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び・び・びのびいすけ

マンホールカードを集めよう...............茨城県石岡市 その② (2018年5月22日)(茨城県石岡市) 

5月22日

この日は小美玉市に出かけ、その帰りに石岡市に立ち寄りました。


高浜神社をあとにして向かった先は、石岡市の市街地。
中心部にある 『まち蔵 藍』 。


石岡市では、平成28年の12月より2種のマンホールカードを配布しています。
そのカードの一つが、『まち蔵 藍』で配布されています。

実は、今年の1月に一度訪れているのですが
その日は定休日の木曜日。
定休日のことを頭に入れてなかったので、
その日は空振り。本日の再訪となった訳です。



こちらが、『まち蔵 藍』。

      20180522マンホール石岡②01

『まち蔵 藍』と呼んでいるようですが、看板には丁字屋。
 屋号でしょうか?


店内には駄菓子が置かれていて、昔の駄菓子屋ですね。


簡単なアンケートを記入して、マンホールカードいただきました。

      20180522マンホール石岡②02



入口のガラス戸には、マンホールカードの案内。

      20180522マンホール石岡②03

カードを並べて.............ゲットだぜ!(笑)。



そして、マンホールカードのモデルになったカラーマンホールは
『まち蔵 藍』から30mぐらい先。
お隣りの金比羅神社の白い鳥居の前の歩道に設置されています。

      20180522マンホール石岡②04



マンホール見っけ!

      20180522マンホール石岡②05


      
びいすけ とカラーマンホールとマンホールカード。
一緒にパチリ☆。

      20180522マンホール石岡②06



石岡のこの辺りは旧街道。
昭和の風情を残した古い建物も残っています。

      20180522マンホール石岡②07



こちらが、本日のマンホールカード。
石岡市(A001)

      20180522マンホール石岡②08


      20180522マンホール石岡②09

マンホールのデザインは、毎年9月に祭行される「常陸國總社宮例大祭」(通称:石岡のおまつり)の
幌獅子をモチーフとしています。
創建千年を誇る古社・常陸國總社宮の最も重要なお祭りです。


さて、これで石岡市のマンホールカードも2種揃いました。
次は、どこの町でマンホールカードをもらってこようかな?


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2018/07/16 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

高浜神社 (2018年5月22日)(茨城県石岡市) 

5月22日

この日は茨城県の小美玉市に出かけました。
その帰り道、お隣りの石岡市にも立ち寄りました。

茨城百景の 高浜の釣り場 である恋瀬川から
高浜駅に戻る途中に、藁葺き屋根の社殿の神社を見つけたので、
立ち寄ってみる事にしました。


こちらが、その神社の鳥居。

      20180522高浜神社01



鳥居の先には、説明板。

      20180522高浜神社02


その神社は 高浜神社。


高浜神社は、石岡市高浜に鎮座する神社です。

高浜神社は,県道沿いの低地に鎮座し、
古くから高浜の鎮守として尊崇を集めてきたそうです。
その昔、国府が現在の石岡市に置かれ,国司が都から着任すると
当国内の大社に報告のための参拝や,毎年奉幣,祈願に参向する習わしがありました。
常陸国では鹿島神宮が第一大社であったため,
国府の外港である高浜から船で鹿島まで行くことになっていましたが,
天候悪化などで出航できないときは,高浜の渚にススキ,マコモ,ヨシ等の青草で仮殿(青屋)を造り,
鹿島神宮を遥拝して来たそうです。

御祭神は、武甕槌尊。
配祀は月読命、菅原道真。




手水鉢。

      20180522高浜神社03

水が枯れているから、お参りに訪れる人も少ないんでしょう。



こちらが、拝殿。

      20180522高浜神社04

藁葺き屋根とは、ちょっと驚き。


別アングルからの拝殿。

      20180522高浜神社05



こちらが、本殿。

      20180522高浜神社06



これまた、藁葺きの屋根。

      20180522高浜神社07

再び、驚きです。



こちらは、社務所のようですが無人。

      20180522高浜神社08



石祠。

      20180522高浜神社09



こちらにも末社と思われる石祠。

      20180522高浜神社10


      20180522高浜神社11



力石。

      20180522高浜神社12



本殿裏手の参道口の鳥居。

      20180522高浜神社13



こちらは、弁財天?
はたまた水神社?

      20180522高浜神社14

人工池の中に祠が建っています。


『高浜の海』の説明板。

      20180522高浜神社15


常陸国の人々にとって、筑波山の他にこの高浜の海も
霊感あらたな場所であったようです。


創建時期など不詳ですが、この藁葺きの社殿を見ただけでも
長い歴史を感じてしまう高浜神社。

こんな神社もあったんだと、思い知らされました。




2018/07/15 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 高浜の釣り場 》(2018年5月22日)(茨城県石岡市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけていました。

小美玉市からの帰り道。
石岡市を通過して、佐倉の自宅へと向かいます。
そう言えば、石岡市でも数ヶ所気になっていた場所がある。
せっかくだから、立ち寄って行きましょう。


と言うわけで、立ち寄った先はJR常磐線 高浜駅。
実は、この高浜駅前に茨城百景の碑が在ると言うことです。


駅前のロータリー(?)の片隅に碑を発見!

      20180522高浜の釣り場02



『 茨城百景 高浜の釣り場 』としっかり刻まれています。

      20180522高浜の釣り場01



碑の脇には、周辺の観光案内図。

      20180522高浜の釣り場03

ちょっと古いけれど、参考になります。


とにかく、釣り場と言うからには水辺。
水辺に行かなきゃ話にならない。
先程の地図によれば、近くに恋瀬川が流れ
それが、霞ヶ浦に流入している。
昭和20年代には、恋瀬川は格好の釣り場だったのでしょうか?


恋瀬川目指して歩いてみましょう。

      20180522高浜の釣り場04

初めての場所だから、匂い嗅ぎに夢中な びいすけ のペースに合わせ
恋瀬川方面へと進みます。

10分ほど歩けば、恋瀬川の堤防に出ました。

      20180522高浜の釣り場05



茨城百景が選定されたのが、昭和25年。
あれから、かなりの年月が経ったから景色も様変わりしている事でしょう。


恋瀬川に架かる、こんな橋も無かった事でしょう。

      20180522高浜の釣り場06


      20180522高浜の釣り場07



護岸も改修されて、きっと往時とは変わっているかと思うけれど、
これが、茨城百景 高浜の釣り場 です。

      20180522高浜の釣り場08



茨城百景全てを巡り切るのは、かなり難しいとは思うけれど
一つずつ、クリアしていければ良いなぁ...............。





2018/07/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

乗越神社 (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。


耳守神社をあとにして、向かった先は...............乗越神社


乗越神社は、小美玉市羽鳥に鎮座する神社です。


昭和49年(1947年)京都・伏見の羽束師坐高御産日神社より御分霊を観請し創建。
羽束師坐高御産日神社は、477年の創建とされ、
式内大社として、延喜式にも記載がある古社です。
「むすび」の御神徳が顕著と言われているため
乗越神社も縁結びの神として人気があるそうです。

御祭神は、高皇産霊大神(たかみむすびのかみ)、
神皇産霊大神(かみむすびのかみ)。



社号標は見当たりませんでしたが
道路沿いに看板が建っています。

      20180522乗越神社01



乗越神社の鳥居。

      20180522乗越神社02



社殿前にて。

      20180522乗越神社03


      20180522乗越神社04



社殿正面。

      20180522乗越神社06


      20180522乗越神社05


      20180522乗越神社09



社殿正面に掲げられた扁額。

      20180522乗越神社07



乗越神社の提灯。

      20180522乗越神社08


     
別アングルからの拝殿。

      20180522乗越神社10



こちらは、手水舎。

      20180522乗越神社11



こちらは、神楽殿のようです。

      20180522乗越神社12



境内社。

     20180522乗越神社13


こちらが、社務所。

     20180522乗越神社14

御朱印は、こちらで拝受出来るようですか
なぜか、この日は社務所が無人。
どうやら、宮司さんは外出中のようです。

残念ながら、この日御朱印をいただく事は出来ませんでした。
こんな事もあるでしょう。

また近くに来ることがあったら
その時にでも立ち寄りましょう。






2018/07/14 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............耳守神社 (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。


小川城址をあとにして、向かった先は...............耳守神社


耳守神社は、小美玉市栗又四ケに鎮座する神社です。

地元では「みみっちょ様」と呼ばれている神社で、
全国でも珍しい耳の病に霊験があると言われている神社です。
耳守の名は、平安時代の末期の、平繁盛の孫娘千代姫の耳の病気の伝説に由来するそうです。
「耳がよく通るように」と、竹筒の両端に紐を通した絵馬は、

御祭神は、千代姫命。

こちらが、耳守神社の社号標。

      20180522耳守神社01



鳥居。

      0180522耳守神社02



社殿。

      0180522耳守神社03



手水鉢。

      0180522耳守神社04



狛犬。

      0180522耳守神社05


      0180522耳守神社06



再び、社殿(拝殿)。

      0180522耳守神社07



拝殿正面。

      0180522耳守神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      0180522耳守神社09




拝殿正面には、何やら奉納されています。

      0180522耳守神社10



「耳がよく通るように」と、竹筒の両端に紐を通した絵馬。

      0180522耳守神社11


      0180522耳守神社12

実は、この耳守神社は日本で唯一の耳の病気に効く神社だと言うことです。
そのため、奉納されている竹筒には『耳の病気が治りますように』と言った
願い事が書かれています。


と言うのも耳守神社については、このような民話が伝わるからだそうです。

昔々、今の栗又四ケは平国香(平将門の叔父)の孫の飯塚兼忠によって治められていました。

兼忠には妻と可愛らしい娘がいました。
娘は千代姫と言い、両親からとても大切に育てられていました。
しかし、千代姫は兼忠から話しかけられても返事をしないときがあります。
千代姫は耳が聞こえなかったのです。

兼忠は千代姫が育つにつれ、娘の将来が心配になりました。
また、千代姫も自分が他の人と違うことに気付きはじめました。
そこで、兼忠夫婦は娘のためと覚悟を決めて、
熊野の神様に断食をしながら願掛けをしました。

それから数日すると千代姫が驚いた表情で夫婦のもとにやってきて、
なにかを伝えようとしました。
言葉にできませんでしたが、千代姫の耳はきこえるようになったのです。

千代姫の耳はだれよりも優れていました。
そんな千代姫のことを里の人々は親しみを込めて
「館の耳千代様」と呼んでいました。

千代姫が33歳を迎えると、ささいな病が次第に悪化して
不治の病となってしまいました。
死期を悟った千代姫は「自分が死んだらこの地に神社を建ててください。
わたしはそこで里の人々を耳の病から守りたいのです」
そう両親に伝えると、そのまま息を引き取りました。

その後、千代姫の遺言どおりに神社が建てられ.
『耳守神社』と名付けられました。


なるほど、そう言うことだったんですね。





こちらが、本殿。

      0180522耳守神社13



境内の石祠。

      0180522耳守神社15



神仏習合の名残りか?
青面金剛像。

      0180522耳守神社14




こちらが、耳守神社の御朱印。

      0180522耳守神社16

無人の耳守神社。
本務社の素鵞神社で拝受出来ます。



押し寄せる年波には勝てない。
最近、聴力の衰えを感じなくもない。
お詣りしたから、少しは耳に良くなるのかな?



2018/07/14 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小川城址 (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。


小美玉市の素鵞神社に参拝をいたしました。
実は、素鵞神社が鎮座している台地は、
かつての小川城の城跡でした。


小川城は、別名を園部城とも呼ばれています。
築城時期は定かではありませんが、建久年間(1190年~1199年)に
下河辺政平によって築かれたと言われています。

下河辺氏は藤原秀郷の後裔で下総国葛飾郡下河辺荘の発祥と言い、
政平の嫡男であり政義は、小川氏を名乗り代々と続きます。
室町時代になると小川氏は衰退してしまい、
やがてこの地は、常陸国筑波郡小田邑(現在の茨城県つくば市小田)を本拠とした
小田政治によって、享禄元年(1528年)に家臣の薗部兼泰を小川城主として置き、
対立する大掾氏への備えとしました。

天正年間(1573年~1592年)末期には、佐竹氏の城となり
茂木治良が在城しましたが、
慶長7年(1602年)、関ヶ原の戦いで勝利を収めた徳川家康の命により
佐竹氏が秋田に転封されると茂木氏もこの地を去りました。
その後、戸沢氏の領地てたなりましたが、最終的には水戸藩領となりました。

小川城は現在の小川小学校一帯に築かれていたと言われます。
文献によれば、小学校の南東側に本丸を配し、
北西側に二の丸、北東の小川公民館側に三の丸があったようです。
残念ながら、遺構はほぼ消滅しているようです。




こちらが、小川城の縄張り図。

      20180522小川城址

( 余湖さんのHP よりお借りしました )



こちらが、小川城の大手口。

      20180522小川城址01

碑か何かがあれば良いんだけど、そう言った類いのモノは無い。



びいすけ の背後に見えるのが、小川公民館。

      20180522小川城址02

小川城の三の丸にあたります。


こちらが、公民館入口。

      20180522小川城址03

この奧が三の丸だったんですね。



こちらは、小川小学校正門。

      20180522小川城址04

小川小学校の建つ場所が、小川城の本丸跡。
平日の午後、門扉は閉ざされ中へ入ることは出来ません。
まさしく、攻略不能の本丸です。


正面玄関のロータリーの植え込みの中に
『小川城址』の碑が在るようですが、
残念ながら確認出来ず.............



小学校の裏手に回ってみました。

      20180522小川城址05

授業の最中に、校庭を怪しい男が犬連れで歩いている.........
そんな通報をされても困るから、フェンス越しに眺めるだけ。


かつては校庭の中央には土塁と堀があって
本丸と二の丸とを区画していたようです。
因みに、校舎側が二の丸、校庭側が本丸だったと言う事です。



学校の下。
ちょうど、二の丸の切岸。

      20180522小川城址06


      20180522小川城址07


      20180522小川城址08



素鵞神社脇。

      20180522小川城址09

隣に車道がありますが、ここは本丸と三の丸を隔てる堀跡。


こちらが、その車道。

      20180522小川城址10

何となく、堀跡っぽく見えなくもない。



冒頭の縄張り図で言うところの、台の坊。
土塁らしき土壇が残っています。

      20180522小川城址11


      20180522小川城址12



台の坊の下。
堀跡がのこっています。

      20180522小川城址13



縄張り図で言うところの上宿。

      20180522小川城址14

素鵞神社の社号標が建っています。



廃城になった城郭が神社になっていたり、学校になっていたりするパターンは多い。
この小川城は、完全にそのパターン。
城郭が宅地化されて遺構が無くなってしまった事は残念だけど
城郭跡を示す碑は、もうちょっと考えて建てて欲しかったな。

せめて、校門脇の敷地外(公道上)だったら良かったのに.............



2018/07/13 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............素鵞神社 (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。
手接神社をあとにして、向かった先は...............素鵞神社


素鵞神社は、小美玉市小川に鎮座する神社です。

亨禄2年(1529年)橋本源左衛門、孫左衛門兄弟が
園部川より神像を掬い上げました。
その神像は、兄弟に「吾は是牛頭天王にして陰神、陽神也。
将に当所の鎮守とならん。」と神託を言い渡しました。
翌年、園部城(小川城)主・園部宮内少輔の命により分祭され、
陰神・櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)を城内に、
陽神・素戔鳴命(スサノヲノミコト)が城外にそれぞれ鎮座されました。
当初は、天王宮と尊称していましたが、皇国に恐れ多いこと、神仏混淆の社号であることを理由に
天保年間に、素鵞神社に改められたそうです。
また、明治2年(1869年)、高台の旧小川城外曲輪のあった現在地に遷座したそうです。

御祭神は、素戔鳴命。


こちらが、素鷲神社の社号標。

      20180522素鵞神社01

元々の素鷲神社(天王宮)は、この近くに在ったらしい。
社号標から先は参道でもあるが、小川城(園部城)の登城路でもあったようです。



素鷲神社の鳥居。

      20180522素鵞神社02

鳥居の前に数台停められる駐車スペースがありますが
小学校が隣接しているため、学校関係者(PTA?)の車が占拠状態。



玉垣にも素鷲神社の銘。

      20180522素鵞神社03



見たくもない、看板が目に入りました。

      20180522素鵞神社04

残念。
びいすけ は鳥居前まで。
境内はNGだから、車の中で待機してもらいます。



鳥居をくぐれば参道。

      20180522素鵞神社05



参道口には石碑が建ち並びます。

      20180522素鵞神社06


      20180522素鵞神社07



こちらは、由緒書き。

      20180522素鵞神社08



手水舎。

      20180522素鵞神社09



定番の龍の吐出口。

      20180522素鵞神社10



こちらが、拝殿。

      20180522素鵞神社11



拝殿正面。

      20180522素鵞神社12



拝殿正面の彫刻。

      20180522素鵞神社13



拝殿正面の扁額。

      20180522素鵞神社14



拝殿正面の屋根部。

      20180522素鵞神社17



別アングルからの拝殿。

      20180522素鵞神社15


      20180522素鵞神社16


     
拝殿前の狛犬。

      20180522素鵞神社18


      20180522素鵞神社19



こちらが、本殿。

      20180522素鵞神社20


      20180522素鵞神社21



境内社の稲田姫神社。

      20180522素鵞神社22



こちらが、素鵞神社の隠神にあたります。

      20180522素鵞神社23



元々は、小川城の本丸(現在の小川小学校の敷地内)に鎮座していたそうです。

      20180522素鵞神社24



境内末社。

      20180522素鵞神社25



境内社の稲荷神社。

      20180522素鵞神社26



同じく、境内社の秋葉神社。

      20180522素鵞神社29

本殿の真裏に鎮座しています。



神輿庫

      20180522素鵞神社27



こちらの素鵞神社の例祭は、『祇園祭り』と呼ばれています。

      20180522素鵞神社28

一般に「小川のぎおん」として毎年7月中旬に祭行され、
多くの人々に親しまれており、
一年で最も小川の街が活気に溢れる夏の風物詩となっているそうです。



      
こちらが、授与所。

      20180522素鵞神社30


      20180522素鵞神社31

兼務社を含め、6種の御朱印を拝受出来ます。



御神木。

      20180522素鵞神社32
        20180522素鵞神社33



      20180522素鵞神社34


      20180522素鵞神社35
      20180522素鵞神社36



こちらが、素鵞神社の御朱印。

      20180522素鵞神社37



そして、境内社の稲田姫神社の御朱印。

      20180522素鵞神社38


陽と陰。
二つの神社の御朱印、いただきました〜!!





2018/07/13 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手接神社 (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。

百里神社をあとにして、次なる目的地に移動中に
こんな看板を見かけました。

      20180522手接神社01

日本に1社。
かっぱの神様?
河童の絵も描かれている...........


気になりますねぇ...............


と言うことで、急遽立ち寄った先は...............手接神社

手接神社は、小美玉市与沢に鎮座する神社です。
手接と書いて『てつぎ』と読みます。

創建は、文明13年(1481年)。
芹沢城主・芹沢隠岐守俊幹が祭祀し、
当初は与沢村神橋に鎮座していたそうです。

永正4年(1507年)与沢村上与沢篠原神社の社地に遷座し、
相殿に祭祀し手接神社と称したそうです。

御祭神は、罔象女命(みづはのめのみこと)、大己貴命(おおなむぢのみこと)、
少彦名命(すくなひこなのみこと)の三柱である。


手接神社には、このような伝説が在るそうです。

1465年(寛正6)頃、芹沢村領主・芹沢俊幹が梶無川を通りかかった際に
乗っていた馬の尾を河童に掴まれてしまいました。
俊幹は、刀で河童の手を切り落として難を逃れました。
そして、俊幹は切り落とした河童の手を屋敷に持ち帰りました。

その夜、手首のない河童が俊幹の屋敷にやってきて来ました。
河童は「七郎河童」と名乗り、昼間の非礼を詫び、
「このままでは魚も捕れず、老いた母を養うことも出来ません。
どうか手を返して下さい。手はつなぐことができます。
もし、お返しいただけるなら毎日魚を届けにきます。
そして、先祖から伝わる秘伝の薬の作り方をお教えします」と泣いて懇願しました。

初めは半信半疑だった俊幹も母を思う気持ちに心打たれ、手を返しました。
河童は約束を守り、薬の秘法ときりすね等を俊幹に伝えました。
そして、翌日から2匹の魚が毎日館に届けられるようになりました。

それから数年経ったある日。いつも届けられるはずの魚がありません。
河童を心配した俊幹が川に行くと、川の中に七郎河童の死体が見つかりました。
不憫に思った俊幹は、梶無川のほとりに小さな祠を建てて
「手接大明神」として七郎河童を祀ったそうです。

なるほど、それで河童の神社なんですね。



こちらが、手接神社の社号標。

       20180522手接神社02


漬物工場の脇を歩き、参道口にも社号標。

      20180522手接神社03



参道。

      20180522手接神社04



鳥居。

      20180522手接神社05



鳥居脇には、河童の碑。

      20180522手接神社17



手水舎。

      20180522手接神社07



拝殿前にて。

      20180522手接神社08



拝殿前の狛犬。

      20180522手接神社09


      20180522手接神社10



拝殿正面。

      20180522手接神社11

賽銭箱は置かれておらず、直接拝殿に投げ入れるようになっています。



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180522手接神社12



さらには、別な扁額も飾られています。

      20180522手接神社13



別アングルからの拝殿。

      20180522手接神社14



拝殿脇には、なぜか手袋が奉納されている。

      20180522手接神社15

この手接神社は手の病気を治すと言われており、
手袋を奉納する人が多いみたいです。



こちらが、本殿。

      20180522手接神社16


      
境内社。

      20180522手接神社18


      20180522手接神社19


      20180522手接神社20


      20180522手接神社21


小さな祠も参道沿いに並びます。

      20180522手接神社22


境内の片隅には板碑群。

      20180522手接神社23



とても珍しい河童の神社。
手の病気も治すと伝わる神社。

残念ながら、宮司さんは90歳を越す高齢のため
御朱印は拝受していないらしい。

でも、貴重な神社に参拝する事が出来ました。


2018/07/12 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............百里神社 (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。

羽木上森林公園をあとにして、向かった先は...............百里神社



百里神社は、小美玉市山野に鎮座する神社です。

茨城空港や自衛隊の百里基地に近い場所です。
創建時期、御祭神等の詳細は不明ですが、
一説によれば、その昔には百里原海軍航空隊施設内に
鎮座していたともされているようです。


百里神社の看板が見えて来ました。

      20180522百里神社01



看板に導かれ、左方向へ進むと...............

びっくり!!

      0180522百里神社02

まあ、見事に周りの木々が伐採されている。


ネットで過去に訪れた方々の情報では、
参道入口を探すのも大変なくらいの藪の中と言う話だったが...............



社号標。

      0180522百里神社03

以前は、この社号標も見えないくらいの藪だったらしい。



こちらが、鳥居。

      0180522百里神社04

コンクリート製の鳥居。
基礎部が飛行機の車輪のような独特なフォルム。



そして、こちらが社殿。

      0180522百里神社05

これまた、コンクリート製。


屋根も一部壊れている。

      0180522百里神社06


      0180522百里神社07


      0180522百里神社08



社殿から鳥居方向の眺め。

      0180522百里神社09



少し離れた位置から眺める鳥居と社殿。

      0180522百里神社10


周りの竹や木々を伐採したのは分かるけれど
何か殺伐としていて、荒れ果てた感じがする。



こちらが、百里神社の御朱印。

      0180522百里神社11

航空機(戦闘機)を印にした珍しい御朱印です。


御朱印は、百里神社を兼務している素鵞神社で拝受出来ます。


素鵞神社の宮司さんに百里神社の事を訊いたら

①東日本大震災で社殿が一部壊れたらしい。
②近隣の方々から苦情がきてしまったようで
地主さんが藪状態の敷地の伐採に踏み切ったと言うことです。

でも、ずっとこのままなのかなぁ?



2018/07/12 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

羽木上森林公園 (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。


小美玉市の丸ポストの写真を撮る際に、
丸ポストの場所の近くにある羽木上森林公園の駐車場に
車を置かせて貰いました。

駐車場だけ利用して、森林公園に寄らない訳にはいかないでしょう。
と、言うことで羽木上森林公園に立ち寄りました。


こちらが、羽木上森林公園の入口。

      20180522羽木上森林公園01



公園案内図をチェックします。

      20180522羽木上森林公02

とは言え、自治体によっては森林公園と名が付く公園には
犬連れNGの公園があったりする。

『迷惑をなくしましょう』と言うことは
犬連れ禁止ではない。

      20180522羽木上森林公03



それでは、迷惑をかけないように、森林公園を散歩いたしましょう。

      20180522羽木上森林公04



入口に在った案内図を見る限り、広い芝生があるようなので
芝生広場を目指しましょう。

      20180522羽木上森林公05



木々に囲まれた薄暗い道を歩いていると、いきなり視界が開けた。
ここが芝生広場?
案内図とは位置関係が違う。

      20180522羽木上森林公06

芝生広場だとしても、雑草が生い茂り、
あまり管理が行き届いていないみたい。


案内図を信じて、さらに奥に進んでみます。

      20180522羽木上森林公07



でも案内図が示していた芝生広場へ行く導線が見つからない。

      20180522羽木上森林公08



再び明るくなり、視界が開けたと思ったら...............

      20180522羽木上森林公09

そこには、多くのソーラーパネルが建ち並んでいます。

えっ! 芝生広場が無い!!


YahooマップやGoogleマップの航空写真を見ても
このソーラーパネルの塊は映っていないんだよなぁ。
どうやら、最近建てられたモノなんだろうか?


以前は、この先も森林公園だったはず。
でも、今はフェンスが張られ、立入り禁止ゾーン。



仕方がないから、戻りましょう。

      20180522羽木上森林公10


      20180522羽木上森林公11



再び、森の中を散策します。

      20180522羽木上森林公12



いろんな匂いが混在しているからか?
こう言った雑木林の中を徘徊するのが、 びいすけ は好きみたい。

      20180522羽木上森林公13



平日の午前中。
ましてや、あまり知れ渡っていない森林公園。
訪れる人も居ない。
びいすけ のリードをフリーにして、
びいすけ の後ろを付いていくことに。

      20180522羽木上森林公14


      20180522羽木上森林公15



再び、視界が開けて来たけれど、求めていた芝生広場じゃない。

      20180522羽木上森林公16


結局、不完全燃焼状態でこの地をあとにする事になりました。
まあ、 びいすけ は、ウンチとオシッコが出来たから
これはこれで良かったのかな...............?


2018/07/11 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............茨城・小美玉編   (2018年5月22日)(茨城県小美玉市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。



小美玉市には、現役の赤い丸ポストが1基残っています。


だった1基しかない丸ポスト。
その丸ポストを探しに行きましょう。


県道8号線を行方市から小美玉市へと進みます。
小美玉市に入って、羽木上森林公園のすぐ先の県道沿いに赤い丸ポストが在りました。

      20180522丸ポスト小美玉01


民家の門の脇に建つ丸ポスト。

      20180522丸ポスト小美02



門柱の陰に隠れるように建つ丸ポスト。

      20180522丸ポスト小美03

反対側から来ると、視界には入らない。
確かに、以前この道を反対側から走った事がある。
その時には気付かなかったなぁ。



びいすけ と一緒にパチリ☆。

      20180522丸ポスト小美04



1日に1回しか集荷はないようだけど
紛れもなく現役の丸ポスト。

      20180522丸ポスト小美05


平成30年5月22日現在、
茨城県内には77基の丸ポストが現存しているようです。
これまでに、
桜川市(真壁)    2基
石岡市        4基
稲敷市        2基
土浦市        6基
龍ヶ崎市       8基
かすみがうら市    1基
行方市        2基
取手市        6基
鹿嶋市        2基
大洗町        9基
茨城町        1基
つくば市       4基
常陸大宮市       1基

そして本日、小美玉市の1基を制覇して、合計49基の丸ポストに出会ってきました。
残すは、あと28基。

コンプリートを目指そうかな(笑)。



2018/07/11 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............大宮神社 (2018年5月22日)(茨城県行方市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。
でも、小美玉市に向かう途中、お隣の行方市でちょっぴり道草。

夜刀神社をあとにして、向かった先は...............大宮神社



大宮神社は、行方市玉造乙に鎮座する神社です。

ネットで、この大宮神社について調べてみても
詳しいことは、あまりアップされていません。

創建は和銅年代(708年)とも伝えられているらしいが
詳しい由緒は不詳。
御祭神は武甕槌命。
玉造城初代城主により造営されたと言う伝承か残り、
この地の大宮と呼ばれるようになったそうです。


大宮神社に向かう途中に見かけた捨て看板。

      20180522大宮神社01

どうやら、映画のロケ地に使われたらしい。
この捨て看、何本も見たんだよなぁ。
かなり、行方市も観光に力を入れようとしているみたい。



こちらが、大宮神社の社号標。

      20180522大宮神社02



鳥居。

      20180522大宮神社03



鳥居には神額は飾られていない。

      20180522大宮神社04



参道口に建つ説明板。

      20180522大宮神社05

この大宮神社の鎮守の森の杉は、
旧・玉造町時代には天然記念物に指定されていたようです。



確かに、杉の木が立ち並ぶ参道は、ちょっぴり圧巻。

      20180522大宮神社06



参道の石碑。

      20180522大宮神社07



石灯籠の建ち並ぶ参道を進んで、参拝いたしましょう。

      20180522大宮神社08



参道の石灯籠跡。

      20180522大宮神社09

東日本大震災の時に倒壊した傷跡なんでしょうか?



手水舎。

      20180522大宮神社10



境内の片隅に建ち並ぶ石碑群。

      20180522大宮神社11



大宮大神の御神楽奉天紀年碑。

      20180522大宮神社12



こちらが、拝殿。

      20180522大宮神社13



別アングルからの拝殿。

      20180522大宮神社14


      20180522大宮神社15



こちらは、本殿。

      20180522大宮神社16



拝殿前の狛犬。

      20180522大宮神社17


      20180522大宮神社18



拝殿前の天水桶。

      20180522大宮神社19



境内社。

      20180522大宮神社20



境内社の淡島神社。

      20180522大宮神社21



境内社の松尾神社。

      20180522大宮神社22



平成天皇即位記念碑と神輿庫(?)。

      20180522大宮神社23



社務所。

      20180522大宮神社24

普段は無人の神社のようです。
小美玉市の素鵞神社の宮司さんが兼務されているようです。



こちらは、古井戸のようです。

      20180522大宮神社25



御神木。

      20180522大宮神社26
      20180522大宮神社27

杉がメッカの鎮守の森。
やっぱり、御神木は、一際目立った杉。

こちらが、大宮神社の御朱印。

      20180522大宮神社28



本務社である小美玉市の素鵞神社で拝受したしました。




2018/07/10 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............夜刀神社 愛宕神社 (2018年5月22日)(茨城県行方市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけましたが
途中の行方市でちょっぴり道草。

西蓮寺をあとにして、向かった先は...............夜刀神社


夜刀神社は、行方市玉造甲に鎮座する神社です。


正式には、この地には愛宕神社が鎮座し、
その愛宕神社の境内社が夜刀神社と表現した方が適切かもしれません。
簡単に言えば、愛宕神社の社殿の隣に位置する祠が夜刀神が祀られる夜刀神社です。

夜刀神社は、『常陸国風土記』に記されているのは
箭括氏の麻多智が夜刀神を祀った社の後身であると言われています。

夜刀神は蛇体で頭に角を持つと言われ、
「夜刀(やつ、やと)」は関東地方の方言で
谷間、谷合を意味する「谷地」「谷津」「谷頭」に由来します。
霞ヶ浦周辺の谷間の湿地には、蝮などの蛇類も多いため、
夜刀神は土地神としての蛇神であると見られています。

享禄2年(1529年)に常陸大掾氏の一族である玉造城第13代城主、玉造憲幹が
愛宕神を勧請して合祀しました。
また、水戸藩主徳川光圀が「天龍の御手洗」背後の台地にある森へ遷座したと言われています。



こちらが椎木池。

      20180522夜刀神社01

「天龍の御手洗」とも呼ばれるらしい。


池の前に建つ説明板。

      20180522夜刀神社02

夜刀伝説について触れています。

まあ、簡単に要約すると.........

その昔、この地域を開拓しようとした人たちの前に、
夜刀神たち(蛇の化身)が現れて抵抗します。
(その夜刀神たちは、実は昔からこの土地に住む人間だと言う説もある)
力で夜刀神たちを退治したと言う事です。
麻多智が夜刀神を祀った社を建てて治ったけれど
後に、壬生連麿がこの地を治めた時に、再び夜刀神が現れ、
いつまでも立ち去ることはありませんでした。
壬生連麿が『目に見えるものは、全て打ち殺せ!』と命令すると
夜刀神たちは、どこともなく消え去ったと言う話です。

要するに、原住民の地を武力で奪い取ったと言う話なんだろうか?



夜刀神が昇り群がった「椎の池」。

      20180522夜刀神社03



愛宕神社・夜刀神社へと導く参道入口には『椎井』の碑。

      20180522夜刀神社04


碑の近くには、またまた『夜刀神』の説明板。

      20180522夜刀神社05



この石段の先が、愛宕神社・夜刀神社。

      20180522夜刀神社06



愛宕神社の社殿。

      20180522夜刀神社07


別アングルから。

      20180522夜刀神社09


      20180522夜刀神社15



手水舎。

      20180522夜刀神社08


      
愛宕神社の社殿の奥に、夜刀神社。

      20180522夜刀神社10



鳥居の神額。

      20180522夜刀神社13



意外に小さな社。

      20180522夜刀神社11



社と言うよりは祠と言った方が適切みたい。

      20180522夜刀神社12


      

愛宕神社の社殿の左脇に建つ石碑。

      20180522夜刀神社14

常陸国風土記が刻まれているようです。
      




こちらが、夜刀神社の御朱印。

      20180522夜刀神社16


こちらの夜刀神社は、小美玉市の素鵞神社が本務社になるようで
御朱印は、素鵞神社にて拝受いたしました。


2018/07/09 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神巡り 《 寿老人 西蓮寺 》 (2018年5月22日)(茨城県行方市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけました。
小美玉市に向かう途中、立ち寄ったのは行方市の西蓮寺。

西蓮寺には、以前『茨城百景』の地として訪れた事があります。
( その時の記事は こちら


しかし、西蓮寺は、『常陸七福神』の寿老人だと言うことを知り
改めて訪れました。



西蓮寺は、延暦元年(782年)に創建と伝えらる古刹で、
数多くの文化財を持っているそうです。



仁王門脇の寺号標。

      20180522西蓮寺01



こちらは、仁王門。

      20180522西蓮寺02

この仁王門も文化財の一つ。
国の重要文化財に指定されています。
天文12年(1543年)建立されたもので、
当初は楼門として造られたそうです。
寛政2年(1790年)山門に造り替え、
更にその後、仁王門に改めて現在に至っているそうです。



仁王門の扁額。

      20180522西蓮寺03

かなりの年月を経てきたのが、掠れ具合いで計り知れます。



仁王像。
阿形(あぎょう)像。

      20180522西蓮寺04



吽形(うんぎょう)像。

      20180522西蓮寺05



西蓮寺の説明板。

      20180522西蓮寺06



手水舎。

      20180522西蓮寺07



定番の龍の吐出口。

      20180522西蓮寺08



常行堂

      20180522西蓮寺09



常行堂前の天水桶。

      20180522西蓮寺10



常行堂脇に鎮座する延命地蔵尊。

      20180522西蓮寺11


      20180522西蓮寺12



こちらは、薬師堂。

      20180522西蓮寺13


      20180522西蓮寺14

この中に、木造薬師如来坐像が安置されているそうです。
西蓮寺の本尊で非公開。
茨城県有形文化財に指定されているそうです。


薬師堂の近くには、相輪橖。

      20180522西蓮寺18

天台宗の象徴になるもので、こちらは国の重要文化財に指定されています。



こちらは、鐘楼。

      20180522西蓮寺15



そして、西蓮寺の大イチョウ。
それも1本ではなく、2本ある。
それぞれ一号株・二号株と呼び、こちらは一号株。
  
      20180522西蓮寺16
      20180522西蓮寺17

幹囲約6メートル、樹高約25メートルだそうです。



こちらは二号株。

      20180522西蓮寺20
      20180522西蓮寺21

幹囲約8メートル、樹高約27メートルあるそうです。



二号株の幹の手前には尸羅度稲荷社が祀られています。

      20180522西蓮寺19



さて、肝心の七福神はと言えば...............


幟、見っけ!

      20180522西蓮寺22



こちらの曼珠院に安置されているようです。

      20180522西蓮寺23



曼珠院の扁額。

      20180522西蓮寺24



びいすけ には申し訳ないけれど
車止めのパイプにリードを括り付け、
暫し待機してもらいましょう。

      20180522西蓮寺25



住職さんにお断りをして
曼珠院の中に入らせてもらい、寿老人を拝観します。

こちらが、寿老人。

      20180522西蓮寺26

常陸七福神の寿老人です。

寿老人は、星の化身で、にこやかな微笑みを称え、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られてます。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴であるようです。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されているようです。


せっかくだから、曼珠院の中もじっくりと見学します。

      20180522西蓮寺27


      20180522西蓮寺28


      20180522西蓮寺29


      20180522西蓮寺30



      20180522西蓮寺31

神社とは違った空間の静寂感と幾ばくかの緊張感を感じます。



こちらは、庫裏。(寺務所)

      20180522西蓮寺35

御朱印は、こちらで拝受できます。


常陸七福神の寿老人の御朱印が目的でしたが
こちらの西蓮寺では3種の御朱印が拝受出来るという事なので
3種の御朱印を拝受しました。


本尊、薬師如来の御朱印。

      20180522西蓮寺32



延命地蔵尊の御朱印。

      20180522西蓮寺33



そして本命、常陸七福神 寿老人 の御朱印。

      20180522西蓮寺34


朝早くから押し掛け、申し訳ありませんでした。
そして、ありがとうございました。


2018/07/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ!...............NIVADA C1 DISCUS (2018年5月21日) 

5月21日

毎週、月曜日に着け変えている腕時計
今週は、こちら ↓

      20180521NIVADA01



NIVADA C1 DISCUS

Nivadaは1926年、スイスのグレンヘンで創業した
歴史ある時計メーカーのようです。
日本では余り馴染みのない時計メーカーですが
元々は、懐中時計を製造していて、部品を全て自社で賄えるメーカーでした。
1960年代にはアメリカのクロトンに買収され、
後にクォーツ時代を迎え、他の時計メーカー同様に
その業績は一気に低迷したようです。
ヨーロッパでは、それなりに名の知れ渡ったメーカーのようです。
 
数年前にヤフオクでゲットした1本。
機械式の自動巻です。

      20180521NIVADA02


      20180521NIVADA03


      20180521NIVADA04



ケース裏蓋にはメダリオンは無く、貼られた保護シールが未だ付いています。

      20180521NIVADA05



久しぶりに腕に着けてみます。

      20180521NIVADA06



機械式時計の重さは、さほど感じられず
しっくりと腕に馴染む感じは良い。

      20180521NIVADA07


さあ、今週も頑張りましょう。




2018/07/08 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............大宮神社 (2018年5月19日)(千葉県市原市) 

5月19日

この日は、市原市に出かけました。
菊間八幡神社をあとにして、向かった先は...............大宮神社


大宮神社は、市原市草刈に鎮座する神社です。

創建時期等は不詳ですが、地元氏子によって手厚く御祭されてきた神社です。
御祭神は、大宮姫命。

市原市には五井にも大宮神社があり、紛らわしい。
そのためか、こちらの大宮神社は『草刈大宮神社』とか
『ちはら台大宮神社』とも呼ばれているらしいです。



新興住宅街の広がる台地頂部に鎮座する大宮神社。
こちらが、社号標。

      20180519大宮神社01



社号標と鳥居。

      20180519大宮神社02



鳥居。

      20180519大宮神社03



鳥居に掲げらた扁額。

      20180519大宮神社04



鳥居前の掲示板。

      20180519大宮神社27


『定』には、犬について触れていない。
びいすけ も境内は大丈夫そうみたい。




鳥居をくぐって参拝いたしましょう。

      20180519大宮神社05



参道の狛犬。

      20180519大宮神社06


      20180519大宮神社07



拝殿。

      20180519大宮神社08


      20180519大宮神社22



拝殿正面。

      20180519大宮神社09

ネットでの情報では、宮司さんが不在な時が多いような記載がありましたが
何と、宮司さんが拝殿内を清掃中。
しっかり、『後ほど御朱印を!』とお願いしちゃいました。


拝殿正面の屋根の飾り。

      20180519大宮神社10

西陽にキラキラと輝いてます。


拝殿正面の変顔。

      20180519大宮神社11



別アングルからの拝殿。

      20180519大宮神社12


      20180519大宮神社13


      20180519大宮神社14



こちらが、本殿。

      20180519大宮神社15



拝殿前の狛犬。

      20180519大宮神社16


      20180519大宮神社17



手水舎。

      20180519大宮神社18



岩から水が流れ落ちると言う、風情がある手水鉢。

      20180519大宮神社19



境内の片隅には末社が建ち並びます。

      20180519大宮神社20


逆アングルから。

      20180519大宮神社21



力石。

      20180519大宮神社23




御神木。

      20180519大宮神社24



こちらが、社務所。

      20180519大宮神社25

御朱印は、こちらで拝受できます。


17時を回っていましたが、快く御朱印帳に墨書きをしていただきました。

      20180519大宮神社26



御朱印を待つ間、境内から周りを眺めてみた。

      20180519大宮神社28


新興住宅が建ち並ぶちはら台地区。
でも、まだまだ自然が豊かな地区でもある。



こちらが、大宮神社の御朱印。

      20180519大宮神社29

右下に鍵穴のような印があります。
鍵関連の神様なんでしょうか?

最近、鍵に関するトラブルが多発したから
これで一気に解決してくれると良いなぁ。


     

2018/07/08 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............菊間八幡神社 (2018年5月19日)(千葉県市原市) 

5月19日

この日は、市原市にも出かけました。

島穴神社をあとにして、向かった先は.........菊間八幡神社



菊間八幡神社は市原市菊間に鎮座する神社です。
YahooマップやGoogleマップでは、若宮神社と表記されているみたいです。

菊間国造が白鳳2年(674)日本武尊・武甕槌尊の二柱を奉斎し、
治承4年(1180)源頼朝が鎌倉の若宮殿より大鷦鷯尊の御分霊を奉遷したとされています。
明治4年に、太政官達により八幡神社と改称したそうです。

御祭神は、日本武尊、大鷦鷯尊、武甕槌尊



びいすけ の背後にあるのが、一の鳥居。

      20180519菊間八幡神社01

一の鳥居の近くに社号標が在ると思い、探したけれど見つかりませんでした。



一の鳥居。

      20180519菊間八幡神社02



一の鳥居からの参道。

      20180519菊間八幡神社03

台地へと上がる参道ですが、尾根道みたいな参道。
城郭っぽい雰囲気は満載。


しばらく進むと石段。

      20180519菊間八幡神社04

石段の上にニの鳥居が見えます。



こちらが、二の鳥居。

      20180519菊間八幡神社05



手水舎。

      20180519菊間八幡神社06



定番の龍の吐出口。

      20180519菊間八幡神社07



拝殿前の狛犬。

      20180519菊間八幡神社08


      20180519菊間八幡神社09




こちらが、拝殿。

      20180519菊間八幡神社10


      20180519菊間八幡神社11



拝殿正面の彫刻。

      20180519菊間八幡神社12



拝殿正面の扁額。

      20180519菊間八幡神社13



別アングルからの拝殿。

      20180519菊間八幡神社38


      20180519菊間八幡神社17



こちらが、本殿。

      20180519菊間八幡神社14


      20180519菊間八幡神社15


      20180519菊間八幡神社39



神楽殿。

      20180519菊間八幡神社16


      
境内社の木兎神社。

      20180519菊間八幡神社18


      20180519菊間八幡神社26



同じく境内社の日枝神社・高良神社

      20180519菊間八幡神社19



こちらも境内社。

      20180519菊間八幡神社20



同じく境内社の子安神社・淡島神社。

      20180519菊間八幡神社21


社の扁額。

      20180519菊間八幡神社22



そして、こちらが琴平神社。

      20180519菊間八幡神社23


      20180519菊間八幡神社24



境内末社。

      20180519菊間八幡神社25



      
こちらが、社務所。

      20180519菊間八幡神社27

残念ながら無人。
宮司さんの連絡先ぐ貼られていて、
電話をしたら、『5分ほど待ってくれれば行きます』と快諾してくれました。


宮司さんを待つ間、鎮守の森の静寂さに圧倒されます。

御神木。

      20180519菊間八幡神社28
      20180519菊間八幡神社29


      20180519菊間八幡神社30
      20180519菊間八幡神社31


      20180519菊間八幡神社32
      20180519菊間八幡神社33


      20180519菊間八幡神社34
      20180519菊間八幡神社35



待つこと5分。
社務所に灯りがともり、宮司さんが来てくれました。

      20180519菊間八幡神社36


丁寧に墨書きいただいた御朱印がこちら。

      20180519菊間八幡神社37



お忙しい中、丁寧な対応していただき、ありがとうございました。



          
2018/07/07 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............島穴神社 (2018年5月19日)(千葉県市原市) 

5月19日

この日は、市原市に出かけました。

3月に市原市に来た時に、宮司さんが不在で御朱印を拝受出来なかった島穴神社に
御朱印巡りのリベンジに出かけました。
( 前回の訪問時の記事は こちら



島穴神社は、市原市島野に鎮座する神社です。

社伝によれば、
第12代景行天皇の御世、日本武尊が東征の際、
走水の海(浦賀水道)で暴風雨に遭ったが、
妃の弟橘姫の犠牲によって上総に上陸することができた。
その時、弟橘姫が大和国の龍田大社の神に、
無事に上総まで航行させてくれるのなら風鎮めの神を祀ると祈ったので、
日本武尊はその遺志に従いこの地に志那都比古尊を祀ったと伝える。

その後、景行天皇は日本武尊東征の縁の地を歴訪し、
当社に日本武尊命・倭比売尊を合祀したとされています。

御祭神は、志那都比古尊(しなつひこのみこと)。
日本武尊(やまとたけるのみこと)と倭比売尊(やまとひめのみこと)を配祀します。



こちらが、島穴神社の社号標。

      20180519島穴神社01



鳥居。

      20180519島穴神社02



境内は、犬NGのため びいすけ はココまで。(前回、確認済み)

      20180519島穴神社03



拝殿。

      20180519島穴神社05



拝殿正面。

      20180519島穴神社06



拝殿正面の扁額。

      20180519島穴神社07



島穴神社の提灯。

      20180519島穴神社08



社務所はカーテンが閉まり、本日も無人。

      20180519島穴神社09

実は、訪れる前に宮司さんと連絡を取り、この日の無人は確認済み。
ちょっと離れた宮司さん宅にて、御朱印を拝受しました。


こちらが、島穴神社の御朱印。

      20180519島穴神社10


達筆な墨書きに延喜式内社の朱印が良いですね。





2018/07/07 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

偶然見つけた廃校跡............中高根小学校(2018年5月19日)(千葉県市原市) 

5月19日

この日は、市原市に出かけました。

鶴峯神社にて参拝を終え、参道を歩き駐車場へと向かっていました。
鳥居をくぐった先で、鶴峯八幡宮の鳥居と隣の民家の間に
1基の標柱が建っていました。

      20180519中高根小学校01



じっくり見てみると...............

      20180519中高根小学校02

『中高根小学校跡記念碑』と刻まれています。


おっ! この場所が学校跡地?

      20180519中高根小学校03


ネットで中高根小学校を調べてみましたが良く分かりません。

明治22年までは、この辺りは中高根村でした。
その後、近隣の8村が合併して戸田村になりました。
そう言った意味では、現在の戸田小学校のルーツかも知れません。



こちらの民家の奥が、鶴峯八幡宮の第1駐車場。

      20180519中高根小学校04



こちらが、その駐車場。

      20180519中高根小学校05



駐車場のトイレの横に建つ『奉安殿』。

      20180519中高根小学校06


      20180519中高根小学校07

奉安殿は、戦前の日本において、天皇と皇后の写真(御真影)と
教育勅語を納めていた建物です。
日本が第二次世界大戦で敗れた年の1945年(昭和20年)に
GHQの神道指令のため、奉安殿は廃止され、
奉安殿の多くは、戦後に解体・もしくは地中に埋められたそうです。

現存する泰安殿で有名なのは、茨城県真壁町に残っています。
そちらは、小学校から移築されていますが
茨城県のかすみがうら市の旧・下大津小学校の跡地にも残っています。

この泰安殿が残ると言うことは、
この場所が戦前に小学校か在ったと言う証でしょう。

      20180519中高根小学校08



全くの偶然で見つけた場所ですが、
おそらく前後に統廃合された学校跡地ではないかと思います。






2018/07/06 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............鶴峯八幡宮 (2018年5月19日)(千葉県袖ケ浦市) 

5月19日

この日は、市原市に出かけました。

磯ヶ谷八幡神社をあとにして、向かった先は.............鶴峯八幡宮


鶴峯八幡宮は、市原市高根に鎮座する神社です。

関東三鶴の一社と伝えられるのが、この鶴峯八幡宮。
ちなみに、神奈川県鎌倉の「鶴岡八幡宮」
千葉県館山の「鶴ヶ谷八幡宮」
そして、こちらの鶴峯八幡宮を合わせて『関東三鶴』と称され、
深く信仰を集めてきたそうです。

建治3年(1277年)、本宮である九州宇佐八幡宮の御分霊を戴き、
国土安鎮、殖産興業、道開き、悪鬼退惨と郷土発展の為、
大江朝臣妙彌が与宇呂字新八幡宮として勧請し、
社号を米代山鶴峯八幡宮と称して鎮斎されたのが始まりと伝えらているそうです。

御祭神は、誉田別命(ほんだわけのみこと) 
  息長足姫命(おきながたらしひめのみこと) 
  玉依姫命(たまよりひめのみこと)




こちらが、鶴峯八幡宮の社号標。
  
      20180519鶴峯八幡宮01



鳥居。

      20180519鶴峯八幡宮02



鳥居に掲げられた神額。

      20180519鶴峯八幡宮03



では、参拝いたしましょう。

      20180519鶴峯八幡宮04



由緒書き。

      20180519鶴峯八幡宮05



参道の神橋。

      20180519鶴峯八幡宮06



手水舎。

      20180519鶴峯八幡宮07



社殿が見えてきました。

      20180519鶴峯八幡宮08



境内の狛犬。

      20180519鶴峯八幡宮21


      20180519鶴峯八幡宮22



こちらが、拝殿。

      20180519鶴峯八幡宮09



拝殿正面。

      20180519鶴峯八幡宮10



拝殿正面の扁額。

      20180519鶴峯八幡宮11



鶴峯八幡宮の提灯。

      20180519鶴峯八幡宮12



別アングルからの拝殿。

      20180519鶴峯八幡宮13



こちらは、本殿。

      20180519鶴峯八幡宮14



厄除獅子殿

      20180519鶴峯八幡宮15



境内社三峰神社。

      20180519鶴峯八幡宮16



同じく境内社の上総大國魂神社。

      20180519鶴峯八幡宮17



詳細不明の石祠。

      20180519鶴峯八幡宮18



若竹之宮相殿

      20180519鶴峯八幡宮19

天神様は、菅自在天神(すがじざいてんじん)(菅原道真)
子安様は、木花開耶姫命(このはなさくやひめ)



境内社が並ぶ一画には、古びた狛犬が鎮座しています。

      20180519鶴峯八幡宮20


      
境内社の弁財社。

      20180519鶴峯八幡宮23



弁財社の脇に鎮座するこの像は、弁天様なんでしょうか?

      20180519鶴峯八幡宮24



立ち並ぶ石祠。

      20180519鶴峯八幡宮25



水神様。

      20180519鶴峯八幡宮26



こちらが、授与所。

      20180519鶴峯八幡宮27

御朱印は、こちらで拝受できます。



御神木。

       20180519鶴峯八幡宮28
      20180519鶴峯八幡宮29



こちらが、鶴峯八幡宮の御朱印。

      20180519鶴峯八幡宮30


鶴の朱印がなかなか味がありますね。


2018/07/06 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit