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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

廃校を訪ねて................韮崎小学校祖母石分校 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

10月24日〜25日の1泊2日で清里方面へ旅行に出かけました。

初日の24日。
この日は、韮崎市を中心に巡ります。


清哲小学校をあとにして、向かった先は.............韮崎市立韮崎小学校祖母石分校。


『祖母石』と書いて『うばいし』と読むそうです。

祖母石分校は、

昭和22年      城前寺を仮教室にし、韮崎町立韮崎小学校祖母石分校を開校。
昭和24年      新校舎完成。現在地へ移転する。
昭和29年      韮崎町、穂坂村、藤井村、清哲村、神山村、大草村、竜岡村、旭村、中田村、
          穴山村、円野村が合併して韮崎市が発足。
          韮崎市立韮崎小学校祖母石分校と改称する。
昭和34年      台風7号の襲来により校舎流出。
昭和35年      再建新築工事が完成。
昭和38年      本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。

祖母石分校そのものの情報が乏しく、その場所さえ分かりませんでした。
いつものように、『祖母石』と言う地名を頼りに
祖母石公民館にあたりを付け、とりあえず向かって見ます。


こちらが、祖母石公民館。

      20191024祖母石分校01

学校跡らしき雰囲気は感じられるけれど確証は無い。
門柱や、二宮像、廃校記念碑、学校跡碑と言ったモノがあれば良いんですが
そういった類のものは一切ありません。


公民館の敷地でお弁当を広げていた御老人がいたので、訊いて見たら
『地元の人間ではないので分からない』と言われちゃいました。

      20191024祖母石分校02

確かに、地元民じゃ無いと分からない。


そうしているうちに軽トラックが一台入ってきて、
御老人が隣の家の中に入っていった。
すぐさま追いかけてその御老人に尋ねてみると
この場所が祖母石分校跡で間違い無いとの事でした。


分校跡地を探し出したけれど
残念ながら学校遺構が全く残っていない。


おそらく校庭跡と思われる広場。

      20191024祖母石分校03


      20191024祖母石分校04



旧道沿いのフェンスに沿って立ち並ぶ桜の木が
唯一の分校の面影を残しているようです。

      20191024祖母石分校05


      20191024祖母石分校06



敷地にある遊具類は先ほどの御老人の話では、
分校時代の遊具では無いそうです。

      20191024祖母石分校07



確かに廃校から既に56年。
半世紀以上が経っていますからね。

      20191024祖母石分校08


小学校の分校の規模ではちょっと大きすぎる気もするが
ひょっとしたら分校時代の朝礼台?

      20191024祖母石分校09


そんな淡い期待を抱いたりして..............
おそらく、地元の御年配の方しか記憶の中にない祖母石分校。
あと数年もしたら、そんな分校の存在さえも
忘れ去られてしまうのかもしれませんね.............。







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2019/12/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................清哲小学校 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

10月24日〜25日の1泊2日で清里方面へ旅行に出かけました。

初日の24日。
この日は、韮崎市を中心に巡ります。


若宮八幡宮をあとにして、向かった先は.............韮崎市立清哲小学校


清哲小学校の詳しい沿革も不明です。
昭和53年に清哲小学校、円野小学校、神山小学校の3校が統合して
新たに韮崎市立北西小学校が開校して
清哲小学校は廃校となりました。

いずれにしても他の小学校同様、
明治期に創設された歴史ある小学校だと思われます。

ちなみに校名の『清哲』とは、明治7年に発足した清哲村から由来します。
水上村・青木村・折居村・樋口村が合併して清哲村となりました。
水上村の『氵』、青木村の『青』、折井村の『折』、樋口村の『口』
それぞれの村の漢字を部主として組み合わせた『清哲』という造語が
村名になったそうです。。




廃校後、校舎は解体されて、
跡地は清哲会館と言う地域の公民館になっています。


清哲会館入口。

      20191024清哲小学校01



この辺りが正門跡になるんでしょうか?
残念ながら門柱は残されていない。

      20191024清哲小学校02



正門跡の脇、フェンス沿いに清哲小学校関連の碑が建ち並ぶ。


こちらは、創立百周年記念碑。

      20191024清哲小学校05

今まで巡ってきた他の廃校同様で、韮崎市の創立百周年記念碑は、ほぼ形が共通。


裏面には沿革らしきモノが刻まれているようですが
正直言って、読めない。

      20191024清哲小学校06



こちらは、閉校記念碑。

      20191024清哲小学校07




こちらは、『郷土愛』と刻まれた碑。

      20191024清哲小学校08



広い敷地の一角に建つ清哲会館。

      20191024清哲小学校03



清哲小学校の校舎も、こんな感じで建っていたのだろうか?

      20191024清哲小学校04



校庭の端のフェンス沿いには古い桜の木が並ぶ。

      20191024清哲小学校09



この風景は学校跡を十分に感じさせてくれる。

      20191024清哲小学校10



だれも居ない校庭跡で戯れる もっちゃん と びいすけ 。

      20191024清哲小学校11


      20191024清哲小学校12


      20191024清哲小学校13


ヒソヒソと内緒話?
『お父さんがオヤツくれるよ!』なんて言ったのでしょうか?

      20191024清哲小学校14


一目散にダッシュで、こちらに向かって来ます(笑)。

      20191024清哲小学校15



ネコでも見かけたのか?
やたらと周りを気にする びいすけ。

      20191024清哲小学校16



とにかく、この辺りが気になるようです。

      20191024清哲小学校17



ちょっと先には忠魂碑。

      20191024清哲小学校18

やっぱり、古き歴史のある小学校だったようです。


ここまて、巡ってきた4つの廃校。
いずれも詳しい沿革が分からず残念と言えば残念です。




2019/12/08 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................若宮八幡神宮 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

10月24日〜25日の1泊2日で清里方面へ旅行に出かけました。

初日の24日。
この日は、韮崎市を中心に巡ります。


倭文神社をあとにして、向かった先は.............若宮八幡宮。


若宮八幡宮は、韮崎市

 
若宮八幡宮は韮崎市若宮に鎮座する神社です。

創建は仁和年間(885年~897年)と伝えられ、元は七里岩上にありましたが、
天正11年の大雨による山崩れで破壊され、天正13年に現在の場所へ柱立てをし、
棟上をしたとされています。

かつて、河原部村(かわらべむら)と言われた地に鎮座し、
その河原部村の氏神、通称「かわらべさん」として親しまれてきたそうです


御祭神は、大鷦鷯命(第十六代仁徳天皇)。



 
社号標。

      20191024若宮八幡宮01



神社社頭。

      20191024若宮八幡宮02



手水鉢。

      20191024若宮八幡宮03



吐出口は定番の龍。

      20191024若宮八幡宮04



定めの記された板。

      20191024若宮八幡宮05

これは何と言うんでしょうね?



参道の狛犬。

      20191024若宮八幡宮06


      20191024若宮八幡宮07



石段の途中にある随身門。

      20191024若宮八幡宮08


向かって左側の随身ぞうの矢大神。

      20191024若宮八幡宮09


そして、右側の左大臣。

      20191024若宮八幡宮10


    

こちらが、拝殿。

      20191024若宮八幡宮11



拝殿に掲げられた扁額。

      20191024若宮八幡宮12

社号ではなく、御祭神の仁徳天皇と記されています。



向拝の彫刻。

      20191024若宮八幡宮13



別アングルからの拝殿。

      20191024若宮八幡宮14


      20191024若宮八幡宮15



見づらいけれど、本殿。

      20191024若宮八幡宮16



こちらでも、しっかりと参拝いたします。

      20191024若宮八幡宮17



境内社の金刀比羅神社。

      20191024若宮八幡宮18



末社の祠も建ち並ぶ。

      20191024若宮八幡宮19


      20191024若宮八幡宮20



こちらは、神楽殿。

      20191024若宮八幡宮21



招霊木。

      20191024若宮八幡宮23



その説明板。

      20191024若宮八幡宮22



随身門脇に置かれた鬼瓦。

      20191024若宮八幡宮24



「鶴亀松」の碑。

      20191024若宮八幡宮25

以前は鳥居前に「鶴亀松」と言う、300年以上の樹齢を誇る2本のクロマツがありました。
市の天然記念物に指定されていましたが、平成27年の年末に枯死してしまいました。



そして、こちらが若宮八幡宮の御朱印。

通常版。

      20191024若宮八幡宮26



天皇即位の限定版。

      20191024若宮八幡宮27


授与所にて拝受いたしました。



2019/12/08 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................倭文神社 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

10月24日〜25日の1泊2日で清里方面へ旅行に出かけました。

初日の24日。
この日は、韮崎市を中心に巡ります。


武田八幡宮をあとにして、向かった先は.............倭文神社。


倭文神社は、韮崎市穂坂町に鎮座する神社です。

甲斐国所在の延喜式内社二十社の一つで、
甲斐国志には倭文神社降宮大明神とあるそうです。

穂坂総社とされ、宮久保、柳平、三ツ沢三村の産神で
郷中最も格式の高い神社であったそうです。
穂坂町の御牧の役人や妻女たちが織った倭文織りの守護神で、
産婦の守護神としても崇敬厚い神社であるそうです。


御祭神は天羽槌雄命。
    天棚機姫命。



神社社頭。

      20191024倭文神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20191024倭文神社02

こちらには、『降宮大明神』とある。


由緒の記された説明板。

      20191024倭文神社03

実は、『倭文』と書いて『しずり』と読むらしい。
いやぁ、知らなかったから、『わぶんじんじゃ』だと思っていました(笑)。




鳥居背後の狛犬。

      20191024倭文神社04


      20191024倭文神社05



こちらにも随身門。

      20191024倭文神社06

韮崎の神社には随身門が多いような気がするけれど、気のせい?


向かって左の随身像、矢大神。

      20191024倭文神社07



向かって右の随身像、左大臣。

      20191024倭文神社08



随身門の先に見えるは拝殿。

      20191024倭文神社09



拝殿正面。

      20191024倭文神社10



別アングルからの拝殿。

      20191024倭文神社11


      20191024倭文神社12



そして、こちらが本殿。

      20191024倭文神社13



拝殿の屋根には神紋。

      20191024倭文神社14



こちらが神楽殿。

      20191024倭文神社15



神楽殿の屋根にも神紋。

      20191024倭文神社16



厳かな雰囲気の中で もっちゃん と びいすけ が参拝しています。

      20191024倭文神社17



そして、こちらが倭文神社の御朱印。

      20191024倭文神社18

ちなみに、こちらは普段は無人の神社。
本務社の若宮八幡宮にて拝受いたしました。



2019/12/07 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................武田八幡神社 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

10月24日〜25日の1泊2日で清里方面へ旅行に出かけました。

初日の24日。
この日は、韮崎市を中心に巡ります。


神山小学校をあとにして、向かった先は.............武田八幡宮。


武田八幡宮は、韮崎市神山町に鎮座する神社です。


社伝によれば、弘仁13年(882年)に宇佐神宮、または石清水八幡宮の分霊を勅命によって勧請し、
地名から武田八幡宮と称したのが草創とされるそうです。
清和天皇の頃に奉幣と社領の寄進が行なわれた後、
武田信義が武田八幡宮を氏神とし、社頭の再建などを行ったとされています。

歴代の甲斐国司も造営を行なったとされ、
戦国時代には甲斐守護・武田晴信(後の信玄)が
天文10年(1542年)に大檀主として
嫡子・武田義信とともに再建したとされ、
この造営は国主となった晴信の最初の事業であり、
苗敷山穂見神社(韮崎市旭町)の別当・阿闍梨栄真が
小旦那として再建に携わったということです。


御祭神は、誉田別命。
     足仲津彦命
     息長足姫命
     武田武大




神山小学校の跡地は武田の里駐車場。
その一角には、こんな案内板が建っています。

      20191024武田八幡宮01



そして、隣接する道路には武田八幡宮の二の鳥居が建っています。

      20191024武田八幡宮02




二の鳥居からまっすぐ伸びる道を300mほど進めば武田八幡宮です。

      20191024武田八幡宮03



こちらは、三の鳥居になるようです。

      20191024武田八幡宮04

この鳥居の背後には随身門。



随身門の脇には説明板。

      20191024武田八幡宮05



説明板の背後には御神木。

      20191024武田八幡宮06
      20191024武田八幡宮07
   20191024武田八幡宮08



手水舎。

      20191024武田八幡宮09




随身門の随身像。
向かって左側の矢大神。

      20191024武田八幡宮11



向かって右側の左大臣。

      20191024武田八幡宮12



随身門をくぐれば、急な石段。

      20191024武田八幡宮13



石段を上った先には社殿と思いきや
そこには神楽殿。

      20191024武田八幡宮14



こちらが、その神楽殿。

      20191024武田八幡宮24



社殿はさらにその先。
もうちょっと石段を上がりましょう。

       20191024武田八幡宮15




こちらが、拝殿。

       20191024武田八幡宮16



別アングルからの拝殿。

       20191024武田八幡宮17


      20191024武田八幡宮18



そして、こちらが本殿。

      20191024武田八幡宮19




本殿の手前が若宮八幡神社。
  
      20191024武田八幡宮20



本殿の鬼瓦。

      20191024武田八幡宮21

本当に鬼がいる。



本殿の説明板。

      20191024武田八幡宮10



こちらが、若宮八幡神社。

      20191024武田八幡宮22




若宮八幡神社の説明板。

      20191024武田八幡宮23




こちらは、本殿背後の御神木。

      20191024武田八幡宮25
      20191024武田八幡宮26




拝殿脇の由緒の記された石碑。

      20191024武田八幡宮27



境内の祠。

      20191024武田八幡宮28



こちらが社務所(授与所)ですが、普段は無人の神社ですから閉まっています。

      20191024武田八幡宮29



武田八幡宮のすぐ近くに為朝神社も鎮座しています。

      20191024武田八幡宮30



小さな案内で白山城址を案内しています。

      20191024武田八幡宮31



白山城址の説明板。

      20191024武田八幡宮32


こんなのを見たら、ほっとけません。
この時点では、白山神社にも向かう気満々。

なぜ、城に向かうのかって?
答えは簡単、そこに城があるからです!!
なんて思っていましたが.................



この看板を見たら、一気に意欲がそげました。

      20191024武田八幡宮33


獣避けのフェンスの向こうを進んで白山城址に至ります。
鉄のフェンスの向こうです。
入り口には『熊注意』の看板。
いや〜、今回はパスいたしましょう(笑)。


言う事で、為朝神社へと足を伸ばします。


こちらが為朝神社。

      20191024武田八幡宮35




      20191024武田八幡宮34





      20191024武田八幡宮36



そして、こちらが武田八幡宮の御朱印。

      20191024武田八幡宮37


本務社の若宮八幡宮にて拝受いたしました。



2019/12/07 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................神山小学校 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

この日は、山梨県に出かけました、

山梨県と言っても広い。
今回は、韮崎市を中心に北杜市の一部にも立ち寄ってきました。

南宮大神社をあとにして、向かって先は...............韮崎市立神山小学校。


神山小学校の詳しい沿革も不明です。

おそらく明治期に創設された歴史ある小学校だと思われます。
昭和53年に神山小学校、円野小学校、清哲小学校が統合され、
新たに韮崎市立韮崎北西小学校が開校して、
神山小学校は廃校となりました。


こちらが神山小学校の正門跡。

      20191024神山小学校01

石造りの門柱が神山小学校の歴史を感じさせます。


正門脇の掲示板。

      20191024神山小学校02



廃校から既に41年。校舎は解体されています。
体育館は地域の体育館として残されたのでしょうか?

      20191024神山小学校03


しかしながら、昭和40年代とか50年代に建てられた体育館って
かまぼこ屋根に建物が多いけど、こちらは立派な直方体。

ひょっとしたら、校舎跡に建てられたのかもしれない。



びいすけ の立っている辺りのアスファルトの敷地は
神山小学校の校地であるけれど、現在は武田の里駐車場。

      20191024神山小学校04

すぐ近くには武田八幡宮もあって、この辺りは武田氏発祥の地でもあるらしい。



駐車場の一角に建つ、神山小学校の校歌の碑。

      20191024神山小学校05



裏面に沿革が刻まれていないかと期待したけれど
裏面にも校歌が刻まれている。

校歌の碑の脇に建つのは、経緯度の標柱。

      20191024神山小学校06



体育館の正面玄関。

      20191024神山小学校07

何となくお洒落な感じのする玄関。



玄関の向かい、正門脇の茂みの奥に
隠れるように建つ記念碑。

      20191024神山小学校09

創立百周年の記念碑。
龍岡小学校、大草小学校でも同じような流線型の石碑で
ひょっとしたら、その当時の韮崎市のトレンドだったのかもしれない。
いずれにしても、年季の入った百周年の記念碑。
少なくても、41年前には百周年を迎え終えていたわけだから
140年以上前の創立と言う歴史のある学校になるわけですね。

この記念碑をじっくり見たかったけれど
蜘蛛の巣が茂みにあって、近寄ることはパス。



こちらは、忠魂碑。

      20191024神山小学校08

この忠魂碑がある事自体、神山小学校の長い歴史を彷彿させる。



正門前、細い道路を挟んだ先は一段低くなり
そちらが、校庭だったようです。

      20191024神山小学校10



遊具も何も残されてはいないけれど
校庭跡の雰囲気は感じ取れる。

      20191024神山小学校11


      20191024神山小学校12


      20191024神山小学校15



誰もいない校庭跡。
気ままに闊歩する びいすけ 。

      20191024神山小学校13


      20191024神山小学校14


気ままな闊歩を満喫出来たかな?


2019/12/06 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................南宮大神社 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

10月24日〜25日の1泊2日で清里方面へ旅行に出かけました。

初日の24日。
この日は、韮崎市を中心に巡ります。


大草小学校をあとにして、向かった先は.............南宮大神社。

向かったと言っても、大草小学校に隣接しているから
向かったと言う感じはあまりしないんですけどね.....................。


南宮大神社は、韮崎市大草町に鎮座する神社です。

社伝によれば、甲斐源氏の祖である新羅三郎義光が
甲斐任国の時に崇敬して社壇を造営したとされ、
武田太郎信義、その嫡男一条次郎忠頼も篤く崇敬し、
武田一条氏が武川地方に封ぜられると、当社を産土神として崇敬し、
その支族の武川衆諸氏も協力して奉仕したとされています。

御祭神は、建御名方命。



神社社頭。

     20191024南宮大神宮01



説明板。

     20191024南宮大神宮02

説明板と言いながらも、その内容はほとんど由緒書きみたいなモノ。



その先には隋神門(随身門)。

      20191024南宮大神宮03

随身門の在る神社ってなぜか風格を感じてしまいます。


社殿に向かって左側の矢大神。

      20191024南宮大神宮04



社殿に向かって右側の左大臣。

      20191024南宮大神宮05




随身門をくぐれば、その先は拝殿。
    
      20191024南宮大神宮06




手水鉢。

      20191024南宮大神宮07



拝殿正面。

      20191024南宮大神宮08


      20191024南宮大神宮09



別アングルからの拝殿。

      20191024南宮大神宮10


      20191024南宮大神宮11



そして、こちらが本殿。

      20191024南宮大神宮12



こちらは、神楽殿。

      20191024南宮大神宮13



境内社の小さな祠も点在する。

      20191024南宮大神宮14


      20191024南宮大神宮15


      20191024南宮大神宮16




御神木。

    20191024南宮大神宮17
    20191024南宮大神宮18



忠魂碑。

      20191024南宮大神宮19



こちらが、南宮大神社の御朱印。

      20191024南宮大神宮20



普段は無人の神社。
本務社の若宮八幡宮にて拝受いたしました。



2019/12/06 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................大草小学校 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

この日は、1泊の山梨への旅行。
初日は韮崎市周辺を巡ります。

穂見神社をあとにして、向かった先は..............韮崎市立大草小学校。


と言いながら、穂見神社をでて、用水沿いの狭い道を走っていて、
前方から地元ナンバーの軽自動車。
運転手は御老人。
可能な限り左に寄せてやり過ごすと、その直後にトラックが来た。
どうみても離合は厳しいでしょ?

仕方ないから左にハンドルを切って、ちょっと前に出た瞬間、
左前方でガリガリって嫌な音。
思い切り左前フェンダーをガードレールに擦ってしまい
大きな傷が出来ちゃいました。

テンションが一気に下がったのは言うまでもありません。



気を取り直して、大草小学校へと向かいました。



大草小学校の詳しい沿革も分かりません。
おそらく、龍岡小学校同様、明治期に創設された学校だと思われます。
昭和58年に旧・甘利山小学校と龍岡小学校と大草小学校は統合され
新たに甘利山小学校が開校し、大草小学校は廃校となりました。



おそらく、廃校後に移設されたであろう正門。

      20191024大草小学校01



石造りの古い門柱。

      20191024大草小学校02


      20191024大草小学校03



廃校後、校舎は解体され、新たに大草公民館と甘利児童センターが建てられたようです。


こちらが、大草公民館。

      20191024大草小学校10



公民館の建物裏には、閉校記念碑。

      20191024大草小学校11


  

裏面には校歌が刻まれています。

      20191024大草小学校12



その隣には、緯度経度標。

      20191024大草小学校14


おそらく、公民館の建つ場所に校舎が建っていたんでしょうね。



公民館から一本細い道を挟んだ先には体育館。

      20191024大草小学校13

さらに50mほど先には、統合校である甘利山小学校がある。

統合校として、36年前に新たな敷地を入手して建てられたらしい。。
って言う事は、旧・甘利山小学校は別な場所に在ったってことになる。
でも、色々とネットで調べても分からないんだよなぁ。




そして、こちらが甘利児童センター。

      20191024大草小学校04


      20191024大草小学校05


      20191024大草小学校06



いずれにしても、校庭の敷地の一部に児童センターは建てられたんでしょう。
見た感じ、保育園っぽい建物にも感じてしまうのは気のせい?

      20191024大草小学校09



校庭も何となく保育園の園庭っぽく見えたりもする。

      20191024大草小学校07


      20191024大草小学校08



敷地内の遊具は往時のモノだろうか?

      20191024大草小学校15



こちらは、校庭の隅に建っていた碑。

      20191024大草小学校16

てっきり忠魂碑かと思ったら、『大草小学校創立百周年記念碑』。
そう言えば、龍岡小学校にも同じ形の創立百周年記念碑が在ったのを思い出しました。




敷地の外周のブロック塀には、平成11年に子供たちが造ったレリーフが
各学年ごとに埋め込まれています。


こちらは、1年生の作品。

      20191024大草小学校17



2年生の作品。

      20191024大草小学校18



3年生の作品。

      20191024大草小学校19



4年生の作品。

      20191024大草小学校20



5年生の作品。

      20191024大草小学校21



6年生の作品。

      20191024大草小学校22



敷地のフェンス沿いには、桜の古木。

      20191024大草小学校25

学校跡って言うのが良く分かりますね。 



大草小学校跡は南宮大神社という神社に隣接している
その境界線に設けられたコンクリートの建造物。

      20191024大草小学校23

名前を何と言うのか知らないけれど、ボールを投げて楽しむコンクリートの壁。


昭和49年の卒業生が寄贈したものでした。

      20191024大草小学校24



この時代って王・長嶋の時代ですよね。
未来の王・長嶋を夢見て、この壁にボールを投げていた少年も
今はどうしているんだろうか.....................?


2019/12/05 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

穂見神社 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

10月24日〜25日の1泊2日で清里方面へ旅行に出かけました。

初日の24日。
この日は、韮崎市を中心に巡ります。


龍岡小学校をあとにして、向かった先は.............穂見神社。



穂見神社は、韮崎市旭町上条南割に鎮座する神社。
式内社論社と比定され、別称は苗敷山権現。

標高1037mの苗敷山(旭山)山頂に本宮が鎮座し、
苗敷山東麓に里宮が鎮座します。

甲斐の国が洪水により湖水と化した時、鳳凰山に住む六度仙人が、
蹴裂明神と力を併せ南山を決削して水を治め平野とし、
里に住む山代王子がこの地を耕し、稲苗を敷き民に米作りの道を教えました。
大唐仙人を国立大明神、山代王子を山代王子権現として、
両神を山頂に祀り苗敷山と称したそうです。

聖武天皇の御代神亀元年(724年)に延喜式内社穂見神社を建立して
春秋稲束と初穂を供えて祭りを行ないました。
中世になり山岳信仰の仏教、修験道との習合が行なわれ、
古義真言宗法善寺(若草町)の末寺 宝生寺(苗敷山)が別当となりました。
穂見神社の本殿と宝生寺の本堂は合体して虚空蔵堂を構え、
本寺仏虚空蔵菩薩と国立大明神、山代王子権現を合祠し苗敷山権現と号したそうです。

明治維新の神仏分離により室生寺は廃寺となり、
仏殿諸堂は解体され多くの仏像は四散してしまったそうです。


祭神は天之底立命・国之常立命・豊受姫命。



社号標。

      20191024穂見神社01



社号標の隣には、穂見神社の案内図。

      20191024穂見神社03



案内板の裏には小さな祠。

      20191024穂見神社02

穂見神社の末社になるんでしょうか?



駐車場が無いから、社号標の在る場所の道路の隅に車を停めて
穂見神社へと向かいます。

      20191024穂見神社04



鳥居。

      20191024穂見神社05



鳥居に掲げられた神額。

      20191024穂見神社06


    

鳥居脇には由緒書き。

      20191024穂見神社07



手水舎。

      20191024穂見神社08



拝殿。

      20191024穂見神社09


      20191024穂見神社10



拝殿正面。

      20191024穂見神社11



拝殿の鬼瓦。

      20191024穂見神社12


      20191024穂見神社13



拝殿向拝。

      20191024穂見神社14



そして、こちらが本殿。

      20191024穂見神社15



拝殿前の狛犬。

      20191024穂見神社16


      20191024穂見神社17



神楽殿。

      20191024穂見神社18



神輿庫。

      20191024穂見神社19


  

神楽殿の前には以前の社殿に使われていたと思われる鬼瓦。

      20191024穂見神社20


      20191024穂見神社21


さて、実は宮司さんのお宅で御朱印が拝受出来る神社とネットに出ていたので、
てっきり神社の近くに宮司さんがお住まいかと思っていたら
どうやら宮司さんはちょっと離れた所にお住まいで、普段は無人の神社らしい。
宮司さんの連絡先も知らないから、御朱印は無理そうですね。

神社の前にお住いの氏子さんであるご老人に話しを伺うと
この里宮から奥宮まで約2時間の山登りになるらしい。

さすがに、今日はこの後の予定もあるから、奥宮へは行けません。

2時間の山登り..................
ちょっと考えちゃうなぁ。



2019/12/05 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................龍岡小学校 (2019年10月24日)(山梨県韮崎市) 

10月24日

この日は、山梨県に出かけました、

山梨県と言っても広い。
今回は、韮崎市を中心に北杜市の一部にも立ち寄ってきました。

前日の夜、千葉の佐倉市を移動。
八王子の実家に向かいますが、何と首都高速が大々的に通行止め。
いつもなら首都高速7号線を走り、錦糸町料金所から両国JCT、
箱崎JCT、江戸橋JCT、竹橋JCT、三宅坂JCTと走り、
首都高速4号線から中央道に移動しますが、
この日ふ、内閣府主催の天皇即位関連の祝賀会が開催され、
各国の要人の警護のため、首都高速では都心部を通過出来ない。
湾岸線に迂回するものの大渋滞。大井JCTからC2を走らされ
慣れない道を走り、どっと疲れました。


朝、5時半に八王子の実家を出発。
助手席に 妹のもっちゃん リヤシートの荷台に ケージに入った びいすけ 。
2人と1匹の山梨旅行の始まりです。

最初に向かった先は...............韮崎市立龍岡小学校。



龍岡小学校の沿革は分かりません。

おそらく明治期に創設された歴史ある小学校だったと思われます。
昭和58年に甘利小学校、大草小学校、龍岡小学校が統合して、
新たに韮崎市立甘利小学校が開校となり、
龍岡小学校は廃校となりました。



こちらが、正門跡。

      20191024龍岡小学校01



門柱。

      20191024龍岡小学校02

特に門柱には表記もない。



もう1本の門柱は、10mほど離れた場所に移動。

      20191024龍岡小学校03



そちらの門柱には、表札がしっかりと残っていました。

      20191024龍岡小学校04



廃校から既に36年。

      20191024龍岡小学校05




校舎は解体され、平成2年に龍岡体育館が建てられました。

      20191024龍岡小学校06


      20191024龍岡小学校07



校庭は、地域のご老人たちの社交場。
ゲートボール場としても使われているようで
この日も10人近いご老人が集まっていました。

      20191024龍岡小学校08



敷地の一角には、公民館も建てられています。

      20191024龍岡小学校09



正門脇の植え込みの一角に石碑が並んでいました。

      20191024龍岡小学校10



見ずらいですが、龍岡小学校の閉校記念碑。

      20191024龍岡小学校11



裏面に沿革が刻まれているかと期待しましたが
裏面には校歌が刻まれていました。

      20191024龍岡小学校12



こちらは、創立百周年の記念碑。

      20191024龍岡小学校13


      20191024龍岡小学校14

ひょっとしたら、この碑の裏に沿革が刻まれていたかもしれないが
碑の前に大きな蜘蛛の巣があって、碑に近づくのを躊躇してしまいました。



そして、二宮像。

      20191024龍岡小学校15


      20191024龍岡小学校16



少し離れた場所に建つ碑。

      20191024龍岡小学校17

殉国と言った単語が確認できるから忠魂碑のようなモノでしょう。
忠魂碑って、歴史のある小学校に残っている事が多いから
龍岡小学校も歴史のある学校だったみたいですね。



残念ながら遊具類は残っていなくて
子ども達の憩いの場ではなさそうです。
やっぱり、ご老人たちに優先されているみたいですね。



そんな中で見つけたオブジェ。

      20191024龍岡小学校18


卒業記念に子供たちが造作ったものでしょう。
廃校から36年。
おそらく4〜50年経ったものでしょう。
これを作った子供たちも、きっといい大人になっているんですね。
2019/12/04 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の坂道散歩 《 鍛治作の坂 》 (2019年10月20日) 

10月20日

この日は、公休日。

都内渋谷区の恵比寿神社の例祭日で
この時しか授与されない恵比寿神社の御朱印をいただきに行こうと休みを取っていましたが
前日の勤務が遅番で、家に帰って来たのが午前零時近く。
それから、びいすけ の散歩に行ったりして
いつの間にか、午前1時を過ぎていました。

疲れもあってか、やがて爆睡。
目が覚めたら午前11時過ぎ。
この時間から都内へ出かけるには気が重い。

結局、都内へ出るのは諦めました。


そんな訳で、午後から散歩に出かけます。
せっかくだから、佐倉市民ハイキングのHPに掲載されている
佐倉の坂道を散歩いたしましょう。

と言うことで、向かった先は................鍛冶作の坂。


鏑木町の麻賀多神社の近くにある坂道と言うことなので
京成佐倉駅前を通って城址公園の方へと進みます。

      20191020鍛冶作の坂01


      20191020鍛冶作の坂02


鍛冶作の坂は、坂下の鍛冶作という地名から名付けられた坂道で
麻賀多神社の裏の幼稚園の前にあります。
麻賀多神社からだと下りになるので
反対側の城址公園(菖蒲園)側からのアプローチ。



この道を進めば、鍛冶作の坂になります。

      20191020鍛冶作の坂03



途中にある重願寺。

      20191020鍛冶作の坂

真宗大谷派の寺院です。



重願寺の説明板を横目に先を進みましょう。

      20191020鍛冶作の坂05



重願寺の向かいは、佐倉第二児童公園。

      20191020鍛冶作の坂06



しばらく進むと民家の並ぶ細い坂道となります。

      20191020鍛冶作の坂07



坂はこの辺りから始まっているけど、ここはまだ鍛冶作の坂ではないようです。

      20191020鍛冶作の坂08


しばらくすると、狭い十字路。

      20191020鍛冶作の坂09



そこには、『佐倉藩刀剣細工所の地』の標柱が建つ。

      20191020鍛冶作の坂10

旧・鍛冶作町になるようです。


この十字路から、『鍛冶作の坂』が始まります。

      20191020鍛冶作の坂11



鏑木町の麻賀多神社に向けての上り坂。

      20191020鍛冶作の坂12


急がなくても良いから、ゆっくり行きましょう。


びいすけ もオチッコしながら、マイペースで進みます。

      20191020鍛冶作の坂13


      20191020鍛冶作の坂14



坂道の最後は、この坂1番の急勾配。

      20191020鍛冶作の坂15


上りきった先には案内板。

      20191020鍛冶作の坂16

重願寺からは、350m。



このまま、鏑木町の麻賀多神社に向かいます。

      20191020鍛冶作の坂17



びいすけ の背後の銀杏の木が、麻賀多神社の御神木。

      20191020鍛冶作の坂18


麻賀多神社とお蕎麦屋さん『房州屋』の間の道に繋がっていたんですね。

      20191020鍛冶作の坂19


こうやって、佐倉市民ハイキングのHPに掲載されている坂道を
一つ、一つ歩いて制覇して行くのも意外に楽しいモノです。



2019/12/04 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 大原神社    (2019年10月18日)(千葉県習志野市) 

10月18日

この日は、遅番勤務。
午後からの出勤だから、ゆっくり出来る。
出勤前にちょっと道草。

通勤電車の途中下車。
京成電鉄実籾駅から徒歩5分。
大原神社への参拝です。


神社社頭。

      20191018大原神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20191018大原神社02



社殿に続く参道。

      20191018大原神社03



狛犬と参道。

      20191018大原神社04


拝殿。

      20191018大原神社05



拝殿正面。

      20191018大原神社06


今月もしっかり参拝いたしました。


大原神社は御朱印で人気のある神社。
今月も月替わりの御朱印が数種類用意されている。

      20191018大原神社07


      20191018大原神社08



御朱印待ちの人も7〜8人いる。

      20191018大原神社09



御朱印の受付番号は30。
朝から30番目と言う事でしょうか?
まだ、午前中なんですけどね。

      20191018大原神社10



そして、今回頂いた御朱印がこちら。


10月から12月まで限定の『実りの見開き』。

      20191018大原神社11

書き置き版になります。



10月限定の『御大礼 鳳凰』。

      20191018大原神社12

こちらは、御朱印帳に直書き。
11月には、この御朱印と対になる『言祝ぐ 鳳凰』が準備されているらしい。
ちょっぴり楽しみです。




2019/12/03 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪.............埴生神社 (2019年10月15日)(千葉県成田市) 

10月15日

この日は15日。

毎月1日、15日に(特別な)御朱印の対応をしている神社を巡りました。


台方 麻賀多神社をあとにして、向かった先は................埴生神社。



埴生神社に来るのもこれで2回目。
たまたまネットで埴生神社も特別な御朱印を拝受される記事を読んで
どんなものか? 気になっていました。
なかなか仕事の関係で1日とか15日が休みとは限らないので
この日、やっと御朱印拝受の参拝に来る事ができました。



社号標。

      20191015埴生神社01



神社社頭。

      20191015埴生神社02


      20191015埴生神社03



手水舎。

      20191015埴生神社07



拝殿。

      20191015埴生神社04


      20191015埴生神社05



拝殿正面。

      20191015埴生神社06




別アングルからの拝殿。

      20191015埴生神社08


      20191015埴生神社09



そして、こちらが本殿。

      20191015埴生神社10


      20191015埴生神社11




拝殿正面に飾られた提灯。

      20191015埴生神社12



前回気付かなかったけれ、本殿裏手の境内社。

      20191015埴生神社14



その近くには石仏が並ぶ。

      20191015埴生神社13

この辺りは神仏習合の名残りだろうか?




こちらが、1日、15日限定の御朱印。

      20191015埴生神社15

埴生神社の社号が金文字の御朱印。
紅葉の印が10月を表しているようです。




2019/12/03 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪...............台方 麻賀多神社. (2019年10月15日)(千葉県成田市) 

10月15日

この日は15日。

毎月1日、15日に(特別な)御朱印の対応をしている神社を巡りました。


富里香取神社をあとにして、向かった先は................台方 麻賀多神社。


台方 麻賀多神社って言われても、ピンと来ない人も多いでしょう
成田市に鎮座する麻賀多神社で、この地域に点在して鎮座する麻賀多神社18社の
惣社とされている神社です。


神社社頭。

      20191015台形麻固賀多神社01



社号標。

      20191015台形麻固賀多神社02



手水舎。

      20191015台形麻固賀多神社03



由緒書き。

      20191015台形麻固賀多神社05



この石段に先が社殿になります。
  
      20191015台形麻固賀多神社04


実は前回訪れた時は、ちょうど拝殿の新築工事中。
そのため、仮宮にお参りすると言う形でした。
あれから、2年近く経っているから、拝殿も完成しています。




こちらが、新しい拝殿。

      20191015台形麻固賀多神社06



やはり、木材の輝きが違います。

      20191015台形麻固賀多神社07



拝殿正面。

      20191015台形麻固賀多神社08


向拝。

      20191015台形麻固賀多神社09



正面に掲げられた扁額。

      20191015台形麻固賀多神社10



別アングルからの拝殿。

      20191015台形麻固賀多神社11


      20191015台形麻固賀多神社12


  
そして、こちらが本殿

      20191015台形麻固賀多神社13



式内社とされる麻賀多神社。

成田市教育委員会の建てた標柱。

      20191015台形麻固賀多神社14


そして、説明板。

      20191015台形麻固賀多神社15



こちらの麻賀多神社のもう一つの見所は、東日本一とされる大杉です。

      20191015台形麻固賀多神社16



樹齢千三百有余年とされる御神木。

      20191015台形麻固賀多神社17
      20191015台形麻固賀多神社18
      20191015台形麻固賀多神社19

昭和10年に千葉県の指定記念樹第一号に指定されています。

古来より御神木には心霊が宿っていると言い伝えられ、
延命長寿のご利益を授かることでも有名らしい。


社務所に立ち寄って御朱印を拝受します。

      20191015台形麻固賀多神社20

こちらの麻賀多神社は毎月1日、15日の2日間のみの御朱印対応です。
拝殿も新しくなったし、令和の時代だし、
御朱印を頂くことにいたしました。


こちらが、その御朱印。

      20191015台形麻固賀多神社21

氏子さんが墨書きされましたが、やはり達筆ですね。





2019/12/02 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

スイカの御朱印..................富里香取神社 (2019年10月15日)(千葉県富里市) 

10月15日

この日は、公休日。

実は、1ヶ月勘違いをしていて、
都内の某神社の例祭日だと思って公休を取っていました。

台風19号の被害も考えられ、中止になる場合もあるから、
前日の14日に電話で問い合わせをしたら、
『先月の9月15日に滞りなく例祭も終えることが出来ました』と言われました。

えっ!?

思わず言葉を失いました。



そんなわけで、この日は急遽予定を変更。
この日は15日と言う事だから、
毎月1日、15日に特別な御朱印を対応する神社に行くことにしました。

向かった先は.................富里香取神社。


あれ!?
富里香取神社って2〜3日前に来ていなかったっけ?
それに気づいた あなたは 通ですね(笑)。


そうです、2日前に参拝に来ています。


いつもは、他の参拝客に会うこともない神社ですが
この日は、やたらと参拝者が多い。

      20191015冨里香取神社01



他の参拝客がいる時って、犬連れだと結構神経を使います。
写真を撮るときも、人が居ないのを確認したりして。

      20191015冨里香取神社02



この前の人たちの参拝が終わるまで待機。

      20191015冨里香取神社03


10月も今日から後半。
あっという間に11月になっちゃう。
気がつけば、七五三の時期なんですね。

      20191015冨里香取神社04



こちらが、拝殿。

      20191015冨里香取神社05



拝殿も今日はいつもと違う感じがする。
御朱印も拝殿内に飾られている。

      20191015冨里香取神社06


      20191015冨里香取神社07



ここ富里香取神社は毎月、月替わりの御朱印を出されていますが
それとは別に、毎月1日、15日に特別御朱印として
スイカの御朱印をいただくことが出来ます。
(偉そうに言っていますが、実は最近その事を知りました。)




こちらが、その特別御朱印。

      20191015冨里香取神社08


今回は、スイカの果実の御朱印。
この特別御朱印は2種類あって、
もう1種類はスイカの皮(縞々模様)の御朱印になるそうです。

そちらも機会があったら頂きたいモノです。




2019/12/02 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 麻賀多神社 (2019年10月13日)(千葉県佐倉市) 

10月13日

本来ならば、今年は10月11日、12日、13日と佐倉の秋まつりの予定でした。

大型の台風19号の襲来のため、
急遽と言うか、10月10日時点で
佐倉の秋まつり は中止になってしまいました。
結果的には、良い判断だったと思います。


昨年、もらい損なっちゃっだけど、確か佐倉の秋まつりの時期に
佐倉の麻賀多神社で特別な御朱印が貰えたらしい。
他の方のブログ等をみて、地元だけにちょっぴり悔しい思いをしました。

そんな事もあって、今年は、『佐倉の秋まつり』は中止になったけれど
期間限定の御朱印はどうなったのだろうか?
非常に気になったので、佐倉の麻賀多神社に行ってみました。



『佐倉の秋まつりは』中止ですが、
麻賀多神社の例祭は執り行われているようです。

      20191013麻賀多神社01



境内からは、『ぴぃひゃらら、トントコトン、ぴーひゃらら』と
笛と太鼓のお囃子が聞こえて来ます。


神社社頭。

      20191013麻賀多神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20191013麻賀多神社03



境内の社号標。

      20191013麻賀多神社04



麻賀多神社の由緒書き。

     20191013麻賀多神社07



手水舎。

      20191013麻賀多神社05




そして、拝殿。

      20191013麻賀多神社06


『佐倉の秋まつり』は中止だけれど、
この麻賀多神社の例祭に来ている人は多い。

 

お囃子を奏でる人たちも気合が入っているみたいです。

      20191013麻賀多神社08



私は、生まれ付いての佐倉の人間ではありませんので
さほど『佐倉の秋まつり』や麻賀多神社の例祭に思い入れはありませんが
地元生まれ、地元育ちの人は違うでしょう。

      20191013麻賀多神社09



半纏姿も粋だし!?

      20191013麻賀多神社10



御朱印は授与所(社務所)での対応。

      20191013麻賀多神社11



授与所の窓ガラスに限定御朱印の案内が貼られていました。

      20191013麻賀多神社12



こちらが通常版。

      20191013麻賀多神社13

過去、2回御朱印を頂いていますが、令和になった事だし
令わの日付けの御朱印も有りかな?



そして、お目当の御朱印。

      20191013麻賀多神社14

今年は見開き版になるようですね。
書き置きになりましたが、なんとか拝受出来ました。



2019/12/01 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..............椎崎八幡神社 (2019年10月13日)(千葉県山武市) 

10月13日

この日は、13時半に山武市に予定がありました。
そのために公休を取っていました。


東金の日吉神社をあとにして、向かった先は椎崎八幡神社。


椎崎八幡神社は山武市椎崎に鎮座する神社です。

創建時期等、詳細については分かりません。

毎年10月の第二土日に祭礼が執り行われ、
道案内の猿と狐を従えた三匹獅子がムラ廻りをして悪魔や悪病を祓います。
これは、江戸中期から伝わり、獅子は、囃子方の笛・太鼓に合わせ、
腹の羯鼓を短いバチで叩きながら、三匹一緒に前後に動きながら舞うそうです。


御祭神は、品陀和気命(応神天皇)。



こちらが一の鳥居。

      20191013椎崎八幡神社01


一の鳥居に掲げられた神額。

      20191013椎崎八幡神社02



緩やかな上り坂の参道を進みます。

      20191013椎崎八幡神社03


一の鳥居から、それなりに参道を進みます。

      20191013椎崎八幡神社04


      20191013椎崎八幡神社05


一の鳥居から二の鳥居まで、鬱蒼とした木立の中の参道です。

      20191013椎崎八幡神社06



こちらが二の鳥居。

      20191013椎崎八幡神社07



二の鳥居の神額。

      20191013椎崎八幡神社08



さらに参道は続きます。

      20191013椎崎八幡神社09



拝殿手前で小さな狛犬がお出迎え。

      20191013椎崎八幡神社10


      20191013椎崎八幡神社11



手水舎。

      20191013椎崎八幡神社12



そして、拝殿。

      20191013椎崎八幡神社13



拝殿正面。

      20191013椎崎八幡神社14


実は、この日は第二日曜日。
すなわち、祭礼当日です。

祭礼は14時から。
時刻は13時半少し前だけど、すでに氏子さんたちは集まり
拝殿内を準備でバダバタしている。


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191013椎崎八幡神社15



別アングルからの拝殿。

      20191013椎崎八幡神社16


      20191013椎崎八幡神社17




そして、こちらが本殿。


      20191013椎崎八幡神社18



拝殿前の狛犬。

      20191013椎崎八幡神社19


      20191013椎崎八幡神社20



その脇には天水桶。

      20191013椎崎八幡神社21



境内社。

      20191013椎崎八幡神社22



御神木。

     20191013椎崎八幡神社23
      20191013椎崎八幡神社24



こちらが社務所。

      20191013椎崎八幡神社25

普段は無人の神社。
東金市で田間神社の兼務社になるそうです。


実は、この時は初めて境内の犬の散歩禁止と知り
慌てて駐車場に戻り、 びいすけ を車の中に待機させます。



社務所に貼られた祭礼のポスター。

      20191013椎崎八幡神社26


窓ガラスには、御朱印の事も貼られています。

      20191013椎崎八幡神社27

御朱印そのものは、こちらの社務所にあるそうで、
本務社の田間神社では御朱印対応は出来ないそうです。
この日ふ祭礼。宮司さんが13時半にこちらに来られると言うことで
13時半にアポを取って、御朱印をお願いしていました。


こちらが椎崎八幡神社の御朱印。

      20191013椎崎八幡神社28

本当は、14時から始まる祭礼も覗いて見たかったんですが
駐車場がそんなに台数がなく、
車で来る氏子さんの駐車場を占領しちゃうのも気が引けるから
頃合いを見計らって撤収いたしました。


2019/12/01 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣 《 東金日吉神社 》 (2019年9月4日)(千葉県東金市) 

10月13日

台風19号が関東を直撃して通過した翌日。
この日は元々休みを取っていて、13時半に山武市に用事があったので
その前に、富里香取神社で月詣。

そして、その足で向かったのは..............東金 日吉神社。


東金日吉神社も最近は月替わりの御朱印を出されるようなので
先月から月詣の神社の一つに追加。


日吉神社の参拝です。


神社社頭。

      20191013日吉神社01



前日とはうって変わり、台風一過の晴天。

      20191013日吉神社02



日吉神社の説明板。

      20191013日吉神社03



日吉神社の社叢は深く、参道は陽を遮ってくれるから
参拝にはちょうど良い。

      20191013日吉神社04


      20191013日吉神社05



今回は、そんなに被害は無さそうだけど、
先月(9月)の台風15号の時は、折れた枝や倒れた木々で大変だったらしい。

      20191013日吉神社06



言われてみれば、以前に比べて日陰が少なくなったような気がしなくもない。

      20191013日吉神社07



手水舎。

      20191013日吉神社08



拝殿前。

      20191013日吉神社09



拝殿。

      20191013日吉神社10


拝殿正面。

      20191013日吉神社11


      20191013日吉神社12



向拝の彫刻。

      20191013日吉神社13

さすが、日吉神社(ひえじんじゃ)。
彫刻も猿ですね。


拝殿の正面に掲げられた扁額。

      20191013日吉神社14



そして、こちらが今月の月替わりの御朱印。

      20191013日吉神社15


コスモスの花が10月、秋っぽいですね。



2019/11/30 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣 《 富里香取神社 》 (2019年10月13日)(千葉県富里市) 

10月13日

この日は、富里市に出かけました。

ここ数ヶ月、欠かさずお参りしている富里香取神社に出かけました。
月詣になります。

  

神社社頭。

      20191013冨里香取神社01



実は、この日は台風19号が関東を直撃した翌日。

      20191013冨里香取神社02

境内の幟や旗は台風に備えて片付けられていました。

殺風景なのは仕方無い。




狛犬と拝殿。

      20191013冨里香取神社03


      20191013冨里香取神社04



そして、拝殿。

      20191013冨里香取神社05


今月もしっかりと参拝いたしました。



拝殿正面。

      20191013冨里香取神社06



今月の限定御朱印。

      20191013冨里香取神社07

時間が経つと、紅葉の色が変わっていくようです。



こちらが、その御朱印。

      20191013冨里香取神社08


どんな風に変わっていくのか?
御朱印帳を開くのが楽しみになりますね。





2019/11/30 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 稲田御房 西念寺 》(2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。


この日、『笠間稲荷と左白山』『笠間附近国宝社寺巡り』の2ヶ所は
無事、百景の碑を探し出す事が出来ました。

という事で、この日3ヶ所目となる茨城百景 『稲田御房西念寺』です。


浄土真宗の開祖にあたる親鸞聖人は、後鳥羽上皇による「承元の法難」で、
越後国府に流罪となりますが、建暦元年(1211年)に赦免の宣旨が下され、
その後、建保2年(1214年)になると、鎌倉幕府の有力御家人・宇都宮頼綱の弟で、
常陸国稲田郷の領主でもあった稲田九郎頼重に招かれ、彼の地に下向して草庵を開き、
東国での布教活動に専念しました。

西念寺は、親鸞聖人ゆかりの寺院です。浄土真宗の別格本山となります。
親鸞聖人は、健保2年(1214年)この地の領主の招きで草庵を築きました。
40代前半から60代前半までのおよそ20年間この地で暮らし、
常陸国、下野国、下総国への布教の拠点としました。
また、親鸞聖人はこの地で『教行信証』の執筆を始めたとされています。

また、境内にある銀杏の巨樹は、茨城県の天然記念物に指定されています。



国道沿いに建つ大きな看板。
立派な寺号標ですね。

      20191007茨城百景 西念寺01



この聖橋から参道が始まるようです。

      20191007茨城百景 西念寺02



禁制の掲示板。

       20191007茨城百景 西念寺03

特に犬連れ禁止等の触書きはないようです。



御影石の参道。

      20191007茨城百景 西念寺04
      20191007茨城百景 西念寺05
      20191007茨城百景 西念寺06




山門。

      20191007茨城百景 西念寺07



山門の扁額は山号。

      20191007茨城百景 西念寺08



山門前には由緒書き。

      20191007茨城百景 西念寺09



手水舎。

      20191007茨城百景 西念寺10



そして、本堂。

      20191007茨城百景 西念寺11



本堂に掲げられた扁額。

      20191007茨城百景 西念寺12



本堂前の天水桶。

      20191007茨城百景 西念寺13



太鼓堂。

      20191007茨城百景 西念寺14

天保14年(1843)年、により建立されたものです。
堂内には、直径2尺8寸(約84cm)の太鼓が置かれ、
法要の開催などを近在の人々へ伝える際に使用されたそうです。



御葉付銀杏 。

    20191007茨城百景 西念寺15
   20191007茨城百景 西念寺16

推定樹齢は300年以上(一説ではおよそ800年とされる)とされ、
幹回りは約7.5m、樹高約35m、 枝張約23m。
幹回りは茨城県内で最大であり、親鸞聖人自らの御手植えと伝わっているそうです。


御葉付銀杏の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺17


      20191007茨城百景 西念寺18



鐘楼。

      20191007茨城百景 西念寺19



太子堂。

      20191007茨城百景 西念寺20


      20191007茨城百景 西念寺21



御頂骨堂

      20191007茨城百景 西念寺22



御頂骨堂の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺23




こちらが、茨城百景の碑。

      20191007茨城百景 西念寺27


      20191007茨城百景 西念寺28

以前はJR水戸線の稲田駅前に建てられていたそうですが、
近年、西念寺の駐車場に移設されたそうです。

尚、『茨城百景 稲田御房 西念寺』の包括風景は、
板敷山大覚寺,石切山脈となっている。

いずれもこの場所からは離れていて、板敷山大覚寺は現在の石岡市になる。
いつか機会があれば、これらの包括風景も覗いてみたいものです。


そして、こちらが西念寺の御朱印。

      20191007茨城百景 西念寺29

宿坊の受付で御朱印の対応をしていただきました。



2019/11/29 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit