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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り...............土肥神社  (2018年3月28日)(静岡県伊豆市) 

3月28日

3月28日〜29日に出かけた伊豆への1泊旅行の初日。

修善寺 日枝神社をあとにして、向かった先は..................土肥神社


土肥神社は、伊豆市土肥に鎮座する神社です。
かつて「土肥大明神」として崇められた、豊御玉命(とよみたまのみこと)を祀り、
「鎮護社」の扁額を掲げる土肥の総鎮守です。
詳しい創祀年代は不詳ながら、平安時代にはすでに主祭神が祀られ、
1195年には「鶴岡八幡宮」より八幡神を分霊し、
若宮八幡宮として相殿に祀られたとの記録が残るそうです。




こちらが、土肥神社の鳥居。

      20180328土肥神社01

白い大きな鳥居です。



鳥居に掲げられた神額。

      20180328土肥神社02



鳥居から100mほど先に境内。

      20180328土肥神社03



社務所の前には、由緒書きの碑。

      20180328土肥神社04


      20180328土肥神社05



こちらが、拝殿。

      20180328土肥神社06


      20180328土肥神社07



拝殿正面の扁額。

      20180328土肥神社08

『鎮護社』と記されています。



拝殿前の狛犬。

      20180328土肥神社09


      20180328土肥神社10



別アングルからの拝殿。

      20180328土肥神社11



こちらは、本殿。

      20180328土肥神社12



こちらは、拝殿と並ぶ土肥静霊神社。

      20180328土肥神社13


      20180328土肥神社14




手水鉢。

      20180328土肥神社15

かなりの年代物のように見えます。



力石。
      20180328土肥神社16



境内社の馬場神社。

      20180328土肥神社17



拝殿右奥の斜面には、『木樹の間潜り(木くぐり)』。

      20180328土肥神社18



鳥居のようにイヌマキとクスノキが結びつき、
間に注連縄が張られています。

                    20180328土肥神社19
          20180328土肥神社20
      20180328土肥神社21

土肥では、願いごとをイメージしながらこの下をくぐると
それが叶うとされているそうです。




こちらが御神木。

      20180328土肥神社22



樹齢千年と言われる古木で、
『平安の大楠』と呼ばれているそうです。

      20180328土肥神社23
      20180328土肥神社24


社務所脇の古木。

      20180328土肥神社25

御神木にひけを取らない大きな古木。



社務所前の切り株。

      20180328土肥神社26

以前の御神木だったのでしょうか?
社務所前に例祭の期日が刻まれ、飾ってありました。

こちらが、社務所。

      20180328土肥神社27

普段は誰もいなくて閉まっています。



こちらが、土肥神社の御朱印。

      20180328土肥神社28

実は、こちらの土肥神社は普段は人の居ない神社。
土肥温泉の観光協会の方にご配慮を頂いて、宮司さんを紹介して頂き
この日の15時に宮司さんと土肥神社で待ち合わせをして
御朱印を拝受する事が出来ました。

貴重な御朱印、ありがとうございました。


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2018/05/09 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............修善寺日枝神社  (2018年3月28日)(静岡県伊豆市) 

3月28日

3月28日〜29日に出かけた伊豆への1泊旅行の初日。

大仁神社をあとにして、向かった先は..................修善寺 日枝神社

      20180328修善寺日枝神社01



伊豆半島のにある修善寺温泉は、平安時代に
弘法大師 空海が湧出させたといわれる独鈷の湯から始まる歴史ある温泉です。
そんな修善寺温泉に鎮座するのが、修善寺 日枝神社です。

大同2年(807年)、弘法大師によって創建された「山王社」がその始まりで
明治時代の神仏分離令で分離されるまでは、
修禅寺の鬼門を守る鎮守だったそうです。
御祭神は大山咋神。
源頼朝の異母弟で謀叛の疑いをかけられた源範頼が
幽閉されたという信功院跡があります。





      
こちらが、日枝神社の碑。

      20180328修善寺日枝神社02

特徴のある社号標かと思っていたら、社号標は別の場所に在りました。


鳥居。

      20180328修善寺日枝神社03



鳥居の神額。

      20180328修善寺日枝神社04



鳥居の脇に、枝木に隠れるようにひっそりと建つ社号標。

      20180328修善寺日枝神社05



日枝神社の説明板。

      20180328修善寺日枝神社06



参道を進んで境内に向かいましょう。

      20180328修善寺日枝神社07



境内の脇に建つ説明板。

      20180328修善寺日枝神社08

治承・寿永の乱において、頼朝の代官として大軍を率いて
源義仲・平氏追討に赴き、義経と共にこれらを討ち滅ぼす大任を果たした源範頼。
源氏一門として、鎌倉幕府において重きをなしましたが、
頼朝に謀反の疑いをかけられて伊豆国に流され、この地に幽閉されました。
その幽閉地の跡になります。


この辺りから、視線に入るのは杉を始めとした僑胞たち。

      20180328修善寺日枝神社09
      20180328修善寺日枝神社10



境内の狛犬。

      20180328修善寺日枝神社11



大きな石をくり抜いた手水舎。

      20180328修善寺日枝神社12



こちらが拝殿。

      20180328修善寺日枝神社13


      20180328修善寺日枝神社25


      20180328修善寺日枝神社14


      20180328修善寺日枝神社15



拝殿内部の扁額。

      20180328修善寺日枝神社16



別アングルからの拝殿。

      20180328修善寺日枝神社20


      20180328修善寺日枝神社21




境内に、どぉ〜んと聳え立つ『子宝の杉』。

      20180328修善寺日枝神社23




見て、見て!

      20180328修善寺日枝神社17
      20180328修善寺日枝神社18
      20180328修善寺日枝神社19

圧巻です。





    
杉の木の背後には本殿。

      20180328修善寺日枝神社22




    
こちらは、神楽殿のようです。
      
      20180328修善寺日枝神社26




静岡県指定の天然記念物である『イチイカシ』。

      20180328修善寺日枝神社31



これまた見事な巨木。

      20180328修善寺日枝神社27
    20180328修善寺日枝神社28
    20180328修善寺日枝神社29
      20180328修善寺日枝神社30<




別アングルから。

      
20180328修善寺日枝神社32
      20180328修善寺日枝神社33

これらの巨木から、充分なパワーを貰える気がしてきます。



桜の花は、満開には少し早かったようです。

      20180328修善寺日枝神社34



こちらが、社務所兼授与所。

      20180328修善寺日枝神社35

御朱印は、こちらで奉授出来ます。



目の前で墨書きして頂いてます。

      20180328修善寺日枝神社36



こちらが、修善寺 日枝神社の御朱印。

      20180328修善寺日枝神社37



伊豆でも指折りな有名温泉地にひっそりと鎮座する修善寺 日枝神社。
圧巻のパワースポットでした..................。




2018/05/09 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............持越小学校 (2016年7月14日)(静岡県伊豆市) 

7月14日 公休日

この日は、伊豆に1泊で出かけました。


舟山分校をあとにして、
向かった先は...............旧・天城湯ヶ島町立 持越小学校


持越小学校は

平成年に廃校となった月ヶ瀬小学校のHPの沿革によると
明治12年に月ヶ瀬小学校の前身である嶺北学校の分教場として設置されたと記載されていますが、
現地に設置された記念碑によると若干違うようです。

(現地記念碑より抜粋)

明治35年     月ヶ瀬尋常小学校持越分校として開校。
明治39年     持越尋常小学校に改称(月ヶ瀬尋常小学校より独立)。
昭和12年     持越尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により上狩野村立持越小学校と改称する。
昭和35年     上狩野村と中狩野村が合併して天城湯ヶ島町が誕生。
           天城湯ヶ島町立持越小学校と改称する。
昭和39年     湯ケ島小学校に統合され、廃校となる。    

と、このような沿革となっています。



実は、この持越小学校も場所が分からず
湯ヶ島からさらに山の中に入った持越集落の
『持越地区集会所』に当たりを付けて向かいました。

しかしながら道に迷い、たまたま見かけた『鎌倉女学院 天城山荘』の看板。
もしや?と思い、そちらから訪ねてみることにしました。

結果から言うと、ビンゴ!!


こちらが、持越小学校の正門。

      20160714持越小学校01



現在は、鎌倉女学院天城山荘のため
表札も付け替えられています。

      20160714持越小学校02



緩やかな坂道を上がって行くと、敷地内に入ります。


実は、普段はゲートが施錠され、中に入れないそうです。
守衛所も有って、警備はしっかりなされているようです。

      20160714持越小学校03


たまたま、この日は管理人の方が清掃に来られていて
一応、お断りをして見学させてもらいました。

      20160714持越小学校04


玄関には、立派な表札が掲げられています。

      20160714持越小学校05



管理人さんの話では、10年ほど前まで廃校時の校舎が在ったらしいけど
建替えられてしまったそうです。

建替えられた建物。
それでも校舎っぽい雰囲気は漂っています。

      20160714持越小学校06



綺麗に整備された校庭跡。
現在は、さしずめ中庭と言った所でしょう。

      20160714持越小学校07



校庭の片隅には石碑。

      20160714持越小学校08



持越小学校の記念碑です。

      20160714持越小学校09



沿革と校歌が刻まれています。

      20160714持越小学校10



裏面は、あっさりとしたモノ。

      20160714持越小学校11



この碑を見ることが出来てラッキーでした。

      20160714持越小学校12


管理人さんの話では、昔の卒業生が訪れることもあるそうですが
普段は中に入れなくて、諦めて帰る人も多いらしい。

廃校までに、7143名の卒業生を送り出した持越小学校。
卒業生ではないけれど、幸運にもその跡地を確認出来て
本当にラッキーでした。




2016/08/05 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

富士山を見に行こう@だるま山高原レストハウス展望台 (2016年3月8日)(静岡県伊豆市) 

3月8日 公休日

伊豆旅行の2日目です。

サンロードを9時過ぎに出発するして、
向かった先は...............だるま山高原

正確には、 だるま山高原レストハウス展望台 になります。

何かを食べたいとか、飲みたいと言う理由では無く
この だるま山高原レストハウス の展望エリアからの眺望を期待して向かいました。

だるま山から眺める富士は、手前に駿河湾が広がり、
右は箱根連山、左は南アルプスの大パノラマの中に、
富士山を眺めることができると言う触れ込みです。



一昨年の夏に富士山を見よう! と箱根・伊豆の旅行に来ましたが
初日が雨、2日目は晴れたものの雲がかかって富士山は見えず仕舞い。
今回はリベンジの意味ま込めて、小雨の翌日の晴天。
朝は霧が立ち込め、『今日も富士山はダメかな?』と半分は諦め、
残りの半分は期待して、だるま山高原レストハウスにやって来ました。

      20160308だるま山01


こちらが、レストハウス正面。

目的はレストハウスでは無く、レストハウス残りの奥。

      20160308だるま山02


この先が富士山の眺望地。
いわゆる、展望台って言うやつ。
雲が見え隠れらしていて、ちょっぴり不安。
今日も富士山はダメかもしれない...............?

      20160308だるま山03



おぅ! 富士山が見えます。

      20160308だるま山04


200mmの望遠で寄ってみましょう。

      20160308だるま山05



ところで、この石碑は何の石碑でしょう?

      20160308だるま山06

てっきり、『富士山 景勝の地』とか記されているのかと思っていたら違っていました。


調べてみると...............

昭和13年、日本政府はニューヨークで開催される万国博覧会に
日本の代表的風景である富士山を紹介するために
富士山の風景写真を出品することを企画しました。

素晴らしい富士山の写真の撮影を依頼されたカメラマンが
全国の富士山眺望の名所を巡り、最終的に万博に出展する富士山の風景を
このだるま山からの眺望に決めたそうです。


時は流れ...............その経緯を記念して、
昭和52年にこの地に碑が建立されたそうです。

      20160308だるま山07



確かに、目の前にどぉ〜んと在る富士山は見事。

      20160308だるま山08



贅沢を言えば、雲が全く無かったら
青い空になって冠雪した富士山が似合うのになぁ。

      20160308だるま山09


富士山以外にも、眼下には駿河湾が広がり
淡島を中心とした眺めがとても綺麗で、
富士山が見えない日でも美しい風景を楽しむことができるらしい。

      20160308だるま山10


実は、だるま山レストハウスは県道18号線沿いにあり
戸田から修善寺に向かう途中にあります。
何度か通ったんだけど、気付かなかったなぁ。

      20160308だるま山11



西伊豆から、東伊豆へ移動するルートは限られているから
単なる移動だけなら、次回からはこちらを通って立ち寄ろう。

      20160308だるま山12



去年は一緒に旅行出来なかったから
張り切って、 びいすけ を激写する もっちゃん 。

      20160308だるま山13


2016年春の富士山巡り。
だるま山レストハウス から次なるスポットへ移動いたします...............。





2016/04/01 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

わさびソフトを食べに行こう@萬城の滝 (2016年3月7日)(静岡県伊豆市) 

3月7日 公休日

個人的な連休初日。

この連休を利用して、伊豆に旅行に行きました。

下田市の龍宮窟をあとにして、河津町の『河津桜まつり』に向かいました。
今年は、2月10日から3月10日までが『河津桜まつり』。
ギリギリ間に合うかな?って思っていたけれど
河津町に入って、車窓から眺めてみると、葉桜状態。
小雨の中、駐車場代を払って、葉桜を見に行っても仕方ない。
今年の『河津桜まつり』は諦め、本日の宿泊地である伊東市へ向かうことにします。

ただ、真っ直ぐ伊東市に行っても詰まらない。
河津町から天城を抜けて、途中のお土産屋さんでわさび漬けでも買おう!

わさび繋がりで、わさびソフトを食べよう!

と向かった先は..............萬城の滝キャンプ場。


実は、2年前に萬城の滝キャンプ場の売店でわさびソフトクリームを食べて、
その清々しい味に魅了されていました。


こちらが、その わさびソフトクリーム。

      20160307萬城の滝01

敢えて、コーンで提供するのでは無く、カップで提供することにポリシーを感じます。
(と言っても、ポリシーが有るのか?否かは知りませんが...............)

これが美味いんだなぁ。


目敏く びいすけ がソフトクリームを狙ってます。

      20160307萬城の滝02


身を乗り出して『くれ! くれ!』攻撃。

      20160307萬城の滝03


当然のように、ソフトクリームを与えてしまうダメ飼い主。

      20160307萬城の滝04

安心して下さい。
わさびは避けてあげてますから...............


ソフトクリームが大好きな びいすけ 。

      20160307萬城の滝05


空になったカップを舐め周ります。

      20160307萬城の滝06


奥の方まで、口? 鼻? を突っ込んでます。

      20160307萬城の滝07


見事にカップに鼻が引っかかり、取れなくなって思わず大爆笑。

      20160307萬城の滝08


ソフトクリームを堪能したら、萬城の滝を見に行っちゃいましょう。
何せ、キャンプ場の売店から、徒歩1、2分ですから。

      20160307萬城の滝09


雨あがりって言うか、まだ小雨がパラついているから
水量はいつもより多いようです。

      20160307萬城の滝10


元々、個人的な見解では豪快な滝だと思っていたけれど、
この日は、特に豪快さを感じちゃいました。

      20160307萬城の滝11


やっぱり、滝は雨あがりに見に行くモノかな...............?






2016/03/30 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........大東小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


八岳小学校をあとにして向かった先は.............伊豆市立大東小学校


大東小学校の詳しい沿革もネットで色々と調べてみましたが
大東小学校』は、明治6年8月学制により第一大学区第三〇番中学区の内、第一〇一番公立小学「大見学舎支校精業学舎」として開設されましたが、それ以降の沿革はわかりませんでした。
平成23年に旧・中伊豆町域の大見小学校、八岳小学校、大東小学校の3校が統合して、
新たに中伊豆小学校が誕生(設備は大見小学校を流用)し、廃校となりました。




こちらが、大東小学校の正門。

      20150930大東小学校01



門柱には、しっかりと大東小学校の校名の入った表札が残っています。

      20150930大東小学校02



実は、こちらに来る前に訪れた八岳小学校の近くに住む方に聞いた話では
大東小学校の建物は現在民間企業に貸し出されているとのことでした。

『まぁ、そんなにおかしな会社じゃないと思うから
声をかければ見学させて貰えると思うよ』

地元の人にそう言われると心強い。


現在、ナチュラルキッチンと言う会社が賃貸されてらいるらしい。

一応、お断りを!と声をかけたら
建物は伊豆市の物だから、伊豆市に許可を取って下さいと言われ、
伊豆市役所の管財課に電話をして、小学校の写真を撮る許可をもらいました。

正直言って、こんな経験初めて...............。
別に建物内に入って何かを触るとか、しないんだけどなぁ。
私の廃校巡りの基本スタンスは、建物内に入らず、
外から校舎や校庭、そして残された学校遺構を記録として写真に収めるっていうパターンなんだけど。

実際、今日だけで伊豆市内の廃校(小学校)は2校校舎が解体され
その姿は今では見ることが出来なくなってしまった。

この大東小学校もいつまで校舎が残っているかわからないけれど
その姿を記録に残しましょう。


気をとり直して、差し支えない程度に大東小学校を見学させてもらいます。




こちらが、校舎。

      20150930大東小学校03



正面玄関。

      20150930大東小学校04



まだ、しっかりと校名は掲げられています。

      20150930大東小学校05



前庭に残された石碑。

      20150930大東小学校06

文字が掠れていて、何の記念碑なのか確認が出来ませんでした。


手入れされていない植木の中に埋もれ始めているオブジェ。
子供たちの卒業記念のモノでしょうか?

      20150930大東小学校07




大東小学校校歌の碑。

      20150930大東小学校08



そして、こちらが 大東小学校創立百周年の碑 。
何処か別の場所に建てられていたのでしょう。
掘り起こされて無造作に置かれていました。

      20150930大東小学校09

何となく、記念の石碑がこんな形に扱われていると
ちょっぴり悲しい気分になります。
いっそのこと、雑草の中に埋もれ隠れている方がまだマシな気がします。





校舎に入って描かれた絵。
躍動する子供たちを表現しているのか?

      20150930大東小学校10



どうやら、校庭には遊具類は残されていないようです。


殺風景と言う表現が適切なのか?

      20150930大東小学校11


      20150930大東小学校12




校舎から眺める校舎。

かなり陽も傾き、西陽となっています。


      20150930大東小学校13



こちらは体育館。
あまり近寄っても、何か言われるのも嫌だから
体育館ほ近寄りません。

      20150930大東小学校14



在りし日の大東小学校の校舎って言うことで、
びいすけ と一緒にパチリ☆。

      20150930大東小学校15


庇には掲げられた、大東小学校の校章。

      20150930大東小学校16



校舎前の水飲み場には、子供たちが描いたと思われる絵。

      20150930大東小学校17


独特なタッチと色使い。

      20150930大東小学校18


この絵もいつまで残っているんだろうか?



この校舎も、この風景もいつまでも変わらないことを願って
大東小学校をあとにしました。
伊豆市役所管財課にお礼の電話を入れたことは言うまでもありません。







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2015/10/19 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........ハ岳小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


月ヶ瀬小学校(跡)をあとにして向かった先は.........伊豆市立八岳小学校


八岳小学校の詳しい沿革はネットで色々と調べてみましたが
明治7年6月1日学制により第一大学区三〇番中学区の内、
第一〇三番公立小学校「八嶽学校」として開設したとのことですが
それ以外の沿革はわかりませんでした。
平成23年に旧・中伊豆町域の大見小学校、八岳小学校、大東小学校の3校が統合して、
新たに中伊豆小学校が誕生(設備は大見小学校を流用)し、廃校となりました。



こちらが、八岳小学校の正門。

      20150930八岳小学校15



石造りの古い門柱。

      20150930八岳小学校16



表札はオーソドックスに校名のみ。

      20150930八岳小学校17

近年、付け替えられたモノでしょう。



反対側の門柱には、こんな表札が掲げられています。

      20150930八岳小学校18

掠れた文字で、かろうじて『静岡県田方郡上大見村公民館』と判別できます。

以前は小学校の敷地内に上大見村の公民館が在ったのでしょう。




正門をくぐってすぐ視界に入るモニュメント。


      20150930八岳小学校19


廃校するにあたり、児童71人が持ち寄った石で柱を造り
この碑を飾っているらしい。

      20150930八岳小学校20

廃校記念碑と言うよりはモニュメントに見えるけど
この碑文を読む限り、これも紛れもない廃校記念碑となるでしょう。



こちらも記念碑。
八岳の心 と刻まれています。

      20150930八岳小学校12

最初、こちらが廃校記念碑かと思いました。



その記念碑の隣には二ノ宮像。
八岳小学校にも二ノ宮像は残っていました。

      20150930八岳小学校13



二ノ宮像が有るのと無いのでは、テンションが変わってきます。

      20150930八岳小学校14




校庭の一画に残る遊具類。

      20150930八岳小学校01


      20150930八岳小学校02


      20150930八岳小学校04





こちらが、校庭。

      20150930八岳小学校10


八岳小学校のシンボルだったクスの木。

      20150930八岳小学校11




校庭から眺める校舎。

      20150930八岳小学校03




校舎に近寄ってみましょう。

      20150930八岳小学校06


玄関前には教材用の丸ポスト。
もちろんとっくに廃止扱い残る丸ポストです。

      20150930八岳小学校07

今まで多くの廃校を巡ってきたけど、
意外に丸ポストを教材用として置いていた小学校って多いんだよなぁ。



玄関の庇には、校名が残されています。

      20150930八岳小学校08

以前は中伊豆町立だった所をさりげなく伊豆市立に変えてますね。



校舎は昭和47年に建てられたモノのようです。

      20150930八岳小学校09




こちらは、体育館。   

      20150930八岳小学校05



体育館の隣にはプール。

      20150930八岳小学校24



 
伊豆半島の中央部。
まだ陽が暮れるには早い時間ですが、
山あいの場所のため陽が傾くのが早く感じます。

      20150930八岳小学校21



何処かを見つめる びいすけ 。

      20150930八岳小学校22



そして、私は陽が陰ってきた校舎をしっかりと瞼に焼き付けます。

      20150930八岳小学校23


 
廃校から4年。
場所にはよっては解体され、新たな建物が建てられる伊豆市内の廃校の中で
役目を終え、ひっそりと佇んでいる八岳小学校。
正直言えば、このままの形で残って欲しいなぁ...............。




  
2015/10/18 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............静岡・伊豆編② (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

伊豆半島にある伊豆市は平成16年に
修善寺町、土肥町、天城湯ヶ島町、中伊豆町の4町が合併して誕生した市です。

そんな伊豆市内には3基の現役の丸ポストが置かれています。
( 2015年9月30日現在 )
その内の1基は昨年の秋にこの目で確認出来ました。
( そのときの記事は こちら )。

今回、伊豆市に訪れたので、残りの2基も探して見ました。



最初の1基は、旧・土肥町。
土肥新聞販売店前の丸ポスト。


      20150930丸ポスト伊豆01


      20150930丸ポスト伊02


      20150930丸ポスト伊03


      20150930丸ポスト伊04




そして、最後の1基。
旧・修善寺町の修禅寺山門前の丸ポスト。

      20150930丸ポスト伊05


      20150930丸ポスト伊06


      20150930丸ポスト伊07


      20150930丸ポスト伊08



これで伊豆市の丸ポスト、全3基を制覇。


静岡県内には235基の丸ポストが現存されているとされています(2015年9月30日現在)。

これまでに

駿東郡小山町      1基
御殿場市        1基
沼津市          7基 
伊東市 ①        15基
裾野市           2基
三島市          1基
伊東市②        10基
東伊豆町        3基
伊豆市①        1基
河津町①         1基
伊豆の国市       16基

そして本日、伊豆市の2基を制覇して合計60基となりました。

とりあえず静岡県内には235基の丸ポストがあるようですから
残すは175基。
完全制覇を目指したいところですが、
まだまだ先は長いようです.......。



2015/10/17 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........月ヶ瀬小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


湯ヶ島小学校をあとにして、向かった先は...............伊豆市立月ヶ瀬小学校


月ヶ瀬小学校は、

明治5年     学制発布と共に月ヶ瀬村の源仲寺に学校創設。
明治6年     狩野学校の支校となり、狩月舎と称する。
明治12年    嶺北小学校と改称する。
明治19年    小学校令実施に伴い、天城学校の分校となり月ヶ瀬小学校と改称する。
明治22年     町村制の施行により、門野原村、吉奈村、月ヶ瀬村、矢熊村、田沢村、
          市山村、湯ヶ島村が合併して発足。
          湯ケ島尋常小学校の分校となる。    
明治24年    小学校令の改正により独立光となる。
          上狩野村立月ヶ瀬尋常小学校と改称し、持越分教場をおく。
明治39年    持越分教場が独立する。
昭和22年    学制改革により上狩野村立月ヶ瀬小学校と改称する。    
昭和35年    上狩野村と中狩野村が合併し天城湯ヶ島町が誕生。
          天城湯ヶ島町立月ヶ瀬小学校となる。
平成16年    修善寺町、中伊豆町、土肥町が合併して伊豆市が誕生。
          伊豆市立月ヶ瀬小学校と改称する
平成25年    湯ケ島小学校、狩野小学校、月ヶ瀬小学校が統合して
          新たに天城小学校が発足(施設は狩野小学校を流用)して廃校となる。

と、このような沿革となっています。


R414](通称b下田街道)沿いに月ヶ瀬小学校はありました。
以前は国道沿いに看板が建てられていましたが
いつの間にか無くなっていました。

こちらが月ヶ瀬小学校の正門

      20150930月ヶ瀬小学校01



校名の記された表札も外されています。

      20150930月ヶ瀬小学校02

この地区(伊豆市内)の廃校では、
廃校後も表札が掲げられていることが多いから
なんとなく嫌な予感。


この正門の先の坂を下っていけば月ヶ瀬小学校。

      20150930月ヶ瀬小学校03


坂を下っていくと」..................

予感は的中。
校舎が建っていたとされる場所は更地となり
工事関係者の車が駐車しています。

      20150930月ヶ瀬小学校04

ゲートが張られ警備員が近寄ってきて、
『 故事中で立ち入り禁止!! 』と言われてしまいました。

どうやら、ここも訪れるのが遅かったようです。

平成28年度に開設予定の認定こども園と
福祉複合施設の建設が急ピッチで進んでいました

      20150930月ヶ瀬小学校05

月ヶ瀬小学校の校庭跡に新しい建物が建てられるようです。


体育館はそのまま使用されるのでしょうか?
取り壊されずに残っています。

      20150930月ヶ瀬小学校06


昨年夏に浄蓮の滝を訪れた時、
昨年秋に河津7滝(6滝)巡りをした時、
いずれも廃校である月ヶ瀬小学校の存在を知っていて
『あ~、ここに有るんだ。 そのうちに立ち寄ってみよう。』なんて思っていたら
いつの間にか校舎は壊され、社会福祉法人の建物が建つことになってしまいました。
廃校地の再利用という形では有効活用されると思いますが
個人的には、ちょっぴり残念。

姿を残している間に訪れれば良かった.......................

工事が終わって、完成したら
落ち着いた時期にでも、廃校遺構が残っているか?
可能であれば見学させてもらうことにしよう。
新たに管理する社会福祉法人の寛大な許可を願うばかりです...............





2015/10/17 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........湯ヶ島小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


船山小学校をあとにして、向かった先は...............伊豆市立湯ヶ島小学校


湯ヶ島小学校は

明治6年      弘道寺に狩野小学校の分校として、導蒙舎と称して開校。
明治7年      分校から独立して、狩野上小学校と改称する。
明治9年      湯ヶ島村台70番小学校と改称する。
明治12年     湯ヶ島村天城小学校と改称する。
明治14年     公立天城学校と改称する。
明治25年     小学校令施行に伴い、上狩野村湯ヶ島尋常小学校と改称する。
明治30年     高等科を併設し、上狩野村湯ヶ島尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により上狩野村立湯ヶ島小学校と改称する。
昭和35年     上狩野村と中狩野村が合併して、天城湯ヶ島町が発足。
           天城湯ヶ島町立湯ヶ島小学校と改称する。
平成16年     天城湯ヶ島町、土肥町、修善寺町、中伊豆が合併して伊豆市発足。
           伊豆市立湯ヶ島小学校と改称する。
平成25年     湯ヶ島小学校、月ヶ瀬小学校、狩野小学校が合併して天城小学校が開校。
           (校舎は狩野小学校を流用)
           湯ヶ島小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、湯ヶ島小学校の正門。

      20150930湯ケ島小学校04


門柱らしきモノがないから正門っぽく見えません。

     20150930湯ケ島小学校06


でも、すぐ脇にこんな看板が掲げられているから、正門なんでしょう。

     20150930湯ケ島小学校03


     20150930湯ケ島小学校05

 

正門から足を踏み入れると
いきなりこんなオブジェ7?)が現れます

      20150930湯ケ島小学校07


井上靖の『しろばんば』の像のようです。

      20150930湯ケ島小学校08

実は、著名な作家である井上靖はこの湯ケ島小学校の出身らしい。




、そしてその奥には、立派な玄関とシンボルツリー。

      20150930湯ケ島小学校38



シンボルツリーの前には湯ケ島小学校の位置を示した
緯度、経度の記された標柱が建っています。

      20150930湯ケ島小学校37


しろばんばの像の脇から眺める校舎

      20150930湯ケ島小学校09


ここにもありました、二ノ宮像。

      20150930湯ケ島小学校10


      20150930湯ケ島小学校11


やっぱり廃校にはこれがなくっちゃ!!

      20150930湯ケ島小学校12




校庭の方に足を向けてみましょう


校舎脇にある鉄棒。
逆上がりの補助道具も残っていました。

      20150930湯ケ島小学校13



校庭から眺める校舎。

      20150930湯ケ島小学校14


      20150930湯ケ島小学校15



校舎の前には国旗掲揚のポール、
そして、こちらもシンボルとなっていたと思われる木。

      20150930湯ケ島小学校28


狂って30分ほど進んでいる時計の下には
湯ケ島小学校の校章。

      20150930湯ケ島小学校29




校庭の一画には石碑群。
いずれも 井上靖 に関連する記念碑です。

      20150930湯ケ島小学校16


      20150930湯ケ島小学校17


      20150930湯ケ島小学校18



校庭に残された遊具類。

      20150930湯ケ島小学校19


      20150930湯ケ島小学校20


      20150930湯ケ島小学校21


      20150930湯ケ島小学校22


      20150930湯ケ島小学校23


      20150930湯ケ島小学校24




こちらが校庭側の通学路。
この坂を上った先に古い門柱があります。

      20150930湯ケ島小学校25


こちらが、その門柱。

      20150930湯ケ島小学校26

木の陰になって見にくいですが
昔は木の表札が掲げられていたのでしょう。



じっくり見てみると...........
大正13年に建てられたモノのようです。

      20150930湯ケ島小学校27




校庭から校舎をぐるっと回って、中庭を通って正門に戻ります。

こうやって中庭から見ても落ち着いた雰囲気のある学校のような気がします。

      20150930湯ケ島小学校36



校舎の前にある体育館

      20150930湯ケ島小学校30



体育館の前に、なぜか銅像。

      20150930湯ケ島小学校33


銅像脇の説明版によれば、足立顕治氏の銅像です。

昭和11年に、この体育館の前身である講堂を寄贈したり、
湯ヶ島小学校の子供たちの教育に尽力された方らしい。

      20150930湯ケ島小学校34


体育館の窓ガラスから見えた立て看板。

      20150930湯ケ島小学校35

閉校記念式典に使用されたモノですね。





文豪 井上靖 の母校でもありますが、
解剖学ど世界的に名を覇した足立丈太郎博士の母校でもあるようです。

体育館脇に建つ「懸命不動」の文字を刻んだ顕彰碑
      
      20150930湯ケ島小学校31


      20150930湯ケ島小学校32


伊豆半島の中央部、山深きいで湯の里にあった小学校ですが
著名な方を輩出した歴史のある小学校だったんですね..............................。








   


     


2015/10/16 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........船原小学校跡 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

伊豆市立土肥南小学校をあとにして、向かった先は...............旧・天城湯ヶ島町立 船原小学校


船原小学校は

明治6年      大四大区十小区狩野学校分校船原舎と称して開校。
明治22年     本校が中狩野村立中狩野尋常小学校と改称しその分校となる。
昭和35年     中狩野村が上狩野村と合併して天城湯ヶ島町が発足。
           天城湯ヶ島町立船原小学校と改称する。
昭和50年     狩野小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。


船原小学校跡地はR136の船原温泉近くの
東海バス 船原保育園バス停付近にあります。

      20150930船原小学校21



バス停脇の坂を上って行けば、船原小学校。
バス停脇の階段を上って行けば、船原保育園のようです。

      20150930船原小学校23


      20150930船原小学校20


      20150930船原小学校22



こちらが船原小学校の正門。

      20150930船原小学校01


往時の校門がしっかり残っていました。

      20150930船原小学校02



門柱には、往時の表札。

      20150930船原小学校03

所々擦れていて、見辛くはありますが
しっかりと
『静岡県田方郡天城湯ケ島町立船原小学校』 と記されています。




もう片方の門柱はと言えば...........................

      20150930船原小学校04



船原小学校跡地 と記されています。

      20150930船原小学校05

この門柱を学校跡地の碑として流用しているようです。



裏面には、沿革も刻まれています。

      20150930船原小学校06



校門〜中に足を踏み入れてみると、
そこは、広い空き地。
考えてみれば、昭和50年に廃校。
廃校から既に40年。とっくに校舎は解体されています。

      20150930船原小学校07


      20150930船原小学校08



校庭跡地(?)の奥に石垣とスロープ。

      20150930船原小学校09


      20150930船原小学校10

ひょっとしたら、このスロープの奥に校舎が建っていたのかもしれません。




敷地内には何やら建物が建っています。

      20150930船原小学校11



建物には、上船原公民館 と看板が掲げられています。

      20150930船原小学校12



バス停から見上げた時に見えた建物は保育園かと思っていたら
どうやら保育園も廃園となり、公民館が建てられたようです。

      20150930船原小学校13

バス停が船原保育園となっているから
まさか閉園になっているとは思いませんでした。
むしろ『旧・船原小学校』とか『船原小学校跡』とかにすれば良いのに。



そして、隣接するように消防倉庫も建てられています。

      20150930船原小学校14

廃校跡に消防倉庫が建てられるってパターンも多いんだよなぁ。



ぐるっと一回りしてみましたが、二ノ宮像や遊具類、
いわゆる学校遺構らしきものは見当たりませんでした。

保育園の園庭だったと思われる場所は
ゲートボール場となっています。

      20150930船原小学校15t="298" />



そして、ゲートボール場脇には藤棚。
錆び具合きから言って、往時のモノでしょう。

      20150930船原小学校25



無造作に置かれたローラー。

      20150930船原小学校16

金具も錆びてしまい、使われなくなってかなりの年数が経っているんでしょう。



R136に掛けられた歩道橋。

      20150930船原小学校17


船原小学校と船原保育園に通う子供たちの専用の歩道橋だったようで
直接、小学校・保育園の敷地内に入れるようになっています。

      20150930船原小学校18

もっとも、今やこの歩道橋を利用する子供たちも居ないことになりますが...............

田舎の小学校、山間部の小学校では敷地内に保育園を併設するって言うパターンが多いけれど
こちらもそのパターンだったようですね。


歩道橋からまっすぐに来ても、バス停脇の階段を上って来ても
こちらに合流します。

      20150930船原小学校19



合流地点には大きな桜の木。

      20150930船原小学校24

毎年、子供たちの成長を見守って来たのでしょう。




      
帰り際にもう一度、船原小学校跡地を眺めてみた。

      20150930船原小学校26


      20150930船原小学校27

確かに何もないけれど
なぜか、この廃校跡地が気に入ってしまいました。

ひょっとしたら、Wikipediaにも載らず、人に知れ渡ることのない廃校。
地元の人しか知らない廃校跡。
そんな廃校跡地であるから気に入ってしまったのかもしれません..............................。





2015/10/15 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........土肥南小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

恋人岬をあとにして、向かった先は...............伊豆市立土肥南小学校


土肥南小学校は

昭和53年      土肥町立八木沢小学校と土肥町立小下田小学校が統合して
            新たに土肥町立土肥南小学校として開校。
平成16年      土肥町、修善寺町、天城湯ヶ島町、中伊豆町が合併して伊豆市が発足。
            伊豆市立土肥南小学校と改称する。
平成22年      土肥小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。



車を停めたコンビニの駐車場から見る土肥南小学校。

      20150930土肥南小学校20

まさか、この時点では気がつきませんでした。




正門前に来て、びっくり!!

何と解体工事中。

      20150930土肥南小学校01



解体工事期間 平成27年7月1日〜9月30日まで...............

って、今日までじゃん!

      20150930土肥南小学校02



校舎は解体され、重機が忙しくコンクリートの瓦礫を掘り起こしていました。

      20150930土肥南小学校03


3ヶ月前に訪れていたら、校舎は残っていたんでしょう。
ちょっぴり残念。

工事中で中には入れそうもないから
正門前で写真を撮って帰ることに...............

      20150930土肥南小学校04


ちょうどお昼休みになり、現場監督さんに
『廃校の記念碑みたいなモノはありましたか?』と尋ねたら
「プレハブの現場事務所の裏に石碑があるよ」と教えて貰い、
邪魔にならないことを条件に、廃校の記念碑を見学させて貰うことにしました。


こちらが、その記念碑。

      20150930土肥南小学校06



裏面には、沿革も刻まれています。

      20150930土肥南小学校07


沿革によれば、旧・土肥町立の八木沢小学校と小下田小学校が
合併して出来た小学校らしい。
と言うことは八木沢小学校と小下田小学校は廃校になる。
今回は、この後の予定も詰まっていて時間がないけど
いつかその2校も探し当てて訪ねてみたい。

      20150930土肥南小学校08



記念碑の脇には、こんなモノが...............

      20150930土肥南小学校09

ツリーハウス?
小学校の敷地にこんなモノが?

子供たちが遊んでいたのだろうか?


そして、ツリーハウスの近くには、こんなオブジェ。


      20150930土肥南小学校13

おそらく、キリンだと思うんだけど...............
卒業記念か何かで子供たちが造ったモノでしょうか?





校庭の隅に残っている遊具。

      20150930土肥南小学校10

すぐ側が解体工事エリア。
遊具類もそれなりに解体・撤去されてしまったんでしょう。



唯一残っている建物の体育館。

      20150930土肥南小学校05



体育館だけが残っていると言うことは
地域のスポーツ施設として、このまま使用されていくのだろうか?

      20150930土肥南小学校14



重機のタイヤ跡でグランドはかなり荒れている。

      20150930土肥南小学校15


      20150930土肥南小学校16




解体工事も終焉と言えども、とても今日までで完了しそうもなさそうです。

      20150930土肥南小学校17

唸るような音をたてて、解体工事は進んでいます。


校門の門柱は撤去され、地面に置かれています。

      20150930土肥南小学校18



おそらく、この辺りに門柱が建っていたのでしょう。

      20150930土肥南小学校19


   

小学校の裏手はかつての寺院跡。

      20150930土肥南小学校12


      20150930土肥南小学校11


実は、土肥南小学校を建てるにあたり、廃寺になる予定の寺院が
子供たちの将来のためにと、旧・土肥町に寺院の敷地の一部を譲ったと言うことです。


お寺がなくなって小学校になり、
その小学校もなくなって、校舎もなくなった。
さて、この場所は次は何になるのだろうか...............?



     






     
2015/10/14 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸山城址 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


旅人岬をあとにして、向かった先は...............丸山城址


丸山城は築城時期等は不明ですが、
小田原北条氏に属した西伊豆の豪族・富永氏の居城とされています。
そもそも富永氏の本城は同じ土肥地区の高谷城と考えられていて、
丸山城はその支城とされています。
しかしながら、入り江を抱き込む水軍基地と船着場を有していることから
西伊豆の北条水軍の拠点というレベルではかなりの重要性を持った城でありました。
特に武田勝頼や豊臣秀吉など駿河湾の西からやって来る諸勢力と対峙した北条氏にとって、
丸山城は重要な海上拠点の一つとなっていました。
天正18(1590)年の豊臣秀吉の小田原攻めの際、豊臣水軍の襲来を受け、
一族の富永山随(康景弟・政範)が同城を守ったが、落城したと言われています。


こちらが丸山城の縄張り図

      丸山城縄張り図

      ( 余湖さんの お城のページ  よりお借りいたしました  )



丸山城は丸山スポーツ公園脇の台地に在り、本城と出城に分かれていて
ちょうどR136で分断されるような形になっています。

丸山スポーツ公園の駐車場に車を置かせてもらって攻城開始です。


駐車場の隅にひっそりと建つ城址案内板。

      20150930丸山城址01


縄張り図も記載されています。

      20150930丸山城址02

こちらの縄張り図では、『出城』『本城』『詰めの城』と3つの郭群が連なって
丸山城は構成されているようです。


説明板によれば、丸山スポーツ公園のテニスコートやグランドのある場所は、
かつては海。北条水軍の要、船溜まり場だったらしい。

      20150930丸山城址40



こちらが出城。

      20150930丸山城址03


そして、こちらが本城。

      20150930丸山城址04



まずは、出城から攻めてみましょう。

      20150930丸山城址05



こちらが、出城への登城路。

      20150930丸山城址06


何やら、ガサガサと地面から音がする。
よ〜く見ると、カニでした。
海が近いって言えば近いけど、
でもちょっと離れているんだけどなぁ。

      20150930丸山城址07



主郭に向かう登城路。
虎口近くには、こんな石積みがあります。

      20150930丸山城址08



こちらが主郭虎口。

      20150930丸山城址09



主郭はこんな感じで削平地。

      20150930丸山城址10



こんな説明看板も建っています。

      20150930丸山城址11


      20150930丸山城址12



説明看板の横に建っている城址碑(標柱)。

      20150930丸山城址13


      20150930丸山城址14



こちらは、搦め手口の虎口。

      20150930丸山城址15



その虎口の土塁。

      20150930丸山城址17


そして土塁の脇に鎮座する社。

      20150930丸山城址16



出城の主郭から眺める相模湾。

      20150930丸山城址18


出城から下山。
本城へと向かいます。

      20150930丸山城址19



こちらが本城への登城路。
やはり、こちらもハイキングコースになっています。

      20150930丸山城址20


狭いハイキングコースとなっている登城路の脇には幾つもの段郭。
そして石積みがあります。

      20150930丸山城址21


こちらの段郭は椎茸の栽培をしているようです。

      20150930丸山城址22


こちらの段郭は人の手も入らず、かなり荒れています。

      20150930丸山城址23



無造作に置かれたものなのか?
はたまた、倒れてしまったものなのか?
出城に比べると本城には石積みが多い。

      20150930丸山城址24





こちらが、本城の主郭。

      20150930丸山城址25



こちらの主郭は完全に耕作地と化しています。

      20150930丸山城址26


      20150930丸山城址27



この先に人が通った形跡はありますが
さすがに、この藪状態の中へ進んで行く勇気はありません。

      20150930丸山城址28



主郭の石積み。

      20150930丸山城址29



主郭から詰めの城へは、ハイキングコースを歩きます。
ハイキングコースだけあって、主郭近くに四阿があります。

      20150930丸山城址34


四阿の前にあるパンフレット入れ

      20150930丸山城址35



残念ながら、中身は空っぽ。

      20150930丸山城址36



四阿の前にも、丸山城址の説明看板。

      20150930丸山城址33


四阿から眺める主郭。

      20150930丸山城址32



四阿の裏手にある おこり石 。

この石を踏んだりゆすったりすると悪いことが起きる、
という言い伝えがあるそうです。

      20150930丸山城址31


      20150930丸山城址30



四阿の更に先から眺める相模湾。

      20150930丸山城址37


詰めの城は、もうすぐそこ。


こちらが詰めの城。

      20150930丸山城址38



広い削平地。
今や果樹園となっているようです。

      20150930丸山城址39


出城、本城、詰めの城と3つの郭群が連なっている丸山城址。
丸いのは出城だけで、本城と詰めの城はかなり縦長になっています。

この日は天気が良かったから、汗もいっぱいかきました。
今夜のビールが美味いぞ!っと思いながら
次なる場所を目指すべく、台地を下りて行くのでありました...............。









     
2015/10/12 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

旅人岬 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


富永氏館跡をあとにして、向かった先は...............旅人岬


旅人岬は直木賞作家・笹倉明氏の作品に由来する夕日の美しい岬です。
断崖の上に位置する階段状のテラスから駿河湾を一望でき
運が良ければ対岸の清水、静岡を眺めることもできるらしい。
水平線に沈む夕日の美しさは筆舌に尽くしがたいほどの最高のパノラマだそうです。


元々、旅人岬の存在さえ知りませんでした。
偶然と言うべきか、たまたま県道17号の路肩(空き地)に車を停めていて
戸田方面へUターンする場所を探していたら、目に入ったのがこの看板。


      20150930旅人岬03

まあ、何ともお洒落な名称。
当初の予定には無かったけれど、立ち寄ることにいたしました。

      20150930旅人岬01



芝生でご機嫌な(?)びいすけ 。

      20150930旅人岬02



さすが景勝地。
駐車場からでも景色が良いのがわかります。

      20150930旅人岬04



この階段を上れば展望台。

      20150930旅人岬05


旅人岬の名の由来となった小説『旅人岬』の碑。

      20150930旅人岬06



夕陽の名所らしく、夕陽の季節ごとの時間帯と方向が案内されてます。

      20150930旅人岬07



そして、展望台の真ん中には男女を象った「家族」と名のつくブロンズ像があります。

      20150930旅人岬08



1998年春に土肥町(当時)が岬から180度以上のパノラマが拡がり、
海越しの夕日を臨む絶好のポイントとなっているところから
恋人岬にあやかって町の新しい名所にしようと、旅人岬と名づけられたそうです。

その時に展望台も整備されたのでしょう。
20年近く経っていますが、
綺麗に維持管理されている所は好感が持てます。

      20150930旅人岬09


      20150930旅人岬10


      20150930旅人岬12


      20150930旅人岬13


この岬と言うか、台地が視界を遮るから
富士山は残念ながら眺めることは出来ないようです。

      20150930旅人岬11


展望台からちょっと離れた場所ですが
磯場に降りていける階段があるようです。

      20150930旅人岬14


      20150930旅人岬15

せっかくだから、磯場にも降りてみましょう。


磯場に降りる階段から見た旅人岬。

      20150930旅人岬16



ゴツゴツとした大きな岩がある磯場。

      20150930旅人岬17


滑りやすいから、転ばないように気をつけましょう。

      20150930旅人岬18



陽射しも暖かいと言うか、むしろ暑い。
海からの潮風が心地良い。

      20150930旅人岬19


      20150930旅人岬20


      20150930旅人岬21


本当は夕陽が沈む時間帯に来れれば最高なんだけど
こればっかりは仕方ない。
いつか、夕陽を観に来ることにしよう。

思いがけなく見つけた景勝地。
ちょっぴり得した気分です。



2015/10/11 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

高谷城址 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


東名高速を沼津ICで降り、R1〜R135と国道をひた走り
土肥の町(現在は伊豆市土肥町)にやって来ました。
向かった先は...............高谷城址


高谷城は
築城時期は不明ですが、南北朝時代に伊豆の豪族であった富永備前守という武士が、
土肥に築いた水軍の城が高谷城といわれています。
富永備前守の子孫も代々土肥に住み、やがて勢力を伸ばしていきます。
しかし、延徳3年(1491)小田原北条家の始祖である、伊勢新九郎盛時(北条早雲)が伊豆に侵攻すると
富永三郎左衛門尉政直は、いち早く呼応して挙兵し以後北条家臣となって活躍します。
北条水軍の幹部として各地の合戦に出陣し、江戸城の城代や栗橋城の城代に任ぜられています。
政直の子・政辰も、関東各地の合戦で活躍しましたが、
安房の里見氏との戦いである永禄7年(1564)の下総・国府台の合戦で戦死してしまいます。

政辰の子・政家は山城守と称し、北条家五家老に列せられ、
西伊豆の井田、戸田、小土肥、土肥、八木沢、小下田、宇久須の七ヶ村のほか、
相模、武蔵、上総などに領地を持つ北条家の重臣でした。
そのため政家は、小田原や江戸に在住することが多かったそうです。
城下には居館があり(富永氏館)、また水軍の船溜りが附設されていたとされています。
支城である丸山城を築き、北条水軍の要として土肥地区に勢力を覇した富永氏でしたが
天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めの際に小田原北条家と運命を共にして没落してしまいます。
当主の富永政家は、慶長12年(1607)死亡。その子・直則は徳川氏に従い
関ヶ原の戦いにも従軍して、後に徳川家旗本として家名を残したとされています。




こちらが高谷城の縄張り図

      高谷城縄張り図

      ( 余胡さんの お城のページ よりお借りしました )



高谷城址は土肥地区の北部、土肥小学校裏山附近から東に海に向かった台地一帯とされ
南麓にある諏訪神社の脇から登城するようになっているようです。

こちらご諏訪神社。

      20150930高谷城址01


      20150930高谷城址02



こちらが神社脇の登城路。

      20150930高谷城址03


いざ、参らん!
高谷城の攻略開始です。

      20150930高谷城址04


とにかく、山城だからひたすら登るだけ。 余胡さんの縄張り図だけが頼りです。

      20150930高谷城址05


      20150930高谷城址06



如何にも!って感じの登城路。
明らかに人の手による道で、とても自然のモノではない。

      20150930高谷城址07



この先が主郭虎口になるのか?

      20150930高谷城址08



主郭虎口と思われる箇所。

      20150930高谷城址09


この先は藪。
ちょっぴり躊躇して...............
でもやっぱり、この先は諦めます。

      20150930高谷城址10



こちらが主郭。

      20150930高谷城址11

やっぱり藪。
当然、潔く先への進軍は諦めます。



尾根伝いに西に移動すると、主郭と二郭を隔てる大堀切。

      20150930高谷城址12



とにかく、先に道はないので大堀切に降りてみます。

      20150930高谷城址13


この時点でどうやら道に迷ったようで...............
(って言うか、そもそも主郭から二郭、三郭へと移動する道がない)

二郭へと直上、頑張って登って行きます。

こちらが二郭。

      20150930高谷城址14



尾根伝いに歩くように二郭奥へと進軍すれば、やがて竹藪。

      20150930高谷城址15


竹藪は多少管理されていたようで、わずかに間引きの伐採の跡があり、
人が通った形跡もある。
何とか竹藪を抜け(台地を下り)、ハイキングコースに降りることが出来ました。

ハイキングコースから振り返る、今降って来た竹藪。

      20150930高谷城址16


二郭と三郭を隔てるようにハイキングコースがあり
ハイキングコースは戸田方面へと続いているようです。


ハイキングコースから眺める三郭。

      20150930高谷城址17

雑草が生い茂っている中、段郭が確認出来ます。


主郭から二郭と徘徊のごとく道に迷い山を下るのに
ちょっぴり苦労して汗ダクダク。頭は蜘蛛の巣だらけ。
さすがに三郭へとチャレンジする元気はありませんでした。

1日は始まったばかり。
この後の予定も詰まっている。
ここは体力温存とばかりに一気に台地を下りて行きます。


高谷城址遠景。

      20150930高谷城址18



台地東端に鎮座する弁天神社。

      20150930高谷城址19


この神社の裏手にあるのが出城と言われているようです。

      20150930高谷城址20

余胡さんの縄張り図では三郭に記載せれています
先ほど断念した段郭に当たるようです。


とにかく城域は広い。
道に迷いながら額に汗を浮かべ
頭には蜘蛛の巣をくっつけて..............
チョッピ悪戦苦闘した攻城でした。





2015/10/10 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

浄蓮の滝 (2014年7月2日)(静岡県伊豆市) 

7月2日 公休日

萬城のをあとにして、沼津市に向かう予定だったけれど
萬城ので気を良くした一行(って言いつつも私だけ?)は
やはり同じ伊豆市内にある、もう一つのを目指しました。

ハンドルを握りながら狭い峠道を走ります。

快調なハンドル捌きで口ずさむのは、石川さゆり。
ご存知、 〜♪天城越え〜♬


向かった先は..............浄蓮の




浄蓮のは狩野川の上流部、天城山の北西麓を流れる本谷川にあり、
1万7000年前に伊豆東部火山群の鉢窪山スコリア丘が噴火した際に流出した
玄武岩溶岩流を流れ落ちる直瀑である。
落差は25m、幅は7mで岩盤には柱状節理が見られる。

かつての付近に「浄蓮寺」という寺院があったことから
「浄蓮の滝」という名称がついたと伝わる。

周囲には日本では伊豆半島と熊本県にのみ自生が確認されている
「ハイコモチシダ(ジョウレンシダとも)」の群生地があり、
静岡県指定の天然記念物にもなっている。

(Wikipediaより抜粋)






大型の観光バスが何台も停まっているドライブインのような駐車場に車を停め
浄蓮の滝の探索と相成ります。


駐車場の一画にあった、伊豆の踊り子の像。
こういうのを見ると、伊豆に来ているんだなぁと感じます。


      20140702浄蓮の滝01



浄蓮の滝も駐車場から遊歩道を下って滝へと導かれます。


      20140702浄蓮の滝02



ドライブインのような駐車場とこんな立派な案内看板。
この時点で観光地って言う感じが満ち溢れています。


      20140702浄蓮の滝03



遊歩道をかなり下って、浄蓮の滝に到着。


      20140702浄蓮の滝04



画像には映っていませんが、実は浄蓮の滝には中国人観光客で一杯。
写真を撮るために良い場所を順番待ちしているのに
彼らは並ばない、勝手に横入りするし..............

いやぁ、文化の違いを痛感しました。


      20140702浄蓮の滝05



滝そのものは、やはり落差20mと言うこともあり
それなりに立派なのですが、滝を眺めることの出来るポイントが限られてしまうから
必然的に滝の構図と言うか、写真のポジションも限られてしまうようです。


      20140702浄蓮の滝06



カメラの技術の拙い私には、この構図がベストアングルかな?


      20140702浄蓮の滝07



滝壺近くの売店にも人がいっぱい。
平日なのに人が多い。
もっとも海外からの旅行者には関係ないことかも.......?

ほとんどの人が中国人のようです。


      20140702浄蓮の滝16



浄蓮の滝の近くには、わさひ園があり生のわさびを売っています。

そして、こちらの売店にもありました。

わさびアイス。


      20140702浄蓮の滝09



こちらは、市販のカップアイスに擦りたてのわさびを載っけてくれます。


      20140702浄蓮の滝08



これが、わさびアイス。
売店のお姉さんがサービスでわさびをいっぱい載せてくれました(笑)。


アイスの匂いをめざとく嗅ぎつけた食いしん坊も寄って来ます。


      20140702浄蓮の滝10



わさび を食べた後に、 びいすけ にもアイスのお裾分け。


      20140702浄蓮の滝11



もっちゃん からもアイスを貰ってご満悦。
空のカップを舐めまくってます(笑)。


      20140702浄蓮の滝12




こちらが わさび園。
綺麗な水のある所しか わさび は栽培出来ないから
かなり、清流の川であり滝でもあります。


      20140702浄蓮の滝13


わさび園の奥に進みますが、やがて行き止まり。

浄蓮の滝も見たし、わさびアイスも食べたから
そろそろ車に戻りましょう。


      20140702浄蓮の滝14



最後に別なアングルから浄蓮の滝を眺めてみました。


      20140702浄蓮の滝15


駐車場までの階段の登り坂。
はぁはぁと息を切らして歩く私ともっちゃん。
元気なのは、アイスを二人から貰った びいすけ のみ。

額に汗を浮かべて車に戻ったのは言うまでもありません.........。










2014/07/25 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

萬城の滝 (2014年7月2日)(静岡県伊豆市) 

7月2日 公休日

伊豆旅行2日目。

サンロードを10:00ちょい前にチェックアウトしたあと
富士山の眺望を求めて沼津へ移動することにしました。

伊東から伊豆半島を横断するコーズを選択。
とりあず、修善寺方面に車を走らせていると
気になる案内看板が目に止まった。

『萬城の』..................

気になると素通りできない性格。
という訳で、立ち寄った先は...........萬城の



萬城のは、天城山の北麓を源流とする狩野川の支流、
地蔵堂川の上流にかかる落差20メートル幅6メートルのです。
(万城のと書かれることも多い)。

かつては壷の周囲の玄武岩壁に沿って回ることができ、
滝を裏側から見ることができたので、別名裏見の滝と呼ばれていました。
現在は崩落の危険があるために通行はできません。
また、岩盤の隙間をコンクリートで埋めてあります。

なお、滝には、「この地に住んでいた赤姫の機を織る音がこの滝の水の音と合して、
牛の鳴き声に似ているので、滝の主はこの赤姫の飼っていた赤牛である」との伝説が残されています。

静岡県観光HPより抜粋)


萬城の滝キャンプ場の駐車場に車を停めて、滝の探索です。


駐車場からは、すぐ近く。
遊歩道も完備されていて、ちょっとしたハイキングコースになっているようです。


      20140702萬城の滝01




遊歩道を歩いて(下って)しばらくすると、いきなり萬城の滝が視界に飛び込んで来ます。


流石! と思わずにはいられない。
やはり、20mの滝はそれなりに見応えがあります。


      20140702萬城の滝02



萬城の滝をバックに びいすけ をパチリ☆。


      20140702萬城の滝03



岩場に移動して、パチリ☆。


      20140702萬城の滝04



今度はポーズを変えてみたりして..............。


      20140702萬城の滝05



滝壺近くまで行きたかったんですが、ちょっぴり危険。

ここは大人しく、カメラの位置を変えて滝を眺めてみます。


      20140702萬城の滝06


      20140702萬城の滝07



この位置からが1番迫力がありました。


      20140702萬城の滝08


しばし、滝のミストを浴び、心なしか気分もリフレッシュした気になります。
まあ、あくまでも個人的な主観ですけどね。


萬城の滝を満喫したら、駐車場へ戻ります。


キャンプ場の休憩所で もっちゃん が気になるモノを見つけてきました。

わさびソフトクリーム。


『えっ!?  わさびのソフトクリーム?』

辛そうだから私は遠慮して、 もっちゃん が1個購入。


カップに入ったソフトクリームに、擦りおろした わさび が載っています。


      20140702萬城の滝09


一口食べた もっちゃん の『おいし〜い!』の一言に
思わずつばを飲み込む一人と一匹(笑)。

一口貰って食べてみると、わさびが意外にソフトの甘さに合う。
かえって甘さを引き出してくれるようで、本当に 美味い!。


『美味い!』と言う言葉に敏感に反応するのは、コイツ ↓


      20140702萬城の滝10



わさびのないソフトクリームに夢中な びいすけ 。


      20140702萬城の滝11


      20140702萬城の滝12


いやぁ、わさびソフト、こいつは侮れません。



あまり人が訪れない萬城の滝。
コンクリートで補強されて、人の手が加わったから
魅力半減なんて言う意見も有るらしいが
それを加味しても観光地化していない分、
まだまだ魅力のある滝だと思います。

そして、美味なる わさびソフト に出会ったことも
この萬城の滝を忘れられないモノにしたような気がします.........。




2014/07/24 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit