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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

水郷田名 (2019年5月17日)(神奈川県相模原市) 

5月17日

この日は、相模原市に出かけました。

参拝に訪れた田名八幡神社が鎮座するの相模原市中央区の田名は
水郷田名とも呼ばれています。

      20190517水郷田名01


かつては、田名村久所(ぐぞ)という地名だった水郷田名。
江戸時代には、大山道を歩く大山詣りの方々たちの往来で賑わっていたそうです。
大山の一つ手前の宿場町だったようです。
昭和を迎える頃には、交通機関も発達し、歩いて大山詣りをする人もいる少なくなり
やがて『久所』は花街へと変貌していきます。
そんな花街も昭和の終わりには衰退して、町も水郷田名と変わっていきます。

『水郷田名』の由来は、町の中を流れる水路「烏山用水」、または「新堀用水」から来ています。
この水路は江戸時代の末期、当時田名の領主であった下野国(現在の栃木県辺り)烏山藩の大久保氏が、
久所河原に水田を開墾するために隧道を掘らせて相模川の水を引いたのが始まりとされています。




      20190517水郷田名02


こちらが、烏山用水。

      20190517水郷田名03



町の中を流れる用水。

      20190517水郷田名04



この用水があるからこそ、『水郷田名』。

      20190517水郷田名05



用水の流れは清く、そして大地を潤し『水郷田名』の名に恥ない。

      20190517水郷田名06



用水沿いに木道も整備され、
町中を流れる用水沿いに町を散策していると
やがて、相模川の堤防へと誘ってくれる。

      20190517水郷田名07


      20190517水郷田名08


      20190517水郷田名09


      20190517水郷田名10



烏山用水沿いを散策する前に見つけた、昔懐かしい駄菓子屋。

      20190517水郷田名11



店内には、駄菓子のオンパレード。

      20190517水郷田名12


      20190517水郷田名13



昔の懐かしさから、買い戻した駄菓子。

      20190517水郷田名14



相模川の堤防で、口に頬張ります。

      20190517水郷田名15


どれも、懐かしい味が口の中に広がります。

      20190517水郷田名16


      20190517水郷田名17


      20190517水郷田名18


      20190517水郷田名19


たまには、こんな感じでノンビリするのも良いですね。



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2019/07/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

田名八幡宮 (2019年5月17日)(神奈川県相模原市) 

5月17日

この日は、相模原市に出かけました。


昨年暮れに、日々神社の宮司さんから『二本松八幡神社』と『田名八幡神社』の御朱印を送って頂きました。
しかし、田名八幡神社は未だ参拝もしていない。
先に御朱印を頂いてしまい、ちょっびり心苦しく感じていました。

近い内に参拝に行こう!と思いながらも、ついつい月日が流れてしまい
やってこの日の参拝となりました。


田名八幡神社は、相模原市中央区水郷田名に鎮座する神社です。

創建年代等は不詳ながら、延暦17年(799年)の創建とも伝えられ、
天地社(天地大明神)が元々の氏神だったのではないかとも言われています。
江戸期には田名村の鎮守として祀られ、
慶安2年(1649)には社領6石1斗の御朱印状を受領したとされています。




社号標。

      20190517田名八幡宮01




神社社頭にて。

      20190517田名八幡宮02




手水舎。

      20190517田名八幡宮03




定番の龍の吐出口。

      20190517田名八幡宮04



境内の由緒書き。

      20190517田名八幡宮05



拝殿。

      20190517田名八幡宮06
      



拝殿正面。

      20190517田名八幡宮07


向拝の彫刻。

      20190517田名八幡宮08




拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190517田名八幡宮09



別アングルからの拝殿。

      20190517田名八幡宮10


      20190517田名八幡宮11


そして、本殿。

      20190517田名八幡宮12


拝殿前の狛犬。

      20190517田名八幡宮13


      20190517田名八幡宮14




境内社。

      20190517田名八幡宮15


     20190517田名八幡宮16




神楽殿。

      20190517田名八幡宮17


こちらは、御輿庫。

      20190517田名八幡宮18



神楽殿の脇には板碑も建ち並ぶ

      20190517田名八幡宮19




そして社務所。

      20190517田名八幡宮20


普段は無人の社務所ですが、この日は開いていました。
氏子の方が来られていたようです。



こちらが、田名八幡神社の御朱印。

      20190517田名八幡宮21


昨年の暮れに送って頂いたモノ。
日付はこの日のモノじゃないけれど、細かい事は気にしない事にしよう。






2019/07/17 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪..................日々神社 (2019年5月17日)(神奈川県相模原市) 

5月17日

昨年の暮れに相模原市の日々神社から封書が届きました。
封筒の中には、日々神社の兼務社である『二本松八幡神社』と
『田名八幡神社』の御朱印が入っていました。

      20190517日々神社15


      20190517田名八幡宮21



実は、昨年の日々神社参拝の際にお会いした宮司さんとお話をしたら
兼務社の『二本松八幡神社』『田名八幡神社』の御朱印は各神社の氏子総代が管理しているから
何かの機会の時にしか印は貰えないと言われていました。
たまたま七五三の時期に印が貰えたようで、社号を書いて送って頂きました。

あれから約5ヶ月。
本当はもっと早くお礼に来なくてはいけなかったのですが
この日は、お礼を兼ねての参拝です。

八王子の実家から位置的な兼ね合いもあって
先に二本松八幡神社に参拝して(残念ながら画像は無し。)から
日々神社にやって来ました。



神社社頭。

      20190517日々神社01



手水舎。

      20190517日々神社02




拝殿。

      20190517日々神社03


拝殿正面。

      20190517日々神社04



別アングルからの拝殿。

      20190517日々神社05


      20190517日々神社06


そして、こちらが本殿。

      20190517日々神社07



本殿と御神木。

      20190517日々神社08



こちらが御神木。

      20190517日々神社09


実は、昨年秋の台風で、別な御神木の大きな枝と言うか、幹が倒れたそうです。
その翌日、禰宜さんが、こちらの御神木の写真を撮ったら黄色や紫色のオーブが
写真に写っていたそうです。
それも一枚や二枚じゃなく、数多くの人写真にオーブが写っていました。
実際にその写真を何枚も見せて頂きましたが、圧倒されました。
正に、神様が君臨されたかのようでした。

      20190517日々神社10



ひょっとしたらと思い、私も御神木をたくさん写真に収めてみましたが
私にはオーブを捉えることは出来ませんでした。

      20190517日々神社11


      20190517日々神社12



こちらが、枝と言うか、幹が折れた御神木。

      20190517日々神社13


この日、宮司さんは不在でしたが
二本松八幡神社と田名八幡神社の御朱印のお礼をのべ
初穂料も遅まきながら納めさせて頂きました。


そして、こちらが日々神社の御朱印。

      20190517日々神社14



時代も平成から令和に変わった事もあるから
改めて、日々神社の御朱印も拝受いたしました。




2019/07/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................佐奈田霊社 (2019年5月16日)(神奈川県小田原市) 

5月16日

伊豆に日帰りで出かけたこの日、熱海からの帰り道。
小田原の佐奈田霊社に立ち寄りました。

佐奈田霊社は、源頼朝旗揚げの地である「石橋山古戦場(神奈川県小田原市石橋)」に鎮座する
神仏習合の霊社です。

霊社?

霊社とは、霊験のあらたかな神社のことらしい。


治承4年(1180年)「石橋山の合戦」で3000対300(源頼朝)の先陣として戦い、
平家方の武将俣野五郎景久を組伏せるも、 不運の討死をした佐奈田与一義忠をお祀りするべく
1180年に創建されたとされています。

与一は持病の痰のため、味方からの呼びかけに対し声が出せず、
そうこうしているうちに敵に討たれてしまったという言い伝えから、
咳・声・のどに霊験があるとされ、芸能関係者も数多く参詣するそうです。

御祭神は、佐奈田与一義忠。
御神体は、佐奈田与一(魁秀明神)。



一応、神仏習合した神社と言う事ですが、鳥居は無いようなです。
こちらが、社号標。

      20190516佐奈田霊社01


こちらが、本来の表参道。

      20190516佐奈田霊社02



この石段を上りきった先ご社殿になります。

      20190516佐奈田霊社03



石段を上がって行くと、石垣ぐ視界に入ってくる。

       20190516佐奈田霊社04

まるで、城郭に登城しているような錯覚を感じてしまいます。
確かに、ここは石橋山の古戦場跡。
城郭っぽく見えるのも仕方ないかも?



境内には、石橋山古戦場の説明板。

      20190516佐奈田霊社05



説明板の近くには狛犬。

      20190516佐奈田霊社06


      20190516佐奈田霊社07



手水舎(手水鉢)。

      20190516佐奈田霊社08



そして、こちらが拝殿(?)

      20190516佐奈田霊社09

霊社の場合、拝殿と称しているのだろうか?
それとも本堂と称しているのだろうか?


別アングルから。

      20190516佐奈田霊社10


      20190516佐奈田霊社11



正面から。

      20190516佐奈田霊社12



奉納額。

      20190516佐奈田霊社13


      20190516佐奈田霊社14


天水桶。

      20190516佐奈田霊社15



こちらが、観音堂。

      20190516佐奈田霊社16


観音堂の脇には与一塚。

      20190516佐奈田霊社17


境内には、
      20190516佐奈田霊社18



駐車場の手前、境内からは少し離れた場所に建つ古戦場跡の碑。

      20190516佐奈田霊社19



そして、こちらが佐奈田霊社の御朱印

      20190516佐奈田霊社20

書置き対応のみですが、『源頼朝 石橋山古戦場』と記されているのが良いですね。


2019/07/16 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 湯前神社&来宮神社 (2019年5月16日)(静岡県熱海市) 

5月16日

この日は、熱海にやって来ました。

平成から令和に変わり新しい時代を迎えました。


熱海市内を散策中に、熱海の源泉の近くにある湯前神社に参拝しました。
(なぜか、写真を撮り忘れたため、画像無し。)

JR来宮駅に行くついでに、
湯前神社の本務社である来宮神社にやって来ました。


社号標。

      20190516来宮神社01


鳥居。

      20190516来宮神社02


参道を進み、拝殿が見えてきました。

      20190516来宮神社03


由緒書き。

      20190516来宮神社04



拝殿。

      20190516来宮神社05


別アングルから。

      20190516来宮神社06


      20190516来宮神社07


      20190516来宮神社08



拝殿前には、落ち葉のハート。

      20190516来宮神社09


この落ち葉のハートがあるが故に、恋愛成就のパワースポットとも言われています。
このハートの前で写真を撮るカップルも多い。


ここにも1組(?)........(笑)。

      20190516来宮神社10




こちらは、境内社・来宮辨財天。

      20190516来宮神社11


      20190516来宮神社12


      20190516来宮神社17



来宮神社の御朱印は頂いておりますが、
平成から令和に変わった事だし、ここは気持ち新たに御朱印をいただきました。


こちらが、御朱印。


通常バージョン。

      20190516来宮神社13



天皇即位記念バージョン。

      20190516来宮神社14


境内社・来宮辨財天の御朱印。

      20190516来宮神社15


兼務社 湯前神社の御朱印。

      20190516来宮神社16


現在、来宮神社では、上記の4種類の御朱印が拝受出来るようです。

しかし、昨今の御朱印ブームの中、改元と言う事もあって
かなり御朱印を求める方が多く、順番待ちも長い。
平日でも参拝者が多く、混んでいました。







2019/07/16 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ロケ地巡礼(?)..................熱海の町を歩いてみた。 (2019年5月16日)(静岡県熱海市) 

5月16日

この日は日帰りで伊豆に行って来ました。

この日の最たる目的は、熱海市内を巡る事。
何かとお世話になっている妹の もっちゃん のリクエスト。
以前、某アイドルグループの写真集(?)の撮影を熱海で行ったらしい。
その撮影地(ロケ地)を巡りたいらしい。

分かりました。運転手でも何でもいたしましょう。
(と言いながら、マンホールカードや御朱印巡りにはお付き合いいただきましたが.........)


と言う事でやって来た熱海市。



まずは、サンビーチ。

      20190516熱海サンビーチ01



サンビーチと言えば、熱海でも有名な観光スポット。
ロケでは、この海をバックに写真を撮ったらしい。

      20190516熱海サンビーチ02


写真集(?)のことは良く分からないから
とりあえず、パチリ、パチリと撮ってみます。

      20190516熱海サンビーチ07


      20190516熱海サンビーチ27


5月中旬だと言うのに、好天気のこの日は陽射しも強い。

      20190516熱海サンビーチ04



ビーチの砂も熱くなりつつある。

      20190516熱海サンビーチ03

犬連れで砂浜の海岸に来るのもそろそろ限界かも?
今年は夏の到来が早いのか?


海岸を歩く もっちゃん が何かを発見!

      20190516熱海サンビーチ05



どうやら、丸太を発見したようです。

      20190516熱海サンビーチ06



この丸太が実はミソ。

      20190516熱海サンビーチ08



写真集(?)にも写っていた丸太のようです。

      20190516熱海サンビーチ09

びいすけ を激写。


その姿を激写(笑)。

      20190516熱海サンビーチ10






      20190516熱海サンビーチ11


      20190516熱海サンビーチ12


      20190516熱海サンビーチ13


      20190516熱海サンビーチ14


      20190516熱海サンビーチ15


      20190516熱海サンビーチ16


      20190516熱海サンビーチ17


      20190516熱海サンビーチ18


      20190516熱海サンビーチ19

サンビーチでいっぱい写真を撮ったから
市内へと移動をします。


ドラマのロケにも利用される射的場。

      20190516熱海サンビーチ20

熱海では、結構知れた場所。
開店時間(13時)まで待って、記念写真。
流石に店内までは撮れません。



探すのに苦労した赤い橋。

      20190516熱海サンビーチ21



何とか見つける事が出来ました。

      20190516熱海サンビーチ22



その橋のたもとにて。

      
      20190516熱海サンビーチ25


      20190516熱海サンビーチ26




こちらも探すのに苦労した、山田湯。
その建物の階段。

      20190516熱海サンビーチ23


      20190516熱海サンビーチ24

地元では有名な共同浴場らしい。

びいすけ を連れて来ちゃったから、温泉には入りませんでした。




お昼は、熱海の町を歩いていて、偶然見つけたお店(海鮮丼屋)で
テイクアウトした、日替わりのオススメ品のしらす丼。
確か500円だったっけ?

      20190516熱海サンビーチ28


熱海市役所前に日除けの付いたテーブルベンチがあって
そちらをちょっぴりお借りして、頂きました。

美味しかったなぁ。





2019/07/15 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう!..................静岡県熱海市 (2019年5月16日)(静岡県熱海市) 

5月16日

この日は、日帰りで伊豆に行って来ました。
主たる目的は熱海の観光(?)。
(その前に伊東市に足を伸ばしてはいましたが.........)

熱海市では、現在2種類のマンホールカードを発行、配布しています。
マンホールカードコレクターとしては、集めない訳にはいきません。

と言う事で、熱海市のマンホールカードです。


まずは、1種類目。
通称、熱海市A。

配布先は、熱海市役所 2号館 2階 下水道課窓口。

      20190516マンホール熱海01



そこには、見本のカラーマンホールも置かれています。

      20190516マンホール熱海02



カードを貰ったら、実物のマンホールの確認です。
国道135号線沿いの『貫一・お宮の像』の近くだと
市役所の職員の方に教えて頂きましたが、そちらとは別に
熱海サンビーチの駐車場前の交差点の横断歩道近くに在りました。

      20190516マンホール熱海03



びいすけ とカラーマンホール蓋。

      20190516マンホール熱海04



そして、マンホールカードもコラボレーション。

      20190516マンホール熱海05



こちらが、タイプAのマンホールカード。

      20190516マンホール熱海06




有名な『金色夜叉』をもちーふに熱海の代名詞でもある『貫一・お宮』。
背景には夏の風物詩である熱海の花火大会。
そして市制80周年のマークがデザインされています。

      20190516マンホール熱海07





熱海市にはもう一枚、別なデザインのマンホールカードが配布されています。

通称、熱海B。
配布先は、親水公園レインボーデッキ内にある熱海観光協会。

      20190516マンホール熱海08


観光案内所にて、マンホールカードゲット!!

      20190516マンホール熱海09



実物のカラーマンホールはと言うと..................

ちょっぴり離れた場所になるJR来宮駅前のロータリー。

      20190516マンホール熱海10


こちらが、そのカラーマンホール蓋。

      20190516マンホール熱海11


びいすけ とカラーマンホール蓋。

      20190516マンホール熱海12



そして、マンホールカードとのコラボレーション。

      20190516マンホール熱海13



こちらが、そのマンホールカード。

      20190516マンホール熱海14



熱海の市の花である『梅』。温泉地・熱海の『芸妓』。
そして、市制80周年のマークがデザインされたモノです。

      20190516マンホール熱海15


熱海市のマンホールカード、無事2枚ゲットいたしました。




2019/07/15 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅に立ち寄ろう..................道の駅 伊東マリンタウン (2019年5月16日)(静岡県伊東市) 

5月16日

この日は、日帰りで伊豆に出かけました。
伊豆と言っても、伊東市と熱海市。
まあ、伊豆の玄関口とも言える場所になるのかな?

熱海から国道135号線で宇佐美を抜け、
伊東市の市街地へ入るように走ると
国道沿いに大きな道の駅があります。

まあ、伊東近辺に出かけたことのある人だったら
一度は立ち寄った事があるのでは………?

そん事をついつい思っちゃうのが...................道の駅 伊東マリンタウン。

      20190516道の駅マリンタウン01


      20190516道の駅マリンタウン02


かくいう私も、以前は国道135号線を走っていれば
必ず休憩に立ち寄ったものでした。。


とにかく、広い。
案内看板に全ての情報が載りきれない。

      20190516道の駅マリンタウン07


駐車場も広い。

      20190516道の駅マリンタウン03


      20190516道の駅マリンタウン04



通常の道の駅の情報コーナーって、
パンフレットが置かれているだけって言うのが多いけれど、
こちらは、観光案内所がその役を担っている。

      20190516道の駅マリンタウン08



道の駅のスタンプは、その観光案内所に置かれています。

      20190516道の駅マリンタウン09



初めて、びいすけ と泊まりの旅行に来たのが伊豆高原。
その時もこちらでパンフレットを貰って情報を集めたっけ.............。

      20190516道の駅マリンタウン10




施設も何棟もあって、お店も多い。

      20190516道の駅マリンタウン05


      20190516道の駅マリンタウン06


      20190516道の駅マリンタウン11


何せ、レストラン、お土産屋は当然のこと。
シーサイドスパ(温泉施設)から遊覧船乗り場、そしてマリーナと
まるでレジャーランドのようです。


お目当ての道の駅の切符は、シーサイドスパのフロントで販売されていました。

      20190516道の駅マリンタウン12



写真撮影用の看板裏手は遊覧船乗り場。

      20190516道の駅マリンタウン14



右側奥には伊東マリーナ。

      20190516道の駅マリンタウン15



嬉しい事に足湯もあります、

      20190516道の駅マリンタウン16


      20190516道の駅マリンタウン17


犬用の足湯も有るようですが、この日は暑かったので びいすけはパス。

      20190516道の駅マリンタウン18



こちらが、道の駅の切符。

      20190516道の駅マリンタウン19


      20190516道の駅マリンタウン20



そして、道の駅のスタンプ。

      20190516道の駅マリンタウン21


やっぱり、旅の途中で立ち寄る道の駅には、
何とも言えない楽しさがありますね。




2019/07/14 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り..................音無神社 (2019年5月16日)(静岡県伊東市) 

5月16日

この日は、日帰りで伊豆に行って来ました。

伊東市の一碧湖をあとにして、向かった先は..................音無神社。


音無神社は、伊東市音無町に鎮座する神社です。

御祭神は豊玉姫命。

この音無神社は、源頼朝を抜きにしては語れません。

平治の乱後、14歳で伊豆国の蛭ヶ小島に流された源頼朝は、
一時期、伊東の小御所で暮らしていました。
当時、伊豆国伊東(現・静岡県伊東市)の豪族である伊東祐親が頼朝の監視役でした。
しかし、頼朝は祐親の三女、八重姫と恋仲になり、逢瀬の場がこの音無神社でした。、対岸の「ひぐらしの森」は、頼朝

伊東祐親が大番役で上洛している間に頼朝は八重姫と通じ、
やがて八重姫は男子(千鶴丸)を生んでしまいます。
祐親は平家の叱責を恐れ、孫である千鶴丸を松川で溺れさせて殺害、
娘・八重姫を江間の小四郎に嫁がせます。
祐親は頼朝追討の兵を向けますが、頼朝は熱海の走り湯権現(伊豆山神社)に身を隠し、
さらに北条時政を頼って難を逃れます。
この北条時政の娘が正妻となる政子です。

頼朝を慕い、忘れられない八重姫は、頼朝を追って蛭ヶ小島に来ますが
頼朝が政子と結婚した事を知り、入水自殺をしてしまいます。

悲しい結末ですが、頼朝と八重姫の逢瀬の場所として
恋愛のパワースポットとして近年脚光を浴びているようです。



こちらが、社号標。

      20190516音無神社01


幟もはためく音無神社。

      20190516音無神社02


ちょっぴり、光の加減で暗いけど鳥居。

      20190516音無神社03



手水舎。

      20190516音無神社07


こちらが、拝殿。

      20190516音無神社04


      20190516音無神社05


別のアングルからの拝殿。      

      20190516音無神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190516音無神社09



扁額の両脇には、穴の開いた柄杓。

      20190516音無神社10

音無神社は安産の神様でもあり、
穴の開いた柄杓を奉納すると安産の御利益があるとされています。



実は、昨年の3月に参拝に訪れていますが
その時に宮司さんが不在で御朱印をいだだけなかった神社。
( その時の記事は こちら

今回は、事前に電話を入れておいたので、宮守(?)の方とお会いすることが出来ました。

ちょうど境内を掃除されていて、びいすけ も暖かく迎えていただきました。

      20190516音無神社11



ちゃっかり、オヤツまで貰う びいすけ 。

      20190516音無神社12


宮守さんに御神木の説明をして頂きました。

      20190516音無神社13


見る場所が変われば見方も変わって来る。
視点が変われば、受け止め方も変わって来る。
そんな単純な事に新たな発見がありました。

      20190516音無神社14




こちらが、音無神社の御朱印。

      20190516音無神社15


宮守(で良いんだよね? 宮司だったのかな? 本人は管理人って言ってだけど.........)さんに
拝殿の中にまで入れて頂き、頼朝談義までしちゃって、
非常に貴重な体験をさせて頂きました。
ありがとうございました。



2019/07/14 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ロケ地巡礼(?)..................一碧湖に行ってみた。 (2019年5月16日)(静岡県伊東市) 

5月16日

この日は、日帰りで伊豆へ出かけました。

3月末に『熱海に連れてって!』と言う妹の もっちゃん のリクエスト。
旅行の時や実家に帰った時に、びいすけ共々お世話になっているので
たまには、リクエストにお応えするのも良いでしょう。

当初は熱海の予定でしたが、お隣の伊東市に足を伸ばしてみました。
向かって先は..................一碧湖。


一碧湖は伊豆東部火山群の一つであり、十数万年に及ぶその火山活動の中で
火山の火口に水が溜まったものとされています。

伊東八景にも選ばれた伊東市の観光地。
そんな一碧湖で某アイドルグループの写真集(?)のロケが行われたらしい。

そうです。
ミーハー兄妹、そしてその飼い犬。
2人と1頭が一碧湖を一周します。

一碧湖は、ひょうたん型をした沼のようなもの。
県道の橋で『大池』と『沼池』に別れます。
県道沿いの空き地(車が5台ぐらい停められます)に車を停めて
一碧湖一周の散策に向かいます。

      20190516一碧湖01



実は、一碧湖には びいすけ と一緒に2回来ています。
確か、30分か40分でぐるっと1周出来るから
そんなに大変な道中でもない。

      20190516一碧湖02



遊歩道を軽快に闊歩する びいすけ 。

      20190516一碧湖03


      20190516一碧湖04


前方にボート乗り場。

      20190516一碧湖05



どうやら、この辺りで撮影は行われたようです。

      20190516一碧湖29



すぐ近くには、コーヒーカップ。

      20190516一碧湖06



こちらも、撮影ポイントだったらしい。

      20190516一碧湖07


      20190516一碧湖08




ボート乗り場。

      20190516一碧湖09



そう言えば、ボートなんて.........

もう、何十年も乗っていない。

      20190516一碧湖10

もちろん、この日も乗るつもりはありません(笑)。



一碧湖のロケ地巡りは、ここまで。


引き続き、一碧湖の湖畔をぐるっと回ります。

      20190516一碧湖11


木立の中、新緑の道を進みます。

      20190516一碧湖12

秋になると、これが見事に色付いて..................
おススメは、やっぱり秋の紅葉の時期ですね。


ボート乗り場の対岸辺り。
近くには、一碧湖神社があり、四阿も在る。

      20190516一碧湖13


この日は、朝早くからの移動だから、ベンチテーブルをお借りして
おにぎりタイム。

      20190516一碧湖14



父さんの食べるおにぎりを欲しがる びいすけ 。

      20190516一碧湖15


『ちょこっとだけだよ!』と言いながら、
具の無い白飯を与えるダメ飼い主(笑)。

      20190516一碧湖16



こちらも、ダメ飼い主(笑)。

      20190516一碧湖17


具無し、海苔付き、見た目おにぎり を貰って、ご機嫌な びいすけ 。

      20190516一碧湖18


      20190516一碧湖19


      20190516一碧湖20



朝からテンションが高い。

      20190516一碧湖21



お腹も満たされたから、散策は続きます。

      20190516一碧湖24



確か、この辺りに与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑があったはず。
そんな事を思いながら芝生園地を進みます。

      20190516一碧湖22


      20190516一碧湖23


芝生を我がもの顔で進む びいすけ 。

      20190516一碧湖25



久しぶりの芝生にテンションも高めかな?

      20190516一碧湖26



でも、やっぱり一碧湖をバックに写真を撮らなきゃ!

      20190516一碧湖27



という事で、今回の一碧湖の一押しはコレ。

      20190516一碧湖28


伊東市は毎年必ず来ていたけれど、
常宿だったサンロードが休業しちゃったから
足が遠のいちゃうんだよね。

次に一碧湖に来るのはいつになるんだろう。








2019/07/13 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ.................Swatch  (2019年5月13日) 

5月13日

毎週、月曜日に着け替えている腕時計。
今週は、こちら ↓

      20190513swatch01


先週に続き、今週もSwatch。

ご存知、スイスの時計会社のSwatch。
日本製クォーツ時計から、そのシェアを奪い返すことを意図して開発され、
1983年に発売した時計メーカーです。

ABS樹脂のボディーに直接ムーヴメントをはめ込んだシンプルな構造と
低価格での販売、そして特徴あるデザインをコンセプトに、
発売当初からファッション界と同様に、春夏と秋冬コレクションの年2回に多数の新作を発表し
1シーズンのみの販売とし、まさに流行を追う者の心を掴み人気を得た時計メーカーです。

数多くのデザインのモデルを輩出したSwatchの自動巻の腕時計です。



数あるSwatchのモデルの中でも、自動巻はそんなに多くはない。
その中の1本。

      20190513swatch02


      20190513swatch03



ベルトは革製だけど、10年以上前のモデルのオリジナル。
経年劣化は否めない。

      20190513swatch04

Swatchの場合、ベルトが汎用品を流用出来ないから、
ベルトが壊れたら、ちょっぴり面倒。
実は所有しているSwatchで、ムーブメントは絶好調なのに
塩ビのベルトが切れてしまって、ジャンクになっているモノもあります。


ABS樹脂のケースは、表面裏面ともにスケルトン。

      20190513swatch05



本当はスケルトンってあんまり好きじゃないんだけど
Swatchはスケルトンデザインが多い。

      20190513swatch06



では、腕に着けてみましょう。

      20190513swatch07



久しく使ってなかったから、ベルトが硬い。

      20190513swatch08

しばらく使っていれば柔らかくなるんだろうか?

とは言え、ベルトの劣化は間違いないから大切に使う事にしましょう。


2019/07/13 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根川河口堰 (2019年5月11日)(千葉県香取郡東庄町) 

5月11日

この日は、香取市の廃校巡りをしていました。
廃校巡りを終え、帰途に着こうとしましたが、
香取市の隣の東庄町で天皇御在位30周年記念のダムカードが手に入る。

せっかくお隣の香取市まで来ているんだから
このまま帰ったんじゃ、もったいない。

という事で、立ち寄った先は…………利根川河口堰。


実は、利根川河口堰は以前訪れた事があります。
その時もしっかりダムカードを貰って帰りました。
(その時の記事は こちら


千葉県と茨城県の県境でもある利根川。

千葉県の東庄町と茨城県の神栖市を繋ぐ利根川大橋。
この利根川大橋が利根川河口堰でもあります。

      20190511利根川河口堰01


利根川河口堰は、昭和46年)1月に竣工した利根川を仕切る堰(河口堰)です。




千葉県側の河口堰下流側より。

      20190511利根川河口堰02



河口堰上流側。

      20190511利根川河口堰03


      20190511利根川河口堰04



280mmの望遠でズームアップ。

      20190511利根川河口堰05



こちらが、利根川河口堰管理事務所。

      20190511利根川河口堰06

ダムカードは、こちらで貰えます。


ダムカードの場合、平日配布が殆どと言えるんですが
こちらの管理事務所では、土日祝日でも警備の方が対応してくれるようです。

無事、ダムカードも頂く事が出来ました。

      20190511利根川河口堰07



管理事務所の前には、利根川河口堰の記念碑。

      20190511利根川河口堰08



こちらが、利根川河口堰の『天皇陛下在位三十周年記念』のダムカード。

      20190511利根川河口堰09


      20190511利根川河口堰10


千葉県下では、こちらの利根川河口堰以外に
北千葉導水路、長柄ダム、東金ダムでも記念のダムカードが貰えるらしい。

頑張って集めちゃおうかな?(笑)。






2019/07/12 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................八都小学校 (2019年5月11日)(千葉県香取市) 

5月11日

この日は、香取市に出かけました。

香取市は平成18年に、佐原市、小見川町、山田町、栗源町が合併されて誕生した市ですが
今年の春に旧・山田町域の5つの小学校が統合され、
新たに山田小学校が開校し、
5つの小学校は廃校となってしまいました。

と言うことで、旧・山田町域の廃校巡りです。


八都第二小学校をあとにして、向かった先は………香取市立八都小学校。


八都小学校は、

明治7年     川上地区の高木賢造氏が師範学校小学校師範科を卒業し自費をもって校舎 を創設。
         備品、器具を備え川上学舎と称す。
明治9年     公立川上小学校となる。
明治16年    公立協成小学校開校。
         現在地に移転この日を創立記念日とする
明治20年     小学校令により尋常科設置
大正2年     八都尋常高等小学校と改称し、高等科設置
昭和10年     仁良・田部の小学校を合併し八都尋常高等小学校とする。
         田部は廃校、仁良は6学年までの分校として残る
昭和22年     学制改革により八都村立八都小学校と改称する。
昭和29年     八都村、府馬町、山倉村が合併し山田町となる。
          山田町立八都小学校と改称する。
昭和30年     仁良分校独立し八都第二小学校となる
平成18年     佐原市、山田町、小見川町、栗源町が合併し、香取市誕生。 
          香取市立八都小学校となる




と、このような沿革となっています。



こちらが、八都小学校の正門。

      20190511八都小学校01



門柱の表札。

      20190511八都小学校02



正門から校舎へ向かいます。

      20190511八都小学校03



校舎への導線の左側。
花壇や池があります。

      20190511八都小学校04



その一角に建つ記念碑。

      20190511八都小学校05

お目当ての閉校(廃校)記念碑です。


その近くには、こんな碑も。

      20190511八都小学校06

碑文が読めません。



校舎の前にはさらに別な門扉。
しっかり施錠されていて、中には入れません。

      20190511八都小学校07



残念ですが、門扉越しに写真を撮ります。

校舎。

      20190511八都小学校08


      20190511八都小学校09


      20190511八都小学校10


      20190511八都小学校19


      20190511八都小学校20


校庭。

      20190511八都小学校11


      20190511八都小学校16



校庭の遊具類。

      20190511八都小学校12


      20190511八都小学校13


      20190511八都小学校14


      20190511八都小学校15


      20190511八都小学校17




先程の門扉の脇に建つのは体育館。

      20190511八都小学校18



フェンス越しに眺めただけで中に入れなかったから
ちょっぴり不満はあるけれど、綺麗な小学校でした。




2019/07/12 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................八都第二小学校 (2019年5月11日)(千葉県香取市) 

5月11日

この日は、香取市に出かけました。

香取市は平成18年に、佐原市、小見川町、山田町、栗源町が合併されて誕生した市ですが
今年の春に旧・山田町域の5つの小学校が統合され、
新たに山田小学校が開校し、
5つの小学校は廃校となってしまいました。

と言うことで、旧・山田町域の廃校巡りです。


旧・府馬小学校跡をあとにして、向かった先は..................香取市立八都第二小学校


八都第二小学校は、

明治10年     香取郡神生村に共立神生小学校を創設する。
明治15年     仁良分校設立,本校を八本村大経院に移す。
明治16年     共和小学校と改称し、3月に校舎を神生村に新築する。
明治22年     町村制施行に伴い、小見村、竹ノ内村、川上村、高野村、神生村、
         米之井村、田部村、仁良村の8ヶ村が合併して八都村が発足。
         仁良小学校と合併し、共立尋常小学校と改称する。
大正2年      八都第二尋常小学校と改称する。
昭和10年     村内小学校と合併し,八都尋常高等小学校の第二部校と称す。
昭和22年     学制改革により、八都村八都小学校第二部校となる。
昭和29年     八都村、府馬町、山倉村が合併して山田町が誕生。
山田町立     八都小学校第二部校となる。
昭和30年     八都小学校より独立、山田町立八都第二小学校と改称する。
平成18年     山田町が佐原市、小見川町、栗源町と合併して香取市が誕生。
香取市立     八都第二小学校と改称する。
平成31年     旧・山田町域の小学校を統合して山田小学校が開校。
         八都第二小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、八都第二小学校の正門。

      20190511第二八都小学校01



表札もまだ新しい。

      20190511第二八都小学校02



門柱に閉校(廃校)記念のプレートが埋め込まれ
記念碑としています。

      20190511第二八都小学校03



正門近くの金網のフェンスには、『 82魂 永遠に 』の横断幕が貼られています。

      20190511第二八都小学校04

82って、おそらく1982年のことでしょう。
1982年って昭和57年。
昭和57年生まれの卒業生?
それとも昭和57年の卒業生?
気になるところです。



こちらが校舎。

      20190511第二八都小学校05



別アングルから。

      20190511第二八都小学校07


      20190511第二八都小学校08


      20190511第二八都小学校09



校舎正面玄関。

      20190511第二八都小学校10



正面玄関には校章が掲げられていました。

      20190511第二八都小学校11



こちらは、体育館。

      20190511第二八都小学校12



校庭。

      20190511第二八都小学校22



校庭の遊具類。

      20190511第二八都小学校13


      20190511第二八都小学校14


      20190511第二八都小学校15


      20190511第二八都小学校16


      20190511第二八都小学校17


      20190511第二八都小学校18


      20190511第二八都小学校19


      20190511第二八都小学校20


      20190511第二八都小学校21




校庭の片隅には創立百周年の碑。

      20190511第二八都小学校23




百葉箱も在りました。

      20190511第二八都小学校24



忘れ去られたかのように、サッカーゴールと朝礼台。
校庭の奥の隅っこに置かれていました。

      20190511第二八都小学校25


どちらかと言うと、山深い台地に建つ小学校のようにも感じる八都第二小学校。
この小学校もひっそりと忘れ去られてしまうのだろうか…………?



2019/07/11 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................旧・府馬小学校 跡(2019年5月11日)(千葉県香取市) 

5月11日

この日は、香取市にやって来ました。

廃校巡りで訪れた 府馬小学校で閉校記念碑の裏面に沿革が刻まれていました。
よく見ると、府馬小学校は昭和63年に移転をしているようだ。
と、言う事は旧・校地はどうなっている?

気になり出すと、抑えきれない悲しい性分(笑)。
探して行ってみるしかないでしょう?


今年の春に廃校となった府馬小学校は、

明治8年      府馬村の修徳院を仮校舎として第36番中学区の府馬小学校を開校する。
明治20年      尋常小学校を設置し、府馬尋常小学校と改称する。
明治28年      高等小学校を併置し、府馬尋常高等小学校と称する。
昭和22年      学制改革により府馬町立府馬小学校と改称する。
昭和29年      府馬町、八都村、山倉村が合併し山田町が発足。
            山田町立府馬小学校と改称する。
昭和63年      山田町府馬3492-4番地(現在地)に移転。
平成18年      山田町、佐原市、小見川町、栗源町が合併して香取市が発足。
            香取市立府馬小学校と改称する。
平成31年      旧・山田町域の小学校を統合して山田小学校が開校。
            府馬小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。
確かに、昭和63年に校地を移転している。
ならば、修徳院なるお寺の近くになる校地を探してみましょう。


修得院の隣には、府馬保育園があり、
そちらが、旧・府馬小学校の校地になります。
まあ、簡単に言えば、『旧・府馬小学校跡地に府馬保育園が出来た』と言うことになります。


こちらが、府馬保育園。

      20190511旧・府馬小学校跡01


その正門になります。

      20190511旧・府馬小学校跡02

この日は、土曜日。
保育園も休みのようで、門扉は固く閉められています。


フェンス越しに眺める保育園。

      20190511旧・府馬小学校跡03

たまたま通りかかった御老人に府馬小学校の事を訊いてみたら
間違いなく、府馬保育園のある場所が旧・府馬小学校の敷地だと言う事です。

但し、旧・府馬小学校の敷地の全てが保育園になった訳ではなく、
その大部分が保育園になりましたが、一部は公園となっているようです。



こちらが、その公園。

      20190511旧・府馬小学校跡04


じゃ〜ん!!

      20190511旧・府馬小学校跡05


公園には、『府馬小学校跡』と記された碑が建っていました。

      20190511旧・府馬小学校跡06


      20190511旧・府馬小学校跡07

間違いなく、この地が昭和63年まで府馬小学校でした。



公園と保育園は、金網のフェンスでは遮られ、中には入れません。

      20190511旧・府馬小学校跡08



公園から眺める保育園。

      20190511旧・府馬小学校跡09


こんな感じで校舎は建っていたんでしょうか?

      20190511旧・府馬小学校跡10


公園そのものは、そんなに広くはない。

      20190511旧・府馬小学校跡11


公園にさっそうと聳えるイチョウの木。

      20190511旧・府馬小学校跡12

きっと、旧・府馬小学校のシンボルツリーだったんだろう..................。






2019/07/11 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................府馬小学校 (2019年5月11日)(千葉県香取市) 

5月11日

この日は、香取市に出かけました。

香取市は平成18年に、佐原市、小見川町、山田町、栗源町が合併されて誕生した市ですが
今年の春に旧・山田町域の5つの小学校が統合され、
新たに山田小学校が開校し、
5つの小学校は廃校となってしまいました。

と言うことで、旧・山田町域の廃校巡りです。


第一山倉小学校をあとにして、向かった先は..................香取市立府馬小学校



府馬小学校は、

明治8年      府馬村の修徳院を仮校舎として第36番中学区の府馬小学校を開校する。
明治20年      尋常小学校を設置し、府馬尋常小学校と改称する。
明治28年      高等小学校を併置し、府馬尋常高等小学校と称する。
昭和22年      学制改革により府馬町立府馬小学校と改称する。
昭和29年      府馬町、八都村、山倉村が合併し山田町が発足。
            山田町立府馬小学校と改称する。
昭和63年      山田町府馬3492-4番地(現在地)に移転。
平成18年      山田町、佐原市、小見川町、栗源町が合併して香取市が発足。
            香取市立府馬小学校と改称する。
平成31年      旧・山田町域の小学校を統合して山田小学校が開校。
            府馬小学校は廃校となる。


と、このような沿革となっています。



こちらが、府馬小学校の正門。

      20190511府馬小学校01



こちらも、表札は健在。

      20190511府馬小学校02



正門脇には、看板。

      20190511府馬小学校03

『府馬っ子魂、永遠に』
泣かせる言葉ですね。



正門のすぐ裏手には、二宮像。

      20190511府馬小学校04


      20190511府馬小学校05



そして、記念碑も並ぶ。

      20190511府馬小学校06



その一つは、校歌の碑。

      20190511府馬小学校07


そして、真打ち登場。
閉校(廃校)記念碑です。

      20190511府馬小学校08



こちらが、校舎。

      20190511府馬小学校09


別アングルから。

      20190511府馬小学校10


      20190511府馬小学校11


      20190511府馬小学校12


校舎正面の玄関。

      20190511府馬小学校14



玄関上部の壁面には校章。

      20190511府馬小学校15




校庭

      20190511府馬小学校13


校庭の一部には、芝生の代わりにシロツメ草が生い茂っています。
その上を闊歩する びいすけ 。

      20190511府馬小学校22

ちょっぴり、嫌な予感。


予感的中。

      20190511府馬小学校23


シロツメ草に背中をスリスリして
『ウゲッ! ウゲッ!』と奇声を発する びいすけ 。

      20190511府馬小学校24

気持ちが良いのかな?
こればっかりは良く分からない。
毎回、疑問です(笑)。



校庭の遊具類。

      20190511府馬小学校16


      20190511府馬小学校17


      20190511府馬小学校18


      20190511府馬小学校19


      20190511府馬小学校20



校庭の片隅には、朝礼台。

      20190511府馬小学校21

もう、この朝礼台も日常的に使われる事も無いんだよなぁ..................。










2019/07/10 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................第一山倉小学校 (2019年5月11日)(千葉県香取市) 

5月11日

この日は、香取市に出かけました。

香取市は平成18年に、佐原市、小見川町、山田町、栗源町が合併されて誕生した市ですが
今年の春に旧・山田町域の5つの小学校が統合され、
新たに山田小学校が開校し、
5つの小学校は廃校となってしまいました。

と言うことで、旧・山田町域の廃校巡りです。


偶然見つけた山倉中学校址をあとにして、向かった先は..................香取市立第一山倉小学校。


第一山倉小学校は、

明治11年      新里・鳩山・桐谷の三村が連合して新里村字南万蔵院本堂に新里学校を仮設・開校する。
明治13年      新里村東勝寺本堂に移転する。
明治17年      新里村田端に校舎新築落成する。
明治21年      新里村新里小学校と改称する。
明治44年      小川小学校と合併して、第一山倉尋常髙等小学校と改称する。
昭和22年      学制改革により、山倉村立第一山倉小学校と改称する。
昭和29年      府馬町、八都村、山倉村が合併し山田町が発足。
          山田町立第一山倉小学校と改称する。
平成18年      山田町、佐原市、小見川町、栗源町が合併して香取市が発足。
          香取市立第一山倉小学校と改称する。
平成31年      旧・山田町域の小学校を統合して山田小学校が開校。
          第一山倉小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。


こちらが、第一山倉小学校の正門。

      20190511第一山倉小学校01


はからまだ1ヶ月。
表札は健在。

      20190511第一山倉小学校02



廃校前から地域の避難場所になっているようです。

      20190511第一山倉小学校03


正門脇には二宮像。

      20190511第一山倉小学校04


こうやって二宮像が在るのは嬉しいモノ。

      20190511第一山倉小学校06

やっぱり、小学校には二宮像。
って、昭和のオヤジの感性ですね。

      20190511第一山倉小学校07


      20190511第一山倉小学校



校舎。
正面玄関側より。

      20190511第一山倉小学校09


校舎、校庭側より。

      20190511第一山倉小学校10


      20190511第一山倉小学校11


      20190511第一山倉小学校15


      20190511第一山倉小学校16



こちらは、体育館。

      20190511第一山倉小学校14



校庭。

      20190511第一山倉小学校13



校庭の片隅には、朝礼台。

      20190511第一山倉小学校17



同じく、百葉箱。

      20190511第一山倉小学校12




校庭の遊具類。

      20190511第一山倉小学校18


      20190511第一山倉小学校19


      20190511第一山倉小学校20


      20190511第一山倉小学校21



校庭の片隅にはシンボルツリー。

      20190511第一山倉小学校22


そのシンボルツリーの近くには、かつての正門。

      20190511第一山倉小学校23

古い石造りの門柱。


門から出ると、緩やかな坂道。

      20190511第一山倉小学校24



その坂道を下って行くと..................

ここが、学校入口。

      20190511第一山倉小学校25

かつては、この道が通学路だったんですね。


のどかな場所にある第一山倉小学校。
そして、この通学路はもう使われる事も無くなってしまったようです。




2019/07/10 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................番外編 山倉中学校址 (2019年5月11日)(千葉県香取市) 

5月11日

この日は、香取市の旧・山田町域の廃校を巡っていました。

山倉小学校をあとにして、第一山倉小学校へと向かっていると
進行方向左手側に石碑が目に留まった。

『 あれ?! 忠魂碑っぽく見えるけど、何だろう? 』

     20190511山倉中学校址01

車を停めて近づいてみると、招魂碑でした。

忠魂碑は、明治維新以降、日清戦争や日露戦争をはじめとする戦争や事変に出征し戦死した、地域出身の兵士の記念のために製作された記念碑。
招魂碑は、戦死者の慰霊碑。日露戦争前には記念碑,招魂碑と呼ばれるものが建てられたが,
日露戦争以後は、忠魂碑として日本全国に普及していきました。
要するに、同じモノなんですね。

『ってことは、ココは学校跡?』


招魂碑の右方向近くに、別な碑が在りました。

     20190511山倉中学校址02



よく見ると..................

     20190511山倉中学校址03

『山倉中学校址』と刻まれています。


どうやら、偶然に旧・山田町立 山倉中学校跡地を見つけてしまったようです。


旧・山田町立 山倉中学校は、

昭和22年学制改革により山倉村立山倉中学校創立。
昭和29年府馬町、八都村、山倉村が合併して山田町が誕生。
山田町立山倉中学校と改称する。
昭和55年山倉中学校、府馬中学校、八都中学校が統合して山田町立山田が誕生。
山倉中学校、府馬中学校、八都中学校は廃校となる。

と、このような沿革のようです。



『山倉中学校址』碑の隣には、山倉中学校の『校歌の碑』。

      20190511山倉中学校址04



裏面の碑文は汚れていて、ちょっと判読が難しい。

      20190511山倉中学校址05



招魂碑の左側には、何かの施設。

      20190511山倉中学校址06



『北総東部土地改良区』と記された表札。

      20190511山倉中学校址07



どうやら、公設の土木関係事務所のようです。
山倉中学校が廃校後、敷地の一部に建てられたようです。

      20190511山倉中学校址08


      20190511山倉中学校址09


土木事務所(?)の裏手はグランドのようです。

      20190511山倉中学校址10



野球のグランドの他に、ゲートボール場、テニスコートもあります。

      20190511山倉中学校址11


      20190511山倉中学校址12



『山倉運動広場』と公衆トイレには書かれていました。

      20190511山倉中学校址13



どうやら、廃校後に敷地は色々と活用されているようですね。


山倉運動広場の隣は特養ホーム?

      20190511山倉中学校址14



隣接する敷地だから、ひょっとしたら山倉中学校の敷地の一部だったのだろうか?

      20190511山倉中学校址15



日立のCMにでも出てきそうな立派な木。

     20190511山倉中学校址16


ひょっとしたら、山倉中学校のシンボルツリーだったのでは?
などと空想が勝手に歩き始める廃校巡り。

偶然とは言え、貴重な廃校跡に出会えました..................。





2019/07/09 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................山倉小学校 (2019年5月11日)(千葉県香取市) 

5月11日

この日は、香取市に出かけました。

香取市は平成18年に、佐原市、小見川町、山田町、栗源町が合併されて誕生した市ですが
今年の春に旧・山田町域の5つの小学校が統合され、
新たに山田小学校が開校し、
5つの小学校は廃校となってしまいました。

と言うことで、旧・山田町域の廃校巡りです。


最初に訪れたのは、..................香取市立山倉小学校。



山倉小学校は、

明治8年      東泉寺に山倉学舎を開校する。
明治10年     公立小学校となる。
明治20年     山倉村立山倉尋常小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により山倉村立山倉小学校と改称する。
昭和29年     府馬町、八都村、山倉村が合併し山田町が発足。
           山田町立山倉小学校と改称する。
平成18年     山田町、佐原市、小見川町、栗源町が合併して香取市が発足。
           香取市立山倉小学校と改称する。
平成31年     旧・山田町域の小学校を統合して山田小学校が開校。
           山倉小学校は廃校となる。


と、このような沿革となっています。



こちらが、山倉小学校の正門。

      20190511山倉小学校01


      20190511山倉小学校02


廃校からまだ1ヶ月。
表札も健在。

     20190511山倉小学校03


校庭と校舎全景。

     20190511山倉小学校04


     20190511山倉小学校05



別アングルからの校舎。

     20190511山倉小学校06


      20190511山倉小学校07


      20190511山倉小学校08


      20190511山倉小学校09


      20190511山倉小学校10




こちらは、体育館。

      20190511山倉小学校11



校舎前には二宮像。

      20190511山倉小学校12

      20190511山倉小学校13


      20190511山倉小学校14



こちらは、校舎落成記念碑。

      20190511山倉小学校15

表面には校歌が刻まれ..................


裏面には、簡略な沿革が刻まれています。

      20190511山倉小学校16



そして、こちらに真打ち登場。

閉校(廃校)記念碑です。

      20190511山倉小学校17



こちらには、しっかりと沿革が刻まれています。

      20190511山倉小学校18



校庭の片隅には百葉箱。

      20190511山倉小学校19
 


その脇には忠魂碑。

      20190511山倉小学校20

この忠魂碑は、古くからの小学校の証し。
明治期から移設も無く、この地に根を張った小学校のようです。


校庭の朝礼台。

      20190511山倉小学校21



校庭。

      20190511山倉小学校22



校庭の遊具類。

      20190511山倉小学校23


      20190511山倉小学校24


      20190511山倉小学校25


      20190511山倉小学校26


チーバくんもお出迎えしてくれる山倉小学校。
でも、今は迎える子どもたちも居ない、静かな廃校です..................。






2019/07/09 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ.................swatch (2019年5月6日) 

5月6日 

毎週、月曜日に着け替えている腕時計。

今週は、こちら ↓

      20190506swatch01


swatch

ご存知、スイスの時計会社のSwatch。
1960年代から1970年代までに市場を席巻した日本製クォーツ時計から
シェアを奪い返すことを意図して開発され、1983年に発売した時計メーカーです。

ABS樹脂のボディーに直接ムーヴメントをはめ込んだシンプルな構造と
低価格での販売、そして特徴あるデザインをコンセプトに、
発売当初からファッション界と同様に、春夏と秋冬コレクションの年2回に多数の新作を発表し
1シーズンのみの販売とし、まさに流行を追う者の心を掴み人気を得た時計メーカーです。

数多くのデザインのモデルを輩出したSwatchの自動巻の腕時計です。


確かに、20年以上前に職場でもSwatchの時計が流行っていました。
値段もそんなに高くなく、ポップなデザインが多く
どちらかと言えば、休日の日に使う腕時計って言うイメージでした。

そして、ABS樹脂のボディーに直接ムーヴメントをはめ込んだシンプルな構造が
安っぽい感じがして、当時はあまり興味がありませんでした。

時が変われば趣向も変わる。
今では、当時の新品は手に入らないから
やはり、ヤフオクで中古になりますが、何本か手に入れ、
こちらは、その1本。

      20190506swatch02


      20190506swatch03


Swatchの場合、ベルトの取り付け部の形状が独特のため、
一般の市販品(社外品)のベルトを取り付けると言うことが出来ないため
ベルトが壊れたら、大変です。

実は、そんなSwatchも何本かあって、埃を被っています。

      20190506swatch04


ケース裏蓋も透明なABS樹脂。

      20190506swatch05

いわゆるスケルトン。
中のムーブメントもしっかり確認出来ます。


オリジナルの革バンドが経年劣化がかなりヤバそう。
恐る恐る腕に着けてみましょう。

      20190506swatch06


      20190506swatch07

たまに使ってみるSwatchもなかなか良いですなぁ。
革バンドがヘタってきているから大事に使おう。


さぁ、今週も頑張りましょう!!


2019/07/08 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit