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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

麻苧の滝 (2019年8月23日)(群馬県安中市) 

8月23日


1泊2日の群馬・長野旅行。
2日目は長野県の軽井沢を巡り、再び群馬県へと移動しました

坂本小学校をあとにして、向かった先は..........................麻苧の滝。


麻苧(あさお)の滝は、一名朝日滝とも呼ばれ、
その源を丁須の西の中間峰より発しています。
信越本線横川駅の南西方に位置し、鼻曲山と鳩胸の間を流れ落ち、
その高さは約40メートル、この断崖から麻の簾を垂らしたような飛瀑から
「麻苧の滝」と名づけられています。
この滝は、古くから山岳信仰の修験場として知られ、
山中には数多くの石仏が散在しています。
信越本線や国道18号線からも近く、裏妙義の奇岩との映りもよく、
増水時などの雄大さは格別なものだそうです。


少し離れた位置になりますが駐車場も完備。
案内板に導かれ、迷うこともなさそうです。

      20190823麻苧の滝 01


但し、別な注意は必要です。

      20190823麻苧の滝02


なんと、熊がでるようです。

      20190823麻苧の滝03

熊除けの鈴を忘れちゃったんだよなぁ。
熊には気を付けましょう。


相変わらず、元気一杯の びいすけ。

      20190823麻苧の滝04


ここでも、我!先へ!! と進んで行きます。

      20190823麻苧の滝05


      20190823麻苧の滝06



麻苧の滝のあるこの辺りは、麻苧自然公園と称し
麻苧の滝の上流、下流合わせて7つの滝があり
それぞれの滝に石造りの七福神が設けられているようです。


さっそく、第一の滝が見えて来ました。


白行滝。

      20190823麻苧の滝07

実は、この下流にももう一つ滝があるようですが(孫滝)、
見落としてしまったようです。


白行滝の近くに鎮座する七福神。
福禄寿。

      20190823麻苧の滝08



目指すは、麻苧の滝。
先に進みましょう。

沢沿いの散策路。

      20190823麻苧の滝09


こんな岩の下も潜ります。

      20190823麻苧の滝10

安産岩と言うらしい。



安産岩の近くにも七福神。暗くて見づらいですが毘沙門天。

      20190823麻苧の滝11



その先、左側の斜面から流れ落ちる滝。

      20190823麻苧の滝12

母滝かと思ったけれど、違うみたい。
前日の雨で現れた滝なんでしょうか?



ここから、再び沢を離れ、斜面を上ります。
斜面に鎮座する七福神、大黒天。

      20190823麻苧の滝13



大黒天の先には、不動明王。

      20190823麻苧の滝26



そして、不動明王の先に麻苧の滝(父滝)が見えてきました。

      20190823麻苧の滝14



さらに近づいてみます。

      20190823麻苧の滝15


沢に降りてみますが、木が視界を邪魔をして
滝の眺望は今一つ。

      20190823麻苧の滝16

もうすこし、沢の上流に移動した方が良さそうですね。


橋を渡って、上流に向かうことに..............

      20190823麻苧の滝24


橋の上からの麻苧の滝。

      20190823麻苧の滝17




橋を渡ると、対岸奥にもう一つの滝。
こちらが母滝になるんだろうか?

      20190823麻苧の滝18



近くには、七福神の恵比寿が鎮座しています。

      20190823麻苧の滝19



橋を渡って大正解。
対岸からぐるっと回り込むような感じで麻苧の滝に近づく事が出来ました。

      20190823麻苧の滝27


      20190823麻苧の滝20

滝壺もしっかりと確認。




びいすけ も嬉しそうな笑顔。

      20190823麻苧の滝21



実は、麻苧の滝は7つの滝の総称で、
落差40mの『父滝』を筆頭に曾滝・祖滝・母滝・自行滝・子滝・孫滝から成っています。

そして、こちらが筆頭の父滝。

      20190823麻苧の滝22

見事な滝です。

しばし、見とれてしまいました。


下りは滑るから、気をつけて下山しましょう。

      20190823麻苧の滝23

熊には遭遇しませんでしたが
熊以外にも気をつけなきゃいけないのが山蛭。
幸いにも山蛭にも遭遇しなく、滝を楽しむ事ができました。


駐車場に戻る途中、吊橋を渡った先にも七福神。

      20190823麻苧の滝25

そう言えば、七福神巡りも中途半端になっちゃいましたね。

7つの滝を全て見ることはできませんでしたが
山蛭が居なくなる晩秋にでも、紅葉を見ながら
そして、七福神を探しながら、7つの滝を堪能するのも面白そうですね。






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2019/09/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鎌倉・江の島七福神........《 江島弁財天 江島神社 》 (2019年6月11日)(神奈川県藤沢市) 

6月11日

この日は、江の島に出かけました。

江の島に鎮座する江島神社。
この江島神社は、鎌倉・江の島七福神の『江の島弁財天』となっています。


弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。

江島神社の弁財天は、近江の竹生島、安芸の宮島とともに日本三大弁財天の一つに教えられ、
辺津宮横の泰安殿に安置されています。


元々は、江戸時代のお正月行事として一般化した七福神巡り。
数年前から正月期間に びいすけ を連れて、
境内に七福神の像がある社寺を巡っていましたが
近年、御朱印巡りにハマってからは、
御朱印を頂ける社寺も巡るようになりました。
もっともそう言った社寺って言うのは、犬連れNGが多いから
筆舌的に びいすけ は留守番になってしまいますが...............

『鎌倉・江の島七福神巡り』は、正月に限らず、
1年を通して参拝できると言うことだし、この江島神社には
びいすけ も連れて来ちゃったし.............................。

せっかくだから、七福神巡りも済ませちゃいましょう。


江島神社の社号標。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天01



神社社頭。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天02

瑞心門は工事中で白いシートが掛かっているけれど
瑞心門の先には、弁天様がお出迎え。


弁財天童子石像。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天03


こちらが、辺津宮の拝殿。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天04


そして、奉安殿。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天05

この中に、八臂弁財天と、日本三大弁財天の一つである
裸弁財天の妙音弁財天が安置されています。
中に入るには拝観料が掛かりますが犬連れNGの為、
中に入る入れませんでした。


辺津宮の授与所にて拝受した『鎌倉・江の島七福神』江の島弁財天の御朱印。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天06

残りの七福神巡りはいつになるのやら?

いつか機会があったらチャレンジしてみよう。



2019/08/03 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.................成子天神社七福神 (2019年6月1日)(東京都新宿区) 

6月1日 

この日は、都内の新宿区に出かけました。

新宿区の御朱印巡りと称し、訪れた成子天神社。
この成子天神社には、境内に七福神の像が置かれていて
1社で七福神全てがお詣り出来ると言う便利(?)の良さ。
七福神好きとしては、放って置くことは出来ません。


成子天神社の社号標。

      20190601成子七福神01


社殿へと続く参道を進みます。


手水舎。

      20190601成子七福神02


神門。

      20190601成子七福神03


そして、拝殿。

      20190601成子七福神04


肝心の七福神の像は、参道から境内へと点在してしています。
それでは、順にお詣りしていきましょう。



布袋尊。

      20190601成子七福神05

布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、
いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、
信仰の厚い人に与えられたと言われています。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰が厚いとされています。



寿老人。

      20190601成子七福神06

寿老人は星の化身で、にこやかな微笑みを称え、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿の証しで、鹿もまた長寿の象徴てされています。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。




福禄寿。

      20190601成子七福神07

福禄寿は、幸福の『福』、身分をあらわす『禄』、
寿命を表わす『寿』の三文字からなり、中国、道教の長寿神です。
南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶを持ち、年齢は千歳と言われています。
長寿、幸福の徳を持ち、鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖を持ち、
招徳人望の神様として信仰されています。




弁財天。

      20190601成子七福神08

弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったとされています。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。






毘沙門天。

      20190601成子七福神09

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」といい、
七福神の中で、唯一の武将の姿をしています。
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。





大黒天。

      20190601成子七福神10

大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となりましたが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたとされています。
大地を掌握する神様(農業)でもあり、大きな袋を背負い、打出小槌をもち、
頭巾をかぶられた姿が一般によく知られています。
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




恵比寿天。

      20190601成子七福神11

七福神の中で唯一の日本の神様とされています。
イザナミノミコト、イザナギノミコトの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、
信仰の始まりと伝えられています。
左手に鯛を抱え、右手に釣竿を持った漁業の神ですが、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。



これで、成子天神社の七福神も全て参拝することご出来ました。
噂によれば(って言うか、授与所の巫女さんの話では)、
今年の正月の七福神の時期に、期間限定ですが
成子七福神の御朱印が拝受されたらしいです。

来年は、ぜひ御朱印を拝受したいものです。



2019/07/27 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り................抜弁天 厳島神社《新宿山の手七福神 弁財天》 (2019年6月1日)(東京都新宿区) 

6月1日

この日は、都内・新宿区へ出かけました。

びいすけ父さんの都内散歩。
新宿区の御朱印拝受の神社巡りです。


西向天神社をあとにして、向かった先は.............抜弁天 厳島神社。


抜弁天 厳島神社は、新宿区余丁町に鎮座する神社です。

通称、抜弁天と称し新宿山ノ手七福神の弁財天を祀る神社として知られています。

応徳3年(1086年)、鎮守府将軍・源義家(八幡太郎)が後三年の役(1083~1087)で
奥州平定に向かう途中この場所に宿営したそうです。
この場所はこの地域で最も高い場所であり、かつては富士山もよく見えたようで、
この時、義家も遠く富士山を望み、さらにその先にある安芸に鎮座する厳島神社に
その戦勝を祈願したそうです。
奥州平定を成し遂げた義家は、その帰途、戦勝のお礼のために
この地に神社を建立し、厳島神社を勧請したと伝えられています。

この義家の奥州平定の戦勝のお礼の神社建立の話は
都内の神社の由緒では良く耳にする話です。
一体、義家は幾つの神社を建立したのでしょう?

義家がこの地に立ち寄り祈願して苦難を切り抜けたという伝説と、
境内参道が南北に通り抜けできることから『抜弁天』とも呼ばれ、
江戸の六弁天に数えられるそうです。

因みに、徳川綱吉による生類憐れみの令により
付近に野犬のための2万5千坪の犬小屋が設置されていたそうです。


御祭神は、市杵島姫命。


実は、西向天神社の社務所の方から教えてもらって、
こちらの御朱印と新宿山ノ手七福神の事を知りました。
西向天神社からも近いと言われ、立ち寄ってみることにしました。
『抜弁天』と言う名は何度か耳にした事があるから
それなりに大きな神社だと思ってしまったけど............

交差点(三叉路)の角にある、こじんまりとした神社でした。

      20190601抜弁天01


神社社頭。

      20190601抜弁天02


鳥居脇の由緒書きと言うか、説明板。

      20190601抜弁天03



こちらは、手水舎。

      20190601抜弁天04


定番の龍の吐出口。

      20190601抜弁天05


境内はコンパクトですが、社殿もコンパクト。

      20190601抜弁天06


      20190601抜弁天07


別アングルから。

      20190601抜弁天08



三叉路の反対側にも鳥居が建つ。

      20190601抜弁天09



その鳥居の脇には社務所。

      20190601抜弁天10

こちらのしゃむしは普段は無人。
正月期間の七福神詣りの際に開いているそうです。


こちらが、新宿山ノ手七福神 弁財天の御朱印。

      20190601抜弁天11


本務社の西向天神社にて拝受いたしました。







2019/07/24 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り .................祖霊神社 《 しょうぶ七福神 》 (2019年6月1日)(東京都葛飾区) 

6月1日

この日から6月。早いモノです。


毎年この時期、都内・葛飾区では『堀切菖蒲まつり』と称して
堀切菖蒲園と都立水元公園の二ヶ所で『堀切菖蒲まつり』が開催されます。

今年は、5月27日(月曜日)から6月16日(日曜日)までの期間となっているようです。
 
堀切菖蒲園の最寄り駅である京成線の堀切菖蒲園駅近くの商店街も
力を入れているようですが、商店街だけでなく、
堀切菖蒲園駅近くに鎮座する堀切天祖神社も
境外社の天祖神社祖霊社の御朱印(しょうぶ七福神)を
期間限定で授与されているようです。

そうと聞いては、行かない訳には行きません。


3月の異動で都内へと足を向ける機会はめっきり減ってしまったので
ちょうど良い機会です。


天祖神社祖霊社は、堀切天祖神社の境外社として
葛飾区堀切三丁目に鎮座する神社です。

元々、この場所には毛無池があったそうです。
大正12年(1923年)に毛無池は埋め立てられてしまい、
その際に、堀切天祖神社の境外末社として毛無池弁天社が祀られました。
長く信仰を集めてきましたが、平成6年(1994年)に『しょうぶ七福神』として、
他の六福神を祀ることになりました。


駅から徒歩数分。
こちらが、天祖神社祖霊社 社頭。
   
      20190601しょうぶ七福神01


手水鉢。

      20190601しょうぶ七福神02



拝殿。

      20190601しょうぶ七福神03



拝殿正面の扁額。

      20190601しょうぶ七福神04



別アングルからの拝殿。

      20190601しょうぶ七福神05


      20190601しょうぶ七福神06



駅側の玉垣沿いに建つ異様な像。

      20190601しょうぶ七福神07

『堀切十二神』と言うらしいが、独特の雰囲気。
って言うか、無茶苦茶怖いんですけど。


右から十二支の子・丑・寅・卯。

      20190601しょうぶ七福神10



続いて、辰・巳・午・未。

      20190601しょうぶ七福神09



さらには、申・酉・戌・亥。

      20190601しょうぶ七福神08   

しかし、これは頭が十二支で人間の身体をしている。
神像と言うよりは、仏教色が強い気がするのは気のせい?



肝心の七福神は.....?

      20190601しょうぶ七福神11

ありました。
碑もしっかりと建てられています。


意外に大きな像が横一列に並んでいます。

      20190601しょうぶ七福神12


      20190601しょうぶ七福神13


布袋尊。

      20190601しょうぶ七福神14



福禄寿。

      20190601しょうぶ七福神15



恵比寿尊。

      20190601しょうぶ七福神16




弁財天。

      20190601しょうぶ七福神17



大黒天。

      20190601しょうぶ七福神18



寿老人。

      20190601しょうぶ七福神19



毘沙門天。

      20190601しょうぶ七福神20



その隣には、七福神像の建立記念碑。

      20190601しょうぶ七福神21



そして、こちらが『しょうぶ七福神』の御朱印。

      20190601しょうぶ七福神22

本務社の堀切天祖神社にて拝受いたしました。

この『しょうぶ七福神』の御朱印は、毎年正月期間と
『堀切菖蒲まつり』開催期間、そして9月の大例祭の時にしか拝受出来ないそうです。



2019/07/22 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 大黒天 浅草寺 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の台東区へ出かけました。

浅草界隈を隅田川沿いに歩いての散歩。
あと一つを残し、もう少しで完結する『浅草名所七福神』巡りの散歩です。


七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。

浅草名所七福神もついにオーラス。


最後に控えしは、浅草の真打、..............浅草寺 《大黒天》。


浅草寺。
誰しも一度は、その名を聞いたことはあるでしょう。

浅草寺は、東京都台東区浅草にある東京都内最古の寺です。
推古天皇36年(628年)の創建とされ、山号は金龍山と称し、
御本尊は聖観音菩薩です。
元々は天台宗に属していましたが、第二次世界大戦後に独立し、
聖観音宗の総本山となりました。
観音菩薩を御本尊とすることから『浅草観音』あるいは、
『浅草の観音様』とも呼ばれています。

近年、外国人観光客も多い、都内屈指の観光スポットとなっています。



こちらが、寺号標。

      20190314浅草寺01



浅草寺の代名詞とも言える、雷門。

      20190314浅草寺02

Panasonicの創始者・松下幸之助が浅草観音に祈願して
病気平癒した報恩のために寄進したものです。

正式には、『風雷神門』と言いますが、
『雷門』の通称で呼ばれています。



雷門に掲げられた扁額。

      20190314浅草寺03

山号の『金龍山』。


そして、雷門と言えば、この提灯。

      20190314浅草寺04



雷門から続く参道には両側にお店が並ぶ。
通称『仲見世』。

平日なのに、仲見世も混んでいる。

      20190314浅草寺05


      20190314浅草寺06


      20190314浅草寺07



参道には、『浅草名所七福神』の説明板。

      20190314浅草寺08



宝蔵門。

      20190314浅草寺09


      20190314浅草寺10



宝蔵門の扁額。

      20190314浅草寺11

こちらは、寺号の『浅草寺』。


大きな提灯には『小舟町』。

      20190314浅草寺12



提灯の両脇には仁王像。

      20190314浅草寺13


      20190314浅草寺14



山形県警村山市の方々が奉納される大草鞋。

      20190314浅草寺15



本堂。

      20190314浅草寺16

やはり、参拝者が多い。



常香炉の前も人の列が切れない。

      20190314浅草寺17


      20190314浅草寺18


本堂の扁額。

      20190314浅草寺21



本堂の提灯。

      20190314浅草寺19



本堂内陣。
中央が秘仏本尊を安置する宮殿。

      20190314浅草寺20



本堂天井画。

      20190314浅草寺22


      20190314浅草寺23



五重塔。

      20190314浅草寺25



伝法院。

      20190314浅草寺24


      20190314浅草寺26



淡島堂。

      20190314浅草寺27



薬師堂。

      20190314浅草寺28



一言不動尊。

      20190314浅草寺29



左が金龍権現、右が九頭龍権現。

      20190314浅草寺30



平和地蔵尊。

      20190314浅草寺31


      20190314浅草寺32





さて、御朱印はどちらで拝受するのでしょう?


どうやら、こちらのようですね。

      20190314浅草寺33



御朱印の授与所である影向堂。

      20190314浅草寺34



御朱印の受付。

      20190314浅草寺35

並んで待っている人も多い。



御朱印帖を預けて待っています。
番号札と交換になります。

      20190314浅草寺36



こちらが、御朱印。

浅草寺の御本尊の御朱印。

      20190314浅草寺37



そして、浅草名所七福神 大黒天 の御朱印。

      20190314浅草寺38


まだまだ、浅草寺には見所か有ると思うけれど
とにかく、人が多いのが苦手。

この後の予定も詰まっているから、浅草寺をあとにしいたしました..................。



2019/05/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 毘沙門天 待乳山聖天 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の台東区へ出かけました。

浅草界隈を隅田川沿いに歩いての散歩。
あと二つを残し、もう少しで完結する『浅草名所七福神』巡りの散歩です。


七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。

浅草名所七福神も残すは、あと二つ。


訪れたのは...............待乳山聖天 《毘沙門天》。


待乳山聖天は通称であり、正式には本龍院と称します。
東京都台東区浅草にある聖観音宗の寺院で、浅草寺の子院のひとつである。
山号は待乳山。本尊は歓喜天(聖天)・十一面観音で、
別称では、待乳山聖天とも称されています。
この寺には浅草名所七福神のうち毘沙門天が祀られています。

隅田川べりの小高い丘(待乳山)にあり、
この丘は595年(推古天皇3年)に出現して、龍が守護したと伝えられ、
浅草寺の山号(金龍山)の由来となったとされています。



待乳山聖天の看板。

      20190314聖観音01



寺号標。

      20190314聖観音02



こちらにも別な寺号標。

      20190314聖観音03



さすが、国際観光都市・東京。

      20190314聖観音04

英語表記のお洒落な看板。



手水舎。

      20190314聖観音05



定番の龍の吐出口。

      20190314聖観音06



参道口の提灯。

      20190314聖観音07



提灯には、大根の絵。

      20190314聖観音08



学堂。

      20190314聖観音09



学堂では、大根が売られています。

      20190314聖観音10

参拝される方々が大根を買っている。
何故? 素朴な疑問が浮かびます。




常香炉。

      20190314聖観音11



石段の先に本堂が見えて来ました。

      20190314聖観音12



石段手前の狛犬。

      20190314聖観音13


      20190314聖観音14

狛犬って神社だけのように思えるけど、
明治政府の『神仏分離令』までは、お寺の中に神社があったり
神社の別当寺(神社を管轄する寺院)としての寺院の存在があったから
寺院に狛犬があってもおかしくはない。



こちらが、本堂。

      20190314聖観音15


      20190314聖観音20


      20190314聖観音16


本堂の扁額。

      20190314聖観音17



本堂正面。

      20190314聖観音18



どうやら、御朱印は本堂に中で拝受出来るようです。

      20190314聖観音19


遠慮がちに中に入ります。
      

本堂内部には、たくさんの大根が奉納されています。

      20190314聖観音21


御朱印を待つ間、天井絵に見惚れていました。

      20190314聖観音22


      20190314聖観音23



無事、御朱印も戴きました。



本堂前の天水桶。

      20190314聖観音24

天水桶にも大根の絵。



こちらは、巾着型の天水桶。

      20190314聖観音25



本堂前には、ビニール袋に入った大根。

      20190314聖観音26

奉納された大根のお下がり。
参拝客は、有り難く大根を持ち帰っているようです。


疑問は深まる。
何故、大根?


調べてみると...............

大根や巾着は、御信心をされて祈願することによって
得られるその御利益を端的に表したものだそうです。
大根は身体を丈夫にしていただき、良縁を成就し、
夫婦仲良く末永く一家の和合を御加護頂ける功徳を表しているそうです。
巾着は財宝で商売繁盛を表し、
聖天さまの信仰のご利益の大きいことを示したものらしい。



本堂裏手の稲荷尊。

      20190314聖観音27

鳥居もあるから、要は稲荷神社なんだけど
一応、神仏離合だから、『稲荷尊』。


その隣には、道灌稲荷跡。

      20190314聖観音28

かつて、境内には太田道灌勧請の道灌稲荷が祀られていたそうです。



神楽殿。

      20190314聖観音29

正月3が日や、大根まつり、節分なとには神楽が奏され、舞も入るそうです。



本堂右側、駐車場側の参道口の寺号標。

      20190314聖観音31


狛犬。

      20190314聖観音30



この位置からだと、本堂の建つ待乳山が台地だとよく分かる。      

      20190314聖観音32

画像には写っていないけれど、左奥にはリフトカーも備えられています。



寺務所。

      20190314聖観音33



こちらは、歓喜地蔵尊。

      20190314聖観音35


      20190314聖観音37




出世観音。

      20190314聖観音36



      
『トーキー渡来記』の碑。

      20190314聖観音38

戦前の浅草華やかなりし頃の活動映画に
音声が付けられた記念碑です。




信徒会館前の庭園。

      20190314聖観音39



戴いた御朱印がこちら。


御本尊の御朱印。

      20190314聖観音40



浅草名所七福神 『毘沙門天』の御朱印。

      20190314聖観音41


浅草名所七福神。
残すは、あと一つとなりました。


2019/05/07 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 福禄寿 今戸神社 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日訪れた今戸神社。
こちらは、浅草名所七福神の一つ、福禄寿になります。


七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。


その浅草名所七福神。
残すは浅草寺の大黒天、待乳山聖天の毘沙門天、
そして今戸神社の福禄寿となっています。


今戸神社の社号標。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社01



鳥居。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社02



社頭には浅草名所七福神の案内図。


      20190314浅草名所七福神 今戸神社03


      20190314浅草名所七福神 今戸神社04




      
境内には幟がはためく。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社06



拝殿。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社07



別アングルから。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社08



拝殿前の提灯。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社09



こちらにも浅草名所七福神の幟。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社10



こちらが授与所。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社11

浅草名所七福神の御朱印は、こちらでいただきました。



こちらが、その御朱印。

      20190314浅草名所七福神 今戸神社12


福禄寿の象が何かがあるのかな?と思っていたけれど
それらしきモノはない。一応『福禄寿』も祭神として祀っていると言う
ちょっぴり残念。

せめて、境内に石像でも有れば!..................

と思うのは私だけ?




2019/05/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り.............浅草名所七福神 《 布袋尊 橋場不動院 》 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内の墨田区、台東区へ出かけました。
京成本線の関屋液から隅田川沿いを歩いて浅草方面へと進みます。

浅草周辺には、『浅草名所七福神』があります。
七福神巡りと言えば、正月期間の風物詩ですが
こちらの『浅草名所七福神』は、通年実施されている七福神巡りです。

実は、昨年の秋からチャレンジしていて、
本来は1日で全てを回れれば良いのですが、
『浅草名所七福神』は9つの社寺で構成されている七福神巡り。
福禄寿、寿老人が2社ずつあるので計9ヶ所で構成されています。

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。
九は鳩であり、あつまる意味をもち、また、天地の至数、
易では陽を表す」という古事に由来したことによるとされています。
 
その構成は、
大黒天      浅草寺
恵比須      浅草神社
毘沙門天     待乳山聖天
布袋尊      橋場不動院
弁財天      吉原神社
寿老人      石浜神社
寿老人      鷲神社
福禄寿      矢崎稲荷神社
福禄寿      今戸神社

と、なっています。



そして、訪れたのは.......................布袋尊 橋場不動院


橋場不動は、橋場不動尊の名で親しまれていますが、
正式には砂尾山橋場寺不動院と言います。
天平宝字四年(760年)寂昇上人によって創設されました。
創設当初は法相宗でしたが、長寛元年(1163年)に、
中興の祖といわれる教円坊によって、天台宗に改宗され、
浅草寺の末寺となったとされています。
現在は浅草寺と本末関係はなく、
比叡山延暦寺の末寺となっているそうです。



山門。

      20190314橋場不動尊01


都内の寺院らしく下町の住宅街に建つ寺院。
狭い参道には赤い幟が立ち並ぶ。

      20190314橋場不動尊02


世界に誇る観光都市・東京。
外国人観光客向けに、洒落た看板も建つようになりました。

      20190314橋場不動尊03



手水鉢。

      20190314橋場不動尊04



こちらが、本堂。

      20190314橋場不動尊05


本堂正面。

      20190314橋場不動尊06



本堂の扁額。

      20190314橋場不動尊07



本堂内部。

      20190314橋場不動尊08

この中に、御本尊の不動明王像と七福神の布袋尊の像が祀られています。
本堂内部に入れそうもないので、布袋尊を直接拝む事は出来ませんでした。



本堂前に掲げられた提灯。     

      20190314橋場不動尊10




本堂脇には、水子無縁地蔵。

      20190314橋場不動尊11



別アングルからの本堂。

      20190314橋場不動尊12



こちらは、寺務所。

      20190314橋場不動尊13




こちらが授与所。

      20190314橋場不動尊16


授与所には、布袋尊の看板。

      20190314橋場不動尊09

御朱印は、授与所にて拝受しました。


そして、こちらが御朱印。

本尊の御朱印。

      20190314橋場不動尊14



そして、浅草名所七福神 布袋尊の御朱印です。

      20190314橋場不動尊15


9ヶ所になる浅草名所七福神。
残すは、あと3つとなりました。




      
2019/05/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り 雑司が谷七福神 恵比寿神 (2019年2月2日)(東京都豊島区) 

2月2日

この日は都内の神社巡り。
王子から都電荒川線に乗って都電沿線の神社を回ります。

『都電神社めぐり』で訪れた雑司が谷大鳥神社は、
雑司が谷七福神の一つ、雑司が谷七福神 毘沙門天 でもありました。


雑司が谷七福神は、雑司ヶ谷の町興しのために、
2010年に『雑司が谷七福神の会』を結成されたことに始まり、
2011年初詣より『七福神巡り』がスタートしました。


正直、雑司が谷大鳥神社で赤い幟を見て
初めて、その存在を知りました。
と言うように、まだ歴史が浅い七福神となっています。

その構成は、

大黒天         鬼子母神堂    豊島区雑司ヶ谷3-15-20
恵比寿         大鳥神社     豊島区雑司が谷3-20-14
毘沙門天        清立院      豊島区南池袋4-25-6
吉祥天(寿老人の代替) 清土鬼子母神堂  文京区目白台2-16
弁財天         観静院      豊島区南池袋3-5-7
布袋尊         中野ビル     豊島区南池袋2-12-2
福禄寿         仙行寺      豊島区南池袋2-20-4

となっています。
寿老人の代わりに吉祥天を選ぶとは苦肉の策ですね。


それでは、雑司が谷七福神 雑司が谷大鷲神社の恵比寿です。


雑司が谷大鳥神社。
社頭の一の鳥居。

      20190202雑司が谷七福神01



玉垣の前で、はためく雑司が谷七福神の赤い幟。

      20190202雑司が谷七福神02


こちらが、雑司が谷七福神の恵比寿神。

      20190202雑司が谷七福神04

雑司が谷大鳥神社の境内社である西宮神社の御祭神が蛭児命。
平成22年(2010年)、雑司が谷七福神の創設に伴い、
兵庫県・攝津西宮神社より御分霊を勧請し、恵比須神を奉斎することになりました。



恵比寿神の赤い幟。

      20190202雑司が谷七福神03




その説明板。

      20190202雑司が谷七福神05



恵比寿像。

      20190202雑司が谷七福神06



境内社の西宮神社と大鳥神社の御神木。

      20190202雑司が谷七福神07
      20190202雑司が谷七福神08



大鳥神社の授与所には、雑司が谷七福神の専用色紙が飾られています。

      20190202雑司が谷七福神09

この七福神巡りの専用色紙って言うのが好きじゃない。
色紙の御朱印と御朱印帳に書かれる御朱印だと
全く違うものに感じてしまう(違うものに見えてしまう)のは気のせい?
それこそ、スタンプラリーのスタンプに見えてしまうのは、私だけ?


という事で、この日は七福神用の御朱印帳(今年から七福神巡り専用の御朱印帳を設けました)を
持ってくるのを忘れたので、無理を言って、半紙に書き置きしてもらいました。


こちらが、その御朱印。

      20190202雑司が谷七福神10


残りの6福神でも御朱印帳に記帳してくれるのかは判りませんが
雑司が谷七福神の満願成就を目指そうかと秘かに計画を立てています(笑)。


2019/03/28 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り 上中里七福神 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は都内散歩、北区王子周辺に出かけていました。

平塚神社からJR上中里駅に向かう蝉坂の途中で
こんな幟を見かけました。

      20190202上中里七福神01

『 ん? 上中里七福神? 』

七福神巡りも、ちょいちょい 行う身としては
こんな幟を見たら、素通りは出来ません。


と言うことで、立ち寄ったのは...................上中里七福神

      20190202上中里七福神02

七福神の赤い幟の他にも青い幟。
よく見ると、上中里西方不動尊 と書かれています。


どうやら、石段の左側が上中里西方不動尊。
右側が上中里七福神のようです。

      20190202上中里七福神03


一際目立つ提灯。

      20190202上中里七福神04



上中里西方不動尊について、詳しいことは分かりませんが、
この付近には瀧があり行場になっていて、
不動明王像が置かれていたそうです。

      20190202上中里七福神05


現在は、人工の岩場となっていて、向かって左に摩利支天。
向かって右に不動明王像が鎮座しています。

      20190202上中里七福神06


鉄道工事や道路拡張等により度々移転され、
昭和2年にこの場所に遷座したそうです。

      20190202上中里七福神07


岩場の側面には日支事変の事が記載された板碑。

      20190202上中里七福神08



岩場の向かい側には、数基の石碑。

      20190202上中里七福神09


      20190202上中里七福神10


そして、大黒天と恵比寿の像。

      20190202上中里七福神11

これが七福神かと思ったら違っていた。


上中里七福神は、その隣に鎮座していました。

      20190202上中里七福神12


      20190202上中里七福神13


 

布袋尊。

      20190202上中里七福神14

布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。




毘沙門天。

      20190202上中里七福神15

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれます。
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、右手に宝棒、左手に宝塔、
足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。



弁財天。

      20190202上中里七福神16

弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。




福禄寿。

      20190202上中里七福神17

福禄寿は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。




恵比寿。

      20190202上中里七福神18

七福神中で唯一の日本の神様。いざなみ、いざなぎの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、信仰の始まりとされています。
左手に鯛をかかえ、右手に釣竿を持った親しみ深い姿の漁業の神で、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。





寿老人。

      20190202上中里七福神19

寿老人は、福禄寿と同じく星の化身で、にこやかな微笑みをたたえ、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴です。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。




大黒天。

      20190202上中里七福神20

大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものとされています。
一度仏となったが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたとされ、
五穀豊穣、大地を掌握する神様(農業)です。
大きな袋を背負い、打出小槌をもち、頭巾をかぶられた姿が一般によく知られていて
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




一ヶ所で、七福神が全てお参りできる七福神。
七福神通の間では『1ヶ所七福神』と言うらしい。


たまには、こう言った七福神巡りも、良いんじゃない?




2019/03/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 大黒天・布袋尊........大聖院 》(2019年1月7日) 

1月7日 

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



佐倉七福神、そのラストを飾るのは...................大聖院。


大聖院は、佐倉七福神の大黒天、布袋尊となります。


大和田山・大聖院・明王寺と称し、鎌倉時代の初期に開山されました。
真言宗豊山派の寺院として、当地方15ヶ寺の本寺となっています。

御本尊の大日如来は、佐倉市指定有形文化財に指定されています。



こちらが、山門。

      20190107大聖院01

寺院の場合、入り口にあたる門を山門と言うらしい。



実際には、こう言った四脚門を、山門と表記する場合が多いようですが.............

      20190107大聖院02


      

本堂。

      20190107大聖院04



本堂の扁額。

      20190107大聖院05



本堂内部。

      20190107大聖院06

正面に鎮座するのが御本尊。

残念ながら、大黒天は秘仏なので公開はされません。



本殿前の天水桶。

      20190107大聖院07



境内には、佐倉七福神の赤い幟と布袋尊の像。

      20190107大聖院08



佐倉七福神の布袋尊。

      20190107大聖院09



御朱印は、本殿脇の寺務所にて拝受出来ます。


こちらが、大聖院の御朱印。

      20190107大聖院10



そして、佐倉七福神 布袋尊の御朱印。

      20190107大聖院11



同じく、佐倉七福神 大黒天 の御朱印。

      20190107大聖院12

しかし、秘仏とは言え、期限を定めて公開しないんじゃねぇ。
妙隆寺も佐倉七福神の大黒天を称しているんだから
せめて、布袋尊の隣に石像でも置かないと
佐倉七福神の大黒天を名乗るメリットが無いんじゃんない?

これも複雑な大人の事情なのかなぁ。




2019/03/05 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 恵比寿・福禄寿........麻賀多神社 》(2019年1月7日) 

1月7日 

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



嶺南寺の弁財天をあとにして、向かった先は...........麻賀多神社。


麻賀多神社は佐倉七福神の福禄寿、恵比寿になります。

佐倉藩の総鎮守で御祭神は稚産霊命を祀っています。
境内(1235坪)には本殿、幣殿、拝殿、社務所があり、
境内社として、稲荷神社他五社を祀っています。

始めは、この地方に移り住んだ国造多氏の氏神として祀られました。
その後、慶長年間に神社の西方に佐倉城が築かれてからは、城地鎮護の神として
代々の藩主や家臣に厚く崇敬され、数々の寄進が続きました。
現在の社殿は、天保14年(1843年)に江戸幕府老中首座を務めた
堀田正睦公により再建されました。



社号標。

      20190107麻賀多神社01



神社社頭の鳥居。

      20190107麻賀多神社02



境内の由緒書き。

      20190107麻賀多神社03



手水舎。

      20190107麻賀多神社04



定番の龍の吐出口。

      20190107麻賀多神社05



拝殿。

      20190107麻賀多神社06



拝殿正面。

      20190107麻賀多神社07



別アングルからの拝殿。

      20190107麻賀多神社08



そして、こちらが本殿。

      20190107麻賀多神社09



本殿脇の御神木。

       20190107麻賀多神社10
      20190107麻賀多神社11



肝心の佐倉七福神は こちら。

      20190107麻賀多神社12



福禄寿。

      20190107麻賀多神社13



恵比寿。

      20190107麻賀多神社14


  

地元佐倉の氏神様だから、1月7日になっても参拝客は多い。

      20190107麻賀多神社15

境内には仮設のテント。
こちらが仮設の授与所になっています。



こちらが麻賀多神社の御朱印。

      20190107麻賀多神社16

正月期間限定の御朱印です。


そして、佐倉七福神 福禄寿 (三峯神社)の御朱印。

      20190107麻賀多神社17



こちらが、佐倉七福神 恵比寿 (疱瘡神社)。

      20190107麻賀多神社18

いずれも書き置き版になりますが、仮設の授与所にて拝受いたしました。




2019/03/04 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 弁財天........嶺南寺 》(2019年1月7日) 

1月7日  

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



毘沙門天の甚大寺をあとにして、向かった先は...........嶺南寺。


嶺南寺は、佐倉七福神の弁財天になります。


清浄山嶺南寺と呼ばれ、寛永19年(1642年)に
当時の信濃松本藩主、堀田加賀守正盛の佐倉移封と共に
松本より佐倉に移り建立されました。

本尊は「釈迦牟尼佛」で、本堂内には閻魔大王を安置しています。

佐倉七福神の弁財天(唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。)
を祀る札所としても知られています。
弁財天は本堂内に安置されており、1月1日〜10日のみ御開扉しています。


以前は、もっとごっつい門があったような気がするけれど
今は、入口が広くなったような気がします。

      20190107嶺南寺01



手水舎(手水鉢)。

      0190107嶺南寺03




こちらが本堂。

      0190107嶺南寺02




佐倉七福神の赤い幟。   

      0190107嶺南寺04



そして、案内板。

      0190107嶺南寺05



案内板の傍には、弁財天の碑。

      0190107嶺南寺06

この碑も以前には無かった筈。
この数年間で、様変わりしています。



本堂内部。

      0190107嶺南寺07

1月10日まで期間限定でご開帳された弁天像。



そして、こちらが嶺南寺の御朱印。

      0190107嶺南寺08



そして、佐倉七福神 弁財天の御朱印。

      0190107嶺南寺09


本堂に居た住職さんに墨書きしていただきました。



2019/03/04 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 毘沙門天........甚大寺 》(2019年1月7日) 

1月7日  

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



寿老人の宗圓寺をあとにして、向かった先は...........甚大寺。


甚大寺は、佐倉七福神の毘沙門天になります。
とは言え、佐倉七福神の毘沙門天はこれで、二ヶ所目。
七福神がカブるなんてあんまりお薦め出来ませんね。
その辺りが上手く処理出来なかったのは、やっぱり大人の事情なんでしょうね。



甚大寺は、安城山甚大寺と呼ばれ、天台宗比叡山延暦寺の末寺として
1615年に建立された寺です。
堀田家の菩提寺であり、寺内に安置されている金毘羅尊は
寛政年中(1789〜1800)に勘請されたものです。

本尊は十一面観音菩薩。
その他不動明王、毘沙門天、仁王尊が奉られ、
毎月10日は招福祈願して金毘羅縁日が開催され
近隣から訪れる大勢の参拝者で賑わいます。

また、境内には健康を願ってお身ぬぐい観音の奉られています。



こちらが、山門。

      20190107甚大寺01



境内に建てられた説明板。

      20190107甚大寺02



本堂。

      20190107甚大寺03



本堂に掲げられた扁額。

      20190107甚大寺04

そこには山号の『安城山』が刻まれています。



本堂内部。

      20190107甚大寺05


      20190107甚大寺06



境内の桜七福神の案内板。

      20190107甚大寺07



そして、こちらが毘沙門像。

      20190107甚大寺08




こちらが甚大寺の御朱印。

      20190107甚大寺09



そして佐倉七福神 毘沙門天の御朱印。

      20190107甚大寺10


本殿裏手の寺務所にて拝受いたしました。




2019/03/03 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 大黒天........妙隆寺 》(2019年1月7日) 

1月7日 

この日は、地元佐倉市の『佐倉七福神巡り』に出かけました。

佐倉七福神巡りも今年で3回目。
例年、何処かの七福神巡りをしていますが
今年は、御朱印目的の七福神巡り。
手取り早い、地元の七福神巡りです。



佐倉七福神は、

松林寺    毘沙門天
甚大寺    毘沙門天
嶺南寺    弁財天
宗圓寺    寿老人
妙隆寺    大黒天
大聖院    大黒天  布袋尊 
麻賀多神社  福禄寿  恵比寿

の7社寺で構成されていますが、大黒天と毘沙門天が重複しています。



松林寺の毘沙門天をあとにして、向かった先は...........妙隆寺。



妙隆寺は、久栄山妙隆寺といい、
山梨県身延町にある身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗のお寺です。
山号は久栄山。
文明3年(西暦1471年)4月に開創された歴史のあるお寺です。



妙隆寺の門前。

       20190107妙隆寺01



参道を進みます。

       20190107妙隆寺02



山門前の寺号標。

       20190107妙隆寺03



こちらが、山門。

       20190107妙隆寺04



山門の扁額。

      20190107妙隆寺05


  

境内でたなびく佐倉七福神の赤い幟。

      20190107妙隆寺06



こちらが、本堂。

      20190107妙隆寺07



本堂の扁額。

      20190107妙隆寺08


本堂前に置かれた、ミニチュア版の獅子の置物。

      20190107妙隆寺09

正月らしくて微笑ましい。。


本殿内部。

      20190107妙隆寺10


本殿右奥に大黒天が祀られているそうですが
秘仏のため開帳は無く、拝観はできない。

      20190107妙隆寺11


御朱印は、本殿右奥にある寺務所にて拝受出来ます。


御朱印は書き置き対応。
こちらが、妙隆寺の御朱印。

      20190107妙隆寺12

と言うか、日蓮宗の寺院の場合『南妙法蓮華経』と経文が書かれ
御首題もしくはお題目と呼ばれるらしい。
やっぱり、お寺の御朱印は良く分からない。



そして、こちらが佐倉七福神の大黒天の御朱印。

      20190107妙隆寺13

佐倉七福神の場合、大黒天が二つあるからなぁ。
御利益も2倍になるのかなぁ?(笑)


2019/03/02 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り 《 毘沙門天........松林寺 》(2019年1月7日) 

1月7日

この日は公休日。
この日までが松の内。

この日は、特に予定もなかったから
1月10日までは御朱印を受け付けると言う事なので
散歩を兼ねて、地元である佐倉の七福神巡りをしました。

七福神の社寺のいずれが自宅から徒歩圏内というのが嬉しい。

では、2019’佐倉七福神巡りの始まり。
毘沙門天の松林寺に向かいましょう。

      20190107松林寺01

と言うのも、自宅から一番近いのが松林寺。
直線距離なら300mぐらいじゃなかろうか?
路地をクネクネ歩いても5分も有れば着いちゃう。
朝夕の びいすけ の散歩の時に松林寺の前を通ります。



こちらが、松林寺。

      20190107松林寺02


そんなに大きな寺院じゃないから、山門も無い。

      20190107松林寺03

松林寺は、佐倉市にある浄土宗の寺院。
山号は玉宝山。
院号は清光院。
本尊は阿弥陀如来です。

佐倉藩主、土井利勝が慶長15年(1610年)に、
土井家の菩提寺として建立した寺です。


本堂。

      20190107松林寺04




本堂の説明板。

この本堂は、佐倉市の文化財に指定されています。

      20190107松林寺09





本堂の扁額。

      20190107松林寺05



本堂の中を覗き込むと、正面には御本尊のは阿弥陀如来。

      20190107松林寺06




風にたなびく佐倉七福神の赤い幟。

      20190107松林寺07




そして、佐倉七福神 毘沙門天の案内板。

      20190107松林寺08
  
毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」と言い、
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていてます。
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。


肝心の毘沙門天の像は本堂の右奥に安置されているようですが
秘仏のため、御開帳はされないようです。



松林寺の前を通るたびに、この土塁が気になっている。

      20190107松林寺10


寺院の土塁の割にはかなりのモノ。

       20190107松林寺11

さすが、初代佐倉藩主である土井家の菩提寺である。


佐倉七福神巡りは3度目になるけれど
今回は御朱印を授与しました。

       20190107松林寺12



こちらが、松林寺の御朱印。

       20190107松林寺13



そして、こちらが佐倉七福神 毘沙門天 の御朱印です。

       20190107松林寺14


書き置き版になりますが、本堂脇の寺務所にて拝受しました。





2019/03/02 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 弁財天 》 (2019年1月4日)(東京都足立区) 

1月4日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神めぐりも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
出勤前に立ち寄った仲町氷川神社は、千寿七福神の弁財天になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 弁財天 の仲町氷川神社です。




社号標。

      20190104仲川町氷川神社01



社頭の鳥居。

      20190104仲川町氷川神社02




社殿。

      20190104仲川町氷川神社04




社頭の千寿七福神 弁財天の看板。

      20190103千寿七福神 弁財天01



こちらは、千寿七福神の弁財天の幟。

      20190104仲川町氷川神社17



そして、説明板。

      20190103千寿七福神 弁財天02





こちらが、千寿七福神 弁財天。

      20190103千寿七福神 弁財天03

弁財天は、七福神の中で唯一の女神であり、
元はインド河(水)の神であったが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は弁才天と呼ばれました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と言われるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものです。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるとされています。





元禄2年(1689年)に造立された庚申塔を兼ねている珍しい形式の弁財天像です。
足立区有形民俗文化財に指定されています。
剣と宝珠を持った弁財天の坐像。
その台座部に三猿が彫り込まれており、
弁財天を主尊とする庚申塔は都内でもこの一基だけという珍しいモノ。
足立区有形民俗文化財に指定されています。

      20190103千寿七福神 弁財天04


   

こちらが、千寿七福神 弁財天の御朱印。

       20190103千寿七福神 弁財天05


社務所にて拝受しました。


これにて、千寿七福神、無事巡る事ができました。
御朱印も全て頂くことができました。

今年は、良い事があるかな.............?




2019/02/28 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 大黒天 》 (2019年1月4日)(東京都足立区) 

1月4日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神めぐりも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
出勤前に立ち寄った千住本氷川神社は、千寿七福神の大黒天になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 大黒天 の千住本氷川神社です。




社頭。

      20190104千住本氷川神社01


一の鳥居に掲げられた神額。

      20190104千住本氷川神社02


こちらが、拝殿。

      20190104千住本氷川神社08



社頭には、千寿七福神の看板。

      20190103千寿七福神 大黒天01



境内には、千寿七福神の碑。

      20190103千寿七福神 大黒天02



こちらが、千寿しの大黒天が祀られた旧・本殿。

      20190103千寿七福神 大黒天03



旧・本殿のこの彫刻もなかなかのモノ。

      20190103千寿七福神 大黒天04



そして、大黒天。

      20190103千寿七福神 大黒天06

大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となりましたが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたと言われ、
大地を掌握する神様(農業)でもあります。
大きな袋を背負い、打出小槌を持ち、頭巾をかぶられた姿が一般によく知られていて
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




そして、こちらが 千寿七福神 大黒天 の御朱印。

      20190103千寿七福神 大黒天07


千住本氷川神社の社務所にて拝受しました。


2019/02/27 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 布袋尊 》 (2019年1月4日)(東 

1月4日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神巡りも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
実は、昨日の遅番勤務の出勤前に七福神を回るつもりでいたんですが
思いも寄らず時間がかかり、昨日は途中で断念。
今日は残りを巡っちゃいましょう。

出勤前に立ち寄った大川町氷川神社は、千寿七福神の布袋尊になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 布袋尊 の大川町氷川神社です。



こちらが社号標。

      20190104大川町氷川神社01



一の鳥居。

      20190104大川町氷川神社02



こちらが拝殿。

      20190104大川町氷川神社11



年季の入った七福神の看板。

      20190103千寿七福神 布袋尊01



こちらにも立て看板。

      20190103千寿七福神 布袋尊02



一際目を惹く、赤い幟。

      20190103千寿七福神 布袋尊03



こちらが、千寿七福神の布袋尊。

      20190103千寿七福神 布袋尊04


      20190103千寿七福神 布袋尊05

布袋尊は、弥勒菩薩の化身といわれ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたという。笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰が厚い。



そして、こちらが千寿七福神 布袋尊の御朱印。

      20190103千寿七福神 布袋尊09

なかなかの達筆ですね。
達筆な墨書きの御朱印は、見ていても気持ちの良いものですね。






2019/02/26 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit