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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

利根七福神⑦ 福禄寿  《 早尾天神社 》(2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています


利根七福神もいよいよ最終章となりました。
円明寺をあとにして向かった先は...............利根七福神巡り 第7弾 早尾天神社福禄寿


早尾天神社は、



こちらが、早尾天神社の正面入口。

鳥居の前で、はいポーズ。☆パチリ。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社01


      20160411利根七福神⑦早尾天神社02


      20160411利根七福神⑦早尾天神社03



逆光と言うか影になって神額は見づらい。
辛うじて、天満宮の文字が読み取れます。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社04


     


こちらが、利根七福神の福禄寿

      20160411利根七福神⑦早尾天神社07



      20160411利根七福神⑦早尾天神社06


      20160411利根七福神⑦早尾天神社08

福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。




こちらが、拝殿。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社05




拝殿に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社10



そして、こちらが本殿。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社09


    

拝殿脇の境内。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社11


      20160411利根七福神⑦早尾天神社12



境内中央奥にそびえるイチョウの樹。
公孫樹です。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社13



早尾天神社の境内には、石仏、石碑が多い。


スダジイ左に鎮座する石碑群。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社14



スダジイ右に鎮座する石碑群。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社15



拝殿前にも石碑はあります。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社16



早尾天神祠碑

      20160411利根七福神⑦早尾天神社17

早尾天神社縁起、由緒などが記されています。



こちらは、手水舎。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社18


      20160411利根七福神⑦早尾天神社19



そして常夜燈。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社20

いい感じで苔生していて、何となく由緒ある天神社の感が強い。


学問の神として、菅原道眞を祀っている天神社。
あまり縁がない神社ですが、少し寂れた感が何処となく趣きがあるような気がします。
得てして、パワースポットってこんなモノかも知れない。
利根七福神巡りをしなければ、この先も訪れることもなかった早尾天神社。
利根七福神巡りをして正解だっかも知れない。

利根七福神巡り、これにて完結です...............。




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2016/04/25 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神⑥ 布袋尊  《 円明寺 》  (2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています



蛟網神社をあとにして、向かった先は...............利根七福神 第6弾 円明寺布袋尊


円明寺は、正式名を長根山 地蔵院 円明寺 と呼びます。

山号の『長根山』は、江戸時代初期に寺の南側山麓を
「ナガネ」と称し、これにより現在地の円明寺一帯を
「ナガネヤマ」と称したということです。
院号は「地蔵院」と言い、建長7(1255)年に千葉介頼胤夫人の延明地蔵菩薩(木造)寄進によるとされています。




こちらが、山門前の寺号標。

      20160411利根七福神⑥円明寺01




こちらが、山門。

      20160411利根七福神⑥円明寺02

改修中なのか?
なぜか屋根にはブルーシートが被せられています。


山門の先には、本堂。

      20160411利根七福神⑥円明寺03



山門をくぐって、目の前に現れた本堂。

      20160411利根七福神⑥円明寺04



本堂に掲げられた扁額。

      20160411利根七福神⑥円明寺05



本堂の庇の部分を覗いて見ると...............

見覚えのある紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺06



もしや? と思い、屋根を見上げて見ると...............

ありました! 月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺07



くっきりと輝く月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺08


鬼瓦にも光り輝く月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺09


何と、円明寺の寺紋は、千葉氏本家の家紋である月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺10


実は、千葉氏に所縁のある寺だとは知らなかったので
月星紋を見た時は、思わずガッツポーズ。
こんな場所(って言う表現もおかしいけど)、千葉氏の家紋に出会えるなんて...............

それも、千葉宗家の月星紋だから、やっぱり嬉しいねぇ。

ちょうど、草花に水やりをしていたお寺の方(住職の息子さん?)に話を伺ったら
「千葉氏所縁のお寺で、千葉宗家の家紋と同じものを寺紋として使っています。」と
自慢げ(?)に話されていました。
わざわざ、月星紋を探して、妙見神社巡りをしている身としては
偶然とはいえ、月星紋に出会えるとは嬉しい限りです。




こちらは、鐘楼。

      20160411利根七福神⑥円明寺11



さて、肝心の利根七福神の布袋尊。
なかなか見つけられませんでした。

布袋尊と同じよ背丈の紫陽花の木に隠れていて
何故だか看板もなく、見つけるのに苦労しました。

      20160411利根七福神⑥円明寺12


      20160411利根七福神⑥円明寺13

布袋尊は、笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。




先ほど、話をして伺った円明寺の関係者の方(住職さんの息子さん?)の話では
円明寺そのものは、昔の城址ではないが、
近くには城が在ったと言うことです。



確かに、千葉氏の家紋を見たり、こんな土塁を見たりしちゃうと、
千葉氏関連の城郭跡だったのかな? などと思ったりしちゃいます。

      20160411利根七福神⑥円明寺14


      20160411利根七福神⑥円明寺15


      20160411利根七福神⑥円明寺16


近くに城が在ったと言うことなので、その辺りもじっくり調べて
今度はそちらの城址を訪れてみることにしよう...............。








2016/04/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神⑤ 大黒天  《 蛟網神社 》(2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています


応順寺をあとにして、向かった先は...............利根七福神第4弾 蛟網神社大黒天


蛟網神社は、『こうもうじんじゃ』と読みます。

今から約2300年前、孝霊天皇3年(紀元前288)に水神である弥都波能売命を
現在の門の宮の場所に祀ったのがその始まりで、文間大明神ともいわれています。
そして、文武天皇(第42代天皇)2年(698)には土神の波邇夜須毘売命を合祀し、
東の高台(現在の奥の宮)に遷座しました。
このとき、門の宮は、取り壊す予定でしたが、氏子たちの強い要望で、祭神を分祀し、
門の宮となったそうです。

すなわち、蛟網神社は『奥の宮』と『門の宮』の2つが存在します。
とはいえ、そんなことはつゆ知らないので、今回は門の宮にしか訪れていません。
まあ、目的が利根七福神の大黒天だから、仕方がないんですけどね。


こちらが、蛟網神社 門の宮の鳥居。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社01

      20160411利根七福神⑤蛟網神社02
     

鳥居に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社03



      
鳥居の脇には説明板。
どうやら、この松の宮周辺には史跡が多いようです。
   
      20160411利根七福神⑤蛟網神社04



もっとも、この『蛟網神社 松の宮』そのものが利根町指定文化財のようです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社05



さらには、鳥居の反対側にも説明板。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社06

こちらは、立木貝塚の説明板です。



立木貝塚の氷柱の脇に何やら像が見えます。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社07



どうやら、利根七福神の大黒天のようです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社08



      20160411利根七福神⑤蛟網神社10



      20160411利根七福神⑤蛟網神社09



大黒天のアップです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社11

大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています




大黒天の脇にある石段を上れば拝殿、さらには本殿となります。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社12



こちらが、拝殿。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社13


     20160411利根七福神⑤蛟網神社14


別アングルから。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社15



拝殿前の中臣一万度行事碑。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社16

神前で長い祝詞である中臣祓詞を一万回奏して
罪を祓い清めることを行った記念として建てられた碑とされています。



拝殿に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社17



拝殿の彫物。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社18




境内に狛犬が居ないと思ったら拝殿に居たのですね。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社19



こちらが、本殿。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社20



意外にって言う言うか、それなりに立派。
なぜか、厳かな雰囲気が漂う本殿です。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社21






本堂裏にある祠。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社24

石祠など4基が安置されています。



蛟網神社の門の宮そのものが、歴史ある神社だから
無造作にイジられていなくて、周辺はその名残りを残しています。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社22



緑が映える季節になってきたから、緑の起伏のある土壇が美しい。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社23


      20160411利根七福神⑤蛟網神社25


この先、ずっとこのままの姿を残してもらいたいものです...............。





2016/04/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神④ 寿老人  《 応順寺 》(2016年4月2日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています


利根七福神の第3弾。
訪れたのは...............応順寺寿老人 です。


寿老人は中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。



応順寺は羽立山と号し、 天正16年に開基された浄土真宗のお寺です



こちらが、応順寺の山門。

      20160411利根七福神④応順寺01



正確には、羽立山 應順寺 と言うようです。

      20160411利根七福神④応順寺02

『応』が旧書体の『應』になっているようです。



何やら、句が飾られています。

      20160411利根七福神④応順寺03

月船 とは、布川の文化を担った者の一人である古田月船のことです。
月船は俳人・小林一茶を支援し、また親友でもありました。
一茶の月船亭泊りは49回になるとされています。
利根町(布川)を愛した小林一茶は生涯で布川に289回宿泊されたとされ、
その内の49回が月船亭であることから、一茶と月船の親交度が計り知れます。



山門をくぐれば、正面に本堂。

      20160411利根七福神④応順寺07


      20160411利根七福神④応順寺08



本堂に掲げられた扁額。

       20160411利根七福神④応順寺09

読みづらい書体ですが、羽立山と山号が記されています。




肝心の利根七福神は言えば、山門をくぐって右手側。
鐘楼の手前に祀られていました。

      20160411利根七福神④応順寺05


      20160411利根七福神④応順寺04


      20160411利根七福神④応順寺06

寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。



      
こちらが鐘楼。

       20160411利根七福神④応順寺10




ちょっと時期を逃してしまいましたが...............

      20160411利根七福神④応順寺11

あと1週間も早く訪れていたら、
山門前の桜もきっと綺麗に咲いていたことでしょう。


利根七福神の寿老人。
これにて制覇です。









2016/04/22 Fri. 00:10 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神③ 弁財天 《 来見寺 》(2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、利根町に出かけました。
先日、利根町の廃校を回った時に、たまたま立ち寄った布川神社で
『利根七福神』の存在を知り、七福神フリークの身としては
知らなかったとは言え、その存在を知ってしまったら
全部見て回らなきゃ気がすまない。
と言うことで、この日は『利根七福神』巡りとなりました。

徳満寺をあとにして、向かった先は...............利根七福神③ 来見寺弁財天



こちらが、来見寺。
寺号標の前で、はいポーズ。 ☆パチリ

      20160411利根七福神③来見寺01



こちらの来見寺には、利根町指定文化財の 赤門 があるらしい。

      20160411利根七福神③来見寺02



どうやら、奥に見える山門が赤門前らしい。

      20160411利根七福神③来見寺03



利根町に289回も訪れたとされている俳句で著名な小林一茶。
ここ、来見寺にも訪れて句を詠んだようです。

      20160411利根七福神③来見寺04



こちらは、指定文化財を示す標柱。

      20160411利根七福神③来見寺05

利根町は、この標柱を用いているようですね。



そして、こちらが赤門。

      20160411利根七福神③来見寺06

確かに赤いが、木造の山門の朱色は褪せてしまっています。



山門(赤門)をくぐった先に現れる『利根七福神』の弁財天。

      20160411利根七福神③来見寺09


      20160411利根七福神③来見寺07


      20160411利根七福神③来見寺08

弁財天とは唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。




こちらが、来見寺の本堂。

      20160411利根七福神③来見寺10



本堂から眺める山門(赤門)。

      20160411利根七福神③来見寺11



こちらは鐘楼。

      20160411利根七福神③来見寺12



境内には、家康公ゆかりの『松替の梅』。

      20160411利根七福神③来見寺13


この来見寺。
実は、徳満寺と並んで利根町を代表する寺院で
徳川家康ゆかりの名刹だそうです。
永禄3年(1560年)、府川(布川)城主・豊島頼継が開基したので、
当初、頼継寺と呼ばれていたそうです。


頼継寺3世住職の日山和尚は三河国(現在の愛知県)岡崎生まれで
幼年時から龍海院にて徳川家康公とは筆硯の仲だったそうです。
慶長9年(1604年)、家康公が鹿島神宮参りの折に頼継寺に泊まり旧交を温め、
「我来見の上は、来見寺とつくべし」と頼継寺から来見寺へ改めるよう号しました。
また家康公はこの地を流れる府川の川上に絹川(鬼怒川のこと)があるのだから、
絹にかけて府川を布川にせよと上意されたそうです。

つまり、来見寺の名前の由来も、布川の地名の由来も
徳川家康公によるものだと言うことです。




こちらは、布川台の台地を背にした無縁塔。

      20160411利根七福神③来見寺14

1300余りの無縁仏が祀られているとされています。
元々、布川城主の豊島氏関連の墓石もあるようです。



その脇には台地に上る石段。
せっかくだから、上ってみましょう。

      20160411利根七福神③来見寺15



石段の途中にある常夜燈。

      20160411利根七福神③来見寺16


さらに石段を上ります。

      20160411利根七福神③来見寺17



石段を上りきった先に道了堂。

      20160411利根七福神③来見寺18

道了薩埵という室町時代の曹洞宗の僧を本尊として祀ったお堂です。



先ほどの石段を挟んで道了堂の反対側に在る浅間神社。

      20160411利根七福神③来見寺19

明治以前の神仏習合の名残りでしょうか?
フェンスが張り巡られ、布川台地側からは、この浅間神社に参ることは出来ません。
来見寺の境内から、先ほどの石段を上って参ることが出来ます。



本殿と祭神。

      20160411利根七福神③来見寺20



こちらは拝殿。

      20160411利根七福神③来見寺21



石段を下り、来見寺の境内に戻ります。
墓地横の駐車場に戻ると、駐車場に隣接する敷地が気になった。

気になると確認したくなる性分。
もうちょっと、この地に留まることになりました...............。








2016/04/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神② 毘沙門天  《 徳満寺 》  (2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

先日、利根町の廃校を回っている時に、たまたま利根七福神の存在を知りました。
その日は、利根七福神の恵比寿だけをお詣りしましたが
せっかく知りえた利根七福神。
自宅からもズバ抜けて遠い訳でもないから
中途半端な状態も嫌なので、残りの六福神も制覇しちゃいましょう!
と言うことで、この日は利根七福神詣りと相成りました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています。


先ずは、利根七福神② 徳満寺毘沙門天 です。


利根川沿いのちょっとした台地の上に
利根七福神の毘沙門天が祀られている徳満寺があります。

      20160411利根七福神②01



こちらが徳満寺の寺号標。

      20160411利根七福神②02

徳満寺には以前訪れた事があります。
実は、徳満寺の在る台地一帯が、かつての布川城。

布川城址に訪問の際、この徳満寺に立ち寄りました。


以前は、この城址碑も目的の一つでしたが
今回はちょっと違う。

      20160411利根七福神②03



とは言いながらも、布川城址の説明板は
しっかりとチェックしちゃいます。

      20160411利根七福神②04



こちらが、徳満寺の山門。

      20160411利根七福神②05



山門に掲げられた扁額。

      20160411利根七福神②06





今回のお目当は、利根七福神の毘沙門天像。


毘沙門天の説明板。

      20160411利根七福神②07


毘沙門天は、インド出身の神様。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。



こちらが、利根七福神の毘沙門天。

      20160411利根七福神②08


      20160411利根七福神②09



なぜか、毘沙門天の近くに一回り小さい他の七福神が並んでいます。

      20160411利根七福神②10


      20160411利根七福神②11



ひょっとしたら、この徳満寺で『利根七福神』はクリアーしてしまうのか?

      20160411利根七福神②12

でも、それじゃ意味がない。
やっぱり、7ヶ所の社寺仏閣を回ってこそ意味がある。




以前、布川城址 として紹介した徳満寺ですが
(その時の記事は こちら )
今回は、布川城址については触れません。
単純に徳満寺を紹介していきましょう。


徳満寺は真言宗の寺院で、元亀年間(1570〜)に祐誠上人が中興したとされています。
当初は、今の門前に建てられていましたが、この地を治めていた豊島氏が滅ぶと、
城跡(現在の場所)に寺を移しました。
境内にある地蔵堂には地蔵菩薩が安置され「子育て地蔵」と呼ばれ、親しまれています。
少年期の柳田國男に大きな衝撃を与えたといわれている「間引き絵馬」は本堂廊下に掲げられています。 




徳満寺の境内。

      20160411利根七福神②13



弘法大師に所縁があるのか?
境内には弘法大師に関連する石碑も多く
弘法大師の像まであります。


弘法大師修行像。

      20160411利根七福神②14

平成27年4月に建立された、比較的新しい像。
ちょうど1年経ったようです。



鐘楼堂。

      20160411利根七福神②15

近隣では除夜の鐘として、この鐘の音を聞き慣れているそうです。



客殿

      20160411利根七福神②16

てっきり、本殿と言うモノだと思っていたら、
客殿と言うらしい。



奥にあるのが地蔵堂。

      20160411利根七福神②17

この徳満寺の本尊は延命地蔵尊(地蔵菩薩・子育て地蔵とも呼ばれています)。
その本尊が安置されているところが地蔵堂です。




地蔵堂の脇には石碑が多い。


こちらは、『茨城百景』の碑。

      20160411利根七福神②18



『 茨城百景 大利根の展望 』

      20160411利根七福神②19



石碑の脇には、但し書きの説明文。

      20160411利根七福神②20

この茨城百景の碑は、元々からこの場所に建てられたモノではなく
山門前に建てられていたそうです。
山門改修時に碑は移築され、以来そのままになっているそうです。

すなわち、『 茨城百景 大利根の展望 』は徳満寺の山門から見る景色だったんですね。



こちらが、山門前。

      20160411利根七福神②21

木々が視界を遮っている上に、茨城百景選定時(昭和25年5月)に比べ、
随分と様変わりしたことだと思います。
当時はきっと橋脚などもなく、雄大な利根川が眼前に広がっていたのでしょう。




著名な俳人、小林一茶についても触れています。

      20160411利根七福神②22

日本全国各地を行脚していた一茶ですが、
布川地区での宿泊は、その他の地域より抜きん出て多く、
その数は289回が数えられています。
布川出身の俳人で、一茶の親友でもある古田月船亭の存在もあります。
また、一茶の俳句の師は3人居たようですが、その師の一人が小林竹阿であり、
もう一人は利根町にも足跡を残した溝口素丸であり、布川出身の森田安袋であったとされています。
森田安袋は、元を正せば布川出身の武士だったそうです。


どうやら、小林一茶は利根町と縁あるようです。

その影響でしょうか?
徳満寺の境内、地蔵堂の脇には一茶の句碑が建てられています。

      20160411利根七福神②23



何やら、この徳満寺。
利根七福神だけじゃなく、布川城址だったり、
茨城百景だったり、利根町の文化財が遺されていたりと、
単なる寺院だけじゃないようです。

いずれ、時間を掛けて、じっくる見てみようかな...............?


今日の所は、次なる利根七福神に向かうことにいたしましょう。



2016/04/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神① 恵比寿  《 布施神社 》  (2016年4月2日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月2日 公休日

個人的な連休2日目。

布川小学校の校庭の奥を進んでいたら、いつの間にか神社の境内に入り込んでしまいました。
と言うのも、小学校の校庭と神社の境内が隣り合っていて
境界線らしきものも無い。
気がついたら、神社の境内になっていたと言う状況。
そして、神社の境内で偶然にもある像を見てしまいました。


      20160402利根七福神・布川神社14

どう見ても、七福神の恵比寿。

慌てて、スマホで検索。
どうやら、利根町には『利根七福神』なるものがあるらしい。
と言う事で七福神マニアには、偶然とは言え幸運な出会い。

偶然に訪れた形になってしまったのが...............利根七福神 恵比寿 布川神社


本来の入り口と言うか、導線が台地下部になるので
布川小学校の後に、改めて台地下部からの訪問です。


こちらが、布川神社の入り口。
当然、鳥居をくぐって入って行きます。

      20160402利根七福神・布川神社01


鳥居脇の狛犬。

      20160402利根七福神・布川神社02

さしづめ、狛犬と並ぶビーグル。


鳥居に掲げられた社額。

      20160402利根七福神・布川神社03

黒ずんだ汚れが幾重もの時代を感じさせます。



鳥居の奥の石段を上れば、境内になります。

      20160402利根七福神・布川神社04



石段を上りきれば、目の前に拝殿が現れます。

      20160402利根七福神・布川神社09



なかなか立派な拝殿。
管理も行き届いているようで、氏子さんに大切に扱われている感じがします。

      20160402利根七福神・布川神社05



どうやら、この布川神社には利根町の指定文化財があるようです。
石段を上りきった境内の脇に、標柱が2本建てられています。

      20160402利根七福神・布川神社06


      20160402利根七福神・布川神社07



そして、拝殿前には文化財の説明板。

      20160402利根七福神・布川神社08

布川神社に所蔵されている絵馬の名前が記されています。
「神功皇后と武内宿禰」、「宇治川先陣争い図」、「天の岩戸」の3点。
 


こちらは、拝殿の扁額。

      20160402利根七福神・布川神社10


そして、こちらが本殿。

      20160402利根七福神・布川神社11


本殿に飾られた龍の彫り物。
これを見ただけで、格式ある本殿に見えてしまいます。

      20160402利根七福神・布川神社12



さて、本題の利根七福神。
この布川神社には、七福神の恵比寿。

      20160402利根七福神・布川神社13


      
なぜか、恵比寿の足元には七福神のレリーフが置かれていたりして、
かなり七福神巡りに力を入れている(力を入れていた?)みたいです。

      20160402利根七福神・布川神社15


布袋尊の像の脇には、こんな案内も掲げられています。

      20160402利根七福神・布川神社16

ちょっぴり擦れて読み辛くなっているのが難ですが...............



利根七福神。
またまた新たなチャレンジが現れた(笑)。

近い内に制覇しちゃいましょう。






2016/04/09 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit