社は東京都北区岸町に鎮座する神社です。


荒川流域が広かった頃、その岸に鎮座した事から、
古くはは岸稲荷と名付けられました。
また、治承四年に源頼朝より奉納を得たとされています。
(社伝には「康平年中、源頼義、奥州追討のみぎり、深く当社を信仰し、
関東稲荷総司とあがむ」 とあるそうです。)

「関東八州」の稲荷の総社と紹介されるようになっているようですが、
元来は東国三十三国の稲荷総司の伝承をもっていたそうです。

毎年大晦日の夜、諸国のキツネ、社地の東である古榎の辺り()に集まり、
装束を改めるといい、江戸時代は狐火で有名でした。




御祭神は、宇迦之御魂神・宇気母智之神・和久産巣日神。



この日は、初午。
王子稲荷神社の例祭日で、王子駅から王子稲荷神社に至る参道には
縁日の屋台が数多く並んでいます。

       20190202王子稲荷神社01


       20190202王子稲荷神社02


       20190202王子稲荷神社03

おまけに、土曜日だから人も多い。


こちらは社号標。

       20190202王子稲荷神社04



神門。

       20190202王子稲荷神社05



神門の先には鳥居。。
そして石段を上がれば社殿が待ち構えているが
今日は鳥居の前で警備員が待ち構えていて、参拝規制。

       20190202王子稲荷神社06



手水舎だと思うのだが、なぜかシートが掛けられている。

       20190202王子稲荷神社07



横に五人が並び、列を作って参拝の順番待ち。

       20190202王子稲荷神社08



順番が来て、石段を上がると、神使いの狐お出迎え。

      20190202王子稲荷神社09



でも社殿前はやはり、人、人、人..............。

       20190202王子稲荷神社10

正直、こうな感じで混んでいるのは苦手。



社殿前の狛犬。

      20190202王子稲荷神社11

稲荷神社だからって、狐だけじゃありません。
狛犬もしっかりと居ました。


社殿正面。

      20190202王子稲荷神社12



向拝の彫刻。

      20190202王子稲荷神社14



拝殿正面の扁額。

      20190202王子稲荷神社15



しかしながら、拝殿までの列は長い。
なかなか拝殿まで辿り着けない。

      20190202王子稲荷神社13



拝殿内部。

      20190202王子稲荷神社16



こちらが、本殿(だと思う。ちょっと記憶が曖昧。)

      20190202王子稲荷神社17




社殿脇にも参道口。

      20190202王子稲荷神社18

こちらから入れば、横入りの参拝が出来そうだけど
やっぱり、正面から行儀よく並びましょう。




こちらは、拝殿の右脇の本宮。

      20190202王子稲荷神社19


      20190202王子稲荷神社20

こちらも列が出来ている。

さらにその奥も行列。

      20190202王子稲荷神社21



この先には、『御石様』。
『御石様』目当ての行列です。

      20190202王子稲荷神社22



持ち上げた際に重く感じるか?
はたまた、軽く感じるか?
その結果で願い事の成就を占う「おもかる石」が在ります。

      20190202王子稲荷神社23


      20190202王子稲荷神社24


こちらの大きな石を持ったら、思った以上に重くて、腰に痛みが来た。

      20190202王子稲荷神社25

まだまだ努力が足りないようです。



御石様の脇には、境内社の亀山稲荷神社・嬉野森稲荷神社・北村稲荷神社の三社殿。

      20190202王子稲荷神社26


  
 
御石様の横に階段があり、その階段を上った先には小さな石祠。

      20190202王子稲荷神社27

この石祠の脇には、この地に住みついていた狐の住処だったという『お穴様』が在る。



『お穴様』の位置から『御石様』を見下ろします。

      20190202王子稲荷神社29

まだまだ、『御石様』の列は続きます。    



社殿前から見下ろす石段の行列。

      20190202王子稲荷神社30
      
ものすごい行列。
たった30分の差でこんなに並ぶとは...............



こちらは、社殿前の石段下に鎮座する市杵島神社。

      20190202王子稲荷神社28


王子稲荷神社初午の名物、初午祭凧市。

      20190202王子稲荷神社31

火除の凧が売られています。
風を切って空高く上がる凧に火除の願いをのせたのが、火除凧の始まりだったようです。


お札を求める人が多いのか?
授与所の前にも行列。

      20190202王子稲荷神社32



こちらが、王子稲荷神社の御朱印。

      20190202王子稲荷神社33

御朱印はあまり人気がないのか?
書き置き版でしたが、並ぶ人もいなくて、すぐに拝受出来ました。






2019/03/24 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 王子装束神社 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は、びいすけ には申し訳ないけれど
留守番をしてもらい、都内に出かけました。

都営1日乗車券を買ったから、都電に乗りまくる予定です。
『宮の前』から都電にのって、『王子駅前』にて下車。

向かった先は................装束稲荷神社。


装束稲荷神社は、東京都北区王子に鎮座する神社です。


その昔、関東全域にいる稲荷のお遣いである狐たちが、
この地にある榎の木の下に集まり、衣装を整え
「王子稲荷神社」に向かった場所と言い伝えられています。



御祭神は。宇迦之御魂神。


こちらが、装束稲荷神社。
王子の商店街の片隅に鎮座する装束稲荷神社。
思っていたより小さい。

      20190202装束稲荷神社01


   
境内には幟が多く立つ。

      20190202装束稲荷神社02



比較的早めに訪れた(9時半ごろ?)つもりだけど
既に参拝客の列。

      20190202装束稲荷神社03



こちらが手水舎。

      20190202装束稲荷神社04


社殿正面。

      20190202装束稲荷神社05

普段は閉ざされている社殿。
この日は初午。年に数回しか開かない日の一つらしい。
よく見えないけれど、社殿中央には木造の像があるらしい。



社殿正面の扁額。

      20190202装束稲荷神社06


      20190202装束稲荷神社07



社殿前には、神使いの狐。

      20190202装束稲荷神社16



社殿脇には装束榎の碑。

      20190202装束稲荷神社08

榎の木は枯れてしまったようですが、
その昔、神使いである狐たちが、この場所に集まっとされています

現在では『王子 狐の行列』と称し、ここからスタートします。
 
『王子 狐の行列』とは..............

まいとし、12月31日の大みそか、除夜の鐘を合図に
キツネのお面や装束をまとった人々が来年の豊作と火防と併せて、
商売繁盛を祈願し、装束稲荷神社から王子稲荷神社まで練り歩く行事です。



『王子の狐』を詠んだ句碑。

      20190202装束稲荷神社18




装束稲荷神社は普段は無人。
初午祭、二の午祭のときだけ社務所が開いて
御朱印をいただけます。


時刻は9時半過ぎ。
既に社務所には列が出来ている。

      20190202装束稲荷神社09


 
授与品。

      20190202装束稲荷神社10



こちらが御朱印。

      20190202装束稲荷神社11

今年も書き置き版にて対応。
墨書きと違って待つ時間が短いから、
混んでいてもさほど苦ではない。


社務所の隣では、栃尾の油揚げも売られている。

      20190202装束稲荷神社12



こちらが、装束稲荷神社の御朱印。

例年、2月の初午の日に限られ、御朱印が拝受され
書き置き版になりますが、昨年は2種類でした。

今年は、何と3種類。


こちらが、『火防の凧』の御朱印。

      20190202装束稲荷神社13



書き手によって書体の違う御朱印。

      20190202装束稲荷神社14


      20190202装束稲荷神社15


2枚目と3枚目の違いは書体のようです。


実はこの日、王子に来たのはここ装束神社が目的。
なんと言っても年に1回しかないチャンスですからね。

とりあえず、当初の目標達成です。


2019/03/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り..........................上田端八幡神社 (2019年1月25日)(東京都北区) 

1月25日

遅番勤務のこの日。
12時勤務だから、出勤前の時間を利用して都内散歩。
御朱印拝受の神社巡りをしました。


田端神社をあとにして、向かった先は................上田端八幡神社。


上田端八幡神社は、東京都北区田端に鎮座する神社です。

北区田端(旧・田端村)には、八幡神社が2社鎮座しています。
田端神社は現在の田端二丁目に鎮座し、上田端八幡神社は田端四丁目に鎮座しています。
旧田端村が台地上の上田端と崖下の下田端という、ふたつの地域に分かれていたため
当初は、一つの八幡神社が二つの八幡神社に分かれてしまったとも言われていますが
ひょっとしたら、それ以外にも諸般の大人の事情があったのかもしれません。

元々は一つの神社だった事から由緒も田端八幡神社と同じように
文治5年(1189年)、源頼朝が当地の豪族・豊島氏らと共に奥州藤原氏を討伐(奥州合戦)し、
その帰路に当地に立ち寄り、鎌倉・鶴岡八幡宮を勧請し、分霊したものとされています。


御祭神は、品陀別命。



神社社頭の一の鳥居。

      20190125上田端八幡神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20190125上田端八幡神社02


  

鳥居の脇には、上田端八幡神社の説明板。

      20190125上田端八幡神社03



参道の由緒書き。

      20190125上田端八幡神社04



御神木の立ち並ぶ参道を社殿へと向かいます。

      20190125上田端八幡神社05
    20190125上田端八幡神社06
 20190125上田端八幡神社07



こちらが、二の鳥居。

      20190125上田端八幡神社08



拝殿。

      20190125上田端八幡神社09



拝殿正面。

      20190125上田端八幡神社10



別アングルからの拝殿。

      20190125上田端八幡神社11


      20190125上田端八幡神社12



拝殿前に置かれた手水鉢。

      20190125上田端八幡神社13


拝殿前の狛犬。

      20190125上田端八幡神社14


      20190125上田端八幡神社15



そして、こちらが本殿。

      20190125上田端八幡神社16


   

境内社。

      20190125上田端八幡神社17


      20190125上田端八幡神社18


      20190125上田端八幡神社19



神輿庫。

      20190125上田端八幡神社20


      20190125上田端八幡神社21


      20190125上田端八幡神社22



参道の板碑。

      20190125上田端八幡神社23



こちらが社務所。

      20190125上田端八幡神社24

御朱印はこちらで拝受出来ます。



御朱印を待つ間、境内の古木を眺めてみます。

       20190125上田端八幡神社25
      20190125上田端八幡神社26
      20190125上田端八幡神社27


30年近く前の田端の街を知っているけれど、
田端の街もかなり変わって、表通りは見違えるようになった。
でも、この上田端神社の古木の御神木は、
遷りゆく街を見てきたんでしょうね。

      20190125上田端八幡神社28




こちらが上田端八幡神社の御朱印。

      20190125上田端八幡神社29


2〜3年前に参拝された方のブログを拝見すると、宮司さんが高齢のため
セルフ方式の御朱印と書かれていたけれど、墨書きの御朱印対応をしていただきました。

見た感じ、高齢の方では無かったため、
ひょっとしたら、宮司さんが代替わりしたのかな?




2019/03/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 田端八幡神社 (2019年1月25日)(東京都北区) 

1月25日

この日は遅番勤務。
12時からの出勤だから、いつもと同じ行動パターンをすれば
午前中に3時間のフリーな時間が作れる。

と言うことで、遅番勤務前の都内散歩。
山手線に乗って田端駅を目指します。

田端駅で電車を降り、向かった先は................田端八幡神社。


田端八幡神社は、東京都北区田端に鎮座する神社です。


文治5年(1189年)、源頼朝が当地の豪族・豊島氏らと共に奥州藤原氏を討伐(奥州合戦)し、
その帰路に当地に立ち寄り、鎌倉・鶴岡八幡宮を勧請して、旧田端村の鎮守としたことに始まります。

どうも創建の由緒は近くに鎮座する『上田端八幡神社』と同じであり、
元来は一つの神社が諸般の事由(いわゆる大人の事情って言うやつ)で
分かれてしまったと考えられるそうです。

室町時代には、豊島氏を滅ぼした太田道灌が当地に出城を築城したことから、
城山八幡とも呼ばれたそうです。

江戸時代になって、田端八幡宮と称されるようになりました。



御祭神は、品陀和気命。



こちらが、社号標。

      20190125田端八幡神社01



社号標の脇の参道口。

      20190125田端八幡神社02


田端八幡神社の説明板。

      20190125田端八幡神社03



参道の神輿庫。

      20190125田端八幡神社04



一の鳥居。

      20190125田端八幡神社05


一の鳥居の先にも神輿庫が並びます。

      20190125田端八幡神社06


      20190125田端八幡神社07



こちらが、二の鳥居。

      20190125田端八幡神社08


参道に建つ由緒書き。

      20190125田端八幡神社09


手水舎。

      20190125田端八幡神社10



こちらが拝殿。

      20190125田端八幡神社11



拝殿正面。

      20190125田端八幡神社12


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190125田端八幡神社13



別アングルからの拝殿。

      20190125田端八幡神社14


      20190125田端八幡神社15



そして、こちらが本殿。

      20190125田端八幡神社17



見た感じ、社殿が新しく見える。
それもそのはず、創設は古い田端八幡神社。
社殿は太平洋戦争の空襲で一度消失しました。
戦後、再建されましたが、平成2年大喪の礼に反対する輩に火をつけられ
社殿が消失してしまい、平成4年に再建されたそうです。

 
     
拝殿前の狛犬。

      20190125田端八幡神社18


      20190125田端八幡神社19



境内社。

      20190125田端八幡神社20


      20190125田端八幡神社21


      20190125田端八幡神社22



神楽殿。

      20190125田端八幡神社23



こちらも神輿庫でしょうか?

      20190125田端八幡神社24


      20190125田端八幡神社25



こちらは、社務所。

      20190125田端八幡神社26

扉は閉まっていて、普段から無人のようです。


閉められた授与所のカウンターには、セルフ方式の御朱印。

      20190125田端八幡神社27


手持ちの半紙に押してみました。

      20190125田端八幡神社28


墨書きが無いと味気ないけれど、これはコレで乙なモノ。
以前は、書き置きの御朱印対応だったそうですが
まあ、神職さんの都合もあるでしょう。
セルフの御朱印でも良しとしなくては.......................ねっ?



2019/03/19 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit