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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

龍宮窟 (2016年3月7日)(静岡県下田市) 

3月7日 公休日

個人的な連休初日。

この連休を利用して、伊豆に旅行に行きました。

小雨降る中、田牛のサンドスキー場で濡れネズミになりつつも遊んだ後は
隣接する龍宮窟に立ち寄って見ました。


雨で周遊路も泥濘んでいます。
カッパが無いから、タオルを巻いて行きましょう。

      20160307龍宮窟01


龍宮窟を上から覗いてみます。

      20160307龍宮窟02


展望台(?)から覗いて見たものの、ハート型は分かりづらい。

      20160307龍宮窟03


結局、周遊路はドロドロの泥濘。
滑らないように気をつけ、早々に下ります。

やっぱり、龍宮窟の中に入りましょう。

      20160307龍宮窟04


時間的に満ち潮のようで、波が押し寄せてきます。

      20160307龍宮窟05


びいすけ を岩場に立たせて、写真を撮っていると
足元まで波が押し寄せてきて、一大事。
びいすけ、足元ビッチョビチョ(笑)。

      20160307龍宮窟06


雨は大したことはないけれど、海は荒れていて波も高い。
雨の日の海辺は気をつけましょう(笑)。











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2016/03/30 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

田牛サンドスキー場 (2016年3月7日)(静岡県下田市) 

3月7日 公休日

個人的な連休初日。

この7日〜8日の連休を利用して伊豆に旅行に出かけました。

6日の夜、千葉の佐倉から八王子の実家へ移動。
7日の朝、妹の もっちゃん を助手席に、
びいすけ をリアシートを倒して作ったスペースに乗せて
小雨が降る空を恨めしく眺めながら出発。
相模原相川ICから圏央道、厚木から小田原厚木道路経由で
一路、伊豆半島を目指します。
一応、目的地は下田にして、小田原から一気に南下します。

雨が止んでくれるのを期待しながら
向かった先は...............田牛サンドスキー場


昨年の秋、一度こちらには訪れましたが
以前から、妹の もっちゃん と『一緒に行こう!』 と言っていましたが
抜け駆けをしてしまったので、今回の伊豆旅行の候補地にいたしました。


      20160307田牛サンドスキー01



思いの外時間が掛かり、現地に着いたのが11時半。
小雨が降っているけど、ココまで来たら雨なんか関係無い。
ソリを手にサンドスキー場に向かいます。

      20160307田牛サンドスキー02


前日、何軒かのお店を回って、ソリをゲットした もっちゃん 。
気合いが違います(笑)。

黙々とサンドスキー場の頂上へと向かいます。

      20160307田牛サンドスキー03


サンドスキー場の頂上。
意外に高さがある。

      20160307田牛サンドスキー04



小雨が降っているけど、関係無い。

先ずは、先陣を切って私(びいすけ父さん)がチャレンジ。

      20160307田牛サンドスキー05



砂が湿っていて、なかなか上手く滑ってくれない。

      20160307田牛サンドスキー06



砂の濡れ具合いもさることながら、体重70kg超では、やはり上手く滑らない。

      20160307田牛サンドスキー07


それでも、何とか滑っていきます。

      20160307田牛サンドスキー08



意外にって言うか、超楽しい(笑)。

      20160307田牛サンドスキー09


私が滑っているのを頂上で見ていた びいすけ 。

      20160307田牛サンドスキー10



選手交代。今度は もっちゃん の番です。

      20160307田牛サンドスキー11



何と、 びいすけ を抱き抱えてのチャレンジです。

      20160307田牛サンドスキー12



スムーズに滑り降りていきました。

      20160307田牛サンドスキー13


      20160307田牛サンドスキー14


      20160307田牛サンドスキー15



なぜか、砂山を駆け上がってくる びいすけ 。

      20160307田牛サンドスキー16



一目散に私の元へ駆け上がって来ます。

      20160307田牛サンドスキー17


さすがに急斜面。

      20160307田牛サンドスキー18


でも、急斜面も何ともせず、私の元へ駆け上がって来ました。

      20160307田牛サンドスキー19

う〜む、可愛いヤツ(笑)。


と、思っていたら、
今度はソリを持って斜面を上がってくる もっちゃん へと走って行きます。

      20160307田牛サンドスキー20


そして、再び斜面を登ってくる びいすけ 。
砂を走るのが楽しいのかな?

      20160307田牛サンドスキー21



まるで坂路調教?

      20160307田牛サンドスキー22


しかし、元気だねぇ。

      20160307田牛サンドスキー23

私と もっちゃん は上がってくるだけで息がゼイゼイ(笑)。



だって、下から見上げるとこんな急斜面なんだよねぇ。

今度は、私が びいすけ を抱き抱えて滑り降ります。

      20160307田牛サンドスキー24


      20160307田牛サンドスキー25


滑り降りているはずが、途中で横転。

      20160307田牛サンドスキー26


さすがに、70kg超の体重と びいすけ の体重13kgの重さでは上手く滑れません。

      20160307田牛サンドスキー27


びいすけ を置いて、単独で再チャレンジ。

      20160307田牛サンドスキー28

やっぱり楽し〜い!

再び転んで、背中は砂だらけ。
置いていかれた びいすけ は、吠えながら下り降りてきます。

      20160307田牛サンドスキー29

小雨に濡れ、髪の毛から滴が垂れようが
すっ転んで背中が砂だらけになろうが
斜面を上がって息がゼイゼイしようが
やっぱり、楽し〜い!

でも、本来は小雨の中で遊ぶモノじゃないですね。


砂山にソリの跡。

      20160307田牛サンドスキー30


ソリも買っちゃったし、またいつか晴れの日に
思い切り砂遊びをしに来よう!

リベンジ、アゲイン!












2016/03/29 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............静岡・下田編① (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


静岡県には235基の丸ポストが現存されているとされています。
その内、下田市には11基の丸ポストが現存されているとされています(2015年9月30日現在)。

せっかく下田市に来たのだから、下田市の丸ポストを探してみました。


1基目の丸ポスト。
下田市三丁目、了仙寺近くの真木たばこ店前の丸ポスト。

      20151001下田丸ポスト01


      20151001下田丸ポスト02


      20151001下田丸ポスト03


      20151001下田丸ポスト04



2件目の丸ポストは.............
真木たばこ店からさほど離れていない下田二丁目、
ガソリンスタンド サガミシード下田漁港給油所前の丸ポスト

.............のはずでしたが

丸ポストがない!!


      20151001下田丸ポスト08


      07151001下田丸ポスト07

ガソリンスタンドのお兄さんに尋ねてみたら
昨年の6月ごろに撤去されてしまったらしい

う~ん、ここも遅かったか!!



画像の真ん中あたりに丸ポストが建っていたらしい。

      20151001下田丸ポスト05
      

      20151001下田丸ポスト06




気を取り直して...............

2基目の丸ポスト。
下田市二丁目、JA伊豆太陽 下田支店前の丸ポスト。

      20151001下田丸ポスト09


      20151001下田丸ポスト10


      20151001下田丸ポスト11


      20151001下田丸ポスト12




3基目の丸ポスト
東本郷一丁目、下田市役所前の丸ポスト。

      20151001下田丸ポスト13


      20151001下田丸ポスト14


      20151001下田丸ポスト15


      20151001下田丸ポスト16


このあとも下田市の丸ポストを探し続けるつもりでしたが
折しも日本列島の東海域に爆弾低気圧が通過するということで
雨が降り出し、止みそうな気配もない。

残念だけど今回の下田市の丸ポスト探しは3基で断念。
これ以上雨が激しくならない内に、本日の宿に引き上げることにいたしました。


おまけ

下田市下田二丁目にある下田郵便局。
その下田郵便局の入口前にはこんなポストが飾られています。

      20151001下田丸ポスト17


      20151001下田丸ポスト18

江戸時代にペリーの黒船が来航した下田市。
そんな下田市にちなんで、明治時代の郵便ポストを復元して飾っています。

現役のポストではありませんので、くれぐれもポストに投函しないように.........



静岡県に235基現存しているとされる丸ポスト
(既に撤去されているものもあるから、実際には少し減るとは思います)



これまでに

駿東郡小山町      1基
御殿場市        1基
沼津市          7基 
伊東市 ①        15基
裾野市           2基
三島市          1基
伊東市②        10基
東伊豆町        3基
伊豆市①        1基
河津町①         1基
伊豆の国市       16基
伊豆市②        2基


そして本日、下田市の丸ポスト3基を制覇して合計63基となりました。

とりあえず静岡県内には235基の丸ポストがあるようですから
残すは172基。
完全制覇を目指したいところですが、
まだまだ先は長いようです.......。

2015/10/27 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........須原小学校 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


ペリーロードを歩き、下田の幕末の開国気分(?)を味わったあとに
向かった先は...............下田市立須原小学校


須原小学校は

明治6年      第131番小学稲生舎の分校として、須原村に長松舎が開校。
明治11年     長松舎が分校から独立する。
明治19年     学制改革により、第11学区箕作尋常小学校須原分教室と改称する。
明治22年     町村制施行により、箕作村、須原村、落合村、宇土金村、椎原村、加曽野村、横川村、
           相玉村、北湯ヶ野村、堀之内村、荒増村が合併して稲梓村となる。
           稲梓村立箕作尋常小学校須原分教室と改称する。
明治25年     学制改革により、稲梓村立須原尋常小学校として独立する。
明治34年     高等科を併設して稲梓村立須原尋常高等小学校と改称する。
明治41年     高等科を廃止して稲梓村立須原尋常小学校と改称する。
大正12年     再び高等科を併設して稲梓村立須原尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により稲梓村立須原小学校と改称する。
昭和30年     下田町、稲梓村、稲生沢村、浜崎村、朝日村、白浜村が合併して新たな下田町が発足。
           下田町立須原小学校と改称する。
昭和46年     下田町が市制施行して下田市が誕生。
           下田市立須原小学校と改称する。

     同年下田市立稲梓小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。




須原小学校に着いた頃には、日本列島の東海岸に爆弾低気圧が近づき、
朝の天気予報通りに雨が降り始めました。

こちらが須原小学校の入口。

      20151001須原小学校01

当初、正門跡だと思っていたら、正門は別な場所にありました。


須原小学校は現在、『あずさ山の家』と言う宿泊施設となっています。


校庭は宿泊施設の駐車場となっているようです。

      20151001須原小学校09


      20151001須原小学校10



どう見ても民間の宿泊施設。
無理かなぁと思いながらも、ダメ元で玄関で声を掛けると、
女将さんらしき人が応対してくれて、建物の裏手に何かの碑と像があると教えてくれました。
見学したいと言うと、快諾していただきました。


こちらが、その碑。

      20151001須原小学校02


かなり年代物の石碑です。

      20151001須原小学校03



最初、廃校記念碑か、校舎建立記念碑か何かと思っていましたが
良く良く見ると、『稲葉×吉君碑』と読めます。
書体が今と違うから、詳しい名前までは判読できません。

      20151001須原小学校04

おそらく、須原小学校に尽力を尽くされた方の碑なんでしょう。


大正10年に建てられたモノのようです。

      20151001須原小学校05



少し離れた場所には、何かの像。

      20151001須原小学校06



じっくり見ると、校歌の碑がはめ込まれています。

      20151001須原小学校07

須原小学校の校歌ですね。

躍動する馬の跳ね上がる像のようです。

      20151001須原小学校08


建物の裏手になり、狭い場所ではあるけれど
こういった廃校遺構を撤去せずに残してくれていることが嬉しいですね。


女将さんの話では、学校遺構としては、この2点の他に石造りの校門が残っていると言う。



私が入ってきた入口には無かったから、校門を探しましょう。





こちらが、往時の校門。

      20151001須原小学校11



表札はとっくの昔には外されてしまったようですが
石造りで時代の流れを感じさせる門柱です。

      20151001須原小学校12



校門から眺める校地内部。

おそらく、眼前に校舎が建っていたのだろう。

      20151001須原小学校13


      20151001須原小学校14



この石垣が校舎の基礎部だったのでしょうか?

      20151001須原小学校15


現在の宿泊施設の建物ですが、きっと校舎もこんな感じで建っていたのだろう。

      20151001須原小学校18


校地周りの石垣もいい感じで石が風化して、何とも言えない風情がある。

      20151001須原小学校17


正門近くにそびえ立つ木。
きっとこの学校のシンボルツリーだったのでしょう。

      20151001須原小学校16



雨は止みそうな気配もない。
今回の伊豆旅行には雨が降るなんて思ってもいなかったから
びいすけ の雨合羽を持ってくるのを忘れました。

雨に濡れるのもかわいそうだから
そろそろ撤収いたしましょう..........................................。







2015/10/26 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ペリーロードを歩く (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


個人的な連休2日目のこの日は、下田市へ出かけました。


下田城址(下田公園)にこんな案内板がありました。

      20151001ペリーロード01


ペリーロードって確か聞いたことがある。
でも、どんな通りで、どんな町並みなのかは知らない。

せっかく近くにあるんだから、ちょっぴり足を延ばしてみましょう。


ペリ^ロードは、黒船でやってきたペリー提督が
了仙寺で日米下田条約締結の為に行進した道。
現在は、了仙寺から下田公園への約500m。
平滑川をはさむ石畳の小道沿いにはなまこ壁や
伊豆石造りの風情ある家並みが続いています。




こちらがペリーロードの起点のようです。

      20151001ペリーロード02


では、ペリーロードを散策してみましょう。

      20151001ペリーロード03



川沿いの石畳の道は雰囲気が良い。

      20151001ペリーロード05



柳の木も風情がある。

      20151001ペリーロード04



何よりも平滑川沿いの町並みが風情ある。

      20151001ペリーロード06


      20151001ペリーロード07


      20151001ペリーロード08


      20151001ペリーロード09



気がつけば、ペリーロードも間もなく終わり。

この先が了仙寺。

      20151001ペリーロード10



了仙寺は、寛永12年(1635年)、第2代下田奉行・今村伝四郎正長によって創建されました。

大阪夏の陣の時、目に病を持たれた徳川家康公は、家臣の勧めにより、
当時目の神様として崇められていた身延山久遠寺第十一世の行学院日朝上人に
病気平癒の願をかけられました。
その祈願が成就したため、徳川政権安定の時に寺を建立することを約束されました。

今村正長公によって創建された了仙寺には、
当時の幕府の将軍・徳川家光より朱印状によって領地が与えられ、
家康公の祈願成就に奉じました。
従って、了仙寺の寺紋は徳川家の紋である三つ葉葵です。

1854年、日米和親条約が締結され、ペリー艦隊が開港された下田に入港すると、
了仙寺はペリー一行の応接所兼幕府との交渉場所となり、
和親条約の細かい取り決めである下田条約がここで結ばれました。


こちらは、了仙寺の山門。

      20151001ペリーロード11


山門に掲げられた扁額。
山号は 『 法順山 』と言うんですね。

      20151001ペリーロード12


こちらが本堂。

      20151001ペリーロード13


      20151001ペリーロード14



本堂前には、こんな標柱。

      20151001ペリーロード15



国指定史跡とか記されていると犬連れで入っていいのか?
せんなことを思ったりして、じっくり見学できません。

      20151001ペリーロード16



説明板モデルざっと目を通すのみ。

      20151001ペリーロード17


もう一つの山門。

      20151001ペリーロード18

石造りの門柱も良いけれど、
古刹にはやっぱり先ほどの薬医門の方がいいなぁ




この道を川沿いに歩けばペリーロードになる。
下田公園まで戻りながら歩いてみましょう。

      20151001ペリーロード19


やっぱり石畳の小道と柳の木は風情がある

      20151001ペリーロード20



平滑川沿いの町並みも負けず劣らず風情がある、

      20151001ペリーロード21




ペリーロードの片隅にこんなモノを飾られていました。

1829年製30ポンドカロネード

      20151001ペリーロード22


黒船に搭載されていた大砲なのでしょうか?

      20151001ペリーロード23




ペリーロードからちょっと離れた場所。
下田公園の駐車場近くにある『ペリー上陸記念公園』
ペリー提督が上陸し、開港の歴史の原点の場所であり
ここには、ペリーに関する色々なものが飾られています

      20151001ペリーロード26



ペリーの胸像は、「ペリー上陸記念碑」と呼ばれているらしいが
元々は、『ペリー艦隊来航記念碑』と言うらしい。

      20151001ペリーロード28

横須賀(久里浜)にある「ペリー上陸記念碑」と混同されているようです。

私も勘違いしていたのですが
ペリーが初上陸したのは久里浜であり
ペリー艦隊が来航したのが下田ということらしい。




1966年に制作されたこの記念碑ですが、2002年に、現在の場所に移転されました
この移転地が「ペリー上陸記念公園」という名称であることから
行政を始め、地元の方々も、「ペリー上陸記念碑」と呼ぶようになったそうです。

確かに、現地の案内板も「ペリー上陸記念碑」と標記されています

      20151001ペリーロード27


いずれにしても、この下田の地が『日本最初の開港地』であることは間違いない。

      20151001ペリーロード29



こちらの碑には、日米交流150周年によせて、
第43代アメリカ合衆国大統領の「ジョージ・ブッシュ」から贈られた
メッセージが刻まれたプレートが飾られています。

      20151001ペリーロード24



そして、そのプレートの下には、「日米友好の灯」として、
ペリーの生誕地であるロードアンランド州ニューボートから贈られた灯が焚かれています。

      20151001ペリーロード25

ガラスの中に本当の火(炎)が揺らめいているから、びっくりしちゃいます。



幕末の黒船来航で揺らいだ下田の港。
その下田のペリーロード。
町並みの風情も味わい深いが、
歴史の勉強になったのも味わい深いモノです.......................。






2015/10/25 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

下田城址 《下田公園》 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な連休2日目のこの日は、下田市へ出かけました。


登自尋常高等小学校をあとにして、向かった先は..............下田城址




下田城の築城時期等は不明ですが、関東を制覇していた小田原北条氏によって
戦国時代に小田原水軍の根拠地とし、玉縄衆の朝比奈孫太郎が居城し、
やがて豊臣秀吉との関係が悪化すると伊豆衆の清水康英を城将としました。

天正18年(1590年)に豊臣側の加藤嘉明らの率いる淡路水軍が来襲し、
康英は手兵600余で約50日にわたって籠城した後に開城している。
北条氏の滅亡後は徳川家康の家臣・戸田忠次が下田5,000石を治め、当城主となりました。
忠次の子・尊次は慶長6年(1601年)に三河国の田原城へ転封となり、
以後は江戸幕府の直轄領として下田町奉行が支配し、後に廃城となりました。

そもそも、現在の下田港の湾口を扼する西側の岬全体が城地でした。
直径800mの円内に複数の入江が点在する天然の地形を利用し曲輪が配置され、
本丸は東西12m・南北30mの平場で、本丸の北側に2段の天守曲輪があったそうです。
最南端のお茶ケ崎に物見櫓があり、直下の和歌の浦が船溜りとされていたようです。

城址は現在、下田公園となっています。




こちらが下田城の縄張り図

      下田城縄張り図

      ( 余胡さんの お城のページ よりお借りしました )



下田公園として整備され、駐車場も完備している下田城址。
下田公園の駐車場に車を入れ、いざ進軍です。


下田公園入口に建つ城址碑。

      20151001下田城址01



実は、下田公園の碑と並んでいたりして...............。

      20151001下田城址02



公園整備時に拡張された登城路には公園案内板が設けられています。

      20151001下田城址03



親切にも、その案内板には下田城の縄張り図が描かれています。

      20151001下田城址04



石畳となって遊歩道と化した登城路をひたすら上がって行きます。

      20151001下田城址05



下田と言えば、江戸時代にペリーの黒船が来航し、
当時、鎖国であった日本の歴史を変えた町。
当然、その下田のシンボルでもある下田公園には、黒船、ペリー関連の碑などが多い。



こちらは、カーター記念碑

      20151001下田城址06

アメリカの元大統領、ジミー・カーター氏が1979年に下田に訪問したのを記念に建てられたらしい。



さらに進めば、左側に削平地。

      20151001下田城址07

こちらは、開国広場。
おそらく、下田城とは関係なく、公園整備時に削平されたものでしょう。

      20151001下田城址12



城好きが見ると、どうしても曲輪跡に見えてしまう(笑)。

      20151001下田城址08


何やら石碑も建てられ、展望台もある。

      20151001下田城址09


      20151001下田城址10


      20151001下田城址11




開国広場の向いには、開国記念碑。

      20151001下田城址13


      20151001下田城址14


ここから見下ろす下田港は中々のモノ。

      20151001下田城址15





さらに遊歩道を進む(上る)とやがて主郭(本丸)へと導かれます。


主郭下にある城址碑。

      20151001下田城址16



下田城は、別名 鵜島城 とも言います。

      20151001下田城址17



主郭下の少し離れた位置に建つ下田城址の説明板。

      20151001下田城址18


      20151001下田城址19



こちらが主郭。

      20151001下田城址20



確かに、下田港が一望でき、眺望は良い。

      20151001下田城址21


      20151001下田城址22




こちらが、主郭とニ郭を隔てる大堀切。

      20151001下田城址23



そして、その奥には見事な空堀。

      20151001下田城址24


      20151001下田城址25



土橋もしっかり残されてます。

      20151001下田城址26


別アングルからの土橋。

      20151001下田城址27



それにしても見事な空堀です。

      20151001下田城址28




ニ郭と三郭を隔てる堀切。
現在はハイキングコースの通路になっているようです。

      20151001下田城址29


かなり埋まっているけど、こちらも空堀。

      20151001下田城址30



ニ郭虎口。

      20151001下田城址31



ニ郭内部から見た虎口。

      20151001下田城址32



ニ郭はほとんど立ち入る者もいないようで荒れています。

      20151001下田城址33



こちらが三郭。
やはり、ニ郭同様に立ち入る物好きはいないようです。
公園の設備(ポンプ小屋?)が置かれているようです。

      20151001下田城址34



三郭下の空堀。

      20151001下田城址35



こちらは三郭と四郭を隔てる堀切。

      20151001下田城址36

かなり崩れているのか? そんなに高さはない。


こちらは四郭裏手の空堀。

      20151001下田城址37



やはり、四郭も公園設備が置かれていて立ち入る人はいない。

      20151001下田城址38




四郭前の遊歩道には四阿があり、ちょっぴり疲れたので小休止。

びいすけ もオヤツタイムといたしましょう。

      20151001下田城址39



貰うまでは、じっと我慢のお利口さん。

      20151001下田城址40


      20151001下田城址41




とりあえず、四郭まで確認したから戻ることにいたしましょう。

四郭→三郭→ニ郭→主郭。
そして遊歩道を一気に下り、辿り着いたのが下岡蓮杖の碑と像。

      20151001下田城址42


下田城址には直接関連はないけれど、
下岡蓮杖は下田市出身で、わが国の商業写真の開祖と言われています。
幕末開国時に苦労を重ねて写真技術を取得した人物です。

      20151001下田城址43



さらに碑と像のある広場から階段を下って行くと、
下田城址の沿革が記された説明板がありました。

      20151001下田城址44


下田城址は

天正16(1588)年秀吉の侵攻に備え、北条氏直が下田城を水軍拠点とする。
天正18(1590)年城将清水康英は、一万人超の水軍に囲まれ、篭城50日の後、降伏、開城。
江戸時代 下田奉行今村伝四郎が城址に植林。後に幕府の御林となり、一切の伐採が禁じられた。
明治34年公園となる。
明治45年下田町有地となる。

と、まあこんな感じで市民の憩いの場となったようです。

下田城址も色んな変遷を経ているんですねぇ...............。




2015/10/24 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........登自尋常高等小学校跡 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な連休2日目のこの日は、下田市へ出かけました。


竜宮窟をあとにして、向かった先は...............登自尋常高等小学校跡



登自尋常高等小学校について色々とネットで調べてみましたが
詳細は不明です。

だだ分かっていることは、
昭和5年 朝日村立登自尋常高等小学校として建築されました。

昭和41年 吉佐美小学校(現:下田市立朝日小学校)との統合により廃校
昭和41年 田牛区公民館として利用
昭和50年下田市青少年海の家として運用。

と、このような沿革となっているようです。


こちらが、登自尋常高等小学校の正門。

      20151001登自尋常高等小学校01



門柱の表札は取り外されていて、往時の名を垣間見ることは出来ません。

      20151001登自尋常高等小学校02



正門から眺める登自尋常高等小学校の校舎。

      20151001登自尋常高等小学校03

昭和5年に建てられた木造校舎が良い味を出しています。


現在は、下田市青少年海の家として再々活用されているようです。

      20151001登自尋常高等小学校04

数年前まで宿泊利用も出来たらしいのですが、現在は日帰り利用のみとなっているようです。



こちらが正面玄関。

      20151001登自尋常高等小学校05



往時の表札かと思ったら、海の家の表札でした。

      20151001登自尋常高等小学校09



決して広くはない校庭。

      20151001登自尋常高等小学校06



びいすけ は芝生の匂いをクンクンと嗅ぎ回ってます。
良い匂いがするんだろうか?

      20151001登自尋常高等小学校07



昭和5年に建てられた木造校舎。
SMAPの中居君主演のテレビドラマ『砂の器』のロケにも使われたそうです。
でも観てないんだよなぁ。

      20151001登自尋常高等小学校08


      20151001登自尋常高等小学校10



一時期、公民館として利用されていたようですが
現在は敷地内に校舎に隣接するように公民館が建てられています。

      20151001登自尋常高等小学校11



校舎の裏手に回ってみましたが、これと言って何もない。

      20151001登自尋常高等小学校13

記念の石碑か何かでもあればいいんだけどなぁ。


これと言った学校遺構はありませんが、この校舎があれば良い。

      20151001登自尋常高等小学校12



こちらの芝生か気に入ったのか?
やたらと芝生に転げまくる びいすけ 。

      20151001登自尋常高等小学校14



うげっ、うげっと奇声を発しながら
背中越しに芝生の感触を味わっているのか?

      20151001登自尋常高等小学校15



起き上がっては、また転がる びいすけ 。

      20151001登自尋常高等小学校16


      20151001登自尋常高等小学校17




単なる匂い付けをしているだけなんだろうか?

      20151001登自尋常高等小学校18


暫し、芝生を転がりまくる びいすけ に見とれてしまい、
なかなかこの場を立ち去ることが出来ませんでした...............




2015/10/23 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

竜宮窟 《竜宮公園》 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な連休2日目のこの日は、下田市へ出かけました。


田牛サンドスキー場をあとにして、向かった先は...............竜宮窟


竜宮窟は、
おおきな海食洞の天井が一部崩れて、直径50メートルほどの天窓が開いたものです。
龍宮窟の天窓は伊豆の各地にあるものの中でも最大級であり
、道路沿いの入口から洞窟を通って天窓の下に立つこともできる。
洞窟の壁には、海底火山から噴出した黄褐色の火山れきが美しく層をなし、
天窓の底を満たす青い海水とのコントラストが神秘的な場所です。



竜宮窟に向かったと言うか、
田牛サンドスキー場の隣にあるのが、竜宮窟。
実は、サンドスキー場の駐車場に車を停めていて、いざ出発!
停めていた車に戻った時にこんな看板を見かけました。

      20151001竜宮窟01


『 竜宮窟 ? 』...............なんだそれ?

思わず好奇心が湧き上がって来ます。


すかさず、近くにある説明板に目がいってしまいます。

      20151001竜宮窟02


説明板には、上から見るとハート型に見える洞窟って言うフレーズで
以前、テレビの旅番組か何かで見たことがあるのを思い出しました。


竜宮窟の上部、台地をぐるっと一周することが出来、
そちらが竜宮公園と言うらしい。

なぜか、テンション高く、先を急ぎたがる びいすけ 。

      20151001竜宮窟04

そんなに強く引っ張ったら転んじゃうから、止めさない!!


上り坂の途中から見下ろした竜宮窟。

      20151001竜宮窟03

これだけでも、それなりに凄い。



台地頂部には見晴台のようなモノがあり
説明板もしっかり準備されています。
      
      20151001竜宮窟05

この場所から覗き込むとハート型に見えるらしい。


確かにハート型。

      20151001竜宮窟06

正直言うと、木が少し邪魔。




びいすけ の視線の位置からでは、ハート型には見えないようです。

      20151001竜宮窟07


台地をぐるっと一周してみます。

隣接するサンドスキー場が小さく見えます。

      20151001竜宮窟08




先ほどまでは、台地上部から竜宮窟を眺めてみましたが
今度は竜宮窟の内部に入ってみましょう。

こちらが、竜宮窟の入口。

      20151001竜宮窟09



ゲート(?)脇にも、しっかりと説明板が設置されています。
下田市は親切この上ない(笑)。

      20151001竜宮窟10



この階段を下りたら竜宮窟。

      20151001竜宮窟11



こちらが竜宮窟。

      20151001竜宮窟12



先ほどの見晴台。

      20151001竜宮窟13



ぽっかりと空に穴が開いていると言うか、
周りが壁で目の前には押し寄せる波。
さらに波の先には、ぽっかりと穴が開き、外洋が見える。

う〜む、幻想的な世界。(ちょっぴりオーバーかな?)(笑)


      20151001竜宮窟14


      20151001竜宮窟15


      20151001竜宮窟16


砂浜とはいかないけれど、玉砂利の海岸に腰を下ろし
暫し、波音をBGMに押し寄せる波を眺めていました...............。

いゃあ、癒やされるなぁ〜。






2015/10/22 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

田牛サンドスキー場 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な3連休の2日目。

ベースキャンプのサンロードを9時前に出発して、いざ南へ!

一路、下田へと車を走らせます。


まず、最初に向かったのは...............田牛サンドスキー場


田牛サンドスキー場は、
傾斜角度30度、長さ70m、幅100m。
冬の強い季節風によって吹き寄せられた砂が
積みあがってできた天然のサンドスキー場です。
傾斜角度30度、幅100mで長さが約50mで斜面から一気に太平洋に
下っていく感覚は素晴らしいと言うことです。
もちろん、太平洋の景色だけでも素晴らしいと言うことですが...............。

サンドスキー場に下る途中には田牛ハマオモトというハマユウの自生地があり、
静岡県の天然記念物として保護されているそうです。




こちらが田牛サンドスキー場の入口。

      20151001田牛サンドスキー01



既に1組の親子連れが遊んでいるようです。

      20151001田牛サンドスキー02



この階段を下って行きます。

      20151001田牛サンドスキー03



階段を下っていくと、こんな案内板。

      20151001田牛サンドスキー04



さらに下っていきましょう。

      20151001田牛サンドスキー06



事前情報通り、下っていく途中に、田牛ハマオモトの天然記念物の碑が建っています。

      20151001田牛サンドスキー07

でも、田牛ハマオモトってどれ?(笑)


そして、サンドスキー場の前の海岸も良い雰囲気。

      20151001田牛サンドスキー05


      20151001田牛サンドスキー10



確かに斜度は30°のようです。

      20151001田牛サンドスキー08


下から30°の斜面を見上げて見ます。

      20151001田牛サンドスキー11

こりゃ、かなりキツイわ〜。



砂の坂を上がっていく親子を尻目に びいすけ は砂の匂い嗅ぎ。

      20151001田牛サンドスキー09


正面から上がってみようと試みましたが
砂が柔らかくて深い。
足が砂に埋まってしまい、正面からは上がれません。

      20151001田牛サンドスキー22



それならば!とサンドスキー場の左端から上がってみます。

      20151001田牛サンドスキー13




息を切らしながら上がりきった砂山の頂部

      20151001田牛サンドスキー14

意外に高いって言うか、斜度30°のなせる技。


田牛の海岸線も見応えあります。

      20151001田牛サンドスキー15



へっぴり腰の びいすけ 。
一気に30°の斜度を下るかな?って思ったけど...............

      20151001田牛サンドスキー16



結局は上ってきた導線を下って行きます。

      20151001田牛サンドスキー17



こちらは怖くないのか?
ロングリードを引っ張るように一気に下りて行きます。

      20151001田牛サンドスキー18





サンドスキーは諦め、田牛の海を堪能しましょう。

      20151001田牛サンドスキー12


      20151001田牛サンドスキー19



サンドスキー場前の海岸もなかなか趣きがある。

      20151001田牛サンドスキー20


      20151001田牛サンドスキー21



とりあえず、サンドスキー場は堪能した事にしよう。

      20151001田牛サンドスキー23

なぜか海岸(サンドスキー場)から道路へ出る階段を一気に駆け上がる びいすけ 。

やっぱり、サンドスキー場と言えども海だから
ちょっぴり怖かったのかな?




2015/10/21 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit