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び・び・びのびいすけ

心の駅 外房七福神⑦ 《 西善寺 福禄寿 》  (2017年1月21日)(千葉県いすみ市) 

1月21日 公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。


そんな『心の駅 外房七福神』巡りの最終章
西善寺の福禄寿です。


西善寺は天文三年(1534)法印慈光の開基と伝えられる。
戦国時代、この地は臼井将監定澄の支配地でしたが、里見氏の軍勢に攻められて
里見家の支配下になり、西善寺も焼失してしまったそうです。
本堂は文化六年(1809年)に、再建されたものとされています。
西善寺の御本尊は阿弥陀如来です。
その阿弥陀如来は秘仏で年に1月1、2、3日にだけ公開するそうです。


福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。



こちらが、西善寺の山門。

      20170121西善寺 福禄寿01

本堂は正面にありますが...............


こちらが閻魔堂。

      20170121西善寺 福禄寿02


閻魔を描いた地獄図。

      20170121西善寺 福禄寿09      

閻魔堂の脇に飾られています。

西善寺では、毎年、1月15日、16日。7月15日、16日が
『えんまさま御縁日』となっているようです。



こちらは薬師堂。

      20170121西善寺 福禄寿10

毎月8日がお薬師さんの御縁日だそうです。




こちらが本堂。

      20170121西善寺 福禄寿03



本堂に掲げられた扁額。

      20170121西善寺 福禄寿12


本堂に向かって右側には石仏群。

      20170121西善寺 福禄寿08




本堂に向かって左側には、ずらっと並ぶ七福神。

      20170121西善寺 福禄寿04


      20170121西善寺 福禄寿05

どうやら、ここに七福神全て揃っていますが、目的の福禄寿はコレじゃない。



『心の駅 外房七福神』の福禄寿は、この奥にあるみたい。

      20170121西善寺 福禄寿06


扉は閉まり、鍵も掛かっていて中には入れない。


ガラス越しにパチリ☆。

      20170121西善寺 福禄寿07

木像の立派な福禄寿のようですが、個人的には立派じゃなくても良いから
気軽に触ったり、拝めることの出来る七福神像の方が良い。



西善寺の墓地奥には、樹齢1000年を超えるシイノキがあります。

      20170121西善寺 福禄寿11


とりあえず、これで『心の駅 外房七福神』の福禄寿も制覇。
そして、『心の駅 外房七福神』巡りも完了です。

朝から一宮町、いすみ市と車で走り抜け、七福神巡りも制覇して
ほんのちょっぴりの充実感を胸に帰路に着くのでありました...............。





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2017/02/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神⑥ 《 三光寺 弁財天 》  (2017年1月21日)(千葉県いすみ市) 

1月21日 公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。


そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第6弾。
三光寺の弁財天です。

弁財天とは唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。


三光寺は戦国時代には土岐氏の居城である万木城があった小高い山の麓付近に位置する寺社です。
万木のお願い薬師、占いの妙見様として地元の信仰が厚いお寺です。
また、三光寺は「万木城鎮守妙見社の別当となす」と社伝にあり、
本堂から切り通し道をはさんだ向かい側には妙見堂があり、
妙見大菩薩を中心に飯綱大権現、愛宕大権現が祀られています。
妙見大菩薩は万喜城の守護神、愛宕大権現は城主の守り本尊として
常に戦場に持参したと言われています。



実は、この三光寺にも以前訪れたことがあります。
その時は、三光寺が最たる目的では無く、
山城である万木城址に来た時に、その麓の三光寺にも足を伸ばしました。

今回は、三光寺そのものが目的地。

      20170121三光寺 弁財天01


こちらが、三光寺の山門(四脚門)。

      20170121三光寺 弁財天02


この山門はいすみ市の文化財に指定されています。

      20170121三光寺 弁財天03



扁額は掲げられていなく、正面には三光寺の表札。

      20170121三光寺 弁財天04


こちらが、三光寺の本殿。

      20170121三光寺 弁財天05

天台宗のお寺で、妙見山三光寺と言うのが正式名称らしい。


本堂に掲げられた扁額。

      20170121三光寺 弁財天06



境内をぐるっと一回りして、お目当の七福神を探しましたが見つからない。
お寺の方に尋ねたら、本堂の中に七福神の弁財天が鎮座していると言われ
諦めて帰ろうとしたら、本堂の扉を勝手に開けて構わないと言われ
すぐさまチェック。

ちょっと暗くて見づらいですが...............

こちらが、『心の駅 外房七福神』の弁財天。

      20170121三光寺 弁財天07


扉を開けると、すぐに立派な弁財天がありました。

      20170121三光寺 弁財天08

1月後半と言えども、まだまだ七福神の時期だから
扉の近くに置いてあるのだろうか?




三光寺には、七福神の弁財天の他に、七福神が一緒になった石碑があります。

      20170121三光寺 弁財天09

これだけでは、なんと無く有り難みが薄い気がするのは気のせい?



切り通しを挟んだ反対側の高台が妙見堂。

      20170121三光寺 弁財天10



石段には三光寺の寺号標。

      20170121三光寺 弁財天11

寺紋は七曜紋。


妙見堂も七曜紋。

      20170121三光寺 弁財天12



こちらが、妙見堂。

      20170121三光寺 弁財天13


妙見堂の扁額。

      20170121三光寺 弁財天14


万木城守護神 北辰妙見大菩薩 と記されています。

      20170121三光寺 弁財天15



賽銭箱や至る所に七曜紋。

      20170121三光寺 弁財天16


      20170121三光寺 弁財天17


      20170121三光寺 弁財天18


      20170121三光寺 弁財天19

万木城って土岐氏の居城だったはず...............

千葉氏の家紋でもある『七曜紋』が多いのはなぜ?
土岐氏の家紋って、確か『土岐桔梗』だったはず。
素朴な疑問が浮かびます。


三光寺の脇にはため池があり、四阿もあります。

      20170121三光寺 弁財天20



四阿から眺める妙見堂。

      20170121三光寺 弁財天21


先ほどの素朴な疑問は解決しませんが、
とりあえず『心の駅 外房七福神』の弁財天を制覇です。



2017/02/11 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神⑤  《 行元寺 毘沙門天 》  (2017年1月21日)(千葉県いすみ市) 

1月21日  公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市


と、このような構成になっています。



そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第5弾。
行元寺の毘沙門天です。


行元寺は、嘉祥2年(849年)に慈覚大師によって伊東大山(大多喜町)に草創されました。
300余年隆盛を極めていましたが、幾度となく戦禍に遭遇して、
その都度、冷泉家や二階堂氏、武田氏、土岐氏などにより再興されています。
天正14年(1586年)に大多喜から現在地に移築しました。
本多氏の信仰を集め、徳川家の庇護のもと10万石の処遇を受けました。
檀林として末寺が100寺を有し人材育成と芸術、文化向上に努めてきた寺として知られています。

毘沙門天はインド出身の神様です。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。


行元寺は外房七福神よりも、波の伊八の彫刻のあるお寺として著名なようです。

      20170121行元寺 毘沙門天01

ここで、波の伊八に触れてみましょう。

波の伊八とは、初代「波の伊八」のことで、
武志伊八郎信由は1752年(宝暦2年)に、現在の鴨川市打墨で生まれました。
子どもの頃から手先が器用であったようで、彫刻師である嶋村貞亮に弟子入りをし、
腕を磨き、安房・上総をはじめ、江戸や相模など、南関東を中心に50点余りの彫刻を残しています。
伊八は若いころから才能を発揮し、次第にその腕を買われ、数多くの仕事をこなしていきますが、
別名「波の伊八」と呼ばれるように、大小に関わらず多くの波を彫っています。
彼の彫る彫刻は、立体感や奥行きがあり非常に優れていますが、
特に波は躍動感に満ちています。
そして、彼の彫る波の彫刻は、かの葛飾北斎の代表作「神奈川沖浪裏」に影響を与えているとされているようです。




こちらが、行元寺の寺号標。

      20170121行元寺 毘沙門天02


参道をひたすら上がって行きます。

      20170121行元寺 毘沙門天03



参道には行元寺の説明板、案内板が並んでいます。

      20170121行元寺 毘沙門天04


      20170121行元寺 毘沙門天05


      20170121行元寺 毘沙門天06



こちらが、行元寺の山門である『慈雲閣』。

      20170121行元寺 毘沙門天07

朱色の外装と、華麗な彫刻が印象的です。
いすみ市の文化財に指定されているようです。



慈雲閣に掲げられた扁額。

      20170121行元寺 毘沙門天08


欄干に飾られた彫物が貴重なモノのようです。

      20170121行元寺 毘沙門天09


      20170121行元寺 毘沙門天10


      20170121行元寺 毘沙門天11


慈雲閣をくぐり、先へと進めば新たな案内板。

      20170121行元寺 毘沙門天12

波の伊八の作品と葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を並べ
比較し、類似している様を案内しています。


この門の先が本殿。

      20170121行元寺 毘沙門天13



こちらが本堂 

      20170121行元寺 毘沙門天14

建立されたのは安土桃山時代と言うから驚きです。
元禄時代に 拡張改造した大建造物です。  


閉まっていた扉を開けてもらい、扁額を確認します。

      20170121行元寺 毘沙門天15

『無量寿院』と記されています。



境内にも行元寺の説明板がありました。

      20170121行元寺 毘沙門天16



そして、本堂前にはお目当の七福神。

      20170121行元寺 毘沙門天17


『心の駅 外房七福神』の毘沙門天です。

      20170121行元寺 毘沙門天18



境内には、こんなモノもあります。

      20170121行元寺 毘沙門天19


『母さんたずねて』の歌碑。

      20170121行元寺 毘沙門天20



多羅葉の木。

      20170121行元寺 毘沙門天21


      20170121行元寺 毘沙門天22



亮運僧正の石塔篭。

      20170121行元寺 毘沙門天23


      20170121行元寺 毘沙門天24



本堂の鬼瓦。

      20170121行元寺 毘沙門天25



供養半鐘

      20170121行元寺 毘沙門天26


どうやら、複製品のようです。

      20170121行元寺 毘沙門天27


徳川家康の家臣の四天王の1人であった大多喜城主・本田忠勝の信仰を集め、
徳川家の庇護を得ていたことから、徳川家の家紋も見受けられます。

      20170121行元寺 毘沙門天28

御存知、三つ葉葵。


本堂の屋根にも三つ葉葵。

      20170121行元寺 毘沙門天29


こちらが、行元寺の寺紋のようです。

      20170121行元寺 毘沙門天30


そして、こちらが鐘楼。

      20170121行元寺 毘沙門天31

1日に2回、この鐘は突かれているようです。


本殿隣の客殿で波の伊八の作品が土・日に限り拝見出来るようですが
びいすけ を連れては見学出来ないから、諦めます。

って言うか、余りにも波の伊八を強調しずぎる感があって
ちょっぴり興醒めの感もある。


いすみ市が建てた伊八関連の説明板。

      20170121行元寺 毘沙門天32


そして、四阿ならぬ休憩所には『伊八亭』と看板が掲げられています。

      20170121行元寺 毘沙門天33


おいおい、ちょっとやり過ぎじゃないのかい?(笑)


そんなこんなで、『心の駅 外房七福神』の毘沙門天も制覇です。





2017/02/10 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神④  《 法興寺 大黒天 》  (2017年1月21日)(千葉県いすみ市) 

1月21日 公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。


そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第4弾。
法興寺の大黒天です。

法興寺は、境内の西方の水田より古代の伽藍跡(旧法興寺浄土型伽藍址)が発見されていて、
岩熊廃寺とも呼ばれています。
ここからは奈良時代の瓦や法華経を刻んだ平安時代の瓦経も出土し、
千葉県でも有数の古代寺院跡として知られています。
かつて法興寺では、この寺院跡がある水田のところで晋山式を行っていたそうで、
このことから法興寺は古代寺院の法灯を受け継ぐお寺であると考えられています。
残念ながら16世紀後半の火災によって法興寺には古記録が残っておらず、
岩熊廃寺から現法興寺への具体的な変遷は不明となっています。


大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています




こちらが、法興寺の寺号標

      20170121法興寺 大黒天01



てっきり、寺号標の背後の建物が法興寺の本堂かと思ったら
何と、地域の集会所。

      20170121法興寺 大黒天02


寺号標脇の狭い道が法興寺の参道。

      20170121法興寺 大黒天03

切り通しの先に見えるのが法興寺。


上総地区に多い、やぐら(横穴式の納骨窟または供養堂)跡?

      20170121法興寺 大黒天04



今はいすみ市に在る法興寺。
かつては、夷隅郡岬町でした。

その岬町時代の文化財も多いようです。

      20170121法興寺 大黒天05


こちらは仁王門。

      20170121法興寺 大黒天06



仁王像。
向かって右側だから阿形像。

      20170121法興寺 大黒天07


こちらは、向かって左側。
吽形像になります。

      20170121法興寺 大黒天08



こちらが、客殿(阿弥陀堂)。

      20170121法興寺 大黒天09

てっきり本殿かと思っていたら、薬師堂が本殿になるらしい。


客殿に掲げられた扁額。

      20170121法興寺 大黒天10



お目当の七福神はこちら。

      20170121法興寺 大黒天11



『心の駅 外房七福神』大黒天です。

      20170121法興寺 大黒天12



大黒天の説明板。

      20170121法興寺 大黒天13



こちらが薬師堂。
小さいながらも、法興寺の本殿です。

      20170121法興寺 大黒天14


薬師堂前の大カヤ。

      20170121法興寺 大黒天15

樹齢400年を超える巨木です。
もちろん法興寺の御神木。
でも寺院に御神木って、おかしくない?

岬町時代の文化財の一つです。

      20170121法興寺 大黒天16



こちらが鐘楼。

      20170121法興寺 大黒天17



鐘楼の建つ場所は、一段高い切り通しの上。

      20170121法興寺 大黒天18

まるで、城郭に櫓台のような場所。
この地も城址に見えてきてしまう。

いすみ市の城郭、城址の一覧を見ても載っていないから
やっぱり違うのかな?


まぁ、とりあえずは...............
これで『心の駅 外房七福神』の大黒天も制覇です。。





2017/02/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神③  《 遍照寺 恵比寿 》  (2017年1月21日)(千葉県長生郡一宮町) 

1月21日  公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。



そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第3弾。
遍照寺の恵比寿です。


遍照寺は、仁寿2年(852年)に慈覚大師が開基したと伝えられ、
本尊は阿弥陀如来です。
もとは神明山福聚院東照寺と称していましたが、
徳川家康が東照大権現として祀られたので寺号を光明山遍照寺に改めました。
地元では「ホウエンさま」とよばれ親しまれています。

恵比寿とは
日本の神様で、漁業、商売繁盛の神として、信仰されています。
日本古来の神様でご神名は小彦名命(疱瘡神社)。
海の守護と商売繁盛、医療医薬、庶民救済の神として、崇敬されています。



この遍照寺に辿り着くまでに苦労しました。
とにかく、住所をナビに入力してナビの案内に従うと...............

狭い道を走らされ、周りが田んぼだらけの線路脇の行き止まりを案内します。

住所を間違えて入力したと思い、再入力しても
案内するのは、やっぱり線路脇の田んぼの中の行き止まり。

線路の向こうに遍照寺が在るのは間違いないから
踏み切りを探し、やっと辿り着けました。


こちらが寺号標。

      20170121遍照寺 恵比寿01


寺号標の先には、『心の駅 外房七福神』の幟。

      20170121遍照寺 恵比寿02

この七福神の幟は、今回の七福神巡りでは初めて目にしました。


参道(車道)には、梅の花がポツリポツリと咲き始めています。

      20170121遍照寺 恵比寿03


      20170121遍照寺 恵比寿04


      20170121遍照寺 恵比寿05



さらに先に進むと、新たな幟。

こちらは『七福神』。

      20170121遍照寺 恵比寿06


さらにもう一本。
こちらは『えびす神』

      20170121遍照寺 恵比寿07



客殿背後の台地に七福神は祀られているようです。

      20170121遍照寺 恵比寿08


こちらが、お目当の『心の駅 外房七福神』の恵比寿です。

      20170121遍照寺 恵比寿09


      20170121遍照寺 恵比寿10



この恵比寿の置かれているから台地が
城郭の郭跡っぽい。

      20170121遍照寺 恵比寿11


贔屓目じゃないけれど、城塁っぽく見えてしまう。

     20170121遍照寺 恵比寿12


      20170121遍照寺 恵比寿13

やっぱり、城址巡りに行っていない反動なのかな?(笑)



こちらが、遍照寺の本堂。

      20170121遍照寺 恵比寿14



本堂に掲げられた扁額。

      20170121遍照寺 恵比寿15

山号である『光明山』の文字が確認出来ます。


本堂を別アングルにて。

      20170121遍照寺 恵比寿16



本堂再建記念碑には、遍照寺の由緒が記されています。

      20170121遍照寺 恵比寿17



こちらが、遍照寺の客殿。

      20170121遍照寺 恵比寿18

この背後の台地に七福神の恵比寿は祀られています。



境内に建つ碑。

      20170121遍照寺 恵比寿19

『白鳥省吾 旧居跡』 とあります。

白鳥省吾って誰?


調べて見ると...............

日本の詩人らしい。彼の著作する詩は、民衆の内面を描いた物であり、
『民衆派詩人』と称されていたようです。
詩人であり文人でもあり、晩年は千葉県で過ごしたらしい。
この地には、千昌夫のヒット曲『星影のワルツ』は
白鳥省吾の二女である白鳥園枝が作詞したらしい。

太平洋戦争が激化した昭和19年に、この遍照寺に疎開し
昭和30年まで、居を構えていたと言うことらしい。

なるほど、そう言うことなのね。



こちらは句碑。

      20170121遍照寺 恵比寿20

残念ながら、誰の句なのか分かりません。




本堂の正面に苔むした古い石段が在り、
それを降りて行くと、もう一つの門があります。

      20170121遍照寺 恵比寿21


線路脇に建つ門。

      20170121遍照寺 恵比寿22


危ないから、線路内立ち入り禁止の看板もある。

      20170121遍照寺 恵比寿23


昔の参道って言うか、本来はこちらが正規の参道だったんだろうが
車社会になって、車でお詣りに来るようになり、
この参道は利用されなくなっちゃったんでしょうね。

線路と山門、そして行き止まりの道.この関係から、
ナビがあの場所を案内した理由が少し分かったけど
もう少し賢いナビになってくれないかあ...............?



2017/02/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神②  《 東漸寺 布袋尊 》  (2017年1月21日)(千葉県長生郡一宮町) 

1月21日 公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。



そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第2弾。
東漸寺の布袋尊です。


東漸寺は曹洞宗の古刹です。本尊は不動明王(秘仏)です。
開山は慶長17年(1612年)7月、光室恵珍によってなされました。
慶安2年(1649年)には将軍家光により寺領18石の寄進を受け御朱印寺となりました。
寺で所有する駕籠は旧一宮藩主加納久徴が、
徳川家(14代将軍家茂)に降臨された孝明天皇の妹にあたる皇女和宮より
拝領の駕籠であるとして、一宮町の文化財に指定されています。

布袋尊は、笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物と言うことです。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。


こちらが東漸寺の参道入口。
寺号標の前にて。

      20170121東漸寺 布袋尊01



山門前。

      20170121東漸寺 布袋尊02



山門から眺める東漸寺の全景。

      20170121東漸寺 布袋尊03

本堂背後には台地が広がります。


こちらが本堂。

      20170121東漸寺 布袋尊04


      20170121東漸寺 布袋尊05



扁額は扉の奥。
扁額を写真に収めるため、ちょっとだけ扉を開けてもらいました。

      20170121東漸寺 布袋尊06



別アングルからの本堂。

      20170121東漸寺 布袋尊07


本堂裏には墓地があり、さらにその奥は台地が広がり
何となく城址っぽく見えてしまう。

      20170121東漸寺 布袋尊08

最近、城址巡りをしていない反動だろうか...............?(笑)




本堂の庇(?)に飾られた龍の彫物。

      20170121東漸寺 布袋尊11


こちらは本堂の鬼瓦。

      20170121東漸寺 布袋尊12




さてさて、お目当の七福神はと言えば...............


本堂前に、どぉ〜んと鎮座していました。


心の駅 外房七福神の布袋尊です。

      20170121東漸寺 布袋尊09


      20170121東漸寺 布袋尊10



こちらは閻魔堂。

      20170121東漸寺 布袋尊13

閻魔堂は東漸寺で最も古い建造物らしい。



門前の枝垂れ桜。

      20170121東漸寺 布袋尊14

春にはきっと綺麗な花を咲かすことでしょう。



とりあえず、これで『心の駅 外房七福神』の布袋尊を
制覇です。






2017/02/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

心の駅 外房七福神①  《 観明寺 寿老人 》  (2017年1月21日)(千葉県長生郡一宮町) 

1月21日 公休日

毎年、1月のこの時期に集中的にしている七福神巡り。

今回は、房総半島のいすみ市、一宮町に点在する
『心の駅 外房七福神』巡りにチャレンジです。


心の駅 外房七福神は

寿老人     観明寺    一宮町
布袋尊    東漸寺    一宮町
恵比寿    遍照寺     一宮町
大黒天    法興寺    いすみ市
毘沙門天   行元寺    いすみ市
弁財天    三光寺    いすみ市
福禄寿     西善寺    いすみ市

と、このような構成になっています。



そんな『心の駅 外房七福神』巡りの第1弾。
観明寺の寿老人です。

観明寺は天台宗派に属する古刹です。
天平6年(734年)僧行基の開基、慈覚大師の中興と伝えられています。
江戸時代には朱印十二石がありました。
本尊は十一面観音で、寺伝の文書によると海上より出現した伝えられています。

そして、七福神の寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。


観明寺は『心の駅 外房七福神』ね一つでもありますが
『九十九里七福神』の一つでもあります。
実は、以前に九十九里七福神巡りをした時に、この観明寺にも訪れているので
こちらに来るのは、これで2回目になります。


背後に見えるのが観明寺。

実はこの場所も観明寺に所縁のある場所。

      20170121観明寺 寿老人01



路地の傍に建つ小さな碑。

      20170121観明寺 寿老人02

観明寺四脚門跡の碑です。


路地に残る四角い穴跡が四脚門の跡だろうか?

      20170121観明寺 寿老人03



こちらが、現在の観明寺の山門(四脚門)。

      20170121観明寺 寿老人04


      20170121観明寺 寿老人05


扁額の代わりに看板。

      20170121観明寺 寿老人06



こちらが、本殿。

      20170121観明寺 寿老人07


      20170121観明寺 寿老人08


      20170121観明寺 寿老人10



本殿に掲げられた扁額。

      20170121観明寺 寿老人09


      
本殿脇にお目当の七福神が鎮座しています。

      20170121観明寺 寿老人11



心の駅 外房七福神の寿老人です。

      20170121観明寺 寿老人12


      20170121観明寺 寿老人13



ちなみに、こちらが『九十九里七福神』の福禄寿。

      20170121観明寺 寿老人14

違う七福神の神を祀っているところが面白い。



こちらが鐘楼。

      20170121観明寺 寿老人15



鐘楼の奥には、台地へと上がっていく道。

      20170121観明寺 寿老人16

竹に覆われた台地の奥は、何となく城址っぽく見える。
ひょっとしたら?...............と興味が湧くけれど、今日は七福神巡りがメイン。
今度、城址か否か? じっくり調べましょう。



境内に建つ碑。

句碑かと思ったら違っていた。
住職さんの有難い言葉なのだろうか?

『鳥は飛ばねばならぬ 人は生きねばならぬ』

      20170121観明寺 寿老人17


こちらには『念ずれば 花ひらく』

      20170121観明寺 寿老人18

確かに言い言葉です。



こちらは経堂。

      20170121観明寺 寿老人19

釈迦石像を安置し、一切経が奉安されていたそうです。


こちらは、金毘羅堂。

      20170121観明寺 寿老人20

金毘羅堂は金毘羅大将を祀っていて、元々は安養寺にあったそうです。
明治二年に現在の地に移し、明治十二年にお堂を建立したそうです。


以前訪れたことがあるから、新鮮味には欠けるけど
心の駅 外房七福神のスタートだから致し方ない。

とりあえず、『心の駅 外房七福神』の寿老人、これにて制覇です。




2017/02/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり⑦  《 福正院  福禄寿 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、いよいよその最終章。
福正院の福禄寿です。




福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。


福正院は、正式名称は薬王山宝光寺福正院と言い、本尊は薬師如来です。



こちらが福正院。

      20170111福正院 福禄寿01


山門前の説明板。

      20170111福正院 福禄寿02

よくよく振り返ってみると、七福神で巡った寺院のほとんどに
杉戸町教育委員会が建てた説明板がある。
杉戸町って、文化財を大切にしよう!と言う気持ちがら高いんだなぁ。


こちらが山門。

      20170111福正院 福禄寿03



そして、本堂。

      20170111福正院 福禄寿04



本堂に掲げられた扁額。

      20170111福正院 福禄寿05

山号である『薬王山』の名がしっかりと記されています。




お目当の七福神は境内の一角、本堂前に在ります。

こちらが、日光街道すぎと七福神の福禄寿。

      20170111福正院 福禄寿06


      20170111福正院 福禄寿07


実は、境内に入ると、思い切り犬に吠えられました。

福正院の守り神(?)
二歳の芝犬(雌)、ももちゃん。



びいすけ の匂いを察して吠えていたんでしょう。
お寺の方が、 びいすけ の近くへ連れて来たら
びいすけ も尻尾を振って対応。

      20170111福正院 福禄寿08


      20170111福正院 福禄寿09



名残り惜しいですが、ももちゃん に見送られるように、福正院をあとにします。


これで日光街道すぎと七福神も制覇。

果たして、今年は良い年になるのだろうか...............?



2017/01/31 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり⑥  《 永福寺  寿老人 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。

日光街道すぎと七福神巡り、その第6回目。
永福寺の寿老人です。


寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。

永福寺は、正式名称は龍燈山永福寺といい、本尊は阿弥陀如来像。真言宗豊山派に属する寺で天平勝宝5年に行基菩薩によって開かれたそうです。
関東三大施餓鬼の一つと言われ、「どじょう施餓鬼」は神秘的で厳かな雰囲気が魂を揺さぶります。
生前の殺生や悪事により地獄に落ちたものを供養する為、
境内の池に経文を唱えてもらいどじょうを放す習慣があるそうです。
毎年8月22日・23日の2日間、 大施餓鬼修行をしているそうです。



こちらが、永福寺の寺号標

      20170111永福寺 寿老人01



門前に建つ説明板。

      20170111永福寺 寿老人02


永福寺の文化財の説明板。

      20170111永福寺 寿老人03

それなりに由緒ある文化財が多くあるようです。



こちらが、山門。

      20170111永福寺 寿老人04



山門に掲げられた扁額。

      20170111永福寺 寿老人05

山号が記されているようですが、とても『龍燈山』とは読めない。




こちらが本堂。

      20170111永福寺 寿老人06


本堂に掲げられた扁額。

      20170111永福寺 寿老人07

こちらは、寺号でもなく、山号でもなく
扁額に書かれている内容が全く読めない。



お目当の七福神を発見。

      20170111永福寺 寿老人08



こちらが、日光街道すぎと七福神の寿老人。

      20170111永福寺 寿老人09


      20170111永福寺 寿老人10



こちらは鐘楼。

      20170111永福寺 寿老人11



以前の本堂の鬼瓦なのだろうか?

      20170111永福寺 寿老人12

境内に在る建物のガラスの扉の奥に展示されています。



山門脇には閻魔堂。

      20170111永福寺 寿老人13


境内には、それなりの年代を経た大銀杏の樹。

      20170111永福寺 寿老人14


      20170111永福寺 寿老人15

残念ながら危険防止なのか?枝は切り落とされてしまっているが
かなりの年代物だと思われます。




永福寺の門前にある説明板。

      20170111永福寺 寿老人16



「西行法師見返りの松」とその碑らしい。

      20170111永福寺 寿老人17


こちらが、その碑。

      20170111永福寺 寿老人18

説明板によれば、
西行法師が東北地方への旅の途中、この地で病に倒れてしまいました。
その時、村人達の親切な看護を受け、静養中にこの松を愛し、
治癒すると村人達にお礼を言って、この松振り返りしながら旅だったそうてす。
その後、村人達はこの松を西行法事見返りの松と呼んだそうです。


おそらく、この松は大きさから言って当時のモノではなさそうですが
伝承を今に伝え、数代経っても伝説の松の木を大切にする
地元の方の信仰心が垣間見れます。
(ネットで調べたら、3代目の松になるらしい。)

杉戸町の永福寺。
やっぱり由緒あるお寺のようです...............。




2017/01/30 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり⑤  《 全長寺  布袋尊 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第5発目。
全長寺  布袋尊です。



布袋尊は
笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。

全長寺は、正式には高埜山全長寺と言います。
本尊は聖観世音菩薩で、宗派は曹洞宗。
開山は元和2年(1616年)で、一色善十郎直春が幸手城主であり、
兄でもある一色宮内大輔直朝の意を受けて
一色氏累代の菩提を弔うために建立したものとされています。



ナビの案内通りに車を走らせると、なぜか運送会社(?)の奥に進み、
全長寺の裏手(墓地)に着いてしまいました。

一応、表札の入った石造りの門もあるから、間違いじゃない。

      20170111全長寺 布袋尊01



こちらが本来と言うか、全長寺の表参道。

      20170111全長寺 布袋尊02



そして、こちらが全長寺の山門。

20170111全長寺 布袋尊04


山門に掲げられた扁額

      20170111全長寺 布袋尊05





山門脇には、説明板。

      20170111全長寺 布袋尊03



こちらが本堂。

      20170111全長寺 布袋尊06




そして、鐘楼

      20170111全長寺 布袋尊09


そして、こちらがお目当の七福神。

      20170111全長寺 布袋尊07


日光街道すぎと七福神 全長寺の布袋尊です。

      20170111全長寺 布袋尊08


     
これで、日光街道すぎと七福神 の布袋尊も制覇。
日光街道すぎと七福神 の5福神を制覇したことになります。
残すはあと2つ。
頑張りましょう。






2017/01/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり④  《 宝性院  毘沙門天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。

日光街道すぎと七福神巡り、その第4ヶ所目。
宝性院の毘沙門天です。




毘沙門天はインド出身の神様です。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。

宝性院は、正式名称を杉戸山宝性院不動寺と言います。
本尊は胎蔵界大日如来です。
永禄3年(1562年)に徳川家から幸手庄内を賜った一色宮内大輔義直が開山したと伝えられています。
境内にある不動堂は嘉永2年(1849年)9月に再建されたもので、
安産不動明王、成田山不動明王、菅谷不動明王の3体が祀られています。


日光街道の旧道沿いにある宝性院。

      20170111宝性院 毘沙門天01


旧道が本来の日光街道だから、旧道沿いに鎮座しているのが本筋かも知れない。
何せ、日光街道すぎと七福神って言うぐらいだから、
やっぱり日光街道沿いに無くっちゃ!

幟も日光街道沿いに立ってこそ意義がらある(?)

      20170111宝性院 毘沙門天02


杉戸は日光街道の宿場町の一つ。
杉戸町も町を挙げて、日光街道の宿場町杉戸としてPRしているようです。

こんな案内板も宝性院の門前に建てられていました。
宿場町を びいすけ と一緒に歩く...............

これも楽しいテーマかも知れない。
宿場町杉戸を散歩するのは、いずれかの機会にするとして
今日は『日光街道すぎと七福神巡り』に精を出しましょう。

      20170111宝性院 毘沙門天03



こちらが、宝性院の山門。

      20170111宝性院 毘沙門天04



境内に建てられた説明板。

      20170111宝性院 毘沙門天05

宝性院は別名、杉戸不動尊と呼ばれているようです。
地元では、杉戸不動の方が馴染みがあるのかも知れない。



こちらが本堂。

      20170111宝性院 毘沙門天06



本堂に掲げられた扁額。

      20170111宝性院 毘沙門天07

山号の『杉戸山』の文字が確認出来ます。



こちらが、成田山不動堂。

      20170111宝性院 毘沙門天08



扁額はズバリ!

      20170111宝性院 毘沙門天09

『不動』でした(笑)。


こちらが鐘楼。

      20170111宝性院 毘沙門天12




お目当の七福神はこちら。

      20170111宝性院 毘沙門天10



日光街道すぎと七福神 宝性院の毘沙門天です。

      20170111宝性院 毘沙門天11




本堂前には、スタンプ台も置かれていたようです。

      20170111宝性院 毘沙門天13



七福神の毘沙門天も制覇して、この地をあとにしようとしたら
こんな説明板を見つけちゃいました。

      20170111宝性院 毘沙門天14

何と! この宝性院が杉戸学校(後の杉戸小学校)の跡地らしい。


確かに明治の初め、明治政府が発令した『学制』によって各村単位で学校が創立されました。
その際、寺院の敷地を校舎として使用される事が多くありました。
この杉戸学校もその一つでした。

明治7年に杉戸宿、清地村、倉松村の子どもたちの教育のために
この宝性院に杉戸学校が設立されたとのことです。
多少の変遷はありましたが、明治34年までこの地に杉戸学校が在ったそうです。


今は、宝性院の駐車場と化しているこの辺りに、小さな学び舎が建っていたのだろうか?

      20170111宝性院 毘沙門天15



七福神巡りで思わぬ見っけモノ。
ちょっぴり得した気分です。

自宅に帰って来て、杉戸小学校の事を調べていたら
明治34年に宝性院から移転した杉戸小学校は、
昭和42年に再び移転して、旧・校地は公民館となったらしい。

いつか、その旧・杉戸小学校跡にも訪れてみたいなぁ...............





2017/01/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり③  《 延命院  弁財天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第3ヶ所目。
延命院の弁財天です。


弁財天とは唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。

延命院は、正式には倉松山延命院と言います。
本尊は延命地蔵菩薩です。
開山は長亨元年(1487)に領主一色丹波守直基の帰向によるものとされています。



門前に建つ説明版

      20170111延命院 弁財天01

こちらもかなり掠れていてほとんど読めない。


こちらが延命院の山門。

      20170111延命院 弁財天02



山門に掲げられた扁額。
山号でもないし、寺号でもない。
『照遍』?『遍照』?

      20170111延命院 弁財天03

これってどんな意味?
僧侶の名前か?
はたまた、単純に『辺り一面を照り映やす』と言う意味なのか?




こちらは鐘楼。

      20170111延命院 弁財天04


本堂前でも、大黒天のあった馬頭院で出会った老夫婦に
こちらでも出会った。
おそらく、日光街道すぎと七福神巡りをしているんでしょう。
御朱印を貰っていたけれど、それも一つの楽しみ方でしょうね。



こちらが、本堂。

      20170111延命院 弁財天05


      20170111延命院 弁財天06



本堂に掲げられた扁額。

      20170111延命院 弁財天07

こちらは山号ですね。



境内にある梅の木。
白い花を咲かせるらしいが、時期にはまだ早い。

      20170111延命院 弁財天08



こちらがお目当の、日光街道すぎと七福神の弁財天。

      20170111延命院 弁財天09



ちょっぴり、ふくよかに見えるのは気のせい?(笑)

      20170111延命院 弁財天10



鐘楼前の小僧の像。

      20170111延命院 弁財天11

びいすけ と並ぶのには手頃な大きさ。


さて、これで日光街道すぎと七福神の弁財天も制覇。
順調(?)に七福神巡りは続きます...............。







2017/01/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり②  《 来迎院  恵比寿 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第2発目。
来迎院の恵比寿です。


恵比寿とは
日本の神様で、漁業、商売繁盛の神として、信仰されています。
日本古来の神様でご神名は小彦名命(疱瘡神社)。
海の守護と商売繁盛、医療医薬、庶民救済の神として、崇敬されています。


来迎院は、正式には花光山来迎院と言います。
本尊は不動明王で、約800年ほど前に作られたものだそうです。
眼病を治す不動明王として知られているそうです。


この来迎院には、ナビが案内を間違えるから
なかなか辿り付けず、かなり苦労しました。
とにかく日光街道の旧道とバイパスの間にある寺院で
狭い道を入って行かないと辿り着けない。
車を停める場所を探すのにも苦労しました。


こちらが、来迎院の山門。

      20170111来迎院 恵比寿01


山門脇には木製の説明板。

      20170111来迎院 恵比寿02

長い間、風雪に打たれたのか
文字が擦れて、内容が把握出来ない。



こちらが、鐘楼。

      20170111来迎院 恵比寿03


そして、本堂。

      20170111来迎院 恵比寿04


本堂に掲げられた扁額。

      20170111来迎院 恵比寿05

しっかりと山号の『花光山』の文字。


本堂脇にも説明板。

      20170111来迎院 恵比寿08


この来迎院は不動明王が本尊。

こちらは、本尊ではないけれど不動明王像。
レプリカなんだろうか?

      20170111来迎院 恵比寿09

仏教に精通している訳でもないし、信心している訳でもないけれど
不動明王って右手に利剣、左手に縄を持ち、岩上に座して火炎に包まれた姿で、
怒りの形相に表しているから、何と無く力強さを感じて嫌いではない。



さて、肝心の七福神は...............

山門脇に祀られていました。

      20170111来迎院 恵比寿06


こちらが、日光街道すぎと七福神 恵比寿。

      20170111来迎院 恵比寿07


     
とりあえず、これで日光街道すぎと七福神 恵比寿 を制覇しました。





2017/01/26 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり①  《 馬頭院  大黒天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日 公休日

毎年、1月に集中的に行っている七福神巡り。
今年は元旦の日に原町田七福神巡りをしましたが
1ヶ所(町田天満宮 恵比寿)を残し未達となっています。

その七福神巡りの第2弾。
今回は場所を埼玉県に移し、埼玉県北葛飾郡杉戸町。

日光街道すぎと七福神巡りです。


日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


その第1発目。
日光街道すぎと七福神 馬頭院の大黒天 です。


大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています


馬頭院は、正式には旦照山馬頭院と言い、
本尊は馬頭観世音菩薩です。
開山は行基菩薩によるものと伝えられています。



こちらが、馬頭院。

      20170111馬頭院大黒天01

あれっ?
確か、馬頭院ってどこかで聞いたような...............?

それは、後ほど記するとして、
こちらが、馬頭院の説明板。

      20170111馬頭院大黒天02



こちらが、馬頭院の山門。

      20170111馬頭院大黒天03


山門には山号の扁額が掲げられています。

      20170111馬頭院大黒天04



こちらが本堂。

      20170111馬頭院大黒天05


      20170111馬頭院大黒天06


お目当の七福神を発見。

      20170111馬頭院大黒天07


こちらが、馬頭院の大黒天です。

      20170111馬頭院大黒天08



この馬頭院には、杉戸町最古の石塔婆もあります。

文永七年の作とされる石塔婆。

      20170111馬頭院大黒天09


こちらが、その石塔婆。

      20170111馬頭院大黒天10

青石で高さは1mほど。


本堂脇の石仏(?)

馬頭院だから、馬の像?

      20170111馬頭院大黒天11

でも何故か河童と向き合ってます(笑)。



こちらは、護摩

      20170111馬頭院大黒天12

てっきり鐘楼かと思っていたら違っていました。


そして、馬頭観音の碑。

      20170111馬頭院大黒天13

『 馬のこと悪と厄とを食い尽くす 旅をも守る馬頭観音 』



ここからが馬頭院の真骨頂。
七福神巡りで訪れた馬頭院ですが
杉戸町立南小学校の記事でも触れましたが
明治6年(7年の説もあるらしい)に南小学校の前身でもある
『新知学校』の跡でもあります。

      20170111馬頭院大黒天14


境内のこの辺りに新知学校は建てられていたのでしょうか?

      20170111馬頭院大黒天15



墓地の脇にはこんな石碑が建っています。

      20170111馬頭院大黒天16


馬頭院教育史。

      20170111馬頭院大黒天17


この地がかつての堤郷村の教育の発祥の地だったんですね。

かつて、この地に在った学校が移転先で廃校になってしまったのは
やっぱり大黒天も淋しい思いなんだろうなぁ...............。





2017/01/25 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神⑥ 大黒天  《 カリオン広場 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。


それでは、原町田七福神の第6弾。
カリオン広場の 大黒天です。

大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています



原町田七福神の大黒天が祀られている(設置されている)のはカリオン広場。

町田街道を小田急線の線路を渡った先、
すなわち、小田急線町田駅前の広場がカリオン広場です。

      20170101町田七福神⑥大黒天01



そんなに広くないカリオン広場。
原町田七福神の幟はすぐ目に入ります。

      20170101町田七福神⑥大黒02



こちらが、原町田七福神 大黒天。

      20170101町田七福神⑥大黒03


      20170101町田七福神⑥大黒04


      20170101町田七福神⑥大黒05



町田街道に面するカリオン広場。
広場の一角には、絹の道の説明板。

      20170101町田七福神⑥大黒06


そして、絹の道の碑。

      20170101町田七福神⑥大黒07

北は、八王子。


南は、横浜。

      20170101町田七福神⑥大黒08




幕末に横浜が開港すると生糸の輸出が盛んとなり、
八王子に集められた生糸は、片倉・鑓水・を経て町田を通って横浜へ出荷されて行きました。
そして、明治には「絹の道」として栄えた八王子と横浜を結ぶ南北交通の要であったようです。
その絹の道が現在の町田街道です。


これで、原町田七福神の大黒天も制覇。



残すは、原町田七福神の恵比寿のみ。


原町田七福神の恵比寿は、町田天満宮に置かれています。

町田天満宮の前に来て、びっくり!
元旦の初詣客の長蛇の列。

      20170101町田七福神⑥大黒09




五列横並びでも、かなりの行列。

      20170101町田七福神⑥大黒10


さすがに犬連れでは無理があります。
町田天満宮で恵比寿を確認出来れば、
原町田七福神巡りは完了なのですが、
この人混みじゃ、それも無理っぽい。

ここは素直に撤退いたしましょう。


まあ、正月気分も抜けて落ち着いた頃にでも
また訪れることにいたしましょう。









2017/01/20 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神⑤  毘沙門天 《 浄運寺 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。



それでは、原町田七福神の第5弾。
浄運寺の 毘沙門天です。

毘沙門天は、インド出身の神様。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。


町田駅からほど近い商店街沿いに浄運寺があります。

こちらが浄運寺。
山門前にて。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天01


浄運寺は、法要山と号します。
日明が天正5年(1577)に開創したとされ、
矢部淡路(法善院日証、慶長5年1600年没)を開基とし、
淡路の後嗣として武藤佐次右衛門(浄運院日徳)とその母(法用院日運)が入寺、
寛永14年(1637)に一寺としたといいます。


山門脇に、原町田七福神の毘沙門天を見つけました。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天02


こちらが、原町田七福神の毘沙門天。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天03


      20170101町田七福神⑤毘沙門天04


実は、七福神の中では『毘沙門天』が一番好きです。

こちらの毘沙門天は『強さ』よりも『可愛いさ』が溢れています。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天05



こちらが、浄運寺の本堂。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天06



本堂の扁額には、山号の『法要山』の文字。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天07



境内にある野盗塚(武藤塚)

      20170101町田七福神⑤毘沙門天08

町田市には、こんな民話があります。

野盗塚物語
これは武藤家が名主のときの話である。
ある日、武士の一隊が武藤家を訪ね、御用長持ちを預ってくれるよう申し入れ、
家の中に置いて立ち去った。
その夜半ごろ、下女が勝手にいた時、長持ちの蓋がギギーッと持ち上がった。
下女が主人にこのことを話すと、大石を運ばせ、長持ちの上に置かせたので、
隠れていた武士はなすこともなく、翌日空しく長持ちは運び出された。
しかし武藤家では、いつか必ず復讐に来ると思い、警備を厳重にしていた。

はたして数日の後に、五、六名の武士がのりこんできて主人に面会を求め、
いかめしい様子で金子の借用を申しいれた。
ものかげで待ちかまえていた家人や村役人、剣術指南の侍が、槍、刀を振るって突き入った。
野盗達も大いに防ぎ戦ったが、逃げ出した。
ところが路地や家の角は、大石をゆわえつけた梯子でふさがれていた。
そこへ竹槍を持った村人達も駆けつけ、戦に加わった。
戦はしばらく続いたが、野盗達は枕を並べて倒されてしまった。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天10



野盗塚(武藤塚ともいう)は、この武士達の亡骸を弔い、
塚を築いて供養したものであると言われています。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天09


      
その野盗塚の隣には、小さな二基の墓石。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天11


一つは、大須賀明の墓。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天12

明治二十年代に三多摩壮士により自由民権運動の政治活動が展開された頃、
政党の対立から鶴川村の壮士十余名により大蔵(鶴川村)の医師である大須賀明は襲撃され殺されました。
大須賀医院は明治の始め、原町田四丁目で開業していたこともあり、尊敬する有志一同により
墓が建てられたそうです。
この事件は、大須賀医師事件と言われています。



そして、もう一つは長岡織部の墓。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天13

長岡織部は、弟子100人以上もいたという神道無念流の剣士だったそうで、
この墓は多くの門人達によって明治24年に建立されたそうです。




境内に置かれた鬼瓦。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天14



そして、こちらが鐘楼。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天15



この浄運寺の境内で、毎年暮れ近くに酉の市が開催されるらしい。
『まちだの酉の市』と言われ、それなりに地元では有名らしい。

知らなかったなぁ...............




2017/01/19 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神④ 弁財天  《 母智丘神社 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。



それでは、原町田七福神の第4弾。
母智丘神社の 弁財天です。

弁財天とは唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。


母智丘神社は、大正8年(1919)3月に黒木昇、ハナ両氏によって、
日向國の北諸県郡庄内の石峯山上に鎮座する豊受姫大神と大歳大神を奉遷して
御分霊を勧請し、近在の尊崇を得て創建したものです。
始めは母智丘協会といい、昭和21年宗教法人となり協会を廃止して神社と社名を変更したそうです。


こちらが、母智丘神社の入口。

と、思っていたら裏だった。

      20170101町田七福神④弁財天01



神社の入口は、こちらでした。
小さな鳥居がお出迎え。

      20170101町田七福神④弁財天02



母智丘神社は住宅街の一角にある小さな神社。
境内もさほど広くはない。

      20170101町田七福神④弁財天03



境内の片隅に、原町田七福神の弁財天。

      20170101町田七福神④弁財天04


      20170101町田七福神④弁財天05


      20170101町田七福神④弁財天06



境内の真ん中に大きな藁(?)の輪。

      20170101町田七福神④弁財天07


『茅の輪』と言うらしい。
輪をくぐる順番もあるみたいです。

      20170101町田七福神④弁財天08



こちらが拝殿。

      20170101町田七福神④弁財天09



そして本殿。

      20170101町田七福神④弁財天10



小さな神社ですが、地元の氏子さんが多いのか?
10人ぐらいの参拝者がいて、輪っかの前は順番待ちでした。

原町田七福神の弁財天、これにて制覇です。




2017/01/17 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神③ 寿老人  《 勝楽寺 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。



それでは、原町田七福神の第3弾。
勝楽寺の 寿老人です。

寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。


こちらが、勝楽寺の寺号碑。

      20170101町田七福神③寿老人01

勝楽寺は、三寶山と号します。
勝楽寺は、三橋新右衛門(勝楽寺殿清誉浄正居、天正3年1575年没)が開基となり、
源蓮社光誉が天正元年(1573)に開山したといいます。


こちらが、勝楽寺の山門。

      20170101町田七福神③寿老人02


山門に掲げられた扁額。

      20170101町田七福神③寿老人03

山号である『三寶山』と記されています。


この勝楽寺は、平成20年に都道(都市計画道路)開通工事の着工のため
墓地・境内移転事業が始まり、本堂は曳き屋により現在の場所に移動されました。
納骨塔『無量寿の塔』が建設され、本堂地下には誕生殿(ホール)
および蓮華殿、舎利堂などが作られたそうです。
境内の一部が都道になり、昔とはかなり変わってしまったらしい。

確かに、タワーのような納骨堂です。

      20170101町田七福神③寿老人04


境内で見つけた、原町田七福神 寿老人

      20170101町田七福神③寿老人05


幟もしっかりと立てられています。

      20170101町田七福神③寿老人06


こちらが、町田七福神 寿老人。

      20170101町田七福神③寿老人07


      20170101町田七福神③寿老人08


      20170101町田七福神③寿老人09



こちらが、本堂。

      20170101町田七福神③寿老人11


勝楽寺では、本殿の事を『紹隆殿』と言うらしい。

      20170101町田七福神③寿老人10


本堂に掲げられた扁額。

      20170101町田七福神③寿老人12

こちらにも『紹隆堂』と記されています。


本堂地下には、イベント会場となる『誕生堂』もあるらしい。

      

こちらが、鐘楼。
      
      20170101町田七福神③寿老人13

背後には高層マンション。
町田っていつの間にかに都会になっていたんだねえ。
ちょっとびっくり。

とりあえず、これにて原町田七福神、3つ目制覇です。





2017/01/16 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神② 布袋尊  《 宗保院 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。



それでは、原町田七福神の第2弾。
宗保院の 布袋尊です。

布袋尊は、笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。


JR横浜線町田駅南口。
JRの線路脇にある宗保院。

こちらが宗保院の寺号碑。

      20170101町田七福神②布袋尊01

宗保院は、大河伊与(元亀元年1570年没、光雪院安心宗保居士)が開基となり、天文年間(1532-1555)に創建、吸江呑恕和尚(天正18年1590年寂)が開山したといいます。慶安2年には寺領7石3斗の御朱印状を拝領したといいます。


山門前にて。

      20170101町田七福神②布袋尊02


こちらが総門。

      20170101町田七福神②布袋尊03


総門に掲げられた扁額。
山号の『金森山』と記されています。

      20170101町田七福神②布袋尊04



総門脇にある原町田七福神 布袋尊。

      20170101町田七福神②布袋尊05


      20170101町田七福神②布袋尊06


      20170101町田七福神②布袋尊07



こちらが、鐘楼。

      20170101町田七福神②布袋尊08

背後の建物は、町田ターミナルプラザ。



こちらが本堂。

      20170101町田七福神②布袋尊09



本堂に掲げられた扁額。

      20170101町田七福神②布袋尊10



こちらが、秋葉殿。

      20170101町田七福神②布袋尊11



秋葉殿に掲げられた扁額。

      20170101町田七福神②布袋尊12



古くから在る寺院のようですが、本堂も秋葉殿も割と新しく
厳かな感が少ない気がしますが、気のせいかな?

とりあえず、原町田七福神の布袋尊。
これにて制覇です。




2017/01/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神① 福禄寿  《 町田商工会議所前 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

新しい年がやって来ました。
今更ながらですが...............

新年明けましておめでとうございます。


さて、ここ数年は毎年1月1日は公休日。
そして、1年のスタートの日に七福神巡りをしています。
これが意外に楽しくて、毎年1月は手頃な七福神巡りに精を出しています。



2017年の七福神巡り。
今年は 原町田七福神巡り からスタートです。


「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?

原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。


それでは、原町田七福神の第1弾。
町田商工会議所前の 福禄寿。

福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。


町田駅前は1980年代から長い期間をかけ再開発が進み、
昔の町田駅前を知っている身としては、随分と様変わりの感がします。
と言っても30年以上も前の町田駅周辺を語っても、もはや知らない人ばかりでしょうね。

町田商工会議所は、この先。

      20170101町田七福神①福禄寿07



こちらが、町田商工会議所の前。

      20170101町田七福神①福禄寿01

原町田七福神の幟も立っています。


こちらが、原町田七福神 福禄寿。

      20170101町田七福神①福禄寿02


      20170101町田七福神①福禄寿03


      20170101町田七福神①福禄寿04


七福神の像の台座には、簡単な福禄寿の説明文。

      20170101町田七福神①福禄寿05


一応、こんな案内板もあるから、七福神には力を入れているみたいです。

      20170101町田七福神①福禄寿06


神社や寺院に祀られている訳じゃないから
何となく有り難みに欠けると言うか、重きを置いている感が沸かないけれど
秘仏として公開されていない社寺仏閣よりはマシかな?

こんな感じの七福神の像があって、それを巡る手軽さがやっぱり良いですね。



2017/01/14 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit